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政策に投影する産業構造観(1) -- 重化学工業化から知識集約化 --

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(1)-. ヽ,.,.. 商経学叢 第45巻第3号1999年3月. 政策に投影する産業構造観(1) ー一重化学工業化から知識集約化_. 衣. 本. 筐. 彦. はじめに ー 「昭和50年代前半期」の政策的意義 一 1. 政策転換の背景とソフト・ランディング 2. 石油危機後の通商産業省と政策環境 3.. 「計画主導型市場経済方式」の政策的意義. 結びに代えて 一 石油危機後の産業構造観一. はじめに 一 「昭和50年代前半期」の政策的意義一 日本をとりまく「国際経済は戦後最大の試練を経験した」 と昭和 48 年度の 「通商産業 省年報」は記述している。 確かに. 昭和 46 年 8 月のドル・ショック後のスミソニアン体 制への移行はドルを基軸通貨とする 1 ドル =360 円が 308 円へと 16.88%も切り上げられ たものの. 金・ドル本位制を支える金とドルの交換性等の基本的問題が国際的に未解決の ままであったことから. その体制の暫定的性格が露呈して. 昭和 48 年 2 月から 3 月にか けて主要国通貨がフロ ー ト( 変動相場制) へ移行し. 戦後のプレトン・ウッズ体制のもと での固定相場制が完全に崩壊した。 新たな国際通貨秩序の均衡を求めての混乱が繰り返さ れることになった。 日本経済にとっては「 1 ドル =360 円という戦後」の終焉を意味し. 円に対する為替相場の適正な基準を新たに確立するための努力が必要になった。 加えて. 同年10月6日の中東戦争( 第四次)の勃発による「石油危機」を契機とする国際的な資 源ナショナリズムの高まりは「資源の海外依存度の高い日本経済」に新たなジレンマと緊 張をもたらしていた。 したがって. プレトン・ウッズ体制のもとで. いわゆる円安碁調の 固定為替レ ー トと低廉な資源• エネルギ ー の安定的確保という戦後の重化学工業化を支え た国際的二大要因が失われることは. その後の経済発展への新たな展開軸を見出だすため には. まさに日本経済にとって「戦後最大の試練」というべき事態であった。 当然に. 戦後の高度経済成長過程で. 重化学工業化を推進してきた通商産業省はその意 味からも国際競争力の質的強化や省資源・エネルギ ー 問題に焦点を置いた産業調整や構造 転換等に取り組まざるをえなかったが. そこには明確な政策基調がすでに提示されていた。 - 65 (531)-.

(2) 第 45 巻. 第 3号. それは知識集約化である。 即ち.「重化学工業化から知識集約化へ」の政策転換が 石油危 機後の経済過程においての産業政策の課題であった。 知識集約化ビジョンそのものは石油 危機前に「70年代の通商産業政策」として具体的な方向性があたえられていたが . 石油 危機が緊要の政策課題へと昇華させる契機になったことは疑いない。 そして昭和50年代 前半期の「知識集約化」は. 昭和50年代後半期から60年代にかけて.「創造的知識集約 化」というレベル・ アップした表現へと変化していくことになる。 したがって, 「重化学 工業化から知識集約化へ」の政策転換は石油危機後の産業構造問題を理解するうえで. 欠 かすことのできない視点といえる。 それ故に, 上に述べたように. 昭和 47-48 年にかけ ての国際環境の変化を含む昭和 40 年代後半期は産業政策史上で重要な政策転換期といえ る位置付けが可能である。 そこで, 以下において, 石油危機前後の通商産業省が示した産業構造にかかわる政策を. 「通商産業省年報」に依拠しながら考察するとともに, 石油危機後の工業活動の在り方を 模索する当時の産業政策の動向を. 昭和49年11月に初めて 発表された通商産業省編 「産業構造の長期ビジョン」にからませて検討する。 それによって. それ以前の重化学工 業化期と異なる新しい「産業間の資源配分に介入する政策過程」の方向を展望する。 それ というのは. この「産業構造の長期 ピジョン」は. 産業構造審議会が昭和 46 年 5月の 「70年代の通商産業政策」のなかで抽象的な産業構造の方向付けを試みていたものを. そ の後3年余りかけて具体的数量的ピジョンとして通商産業大臣に意見具申 ー 「わが国産業 構造の方向」ーしたものである。 この長期ビジョンは墓本的にはアクション・ プランを備 えたビジョンではない。 したがって. アクション・ プランを持たない「産業構造政策」の 意図するところは通商産業省の中長期的な産業政策の具体化への「創意と工夫」をアピ ー ルし. 産業構造の在り方についての新しい国民的(広範な)合意が形成されることに期待 しているのである。 それだけに.「産業構造の長期ビジョン」には. 石油危機後から現在に至る日本経済の 変化の方向を見据えた産業構造観が提示されているとすれば.「昭和50年代前半期」は. 石油危機以前の戦後高度経済成長期を実現した重化学工業化の方向を占領期日本のなか で経済復興の指針として持ち続けた「昭和20年代」に匹敵する期間である(拙著「戦後 半世紀の日本工業の発展(上)」第1部参照)。 なお. 石油危機後の10年は通商産業政策 においてはその前半と後半では政策碁調に変化がある。 前半期は石油危機を経験した「70 年代の通商産業政策」期の. “. 後半. ”. にあたり. 後半期は「 80 年代の通商産業政策」の. ”. “前半 にあたる。 そこで. 本稿においては.「重化学工業化から知識集約化」への政策 - 66 (532)-.

