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地域生活と自然環境を媒介するスキー-「歩くスキー」の理論的検討-

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(1)Title. 地域生活と自然環境を媒介するスキー-「歩くスキー」の理論的検討-. Author(s). 前田, 和司. Citation. 僻地教育研究, 50: 75-84. Issue Date. 1996-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/1555. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである. Hokkaido University of Education.

(2) No.50. 1996.3. 地域生活と自然環境を媒介するスキー ー「歩くスキー」の理論的検討一 前田 和司(北海道教育大学旭川校). Skiingmediatingregiona11iLbandthephysicalenvironment. −AtheoreticalstudyofAmkuSki−. と拡大された川)。その勢いは.スポーツ産糞.教育. はじめに. マスメディアを通じて我々を飲み込んでいった。そ. 平成6年3月、豊橋市で開催された日本スポーツ. の結果,「名称の単一性(テニス,スキー.サッカ. 社会学会のシンポジウムにおいて「環境問犀削二関心. ー)が.スポーツ実践のやり方の拡散を覆い隠して. を持ちつつも曳ヰ∴を実践し教育すること」の矛盾. しまう(5)」とプルデューが指摘した我々の認識の傾. (1)が指摘された。それに対する会場の反応はみられ. 向によって,「スキー」という言草に「ゲレンデ・. なかったが.この矛盾に対する「スポーツの外」か. スキー」以外の実践を認めにくくなっているのだ。. らの批判は非常に強まっていると言えよう。. 我が国では,森林限界を越えた場所にスキー場を. ノルウェーで開催されたリレハンメル・オリンピ. つくることは困難である。したがって,大規模な自. ックが.「スポーツの緑化」をテーマとし,国家的. 然破壊が必然的な「ゲレンデ・スキー」を前提とし. レベルで環境への影響を最小限にとどめるべく努. て.いくら「環境にやさしいスキー」を論じても,. め∴喝境保議のモデル・ケースとなったことは記憶. それ自体が矛盾であり.限界が見えていると言えよ. に新しい。その時徴はリレハンメル地方の自然・文. う。一方,「クロスカントリー・スキー」や「テレ. 化面などの特色に適合するものであること.さらに. マーク・スキー」など,「ゲレンデ・スキー」以外. できるかぎり環境にやさしいものとすることであっ た(2) 。今我々は,スキー実践とそのフィールドとし. のスキー実絨への注目が高まり,スキーと自然環境. ての「スキー場」開発がその他城の自然環境や社会. になってきてはいる。しかし散見する限り,それら. に及ぼす影響について考慮することなしに,スキー. を扱った文献は柁術解説に終始し,スキー全体の体. を再生産し続けることは困難になってきたのだ。. 系的な理解や、その実柁を通じて生みだされる自然. との関わりにおける新たな可能性を予感させるよう. しかし.ここで閉館にされるスキーとはいったい. と人間との関係性について言及されているものは極. どのような実践なのかということについて明確にし. めて少ない。. ておかなければ,スキーの全否定という安易な結論. そのような状況の中で,自然との関係を見すえた. につながりかねない。スキー擁護派と反対派という. 新たなスキー実践を探求し,「歩くスキー」の提唱. 対立構造は不毛な論争しか生まないだろう。まず,. に至った「北海道教育大学寒冷地体育研究会」の取. 我々がスキーと環境問題を論ずる時に前提としてい. り組みの持つ今日的意義は大きいと言えよう。地域. ること.つまり「スキー=ゲレンデ・スキー(:−)」と. の生活と自然を存続させる,というよりもそれらを. いう認識について確認しておかなければならない。. 破壊しないスキー実践の探求は.冒頭に述べた批判. 北欧で発生したスキーを瞭点とし,中部ヨーロッ. に応える第一歩になると考える。. パの山岳地帯で独自の発展を遂げたアルペン・スキ ー。そのうち「スキー場」の中だけで完結する仁親. 1.「歩くスキー」の棟唱. 指ではないスキーを我が国では「ゲレンデ・スキー」. (1)「歩くスキー」が操唱された時代. と称する。「ゲレンデ・スキー」は,自然を施設へ. 「歩くスキー」の実据理論がはじめて体系的に提. と変容させる圧倒的な柁術力を稽得し,日本全土へ. 示されたのは.北海道教育大学寒冷地体育研究会絹 ー75….

