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異文化理解のためのパラダイム -米国戦争映画を題材として-

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異文化理解のためのパラダイム

—米国戦争映画を題材として—

深津 勇仁 (福岡女子大学)

Abstract This paper will analyze five American Vietnam War movies in the context of Realism and Idealism. The term realism and idealism are mainly used in the field of history. Not only these terms used in diplomatic history but also vice and virtue dualism which are often used in American Foreign policy will be used in this paper. Creating a four quadrant diagram by placing a realism and idealism in horizontal axis and putting a vice and virtue in vertical axis will be the main part of this study. At the same time, in order to check the quality of this diagram, five Vietnam War movies are viewed. This is an experiment of mixing two essential concepts of American Diplomatic History. This study proves that introducing the theory of other discipline is useful to understand the historical background of war movies. In addition, categorizing the protagonist’s role in the movie and its transition will clearly reflect the trend of American society towards the war in America. Not knowing the background of American society will hinder the understanding of the movie, and at the same time, it will make it harder for students in the classroom to comprehend the true message intended in the movie. Utilizing this diagram in CLIL education will also enhance the understanding in the classroom. Key Words: ベトナム戦争映画、オリエント化、善悪二元論、理想主義、 現実主義 1. はじめに 本稿では冷戦期米国のベトナム戦争に関する戦争映画五作品取り上げ、善悪表象 と米国外交における理想主義と現実主義の対立を組み合わせた四象限図を考案する ことで分析を試みる。具体的には『ディア・ハンター』、『地獄の黙示録』、『ラ ンボー』、『プラトーン』、『グッドモーニング・ベトナム』を用いて米国の視点 によるベトナム戦争のイメージを考察する。本稿で分析ツールとして用いる四象限 図は米国抱く善悪二元論の世界観と米国外交の現実主義と理想主義の二潮流を組み 合わせて考案したもので、客観的な映画プロットの分析を可能にすると考える。

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128 2. アメリカ外交の善悪二元論 東西冷戦期アメリカは様々なレトリックを用いることで同盟国との関係を強化し、 ソ連を中心とした共産圏と世界を二分してきた。具体的には1947 年 3 月のトルー マン大統領のトルーマン・ドクトリンが分岐点であった1 「一方の生活様式は多数者の意志にもとづき、自由な諸制度、代議政体、自由選 挙、個人の自由の保障、言論・信仰の自由、政治的抑圧からの自由によって特徴づ けられる。第二の生活様式は、多数者に対して強制される少数者の意志にもとづく。 それは恐怖と圧制、出版と放送の統制、形だけの選挙、そして個人の自由の抑圧に 依存している。」 このトルーマン・ドクトリンによって世界は米ソ両陣営に二分され、冷戦もこの 文脈の中で推移する。米ソ両陣営の対立に拍車をかけたのがロナルド・レーガンの 「悪の帝国」演説であり、またこの演説のフレーズを引用し世界を対テロ戦争へと 導いたのがブッシュの2002 年 1 月の「悪の枢軸」演説であった2 これらの歴代大統領の演説を概観すると、アメリカ外交は善悪二元論のレトリッ クを用いて自国と敵対国を明確に区別していることが窺える。冷戦期米国はこの手 法によって多様な人種を内包する国内全体の統合を試み、ポスト冷戦期は対テロ戦 争のレトリックを用いて米国内の世論統一を試みた。 このアメリカ外交史の根底に横たわる善悪二元論的発想の起源は近代ヨーロッパ の世界観に遡ることができる。度重なる戦争で疲弊した近代ヨーロッパの世界観を ドイツの古典的哲学者であるフリードリヒ・ニーチェは『善悪の彼岸』で明確に描 写した。ニーチェは、物事の善悪観念は貴族の道徳観と奴隷の道徳観で大きく異な ると論じる。貴族にとっての善とは恐怖を引き起こす者であり畏敬の対象となる者 でもあり、悪とは卑しき軽蔑すべき人間となる。反面、奴隷にとっての善とは自由 と幸福をもたらすものであり、悪とは恐怖を引き起こす者となる3。このヨーロッパ 旧世界の善悪二元論は、その建国起源を旧世界に持つ新世界アメリカの道徳観念に も大きく影響を与えている。つまり、冷戦期とポスト冷戦期を含めて自国を新興国 で世界の警察官としての役割を担うべき大国と自認してきたアメリカはニーチェの 道徳観念を応用すると他国に影響を及ぼすべき貴族の道徳観を行動原理としてきた ことが理解できる。反面、貴族でもあり主人でもあるアメリカの行動を阻害するの は卑しく軽蔑すべき「悪」でもある奴隷の道徳観を持った周縁化された人々である とも解釈できる。建国以来常に拡大を続け自国がその源流を持ちながら新世界を旧 世界と区別し続けてきたアメリカは、冷戦期並びにポスト冷戦期を通じて先述した ような様々なレトリックを用いて自国と他国を明確に区別してきた。このアメリカ

