心 身 障 害 児 の ブ ラ ッシ ン グ に 関 す る研 究
第2報 学習理論に基づ くブラッシング指導の成果
小 笠 原
正
粟 津 原 洋 子
穂
坂
一
夫
平
出
吉
範
渡
辺
達
夫
笠
原
浩
要 旨:学 習理 論 に基 づ い て 著者 らが 開発 した ブ ラ ッシン グ指 導 法 を用 い て,運 動 障害 を合 併 して い な い発 達 障 害 者53名 を 対象 に 延 べ165回(1人 平均3.1回)の 指 導 を行 い,そ の 結 果 に つ い て分 析 した 。 1.指 導 を繰 り返 す に した が って,平 均OHI-Sが 低 下 し,保 護 者 の意 識 も改善 され る こ とが認 め られ た 。 2.継 続 的 に指 導 し,ブ ラ ッシン グ行動 の 変 容 を試 み た結 果,ブ ラ ッシン グ ・ス コアに よ る評価においては,50.9%の者に上達が認められた。 3.ブ ラ ッシ ング ・レベ ルで 行 動 変容 の状 態 を検 討 した とこ ろ,指 導後 は,「全 体 的 に磨 け る」者 が9.4%か ら28.3%へ と著 し く増 加 した 。 4.遠 城 寺 式 乳 幼 児 分 析 的発 達 検 査 に おけ る基 本 的 習慣 の発 達 年 齢 が3歳 未 満 の者 は,新 た な課 題 の認 知 が 困 難 で あ るが,3歳 以 上 に な る と認 知 で きる傾 向が 認 め られ た。 5.指 導 時 に認 知 で きな い課 題 は,習 慣 と しては 定着 せ ず,指 導 と して価 値 の な い こ とが 示唆 され た 。 6.部 分 的 に磨 く能 力 の あ る3歳 レベ ル以 上 の者 に は,高 い 指 導 効果 が 認 め られ た 。 7.レ デ ィネ ス を評 価 し,プ ログ ラ ム学 習 に 基 づい た ブ ラ ッシン グ指 導 は,個 々 の発 達 段 階 と ブ ラ ッシン グ ・レベ ルに 応 じた効 果 的 な指 導 が で き,き わ め て有 用 で あ る と考 え ら れ た 。 Key words:障 害 者,口 腔 清 掃,レ デ ィ ネ ス,ブ ラ ッ シン グ 指 導,学 習 理 論 緒 言 心 身 障 害 を 負 った 人 た ちが,そ の限 られ た 能 力を で き るだ け 生 か して,日 常 の 生 活 習慣 として の ブ ラ ッシ ソ グ の 自立 を 目指 す こ とは 意 義 深 い もの と考 え る。 しか し, 重 度 の 発 達 障害 を有 す る心 身 障害 者 へ の ブ ラ ッシ ソグ指 導 は,困 難 な こ とが 少 な くな い 。 それ は,発 達 レベ ル が 低 い ほ ど,学 習 障 害 が 顕 著 な た めで あ り,コ ミュ ニ ケー シ ョソす ら成立 しない こ と もあ る。 こ うした 障害 者 へ の 指 導教 育 には,近 年 積極 的 に学 轡 理 論 の 応 用 が な され て い る1∼3)。ブ ラ ッシ ソグ指 導 に お い て も,河 田 ら4),Hornerら5),Albinoら6)が 強 化 子 の 応 用 に 配 慮 した こ とを 報 告 して い るが,プ ログ ラ ム学 習 を体 系 化 し,発 達 段 階 に 応 じた 指 導 の 手 引 き とな り うる よ うな もの は 見 当た らな い 。 そ こで 著者 らは,学 習理 論 を応 用 した ブ ラ ッシ ン グ指 導法 を 開 発 し?∼9),発達 段 階 に応 じた 指導 の実 践 を 続 け て い る。 今 回 は,実 際 に1年 間 にわ た って 臨床 応 用 した 結 果 につ い て 報告 す る。 対 象 と 方 法 1.