(3) 前田 和司. r歩くスキーの理論と美辞別(昭和49年)である。. な間に合わせ的なもの(山に行くための技術練習の. 北海道教育大学寒冷地体育研究会(以下「研究会」). もの)で.本当のスキーは山に行くことであるとい. は,昭和48年,今村源吉北海道教育大学旭川分校 教授の呼びかけのもとに発足した。「研究会」は.. う気持が強いのが現状で,北海道のスキーはツアー スキー的である(リ)」と述べてはいるが.スキー場数. 寒冷積雪地域における体育・スポーツのあり方をテ. の急増(図2)に示されるように,「ゲレンデ・ス. ーマとしており,その最初の取り組みが「歩くスキ. キー」の愛好者数は確実に増加していった。. ー」の理論と方法論の確立であった。. 「スキー場」急増の背景として.索道技術の発達. 「歩くスキー」の捷嶋された昭和40年代は,北. はもちろん,「スキー場」開設を望む強い要求があ. 海道内に次々と「スキー場」が開設されはじめた時. ったことは確かである。それは,当時アルペン・ス. 期であった。昭和30年代はじめまで,道内にはリ. キーの主流であったオーストリー・スキーの導入に. フトを備えた「スキー場」はほとんどなく.人々は. 全力を注いでいた全日本スキー連盟仰の要求であ. 身近な斜面でスキーやソリ遊びを楽しむのが冬の日. り,それを受容したスキーヤー及びスキー産業の要. 常的風景であった。その他にもいわゆるスキーの名. 求でもあった。. 所といわれる山での「スキー・ツアー」が盛んであ. このように「ゲレンデ・スキー」は,北海道のス. り,シーズンには国鉄がスキー列車を企画したこと. キー実践の本流となる。それは「山へ出かけるスキ. もあったという(6)。このころのスキー場とは,スキ. ー」から,「スキー場で完結するスキー」への変容. ーに適した.あるいは景観の使れた斜面(本来の意. であった。その勢いは.「スキー」という名称であ. 味におけるゲレンデGe)ande)のことであり,リフ. らわされるのは「ゲレンデ・スキー」であるという. ト,ロッジを備え,山を切り開き圧雪されたコース. 認識を,指導者のみならず広く一般に浸透させてい. (ビステpiste)に限られた今日の「スキー場」とは. ったのである。それに伴って生じた様々な問題点(11). 異なっていた。積雪の多い北海道の場合.リフトが. をいち早く指摘していたのが今村である。昭和42. 設置される以前からこのようなスキー場が多数存在. 年度北海道スキー連盟指弾貝研修会において.当時. していたが,昭和40年代以降.急激に変貌してい. 全日本デモンストレーター選考委貝を務めていた今. く(刀。札幌オリンピック(昭和47年)がひとつのピ. 村は.地域の実情を考慮せず,オーストリア,フラ. ークであり.それ以前には23ヵ所だけであった(瑚も のが.オリンピックの前後3年間で22ヵ所の「ス. 「山がない.山があってもリフトがないからスキー. キー場」が新たに開設された(図1)。. が出来ないという北海道のスキームード(12)」を作り. ンスの商品として輸出されるスキー技術に偏向し,. スキー場の変貌はスキーの実践形態の変容と並行. だしたスキー連盟教育部の方針を自ら批判した。. して進行していった。「研究会」を主宰する今村は,. 「大都会(札幌)の周辺にはスキー場も整備され.. (2)「歩くスキー」の成立. ゲレンデスキーヤーも多くなってきているが,これ. 北海道のスキーが「ゲレンデ・スキー」へとモノ. らのスキーヤーの気持も,ゲレンデスキーは一時的. カルチャー化していく状況に疑問を感じた今村は,. 昭和. 昭和. 団1 北海道年別スキー囁開拉致. 図2 北海道スキー場数の推移. ー76−.

(4) No.50. 地域生捕と自然環機を媒介するスキー. 昭和42年.フィンランドに単身留学する。留学の. 1!拍6.3. 表された。. 目的は「フィンランドの冬の生活の中でスキーがど. 同報告書ではまず,スキー実践全体における「歩. のような位置にあるのか,その形態はどうか」とい. くスキー」の位置づけを試みている。現在のスキー. うことを見様めることだった。その視点は,自然環. は.北欧で生まれたスキーを原点とし,のちにノル. 境との関わりの中で生み出された固有の生活文化と. ディック・スキーとアルペン・スキーに分化し,さ. してスキーをとらえようとするものであり.異なる. らにそれぞれ競技スキーと親書支以外の一般スキーと. 自然環境の中で発達したスキーを形態的に輸入し,. 分れたものとしてとらえられている(図3)。そし. そのための鳩(「スキー場」)を北海道の風土の中に. て「歩くスキー」は.ノルディック・スキーの一般. 刻み込んでいこうとした当時の日本のスキー界の論. スキーに位置づけられる。また「ゲレンデ・スキー」. 理とは対照的であった。. は非降雪地域生活者による脱日常化の志向が強いも. 帰国後,今村は「北海道のスキー」としての「歩. のであり.「山スキー」は主に寒冷・降雪地域の生. くスキー」の創造に向けて精力的に活動を開始する。. 活者によって行われ山岳地帯で展開するものとされ. 昭和42年.「体育学研究J誌上に「現代の日本のス. た。このどちらにも当てはまらない寒冷・降雪地域. キー」を発表し,スキーの技術的発達過稽を世界的. の非山岳地帯及びその生活者によって行われるスキ. な視野で整理・分類するとともに,日本で実朗され. ーとして「歩くスキー」が位置づけられた(図4)。. ているスキーをそのルーツ,社会的環境,地理的環. つまり.北海道では,平地における競才女ではないノ. 境という観点から整理した。また昭和44年には. ルディック・スキーの実践は,「歩くスキー」以前. 「現代日本のスキー(羊2報)北欧(フィンランド). にはほとんど存在しなかったのである。. のスキーについて(ー体育学研究第13巻第5号. 昭和51年.「歩くスキー」普及のため,北海道や. 1969J)」にて,フィンランドのスキーを考察し,. 遭スキー連盟等の主催によって,フィンランドから. 「スキーの本質は「自然運動j(仮称)である」と結. エリキ・ピヒカラ氏(13)が招帝され.各地で講習会を. 論づけた。そして日本の積雪寒冷地域におけるスキ. 開催した。寒冷地体育研究会における議論とピヒカ. ーの研究は,「生活における自然とスキーの関連」. ラ氏の講習会の成果は,その後,今村源舌絹著一歩. というテーマにおいて探求されることを主張する。. くスキー 装備・ワックスから楽しみ方までJ(北. 「研究会」ではそのテーマについて議論を積み重ね,. 海タイムス杜,1976年)に結実する。. 翌49年に報告書ー歩くスキーの理論と実戦」が発 1帥0年代後期. 冬の生活環境・地理的環境. 1800年代前・中期 北欧の冬の生活. 蛾技スキー. スキーのスポーツ化. (ノルディック). 一般スキー. 生活スキ 乗用スキ. 1も88年. ナンセンのスキーによる グリーンランド横断 1925年シュナイター 一般スキー. 中欧の地理的環境. 山岳スキー 1890年ズダルスキー. 闇3 スキーの発達過程りと海道教育大学者冷地体育研究会「歩くスキーの理論と実損」1974より) −77−. (アルペン). 競技スキー.

