万葉歌の口誦性 : 「作」字の有無をめぐって
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(2) 群 に つい て題 詞 や左 注 で作者 名 を 記 す のを 原 則 と す る。 そし て、 作 者 名 が知 れ な い場 合 、特 に ﹁ 作者 未 詳 ﹂ ﹁作 者 不 詳 ﹂ ﹁作者 未 審 ﹂ ﹁作 主 不詳 ﹂ な ど と注 し て、 そ の旨 を 明 記 す る こと が あ る。 これ ら の注 記 は、 巻十 五 ・十 八 を 除 く 記 名 歌 巻 す べて に計 二十 数 例 み ら れ る が、 こ のよう な 注 記 を記 す態 度 は、左 注 ど な で作者 の異 伝 を記 す 態 度 と と も に 、 ま ず は これ ら の巻 の編者 の、 歌 の作 者 に対 す る強 い関 心 の所在 を 明 瞭 にも のが た って いる。 そし て、 こ のよ う な 作 者 への関 心 は 、 ひと り 万葉 集 編者 のそれ にと ど ま ら ず 、彼 ら 対 し が 応 て い った万葉 歌 の世 界 に広 く存 在 し た. も のと 考 え る べき であ ろう 。. と ころ で、 歌 の ﹁作 ﹂ と は特 定 の個 人 の内 的 な営 み に ほか なら な い。 歌 と と も に作者 を 記 す た め には、 歌 が特 定 の個 人 の内 的 な営 み に属 す ると いう 認 識 が先 立 つ。 そし て こ のよう な 認 識 は、 歌 がも っぱ ら 歌 謡 とし て歌 い手 の表 現 に か か るも の であ った時 代 に は あ り に く く 、 記 載 文 芸 と し て の和 歌 に お い て こそ必 要 と さ れ た であ ろう 。 ﹁作 ﹂ の意 識 は 、 歌 の歴 史 のは じ め から そ れ と し て存 在 し た の では なく 、 歌 が 歌 謡性 を克 服 し て和 歌を 創 出 し 、 ま た文 芸 と し てさら な る深 化 を 見 せ て いぐ 過 程 と 対 応 し て、 歴 史 的 ・経 験 的 にし だ い に獲 得 さ れ て い ったも のであ る。 作 歌. 2 0。. 記名 歌巻 にお いて歌 の作者を記す場合 、も っともわかり やす い のは、. ニ. ち ょう ど 歌 謡 の流 れ か ら 和 歌 が自 立 し よ う と す る時 期 に成 っ た万葉 集 は、右 のよう な こと がら を探 る た め の 一等 資 料 と いう べき であ ろ う 。中 でも 、 記 名 歌 巻 の見 せ る ﹁ 作﹂ への志 向 が ま ず 注 目 さ れ てよ い。 こ のよう な 認 識 のも と に、 本 稿 では 記 名 歌 巻 にお け る ﹁ 作﹂ 字 そ のも の の有 無 と 、 そ の意 味 す ると ころ は 何 かと いう ことを 問 題 と す. 意 識 自 体 にも 歴 史 が存 在 す る。. (2) 万葉歌 の口誦性.
(3) 神 野 富 一. (3). 山部宿祢赤人登二 春 日野 一 作 歌 一首 ︵ 巻 三 、 七 三 二題 詞 ︶ 右 一首 、若 宮 年 魚 麻 呂 作 。 ︵ 同 、 三八七 左 注 ︶. 作﹂ 字 を 用 い て、 ﹁ ○○ 作 ﹂ ︵ ○ ○ は人名 を 示 す︶ と いう 形 で明 示 す る こと であ る。 な ど のよ う に、 題 詞 や左 注 に ﹁. こう し た書 き方 は 、 各 記 名 歌 巻 を 通 じ て 一般 的 に見 ら れ る。 と ころ が、 ﹁作﹂ を 志向 す る記名 歌 巻 の中 でも 、 す べ. て の記 名 歌 が こ のよ う に ﹁ 作﹂ 字 を とも な って いる わ け で は な い。 問 題 の所在 を示 す ため 、 次 に挙 例 す る。 時、 A 慶 雲 三年 丙 午 幸 二十灘 波 宮 一 志 貴皇子御 作 歌. 葦 辺 行 く鴨 の羽 が ひ に霜 降 り て寒 き 夕 は大 和 し 思 ほゆ ︵ 巻 一、 六 四︶ 長 皇 子御 歌. 霰 打 つあ ら れ松 原 住 吉 の弟 日娘 と 見 れ ど飽 か ぬかも ︵ 同 、 六 五︶ 飲 宴 歌 二首 B 廿 三 日、 集 二 於 式 部 少 丞 大 伴 宿祢 池 主 之 宅 ・. 初 雪 は千 重 に降 り し け 恋 し く の多 か る我 は見 つ つ偲 は む ︵ 巻 二十 、 四 四七 五︶ ︵一首 省 略 ︶ 右 二首 、 兵 部 大 丞 大 原 真 人今 城. C 天 平 廿 年 春 二 月 廿 三 日、 左 大 臣 橘 家 之 使 者 造 酒 司 令 史 田辺福 麻 呂 饗 二 子守 大 伴 宿 祢 家 持 館 一愛 作 二 新歌 ・ 井便 各 述 二心 緒 一 誦二 古詠 一 ︵三首 省 略 ︶. 雹 公 鳥 厭 ふ時 な し 菖 蒲 綬 にせむ 日 こゆ鳴 き渡 れ ︵ 巻 十 八 、 四 〇 二 五︶ 右 四首 、 田辺 史 福 麻 呂.
