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ハンガリーの軍事介入参加(一九六八) : カーダール・ヤーノシュと「プラハの春」

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(1)ハンガリーの軍事介入参加(一九六八) : カーダ ール・ヤーノシュと「プラハの春」 著者 雑誌名 巻 号 ページ 発行年 URL. 荻野 晃 法と政治 63 4 81(815)-136(870) 2013-01-20 http://hdl.handle.net/10236/10379.

(2) 八 一. リ ー 社 会 主 義 労 働 者 党 第 一 書 記 カ ー ダ ー ル (      ). ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. に 好 意 的 に 対 応 し て 、 軍 事 介 入 に 否 定 的 で あ っ た こ と が 指 摘 さ れ て き た 。 ま た 、 ハ ン ガ リ ー は ソ 連 と の 対 立 を 回. は 他 の 東 欧 諸 国 の 指 導 者 た ち と 異 な り 、 ﹁ プ ラ ハ の 春 ﹂. ハ ン ガ リ ー の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 軍 事 介 入 参 加 に 関 し て 、 冷 戦 終 結 以 前 の 欧 米 諸 国 で の 研 究 で は 、 ハ ン ガ. キ ア へ 軍 を 侵 攻 さ せ た 。. 化 の 動 き は 八 月 二 一 日 の ワ ル シ ャ ワ 条 約 機 構 五 か 国 の 軍 事 介 入 に よ っ て 頓 挫 し た 。 ハ ン ガ リ ー も チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. ば れ た 当 時 の 共 産 党 指 導 部 主 導 に よ る 自 由 化 を め ぐ っ て 対 応 に 苦 慮 し た 。 最 終 的 に 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 自 由. 815 法と政治 63 巻 4 号. 取 り 入 れ た 経 済 改 革 が 実 施 さ れ た 。 さ ら に 、 ハ ン ガ リ ー は 隣 国 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に お け る ﹁ プ ラ ハ の 春 ﹂ と 呼. 冷 戦 期 の ハ ン ガ リ ー に と っ て 、 一 九 六 八 年 は 激 動 の 年 で あ っ た 。 国 内 で は 、 ソ 連 型 社 会 主 義 経 済 に 市 場 原 理 を. 一 、 は じ め. カ ー ダ ー ル ・ ヤ ー ノ シ ュ と ﹁ プ ラ ハ の 春 ﹂. に. ( 2013 年 1 月). 荻 野. 晃. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶.

(3) 避 す る た 論 め 、 不 本 意 説 な が ら 介 入 参 加 に 踏 み 切 っ た と み ら れ た 。. ). (Vida      ). (. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 816. ( ). (. な 者 で い 党 は 冷 指 、 戦 政 導 次 終 治 部 の 結 的 は 三 後 解 改 点 に 決 革 が 公 を の 指 開 求 急 摘 さ め 進 さ れ な 化 れ た が を た 社 ら 懸 。 会 も 念 一 主 、 し 、 義 最 て チ 労 終 い ェ 働 的 た コ 者 な 。 ス 党 手 二 ロ の 段 、 ヴ 文 と カ ァ 書 し ー キ を て ダ ア 検 の ー で 証 軍 ル 改 し 事 は 革 た 介 チ が ハ 入 ェ 始 ン に コ ま ガ 反 ス っ リ 対 ロ た ー し ヴ 当 の て ァ 初 歴 い キ か 史 な ア ら 家 か を 、 ヴ っ め カ ィ た ぐ ー ダ 。 る ダ 三 危 ー 、 機 ル ソ の や 社 連 が 武 会 軍 力 主 事 に 義 の 介 よ 労 研 入 ら 働 究 ). ). を 決 定 す る 以 前 に 、 カ ー ダ ー ル は ソ 連 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 軍 事 占 領 を 支 持 し て い た 。 ま た 、 ハ ン ガ リ ー の チ ェ. (. (. 性 コ と ス 社 ロ 会 ヴ 主 ァ 義 キ の ア 原 情 則 勢 と へ の の 間 対 で 応 の に カ つ ー い ダ て ー 、 ル ハ の ン 二 ガ 面 リ 的 ー な の 政 歴 治 史 姿 家 勢 フ に サ 着 ー 目 ル し た 。 筆 者 自 身 、 か は つ 経 て 済 社 改 会 革 主 な 義 ど 労 自 働 国 者 の 党 特. (. . Tibor). リ チ の ー そ ェ 文 外 の コ 書 交 後 ス を 史 、 ロ 検 研 一 ヴ 証 究 九 ァ し の 六 キ 、 進 八 ア カ 展 年 の ー に の 改 ダ よ チ 革 ー り ェ と ル 、 コ の が 筆 ス 違 ハ 者 ロ い ン は ヴ を ガ 過 ァ ソ リ 去 キ 連 ー の ア に の 研 情 示 特 究 勢 し 性 を に た を 見 関 と 擁 直 す 結 護 す る 論 す 必 ロ づ る 要 シ け た が ア た め あ ・ 。 、 る 東 軍 と 欧 事 認 諸 介 識 国 入 し で に た の 参 。 公 加 と 文 す く 書 る に の こ 、 公 と ハ 開 で ン 、 自 ガ 冷 国 リ 戦 の ー 期 経 と の 済 他 ハ 改 国 ン 革 の ガ と ). 公 刊 資 料 を 突 き 合 せ て 検 証 す る こ と の 必 要 性 を 実 感 し た 。 さ ら に 、 一 九 六 八 年 の 軍 事 介 入 へ の 参 加 が 一 九 五 六 年. (. 以 降 の ハ ン ガ リ ー 外 交 史 に お い て い か に 位 置 づ け ら れ る か を 再 考 す る こ と も 、 今 後 、 筆 者 が カ ー ダ ー ル 時 代 の ハ. ). ン ガ リ ー 外 交 の 研 究 を 継 続 す る う え で 有 意 義 だ と 確 信 し た 。. ). 本 稿 の 目 的 は 、 ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 の 決 定 要 因 を 考 察 す る こ と に あ る 。 分 析 に 際 し て 、 一 九 五 六 年 以 降. (. に 形 成 さ れ て き た ハ ン ガ リ ー 外 交 の 二 元 的 な 特 徴 、 具 体 的 に は ソ ヴ ィ エ ト ・ ブ ロ ッ ク の 利 益 と し て の プ ロ レ タ リ. 八 二.

(4) 817 法と政治 63 巻 4 号. つ い て 語 っ た 。 ま た 、 ド ゥ プ チ ェ ク は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 の 将 来 の 新 た な プ ロ グ ラ ム の 起 草 に つ い て も 語 っ. ク は カ ー ダ ー ル に 過 去 の 不 当 な 裁 判 に よ る 犠 牲 者 の 名 誉 回 復 、 経 済 問 題 、 ス ロ ヴ ァ キ ア の 問 題 な ど の 政 策 課 題 に. ド ゥ プ チ ェ ク の 第 一 書 記 就 任 か ら 二 週 間 後 の 一 月 二 〇 日 、 カ ー ダ ー ル は ド ゥ プ チ ェ ク と 会 談 し た 。 ド ゥ プ チ ェ. 新 し い 党 指 導 部 の 発 足 後 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 は 検 閲 の 廃 止 な ど 新 た な 政 策 を 打 ち 出 す こ と に な っ た 。. ( 2013 年 1 月). れ た 。 ノ ヴ ォ ト ニ ー の 後 任 に は 、 ド ゥ プ チ ェ ク. 一 九 六 八 年 一 月 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア で 共 産 党 第 一 書 記 ノ ヴ ォ ト が ニ 選 ー 出 さ れ た 。 ド ゥ プ チ ェ が ク 退 を 陣 中 に 心 追 と い す 込 る ま. た 。 カ ー ダ ー ル は ﹁ 人 民 を ま と め る 党 が 分 裂 し て い て い れ ば 、 人 民 は 結 束 し え な い ﹂ と 述 べ て 、 ド ゥ プ チ ェ ク に. (Antonin       ). ). 党 指 導 部 の 統 一 の 重 要 性 を 論 じ た 。 そ し て 、 カ ー ダ ー ル は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 に 寛 容 性 を 示 す こ と. (Alexander .

(5) ). る を 意 強 見 調 も し あ た り 。 、 た ソ と 連 え や 社 他 会 の 主 東 義 欧 労 諸 働 国 者 と 党 の 政 対 治 話 局 の が 必 チ 要 ェ 性 コ を ス カ ロ ー ヴ ダ ァ ー キ ル ア は 共 説 産 い 党 た の の 決 で 定 あ を る 尊 。 重 し て も 、 国 際 的 に は 異 な (. 八 三. 二 月 四 日 に も 、 カ ー ダ ー ル は ド ゥ プ チ ェ ク と ス ロ ヴ ァ キ ア 南 部 の ハ ン ガ リ ー と の 国 境 に 位 置 す る コ マ ー ル ノ で. 二 、. 「. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 会 談 し た 。 会 談 の 結 果 、 ド ゥ プ チ ェ ク が 自 身 の 党 内 基 盤 を 固 め る 前 に 内 政 、 外 交 の 急 激 な 路 線 転 換 を 進 め る こ と. プ ラ ハ の 春 ﹂ と ソ ヴ ィ エ ト ・ ブ ロ ッ ク. し て い た の か を 明 ら か に す る 。. カ ー ダ ー ル 時 代 の ハ ン ガ リ ー 外 交 に お い て 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 軍 事 介 入 参 加 が い か な る 歴 史 的 な 意 味 を 有. ア 国 際 主 義 の 原 則 へ の 忠 実 さ 、 自 国 の 特 性 や 国 益 を 擁 護 す る た め の プ ラ グ マ テ ィ ズ ム の 二 点 に 着 目 す る 。 そ し て 、.

