富山県に産する日本海要素とその近縁植物の分布の 特徴(1)
著者 佐藤 卓, 太田 道人
雑誌名 富山市科学博物館研究報告
号 32
ページ 13‑26
発行年 2009‑02‑25
URL http://repo.tsm.toyama.toyama.jp/?action=repos itory̲uri&item̲id=901
富山市科学博物館研究報告第32号, 13‑26;(2009)
富山県に産する日本海要素とその近縁植物の分布の特徴(1)*
佐 藤 卓 富山県立桜井高等学校 938‑8505富山県黒部市三日市133皇
太 田 道 人 富山市科学博物館 939‑8084富山市西中野町1‑8‑3《
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l334Mikkaichi,Kurobe‑shi,ToyamaPref938‑8505,Japan
MichihitoOhta ToyamaScienceMuseum
l‑8‑31Nishinakano‑machi,Toyama939‑8084,Japan
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Keywords:JapanSeaelements,range,envlronmentalfactor,JapanSealndex キーワード:日本海要素、分布,環境因子,日本海指数
*富山市科学博物館研究業績第358号
佐 藤 卓 ・ 太 田 道 人
は じ め に
日本海側に分布の中心を持つ植物は日本海要素と呼 ばれている(福岡,1966)。日本海要素についての研 究は原・金井(1958,1959)や山崎(1959)によって 始められ,その後,福岡(1966)や清水(1968),小 山ら(1971),黒'11奇・福岡(1972)などにより分布の 成因や地理的分化について考察されてきた。植物社会 学的には,鈴木(1952)が太平洋側にブナースズタケ 群集,日本海側にブナーチシマザサ群集が発達してい ることを指摘した。山崎(1959)は太平洋側にスズタ ケ,日本海側にチシマザサ,内陸部にミヤコザサの群 落が発達していることが積雪量と密接な関係があるこ とを指摘している。それは積雪によって保護される冬 芽を持つチシマザサは日本海側に,地表近くに冬芽を つけるミヤコザサは低温乾燥が厳しい内陸部に,直立 する茎の上部に冬芽をつけるスズタケは太平洋側の温 暖な地域に分布していることを示した。また,山│││奇 (1959)もヒメモチやエゾユズリハが最深積雪50cm以 上の日本海側に分布していることを示し,日本海要素 が 積 雪 と 密 接 な 関 係 が あ る こ と を 示 し た 。 そ し て こ れ らの植物を裏日本要素と名付けた。また,Suzuki (1961)は日本海側に広く分布するチマキザサとミヤ コザサが年最深積雪50cmの線を境界に分布している ことを明らかにした。鈴木・鈴木(1971)は日本海僻 の気候の特徴を1つの数値で表す日本海指数を発表し・
この値が90を示す線がブナーチシマザサ群集とブナー スズタケ群集の境界となることを指摘した。
富山県の植物相は大田ら(1983)によってまとめら
れ,その中に日本海要素についても紹介された。佐藤 (2005)は212分類群を報告している。また,富山県に 分布する日本海要素の分類群数は194で,大田ら (1983)が発表した富山県産フロラ(2018分類群)に 占める割合は96%であった。日本海側の石川県や福 井県のフロラに占める日本海要素の割合はそれぞれ8 7%と72%で,富山県より低くなっている(佐藤,
2007)。
日本海要素の分布域と環境の相関については,萩原 (1977)や堀田(1974)によって研究されている。ま た,近県のフロラの分布や由来については,大田ら (1983)が富山県,古池(1990)が石川県,渡辺(1989;
が福井県,横内(1976)と清水(1968)が長野県,石 沢(1996)が新潟県についてそれぞれ行っている。
富山県の気候について,気象庁(2002)のメッシュ 平年値を用いて解析すると,富山県内の気候が日本海 的な気候から内陸的な気候の所まで多様であることを 佐藤(2007)が示した。