(4) (4) 万葉歌 の口誦性. 例 A で は、 二首 は 同 じ行 幸 時 の歌 であ ると 思 わ れ る にも か か わ ら ず 、 六 四 は ﹁ 御 作 歌﹂ であ り 、六 五 は た ん に. ﹁ 御 歌﹂ であ って ﹁ 作 ﹂ が なく 一見 不自 然 な外 見 を 呈 し て いる。 ︵ 前 者 の題 詞 は ﹁ 慶 雲 三年 ⋮ ⋮時 ﹂ と いう句 を受. け る述 語 と し て ﹁ 作﹂ が あ ると も 考 え ら れ る が 、 同巻 にお け る同様 な スタイ ル、 四〇 ︱ 四 四 の場 合 には後 の題 詞 に. も ﹁ 作 ﹂ があ る。 ︶ し か し 注 釈 書 で六 五 の作 者 を 長 皇 子 以 外 で は な いか と疑 う も のはな いよう で、 万 葉 考 ・略 解 が. 六 五 の題 詞 に ﹁ 作﹂ を 補 う ︵た だ し 、 こ の部 分 、諸 本 に異 同 は な い︶ ほか は、 こ の相 違 は資 料 が異 な る など の理由. に よ る、 た ん な る形 式 の相 違 にす ぎ な いと 見 な され て い るも の のご と く であ る。 こ の例 に限 ら ず 、 一般 に題 詞 や左. 注 に人 名 が書 か れ て いれ ば 、 ﹁作﹂ と な く ても 特 に説 明 ︵ ﹁ 伝 誦﹂ ﹁ 宴 吟﹂ など︶ のな い限 り それ を そ の歌 の作 者 と 理解 す る と いう 態 度 は 、 万 葉 歌 全 体 の受 容 態 度 と し て基 本 的 に貫 か れ て いる。. し か し 、B C な ど の例 は 、こ の受 容 態 度 に 一つの疑 義 を 提 出 し よ う 。例 B で は、四 四七 五 は左 注 に よ って 一応 ﹁ 大 原 真 人 今 城 作﹂ と受 け と れ る か に見 え る が、 こ の歌 は集 中 に次 の少 異 歌 をも つ。. 沫 雪 は千 重 に降 り し け 恋 し く の 日長 き 我 は 見 つ つ偲 は む ︵ 巻 十 、 二三 二 四︶ 右 、柿 本 朝 臣 人 麻 呂之 歌集 出 。. 傍 点 部 は 四 四七 五 と 異 同 す る部 分 であ る が、 これ のあ る こと によ って当時 両 首 が別 の歌 と 認 識 さ れ て いたと は考. え にく い。 そし て こ の両 首 の先 後 関 係 は、 二 三 二 四 が人 麻 呂 歌 集 歌 、 四 四七 五 が天 平 勝 宝 八年 ︵ 七 五七 ︶ 十 一月 の. 歌 であ る か ら 、 ほ ぼ確 実 に 二三 二 四︱ ← 四 四 七 五 であ る と 推 定 でき る。 つま り 、今 城 は こ の時 の宴 で古 歌 を ︵お そ. ら く 一部 更 え て︶ 誦 詠 し た のであ り 、 こ の 一首 にと って今 城 は 誦詠 者 あ る いは転 用者 であ って作 者 では な い。 例 C. にお い ても 事 情 は等 し く 四〇 二 五 は先 行 の巻 十 、 一九 五 五 と 同 歌 であ り 、従 って 田辺福 麻 呂 は題 詞 の説 明 の通 り 、 こ の歌 に関 す る限 り 古 詠 の誦 詠者 な の であ って作者 では な い。. と ころ で、 も し 四 四 七 五 や四〇 二 五 の歌 が集 中 に少 異 歌 や重 出 歌 を も たず 、 ま たは比較 的 詳 し い作 歌 事 情 の記載.
(5) 神 野 富 一. (5). を ふり 捨 て、 ただ今 城 や福 麻 呂 と いう 人名 を と も な うだ け で万 葉 集 に定 着 し て い たと 仮 定 す れば 、 例 A の六 五 のよ. う な 形 式 で、つま り ﹁ 大 原 真 人今 城歌﹂ ﹁田辺 史 福 麻 呂 歌﹂ と いう ふう に題 詞 に書 か れ る可 能 性 は大 き い。そし て、. わ れ わ れ は それ を今 城 作 歌 、福 麻 呂作 歌 と受 け と る であ ろう 。 誦 詠者 を 作 者 と 誤 ってし ま う のであ る。. む ろ ん、 ﹁ ○ ○ 歌﹂ と いう 形 式 の題 詞 を も つ歌 が、 す べて そ のよう にし て万 葉 集 に定 着 し たと いう ので はな い。. む し ろ 記 名 歌 巻 にお い て ﹁ 作 ﹂ 字 をと も な わ な い ﹁ ○ ○ 歌 ﹂ と いう形式 は多 数 見 ら れ ︵ 特 に巻 四 ・八 の両 巻 で は圧. 倒 的 多 数 を 占 め て いる︶、 ﹁ ○ ○ 歌﹂ のか たち で作者 を提 示 す る方 式 は万 葉 集 にお い てす で にあ る程 度 ま では確 立 し. て い た と 見 る べき だ ろう 。 そし て、歌 のそば に作者 名 を 記 し て こと さら に ﹁ 作﹂ と は記 さ な い こ の形式 は、後 に勅. 撰 集 な ど のあ の シ ンプ ルな形 式 に連続 し て いく と考 えら れ る。歌 のそば に記 さ れ た人名 は作者 であ ると いう約 束 事. は、 後 世 にお い ては疑 いも な か った。 それ は た ん に約 束 事 と し て の書 式 の問 題 であ る よりも 、 歌 が個 人 の内 的 な営. ﹁作 し に属 す ると いう 歌 人 たち の確 固 た る意 識 が、 そ のよう な書 式 を さ さ え て いた と考 え る べき であ ろう 。 し み ︵. か し 、万 葉 集 の場 合 、以 上 のご と き例を 考 慮 す ると 、 ﹁ ○ ○ 歌﹂ の形式 を そ のよ う に反省 なく 一義 的 に了解 す る こと. は な お 時 躇 され る のであ る。 一方 で ﹁ 作 ﹂ 字 を 多 用 し て いる こと と の対 応 にお い て、 例 BC のよう に ﹁ 作﹂ 字 を と. も な わ な い人名 を 、無 条 件 に作者 と了解 し てし ま え な い場 合 があ る。 例 B では、 ﹁ 今 城 作﹂ と書 か な か った のは編. 者 の慎 重 な態 度 と いう べき で、 こ の例 で は ﹁ 作﹂ と書 か れ て いな い こと こそ が意 味 を も つ。. 既 述 のよう に、 万 葉 集 記名 歌 巻 は ﹁ 作 ﹂ を 志 向 し て いる。 と ころ が、 そ の記 名 歌 巻 に人名 は記 す が ﹁ 作﹂ 字 を 記. さ な い歌 が多 く あ り 、 し かも ﹁ 作﹂字 のな い こと に意 味 があ る場 合 があ る。 そ の ﹁ 作﹂ 字 と な い こと の意 味 は、 た. ん に編 纂 上 にお い て 求 め ら れ るば かり では な く 、 万葉 歌自 体 のあ る性 格 と 関 係 し て い ると いう こと は な いだ ろう か。.
