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『オハイオ州ワインズバーグ』を読む(7)──「予期せぬ体験」におけるアリスの心理と孤独の要因── 利用統計を見る

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『オハイオ州ワインズバーグ』を読む(7)──「

予期せぬ体験」におけるアリスの心理と孤独の要因

──

著者

新堀 孝

著者別名

SHIMBORI Takashi

雑誌名

東洋大学大学院紀要

50

ページ

195-211

発行年

2014-03-15

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006531/

(2)

『オハイオ州ワインズバーグ』を読む(7)

──「予期せぬ体験」におけるアリスの心理と孤独の要因──

文学研究科英文学専攻博士後期課程満期退学

新堀  孝

 シャーウッド・アンダソン(Sherwood Anderson, 1876-1949) の『オハイオ州ワインズバー グ』(Winesburg, Ohio. 1919) の老人が言う、各章の中心人物にとっての「真実」(“truth”)1 が何なのかを考察する論考の 7 回目である。今回は「予期せぬ体験」2(“Adventure”) を 取り上げて、中心人物であるアリス・ハインドマン(Alice Hindman) が章の終わりに「裸 で町のなかを走り抜けたいというひどく馬鹿げた欲求」(63)に取り憑かれるまでの心理を 読み解き、彼女にとっての真実を明らかにして、彼女をそこまで追い込む要因について考察 したい。  物語の冒頭で、アリスは 27 歳になっている。この時、「ジョージ(George)はまだ幼少だっ た」(59)というから、この章の設定は他の章よりも少し早いことになる。彼女は、「生まれ てからずっとワインズバーグに住んでおり、母親と暮らしていたが、その母親は二度目の夫 と結婚していた」(59)。彼女がワインズバーグから出たことがないことをわざわざ指摘する のは、彼女が何らかの束縛のもとにおかれているらしいことを仄めかしているし、再婚した 母親と同居していることは、彼女が精神的に自立しきれていないことを窺わせる。また、彼 女が「やや痩せて」(59)いることは少し神経質な印象を与えるし、「頭が大きく、身体の大 きさにまさっている」(59)ことは、彼女が理性によって本能的な何かを抑圧していること を感じさせる。そのことは、彼女の「髪や目」(59)が「自制、禁欲生活などを表す」3「鳶 色(“brown”)である」(59)ことで正しいとわかる。この解釈は、この後の「彼女はとて も物静かであったが、静かな外見の下では、絶え間ない興奮が続いていた」(59)という記 述にも合致する。したがって、この冒頭部は物語の結末より事後の状態を述べたものと考え るのが適切であろう。  このあと、物語は 11 年遡って、アリスが 16 歳の頃の話になる。アリスは年上の男と恋愛 を体験する。16 歳という設定も意味ありげで、16 は「愛情、官能を表す。16 歳はしばしば

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若い恋人の理想的な年齢と考えられる」4。 実際、「アリスは、この時、とてもかわいい女 の子だった」(59)。二人は「長いこと、ほぼ毎晩」(59)会い、語り合った。ネッド・カリー (Ned Currie)は、「とてもかわいい」アリスを腕に抱き、キスをした。アリスも「興奮して、 ……語った」(59)。  しかし、ネッドは、アリスの 16 歳の秋の終わりに新聞記者の仕事を得るためにクリーヴ ランドに発った。この時、「彼女は彼と一緒に行きたがって」(59)、「震える声で」(59)次 にように言った。    「私も働く、そうすればあなたも働ける。……私は、あなたをあなたの出世を妨げ るどんな犠牲にも縛りつけたくはないの。今は結婚しなくていい。そんなものなくて も、私たちはうまくやっていける、私たちは一緒にいられる。同じ家に住んでいても、 誰も何も言いやしないわ。……」(59) アリスのこの言葉は、この時の彼女の真実でもあり願望でもある。それが、二人が恋人とし て結ばれた時に二人が共有した感覚、つまり、「この先起こりうるどんなことも、今起こっ た体験のすばらしさと美しさを消すことができるようには思えなかった」(60)という感覚と、 ネッドが言った「もう僕らはお互い離れずにいなければいけない。どんなことがおこっても、 そうしなければいけないんだ」(60)という言葉が、アリスの願望であり真実であったものを、 二人の間で交わされた「真実」にした。しかし、ネッドは「仕事が見つかったら、すぐ戻っ てくる。当分、君はここにいなければいけない。それが僕たちにできる唯一のことなんだ」(60) とアリスを諭し、彼女は彼の言葉に従って町に残る。そしてネッドはワインズバーグに戻ら ない。  ここで疑問なのは、ネッドはアリスを弄んだのかということだ。サリー・アデアー・リグ ズビー(Sally Adair Rigsbee)は、「彼女の恋人が彼女を捨てるため4 4 4 4 4に社会的因習」(強調は 筆者による)を使ったという5。彼が結果的にアリスを捨てたことは間違いない。だが、ネッ ドがアリスをワインズバーグに残して町を出たことをいっているのであれば、彼がアリスを 捨てたというのはあまり適切ではない。確かに、ネッドは「彼女が恋人(“his mistress”) になってほしいと思った」(59)とあり、この “mistress” という単語には「めかけ、情婦」 という意味もある。また、彼は交際の段階で「言うつもりのなかったことを言った」(59) りもした。また、ネッド(Ned)という名前には一般名詞の ned で「ごろつき、ならずもの」 の意味がある6ので、ネッドはアリスを弄んだように読めなくもない。最初は遊びだったと しても、アリスの真剣な思いに彼は「考えを変えた」、そして「彼女を守り大切にしたいと思っ た」(59-60)。ワインズバーグを離れてからも、寂しかったからとはいえ「しばらくは、ほ ぼ毎日彼女に手紙を書いた」(60)。これらの記述から推測すると、離ればなれになる前後の

