『胡蘭河伝』論
著者
山本 和子
雑誌名
研究論集
巻
87
ページ
57-75
発行年
2008-03
URL
http://doi.org/10.18956/00006210
r胡 蘭 河 伝 』 論
山 本 和 子
要 旨 蕭 紅 の 後 期 の 代 表 作 とされ るr胡 蘭 河 伝 』 は1940年 、 香 港 で 完 成 され た 。 当 時 は 日中戦 争 の さ な か で 、蕭 紅 の 故 郷 東 北 は 日本 の 占領 下 に あ った 。 帰 りた くと も帰 れ な い状 況 の な か 、蕭 紅 は 遠 く離 れ た 故 郷 胡 蘭 で の幼 少 期 を振 り返 って 、 そ の 「忘 れ が た い 」 光 景 を 書 き綴 っ た。 そ れ が 『胡 蘭 河 伝 』 で あ る。 伝 は物 語 の意 。 作 品 は 全 七章 とエ ピ ロ ー グか ら成 り、 各章 は それ ぞれ 異 な る 物 語 で 、 短 編 と して も十 分 に読 み 応 え の あ る もの で あ る。 物 語 で は 、 祖 父 と過 ご した屈 託 な い 日 々 の ほ の ぼ の と した 情 景 が 描 か れ る一 方 、 因 習 や 迷 信 に 縛 られ た 人 々が 元 気 な少 女 を 死 に 追 い や る 残 酷 で 哀 し い情 景 も描 か れ て い る。 作者 は物 語 の な か で 、 愚 昧 な民 衆 が 「無 責 任 で無 自覚 な 殺 人 集 団 」 と化 す 深 刻 な問 題 を提 起 し、 人 間 存 在 の 不 条 理 性 を鮮 明 に 描 き 出 した。 本 稿 では 、 『呼 蘭 河 伝 』 の 背 景 を 探 りな が ら、 作 者 が 意 図 した と ころ 及 び 作 品 の 魅 力 の 所 在 に 迫 った 。 キ ー ワ ー ド 蕭 紅 、r胡 蘭 河伝 』、 不 条理 、 「無 責任 で 無 自覚 な 殺 人 集 団 」 は じめ に 胡 蘭 河 は 中 国 の 東 北 、 ハ ル ビ ンの 北 に あ る 胡 蘭 県 を 流 れ 、 松 花 江 に 注 ぐ。 こ の 河 の 下 流 域 に 胡 蘭 県 の 県 城 胡 蘭 が あ る 。 県 城 胡 蘭 は 河 の 北 に 位 置 し、 河 の 南 は 二 十 世 紀 初 頭 「見 渡 す 限 り柳 が 群 生 して い た 」1)とい う。1911年 、 『胡 蘭 河 伝 』2)の作 者蕭 紅3)は 、 こ の 町 で 生 ま れ た 。 蕭 紅 の 後 期 の 代 表 作 と さ れ る 『胡 蘭 河 伝 』 は 、 彼 女 の 「生 涯 に わ た る 経 験 と 思 想 が 凝 集 した も の 」4)で あ り、 畢 生 の 大 作 で あ る。 こ の 作 品 は 日 中 戦 争 の さ な か 、1937年12月 ご ろ か ら 断 続 的 に 書 き 進 め ら れ 、1940年12月20日 に 完 成 す る 。5) そ の エ ピ ロ ー グ で 、蕭 紅 は こ う語 る 。 胡 蘭 河 とい う小 さな 町 に 、 以 前 、 わ た しの 祖 父 が 住 ん で い た 。 今 、 わ た しの 祖 父 が 眠 っ て い る。 わ た しが 生 まれ た と き、 祖 父 は す で に 六 十 を 過 ぎて い た 。 わ た しが 四 、 五 歳 に な る と、 祖 父 は 七 十 に 近 か った 。 わ た しが まだ 二 十 歳 に な らな い うちに 、 祖 父 は 八 十 歳 に な った 。祖 父 は 八 十 を 越 え る とす ぐ死 ん だ 。 か つ て の あ の 裏 庭 の 主 人 は 、 今 は も うい な い 。 老 主 人 は 死 ん だ 。 幼 い 主 人 は 逃 げ て い っ た 。 あ の 庭 の 蝶 や バ ッタや トン ボは 、 今 で も年 々変 わ らな い か も しれ な い 。 ひ ょっ と した ら 今 で は す っか り荒 れ 果 て て しま った か も しれ な い 。(中 略) 以 上 、 わ た しが 書 い た の は これ とい って 美 しい 物 語 で は な い け れ ど、 彼 らが わ た しの 幼 年 時 代 の 記 憶 を 満 た し、 忘 れ られ ず 、 忘 れ が た い 。 た だ そ れ だ け の こ とで こ こに 書 き留 め た の で あ る。6) 「胡 蘭 河 伝 』 を 執 筆 す る まで に 、蕭 紅 は 人 間 社 会 の あ りとあ らゆ る不 条 理 を 経 験 して い た 。 社 会 の 至 る と こ ろに 存 在 す る封 建 的 抑 圧 、 日本 の 帝 国 主 義 的 侵 略 、 貧 困 、 そ して 女 で あ る こ と、 これ らの 不 条 理 が 彼 女 を 重 苦 し く締 め 付 け て い た の で あ る。 と りわ け 女 で あ る こ とは 、 彼 女 に と って 生 涯 逃 れ られ な い 深 刻 な 不 条 理 で あ った 。 蕭 紅 は 、 男 性 ジ ャ ー ナ リス トで 評 論 家 で もあ る最 紺 弩 に 、 次 の よ うに 言 う。 「あ な た に わ か る? わ た しは 女 よ。 女 の 空 は 低 く、 翼 は 薄 い の 。 身 の 回 りに は 厄 介 な 物 が 重 くの しか か って い て 、 本 当 に わ ず らわ しい 。 女 に は 自己 犠 牲 の 精 神 が 有 りす ぎ る。 そ れ は 勇 敢 だ か らで は な く、 臆 病 だ か らな の 。 長 期 に わ た る救 い の な い 犠 牲 状 態 の 中 で 、 犠 牲 に 甘 ん じる惰 性 が 身 に 付 い た の よ。 わ た しに は わ か って い る。 だ け ど、 考 え て しま う。 わ た しは 何 者? 屈 辱 が 何 だ って い うの? 災 難 が 何 だ って い うの? 死 さえ も何 だ って い うの? わ た しに は わ か らな い 。 わ た しは 一 人? そ れ と も二 人? この よ うに 考 え る の が わ た しな の? あ の よ うに 考 え るの が わ た しな の? よ し、 わ た しは 飛 ぽ う。 だ が 、 同時 に ε εわ た しは 落 ち るだ ろ う、 と予 感 す る。」7) 人 間 を 愛 し、 人 間 の 「温 か さ」 と 「愛 」 を 求 め 続 け た蕭 紅 で あ るが 、 報 わ れ る こ とは ほ とん どな か った 。 彼 女 の 生 きた 道 を 辿 って み る と、 わ ざわ ざ茨 の 道 を 選 ん で 生 きた の で は な い か 、 とす ら感 じさせ られ るの で あ るが 、 そ れ は 、 彼 女 が あ くまで 真 摯 に 生 きた 証 で は な か ろ うか 。 1930年 代 とい う激 動 の 時 代 を 生 きて 、 人 間 存 在 の 不 条 理 を 知 り尽 く した 瀟 紅 が 、 そ の 鋭 い 感 性 の フ ィル タ ー を 通 して 、 「忘 れ が た い」 記 憶 の な か の 胡 蘭 の 町 と人 々を 映 し出 した。 そ れ が 「胡 蘭 河 伝 』 で あ る。
1936年12月 に 出版 され たr生 死 の場 』8)が大 きな 反 響 を 呼 び 、 薫 紅 は 「抗 日作 家 」 と して上 海 文 壇 に そ の 地 位 を 確 立 した 。 そ して 、 い よい よ創 作 活 動 旺 盛 な 時 期 を 迎 え る。 しか し、 自 ら 「多 病 」 とい うよ うに、 不 眠 、 発 熱 、 頭 痛 、 腹 痛 、 貧 血 、 と身 体 の不 調 に 悩 ま され る。9)その うえ 、 日本 に よ る軍 事 侵 略 、 夫 で あ る薫 軍 との 葛 藤 等 、 不 安 と苦 痛 が 彼 女 に 付 き ま と う。 と りわ け 彼 女 を 苦 しめ た の は 薫 軍 の 恋 愛 問 題 で あ った 。蕭 軍 は 最 愛 の 夫 で あ り、 同 志 で あ る。 に もか か わ らず 、 平 気 で 彼 女 の 心 を 踏 み に じるの だ 。 感 受 性 豊 か で繊 細 な蕭 紅 は 傷 つ き悩 み 、 孤 独 感 を 深 め て い く。 そ の 彼 女 の 精 神 的 拠 り所 とな った の が 、 父 と も師 と も仰 ぐ魯 迅 で あ った 。 彼 女 は 魯 迅 の 家 を 頻 繁 に 訪 れ る よ うに な る。 魯 迅 の 妻 許 広 平 は 、 当 時 の 薫 紅 を 次 の よ うに 回 想 して い る。 毎 日一 度 な らず や っ て来 た の は 彼 〔蕭軍〕で は な く薫 紅 女 士 で あ った 。 そ れ で、 わ た し は で き るだ け 時 間 を 割 い て 、 階 下 の 客 間 で蕭 紅 女 士 に 付 き合 わ ざ るを 得 な か った 。 彼 女 は 時 に とて も楽 しそ うに 談 笑 も した が 、 無 理 に 繕 って 話 を し、 強 烈 な 哀 愁 に 襲 わ れ る こ とが しば しば あ った 。 そ れ は 紙 で 水 を 包 む よ うに 、 染 み 出 さな い わ け に は い か な か った 。 も ち ろん 、蕭 紅 女 士 は 懸 命 に こ らえ て い るの だ が 、 ヤ カ ンを 火 に 掛 け て い るの に ヤ カ ンの 外 側 が 水 滴 だ らけ に な る よ うに 、 全 く覆 い 隠 せ な か った 。10) の ち に蕭 軍 と 別 れ る こ と を 決 意 した と き 、蕭 紅 は 「愛 して い る の に 、妻 で あ る こ とが つ ら い 」 と も ら す 。 「わ た しは蕭 軍 を 愛 し、 今 な お 愛 して い る。 