(5) 前田 和司. 図4 現代訂本スキーの構造(今村「現代の日本のスキー」r体育学研究第11巻第l号J1967より). 2.「歩くスキー」理論の理解に向けて. 過程を,スキーが「冬の自然が対象であるべきもの から遠くなりつつある(1ヰ)」過程としてとらえた。と. さて,今村や「研究会」による文献を検討してみ ると,「歩くスキー」の理論は,次の3つの柱から. すると「ゲレンデ・スキー」の場である「スキー場」. 成り立っていると考えることができる。それは「対. は「自然の山野」ではないと考えられていることに. 自然スポーツ」「生活スポーツ」「自己発見の文化」. なる。しかし,山頂からの雄大な眺望∴霧氷におお. である。興味深いことに.ここで「自然」と「生活」. われた棄壮なダケカンバの姿,六花と称される雪の. が同時に述べられている。体育の分野において最も. 結晶,朝陽にきらめくダイヤモンド・ダスト「ス. 自然との関わりの深い野外活動においてでさえ,. キー場」でのこれらの経験は自然との出会いに他な. 「野外とは日常生活の鳩から離れた自然」とみなす. らないのではないか。. 伝統は根強い。そのため,野外活動は環境教育の一. 風土を,ある社会の空間と自然とに対する物理的. 項として,自らの居住する地域の生活と自然との関. かつ現象的な関係として扱う新たな風土学をうちた. 係のあり方を認識し見直すという可能性をはらんで. てたオギュスタン・ベルクは.これら自然を認知す. いながら,日常生活とは切り離された空間でのみ完. る契機を「手がかり」と呼ぶ。「手がかり」とは,. 結してしまうことが少なくないのだ。以下.自然と. 「手が桟をつかむ時の桟のこと.岩の凹凸に足をか. 生活を同時に見つめ得る「歩くスキー」理論とは何. けるならその凹凸のこと」であり.「物の普通的な. かをさらに検討してみよう。. 特性」でありながら.「それが特性として存在する のは何らかの関係によるか関係のなかでしかない」 もののことであるという。つまり「松の木も岩山も. (1)「対自然スポーツ」…自然の手がかりを求めて. 「研究会」の報告や今村の著作の中で,「対自然. よじ登る子供にしか手がかりを擢供しないり5)」ので. スポーツ」「自然運動」あるいは「対自然運動」と. ある。我々のスキー実践を媒介として成り立つ自然. いう表現であらわされているのは,「自然の山野」. との関係の中には.どのような「手がかり」が立ち. をフィールドとして実托されるスポーツ,身体運動. あらわれているのだろうか。. のことであり.スキーというスポーツの本質もそこ. リフトの設置はスキーヤーを楽に早くコースの上. にあるとされる。今村らは,「ゲレンデ・スキー」. に運ぶことを目的としている。そして.限られた時. が北海道において普遍化,モノカルチャー化される. 間の中でできるだけ多く滑りたいスキーヤーの要望 ー78−.