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129 を文明の中心に据え、その周辺国を周縁と捉える概念はエドワード・サイードの 『オリエンタリズム』や『文化と帝国主義』によって詳述されている。 パレスチナ系アメリカ人で文学研究者であるエドワード・サイードは『オリエン タリズム』において東洋のイメージは西洋人の価値基準によって規定され、そこに 支配と従属の関係が基軸にあることから、西洋の視点によってオリエント化された ものが東洋として位置づけられると説明した4。つまり、近代化した文明の中心であ る西洋の周縁に位置するオリエントはその習俗や自己を規定するアイデンティティ ーに関わらず東洋としての役割を西洋によって押し付けられているとの解釈である。 このサイードの理論を応用するとアメリカ外交の善悪二元論レトリックは米国が周 縁に位置する他国をオリエント化、つまりは差別化し自国を中心とした世界観を構 築することに重要な役割を果たしていると理解できる。 サイードは『文化と帝国主義』において特に19 世紀イギリスの帝国主義期におけ る文学作品が暗黙の内に宗主国と植民地国の主従関係を規定していると論じた。こ のサイードの概念を応用すると、本稿で取り扱うベトナム戦争映画に登場するベト ナム原住民は常にアメリカ兵の視点を伴い、極めて米国の主観的な視点から描写さ れかつ米国人と対比されることに気が付く。同時にベトナムの地に生まれたベトナ ム人が自己を客観的に規定することは許されず、米国人のコミュニティーを中心と したその周縁に位置するものとして文字通りオリエント化される。このベトナムの 周縁化、オリエント化は米国の戦争を正義と善、並びにベトナムを悪として捉える 正統主義歴史学の潮流から派生して様々な修正を加えながら拡大し、そのプロセス でベトナムのオリエント化を促進させる。米国の戦争イメージは時代によって変遷 し、映画作品によっては反戦をテーマとして米国の戦争の大義に逡巡する米兵を主 人公に据えることはあっても、ベトナム原住民に自己を主張する権利は最小限に抑 えられ、米国を中心に娯楽として消費される。マクルーハンは『メディア論』にお いて映画がメディアとして消費者に与える影響を指摘したが、この米国の戦争映画 が消費者の潜在意識の中に、無意識のうちに米国を中心とした世界観を植え付け、 小国を周縁化していることを理解する必要があると考える。 3. アメリカ外交の現実主義と理想主義 先述した米国の善悪二元論の世界観や米国を中心としてそれ以外の世界を周縁と 位置付ける発想はアメリカ外交史を概観するとより明らかとなる。国際政治学者の 村田晃嗣 (2005)は、アメリカ外交の伝統を四人の有力政治家の名に因んで、ハミル トニアン、ジェファソニアン、ウィルソニアン、ジャクソニアンに区別したウォル ター・ミードの『神の特別なお慈悲』を引用し、米国外交の潮流を整理した。具体 的には、海洋国家を指向し対外関与に積極的な外交政策をハミルトニアン、大陸国

