ISSN 2186 − 3989
北 陸 大 学 紀 要
第50号(2021年3月)抜刷
ニュースの文字言語における要点の省略について
轟 里香
On Deleted Important Elements of Written Expressions
Used in Japanese News Programs
北陸大学紀要 第50 号(2020) pp.47~65 〔原著論文〕
ニュースの文字言語における要点の省略について
轟 里香
*On Deleted Important Elements of Written Expressions
Used in Japanese News Programs
Rika Todoroki
*Received December 23, 2020 Accepted January 1, 2021
Abstract
The present article is a study of linguistic phenomena which occur in Japanese TV news programs. I shall examine sentences which lack important elements. Those elements include grammatically required arguments and important information.
I show (Todoroki 2013) that sentences lacking important elements often appear as the first sentence of each news story in the spoken language in TV news programs. In the language used in those programs, important elements are often moved rightward in various ways. In a typical case, the first sentence of one news story lacks important elements, which appear in the following context gradually.
In this article, I show that expressions lacking important elements appear not only in the spoken language but also in the written language used on the TV screen. I concentrate on a consideration of the examples which appear in the list of news stories on the TV screen. I compare those written expressions with examples which are used in the spoken language in TV news programs, and with examples in the language used in newspapers and in the list of news stories on the Internet. Moreover, I show that some written expressions used in Japanese TV news programs are similar to examples in the list of news stories on the Internet, and which factor causes the similarities.
導入
本論文は、日本語のニュースで用いられる文字言語における要点の省略について考察する。 日本語のニュース番組1において見られる言語現象の中に、文の要点や必須の要素を省略した り後ろの方に動かしたりする現象がある。轟(2007)はこのような言語現象を「要点の後置・省 略」と呼んでいる。 轟(2007)は、主に音声言語における省略を議論の対象としている。一方、近年のニュース番 組においては、音声言語だけでなく、画面上で用いられる文字言語においても、しばしば省略が *北陸大学国際コミュニケーション学部 Faculty of International Communication,Hokuriku University行われる。 本論文は、近年のニュース番組の文字言語における省略という現象を、音声言語における省略 と比較する。そしてこれらには、省略されている情報の種類やその補われ方に類似点があるとい うことについて考察する。また、ニュース番組における省略を含む文字言語と新聞やインターネ ットにおける見出しとを比較する。そして、近年のニュース番組における文字言語が、インター ネットにおける見出しと類似性を持つことを指摘し、その背後にある要因を明らかにする。 本論文では、「要点の省略」と「要点の後置」を次のように定義する。まず、文法的に必須の 要素や、その時点で通常必要とされる重要な情報が欠けている言語表現を用いることを、「要点 の省略」と呼ぶ。次に、「要点の省略」で省略された要素が、後方で言語表現として出現してい る場合、要点が後置されているとして扱う。ニュースにおいては、多くの場合、省略された要素 は後方で言語表現として出現するが、中には、言語表現以外の方法で補われる場合もある。この 点に関しても本論文中で考察する。 本論文の構成は次のようなものである。2 節では、近年のテレビニュースにおいて文字言語の 省略という現象が生じていることを指摘する。3 節では、ニュースで使用される音声言語におい て、文の要点や必須の要素を省略したり後ろのほうに動かしたりする現象、および、省略された 情報の補足について、轟(2007, 2013, 2014a, 2014b, 2015b)の議論を概観する。4 節では、ニ ュースの画面上に現れる文字言語において、要点の省略とその補足が生じていることと、音声言 語における要点の省略およびその補足とを比較する。5 節では、インターネットの見出しにおけ る省略とその補足について述べる。6 節では、ニュースの画面上に現れる文字言語を、インター ネットにおける見出しと比較し、近年のニュース番組における文字情報における省略が、インタ ーネットにおける見出しと類似性を持つことを明らかにする。また、このような要点の省略の背 後にある要因が、音声言語における省略を引き起こしている要因と共通していることを指摘す る。7 節では、本論文の議論のまとめを行う。