(6) No.50. 地域生満と自然増蛾を媒介するスキー. と,収益のために効率を上げたいスキー場側の論理. 具によって広がるフィールドは.スキーヤーの能力. が.リフトのスピードをより高速化する。我々は,. レベルに応じて自然の中にさらに拡大していく。. 自動車で移動するよりも自転車,自転車よりも徒歩. さらに指術的な面においても「歩くスキー」は. の方が.周囲から与えられる情報量の多いことを経. 「手がかり」を得ることを重視している。「歩くスキ. 験的に知っている。つまりゆっくりとしたスピード. ー」では特別なワックスを使用するが.このワック. の方が「手がかり」は豊かになるといえる。しかし. スは滑りを良くするというより,キックした時にグ. リフトはさらに高速化され,スキーヤーは自然から. リップを得るためのもので.スキーベースの中央部. 「手がかり」を得ることに無関心になっている。. 分に薄く伸ばして使う。雪温や雪質によって種類を. また,リフトのスピードだけでなく,「スキー場」. 使い分ける必要があり,選択を間違うとグリップが. がより高連な滑降を可能とするように設計される近. 得られず空まわりするか,逆にグリップが強すぎて. 年の傾向においては,「落ちる」という身体の内部. ブレーキがかかってしまう。ある意味ではわずらわ. 感覚の増大が顕著になる。高速化するにしたがって. しい作業だが.ワックスを使い分けているうちに,. 視野が狭められたスキーヤーにとって,スキー・コ. 今まで自一色にしか感じられなかった雪が様々な表. ースこそが「図」であり.その周囲の森林,自然の. 情を持っていることに気づき.「時には冷たさは忘. 広がりはあくまでも「地」にすぎず,認識の対象と. れ,暖かいものとしてさえ受け止められる(岬」とい. はなりにくい。コースの中に立つ趣きあるダケカン. った経験をすることがある。このように,ワックス. バも,赤いネットをはりめぐらされて,ただの障害. 根術を媒介として,我々は今までに気づかなかった,. 物になりさがるのである。. 新しい「自然の手がかり」を得ることができるりり)。. さらに「ゲレンデ・スキー」では,「スキー教程」. しかし、誰でも同じように「手がかり」を感じる. が象徴しているように,回転・滑降といった技術の. ことができるとは限らない。「自然の山野」を滑走. 樺得が主目的とされる傾向がある。「スキーに行く」. していても.柁術に心を奪われたり苦痛という身体. ことが「スキーの練習に行くこと」になっているス. 感覚に意識を支配される人もいる。逆に.人工的な. キーヤーは少なくないだろう。こうしたスキけヤー. 「スキー場」にあっても「自然の手がかり」を豊か. は.膝の角度,内向・外傾.加東・抜垂といった身. に受け取れる人もいるのである。その速いは.その. 体の内部感覚との対話に意識を支配される。そこに. 個人が属する社会と自然の関係のあり方に左右され. おける自然の「辛がかり」と言えば斜度(重力)と. るものであり.また個々人の感性の相違によるもの. 雪質とに限られるだろう。このように.現状の「ゲ. でもある。「対自然スポーツ」としての「歩くスキ. レンデ・スキー」実班とその場としての「スキー場」. ー」は.その実践自体が「自然の手がかり」を豊か. とは,「手がかり」を減少させる傾向を持っている。. にすることを前授とし、さらに実践する個々人に対. あるいはすでに「手がかり」を不要なものとしてい. して「手がかり」を感じ取れる感性の有無を問いか. るのかもしれない(捕)。. けるのである。. 一方,スキ岬の本質を「対自然スポーツ」と意義 づけ,それを現実化するための契機となるべく揚場. (2)生活スポーツ…自然と人間を媒介するもの. された「歩くスキー」の場合はどうなるのだろう。. 「歩くスキー」理論において展開される「生活ス. 今村は北欧のスキーのあり方を「スキー場における. ポーツ」の考え方は.「生活体育」「スポーツの生活. 画一化されたスキーの楽しみ方ではないのであっ. 化」という一連の流れにも呼応する。しかし.「過. て,自然の山野を自由にスキーと云う用具をもって. に何回スポーツをするか」「1日に何時間スポーツ. 滑走し.滑降し.またあるときは回転をして歩きま. をするか」という尺度.すなわち普遍的な機械的時. わることである(17)」ととらえている。ここにおける. 間の規準によって把握される生活とは異質なものと. スキー実践の鳩は,「囲い込まれた」施設ではなく. みていた。それは.固有の環境においてあらわれて. 「自然の山野」の広がりである。コースは設けられ. くる固有の生活というべきもので.「風土」と呼ん. るが.森を伐り開く必要はない。もちろん,コース. でも差し支えないだろう。「風土」は当然,地域に. のないところへも装備を整えて入り込んで行くスキ. よって多様なあらわれ方をする。そしてスキーも.. ーツアーも行われる。このように.スキーという道. その風土に固有な生活文化のひとつとして位置づけ −79岬. l!粉6.3.