(6) 報 告 に つ い て 詳 細 な 補 足 説 明 を 行 っ た 。 カ ー ダ ー ル は ﹁ チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 は 力 強 く 歴 史 あ る 党 で あ り 、. 日 と 二 一 日 、 二 月 四 日 の カ ー ダ ー ル ・ ド ゥ プ チ ェ ク 会 談 に つ い て 報 告 し た 。 さ ら に 、 カ ー ダ ー ル が コ モ ー チ ン の. 済 問 題 、 チ ェ コ 人 と ス ロ ヴ ァ キ ア 人 の 関 係 、 ソ 連 や 他 の 社 会 主 義 諸 国 と チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア と の 関 係 、 一 月 二 〇. コ モ ー チ ン. が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 の 交 代 に 至 る 経 緯 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 経. 二 月 八 日 か ら 一 〇 日 に 開 催 さ れ た 社 会 主 義 労 働 者 党 中 央 委 員 会 で 、 国 際 共 産 主 義 運 動 担 当 の 党 中 央 委 員 会 書 記. ら て の 言 改 及 革 し の な 動 か き っ に た 注 。 意 ま す た べ 、 き カ と ー 述 ダ べ ー た ル 。 は 二 月 四 日 の 会 談 で ド ゥ プ チ ェ ク に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 内 部 の 下 か ). ﹁ チ ノ ェ ヴ コ ォ ス ト ロ ニ ヴ ー ァ は キ 誠 ア 実 の な 労 人 働 間 者 だ 階 っ 級 た は ﹂ 高 と 度 語 な っ 能 た 力 。 を カ 有 ー し ダ ー て ル い は る ド ﹂ ゥ と プ 述 チ べ ェ た ク 。 へ し の か 支 し 持 、 表 そ 明 の と 一 同 方 時 で に 、 、 カ 隣 ー 国 ダ で ー の ル 事 は. (. 態 の 急 進 化 に 注 意 を 促 し た の で あ る 。. (    . ). チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア で 検 閲 が 廃 止 さ れ 、 国 内 の 改 革 へ 向 け た 行 動 綱 領 の 作 成 が 始 ま る と 、 ソ 連 や 他 の 東 欧 諸 国. ( ). は 危 機 感 を い だ い た 。 と く に 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 隣 国 ポ ー ラ ン ド 、 東 ド イ ツ は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 自 由. キ ア 共 産 党 の 行 動 綱 領 の 作 成 に つ い て 述 べ た 。 二 月 六 日 の 政 治 局 の 協 議 で 、 カ ー ダ ー ル は 行 動 綱 領 の 内 容 に つ い. か ら 三 〇 日 の ソ 連 訪 問 の 成 果 を 語 っ た 。 さ ら に 、 ド ゥ プ チ ェ ク は 西 ド イ ツ と の 通 商 代 表 部 の 設 置 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. 会 談 の 席 で 、 ド ゥ プ チ ェ ク は カ ー ダ ー ル に 二 国 間 の 友 好 関 係 、 国 際 問 題 、 国 内 問 題 で 意 見 を 交 換 し た 一 月 二 九 日. チ ェ ク の 改 革 の 意 図 に 理 解 を 示 し な が ら 、 同 時 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 動 き を 警 戒 し て い た こ と が 確 認 で き る 。. が 危 険 で あ る と カ ー ダ ー ル は 認 識 し た 。 二 月 六 日 の 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 の 議 事 録 か ら 、 カ ー ダ ー ル が ド ゥ プ. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 818. 論. 説. 八 四.

(7) 東 ド イ ツ を 承 認 す る 国 家 と は 国 交 を 結 ば な い 従 来 の 外 交 方 針 ﹁ ハ ル シ ュ タ イ ン ・ ド ク ト リ ン ﹂ を 転 換 し 、 外 交 関. さ ら に 、 一 九 六 六 年 一 二 月 の キ リ ス ト 教 民 主 ・ 社 会 同 盟 、 社 会 民 主 党 に よ る 大 連 立 政 権 の 発 足 後 、 西 ド イ ツ は. 819 法と政治 63 巻 4 号. か ら プ ラ グ マ テ ィ ッ ク に 西 ド イ ツ と の 話 し 合 い を 進 め ざ る を え な く な っ た 。. て い た 。 だ が 、 西 ド イ ツ が ル ー マ ニ ア 、 ポ ー ラ ン ド と 通 商 代 表 部 の 設 置 で 合 意 す る と 、 ハ ン ガ リ ー も 国 益 の 観 点. 二 国 間 協 定 の 適 用 範 囲 を め ぐ り 法 的 に 米 ソ 英 仏 四 か 国 の 占 領 下 に あ る 西 ベ ル リ ン を 適 用 外 と す る 原 則 論 に 固 執 し. 六 西 三 ド 年 イ 一 ツ 一 は 月 東 に 欧 西 諸 ド 国 イ と ツ の と 経 通 済 商 関 代 係 表 の 部 強 設 化 置 を で 模 合 索 意 し し 、 た 通 。 商 当 代 初 表 、 部 ハ の ン 設 ガ 置 リ を ー は ・ た 西 ら ド き イ か ツ け 交 て 渉 い で た は 。 、 ハ ハ ン ン ガ ガ リ リ ー ー は 側 一 が 九. ( 2013 年 1 月). 第 二 次 世 界 大 戦 後 、 西 ド イ ツ と 東 欧 諸 国 と の 間 に は 正 式 な 外 交 関 係 は な か っ た 。 だ が 、 一 九 六 〇 年 代 に 入 る と 、. 発 に が 加 背 え 景 て に 、 あ ノ っ ヴ た ォ 。 ト ニ ー 時 代 末 期 か ら チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア が 西 ド イ ツ と の 通 商 代 表 部 設 置 を 意 図 し た こ と へ の 反 ). 係 の 樹 立 も 視 野 に 入 れ て 東 欧 諸 国 へ の は た ら き か け を 強 め た 。 一 九 六 七 年 一 月 に は 、 自 主 外 交 路 線 を 推 進 す る ル ー. ). マ ニ ア が 西 ド イ ツ と の 国 交 を 樹 立 し 、 事 実 上 、 ﹁ ハ ル シ ュ タ イ ン ・ ド ク ト リ ン ﹂ は 消 滅 し た 。 東 ド イ ツ は ル ー マ. (. 八 五. ニ ア を 激 し く 批 判 し 、 ソ ヴ ィ エ ト ・ ブ ロ ッ ク 内 部 で 西 ド イ ツ 政 策 を め ぐ る 対 立 が 生 じ て い た 。. (. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 西 ド イ ツ の は た ら き か け に 対 し て 、 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 は 一 九 六 七 年 一 月 一 〇 日 の 協 議 で 、 公 式 の 交 渉 を. さ ら に 、 東 ド イ ツ が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア を 激 し く 批 判 し た の は 、 ﹁ プ ラ ハ の 春 ﹂ の 自 国 へ の 波 及 に 対 す る 懸 念. 動 き に 触 発 さ れ た 反 体 制 デ モ が 発 生 し て い た 。. 化 の 影 響 が 自 国 に 及 ぶ こ と を 危 惧 し た 。 現 実 に 、 ポ ー ラ ン ド で は 一 九 六 八 年 三 月 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 の.

(8) で も な い 。. の 使 節 と し て 後 に 西 ド イ ツ の 東 方 政 策. を 推 進 す る 外 務 省 政 策 企 画 室 長 バ ー ル. 表 部 を 設 置 し て い な か っ た 。 そ し て 、 一 九 六 八 年 四 月 一 七 日 か ら 一 九 日 に か け て 、 西 ド イ ツ 外 相 ブ ラ ン ト. し た 一 九 六 八 年 一 月 の 段 階 で 、 東 ド イ ツ を 除 く 東 欧 諸 国 の 中 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア だ け が 西 ド イ ツ の 通 商 代. 第 一 書 記 就 任 後 、 ド ゥ プ チ ェ ク は 西 ド イ ツ と の 通 商 代 表 部 設 置 の 意 思 を 表 明 し た 。 ド ゥ プ チ ェ ク 指 導 部 が 発 足. リ 始 ー め を る 訪 こ 問 と し を 、 決 外 定 交 し 関 た 係 。 を そ 樹 し 立 て す 、 る 一 た 月 め 二 の 三 条 日 件 か に ら つ 二 い 六 て 日 協 に 議 西 し ド て イ い ツ た 外 。 務 省 事 務 次 官 ラ ー ル. 論. 説. (Rolf Lahr). が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア を 訪 問 し 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 中 央 委 員 会 国 際 副 部 長 シ ェ ジ ヴ ィ ー. ( ). た と 問 一 題 九 に 三 つ 八 い 年 て の 話 ミ し ュ 合 ン っ ヒ て ェ い ン た 協 。 定 確 や か ズ に デ 、 ー チ テ ェ ン コ ・ ス ド ロ イ ヴ ツ ァ 人 キ な ア ど に 第 と 二 っ 次 て 世 、 界 西 大 ド 戦 イ 後 ツ に の 二 通 国 商 間 代 で 表 未 部 解 設 決 置 の は ま 他 ま の 残 東 さ 欧 れ. (Willy. 諸 国 が す で に 行 っ た こ と へ の 追 従 に 過 ぎ な か っ た 。 し か し 、 ド ゥ プ チ ェ ク 指 導 部 が 国 内 改 革 の 気 運 に 乗 じ て 一 足. (Egon Bahr). 飛 び に 外 交 関 係 の 樹 立 を 視 野 に 入 れ て 西 ド イ ツ と 交 渉 を 進 め る こ と に 、 東 ド イ ツ が 不 信 感 を 強 め た こ と は い う ま. (Ostpolitik). 一 九 六 八 年 春 の 時 点 で 、 西 ド イ ツ は す で に ソ 連 、 ル ー マ ニ ア 、 ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア の 三 つ の 社 会 主 義 国 家 と 外 交. Brandt). 関 係 を 樹 立 し て お り 、 ハ ン ガ リ ー や チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に と っ て 西 ド イ ツ と の 関 係 を 正 常 化 す る こ と は 決 し て 不. ( Josef    ). 可 能 で は な か っ た 。 し か し 、 両 国 に と っ て 、 東 ド イ ツ や ポ ー ラ ン ド の 動 向 を 見 定 め る こ と は 重 要 で あ り 、 慎 重 に. ). 西 ド イ ツ と の 交 渉 を 進 め る 必 要 が あ っ た 。 ハ ン ガ リ ー は オ ー デ ル ・ ナ イ セ 国 境 の 是 非 を 争 点 に し た ポ ー ラ ン ド 、. (. ズ デ ー テ ン ・ ド イ ツ 人 の 問 題 を か か え た チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア と 比 較 し て も 、 西 ド イ ツ と の 交 渉 を 容 易 に 進 め る こ. が ハ ン ガ. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 820. 八 六.

(9) (Leonid I. Brezhnev). 821 法と政治 63 巻 4 号. (      Gomulka). (Aleksei N. Kosygin). が ﹁ わ れ わ れ は ソ 連 の 同 志 た ち と チ ェ コ. コ と た ダ ア 他 み チ 電 て 三 。 ー の 方 な ェ 話 い ソ ス が ル 排 、 ら ク で た 連 ロ で 月 も 除 ブ ず は 協 。 共 ヴ き 六 望 を レ 、 ポ 議 三 産 ァ た 日 ん 求 ジ ポ ー し 月 党 キ 。 か で め ネ ー ラ た 一 書 ア し ら い た フ ラ ン 。 六 記 と か 七 な 。 は ン ド ブ 日 長 の し 日 か チ ブ ド 、 レ か ブ 交 、 に っ ェ ル 統 ハ ジ ら レ 渉 ハ ソ た コ ガ 一 ン ネ 一 ジ の ン フ 。 ス リ 労 ガ フ 九 ネ 進 ガ ィ し ロ ア 働 リ は 日 フ 展 リ ア か ヴ の を ー で ー 会 に し ァ 会 者 の 議 か 慎 は 開 党 、 キ 議 重 西 催 け に 会 ブ ア へ 第 議 参 て に ド さ レ に の 一 へ 加 、 見 イ れ 書 ジ 強 参 極 ツ た ブ す の ネ 硬 加 記 参 る レ め と ワ ゴ フ 姿 て の ル を 加 国 ジ は 勢 主 ム を に ネ い 外 シ ブ を 張 ル 主 関 フ た 交 ャ カ ル 取 は 。 関 ワ し 張 す は 係 ガ る 条 し る カ チ 樹 リ ブ て ェ 約 ー い ド た 立 ア ル コ 機 ダ た ゥ 。 に を ガ 構 ド プ ー ス つ 会 リ 。 政 ゥ チ ル ロ い 議 ア カ ヴ 治 と ー ェ プ て か の 諮 チ ク ソ ァ 、 ら 参 ダ 問 ェ と 連 キ 西 除 加 ー ア 委 ・ ル の ク ド 外 に 共 員 イ す つ は の は 意 東 会 ツ る い ブ 理 自 見 欧 産 に 国 の 諸 党 と カ て レ 解 指 関 の 相 国 東 ー 、 ジ も す 改 違 の 導 ド ダ ド ネ る イ ー ゥ フ 得 革 に 首 部 ブ ツ ル プ に ら に つ 脳 と れ ル つ い 会 協 、 の チ 会 ガ ポ 提 ェ 議 る い て 議 議 リ ー 案 ク か と て 述 の す ア ラ に ば ら 認 カ べ 開 る 共 ン 応 か の 識 ー た 催 準 産 ド じ り ブ し ダ 。 に 備 党 、 な か ル て ー ド つ を 中 チ か カ ガ い ル ゥ い 進 ェ っ ー リ た の プ て め 央 。 ( ). 委 員 会 の 文 書 に は 、 ブ ル ガ リ ア 共 産 党 書 記 長 ジ フ コ フ (Todor Zhivkov). 動 ス か ロ す ヴ 用 ァ 意 キ が ア あ の る 事 と 態 は へ っ の き 懸 り 念 伝 を え た 共 ﹂ 有 と し 記 て さ お れ り て 、 い 同 る 志 。 ブ カ レ ー ジ ダ ネ ー フ ル 、 が 同 懸 志 念 コ し ス た イ よ ギ う ン に 、 ジ フ コ フ が 早 い 段 階 で に チ 軍 ェ を ). 八 七. コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 対 し て 非 常 に 厳 し い 姿 勢 を 取 っ て い た こ と が 確 認 で き る 。. (. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 三 月 一 九 日 の 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 の 協 議 で は 、 ソ 連 ・ 東 欧 諸 国 の 首 脳 会 談 に ハ ン ガ リ ー が い か な る 姿 勢 で. ( 2013 年 1 月).