テレビニュースにおける文字言語における省略
現在、ニュース番組において、その日に扱うニュースの項目のリストを番組の冒頭で(また番 組の途中、項目が移る時点でも)画面に出すことが行われている。そのリストの文字言語におい て、しばしば要点の省略が行われる。以下で、NHK の代表的なニュース番組である「ニュース 7」における例を挙げる2。これらは、それぞれの放送日に画面に出たニュース項目のリストであ る。ここでは、文字の見え方も重要であると考えられるため、スペースもできる限りデータに近 い形で再現している。 (1) 米中対立激化 日本企業は 消費増税・同日選は “戦争発言„丸山議員 除名に 復活のホームラン 大阪歓喜!初の世界遺産へ 俳優 京マチ子さん死去 (「ニュース7」NHK、2019 年 5 月 14 日放送)3 (2) 接待伴う従業員“検査を„ 通勤電車 感染対策は 議事概要 今後は発言者明記 米首都で最大規模 香港広がる“無力感„ アーモンドアイ 記録ならず (「ニュース7」NHK、2020 年 6 月 7 日放送) (3) バイデン氏ついに当選確実 勝利宣言“分断でなく結束を„ どう変わる?日本は 世界は 秋篠宮さま 立皇嗣の礼 専門家「明らかに増加傾向」 巨人坂本2000本安打 (「ニュース7」NHK、2020 年 11 月 8 日放送) (4) “第 3 波と考えていいのでは„ 東京317 人大阪過去最多 256 人 女川原発再稼働に地元同意 世界初「レベル3 実用化」 菅首相とあすにも電話会談 民主派議員が抗議の辞職 (「ニュース7」NHK、2020 年 11 月 11 日放送) これらのリスト中には、様々な要素が省略されている言語表現が含まれている。例えば、(2) の「米首都で最大規模」という表現においては、何が「最大規模」なのかが省略されている。 また、(4)の「菅首相とあすにも電話会談」は「だれが」という情報が省略されている。 このような省略を含む例を、次のような新聞の見出しの例と比較してみよう。 (5)米大統領選全州で勝敗判明 (朝日新聞 2020 年 11 月 15 日 1 面) (5)において示されている見出しは、記事の内容の「米大統領選が全州で勝敗が判明した」 を伝えているものである。省略されているのは、下線部の助詞や屈折語尾である。このような 要素を省略するのは、限られた文字数で内容を表すためであり、新聞の見出しにおいては通常 行われることである。 テレビニュースにおいても、新聞の見出しと同様の省略が行われる場合がある。例えば、 (1)の「俳優 京マチ子さん死去」においては、「俳優の京マチ子さんが死去した」の下線部 が省略されているとみることができる。省略されているのは、下線部の助詞や屈折語尾であ る。ここでの省略は、新聞の見出しと同じように、限られた文字数で内容を表すことが目的で あると考えられる。 しかし、テレビニュースのニュース項目リストにおける省略は、助詞や屈折語尾の省略にと どまらない。どのような情報かを理解するために必須の要素の省略も行われている。新聞の見 出しにおける省略は、記事の内容を限られた文字数で簡潔に伝えることを目的とするが、情報 の理解に必須の要素の省略は通常行われない。テレビニュースに見られる、情報の理解に必須 の要素の省略は、限られた文字数で内容を表すという以外の目的があると考えられる。 (1)から(4)においては、どのような情報かを理解するために必須の要素の省略が含まれ ているが、このような省略が行われていないテレビニュースもある。以下にそのような例を挙
げる。 (6) 米大統領選 バイデン氏 勝利宣言“融和を„ トランプ大統領 法廷闘争 続ける姿勢 秋篠宮さま「立皇嗣の礼」一連の儀式終わる タイ 若者たちが大規模デモ“首相辞任を„ 仏・伊1日の感染者最多に 感染拡大止まらず3 (「BS ニュース」NHK、2020 年 11 月 8 日 22 時 50 分放送) (7) トランプ大統領支持者 首都で大規模集会 “ECMO など不足„治療中止の注意点を提言 オーストリア 日中も外出 大幅制限へ RCEP インド除く 15 か国で合意へ 香川県 今月 5 例目 鳥インフルエンザ検出 ミャンマー総選挙 スー・チー氏与党が圧勝 (「BS ニュース」NHK、2020 年 11 月 8 日 22 時 50 分放送) (6)(7)は、BS で放送されたニュースの例である。これらにおいては、新聞の見出しのよう に、省略されているのは助詞や屈折語尾であり、どのようなニュース項目なのかが、文字が表 す情報だけで分かるようになっている4。
テレビニュースの音声言語における要点の省略とその補足
本論文は、近年のニュース番組の文字言語における省略という現象を、音声言語における省略 と比較する。そのため、この節では、ニュースで使用される音声言語において、文の要点や必須 の要素を省略したり後ろのほうに動かしたりする現象について、轟(2007, 2013, 2014a, 2014b, 2015b)の議論を概観し、本論文の議論との関連付けを行う。述部の省略
テレビニュースの音声言語では、文中の様々な要素が省略される。 そのような省略の一つとして、文法的に必須の要素である述部が完全に省略されている文が 音声言語でしばしば用いられる。以下のような例である5。 (8) a. 民主党の対案の提案に対し、与党は。 b. 一方他の野党からは。 c. 福田総理大臣は。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2007 年 12 月 21 日放送、轟 2008:125) (9) 専門家は。 (「ニュース7」NHK、2013 年 11 月 17 日放送、轟 2013:170)5 (10) a. 閣僚や自民党内からも。 b. 鈴木議員は自らの進退について。 c. これに対して地元の町長は。 d. さらに黒幕説も。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2014 年 6 月 23 日放送、轟 2014b:82) (11) a. 容疑者の逮捕に住民たちは。 b. 引っ越す予定だった新築のアパートが火事になり、その後入居した女性は。 (「ニュース7」NHK、2014 年 12 月 1 日放送、ibid.,82) これらの例では、述部が完全に省略されている文が使用されている。現在のニュースでは、日常 化しているタイプの文である6。