彼 は 優 秀 な 小 説 家 で 、 思 想 の 上 で は 同 志 だ し、 苦 難 を 共 に して きた 。 しか し、 彼 の 妻 で あ る こ とは つ ら くて た ま らな い 。 あ な た た ち 男 は ど う して こん な に 怒 りっぽ い の か しら? ど う して 妻 に 当 た り散 らす の か しら? ど う して 妻 に 対 して 忠 実 で な い の か しら? ず い ぶ ん 長 い 間 屈 辱 に耐 え て きた わ ε ε ε 」ll) 女 で あ るが ゆ え に 、 男 の 理 不 尽 な 仕 打 ちに 耐 え な け れ ば な らな い 。 これ は蕭 紅 に と って 、 重 大 な不 条 理 で あ った 。 この 不 条 理 は ど こか ら来 るの か? 彼 女 は そ の 答 え を 求 め て 、 男 が 女 を 抑 圧 す る仕 組 み を つ ぶ さに 観 察 した 。 そ して 、 そ こに は ゆ る ぎな い 歴 史 的 文 化 的 背 景 が あ り、 そ の 社 会 を 作 り出す の に 、 被 抑 圧 者 で あ る女 が む しろ積 極 的 に 加 担 して い る こ とに 気 付 くの で あ る。 同時 に 、 「敏 感 で誇 り高 い 内心 で は、 女 性 は 独 立 した 存 在 で あ り、 彼 女 は 彼 女 の もの で あ って 、 た とえ どん な に そ の 男 を 愛 して い て も、 そ の 男 の 従 属 物 で は な い 、 と強 く確 信 して い
た 。」12)これ ほ ど 覚 醒 し た 意 識 を 持 ち な が ら 、 現 実 の 愛 情 関 係 に お い て は 弱 者 で あ り、 「愛 」 ゆ え に 男 の 理 不 尽 な 仕 打 ち に 耐 え て い る 。 そ の 心 の 葛 藤 は 、 や が て 彼 女 に 離婚 を 決 意 さ せ る こ と に な る 。 1938年 春 、 西 安 で 、蕭 紅 は蕭 軍 に 「三 郎 〔蕭軍〕 私 た ち 、 永 遠 に 別 れ ま し ょ う」13)と切 り 出 す 。 『胡 蘭 河 伝 』 に 着 手 した こ ろ 、蕭 紅 は ま さ に 苦 悩 の ま った だ 中 に い た の で あ る 。 一 方 、1937年7月7日 に 勃 発 した 日中 戦 争 は 激 化 の 一 途 を 辿 り、8月23日 に は 上 海 が 日 本 軍 に 占 領 さ れ る 。9月 、蕭 紅 は蕭 軍 と と も に 上 海 を 離 れ る 。 西 安 で蕭 軍 と 訣 別 した の ち 、 端 木 藪 良 と と も に 武 漢 に 向 か う。1940年1月 、 香 港 へ 。12月20日r胡 蘭 河 伝 』 完 成 。 蕭 紅 は 、 ほ ぼ 三 年 の 歳 月 を か け てr胡 蘭 河 伝 』 を 完 成 した の だ が 、 そ の 間 、 武 漢 、 臨 扮 、 西 安 、 武 漢 、 重 慶 、 香 港 、 と 目 ま ぐ る し く移 動 を 重 ね て い る 。 常 に 日本 軍 の 空 爆 の 脅 威 に さ ら さ れ て い て 、 心 休 ま る こ と が な か っ た 。 1941年12月8日 、 太 平 洋 戦 争 勃 発 。 ほ ど な く、 安 全 と 思 っ て 逃 れ て き た 香 港 に も 日 本 軍 が 侵 攻 して 来 る 。 戦 乱 状 態 に 陥 り医 療 機 関 も 混 乱 す る な か 、1942年1月22日 、蕭 紅 は 故 郷 胡 蘭 の 町 か ら 遠 く離 れ た 香 港 で 病 死 す る 。 享 年 三 十 二 歳 。 「胡 蘭 河 伝 』 は 全 七 章 とエ ピ ロー グか ら成 る。 物 語 の 時 代 は 二 十 世 紀 初 頭 、 舞 台 は 中 国 東 北 の 田舎 町 胡 蘭 で あ る。 第 一 章 で は 胡 蘭 の 町 の概 貌 が 、 第 二 章 で は 胡 蘭 の 祭 事 や 風 習 が 紹 介 され る。 第 一 章 、 第 二 章 が 物 語 の序 曲 とな って 、 第 三 章 以下 、 「わ た し」 の 目を 通 して物 語 が 展 開 す る。 第 三 章 で は 幼 い 「わ た し」 と祖 父 の 日常 の 断 片 が 語 られ 、 第 四 章 で は 「わ た し」 の 家 と 借 家 人 た ちが 紹 介 され る。そ して、第 五 章 は この 作 品 の ク ライ マ ック ス と も言 うべ き 「童 養 娘 」 〔将来息子の嫁にす るために子供の時か ら引 き取 られた娘〕 の物 語 、 第 六 章 は 遠 い 親 戚 に あ た る 「有 二 伯 」 の 物 語 、 第 七 章 は 借 家 人 の 貧 しい 粉 挽 き 「馬歪 噛 子 」〔口まが りの馬〕の物 語 と続 く。 物 語 の 舞 台 で あ る胡 蘭 の 町 は 、 広 々 と した 肥 沃 な 胡 蘭 平 原 の 真 ん 中 に あ る。1938年1月 、 武 漢 か ら臨 沿 に 向か って い た 薫 紅 は 、 車 窓 に 広 が る黄 土 高 原 を 眺 め な が ら、 故 郷 胡 蘭 に 思 い を 馳 せ る。r私 た ち の故 郷 は見 渡 す 限 りの平 原 で、 夏 は 緑 、 冬 は 白、 春 に な る と大 地 は太 陽 に 蒸 さ れ て 、 冬 か ら生 き返 るか の よ うに 蒸 気 が 上 が るの よ。 秋 に は 刈 り入 れ を す るの 」14) 第 一 章 は 、 そ の 平 原 の 冬 か ら始 ま る。 大 地 は 凍 って 縦 横 に 裂 け 、 空 は どん よ りと灰 色 で 、 一 日中 粉 雪 が 舞 う。 馬 車 を 引 く馬 は 白い 息 を 吐 きな が ら、 見 渡 す 限 りの 雪 原 を ひ た 走 る。 薫 紅 の 描 写 を 読 む と、 ま るで 映 画 の ス ク リー ンを 見 て い る よ うだ 。 真 っ 白な 雪 に 覆 わ れ た 荒 涼 と した 平 原 を 写 して い た カ メ ラが 、 そ の 中 に ぽ っか り現 れ る 田舎 町 胡 蘭 を 捉 え る。 そ れ か ら、 「顕 微 鏡 の 下 に 置 い て つ ぶ さに 見 る」15)ように 、 町 の 一 角 を 大写 しに す る。
この 町 の 東 二 道 街 に は 大 きな 泥 の 窪 み が あ る。 この 泥 の 窪 み は 道 い っぱ い に 広 が って い て と て も深 い 。 雨 が 降 る と、 馬 車 は も ち ろん 、 歩 い て 通 るに も道 沿 い の 人 家 の 塀 に へ ば り付 くよ う に して 通 らな け れ ば 泥 沼 に 落 ちて しま う。 豚 や 馬 や 人 まで もが 落 ちて 生 命 を 落 とす こ と さえ あ るの だ 。 人 々は 、 泥 の 窪 み に 落 ちた もの を 救 い 出す の に 大 騒 ぎす るが 、 一 方 で は 、 落 ちた もの の 不 幸 を 、 見 世 物 で も見 る よ うに 楽 しん で い る感 す らあ る。 この 危 険 を ど う回 避 す るか 、 議 論 紛 々だ 。 しか し、 泥 の 窪 み を 埋 め て 平 らに しよ うとい う根 本 的 解 決 策 を 考 え る人 間 は い な い 。 この 泥 の窪 み に まつ わ る挿 話 の一 つ一 つ か ら、 「他 人 の不 幸 を喜 ん だ り、 そ の場 しの ぎで お 茶 を 濁 した り、 消 極 的 で い い 加 減 な 生 き方 を す る」16)人間 像 が 鮮 明 に 浮 か び上 が って くる。 町 の な か で ひ と きわ 精 彩 を 放 って い るの は 、 死 者 を 弔 うた め の 品 々を 商 う店 で あ る。 そ の 店 先 に 並 ん で い るの は 精 巧 な 紙 細 工 で 、 家 か ら家 具 調 度 品 に 至 る まで この 世 の もの そ っ く りに 作 られ て い る。 そ れ を 死 者 の た め に 燃 や して や る と、 死 者 は そ れ を あ の 世 に 持 って 行 け る とい う。 だ が 、 この 仕 事 を 生 業 と して い る人 間 が 、 実 は あ の 世 を 信 じて い な い 。 も し、 誰 か が 彼 ら に 、 「人 は 何 の た め に 生 き る の?」 と尋 ね た ら 、 彼 ら は す ぐ さ ま 「食 べ て 着 る た め だ よ 」 と き っ ぱ り答 え る だ ろ う。 「死 ん だ ら?」 と尋 ね た ら 、 「死 ん だ ら お し ま い さ 」 と 答 え る だ ろ う。17) そ して 、 ひ っそ りと静 寂 に 包 まれ た 胡 同。 と きお りや って くる麻 花 売 りや 涼 粉 売 り、 豆 腐 売 りの 売 り声 が そ の 静 寂 を 破 る。 す る と、 住 人 た ちが 出て きて 、 しば し賑 や か な駆 け 引 きが 繰 り 広 げ られ る。 や が て 、 日が 暮 れ 、 夕 焼 け 空 か ら星 空 へ 。 一 日一 日と何 事 もな か った よ うに 過 ぎ、 春 夏 秋 冬 が 巡 るが 、 そ こに 暮 らす 人 々の 生 活 も思 考 も百 年 一 日の 如 く、 変 わ る こ とは な い 。 第 二 章 で は 、 胡 蘭 の 人 々の 暮 ら しの な か に 生 き続 け る土 俗 的 信 仰 や 風 習 が 語 られ る。 例 え ば 、 跳 大 神 。 跳 大 神 は 神 降 ろ しの 祈 祷 で あ る。 病 人 が 出 る と、 人 々は 物 の 怪 が 愚 い た と 信 じ、 そ の 物 の 怪 を 追 い 出す の に 「大 神 」 と呼 ば れ る祈 祷 師 を 招 く。 招 か れ た 祈 祷 師 は 赤 い ス カ ー トを 身 に 着 け 、 お ど ろお ど う し く身 体 を 震 わ せ な が ら祈 祷 を 唱 え る。 時 に 激 し く時 に 哀 調 を 帯 び た そ の 声 は 、 ドン ドン ドン ドン と打 ち鳴 ら され る太 鼓 の 音 と相 ま って 、 人 々を な ん と も 切 な くや るせ な い 思 い に 誘 うの で あ る。 この 寂 れ た 田舎 町 で は 、 そ れ は 格 好 の 見 世 物 で あ り、 ドン ドン と太 鼓 の 音 が 聞 こえ て くる と、 畏 れ と期 待 で 人 々は 駆 け 付 け ず に は い られ な い 。 見 物 人 に と って は 、 病 気 が な お った か ど うか は 二 の 次 で 、 大 神 の 衣 裳 や 「演 技 」 の 上 手 下 手 が 最 大 の 関 心 事 で あ る。 一 方 、 厳 か に 神 降 ろ しを す る大 神 の ほ うは 、 供 え 物 の 鶏 を 持 ち帰 って 食 べ 、