(10) ア ツ ェ ー ル は 、 国 内 の 言 論 統 制 の 緩 和 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い た 。. 専 門 家 と し て 改 革 を 志 向 す る 国 内 政 治 路 線 の 形 成 に 貢 献 し て い た 。 ま た 、 書 記 局 で イ デ オ ロ ギ ー 問 題 を 担 当 す る. フ ェ ヘ ー ル は 一 九 五 六 年 の ハ ン ガ リ ー 事 件 直 後 に カ ー ダ ー ル と 対 立 し た が 、 一 九 五 〇 年 代 末 以 降 に 農 業 問 題 の. の カ 連 ー 帯 ダ に ー つ ル い は て 会 述 議 べ に た お 。 け る ハ ン ガ リ ー の 立 場 と し て 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 内 政 へ の 不 干 渉 、 同 国 の 党 、 政 府 と. 員 の 間 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 に 批 判 を 強 め る 東 ド イ ツ で の 会 議 開 催 が 適 切 で な い と い う 声 も 挙 が っ た 。. 会 書 記 ア ツ ェ ー ル. は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 内 政 に 干 渉 す る こ と に 反 対 し た 。 さ ら に 、 政 治 局. し た 。 副 首 相 フ ェ ヘ ー ル ( Lajos). ヒ ト 三 月 二 三 日 の 東 ド イ 、 ツ ゴ の ム ド ル レ カ ス 、 デ ト ン ル に コ お を け 訪 る 問 首 中 脳 の 会 ジ 談 フ で コ は フ 、 に ブ 代 レ わ ジ り ネ 首 フ 相 、 ト 東 ド ド ロ イ フ ツ の 国 家 評 議 会 議 長 が ウ チ ル ェ ブ コ リ. (  .

(11)  ). ス ロ ヴ ァ キ ア の マ ス コ ミ 、 作 成 中 の 行 動 綱 領 を 批 判 し た 。 事 態 が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 国 内 問 題 に と ど ま ら ず 、. ). 社 会 主 義 諸 国 全 体 に と っ て の 脅 威 に な っ て い る と 彼 ら は 主 張 し た 。 ウ ル ブ リ ヒ ト は 西 ド イ ツ 、 ア メ リ カ の 帝 国 主. (. 義 勢 力 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 浸 透 に 懸 念 を 表 明 し た 。 さ ら に 、 六 年 か ら 七 年 か け て チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 事. (Ivan Todorov). 態 が 進 行 し た こ と 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア が 帝 国 主 義 者 に と っ て 最 も 都 合 の 良 い 存 在 で あ る と ウ ル ブ リ ヒ ト は 指 摘. (Walter Ulbricht). し た 。 ゴ ム ル カ は ﹁ チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア で 活 発 化 す る 反 革 命 、 反 動 勢 力 に 対 抗 し な け れ ば な ら な い 。 措 置 は 早 急. は 首 脳 会 議 で ド ゥ プ チ ェ ク を 支 持 す べ き と 主 張 し た 。 ま た 、 党 中 央 委 員. の 方 針 に 好 意 的 な 意 見 が 存 在 し た こ と が 確 認 で き る 。 カ ー ダ ー ル は ブ レ ジ ネ フ と の 電 話 会 談 の 内 容 に つ い て 報 告. の ぞ む べ き か 協 議 し た 。 協 議 の 議 事 録 か ら 、 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 内 部 に 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 822. 論. 説. 八 八.

(12) . ブ レ ジ ネ フ は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の マ ス コ ミ の 動 き に 不 満 を 表 明 し た 。 さ ら に 、 ブ レ ジ ネ フ は ﹁ ソ 連 は 多 大 な. ア は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 露 骨 に 敵 対 的 な 態 度 を 取 っ た 。. に 講 じ ら れ る べ き ﹂ と 主 張 し た 。 ト ド ロ フ は 西 ド を イ 名 ツ 指 の し ラ で ジ 非 オ 難 で し 自 た 国 。 の カ 政 ー 治 ダ 目 ー 標 ル を が 語 懸 っ 念 た し チ た ェ と コ お ス り ロ 、 ヴ ブ ァ ル キ ガ ア リ 国. 民 議 会 議 長 ス ム ル コ フ ス キ ー. ). 必 犠 要 牲 が を あ 払 る っ ﹂ て と チ 述 ェ べ コ た ス 。 ロ ブ ヴ レ ァ ジ キ ネ ア フ を は 解 チ 放 ェ し コ た ス の ロ で ヴ あ ァ り キ 、 ア チ の ェ 独 コ 自 ス 路 ロ 線 ヴ の ァ 追 キ 求 ア と に ソ お 連 け 離 る れ 社 に 会 厳 主 し 義 い の 姿 成 勢 果 で を の 擁 ぞ 護 む す と る 、. (. ( 2013 年 1 月). 三 月 の 時 点 で 示 唆 し て い た 。. ( Josef     ). は 自 国 に 反 革 命 状 況 が 存 在 し て お り 、 措 置 を 講 じ る こ と の. ソ 連 や 他 の 東 欧 諸 国 の 強 硬 姿 勢 に 対 し て 、 出 席 し た チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 の 中 で 意 見 の 相 違 が み ら. ). は 自 国 の 現 状 を 進 歩 的 で 親 社 会 主 義 的 で. れ た 。 党 中 央 委 員 会 書 記 コ ル デ ル. (. 823 法と政治 63 巻 4 号. あ 必 る 要 と 性 述 を べ 述 た べ 。 た 。 そ れ に 対 し て 、 首 相 チ ェ ル ニ ー ク. (Drhomir Kolder). ソ 連 や 他 の 東 欧 諸 国 の 首 脳 が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア を 激 し く 批 判 す る 中 で 、 カ ー ダ ー ル は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ. (.

(13)      ). (Fock       ) は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. の 直 接 の 批 判 を 避 け た 。 カ ー ダ ー ル は ﹁ チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 党 指 導 部 の 考 え を 知 る た め に 、 真 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. ). ( ). ( ). 八 九. キ キ ア ア の の 内 状 政 況 に を 干 理 渉 解 す す る る コ 必 ミ 要 ュ が ニ あ ケ る の ﹂ 採 と 択 述 に べ 反 た 対 。 し ま た た 。 、 ハ ン ガ リ ー 首 相 フ ォ ッ ク. (. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 一 九 し 五 か 六 し 年 、 二 同 月 時 か に ら 、 一 ド 〇 レ 月 ス の デ ハ ン ン で ガ カ リ ー ー ダ の ー そ ル れ は と ﹁ 類 チ 似 ェ し コ て ス い ロ る ヴ ﹂ ァ と キ 述 ア べ の て 情 、 勢 社 が 会 一 主 九 義 五 の 六 原 年 則 事 に 件 忠 の 実 序 な 幕 一 と 面 い を う み べ せ き.

(14) 四 月 二 日 に 開 催 さ れ た 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 の 協 議 に お い て 、 国 民 議 会 議 長 カ ー ラ イ. は チ ェ. 三 、 ハ ン ガ リ ー と チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢. ル や 社 会 主 義 労 働 者 党 指 導 部 の 間 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 現 状 を 危 惧 す る 声 が 聞 か れ た の で あ る 。. 力 キ を ア 公 の 然 新 と 聞 支 、 持 ラ し ジ て オ い が る 、 ﹂ 将 と 来 述 に べ お て い い て た ブ 。 ﹁ ル プ ジ ラ ョ ハ ワ の 民 春 主 ﹂ 主 が 義 本 体 格 制 化 を し 用 た 意 一 す 九 る 六 よ 八 う 年 な 三 新 月 し の い 時 選 点 挙 で 法 、 の す 制 で 定 に の カ た ー め ダ の ー 努. カ ー ダ ー ル は ド ゥ プ チ ェ ク に 警 告 し た 。 さ ら に 、 コ モ ー チ ン も 社 会 主 義 労 働 者 党 中 央 委 員 会 で ﹁ チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. て 党 組 織 が 崩 壊 す る に 至 っ た 一 九 五 六 年 の ﹁ ハ ン ガ リ ー の 経 験 ﹂ を 例 に 挙 げ て 、 党 の 指 導 的 役 割 を 堅 持 す る よ う. た 。 そ し て 、 カ ー ダ ー ル は ド ゥ プ チ ェ ク に ﹁ 体 制 の 強 化. 論. 説. (      . . ). コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 の 方 針 と 異 な る 考 え 方 、 一 党 支 配 体 制 の 否 定 に つ な が る 改 革 の 動 き に 厳 し い 姿 勢 で の ぞ ま. ( ). ね ば ﹂ な を ら 支 な 援 い す と べ 主 き 張 で し あ た る 。 と そ 述 れ べ に た 対 。 し て 、 フ ェ ヘ ー ル は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に お け る ﹁ 二 正 面 闘 争. (

(15)  . Gyula). フ ェ ヘ ー ル が 述 べ た ﹁ 二 正 面 闘 争 ﹂ と は 、 一 九 五 六 年 以 来 の 社 会 主 義 労 働 者 党 の 基 本 方 針 で 、 教 条 主 義 、 修 正. (       . 主 義 双 方 に 対 す る 闘 争 を 意 味 し て い た 。 具 体 的 に は 、 一 九 五 六 年 の 民 衆 蜂 起 の 原 因 を つ く っ た ス タ ー リ ン 主 義 者. ). の 排 除 と 同 時 に 、 ソ 連 の 軍 事 介 入 を 招 い た 社 会 主 義 体 制 の 崩 壊 に つ な が る 急 進 的 な 改 革 派 も 否 定 し た 、 社 会 主 義. (. イ デ オ ロ ギ ー に 忠 実 で あ り な が ら も 現 実 に 柔 軟 に 対 応 で き る 中 道 路 線 の 形 成 で あ っ た 。 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に お. harc). け る ﹁ 二 正 面 闘 争 ﹂ と は 、 ノ ヴ ォ ト ニ ー 時 代 へ の 回 帰 を 求 め る 党 内 の 守 旧 派 の 排 除 と 同 時 に 、 共 産 主 義 を 否 定 す. ﹂ を は か る よ う 忠 告 し た 。 民 衆 蜂 起 に よ っ. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 824. 九 〇.