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130 家を指向し選択的な対外関与を選択するジェファソニアン、国際機関を重視し、普 遍的な理念を外交目標として追求するウィルソニアン、国権の発動や国威の効用を 重視し、軍事力を追求するジャクソニアンの四種類である5。この中で、本稿では特 に理想主義を信奉するウィルソニアンと軍事力に傾注した現実主義外交を展開する ジャクソニアンやハミルトニアン外交に注目する。 米国外交の歴史を概観すると国際政治を無秩序なアナーキー世界と認識し、米国 が自国の安全を脅かす周辺国に積極的に干渉し、自国の安全保障を最優先に確保し なければならないという思考が存在する。これが現実主義外交と呼ばれるものであ り、世界の勢力均衡を優先課題として捉えるジャクソニアンやハミルトニアンの思 想と共鳴するものである。松田編(2005)で竹内俊隆は現実主義の発想は近代ヨーロ ッパにおける覇権争いの中から発生した勢力均衡政策に端を発しており、国家の安 全保障を確保するには軍事力を追求することが何よりも重要であり、同時に本質的 に権力と権力の闘争の場である国際政治においては各国の利害関係を調整する場で ある国際機関はあまり役に立たないと説明する6 一方で、松田編(2005)において高橋章は国際主義について、第一次対戦後に国際 連合を主導し世界に自由主義を普及させ国際協調によって国家間紛争を防止しよう としたアメリカ大統領ウィルソンの外交を例示して、理想主義的な発想を根底に抱 える国際主義の概念を説明した7 この現実主義と、場合によっては国際主義やリベラリズムと表現される理想主義 の概念を米国の国際政治学者であるジョセフ・ナイ(2007)は現代国際関係はリア リズムとリベラリズムの概念の両方を組み合わせることで、より理解が容易になる と説明する。敷衍すると、両大戦を防ぎえなかったリベラリズムの概念は、経済相 互依存関係がより複雑化し、非国家主体によるボーダーレスな活動が活発化する現 代においては多くの事象を説明することができるため、有意義な概念であると評価 し、国際関係を理解するための三次元分析を提案した8 本稿ではこの米国外交を取り巻く理想主義と現実主義の二項対立軸に、第2 章で 概観した善悪二元論の発想を組み合わせ、四象限図を考案しベトナム戦争映画を分 析対象として考察を試みる。 4. ベトナム戦争映画における善悪描写 4.1 『ディア・ハンター』の善悪描写 マイケル・チミノ監督の『ディア・ハンター』はピッツバーグ郊外にある小さな 田舎町で平和に過ごしていた幼馴染五人組のうちの三人がベトナム戦争に徴兵され、 人生を戦争に翻弄される姿を描いた作品である。物語の主要人物マイケル(ロバー ト・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョ

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131 ン・サヴェージ)は従軍前はベトナム戦争に理想主義的な幻想を抱いていた。とこ ろが三人が従軍中にベトコンの捕虜となり水牢に監禁され、べトコンにロシアンル ーレットを強要されたことで戦争の狂気と禍々しい殺戮の現実を容赦なく突きつけ られる。かろうじて水牢から脱出しアメリカ兵によって救出された三人ではあった がこの経験によって彼等の運命は大きく変わってしまう。命を懸けたロシアンルー レットで心を病んだニック(クリストファー・ウォーケン)は、米国戦争病院から 逃亡しベトナムの町でロシアンルーレットを生業とするギャンブラーに変貌する。 ニックは米兵としての誇りや信念も失い、最終的には脱走兵となる。対照的にマイ ケル(ロバート・デ・ニーロ)は水牢からの脱出後も平静を保ち続け、最後まで冷 静に戦況を見つめる。除隊後もマイケルは友人ニックを探してベトナムに再訪問し、 ロシアンルーレット稼業から足を洗うよう説得を試みる。 同作の特徴は、米国人がベトナムの共産化を防ぐために同戦争を遂行していると いう大義や、友人を助けるために命を惜しまない米国人の勇敢な一面が強調され、 理想主義者としての像が描写されている。一方でベトナム人は血を好む野蛮な民族 として蔑視され、卑しい民族として類型化される。この作品描写は典型的なベトナ ムのオリエント化、つまりは西洋の目からみたベトナム人像の押し付けでもあり、 ベトナム人の戦争目的は黙殺される。特に同作は、戦争の理想と現実の狭間で葛藤 する米国人の若者を善と悪に二分しながらも米国の戦争の正当性を補完する。長年 正統主義歴史学の観点から東アジアの共産化を防ぐために必要な聖戦と解釈されて きたベトナム戦争の理念を基本的には踏襲しているものの、平凡な日常を破壊され た米国の若者の目を通じて戦争の現実が浮かび上がる。 同作は修正主義歴史学の影響もあり、米国内部でのベトナム戦争の理想と現実、 善悪の議論を内包している反面、米国の冷戦戦略の一貫としてのベトナムのオリエ ント化をも助長する働きを持つ。同作で喚起されたベトナム戦争の現実は今後のベ トナム戦争映画のオリエントの先駆けとしても重要な位置付けであると考える。 善 理想主義 現実主義 悪 マイケル(前半) ニック(前半) スティーブン(前半) マイケル(後半) ニック(後半) ベトナム兵 ベトナム民間 人

