網膜変性疾患の原因遺伝子の探索に関する研究
著者
押川 未央
学位授与大学
東洋大学
取得学位
博士
学位の分野
工学
報告番号
甲第232号
学位授与年月日
2009-03-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003955/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja一︶ ー
網膜変性疾患の原因遺伝子の探索に関する研究
バ イ オ ・ 応 用 化 学 専 攻 押 川 未 央 眼は遺伝性疾患の症状が出やすい組織である。遺伝性眼疾患には原因が不明で治療が困難ないわゆる難病が多い。網膜変性を引き起こす網膜色素変性症(retinitispigmemosa;RP)もその1つで
ある。網膜は光を感知して視覚情報を脳に伝達する重要な組織であり、RPでは網膜の中の視細胞 が主に変性することにより、徐々に視力が低下していき失明に至る。実際、これまでに報告されて いるRPの原因遺伝子の多くは視細胞で発現する遺伝子である。しかし、網膜には視細胞以外にも様々な細胞が存在する。その中でも特に視細胞に隣接する網膜色素上皮細胞(retinalpigment
epithelium;RPE)は視細胞と共に視物質の代謝を行い、さらに光暴露によって損傷を受ける視細
胞外節を貧食するなど視細胞の機能維持に必要不可欠な組織である。それにも関わらず、これまで RPをはじめとする網膜変性疾患の原因遺伝子探索は視細胞を中心に行われており、RPEではほと んど行われていなかった。そこで本研究ではRPEに特異的に発現する遺伝子に着目し、この中か ら網膜変性に関連する遺伝子の探索を行うことを目的とした。そのために、まずRPEに発現する 遺伝子を網羅的に収集し、その中からRPEに特異的もしくは優位に発現する新規遺伝子を選抜し た。得られたRPE特異的遺伝子を網膜変性疾患に関連する候補遺伝子として、機能解析およびRP 患者のゲノムを用いた変異スクリーニングを行った。 ( (1)RPEに発現する遺伝子の網羅的収集 日本ではヒトの組織の入手は難しく、また組織を入手できてもRPEだけを分離することは困難 である。一方、株化細胞を用いれば容易に単一細胞種に発現する遺伝子を収集できると考えられる。 そこで本研究ではRPEとしてヒト網膜色素上皮細胞株ARPE-19を使用した。ARPE-19細胞から 抽出したtotalRNAを使用して、ベクターキヤッピング法により完全長cDNAライブラリーを作 製し、ARPE・19細胞に発現する遺伝子を網羅的に解析した。 他の細胞や組織から取得されていない遺伝子はRPEに特異的である可能性が高いと考え、ヒト の遺伝子データベースに登録されていない遺伝子の収集を行った。ARPE・19細胞のcDNAライブ ラリーから取得した24,000クローンの5'末端塩基配列解析を行った結果、4,513種類の転写産物 を同定した。そのうち2,221種類の遺伝子はたった1クローンしか取得されておらず、このライブ ラリーの複雑度が極めて高いことが示された。さらにデータベースに登録されていない遺伝子を 143種類取得することができ、これらの中にはRPEに特異性を有する遺伝子が含まれると考えら れた。霞
(2)RPE特異的遺伝子の取得 ARPE・19細胞のcDNAライブラリーから取得したヒト遺伝子データベースに未登録の遺伝子の うち、21種類の遺伝子の全長塩基配列解析を行った。それらの塩基配列からオープンリーディン(
(
工
ー ー グフレーム(ORF)を調べ、タンパク質をコードすると予測される5クローンを選抜した。 ライブラリーの作製に用いたARPE・19細胞の他、ヒト網膜芽細胞腫細胞株Y79、ヒト胚性癌細 胞株NT2/D1、ヒト繊維肉腫細胞株HT・1080、ヒト子宮頚癌細胞株HeLaS3の5種類の株化細胞 からtotalRNAを抽出し、RT・PCRにより細胞特異性を調べた。その結果、ARPE-19細胞に特異的もしくは優位に発現する遺伝子が2種類得られた。Expressionsequencetag(EST)データベー
ス検索をしたところ、1つは完全に新規の遺伝子であったため、RPEに特異的な遺伝子である可能 性 が 高 い と 考 え ら れ た 。 し か し 、 G F P 融 合 タ ン パ ク 質 を 用 い た 局 在 解 析 で は タ ン パ ク 質 の 発 現 が 認められず、また既知の遺伝子と配列の一部がアンチセンスで重なるため、タンパク質をコードし ていないと推測された。もう1つの遺伝子はいくつかの組織からESTが取得されていたが、眼に 多く発現することが示された。RT・PCRの結果、ARPE・19細胞には多く発現しているが、視細胞由来のY79には全く発現していないことから、眼の中でもRPEで優位に発現することが推察され
た。この遺伝子は現在、arylsulfatasel(ARSI)という名前でデータベースに登録されている。
ARSIは既知のスルファターゼarylsulfataseB(ARSB)と高い類似性をもつパラログ遺伝子であり、またarylsulfataseA(ARSA)とも類似が見られた。これらのスルファターゼはリソソーム
に局在し、酸性条件下でエステル硫酸を加水分解する酵素である。これらの遺伝子の変異によって、 スルファターゼ活性が失われるとリソソーム蓄積症の原因となる。リソソーム蓄積症の中にはRP のような網膜変性を併発することが知られているため、これらのスルファターゼに類似するARSI はRPEに優位に発現することからも網膜変性に関与する可能性が高いと考えられた。よって、本 研究ではARSIを網膜変性疾患の原因遺伝子候補として機能解析および変異探索を行うこととした。 (3)ARSIの機能解析 ヒトのスルフアターゼは17種類存在し、それらの活性部位は高度に保存されている。ARSIは それらの中で酵素活性が報告されていない新規スルファターゼの1つである。ヒトのスルファターゼはsulfatasemoaifjjingfactorl(SUMF1)によって、活性中心のシステイン(Cys)がホルミル
グリシン(FGly)へと翻訳後修飾される事で酵素活性を示す。このCysからFGlyへの転換はフォ
ールデイング前に小胞体で生じるため、スルファターゼの活性測定を行うためには動物細胞を用い る必要がある。そのため本研究ではもともとARSIを発現しているARPE-19細胞を用いてARSI の機能解析を行った。 FLAGタグを融合させたARSIの細胞内局在を調べたところ、ARSIはリソソームではなく、小 胞体(ER)に局在していることが示された。したがって、ARSIはリソソーム酵素ではないので、 活性の至適pHが酸性ではないと推測された。そこで、細胞抽出液を用いてpH5・9の間で4・methylumbelliferylsulfate(4・MUS)を基質とした活性測定を行った。しかし、細胞抽出液では
ARSIの発現による有意な活性を検出できなかった。そこで、ARSIが細胞外に分泌されている可 能性を考慮し、培養上清を用いた活性測定を行うことにした。その結果、ARSIとSUMF1を共発 現させた細胞の培養上清において、明らかなアリルスルファターゼ活性が検出された。一方、ARSI一︸ ー の活性中心のCysをSerに置換したものには活性がなく、ARSIもその他のスルファターゼと同様 にSUMF1によるCysのFGlyへの転換によって活性化されることが証明された。 細胞内ARSIタンパク質の生産量は非常に少なく、活性を示した培養上清でもほとんど検出でき なかった。そのためトリクロロ酢酸(TCA)を用いてタンパク質を沈殿させたところ、培養上清に ARSIを検出することができた。このことから、ARSIは非常に不安定なタンパク質でERや培養 上清中で速やかに分解されていることが示唆された。