奈良産業大学『産業と経済』第 5 巻第 4 号 (1991年 3 月)
1-22
ペレストロイカの発生
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1985年に成立したゴルパチョフ (M.C
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fop6a明B) 政権のもとで始まったソ連のベレスト ロイカ (rrepeCTpo訪問),再建は, 1917年のロシア革命以来の 70年間にわたる成果を根本的に変 草するほどの草命的内容をもつものである。その国民経済管理の変革は, 110 月革命の継続(
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J と称され, 1経済管理システムの根本的草新 (06HOB府間e)J であり, 1今 迄に積重ねられてきた方法の打破 (JIOMKa)J ,すなわち,行政的・命令的管理方式の変革が予 定されている。 ソ連が意図する国民経済メカニズムの質的に新しいモデルは,過去70年間の成果をラディカ ルに変革するほどのものであるが,そこでは社会主義のよりいっそうの充実,強化が企図され 展望されている。それは単なる否定,崩壊ではない。 ペレストロイカは,社会主義的民主主義の拡大化を志向しており,民主化が中心をなしてい る。またグラスノスチ (rJIaCHOCTb) ,公開性の原則とともに,ペレストロイカを真っ先に実践 しなければならないのは,共産党それ自身であることが強調されている。 グラスノスチとペレストロイカのもとでのソ連では,政治的には70年にわたって存続した共 産党一党支配の体制が,複数政党制の組織に移行 L ,憲法第 6 条の共産党の指導的役割の規定 の削除,大統領制の導入,選挙制度の改革など,急激な大変化が見られる。 経済的側面においても,従来の行政的・命令的システム (a.ll.M即日CTpaTHBHO・KOMaH.lI.Ha冗CHCTeMa
, administrative-command
system) の国民経済管理方式より調整された市場経済への移行が予定され計固化されている。それは,社会主義国民経済における物質的生産力の発展 の促進 (ycKopeHHe) を意図するものである。そのために社会主義生産諸関係の改善が,重要 な課題となっている。量的発展のための質的改善。量の質への転化と質の量への転化の弁証法 の法則の意識的適用。生産力の発展に対する生産諸関係の桂桔化の克服のための生産諸関係の 改善。史的唯物論における生産力と生産諸関係の弁証法的な関連の具体的現実における正確な 把握がここでは必要である。
(1) 刀.
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生産諸関係の基礎は,所有関係である。したがって生産諸関係の改善は,所有関係の改善, 変化を不可避としている。社会主義的国営企業の民営化,株式会社組織の導入,社会主義的所
有関係における賃貸制 (apeH.lI.a) ,賃貸関係 (apeH.lI.Hble OTHO凹emm) の成立,土地私有制の 承認,協同組合経営の組織化,労働集団経営の企業など,従来の企業形態とは異なった新しい 所有形態の企業組織が発生している。 それらは,社会主義のもとにおける所有関係の変化,改善の方針,原則にもとづく現象形態 であり,それによって生産諸関係が改善され,物質的生産力の発展の加速化,国民経済管理の 全般的効率の向上の実現が企図されている。 また企業経営の側面においても,管理方式の急激な変化がなされている。国家財政よりの国 有企業への赤字補填のための予算支出の撤廃,完全な独立採算制 (rrOJIHbI首 X03pacL犯のへの移 行(一一それは, 1965年のコスイギン (KOCblrHH) 時代の経済改革の時にも指摘されていたも のであるが一一),資金の自己調達制 (caMO中日HaHCøpOBaHl'le) の導入,新しい賃金支払制度の 採用など,国民経済全体の管理システムの顕著な変革とともに,企業形態,経営管理制度の抜 本的な変革がなされている。 これらの変革を内容とするペレストロイカの発生の原因は,一体どこにあるのであろうか。 その要因は,何であったのか。その歴史的背景は,どのような状態になっていたので、あろうか。 その発生の客観的な必然性は,どこにあるのか。 ソ連におけるペレストロイカの発生を規定する要因は,多種多様で, umfassend な性格を もつものであるが,それには下部構造的要因と上部構造的要因とがある。前者には,いうまで ?もなく経済的,物質的,技術的要因が含まれ,後者には,政治的,法的,精神的,道徳的,イ デオロギー的要因が属している。 これらの諸要因の中で,もっとも基礎的な重要なものが,経済的要因であることは,否定さ れえない事実である。それは,その要因が社会発展の原動力である物質的生産力の水準と内容 を規定しているからである。 ソ連におけるペレストロイカ発生の経済的要因は,二つに大別されうる。その一つは,国内 的要因であり,他の一つは,国際的要因である。前者が後者を規定しており,後者がまた前者 に影響を与え,両者は相互に密接な関連をもっ。その関連の具体的内容についての分析は,ま た行論の一課題をなしている。 ペレストロイカ発生の基礎には,重要な経済的要因があるが,それを規定する根本的要素は, 物質的生産力の発展テンポである。工業生産と農業生産,生産手段の生産と消費資料の生産の 発展テンポが重要な役割を荷うことはいうまでもない。この生産力の発展テンポを規定してい ずこのが,旧来の行政的・指令的管理方式であった。 この行政的・指令的管理方式は,歴史的には,ソ連社会の発生の初期のいわゆる戦時共産主
ペレストロイカの発生 干渉とが同時に発生した一ーにまで遡りうるものであり, 1920年代の終りに始まる 5 カ年計画 の方式(第 1 次 5 ヵ年計画は 1928年10 月始点), 1930年 "'-'1940 年代の CTaJII1H の時代の国民経
済管理方式において確立化されたもので、ぁ2;
その当時に形成された中央集権的管理方式は, 1950年代における戦後の管理形態をも規定し ており,その根幹は,ゴスプラン CfOCIIJIaH) による国民経済全体の計画的管理であった。 1930年代にはすでに工業経済学の文献において総生産高指標による工業生産の計画化方式が欠 陥をもつものであることが指摘されていた。それは 1965年の経済改革によって実現生産高指標 に変り,利潤指標の導入になったことは,既知の事実である。 ペレストロイカ発生の根源は,歴史的には WarCommunism