要点を後方に移動する構造
ニュースにおいて文の述部以外の要素が省略される場合もある。次の(12)から(24)では、 (8)から(11)とは違って述部は存在するものの、文のその他の様々な要素が省略されている。 これらの文は、それぞれ、談話の冒頭の文として用いられたものである。 (12)ほぼ 4 年 3 ヶ月ぶりの復活です。 (「ニュース7」NHK、2010 年 10 月 5 日放送、轟 2010:102) (13)我が家でも飼っています。 (「ニュース7」NHK、2011 年 6 月 24 日放送、轟 2013:170) (14)願いをかなえる研修会です。 (「ニュース7」NHK、2011 年 11 月 12 日放送、轟 2011:4) (15)700 万円払った部下もいました。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2007 年 12 月 21 日放送、轟 2008:125) (16)洪水の被害はいつまで続くのでしょうか。 (「ニュース7」NHK、2011 年 11 月 12 日放送、轟 2011:5) (17)早くも梅雨入りです。 (「ニュース7」NHK、2013 年 5 月 27 日放送、轟 2013:170) (18)中国でも人気です。 (「ニュース7」NHK、2014 年 11 月 28 日放送、轟 2014b:83) (19)むしゃくしゃしてやった。 (「ニュース7」NHK、2014 年 12 月 1 日放送、ibid., 83) (20)雪の中、暖房の効かない列車に 8 時間近く閉じ込められました。 (「ニュース7」NHK、2014 年 12 月 3 日放送、ibid., 83) (21)大型連休最終日の今日、大きな事故につながりかねないトラブルが起きました。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2013 年 5 月 6 日放送、轟 2015b:43) (22)巨大な自動車運搬船が関係した可能性が出てきました。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2013 年 6 月 24 日放送、ibid., 43) (23)地域によっては出産ができなくなるかもしれません。 (「おはよう日本」NHK、2014 年 12 月 1 日放送、ibid., 43)(24)今年 3 月期 1200 億円の黒字の見通しが、一転して 378 億円の赤字です。 (「ニュース7」NHK、2015 年 9 月 7 日放送、ibid., 43) これらの文はいずれも、談話の冒頭の文としては違和感がある。これは、文法的基準を破って いることによる。統語論の観点から言えば、Chomsky(1981)で提案されたθ基準の違反が 存在している。例えば、(13)では、動詞「飼う」がもつ意味役割の一つが付与されるべき項 がない。θ基準では、項と意味役割は一対一対応の関係になければならず、いかなる項にも付 与されない意味役割が存在することは禁じられている。この基準を破ると、次のように非文法 的な文となる。
(25)*John put on the table. (中村、他 1989:77)
(26)*ジョンはテーブルの上に置いた。(轟 2013:170) (25)では、動詞 put がもつ意味役割の一つである Theme が付与されるべき項がない。同じよ うに、(26)でも、動詞「置く」がもつ意味役割の一つが付与されるべき項がない。したがって、 (25)(26)はθ基準違反となり、母語話者が違和感を感じるものとなる。このように、これら の文が違和感を生むことが説明される。 ニュースにおける言語使用例を見ると、文法的基準に違反した(26)のような文が出現してい ることが分かる。例えば、(13)では、動詞「飼う」の目的語が省略されることによって、「飼う」 の目的語に付与される意味役割に対応する項が存在しないことになる。 また、(15)にある「部下」という名詞は、初出時には「だれの」を表す情報を必要とする7が、 (15)ではそれが省略されている。 「いつ」「どこで」などの情報が省略されている場合もある。これらは、従来ニュースで必要 とされていた、いわゆる5W1H に属する情報である。例えば、(17)では、「どこで」梅雨入り したのかが省略されている。 (12)から(24)の例では、文脈を見ると、省略されている要素が後に明らかにされる構造に なっている。以下は、これらの例のうちの幾つかとその後に続く文脈を示したものである。 (27)(cf.(13)) 我が家でも飼っています。子供たちが触っているのはカブトムシです。この 施設ではおよそ1 万匹が放し飼いにされています。明日のオープンを前に地 元の子供たちが招かれました。仲良く遊んでね。 (ibid., 175) (28)(cf.(15)) 700 万円払った部下もいました。神奈川県警察本部の警視が関与した疑いが 出ている霊感商法事件で、この警視は、部下の警察官を霊感商法が行われて いたサロンに勧誘したり、投資話を持ちかけて金を集めていたことがわかり ました。 (ibid., 172) (29)(cf.(16)) 洪水の被害はいつまで続くのでしょうか。タイは、満潮のときの潮位が特に 高くなる大潮を再び迎えました。被害が長期化する中、タイのスラポン外相 と会談した玄葉外務大臣は、日系企業の操業を早期に再開させるため、タイ 政府の協力を要請しました。 (「ニュース7」NHK、2011 年 11 月 12 日放送、轟 2011:5)
7 (30)(cf.(18)) 中国でも人気です。ずらりと並んだ日本の漫画。中国北京の大学に、専門の 閲覧室がオープンしました。日本文化への理解を深めてもらおうと、日本の 明治大学が協力しました。 (「ニュース7」NHK、2014 年 11 月 28 日放送、轟 2015b:44) (31)(cf.(19)) むしゃくしゃしてやった。逮捕された 22 歳の男はこう供述しているという ことです。建築中の住宅を狙った東京多摩市の連続放火事件。男は一件目の 事件の直前にガソリンを購入し、容器に入れていたことが警視庁への取材で 分かりました。複数の現場からはガソリンや灯油が入った容器が見つかって いて、警視庁はいずれの事件でも油を準備して火をつけたと見て捜査してい ます。 (「ニュース7」NHK、2014 年 12 月 1 日放送、轟 2014b:90) (32)(cf.(20)) 雪の中、暖房の効かない列車に 8 時間近く閉じ込められました。