調 査 対 象者 対 象 は,松 本 歯 科大 学 病 院 特 殊 診療 科 を受 診 した患 者 表1障 害 の種 類 ()内:% 松 本 歯 科 大学 障 害 者 歯 科学 講座 *松 本 歯 科 大学 病 院 特 殊 診 療 科 長 野 県 塩 尻 市広 丘 郷 原1780 (主任:笠 原 浩 教 授) (1991年6月3日 受 付)の うち,系 統 的 な ブ ラ ッシ ン グ指導 を受 け た 運 動障 害 の な い発 達 障 害 老53名 で あ った 。 障害 の 内訳 は,精 神 発 達 遅滞 が62.2% と最 も多 く,ダ ウ ン症 候 群 が20.8%,自 閉症 が17.0% で あ った(表1)。 年 齢 は,5歳 か ら43歳 ま で にわ た った が,10歳 代が 大 半 を 占め て い た(図1)。 2.指 導 方 法 ブ ラ ッシ ン グ指導 は,著 者 らが 作成 した ブ ラ ッシ ン グ 指 導 プ ログ ラム(図2)を 使 用 し,一 定 の順 序(表2)に 従 っ て行 った 。 ω 発 達 検 査 ブ ラ ッ シ ン グに対 す る レデ ィネス の評 価 方 法 の ひ とつ
図1年
齢構成
ブ ラ ッ シ ン グ ・プ ロ グ ラ ム 年齢 歳 名前 ・で き る ス テ ップ に は ○ ・課 題 の ス テ ップ は 「1」を記 載 図2ブ ラ ッ シ ン グ 指 導 プ ロ グ ラ ム554 表2ブ ラ ッシ ソ グ指 導 の順 序 とし て,遠 城 寺式 乳 幼 児 分 析 的発 達 検 査 の 基 本的 習 慣 の 項 目を検 査 した 。 著者 ら?∼9)は,ブ ラ ッシ ン グにつ い て 何 を どこ まで 教 え る こ とが で きるか を判 断 す る基 準 と し て,基 本 的 習 慣 が 有 用 で あ る こ とを す で に 証 明 して い る。 ② 指 導 前 の ブ ラ ッシ ソグ行 動 の観 察 指導 を行 うに 先 立 っ て,対 象 者 自身 に 自力 で磨 か せ, そ の ブ ラ ッシ ソ グ状 態 を観 察 した 。低 年 齢 児 や発 達 に 遅 れ が あ る者 に 対 す る ブ ラ ッシ ン グ指 導 の 当面 の 目標 は, 「すべ て の部 位 へ 歯 ブ ラシを 届 かせ る」 とい うこ とと し, まず どこに 歯 ブ ラ シが 届 い た か を観 察 し,指 導用 紙 に 記 録す る と 同時 に 現在 の問 題 点 を 把握 した 。 (3)指 導 す る課題 の設 定 1回 に 指 導 す る課 題 は,原 則 と して 一 つ だ け と した 。 あ らか じめ 評価 した 発 達 年 齢 と現在 の ブ ラ ッ シ ソグ行動 とを比 較 し,ブ ラ ッシ ン グ指導 プ ログ ラ ムに従 って,発 達 年 齢 に 応 じた簡 単 な 課 題 か ら順 次 習 得 させ る よ うに設 定 した 。 歯 ブ ラ シが 届 い て も,そ の動 作 が不 十 分 で あれ ば,そ の ス テ ッ プは 未 達 成 と して,そ れ を課 題 と した。 (4)指 導 a。 教 示 方 法 設 定 した 課題 につ い て は,で き るだ け 自発 的 な 学 習 と な る よ うに,言 語 教 示,モ デ リソグ,身 体 的促 進 な どの 行 動 変 容 技 法 を段 階 的 に 用 い て指 導 した 。 b.強 化 与 え られ た課 題 を 認 知 し,実 行 で きた な らば,た だ ち に 陽 性 強 化 を行 った 。 強 化 は 「頭 な で」,「賞 賛 の 言葉 」 な ど,社 会 的 強 化 子 を用 いた 。 c.