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映画から見えるインド (四) (秩序としての混沌 -- インド研究ノート 第17回)

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映画から見えるインド (四) (秩序としての混沌

--インド研究ノート 第17回)

著者

湊 一樹

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

217

ページ

49-50

発行年

2013-10

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003613

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●消えゆく単館映画館

  これまで主流であった単館映画 館 が 最 新 式 の 設 備 を 備 え た シ ネ マ・コンプレックス(以下、シネ コン)に取って代わられるという 現象が、インドで大きな広がりを 見せている。例えば、首都デリー の中心街にあたるコンノート・プ レースの光景は、まさにそのひと つの典型といえるだろう。   最近になって、繁華街としての コンノート・プレースの地位が相 対的に低下していることは否定で き な い。 そ の 背 景 に は、 郊 外 に 続々と出現している大型ショッピ ング・モールをはじめとして、近 代的な商業施設が急速に整備され てきているという事情がある。ま た、コンノート・プレースそのも のの問題として、大規模な改修工 事が無秩序な形で延々と続けられ たため、あまりの使い勝手の悪さ から客足が遠のくようになったと い う 点 も あ げ ら れ る。 こ の 工 事 は、二〇一〇年一〇月にデリーで 開催された英連邦競技大会にあわ せてコンノート・プレースを全面 的に改修する目的で始められたの だが、完成予定日が何度も先延ば しされたあげく、現在でも至る所 で作業が続けられている。その混 乱ぶりは、ある有力紙が改修工事 の杜撰さを糾弾する特集企画を組 んだほどである(参考文献①) 。   とはいうものの、コンノート・ プレースが長年にわたってデリー の中心街としての地位を占めてき たことは確かである。それを物語 るように、コンノート・プレース には、一九四七年の独立以前から 続く単館映画館がつい最近まで四 軒も残っていた。ところが、二〇 〇〇年代の中頃に入ると、これら の映画館がシネコンを運営する大 手 企 業 の 傘 下 に 次 々 と 入 っ て 行 き、歴史を感じさせる映画館の装 いも新しいものへと変わっていっ た( 参 考 文 献 ②・ ③ )。 そ の 結 果、現在では、昔の姿を保ちなが ら 独 自 路 線 を 歩 ん で い る 映 画 館 は、一九三〇年代から続く一軒の みとなっている(なお、建て替え られた三軒の映画館のうちの二軒 はスクリーンがひとつしかないの で、厳密にはシネコンではない) 。   さらに、こうした流れはデリー のような大都市だけでなく、地方 の比較的大きな都市でも急速に進 行しつつある(参考文献④) 。

●もはや国民的娯楽ではない

  単館映画館が次々と姿を消す一 方、シネコンが着実に勢力を伸ば していることで、映画のチケット の値段が大幅に押し上げられてい ると前回の後半部分で指摘した。 具体的には、インド全土でシネコ ンを運営するある有力チェーンの 場合、二〇〇〜三〇〇ルピー(一 ルピーは約一・六円)という入場 料があたり前の様に見られるとい うことを述べた。   では、インドで暮らす普通の人 たちにとって、二〇〇〜三〇〇ル ピーという値段はどれくらい高い のだろうか。もちろん、何をもっ て「普通」とするかは、インドの ような格差の大きい社会ではとり わけ難しい問題なのはいうまでも ない。ただし、大まかな目安を示 すことで、映画館に行って映画を 観るというこれまで一般的だった 娯楽が、多くの人たち(特に、経 済 的 に 豊 か で は な い 人 た ち ) に とって縁遠いものになっていると いう点を確認することはできる。   例えば、二年ほど前にデリーで 行われたサンプル調査によると、 典 型 的 な イ ン フ ォ ー マ ル・ セ ク タ ー の 仕 事 で あ る リ キ シ ャ 引 き は、一日あたり二六〇ルピー程度 の 稼 ぎ を 得 て い る( 参 考 文 献 ⑤ )。 ま た、 デ リ ー 日 本 人 会 が 同 じ時期に実施したアンケート調査 で は、 雇 い の 運 転 手 の 給 料 と し て、一カ月あたり六五〇〇〜一一

インド研究ノート

湊 一樹

秩序としての

混沌

第17回

映画から見える

インド

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〇〇〇ルピーという金額があげら れ て い る( 参 考 文 献 ⑥ )。 し た がって、週休一日とした場合、雇 いの運転手は一日あたり二四〇〜 四〇〇ルピー程度の収入を得てい ることになる。   このような低所得者層が人口に 占 め る 割 合 は 依 然 と し て 高 い た め、シネコンの入場料が一日分の 稼ぎに相当する金額であるという 人はかなりの数にのぼると考えら れる。さらに、家族全員で一緒に 映画を観に行くとなれば、ハード ルがよりいっそう高くなることは いうまでもない。