(6) (6) 万葉歌 の口誦性. 三. 右 の問 題 を 探 る の に、 いま 巻 十 七 ︱ 二十 の歌 を対 象 と し よ う 。 と いう のも 、 いわ ゆ る大 伴家 持 の歌 日記 と統 括 さ. 大 伴 家 持 ︶ の関 心 が す こぶる高 く 、 ﹁作 ﹂ 字 を 一々の歌 ・歌 群 に記 す こ れ る こ の四 巻 は 、 歌 の作 者 に対 す る編 者 ︵. と を 原 則 と し て いる ら し い こと 、 お よび 一々 の歌 o歌 群 に つい て の作 歌 また伝 承 に関 す る事情 が他 巻 よ り詳 し い こ. 作 ﹂ 字 を めぐ る考 察 の対 象 と し て適 当 であ ると思 わ れ る から であ る。 と な ど に よ って、 いま の ﹁. 題 詞 お よ び左注 に従 って 次 の三類 に 分 け る こと が でき 作﹂ と 記 さ れ な い歌 は 、 巻 十 七 ︱ 二十 に お い て ﹁ さ て、 Z つ。 遊 覧 ・饗 ・餞 ・飲 楽 ・集 飲 の歌 な ど も 含 む ︶ H 宴 歌 ︵ 国 伝 誦歌 ︵ 伝 読 ・伝 間 の歌 な ども含 む ︶ 報 ・和 ・追 和 の歌 な ども 含 む ︶ 国 贈 答歌 ︵. 贈 答﹂ は 歌 伝 誦﹂ は 歌 の歴 史 性 と表 出 の仕 方 を 説 明 し 、国 の ﹁ 日 の ﹁宴 ﹂ は歌 の場 な いし場 面 を説 明 し 、 国 の ﹁. 三者 は それぞ れ 次 元 を 異 にす る わ け であ る が 、﹁作﹂ つま り 、 の授 受 関 係 な いし他 歌 への対 応 の関係 を 説 明 す る。. が歌 に つい て の内 的 な営 みを 説 明 す る の に対 し ては 、歌 に つい て の外 面 的事 情 を 説 明 す る点 で 一致 し て いる。 そし 作﹂ に対 立 的 であ る こと の意 味 が 、 こ こ で探 ら れ ね ば な ら な い。 て、 こ の ﹁. Bと す る︶ の実 数 お よび そ れ ぞ れ の総歌数 ︵A と す る︶ に対 す る比率 、 ま た巻 毎 各 巻 におけ る ﹁ 作 ﹂ と な い歌 ︵. の日 ︱ 口 ︵そ れ ぞれ C oD oE と す る︶ の歌 数 お よ び それ ぞ れ のB に対 する 比率 を 表 I に掲 げ た。 も と より 、 ﹁作 ﹂. 作 ﹂ 字 は書 写 の初 期 段階 よ り変 字 の有 無 に ついて諸 本 に異 同 のあ る場 合 が あ り 、 ま た諸 本 一致 し て いる場合 でも ﹁. 改 を 受 け 易 い部 分 と も 考 え ら れ 、原本 と 相 違 し て いるも のも な いと は限 らな いか ら 、細 か い数 字 に それ ほど意 味 が.
(7) 神 野 富 一. (7). 巻 数. 十七. を利用 す る ことが あ る。. 十八. 十九. 二十. ︹ 表 の注︺ 1、巻十 七冒頭 の三八九〇︱ 三九 二 一および巻 二十 の防 人歌 ︵四四二 五︱ 四四三 二の昔年防 人歌も含 む︶は、歌 日記的歌巻 におけ る異質 な部分と考 えて対象外とした。. 2、巻十九 の家持作歌はそれと記さな いも のが多 いが、巻末 の注記に より補 って考 える。 作﹂ 作﹂と見な した。また次 のも のも ﹁ 裁﹂﹁ 賦﹂とあ るも のは ﹁ 3、﹁ 作 ﹂と見なした。 とはな いが、題詞 ・左注など の内容を勘案 して ﹁. 巻十 七、 二九六七︱ 三九七五 ・巻十 八、 四〇 七四 ・四 一二八︱ 四 一. 三 一・巻 二十、 四三六〇︱ 四三六 二。 作 ﹂とな い歌 に含 作者 不審﹂などとあ るも のは、 ﹁ 作者未詳﹂ ﹁ 4、﹁. めた。 作 ﹂とな い 贈答歌 ・報歌 ・和歌 ・追 和歌 および所心歌 ・述懐歌 5、﹁. Zり. 。. 作 ﹂ であ るか否 かと いう ことは考慮 は、そ の 一々の内容 に ついて ﹁ せず、機械的 にそれらを表 のBまたはEに含 めた。以下 の理由によ. 作 ﹂と異なる 和﹂などは、本文 に述 べたよう に ﹁ 答﹂﹁ 贈﹂﹁ ① ﹁ 次 元での説明 である。. 作 ﹂を併記 す るも のが相当数あ る。 贈答歌 でも ﹁ 古歌をそ のまま、ある いは 一部 更え て贈答歌 とす る場合があり. 、 贈答歌 や和歌がす べて新作歌 四〇 七三 ・四〇 七八︶ ︵ 巻十 八、. 新歌 ・ 所 心﹂ ﹁述 懐 ﹂ の場 合 にも 、﹁ 古詠 ・ 心緒 こ ︵ 巻 十 八、 四〇 三 二題詞︶などに明らかなように、古歌 丼便誦二 各述 二 ④ ﹁ 愛作二. 22. ︹ 表 I︺. A、. B、 ﹁ 作 ﹂とな い歌 %︶ 旦 A ︵ C、 Bの う ち 宴 歌 D、 Bのうち伝誦歌 C+D. 一B ¨ ︵ % ︶ E、 Bのうち贈答歌 %︶ 旦 B ︵. 502. 計 153. 91. 歌. であ る と は いえ な い。. ③ ②. 42. 153. 47. 45 29. 89. 総.
