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自然災害に向き合う海洋科学

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Academic year: 2021

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51 学術の動向 2021.1

2020

年、新型コロナウイルス感染症が発生し、 世界中で活動が制限された。科学技術の革新が めざましい中、一方で自然の理解は追いつかず、 両者の調和は乱れ、さまざまな不都合な現実が 突きつけられている。先を見通すことが難しい 今日、変化に向き合って対応することが求めら れている。不都合な現実に対し、技術での対応 が続いているが、自然と真に向き合うことはそ うたやすいことではない。 自然災害が起こることは、これまでの歴史が 証明している。人間が関わることではじめて「災 害」になるが、人間に限らず、自然攪乱が発生 することにより、程度こそ異なるが生態系は破 壊され、環境も生物も変化し影響を受ける。人 間の歴史の中にも多くの自然攪乱が災害として 記録され、日本でも縄文時代以降、大地震や津 波の足跡が残っている。地球では、自然攪乱は 起こるのであるから、起こることを前提にそれら にどう向き合うのか、海に囲まれた日本で災害 に向き合うための海洋科学について考えてみる。 ちょうど

10

年前、

2011

年に発生した東北地 方太平洋沖地震と津波は大震災を引き起こし

自然災害は起こる

東日本大震災

(東日本大震災)、その直後に攪乱の解明、被害 状況の確認と復興を目的としてさまざまな規模 のプロジェクトが立ち上がった。海洋関係でも 東北マリンサイエンス拠点形成事業をはじめと して海洋科学や水産科学などの分野が結集して 多くの研究者やステークホルダーが参画し実施 された。今日、それらのプロジェクトに一区切 りが打たれようとしており、研究現場にもその ような空気が漂う。一方で、自然の変化は緩や かで、

10

年という時間スケールでは見えてこな いことがある。自然を理解するためには人間の 設定した

10

年という時間スケールは決して十分 ではないと考える。 地震・津波が発生する以前から、養殖が盛ん な宮城県牡鹿半島の付け根に位置する女川湾奥 で脆弱な泥底質に生息する生物群集をモニタリ ングしていた。地震・津波による攪乱後の生態 系解明のプロジェクトに参画し、これまで通算

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年にわたり同じ地点で生物群集の変化を観察 することができた。水深約

20 m

の女川湾の泥の 海底では、攪乱前は表層に環形動物門多毛類(ゴ カイの仲間)の大型の種類が優占していた。攪 乱発生直後は密度とバイオマス(重量)がともに 大きく減少し、その後、約

2

年間は小型の多毛 類が不規則に出現と消滅を繰り返した1。また、

海底の生物群集の変化

自然災害に向き合う海洋科学

「国連海洋科学の10年」―One Oceanに向けて

大越和加

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52 学術の動向 2021.1 特集

 

1

「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」を多様な視点から考える

夏には、有機汚染指標種の二枚貝類が出現した。 その後、群集全体の密度は増加し、攪乱前の水 準に戻った。一方、組成を見ると、底質に潜る 多毛類が多くなり、その中には、泥中の油分を 分解したり、泥を攪拌して内部の環境を好転さ せ生物多様性を増加させる種群がみられ、湾奥 の海底環境の修復に役立ったと推察された。そ の群集は、約

2

年間続いた。その後、再び攪乱 前に類似する群集へとシフトしたように思われ たが、津波で決壊した防波堤の復旧工事に起因 すると推測される夏の貧酸素の発生により海底 環境が悪化し、再び密度は減少に転じ、現在に 至るまで低いレベルで推移している。一方で、 バイオマスについては回復が遅れ、攪乱発生直 後に一旦激減したのち、攪乱前より少し低い程 度のレベルまで回復しそのまま推移していたが、 貧酸素が発生した夏以降、再び減少が始まり、 現在も回復しないまま低い状態が続いている。 このことは、海底の生物量が少ないこと、底生 生物の持つ重要な機能である水質と底質の浄化 作用や底質を攪拌することによる物質循環の駆 動等が十分に機能していない可能性のあること を示唆している。 河口域も変化が続いた。仙台市七北田川河口 域に位置する蒲生干潟では、地震・津波による 攪乱後、著しい土砂動態の不安定な状況が続き、 底生生物の生息基盤となる泥質や砂質の海底地 形の変化、それに伴う水質環境と底生生物の群 集の変化が観察されている2。地震・津波直後か