●映画の可能性

  こ れ ま で に 何 度 か 触 れ た『 デ リーを一日で』という映画を私が 観たのは、ショッピング・モール のなかに入っているシネコンでの ことであった(インドのショッピ ング・モールには必ずといってい い ほ ど シ ネ コ ン が 併 設 さ れ て い る )。 こ の 映 画 館 は 普 通 の シ ネ コ ン の さ ら に 上 を 行 く 高 級 路 線 を 採 っ て お り、 平 日 は 八 〇 〇 ル ピー、週末は一〇〇〇ルピーとい う破格の料金を設定していた。   これほどの金額を払ってまで、 この映画館に行ったのにはいくつ か の 理 由 が あ る。 ま ず、 『 デ リ ー を一日で』を上映する映画館がデ リー市内に数軒しかなく、この映 画のことを知った時には、他の映 画館での上映が終わっていたから である。そして、もうひとつの理 由は、日本並みの料金を取る映画 館がどんなものであるのかをこの 目で確かめてみたいという好奇心 に駆られたからである。   実際に映画館のなかに足を踏み 入 れ て み る と、 「 さ す が に 高 い 金 を取るだけのことはある」と十分 納得いくような豪華な空間が 広がっていた。そして、大き な革張りのソファにゆったり と座り、従業員が運んできた ドリンクを飲みながら、地味 な つ く り の 独 立 系 映 画 に は もったいないほどの大画面と 高音質で映画を堪能した。こ の贅沢な雰囲気を何かに例え る な ら ば、 高 級 ホ テ ル と か ファースト・クラスとでもいうの が適当だろう。もっとも、高級ホ テルと呼ばれるような所に泊まっ たこともなければ、ファースト・ クラスどころかビジネス・クラス にさえ乗ったこともないが……。   館内の座席数は三〇ほどと少な く、約半分くらいの席が埋まって いた。高額なチケット代を払える くらいだから、その場にいるのは かなり経済的に余裕のある人たち に違いない。実は、映画を観てい る間、インドの富裕層と思しき観 客がこの映画にどういう感想を抱 くのだろうかと気になってしかた がなかった。というのも、すでに 述べたように、 『デリーを一日で』 と い う 映 画 は、 「 持 て る 者 」 と 「 持 た ざ る 者 」 の 間 に 横 た わ る 深 い亀裂を、前者に批判的な視点か ら描いているからである。   おそらく、映画館に行って映画 を観ることが、すべての人たちを 楽しませるという意味での国民的 娯楽ではなくなり、経済的に豊か な一部の人たちのためだけの娯楽 になっていくのは避けられないだ ろう。しかし、それは映画の役割 が低下していくことを必ずしも意 味していない。なぜなら、インド の輝かしい面にばかり目を向けが ちな恵まれた立場にいる人たちの 関心を、貧困・格差・差別といっ た深刻な社会問題に引き付ける力 が映画には秘められているからで ある。このような映画の可能性を 『 デ リ ー を 一 日 で 』 と い う 派 手 さ のない作品に強く感じた。 ( み な と   か ず き / ア ジ ア 経 済 研 究 所   在デリー海外派遣員) 《参考文献》 ① “S a ve C o n n a u g h t P la ce : H T  C am p aig n s fo r D elh i’s H ea rt, ” H in d u st an T im es , S ep te m b er  6, 2012. ② “T h e F am o u s F o u r, ”H in d u st an Ti m es ,S ep te m b er 1 4 ,2 0 1 1 . ③ “The Show is off, ” Hindu, Oc -tober 9, 2006. ④ “R a y o f H o p e: S in g le -S cr ee n  T h ea tr es F in d V alu e as M all s, A p ar tm en ts ,” E co n om ic T im es , A pr il 2 1 ,2 0 1 2 . ⑤ K urosaki, T akashi, Asit Baner -ji, S . N . M is h ra , a n d A . K . M a n g a l 2 0 1 2 . “U n o rg a n iz ed  E n te rp ris e a n d R u ra l-U rb a n  M ig ra tio n in I n d ia : T h e C as e of the Rickshaw Sector in Del -h i,” P R IM C E D D is cu ss io n P a-per No. 28. ⑥  デ リ ー 日 本 人 会 ホ ー ム ペ ー ジ ( h ttp :// w w w .d el h in ih o n jin ka i. in/funingo_06.htm )。 ビハール州ベグサライで調査の途中にみつけた昔なが らの映画館。キラキラ光るテープで建物が華やかに飾 り付けられている。館内には、背もたれのない粗末な 長椅子がいくつも並べられ、そこに腰掛けた男たちが 映画に見入っている。前方のスクリーンに目を向ける と、日本のテレビでよくみかけるサスペンス・ドラマ を思わせるような安いつくりの映画が上演されていた (2012 年 10 月、筆者撮影)。

秩序

としての

混沌

インド研究ノート

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アジ研ワールド・トレンド No.217 (2013. 10)

参照

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