供 え 物 の 布 地 で 服 を 作 り、 また 、 供 え 物 が 少 な い と見 て と る と、 脅 迫 まが い の 祈 祷 文 を 唱 え て 追 加 を 催 促 す る。 如 何 に も人 間 くさ く、 商 売 っ気 た っぷ りな の で あ る。 そ れ か ら、 娘 娘 廟 。 胡 蘭 に は 女 の 神 を 祭 る娘 娘 廟 と男 の 神 を 祭 る老 爺 廟 が あ る。 四 月 十 八 日 は 娘 娘 廟 の 縁 日で あ るに もか か わ らず 、 人 々は まず 老 爺 廟 に 参 って か ら娘 娘 廟 に 参 る。 な ぜ な ら、 人 々は あ の 世 で も男 尊 女 卑 だ と思 って い るか ら、 先 に 老 爺 廟 に 参 るの だ 。 人 は な ぜ 男 の 神 を 畏 れ 、 女 の 神 を 敬 わ な い の か? 作 者 の 解 釈 は こ うで あ る。 そ れ らの 像 を 造 った の は 男 だ 。 だ か ら、 男 の 像 を 大 き く猛 々 し く造 り、 女 の 像 は 柔 和 に 造 った の だ 。 人 々は 恐 ろ しい もの に は 畏 敬 の 念 を 抱 い て 自ず と脆 くが 、 や さ しい もの に は 尊 敬 の 気 持 ちな どか け ら も起 こ さな い 。 女 の 像 を 、 何 故 あ の よ うに 温 順 に 作 る の か? そ れ は 温 順 で あ る の は 逆 ら わ な い 、 逆 ら わ な い の は 侮 りや す い 、 さ あ 、 み ん な 、 彼 女 を 侮 りに お い で 、 と 言 っ て い る の だ 。 人 は お と な しけ れ ば 、 異 類 が 侮 る ば か りで な く、 同 類 で さ え も 同 情 しな い 。18) 如 何 に も女 の 自立 を 求 め た蕭 紅 ら しい 捉 え 方 で あ る。 彼 女 は 自分 自身 を も含 め て 女 が 温 順 で あ るか ら男 に 侮 られ るの だ 、 と唇 を 噛 ん だ に ちが い な い 。 そ の 他 、 夏 の 孟 蘭 盆 会 の 灯 籠 流 しや 秋 の 収 穫 に 感 謝 す る河 原 芝 居 な ど、 胡 蘭 の 祭 事 が 綴 られ る。 そ こに は 、 人 生 って な ん と悲 し く哀 れ な ん だ ろ う、 と溜 息 に も近 い 蓼 々 と した 感慨 が 満 ち て い る。 そ して 、 作 者 は そ れ らが 神 とか 霊 の 形 を 借 りて 、 人 々の 思 考 や 行 動 を 縛 って い る こ と を 明 らか に して い く。 そ れ らが 如 何 に 欺瞞 に 満 ちた もの で あ るか 、 また 、 盲 目的 に そ れ を 受 け 入 れ る人 々が 如 何 に 愚 昧 で あ るか 、 描 写 の 背 後 か ら浮 か び 上 が って くるの で あ る。 四 この 「胡 蘭 河 伝 』 が 書 か れ た の は 、 先 に 述 べ た よ うに 、 日中 戦 争 の さな か で あ る。 故 郷 東 北 に は 、 帰 りた くと も現 状 で は 帰 れ な い 。 帰 れ な い とな る と、 望 郷 の 思 い は ます ます 募 る。蕭 紅 な らず と も、 東 北 か ら逃 れ て きた 青 年 た ちは 、 故 郷 の 山に 、 河 に 、 コ ウ リャ ンの 粥 に 、 思 い を 馳 せ た 。 そ ん な と き、蕭 紅 の 脳 裏 に は い つ も、 幼 い 日々を 過 ご した 裏 庭 の 光 景 が 浮 か ん だ 。 彼 女 は蕭 軍 に語 る 。 「門前 に は ヨモ ギが 生 え、 裏 庭 に は 紫 色 の小 さ な ナ ス の 花 が 咲 き、 キ ュ ウ リ の 蔓 が支 柱 を 這 い登 るの 。」19)生命 が 躍 動 して い る裏 庭 、 祖 父 と過 ご した 屈 託 の な い 日々、 そ の 甘 美 な 記 憶 は 、 間 違 い な く彼 女 に 安 ら ぎを もた ら した こ とで あ ろ う。 「胡 蘭 河 とい う小 さな 町 に 、 わ た しの 祖 父 が 住 ん で い た 」 とい う書 きだ しで 始 ま る第 三 章 は 、 祖 父 と過 ご した 屈 託 な い 日々が 断 片 的 に 綴 られ る。
人 生 の 終 りに さ しか か った 老 人 と、 これ か ら人 生 を 歩 き始 め よ うと して い る幼 い 少 女 。 一 人 は 年 老 い て 、 一 人 は 幼 く、 ど ち ら も社 会 的 弱 者 で あ る。 だ が 、 少 女 に と って 、 世 界 に 祖 父 さえ い れ ば 十 分 で 、 な に も恐 くな か った 。 屋 敷 の 北 側 に 広 が る裏 庭 。 そ こに は 、 蝶 や トン ボが 飛 び 、 花 は 咲 き、 草 木 は 青 々 と茂 る。 少 女 は 元 気 に 走 り回 り、 祖 父 は 庭 仕 事 に 勤 しむ 。 庭 じゅ うに 生 気 が 法 り、 蝶 や トン ボや 花 や 草 木 は な ん と美 し く光 り輝 い て い る こ とか 。 そ の 光 溢 れ る情 景 か らは 、 作 者 の 生 き と し生 け る もの す べ て に 対 す る憧 憬 に も似 た 熱 い 思 い が 、 ひ しひ しと伝 わ って くる。 祖 母 の死 後 、 「わ た し」 は 祖 父 の 部 屋 で過 ごす よ うに な り、 祖 父 か ら 口伝 て で詩 を学 び 始 め る。 朝 に 詩 を 唱 え 、 夜 に 詩 を 唱 え る。 詩 を 唱 え て い れ ば ご機嫌 で 、 そ の 声 は 屋 敷 じゅ うに 響 き 渡 った 。 そ して 、 も う一 つ 、 食 べ る こ とが 大 好 きだ った 。 祖 父 が 、 た また ま井 戸 に 落 ちて 死 ん だ 子 豚 や ア ヒル に 黄 土 を 塗 りつ け て 蒸 し焼 きに し、 「わ た し」 に食 べ させ た 。 わ た しが 食 べ る の を 、 祖 父 は 傍 ら で 見 て い る 。 祖 父 は 食 べ な い 。 祖 父 は 、 わ た しが 食 べ 終 わ っ て か ら 食 べ た 。 彼 は 、 わ た しの 歯 が 小 さ い の で 、 噛 め な い と い け な い と 思 い 、 さ き に 軟 ら か い と こ ろ を わ た しに 食 べ さ せ 、 残 っ た の を 祖 父 が 食 べ た 。 祖 父 は 、 わ た しが 呑 み 込 む 毎 に うな ず く。 そ して 嬉 しそ うに 言 っ た 。 「こ い つ は 本 当 に 食 い しん 坊 だ 」 と か 、 「こ い つ は 本 当 に 食 べ る の が 速 い 」 とか 。20) 目を 細 め て 孫 を 見 守 る老 人 の 姿 が 目の 前 に 浮 か ぶ よ うで は な い か 。 作 者 は 何 ら技 巧 を 凝 らす こ と な く淡 々 と情 景 を ス ケ ッチ して 、 祖 父 の 像 を あ りあ りと描 き 出 して い る。 そ の 人 間 味 溢 れ る像 か らは 、 祖 父 に 向 け られ た 作 者 の 温 か な 眼 差 しが 感 じ取 れ るの で あ る。 「わ た し」 は そ の 味 が 忘 れ られ ず 、 ア ヒル が 井 戸 に 落 ち るの を 楽 しみ に す るが 、 二 度 と ア ヒ ル は 落 ちな い 。 そ れ で ア ヒル を 井 戸 に 落 とそ うと、 井 戸 端 で ア ヒル を 追 い まわ す 。 祖 父 が 「ア ヒル を 捕 まえ て 焼 い て や る よ」 と言 って 制 止 して も、 わ た しは 「井 戸 に 落 ちた の が い い 、 井 戸 に 落 ちた の が い い 」 と言 って 、 祖 父 の 言 うこ とを 聞 か な か った 。 利 発 で 意 地 っ張 りの 孫 娘 と、 孫 娘 を 温 か く包 み 込 む 祖 父 。 この 二 人 の ほ の ぼ の と した シ ー ン は 、 ど こか 懐 か しい 牧 歌 的 な 情 緒 に 満 ちて い て 、 深 く心 に 染 み 透 る。 五 第 三 章 で は 「わ た し」 を 主 人 公 に 物 語 が 展 開 した が 、 第 四 章 で は 「わ た し」 の 周 囲 の 世 界 に 、 目が 向け られ る。 そ れ は 屋 敷 の 庭 で あ り、 屋 敷 の 敷 地 内に 暮 らす 借 家 人 た ちで あ る。 第 四 章 は全 五 節 か ら成 り、 第 二 節 と第 五 節 は 「わ た しの 家 は 荒 涼 と して い る」、 第 三 節 と第