(8) (8) 万葉歌 の口誦性. 作 ﹂を意味 述懐 ﹂ でかならず しも ﹁ 巻十 八、 四〇 四六題詞 ︶と ころから見て、﹁ 作 ﹂と併記されるも のがある ︵ 述懐 ﹂が ﹁ ⑤ ﹁ す るとは いえな い。 6、 CとD両方 に含 まれ る歌が あ る。 C 十Dはそれを考慮 した数字。. 7、 DとE両方 に含 まれ る歌が若 干あ る。 四四〇 八︱ 四四 一二の二歌 8、 C oD oE の いず れにも含 まれず、 しかも Bであ る歌 は、巻十 七、 四〇 一七︱ 四〇 二〇 ・巻 二十、 群 、九首 であ る。. あ る わ け で は な い。 し か し 、 お お よ そ の傾 向 を つか む こと は で き る だ ろ う 。 な お 、 テ キ ス ト に は 塙 本 万 葉 集 を 用 い た。. 作 ﹂ 字 を と も な わ な い。 逆 に い う こ の表 に よ れ ば 、 巻 十 七 ︱ 二十 収 録 歌 の う ち 、 約 二 割 ︵一五 三 首 ︶ の歌 が ﹁. こ れ は 他 巻 に 比 べて 最 も 高 い率 と な って い る 。 も って 既 述 のご と と 、 約 七 割 の歌 が ﹁作 ﹂ 字 を と も な って お り 、. く 、 こ の 四 巻 は 特 に 作 者 に対 す る 関 心 が 高 く 、 歌 の そ ば に ﹁作 ﹂ 字 を 記 す こと を 原 則 と し て い る ら し いと い う こと が 確 認 でき る 。. そ し て 、 こ の 一五 三 首 は 、 わ ず か 二 歌 群 九 首 ︵ 表 ま た 、 ﹁作 ﹂ 字 を と も な わ な い歌 の ほ と ん ど は 記 名 歌 で あ る 。. の注 8参 照 ︶ を 除 く す べ て が 、 宴 歌 ・伝 誦 歌 ・贈 答 歌 の う ち に含 ま れ る 。 逆 に いえ ば 、 こ れ ら 以 外 の種 類 の歌 、 す. な わ ち 家 持 が 職 務 の合 い間 や 日常 生 活 の折 々 に ひ と り で 詠 ん だ 歌 ︵独 詠 歌 ︶ な ど に は 、 す べ て ﹁作 ﹂ が 明 記 さ れ て い る と い う こと で あ る 。. む ろ ん 、 右 の事 実 は 、 宴 歌 ・伝 誦 歌 ・贈 答 歌 で ﹁ 作 ﹂ と 記 す も の の あ る こと を 否 定 す る も の で は な い。 こ れ ら の. 種 類 の歌 の う ち 、 ﹁作 ﹂ と あ る も の と な いも の の実 数 を 出 し て み る と 表 Ⅱ のご と く であ る 。 四 巻 の合 計 で示 す 。. 宴 歌 は ´﹁ 作 ﹂ と あ る も の の方 が 多 く 、 伝 誦 歌 と 贈 答 歌 は ﹁作 ﹂ と な いも の の方 が 多 い が 、 総 じ て こ れ ら の種 類 の. 歌 も 約 半 数 は ﹁作 ﹂ を と も な って い る と い え る 。 し か し 、 四 巻 に お い て ﹁ 作 ﹂ と な い歌 は 、 も っぱ ら これ ら の歌 に.
(9) 神 野 富 一. ︹ 表 Ⅱ︺ 作 ﹂とあるも の ﹁. 記 さ な い。 そし て、. 作 ﹂ と な いも の ﹁. 占 め ら れ てお り 、 こ の顕 著 な 偏 向 こそ が 注 目 に値 す る。 ︵な. 作﹂ と な いも のに ついてわ 、 宴 歌 の定 型 的 な書 式 お宴歌 で ﹁. 右 ○ ○ ﹂ と 次 々に記 し て いく 形 ︱︱ に起 因 す る ︱︱ 歌 毎 に ﹁. の では な い かと疑 わ れ る かも し れ な い。 し か し表 のと お り 、. 作﹂ を 記 すも のが相 当数 あ る こと は 、 そ の疑 いを 宴 歌 でも ﹁ 。 斥 け る だ ろう ︶. 表 I に よ れば 、 ﹁作﹂ と な い歌 のう ち 、 七 割 を 宴 歌 と伝 誦. 巻十 九 天 に はも 五百 つ綱 延 ふ万 代 に国 知 ら さむ と 五百 つ綱 延 ふ ︵. 右 一首 、式 部 卿 石 川年 足 朝 臣 而 未 詳﹂ と いう注 記 が あ る。 こ の注 記 は、諸 家 の説 く よ う に、 お そら く歌 詞 や 似二 古歌 一 と いう 歌 では、 歌 の下 に ﹁ 大 伴 家 持 ︶ によ って加 えら れ た の であ ろう。 この 第 二句 と 第 五句 の反復 ︶ の古 め かし さを 見 と が め た 編 者 ︵ 歌体 ︵. 、 四 二七 四︶. 、 。 、 な ど と 、 ﹁誦﹂ の文 字 が あ る こと によ って明 白 であ る そ し て こ の宴歌 ・伝 誦 歌 が誦 ま れ る と いう こと と これ 。 。 ら の歌 に ﹁ 作﹂ が な いも のが多 いと いう こと と は密 接 に関 係 し て いると 思 わ れ る 具体 例 に則 し て見 よう 、 、 天 平 勝 宝 四年 新 嘗 会 の卑 宴 では詔 に応 じ て六首 の歌 が献 上 さ れ た が いず れも 左 注 に人 名 のみを 記 し ﹁作﹂ を. 、 。 、 歌 が占 め て いる。 伝 誦 歌 は いう ま でも な く 、宴 歌 も 口頭 で誦 ま れ たも の であ った それ は 宴 歌 の左 注 に 巻 十 九 、 四 二八 一︶ 之 也 。 ︵ 前 誦レ ⋮ ⋮如 レ 巻 二十 、 四 三〇 四︶ 宴 而 不 挙 誦 耳 。 ︵ 出之 間 、 大 臣 罷 ン ⋮ ⋮ 但未 レ ・ 二 ︵ 同 、 四 五 一四︶ 誦之。 右 一首 、右 中 弁 大 伴 宿 祢 家 持未ン. (9).