今朝山形市 と仙台市を結ぶJR 仙山線で雪の影響で停電が発生し、およそ 300 人を乗せ た快速列車が動けなくなりました。ようやく動き出したのはおよそ8 時間後 でした。 (「ニュース7」NHK、2014 年 12 月 3 日放送、ibid., 91) (33)(cf.(21)) さあ、大型連休最終日の今日、大きな事故につながりかねないトラブルが起 きました。ご覧の映像は、大分空港を離陸し、大阪に向かう日本航空の小型 ジェット機。この旅客機が、大阪空港着陸直後にエンジン火災を起こしまし た。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2013 年 5 月 6 日放送、轟 2013:171) (34)(cf.(22)) では、次です。巨大な自動車運搬船が関係した可能性が出てきました。こち ら、きのう宮城県沖で発見されたマグロ漁船の船首部分です。船長は今も行 方不明のままです。当時現場海域を外国船籍の自動車運搬船が航行していた ことが分かり、海上保安本部が詳しい状況を調べています。宮城県金華山の 沖合300 キロ。浮かんでいるのは、2 つに割れた漁船。その船首部分です。 さらに、離れたところには、沈没しかかった船尾部分。高知県須崎市のまぐ ろはえ縄漁船、第七勇仁丸が2 つに割れていました。きのう午前 10 時過ぎ、 遭難信号を発信。船長の義澤宏志さんが行方不明となっています。海上保安 本部によりますと、救助された乗組員は、自分たちの漁船に大きな船が衝突 してきたと話しているということです。 (「ニュースウォッチ9」NHK、2013 年 6 月 24 日放送、ibid., 171) (35)(cf.(23)) 地域によっては出産ができなくなるかもしれません。出産を扱う産科の医師 の数について、先月、衝撃的な予測が発表されました。(日本産婦人科医会会 長の会見の映像と音声が挿入される。)産科医は今後10 年で東京など都市部 では増える一方で、地方都市では大幅に減るなど、地域間の格差がさらに広 がると見られています。 (「おはよう日本」NHK、2014 年 12 月 1 日放送、轟 2015b:44) (36)(cf.(24)) 今年 3 月期 1200 億円の黒字の見通しが、一転して 378 億円の赤字です。不 正な会計処理が発覚し、二度にわたって決算発表の延期に追い込まれる異例 の事態となっていた大手電機メーカーの東芝は、過去の決算を修正して発表 しました。 (「ニュース7」NHK、2015 年 9 月 7 日放送、ibid., 44) いずれの例も、冒頭の文に続く部分を見ると、冒頭で省略された要素が続く部分で述べられてい
る。結果として、省略された重要な要素が後方へ移動されることになる。 このように、ニュースにおいて冒頭の文で省略された重要な要素は、しばしば後方に移動され る。このような構造は文学作品でとられる構造と類似している。以下の新聞記事は、文学作品の このような構造の一例を示している。 (2013 年の芥川賞の)受賞作「爪と目」は、妻を亡くした男性と同居を始めた愛人と、亡く なった妻の幼い娘との間に漂う、不穏な緊張感を描いた物語。受賞時、書き出しの一文が話 題をさらった。「はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は『君とは結婚でき ない』と言った」――。思わず読み直してしまうような違和感は、「わたしは三歳の女の子 だった」という説明で「娘が語り手なのか」と解消されるけれど、怖いのはそこから。幼い 「わたし」が年上の「あなた」の行動を淡々とつづる文章は、愛人が常に娘から監視されて いるような不気味な錯覚を生み、その先に壮絶なラストシーンが待ち受ける。 (「どう書くか 沈黙の1 年」朝日新聞 2013 年 11 月 30 日、轟 2013:172) この小説の冒頭の文は、「思わず読み直してしまうような違和感」を生んでいる。これは、「あな た」とは誰なのか、「父」とは誰の「父」なのか、など、重要な要素が省略されているためであ る。そのようにして生み出される「違和感」が、その後の説明で「解消される」という構造にな っている。 このような小説の構造と、ニュースの音声言語でしばしば取られている構造は、次のように比 較することができる。この小説の冒頭の文は、「違和感」を生むが、これは必須要素の省略を含 んでいるためである。ここで省略されている要素の一つとして、「父」が誰の「父」なのかとい う情報がある。一方、次の(37)は(38)のニュースの冒頭の文であるが、「部下」がだれの「部 下」なのかという情報が省略されている。 (37)(=(15))700 万円払った部下もいました。 (38)(=(28))700 万円払った部下もいました。神奈川県警察本部の警視が関与した疑いが出 ている霊感商法事件で、この警視は、部下の警察官を霊感商法が行われていた サロンに勧誘したり、投資話を持ちかけて金を集めていたことがわかりました。 (38)を見ると、冒頭の文で省略されている、「部下」がだれの「部下」なのかという情報が、 その後次第に明らかにされていくという構造になっている。一方、先に述べた小説では、冒頭の 文で省略されている「父」が誰の「父」なのかという情報が、続く説明で明らかにされていくと いう構造になっている。小説・ニュースの例両方とも、冒頭で要点の省略が行われ、その後それ を明らかにするという仕方で、要点の後方への移動が行われている。この点において、これらの ニュースと小説で取られている構造は類似していると言える。 小説において冒頭文における省略が行われることの目的について、次のように述べた文章が ある。 藤沢周平の小説は、最初の一文を読むと、次を読まずにいられない。(中略)「誰かに見られ ている、と思った」と始まる「おつぎ」のように、そう認識する主体を出さない入り方も読 者を引き込む。「とっさに背を向けたが間にあわなかった」という「晩夏の光」の冒頭文は さらに極端で、情報の空白を追って読者は身を乗り出す。 (中村(2014)、轟 2014a:38)
9 ここで、「情報の空白を追って読者は身を乗り出す。」とあるように、小説の場合、冒頭で「情報 の空白」をつくることによって、読者を引き込むことを意図していることが分かる。このように、 読者の心に働きかけることが小説の構造の目的である。 ここで述べられている「情報の空白」は本稿で議論している要点の省略に対応するものとみな すことができる。「情報の空白」をつくることはすなわち要点を省略することである。これを冒 頭で行い、その要点を後で示すという形で要点の後方への移動を行うことになる。ニュースにお いて冒頭の文で要点の省略が行われるということは、すなわち、小説に似た構造をニュースで取 るということである。