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彼のアリスを思うネッドの気持ちは、かなり本物の恋愛であったと考えるのが適切であろう。 本当に愛していても、彼女を町から連れ出すことが当時の社会通念上好ましくはなかったこ とは、ネッドが彼女と別れた場所が「彼女の父親の家の扉(“her father’s door”)のところ」 (60)であったことからもわかる。16 歳のアリスはまだ、親の保護のもとに置かれていて、 両親の許可なくして連れ出すことは社会道徳に反すると考えられていたらしいことが窺える からだ。  因みに、二人が郊外にドライヴに行くときに、「ウェスレー・モイヤー(Wesley Moyer) の貸し馬車屋から馬車を借りた」(60)という一節には何か隠された意味があるのだろうか。 貸し馬車屋の主人の名前のウェスレーは、のちにアリスが参加することになる教会の宗派メ ソディスト教会の創始者ジョン・ウェスレー(John Wesley)、チャールズ・ウェスレー (Charles Wesley)からとったものとも考えられる。ただし、メソディスト教会は禁欲的な 信仰を求めるので、ここでは二人がこれから感情を解放する前だから皮肉の意味をこめて 使って、なおかつファーストネームとファミリーネームを入れ替えているのだろうか。また、 「貸し馬車屋」(“livery”)(60)には「仕着せ、記章」という意味もあり、それは「従順」 の象徴7である。だとすると、ネッドとアリスがそれぞれ相手に身を任せることになる流れ を暗示しているようにも読める。また、「馬車を借りた」(“got a rig”)(60)の “rig” には 性的な意味もあって、ここで直後の「馬車を降りた」(“got out of the buggy”)(60, イタリッ ク体は筆者による)とは異なる単語を選んでいるのも意味ありげである。この一節は偶然で きあがったものには思えないのだが。  話を戻そう。ネッドがアリスを本当に愛していて、それでも彼女をワインズバーグの親元 において行くことが正しい判断だとしても、その後、彼が都会の生活に追われ、アリスを放 置するようになることは道義的に赦されることではない。しかし、語り手には、ネッドを非 難する意図はないように思われる。もし語り手にネッドを非難する意図があったら、彼がア リスを忘れるようになる過程、つまりシカゴでの行いをもっと詳しく描くだろう。彼は、「都 会の生活に巻き込まれ、友人もできはじめ、そして、生活に楽しみを見出した。シカゴで下 宿した家には何人か女性もいた。そのうちの一人が彼の関心を惹いた。一年が経つ頃には手 紙を書くことをやめてしまい、時々、一人でいたり、ワインクリークの川沿いの草地に月が 輝いていたようにシカゴの公園のひとつで草地に月が輝いているのを見たりすると、かろう じて彼女を思い出すだけだった」(60)。ネッドがアリスを欺いているのは間違いないが、そ れは、この物語では大きな問題ではないのだ。  時が経ち、アリスは 22 歳になる。22 は「一般によくない意味をもつ」8とされ、それに 合わせるかのように、彼女の父親が「突然死んだ」(60)。彼女の父親は「馬具の修理工」(60) だった。「好色」や「わがまま」を表す馬9を御すための道具を直すことを生業としていた ことを示すことで禁欲や自制を暗示して、語り手はアリスの家が保守的だったことを仄めか

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しているのだろうか。ただし、修理工の妻、つまり、アリスの母が、その価値観を共有して いたとは言い切れないが、この点は後述する。

 一方、アリスはウィニー衣料品店(Winney’s Dry Goods Store)で仕事を始める。この段 階で、ネッドがワインズバーグを離れてから 6 年が経っているが、アリスは「結局、ネッド は自分の所へは戻ってこないのだということを信じる気にはどうしてもなれずにいた」(60)。 彼女は寂しさを感じてはいるようだが、待つことの長さと退屈さを働くことで誤魔化してい た(60)。また、自分で行動しようという意識は保っていて、「貯金を始めて、200 ドルか 300 ドル貯まったら都会へ行って、自分が姿を現すことで恋人の愛を取り戻すことができな いか試したいと思っていた」(60)。それでも、ネッドが戻ってこないかもしれないという意 識は生まれ始めていて、「私は彼の妻なのだ、彼が戻って来ようが来まいが、彼の妻である ことに変わりはない」(60-61)と自分に言い聞かせている。ネッドが戻ってこなくても、「月 明かりのなか、草原で起こったことに対して、アリスがネッドを非難しなかった」(60)のは、 自分とネッドのつながりの「すばらしさと美しさ」(“the wonder and beauty”)(60)を忘 れられずにいた10ことが最大の理由であろう。その「すばらしさと美しさ」ゆえ、ネッド の妻である意識は一種の誇りのような感情さえ伴っているようである。その一方で、「自分 は絶対に他の男と結婚することはできない」(60)とか、「今なおネッドだけのものだと感じ ているものを他の男に与えると考えることは、彼女にとっては不埒なことに思われた」(60) という倫理的な価値観は彼女を精神的に追い込んで行く。アリスには、「……女性が思うよ うに振るまい、人生において自分自身のために与え、受け取るという高まりつつあった現代 的な考えを理解することはできなかった」(61)、つまり、彼女は経済的に自活してはいても 一人で生きる決意はできていなかったのである。そのことは、「自分で生計を立てるという 決意はあっても」(61)、彼女は実際には母親と一緒に暮らしており、精神的な自立はできて いないことに見て取れる。  一人で生きる覚悟はできていないから、彼女は「時が経つにつれて、ますます寂しさを感 じるようになった」(61)。彼女は、「恋人に言いたいことを祈りにして囁いたり……生きて いないものに固執したりするようになった」(61)。生きていないものに固執するようになっ たというのは、生きている相手に裏切られているために、まったく反応を示さなかったり、 本人の望むような反応しか示さなかったりするものにしか愛情を示せなくなることであろ う。彼女の場合は前者である。しかも、その対象が「家具類」(“furniture”)(61)である ことは何を意味するだろうか。この単語には「染みついた考え方、心的態度」11という意味 もあるから、アリスが「彼女の部屋の家具類に手を触れるのを許すことが誰に対してもでき なくなった」(61)のは、「自分はネッドの妻である」という思いを誰にも冒されたくないと いうアリスの思いの現れと読むこともできる。「家具類」に、その意味を読み込まなくても、 衣服 ── dresses でも clothes でも ── は、「地位や立場」12の象徴でもあるから、結局