ス テ ップ ・ダ ウ ン 設定 した 課 題 が 実 行 で きな け れ ば,さ らに 課題 の レベ ル を下 げ,で き る限 りそ の場 で 達 成 で きる よ うに した 。 ㈲ 確 認 指 導 した 課 題 につ いて,最 後 に も う一度 反 復 練 習 さ せ,陽 性強 化 す る と と もに,学 習 が成 立 した こ とを確 認 した 。 さ らに次 回 来 院 時 まで そ の 課 題 が習 慣 と して定 着 で き る よ うに,家 庭 で も ブ ラ ッシ ソ グ時 には,指 示 や励 ま し,あ るい は一 緒 に 磨 い て も ら うな どの 積極 的 な協 力 を保 護 者 に依 頼 した 。 3.調 査 方 法 調査 は,図2の ブ ラ ッシ ソグ指 導 プ ロ グ ラム用 紙 を 用 い て行 い,以 下 の項 目に つ い て集 計 した 。 (D発 達 検 査 発 達 検 査 とし て,遠 城 寺式 乳 幼 児 分 析 的発 達 検 査 の 基 本 的習 慣 の項 目を実 施 し,発 達 年 齢 を 算 出 した 。 ② 口腔 清 掃状 態 ブ ラ ッシ ソ グ指 導 前 にOHI−Sに て 口腔 清掃 状 態 を 調 査 した。 ほ とん どの者 が 自力で は 口腔 の 清 潔 を維 持 で き な い ので,こ のOHI−Sは,保 護 者 の 関 与状 況 を 示 して い る と考 え られ る。 指 導 回 数 毎 の平 均OHI−Sの 推 移 を 集 計 し,保 護者 の関 与 状 況 の一 つ として 評価 した 。 (3)ブ ラ ヅシ ン グ行 動 の 変 化 指導 前 に 自由 に磨 か せ た 時 の ブ ラ ッシ ン グ行 動 を 観 察 し,図2の ブ ラ ッシ ン グ指導 プ ログ ラ ムの各 ス テ ップが 実 行で きた か否 か を 確 認 した 。 各 ステ ッ プの達 成 に つ い て の判 定 は,歯 ブ ラ シの 毛先 が そ の 部位 に届 き,2回 以 上 同一 運 動 を行 った 場 合 と した 。 そ して達 成 され た 各 ス テ ッ プを それ ぞれ1点 と し,単 純 集 計 した数 値 を 個 人 の ブ ラ ッシ ン グ ・ス コア と した。 そ して 初 回指 導 前 に 自由 に磨 か せ た ブ ラ ッシ ソ グ行 動 を 「ベ ース ライ ソ」 と し,最 終 の ブ ラ ッシ ング指導 時 に 自由 に 磨 か せ た ブ ラ ッ シ ング行 動 の ス コアを 「指導 後 」 とし,「 ベ ー ス ラ イ ソ」と 「指 導 後 」 とを比 較 した 。 さ ら に,表3の 如 くブ ラ ッ シ ソグ段 階 を4段 階 に 区 分 し,「ベ ー ス ラ イ ン」 と 「指導 後 」 の ブ ラ ッ シ ソグ段 階 の分 布 の 違 いに つ い て も調 査 した 。以 上 の 「ベ ー ス ラ イ ン」 と 「指 導 後 」 の ス コア変 化,ブ ラ ッシ ソ グ段 階 の 分 布 の相 違 に よ り,著 者 らが 行 っ た 「学 習 理 論 に基 づ くブ ラ ッシ ン グ 指 導 」 につ い て の 評価 を行 った 。 また 指 導 時 に歯 面 を 磨 くよ うに課 題 が 設 定 され,そ の 課題 に対 す る認 知 の有 無 と,次 回来 院 時 に それ が 実 行 で きた か 否 か,つ ま り指 導 表3ブ ラ ッ シ ン グ段 階 基 準