(16) ). 九 一. (. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. あ に 内 制 ル る 動 政 派 や 。 揺 干 を 社 し 渉 厳 会 た に し 主 社 否 く 義 会 定 弾 労 主 的 圧 働 義 で し 者 体 あ た 党 制 っ 経 指 の た 緯 導 強 。 が 部 化 社 あ に に 会 っ は 加 主 た 、 え 義 。 一 、 労 ま 九 自 働 た 五 国 者 、 〇 と 党 ソ 年 同 政 連 代 様 治 や 後 の 局 他 半 一 は の に 党 チ 東 党 支 ェ 欧 内 配 コ 諸 に の ス 国 残 枠 ロ と 存 内 ヴ 異 す で ァ な る の キ り ス 穏 ア 、 タ 健 共 ハ ー な 産 ン リ 改 党 ガ ン 革 に リ 主 路 よ ー 義 線 る は 者 の ノ チ の 確 ヴ ェ 排 立 ォ コ 除 を ト ス と 期 ニ ロ 同 待 ー ヴ 時 し 時 ァ に た 代 キ 、 の 末 ア 反 で 期 の 体. 調 す る こ と な く 厳 し い 姿 勢 で の ぞ む こ と を 意 味 し た 。 実 際 、 一 九 六 〇 年 代 半 ば に 改 革 路 線 に 転 じ る 以 前 の カ ー ダ ー. 825 法と政治 63 巻 4 号. コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 が 過 去 の 過 ち を 正 す と 同 時 に 、 今 後 、 党 の 指 導 的 役 割 を 否 定 す る よ う な 急 進 的 な 改 革 に 同. ド レ ス デ ン 会 談 で カ ー ダ ー ル が 述 べ た 一 九 五 六 年 の ﹁ ハ ン ガ リ ー の 経 験 ﹂ と ﹁ 体 制 の 強 化 ﹂ と は 、 ま さ に チ ェ. 場 で あ る 。. 第 三 点 目 と し て 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 国 内 問 題 は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 に よ っ て 解 決 さ れ る べ き と い う 立. ( 2013 年 1 月). な 自 由 化 を 伴 っ た 改 革 が 、 よ り 急 進 的 な 改 革 を 求 め る 勢 力 の 台 頭 と 反 革 命 に つ な が る と の 懸 念 で あ る 。 さ ら に 、. 可 欠 で あ り 、 社 会 主 義 労 働 者 党 は ド ゥ プ チ ェ ク 指 導 部 を 支 援 す べ き と の 立 場 で あ る 。 次 に 、 第 二 点 目 は 、 政 治 的. チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 が 一 九 六 八 年 一 月 以 前 に 犯 し た 過 ち を 是 正 す る こ と は 、 今 後 の 国 内 の 安 定 の た め に 不. 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 対 す る 姿 勢 は 、 次 の 三 点 で あ っ た 。 ま ず 、 第 一 点 目 と し て 、. 導 部 の 結 束 を 求 め た 点 で は 一 致 し て い た 。. 定 的 に 捉 え て い た 。 に も か か わ ら ず 、 両 者 の 発 言 の 趣 旨 は 、 ド ゥ プ チ ェ ク を 中 心 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指. る よ う な 急 進 派 の 台 頭 を 阻 止 す る こ と を 意 味 し た 。 カ ー ラ イ は フ ェ ヘ ー ル よ り も チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 現 状 を 否.

(17) メ 党 党 ラ ラ な 成 で 論 べ た 五 し た 。 五 い 果 あ 四 リ 中 の ハ ン ド 月 た 。 ド 月 五 が り 月 カ 央 チ の ド レ 八 。 ブ ゥ 四 か な 、 一 、 委 ェ 春 に ス 日 六 西 員 コ ﹂ 加 デ レ プ 日 国 け に ジ チ 、 の れ チ 日 ド 会 ス を え ン ェ ソ 、 イ に ロ 警 、 会 ネ ェ 五 協 ば 連 フ ク 日 議 、 コ ブ ツ 送 ヴ 戒 チ 談 、 は は に 開 五 ス レ の っ ァ し ェ の 東 党 四 モ 催 か ロ ジ 帝 た キ て コ 後 ド の 月 ス に 国 ヴ ネ 国 報 ア い ス 、 イ 敵 の ク 難 で ァ フ 主 告 に た ロ ソ ツ の 党 ワ 色 協 キ は 義 書 対 。 ヴ 連 、 存 中 で を 議 ア カ 勢 に す 実 ァ や ポ 在 央 ソ 示 す の ー 力 は る 際 キ 他 ー ダ の 、 姿 に ア の を 委 連 し る ラ 指 員 と た と 事 ー 影 チ 勢 、 と 東 ン 摘 会 チ 。 ブ 態 ル 響 ェ に ウ 直 欧 ド レ は と な コ 影 ク 接 諸 し 総 ェ 、 ジ 反 電 ど ス 響 ラ 国 国 て 会 コ ハ ネ 革 話 、 ロ を イ 境 は 、 で ス ン フ 命 で 事 ヴ 及 ナ を チ チ 人 ロ ガ は に 会 態 ァ ぼ 共 接 ェ ェ 民 ヴ リ 述 向 談 の キ し 和 す コ コ の ァ ー べ か し 悪 ア た 国 る ス ス 党 キ 、 た っ た 化 の 点 共 ソ ロ ロ へ ア の ブ 。 て 。 を 修 は 産 連 ヴ ヴ の 首 ル し い ブ 過 正 無 党 を ァ ァ 信 脳 ガ か る レ 大 主 視 第 構 キ キ 頼 会 リ し ﹂ ジ 視 義 で 一 成 ア ア が 談 ア 、 と ネ す 者 き 書 す へ の 増 が の カ 語 フ る 、 な 記 る の 状 し 行 首 ー っ は よ シ い シ ウ 不 況 て わ 脳 ダ た ﹁ う オ 。 ェ ク 信 を お れ 会 ー 。 ド な ニ 四 レ ラ 感 宮 り た 議 ル さ ゥ 文 ス 月 ス イ を 中 、 。 が は ら プ 言 ト 二 ト ナ さ ク 党 だ モ 共 ら チ に チ が 、 五 ー 大 が ス 和 に ェ 、 ェ あ 反 日 デ 会 、 ク 国 強 コ ド ク ふ 社 に タ を 話 ワ の め ス ゥ は れ 会 シ ー 前 し で 共 た ロ プ 正 て 主 ェ の 倒 合 開 産 。 ヴ チ 直 い 義 レ よ し い 催 党 東 ァ ェ だ た 勢 ス う で は さ 指 ド キ ク が 。 力 ト な 開 不 れ の が が 導 イ ア と 弱 も 催 調 た 活 ソ ソ 部 ツ の の い の す に 。 動 連 連 も 、 出 会 指 だ る 終 モ と 共 共 ﹁ ポ 席 談 導 と と わ ス ア 産 産 プ ー し で 者 反 述 っ ). 論. (. 説. ). ( ). ). (Pyotr Shelest). (. ク ワ 会 談 で は 、 カ ー ダ ー ル と 他 の 四 か 国 首 脳 と の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 対 す る 現 状 認 識 の 相 違 が 目 立 っ た 。 カ ー. (. ダ ー ル と ブ レ ジ ネ フ 、 ウ ル ブ リ ヒ ト 、 ゴ ム ル カ 、 ジ フ コ フ と の 意 見 の 違 い は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 反 革 命 勢 力. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 826. 九 二.

(18) . 解 決 を 主 張 し た の で あ る 。. 827 法と政治 63 巻 4 号. 行 動 綱 領 の 右 翼 的 な 要 素 に 言 及 し 、 党 に 真 の リ ー ダ ー シ ッ プ が な い と も 述 べ た 。 同 時 に 、 カ ー ダ ー ル は ﹁ ド ゥ プ. お り 、 ま だ 党 内 を 掌 握 し て い な い ﹂ と 説 明 し た 。 し か し 、 そ の 一 方 で 、 カ ー ダ ー ル は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党. 以 前 の 党 指 導 部 の 過 ち に 対 す る 闘 争 と し て 始 ま っ た ﹂ ド ゥ プ チ ェ ク の 党 指 導 部 は ナ イ ー ヴ に こ の 闘 争 を 行 っ て. ( 2013 年 1 月). 験 ﹂ と ﹁ 二 正 面 闘 争 ﹂ の 必 要 性 を 説 い た 。 具 体 的 に 、 カ ー ダ ー ル は ﹁ チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア で 進 行 す る プ ロ セ ス は 、. ロ ヴ ァ キ ア に 反 革 命 勢 力 が 存 在 す る こ と を 否 定 し 、 ド レ ス デ ン 会 談 の 時 と 同 様 に 一 九 五 六 年 の ﹁ ハ ン ガ リ ー の 経. ゴ ム ル カ 、 ウ ル ブ リ ヒ ト は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 の 行 動 綱 領 の 危 険 性 を 指 摘 し た 。 カ ー ダ ー ル は チ ェ コ ス. ブ レ ジ ネ フ は ス ム ル コ フ ス キ ー の 言 の 動 名 を を 警 挙 戒 げ す た る 。 一 方 で 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 深 刻 な 事 態 を 理 解 し て い る 党 幹. 部 と し て ビ リ ャ ー ク. ( ). 援 チ す ェ る ク 姿 の 勢 立 を 場 崩 が さ 強 な 化 か さ っ れ た な 。 け カ れ ー ば ダ 、 ー 状 ル 況 は は 内 さ 政 ら 不 に 干 悪 渉 く の な 立 る 場 ﹂ で と 、 指 チ 摘 ェ し コ て ス 、 ロ チ ヴ ェ ァ コ キ ス ア ロ 共 ヴ 産 ァ 党 キ に ア よ 共 る 産 自 党 力 指 で 導 の 部 問 を 題 支. (Vasil Bill’ak). カ ー ダ ー ル の 発 言 に 対 し て 、 ゴ ム ル カ は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 国 内 の 反 革 命 勢 力 の 存 在 を 指 摘 し 、 必 要 な の は. 「. ﹁ 二 正 面 闘 争 ﹂ で な く 修 正 主 義 、 反 革 命 と の 闘 争 で あ る と 反 論 し た 。 さ ら に 、 ゴ ム ル カ は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共. ). を 反 革 命 の 土 台 づ く り を し て い る と 名 指 し で 非 難 し た 。 ブ レ ジ ネ フ は ゴ. 産 党 内 の 健 全 な 核 と な る 勢 力 を 見 出 す た め の 闘 い だ と 述 べ た 。 そ し て 、 ゴ ム ル カ は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 国 民 戦. (. 九 三. (    . Kriegel). ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 線 議 長 ク リ ー ゲ ル. 会 談 の 冒 頭 で 、 ド ゥ プ チ ェ ク が 五 月 四 日 に 首 脳 会 談 で 何 も 建 設 的 な こ と を 話 さ な か っ た と ブ レ ジ ネ フ は 述 べ た 。. が 存 在 す る 否 か 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 内 部 の い か な る 勢 力 を 支 援 す る か の 二 点 に あ っ た 。.