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は、「自分はネッドの妻である」という、彼女の思いに誰も触れてほしくないという思いの 現れを意味することになる。  時が経つにつれて起こったもうひとつの変化として、アリスの貯金がある。「お金を貯め るという習慣は、ある目的のために始められたのだが、ネッドを見つけに都会へ行くという 計画を諦めてしまった後も続けられた。貯金が、決まりきった習慣になっていた」(61)。ア リスが、なぜネッドを追いかけて都会へ行くことを諦めたのかは定かではない。彼女には、 そうする行動力がなかったということかもしれないし、仮に見つかっても彼が自分を愛して いないとわかった場合に、その事実を受け入れる勇気がなかったのかもしれない、もしくは、 単に当時は女性が、いるかいないかわからない男を捜しに都会へ行くことが一般的ではな かっただけかもしれない(現在よりも、交通手段も限られていて、社会も変革の時にあって 安全ではなかった)。いずれにせよ、都会へ行くことを諦めた後も、アリスは貯金を「決ま りきった習慣」として続けた。つまり、以前は「200 ドルか 300 ドル貯まったら……」とい う目的があったが、今ではそれがなくなり、お金を貯めること自体が目的になったというこ とだ。そのため、貯金の目標金額も漠然として、彼女の妄想を叶えるのに必要な額を貯めよ うという思いに発展する。    時には、雨降り13の午後などに、店の中で、彼女は通帳を取り出して、それを目 の前に広げ、利子で自分と自分の将来の夫の生活ができるように十分なお金を貯めよ うなどと不可能な夢を描いて何時間も過ごすことがあった。    「ネッドは常々旅をしてあちこち行くのが好きだった」と、彼女は思った。「私が彼 に、その機会を与えてあげよう。いつか私たちが結婚して、私が彼のお金と私のお金 を貯めて、私たちはお金持ちになるのよ。そうしたら、私たちは世界中を一緒に旅し て回れる。」(61) こうなると、貯金の金額を増やすことが目的になるため、本当なら必要なこともしないで済 ませるようになる。彼女は「新しい服が必要なときにも、買わなかった」(61)が、これは 象徴的な意味がある。既に指摘したように衣服は「地位や立場」を象徴するものであり、そ れは本人がその場に求められる適切な気分や心構えであることを表す記号のようなものでも あるから、アリスが「服を買わなかった」ことは、彼女の気分や心構えが、その場その場に 求められるものに応じて変化しなくなっている、つまり、ネッドの妻という意識にこだわり すぎて彼女の精神が必要に応じて場に適応するように切り替わり、適切に振る舞うことがで きなくなりつつあることを意味する。彼女の「自分はネッドの妻なのだ」という意識は、こ の段階へきて病的な意味合いを帯びつつあることを示すものである。  さらに年月が過ぎ、それでも「アリスは待ち、恋人が戻ってくるのを待っていた」(61)。

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この段階で、彼女が働く洋品店の雇い主が「白髪混じりで、入れ歯をした老人」(61)で、「会 話が好きではない」(61)という点を語り手が指摘するのは、アリスが感じている孤独感が 増していて、彼女が店で働いているときも、客のいないときには話をすることがほとんどな いことが問題になりつつあるからなのだろう。客がいるときは気が紛れても、「雨降りの日 や冬にメインストリートで嵐が荒れ狂う時などは、何時間も客は来ない」(61)ため、アリ スは手持ちぶさたになって、「在庫品を並べては、またそれを並べ直した」(61)。「在庫品」(“the stock”)とは衣服のことであり、それを「並べてはまた並べ直した」のは、ネッドの妻であ るという一種の誇りにも近かった思いが、ほころび始めることを暗示している。それは、一 度並べた服の並びが気に入らないように思えて、また並べ直すわけだから、自分の心の置き 所がないような気分をこの行為が示しているからだ。   彼女が正面の窓の近くに立つと人影のない通りが見え、ネッド・カリーと一緒に散歩 をした夜のことや彼が言ったことが思い出された。「もう、僕たちは一緒にいなけれ ばいけないんだ」。その言葉が大人になりつつあった女の心のなかで響いては、また 繰り返し響いた。涙が目に浮かんできた。時々、……彼女が一人で店にいるときには、 カウンターに顔を沈めて泣いた。「ねえ、ネッド、私は待っているのよ」と、彼女は 繰り返し囁いた。すると、いつも、彼はもう二度と戻っては来ないのだという、忍び 寄る恐怖が彼女の心の中でより大きくなった。(61) 自分はネッドに捨てられたのだということを認めたくはないが認めざるを得ないと、アリス は感じ始めている。それでも、彼女が「一人でいるとき」しか泣かなかったことは、自分が ネッドの妻であることに一種の誇りが残っていることの現れであり、ネッドの妻を毅然と演 じなければならないと必死になっているからである。もっとも、彼女の結婚は心理的、精神 的なものにすぎないから周囲の人間は、彼女が既婚者であるとは認識していない。だから、 周囲の「他の男たちは彼女の注意を惹こうとした」(60)。  ネッドが町を出て「数年経って……孤独が堪えられないものになって」(62)、アリスは一 人で、町に点在する気持ちのよい木立のひとつに出かけた。ワインズバーグでは、春の雨上 がりには、これらの静かで人目につかない木立は、恋人たちが日曜日の午後を座って過ごす のに格好の場所になる。そこからは、「木々の間から畑が見渡せ、農夫たちが納屋の周りで 仕事をし、人々が通りを馬車で行き交う様子が見え、……教会の鐘が鳴り、時々、遠くでお もちゃのように汽車が通り過ぎる」(62)のだという。幸せな恋人たちには、この場所は、「喧 噪の届かない」(“sheltered”)(62)場所であり、町を支配する倫理から多少は外れてもよい、 ある意味では楽しいもしくは嬉しい場所なのだろう。ある意味でこの時代の象徴的な「汽車」 さえも「遠くでおもちゃのように」(62)みえるというから、この木立が、町の騒がしい実