この研究は,富山県に分布する日本海要素とその近 縁分類群が富山県内のどのような環境に分布している かを明らかにし,日本海要素が適応していると考えら れる環境を考察することを目的としている。また,日 本海要素と近縁分類群の分布域の違いを環境面から理 解することを目指した。
この研究を行うにあたって,平成15〜17年度日本海 学研究グループ支援事業助成金の一部を用いた。ここ に感謝の意を表する。
表 1 今 回 の 調 査 で 扱 っ た 分 類 群 ( 学 名 は 日 本 の 野 生 植 物 草 本 編 と 木 本 編 を 用 い た > 和 名
モチノキ ヒメモチ ユズリハ エゾユズリハ ヤブツバキ ユキバタツバキ ユキツバキ オクヤマザサ チシマザサ オオアキギリ オオバクロモジ ユキグニミツバツツジ スミレサイシン タニウツギ ヒメアオキ オオバッッジ サンカヨウ シラネアオイ
学名
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、:福岡(1966)、②:黒崎。里見(1968)、③:清水(1968)、④:大田ら(1983)、⑤:大橋(1987>、
日本海要素として扱っている主な文献 太 平 洋 側 要 素
①、③、④、⑤ 太 平 洋 側 要 素
②、③、④、⑤ 太 平 洋 側 要 素
⑤
①、②、③、④、⑤
②、④
②、④
②、③ 山崎(1989)
①、②、③、④、⑤
①、②、③、⑤
①、②、③、④、⑤
③
④、⑤
①、④、⑤
富 山 県 に 産 す る 日 本 海 要 素 と そ の 近 縁 植 物 の 分 布 の 特 徴
材 料 及 び 方 法
今回の解析に用いた日本海要素とその近縁分類群の 和名と学名を表1に示した。モチノキとヒメモチはモ チノキ科の植物で,モチノキは高さ10m以上になる高 木で,ヒメモチは高さ1m未満の低木である。過去に はヒメモチはモチノキの変種として扱われたこともあ る近縁の植物である。モチノキはタブノキやスダジイ と共に照葉樹林を構成し,富山県では,海岸近くの社 寺林(氷見市朝日神社など)に見られる。ヒメモチは 夏緑樹林帯のブナ林の林床に多く生育している。モチ ノキは本州,四国,九州の海岸・丘陵地に生え,ヒメ モチは北海道(西南部),本州(東北,北陸,山陰)
の山地に分布している(大井,1975)ことからヒメモ チは日本海要素とされている。
ユズリハとエゾユズリハはユズリハ科の植物で,エ ゾユズリハはユズリハの変種として扱われている。そ の違いは,ユズリハは高木で葉が大きく,エゾユズリ ハは低木で葉が小さい点などで区別される。ユズリハ は本州(福島県以西),四国,九州,琉球にかけての 暖温帯から亜熱帯に分布し,中国や朝鮮南部にも生育 する(大場,1989)。エゾユズリハは北海道,本州 (中北部の主に日本海側)に分布し,ふつう多雪地帯 の林下に生える(大場,1989)。富山県では,ユズリ ハはスダジイやタブノキ,ウラジロガシと共に照葉樹 林の高木層を形成している。時にはモミと混交林を作 ることもある(佐藤ら,2007c)。
ヤブツバキとユキツバキ,ユキバタツバキはツバキ 科の植物で,ユキツバキはヤブツバキの変種,または 亜種として扱われることが多い(津山,1989)。ヤブ ツバキは本州,四国,九州の海岸付近の丘陵地に,ユ キツバキは本州の日本海沿岸の山地に生え,幹は積雪 のため傾斜することが多い(大井,1975)。また,ヤ ブツバキとユキツバキが近接している場合,それらの 間に,ユキツバタツバキと呼ばれるものあり,中間型 を示す(津山1989)ことから,Nagamasu(2006)
はヤブツバキとユキツバキの自然雑種として扱ってい る。
チシマザサは北海道,本州(鳥取県以北の日本海側),
千島,樺太に分布している(村田1989)。Takahashi etaL(1994)は,オクヤマザサがチシマザサ節とチ マキザサ節の植物の雑種起源ではないかと推定してい る。また,ササ属は雪によって保護されて常緑性を保 ち,洪積世以降著しい分化を遂げているグループの一 つと考えられ,分類学的にもまだその実態がよくわかっ ていない(村田,1989)。
オオアキギリとオオバクロモジ,ユキグニミツバツ