(3) 政策に投影する産業構造観(I) (衣本). 転換が意味する石油危機後の産業構造観に焦点をおいて考察する。 そして, 80 年代の産 業政策である「知識集約化から創造的知識集約化」への政策展開については, 次回の課題 とする。. 1. 政策転換の背景とソフト・ ランディング. 戦後順凋な発展を遂げてきた日本経済の流れは. 昭和 48 年 10 月の中東戦争を契機と する OPEC の石油戦略 ー原油供給の削減と価格引上げーによって. その方向を大きく転 換させることになった。 12 月には, 25% の石油減産を背景に. 早くも. 原油価格は 1 バー レルが 12 ドル近くま高騰するようになった。 政府はいわゆる石油二法一 石油需給適正化 法と国民生活安定緊急措置法ーを制定し. 既存の物価統制令および投機防止法(昭和 48 年7月公布「生活関連物資の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律」) を補 強し, 物価安定対策を実施した。 また, 金融面からは, 12 月には. 公定歩合の大幅引上 げ. 選別融資規制の実施, 預金準備金の引上げ (12 月及び翌年 1 月). そして財政面から は. 公共事業等の繰り延べ等のインフレ昂進に対する総需要抑制策の徹底を図った。 通商 産業省としては, 民間設備投資の業種向 け削減指導と建築着工 (5,000M 2 以上) 繰り延 ベ勧告等の投資抑制策の実施が試みられた。 昭和 48 年度の卸売物価指数は朝鮮動乱時以来の高騰となり 消費者物価も 同様に高騰 したが, 翌 49 年に入ると.. 1-3 月期をピ ー クにその後沈静化しはじめ. 逆に. 総需要. 抑制策の効果の浸透によって. 鉱工業生産活動は期間を通じてマイナスを記録し. 有効求 人倍率も昭和 48 年の 7-9 月期に 1.89 倍あったものが, 49 年の同期には 1.09 倍に落ち, その後 1 倍を割り込む結果になっていた。 不況感が強くなり, 昭和 49 年度の, 国民総支 出は 0.2% のマイナス成長となっていた。 物価の安定傾向が明確にみられるなかで. 景気の動向が戦後初めてのマイナス成長を記 録したことは. 昭和 49 年度の「通商産業省年報」も次のような経済過程として総括して いる。「日本経済は. 前年度から持ち越された異常なインフレが収束し, また後半からは 不況が浸透していく過程にあった」。 その結果. それ以後の人々の関心は物価問題から景 気対策に向けられた。 しかも. その場合. 高度経済成長期には行政サイドでは問題になら なかった. “. 心配り. ”. が必要となった。 即ち,「今次の不況が長期化するようなことになれ. ば, 企業収益は益々悪化し, 失業, 倒産等の社会的ひずみが深刻化し, 一 方では, 税収の 落ち込みにより財政赤字が増大するといった懸念も予想され, そうした場合, 福祉充実や. - 67 (533)-.

(4) 第45巻. 第3号. 社会資本の充実等の社会的ニ ー ズ, に応えられなくなるばかりでなく, 安定成長路線への ソフ ト. ・. ランディングが困難となる可能性もある。 このような事態が引起こされることの. ないよう, 今後の政策運営には十分な配慮が必要とされる」との判断を「年報」は掲載し ている(「通商産業省年報(昭和 49 年度)」 2 頁)。 そして. 「中期調整期」の考え方が設 定されていく。 即ち, 石油危機を契機に顕在化した経済混乱を収束し,. バ. ランスのある経. 済を回復するのに, 少なくとも3年間(昭和 49-51 年度) が必要であるという考え方で ある(「通商産業省年報(昭和 51 年度)」93 頁参照)。 ところで, 高度経済成長路線から安定成長路線へのソフト. ・. ランディングは当時として. は「産業構造の在り方」を問題視せずには語れなかった。 それというのは, 高度成長過程 での日本産業全体に浸透していた積極的経営ー シェア拡大競争ー の結果としての過大なま での生産設備の存在が, 石油ショック後の景気の低迷による需要の減退に直面して. 需給 ギャップを大きく拡大させ, 構造的不況感が強まっていた。 加えて, 石油ショ ックを契機 とする原油価格の高騰化は鉄鋼や石油化学等の素材産業を中心にコストを上昇させ, 加工・ 組立部門の諸産業の活動を不利化し, 全体としての日本工業の高コスト構造による国際競 争力の低下が結果的には輸出立国としての日本経済の今後の在り方に大きな影響を与える ことになっていた。 したがって, 昭和 50 年に入ると, 経済そのものは緩やかな回復基調にあった けれども. 景気回復基調は産業全般に一様ではなく, 産業の業種的差異が顕著にみられはじめ, 生産 回復の跛行性が明確になりつつあった。 そして, 後には「構造不況」とよばれる企業倒産 や失業問題が社会問題化し, 日本経済全体の経営環境を悪化させ. ソフト ではなくて,. ハード ・. ・. ランディング. ランディングが石油危機後の産業構造において不可避であるという. 危機感から.「変動の多い経済の現段階をどう考え, 将来にどう対処するか」 に ついての 政策認識が問われ, その一環として, 産業構造に対する長期的展望の明示が必要になった。 さて, 石油危機以前の高度成長時代においては, 先進国へのキャッチ ・ アップを目的と して,「産業とその構造の在り方」を政策課題とする姿勢が重化学工業化政策に結実され るが, 通商産業省の昭和 40 年代の「年報」のなかで, 基本的政策課題としての取扱いは, 次ぎのような表現であった。 昭和 47 年度の「通商産業省年報Jまでは, 産業行政の総 合 的推進の一つとして「産業の構造改善の促進」 という表現が見出に用いられていた。 しか し, 昭和 48年度のそれでは,「産業構造政策」なる見出用語が初めて掲載され, 政策と してのアイデンティティが明確に与えらた。 要するに, 通商産業省は, 石油危機後, 対外 的には, 総合的輸出入市場政策( 輸出入市場の多角化, 経済協力•海外投資の促進, 自由 - 68 (534)-.

(5) 政策に投影する産業構造観(I) (衣本) 化の推進) を実施するとともに, 対内的には, 徹底と.. 1) インフレ昂進に対する総需要抑制策の. 2)「産業構造政策」を中長期政策の中核に位置づけ. それまでの産業政策の 一. 要素という立場から分離し, 独立の政策部門として. 新たな発展への「構造転換を図る」 ことの重要性を強調したのであった。 その理由として. 次の点が強調されている(「通商 産業省年報(昭和 48 年度)」80 頁参照)。 1) 高度経済成長の牽引力ともなった軍化学工業化政策は「産業構造政策」そのもの で. あること。 2)従来より経済社会の激動期. 過渡期においては政策目標の明確化が不可欠であり. 特に「産業構造の在り方」の提示が有効であること。 その結果として, 産業構造のあるべき姿の追求とそのための具体的政策手段の模索が重 要視されるようになり, 通商産業省は, 昭和 48 年度の機構改革の一環として, 産業政策 局に「産業構造課」を新設した。 同課は主に産業構造の 一 般的問題に加えて, 産業エコロ ジ ー . 産業システム化等の新たな経済環境の変化に対応した問題を担当することになるが, 当時の最優先的課題は. 内外経済環境の変化に対応して昭和 46 年に産業構造審議会から 提言された「重化学工業化から知識集約化への構造転換」を具体化させることであった。 要するに「46 年の中間答申と. これを受けた同審議会各種部会の報告, 答申をもとに. 我が国産業経済全体の将来像をとりまとめることになり. まず産業構造課で原案を作成. これをたたき台に省内で活発な議論が行われた」のである。(「通商産業省年報(昭和 49 年度)」71 頁参照)。 思うに. 先進国へのキャッチ ・アップの段階では. 先進国に共通してみられる工業化高 度化=重化学工業化の模倣的発展が可能であるのかどうか. に政策的関心が向 けられてき たが. 先進国へのキャッチ ・ アップが完了した段階では. 以前のように模倣する安直な途 が重要な意味をもたなくなり. 成長• 発展の問題は. 国際化のもとで「将来の産業社会の あるべき姿の追及とそのための具体的政策手段の模索」という模倣から模索への中長期的 視点が勇要性を増し. 先見的な産業構造ビジョンを提示できるかどうかにかかわる問題と なる。 それがまた. 日本経済にとっては. 先進国へのキャッチ ・ アップを完了した段階に 到達した証しともなる。. 2. 石油危機後の通商産業省と政策環境 石油ショ ックは日本人に「過去」を思い起こさせることになった。 国民は, 高度経済成 - 69 (535)-.