内 容 が 日常 習 慣 と して 定 着 して い るか 否 か に つ い て も調 査 を行 い,課 題 認 知 と習慣 化 との関 係 を 検 討 した。 結 果 1.指 導 回数 調査 対 象 者53名 に 対 して延 べ165回(1人 平均3.1回) の ブ ラ ッシ ソ グ指 導 が 行わ れ た 。2回 指 導 を受 けた 者 が 43.4%,3回 が20.8%,4回 が22.6% で,6回 以上 指 導 され た者 も3.8% 存 在 した(図3)。 2.指 導 回数 毎 の ロ腔清 掃 状 態 の推 移 指 導1回 目の平 均OHI−Sは,1。70で あ り,2回 目以 後 は,1.57,1.46,1.40,1.31,0.84と,指 導 回数 毎 に OHI−Sの 値 が低 下 す る傾 向 が 認 め られ,明 らか に清 掃 状 態 が 改善 され て い た(図4)。 3.課 題 認 知 と発 達 と の関 連 性 実 際 の ブ ラ ッシ ソ グ指 導 時 の発 達 年 齢 毎 の課 題 認 知 の 有 無 は表4に 示 す 通 りで あ っ た。 さ らに 課 題認 知 の有 無
図3指
導 回数
図4指 導 回数 毎 のOHI−Sの 推 移表4発
達年齢 と課題認知
数 字:延 べ 人数表5課
題認知 と区分発達年齢
を区 分 で きる 発達 年齢 を 検 索 す る た め に,AICに 基 づ き分 析 した と ころ,表5の 如 く3歳 未 満/3歳 以上 の AICが 最 小で あ った 。 した が っ て3歳 未 満 の 者 は,課 題 を認 知 で きな い傾 向 に あ り,3歳 以上 の者 は 課 題 を認 知 で き る傾 向 が認 め られ た(表4,5)。 4.ブ ラ ッシ ング 行 動 の 変 容 1)ス コアの 変 化 最終 指 導 時 に 自由 に磨 か せ た 時 の ス コアか らベ ース ラ イ ソの ス コアを 引 い た数 値 が,プ ラス で あ っ た老 を 上 昇 群,0で あ った 者 を平 行 群,マ イ ナス とな っ た者 を 下 降 群 と した 。 上 昇 群 が50.9% と最 も多 か っ たが,平 行 群 も 図5ブ ラ ッ シ ソ グ ・ス コ ア の 変 化 〔上 達 度 〕数 字:人 数(%) 園:A(歯 ブ ラ シ を持 つ の み) 囮:B(歯 ブ ラ シ を口 に 入 れ る) 目:C(部 分的 に 磨 け る) 團:D(全 体 的 に 磨 け る) 到6ブ ラ ッ シ ソ グ段 階 の 比 較 (ベ ー ス ラ イ ソ と指 導 後) (部 位 を 指 導 し た 者 延 べ96名), *P<0 .01(Fisher’sexactprobabilitytest) 図7課 題 認 知 と習 慣 化 30.2%,下 降 群 も18.9% 存 在 した(図5)。 2)ブ ラ ッシ ソ グ ・レベ ルの 比 較 ブ ラ ッシ ソ グ ・レベ ルで 行 動 変容 の状 態 を 検討 した と ころ,指 導 後 は,「 歯 ブラ シを 持 つ 」,「口に 入 れ る」,「部 分 的 に磨 け る」の 各 レベ ル の者 が 減 少 し,「全 体 的 に磨 け る」 者 が9.4% か ら28.3% へ と著 し く増 加 した(図6)。 5.課 題認 知 と習 慣 化 との 関係 与 え られ た課 題 を認 知 で きた者 の うち55.7% は,次 回 来 院 時 に 前 回 指導 した 内容 が 実行 で き,日 常 習 慣 と して 定 着 して い る こ とが 認 め られ たが,残 りの44.3% の 者 で は習 慣 化 で きて い なか った 。 一方,指 導 時 に課 題 を 認知 で き なか った 者 で は,全 員 が 習慣 化 され て い なか った 。 指 導 時 の 課 題認 知 の 有 無 と習 慣 化 とは 従 属 関係(P〈 0.01)に あ る こ とが認 め られ た(図7)。 考 察 1.