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生活から切り離されていることを印象づける。彼女がここはやって来たのは、ひとつには孤 独で打ちひしがれそうな心を癒やしたいからであっただろう。何年か時を過ごした洋品店や、 その店のある町の生活や喧噪から逃れて心を癒やそうとしたのである。しかし、もっと大切 な理由は、「恋人たち」(61)が「座って時間を過ごす」(61)場所に来て、ネッドとの思い 出に浸り、彼を待ち続けることができるかどうかを試すことであったのだろう。ネッドは戻っ てこないのだろうという彼女の不安はもはや受け入れざるを得ないのだろうと感じつつも、 二人で体験した「すばらしさと美しさ」を思い出すことで、ネッドを待つ決意をあらたにし ようとしたのであろうが、これは一種の「欺き」14であり、それは彼女が不安と孤独に震え る内心に釣り合わない「一番よい服(“the best dress”)を着て」(62)出かけたことによっ て暗示されている。  実際に、アリスは、この場所で心を癒やすことはできなかった。彼女は「町や広がる畑を 見渡すことのできる、ちょっとした世間の喧噪の届かない場所を見つけて、腰を下ろした」 (62)が、「じっと座っていることができなくなって立ち上がった」(62)。その理由を、語り 手は、「年をとり無駄に時を過ごすことの恐怖が彼女を捉えた。……何かが彼女の意識を過 ぎて行く年月に釘付けにした、おそらくは、四季の流れによって表れる、決して止まること のない命の滅びに対する思いがそうしたのであろう」(62)と説明する、そして、「恐怖に身 震いして、彼女は自分には若いときの美しさも初々しさもなくなってしまったと悟った」(62) と。(アリスは、この後、27 歳で雨に打たれるまで「若さと勇気に満たされていると感じる ことはなかった」(63)。)  アリスにこのような思いを抱かせたのは、目の前に広がる町の風景であった。目の前で動 き回る町の人々の姿は、時の経過を彼女に一層強く意識させた。もし、彼女に教会の鐘の音 が聞こえていたとしたら、その音は彼女に死を連想させたかもしれない。この時、「初めて、 彼女は騙されたと感じた」(62)。それでも、「彼女はネッドを非難しなかった。……『自分 には幸せなんて来やしない。私には幸せなんて絶対に見つからない。なぜ自分に嘘をつくの か』と大声で言うと、一種の奇妙な安堵感を感じた。それは日常生活の一部になっていた恐 怖と初めて大胆に向かい合おうとした結果であった」(62)。「彼女の日常生活の一部になっ ていた恐怖」とは、ネッドはもう戻ってこないかもしれない4 4 4 4 4 4ということだ。その恐怖に「大 胆に立ち向かおうとした」(“bold attempt to face”)というのは、この木立へ出かけてきて、 その恐怖を受け入れたことだ。アリスは、この時、ネッドは戻ってこない4 4 4 4 4 4と悟ったのである。 「なぜ自分に嘘をつくのか」という疑問文は、ネッドが戻ってくるかもしれないと無理矢理 自分に言い聞かせること、つまり自分を欺くことはやめようという意味である。その恐怖を 受け入れ、悲しいことだが、自分を欺くことをやめたから「一種の奇妙な安堵感」を彼女は 感じたのである。彼女がネッドを非難しなかったのは、おそらく、精神的に憔悴していてそ れだけのエネルギーが彼女にはなかったからであろうし、また、非難したところで「美しさ

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も初々しさ」もなくなった自分に利点が何もないことがわかっていたからであろう。それで も、彼女は他の男を受け入れなかった。その理由のひとつは、自分は「美しさも初々しさ」 もなくなってしまっているという自信のなさであろう。なお、ここまでの木立のなかでの体 験を、語り手は「ネッドがいなくなって 2 年か 3 年経って」(62)と言っているが、ここに 描かれるアリスの状況は実際には 2 ~ 3 年後のことではないだろう。木立に来る前に既にア リスは 22 歳になっていて、ネッドが町を出てから 6 年経っている。彼女の心理状態からす ると、おそらく、この木立での体験は 24 歳頃のことと考えるべきだ。  アリスが 25 歳になると、「単調で何も起こらない日々に波風を立てる」(62)ことが 2 つ 起こった。25 そのものには特別な意味はないようだが、16 歳から数えて 9 年後と考えると、 9 には「ひとつの周期の終わり」15という象徴的な意味がある。アリスの孤独な生活が、ま た新たな段階に入ったことを暗示するものであろう。彼女に起こった出来事のひとつは、母 親が再婚して、「彼女の孤独を際立たせた」(62)こと。もうひとつは、「彼女自身がワイン ズバーグ・メソディスト教会の教会員になった」(62)ことである。母親の再婚は、9 年も 恋人が帰ってこないで孤独に堪えているアリスにとっては、羨ましいことであり、心が醜く 歪んで行くような気分にさせたのであろう。語り手は、アリスが教会員になった理由を「人 生における自分の立場から生じる孤独が怖くなっていたから」(62)と説明しているが、「私 は年をとり、おかしくなりつつある。ネッドが戻って来ても、私をほしいとは思わないだろ う」(62)というアリスの言葉を考えると、彼女が教会に参加するようになった理由は、母 親の再婚と無関係ではあり得ない。もうひとつの出来事である、メソディスト教会に加わっ たことは、教会が求める禁欲的な生活を送りながら人づきあいの機会を持ち続けて孤独を少 しでも紛らわせるためであった。彼女が、都会では皆みな年をとらないのだから人と交わって若 さと心の正常さを保たないといけないと「自分に言い聞かせる」時の微笑みが「陰気で幽かすか な」(“grim little”)のは、それが本当にすすんで行おうとしていることではないからであり、 また、それが本当の意味での孤独の解決につながらないことがわかっていたからである。ま た、自らすすんで人と交わろうとしたい4 4 4わけではないことは、「人々と知り合うという作業 に決意を決めて取りかかった」(62)という表現からも読み取れる。さらに、彼女が参加し ようと決めた教会が、メソディスト教会やメソディスト青年同盟(The Epworth League) であったことは、それなりの意味があるはずだ。メソディスト教会は断食などの厳格な禁欲 的生活方法を求める宗派である。その信仰生活は、ネッドに対する貞節を守ろうとする彼女 の生活態度と重なるものである。欲求を抑圧しなければならない信仰生活が、本当は男から 愛されたいと願いつつも、その願望を抑圧して生活しているアリスに共感を覚えさせたのだ ろう16  孤独が怖くなって教会員になったアリスは、活動を通じてウィル・ハーリー(Will Hurley)という男と友達づきあいを始める。ただし、ネッドはもう戻ってこないのだと木