, 1920年代末より 1930年代 にかけての時期にまで遡りうるものとされるのは,その当時の行政的・指命的方式にもとづく 国民経済の管理方法が基本的には継続されてきたからにほかならなし、。しかし変化がまったく ないわけではなかった。 初期の 1930年代における国営企業管理の方式においては,企業活動の細部にいたるまで上部 (2) r ……行政的・命令システムと市場メカニズムとは両立できないし敵対的である。 歴史的には行政的・命令システムは,不覚にも社会主義と結びついた。他方,市場と商品,貨幣関係 は,資本主義の特徴として拒否された。 これはスターリンの統治期であった。これがいかに発生したかを理解するためには, ソビエトの歴史 の初期にまで遡らなければならない。すなわち,国内戦と外国の干渉が同時に発生 L た,いわゆる戦時 共産主義に。 当時権力闘争は激しかった。経済法則は無視された。貨幣は実際には存在することをやめた。食糧は 農民から強制的に取上げられた。残りの人々は乏しい配給で満足しなければならなかった。 生産高が 5 分の 1 以下に低下した全工業生産は,肥大した,未熟な,中央集権的な装置によって管理 された。 戦争によってもたらされた強制的方法であり,強制 (coercion) によって機能したこのシステムは, ノーマルな平和的な条件のもとでは生き残ることができなかった。…… J (J1eoHIIλMHxa伽OBH'1KopeHeB
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1990
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pp.19~20)(3)
rたとえば, 20年代末~30年代はじめから,政策遂行の中で『戦時共産主義』の再現が急激に勢い を増した。この時期,私的経営の最終的廃止と国家資本主義的経済運営形態の縮小の措置がとられた。 きわめて短期間に,いたるところで農民の集団化が実施された。主として行政的なその実施方法は,自 由意思の原則の乱暴な侵害(大量弾圧を含む), 協同組合運動の多様な形態の拒否,勤労農民の利益の 無視をもたらした。協同組合化のレーニン的思想は,著しくみすぼらしいものに変えられ,多くの点で 歪曲された。 経済運営システムにおいては,行政的=命令的方法,きびしい集権制の路娘が採用された。これらす べては,人々およびその生活条件に対する態度に反映した。社会における民主化の過程はしかるべき発 展をとげず, ときにはただ縮小していった。こうして,社会主義の事業と権威は重大な損害をこうむっ たのである。 社会主義建設の実践は, ソ連においてだけでなく他の国々においても,残念ながら『戦時共産主義』 と固有なやり方の再現の重荷を背負うことになった。このことは,社会主義的変革の困難を倍加し,社 会主義経済システムに歪みをもたらした。きわめて否定的な結果を招いたのは,行政的管理方法の肥大, 商品=貨幣関係の役割の軽視,協同組合など社会主義的経済運営の多くの重要な形態の過小評価である。 J (Me江BeλeB
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大崎平八郎他訳, rペレストロイカの経済学」上巻,
1990
, 362~363ページ〉-海道進 管理機関による計画化がなされ,多くの指標が義務指標とされていた。それは社会主義企業の 発生期であるため,その強力な発達のために必要とされるものであった。とくにその企業が弱 体化の段階にある場合には,必然的な方法でもあった。 しかし,社会主義国営企業が発達し強大化してくるとともに,企業の経済的自立性が拡大化 されてくるのも必然的であった。企業の経済的自立性の発達した段階においては,義務的指標 が縮減され,企業の権限の拡大が行われる。それが, 1965年の経済改革であった。当時すでに 行政的管理方式に代って経済的方法による管理の重要性が指摘されていた。 行政的・命令的管理方式より経済的方法による管理,経済的諸範時,貨幣,価格,信用,賃 金などの利用による経済改革が強調され,完全な経済計算制=独立採算制にもとづく企業管理 が提唱されたのも当時である。 1965年改革においては,企業長権限が拡大化され, TeXIIpOM中間IIJIaH,技術・生産・財務計 画,年度の経営計画の作成が,企業長権限内で承認され,上部の管理機関の許可を必要としな くなり,報告するだけとなった。 しかし,今回の 1985年以降のペレストロイカの段階においては,企業そのものの性格の質的 変化と管理様式の根本的変革がなされ始めている。以下,その変革の発生の歴史的背景につい て考察することにしよう。
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ソ連におけるペレストロイカ発生の国内的要因のもっとも基本的なものが, 1970年代後半と 1980年代前半におけるソ連経済の基本的諸指標の低下である。 1960年代と 1970年代前半に比べ ての社会的・経済的諸指標の悪化,とくに物質的生産力の発展テンポの低下は,ペレストロイ カ発生の主要な原因をなしている。 ソ連経済が危機的な状態を示していたといわれる所以も,重要な経済指標の年平均発展テン ポが軒なみ低下したところにある。ブレジネフ時代が批判され,従来の行政的・指令的国民経 済管理方式に代り市場経済原理の導入とその力点の移動が強調されるのも,その危機的状況の 克服,物質的生産力の発展を促進させるために外ならない。 第 1 表は,ソ連経済における重要な経済的諸指標の悪化の具体的状況を示す。なお参考まで に, 1986"'-'1987年の数字を付加しておく。一部を除き,ペレストロイカによる改善が示されて いる。 (4) r プレジネフの時代は,スタグネーション期 (a period ofstagnation) として正当に批判されている……J (Leonid Korenev
,
The Soviet Economy: At the Crossroads of Perestroika,
1990,
p.3) それは国全体が直面していた危機の状態 (crisis situation) を気づかずにいたこと,かれが無
能 (incompetence) , 無力,不適格であったことによる。当時は Brezhnev's “ stagnation.style"
management の時代と称される。
-ベレストロイカの発生 く%) 1986N 1987 3.6 (1) 3.2 5.2 4.4 4.5 4.0 1981~ 1985 3:5 ソ連経済の基本指標の年平均増大テンポ 1976~ 1980 4.2 1971~ 1975 6.3 1966~ 1970 7.4 1961~ 1965 6.5 表 1 3.6 6.4 3.7 3.6 3.9
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7.4 4.4 4.7 3.8 5. 7 8.7 7.4 7.8 6.5 7.8 8.1 8.5 8.6 8.4 6.5 9.6 8.6 9.6 6.3 qanonU 円 444τqAqodaτ 噌 inUτ•••..•.••.