四 節 は 「わ た しの 家 の 庭 は 荒 涼 と して い る」 とい う書 きだ しで 始 ま る。 荒 涼 と した 庭 に は 一 面 に ヨ モギ が 生 い 茂 り、 風 が 吹 くと ざわ ざわ と音 を 立 て る。 片 隅 に は 朽 ちた 木 材 や 古 い 煉 瓦 が 放 置 され 、 鉄 の す きは 錆 び て 、 ま るで 黄 色 い 泥 で 作 られ て い る よ うだ 。 そ れ 〔鉄のす き〕は 自身 が 衰 弱 し、 黄 色 くな るば か りで な く、 雨 が 降 る と、 び っ し りまみ れ つ い た 黄 色 の 色 素 が 溶 け 出 して 、 雨 水 とい っ し ょに 流 れ 出す 。 豚 の 餌 箱 の 半 分 は す で に 黄 色 に 染 め られ て しま った 。 そ の 黄 色 い 水 流 は さ らに 遠 くまで 流 れ 、 そ れ が 通 り過 ぎた 地 面 は 黄 色 く染 め られ る。21) 自分 自身 が腐 蝕 す るの み な らず 、 周 りに そ の 腐 蝕 を ま き散 ら して い く。 「こ の黄 色 の 色 素 の 流 れ は 、 因習 や 人 間 の醜 さが 周 囲 を ひ た ひ た と汚染 して い く様 を 象 徴 して い る 」22)かの よ うだ 。 屋 敷 の 敷 地 内に は 、 古 い 家 屋 が い くつ か あ り、 豚 飼 い の 一 家 、 粉 挽 き、 車 引 きの 一 家 に 貸 し て い る。 家 は ぽ ろぽ ろで 、 住 人 も無 知 で 貧 しい 。 この 章 で 登 場 した 車 引 きの 一 家 が 第 五 章 で 、 粉 挽 きが 第 七 章 で 、 主 要 人 物 と して 登 場 す る。 六 第 五 章 。 夏 、 借 家 人 の 車 引 き一 家 の と こ ろに 、 童 養 姐 が 買 わ れ て くる。 色 が 黒 くて に こに こ して い る、 い か に も元 気 そ うな 少 女 で あ る。 と こ ろが 、 この 少 女 が 、 胡 蘭 の 人 々の 「童 養娘 の 規 格 」 に 合 わ ない 。 「婚 家 に来 た の に、 ち っ と も恥 ず か しが らな い」 「来 た 最 初 の 日に 、 ご飯 を 三 杯 も食 べ た」 「十 四歳(実 際 は 十 二 歳 だが)の くせ に 背 が 高 す ぎる 」 等 、 些 細 な こ とば か り で あ るが 、 一 つ 一 つ 胡 蘭 の 人 々の 気 に 入 らな か った 。 「中 国 封 建 社 会 に お け る童 養姐 はr虐 待 され る者 』 と 同義 語 で あ って 、 人 の 顔 色 を 窺 い 、 奴 隷 的 態 度 を 示 さ なけ れ ば な らな い 。 童 養 姐 の 振 る舞 い が 規 格 に 合 って い な い の で 、 社 会 の 様 々 な力 が 働 い て 、 作 り直 しに か か った 。」23) 幾 日も経 た な い うちに 、 車 引 きの 家 で 少 女 の 折 濫 が 始 ま る。 どの よ うに 折 濫 した か? 金 儲 け の チ ャ ン ス とば か りに や って 来 た ペ テ ン師 の よ うな 占い 師 に 、 姑 が弁 解 す る。 「こ の 子 が う ち に 来 て か ら 、 い じめ た りな ん ぞ して い な い よ 。 ど こ の 童 養 娘 が 、 一 日 に 八 回 ぶ た れ 、 三 回 罵 ら れ な い か ね? わ た しだ っ て 、 ぶ っ た こ と は あ る さ 。 ち ょ っ と 脅 し た だ け の こ と さ 。 わ た し ゃ 、 ひ と 月 あ ま り しか ぶ っ て な い よ 。 ま あ 、 ち ょ っ と き つ くぶ っ た け ど 、 き つ くぶ た な き ゃ 、 い い 人 間 に 躾 ら れ な い も の ね 。 わ た しだ っ て 、 泣 き 叫 ぶ ほ ど き つ くぶ ち た くは な い よ 。 こ の 子 の た め を 思 っ て や っ た ん だ 。 き つ くぶ た な い と 使 い 物 に
な ら な い か ら ね 。 何 度 か 梁 か ら 吊 して 、 叔 父 貴 に 皮 の 鞭 で しば い て も ら っ た 。 思 い 切 り し ば い た ら 、 気 を 失 っ た 。 だ け ど 、 気 を 失 っ て い た の は ほ ん の 煙 草 一 服 ほ ど の 間 で 、 水 を 掛 け た ら 正 気 に 戻 っ た 。 ち ょ っ と き つ くぶ っ た ら 、 全 身 青 ア ザ だ ら け に な っ て 血 も 出 た 。 だ け ど 、 す ぐに 卵 白 を 擦 り込 ん で や っ た さ 。 腫 れ て も 大 した こ と は な い 、 十 日 か 半 月 で 治 っ た よ 。 ε ε ε 」24) 「い じめ て な い 」 と言 い な が ら、 これ ほ ど残 酷 な い じめ は な い 。 しか も、 姑 た ちの 意 識 レベ ル で は 、 少 女 の た め を 思 って 「善 意 」 で い じめ て い るの で あ る。 毎 日、 車 引 きの 家 か ら少 女 の 泣 き声 が 聞 こえ て くる。 冬 に な って 泣 き声 は 止 ん だ が 、 今 度 は 跳 大 神 の 太 鼓 が ドン ドン と鳴 り 出 した 。 車 引 きの 一 家 は 、 元 気 な 少 女 を 折 濫 して 病 気 に し、 挙 げ 句 、 治 療 に 奔 走 す る。 跳 大 神 、 民 間 療 法 、 占い 、 と あ らゆ る療 法 を 尽 くす が 、少 女 の病 気 は よ くな ら ない 。少 女 は 「家 に帰 る」 と泣 き叫 ぶ が 、 童 養 娘 に す るの に 掛 か った 費 用 を 思 うと帰 す わ け に は い か な い 。 そ の くせ 、 ペ テ ンの よ うな跳 大 神 や 占い に は 、 爪 に 火 を 灯 す よ うに して 貯 め た 金 を 惜 しげ もな くつ ぎ込 む 。 終 に は 、 取 り愚 い た 霊 を 払 うた め に 、 少 女 は 衆 人 の 前 で 裸 に され 、 熱 い 湯 の 中 に 入 れ られ る。 彼 女 は 大 き な カ メ の 中 で 、 叫 び 、 跳 び は ね 、 必 死 で 逃 げ よ う と 、 狂 っ た よ うに わ め い た 。 彼 女 の 傍 ら に 立 っ て い る 三 、 四 人 が カ メ の 中 か ら 熱 い 湯 を 汲 ん で 彼 女 の 頭 か ら 注 い だ 。 湯 を 注 が れ て 顔 が 真 っ 赤 に な り、 彼 女 は も は や 、 も が く こ と が で き な くな っ て 、 お と な し く カ メ の 中 に 立 っ て い た 。 彼 女 は 外 へ 跳 び だ そ う と しな くな っ た 。 恐 ら く跳 び だ そ うに も 跳 び だ せ な い と 思 っ た の で あ ろ う。 そ の カ メ は と て も 大 き くて 、 彼 女 が 立 つ と 、 頭 だ け が 出 て い た 。 わ た しは 長 い 間 見 て い た が 、 彼 女 は 動 き も せ ず 、 泣 き も せ ず 、 笑 い も しな くな っ た 。 顔 じ ゅ う汗 だ ら け に な り、 顔 が 赤 い 紙 の よ うに 真 っ 赤 に な っ た 。25) 少 女 は カ メの 中 で 気 を 失 って 倒 れ る。 す る と、 少 女 が カ メの 中 で もが い て い た と きに は 傍 観 して い た 人 々 が 、 急 い で 彼 女 を カ メの 中 か ら救 い 出 し、 「熱 い湯 を 注 ぎ掛 け ろ」 と煽 って い た 人 々が 、 彼 女 に 水 を 注 ぎ掛 け て や る。 や が て 、 見 物 人 た ちは 、 見 るべ き もの は 見 た 、 と帰 りか け る。 大 神 は 、 見 物 人 が 帰 って しま って は まず い 、 とば か りに 声 を 張 り上 げ て 祈 祷 を 唱 え 、 太 鼓 を 激 し く打 ち鳴 ら し、 少 女 の 顔 に 酒 を 噴 きか け た り、 針 で 少 女 の 指 を 刺 した りす る。 間 もな く、 童 養姐 は 息 を 吹 き返 した 。 大 神 が 、 入 浴 は 三 回 や らな け れ ば な らな い 、 あ と二 回 や らな け れ ば な らな い 、 と言 った 。