音声言語において省略された情報の補足
テレビニュースは、言語や映像など様々な記号で成り立っている。また、言語にもアナウンサ ーの語りのような音声言語と画面上に文字の形で現れる言語がある。それで、音声言語に省略が ある場合、音声言語以外の記号を含む様々な方法で省略された情報を補足するという可能性が ある8。このような補足をどのように行っているか(あるいは行っていないか)に関して、轟(2013) は、複数のパターンがあることを指摘している。そのうちの一つに、文の一部を映像で置き換え るというものがある9。 (39)(=(8))a. 民主党の対案の提案に対し、与党は。 b. 一方他の野党からは。 c. 福田総理大臣は。 表1 映像 画面上の字幕 音声 発話者 開始時刻 福田 総理 大臣 と記者たち 左上「民主党が対 案 提 出 新 テ ロ 対策特措法は」 「福田総理大臣は。」 ナレーター10 21:07:32 福田総理大臣 左上「民主党が対 案 提 出 新 テ ロ 対策特措法は」 右上「福田首相」 下 部 に 音 声 と 同 じ内容の字幕 「 ち ょ っ と 拝 見 し ま し た が、わからないですね、よ くわからない。(以下、筆者 による略)」 福田総理大臣 21:07:34 (轟 2008:126) (39)のような例では、統語的には「福田総理大臣は次のように述べました。」等と言うべきとこ ろを、述部が完全に省略されている。(39a-c)の言語表現が現れた場面を比較すると、非常に類 似したパターンがある。表1は、(39c)が現れた場面の映像、画面上の字幕(および字幕が画面 のどのあたりに現れたか)、音声の現れ方を示したものである。表1 の右端の列は、録画した DVD の時間によるその場面のおおよその開始時刻を表している。 表1 が示すように、ここには次のようなパターンが存在している。①ナレーターの「○○は」(「福田総理大臣は」)というナレーションとともにその人物(福田総理大臣)が映像で登場する。 ②画面の右上にその人物が誰かを示す字幕(「福田首相」)が出る。同時にその人物(福田総理大 臣)の発話が開始される。これとほとんど同じパターンで(39a,b)も出現している。つまり、(39) のような表現は、当時のこのニュース番組の中でパターン化されていることがわかる。 言語的には、このような例は次のようにみなすことができる。(39c)に相当する省略を含まな い形は、「福田総理大臣は『○○○』と述べました。」となる。これが、文として省略を含まない 形である。(39c)を含む一連の流れでは、(39c)の下線部を、映像と実際の福田総理大臣の発話 で置き換えているとみなすことができる。言い換えると、「福田総理大臣は」という音声言語と、 福田総理大臣のインタビュー映像・音声とを合体させて、「福田総理大臣は『○○○』と述べま した。」という完全な文と同じ働きをさせようとしていることになる。 同様のことは、(40)の例に関しても当てはまる。 (40)(=(9))専門家は。 表2 は、(40)に関し、この言語表現が現れた場面での映像、画面上の字幕、音声の現れ方を示 したものである。表2 を表 1 と比較すると、(39c)と(40)はほぼ同じパターンをとっているこ とが分かる11。表1、表 2 に示した(39)(40)のパターンは、2020 年度現在、非常に一般化し ており、「・・・は次のように述べました。」のように下線部が表現されることはほとんどない、 と言ってもいいような状況となっている。 表2 映像 画面上の字幕 音声 発話者 開始時刻 専 門 家 と イ ン タビュアー(後 姿) 左上「ストーカー の危険度 チ ェ ッ ク シ ー ト で判定へ」 「専門家は。」 ナレーター 19:14:19 専門家 左上「ストーカー の危険度 チ ェ ッ ク シ ー ト で判定へ」 右上(縦書き)「ス ト ー カ ー 問 題 に 詳しい 千葉大学大学院 後藤弘子教授」 下 方 に 発 話 が 文 字で出る (発話、内容は省略) 専門家 19:14:23 (轟 2013:174) このように、3.1 節で述べた、文の述部が省略される例では、省略された情報を多くの場合映像 で置き換える形で補っている。
11 らかにしていく、という構造をとる。 (41) (=(15))700 万円払った部下もいました。 (41)の文は、このニュース項目の第一文である。以下の(42)は、(41)の文を含む一連の文 を示したものである。(括弧中は、映像で字幕が出た時点の説明である12。) (42) 700 万円払った部下もいました。神奈川県警察本部の警視が関与した疑いが (字幕「〝霊感商法〟警視が部下の警察官を・・・」が画面に出る) 出ている霊感商法事件で、この警視は、部下の警察官を霊感商法が行われていたサロン に勧誘したり、投資話を持ちかけて金を集めていたことがわかりました。」 (「ニュースウォッチ9」NHK、2007 年 12 月 21 日放送、轟 2008:125) 前節で述べたように、(42)の第一文「700 万円払った部下もいました。」は、ニュースの内容を つかむには情報量が著しく不足している。その後出た字幕「〝霊感商法〟警視が部下の警察官 を・・・」も「・・・」の部分が省略されているが、第一文が出現した段階ではその字幕さえも 出ていない。したがって、第一文「700 万円払った部下もいました。」を聞いた段階では、何の ニュースなのか視聴者がつかむのは困難である。アナウンサーの言葉が進むにしたがって次第 に状況が明らかになってくる。このような構造は、前節で述べたように、小説の冒頭で取られる 構造(冒頭で「情報の空白」をつくる構造)と類似している。 このような構造の点から、先に述べたニュースの例をいくつか見てみよう。いずれも、音声言 語で省略された情報が同時には補われず、後になって徐々に明らかにされる、という構造を取っ ている。(43)は、このニュース項目の第一文、(44)は第一文を含むこのニュース項目の全体、 表3 は映像・画面上の字幕・音声の出現のタイミングを示したものである。 (43) (=(13))我が家でも飼っています。 (44) 我が家でも飼っています。子供たちが触っているのはカブトムシです。この施設ではお よそ1 万匹が放し飼いにされています。明日のオープンを前に地元の子供たちが招かれ ました。仲良く遊んでね。 (「ニュース7」NHK、2011 年 6 月 24 日放送、轟 2013:175) 表4、表 5 はそれぞれ、(45)、(46)の映像・画面上の字幕・音声の出現のタイミングを示して いる。 (45)(=(33))さあ、大型連休最終日の今日、大きな事故につながりかねないトラブルが起 きました。ご覧の映像は、大分空港を離陸し、大阪に向かう日本航空の小型 ジェット機。この旅客機が、大阪空港着陸直後にエンジン火災を起こしまし た。 (46) 名刺を交換するサラリーマンたち。臨んだのは、商談・・・ではなく、巨大地震を想定 した訓練です。 (「ニュース7」NHK、2013 年 6 月 22 日放送、ibid.,172) 表4、表 5 からわかるように、(45)(46)においても、音声言語の第一文で省略された情報が同 時には補われず、後になって徐々に明らかにされる、という構造を取っている。特に、(46)に おいては、一度述べたことをその後「ではなく」と否定している点に注目できる。提示された情