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4.4 5.9 3.6 4..5 3.1 4.4 6.3 8.2 6.0 社会的総生産高 生産国民所得 生産基本フォンド 工業生産高 生産手段生産 消費資料生息 農業生産高 農作物生産 畜産 稼動基本フォンド 基本投資 貨物輸送 旅客輸送 労働者・事務員数 社会的労働生産性 国民経済の利潤 住民 E 人当り実質 所得 国営・協同組合商 業の小売取引高 外国貿易高1
qLqoaAZEUFO 円tauQdnv 唱ょっ白 qds せ EdnU ヴ a -EA 噌・ A 唱-A'EA 唱・・晶噌 'A 唱・・晶噌目ム 18 1.5 3.9 5.3 7.7 8.3 Hapo瓦Hoe 玄03冗賞CTBO CCCP B 1987r.,
1988,
C.7. (1) 農業生産の低下と外国貿易の縮小による。 (2) 7.1 19 備考 年平均生産高より。 ソ連の 1970年代後半は, 1970年代前半に比べて, 第 1 表の基本指標からも知られるように, 農作物の生産を除いて,全部悪化している。 しかも,その低下は,小さくはない。とくに社会 さらに1980年代前半には, 3.5%へと低 ほぽ半分から半分以下の水準に 的総生産高の年平均発展テ γ ポは6.3% より 4.2% へ, その後半の 7.4% に比べると, 下した。 1960年代前半の 6.5% , 低落している。 それは工業生産高と農業生産高の低落によるものである。前者が 1970年代前半の もちろん, 3.7%へ低落し,後者はさらに甚し さらに1980年代前半には1. 0%へと低下した。 く, 1970年代前半の 2.5% より後半には1. 7% に, 農業生産高の発展テンポの中で,農作物の生産高の発展テンポの絶対値は,人口増大率 さらに1980年代前半には, 7.4% より,後半には 4.4%へ, この傾向が続けば,人口増 に照応するだけの充分な食料供給の水準を維持し保証することができなくなることは明らかで ある。実際にはそのような状態になった。 (1980年には0.8%) 以下の 0.6% (1980年代前半〉にまで低下した。 ソ連は世界で最大の穀物輸入国になっていた。 (5) r新経済政策の思想にもづく社会主義建設の構想は,社会的所有と計画的経済運営の規定的役割の 承認から出発する。この点では,それは『戦時共産主義』の政策と違いはない。原則的な違いはほかの 点に,すなわち,行政的管理方法が経済的方法への力点の移動に,…・・・ある。 J (日OJlHTH"IeCKaSI 6KO・ HOMHSI, 1988,大崎平八郎他訳「ペレストロイカの経済学」上巻, 1990年, 363ページ〉5
-海道進 1980年代前半は. 1970年代後半よりもさらにほとんど 表 2 生産国民所得の増大テンポ の指標が悪化している。僅かに消費資料生産部門が1970 年次 増大テンポ(対前年比)
C%)
年代後半の水準に対し 0.1 ポイントの上昇を示している のみである。また畜産と基本投資だけが 1970年代後半と1
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同一水準を保っているに過ぎない。農作物の生産におい1
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ては. 1970年代の後半期の 3 分の 1 に低下している。 1. 8% より 0.6%へ。その低下率は大きい。1
.
生産国民所得の発展テンポ ソ連の生産国民所得について. 1970年代後半は.1960
年代後半に比べると,年平均発展テンポにおいて 7.8% より 4.3%へと,ほぼ 2 分の 1 の水準にまで低下してい る。同じく. 1980年代前半には, さらに悪化して.3.6
%となり. 2 分の l 以下の水準に低落した。1
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表 3 生産国民所得の 10 カ年平均発展テンポC%)
1950年代 1960年代 1970年代 1980年代前半1
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る 38年間の対前年比の増大テンポは,表 2 のごとくであ る。 1950 年代は平均して 10.3%.
1960年代は 7.2%. 1970年代は5.0%. 1980年代前半は3.6% であった。 いま 1950年代の生産国民所得の発展テンポを 100 とす ると. 1970年代のそれは 1950年代の半分となり. 1980年 代前半には 1950年代の 3 分の 1 に低下した。それは 1960 年代の 2 分の 1 の水準である。 20年間に半分の水準にま で発展テンポが低落したことになる。 いま 5 カ年平均でその発展テンポをみると. 1970年代 後半の年平均発展テンポは. 1950年代の 40%以下.1960
年代後半の半分になっている。僅か10年間で半減。 1980 年代前半には,さらに低下して,半分以下となる。それ1
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7. よ り作成.ペレストロイカの発生 は 1950年代の水準の 3 分の l である。 この間, 1960年代後半, 1965年のコスイギン時代の経済改革期に一時的上昇があり,それを へて,あと漸減傾向を辿る。この傾向が長期化すれば,社会主義経済の優位性は消滅すること になる。それは危機直前の段階にあったということができるであろう。ここにペレストロイカ 発生の必然性の一端をみることができる。 表 4 生産国民所得の 5 カ年平均の発展テンポ く%) 1950年代前半(1951"-'1955)
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なお 1970年代の前半と後半についてみると,前半は5.7%,後半は4.3% である。 1970年代後 半の増大テンポは,前半のマイナス 25% である。 1950年代に比べると,その 40% 台であり, 1960年代のマイナス 40%である。 1980年代前半には, 1970年代後半の 4.3% よりもさらに低下し, 3.6% の水準にまで落込んで いる。それは, 1970年代前半の水準のマイナス 40%近くにまでなっている。 1970年代後半と 1980年代前半の 5 カ年平均の発展テンポは, 1970年代前半に比べても低落傾 向が著しく,もしもそのまま低落傾向が続くならば,危機的様相を深めることになる。ここで 根本的な対策が求められることは必然的である。それがペレストロイカに他ならなかった。 いま 1950年代と 1960年代と 1970年代前半の順調な発展テンポをとった時代と比較すると,19
70年代後半の発展テンポの 4.3% は, 1951----1975年までの 15年間の 8.1% に対し,そのほぼ半分 である。 1980年代前半になると,その発展テンポはさらに低落して, 2 分の 1 以下になる。 発展テンポの低落傾向は著しいといわねばならないであろう。ここに物質的生産力の発展の ための生産諸関係の改善の要求が発生してくるのは必然的となる。そこにペレストロイカにお ける所有関係の改善の政策が発生する必然、性がある。生産諸関係の法的表現,基礎が所有関係 であるからである。 なお生産国民所得の増大テンポの低い年は,多くの場合,農業生産の増大テンポの低い年で あった。両者は対応関係にある。もちろん,逆必ずしも真ではない。それは,生産国民所得の 増大率が工業生産高の増大率にも依存しているからである。〈表 5 参照〉-
7 一F 3 t車両 'FR 、唱 AqO 司 d 司onvqAa せ phdn3hu'A 守' 24 唱。 phdFbEd 民 uau ヴ'司 d 可 d 守 aauQUQU 匠十円ヨ nudn ヨ nHdnvnvnHdnun ヨ nudnvnwd 唱『 'i'i 唱i 唱i 唱 i1 晶唱 i 噌i'i'i'i 噌 i J 海道進 生産国民所得,農業生産高,工業生産高の増大率、
(%)
生産国民所得 112.3 109.5 107.0 104.0 104.8 103.9 105.4 104.5 102.2 103.9 103~3 102.3 工業生産高 116.4 112.0 110.0 108.1 . 107.1 106.5 108.0 101.5 103.4 1α3.6 103.4 103.8 農業生産高 93.3 102.9 103.1 92;5 96.7 96.0 97.3 94.8 96.9 98.0 98.9 99.42
.