(6) 第45巻 第3号 長過程において. 敗戦後の物の不足から解放され, 物質的豊かさを謳歌し. すっかりかっ ての耐乏生活に苦しめられた日々を忘れていた。 大量生産・大量消費の社会がバ ラ色にみ え, 落とし穴があろうとは誰も考えなかった。 中東戦争(第四次) の勃発にともなうア ラ プ湾岸産油国の石油禁輸と高価格化戦略の影響は痛烈な一撃となって日本経済を襲った。 それとともに. 国民は再び戦時中や戦後の復典期にみられた経済統制に対する「政府の権 威」を思い知らされることにもなった。 例えば, ア ラプ薦岸産油国の石油戦略に対して政 府は内閣に緊急石油対策推進本部を設置するとともに(昭和 48 年11 月), 輸入原油の鼠 的減少と価格の高騰による生活物資への悪影智に対して,「買い占め等防止法」,「国民生 活安定緊急措置法」,「石油需給適正化法」等を矢継ぎ早に制定し(同年12 月), 日本国 民は国の行政指導の即応性に期待するとともに, かっての国家の統制力を国民生活の場に 見た思いであった。 そして, 家庭用合成洗剤や灯油の買いあさりに右往左往する家庭の主 婦の姿やガソリンスタンドの売り惜しみ行為に物質的繁栄を謳歌していた人々に時代錯誤 的な違和感を感じさせずにはおかなかった。 さて, 昭和 49 年度の「通商産業省年報」は, 第 1 部. 総説のなかで,「原油 の供給削 減と価格引上げは, 既に景気後退の兆しが見え始めていた先進国経済に更に強力な引締め 政策を余儀なくさせる一方, 物価上昇を加速化させ, その結果, 深刻なスタグフレ ー ショ ンを現出させ」るとともに, 先進諸国のうち, 中東からの原油に依存する割合が最も高い 日本経済は, 約ニヶ月分の石油備蓄があるといわれたものの, 焼石に水であり, 長期化す ればするほど, 石油不足による生産調整と需給ギャップによるインフレ ー ションを顕在化 させることから. 「日本経済は. インフレ, 不況, 国際収支不均衡のトリレンマに直面す ることになった」との分析を掲載している。 石油危機が声高に叫ばれ. 世情不安が指摘されるなかで. 国民の通商産業省観を変える “. 事態も起こっていた。 時代劇でみる 悪代官. ”. のように. 通商産業省の「行政指導」とい. う権威が裁判沙汰になっていたことが国民の関心を集めた。 公正取引委員会は. 昭和 49 年 2 月. 石油連盟と 12 の石油元売り会社を製品価格の引上げ及び販売制限等に関する違 法カルテル行為により. 検察庁(東京)に告発したが. この闇カルテルに対する訴訟が進 む過程で. その背後にある通商産業省の行政指導が石油業界側に立つものか. それとも国 民 消費者側に立つものかについて裁かれることであった。 通商産業省は当然「後者の立場」 を強調し. 価格高騰は行政指導あるが故に低く押さえられたと. その政策効果を強調して 自己弁護に努めたが, むしろその態度は国民消費者の反感をかった。 このような環境の変化に直面して. 通商産業省は. これまでと違う方法において. 国民 - 70 (536)-.

(7) 政策に投影する産業構造観( I ) (衣本) の理解を高める政策が必要であるとの考え を再確認したかどうかは明確ではないが( 並木 信義 「通産省の終焉J 参照) . 少なくともその様な反省は産業構造観に投影している。 即 ち. 「激動し複雑化する時代にお ける産業構造の高度化は. これまでのような重化学工業 の振典といった明快ではあるが単線的な政策の推進のみでは不十分であり. ビジョ ンの描 く展望の中で産業構造の高度化を韮軸として産業政策のさまざまな分野において連携がと られなければならず, また, それぞれの政策において斉合性を保ちながら強力に実施され て行かなければならない」との立場を 自 覚させられていた( 通商産業省編「産業構造の長 期ビジョン 一昭和 49 年版」 17 頁)。 それまでは産業構造への 中 長期的な政策的対応は. 昭和 39 年 5 月に通商産業大 臣の恒久的諮問機関として設置された産業構造審議会からの 「提言」を受 けた形で. 企業局(昭和 48年 7月改め産業政策局)が通産省内の他の部局 の諸施策との調整を考慮しながら政策立案を試みていた。 その場合. 政策の韮本方針が G NP 主義( 成長主義) = 生 産側の成長論理に則した重化学工業化という「明 快 且つ単線的 な政策」の推進でよかっただけに. 立案や他の政策との調整に関しては. 何が主で. 何が 従であるかの判断は. 比較的容易であった。 しかし. 石油危機後. 国際通貨体制の動揺. 資源・エネルギ ー の高価格化問題. 環境破 壊や過密化問題. 物価上昇と生活の質等の内外経済環境の変化の中で. 日本経済が直面し ている問題性はこれまでになく多様化し. 消費者主権や地域社会の童視. 先進諸国間ばか りか発展途上国の立場や要求を考慮に入れての国際化問題. 物の豊かさから精神的豊かさ の成長問題等を前提にした産業構造の在り方を考える必要が成長主義の批判とともに強まっ た。 前述の石油カルテ ル問題は. 高度成長期に流体革命といわれ. 石油を基盤に発展して きた日本経済を問い直す動きの一つにすぎなかった。 したがって. 産業構造課がこの時期 にはじめて政策的イニシアテ ィプを持つ政策担当部局の一つとして通産省内に独立させら れることになった背景には. 上述の産業構造審議会の提言の政策化には. 多様な行政課題 を越え た総合的な政策判断が必要となっていたからである。 即ち. 時と場合によっては. 国民の問題意識を反映させる産業構造審議会の提言は. 通商産業省の各部局や他の審議会 との調整が必要な通産省の国政の立場とは微妙に異なる側面もみられるわ けである。 そこ で. 産業政策に直結した「産業構造課」の新設は. 民間有識者 を メ ンバ ー とする審議会の 「提言」の存在を尊重しながらも. より直接的な通産省内にお ける政策調整の効率化を意 図したものといえよう。 もっとも, この点に関して. 通商産業省の主張は対省内的調整よりも対国民経済的意義 を強調することに努力する。 たとえ ば. 昭和 49 年に初めて刊行された 「産業構造の長期 - 71 (537)-.