報が、その後否定されるという構造になっており、本当に伝えたい情報が後で明らかにされると いう構造の極端な場合とも言える。このようなことが可能になるのは、日本語においては句の主 要部(否定を含む)が句の末端に来る、という日本語の言語的特性による。(轟2014a:42) 表3 映像 画面上の字幕 音声(括弧中は発話者) アナウンサー なし (アナウンサー)「我が家でも 飼っています。」 子供たち 右上「兵庫 市川市」 カブトムシ 右上「兵庫 市川市」 (アナウンサー)「子供たちが 触っているのはカブトムシで す。」 施設の様子 右上「兵庫 市川市」 左上「カブトムシ 触ってみたら・・・」13 (アナウンサー)「この施設で はおよそ1 万匹が放し飼いに されています。明日のオープ ンを前に地元の子供たちが招 かれました。」 子供のインタビュー 左上「カブトムシ 触ってみたら・・・」 (子供)「ちょっと硬い。」 ( イ ン タ ビ ュ ア ー ? )「 硬 い?」 (子供)「うん。」 子供たち 左上「カブトムシ 触ってみたら・・・」 (アナウンサー)「仲良く遊ん でね。」 (轟2013:175) 表4 映像 画面上の字幕 音声(括弧中は発話者) アナウンサー(男性) なし (アナウンサー)「さあ、大型 連休最終日の今日、大きな事 故につながりかねないトラブ ルが起きました。」 アナウンサー(女性) 隣に空港の映像 なし (アナウンサー)「ご覧の映像 は、」 アナウンサー(女性) 隣に空港の映像 画面下方「日航機が着陸直後 エンジン火災」 (アナウンサー)「大分空港を 離陸し、大阪に向かう日本航 空の小型ジェット機。この旅 客機が、大阪空港着陸直後に エ ン ジ ン 火 災 を 起 こ し ま し た。」 (ibid.,176)
13 表5 映像 画面上の字幕 音声(括弧中は発話者) 名刺を交換するサラリーマン たち 左上「〝一刻も早い生産再開 を〟 南海トラフ想定で企業は・・・」 (アナウンサー)「名刺を交換 するサラリーマンたち。臨ん だのは、商談」 プレゼンテーションのスクリ ーン。次のような文字が映っ ている。 「サプライチェーンリスクを 踏まえた 災害危機対応演習」 左上「〝一刻も早い生産再開 を〟 南海トラフ想定で企業は・・・」 (アナウンサー)「ではなく」 プレゼンテーションのスクリ ーンを含む会場全体 左上「〝一刻も早い生産再開 を〟 南海トラフ想定で企業は・・・」 左下「巨大地震 想定の訓練」 (アナウンサー)「巨大地震を 想定した訓練です。」 (ibid.,176) この節では、音声言語に省略がある場合に、省略された情報の補足をその他の記号でどのよう に行っているか(あるいは行っていないか)に関して見てきた。まとめると、音声言語において 省略された情報の補足には次のような場合がある。 (47) a. 音声言語と同時に音声以外の形(映像など)で情報を補う。 b. どのような形でも同時には情報を補わない。 (47b)では、音声言語で省略された情報を同時には補わず、後になって徐々に明らかにする、 という構造を取る。1 節で述べたように、本論文の定義では、「要点の後置」とは、「要点の省略」 で省略された要素が後方で言語表現として出現することを指す。したがって、(47)において(47b) の場合が、「要点の後置」にあたることになる14。
テレビニュースの文字言語における省略の補足
前節では、テレビニュースの音声言語における要点の省略という現象、および、音声言語にお いて省略された情報の補足がどのように行われているかを見た。この節では、テレビニュースの 文字言語における省略の補足がどのようになされているかを見る。 テレビニュースの文字言語における省略の補足がなされるかどうかを、本論文では、次のよう にまとめて示す。 (48) a-1. 画像でほぼ完全に補足されている場合 a-2. 補足されているが、欠けている情報が残っている場合 b. 欠けたまま補足されていない情報が多い場合これは、前節で見た、音声言語の情報の補足(47)に対応している。ただ、文字言語の場合は、 情報の補足は主に画像によって行われている。「ニュース7」においては、図 1 が示すように、 ニュース項目リストの各項目の左側に、画像が表示されている。 図1 (画像) (ニュース項目) ・ ・ ・ (以下同様) まず、(48a-1)にあてはまる例を見てみよう。(49)は、(4)に挙げたニュース項目の一つで ある。 (49)菅首相とあすにも電話会談 (「ニュース 7」NHK、2020 年 11 月 11 日放送) 上に述べたように、「ニュース 7」のニュース項目リストにおいて、各項目の左側に、画像が表 示されている。(49)の文字情報「菅首相とあすにも電話会談」の左側には、2020 年 11 月 11 日 現在アメリカ大統領候補のバイデン氏の写真と思われる画像が挿入されている。このような例 では、「バイデン氏は菅首相とあすにも電話会談します(するとみられます)。」の下線部を、画 像で置き換えているとみなすことができる。言い換えると、「菅首相とあすにも電話会談」とい う文字言語と、バイデン氏の写真と思われる画像とを合体させて、「バイデン氏は菅首相とあす にも電話会談します(するとみられます)。」という文と同じ働きをさせようとしていることにな る15。すなわち、(48 a-1)にある、画像でほぼ完全に情報が補足されている場合、ということに なる。 次に、(48a-2)にあてはまる例を見てみよう。(49)の例では、文の主文主語を画像で置き換 えているが、(50)では、文のその他の項を画像で置き換えているとみられる。 (50)専門家「明らかに増加傾向」 (「ニュース 7」NHK、2020 年 11 月 8 日放送) (50)においては、左側に、新型コロナウィルスの写真とみられる画像が挿入されている。この ような例では、「専門家は『新型コロナウィルスの感染が明らかに増加傾向にある』と述べた」 の下線部の一部「新型コロナウィルス」を、画像で置き換えているとみなすことができる。しか し下線部の「の感染」や「にあると述べた」の部分は、補足されないままである。 次に、(48b)にあてはまる例を見てみよう。 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 ××××××××××