総工業生産高の発展テンポ 物質的生産力の中で基本的要因を占めるのは,総工業生産高の指標である。その年発展テン ポは, 1970年代後半には, 1960年代の 7'"9%,
1970年代の前半の 7'" 8-% より, 3"'5% の 水準に低落している。 1970年代前半の年平均発展テンポ 7.4% より,、後半には 4.4%へ低下。 1980年代前半には, さらに低下して 3.7%へ。それは 1960年代前半の 8.6% の半分以下となる。 8.6%から 3.7% h の低下は大きい。 1980年代前半の総工業生産高の年平均発展テンポは, 1950年代の発展テンポが10%をこえて いたことよりすると,その 3 分の 1 の水準への低下である。主要な工業生産水準の年平均テン ポの低下は,国民経済の発展にとって危機的な影響を及ぼすことはいうまでもない。 表 6 総工業生産高の 10 カ年平均発展テンポC
%
)
1950年代(
1
951"-'1960) 11.76 100 1960年代(
1
961"-'1970) 8.55 73 100 1970年代 (1971"-'1980) 5.68 48 80 100 1980年代前半(1981"-'1985)1
3.6 31 42 H 後半 (1986"-'1988) 4.0 34 47 70 1970年代はすでに, 1950年代の発展テンポの 2 分の l 以下となる。 1980年代前半は, 1950年 代の 3 分の 1 以下に低落する。 1960年代の42% の水準, 1970年代の 63% の水準に低下している。 表 7 総工業生産高の 5 カ年平均発展テンポ (%) 1950年代前半(1951"-'1955) 13.16 100 1/ 後半(1956"-'1960) 10.36 79 100 1960年代前半(1961"-'1965) 8.58 65 83 100 1/ 後半 (1966,,-, 1970) 8.52 65 82 99 100 1970年代前半(1971"-' 1975) 7.44 57 72 87 87 100"
後半 (1976,,-, 1980) 4.46 34 43 52 52 60 1980年代前半 (1981"-'1985) 3.6 35 42 42 1/ 後半(1986"-'1988) 4.0 30 39 47 47 54ベレストロイカの発生 1970年代後半はその前半の水準の 60% に低落し, 7.4% より 4.5%へ,さらに 1980年代前半には, 1970 年代前半の水準の 2 分の l 以下となる。 7.4% から 3.6%へ。表 8 は総工業生産高の増大テンポの詳細 を示す。 ソ連における総工業生産高の 5 カ年平均発展テン ポは, 1950年代前半で13% ,後半で 10% , 1960年代 前半で8.5% ,後半も同じであった。 1970年代に入ると,前半のそれは 7% になり,後 半は 4% となる。 1980年代前半には,さらに低下し て, 3.6% となる。 4%を割ることになった。それ は,資本主義国に対する社会主義の優位性を堀り崩 すものであった。 1980年代前半の工業生産高の発展テンポは, 1950 年代の 13% に比べると,その低下は著しいものがあ る。もちろん, 1950年代には戦後の出発点の低位性 とし、う特殊な事情があることは否定されえない。し かし 1960年代の 8% 台の発展テンポに対して,その 2 分の 1 以下に低下することは,危機的徴候を示す ものであることは否定しがたし、事実である。 表 9 工業生産高の 5 カ年毎の増大テンポ 年代 増大テンポ(%) 1950~1955 1955~1960 1960~1965 1965~1970 1970~1975 1975~1980 1980~1985 1985~1988 185 155 146 150 143 124 119 113 備考 Hapo江Hoe X035IHCTBO
CCCP
B 1958r.,
1959,
C. 137.1964年版, C. 123,
1976年版, c.190~191. 1981年 版, c.43.1988年版, c.331 より作成. 1970年代後半の工業生産高の発展テンポは, 1960 年代後半の 2 分の l 以下, 1970年代前半の半分とな り, 1980年代前半には 5 カ年間の増大率が 20% を割 ることになっ Tこ。 - 9 表 8 総工業生産高の増大テンポの変化 年次 増大テンポ〈対前年比〉 1950 111 1951 116.4 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 、 BEllEBEEE 、 J't't'B 』 il' マ anu••
口 δnu nU 唱 i 唱'・占唱 aA 108.3 107.1 108.5 107.7 106.5 107.5 108.0 107.5 104.8 105.7 104.8 103.4 103.6 103.4 102.9 104.2 104. 1 103.4 104.4~ 103.8 ト 103.9J 11.76 10.36 8.58 8.55 8.52 7.44 5.68 4.46 3.6 4.0 備考: Hapo瓦Hoe X03兄員CTBOCCCP
3a 70~eT, 1987, c.58.Hapo~Hoe X03冗員. CTBOCCCP
3a 60~eT, 1977,
c. 79. HapO~Hoe X03兄首 CTBOCCCP
B 1987r.,
1988,
c. 624. Hapo江Hoe X03冗鼓CTBOCCCP
B 1988r.,
1989,
c.7,
680 より 作成。 1985 , 1986, 1987 年については, 1989年版の最新の指標による。海道 進 ついで生産手段生産部門(第 I 部門〉の発展テンポについてより詳細に考察することにしよ う。
1
1
1
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1
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生産手段生産部門の 5 カ年平均の年発展テンポ 表 1 より明らかなように,生産手段生産部門(第 I 部門〉の 5 カ年平均発展テンポは, 1970 年代後半には, 1960年代前半の 9.6% より 4.7% に低下, 1980年代前半にはさらに悪化して, 3.6% に低落している。 1970年代後半より一挙に半減し,さらにそれ以下に急落した。 いま 1950年代よりの 5 カ年平均の発展テンポをみると, 1970年代後半以降の急落傾向はより 明瞭となる。(表10参照) 1950年代前半の 3 分の 1 ないし 4 分の 1 への低下。 1960年代前半の 4 割近くへの低下。それらは,危機直前の状況といわれる所以を示す。 表10 生産手段生産部門の 5 カ年平均の年増大率 (%) 期 間 5 カ年平均増大率 比 率 1950年代前半 (1951...1955) 13.8 100 11 後半(1956...1960) 11. 3 82 100 1960年代前半 (1961...1965) 9.6 70 85 100 11 後半 (1966...1970) 8.6 62 76 90 100 1970年代前半 (1971...1975) 7.8 57 69 80 91 100 // 後半 (1976...1980) 4.7 34 42 49 55 60 100 1980年代前半 (1981...1985) 3.6 32 38 42 46 11 後半(1 986...1988) 4.0 29 35 42 47 51 85 2. 10 カ年平均の年発展テンポ 1951年より 1988年 tこいたる生産手段生産部門の年代毎の年平均発展テンポは, 1950年代には, 12.6%,
1960年代には 9.1% , 1970年代には 6.3% , 1980年代前半には 3.6% であった。 1980 年代前半には, 1950年代の 30%以下の水準にまで低落した。それは 1960年代の半分以下である。 1980年代前半の低下の状況は異常で、ある。 表11 生産手段生産部門の 10 カ年平均発展テンポ(%) 年 代 年平均発展ア ン ポ 比 率 1950年代 12.6 100 1960年代 9.1 72 100 1970年代 6.3 50 69 100 1980年代〈前半〉 3.6 40ベレストロイカの発生
3
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生産手段生産部門の対前年比発展テンポ 1951 年より 1988年 Iこいたるソ連の生産手段生産部 門の対前年比発展テンポは,表12 のごとくである。 1950年代には 11...16% で発達し, 1960年代には 7... 11% で, 1970年代前半には 7...8% ,後半には 8% から 5% 台へ,さらに 3% 台に低下し, 1980年代前 半には 3%以下になった。I
V
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いま生産手段生産部門の主要な部門の発展テンポ について考察することにしよう。[l
J
電力部門の発展テンポ ソ連における電力部門の 5 カ年毎の発電量とその 発展テンポは,表13 のごとくである。 表13 発電量とその増大テンポ 発電量 〈億KWH) 912.2 100 1702.2 187 100 比率(%) 年次 1950 1955 1960 1965 1970 1975 2922.7 5066.7 7409.2 172 100 10386. 。 1980 12938.8 1985 15440 173 100 146 100 140 100 125 100 119 備考 HapO.ll.HOe X03SI誼CTBOCCCP
B 1964r.,
1965,
c.157,
1976年版 C.235.HapO.ll.HOe X03兄貴CTBO CαP 3a 70JIeT
,
1987,
C.161.HapO.ll.HOe 玄03兄貴CTBOCCCP
1922~1982
,
1982,
c
.