(19) の 回 想 録 で は 、 七 月 一 四 日 の ワ ル シ ャ ワ で の 五. 代 わ る チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 を 支 援 す る 必 要 性 に 言 及 し た の で あ る 。. 判 的 な 共 産 党 幹 部 コ ル デ ル や ビ リ ャ ー ク を 支 援 す べ き と 主 張 し た 。 と く に 、 ブ レ ジ ネ フ は ド ゥ プ チ ェ ク 指 導 部 に. カ ー ダ ー ル を 除 く 四 か 国 の 首 脳 は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 健 全 な 勢 力 と し て 、 ド ゥ プ チ ェ ク が 進 め る 路 線 に 批. 張 し ウ た ル 。 ブ ま リ た ヒ 、 ト ジ は フ コ コ ル フ デ は ル チ 、 ェ ビ コ リ ス ャ ロ ー ヴ ク ァ へ キ の ア 期 の 待 現 を 状 示 に し つ た い 。 て ジ ﹁ フ 反 コ 革 フ 命 も へ コ の ル 道 デ は ル 掃 や き ビ 清 リ め ャ ら ー れ ク た を ﹂ 支 と 援 述 す べ べ た き 。 と 主. ム ル カ の 論 発 言 を 支 持 説 し た 。. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 828. ). ゴ ム ル カ の 元 通 訳 で 後 に 西 側 へ 亡 命 し た ワ イ ト. ). さ か れ 国 て 首 き 脳 た 会 。 談 だ で が ハ 、 ン 前 ガ 述 リ の ー よ と う 他 に の 、 四 す か で 国 に の 五 チ 月 ェ 八 コ 日 ス の ロ モ ヴ ス ァ ク キ ワ ア 会 情 談 勢 の を 時 め 点 ぐ で る ハ 認 ン 識 ガ の リ 相 ー 違 と が 他 表 の 面 四 化 か し 国 た の こ 間 と で が 摩 指 擦 摘. (. が 生 じ て い た の で あ る 。. (. 五 月 一 五 日 か ら 一 六 日 に か け て 、 ポ ー ラ ン ド 統 一 労 働 者 党 お よ び 政 府 代 表 団 が ハ ン ガ リ ー を 公 式 訪 問 し た 。 首. (Erwin Weit). ). 脳 会 談 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 し て 、 二 国 間 お よ び 多 国 間 協 議 を 継 続 す る こ と が 確 認 さ れ た 。 し か し. ). (. (Averki. 様 な 、 が 前 ら 者 、 は ブ ﹁ ダ 二 ペ 正 シ 面 ュ 闘 ト 争 で 、 も 後 カ 者 ー は ダ ﹁ ー 反 ル 革 と 命 ゴ に ム 対 ル す カ る と 闘 の 争 間 ﹂ に を 認 そ 識 れ の ぞ 相 れ 違 主 が 張 み し ら て れ い た た 。 。 五 月 八 日 の モ ス ク ワ 会 談 と 同. (. ). ソ 連 ・ 東 欧 諸 国 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 批 判 は 内 政 に と ど ま ら ず 、 外 交 に も 向 け ら れ つ つ あ っ た 。 五 月 二 一. 」. (. に 日 続 に く シ ソ ェ 連 レ 離 ス れ ト が の ク 動 レ き ム が リ 指 ン 摘 に さ 送 れ っ た た 。 報 ま 告 た 書 、 で 五 は 、 月 チ 二 ェ 二 コ 日 ス に ロ 駐 ヴ ポ ァ ー キ ラ ア ン 国 ド 内 ・ で ソ の 反 連 ソ 大 感 使 情 ア の ー 高 リ ま ス り ト と フ ル ー マ ニ ア. 九 四.

(20) を ガ ひ リ か ー え に る 不 こ 信 と 感 が を 決 持 定 っ さ て れ い た る 。 と に の も 懸 か 念 か が わ 広 ら が ず っ 、 て ソ い 連 た と 。 ハ 五 ン 月 ガ 二 リ 四 ー 日 の の 認 政 識 治 の 局 相 の 違 協 は 議 確 で 実 は に 、 大 表 き 立 く っ な た っ ソ て 連 い と た の 。 論 五 争. モ ス ク ワ 会 談 の 後 、 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 内 で も 、 ソ 連 が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 へ の 対 応 を め ぐ っ て ハ ン. 西 ド イ ツ と が の 首 国 相 交 コ 樹 ス 立 イ の ギ 動 ン き に を 送 警 っ 戒 た す 報 る 告 ゴ 書 ム に ル は カ 、 の チ 姿 ェ 勢 コ が ス 述 ロ べ ヴ ら ァ れ キ て ア い の た ル 。 ー マ ニ ア 、 ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア へ の 接 近 、 ). 月 二 八 日 の 協 議 で 、 政 治 局 は 党 中 央 委 員 会 国 際 部 に よ っ て 作 成 さ れ た チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 す る 報 告 書 を. (. ( 2013 年 1 月). ソ 連 共 産 党 の 分 析 に 依 拠 し す ぎ て い る と の 理 由 で 受 理 し な か っ た 。 報 告 書 に は 、 修 正 主 義 者 、 守 旧 派 、 中 間 派 に. Aristov). よ る チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 の 三 分 裂 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア が ソ 連 の 勢 力 圏 を 離 脱 し て 独 自 の 社 会 主 義 を 建 設. ). 829 法と政治 63 巻 4 号. す る 、 い わ ば チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア 化 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア ・ ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア ・ ル ー マ ニ は ア. に よ る ﹁ 社 会 主 義 の 小 協 商 ﹂ へ の 危 惧 が 記 さ れ て い た 。 そ し て 、 党 中 央 委 員 会 国 際 部 長 プ ヤ (Puja Frigyes). 治 ﹁ 局 現 は 在 党 の 中 チ 央 ェ 委 コ 員 ス 会 ロ 国 ヴ 際 ァ 部 キ に ア 現 情 実 勢 的 は で 力 正 に 確 よ な る チ 決 ェ 定 コ 的 ス な ロ 措 ヴ 置 ァ を キ 社 ア 会 情 主 勢 義 の 諸 分 国 析 に を 要 指 求 示 す し る た も 。 の で あ る ﹂ と 述 べ た 。 政 ). 経 由 で 緊 密 に 連 絡 を 取 っ て お り 、 両 者 の 信 頼 関 係 は 崩 れ て い な. し か し な が ら 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 が 始 ま っ た 一 九 六 八 年 二 月 以 降 、 ブ レ ジ ネ フ は カ ー ダ ー ル と 電 話 や. (. 駐 ハ ン ガ リ ー ・ ソ 連 大 使 テ ィ ト フ. (. ( ). 九 五. と か か っ ら た も い 、 え 早 る い 。 段 三 階 月 で 二 武 〇 力 日 を 、 用 ブ い レ て ジ チ ネ ェ フ コ は ス チ ロ ェ ヴ コ ァ ス キ ロ ア ヴ 共 ァ 産 キ 党 ア 指 を 導 軍 部 事 を 占 交 領 代 す さ る せ 作 る 戦 こ 計 と 画 を を 想 軍 定 部 し に て 指 い 示 た し 。 て だ い が た 、 こ. (F. J. Tyitov). ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. ソ 連 共 産 党 は 武 力 行 使 の 準 備 を 進 め つ つ も 、 同 時 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア と の 話 し 合 い に よ る 問 題 解 決 を 模 索 し て.

(21) 拡 し が な っ が て ら い 、 た 政 。 治 局 員 の 間 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 が 報 道 機 関 を 掌 握 で き て い な い こ と へ の 懸 念 が ). 表 面 カ 上 ー 、 ダ 両 ー 者 ル の と 信 ド 頼 ゥ 関 プ 係 チ は ェ 維 ク 持 の さ 首 れ 脳 て 会 い 談 た で 。 は し 、 か ハ し ン な ガ が リ ら ー 、 実 ・ 際 チ に ェ は コ 、 ス 首 ロ 脳 ヴ 会 ァ 談 キ の ア 席 両 上 国 で の カ 連 ー 帯 ダ が ー 確 ル 認 が さ ド れ ゥ て プ お チ り ェ 、. (. ク に マ ス コ ミ へ の 統 制 の 強 化 な ど を 強 く 求 め て い た こ と が 明 ら か に な っ て お り 、 両 者 の 間 で 意 見 の 相 違 が あ っ た. ). こ と が う か が え る 。 ハ ン ガ リ ー 訪 問 の 際 、 カ ー ダ ー ル が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 当 局 の マ ス コ ミ へ の 対 応 に つ い て. (. ﹁ あ れ こ れ の た ぐ い の こ と を 新 聞 に 公 表 す べ き で は な い ﹂ と 忠 告 し た と 、 ド ゥ プ チ ェ ク は 一 九 八 九 年 に ハ ン ガ リ ー. ﹁ 二 正 面 闘 争 ﹂ の 内 容 に つ い て 論 争 が あ っ た 。 カ ー ダ ー ル は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 内 政 干 渉 を 否 定 し た 。 し か. か せ る こ と が 記 さ れ て い た 。 報 告 書 に も と づ く 、 六 月 一 一 日 の 政 治 局 の 協 議 で は 、 フ ォ ッ ク と カ ー ラ イ と の 間 で. 主 義 の 危 険 に 対 処 す る よ う 求 め る こ と 、 自 国 の 新 聞 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 国 内 の 反 ソ 、 反 共 的 な 傾 向 と 距 離 を 置. 政 治 局 に 提 出 し た 。 報 告 書 で は 、 ド ゥ プ チ ェ ク 指 導 部 の 政 策 へ の 支 持 の 一 方 で 、 ド ゥ プ チ ェ ク に 右 翼 勢 力 、 修 正. 首 脳 会 談 に 先 立 ち 、 六 月 六 日 に 社 会 主 義 労 働 者 党 中 央 委 員 会 国 際 部 が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 す る 報 告 書 を. 六 月 一 三 日 、 一 四 日 に ド ゥ プ チ ェ ク が 二 国 間 の 友 好 相 互 援 助 条 約 の 更 新 の た め に ハ ン ガ リ ー を 公 式 訪 問 し た 。. カ ー ダ ー ル の 存 在 を 無 視 で き な か っ た 。 五 か 国 の 中 で 、 ハ ン ガ リ ー が 完 全 に 孤 立 し て い た わ け で は な か っ た 。. は ド ゥ プ チ ェ ク に 政 治 的 な 自 由 化 に 踏 み 込 ん だ 改 革 を 思 い と ど ま ら せ て 、 事 態 の 平 和 的 な 解 決 を は か る う え で 、. コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 を 説 得 で き る 立 場 に あ っ た 東 欧 の 指 導 者 は 、 カ ー ダ ー ル の み で あ っ た 。 ブ レ ジ ネ フ. い た 。 ソ 連 共 産 党 内 部 に も 、 武 力 行 使 に 慎 重 な 意 見 が 存 在 し た の で あ る 。 当 時 、 ド ゥ プ チ ェ ク を は じ め と す る チ ェ. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 830. 論. 説. 九 六.