15 (51)においては、何が「最大規模」なのかが文字情報として示されていない。左側に画像が表 示されているが、何の画像か判別するのは困難で、省略された情報を補うまでには至っていない。 このような画像は、リストの各項目の端に表示されている比較的小さいものである。したがって、 一人の人物などの場合は判別できるが、複数の事物が映っているような場合は、何の画像なのか 判別が非常にしにくくなっている16。 一方、2 節で述べたように、ニュース番組の中には、(6)(7)の BS ニュースのように、ニュ ース項目を表す文字言語に省略を含まないものもある。これらは、画像などでの情報の補足の必 要がない。実際に、ニュース項目一覧に画像を含まず、文字言語ですべての情報を表すようにな っている。
インターネットの見出しにおける省略
ここまでで、現在のニュース番組において、画面上の文字情報の省略とその補足がどのように 行われているか(あるいは補足が行われていないか)を見た。 この節では、インターネットの見出しにおける省略がどのように行われているかを見る。これ は、テレビの文字情報との類似性を知るためである。 インターネットの記事の見出しにはしばしば以下のようなものが出現する。 (52) 西川貴教 ダウンタウンの救い (Yahoohttps://www.yahoo.co.jp/、2020 年 6 月 14 日 11 時 20 分閲覧) (53) 東山紀之が追悼、残念に思うことは (MSN Japanhttps://www.msn.com/ja-jp、2020 年 6 月 14 日 11 時 28 分閲覧) ここでは様々な要素が省略され、これらの文だけでは、何のニュースなのかがほとんど分からない ようになっている。そのため、省略しない形を推測するのが不可能である。次も、同様の例である。 (54) 広瀬すずへ、業界内からも多くの祝福(スポーツ報知) 菅長官「誘惑にかられることはない」(朝日新聞デジタル) 平愛梨の報告にファンから多数の祝福 (MSN Japan https://www.msn.com/ja-jp、2020 年 6 月 24 日 15 時 34 分閲覧) 次の例では、画像が文字に組み合わせられている。 (55)(顔写真の画像)「命懸けて」壮絶な覚悟に SNS も反応 (MSNhttps://www.msn.com/ja-jp、2020 年 6 月 14 日 11 時 28 分閲覧) (56)(顔写真の画像)「今年一番うれしい」喜んだワケ(サンケイスポーツ) (MSN https://www.msn.com/ja-jp、2020 年 11 月 8 日 18 時 32 分閲覧) このような例においては、欠けている情報が画像で補足されているとみることができる。しかし、 欠けている情報のすべてが補われているわけではない。補われている情報は、省略されている情 報の一部であり、省略しない完全な形を推測するのはやはり困難である。 まとめると次のようになる。インターネット記事の見出しにおける省略は、省略しない完全な 形を推測するのが困難なほどの場合があり、画像など他の形でも完全には補足されない。このような省略が行われる目的としては、次のようなことが考えられる。インターネットの構 成として、多くの場合、見出しの一覧の中から特定の見出しをクリックすると、その記事に飛ぶ ようになっている。そのため、ぎりぎりまで見出しの情報を切り詰めることによって、何だろう と思わせて興味を引き、結果として、見る人にクリックするという行動を起こさせることが目的 と考えられる17。
テレビニュースの文字言語とインターネットの見出しとの比較
この節では、情報の省略という観点から、テレビニュースの文字言語とインターネットの見出 しの比較を行う。テレビニュースの文字言語とインターネットの見出しの類似性
テレビニュースの音声言語における情報の省略においては、3 節でみたように、省略された情 報の補足をその他の記号でどのように行っているか(あるいは行っていないか)に関して、次の ような場合がある。 (57)(=(47)) a. 音声言語と同時に音声以外の形(映像など)で情報を補う。 b. どのような形でも同時には情報を補わない。 一方、テレビニュースの文字言語における省略の補足がなされるかどうかに関しては、4 節でみ たように、次のような場合がある。 (58)=((48)) a-1. 画像でほぼ完全に補足されている場合 a-2. 補足されているが、欠けている情報が残っている場合 b. 欠けたまま補足されていない情報が多い場合 これは、音声言語の情報の補足(57)にほぼ対応している。 これに対し、インターネット記事の見出しにおける省略は、省略しない完全な形を推測するの が困難なほどの場合があり、画像など他の形でも完全には補足されないことが多い。すなわち、 インターネットは(58b)に当たる場合が多いということになる。つまり、テレビニュースの音 声言語における(41)や文字言語における(51)と同じ手法であると言える。要因
17 われるような内容だけではなく、芸能関係の記事も多いが、これは、インターネットの記事の内 容が娯楽的な内容を多く含むということを示している。このような記事の見出しと、テレビニュ ースの見出しが類似しているということは、テレビニュースが娯楽的な記事と類似していると いうことになる。 轟(2014a)は、テレビニュースにおける言語現象を、ニュースが娯楽的に脚色されるという 傾向と関連したものとして捉えられるということを指摘している。この点は、音声言語において は、一つの現象として、3 節で示したように、小説に似た構造として現れている。小説において はしばしば、冒頭の文における省略が行われることにより、冒頭で「情報の空白」をつくり、そ の後の展開によってその情報を明らかにしていく。小説でこのような要点の移動を行うのは、読 者を引き込むことを意図しているものである。このような、小説の構造と類似した構造がニュー スでとられるようになった背後にある要因は、轟(2014a, 2015a)が述べるように、ニュースが 娯楽的に脚色されるという傾向である。 同様に、本論文で扱ったニュースにおける文字言語とインターネットにおける文字言語の類 似性も、ニュースの娯楽化を示す例として捉えることができる。インターネットの見出しは、 「情報の空白」によって見る人に見出しをクリックさせようとする。同様に、ニュースにおけ る文字言語は、省略によって視聴者を引き付け見続けさせようとする。テレビニュースの娯楽 化は、音声言語と文字言語の両方で、要点の省略という現象を引き起こしている要因であると いえる。