179 より作成。 1950年代前半の 187% ,その後半の 172%, 1960年 代前半の 173% とその後半の 146%, 1970年代前半の 140% に対し,その後半の 125% , 1980 年代前半の 119% は著しい低下傾向を示している。ここに 1970 年代後半よりの急速な低落傾向の特徴を見ることが で、きる。 1980年代前半においては, 5 年間で20%を割る発 -11 ー 表12 生産手段生産部門の対前年比発展テ ンポ 年次 増大率(%) 1951 116.7 1952 112.2 1953 1954 1955 1956 111.8 113.5 114.9 111.3
1957 111.0 13.8 1958 1959 1960 1961 1962 1963 111.4 ) 11.34 112.2 110.8 110.3 110.8 109.4 ¥ 9.64 1964 108.8 1965 1966 1967 1968 1969 108.9 109.2 110.1 108.3 107. 。 1970 108.3 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 107.8 106.8 108.2 108.4 107.9 105.5 105.8 105. 1 103.4 103.6 103.3 102.7 104.2 104. 1 103.5 1986 105.01 8.58 7.82 4.68 3.56 1987 103.7 ト 4.03 1988 103.4 J 12.58 9.11 6.25 備考 HapO.ll.HOe 玄03SIHCTBOCCCP
1922 -1972 rr.,
1972,
c. 56. Hapo瓦Hoe 玄03兄貴CTBOCCCP
3a 70JIeT,
1987,
c.58.Hapo瓦Hoe X03寛賞CTBOCCCP
B 1988r.,
1989,
c.7 より作成。なお 1985, 1986年については 1987年版と 1989年版 とで異なる。ここでは後者の新しい指 標による。因に, 1987年版では 1985年 は 103.9, 1986年は 105.3 となっている。海道進 展テンポとなる。それは, 1950年代の発展テンポの 4 分の 1 , 1960年代の 3 分の 1 , 1970年代 前半の 2 分 1 である。 なお原子力発電については,表14 に示されるように急速な上昇が見られる。 1970年代より 19 80年の 10年間に20.8倍となる。また 1980年より 1985年の 5 年間に2.3倍となり,その総発電量 に占める比率は, 1985年で10.8% である。 表14 原子力発電量の増大 年次 (1,発電能力000 kw)
全能力くに%占〉め
る比率 (100万 kwh)発電量全発電量に
める比率C%占
) 比率 C%) 1965 310 0.3 1410 0.3 1970 875 0.5 3499 0.5 100 1975 4671 2.1 20206 2.0 577 100 1980 12492 4.7 72923 5.6 2084 361 100 1985 28110 8.9 167401 10.8 828 229 1986 30110 9.4 160804 10. 1 221 1987 34400 10.4 186984 11. 2 256 1988 35400 216000 12.7 296備考 Hapo瓦Hoe X03HH:CTBO CCCP 3a 70 JIeT, 1987, c.161.口pOMhlillJIeHHOèTb CCCP, 1988, C. 134.CCCP H 3apy6e)l{Hble cTpaHbI 1988, 1989, c.121 より作成。 なお火力発電の総発電量に占める比率とその発展テンポは,表15 と表16 のごとくである。そ の比率は, ほぽ 83--:--87% で、ある。またその発展テンポは, 1970年代後半と 1980年代前半にお いて, 1960年代後半と 1970年代前半の発展テンポの 2 分の 1 に減少している。 表15 総発電量に占める火力発電量の比率 年次
総(億発kw電h量
>火(億力k発w電h量
> 比率C%) 1965 5066. 72 4252.38 84 1970 7409.26 6165.49 83 1975 10386.07 9126.20 88 1980 12938.78 11099.89 86 1985 15441.17 13295.87 86 1986 15988.90 13831.52 87 1987 16649.24 14450.99 87 備考 flpOMblillJIeHHOCTbCCCP, 1988, c.134. 表16 火力発電量の増大テンポ 年次発(億 電量
kwh) 比 率 C%) 1965 4252.38 100 1970 6165.49 145 100 1975 9126.20 148 100 1980 11099.89 122 100 1985 13295.87 120 100 1986 13831.52 104 100 1987 14450.99 104ベレストロイカの発生 ここでも, 1970年代後半と 1980年代前半の低落ぷりは,特徴的である。 火力発電は,いうまでもなく,石炭部門と密接な関連をもっている。次に採炭部門の発展 テンポをみることにしよう。 1970年代後半よりは発展テンポの急激な低下がみられる。それは 火力発電の発展テ γ ポの低下率よりもさらに大きい。
[
1
1
]
石炭部門の発展テンポ (1) 現物形態 生産手段生産部門における主要な燃料部門としての石炭部門の発展テンポについてみると, 1975年から 1980年にかけて急激な低下が現れている。〈表17参照〉 1950年代前半は 5 ヶ年間で45% の増, 1950年代後半は 34%増となっているが,いまそれらを 例外としても, 1960年代前半の 13%,その後半の 8%, 1970年代前半の 12% より,その後半に は僅かに 2% ,さらに 1980年代前半には 1% という低落ぶりであった。 1975年以降の発展テンポの低落,急激な低下は,資源的な制約,自然的条件,採炭の絶対量 の増大があるにしても,その低落傾向はあまりにも大きいものがある。 5 カ年で僅かに 1% の 増というのは,まさに危機的であろう。 表17 各種右炭の採堀高総額 年次 採掘高(100万 t) 比 率(%)1
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備考 Hapo.n:Hoe X03姐CTBO CCCP B1975r.
,1976
,c
.