1

年間は連続的な地形と水質環境の変化によ り、底生生物群集は激減したが、一方で素早い 回復を見せる種群が出現し、

2

年後には攪乱前 とほぼ同様の種群がその密度、バイオマスを回 復させた。今日に至るまで変化は続いているが、 それには、河口から潟内への水の通り道となる 新しい導流堤の工事等の復旧事業が関わってい ることが示唆され、河口域の生態系サービスを 低下させることなく沿岸域の復旧、修復を考える 際の基盤となるデータが得られたと考えている。 ここでは、基盤となる海洋生態系の中の浅海 域の砂泥底(軟らかい底質)で行われた調査研究 の一部を示したが、他にも岩礁域(固い基質)に 固着・付着する海藻や二枚貝類については地盤 沈下やその後の隆起による影響が継続している こと、また、海藻と海藻を食べるウニ、アワビ 類とのバランスが崩れたことによる影響が継続 していることなど報告があり、水産資源を回復 するための対策や取組みが提案、実施されてい る。これまでのところ、海洋では、総じて水柱 中の水塊ではプランクトンや魚類などは攪乱に よる変化は小さく、または復元が速かったが、 より見えにくい海底の底質に生息する底生生物 (動物だけではなく海藻・海草を含む)は大きく 攪乱され、少なくとも

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年という時間スケール では変化が終息していない。

10

年に渡るモニタリングによって、海洋環境 と生物群集がどのように変化し応答していくの かを解析し、沿岸の生産性や機能性、そして攪

防災は自然を理解した上で

人間とのかかわりを考えること

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53 学術の動向 2021.1 PROFILE

大越和加

(おおこし わか) ▪日本学術会議連携会員 ▪東北大学大学院農学研究科教授 専門 生物海洋学、多毛類生態学、水産環境学 乱の影響やその規模について議論する基礎デー タが得られた。長い時間を要するモニタリング は非常に地味な調査研究で、インパクトのある 変化がない限りその意義が認識されにくいが、 中長期にわたる継続的なデータの備えがないと、 そもそも攪乱後に変化したのかどうか、どのよ うに変化したのかを明らかにすることは難しい。 また、自然の中には気付きにくいが少しずつ、 しかし確実に変化をし続けている現象があり、 それらの長期に渡る変化を認識することはとて も重要である。今現在、どのような状況にある のかを常に正しく理解していることが何よりも 肝要である。防災は、自然を理解した上で人間 とのかかわりを考えることである。 今後、災害は増えると予想される。地震・津 波も必ず起こる。災害が発生することを前提に 積極的にデータを蓄積して備え、解析し、対応 する「災害科学」などの新しい学問を、海洋科学 や水産科学の分野でも構築し、人材を育成し、 ポスト大震災の次の

10

年として推進すべきであ る。

2021

年から始まる「国連海洋科学の

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年」 は、短期的な防災を目的とするものではなく、 将来にわたり持続可能で豊かな海洋が保全され る、そのような防災を考えることに重点を置く べきである。 私たちが生まれ、そして棲むこの地球上で、 生態系の一員である私たち人間が自然の仕組み、 生態系を理解し、災害に向き合い、そして科学

災害に賢く向き合う

的に理に合った生き方を自ら選択していく。繰 り返す自然攪乱によって人間に与え得る災害の エネルギーの大きさを理解し、その上で本来の 持続可能な機能を持った豊かな海洋とともに暮 らす、そのような姿を目指したい。海洋が持つ 本来備わっている復元力を超えて人間が攪乱す ることなく、抗うことなく、賢く向き合ってい く海洋科学の道を選択したい。 参考文献

1 Abe H., Kobayashi G., Sato-Okoshi W. 2015. Impacts of the 2011 tsunami on the subtidal polychaete assemblage and the following recolonization in Onagawa Bay, northeastern Japan. Marine Environmental Research 112: 86-95. DOI: 10.1016/ j.marenvres.2015.09.011

2 Kondoh T., Nakayama G., Sato-Okoshi W. 2020. Preliminary report of impacts of the 2011 earthquake and tsunami and subsequent events on macrobenthic community in a shallow brackish lagoon in Sendai Bay, Japan. Evolution of Marine Coastal Ecosystems under the Pressure of Global Changes. Springer, pp. 163-172.

参照

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