313 人 工 知 能 36 巻 3 号(2021 年 5 月) 「編集委員からの抱負と提言 2021」 7年ほど前から,大阪大学のヒューマンウェアイノベー ションという博士課程プログラムで,学外プログラム担 当者という役目をいただいています.このプログラムで は,一人の学生に対し,専門分野の教員,他分野の教員 のほか,産業界の学外プログラム担当者が第 3 の指導者 として割り当てられるのが特徴の一つです.学外プログ ラム担当者には,ビジネスの視点からの研究テーマの評 価や,一人の先輩として人生設計に関する相談に乗るこ とが期待されており,年に 1 ∼ 2 回,学生に会って話を する機会があります.昨年はコロナ禍のためオンライン での企業説明のみとなり残念でしたが,自分の専門とは 違う分野の最先端の話を聞けることもあり,筆者として は学生と会う機会を楽しみにしていました. 2∼ 3 年前の面談時に,学生から「歳をとったと実感 するのはどんなときですか」という質問が出ました.突 然出てきたわけではなく,筆者が,研究者としての仕事 は歳をとっても若い頃とあまり変わらない,というよう な話をしていた文脈だったと思います.はっきりともの を言う子だな,とは思いましたが,純粋に好奇心から聞 いていることがわかったので,筆者も真面目に考えて,「プ ログラムを書くのが遅くなった,と感じたとき」と答え ました. そのときは,この話題はこれ以上発展しませんでした が,面談が終わってから,なぜプログラムを書くのが遅 くなったのだろう,と改めて自問しました.もともと, 筆者はプログラムを書き始めるとのめり込む傾向があり, 周囲からの情報がいっさい頭に入らなくなって,気が付 いたら 2 ∼ 3 時間経っていた,などということもしばし ばありました.しかし,そうした経験を最近していないな, と思い至りました.恐らく,集中力が弱まっているのか, 持続しにくくなっているのか,その両方かがプログラミ ング速度低下の原因であろうと思われました. しかし,もしそうならば,影響はプログラミングだけ にとどまらないだろう,と思って考え直してみると,他 にも能力の低下している作業がありました.内職です. 内職には,強い集中力というよりは,集中力の微妙なコ ントロールが求められます.メインの,表向きはするこ とになっている作業に対して必要最小限の集中力を傾け ることにより,(自分ではより重要と思っている)内職対 象に向ける集中力を最大化するのが内職の神髄です.こ のバランスをとるのが下手になったようで,内職に集中 しすぎてメイン作業である会議の内容が怪しくなったり, 逆に内職がさっぱり進まないような経験をするようにな りました. 認知科学的には,「メイン作業に対する必要最小限の集 中力」を人間はどう見積もっているのだろう,というと ころに興味があります.具体的に言えば,メイン作業の 典型は大きな会議ですが,自分に発言を振られる可能性 がありそうか,ありそうならば適切な受け答えをできる 程度に議事を把握できているかを,かつての自分はうま く見積もっていたように思います.では,こうした見積 もりは何に基づくものか ? 筆者は,経験の蓄積によっ て,会議の類型ごとに見積もりをするための知識が学習 されるという仮説を立てていました. ところが,オンライン会議が日常化して,それだけで はなさそうだ,と思えてきました.これも各人の環境や 能力に依存するとは思いますが,筆者の場合,オンライ ン会議では対面会議に比べて内職の誘惑が強く,かなり 高い頻度で内職をしています.こうした状況で,前述の 集中力の配分がうまくいかないことに気が付いたのです. 対面会議ではなかったことですが,議論の動きに全くつ いていけておらず,(自分としては)突然発言を振られ て,「ごめんなさい」と平謝りすることが一度ならずあり ました.オンライン会議では,対面会議以上に「必要最 小限の集中力」が大きいのかもしれません.それと同時 に,オンライン会議では,発言を振られる可能性を見積 もるために利用するはずの会議の場の情報が伝わってこ ないため,正しい見積もりができていないように思われ ます.例えば,周囲の会議参加者のちょっとした顔の動 きや,かすかなどよめきが,会議の状況判断に重要な役 目を果たしていたことは想像に難くありません.限定さ れたインタラクションのモードの中から必死に手掛かり を探すために,「必要最小限の集中力」が大きくなってい るのかもしれません.減退した集中力でも内職に励める よう,会議の雰囲気が存分に伝わるオンライン会議プラッ トフォームの出現に期待します.会議の雰囲気を伝える ためにどんな情報が必要かを調べるための認知実験には 喜んで協力したいです. 内職は,コロナ禍での集中力のいわばミクロマネジメ ントに関わる課題ですが,よりマクロな集中力のマネジ メントに課題を感じているのが,オンライン学術会議へ の参加です.本会の全国大会も 2 年連続でオンライン開 催,横浜で開催の IJCAI もオンラインとなりました.こ れも各人の考え方に依存するとは思いますが,筆者の場 合,出張を伴う学術会議の期間は,集中力の適用対象と しては学術会議の優先度が高く,日常の業務をすること
集中力の使い途
折原 良平
キオクシア株式会社314 人 工 知 能 36 巻 3 号(2021 年 5 月) もありますがそれはあくまで二次的で,その切替えの象 徴として地理的な移動やそれに要する時間がある,と考 えてきました.オンライン開催で象徴が失われた結果, 切替えがうまくいかず苦労しています. オンラインかどうかに関係なく,「学術会議参加中なの で通常業務は制限されます」と宣言して,そのとおりに 集中力を使えば良いことですが,意思の力と職場の理解 を要することではあります.こうした理解をまずは自分 の周囲で常識化させていくことが,編集委員の隠れた役 割なのかもしれません. 以上をまとめますと,安心安全な内職を促進するマル チモーダルオンライン会議プラットフォームの開発に貢 献することと,日常業務のしがらみに抗あらがって学会発表に 集中することを,コロナ禍での学会活動における抱負と したいと思います.