す る と 、 人 々 は 大 い に 奮 い 立 っ た 。 眠 た い 者 も 眠 くな くな っ た し、 家 に 帰 っ て 寝 よ う と した 者 も 元 気 付 い た 。 見 物 に 来 た 者 は 三 十 人 を 下 ら な い 。 み な 、 眼 が ぎ ら ぎ ら 光 り、 元 気 百 倍 だ 。 見 よ う よ 、 一 回 や っ て 気 を 失 っ た 、 二 回 や っ た ら ど うな る ん だ ろ う? 三 回 や っ た ら な ん て 、 想 像 も で き な い 。 そ れ で 、 見 物 人 の 心 は 神 秘 の 思 い で 膨 ら ん だ 。26) 他 人 の 不 幸 を 、 ま るで 見 世 物 で も見 るか の よ うに 好 奇 心 い っぱ い に 見 つ め る群 衆 の 心 理 が 、 な ん と も鮮 や か に 表 現 され て い る。 お そ ら く阿Qが 刑 場 に 引 か れ て い くと きに 見 た 、 あ の 送 り 狼 の 眼 よ りも っ と恐 ろ しい 群 衆 の 眼 を 、 この と き、 童 養 娘 も見 た で あ ろ う。 こ う して 、 色 が 黒 くて に こに こ して い る、 い か に も元 気 そ うな 少 女 は 、 童 養姐 と して 嫁 い で 来 て 半 年 も経 た な い うちに 、 む ざむ ざ と死 に 追 い や られ て しま う。 この 点 に つ い て 、 茅 盾 は 「読 者 は 少 女 に 同情 し、 少 女 を 哀 れ み 、 少 女 は 無 実 だ 、 と叫 ぶ 。 と 同時 に 、 憎 悪 の 気 持 ちに 駆 られ る。 だ が 、 憎 悪 す る対 象 は 姑 で は な い 。 この 姑 もか わ い そ うだ と感 じる。 彼 女 も またr数 千 年 来 の習 慣 に従 って考 え 、 生 活 す る』 犠 牲 者 な の だ 」27)とい う。 また 、 醇 暁 芥 は 「童 養 姐 の 姑 や 童 養 姐 を 結 果 的 に 死 に 追 い や った 周 りの 人 々に 対 して 、 作 者 は 言 葉 を 荒 げ て 真 正 面 か ら批 判 した りは して い な い 。 非 難 の 矛 先 を 単 純 に 姑 に 向 け て い るの で は な く、 む しろ姑 や 胡 蘭 河 の 人 々に 深 い 同情 を寄 せ て い る」28)と、 作 者 の 心 情 を 読 み 解 い て い る。 郭 秀 琴 は 「大 切 な こ とは 、蕭 紅 が 鬼 神 を 崇 め る世 俗 文 化 の で た らめ 性 を 察 知 した の み な らず 、 さ らに 掘 り下 げ て そ の 残 酷 な 本 質 を 知 り抜 い た こ とで あ る」 と論 じ、 次 の よ うに い う。 童 養 娘 を 引 き取 った 姑 と周 囲 の 人 々か ら、 原 始 的 な 野 蛮 性 お よび 理 性 を 失 った 狂 気 が 見 て 取 れ る。 人 々は 目に 見 え な い 力 に 突 き動 か され て 、 ま るで 病 魔 に 取 り愚 か れ た か の よ う で あ り、 世 の 中 の 秩 序 が 覆 る。 美 しい もの は 醜 い もの と見 な され 、 健 康 な もの は 病 気 と見 な され 、 無 邪 気 で活 発 な もの は 恥 知 らず と見 な され る。 童 養 娘 は この よ うな 状 況 下 で の 「無 責 任 で 無 自覚 な 殺 人 集 団 」 に 殺 され た の で あ る。29) 被 抑 圧 者 で あ る貧 しい 民 衆 が 、 よ り弱 い 立 場 に あ る人 間 を 独 りよが りの 善 意 か ら虐 待 し続 け 、 死 に 至 ら しめ る。 作 者 は 、 童 養姐 の 死 とい う衝 撃 的 な 事 件 を 描 い て 、 悪 意 な き民 衆 が 「無 責 任 で 無 自覚 な 殺 人 集 団 」30)と化 す 深刻 か つ 重 大 な 問題 を 、 私 た ち に提 示 した の で あ る。 七 第 六 章 は 薫 紅 の 祖 父 の 一 族 「有 二 伯 」 の 物 語 で あ る。 彼 に は 身 寄 りが な く、 三 十年 ほ ど前 、 蕭 紅 の 祖 父 に 引 き取 られ て 胡 蘭 に 来 た 。 い わ ば 居 候 で あ る。
蕭 紅 は 、r胡 蘭 河 伝 』 を執 筆 す る前 に 「有 二 伯 」 を 題 材 に した 短 編 を 書 い て い る。1936年 に 発 表 したr家 族 以 外 の 人 』 で あ る。 そ の と き、蕭 紅 は単 身 、 東 京 に いた 。 「有 二 伯 は、 異 国 に い て もふ と思 い 出 し、 思 い 出せ ば 書 き とめ ず に い られ ぬ ほ ど、蕭 紅 に 深 い 印 象 を 残 した 人 物 だ った 」31)ので あ る。 そ の 有 二 伯 は 偏 屈 者 で 、 雀 や 犬 と しゃべ るの は 好 きだ が 、 人 と話 す こ とは ほ とん どな い 。 た とえ 話 した と して も、 風 変 わ りで 、 しば しば 要 領 を 得 な い 。 日露 戦 争 の と き、 胡 蘭 の 町 に は ロシ ア兵 が 侵 入 し、 略 奪 や 殺 獄 が 相 次 い だ 。 そ の と き、 祖 父 た ち一 家 は 有 二 伯 を 残 して 逃 げ 出す 。 有 二 伯 は 恐 怖 に 駆 られ な が ら も、 家 を 守 った 。 しか し、 今 で は 、 そ の 有 二 伯 を 、 父 は 厄 介 者 扱 い す る。 金 の な い 有 二 伯 は 、蕭 紅 の 家 の 納 戸 か ら古 道 具 を 盗 み 出 して は 、 小 銭 に 換 え て い た 。 年 寄 り の 飯 炊 きが そ の こ とで 有 二 伯 を か らか い 、 よ く口喧 嘩 に な る。 と き に は 、 彼 ら の 口 喧 嘩 は 二 、 三 日続 く こ と が あ る が 、 い つ も 最 後 に は 有 二 伯 が 言 い 負 か さ れ る 。 飯 炊 き が 有 二 伯 に 、 「絶 後 〔跡取 りが い ない〕」 と 罵 る か ら で あ る 。 こ の 言 葉 は 、 他 の あ ら ゆ る 言 葉 、 例 え ば 、 「閻 魔 大 王 に 会 う」 と い う よ り、 有 二 伯 を 滅 入 ら せ る 。 彼 は 泣 き 出 して 、 言 う。 「ま っ た くだ! 墓 に 土 を か け て くれ る 人 も い な い 。 一 生 む だ に 生 き て 、 最 後 は な ん に も な い 。 家 な し財 産 な し、 死 ん だ ら霊 頭 幡 〔死 者を先 導す る幟〕を 掲 げ る 人 〔息 子〕 も い な い 。」 そ こ で 、 彼 ら 二 人 は 、 ま た 仲 直 り して 、 に こ に こ と 、 以 前 と 変 わ ら ず 平 和 な 日 々 を 過 ご す の だ 。32) あ る 日、 有 二 伯 は蕭 紅 の 父 親 に ひ ど く殴 ら れ る 。 有 二 伯 は 六 十 歳 、 父 親 は 三 十 過 ぎ で あ る 。 有 二 伯 に して み れ ば 、 年 下 の 者 が 年 上 の 者 を 殴 る な ん て と ん で も な い こ と だ っ た 。 ま して や 、 親 子 ほ ど 年 の 差 が あ る 。 そ の 夜 、 有 二 伯 は 首 を 吊 ろ う と した 。 だ が 、 果 た せ な か っ た 。 ま た あ る と き 、 井 戸 に 跳 び 込 も う と して 、 果 た せ な か っ た 。 「や つ は 死 ぬ の が 恐 い の さ 」 「あ い つ は 死 に っ こ な い よ 」 と 、 周 りの 者 に 嘲 笑 さ れ る 。 跡 取 り も な く貧 しい 有 二 伯 に は 「過 去 」 しか な い 。 夜 中 に 、 有 二 伯 の 独 り言 が 聞 こ え て く る 。 「ε ε ロ シ ア 人 の 軍 刀 が キ ラ リ と 光 っ て 、 や つ ら は 、 殺 す と 言 っ た ら 殺 す 、 た た き 切 る と 言 っ た ら た た き 切 る ん だ 。 あ の 肝 っ 玉 の 大 き い 、 死 を 恐 れ な い 輩 が 、 ロ シ ア 人 が 来 る と 聞 い て 、 家 業 も 放 っ ぽ りだ して 命 か ら が ら 逃 げ て っ た 。 あ の と き 、 肝 っ 玉 の 小 さ い こ の お れ が 守 っ て な き ゃ 、 ロ シ ア 人 が 行 っ ち ま っ た あ と に は 、 ズ ボ ン の 一 着 も な か っ た ろ う よ 。 今 、 食 べ る に も 着 る に も 不 自 由 な くな っ た ら 、 以 前 の こ と な ん か 思 い だ し も しな い 、 す っ
か り忘 れ ち ま っ で … 」33) 有 二 伯 は 現 実 を 直 視 しよ うと しな い 。 直 視 す るに は あ ま りに も惨 め な 現 実 が 目の 前 に あ った 。 彼 は そ の 現 実 を 認 め た くな か った し、 そ の 現 実 か ら逃 げ た か った 。 そ して 、 現 実 か ら逃 避 す れ ば す る ほ ど、 さ らに 惨 め な現 実 に 直面 して い く。 「精 神 的 満 足 で プ ライ ドを 保 と う とす るが 、 実 際 に は 、 しば しば 屈 辱 に まみ れ る。 主 人 や 召 使 い の ど ち らに も、 精 神 的 弱 点 を 握 られ て バ カ に され 、 また そ れ に 刃 向 か う力 もな い 」34)ので あ る。
八
第 七 章 の 主 人 公 「馬歪 嚇 子 」 は 貧 しい 粉 挽 きで あ る。 秋 に な って 儒 粟 が 収 穫 され る と、 粟 餅 を 作 って 売 り歩 く。 薫 紅 は この 粟 餅 が 大 好 きだ った 。 あ る 日、 「わ た し」 は、 粉 挽 き小 屋 の オ ン ドル に 、 女 と赤 ん坊 が寝 て い るの を 見 か け る。 そ の 女 は 近 所 で 評 判 の 王 大 姑 娘 だ った 。 彼 女 が馬 歪 噛 子 と野 合 した こ とが 知 れ 渡 る と、 そ れ まで 王 大 姑 娘 を 褒 め そ や して い た 人 々が 、 彼 女 の こ とを 財 し始 め 、馬 歪 噛 子 の 家 の 動 静 を 探 りに 行 って は 、 ま こ と しや か な デ マを 飛 ば す 。 例 え ば 、 漏 歪 嚇 子 の 住 む わ らぶ き小 屋 は とて も寒 い の で 、 赤 ん 坊 の 泣 き声 が しな い か ら凍 え 死 ん だ に違 い な い とか 、 オ ン ドル の 上 に 縄 が あ った か ら 首 を 吊 るに 違 い な い とか 、 彼 が 菜 切 り包 丁 を 買 って きた か ら 自殺 す るに違 い な い 等 々。 しか し、馬 歪 噛 子 夫 婦 は 幸 せ に 暮 ら して い た 。 彼 の 息 子 は 普 通 の 子 供 と 同 じ よ うに 、 七 ヶ月 で 歯 が 生 え 、 八 ヶ月 で 這 う よ うに な り、 一 年 で 歩 け る よ うに な り、 二 年 で 走 れ る よ うに な っ た 。 