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132 図 1 『ディア・ハンター』の四象限図. 4.2 『地獄の黙示録』の善悪描写 フランシス・コッポラ監督の1979 年公開映画『地獄の黙示録』は、主人公のウ ィラード大尉(マーティン・シーン)が元米軍大佐カーツ(マーロン・ブランド) 暗殺任務遂行のための川昇りの途中で目にしたベトナム戦争の混沌と凄惨な現実を 主人公の目を通じて映し出した作品で、コンラッドの小説『闇の奥』を映画化した 作品である。特に川昇りの主要な舞台となる哨戒艇での乗組員の麻薬乱用や、賄賂 を要求する腐敗した米兵などの描写が同戦争の欺瞞と不正義を喝破する。 ウィラード(マーティン・シーン)は川昇りの途中で6つのステージに立ち寄り、 戦争の狂気を体感する。ステージ1 のキルゴア司令官(ロバート・デュヴァル)の 砲弾に物怖じしない勇気や負傷したベトナム兵に見せた慈悲、並びに部下からの絶 対的信頼といった理想的な司令官という側面は、偏執狂的なまでのサーフィンへの 執着によって霧散する。この二律背反な人物像は戦争の理想と現実の間で揺れ動く 米国のアンビバレントな実情を反映している。 ステージ2 ではベトナム奥地の河岸に突如として現れた巨大ステージと、その上 で奇抜な衣装で踊りを披露するバニーガールの美と混沌が対比され、ステージ3 で は戦地における兵士の性欲がまざまざと映し出される。 ステージ4 ではベトナム兵の夜襲によって司令官を失い蜘蛛の子を散らして敗走 する米兵の姿と、ステージ5 の毅然とした態度を保ち断固としてベトナムに留まる ことを決意したフランス人の姿が好対照である。これは理想主義を放棄し現実的な 利益にのみ先走っている米国の姿と、最後まで矜持を忘れずにベトナムに留まろう とするフランス人の理想主義の対比である。 最後のステージ6 では、物語の集大成としてカンボジアの原住民達を従え超然と 振る舞うカーツ大佐を通じて戦争の矛盾が描き出される。かつては米軍の官僚組織 のトップにいた大佐の離脱と、それに伴う無秩序かつ野蛮な独立王国の構築は、ベ トナム戦争における正統主義歴史学の視点への強烈なアンチテーゼとして見るもの を驚愕させる。カーツにとっての善悪概念はカンボジアでの桃源郷の建設によって 結実したかに思えたが、最終的にはそれが儚い砂上の楼閣であったことがエンディ ングで明らかとなる。ウィラード大尉がこれまでの道程で目にした戦争の狂気は米 国の官僚機構が喧伝していた米国を善とした聖戦とはかけ離れていたことの証左で もある。ウィラードはカーツ暗殺前に河にもぐり自身の苦悩を浄化することで、官 僚機構の一員としての役割を再認識し大佐を殺害することで軍人としての任務を遂 行し物語は終幕する9

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133 同作品は、ウィラードを現実主義的善として官僚主義の中枢に位置付け、そこか ら逸脱したカーツ大佐や腐敗した米兵を悪と対置することで伝統主義歴史観を補正 する。同時に、ベトナム人やカンボジア人は名前も持たない大衆として物語では周 縁に押しやられる。このベトナムのオリエント化はウィラード大尉の独白調の語り 口によって強化され、戦地の混乱の中で米国の冷戦秩序の中に完全に組み込まれ、 修正主義歴史観によって一括りにまとめられ終幕する。 図2 『地獄の黙示録』の四象限図. 4.3 『ランボー』の善悪描写 ラッド・コッチェフ監督でシルベスター・スタローン主演のベトナム戦争映画 『ランボー』は戦争への逆風が吹き荒れる 1982 年に公開された。ベトナム帰還兵で あるジョン・ランボー(シルベスター・スタローン)はワシントン州の田舎町に戦 友を訊ねてやってくる。戦友の死を知った主人公ランボー(シルベスター・スタロ ーン)は食事をとるために立ち寄った町の保安官の指示に従わなかったことで、浮 浪罪で逮捕される。留置場で暴行を受けたランボーは特殊部隊仕込みの格闘技術で その場の警官を叩きのめし、そのまま山へ逃げこんでゆく。山中でのランボーと警 官との激しいゲリラ戦も、最終的にはランボーのグリーンベレー時代の上官である サミュエル・トラウトマン大佐(リチャード・クレンナ)の説得によって終焉する。 同作品で、ランボーはベトナムでは英雄であったが米国帰還時には反戦デモの罵 声を浴びせられ、その後は駐車場の警備員の仕事にすら就けない孤独で社会に馴染 めない悲壮な帰還兵の姿をさらけ出す。特に、米国の民主主義や自由の理念をベト ナムに付与するために、戦地に赴いていると言い聞かされていたランボーにとって、 帰還後の米国での現実は受け入れがたいものであった。一方、作中でランボーの対 善 悪 現実主義 理想主義 キルゴア司令官 ウィラード大尉 哨戒艇の米兵 原住民(ベトナム 人、カンボジア人) カーツ(後半部) カーツ大佐(当初) フランス植民者