(8) 第45巻 49 年. 7月. 10 月. 昭和 50 年 1月. 4月. 第3号. 7月. 10 月. 昭和 51 年 1月. 4月. 7月. 総 合 部 会. 産業別部会 産業資金部会 そ の他部会 長期エ ネ ル ギ ー 需給見通 し. 〈総合 エ ネ ルギー調査会〉 〈貿 易 会 議〉. 輸出入見通 し. 〈産業技術審講会〉. 産業技術の長期的あ り 方 中小企業の長期政策の あ り 方. 〈中小企業政策審議会〉 産. 映 反 の へ 政 行 通 策. 向算投制 方 の 財税 予 政 ` .' ••‘ • ' , 、. 冨疇直瓢/. ,.,.,s,,,,,. '返.,.,.,.,.,.,... 瓢靡攣瓢響謳疇攣疇瓢攣. :え魯,.,.,.碑·冷. 碑::::苓慾•.ば:吝:,,,,,,,,,,,.ご••. 図 1 産業構造 ピ ジ ョ ンの作成及び実施の メ カ ニ ズム 曲通商産業省 「産業構造の長期 ピ ジ ョ ン J (昭和 50年度版). 3 頁 よ り 引用. ビ ジ ョ ン」がある。 その目的とするところは. 通商産業省の中長期的な産業政策が. 経済 環境の変化に対して有効性を持ち得ることを強調する意図があり. そこには. 「産業構造 の在り方」につ いての新しい国民的合意の形成 を可能にすることにあった。 ビ ジ ョ ンづく りは関係者 間の対話を通じ, かかるコン セ ンサスの形式を目指して作成されね ばならない。 このようにして得られる ピ ジ ョ ンは. 「④内容的に重要項目を網羅して い ること. および @客観状勢の推移を的確に反映して い ること. が碁本的に必要であり, またその現実との フィ ー ドバックに資するための各業種 ごとおよび各地域 ごとの検討. また, 業種および地 域の個別の利害と全国的要請との調和化 などにつ いて配慮を怠らぬことを要請されよう。 本 ピ ジ ョ ンは. この方向を目指して重要問題を適宜追加する」とい う。 そして, ロ ー リ ン グ プ ラ ン化を通して. 対話と コ ン セ ンサス形成の場が政策環境として形作られることを強 調する。 要するに. あらたな分析を補 い. 政策の見直しを可能にし. 国民の問題意識を常 に反映させる手法として整合性の高 い「ロ ー リ ング」はこのような背景をもって必要な方 法と認識された。 多様な対話と コ ンセ ンサスが可能な政策環境を 示 したのが図1 である (通商産業省編 「産業構造の長期ビ ジ ョ ン一昭和 50年版」 1 -1 3 頁参照) 。 - 72 (538)-.

(9) 政策に投影する産業構造観( I ) (衣本). 3. 「計画主導型市場経済方式」 の政策的意義 「産業構造」に対する「変化の方向」はすでに「70年代の 通商産業政策」においての 「重化学工業化から知識集約化へ」という政策課題によって一般化していた。 したがって. 石油危機後に問題化してくるのは. 新たな「通商産業政策ビジョン」として示された「知 識集約化」が. 石油危機を乗り越えて. そ の後の産業的諸問題を克服し, 長期安定路線の ためのソフト・ ラ ン デ ィ ング型軌道を構築することができるかどうかということである。 言い換え れば. 通尚産業省は石油危機後の経済過程はそ れまでの財政 • 金融側面からの通 常の政策的テコ入れ=いわゆる内科的処方では局面打開に限界があり. 経済成長率の低下 や失業の増加の問題解決には. 「産業と そ の構造の在り方」を直接政策 対 象 とする構造 転 換 = いわゆる外科的処方を必要とすることを認識し. 「石油危機後」という政策環境を理 解した「産業構造政策」が日本経済のひずみを是正する 妙薬になるとの 確信から. 昭和. 49 年度を初年度として. 「経済情勢の変化に従って. 毎年見直し(ロ. ー. リング) が行われ. る」 方法で. 最終 目 標年度を昭和 60 年度とする産業構造ビジョンを提示したのである。 そ の場合. 産業政策として. 二つの特色ある検討方式を工夫している。 即ち. そ の一つ は. すでに上で述べたが, 毎年見直しを意味する「ロ ー リング・プ ラ ン」である。 ソフト・ ラ ン デ ィ ングヘの可能性を実現するためには. 多様化する経済問題を「産業構造」に取り 込み. 「政策づくり」への対話とコン センサスを形成することにあると考 え ているから. 先の図 l が示すような政策作成の繰り返しを可能にすることがタ イムリ ー としての計画 策 定という条件において必要であることを強調する。 もう一つは. 「産業構造の長期ビジョン」は今後に予測される変化を明示し. 検討すべ き政策課題がいかなるものであるのかを提示することに 目 的があるが. 「変化の方向 」 を 前提にした政策的誘導を「計画的市場経済方式」に求めた点である。 即ち. 日本をとりま く経済環境は石油危機後大きく変化した。 内にあっては. 内在する多様な成長制約要因の 存在が明確化してきたこと。 そ して外においては, 経済の巨大化による国際社会への影響 が大きくなった。 そ の結果として. 調和ある経済成長と経済行動が内外から求められるこ とになる。 そ のことが当然に政策の価値判断に反映されね ばならない。 言い換 えれば. ビ ジョンづくりは石油危機後の諸問題を政策メ カニズムに取り込むための客観的価値判断の 明示が必要であった。 そ こで. 「産業構造の長期ビジョン」は「長期安 定路線のためのソ フト・ ラ ンデ ィ ング型軌道整備」を「経済情勢の変化に 従った見直し (ロ ー リ ング) を行. - 73 (539)-.