夏 、 そ の 子 は 服 を 着 ず 、 腹 掛 け 一 枚 で 、 門 前 の 水 溜 ま りで カ エ ル 捕 りを して い た 。 母 親 は 門 の 前 に 坐 っ て 、 彼 の 腹 掛 け に 刺 繍 を し、 父 親 は 粉 挽 き 小 屋 で 榔 子 〔拍 子 木 〕 を 打 ち 鳴 ら し な が ら 、 ロバ が 石 臼 を 回 す の を 見 守 っ て い た 。35) 王 大 姑 娘 は 第 二 子 の 出産 で 命 を 落 とす 。 四 、 五 歳 の 子 供 と生 まれ た ば か りの 赤 ん 坊 を 抱 え て 、 「今 度 こそ は 、 薦 歪 嚇 子 もお しまい だ 」 と、 誰 もが 彼 の 破 滅 を 信 じて 、 好 奇 の 目で 見 守 った 。 彼 は 、 こ の 世 界 で 、 人 々 が 絶 望 的 な 目で 彼 を 見 て い る こ と を 知 ら な か っ た 。 彼 は 自 分 が ど ん な 苦 境 に 立 た さ れ て い る か 知 ら な か っ た 。 彼 は 自 分 が 「お し ま い 」 だ と い う こ と を 知 ら な か っ た 。 彼 は 考 え た こ と も な か っ た 。 彼 は 悲 しか っ た し、 し ょ っ ち ゅ う眼 に 涙 を 湛 え て い た が 、 息 子 が ロバ を 引 い て 水 を 飲 ませ る こ と が で き る よ うに な っ た の を 見 る と 、 す ぐ、 涙 を 湛 え た 眼 に 笑 み が こ ぼ れ た 。36) こ う して 、馬 歪 噛 子 は 周 りの 人 間 の 思 惑 な ど気 に も留 め ず 、 子 供 の 成 長 を 楽 しみ に 静 か に 生 きて い た 。 茅 盾 は 、 漏 歪 噛 子 の 強 靱 な 生 命 力 に 感 嘆 す る。 彼 らは 最 下 等 の 植 物 と 同 じで 、 わ ず か な 水 分 と土 壌 と陽 光 だ け で 生 存 で き る。 甚 だ しき に 至 って は 陽 光 が な くと も生 存 で き る。 彼 らの な か で も、 粉 挽 きの 薦 歪 噛 子 は 生 命 力 が 最 も強 い 。 強 くて 思 わ ず 賛 美 した くな るほ どだ 。 しか しな が ら、 薦 歪 皓 子 の ど こを 探 して も、 生 命 力 が と りわ け 強 い とい う以 外 、 特 別 な もの は 見 当 た らな い 。 そ して 、 そ れ(馬 歪 嚇 子 の 生 命 力 の 強 さ)は 原 始 的 な 頑 強 さな の で あ る。37) 蕭 紅 は 、 この 貧 し くと もひ た む きに 生 き る馬 歪 噛 子 に 愛 す べ き人 間 像 を 重 ね た 。 彼 は 決 して 賢 くない し、 思 慮 分 別 に 長 け て い る と も思 え な い が 、 素 朴 で 、 虚 栄 心 を 微 塵 も感 じさせ ず 、 人 間 と して真 面 目に 生 きて いた 。rも しか した ら、 自覚 的 生 命 意 識 な どな く、 彼 の頑 強 さは 単 に 生 命 の 本 能 的 力 で あ った か も しれ な い 。 しか し、 この 最 も基 本 的 で 最 も内 在 的 な もの が 貴 重 で あ る、 とい うこ とが い っそ う際 立 って い る」38)ので あ る。 人 間 の 愚 か さが 作 り出す 童 養 姐 と有 二 伯 の 残 酷 で 悲 しい 物 語 の あ と、 苛 酷 な 運 命 に もめ げ ず しぶ と く生 き る漏 歪 噛 子 の 姿 は 、 暗 闇 の な か に か す か な 光 を 感 じさせ る。 九 こ こで 、 『胡 蘭 河 伝 』 に お い て、 最 も重 要 な鍵 を握 る民 衆 に 目を 向け てみ よ う。 先 に も少 し触 れ た が 、r胡 蘭 河 伝 』 に 登 場 す る民 衆 は 「無 自 覚 で無 責 任 な 殺 人 集 団 を形 成 す る群 体 〔マス〕」39)であ り、 醇 暁 券 は 「胡 蘭 河 の民 族 社 会 の重 要 な 特 徴 は 群 体 性 に あ る」40)とい う。 作 者 は そ の 「群 体 」 を 構 成 す る人 々の 生 態 を 滑 稽 味 に 富 ん だ 筆 致 で 活 写 し、 彼 らの 心 理 と、 そ の 無 責 任 で 無 自覚 な 人 間 集 団 が 如 何 に 残 酷 な 行 為 を な し うるか 、 あ ぶ り出 した 。 胡 蘭 の よ うな 閉 鎖 的 社 会 に お い て は 、 他 者 に 受 け 入 れ られ な け れ ば 、 そ れ は 「死 」 を 意 味 す る。 社 会 の 秩 序 を 維 持 す るた め の 規 範 は 絶 対 的 な もの と して 機 能 す るの で あ る。 胡 蘭 社 会 の 場 合 、 絶 対 者 は 封 建 道 徳 で あ り迷 信 で あ った 。 封 建 道 徳 と迷 信 に が ん じが らめ に 縛 られ て 、 人 が 人 で な い の が 当 た り前 、 人 が 人 と して 生 き よ うとす る と、 寄 って た か って 「矯 正 」 しに 掛 か っ た 。 人 々は み な 、 他 者 に 受 け 入 れ られ ん が た め 、 つ ま り 「生 き る方 便 」 と して 絶 対 者 に 服 従 し、 主 体 的 に 思 考 す る こ とを 放 棄 した 。 そ の 結 果 、 善 悪 を 判 断 す る力 を 失 って しま った の で あ る。 蕭 紅 は 、 こ う した 閉 鎖 的 社 会 に お け る民 衆 の 心 理 を 見 通 し、 彼 らの 無 責 任 で 無 自覚 な 生 き様
を 厳 し く批 判 した 。 と 同時 に 、 絶 対 者 に 服 従 せ ざ るを 得 な い 民 衆 の 置 か れ た 悲 惨 な 状 況 も十 分 理 解 して い た し、 彼 らが 他 者 の 顔 色 を 窺 って び くび く して い る哀 れ な 存 在 で あ る こ と も見 抜 い て い た 。 ま さ し く、 「蕭紅 はす で に現 代 的 視 点 に立 って人 間 を哀 れ ん で いた 」41)ので あ る。 そ う した 登 場 人 物 に 対 す る作 者 の 態 度 を 、 茅 盾 は 次 の よ うに 評 して い る。 彼 女 〔作者〕は 容 赦 な く彼 らを 鞭 打 ち 、一 方 で は 彼 らに 同 情 す る。 彼 女 は 伝 統 に屈 服 し た 人 々が な ん と も愚 か で 保 守 的 で あ り、 と きに は 残 酷 で さえ あ る こ とを 描 き 出 した 。 そ し て また 、 彼 らの 本 質 は 善 良 で あ る こ とを も描 き 出 した 。42) 中 国 の現 代 作 家 余 華 は こ う語 る。r作 家 は二 つ の激 情 を 保 持 しな け れ ば な ら な い。 一 つ は 冷 酷 。 どん な に つ ら くて も人 物 を 突 き放 さな け れ ば な らな い 。 も う一 つ は 人 物 に 対 す る愛 着 。 と りわ け 、 主 人 公 に 対 して 深 い 愛 情 を 持 た な け れ ば な らな い 。 この よ うな 作 家 が 初 め て 人 の 心 を 打 つ 作 品 を 生 み 出す こ とが で き る。」43)この冷 酷 と愛 情 は 、蕭 紅 の登 場 人 物 に対 す る態 度 そ の もの とい え るで あ ろ う。 冷 酷 の う しろに そ こは か とな く漂 う深 い 愛 情 を 感 じ取 る こ とが で き る か ら こそ 、 読 者 は 哀 し くて 辛 い この 物 語 に 引 き込 まれ て しま うの で あ る。
十
これ ま で見 て きた よ うに 、r胡 蘭 河 伝 』 は胡 蘭 の 町 を 舞 台 に した 、 各 章 完 結 と もい え る物 語 を 連 ね た 作 品 で あ る。 そ の構 成 に つ い て は 、 「一 貫 した ス トー リー性 に 欠 け る」 とか 「細 々 と して い て 断 片 的 だ 」 とい った 批 判 もあ るが 、 尾 坂 徳 司 は 次 の よ うな 感 想 を 述 べ て い る。 私 は 、 筋 立 て さえ な く、 闇 の 中 で キ ラ リと光 る宝 石 の 破 片 を よせ 集 め て 組 み 立 て た この 一 種 の 追 憶 記 は、 彼 女 の 人 間 形 成 の 諸 因 素 を み ず か ら語 る もの で あ り、 そ の よせ 集 め た 映 像 ・印 象 ・気 分 を 一 つ の 音 色 で 統 一 した と こ ろに 、 薫 紅 の 作 品 の 特 徴 が あ る と思 う。44) 尾 坂 が 「破 片 を よせ 集 め て 組 み 立 て た 」 とい うこの 作 品 は 、 そ れ ぞ れ の 物 語 の 配 置 に 作 者 の 周 到 な計 算 が見 て 取 れ る。r童 養 姐 」 や 「有 二 伯 」 や 「漏 歪 階 子 」 な どは 短 編 と して も十 分 読 み 応 え の あ る素 晴 ら しい 作 品 で あ るが 、 読 者 が 町 や 風 俗 や 人 々に す っか り馴 染 ん で 親 しみ さえ 覚 え る まで に な った 胡 蘭 の 風 景 の な か に 嵌 め 込 まれ る と、 個 別 の 短 編 と して 読 まれ る よ り遙 か に 「人 の 心 の 奥 深 く沈 ん で 、 い つ まで も忘 れ られ な い」45)強い イ ン パ ク トを持 つ 。 ま さに 、 「各 章 は 独 立 した 物 語 で あ るが 、 一 つ に す る と、 感 動 させ る効 果 が 増 す 」46)ので あ る。 