氏 名 卓馬 博士の専攻分野の名称 博 士 ( 医 学 ) 学 位 記 番 号 医工博4甲 第 178 号 学 位 授 与 年 月 日 平成27年9月25日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 先進医療科学専攻
学 位 論 文 題 名 Transplantation of neural stem cells that overexpress SOD1 enhances amelioration of intracerebral hemorrhage in mice (マウス脳出血モデルに対する SOD1 過剰発現神経幹細胞移植治 療の神経保護効果) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 杉田 完爾 委 員 准教授 姚 建 委 員 講 師 三井 広
学位論文内容の要旨
(研究の目的) 近年、幹細胞移植治療は、脳梗塞治療においても注目を集めており、すでに臨床試験も多数進めら れている。脳出血においても新たな治療戦略として期待されているが、克服すべき課題も多い。なか でも移植細胞の大多数が移植後早期に細胞死に至ることが、最大の問題として指摘されている。実際、 動物実験において、Akt などの細胞生存因子の過剰発現により移植細胞の生存率が向上し、脳出血に 対する移植治療効果が強化されることが報告されている。しかしながら、移植幹細胞の生着阻害機序 については現在までほとんど検討されておらず、治療効果のさらなる向上のためには、この細胞傷害 機序の解明が不可欠である。これまで脳出血においては、血腫周囲の浮腫や炎症反応ならびに血腫分 解物の細胞毒性などが周囲組織を二次性に傷害することが示されている。特に血腫分解物であるヘモ グロビン (Hb)およびその分解物である鉄イオンによる酸化傷害がこの組織傷害の中心的役割を果 たすことが報告されている。そこで、このHb の酸化傷害作用に着目し、移植神経幹細胞に対する細 胞傷害への関与を検討した。さらに、酸化傷害に耐性を有するマウスsuperoxide dismutase 1 (SOD1)過剰発現神経幹細胞を用い、Hb による移植神経幹細胞障害に対する治療効果ならびに脳出 血マウスへの移植治療効果を検討した。 (方法)神経幹細胞は、生後 1 日の野生型(WT)マウスおよび SOD1 過発現(Tg)マウスの subventricular zone より採取し培養した。これらをマウス由来 Hb へ直接暴露し、活性酸素産生と幹細胞傷害を、それぞ れ hydroethidine 法と細胞生存率アッセイで測定した。マウス脳出血モデルを用い、in vivo での移 植神経幹細胞の酸化傷害また移植治療効果を検討した。マウスの右線条体に自己血を注入し脳出血を
作成し、その 3 日後に 2×105個の WT もしくは Tg 神経幹細胞を血腫近傍に定位的に移植した。コン
トロール群では phosphate buffered saline を注入した。2,4-dinitrophenylhydrazone, and 2,4-dinitrophenyl (DNP) 染色を用い、移植後神経幹細胞における酸化傷害を検討した。また移植後 35 日の移植生存細胞数を免疫染色にて測定した。移植部周囲における vascular endothelial growth factor (VEGF)および glial cell derived neurotrophic factor (GDNF)の発現量を ELISA 法で測定 した。幹細胞移植による神経保護作用の評価のため、血腫周囲線条体の生存神経細胞数を免疫染色に てカウントし、線条体の萎縮程度をクレシルバイオレット染色で計測した。シリンダーテストおよび コーナーターンテストによる行動学的評価を脳出血後 1、3、7、14、21、28 および 35 日に行い、治 療効果を判定した。 (結果) Hb 暴露後、Tg 神経幹細胞における活性酸素発現ならびに細胞死は WT 神経幹細胞に比べ有意に 抑制された (n=5, p<0.001、n=5, p<0.001)。また脳出血モデルへ移植後も、Tg 神経幹細胞では WT 神経幹細胞に比較し酸化傷害が有意に低下し(n=5, p<0.01)、脳出血後 35 日の移植細胞生存率は有意 に改善した(n=9, P<0.01)。移植部周囲における VEGF および GDNF は、出血後 5 日では WT およ びTg 神経幹細胞いずれにおいても発現上昇を認めたが、出血後 14 日には Tg 神経幹細胞でのみ上昇 を認めた(n=4, p<0.01)。