(10) 第45巻. 第3号. う」方法で対応す る とともに, そ の「変化の方 向」を計画的市場経済方式によ っ て政策的 に誘導す る 。 「計画的市場経済方式」とは,「変化す る 諸条件の下で市場経済が有効に そ の機能を発 揮でき る ように環境を整備す る ことと, そ れに加えて, 市場機構の働きが十分に及び難い 分野( 例えば長期動態的観点からの資源配分の適正化や国際的不確実性への対応) につい ては施策の適切な 運用をも っ て市場機能を補完す る というところにあり, 言い換えれば, 国民経済的課題に対応す る ため市場機構と政策との最適の組合せを探求す る 」方式のこと であ る(「通商産業省年報( 昭和 5 1 年度)」 93 頁参照)。 確かに, 石油危機にみられ る よ うに, 資源配分の適正化や国際的不確実性への合理的対応は市場機構のみにまかせ る こと には限界があ る 。 そ こで, 政策によ る 「市場機構の補完」が必要と な る 。 即ち 「市場機構 が万能では な く, とくに長期構造的諸問題への対処において十分で な い点を有す る ことも 広く認められてい る ところであ る 。 わが国経済においても資源・エネルギ ー および立地等 の制約が強ま っ ており, 今後かか る 制約下で環境保全, 物価安定さらには所得配分の公正 等に留意しつつ, 同 時にわが国産業の動態的比較優位性確保を追求す る ことにより経済の バイタリテ ィ. ー. を維持す る 必要があ る 。 かか る きびしい諸条件下で, 多様な 国民ニー ズを. 充足しう る 産業構造の実現のためには, ガイド ラインの如きあ る 種のソフトな 計画的要素 および施策等の導入によ っ て市場機構を補完す る ことが適 当であ る と考えられ る 」 (「産業 構造の長期ビ ジョン(昭和 50年度版)」1 3 頁)。 そ の場合に,「産業構造の在り方を問題視す る こと」は政策運営の効率化, 適 性化の立 場からすれば必然的な 理解といえ る 。 そ れというのは, 戦後の高度成長過程でより 一層整 備されたものの一つは経済や経営の統計であ る 。 そ れも「国民の真のニー ズ, およびこれ に応えう る供給構造のあり方」を問題視す る 時, そ の時々のニ ー ズの内容と水準を生産的 “. ”. に実現す る 経済活動の在り方が統計的に 産業構造. という「場」をもって我々に示され. る ことが非常に多く な っ たからであ る 。 そ れだ けに,「ニ ー ズの充足と生産要素の投入」 の長期的な 変化を前提に, 時々の市場機構のアンバ ランスを政策的に補正し, 補完す る こ とは, 通商産業省の行政がも っ とも得意とす る 活動領域の 一つであらね ば な ら な い, とい う省庁の意識も形作られ る 。 通商産業省の政策が大蔵省や経済企画庁のそ れとは異な る 最 大の理由は, 行政基盤の違い, 即ち産業行政の対策を具体的に把握す る ために, 生きた情 報を絶えず収集す る ところにあ る とすれば( 通産省政策研究会「新しい通商産業省政策の 展開のために」昭和 45 年, 参照), 生きた情報を適切に処理す る ためには, 常に「望ま しい産業構造観」を政策目標として,「変化す る ことが常態であ る 」という視点を持ち続 - 74 (540)-.

(11) 政策 に 投影する産業構造観( I ) (衣本) けることが菫要である。 さ て, 石油危機後, 望ましい産業構造観を作り上げるには, 次のような 条件が考慮 さ れ るべきであると 「通商産業省年報」は指摘している。 即ち「内外の経済情勢が急激に変化 し将来の不確実性が増大している状況下で各種の制約条件に照らして実現可能性があると ともに国民のニ ー ズに適合した産業構造の姿を示すことは, 産業活動の適切な方向づけと, 資源の浪費や経済の不安定化の防止に寄与する」ため に必要と指摘するとともに, 次のよ うな 変化の方向を考慮する (昭和 51 年度 「通商産業省年報」92-94 頁参照)。 1 ) 需要構成の変化 : リ. ー. ディング部門の双釉制 (民間設備投資 • 輸出) から多釉 バ ラ. ンス制 (民間設備投資 • 輸出 • 個人消費・住宅投資 • 公共投資)への移行 2 ) 資源・ エ ネ ルギ ー , 立地・環境等に起因するコスト・価格構造の変化 3) 南北問題 : 発展途上国の工業化動向による貿 易構造の変化 確かに,. 1 ) については, 日 本経済の成熟化がみられ, 活力の減退に対するカンフ ル剤. としての大幅減税 (個人消費) や国債増発 (住宅投資 • 公共投資) に政策的関心が集ま っ ていた。 2 ) については, 資源 • エ ネ ルギ ー の国際的高価格時代の到来と太平洋 ベ ルト地 帯への産業・人 口の過剰 な 集積・集中による経済的デ メ リットの顕存化に直面していた。 また 3) については, 巨大化した垂直的加工貿易体制の弊 害が日米関係 ばかりで な く, 日 欧関係にも投影し, 国際的な 円高問題の広がりとな っ ていたし, 発展途上国の経済開発 や援助問題が加わ っ て, 協調豊かな日本経済の在り方が国際社会から期待 さ れた。 昭和 51 年度 「通商産業省年報」は, 次のような 問題性克服の役割が政策に期待 さ れる としている。「経済の安定的発展を図り, 国民的福祉の向上を実現していくた め には, 多 様な 国民のニ ー ズに応えつつ, 産業構造全体の改革, 高度化を推進するとともに, 各産業 において省資源・省 エ ネ ルギ ー を図り, 知識 • 技術の集約化を図る必要がある」 (93 頁) これは昭和 46 年の産業構造審議会中間答申にはじまる「70 年代の通商産業政策」の石油 危機後の再確認を意味する。 思うに, 70 年代の知識集約型産業構造は次のよ う な 特徴が ある。 この時期の政策的課題は高度成長期の成長追求型から成長活用型への経済運営に方 向転換することにあり, そのためには, 産業構造の在り方もこれまでの所得弾力 性基準と 生産性上昇率埜準より推進 さ れた「重化学工業主導型」から, 新たに過密環境基準と勤労 内容基準を加えた 「知識集約型への転換」を強調した。 そして新たな展開 への基軸産業と して, 研究開発型産業, 高度組立産業, フ ァ ッション産業, 知識産業を指摘する。 確かに, これらの産業群は省資源• エ ネ ルギ ー 的, 脱公害的, 生活重点的, 国際協調的とい っ た経 済運営に貢献する性格を強く持 っ ているから, 経済の安定的発展を図り, 国民的福祉の向 - 75 (541)-.