(7) 前田 和司. られている。「北欧のスキーの原点のひとつは,そ. り.毎日スキーに乗れる生活のスキーとはちょっと. の民族がそこで成り立っていく,生き残るための文. 異なったものであるからだ。そして.それが今日の. 化であるということ。厳しい気候.風土の中でしか. スキーであり,(北海道の人々が)内地では皆こう. 存続することができない。その生活環境の中で生き. (するの)だと思った時に,北海道の人間でありな. るために生みだされた生活のパターンのひとつが北. がらスキーに乗ったことのない大衆が生まれてき. 欧のスキーだった(2り)。」さらに今村は,人間と環境. た。(括弧内筆者)(Z5)」 「ゲレンデ・スキー」が北海道に導入されてから.. との相互関係にも着目し,「自然と人間が互に循環 し.遼元し(21)」あう過程の中に生活文化が生成され. スキーは金のかかるスポーツになってしまった。整. てくると考え.北欧のスキーもそのひとつとしてと. 備されたコースは滑走スピードを高速化し,それに. らえている。. ともなって用具は高度化され高価になった。またリ. 今村が示した.この互いに循環しあう関係は,ベ. フトに乗るために支払うことが求められるようにな. ルクの「通態的プロセス」という概念を思い起こさ. った。それは,弁当を持って,現在のスキー場から. せる。「通態的プロセス」とは.「ある社会の∴空間. すれば小さな斜面の裏山で,気軽に楽しむスキーと. と自然とに対する関係である風土,その関係のおも. は程遠いものであったに違いない。 さらに.「ゲレンデ・スキー」の持つ論理は,森. むきである風土性を生みだす主観的なものと客観的 なもの,物理的なものと現象的なもの,生態学的な. であった場所を伐り開き,リフトをかけ,「スキー. ものと象徴的なものとの風土=歴史的な結合過程. 場」を作るというものであり.「自然と人間が互に. (ガ)」であるとされる。この「通態的プロセス」にお. 循環し.還元しあう」という関係ではなく.人間の. いて.「社会は風土の利用に応じてその風土を知覚. 側が一方的に自然にはたらきかけ.改変していくと. し,また風土の知覚に別してその風土を活用する。. いう関係を意味していた。都市生活者にとっては.. 現象学的型(風土の解釈や知覚の構造)はこのよう. 人工的な「スキー場」に訪れることであっても.そ. に絶えず物理的な形(風土の整備の方法)を生みだ. のことがすでに日常には求めることのできない自然. す。そしてまたそれらが今度はその型に影響をおよ. との出会いであるが.「スキー場」のある地域(多. ぽす。それが以下同様に続く(Ziリのである。北欧の. くの場合,寒冷積雪地域の山村)の生活者にとって.. 人々は.自らの居住する環境との通態的プロセスに. 「スキー場」は日常空間にあらわれた場所であり,. おいてスキーを生みだし,独自の用具や技術を発展. 地域の自然環境との間に相補的な関係をつくりあげ. させていったのである(24)。. てきた彼らの尺度からいえば,「スキー場」の建設. さて「研究会」が,「ゲレンデ・スキー」のモノ. は自然を壊すこと,「イタマシイ(洲)」ことである場. カルチャー化によってもたらされた弊害を批判し.. 合が少なくない。北海道の人々にとって,山は今で. 「歩くスキー」の捷嶋の契機としたことはすでに述. も非常に身近な存在である。春の山菜取りからはじ. べた。その弊害のひとつがスキーの「〈生活〉から. まり.嘗の渓流釣り.秋の茸狩りは,人々の「山遊. の垂離」であった。. び」として日常生活の中に組み込まれている。そし. ここで.地域によって物事をとらえる尺度が異な. てスキーもまた.こうした「山遊び」のひとつであ. るということを前捷にして論を進めていきたい。異. ったといえよう。当時の人々にとって.自らの足で. なる自然環境において成り立つ社会は,当然異なる. 登り滑り降りるという一連の過程こそが「山で遊ぶ」. 「尺度」を持つからだ。この尺度の相違を無視して. ことであった。しかし「スキー場」は.「自然の手. 何らかの文化の普通化が行われるならば,当然その. がかり」を減少させる構造を持ち,また森を伐り開. 地域の論理,尺度との間にズレを生じることは明白. くことによって「山」そのものを変容させた。こう. である。「研究会」では,北海道において「ゲレン. したスキーのあり方は,当時の北海道の人々の生活. デ・スキー」が普通化される過程にこのズレを鋭く. 実感とはかなり異質なものであったに違いない。. 見抜いていた。. ベルクは.「物理的なものを現象的なものと,事. 「内地中心主義の北海道の生酒思想にこれ(ゲレ スキー)が押し寄せてきた時.スキー用具に.. 実を象徴的なものと,自然を文化と区別」し.「主. ンデ・. 観性を全てそこから取り去ることで世界を嘗観化し. スキー場に,北海道の大衆は戸惑った。毎日雪が降. ようと」する,近代以降にあらわれた認識の型のこ −80−.