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立の中で悟ったにもかかわらず、アリスは依然として「ネッドに対する貞節を誓って」(62) いる。ここで言う「ネッドに対する貞節」とは、ネッドを信じて待っているという意味では なく、ネッドと一度結ばれてしまった自分がネッド以外の男と結ばれれば姦淫を犯すことに なるかもしれないし、それは、その新しい相手に姦淫を犯させることにもなる17から、「ウィ ルが習慣的に自分のそばにいることを許すつもりはなく」(62)、「ほんの時たま自分に会い に来る」(62)程度なら、自分も相手の男も罪を犯して堕落することにはならない、つまり「害 にならない」(“no harm”)(62)ということだ。語り手は、アリスのこの行為を「最初は弱々 しくではあったが、次第に強まりつつある決意をもって人生に改めて立ち向かう運命にあっ た」(62)と説明する。アリスは孤独を紛らわせるために、ウィルと表面的な交流はもつが、 決して心は開かない。「彼女はドラッグストアの店員のわきを黙って歩いたが、時々暗がりで、 二人で何の感情も示さずに歩いているときに手を伸ばして、彼の外套の襞にそっと手を触れ た」(62-63)。家に送ってもらうときにも親しく会話をするわけではない。アリスが、「ドラッ グストアの店員」の「外套の襞にそっと手を触れた」のは、おそらく、孤独が堪えられない ときだ。「外套」(“coat”)は表面を覆うものだから、外側に触れても、その内側には触れな いし、当然、相手が自分に触れることも許さない。しかも、彼女がそうするのは「暗がりで」 だけだ。つまり、相手にも、周囲にも、彼女が「外套にそっと手を触れている」ことがわか らないときに限って、彼女はそうしているのだ。そもそも、友達づきあいを始めた相手が「ド ラッグストアの店員」(62)であることも意味があるだろう。ドラッグストアは、要するに 食料雑貨店であって、基本的に簡単な買い物であれば何でも用が足せる店である。アリスの 友人となった男が「ドラッグストアの店員」なのは、アリスが自分の孤独を紛らわせるとい う個人的な都合を満たすための相手でしかないことの暗示である。実際、ウィルは物語で最 初に名前が出た後はずっと「ドラッグストアの店員」(“the drug clerk”)という呼称で扱わ れている。

 アリスにとって、ウィルは孤独を解決してくれる相手ではないから、二人の間には、アリ スが暗がりで彼の外套の襞に手を触れる以上のことは何も起こらない。彼女は孤独である。 ウィルに家まで送ってもらって別れた後、「家に入らずに少しの間扉のわきに立っていた」 (63)。再婚した「母の家」(“her mother’s house”)(63) ── 25 歳になったアリスが依然

として精神的な自立を果たしていないことの暗示であろう ── に、自分の居場所を見つけ られずにいたのだ。彼女は孤独を紛らわせるために「玄関の前で、暗がりのなか、自分と一 緒に腰を下ろしてほしい」(63)とウィルに声をかけたかったが、誤解されるのが怖くてで きなかった。しかし、この、ただ一緒にいてほしいということこそ、彼女が本当に必要とし ていることだった。「暗がりのなか」は彼女の孤独のことであり、「玄関」(“porch”)は door のことと考えれば「次の段階へ導くもの」18だから、「玄関の前で」は飽くまでも交際 の次の段階へすすむことなく友人として4 4 4 4 4の意味だろうし、「腰を下ろす」は何もしないでと

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いう意味だ。だが、誤解を恐れたアリスはウィルに何も頼めず、孤独は孤独として心に残る。 そのため、「私が求めているのは彼ではない。……私は一人でいすぎるのを避けたいだけ。 注意しないと人付き合いが不慣れになってしまうから」(63)という彼女の言葉は、強がり ではあるが一種の悲痛さを感じさせる。  27 歳の初秋に、アリスは「激しい興奮に取り憑かれる」(63)。27 は 16 歳から数えると 11 年後であり、11 は「キリスト教では、罪、違反、不節制を表す」19から、アリスの身に 何かよくないことが起こるのだろうと予見される。アリスは「疲れているのに……眠れなかっ た。……彼女はもはやネッドをあてにしてはいなかった。……彼女は内面で次第に高まりつ つある心の叫びに何かが答えてくれること、つまり愛されることを望んだ」(63)。これが、 前段落で語り手がいう「起こりつつあること」(62)だ。  さらに後日、雨降りの晩に、彼女は「予期せぬ体験」をする。彼女は家に帰って「服を脱 いだ」(“undressed”)(63)。表面上は、これは眠る準備だが、この時のアリスにとっては、ネッ ドの妻であるという意識を捨てて抑圧を解放したことを意味する20。「雨粒が窓を打つ音を 聞いているうちに」(63)、彼女は「雨の中に駆け出し」(63)、「冷たい雨が身体を伝うのを 感じていると、彼女は裸で町を駆け抜けたいというひどく馬鹿げた欲求に駆られた」(63)。 ここでの雨は、理性にてらして言えば恵みや豊饒とは言えないが、アリスの女として生きよ うとする本能という観点から言うと再生の力を発揮している。11 年間、愛することも愛さ れることもなく、禁欲的な暮らしをしてきた彼女の満たされなかった不満がある意味で爆発 したものとも言えるし、11 年ぶりの女としての覚醒とも言える。「なぜ私には何も起きない の?なぜ私はここに一人で放って置かれているの?」(63)という言葉から推測すると、彼 女の「裸で町を駆け抜けたい」という衝動は、単に肉体が性的な満足を欲している ── つ まり、彼女の行為は見せることで満足を得る性癖(flashing)とは異なっている ── とい うだけではなく、自分の存在を認めない21周囲に対する「抗議」22でもあり、自分が女とし て確かに生きていることを周囲の人間たちに知らしめたいという願望の現れである。アリス は、自ら「他の男たちと関係をもとうとはしなかった」(60)のだが、強烈な孤独ゆえ、自 分が愛されなかったことに対して被害者意識しかもてなくなっている。そして、何年かぶり に「若さと勇気に満たされるのを感じる」(63)と自分が愛することの出来る人間であるこ とを証明するかのように、家の前を歩く男を見つけて、「その男に向かって走り出し……優 しく声をかけた」(63-64)。「優しく」言った言葉は書かれていない。「待って、……行かな いで」という言葉は大きな声で言い直したものだろう(“cried”)(64)。彼女が「馬鹿げた 行いの結果を考えるために立ち止まることなく」(64)、駆けだし、呼びかけてしまうのは、 庭に駆けだして雨に濡れる4 4 4 4 4時点で既にかなり興奮している4 4 4 4 4 4からだ。また、ストレス下にある 人間はストレスホルモン(コルチゾールやノルアドレナリン)が多量に分泌されて、衝動を 理性で抑制できなくさせることは一般に知られている。心理学的にも「慢性的な孤独は人間