レ デ ィネ ス ブ ラ ッ シ ソグ指 導 に お い て,最 も 重 要 な こ とは,「 レ デ ィネス を把 握 し,現 段 階で の能 力 の 限界 を 予 測す る こ と」 で あ り,そ の上 で さ らに,「 今 この人 に 何 を教 え る べ きか とい う こ とを 決 定 す る」 こ とで あ る 。 この レデ ィ ネス とは,「 学 習 を 可 能 に させ る 発 達 的 な らび に 経験 的 状 態,い わ ゆ る 準備 性 」 と され1◎・ω,効 果 的 な学 習 のた め の条 件 の 一 つ で あ る11・ユ2)。ブ ラ ッシ ン グを学 習 させ る ため に も,指 導 者 が こ の レデ ィネ ス を あ らか じめ把 握 し て お くこ とは,重 要 な 原則 とい え る ◎ 著 者 らの ブ ラ ッシ ソ グ指 導 に お い て は,ま ず レデ ィネ ス の一 つ と して,対 象 者 それ ぞれ に つ い て発 達 状 態 を把 握 す る こ とを 原則 と して い る。 そ の評 価 方 法 に は,比 較 的 簡 単で か つ 検査 時 間 が 短 く,歯 科 臨 床 で も応 用可 能 な もの と して,遠 城寺 式 乳 幼 児分 析 的発 達 検 査 の 基 本 的習 慣 を 用 い た。 運 動 障害 の ない 発 達 障害 者 にお い て,基 本 的習 慣 の発 達 と ブ ラ ッ シ ング行 動 の 発達 とに は,強 い 関 連性 が あ り7∼9),ブラ ッシ ソ グにつ い て の 学 習 能 力 の指 標 とな り うる こ とが 認 め られ てい る8・9)。 この点 に つ い ては,手 の器 用 さの 評 価 を有 用 とす る報 告13)もあ るが,幼 児 や 発 達 が 遅れ てい る者 の ブ ラ ッシ ソ グ方 法が 単 純 な横 磨 きで あ る現 状8・9)を考 え る と,手 の 運 動 に つ いて 必 ず し も高 い レベ ル を要 求 す る必要 性 は な い。 脳性 麻 痺 者 に お い て も,手 の運 動 年 齢 が1歳 レベ ル で あれ ぽ,横 磨 きに て ほ とん どの 部位 を磨 くこ とがで き て い る とい う報 告 ω もあ る。 した が っ て,手 の 運動 よ り は,む しろ 日常 の生 活 に直 接 関 連 す る動 作 を 含 む運 動 能 力 や知 的 能 力 を把 握 で きる基 本 的 習 慣 の項 目を 評 価す る こ とが よ り適 切 と考 え る。 次 に レデ ィネ ス の一 つ と して の経 験 的 状 態,つ ま り現 在 の ブラ ッシ ソ グ状 態 の 把握 が 必 要 とな る 。対 象 者 に 自 力 で 自由に ブ ラ ッシ ン グを させ て,現 在 ど こまで の ブ ラ ッシ ソ グ行 動 が 習得 で きて い る のか,ど こまで 磨 け るか を 確 認す る。 当初 は磨 け な くて も,指 示 ずれ ば認 知 で き る部 位 が多 くあ るこ ともあ るが,認 知 と習憤 化 とは 当然 なが ら異 な る8・9>。した が っ て,単 に認 知 で き る とい うだ けで は不 十 分 で,そ の部 位 の ブ ラ ッシ ソ グ行 動 が定 着 し て いな い か ぎ りは,指 導 の対 象 部 位 とな り,習 慣 づ け ら れ る よ うに指 導 して い く必 要 が あ る。 2.課 題 設 定 レデ ィネ ス を把 握 した上 で,「今,こ の人 に何 を 教 え る べ きか 」 とい うこ とを 指導 者 は 考 え,課 題 を設 定 す る こ とに な る。精 神 発 達 遅 滞者 は,短 期 記 憶 に欠 陥 が あ り, 一 度 に記 憶 で きる量 が 少 な い とされ て い る15,16)ので ,与 え る課題 は そ の つ ど原 則 的 に一 つ とす べ きで あ る。 