出血後 35 日のホスト組織における生存神経細胞数は、Tg 神経幹細胞での みコントロールと比較し有意な増加を認めた(n=6, p<0.05)。さらに WT および Tg 神経幹細胞はコン トロールと比べ出血後35 日の脳萎縮を軽減したが、Tg 神経幹細胞は WT 神経幹細胞に比較しさら に有意な軽減効果を示した(n=7, p<0.05)。シリンダーテストによる神経機能評価では WT 神経幹細 胞はコントロールに比較し脳出血後28 日以降に有意な改善を認めたのに対し、Tg 神経幹細胞では より早期の21 日以降から有意な改善を認めた。さらに脳出血後 35 日には Tg 神経幹細胞は WT 神 経幹細胞と比べても有意な改善があった(n=9, p<0.05)。またコーナーターンテストでは、WT 神経幹 細胞はコントロールと比較し改善を認めなかったのに対し、Tg 神経幹細胞では脳出血後 35 日に有 意な改善を認めた(n=9, p<0.01)。 (考察) 本研究において、Hb は神経幹細胞に対しても酸化ストレスを介した細胞毒性を示し、脳出血 後に移植された神経幹細胞の生着を妨げる一因となっていることが示された。さらに、神経幹細 胞移植により移植部位周囲における液性因子の発現上昇および出血周囲の神経組織の保護作用 が認められ、Tg 神経幹細胞移植では、WT 神経幹細胞移植よりもより強い保護効果が存在する ことを明らかにした。これらの結果から、SOD1 の過剰発現が移植細胞の生着率の向上を介し移 植周囲の神経栄養因子の発現量を増加させ、神経保護作用が促進された結果、治療効果が向上し たものと考えられた。 (結論) 脳出血に対する幹細胞移植治療において、血腫分解産物により誘導される酸化ストレスが治療効果 を妨げる一因となる。抗酸化作用を所持する神経幹細胞の移植が、新たな治療戦略となりえる可能性 が示唆された。
論文審査結果の要旨
神経幹細胞移植を利用した脳梗塞治療は注目を集めており臨床治験も始まっているが、神経幹細胞 移植を脳出血に応用しようとする試みは、移植幹細胞の生着率が悪いために克服しなければならない 課題が多い。本研究は、野生型マウス(WT)と SOD1 過剰発現マウス(Tg)に脳出血を惹起させるモデ ルを用いて、移植幹細胞の生着率と神経機能に及ばす影響を検討した基礎論文である。留学先の米国 スタンフォード大学脳神経外科で研究が行われ、その成果は、2014 年、Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism (IF:5.407)に掲載されている。
方法の概略:神経幹細胞は、subeventricular zone から採取し、培養した。脳出血はマウスの右線 状体に自己血を注入することで作成し、3 日後に WT あるいは Tg マウス由来神経幹細胞を血腫近傍 に移植した。神経幹細胞の酸化傷害の程度をDNP 染色で、移植後 35 日の移植幹細胞生存細胞数を 免疫染色で、移植部周囲のVEGF と GDNF 濃度を ELISA 法で、血腫周囲線状体の生存神経細胞数 を免疫染色で、線条体の萎縮をクレシルバイオレット法で検討した。行動学的評価はシリンダーテス ト、コーナーターンテストで脳出血後35 日まで経時的に調べた。 結果の概要と考察:脳出血によるHb 暴露で、活性酸素発現、移植幹細胞の細胞死、脳萎縮は Tg マウスにおいて有意に抑制され、SOD1 による酸化傷害の抑制が神経幹細胞の生存率の向上に寄与す ることが示された。神経機能検査でもTg マウスでは脳出血御 28 日以降に、優位な改善が認められ た。これらの結果から、脳出血後に暴露されるHb は神経幹細胞に対して酸化ストレスを介した細胞 毒性を示し、脳出血後に移植される神経幹細胞の生着を抑制すること、抗酸化作用を有する神経幹細 胞の移植によって酸化ストレスを軽減できれば、神経幹細胞の生存率を上昇させ、神経保護効果を増 強できることが示された。 姚委員から、 1) 用いられた神経幹細胞は他の細胞を含んでいないか? 2) SOD1 以外のレスキュー因子は? 3) 他の薬剤との併用効果は? 4) 幹細胞を周囲ではなく血腫に接種したらどうなるか? 三井委員から 1) Hb による幹細胞の減少メカニズムは? 2) SOD1 活性を上昇させる薬剤はないか? 杉田委員長から 1) 神経幹細胞のマーカーはあるか? 2) ヒトに応用する場合は、同種免疫反応はどうなるか? 3) 血液サンプルの採取、投与方法は? などの質問がなされ、的確な回答が示された。 以上、本論文は、レベルの高い基礎研究で、将来的には臨床的応用が期待される優れた論文であり、 質疑応答も的確になされたため、医学博士論文に相応しい研究であると結論付けられた。