蕭 紅 は 『生 死 の 場 』を 書 い た と き、男 た ちか ら 「全 体 の構 成 に有 機 的 つ なが りが 欠 け て い る」とか 「中心 に 向 か って の 発 展 が 感 じ られ な い 」 とい った批 判 を 受 け た 。 『胡 蘭 河 伝 』 は そ う し た 批 判 へ の 「薫 紅 の 意 識 的 答 え 」 と秋 山洋 子 は 見 る。 秋 山は 「次 元 の 異 な る さ ま ざ まな もの が 、 そ れ ぞ れ に 価値 を 持 って 存 在 して い る。 そ れ で い な が ら、 そ れ らは 無 意 味 に 並 列 され て い るの で は な く、 連 想 の 糸 で 縦 横 に 結 び つ け られ て い る」 と述 べ 、 次 の よ うに 結論 す る。 この よ うなr胡 蘭 河 伝 』 の 構 成 は 、 筆 先 か ら 自然 に 流 れ で た もの で は な く、 瀟 紅 に よ っ て 意 識 的 に 選 ば れ 、 構 築 され た もの で あ り、 そ れ こそ が 批 判 者 へ の 挑 戦 だ った と筆 者 は 考 え る。 『胡 蘭 河 伝 』 の世 界 は、 『生 死 の 場 』 を 経 て 薫 紅 が た ど り着 い た 彼 女 自身 の 表 現 女 の 表 現 の 世 界 で あ る。 薫 紅 は 、 女 の 悲 劇 を 描 い た こ とに お い て 中 国 フ ェ ミニ ズ ム文 学 の 先 駆 者 で あ った だ け で な く、 女 の表 現 の 方 法 を 切 り開 い た こ とに お い て も先 駆 者 で あ っ た 。47) 「胡 蘭 河 伝 』 は 、 秋 山が い うよ うに 「女 の 表 現 の 方 法 を 切 り開 い た 」 先駆 的 作 品 と位 置 づ け る こ とが で き、 そ の 意 味 に お い て 、 極 め て 現 代 的 意 義 を 持 って い る。 瀟 紅 は律 動 的 で躍 動 感 溢 れ る独 特 の文 体 で 、 生 き生 き と情 景 を 描 き出 した 。 茅 盾 が 「そ れ 〔r胡蘭河伝』〕は一 篇 の叙 事 詩 で あ る」48)と称 え、 王 孟 白が 「蕭紅 は ま ず も って 卓 越 した拝 情 詩 人 で あ る 」49)と評 す る所 以 で あ る。 「用 い られ て い る こ とば は 素 朴 で飾 らず 、 し っ と り と した 情 緒 を湛 え つ つ 生 き生 き と真 に迫 る。」50)游友 基 は 「悲 劇 的 場 面 で は しば しば平 淡 か つ ユ ー モ ラ スな 語 り口で 表 現 し、 ユ ー モ アの 筆 調 で 情 感 を 和 らげ て い る」 と述 べ 、 さ らに 続 け る。 しか し、 情 感 を 和 ら げ て い る と い うの は 表 面 的 現 象 で あ っ て 、 情 感 は 伏 流 と な っ て こ ん こ ん と 流 れ 、 抑 え れ ば 抑 え る ほ ど 、 和 ら げ れ ば 和 ら げ る ほ ど 、 ま す ま す 張 力 が 増 し、 ま す ま す 重 苦 し くな る 。 ま さ に 、 和 ら げ る こ と と 重 苦 し くな る こ と 、 こ の 矛 盾 が 統 一 さ れ て 、 作 品 に な ん と も い え な い しみ じみ と した 情 趣 を 添 え て い る 。51) 「風 刺 が あ り、 ユ ー モ ア も あ る 。 読 み 始 め は 軽 や か な 感 じな の だ が 、 読 み 進 む に 連 れ て 次 第 に 重 苦 し くな っ て く る 。 だ が 、 そ れ で も 美 しい 。 そ の 美 し さ が 少 し病 的 で あ っ た と して も 、 そ れ で も 、 眩 惑 さ れ ず に は お れ な い 。」52) か く して 、 最 後 の エ ピ ロ ー グ を 読 み 終 え た と き に は 、 胸 を 締 め 付 け ら れ る よ うな ず っ し り と した 重 い 感 動 が 残 る の で あ る 。
お わ りに 茅 盾 は 、r胡 蘭 河 伝 』 の 「序 」 に お い て、 「蕭紅 の幼 年 時 代 が 寂 章 」 で あ り、 「蕭紅 の境 遇 が 寂 章 」 で あ り、 「蕭紅 の気 持 ち が 寂 章 」 で あ り、 「この よ うな 〔寂箕の〕心 情 が 『胡 蘭 河 伝 』 に 暗 い 影 を 投 げ か け 、 作 品 全 体 の ム ー ドを 支 配 して い るだ け で な く、 思 想 的 に もそ の 暗 影 が 見 ら れ る。 惜 しむ べ き事 で あ る」53)と批 判 した 。 日中 戦 争 が 激 化 し、 抗 日一 色 の 時 代 に 出版 され たr胡 蘭 河 伝 』 の 評 価 は 、 必 ず しも芳 し くな か った の で あ る 。 茅 盾 自身 も1946年 当 時 の 緊 迫 した政 治 情 勢 の なか で、r胡 蘭 河 伝 』 の 思 想 的 弱 点 を 問 題 に せ ざ るを 得 なか った。 「序 」 で ほ ん の 数 行 、 思 想 的 弱 点 と して 批 判 した部 分 が 、 そ の 後 、 中 国 国 内 に お け る 「胡 蘭 河 伝 』 批 評 の模 範 とな って 、 「抗 日が 描 か れ て い な い」 とか 「懐 旧の 情 調 に 流 され て い る」 とい った 否 定 的 見 解 がr胡 蘭 河 伝 』 の 評 価 と して 定 着 す る。 そ して 、 そ の 評 価 は1980年 代 まで 続 く。54) そ う した 評 価 に 対 して 、 葛 浩 文 は 次 の よ うに 反 論 す る。 蕭 紅 が 「胡 蘭 河 伝 』 を 書 い た と き、 他 の 作 家 は 、 ほ とん どが 戦 時 ル ポの 文 学 や 戯 曲 、 あ るい は 抗 日小 説 や 短 編 の 宣 伝 作 品 を 書 き、 文 学 作 品 と言 え る もの は ご く僅 か で あ った 。 瀟 紅 に は蕭 紅 の 考 え 方 が あ った 。 彼 女 は 、 単 な る宣 伝 家 で は な く、 正 真 正 銘 の 作 家 で あ りた か った 。 だ か ら、 彼 女 のr胡 蘭 河 伝 』 は 、 当 時 の 作 品 の な か で 、 最 も優 秀 な 作 品 とな った 。 しか し、 政 治 的 観 点 か ら、 この 作 品 お よび 彼 女 の そ の 他 の 作 品 は 、 当 時 の 文 学 評 論 家 か ら 手 厳 しい 批 判 を 受 け た 。 … … … 文 学 評 論 家 た ちは 、 戦 時 か ら時 間 が 経 て ば 経 つ ほ ど、 この 作 品 が 創 作 の 手 法 に お い て 実 に 素 晴 ら しい もの で あ る こ とを 認 め る よ うに な った 。 これ は 、 ま さ し くこの 作 品 が 不 朽 で あ る こ との 証 で あ る。55) 蕭 紅 自身 、 「題 材 が 作 者 の情 感 と しっ く り馴 染 ん だ 状 態 に な る か 、 或 い は 、 作 者 に 思 い 焦 が れ る情 緒 が 生 じな け れ ば な らな い 。 だ が 、 そ れ に は 一 定 の 時 間 が 必 要 だ 」56)と語 って い る。 彼 女 が 抗 日戦 線 の 時 期 に 抗 日小 説 を 書 こ うと しな か った の は 、 現 実 に 対 す る感 情 が 生 の ま ま で は 真 の 文 学 作 品 は 生 まれ な い と考 え て い た か らで あ る。 深 刻 さが ユ ー モ アに 昇 華 され て こそ 、 人 の 心 を 揺 さぶ る力 を 持 つ とい うこ とを 、 彼 女 は 知 って い た 。 蕭 紅 が 「胡 蘭 河 伝 』 を 書 い た の は 二 十 六 歳 か ら二 十 九 歳 に か け て で あ るが 、 そ の 題 材 は 二 十 年 近 くもの 間 、 彼 女 の 胸 の 中 で 温 め られ て い た 。 二 十 年 とい う歳 月 に よ って 怒 りや 憎 しみ とい った 生 々 しい 感 情 が 濾 過 され 鎮 静 化 され て、 「泰 然 と した 平 静 さ と大 き な哀 れ み の情 」57)がも た ら され た の で あ る。 そ の 哀 れ み の 情 を 湛 え た 冷 静 な 目で 見 つ め 直 した と き、 故 郷 の 景 色 や 人 々に い っそ うの 愛 お しさを 覚 え 、 また 、 彼 らを 苦 しめ る もの に は い っそ うの 憎 しみ を 覚 え た 。