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を惨めにするだけではなく病気にもする」23ことや「世界で完全に孤独だと感じているとき は……自制を失って、私たちは一目散に慰め種に飛びつく。脳の判断力がこのように失われ ることは、失恋した人が後に後悔するようなことをしてしまうというよくある傾向を説明す るものである」24という。  アリスが声をかけた相手は「耳の遠い」(64)老人で、雨が降っていたことも幸いして、 おそらく彼女が裸だったことにも気づかなかったようで、後日、この奇行が町で問題になっ たらしいことは仄めかされていない。しかし、アリス自身は「自分のしたことに恐れおのの いて、……扉に閂かんぬきを掛け、鏡台をずらして戸口をふさいだ」(64)。この記述は、彼女が、以 後、誰に対しても二度と女としての欲求を示すことがないよう「注意して」(“careful”)(64) 生きる決意を象徴的に示すものだ。物語の時は、おそらく、ここで冒頭につながっていて、「静 かな外見」は、このことを言っている。  このように作品を読んでみると、アリスにとっての「真実」は、自分がネッド・カリーと 一緒にいなければいけないとか、自分は彼の妻であるということだけではないように思われ る。22 歳頃は、彼女はネッドが戻ってこないかもしれないということを意識し始めるが、 まだ自分がネッドの妻であることに一種の誇りのようなものを感じている。24 歳頃に木立 で自分は欺かれたのであって幸せにはなれないと悟ったときから、自分はネッドと一緒にい なければいけないという意識は弱くなり、おそらく、以前は誇らしかった「自分はネッドの 妻である」という意識は彼女にとって精神的負担になった。25 歳になっても「ネッドが戻っ て来ても」と考えているのは、本当にそう思っているのではなく、そう思わなければネッド に対する貞節を守れなくなりつつあったからだ。「歳をとっておかしくなりつつある」とい うのは「想像」(63)をめぐらして「空想によって騙される」(63)ことであろう。彼女がメ ソディスト教会に入信したのは、禁欲的な信仰生活を求められる必要があったからだ。27 歳になると、彼女は「もはやネッドをあてにはしていなかった」(63)というから「自分はネッ ドの妻である」という意識はほぼなくなっている。そして、16 歳から一貫して彼女の心の なかにあった欲求が爆発する。それは「自分のかなり狭い生活に何か美しいものを入り込ま せたいという欲求」(59)、つまり、女として幸せになりたいという漠然としてはいるが非常 に強い欲求である。例えば、別の章「母」(“Mother”)のエリザベス・ウィラード(Elizabeth Willard)は、息子との僅かで形式的な「つながり」(“communion”)(11)と、将来彼が何 かを表現できる人間になることを望むだけで、現在自分が幸せになることはほぼ諦めている。 しかし、アリスは、自分が幸せになりたいと願っているのだ。それこそ、彼女の真実である。 その願望は、あの晩に爆発してから、強く抑圧されるようになってしまった。自分は「一人 で生き、死んで行かなければいけないという事実」(64)が彼女の真実になったからだ。し かし、幸せになりたいという願望は完全にはなくなっておらず、「絶え間ない興奮」として「続 いていた」(59)。彼女が、その願望、つまり興奮を抑圧していたのは、ネッドに対する貞節