(8) No.50. 地域生満と自然増塊を喋介するスキー. とを「近代性のもくろみ」と呼んでいる(ご7)。「近代. ばないものである。スキーはこの冬の自然に対面す. 性のもくろみ」は,「科学の嘗観性を産みだしたし.. るスポーツであり.「歩くスキーJは特にこの面にお. そこから自然に対する未曾有の柁術的支配」を打ち. いて自然を適して人間を再発見するものである。わ. 立てることになった。そして「それぞれの場所のそ. れわれは,これをー自己発見の文化Jととらえた伊”」. れぞれに固有の現実を消しさろうとしながら地球の. 「自己発見の文化」の根幹は.「自然との対話・. 上で活動を繰り広げた。固有の現実はユートピア的. 理解・調和」を求める「自己反省の習慣」であると. 空間の普通的真実に帰せられるが故に定義上誤った. される。今村は言草をかえて次のようにも述べる。. ものとして置かれたのである(期。」と述べる。. 「フィンランドの人々は.自然の中でスポーツをす. 「ゲレンデ・スキー」と「スキー場」が北海道に. る中で,自然から逆に人間の文化.人間というもの. 導入されたとき,それ以前の北海道のスキー実跡ま、. を学ぷ。彼らはー自然を大軍にするjなどとは恥ず. 「ゲレンデ・スキー」の拠ってたつ「普通的其実」. かしくて言えない。当たり前のことだからだ。そし. の前に「定義上誤ったもの」とされ,消え去ろうと. て r自然を征服するj という言葉を持たず.ー自然. した。「それぞれの場所のそれぞれに固有の現実」. とともにあるJと言う。…」この論理の持つ方向は,. を黄葉とするのは、その地域固有の尺度であって,. 前節で述べた「自然と人間が互に循環し∴還元しあ. 「生活に密着するスキー」とはその地域固有の尺度. う過程」が向かうぺき方向なのではないか。. に従ったスキー実践のことである。したがって.. 「自己発見の文化」は.ベルクの言う「創造的表. 「生活から垂離するスキー」とは地域固有の尺度と. 現」とも重なりをみせる。「創造的表現」とは,風. ズレを持ったまま普通化されるスキー実践だと言っ. 土の「おもむきによって作品を豊かにし.かつその. て良いだろう。. 作品を通してそのおもむきをさらに深められるよう にする(‥川」こととされる。「作品」を「歩くスキー. もちろん.「ゲレンデ・スキー」及び「スキー場」 といえども,北海道の人々と自然との問に打ち立て. の実践」あるいは「生活文化」と言い換えてみれば,. られた新たな関係性が生みだしたものであり.時間. 「自己発見の文化」の意味することがよくわかるだ. が経過するにしたがい「生活に密着」してきた点ま. ろう。「風土のおもむきによって歩くスキーの実践. でも否定しようとは思わない。しかし,その関係の. (生活文化)を豊かにし.かつその歩くスキーの実. 持つ方向性がいかなる所に行き着こうとしているの. 践(生活文化)を通してそのおもむきをさらに深め られるようにすること」こそが「自己発見の文化」. かを我々は問題にしなければならない。. なのである。. 「ゲレンデ・スキー」と「スキー場」を受容する. (3)自己発見の文化‥・関係性の向き. 我々の自然との関係性は.自然の「手がかり」を必. 「歩くスキー」理論における「対自然スポーツ」 と「生活スポーツ」という考え方は.「地域」を基. 要とせず,自然そのものを消し去る傾向を持ってい. 底にして分かちがたく結びついている。そして「自. る点において.「自己発見の文化」という観念を受. 己発見の文化」という考え方は,その地域における. け付け難い。もっと注意深く言わなければならない. 人々と自然との関係性の方向を示すものとして操示. だろう。森林限界以上にある「スキー場」ならば.. されてくる。. まだスキーが「自己発見の文化」として屏開できる 可能性は残されているだろう。また.北海道のほと. 「寒冷積雪地城に生活するものにとって.冬の生 活とは.直接に冬の自然との対面であり.そこに.. んどの市町村にある小規模な「スキー場」は,その. 自然との対話・理解・調和が要求される。この自然. 地域の尺度(:12)に従う限り,人々と自然との循瑠過程. と相対したときに.人間は長い歴史のなかで.自然. を断ち切るものではないかもしれない。むしろ.コ. の力に打ち負かされ,自然からの教訓と恩恵を得て,. ースからはずれて木々の間をスラロームしたがる北. 自然との調和の生活を知ってくるのである。それは. 海道の子供たちにとって,「スキー場」は「手がか. 北方圏に生活する民族の自然と人間の中に見る姿で. り」の宝庫となるだろう。「あるスキー場で.リフ. ある。…・寒冷積雪地域における日本の対自然観の. トで上った子供たちのほとんどが,スキー場のゲレ. 歴史は漕い。人間の及ばぎる自然に対する謙譲と忍. ンデから外れ.林や森の中に.貰道の頼に,谷間の. 耐.敬けんなどの自己反省の習慣は.北方民族に及. 中に.自分たちの名付けた冒険コースに無数にコー ー81−. 1鮒6.3.