(12) 第45巻 第3 号 上を実現 し ていくのに効果的な産業活動といえ る 。 「知識集約化」が提唱された昭和 40 年代中頃には, 戦後の復典から発展 の 過程で, 先 進国への 追走・キャッチ アップの政策的指標であ っ た重化学工業化率はすでに先進諸国を 追い抜き, 高度工業国家と し て の 国際社会で の 地位を確立 し , 加 え て「重化学工業型」経 済の 成熟化傾向による 活力低下が問題とな っ ていた。 し たが っ て, 中長期視点から, 菫化 学工業化に代わ る 新たな成長路綿 の 設定問題が通産省の産業構造政策の課題とな っ ていた。 「石油危機の 発生以来 4 年を経過 し ようと し てい る 現時点で考え る と, 持続的成長を達成 す る ための諸課題, 及び, これに対す る 対処の方途を明確化す る 必要は. ますます大きく な っ てい る 」と の 自 覚がそこにあ る ( 通商産業省編 「産業構造 ビジョン実現のために( 昭 和 52 年)」参照)。 し たが っ て, 「知識集約化」は新たな経済環境 の もとで の 「持続的成 長」を志向す る ものであ っ ただ け に. 昭和 46 年度の 「通尚産業省年報」 が 言うような政 策. 即ち「産業の 構造改善は. まず. 産業界 の 自 主的努力によ る ところが期待され る が. 政府と し ても必要な ビジョン の 策定. 業界の構造改善努力に対す る 金融・税制上 の助成等 によりそ の推進に積極的に支援」 という範囲をこ え る 必要があ っ た。 言い換えれば. 当時 の産業政策は主にか っ ての民間部門の 自律的成長力を回復させ る ための内科的処置ー 大幅 減税• 国債増発 ー が中心に展開され. 円切り上げに伴う産業構造 の変化も 「わが国輸出秩 序の確立と長期安定的な発展を図 る 」必然的な方向と し て容認 し ていた。 し か し . 石油危機後では. 石油を基盤に発達 し てきた日本経済のアキレス腱の存在が明 確になり( 表 1 参照). 市場機構に委ね る ことができない構造不況や地域間不均等発展と い っ た産業構造の 妓行性が政策矛盾と認識され. そ の 克服によ る ソフト・ ランデ ィ ングの ための構造転換を目的と し た外科的対応の必要が求められた。 そ し て. 新たな る 展開軸を いかな る 産業に求め る べきかの検討が重要にな っ ていた。 例 え ば昭和 49 年度の 「通商産 業省年報」には. 次ぎのようなグル ー プ化が明示されてい る 。 A ) 技術先端産業等の機械産業. 高度合成化学. 高級生活用品等の 伸びが高ま る 。 B ) 鉄鋼. 石油化学.. パ ルプ,. アルミニウム等の中間財型素材産業は. 産業構造 の省エ. ネルギ ー 化. 国内立地の限界とそれに伴う海外投資の進展等により. そのウエ イト を減じ る 。 C ) 比較的単純労働依存型であ る 繊維. 生活用品等の低加工度. 低付加価値部門は. 発 展途上国の工業化の 進展に伴い. その成長 の ポ テンシャルが弱ま っ ていく。 A のグル ー プが知識集約化の 基軸産業であり' B 及び C のグル ー プは主にその路線から はなれたところにあ る 。 B 及び C のグル ー プのなかには. その後も深刻さが増幅され. 社 - 76 (542)-.

(13) 政策に 投影す る 産業構造観( I ) ( 衣本) 表l. ( イ ) 重化学工業. 材 型. 加 工. (単位 : %). 8年 4年 構 成 比 生 ー5 産2 の 48年 49年 50年 5 1 年 52年 の 伸 び率 △ 8.4 鉱 業 0.69 0.68 0.72 0.65 0.64 △ 9.0 鉄 鋼 6.70 6.87 6.59 6.5 1 6.16 △ 2.6 非 鉄 金 属 2.14 1 .95 1 .95 2.09 2.1 1 △ 5.2 化学(医薬 品 を 除 く ) 7.18 7.14 7.08 6.95 6.89 △ 1 .8 石 油 • 石 炭 製 品 2.68 2.73 2.94 2.7 1 2.66 ,j ヽ 1 9.39 1 9.37 1 9.28 1 8.9 1 1 8.46 △ 5.9 5.75 5.53 5.05 5.3 1 5.47 △ 6.0 金 品 製 屈 1 .81 2.19 2.46 2.62 2.75 50.4 医 品 薬 3.3 械 37.38 38.53 37.24 38. 1 0 39.05 機 △ 9.0 一 般 機 械 14.12 14.45 1 2.85 1 2.7 1 1 3.00 1 1 .2 電 気 機 械 1 1 .53 1 1 .59 1 1 .04 1 2.74 1 2.97. 種. 業. 素. 業種別生産構成比の水位. �r. 機 械 械 機 除く) (精 輸 船舶 密 送を機 械 ,j ヽ 計 計. 型. 1 0.42 (7.51) 1.31 44.94 64.33. 1 0.98 1 1 .79 1 0.85 1 0.84 2.8 (7.58) (8.31) (8.34) (8.82) ( 1 6. l ) 1 .5 1 1 .56 1 .80 言言言疇疇..言疇疇 2.24 .. 疇疇....疇一嘗一... 68.9 46.25 44.75 46.03 47.27 4.0 65.62 64.03 64.94 65.73 1 .0. ( 口 ) 軽工業. (単位 : %) 種. 業. 素 材. 窯業 ( ガ 磁 ラ ス 製品 , 器 陶 を除 く ) パ ル プ ・ 板 紙 化学繊維 製 糸. 紡績 木 材 ・. 木 製 品 品 食 料 他 (調味料そ の の 食料品). 8年 4年 構 成 比 生 ー5 産2 の 48年 49年 50年 5 1 年 52年 の 伸 び率. 2.87. 2.87. 2.78. 2.60. 2.54. △ 1 2.5. 1 .47 1 .72 3.06. 1 .47 1 .54 2.85. 1 .38 1 .57 2.93. 1 .39 1 .60 2.82. 1 .35 1 .47 2.65. △ 9.2 △ 1 5.5 △ 1 4.4. 1 .52. 1 .60. 1 .66. 1 .6 1. 1 .62. 5.3. 1 .57 2.78 .......... 1 4.67. 1 .56. ロ aロ. 1 .47 1 .46 型 3.22 プ ラ ス チ ッ ク 製 品 .... - . . . . . . . ..... ..... ー... ............ 疇—--..... - .2.81 1 5.33 1 4.60 小 計 を の ガ ラ 3.34 3.1 2 器薬 品磁 (窯 も製陶 土 ス製 含む) 品 紙. そ の他の紙加工 品 2.08 2.06 織物, 染色整理 , 加 リ ヤ ス お よ び繊維 二 7.37 6.93 ゴ. ム. 製. 響. 1 .54 2.93 2.90 .... ー一嗚 1 4.51 1 4.07. 3.6 △ 1 0.8 - - - - - - - - - - - - -- - △ 9.3. 2.97. 3.1 0. 3.1 8. △ 5.9. 2.1 1. 2.1 6. 2.1 2. 0.7. 7.40. 7.16. 6.82. △ 8.5. 製品. 工. 料 (加 品, 調 品 食 味 次料等 , 飲工料食) た ば こ. 型. 皮 金. 革 属. 製 製. 家. 6.09. 6.27. 7.33. 6.6 1. 6.62. 7.4. ロ aa. 0.52. 0.54. 0.58. 具. 0.35. 0.29. 0.62 0.28. 0.55 0.28. 3.8 △ 2 1 .4. 0.30. の 製品 ( ア ノン ,, ルペ 筆 ポ ービ 万 そ 年他 0.59 0.57 0.59 0.64 0.63 _ __ 等 )_ ---------------ん具 --が --20.34 1 9.78 2 1 .30 20.55 20.20 計 35.67 34.38 35.97 35.06 34.27 計. 4.9. --- - - - - - - - - - - - - -. △ 1 .8. △ 5.0. (備考) ( I ) 通産省 「通産統計」 に よ り 作成 (2) △ は マ イ ナ ス を 示 す . (注) 経済企画庁編 「経済 白書 一 昭和 53年 度」 224 - 225 頁 よ り 引 用 . - 77 (548) -.