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による部分もあっただろうが、それよりも、奇行によって社会の居場所を失うことを避ける ためであろう。2 年以上前に欺かれたと悟った相手に対する貞節を守ることの方が、あの奇 行を繰り返さないように自制することよりも重要になるかは疑問である。  最後に、アリスを孤独に追い込んだ要因についてまとめておきたい。これについては、物 語の時代に社会を覆っていたピューリタン的な価値観もしくは男女の社会的地位の不平等に よる女性の不自由さを要因とするのが一般的で25、こうした女性に不利な価値観がアリスの 貞節観念の基礎になっているのは間違いないが、それだけがアリスの孤独の要因であるなら ば、彼女の母親が、アリスと違った生き方をすることは説明できない。アリスの母は、夫の 死後数ヶ月後に受け取った「最初の……寡婦年金」で「機(はた)織機」を買って「絨毯織 りになった」(60)からである。彼女は寡婦年金だけで暮らしを立てるのではなく、自分で 儲けをあげて生活を少しでもよいものにしようとしている。これは当時既に始まっていた、 女性の自立を求める社会風潮と合致するものだ。もっとも、その変化は劇的なものとは言え ないようで、「絨毯」(“carpet”)は一方では「贅沢、最高の権威」を暗示する26が、他方で は「女性的な、女々しい」という意味もあり27、織ること(weaving)も「女性の仕事」と され28、性別によって社会的な地位がなおも制限されるらしいことが暗示されているからで ある。彼女の母が自立した生き方をしようとしている一方で、自立できないでいるアリスの 孤独の要因を考えるのならば、彼女の生まれもった分裂的な性格も考慮されなければならな い。彼女の自分も一緒に都会へ行くという主張からは、かなり激しい気性が読み取れるが、 他 方、 彼 女 に は「 生 ま れ も っ た 自 信 の な さ と 慎 み 深 さ 」(“her natural diffidence and reserve”)(59)があり、それによって「外殻」(“the outer crust”)(59)を自分の周囲に作っ てしまって変化を受け入れにくくする傾向があると推察される。おそらく、目的があって始 めた貯金が習慣になったように、思考や行為が「固定化された習慣」(“a fixed habit”)(61) になりやすいのだ。その分、彼女の内面では手段が目的化しやすく、自分が幸せになるため にはネッドと一緒にいなければいけないという思いが、ネッドと一緒になるためには彼に対 する貞節を守らなければいけないという思いに変わり、貞節を守らないといけないという思 いになったのだろう。そして、あの奇行の後は、彼女は自分が男と親しくならないことに加 えて、あの奇行を繰り返さないようにすることにも「注意して」生きて行くことになるのだ ろう。  アリスを時代の価値観の被害者として読むだけでは不十分なのは、彼女の名前からも推測 される。アリス・ハイドマンの Hindman は「男の後を追う人、男の陰にいる人」、または「回 顧する人、過去に固執する人」を連想させる。つまり、ネッドを思い続ける女、男とは対等 にない女であり、それはアリスそのものである。だが、アリスの母親であるハインドマン夫 人(Mrs. Hindman)はこのような生き方をしてはいない。彼女は、夫が死ぬと最初の寡婦 年金で機はた織機を買い絨毯織り職人になった。彼女はある意味自立した女であって、「過去に

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固執する人」ではない。さらに、夫の死後 3 年経つと再婚して、名実ともに、ハインドマン 夫人ではなくなる。アリスの母親が、アリスと同じような生き方をしていないことが、必ず しも、この時代の女性が広くアリスのような経験をしたわけではないことを示している。そ もそも、自分も一緒に都会へ行くと主張する、「時代の先を行っている」29価値観をもつと グレイによって見なされるアリスが、時代背景だけが要因でこれほどまで貞節観念に縛られ ることになるのは不自然である。アリスの貞節観念による孤独は、アリスの性格も大きな役 割を果たしていると考えるべきである。ただ、ファーストネームにアリスという一般的な名 前を使ったのは、彼女の生き方がかなり奇異であるために、そうすることで、彼女の奇異な 人生が本の世界でしかあり得ない経験にならないように現実的な色彩を加えたということだ ろう。

 この論考は、「大学院紀要」第 49 集(東洋大学大学院、2013. pp.285-297)に掲載された「『オハ イオ州ワインズバーグ』を読む(6)」の続稿である。

1.Sherwood Anderson, Winesburg, Ohio. First Edition. Ed. Charles E. Modlin and Ray Lewis White. (New York: W.W.Norton & Company. 1996) p.7. 以下、本稿における作品からの引用は すべてこの版からのものとし、本文では( ) 内にページ数のみを記すこととする。なお、この「真 実」とは「グロテスクな者の書」(“The Book of the Grotesque”) で、老人が言及する真実のこ とである。老人の考えでは、真実とは一人の人間がひとつまたは幾つかを手にすると、その人 間たちをグロテスクにするものであり、老人は、「それらの人々がそれらの真実のひとつを自分 のために手にして、それを自分の真実と呼び、それに従って生きようとするやいなや、その人 間はグロテスクになり、その人間が抱いた真実は誤りとなる」(7)という。

2.Sherwood Anderson, “Adventure,” 前掲書に同じ。pp.59-64. 英単語としての adventure の第 一義は「冒険」であるが、この adventure は、アリスが意図しない、成り行き上の結果である ため、敢えて「予期せぬ体験」と和訳する。 3.アト・ド・フリース著、山下圭一郎他共訳、『イメージ・シンボル事典』、大修館書店、1991。 なお、『ジーニアス英和大辞典』第 6 版(小西友七、南出康世編集主幹、大修館書店、2001)の brown の欄には「自制などの象徴」とある。) 4.『イメージ・シンボル事典』、既出。

5.Sally Adair Rigsbee. “The Feminine in Winesburg, Ohio.” Winesburg, Ohio.(既出),180. 6.『リーダーズ英和辞典』(第 2 版)、松田徳一郎編集代表、研究社、2002。

7.『イメージ・シンボル事典』、既出。 8.前掲書に同じ。

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10.リグズビーが言う、ネッドとアリスの「つかの間の愛情行為はあまりにも神聖(“so sacred”) だった」とは、このことであろう。(Sally Adair Rigsbee. 既出。p.180)

11.『ジーニアス英和大辞典』、既出。 12.衣服(dress, clothes)、『イメージ・シンボル事典』、既出。 13.ここでいう「雨」は、豊饒や天の恵み(『イメージ・シンボル事典』、既出)の意味はないだ ろう。直後に再びこの語が出てくるところで述べられているように、雨降りの日は客足が少なく、 手持ちぶさたになることが多いのだが、この段階では、「膨大な額のお金を貯めて、自分とネッ ドが金持ちになり、世界を旅して回る」ことを妄想することで少しは心が救われていたという 以上の意味はないであろう。 14.衣服は現実や真実をおおうものであり、欺きを意味する。また、人生の新しい段階に入った ことを示し、特殊な職業や心の状態なども示す。『イメージ・シンボル事典』、既出。 15.前掲書に同じ。 16.キリスト教信仰は本来、死後の救済のために行うものだが、25 歳になって入信したアリスは 禁欲生活を送ることでネッドが自分のことへ戻ってくるかもしれないという淡い期待を抱いて いたかもしれない。 17.婚姻と姦淫については『新約聖書』では、次のように記述されている。マタイの福音書 19:6 「ひとは神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」同 5:32「だれであっても、不貞以 外の理由で妻を離別する者は、妻に姦淫を犯させるのです。また、だれでも、離別された妻と 結婚すれば、姦淫を犯すのです。」ローマ人への手紙 7:2「夫のある女は、夫が生きている間は、 律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。」 3「ですから、夫が生きている間に他の男に行けば、姦淫の女と呼ばれるのですが、夫が死ねば、 律法から解放されており、たとい他の男に行っても、姦淫の女ではありません。」ただし、アリ スが固執する因習的性道徳が、関係をもった男女が必ず結婚しなければいけないということを いっているのであれば、その根拠ははっきりしない。一部には、ジャン・カルヴァン(Jean Calvin)の『キリスト教綱要』第 2 篇 8 章の十戒「あなたは姦淫してはならない」の解説に結婚 以外に男女が合体することは不貞潔であるとすることが書かれているといわれているが、手元 にある同書には、その記述はない。(ジャン・カルヴァン、『キリスト教綱要』、『宗教改革著作集』 9、カルヴァンとその周辺Ⅰ、久米あつみ訳、教文館、1986. ) 18.「扉」(door)、『イメージ・シンボル事典』、既出。 19.前掲書に同じ。なお、不節制は同事典の記述のままである 20.dress については、15 及び 17 で言及済み。(『イメージ・シンボル事典』、既出。) 21.リグズビーは、ワインズバーグの女性は、その社会的役割によって真の存在が覆い隠されて いるために、「目に見えない」(“invisible”)と指摘する。(Sally Adair Rigsbee, 既出。p.178) 22.「裸」(nakedness)は、抗議、特に、社会の異常な状態に対する抗議を表す。『イメージ・シ