(9) 前田 和司. 「歩くスキー」は,「自然の手がかり」の樟得を. スをつけて,一日中遊んでいる婆を見た。今年の夏. この林や森が,市がスキー場をよくする,広げると. 重視し.地域生活と自然環境との間を「通態」し.. 称して,ほとんど切り倒されているわを見て.思わ. 「風土のおもむき」を深めていく「生活文化」とし. ず涙が出た。子供たちのスキーは今年の冬はどうな. て捷唱されたものである。いわば「場所のセンス」. るのだろう。(傍点筆者)Ci:1)」. を覚醒し発達させる「メディアとしてのスポーツ」 として捉えることができよう。. 問題なのは,自然の「手がかり」を不要とし,自. 「スキー=ゲレンデ・スキー」という認識にとど. 然に対する一方的なはたらきかけを当然のこととす. まる限り,スキーと自然の関係は,人間の開発行為. る我々の中にある論理.「近代性のもくろみ」では. と自然破壊という図式としてしか描かれない。我々. ないだろうか。. は,「ゲレンデ・スキー」を好んで受容し実絨する. ここにおいて「歩くスキー」の捷嶋は,単なる北 欧のスキーの形態的移植でもなく,目先の変わった. 我々自身の「論理」をもっと見つめ直す必要があろ. スキー技術体系の普及でもなく,「近代性のもくろ. う。それは,「歩くスキー」の理論において示され. み」によって普通化され拡大し続ける「ゲレンデ・. る「自然と人間が互に循環し,還元しあう関係性」. スキー」とそのフィールドとしての「スキー場」の. という視点に立ったとき,いかなる未来をもたらす. あり方を相対化し.モノカルチャー化していく北海. ものだったのかが浮き彫りにされてくる。 しかし,擢唱されてから20数年,「歩くスキー」. 道のスキー実践を再び異化し多様化させる「触媒」 「作用点」として機能することを意図されたもので. 捷唱の意図するところは必ずしも十分に理解されて. あることが明らかとなる。その方法論は,「自然と. きているとは言えない。「歩くスキー・イベント」. 人間が互に循環し∴還元し合って高い精神文化を創. としての「市民レース」は,確実に北海道の冬の光. 造(瑚」していく過程を尊重することであった。. 景として定着してきているが,それは「歩くスキー」 の実賊形態のひとつに過ぎない。ところが近年. 「歩くスキー=市民レース」という理解が一般的に. まとめにかえて. なりつつある。店頭にはレース仕様の用具がならべ. スキー場開発が地域社会へ及ぼす影響について地. られ.ツーリング・タイプのものは姿を消してきた。. 道な調査を積み重ねている松村は,「メディアとし. 「歩くスキー」の日常的実践は,今ではレースのた. てのスポーツはー場所の内側性』に気付かせるよう. めの練習であり,心肺機能と筋持久力,そして滑走. なスポーツであり,『没場所性』を克服するような. 才女術の向上という身体の内部感覚に支配されたスキ. 深い経験へと人々を導くものである。そうした経験. ーヤーは,自然の「手がかり」に気づく契機を見失. をスポーツが与えることができるのかといえば,現. う。. 代のテクノロジー化し,高度化したスポーツでは不. 自然の「手がかり」を不要とする「スポーツする. 可能というしかない。『特色ある場所作り』は『場. 身体」について我々はもっと着目しなければならな. 所のセンスJを覚醒することから始まるだろう。(1Sリ. いのではないだろうか。と同時に,「近代性のもく. と述べている。. ろみ」に取り込まれ.「自然の手がかり」を感じ取. また.野外活動を蝶介とする人間と自然の関係性. る感性を喪失してきた我々が.それをスキーの中に. についての哲学的考察を試みているアンドリュー・. もう一度取り戻すにはどうすればよいのか.十分に. ブルックスは.「野外活動は,特定の自然環境と相. 検討しなければならないだろう。. 互作用し.そしてそれを知るような経験をもたらす ことが可能である。しかし.合理主義者の傾向は.. 一註−. そのような知識をことあるごとに無意味にするもの. (1)1994年3月の第3回日本スポーツ社会学会シ. である。たとえば.授業計軋指導法,ガイド根術 は,しばしば地域的な知識よりも普遍性の方を強調. ンポジウムにおいて,フロアから「スキー場開発. する。この強調は私たちに,場所のセンスを発達さ. による自然破壊の事実について」コメントを求め. せることよりも,他所者として森に侵入させてしま. られたのを受けた.司会者の影山健(愛知教育大. う。. (:叫」と述べる。. 学)の発言。 ー82−.

(10) No.50. 地域生満と自然瑠璃を喋介するスキー. (2)ノルウェー王国環境保護大臣トルビョン・ベル. 1!柑6.3. 一指導の実態(上川管内の小学校221校.中学校. ンツェン「スポーツ活動における職域保護 スポ. 100校を対象とした調査)」.北海道教育大学寒冷. ーツの緑化」『HOPPOKEN’94 SPRINGj北方圏. 地体育研究会綿r歩くスキーの理論と実践j.. センター,1994.p.42…44。. 1974年。当時上川管内の「スキー場」は.r北海. (3)「ゲレンデ・スキー」という名称及び分類の妥 当性について間碩がないわけではないが,ここで. 道運輸要覧(陸運絹)平成5年版」によると12 薗所。そのうち3ヵ所は標高1000m以上の山岳. は北海道教育大学寒冷地体育研究会による整理に. スキー場であり.授美には不適である。一方.. 従おうと思う。. 「歩くスキー」の授業を展開するにしても.「ゲレ. (4)人工降雪機の導入によって.現在では九州でさ. ンデ・スキー」一色のスキー産業が授供する用具. えスキーが行えるようになった。「天山スキー場. では,それもままならなかった。. (佐賀県,平成元年開設)」「五ヶ瀬ハイランドス. (12)今村.「フィンランドのスキーを見て」北海道. キー場(宮崎県,平成2年開設)新潟地方索道協. 基礎スキー指導員全機関誌ーシュプールJ,1967. 