(10) (10) 万葉歌 の口誦性. 種 の、 ス新 ︶ 作﹂ と は 意 味 上 対 立 的 な 注 記 は 、 巻 二十 にも 四 例 みら れ る ︵ 四 二九 八 ・四 二九 九 。四 三〇 一 ・四 四 五 八 ︶ が 、 いず れも 宴 歌 に対 し て加 え ら れ て いる。 四 二七 四 の場 合 、 宴 の場 では古 新 が判 明 し て い た が、 記 録︱ ︱ 家. 持 以外 の手 にな るも のと し て︱︱ が家 持 の手 に渡 る段 にな って不 明 と な ったと いう よう な事 情 は 、 こ の宴 には 家持 自 身 も 参 加 し て いる か ら 、 考 え が た い。 四 二九 八 ・四 二九 九 に つい ても 事情 は等 し い。 あ る いは ま た、 こ の 宴 が新. 歌 が古. 嘗 会 の障 宴 で、 歌 は応 詔 歌 であ ると いう公 式 性 が、 四 二七 四 の古 新 を 明 ら か にし な か った 原 因 かとも 考 て え みる が 、 四 二九 八 ・四 二九 九 の場 合 な ど は大 伴 家 持 の宅 で の宴 であ った か ら 、 そ のよう な事 情 も 考 え に い。 そう す る く と 、 これ ら の歌 は宴 席 です で に古 新 が判 明 せず 、 ま た判 明 す る 必 要 も な か ったら し い。も つと 積 極 的 に い ば 、 え 宴 と いう 歌 の場 では新 作 歌 と と も に古 歌 が 誦 ま れ る こと が あ り 、 し かも 両者 が さ ほど区 別 さ れ る こと な 、 とも に 口 く. 頭 の歌 と し て融 合 的 に機 能 し て いたと いう こと を 、 これ ら の注 記 はも のが た る だ ろう。 む ろ ん 、 宴 の場 で古 歌 と し て誦 ま れ る場 合 のあ る こと を 否 定 し な いけ れ ども 。. 宴歌 に ﹁ 作﹂ と 記 さ な いも のが多 い のは 、 こ のよう な 宴 の歌 の場 と し て の性 格 にも よ るだ ろ う 。 記 録 o編 述 面 の か ら す れ ば 、 誦 ま れ た 歌 が古 歌 であ る かも し れ な い のだ か ら 、容 易 に ﹁ 作﹂ と書 き加 えら れ な いわ け であ る。 宴 に お け る 歌 の誦 み手 を 作 者 と 思 い誤 った ら し き 例 が、 巻 六 にあ る。 ﹁秋 八月廿 日宴 右 大 臣 橘 家 歌 四首 ﹂ と 題 す る歌 二 一 の中 に、. 橘 の本 に道 踏 む 八 衝 にも のを そ念 ふ人 に知 ら えず ︵ 巻六、 一〇 二七 ︶ 右 一首 、右 大 弁 高 橋 安 麻 呂 卿 語 云 、故 豊 嶋 采 女之 作 也 。 但 或 本 云 、 三方 沙弥 恋 妻 苑 臣 作 歌 。 然 則豊 嶋 采女 二 ・ 当 時 当 所 ロニ 吟此歌 一 欺。. と あ る が 、左 注 の ﹁ 或 本 ﹂ の歌 と は、 集 中 巻 二 の ﹁三方 沙 弥 嬰 二園 臣 生 羽之 女 ・ 未 レ経 二 幾時 “ 臥レ 病 作 歌 三首﹂ と 題 す る歌 の中 の、.
(11) 神 野 富 一. (11). 会 津 宴 におけ. 橘 の影 踏 む 道 の八 衛 にも のを そ念 ふ妹 に逢 はず し て三方沙弥 ︵ 巻 二、 〓 一 五︶ と いう歌 、 ま た は これ と少 異 す る歌 を指 す と 見 てよ いだ ろう 。 一〇 二七 の左 注者 に よ れば 、本 歌 の作 者 は 三方 沙弥 であ って豊 嶋 采 女 作 と 語 った 高 橋 安 麻 呂 は、 お そら く はあ る宴 席 で の誦 み手 にす ぎ な い采女 を 作者 と 誤 った の であ る。 こ の例 か ら 推 し ても 、 誦 み手 ︵ 伝 誦者 ︶ を 作者 と 誤 って受 け と る と いう事 態 は、 当 時 にお いてむ し ろあ り ふれ て いた だ ろ う 。 す る と 、 こ のよ う な誤 りを お かす 危 険 を 避 け よ う と す れば 、 宴 歌 の記 録者 、 ま た万 葉 の編者 は、 ﹁作 ﹂ の確 か め ら れ る歌 以 外 のも のに対 し ては ﹁ 作﹂ を与 え な いと いう態 度 を と ら ざ るを えな い。 これ が 宴 歌 な ど に ﹁ 作﹂ と 記 さ れ な いも の の多 い 一つの理由 であ ろう。. し かし な が ら 、 こう し た 記 録 や編 述 と いう いわば技 術 的 な 側 面 の考 察 だ け では、 たと えば先 の新 嘗 2 0、. あ し ひき の山 下 日蔭難 け る上 に や さら に梅 を鵠 はむ ︵ 巻 十 九 、 四 二七 八︶ 右 一首 、少 納 言 大 伴 宿 弥 家 持. と いう、 こ の巻 の編者 と 目 さ れ る家 持自 身 の歌 にま でな ぜ ﹁ 作 ﹂ が な い のか、 と いう疑 間 は解 け な い。 編 者 が自 身 の歌 に ついて新 作 歌 か ど う か判 断 に迷 うと いう こと はな いから であ る 。. と ころ で、 巻 十 七 ︱ 二十 の歌 の筆 録 に ついては、伊藤 博 氏 に よ る各 歌 群 ご と の詳 し い分 析 があ 純。 伊藤 氏 は こ の. 四巻 の歌 を 、 ﹁ 家 持 独 詠歌 ﹂ ﹁ 家 持 未 誦宴歌 ・単 独 宴歌﹂ ﹁ 書 簡 歌 ﹂ ﹁独 立 伝 聞 歌﹂ ﹁ 集 宴歌﹂ ﹁ 防 人 歌﹂ と 分 類 し 、 そ. れ ら のう ち多 少 の例外 を 含 み つ つも 前 二者 と ﹁ 書 簡 歌﹂ のう ち家 持 のも のを ﹁ 元来 家 持 筆 録 歌 であ ったと 認 め ら れ. る歌﹂ と し 、 そ の他 のも のを ﹁独 立 伝 聞歌﹂ の 一部 を除 いて ﹁元来 他 人筆 録 歌 であ ったと 認 めら れ る歌 ﹂ と し て い. る。 こ の分 析 に よ れば 、 当 面 問 題 の四 二七 八 は ﹁ 集 宴 歌﹂ であ る か ら 他 人筆 録 歌 と な り 、家 持 自 作 に ﹁ 作﹂ が記 さ. れ な い不自 然 さ は こ のた め か と も 思 われ る。 そう し て、 四 巻 全体 を 見渡 し ても 、 伊藤 氏 の分 析 に よ る他 人 筆 録 歌.