ツジ,ヒメアオキ,スミレサイシン.タニウツギは富 山県の山地帯に分布している植物で。福岡(1966)や 黒崎・里見(1968),大田ら(1983),大橋(1987)ら が 日 本 海 要 素 と 認 め て い る 。 こ の う ち オ オ ア キ ギ リ は アキギリの品種(村田,1981),オオバクロモジはク ロモジの変種(籾山1989),ユキグニミツバツツジ はダイセンミツバツツジの変種,ヒメアオキはアオキ の変種として扱われる(山崎,1989)場合が多く,い ずれも基本種は太平洋側に分布の中心を持つものであ る。籾山(1989)は関東・中部でクロモジとオオバク ロ モ ジ が 続 い て し ま い , は っ き り と 分 け ら れ な い と 記 載している。また,小山(1987)は,オオバクロモジ は富山,石川,福井に分布しているが,クロモジは石 川,福井に分布し,富山には分布しないことを報告し ている。タニウツギは太平洋側のニシキウツギと対を な す 植 物 と 考 え ら れ て い る 。 ス ミ レ サ イ シ ン は 太 平 洋 側にその対となる近縁植物としてナガバノスミレサイ シンがある(籾山,1982)。
オオバツツジとサンカヨウ,シラネアオイは亜高山 帯に分布し,福岡(1966)や清水(1968),黒崎・里 見(1968),大田ら(1983),大橋(1987)らが日本海 要素と認めている。これらの3種はナガバノスミレ サイシンのように,太平洋側にその対となる近縁植物 が推定されない(田村,l982a,b)。
今回用いた植物の分布情報は,著者の一人である太 田が整理した富山市科学博物館所蔵の標本データ(太 田1987,1991,2003,2007a,2007bを含む)と文献 データ(太田ら,1996;太田・坂井,2006),それに 加えて長井('996,1997,1999,2000,2001,2005)
や佐藤(2000),佐藤ら(1995,1998,1999a,l999b,
2004,2005,2007a,2007b,2007c),松村ら(1998, 2006,2007),平内・佐藤(2000),野口ら(2006),
野外教材研究員会(1990)を用いた。分布情報は3次 メッシュに置換した。その際には,環境庁(1997)の 都道府県別メッシュマップ富山県を用いて,分布情報 を3次メッシュに置換した。この地図に無い地名は古 い5万分の一地形図や地域の人の聞き取りにより位置 を判断した。今回用いた富山県の3次メッシュ数は430 3個で,面積にすると約4300K㎡となり,県の面積426 0K㎡とほぼ同じであった。
1つのメッシュに複数の分布情報がある場合は,分 布情報は1つとしてカウントした。また,分布情報の 内,1つのメッシュを特定できないと考えられる場合 は,その分布情報を使用しなかった。さらに,分布情 報がこれまでの知見と極端に異なっている場合,その 情報も使用しなかった。たとえば,採集地がざら峠と
佐 藤 卓 ・ 太 田 道 人
なっているヒメモチの分布情報などである。
植物の分布情報のあるメッシュの環境因子として,
メッシュ気候値(気象庁,2002)を使用した。メッシュ 気候値のデータファイルの内,メッシュの平均標高,
月平均気温,年平均気温,月平均降水量,年平均降水 量,月平均最深積雪量,年平均最深積雪量,遮蔽物か ある場合の日射量を用いた。その値から算出した吉良 ら(1976)の暖かさの指数(WI),寒さの指数(C
I)及び日本海指数(鈴木・鈴木1971)を用いた。
結果及び考察
(1)富山県のメッシュ気候値の分布と植物の分布の関 係
表 2 − 1 〜 2 − 8 に メ ッ シ ュ 単 位 の 環 境 因 子 の 階 級 分布と分類群ごとのメッシュの階級分布を示した。
4303個のメッシュの環境因子の分布と分類群の分布メッ シュの分布に違いがあるかどうかをx2検定で判定し た。
富山県の標高分布は,200m未満のメッシュが388
%で最も多く,次いで200〜399mが95%で,その後 徐 々 に 割 合 が 減 少 す る 。 3 次 メ ッ シ ュ 単 位 の 平 均 標 高 の最高値は2772mで,富山県の最高峰である大汝山周 辺であった。平均標高は673mであった。モチノキの 標 高 階 級 分 布 は 富 山 県 の 標 高 階 級 分 布 と の 間 に 有 意 差 が認められなかった(xM検定:P>0.05)。そのほかの 17分類群の標高階級分布は有意差が認められた(x2 検定:P<0.01)。モチノキとユズリハ,ヤブツバキ,