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1981年版,c.157
, 1989年版, C.381.より作成。(2)
7, 000 キロカロリーに換算した石炭の採堀高 7, 000 キロカロリーに換算した石炭の採堀高の発展テンポにおいては,現物形態の場合の絶 対量の増大率よりも,さらにその低下率は大きい。〈表18参照〉 7, 000 キロカロリーに換算した石炭採堀高の増大テンポをみても, 1950年代前半の 151% は例 外として,その後半の 120%, 1960年代前半の 111%, 1960代年後半の 105% , 1970年代前半の 109%に対し, 1970年代後半の 101%はすでに停滞的現象を示している。 1980年代前半には92% となって,ついにマイナスの状況となる。 1985年には石炭採堀高 (7, 000キロカロリーに換算〉は, 1980年の 4 億7, 690万 t より 4 億3 , 980 万 t に低下し,マイナス 8% である。それは, 1969年の 4 億 3, 960 万 t の水準に低落しており, q d海道進 表18 石炭採堀高の増大テンポ (7, 000キロカロリーに換算〉 年次
採(100堀万 t高
> 比 率(%) 1950 205.7 100 1955 310.8 151 100 1960 373.1 120 100 1965 412.5 111 100 1970 432.7 105 100 1975 471.8 109 100 1980 476.9 101 100 1985 439.8 92 100 1988 467.0 106 備考 HapO.ltHOe X03HHCTBOCCCP
B 1975r.,
1976,
c.239.1980年版 C. 156,
1989年版, c.381 より作成。 16年前の水準への低下となっている。 16年間, 3 回の 5 ヵ年計画分以上の期間にわたって成長 がなかったことになる。 現物形態における各種石炭の採掘高は減少してはいないが,その実質的な採堀高は低下して いる。石炭の採堀高の低下が火力発電部門の発展テンポに影響を与えることは否定できないで あろう。 く 3) 7, 000 キロカロリーに換算した燃料部門全体の採堀量の増大テンポ 7, 000 キロカロリーに換算した石炭の採堀量は, 1980年より 1985年にいたる 5 カ年間で 8% の低下を示しているが,燃料部門全体〈石油,ガス,その他を含む〉の採掘量は増大している。 しかしその増大テンポは,低落の傾向にあり,とくに1980年代の前半期においては, 10%をわ ることになる。〈表19参照) 1950 年代の 54"-'44 %増を除いて, 1960 年代前半の 40%増, 1970年 表19 7, 000キロカロリーに換算した燃料部門全体の発展テンポ 年次採(100堀万 t量
> 比 率 1950 311.2 100 1955 479.9 154 100 1960 692.8 144 100 1965 966.6 140 100 1970 1221. 8 126 100 1975 1571. 3 129 100 1980 1895.6 121 100 1985 2073.1 109 100 1988 2286.9 110 備考 HapO.ltHOeX03兄貴CTBOCCCP
B 1988r.,
1989,
c. 381. 1976年版, C.239,
1981年版, c. 156,
1986年版. c.157 より作成。 なお 1975. 1980,
1985年の採堀高は,版によって異なる。たとえば, 1975 年の は 1590.3百万 t (1976年版), 1980年のは 1905.7百万 t (1981年版), 1985 年のは 2137.3百万 t (1986年版〉となっている。ここでは最新版の指標による。ベレストロイカの発生 代前半の約30%増,その後半の 21%増に対し, 1980年代 前半には 1970年代後半の 2 分の l 以下に低落している。 なお 1988年には, 1985年水準の 110% に回復している。 石炭採掘高の燃料全体に占める比率は, 1950年に66.1 55, 1960:年に53.9% , 1970 年に35.4%, 1980 年に 25.4
%,
1985年に2 1. 2% となり, 1987年には 20.6% にまで低 下している。(表20参照〉その間, 1968 年には石油との比 率が逆転し(表21参照), 1980 年にはガスとの比率が逆転 しており,その比重を低下させている。(表23参照〉(4)
ガス採堀量の増大テンポ 7, 000 キロカロリーに換算した石炭採堀高の増大テン ポの低下傾向に対し,ガス採堀量の増大テンポは急上昇 を示している。〈表22参照) 1950 年代前半の1. 5 倍,後半 の約 5 倍, 1960年代前半の約 3 倍の急増が特徴的である。 1960年代後半と 1970年代前半には1. 5 倍前後で, 1970年 代後半と 1980年代前半も,ほぼ同じ倍率で発展している。 そこに燃料生産構造における変化を見てとることができ る。この変化は,構造的変化の一典型を示す。それは電 力部門における原子力発電の比率の急速な増大の場合と 類似する。しかしその発展テンポは,原子力発電の場合 リ比 口る カめ ロ占 キに 旧体 町全 7h 料 の燃 高た 堀し 採算 炭換 石に 一率 向 HU 内''白 表 年次 比率(%) 1950 66.1 1955 64.8 1960 53.9 1965 42.7 1970 35.4 1975 30.0 1980 25.2 1985 21.2 1986 21.0 1987 20.6 備考 HapO,lLHOe X03兄貴CTBOCCCP
3a 60JIeT,
1977,
c.204. TIpo・ MhIIIIJIeHHOCThCCCP
, 1988, c. 141 より作成。 表21 燃料採取高に占める石炭と石油 の比率の逆転 (7, 000 キロカロリ ーに換算). (克) 』九円 d 只 U V レ《 bno 年 9 日 石炭 39.4 38.0 石油 37.8 39.0 備考 HapO,lLHOe X03兄負CTBOCCCP
B 1970r., 1971, c. 183. 表22 ガス採堀量の増大 (7, 000 キロカロリーに換算〉 年次採(100堀万 t量
> 1950 7.3 100 1955 11. 4 156 100 1960 54.4 477 100 1965 149.8 275 1970 233.5 1975 342.9 1980 514.2 1985 742.9 1986 792. 7 1987 840. 1 比率 100 156 100 147 100 150 100 144 100 107 100 106備考 HapO,lLHOe X03冗員CTBO
CCCP
3a 60JIeT, 1977, c.204.HapO,lLHOe X03HHCTBOCCCP
B 1980r.,
1981,
c.156. 口pOMhIIIIJIeHHOCThCCCP
,
1988,
c.141 より作成。1980年の採堀量については, 1981年版と 1987年版, 工業統計表とでは異る。後二者 の最新の指標による。
-海道 進 よりも急速である。そのことによって, 1980年には,石 炭部門との総燃料採堀高における比率を逆転させること になる。(表23参照〉 ガス採堀量は, 1980年には 1960年の 9.5 倍となり,原 子力発電が 1965年より 1985年に L 、たる 20年間で、 9.1 倍に なったのよりも,急速な上昇率を示している。 ガス採堀量の急速な増大により燃料採取高に占めるそ の比率は増大し 1980年には 27.1% となり,石炭の比率 の 25.2%を凌駕した。 1987年にはガスの比率は 37.7% に上昇し,石油の比率 40% に肉迫している。このテンポ で上昇していくと, 1990年代にはし、ずれ石油の比率を追 越し,燃料部門の第 1 位の地位を占ることになるであろ う。
[
1
1
1
]