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134 極に位置するのがティーズル保安官(ブライアン・デネヒー)である。保安官は高 圧的で嫌がらせじみた拷問をランボーに行うサディストであり、一時的に法を味方 に付けた典型的な悪徳保安官であり、町の現状維持と引き換えに自らの法の執行者 としての地位を確固たるものとした。保安官ともランボーとも異なるトラウトマン 大佐(リチャード・クレンナ)はベトナム戦争後の米国社会にも自らを適応させ、 軍人としての社会的地位も維持し、説得によりランボーの投降をも成功させた。 同作品は帰還後に社会に馴染めず、適応障害を起こした元軍人とそれを排斥しよ うとする米国社会の現実を描いた作品である点が異質ではあるものの、物語の背景 であるベトナム戦争は極東の一部で米国社会とは隔絶された世界での一幕としてオ リエント化される。その点からも、同作品はベトナムの周縁化に暗に助長している と捉えることができよう。 図 3『ランボ―』の四象限図 4.4 『プラトーン』の善悪描写 『プラトーン』はオリバー・ストーン監督のベトナム戦争映画で米国のベトナム 介入の理想と現実のギャップを二人の軍曹、エリアス(ウィレム・デフォー)とバ ーンズ(トム・べレンジャー)の対立を軸に展開する。物語は、主人公のテイラー (チャーリー・シーン)が所属する小隊で繰り広げられる小社会の人間関係を中心 に展開する。その中で、薬物乱用やモラルの低下した隊員、並びに味方による誤爆 といった戦地の混沌とした現状が映し出される。物語のメインは小隊の二人の軍曹 の対立である。エリアスは正義を貫く理想主義者で、バーンズは仲間を殺害するこ とも厭わない現実主義者である。一方、主人公のテイラーは大学を中退しベトナム に赴いた理想主義的志願兵で無垢な青年として認知できる。ところが、小隊で繰り 善 理想主義 悪 現実主義 ランボー ティーズル 保安官 トラウトマン 大佐

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135 広げられる様々な葛藤や戦争の現実を目の当たりにしたことでテイラーの戦争への 認識は大きく変化する。 同作品は、正統主義歴史学を補完した修正主義歴史学に属する作品ではあるが、 物語は米軍内部での人間模様を中心に展開し、ベトナムは戦地としての意味しかも たず東洋の未開のジャングルとして周縁化される。米兵の戦争認識が理想と善悪の 狭間で推移してゆく中で、ベトナムのオリエント化は無意識のうちに進行してゆく のである。 図4 『プラトーン』の四象限図. 4.5 『グッドモーニング・ベトナム』の善悪描写 『グッドモーニング・ベトナム』はバリー・レヴィンソン監督の1987 年公開の ベトナム戦争映画で南ベトナムはサイゴンに送り込まれた一人の空軍DJ の視点を通 じてベトナム戦争を描いた作品である。同作品では過激な戦闘描写は見られないが 主人公のロビン・ウィリアムズ演じるDJ クロンナウアのシニカルなジョークとそれ を取り締まろうとする官僚主義的な上官や、ロビン・ウィリアムズとベトナム人少 年ツアンやその妹のトリンとの人間味溢れる交流を通じて、暗にアメリカ軍のベト ナム政策を批判した作品と言われている。 主人公の空軍DJ は作中で米軍基地内の放送を通じて皮肉たっぷりに米国のベトナ ム侵攻を批判する。型破りな空軍DJ(ロビン・ウィリアムズ)は米軍御用達の飲食 店に、一目ぼれしたベトナム人少女の兄で友人のツアンを連れていったことで米兵 と乱闘騒ぎを引き起こす。米国のベトナム人への差別意識や女性蔑視の価値観を人 気DJ クロンナウアは皮肉たっぷりのアナウンスで喝破する。一方で、彼の直属の上 官達はベトナム戦争の大義を汚すDJ のシニシズムを不適切と捉え、再三局長のテイ ラー少将にDJ の交代を依願する。この DJ 直属の上官にあたるホーク少尉やディッ 善 理想主義 現実主義 悪 エリアス軍曹 テイラー(前半)