課題 は,ブ ラ ッシ ソ グ指 導 プ ログ ラ ムを参 照 して 設 定 す る こ とに な るが,学 習 プ ロ グ ラムは,タ ス ク ・アナ リ シス(taskanalysis)に 基 づ い て作 成 され な けれ ば な ら ない16>。つ ま り学 習 され るべ き課 題 は ス モ ール ・ス テ ッ プに 分 析 され,そ れ ぞれ の ス テ ッ プは や さ しい ものか ら 困難 な ものへ と適切 に配 列 され て い なけ れ ば な らな い と い うこ とで あ る。 タス ク ・アナ リシ スを 行 うた め に著 者
らは,実 際 に 幼 児 と障 害 児 の学 習 能 力 を 調 査 し,ブ ラ ッ シ ソ グ行 動 に は 一 定 の 発 達1順序 が あ る こ とを 明 らか に し た8・9)。そ うした 結 果 に 基 づ き,著 者 らの ブ ラ ッ シ ソグ指 導 プ ロ グ ラム は,「 歯 ブ ラ シを 持つ 」 とい う最 も簡 単 な ス テ ッ プか ら 「磨 き残 しが な い 」 とい う最 も困難 な ステ ップへ と,課 題 を 順 に 配 列 して い る。 そ れ は,発 達 レベ ル 毎 に認 知 で き る部 位 の 限 界 を示 し,個 々の 発達 段 階 に 応 じた 指 導 を可 能 とさせ る もの で あ る 。 実 際 に課 題 を設 定 す るに あ た っ て は,指 導 前 に 自由に 磨 か せ,磨 け た部 位 を チ ェ ッ クし,そ の結 =果,実 行 で き な か った ス テ ップ の うち最 も簡 単 な ス テ ップ,つ ま り指 導 プ ロ グ ラム の最 下 段 の ス テ ップを課 題 と して 与 えた 。 た だ し,発 達 レベ ルに 比 較 して,現 在 の ブ ラ ッ シ ソ グ行 動 が 高 い レベ ル に あ る時 は,次 の ス テ ップを 一 挙 に達 成 す るに は,困 難 が予 測 され るの で,ス テ ップを さ らに細 分 化 し,で きる か ぎ りそ の場 で 達 成 可 能 な課 題 を 提示 す る よ うに した 。 3.指 導 方 法 指 導 に あ た って は,受 動 的 学 習 よ りも発 見学 習 の方 が 記 憶 保 持 が 良 い,転 移 が生 じや す い,動 機 づ けが 高 まる な どの理 由で 教 育 効 果 が高 い11・16)とされ る こ とか ら,初 め か ら手 を取 って 教 え る こ とをせ ず に,で きるだ け 自分 自身 で課 題 解 決 させ る よ うに 努 め た 。 ま ず 口頭 で 課 題 提 示す る 「言 語 教 示 」 に て 行 い,そ れ で 認 知 で き なけ れ ば,次 に指 導 者 が 実 際 に 行 って みせ,観 察 学 翠 を させ る 「モ デ リソ グ」 を 行 った 。 「モ デ リソ グ」 で も認知 で きな い 場 合 は,実 際 に手 を 取 って,課 題 行 動 を 行 わ せ る 「身 体 的 促 進 」 を 行 った 。 こ の よ うな 「言語 教 示 」,「モ デ リ ソ グ」,「身体 的促 進 」 な どは,行 動 の形 成 を促 進 させ る も ので,「 プ 導 ン プ ト」1・17)と言 い,そ れ を段 階 的 に付 け 加 え て い くこ とを 「フ ェイ ド ・イ ソ」1・1?)と言 う。