石油部門の発展テンポ 表23 燃料採取高に占めるガス,石炭, 石油の比率の変化 (7, 000キロカ ロリーに換算)(%)
年次 ガス 石炭 石油 1979 45.2 1980 .1 25. 45.5 1985 35.8 21.2 41.1 1986 36.6 21. 0 40.6 1987 37.7 20.6 40.0 備考 Hapo,n:Hoe 玄03HHCTBO CCCP B 1980r.,
1981,
c.156.npOMbIIIIュ JIeHHOCTb CCCP,
1988,
c.141. なお石炭の 1980年の比率につい ては,両書でことなる。 1981年版 では 25.4になっているが,ここで は,最新の 1988年版の工業統計表 による。 燃料生産部門における比率の最も高い重要な部門としての石油部門の採堀量は, 1950年代に は約 4 倍に増大し, 5 カ年毎の発展テンポは,前半で1. 9 倍,後半で 2.1 倍であった。(表24参 照〉 1960年代は前半で1. 6倍,後半で1. 5倍である。 1970年代に入ると,前半で1. 4倍であったが, 後半には1. 2 倍に低下し,さらに 1980 年代前半には 1980 年水準以下になる。 1985年には 1980 年水準の 99%に低下。 1% の低下ではあるが, 5 年間増大しなかったことになる。 なおソ連における石油の採掘高は, 1981 年は 8 億7, 060万 t , 1982年は 8 億7, 600万 t ,1
9
8
3
年は 8 億8, 140万 t , 1984年は 8 億7, 620万 t で, 1984年にすでに衰退現象が現れていた。 1983 年の採堀高に対して, 1985年は 96.6%で, 99%以下であった。 1% ではなく, 3.4% の低下で ある。 石油採堀高における 5 カ年毎の指標で低下することは,今迄にはなかった現象で、あり,もし この低下傾向が続くとすれば,それはいうまでもなく国民経済に対して否定的な影響を及ぼす。 たんに停滞するだけではなく,一挙に衰退化していくことになる。 しかし,ペレストロイカの時代に入って,石油採堀高は, 1986年には年率 3% の増で上昇し, 危機的状況より一時的に脱出することができた。がしかしまだ楽観を許さない状況にある。と いうのは, 1987年の増大率は1. 5% であり, 1988年にはほとんど増大してはいないからである。 それが一時的なものであるか否かについては,今後の推移に依存していることはいうまでもな いところである。ペレストロイカの発生 表24 石油採堀高 (7, 000キロカロリーに換算,ガス凝結物を含む〉 年次
採(100堀万 t高
>
比 率(%)1
9
5
0
5
4
.
2
1
0
0
1
9
5
5
1
0
1.2
1
8
7
1
0
0
1
9
6
0
2
1
1
.
4
2
0
9
1
0
0
1
9
6
5
3
4
6
.
4
1
6
4
1
0
0
1
9
7
0
5
0
2
.
5
1
4
5
1
0
0
1
9
7
5
7
0
1.9
1
4
0
1
0
0
1
9
8
0
8
6
2
.
6
1
2
3
1
0
0
1
9
8
5
8
5
1.3
9
9
1
0
0
"
1
9
8
6
8
7
9
.
1
1
0
3
1
9
8
7
8
9
2
.
6
105 、1
9
8
8
8
9
2
.
8
1
0
5
備考 Hapo周oe X03冗員CTBOCCCP
3a6
0
J1eT,
1977
,
c
.
204
,
1985年版,c
.
157
,
1989年版, c.381 ,日pOMbIIIIJleHHOCTbCCCP
,
1988
,
c
.
141 より作成。[
I
V
J
鉄鋼生産部門の発展テンポ 生産手段生産部門において基礎的素材を生産する部門としての黒色冶蚕部門,鉄鋼生産部門 の 1970年代後半と 1980年代前半の発展テンポは, 1960年代の発展テンポ院比でくると,きわめて 緩慢になっている。 1960.年代の発展テンポが銑鉄で80%をごえ,鋼鉄で約 40% であるのに対 l_." 1970年代には銑鉄で25% ,鋼鉄では28% であった。以下,それぞれの部門について,より 詳細に考察することにしよう。 (1) 銑鉄生産部門の発展テンポ 表25に示されるように, 5 カ年毎の銑鉄生産高の増大率の動態は,明らかに減少傾向を示し ている。 1950年代前半の増大率 174% は例外的としても, 1950年代後半, 1960年代前半の 14Ü' %台, 1965年の経済改革後の 1970年代前半の 120% の発 表25 5 カ年毎の銑鉄生産高の増大率 展テンポに対して, 1970年代後半の 104% と, 1980年代 前半の 103% は,一挙に低落の現象を示す。それは危機 的状況と評価されても否定されえない事態であった。 も L このような急激な低下傾向が続くとすれば,それ は 3% 以下,より正確には 2.5% 以下から 2%以下への 年次 増大率(%) 1950~19551
7
4
1955~19601
4
0
1960~19651
4
1
1965~19701
3
0
1970~19751
2
0
975~19801
0
4
低落ともなる可能性がある。それが年率 1%以下ともな 1980~19851
0
3
(102. め れば,停滞傾向はより著しいことになる。そこにペレストロイカが発生せざるをえなくなる所 以がある。銑鉄生産の事例は,まずこ鋼鉄生産の場合にも見られる。 なお銑鉄生産の歴史を見ると,表26 のごと交である。 1970年代初めには,アメリカの銑鉄生 産量を追越している。 -17 ー海道 進 表26 銑鉄の生産高 年次
(生10産
0万高
t) 比 率C
%
)
1950 19.175 100 1955 33.310 174 100 1960 46.8 140 100 1965 66.2 141 100 1970 85.9 183 130 100 1975 103.0 220 156 120 100 1976 105.4 1977 107.4 1978 110.7 1979 109.0 1980 107.3 229 162 125 104 100 1981 108 1982 107 1983 110 1984 111 1985 110 235 166 128 107 103 1986 114 243 172 133 111 106 1987 114 243 172 133 111 106 1988 115 245 174 134 112 107備考 HapO~Hoe X03冗員CTBO CCCP B 1975r., 1976, c. 244.Hapo~Hoe X0351誼CTBO
CCCP B 1980r., 1981, c. 158.1986年版, c. 140, 1989年版, C.382. Hapo~Hoe 玄O開設CTBO CCCP 3a 70 JIeT, 1987, c.164 より作成。 表27 鋼鉄の生産高 年次 生産高(1 00万 t 比 率
C
%
)
1950 27.3 100 1955 45.3 166 100 1960 65.3 144 100 1965 91.0 139 100 1970 115.9 177 127 100 1975 141.3 216 155 122 100 1976 144.9 1977 146.7 1978 151.5 1979 149. 1 1980 147.9 226 163 128 105 100 1981 148 1982 147 1983 153 1984 154 1985 155 237 170 134 110 105 1986 161 247 177 139 114 109 1987 162 247 177 139 114 109 1988 163 250 179 141 115 110備考 HapO~Hoe X0351HCTBO CCCP 3a 60 JIeT, 1977, c. 208.Hapo~Hoe X0351首CTBO
CCCP B 1975r., 1976, c.244.1981年版, c. 158, 1986年版, c. 140, 1989年版, c.