(14) 第45巻 第 3 号 会問題化し, 通両産業省も昭和 53 年に 「特定不況産業安定臨時措置法」を制 定するが, それはソフト ・ ランディングのための 一種の逆噴射装隧と考えられる。 逆噴射装置は次のような政策課題を含ん でいる。 たとえば, 労働者の再配置や再雇用策. 過剰設備の処理策, 事業転換策. さらには産業再編成円 滑化のための調整や地域経済への 影響緩和措置である。 これらの問題の多くは高度成長期には経済の強い成長力により深刻 な問題にならなか っ たが, 石油危機後の成長力が大きく減退した日本経済においては. こ のような問題が次から次へと政策矛盾化し. 産業構造政策の主要な課題とな っ ていた。 し たが っ て, 知識集約化を基調とする産業構造政策が ‘ノ フ ト ・ ランデ ィ ングのための政策装 置として重要視されるのは, 石油危機を契機に顕在化した多様な問題の産業調整を考應し ながら, 企業の 自主努力を基本としつ つ 市場機構を補完し, 経済環境の変化に対応した産 業構造を実現するためである。 そして. 通商産業省では. 次ぎのような要点を考應した荏 業構造政策の策定が必要であると考えている 「 ( 通商産業省年報 (昭和 54 年度)」 95 頁参 照)。 1 ) 産業構造の知識集約化に対する十分な情報提供を行い. 国民相互のコンセンサス形 成 資源配分の円滑な調整に努めるとともに. 民間経済の活力の維持 ・ 向上を図る。 2) リス クの高い技術開発や基礎研究に. 国が積極的な役割を果たすとともに. 民間の 技術開発や社会開発のなかで. 先導的なものは国が積極的に支援すること。. 3 ) 政策金融や 税制措置を活用して. 技術先端的産業や社会資本関連産業の高度化を推 進するとともに. 省 ェ ネルギ ー 投資. 更新投資の促進を図る。. 4 ) 人的資源の資質, 創造力を高め. 柔軟性を養い. 就業構造の質的転換を円滑化する。 かくして. このような対応が有効性を持ち, ソフト. ・. ランデ ィ ングが産業構造の変化の. 成果となる時, 産業構造政策は国民にアピ ー ルできる産業構造の在り方を的確に提言した ことになるというのが, 通商産業省の立場である。 加えて. 産業構造の変化がハ ー ド. ・. ラ. ンディングをもたらす時. いわゆる産業調整政策が必要になると考えている。 その場合, この政策は 1 ) 中長期的観点から経済効率性を有すること.. 2) 市場機構を通ずる変化. を補完するものであること, 3) 一時的な施策であること.. 4 ) 施策の対象範囲が限定さ. れ, 内容が明確なこと, という原則の下で. 展開されることが肝要であるとしている。. 4. 結 び に 代 え て. 一. 石油危機後の産業構造観一. 昭和 46 年の「70年代の通商産業政策」 は重化学工業化. 高度成長路線を知識集約化. - 78 (544)-.