(22) に 一 九 五 六 年 の ハ ン ガ リ ー 事 件 当 時 の 首 相 ナ ジ. 831 法と政治 63 巻 4 号. ド ゥ プ チ ェ ク が ハ ン ガ リ ー を 公 式 訪 問 し た 後 、 ハ ン ガ リ ー の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 対 す る 姿 勢 を こ れ ま で 以 上. ら に 強 め る こ と は 火 を 見 る よ り 明 ら か だ っ た 。. が ら も 一 九 六 〇 年 代 半 ば 以 降 に ソ 連 に 挑 発 的 な 自 主 外 交 を 展 開 す る ル ー マ ニ ア に 接 近 す れ ば 、 ソ 連 の 不 信 感 を さ. ( 2013 年 1 月). 〇 年 代 末 に ソ 連 と 訣 別 し て 独 自 の 社 会 主 義 路 線 を 推 進 す る ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア 、 ワ ル シ ャ ワ 条 約 機 構 に と ど ま り な. 包 囲 網 を 意 図 し て い る な ど と カ ー ダ ー ル は 認 識 し て い な か っ た 。 い ず れ に せ よ 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア が 、 一 九 四. チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 外 交 姿 勢 へ の 注 意 を 促 し た 。 勿 論 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア が 一 九 二 〇 年 代 と 同 様 の ハ ン ガ リ ー. ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア に よ る ﹁ 小 協 商 ﹂ と い う 言 葉 を 用 い て 、 ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア 、 ル ー マ ニ ア と の 関 係 強 化 を 進 め る. ウ ル ブ リ ヒ ト は カ ー ダ ー ル に 一 九 六 八 年 七 月 の ワ ル シ ャ ワ 会 談 で 一 九 二 一 年 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 、 ル ー マ ニ ア 、. の さ テ ら レ に ビ 、 で カ 語 ー っ ダ た ー 。 ル は ド ゥ プ チ ェ ク に ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア 、 ル ー マ ニ ア と 連 携 し な い よ う 警 告 し た 。 後 述 す る が 、 ). を チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 の 先 駆 者 と し て 再 評. に 硬 化 さ せ る き っ か け と な る 出 来 事 が あ っ た 。 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 作 家 同 盟 の 機 関 誌 ﹃ リ テ ラ ー ル ニ ・ リ ス テ ィ ﹄. (. 価 す る 記 事 が 掲 載 さ れ た 。 記 事 に は 、 ド ゥ プ チ ェ ク の ハ ン ガ リ ー 訪 問 が 一 九 五 八 年 六 月 の ナ ジ の 死 刑 執 行 か ら 一. ). ). 〇 年 に あ た る こ と を 意 識 し て 書 か れ た こ と は 明 ら か だ っ た 。 ﹃ リ テ ラ ー ル ニ ・ リ ス テ ィ ﹄ の 記 事 に 対 し て 、 社 会. (Nagy Imre). (. 九 七. 主 義 労 働 者 党 は 党 機 関 紙 ﹃ ネ ー プ サ バ ッ チ ャ ー グ ﹄ で ﹁ 隣 国 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の マ ス コ ミ が 、 ナ ジ 処 刑 一 〇 年. (. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 主 に 義 か 制 こ 度 つ を け 攻 て 撃 ハ す ン る ガ も リ の ー に に は つ 、 い 国 て 家 陳 権 腐 力 な を 宣 行 伝 使 を し 流 な す け 西 れ 側 ば の な 新 ら 聞 な 、 い ラ ﹂ ジ と オ 反 に 論 同 し 調 た し 。 た こ と は 遺 憾 で あ る 。 ⋮ ⋮ 社 会.

(23) か し 、 そ の 一 方 で 、 コ モ ー チ ン は ﹁. 党 指 導 部 は 国 内 を 十 分 に 把 握 で き て い な い ﹂ と 述. 命 は 存 在 せ ず 、 ド ゥ プ チ ェ ク 指 導 部 へ の 支 援 の 必 要 性 な ど 、 従 来 の 社 会 主 義 労 働 者 党 の 見 解 が 繰 り 返 さ れ た 。 し. コ モ ー チ ン の 党 中 央 委 員 会 に お け る チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 す る 報 告 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に は 反 革. 向 へ シ フ ト し つ つ あ っ た 。. 情 勢 に 対 す る ハ ン ガ リ ー の 姿 勢 が 、 以 前 よ り も 社 会 主 義 イ デ オ ロ ギ ー や プ ロ レ タ リ ア 国 際 主 義 の 原 則 に 忠 実 な 方. 者 党 中 央 委 員 会 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 対 す る 認 識 に 変 化 が 生 じ て い た こ と が 確 認 で き る 。 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア. し か し な が ら 、 冷 戦 終 結 後 に 公 開 さ れ た 党 中 央 委 員 会 の 議 事 録 か ら 、 一 九 日 、 二 〇 日 の 協 議 で 、 社 会 主 義 労 働. の 委 成 員 果 会 と の し 協 て 議 、 に 二 関 国 す 間 る の 六 友 月 好 二 関 一 係 日 が 付 強 け 調 の さ ﹃ れ ネ て ー い プ た サ 。 バ ッ チ ャ ー グ ﹄ の 報 道 で は 、 ド ゥ プ チ ェ ク の ハ ン ガ リ ー 訪 問 ( ). チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の. ). べ て お り 、 こ れ ま で よ り も チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 厳 し い 認 識 を 示 し た 。 カ ー ダ ー ル も チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党. (. へ の 支 援 や 内 政 不 干 渉 な ど 従 来 の 姿 勢 を 崩 し て い な か っ た が 、 ﹃ リ テ ラ ー ル ニ ・ リ ス テ ィ ﹄ の 記 事 、 レ ー ニ ン. 六 月 一 九 日 か ら 二 〇 日 に 、 社 会 主 義 労 働 者 党 中 央 委 員 会 が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に つ い て 協 議 し た 。 党 中 央. し た カ ー ダ ー ル に と っ て 、 ナ ジ の 再 評 価 や 名 誉 回 復 は 自 ら の 政 権 の 正 統 性 そ の も の の 否 定 を 意 味 し た の で あ る 。. コ ミ に よ る チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 批 判 が 始 ま っ た 。 一 九 五 六 年 当 時 の ナ ジ の 路 線 を 否 定 す る こ と で 権 力 を 掌 握. ロ ヴ ァ キ ア へ の 批 判 を ひ か え て い た 。 ﹃ リ テ ラ ー ル ニ ・ リ ス テ ィ ﹄ の 記 事 へ の 反 論 を 契 機 に 、 ハ ン ガ リ ー の マ ス. め な か っ た チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 へ の 警 告 で も あ っ た 。 こ れ ま で 、 ハ ン ガ リ ー の マ ス コ ミ は チ ェ コ ス. ﹃ ネ ー プ サ バ ッ チ ャ ー グ ﹄ 紙 上 で の 反 論 は 、 ﹃ リ テ ラ ー ル ニ ・ リ ス テ ィ ﹄ の 記 事 の み な ら ず 、 記 事 の 掲 載 を 止. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 832. 論. 説. 九 八.

(24) (Vladimir I. Lenin). (    .  ). ). (        ). (

(25).

(26)  

(27)   ) (. 833 法と政治 63 巻 4 号. ( ). (Stoyan Nedelchev). 九 九. ド を あ れ め 部 る ス 導 の ﹁ た に ﹁ ロ 六 部 指 に ゥ 表 っ の 二 。 よ 二 ヴ 月 が 導 も プ 明 た る 千 ァ 二 以 的 か チ し 。 主 千 ﹁ 語 キ 七 前 役 か ェ た 他 た 語 上 宣 ア 日 よ 割 わ ク 。 方 る 宣 か 言 の か り を ら 指 一 、 敵 言 ら ﹂ 作 ら も 堅 ず 導 九 ノ は を ﹂ の が 家 七 深 持 、 部 、 ー 修 批 に 改 発 ヴ 月 刻 し 政 に 二 グ 正 判 の 対 革 表 ァ 三 に な 治 ﹁ 〇 ラ 主 し マ し ﹂ さ ツ 日 受 が 的 二 日 ー 義 た ル て に れ リ に け ら な 正 の デ で 。 ク 、 と た ー 、 と 穏 自 面 協 ィ あ コ ス ソ ど 。 連 る モ 主 ﹁ ク カ め 健 由 闘 議 ま 二 、 ﹂ ー 義 ー た な 化 争 で ら 千 東 と チ 解 ダ こ 経 を ﹂ は ず 語 欧 述 ン 釈 ー と 済 伴 を 、 、 宣 諸 べ と に ル は 改 っ 求 出 市 言 国 る カ 異 が 明 革 た め 席 民 ﹂ が な ー 議 ソ ら を チ て 者 の の こ ど ダ を 連 か 進 ェ い の 政 発 れ 、 ー 唱 を で め コ く 間 は 治 表 な 公 あ る ス な で ま チ ル え 的 に ど 式 っ ハ ロ ど チ 武 ェ の た で 発 よ 、 訪 た ン ヴ 、 ェ 力 コ 発 チ 以 言 り 党 問 。 ガ ァ 従 コ 行 ス 言 ェ 上 や 、 外 し に リ キ 来 ス 使 ロ に コ 権 ﹁ の た チ ー ア の ロ を ヴ 対 ス 利 プ 有 。 ェ に の 社 ヴ 含 ァ し ロ 要 ラ 識 カ コ と 改 会 ァ め キ て ヴ 求 ハ 者 ー ス っ 革 主 キ た ア レ ァ を の に ダ ロ て が 義 ア チ に ー 伴 春 よ ー ヴ も 、 労 情 ェ 強 ヴ キ っ っ ﹂ ァ 脅 ソ 働 勢 コ 硬 ェ ア ル た は て が キ 威 連 者 に ス な ー 共 ﹁ チ 、 ソ ア に や 党 対 ロ 姿 ス 産 党 い 下 ェ 情 な 他 の す ヴ 勢 連 中 か コ っ に 勢 る の 立 る ァ で 央 ら ス そ 向 へ と 東 場 意 キ の 委 の ロ う か の 、 欧 が 見 ア ぞ 員 改 ヴ の っ 警 社 諸 確 の へ む 会 革 ァ 改 た 戒 会 国 認 相 の べ 書 ﹂ キ 革 二 を 主 の さ 違 強 き へ ア の 七 強 義 み れ は 硬 と が 記 と 共 推 日 め 労 な た み 姿 い ﹁ ツ ィ 変 産 進 、 た 働 ら 。 ら 勢 う れ に 発 わ ー 化 党 を チ こ 者 ず が と た 反 言 れ サ し 指 求 ェ 党 、 が 対 も わ シ 始 導 め コ 本 は 指 党 、. い う ま で も な い 。 六 月 三 〇 日 に 駐 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア ・ ブ ル ガ リ ア 大 使 ネ デ ル チ ェ フ. (Ludvig    ). ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 国 宛 て に 送 っ た 報 告 書 に は 、 も し チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 の 健 全 な 勢 力 が 介 入 し な け れ ば 、 社 会 主 義 に 好 ま し. ( 2013 年 1 月).