結論
本論文は、日本語のニュースで用いられる文字言語における要点の省略について考察した。 日本語のニュース番組において見られる言語現象の中に、文の要点や必須の要素を省略した り後ろのほうに動かしたりする現象がある。近年のニュース番組においては、音声言語だけでな く、画面上で用いられる文字言語においても、省略が見られる。 本論文は、近年のニュース番組の文字言語における省略という現象を、音声言語における省略 と比較した。そしてこれらの省略には、省略されている情報の種類や、その補われ方に類似点が あることについて考察した。また、ニュース番組における省略を含む文字言語と新聞やインター ネットにおける見出しとを比較することにより、近年のニュース番組における文字言語が、イン ターネットにおける見出しと類似していることを指摘した。また、この類似性を、ニュースの娯 楽化を示す例として捉えることができることを示した。 註 1 本論文中のニュースの例は、NHK で放送されたものである。NHK の分類では、放送するプ ログラム全体を、「ニュース」とそれ以外のプログラムである「番組」に二分している。したが って、この分類では「ニュース」はその他のプログラムである「番組」と区別されており、「ニ ュースを扱っているプログラム」という意味での「ニュース番組」という表現は存在しないこ とになる。一方、一般的には、「ニュース番組」という表現は普通に使われている。本論文中で は、「番組」という語を「テレビで放送されるプログラム」という一般的な意味で用い、ニュー スを扱っているプログラム全般を指して「ニュース番組」と呼ぶことにする。 2 註 1 で述べたように、本論文中のニュースの例は、NHK で放送されたものである。NHK のニュースは、日本語のニュースの中で代表的なものと考えることができる。したがって、ニュースの言語を考える際、NHK のニュースをデータとすることには意義がある。 3 厳密に言えば、(6)の最後のニュース項目は「何の」感染なのかが言語表現として明示されて いないが、ニュース放送当時の社会状況として、「感染」と言えば「新型コロナウィルス感染」 を指すことがほぼ全員に明確であると考えられるため、ここでは要点の省略を含まないものと して扱う。 4 地上波のニュースであるかBS のニュースであるか、などの、ニュース番組の相違が言語表 現に及ぼす影響についての詳しい議論に関しては、轟(2010)を参照されたい。 5本論文で例として挙げるニュースの言語例は、音声言語の場合、筆者が聴きとって文字にし たものであり、漢字の使用や仮名遣い、読点・句点などの記号の表記は筆者の判断による。た だし、画面上に音声言語と同内容の文字が出ることがあれば、それらを参考にして表記した。 ニュース中に登場する人物や団体などの呼称、人物の肩書は、放送されたそのままであるの で、ニュース放送時点でのものである。 6 これらの例では、多くの場合、述部を入れるための余裕が時間的にない、というわけでは ない。註11 参照。 7 「『奥さん』という語は[[X の]奥さん]のようにパラメータ X を要求する非飽和名詞」(西山 2011:176)この点で、「部下」は「奥さん」と似ている。 8 小田原(2008:123)は、「ニュースの映像は、受け手がニュースの理解、意味づけをする際 に、きわめて重要な判断材料となる場合もある、ということだろう。」と述べ、ニュースにおけ る映像が視聴者の理解を助ける働きをする場合があることを指摘している。 9 省略を補足するその他のパターンについて、詳しくは轟(2013)を参照されたい。 10本論文では、アナウンサーやキャスターなどニュースを伝える人を総称して「ナレーター」 と呼ぶことにする。特に、話者の名前がその時点で不明確である場合に「ナレーター」という 呼称を用いることにする。 11 インタビュー映像・音声が入る前に、「専門家は次のように述べました。」のように、下線部 の述部を入れるための時間は、十分にあるように思われる。それにもかかわらず、この述部は 省略されており、したがって、時間の短縮のために省略されているわけではないことが分か る。一方、近年新聞で(i)のような例が散見されるが、(i)が出現した紙面では述部を入れるスペ ースがない。この場合、スペースの節約のための省略のようだが、このような例に関してはさ らに検証が必要である。 (i) 端末に大量の情報を提供してくるスマートフォンへの恐怖を訴える声も。 (朝日新聞2021 年 2 月 17 日 12 面) 12この例で字幕はアニメーション効果を伴って出た。これは字幕の出方としてしばしば見られ るものである。このような場合、字幕の出始めから字幕が完全に読めるようになるまである程 度時間の幅があることになる。(42)で示されているのは、字幕がほぼ完全に読めるようにな った時点である。 13この字幕の「カブトムシ」の前に、カブトムシのイラストが入っていた。その他の字幕で も、字幕に本論文では再現していない飾りが施されている場合がある。 14 厳密には、(47a)の場合も、音声言語と映像の出現に時間差があるかもしれないが、全て音 声言語で「○○は○○と述べました。」と言ったとしても、各部分の出現には時間差が生じる。 この範囲内で音声言語以外の記号が生じる場合は、本論文では、「要点の後置」でなく、同時に 情報を補っているとみなすことにする。 15 助詞や屈折語尾の省略もあるが、これは、新聞の見出しと同様とみなすことができる。 16 テレビ画面の大きさによって、画像の判別のしやすさは異なる可能性がある。ここで述べた ような情報の補足の方法は、近年一般化している大画面テレビでの視聴を前提としているとい う可能性もある。 17 (54)に見られるように、若い女性の有名人に関する見出しに、「祝福」という語が多くみら れる。正確には検証が必要であるが、「婚約」や「結婚」という話題を連想させることを意図し
19
参考文献
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