延 べ人 数 で19.4% の者 に は,こ うした 方 法 を 用 い て もその 場 で 認 知 させ る こ とは で きな か っ たが,そ れ は 設定 課 題 の 内 容 の 問題 だ け で は な く,精 神発 達 遅 滞 者 は 言語 的媒 体 を 利 用 す る こ とが 困 難 で あ った り,注 意 力に 欠 け て いた り, 学 習 へ の構 え に問 題 が あ った り3・15)など,困 難 な条 件 が 多 い た め と思わ れ た 。 発 達 レベ ル でみ る と,3歳 未 満 の者 では 新 た な課 題 を 認 知 で きず,本 人 へ の指 導 が 大 変 困難 な こ とを 示 してい た 。 しか し3歳 以上 で は 新 た な 課題 を認 知 で き る よ うに な り,そ うした学 習 障害 の条 件 が 少 な くな る傾 向 が認 め られ た 。 課 題 を認 知 で きた者 の うち約 半 数 は,次 回来 院 時 に そ れ が習 慣 として 定 着 して い た。 一 方,認 知 で きな か った 者 で は,保 護 者 の協 力 に もか か わ らず,全 員が ま った く で きて い なか った 。 この こ とは,そ の 場 で認 知 で きな い 課 題 は,習 慣 と して定 着 せ ず,指 導 と して も価 値 が な い こ とを示 唆 す る もの と考 え られ た 。 4.陽 性 強 化 指 導 した課 題 行 動 が達 成 で きた 時 は,即 時 に 陽 性 強 化(オ ペ ラソ ト条件 づ け)を 行 い,そ うした 行動 の形 成 と定 着 を はか った(シ ェイ ビ ング)ヱ6)。陽 性 強 化 には,賞 賛,拍 手,頭 な で な どの社 会 的 強 化 子 を 主 に用 いた 。 陽 性 強 化 は,単 に 活 動 性 の 水準 が 高 め られ る ばか りで な く,学 習者 の反 応 の 正 誤 を教 え る こ とに な り,そ れ は 即 時 フ ィー ド ・バ ック と して プ ログ ラ ム学 習 の 原理 の一 つ として 挙 げ られ て い る16・17)。た った5秒 の 強 化 の 遅 れ が,学 習 を妨 げ た とす る報 告16)もあ り,望 ま しい行 動 が 得 られ た 時 には,即 時 に 陽 性強 化 を行 うべ きで あ る 。 5.練 習 指 導 の 最 後 に は,も う 一 度 課 題 行動 を 実 行 して も ら い,課 題 が認 知 され た こ とを再 確 認 した 。 学 習 は反 復 に よっ て安 定 化す る も の(練 習 の 法 則)16)な の で,保 護 者 に は,次 回 来 院 まで そ の 課 題 に つ い て 「声 か け 」 や,一 緒 に磨 い て 課題 につ い て指 示 す るな ど,積 極 的 な 働 きか け をす る よ うに 依頼 した 。 学 習 障 害 の あ る人 に 対 して 一 回 の指 導 で 習慣 化 させ る こ とは 困 難 で あ り,日 常 生 活 の 中 で 毎 日繰 り返 して学 ぽせ,習 慣 と して定 着 させ て い か な け れ ぽな らな い 。 そ のた め に,い つ も身 近 に い る保 護 者,家 族,あ るい は施 設 職 員 な ど と歯 科 医療 関係 者 とが 一 緒 に な っ て障 害 者 の 自立 へ 向け て 働 きか け る必 要 性 が あ る と考 え る。 そ して 自分 で きれ い に磨 け る よ うにな る まで は,歯 科 疾 患 の予 防 の た め に保 護 者 や 施設 職 員 な ど の介 助 者 の協 力が 不 可 欠 とな る。 著 者 らは,一 連 の指 導 を 通 して,障 害 者 本 人 の ブ ラ ッ シ ング能 力 の 限界 と介 助 ブ ラ ッ シ ン グの必 要 性 に つ い て も保 護 者 や 施設 職 員 な どへ 説 明 し,そ うした 人 た ち 自身 へ も介 助 ブ ラ ッ シ ン グの テ クニ ックな どを指 導 した 。 