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ンボル事典』、既出。

23.John T. Cacioppo and William Patrick. Loneliness. New York: W.W.Norton & Company. 2008. p.34.

24.前掲書に同じ。pp.43-44.

25.例えば、ジェイソン・グレイは「ワインズバーグは……神を畏怖する共同体である」という。(Jason Gray, “Sherwood Anderson’s Winesburg, Ohio,” American Writers Classics, Volume Ⅱ , Ed. Jay Parini. New York: Charles Scribner’s Sons. 2004. p.305.) また、リグズビーは、「アンダソン はワインズバーグの因習的な性的道徳が女性の欲求を満たすことに如何に不利に働くかを描い ている」(Sally Adair Rigsbee, 既出。pp.179-180.) という。この他、花岡秀「『ワインズバーグ・ オハイオ』の空間とグロテスクな人びと」、(『シャーウッド・アンダソンの文学』、髙田賢一、 森岡裕一編著、ミネルヴァ書房、1999. p125.)や藤森かよこ「晴れた宵にはジェンダーの外部が 見える?」、(前掲書に同じ、p.142.)が同様の見解を示している。 26.『イメージ・シンボル事典』(既出) 27.『リーダーズ・プラス』、松田徳一郎編集代表、研究社、2002。 28.『イメージ・シンボル事典』(既出) 29.ジェイソン・グレイ、既出。

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A Reading of Winesburg, Ohio(7):

On Alice’

s Psychological Changes and the Factors of

her Isolation in “Adventure”

SHIMBORI, Takashi

 This is a part of my serialized essay, “A Reading of Winesburg, Ohio,” the aim of which is to define what “truth” is to each main character of respective stories of the book. The narrator of “The Book of the Grotesque” states that “the moment one of the people [main characters of respective stories] took one of the truths to himself, called it his truth, and tried to live his life by it, he became a grotesque and the truth he embraced became a falsehood.” In this installment, “Adventure” is read closely and the truth to the main character Alice Hindman is explicated through the analysis of her psychological changes. My reading also touches upon the factors which force her into such isolation that she feels “a mad desire to run naked through the streets.”

 The truth to Alice Hindman may seem to be her belief that she must cling to Ned Currie or that she is his wife, but, in fact, that is insufficient as the interpretation of this story. At the age of 22, she begins to feel that Ned might not return to her, and still she seems to be proud that she is Ned’s wife. When she is nearly 24, Alice is mentally burdened by her belief that she can “never marry another man” and that she “will never find happiness,” because at the age of 16 she had become the lover of Ned.” When she is 25, she still thinks “if Ned comes he will not want me” and is “determined in her loyalty to Ned.” However, it does not follow that she is waiting for him. All her attitude means is that she cannot be faithful to Ned without forcibly inducing herself to think that she is his wife. She has “become frightened by the loneliness of her life” and feels that she is “becoming old and queer.” That is why she becomes a member of the Methodist Church. In other words, she needs to conform herself to ascetic life practiced in this sect. Otherwise, she would have to try to deceive herself “by fantasies.” When she is 27, she no longer depends on Ned, which means that she can no longer believe that she is his wife. A desire, which has consistently existed within her for eleven years, gets out of control. This is “her desire to have something beautiful come into her rather narrow life,”

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or her rather vague but very strong desire that she wants to be loved. This fundamental desire has not been satisfied for so long, that she is possessed by the “mad desire to run naked through the streets.” This desire not only shows her need to be loved but also her subconscious resistance to the men in the town who have shown no affection to her though she has had nothing to do with them intentionally. Therefore, it turns out that Alice’s “truth” is her consistent desire to be loved or to lead a happy life.

 It has widely been asserted that the factors that force Alice into such isolation are the conventional Puritanical values and the social inequality between men and women in America at that time. These explanations are correct to some extent but they fail to take into consideration Alice’s dissociative character. She is passionate and ahead of her time in that she wants to elope with Ned, but she clings to the conventional sexual mores in that she feels she can never marry another man. Additionally, she has “her natural diffidence and reserve” and “the outer crust” around her, both of which probably make it difficult for her to accept changes. It is possible that, within her, an idea or a behavior can easily become “a fixed habit.” That is why she comes to believe she must be faithful to Ned. Alice’s character is also alluded to by her family name, “Hindman.” It connotes “a person who is behind a man or follows a man” or “a person who looks behind or clings to the past.” This describes Alice. Conversely, her mother does not lead a life similar to Alice’s. She buys “a loom” with “the first money” of her “widow’s pension” after her husband’s death. Three years later, she marries another man, which means that she is no longer Mrs. Hindman, both in name and reality. Unlike Alice, she seems to be an “independent” woman. Therefore, one of the factors that must be taken into account

参照

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