会絹『全国スキー場総覧’92J学研,1991。. 年。r記念誌』,p.25∼26。. (5)ピエール・プルデュー「スポーツ社会学のため. (13)フィンランドの冒険家。今村によれば,フィン. の計画表」r構造と実践J新評論,1988.p.276。. ランドでただ一人の体育教授であり,国のすべて. (6) rフィールド・ノーツ(「研究会」速水修)J. の体育の方向はピヒカラ教授の計画によるものだ. (7)この変貌は.新たな「スキー場」の開設と既存. という。. のスキー場の機械化とに分けられる。機械化につ. (14)寒冷地体育研究会ー歩くスキーの理論と美好別. いては.藻岩山スキー場(昭和33年.札幌市).. 1974、P.8。. (15)オギュスタン・ベルク r風土としての地球j筑. 小樽天狗山スキー場(昭和35年,小樽市)など. 摩書房,1994,p.118。. 都市近郊のスキー場から始まり,旭岳スキー場 (昭和42年.東川町).黒岳スキー場(昭和42年.. (16)都市の中にあらわれた巨大な人工スキー場「ザ. ウス」が典型的な例である。. 上川町).十勝岳スキー場(昭和45年.美捕町) といった名所的なスキー場へと拡大されていっ. (17)「研究会」.前掲舌.1974.p.5。. た。北海道運輸局『北海道運輸喫覧(陸運絹)平. (18)今村源吉絹著一歩くスキーJ北海タイムス杜, 1976.p.138. 成5年版』.1993。. (19〉 今村が,ワックスレス・スキー(ソール中央部. (8)北海道運輸局F北海道運輸要覧(陸運絹)平成. 分にウロコ状の滑り止めがついたもの)やグリッ. 5年版』,1993。. プ・ワックスを使わないスケーティング走法を積. (9)今村源舌「北海道と山スキー」r山と旅』北海. 極的に勧めないひとつの理由は.この「手がかり」. 道出版,1965。出典:今村源吉「今村源吉退官記 念誌(以下㌻記念誌』)」1986.p.106。. の権得を重視しているからである。 (姻 rフィールド・ノーツ(今村・1993・9■16)j. (1(か 昭和40年,はじめて「スキー教程」という名 称による指導テキストが全日本スキ帥連盟より刊. (21)今村「現代日本のスキー(第2報)北欧(フィ. 行された。この前年,第7回国際スキー教育会議. ンランド)のスキーについて」r体育学研究第13. (インターシー. 巻第5号』1969。F記念誌J,P.21。. )に.日本からデモンストレータ. ーが初参加し,彼らの演技の写貴が用いられるな. ¢功 ベルク,前掲書,1994,p.58…59。. ど.アルペン・スキーの指導上,エポックメイキ. ¢頚 ベルク、前掲書,1994.p.53。. ングな年となった。栗林薫『北海道一般スキー八. 餌 比較的平坦で湖沼の多いフィンランドでは.直. 十年の歩み』広告の岩泉,1991年.p.99。. 進性を良くするために幅が狭く,体重を分散し薄. (11)「昭和49年当時におけるスキー指導上の問題. 氷の上でも渡れるように非常に長いスキーが発達. 点として.(むスキー場が遠い.適当なスロープが. した。また険しい地形が多いノルウェーでは.萱. ない.②「歩くスキー」を取り入れるにしても,. 撃やダウンヒルでのターンが容易になるように幅. アルペン用の用具しかない,という回答がほとん. が広く短めのスキーヘと発展した。Edward. どを占めた。」赤塚幸雄「上川管内におけるスキ. R.Baldwin,THE CROSS−COUNTRY SKllNG ー83−.

(11) 前田 和司. (31)ベルク,前掲書,1994.p.173。 rtjNDBOOK,CharlesScribner’ssons,NewYork, 8カ ニの段階で述べる「地域の尺度」とは.いまだ 1973,p.31。 観念的なものに過ぎない。松村らの一連の研究に. ¢9 今村「冬の生活とスキー」rSkijournal』1969.l。. みられる詳細な調査によって実証していく必要性. r記念誌j.p.75。. を感じている。松村和則・佐藤利明「レジャー開. ¢㊥ 「r何か別のことをやらねば.平場と同じ暮ら しができない」とスキー場開発に乗り出したので. 発の展開と山村住民の対応」日本村落研究学会絹. す。区長時代に.地区有柿五千㌶の内三分の一ま. け寸落社会研究29J農山漁村文化協会,1993。松. で開発可能地区とし,造林,広葉樹もそれぞれ三. 村和則・佐藤利明・佐藤大介町「スポーツの現代. 分の−と見積もりしていたようです。しかし.イ. 化」と地域開発の課題(研究資料集)J 閤)今村「冬のスポーツ」北海道青少年育成協会. タマシイという人々の思いは同じで,今は五百㌶. rほっかいどう青少年』1985。指己念誌』.p.98。. までの開発に止めるべきだと,彼は考えているよ. 朗)今村「現代日本のスキー(第2報)北欧(フィ. うです。」松村和則一地域づくりとスポーツの社. ンランド)のスキーについて」r体育学研究第13. 会学j道和書院,1993,p.38。 餌 ベルク.前掲書.1994年,p.140。 錘 ベルク.前掲書,1994年.p.156。. 開 校村.前掲書,1993.p.157−158。. 鋤 今村源舌・大塚美栄子・小林禎三・速水修・中. ㈱ AndrewBrooks.Readingbetweentheline−. 巻第5号J1969。r記念誌j.p.21。. 込四郎・本間実「歩くスキーに関する研究」大学. Outdoorexperienceasenvironmentaltext,“′me. スキー研究会『D.S.Kj1978。r記念誌』,. JournalofPhysicalEducation,Recreation&. p.47。. Dancer’,October1995.. 00rフィールドノーツ(今村・1993・9・16)J. ー84−.

(12)

参照

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