テイラー

(当初

テイラー(後半) バーンズ軍曹

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136 カーソン上級曹長は米国の理想主義と戦争の大義に疑問を持たない、典型的な硬直 した官僚主義的な軍人像を表象している。反対に、戦地での現状に疑問をもったDJ クロンナウアは放送を通じて、米国外交を痛烈に批判するが親友ツアンがレストラ ンの爆破事件に関与していたベトコンであることが発覚し、戦地を追われることに なる。物語の最後で、クロンナウアはツアンとの対話からベトナムにおける本当の 敵は米国であり両民族は相容れないことを痛感する。 同作はベトナム戦争の正統主義歴史学を一部補正したもので、登場するベトナム 人も個人として認識され、ツアンの口からベトナムの立場を発言する機会が与えら れている。DJ のベトナム現地人との交流を通じて彼らの民族性を客観視した点では 画期的であり、米国の修正主義歴史学がベトナムのオリエント化を加速させる中で 一石を投じた作品であったと評価できよう。 図 5『グッドモーニング・ベトナム』の四象限図 6. 終わりに 本稿では、善悪を縦軸に理想主義と現実主義を横軸にした四象限図を考案するこ とで、戦争をテーマとした映画を分析するためのツールとして有用であることを指 摘した。本稿で扱った四象限図を用いてプロットの理想主義と現実主義、並びに善 悪表象の転換を例示すれば、映画を英語教材としてCLIL 教育の授業で応用する場合 に効果的であると期待する10 謝辞 本稿は2016 年 7 月 9 日早稲田大学にて開催された第 22 回映画英語教育学会全国 大会の口頭報告に加筆、修正を施したものである。発表会場にて貴重なコメントを 善 理想主義 現実主義 悪

ホーク少尉・

ディッカーソン曹長

ベトナム人 少年ツアン

DJ クロンナウア

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137 頂いた方々に感謝申し上げる。また、査読委員会の方々にもこの場を借りて御礼申 し上げる。 注 1 佐々木卓也編. (2002).『戦後アメリカ外交史』. 東京:有斐閣. p,51 同書は戦後アメリカ外交史の通説を取り扱った概説書であり、特に冷戦期におけ る米国外交の流れを確認するには最適である。 2同上. p,268 3 ニーチェ.(2009),『善悪の彼岸』,東京:光文社,p411~418 4E・W・サイード. (1993). 『オリエンタリズム上』. 東京:みすず書房.p.24~33 5村田晃嗣.(2005). 『アメリカ外交―希望と苦悩―』. 東京:講談社. p,37~41 6 松田武編(2005).『現代アメリカの外交―歴史的展開と地域との諸関係―』. 京都:ミ ネルヴァ書房.p,45~52 7 同上、p.45~46 8 ジョセフ・ナイ.(2007).『国際紛争―理論と歴史―』.東京:有斐閣. P.58~62 9 マイケルライアン・メリッサノレス編. (2014).『Film Analysis 映画分析入門』. 東 京:フィルムアート社. p,227 同書では映画『地獄の黙示録』をアメリカ建国の理念である個人主義と政府の官 僚主義との対立を表していると分析し、ウィラード大尉がカーツ大佐を殺害したこ とで官僚主義が勝利したと整理した。 10 笹島茂編. (2015). 『CLIL 新しい発想の授業―理科や歴史を英語で教える!?―』. 東京:三修社. 現況の英語教育を巡る議論は文科省を中心とした提言によって、よ りコミュニケーションを重視したグローバル人材の育成へと特化してきている。グ ローバル人材とはただ高い英語力を有しているだけではなく、異文化理解に長けた 人材であると一般的には考えられている。その点を踏まえて、異文化理解の授業に 映画を教材として活用することは効果的であると考える。また近年、英語で専門科 目を学習するCLIL 教育も特に注目を集めており、映画を教材として CLIL 教育の観 点からコースを運営することも非常に効果的であると考える。その点を考慮して、 本稿では四象限図を用いた米国文化論の授業を視野に入れて提案を行った。 主要参考文献 A. 英語文献

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