(28) し コ に ス 社 ロ 会 ヴ 主 ァ 義 キ を ア 防 共 衛 産 す 党 る 中 闘 央 争 委 は 員 成 会 功 幹 し 部 な 会 い の こ 対 と 策 が は 記 効 さ 果 れ を て 上 い げ た て 。 い な い こ と 、 マ ス メ デ ィ ア を 統 制 下 に 置 く こ と な. と 、 反 革 命 勢 力 の 動 き が 活 発 化 し て い る こ と 、 反 社 会 主 義 プ ラ ッ ト フ ォ ー ム と も い う べ き ﹁ 二 千 語 宣 言 ﹂ へ の チ ェ. 中 央 委 員 会 幹 部 会 政 治 局 に 書 簡 を 送 っ た 。 書 簡 で は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 状 況 が 以 前 よ り 悪 化 し て い る こ. く な い 重 大 な 結 果 が 生 じ る と 述 べ ら れ て い た 。 ま た 、 七 月 四 日 に ソ 連 共 産 党 政 治 局 は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 834. 論. 説. ( ). て 、 ソ カ 連 ー に ダ 滞 ー 在 ル 中 は 、 起 カ 草 ー 者 ダ た ー ち ル を は 放 ﹁ 置 二 し 千 た 語 ま 宣 ま 言 の ﹂ チ に ェ つ コ い ス て ロ 党 ヴ 、 ァ 社 キ 会 ア 全 共 体 産 、 党 法 指 秩 導 序 部 の を 破 批 壊 判 に し つ た な の が で る あ と る 述 。 べ た 。 そ し. ). ﹁ 二 千 語 宣 言 ﹂ が 公 表 さ れ た 時 点 で 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 と ハ ン ガ リ ー の 経 済 改 革 は も は や 両 立 し え な. (. い と カ ー ダ ー ル が 確 信 し た こ と は 間 違 い な い 。 ま た 、 カ ー ダ ー ル は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 指 導 部 に は 自 ら. ( ). の 意 思 で 問 題 を 解 決 す る 能 力 が な い と 判 断 し た 。 そ し て 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 政 治 的 な 自 由 化 に ブ レ ー キ を か. ). け る 必 要 が あ る と カ ー ダ ー ル は 認 識 し た の で 、 あ ヴ る ィ 。 ダ に よ る 旧 ソ 連 共 産 党 の 文 書 に 依 拠 し た 冷 戦 終 結 後 の 研 究 で. ロ シ ア の 歴 史 家 ピ ホ ヤ. (. れ は て 、 い 訪 る ソ 。 中 カ に ー カ ダ ー ー ダ ル ー が ル チ が ェ ソ コ 連 ス に ロ よ ヴ る ァ チ キ ェ ア コ の ス 改 ロ 革 ヴ の ァ 動 キ き ア を の 擁 軍 護 事 し 占 、 領 最 に 後 同 ま 意 で す 軍 る 事 意 介 思 入 を に 示 反 し 対 て し い て た い こ た と と が い 指 う 摘 冷 さ. (Rudolf G. Pihoya). 戦 終 結 以 前 の 研 究 で 述 べ ら れ て い た 見 解 は 、 事 実 上 、 ピ ホ ヤ と ヴ ィ ダ の 研 究 に よ っ て 否 定 さ れ た 。 い ず れ に せ よ 、. ). ソ 連 が 軍 事 力 の 行 使 を 決 定 す る 以 前 に 、 カ ー ダ ー ル に は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 を め ぐ っ て ソ 連 と 対 立 す る 意. (. 思 は な か っ た の で あ る 。 さ ら に 、 カ ー ダ ー ル の 外 交 姿 勢 か ら 、 社 会 主 義 体 制 の 崩 壊 に つ な が る 動 き に は 強 硬 姿 勢. 一 〇 〇.

(29) 835 法と政治 63 巻 4 号. に よ る ソ 連 で の 首 脳 会 談 に 関 す る 社 会 主 義 労 働 者 党 政 治 局 へ の 報 告 書 に も 、 カ ー ダ ー ル が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. キ ア へ の さ ら な る 強 硬 姿 勢 に 転 じ な か っ た 。 実 際 に 、 七 月 五 日 の ハ ン ガ リ ー 外 務 省 事 務 次 官 エ ル デ ー イ. チ わ ェ け コ で ス は ロ な ヴ く ァ 、 キ あ ア く の ま 軍 で 事 最 占 終 領 的 に な 同 手 意 段 し と た し こ て と 賛 を 同 口 し 外 た し の な か で っ あ た る 。 。 そ カ の ー た ダ め ー 、 ル 社 は 会 ソ 主 連 義 か 労 ら 働 帰 者 国 党 し は た チ 後 ェ 、 コ ソ ス 連 ロ に ヴ よ ァ る ). キ ア の 軍 事 占 領 に 同 意 し た こ と は 述 べ ら れ て い な い 。 カ ー ダ ー ル が ソ 連 か ら 帰 国 し た 時 点 で 、 カ ー ダ ー ル と ブ レ. (     . ジ ネ フ 、 コ ス イ ギ ン と の 会 談 内 容 を 知 っ て い た の は 、 ソ 連 訪 問 に 同 行 し た フ ォ ッ ク 、 ア ツ ェ ー ル 、 エ ル デ ー イ の. (. が 、 電 話 で ハ ン ガ リ ー 国 防 相 チ ネ ゲ. み だ っ た と 考 え ら れ る 。. .   ). 七 月 一 〇 日 、 ソ 連 国 防 相 グ レ チ コ. (Czinege Lajos). 一 〇 一. に ﹁ 七 月 後 半 に ワ ル シ ャ ワ 条 約 機 構 が ハ ン ガ リ ー よ り 北 方 で 軍 事 演 習 を 行 う ⋮ ⋮ ハ ン ガ リ ー は 二 個 師 団 で 参 加 す. (Andrei A. Grechko). ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. る よ う に ﹂ と 促 し た 。 ﹁ ハ ン ガ リ ー よ り 北 方 ﹂ が チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア を 意 味 す る の は い う ま で も な い 。 ソ 連 軍 部. ( 2013 年 1 月). し か し な が ら 、 ヴ ィ ダ も 言 及 し て い る が 、 カ ー ダ ー ル は 積 極 的 に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 武 力 行 使 を 主 張 し た. 係 を 再 確 認 す る 必 要 が あ っ た こ と が 挙 げ ら れ る 。. チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 す る ハ ン ガ リ ー と 他 の 東 欧 諸 国 と の 意 見 の 相 違 が 表 面 化 す る 中 で 、 ソ 連 と の 信 頼 関. チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 軍 事 介 入 の 可 能 性 が 高 ま っ た と 判 断 し た 。 カ ー ダ ー ル が 軍 事 占 領 に 同 意 し た 要 因 と し て 、. ア の 軍 事 占 領 に 同 意 し た の か 。 ﹁ 二 千 語 宣 言 ﹂ が 発 表 さ れ た こ と で 、 カ ー ダ ー ル は 一 九 五 六 年 の 自 ら の 体 験 か ら. 何 故 、 ソ 連 が 武 力 行 使 に 関 す る 具 体 的 な 決 定 を 下 す 以 前 の 段 階 で 、 カ ー ダ ー ル は ソ 連 に よ る チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ. で の ぞ む 一 九 五 六 年 以 来 の 一 貫 し た 原 則 が 垣 間 見 ら れ る 。.

(30) 的 に 取 り 入 れ た ﹁ 新 経 済 メ カ ニ ズ ム ﹂ の 実 施 に こ ぎ つ け た 。 ま た 、 ハ ン ガ リ ー は 一 九 六 〇 年 代 半 ば に 一 九 五 六 年. 部 は 時 間 を か け て 経 済 改 革 案 を 作 成 し 、 一 九 六 八 年 一 月 一 日 に 漸 く ソ 連 型 の 計 画 経 済 シ ス テ ム に 市 場 原 理 を 部 分. リ ー は 国 内 政 治 に お い て 一 党 支 配 体 制 の 枠 内 で の 改 革 路 線 を 構 築 し た 。 一 九 六 四 年 以 来 、 社 会 主 義 労 働 者 党 指 導. ダ ー ル 時 代 初 期 の 一 九 五 六 年 一 一 月 か ら 一 九 六 〇 年 代 初 頭 に 社 会 主 義 体 制 の 再 建 、 強 化 が 遂 行 さ れ た 後 、 ハ ン ガ. い が 指 カ て て ス な た の こ 。 依 導 ー 確 、 ロ ら 。 意 然 部 ダ 認 ブ ヴ 、 さ 図 こ と の ー を レ ァ チ ら は で し チ ル 求 ジ キ ェ に 、 、 て ェ に め ネ ア コ 、 軍 ハ チ コ は ら フ に ス チ 事 ン ェ ス 、 れ と 軍 ロ ェ 演 ガ コ ロ モ る カ を ヴ コ 習 リ ス ヴ ス と ー 駐 ァ ス を ー ロ ァ ク 、 ダ 留 キ ロ 口 の ヴ キ ワ カ ー さ ア ヴ 実 国 ァ ア で ー ル せ が ァ に 際 キ 情 チ ダ は て 西 キ し 社 ア 勢 ェ ー 同 い ド ア て 会 の に コ ル 意 な イ 国 、 に 軍 対 ス は 済 か ツ 内 チ お 事 す ロ 軍 み っ と に ェ け 占 る ヴ 事 で た 国 自 コ る 領 立 ァ 演 あ 。 境 国 ス 立 に 場 キ 習 る グ を 軍 ロ 場 消 を ア へ ﹂ レ 接 を ヴ や 極 急 の の と チ す 留 ァ 国 的 激 軍 参 述 コ る め キ 益 で に 事 加 べ は 軍 て ア の あ 変 占 に た チ 事 お 国 観 っ 化 領 同 。 ネ 的 く 内 点 た さ に 意 し ゲ に こ を か 理 せ 同 し か に 重 と 容 ら 由 る 意 て し ﹁ 要 自 易 、 に 意 し い 、 ハ な 体 に チ つ 思 た な チ ン 位 、 制 ェ い は 事 い ネ ガ 置 ソ 圧 コ て な 実 と ゲ リ に 連 で ス 、 か を 答 か ー あ に き ロ ヴ っ 明 え ら が り と る ヴ ィ た ら た ブ 軍 な っ よ ァ ダ の か 。 レ 事 が て う キ の で に ヴ ジ 演 ら 重 部 ア 研 あ し ィ ネ 習 、 要 隊 情 究 る て ダ フ に ソ な を 勢 で 。 、 が と 参 連 意 動 を は だ 社 指 の 加 は 味 員 考 述 が 会 摘 同 す こ が す え べ 、 主 す 意 る れ あ る て ら カ 義 る 内 こ ま っ こ み れ ー 労 よ 容 と で た と る て ダ 働 う に に チ 。 に 。 い ー 者 に つ 関 ェ 何 あ カ な ル 党 、 い し コ 故 っ ー. 論. 説. ). の 軍 事 介 入 に よ っ て 生 じ た 国 際 的 な 孤 立 か ら 脱 し た 後 、 国 内 政 治 路 線 の 変 化 と 相 俟 っ て 欧 米 諸 国 と の 関 係 改 善 に. (. 努 め て い た 。 す で に 、 一 九 六 〇 年 代 後 半 の ハ ン ガ リ ー で は 、 社 会 主 義 イ デ オ ロ ギ ー の 原 則 や ソ 連 や 社 会 主 義 陣 営. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 836. 一 〇 二.