(12) (12) 万葉歌 の口誦性. に 、 ﹁作﹂ と な いも のが た し か に多 い のであ る。 し か し 、 集 宴 歌 の ほと んどが他 人筆 録 の資 料 によ ると いう 前 提 に. 、﹁ 作﹂. 、 注 は家 持 自 身 が手 仮 に立 つと し ても 、 。そ の資 料 入 手 後 の整 理 ・編 纂 段 階 で 作 家 や 誦 歌 の事 情 を説 明 す る題 詞 や左 作 ﹂ を 書 き加 作 ﹂ を 記 す 家 持 が な ぜ こ の場 合 自 作 に ﹁ を 入 れ た個 所も 多 いと 考 えら れ 、 す ると 独 詠歌 には 周 到 に ﹁. え な か った かと いう疑 間 は や は り 残 る。 ま た 、 伊 藤 氏 の分 析 に よ って家 持筆 録 歌 と さ れ る宴 で の自 作 歌 で. 。 巻 十 七 、 三 九 九 九 ・巻 二十 、 四 四 五 三 ・四 四 九 五 o四 五 一四︶ のも 不 審 な こと であ る そ う す と な いも のがあ る ︵. 作 ﹂ を 主 張 す る意 志 が な いと いう、 ﹁作﹂ と な い こと の意 味 を 汲 みと る こ こ でも や は り 、 編者 に積 極 的 に ﹁ ると 、 べき では な いか と 思 わ れ てく る。. 、 お よ び場 所 が. 。 作 ﹂ 字 ま た は作 者 名 を 落 と し て いるも のが多 いが 、宴 歌 も 伝 誦歌も 日頭 で誦 ま れ る歌 であ る ﹁誦 む﹂ 伝 誦歌 も ﹁ 作 る﹂ こと と の間 に、 何 か対 立 的 な 関 係 が あ り そう だ 。 こと と ﹁ 四. 歌 謡 は か な ら ず し も そ の歌 詞 の作 者 を求 め な い。 な ぜな ら 、歌 謡 の表 現 過程 は、歌 い手 と聴 き手. 紀 。 記 紀 歌 謡 に ついて 〓百し てお く と 、記 紀 歌 謡 は た し. 、 作 る﹂ 構 成 す る場 面 のた だ中 へ、歌 い手 に よ って歌 が表 出 さ れ る こと に よ って こそ充 足 す る。 こ の場 合 歌 詞 を ﹁ と いう 行 為 は 、 こ の表 現 過 程 か ら 疎 外 さ れ て いる か ら であ. 記 紀 の書 き ぶり から す る と 、 む し ろ多 く は歌 い手 と 理解 す る方 が厳 密 だ が︶ を有 す るも のが大 部 か に特 定 の作 者 ︵ 、. 分 だ が 、 し か し 記 紀 歌 謡 と そ の作 者 と の関 係 は記 紀 を 占 め る特 殊 な 人 物 伝 承 によ って さ さ えら れ て いる にす ぎず. 、 少 数 のも のを 除 い て真 の作者 が そ こにあ ら わ れ て い る わ け では な い。 文 字 の歌 の成 立 にとも な い 歌 詞 の作 者 は そ 作 る︱︱ 読 む﹂ と いう表 現 過 程 に組 み込 ま れ る こと にな る。 の表 現者 と し て は じ め て ﹁. 歌 謡﹂ の扱 いを 受 け る が 、 と ころ で、 万 葉 歌 のう ち特 に宴 歌 や伝 誦 歌 は 、 日頭 で表 出 さ れ た が ゆ え にしば しば ﹁.
(13) 神 野 富 一. (13). 私 は か な ら ず しも そ のよ う には考 え な い。 宴 歌 や伝 誦 歌 は ﹁ 誦﹂ ま れ た の であ って、記 紀 歌 謡 な ど のよ う に歌 唱 法. を と も な いな が らも っぱ ら歌 わ れ たも のと は質 的 な差 違 があ ると いう べき であ る。 口頭 に よ る歌 の領 域 全 部 を 対 象. と す る た め に は 、 す べてを ﹁ 歌 う﹂ で括 ってし ま う の では な く 、多 少 の術 語 は 用 意 し てお く必 要 が あ る の では な い. か 。 な お これ に つい て は別 稿を期 し た いが 、と も か く万 葉 集 自 体 が記 紀 な ど と は違 って ﹁ 歌 う﹂ と いう 用 語 を 使 わ. な い こと を 、私 は重 視 し た い。 万 葉 歌 の中 にも ﹁ 吟 ﹂ ﹁唱﹂ ﹁詠 ﹂ な ど と 説 明 さ れ るも のが あ り 、 それ ら が ﹁ 歌 う﹂. の範 疇 に入 る こと は 認 め てよ いが 、 それ は歌 謡 と 和 歌 と の交 渉 にか か わ る こと が ら であ って、両者 の本 質 は や は り. 区 別 さ れ ねば な ら な い。 万 葉 の宴 歌 なども 、 ﹁歌 謡﹂ では な く 、﹁ 作 る︱︱ 読 む ﹂ と いう表 現過程 に基 礎 づけ ら れ る と こ ろ の和 歌 であ ろう と し て いる。. さ て、 にも か か わ ら ず 、 宴歌 や伝 誦歌 におけ る ﹁ 誦 む ︱︱ 聴 く﹂ と いう表 現 過 程 は 、歌 謡 の ﹁ 歌 う ︱︱ 聴 く﹂ と. いう 表 現 過 程 と 類 似 し 、 歴史 的 に は後者 を 下 敷 き にし て前 者 があ り う ると いう 関 係 にあ る。 和 歌 は歌 謡 の沿 沿 た る. 流 れ よ り 生 み出 さ れ た が 、 そ の史 的 展開 にお いて宴 歌 や伝 誦歌 な ど の ﹁ 誦 む ﹂ 歌 は 、 ﹁歌 う﹂ 歌 から ﹁ 作 る﹂ 歌 へ と 移 行 す る際 の中 間 的 位 置 を占 め る とも いえ よう 。. 先 の、 巻 十 七 ︱ 二十 で宴 歌 や伝 誦 歌 に お いて ﹁ 作﹂ と 記 さ れ な いも のが多 いと いう事 実 は 、 こ のよう な 見 取 図 に. か か わ って こよ う 。 歌 のそば に記 さ れ た 人名 は 、多 く は そ の作者 であ ろう が 、 ま た歌 謡 の歌 い手 の相 貌 を も 合 せ も. ち 、 だ から こそ ﹁ 作 ﹂ が前 面 には出 て こな い。 換 言 す れば 、歌 のそば の人名 は 歌 の表 現者 と し て の ﹁ 誦 み手 ﹂ であ. る こと を 十 全 に表 示 し 、 そ の意味 で歌 は︱︱ そ れ が古 歌 であ る場 合 も ︱︱ そ の人 に属 す る が 、 そう し た関 係 で歌 と 人 と が 包 み合 う と ころ では 、歌 詞 の ﹁ 作﹂ に対 す る関 心 は十 分 では あ り え な い の であ る。. 歌 詞 に ついて の作 者 性 が十 分 に確 立 し て いな いと いう点 では、贈 答 歌 の場 合 も 同様 であ る。表 I によれば 、 巻 十. 七 ︱ 二十 で ﹁ 作﹂ を 記 さ な い歌 の三割 を 贈 答 歌 が占 め る が 、 こ の中 には和 歌 ・追 和 歌 ・報 歌 な ど実 際 は ほ ぼ ﹁ 作﹂.