ベレストロイカの発生
(2)
鋼鉄生産部門の発展テンポ 鋼鉄生産高の発展テンポは,銑鉄生産高の場合と同じく, 1970年代後半と 1980年代前半に急 落傾向を示している。 1950年代には 5 カ年間で66% の増大テンポであったが, 1960年代前半には40% 弱の増大率となり,後半には約30 %となる。 1970年代前半には 22% となり,その後半には 急落して 4.7% となる。 1980年代前半においても 4.8% とほぼ問 Iじ発展テンポで 5% をわり,年率で 1%以下と なり, 10年間停滞的現象を示す。〈表27,お参照〉 表28 5 カ年毎の鋼鉄生産の増大率 年次 増大率(%) 1950.-....-1955 166 1955.-....-1960 144 1960"'-'1965 139 1965---1970 127 1970.-....-1975 122 1975"'-'1980 105(
1
04.7) 1980.-....-1985 105(
1
04.8) ここでも,この停滞的現象に対する根本的対策が必要となる。そこにペレストロイカの発生 が不可避的となる理由を見出すことができるであろう。(3)
圧延鋼生産部門の発展テンポ ついで圧延鋼の生産高とその発展テンポについて見る。圧延鋼の生産高には,棒状レール, 薄板,鋳塊よりの鋼管,鍛冶製品が含まれる。この生産高も,鋼鉄生産高の発展テンポと同じ 類型を示す。 表29 æ延鋼の生産高とその発展テンポ 年次 生産高(1,
比 000 t 率(%) 1950 17,
973 100 1955 30,
556 170 100 1960 43,
679 143 100 1965 61,
650 141 100 1970 80,
650 131 100 1975 98,
686 122 100 1980 102,
909 104 100 1985 108,
274 1986 111,
996備考 HapOJl:HOe X035IHCTBO
CCCP
B 1980r.,
1981,
C.158,
HapOJl:HOe X035I鼓CTBOCCCP
3a 70 JIeT,
1987,
c. 164. HapOJl:HOe X03兄員CTBOCCCP
3a 60 JIeT,
1977,
c.208 より作成。 105 109 1960年代と比較しても,また 1970年代前半と比べても, 1970年代後半と 1980年代前半の発展率はきわめて低いこ とが判明する。 1960年代前半40% 台,その後半は 30% 台, 1970年代前半は20% 台であったものが, 1970年代後半に 入ると一挙に 4% に低落し, 1980年代前半においても, 表30 圧延鋼生産高の発展テンポ 年次 増大率(%) 1950.-....-1955 170 1955.-....-1960 143 1960.-....-1965 141 1965.-....-1970 131 1970.-....-1975 122 5% の増大率しか示していな L 、。年率 1% となり,その 1975.-....-1980 104 低下傾向は著しい。 1980.-....-1985 105 -19-海道進
(4)
鉄鉱石の採掘の発展テンポ 銑鉄,鋼鉄,圧延鋼における 1970年代後半と 1980年代前半の発展テンポの急落傾向は,いう までもなく,その主要な素材である鉄鉱石の採堀高の発展テンポとも関連している。鉄鉱石の 採掘高の動態は,表31 , 32,
33に示されているごとくである。 1960年代前半の発展テンポは 45%であるが,その後半には 30%以下に低下し 28% となり, 1970 年代前半には 20% を割り, 19% となる。その後半には僅かに 4% の増大率で, 1980 年代 前半にはさらにその水準以下の 1% となる。 5 年間で僅かに 1% しか増大しなかった。それは 100% の金属内容に換算した場合にも同様である。 . 1970年代前半には21% の増大であったのに対し,その後半には 4%,正確には 3.9% , 1980 年代前半には 2% となる。その急落傾向は歴然としている。なお1981年, 1982年には現物量に おいても,換算量においても, 1980年水準以下に低下しており,それが停滞傾向を悪化させた ことはいうまでもない。 表31 鉄鉱石の採堀高 年次現(1物00万指t標
> 比 率 (%) 1950 39.65 100 1955 71.86 181 100 1960 105.8 147 100 1965 153.4 145 100 1970 197 128 100 1975 235 119 100 1980 245 104 100 1981 2429
9
1982 244 100 1983 245 100 1984 247 101 1985 248 101 1986 250 1987 251 1988 250備考 HapO.Zl.H侃玄0351盈CTBO CCCP 3a 60JIeT
,
1977,
c.210. HapO.llHOe XO組員CTBO CCCP B 1975r.,
1976,
c.247.1986年版, C.385.HapO.llHoe 玄03克誼CTBO CCCP 3a 70JIeT,
1987,
c.165 より作成。100 101 101 101
ペレストロイカの発生 表32 鉄鉱石の採堀高 (100%の金属内容に換算〉 年次
(換10算0万指標
t) 比率(%) 1965 81 100 1970 106 131 100 1975 128 121 100 1980 133 104 100 1981 131 98 1982 132 99 1983 134 101 1984 135 102 1985 136 102 100 1986 137 101 1987 138 101 1988 138 101 備考表31 の備考と同じ。 表33 5 カ年毎の鉄鉱石の採堀高の増大率 (%) 年次 増大率 換算の増大率100% の金属内容に1
7
5
00d444 'E 品‘, A 唱EA R M A U R U FHUGuno n U Q u n v 唱E ・晶司 EA 唱E ム 凸 URUAU FORunhv Q d Q d Q d 'EA 噌EA 噌EA 1965'"'-'1970 1970'"'-'1975 1975'"'-'1980 1980'"'-'1985 128 119 104 (104.2) 101 (101. 2) 131 121 104 (103.9 ) 102 (102.25) いま以上の全部門について総括すると,表34 と表35 のごとくになる。 表34 5 カ年平均年発展テンポ(%) 年 次 生産国民所得 工業生産高 1950年代前半 11. 4 13.2 H 後半 9.2 10.3 1960年代前半 6.5 8.6 H 後半 7.8 8.5 1970年代前半 5.7 7.4 H 後半 4.3 4.4 1980年代前半 3.6 3.6 11 後半(1 986'"'-'1988) 3.6 4.0 - 21 一海道 進 表35 生産手段生産部門の 5 カ年毎の増大率