(15) 政策 に投影す る 産業構造観( I ) (衣本) 安定成長路線へ 切 り か え る こ と を提言 し た 。 こ の 提言 は石油危機を踏 ま え て 「産業構造の 長期 ビ ジ ョ ン 」 へ と 結実す る が, 昭和 49 年度の 「通商産業省年報」 は 策 定 作業 の 内 容 を 次 ぎ の よ う に 取 り 上 げ て い た 。 「 日 本経済の将来像 は, 将来 の あ る べ き 産 業 構 造 を 示 し た ビ ジ ョ ン と し て 「産業構造の長期 ビ ジ ョ ン 」 と 題 さ れ, 省内 に お け る 議論, 諸調整を経て, 民間有識者を メ ン バ ー と す る 産業構造審議会 で の 審議に付さ れた。 審議会で は, 主 に ビ ジ ョ ン実現の た め の政策手段 の 調 整 に 議論 が集 中 し , ロ. ー. リ ン グ プ ラ ン と し て ビ ジ ョ ン を 毎年. 策定 す る こ と , 計画 的市場経済方式 を 採 用 す る こ と 等 の画期的 な 提案が盛 り 込 ま れ」 た と し て い る (「通商荏業省年報 (昭和 49 年度)」 71 頁参照) 。 昭和 49 年 に 初 め て 刊行 さ れ た 「産業構造 の長期 ビ ジ ョ ン 」 は , 「 社 会 に お け る 長 期 ビ ジ ョ ン の 役割」 の な か で, 産業構造 の 把握が昭和 30 年代以降の高度経済成 長 期 の 価 値 観 か ら 一 歩 出 た と こ ろ に あ る こ と を 明 ら か に し て い る 。 即 ち , 現在 日 本 が 直面 し て い る 都市 問題 環境問題 資源 ・ エ ネ ル ギ ー 問題等 は か っ て 経験 し た こ と の な い 問 題 で あ っ て , 「従来の よ う な キ ャ ッ チ ・ ア ッ プ的手法で 足 り る も の で は な く , 正 に 新 例 を 開 か な け れ ば わ れ わ れ に 未 来 は 存在 し な い 」 と 考 え て い る 。 し た が っ て , 産 業 構 造 の 長 期 ビ ジ ョ ン は 「 わ が社会 の ニ ー ズ, わ が国民 の ニ ー ズ の 充 足 に 如何 に わ が国産業 が 応 ず る べ き か に つ い て の ひ と つ の 見通 し の 提供 に 他 な ら な い」 と 明言す る 。 そ し て, 産業構造の 高度 化 = 知識 集約化 は産業 が国民生活の ニ ー ズ に よ り よ く 応え る こ と で あ り , こ の 生活の甚礎的在 り 方 の選択 は優れて応用 倫理学的文化的要素 を 含み, 産業構造の高度化の水準 は あ る 意味 に お い て は 一 国の文化内容 よ っ て決定 さ れ る と 述べ, 生産力 の 問 題 の み で な い こ と が強調 さ れ て い た。 (前掲 「産業構造 の長期 ビ ジ ョ ン 一 昭和 49 年度版」 1 - 3 頁参照)。 そ れ故 に , 産業構造観 は 多 面 的 に提示 さ れ る 。 石油危機以後 の経済的混乱を収束 し , そ の 後 の 長期安定路線 の た め ソ フ ト ・ ラ ン デ ィ ン グ型軌道 を 構築 す る に あ た っ て, 通商産業 省 は 日 本 の経済風士 に 適 し た 産業構造政策の必要性が今後 ま す ま す増大 す る と 考 え , 「望 ま し い 産業構造」 に つ い て, 各 「年報J で, 「産業構造 の長期 ビ ジ ョ ン 」 に 関 連 付 け て , い ろ い ろ の 側面か ら 述 べ ら れ て い る 。 そ こ で, そ れ を ひ と つ に ま と め て み た も の が以下の よ う な 産業構造観 で あ る 。 1 ) 国民ニ ー ズ の 質的変化。 物 の 豊か さ か ら 心の豊か さ へ, 或 い は生活の量的満足 か ら 質的充実 へ の移行。 (福祉 • 生活充実型産業構造) 2 ) 省資源 ・ 省 ェ ネ ル ギ ー 経済の 確立。 資源 • エ ネ ル ギ ー の輸入依存度が極 め て高 い 日 本経済 に と っ て は, 交易条件の 悪化, 国内需給 ギ ャ ッ プの拡大の回避 の た め の 脱石 油化, 資源再利用 や備蓄促進等の政策を必要 と す る 。 ( 資源 ・ エ ネ ル ギ ー 高 度 利 用 - 7 9 (545)-.

(16) 第45巻 第3号 型産業構造) 3) 脱公害化, 自 然環境の保全, 産業の分散化, 工業再配置による国土の均衡ある発展 及び産業の環境保全の徹底が必要であり, そのための法的規制の強化と防除技術開 発の促進が求められた。( 産業適性配置• エコ ロ ジ ー 型産業構造) 4 ) 日本経済の国際化と国際協調の促進。 わが国経済の国際経済への影響力の増大に対 応して. 国際分業の促進と産業調整の必要性及び国際的展開への産業政策が求めら れている。 (国際協聞型産業構造) 5 ) 創造的技術革新の促進。 豊富な人的経済資源の有効利用の観点からの高度なマン パ ワ ー の活用による創造的技術開発体制の確立が望まれる。 加えてテク ノ ロ ジ ー ・ ア セ ス メ ントや省資源・省 ェ ネルギ ー といった国民的コンセ ン サスの得られる手法や 分野に関する研究開発組織の確立が必要である。( 技術立国型産業構造) 要するに, 石油危機後の政策視点としての産業構造観には, 内外経済環境の変化に対応 できる日本経済の転換能力の 「幅」を産業構造の特色として廂り込む姿勢がみられた。 そ して, その具体的政策化の手法に関して. 日本経済の転換能力の「力量」を示すために, 強調されたのが「ロ. ー. リングプ ラ ン」 と「計画主導型市場経済方式」である。 それは「計. 画化の長所と市場経済方式の長所とを両立せしめること」を目標とする伝統的な日本株式 会社的政策スタンスである。 しかしながら, 「ロ. ー. リングプ ラ ン」と「計画主導型市場経済方式」 は次の点で政策策. 定の オ ー プン化を心掛 けて いる点で斬新性がある。 即ち. 「産業構造の長期ビジョ ン」の 役割は, 市場 メ カ ニズ ム に反映されにくい質的, 文化的側面の「国民 ニ ー ズ」の在り方を できるかぎり織り込ん だ中長期的視点から, 国民相互のコン センサスを形成させることに ある。 その ためには,. ニ. ーズに関する価値判断につ いては, ひろく国民の批判を仰ぎ, 必. 要とあらばその内容を是正すべきものと考える。 した がって, ビジョンの作成はロ ー リン グプ ラ ンと い う目標年次に向かって毎年継続的に作成し, その都度作業結果を国民に提示 しつ つ 産業構造政策の適性な方向を模索するという手法が採用されるようになったのであ る。「投資」と「輸出」 が経済発展の原動力と理解され, こ の二 つ の 要 因 を 複 眼 的にみる ことだ けで事足りた重化学工業化期に比べれば, 石油危機後の日本経済は「政府活動」要 因,「個人消費行動」要因, そして「輸入貿易」 も経済の在り方を考える上で先の二要因 より軽視してよい といえる理由 は見当たらないのである。 むしろ後者の方が経済の在り方 を決定する点では重要な働きをするようになって い た。 しかも, 産業構造の多面性が内外 経済環境の変化を反映させて強調されるだけに. 経済に対するバ ラ ンス感覚が政策として - 80 (546)-.

(17) 政策に投影する産業構造観(I) (衣本) の 産業構造観 を 決定 し , そ れ を 通 し て 産業構造政策 の 是非 が問 わ れ る の で あ る 。 参. 考. 文. 献. 通商産薬省産業政策局調査課編 「通 商産業 省年報」 各年度版 ( 昭 和 44-54 年度) 通 商産業省編 「産業構造の長期 ビ ジ ョ ン 」 各年度版 (昭和 49-54 年度) 通 商産業省編 「産業構造 の 長 期 ビ ジ ョ ン 実現の た め に」 昭和 52 年 通曲産業省編 「構造不況法の 解説」 昭和 53 年 通鹿荏業 省政策研究会編 「新 し い通商産業政策 の 展 開 の た め に」 昭和 45 年 通面涯 業 省政策研究会編 「70 'i・ 川. 昭和 45 年. 通 商産薬 省荏柴構造帝議会編 「80 年代の通{ii.政策 ビ ジ ョ ン 」 昭和 55 年. - 8 1 (547 ) -.

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