(14) (14) 万葉歌 の口誦性. 表 の注 5参 照 ︶、 実 際 の数 値 はも う 少 し 下 げ て考 え る べき かも し れ な であ る に相 違 な いも のま で含 め て いる の で ︵. とも か く ﹁ 作 ﹂ と な い贈 答 歌 は相 当数 あ る。 そ の い ︵ と す ると 、 宴 歌 ・伝 誦 歌 の割合 が相 対 的 に増 す ︶。 し か し 、. 記 録 ・編 述 の いわば 作 ﹂ か ど う か確 か め え な いと いう 、 一つの 理由 は、 宴 歌 ・伝 誦 歌 に つい て考 察 し た よ う な 、 ﹁. 。 し かし 、 や は 表 の注 5 の③ 参 照 ︶ 技 術 的 な 問 題 に帰 す こと が でき よう。 贈 答 歌 にも 古 歌 を 利 用 し たも のが あ る ︵. 答 ﹂ と いう外 面 的 な 行為 が 、 ﹁ 作﹂ と いう内 面 的 な営 み よ り 贈﹂ や ﹁ り こ こ でも よ り重 要 な 問 題 は 、 歌 に つい て ﹁ も 強 い関 心 で語 ら れ て い る と いう事 実 であ る。. 贈 ﹂ にあ た る部分 を 調 べて み ると 、 ﹁よ み てを く り け た と えば 、 古 今 和 歌 集 に ついて収 録 歌 の詞 書 で万 葉 集 の ﹁. 約 八割 ︶ であ る。 これ る ﹂ ﹁よ み て つか は じ け る﹂ ﹁よ み て や り け る﹂ な ど ﹁よ む ﹂ の語 を とも な うも のが大 部 分 ︵. ら は 、 歌 を 贈 る こと と 作 る こと と が 別 種 の行 為 であ ると いう 明 確 な認識 にも と づ く表 現 であ って︱︱ やが て自 明 の. こと と し て ﹁よ む ﹂ が省 か れ て い っても よ い のだ が︱︱ 、 万 葉 集 の場 合 に は こう し た認識 が お ぼ ろげ であ ると 言 わ. ね ば な ら な い。 と いう よ り も 、宴歌 ・伝 誦 歌 にお い て誦 み手 が歌 を 誦 む と いう 行 為 を表 現手 段 と し た のと軌 を 一に. し て、 贈 答 歌 の場 合 も 贈 り 主 が贈 る と いう 行 為 を 表 現手 段 と し て いた た め に、 ﹁作﹂ は さ ほど 問 題 と なら な か った のだ 。. 古 歌 、 新 作 歌 に か か わ ら ず 、相 手 に贈 る こと に よ って そ の歌 は贈 り主 の歌 と な った の であ る。 巻 四 の例 だ が 、 歌 一首 、大伴宿奈麻呂卿之女也 大 伴 宿 祢 稲 公 贈 二田村 大 嬢 ・. 五 八六 ︶ あ ひ見 ず ば 恋 ひざ ら ま し を 妹 を見 ても と な か く のみ恋 ひば いか にせむ ︵ 右 一首 、 姉 坂 上 郎 女 作. 稲 公 が 田村 大 嬢 に歌 を 贈 る のに、 姉 の坂 上 郎 女 が代 作 を し た のだ が、 こ の歌 、も し左 注 を 失 ってお れば わ れ わ れ. は た め ら いな く稲 公 を こ の歌 の作者 と 理解 す る の では な いだ ろ う か。 そ れ はと も か く 、 こ の書 き ざ ま は作者 が後 退.
(15) 神 野 富 一. (15). し てお り 、 こ の歌 が贈 ると いう行 為 にお い て稲 公 に属 す る こと を 強 く主 張 し て いる。 こ のよ う に、 贈 答 歌 にお い て も 、 歌 詞 に つい て の作 者 性 が十 分 に確立 し て いると は言 いが た い。 五. 万 葉 集 の記名 歌 巻 のう ち 巻 十 七 ︱ 二十 は、 歌 のそば に人名 と とも に ﹁ 作﹂ 字 を 記 す こと を 原 則 と す る。 し か し 、. 中に ﹁ 作 ﹂ 字 を 記 さ な いも のがあ り、 そ れ に は し か る べき 理由 があ る こと を 述 べてき た。 宴 歌 や伝 誦 歌 は ﹁ 誦 む﹂. 歌 であ る が ゆ え に か な ら ず しも ﹁ 作﹂ を 志 向 し な い。 歌 がま だ 、 個 人 の内 的 な営 み に属 す るも のと し て では な く 、. 日頭 に よ る表 現 と し て把 握 さ れ て いる。 こ の意 味 に お い て、 そ れ ら の歌 はま だ 歌 謡性 を ひき ず ってお り 、 これ はま. だ十 分 に記 載 文 芸 と は な り き って いな いと いう 万 葉 歌 の 一つの性 格 をも のが た って いる。贈 答 歌 で ﹁ 作﹂ を 記 さ な いも のが多 い のも 、 そ のよ う な作者 性 の確 立 の不 十 分 さを 、別 の面 か ら証 し て い る。. む ろ ん 、 巻 十 七 ︱ 二十 の四 巻 のみ にお け る ﹁ 作 ﹂ 字 の有 無 を めぐ って の こ のよ う な考 察 を 、 そ のま ま 他 の記名 歌. 巻 に及 ぼ す こと は でき な いだ ろう 。先 にも 述 べた よ う に、﹁ ○ ○ 歌﹂ と のみあ って ﹁ 作﹂ 字 を 記 さな い形 式 でも 、そ. れ で作 者 を 示 す方 式 は万 葉 集 にお いてす で にあ る程 度 ま では確 立 され て いたと 思 わ れ る。従 って、 万 葉 集 は歌 のそ. ば に人 名 を 記 し てそ の作 者 を 標 示 し ていると いう 通常 の理解 を 、 一概 に誤 り だと は いえ な い。 万 葉 集 記名 歌 巻 は、 たし か に ﹁ 作 ﹂ を 志 向 し て いる の であ る。. し か し 、右 のよ う な考 察 が 、万 葉 歌 一般 に つい て開 示 す る のは、 そ の ﹁ 作 ﹂ への志向 が歌 謡性 と の対 時 にお い て. 意 識 的 に意 欲 さ れ たも のだ と いう こと であ る 。 思 う に、万葉 びと は はじ め、多 く の歌 謡 に取 り巻 か れ ていた こと だ. そ し て、 そ のよ う な 歌 わ れ るも の こそ が歌 であ った中 から 、 万葉 歌 が歌 謡 と は異 質 な文 芸 と し て、 個 人 の ろう 。. ﹁ 作 ﹂ を 標 傍 し な が ら た ち 現 れ てき た。 誰 か が歌 詞 を 頭 の中 で練 る行 為 を 、 ﹁ 作 ﹂ と と ら え、 そ の歌 を 歌 い手 では.