(31) ( 2013 年 1 月). 一 九 六 三 年 以 降 、 対 米 自 立 を 志 向 す る フ ラ ン ス が 東 欧 諸 国 と の 関 係 強 化 を 模 索 し て い た 。 ハ ン ガ リ ー も 一 九 五. り 外 し 戦 た 略 こ に と 抵 が 触 指 し 摘 な さ い れ 範 て 囲 い で る オ 。 ー ス ト リ ア 、 フ ラ ン ス 、 西 ド イ ツ 、 イ タ リ ア な ど 西 欧 諸 国 と の 関 係 強 化 を は か っ た ). は 同 年 九 月. 大 統 領 と 国 際 情. 六 年 以 後 の 国 際 的 孤 立 か ら の 脱 却 を は か る 好 機 と 捉 え 、 フ ラ ン ス の は た ら き か け に 応 じ る 姿 勢 を み せ て い た 。 実. (. の 勢 際 フ に に ォ つ 、 ッ い 一 ク て 九 首 協 六 相 議 八 の し 年 オ て 三 ー い 月 ス た 二 ト 。 九 リ ま 日 ア た に 訪 、 フ 問 一 ォ が 九 ッ 二 六 ク 国 八 は 間 年 フ 関 七 ラ 係 月 ン の の ス 強 議 を 化 会 訪 に で 問 と 、 し っ ハ 、 て ン ド 重 ガ ・ 要 リ ゴ で ー ー あ 外 る 相 ル と ペ 述 ー べ テ て ル い た 。 (Charles de Gaulle). 軍 事 介 入 に よ っ て チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 が 頓 挫 し 、 ソ 連 の 東 欧 諸 国 へ の 統 制 が 強 化 さ れ た 場 合 、 ソ ヴ ィ エ. ). 837 法と政治 63 巻 4 号. ト ・ ブ ロ ッ ク 内 部 に お い て ハ ン ガ リ ー の 経 済 改 革 へ の 風 当 た り が 強 ま る こ と が 予 想 さ れ た 。 さ ら に 、 チ ェ コ ス ロ. (. ). ヴ ァ キ ア へ の 軍 事 介 入 が 欧 米 諸 国 の 反 発 を 招 き 、 ハ ン ガ リ ー の 外 交 努 力 に も 少 な か ら ず 影 響 す る と 考 え ら れ た 。. (     . ). 当 時 の 社 会 主 義 労 働 者 党 指 導 部 に は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 軍 事 介 入 が 自 国 の 経 済 改 が 革 論 に じ 及 た ぼ 。 す ま 影 ず 響 、 に 第 つ 一 い. ). て 二 通 り の 見 方 が 存 在 し た と 、 ハ ン ガ リ ー の 外 交 史 研 究 者 ベ ー ケ ー シ ュ. (. 点 が 、 軍 事 介 入 に よ っ て チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 の み な ら ず 、 ハ ン ガ リ ー の 経 済 改 革 も 頓 挫 な い し 大 幅 な 後 退. ( 

(32) . Csaba). 一 〇 三. を 余 儀 な く さ れ る こ と で あ る 。 第 二 点 目 と し て 挙 げ ら れ る の は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 と ハ ン ガ リ ー 経 済 改. (. ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 革 は 性 質 の 異 な る も の だ と ソ 連 は 理 解 し て お り 、 軍 事 介 入 の 後 も ハ ン ガ ー は 経 済 改 革 を 継 続 で き る と い う 見 方 で. に 入 り 、 ハ ン ガ リ ー が 一 九 五 六 年 の 軍 事 介 入 に よ っ て 悪 化 し た ア メ リ カ と の 関 係 の 改 善 を 模 索 し た り 、 ソ 連 の 対. の 利 益 と は 異 な る 、 自 国 の 利 益 の 追 求 が 始 ま っ て い た 。 近 年 の ハ ン ガ リ ー 外 交 史 の 研 究 動 向 か ら 、 一 九 六 〇 年 代.

(33) 七 月 五 日 に ハ ン ガ リ ー 国 防 次 官 オ ラ ー (Olah      ) 、 参 謀 次 長 ス ー チ (. Ferenc) が 社 会 主 義 労 働 者 党 政. 軍 事 介 入 が に わ か に 現 実 味 を お び て き た 。. ロ ヴ ァ キ ア 領 内 で 行 わ れ た 。 軍 事 演 習 が 終 了 し た 後 も 、 ソ 連 は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア か ら 自 国 の 部 隊 を 撤 収 さ せ ず 、. 六 月 一 八 日 か ら 七 月 三 日 に か け て 、 ﹁ シ ュ マ ヴ ァ ﹂ と 名 づ け ら れ た ワ ル シ ャ ワ 条 約 機 構 の 軍 事 演 習 が チ ェ コ ス. 四 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 危 機 へ の 対 応. を 表 明 し た の で あ る 。. 明 確 に 示 さ ね ば な ら な か っ た 。 そ の た め 、 カ ー ダ ー ル は ソ 連 の チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 武 力 行 使 を 支 持 す る 意 思. の 経 済 改 革 が 政 治 的 な 自 由 化 を 伴 っ た チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革 と 本 質 的 に 異 な る こ と を 、 カ ー ダ ー ル は ソ 連 に. 二 の 見 方 が 現 実 と な る よ う 、 自 国 の 経 済 改 革 へ の ソ 連 の 理 解 を 得 る に は 、 党 の 指 導 的 役 割 を 堅 持 し た ハ ン ガ リ ー. ブ ロ ッ ク 内 部 に お け る ハ ン ガ リ ー の 発 言 力 を 確 保 し な け れ ば な ら な か っ た 。 同 時 に 、 ベ ー ケ ー シ ュ が 指 摘 し た 第. に 参 加 で き な く な る こ と は 明 白 だ っ た 。 カ ー ダ ー ル は ソ 連 の 決 定 に 従 う 意 思 を 示 す こ と に よ っ て 、 ソ ヴ ィ エ ト ・. 会 談 の 時 点 か ら す で に 多 国 間 協 議 か ら 排 除 さ れ て い た ル ー マ ニ ア と 同 様 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 す る 協 議. に ブ レ ー キ を か け よ う と す る 立 場 だ っ た 。 か り に ハ ン ガ リ ー が 武 力 行 使 に 反 対 の 立 場 を 表 明 す れ ば 、 ド レ ス デ ン. カ ー ダ ー ル は 武 力 行 使 を 最 終 的 な 手 段 と し て 受 け 入 れ な が ら も 、 話 し 合 い に よ っ て チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア の 改 革. ダ ー ル に は 確 証 が な か っ た と い え る 。. あ る 。 ベ ー ケ ー シ ュ が 述 べ た 二 つ の 見 方 の い ず れ が 正 確 な の か 、 ﹁ 二 千 語 宣 言 ﹂ が 公 表 さ れ た 段 階 で は ま だ 、 カ ー. 法と政治 63 巻 4 号 ( 2013 年 1 月) 838. 論. 説. 一 〇 四.

(34) カ ー ダ ー ル は ソ 連 ・ チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 間 の 調 停 を 試 み た 。 カ ー ダ ー ル が 調 停 を 試 み た 要 因 は 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ. ハ ン ガ リ ー は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア を 多 国 間 協 議 に 出 席 さ せ て 、 話 し 合 い に よ る 事 態 の 打 開 を 意 図 し た 。 そ し て 、. 会 議 談 を に 主 出 張 席 し し た な 。 い 七 こ 月 と 八 を 日 決 、 定 チ し ェ た コ 。 ス ロ ヴ ァ キ ア 共 産 党 中 央 委 員 会 幹 部 会 は 、 ソ 連 ・ 東 欧 諸 国 に よ る 多 国 間 の 首 脳. 839 法と政治 63 巻 4 号. ク は 、 ブ レ ジ ネ フ の 要 求 を 拒 否 し た 。 そ し て 、 ド ゥ プ チ ェ ク は チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア と 各 国 に よ る 複 数 の 二 国 間 協. の ソ チ 連 ェ ・ コ 東 ス 欧 ロ 首 ヴ 脳 ァ 会 キ 談 ア に 情 出 勢 席 が す 緊 る 迫 よ 化 う す 迫 る っ 中 た 、 。 ブ し レ か ジ し ネ 、 フ 多 は 国 七 間 月 協 六 議 日 が の 自 書 国 簡 に で と ド っ ゥ て プ 不 チ 利 ェ だ ク と に 判 七 断 月 し 一 た 〇 ド 日 ゥ か プ 一 チ 一 ェ 日. ( 2013 年 1 月). 機 て 構 チ の ェ 権 コ 威 ス や ロ 名 ヴ 声 ァ に キ 有 ア 害 の で 不 あ 満 る を と 無 オ 視 ラ し ー て と い ス る ー こ チ と は 、 指 と 摘 く し に た ソ 。 連 軍 司 令 官 た ち の ふ る ま い が ソ 連 、 ワ ル シ ャ ワ 条 約 ( ). キ ア 共 産 党 指 導 部 や 彼 ら の 改 革 を 擁 護 す る た め で は な か っ た 。 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア へ の 武 力 行 使 が 自 国 の 内 政 、. ( ). 一 〇 五. 外 交 に 及 ぼ す 影 響 を カ ー ダ ー ル は 懸 念 し た の で あ る 。. ( ). ハ ン ガ リ ー の 軍 事 介 入 参 加 ︵ 一 九 六 八 ︶. 七 月 九 日 か ら 一 〇 日 に 、 ハ ン ガ リ ー ・ ソ 連 間 で チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 関 す る メ ッ セ ー ジ の や り 取 り が あ っ. こ と に チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 国 内 で 反 発 が 強 ま っ て い る こ と 、 ソ 連 が 一 九 五 六 年 の ハ ン ガ リ ー の 状 況 を ほ の め か し. 画 、 組 織 、 統 制 、 協 力 を 可 能 に す る こ と が 述 べ ら れ て い た 。 さ ら に 、 演 習 の 終 結 、 撤 退 の 時 期 が 明 確 に さ れ な い. の 司 令 官 会 議 を 通 し た ワ ル シ ャ ワ 条 約 機 構 の 友 好 と 士 気 の 向 上 、 多 国 籍 の ス タ ッ フ に よ る 大 規 模 な 軍 事 作 戦 の 計. 条 約 機 構 の 力 と 結 束 の デ モ ン ス ト レ ー シ ョ ン と 警 告 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア 情 勢 に 影 響 を 与 え る 意 図 、 演 習 参 加 国. 治 局 に 報 告 書 を 提 出 し た 。 報 告 書 に は 、 ﹁ シ ュ マ ヴ ァ ﹂ の 目 的 と し て 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア に 対 す る ワ ル シ ャ ワ.

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