そ の 結 果 平 均OHI−S指 数 は,指 導 回数 が 増 え る毎 に低 下 し,保 護 者 に対 して も一 定 の 効 果 が 認 め られ た 。 今 回,こ うした ブ ラ ッシ ソグ指 導 を 通 して障 害 者 の 行 動 変 容 を 試 み た とこ ろ,約 半 数 に 明 らか な 向 上 を 認 め た 。 また ブラ ッシ ソ グ ・レベ ルで は,指 導 に よっ て 「部 分 的 に 磨 け る」 か ら 「全 体 的 に磨 け る」 群 へ 移 行 した 者 が 特 に 目立 った 。 新 た な 課題 の認 知 に は,レ デ ィネ ス と して3歳 レベ ル以 上 の 発 達 が必 要 で あ った こ とを考 慮 す る と,部 分 的 に磨 く能 力 の あ る3歳 レベル 以 上 の者 は, 指導 効 果 の 高 い こ とが 示 唆 され る 結果 で あ った 。
558 多 種 多 様 な 障害 者 のす べ て につ い て,自 立 へ 向け た ブ ラ ッシ ソ グ指 導 が常 に高 い 効 果 を あげ る とい うわ けに は いか ない が,そ れ ぞれ の レデ ィネ ス を十 分 に 把握 した 上 で,学 習 理 論 に 基 づ くブ ラ ッシ ソ グ指 導 を行 うこ とは, 口腔 保 健 の向 上 の み な らず,そ うした人 た ちの 発達 を促 す うえで も役 に 立 つ もの と考 え られ た 。 ま と め 運 動 障害 を合 併 して い な い発 達 障 害者53名 へ 学 習理 論 に 基 づ い た ブ ラ ッシ ソ グ指導 を行 い,そ の結 果 に つ い て 分 析 した 。 1.口 腔 清 掃状 態 は,指 導 回数 毎 に改 善 す る傾 向が 認 め られ た 。 2.継 続 的 に指 導 した 結 果,ブ ラ ッシ ン グ ・ス コアに お い て,約 半 数 の者 が 上 達 を示 した 。 3.遠 城 寺 式 乳 幼児 分 析 的 発 達検 査 にお け る基 本 的 習慣 の発 達 年 齢 が3歳 未 満 の者 は,新 た な 課 題 の認 知 が 困 難 で あ る こ とが認 め られ た 。 4.指 導 時 に 認 知 で き ない 課 題 は,習 慣 と して は定 着 し な か った 。 5.部 分 的 に 磨 く能 力 の あ る3歳 レベ ル以 上 の者 は,指 導 効 果 が 高 か った 。 6.レ デ ィネス の評 価 は,指 導 に お い て大 変 有 用 で あ っ た ◎ 7.学 習 理 論 に 基 づ い た ブ ラ ッシ ソ グ指 導 は,個 々 の能 力 に応 じた 指 導 が で き,き わ め て有 用 で あ る と考 え ら れ た 。 文 献 1)東 正:遅 れ の重 い こ ど もの指 導 プ β グ ラム, 学 習 研 究 社,東 京,p.64−151,p.188,1986. 2)位 頭 義 仁:遅 れ の あ る子 ど もの指 導 法 入 門,川 島 書 店,東 京,p.37−60,1987. 3)藤 永 保,三 宅 和夫,他:障 害児 心 理 学,テ キ ス トブ ッ ク心 理 学(8),有 斐 閣,東 京,p.113−116, p.133−134,1985. 4)河 田順 子,高 松 祥 子,前 田佳 子,武 田康 男:障 害 児 の 口腔衛 生 管 理,一 オ ペ ラソ ト条件 づけ 原 理 を 用 い た 精神 発 達 遅 滞 児 の ブ ラ ッシ ン グ指 導(1)一, 口腔 衛 生学 会i雑誌,32:2−9,1982.