(16) (16) 万葉歌 の 口誦性. な く歌 詞 の作 者 に属 す ると 認 め た の であ る。 ま た 、 そ のよ う な ﹁ 作 ﹂ の認識 ・自 覚 のも と に、歌 詞 が作 ら れ はじ め. た の であ る 。 こ のよ う な事 態 は 、歌 の歌 謡 性 を 意 識 的 に否 定 し て こそあ りえ た にち が いな い。 そし て万 葉 集 は こ の. よう な ﹁ 作 ﹂ を彩 し く記 し 、 作 者 を刻 印 す る のだ が 、 ﹁ 作 ﹂ と な い歌 にお い ては作 者 性 が未 確 立 だ と いう先 の考 察. と合 わ せ る と 、 そ の こと自 体 が 、 万 葉 歌 の歌 謡 性 と の闘 い の跡 を も のが た って いる の では な いだ ろう か。 歌 詞 の作. 者 性 が十 分 に 確 立 し て いな いと ころ では ﹁ 作 ﹂ と 書 か なけ れ ば ﹁ 作 ﹂ を 主張 でき な いと いう意味 で、 ま た 、 歌 う. ︵ 誦 む ︶ 行 為 に対 し て そ の背 後 に隠 れ て いた 歌 詞 を 作 ると いう 行 為 を 顕在化 す る と いう積 極 的 な意 味 でも 。. 歌 謡 は 一挙 に記載 文 芸 と し て の和 歌 へと 変 貌 し た の ではあ る ま い。 歌 謡が和 歌 た ら んと 意 欲 し た そ の時 か ら 、自. ら か か え こ ん だ 日誦 性 と の不 断 の対 決 が 和 歌 史 の深 いと ころ で進 行 し て い った はず であ る。 そし て、 日誦性 と 記 載. 性 と の間 にあ る矛 盾 の止 揚 が 、 歌 謡 を 和 歌 と いう文 芸 へと 押 し上 げ た。 けれ ども 、 広 く 見渡 せば 、 ﹁ 作 ﹂ への志 向. の徹 底 、 す な わ ち文 芸 意 識 の錬 磨 は、万 葉 を 引 き 継 ぐ 後 世 の和 歌 に お い てこそ高 次 に果 た さ れ たと いう べき であ ろ. う。 ﹁歌 う ﹂ 歌 か ら ﹁ 作 る﹂ 歌 へと いう流 れ の中 で、 万 葉 歌 はま だ 多 く ﹁ 誦 む﹂ 歌 と し て自 己を 規 定 し て いる よ う. に思 わ れ る 。 万 葉 歌 の ﹁ 作 ﹂ の有 無 への注 目 、 ま た ﹁ 誦 む﹂ こと の歌 謡 性 に つい て の考 察 は、 そ のよ う な万 葉 歌 の 文 芸 性 そ のも のに か か わ る 問 題 の掘 り起 こし へと つな が って いく 。. いま ひと つ、 記名 歌 巻 に お け る ﹁ 作﹂ と な い歌 の存 在 は 、冒 頭 に ふれ た万 葉 集 に お け る記名 歌 巻 と 無 記名 歌 巻 の. 対 照 に つい ても 語 ると ころ が あ る。 ﹁ 作 ﹂ と な い宴 歌 ・伝 誦 歌 ・贈 答 歌 でも記 名 は あ る のが ふ つう だ が 、 し か し そ. れ が か な ら ず しも 積 極 的 に そ れ ぞれ の歌 の作 者 を 標 示 し て いる の で はな く、 ﹁ 誦 む﹂ ﹁ 贈 る﹂ と いう そ れ ぞれ の手 段. によ る 歌 の所 属者 ︵ 表 現者 ︶ を 示 し て いると いう先 の考 察 か ら す れば 、 それ ら の歌 か ら宴 ・伝 誦 ・贈 答 と いう歌 に. ま つわ る特 定 の条 件 を 外 し た場 合 、 それ にと も な って人名 も 省 か れ てし まう事 態 が起 き てく る。 す な わ ち 、 そ の歌. は無 記 名 歌 の世 界 を 漂 いは じ め る こと に な る 。 こ のよ う に考 え る と 、 記名歌 巻 に お け る ﹁ 作 ﹂ と な い歌 と 、無 記 名.
(17) 神 野 富 一. (17). 歌 巻 の歌 と の距 離 は 、 さ ほ ど 遠 く な い。 実 際 、 万 葉 集 無 記 名 歌 巻 の歌 は 、 こ のよ う に し て無 記 名 歌 と な った も のが. 多 い の で は な い だ ろ う か 。 私 と し て は 、 無 記 名 歌 巻 の歌 自 体 の検 討 を す ま せ な い で は た し か な こと は い え な い が 、. 少 く と も 以 上 の よ う な 考 察 か ら す る 限 り 、 万 葉 集 を 三 分 す る 記 名 歌 巻 と 無 記 名 歌 巻 を 媒 介 す る も の の 一つと し て、 記 名 歌 巻 に お け る ﹁作 ﹂ と な い歌 の位 置 づ け を 考 え て よ い よ う に 思 う 。 ︹ 注記︺ 1、武 田祐吉 ﹁万葉集全註釈﹄第 一巻総説第 五。ただし、巻 七、十1十 三の大部分 に ついて。 2、土屋文明 ﹃万葉集 私注﹄第十 一巻 など。 3、日本古典文学大 系本 ﹃万葉集 ﹄ 三解説。 4、拙稿 ﹁ 古代 におけ る作歌意識 の問題︱︱防人歌 に ついて︱︱ ﹂翁水門﹂第 十 三号︶。 5、杉山康彦 ﹁饗宴 における歌 の座 ﹂翁国語と国文学﹂第 二五巻 一号 ︶に参考 とす べき記述があ る。 6、伊藤 博 ﹃万葉集 の構造 と成立﹄下巻第十章。 場面﹂ の概念 は、時枝誠記 ﹃国語学原論﹄に拠 る。同書 には、 たとえば次 の記述がある。 7、 ﹁. 場所 の概念が単 に空間的位置的なも で 。 し 、 の あ る の に 対 て 場 面 を は 場 所 充 す 処 を の 内 容 も 含 も る め で の あ る こ の よ う にし て、 場面は又場所を満 たす事物情景と相通ず るも のであ るが、 場面は、 同時 に、 これら事物情景 に志向す る主体 の態度、 気 分、感情をも含 むも のであ る。︵四三頁︶ 8、詳 しくは、拙稿 ﹁﹃ 歌を ヨムL ヽ と﹂翁国語国文﹂第 四十 八巻 三号︶。.
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