そ して 、 この よ うに 淡 々 と した 哀 し くも美 しい 作 品 が 生 み 出 され た の で あ る。 王 勝 は 次 の よ うに 指 摘 す る。 蕭 紅 の 小 説 は 、 人 間 の 霊 魂 を 透 視 す る鏡 の よ うに 、 胡 蘭 河 の 老 若 男 女 に 自身 の 本 当 の 姿 を 見 させ 、 時 代 の 異 な る更 に 多 くの 中 国 人 に 自分 の 正 体 を 見 させ る。 この 鏡 の 中 に 自己 の 浅 は か さ、 無 恥 、 虚 偽 、 精 神 の 麻 痺 、 愚 昧 を 見 い だ した 人 々は 、 平 素 気 に も掛 け て い な い 醜 さを 映 し出 され て 恥 じ入 る。 また 、 わ け もわ か らず 生 きて い る多 くの 人 々は 、 拠 り所 な く浅 は か で 目的 の な い 哀 れ な 己 の 姿 を 映 し出 され て 、 震 え 上 が る。 そ して 、 自己反 省 し、 自己 浄 化 し、 自己 向 上 した い とい う願 望 を 生 み 出す の で あ る。58) 蕭 紅 は 「胡 蘭 河 伝 』 に お い て 、 あ らゆ る人 間 に 共 通 す る愚 昧 と善 良 を 描 い て 、 我 々に 警 鐘 を 鳴 ら して い る。 そ れ は 胡 蘭 とい う特 殊 な 場 所 の 、 二 十 世 紀 初 頭 とい う特 殊 な 時 代 の 物 語 で は あ るが 、 そ の なか で は この 世 に 生 き る人 間 の 普 遍 性 が み ご とに 描 き 出 され て い るの で あ る。 「胡 蘭 河 伝 』 は 、 胡 蘭 の 情 景 や 人 々の 姿 を 彷 彿 と させ る律 動 的 で 躍 動 感 溢 れ る独 特 の 文 体 に よ って 、 人 間 世 界 の 不 条 理 の 深 刻 さを 浮 き彫 りに し、 読 者 の 心 を 動 か さず に は お か な い 。 注 1)r胡 蘭 河 伝 』(注2参 照)第2章 第2節(r蕭 紅 全 集 』 吟 ホ 演 出 版 社 、1998年 、142頁)。 2)長 編 小 説r胡 蘭 河 伝 』 は1940年9月1日 か ら12月27日 までr星 島 日報 』 副 刊 「星 座 」 に連 載 され た 。 1941年 上 海 雑 誌 図書 公 司 よ り、1943年6月 桂 林 河 山 出 版 社 よ り単 行 本 出版 。 以 後 、 出版 を重 ね る 。 本 稿 で はr蕭 紅 全 集 』(ハ ル ビ ン、 ロ合ホ 演 出 版 社 、1998年)よ り引 用 。 3)蕭 紅(張 乃 螢)作 家 。 黒 竜 江 省 胡 蘭 県 胡 蘭 の地 主 の 家 に 生 まれ る 。 長 編 小 説 『生 死 の 場 』 『馬 伯 楽 』 『胡 蘭 河 伝 』、短 編 小 説 『手 』 『小 城 三 月 』、 散 文 集 『商 市 街 』 な ど。(1911∼1942)。 4)孟 悦 ・戴 錦 華r浮 出歴 史 地 表 現 代 婦 女 文 学 研 究 』 河 南 人 民 出版 社 、1989年(r浮 出歴 史 地 表 現 代 婦 女 文 学 研 究 』 北 京 、 中 国 人 民 大 学 出 版社 、2004年7月 、188頁)。 5)錫 金 「蕭紅 和 地 的r胡 蘭 河 伝 』」(r長 春 』1979年5月)に よ る と、蕭 紅 は武 漢 の 錫 金 の 家 に寄 寓 して い た1937年12月 にr胡 蘭 河 伝 』 の 執 筆 を 始 め 、 そ こで 第1、2章 を 書 き上 げ た とい う。(王 観 泉 編 r懐 念蕭 紅 』 ハ ル ビ ン、 黒 竜 江 省 人 民 出 版 社 、1981年2月 、41頁)。 6)r胡 蘭 河 伝 』 「尾 声 」(前 掲 書274、275頁)。 7)晶 紺 弩 「在 西 安 」r新 華 日報 』 重 慶 、1946年1月22日(r懐 念蕭 紅 』31頁)。 8)満 州 事 変 前 後 の 東 北 の 農 村 を 舞 台 と して 、 苛 酷 な 条 件 下 に 生 き る貧 しい 農 民 を 描 い た 小 説 。 9)蕭 紅 「致蕭 軍(第 三 十 四 信)」1937年12月(r蕭 紅 全 集 』1300頁)。 肖鳳r蕭 紅 伝 』 天 津 、 百 花 文 芸 出 版 社 、1980年12月12日 、79頁 。
丁 言 昭r蕭蕭 落 紅 情 依 依 』 四 川 文 芸 出 版 社 、1995年3月 、45頁 。 10)許 広 平 「追憶蕭 紅 」r大 公 報 』 副 刊 「文 芸 」 上 海 、1945年11月28日(r懐 念蕭 紅 』13頁)。 ll)晶 紺 弩 前 掲(前 掲 書31頁)。 12)醇 栄 玉 「女 性 的 才 情 女 性 的 悲 哀 」r中 華 女 子 学 院 山 東 分 院 学報 』2006年 第4期 、53頁 。 13)蕭 軍 「蕭紅 書 簡 輯 存 注 釈 録(四)」r新 文 学 史 料 』1979年(r蕭 紅 全 集 』1327頁)。 14)蕭 紅 「無 題 」r七 月 』 武 漢 、1938年5月16日(r蕭 紅 全 集 』1215頁)。 15)葛 浩 文 〔Howard Goldblatt〕r蕭 紅 評 伝 』 ハ ル ビ ン、 北 方 文 芸 出版 社 、1985年 、141頁 。 16)夏 明 釧 「《胡 蘭 河 伝 》(長 編 小 説)」r中 国 現 代 文 学 名 著 題 解 』 北 京 、 中 国 青 年 出版 社 、1993年12月 、 762頁 。 17)『 胡 蘭 河 伝 』 第1章 第5節(前 掲 書128頁)。 18)r胡 蘭 河 伝 』 第2章 第4節(前 掲 書155頁)。 19)蕭 紅 「失 眠 之 夜 」r七 月 』 武 漢 、1937年10月16日(r薫 紅 全 集 』ll85頁)。 20)r胡 蘭 河 伝 』 第3章 第9節(前 掲 書179頁)。 21)r胡 蘭 河 伝 』 第4章 第1節(前 掲 書183頁)。 22)郭 秀 琴 「論蕭 紅 小 説 的 文 化 批 判 意 識 」r語 文 学 刊 』2007年 第3期 、34頁 。 23)郭 秀琴 前 掲(前 掲 書35頁)。 24)r胡 蘭 河 伝 』 第5章 第4節(前 掲 書207頁)。 25)『 胡 蘭 河 伝 』 第5章 第5節(前 掲 書223、224頁)。 26)『 胡 蘭 河 伝 』 第5章 第5節(前 掲 書225頁)。 27)茅 盾 「胡 蘭 河 伝/序 」r胡 蘭 河 伝 』(r薫 紅 全 集 』105頁)。 茅 盾 に よ る こ の 「序 」 は 「論蕭 紅 的r胡 蘭 河 伝 』」 と題 して1946年12月r文 芸 生 活 』 に 掲 載 され た 。1947年 簑 星 書 店 出版 のr胡 蘭河 伝 』 に 「序 」 と して 掲 載 され 、 以 後 「序 」 と して 掲 載 され る よ うに な った 。 28)醇 暁 芽 「談 《胡 蘭 河 伝 》 人 物 塑 造 的 深 層 意 縮 」 『西 安 文 理 学 院 学 報 』2006年4月 、ll頁 。 29)郭 秀 琴 前 掲(前 掲 書35頁)。 30)魯 迅 「我 之 節 烈 感 」 に 「世 の 中 に は 古 来 わ け もわ か らず 伝 え られ て きた 理 不 尽 な道 理 が あ り、 歴 史 と 数 の 力 で 意 に合 わ な い人 を抹 殺 で きる 。 こ う したr無 主 名 無 意 識 的 殺 人 団』 に よ って どれ だ け の 人 々 が 死 ん だ か わ か らな い ε ε ε 」 とい う件 が あ る。 31)尾 坂 徳 司r蕭 紅 伝 』 東 京 、 僚 原 書 店 、1983年 、72頁 。 32)r胡 蘭 河 伝 』 第6章 第11節(前 掲 書247頁)。 33)r胡 蘭 河 伝 』 第6章 第13節(前 掲 書249頁)。 34)張 力 「《胡 蘭 河 伝 》 芸 術 談 」r胡 蘭 師 専 学 報 』2000年7月 、61頁 。 35)『 胡 蘭 河 伝 』 第7章 第7節(前 掲 書269頁)。 36)『 胡 蘭 河 伝 』 第7章 第10節(前 掲 書273頁)。 37)茅 盾 前 掲(前 掲 書108頁)。 38)醇 梅 「対 温 暖 和 蒼 涼 的"情 吟"」r承 徳 職 業 学 院 学 報 』2006年 第1期 、63頁 。
39)孟 悦 ・戴 錦 華 前 掲(前 掲 書187頁)。 40)醇 暁 芽 前 掲(前 掲 書10頁)。 41)孟 悦 ・戴 錦 華 前 掲(前 掲 書191頁)。 42)茅 盾 前 掲(前 掲 書108頁)。 43)許 暁 爆 「余 華 訪 談:我 永遠 是 一 個 先 鋒 派 」2000年1月26日 。 44)尾 坂徳 司 前 掲(前 掲 書79頁)。 45)秋 山 洋 子 「瀟 紅 再 読 「女 の表 現 」 を 求 め て 」r世 界 文 学 』84号 、 世 界 文 学 会 、1996年12月(r私 と 中 国 と フ ェ ミニ ズ ム』 東 京 、 イ ンパ ク ト出 版 会 、2004年 、160頁)。 46)葛 浩 文 前 掲(前 掲 書141頁)。 47)秋 山 洋 子 前 掲(前 掲 書160頁)。 48)茅 盾 前 掲(前 掲 書108頁)。 49)王 孟 白 「不 滅 的 足 跡 」 『蕭紅 研 究 』 ハル ビ ン、 北 方 論 叢 編 輯 部 編 、1983年 、4頁 。 50)張 力 前 掲(前 掲 書62頁)。 51)游 友 基 「論蕭 紅 作 品 韻 味 与 文 体 的 独 特 性 」rチ チ ハ ル 師 範 学 院 学 報 』1996年 第 五 期 、48頁 。 52)茅 盾 前 掲(前 掲 書108頁)。 53)茅 盾 前 掲(前 掲 書109頁)。 54)例 え ば 、r蕭 紅 研 究 』(1983年 、 前 掲)に 収 め られ た 王 観 泉 「文 学 史 編 纂 の 問題 点 を 探 る」 に、 「文 学 史 に お い て 、蕭 紅 に 対 す る評 価 は 、 どれ も こ れ も驚 くほ ど似 て い る 。 ε ε ε 抗 日戦 争 期 に 書 か れ た 『胡 蘭 河 伝 』 は 、 過 去 の生 活 を 回憶 す るな か で 、 作 者 の 旧社 会 に 対 す る怒 りを表 現 して い るが 、 個 人 の 生 活 の 場 が 狭 小 で あ る こ とに よ って生 まれ る孤 独 で 寂 しい 心 情 が に じみ 出 て い る」 「今 や 、 『胡 蘭 河 伝 』 が 抗 日戦 争 を 描 い て い な い か ら とい って 、 この 思 わ ず 笑 い 出 して しま う世 態 風 俗 画 を 、 冷 淡 に あ し ら うこ と もな か ろ う。」 とい う記 述 が 見 られ る。 55)葛 浩 文 前 掲(前 掲 書138頁 、144頁)。 56)「 現 時 文 芸 活 動 与r七 月 』 座 談 会 記 録 」1938年4月29日(r瀟蕭 紅 全 集 』1319頁)。 57)孟 悦 ・戴 錦 華 前 掲(前 掲 書191頁)。 58)王 勝 「蕭紅 小 説 的 風 刺 芸 術 」r山 東 文 学 』2007年4月 、79頁 。 (や ま も と ・か ず こ 短 期 大 学 部 講 師)