ユキバタツバキ,オオアキギリ,オオバクロモジ,ユ キグニミツバツツジ,スミレサイシン,タニウツギ,
ヒメアオキの10分類群は,0‑199m階級にピークがあっ た。これらの分類群の内,分布の平均標高が100m未 満の分類群はモチノキとユズリハ,ヤブツバキであっ た。これらの植物が分布しているメッシュ標高の最大 値は400m未満であった。また,分布の平均標高が500 m 未 満 の 分 類 群 は ユ キ バ タ ツ バ キ と ユ キ グ ニ ミ ツ バ
ツツジ,スミレサイシン,ヒメアオキの4分類群であっ た。0‑199m階級にピークがありながら平均標高が500 m以上の分類群はオオアキギリとオオバクロモジ,タ ニウツギであった。ユキバタツバキ(平均215m)は ヤブツバキ(平均67m)とユキツバキ(平均505m)
の分布域の中間に分布していることが明らかになった。
エゾユズリハとユキツバキ,オクヤマザサ,チシマザ サは400‑599m階級に,ヒメモチは800‑999m階級に,
サンカヨウは600‑799mと800‑999m階級に,オオバツ ツジとシラネアオイは標高1400‑1599m階級にそれぞ れピークを持つ分布を示した。
富山県の年平均気温の階級別メッシュ数分布は,
13.0‑139℃階級にピーク(204%)があり,それより 高温側は極端に少なく,低温側は6.0‑69℃階級まで,
徐々に少なくなりメッシュ最小値は‑24°Cであった。
モチノキとユズリハの温度階級分布は県全体のメッシュ の温度階級分布と有意差が認められなかった(x,検 定:P>QO5)。他の植物の温度階級分布と県全体のメッ シ ュ の 温 度 階 級 分 布 と の 間 に は 有 意 差 が 認 め ら れ た (x'検定:P<001)ことから,それぞれの植物には高 い頻度で分布する温度域があるとことがわかった。モ チノキは130‑139°C階級に,ユズリハとヤブツバキ,
ユキバタツバキ,オオアキギリ,オオバクロモジ,ユ キグニミツバツツジ,タニウツギ,ヒメアオキは120‐
129℃階級にピークがあった。スミレサイシンは120‐
129℃と'10‑119℃階級の両方にピークを持っていた。
エゾユズリハとユキツバキ,チシマザサはlQO‑10.9°C 階級に,ヒメモチとユキツバキは80‑89.C階級に,そ れぞれピークが見られた。サンカヨウとシラネアオイ は50‑59℃階級に,オクヤマザサとオオバツツジは4.0‐
49°C階級にピークが見られた。
富山県の年降水量の分布は,2040〜3610mmで,平 均値は2630mmであった。出現頻度の最も多い階級は 2600‑2799mmで全メッシュの約1/4を占めた。次に多 い階級は2200‑2399mmでこれも全メッシュのl/5以上 を占めた。3000mm以上のメッシュは全体の17%であっ た。今回用いた18分類群の示した階級分布と県全体の メッシュ階級分布との間には,有意差(x2検定:P<
0.05)が認められた。モチノキは2000‑2199mm階級に,
ユズリハとヤブツバキは2200‑2399mm階級にそれぞ れ ピ ー ク が 見 ら れ た 。 こ れ ら は 日 本 海 要 素 と 対 を な す 太平洋側要素で,富山県内でも降水量の少ない地域に 多 く分 布して い ること が わかっ た 。ユキ バ タツバ キ の 分布のピークは2400‑2599mm階級で,ヤブツバキと ユ キツ バキの ピ ークの 中 間に位 置 してい た 。ヒメ モ チ とエゾユズリハ,ユキツバキ,オクヤマザサ,チシマ ザサ,オオアキギリ,オオバクロモジ,ユキグニミツ バツツジ,スミレサイシン,タニウツギ,ヒメアオキ,
サンカヨウの12分類群は2600‑2799mm階級にピーク が見られた。今回用いた日本海要素15分類群の80%が 同じ年降水量階級にピークを持つことは,日本海要素 の分布と年降水量が深く関わっていることを示唆する。
オオバツツジは2800‑2999mm階級に,シラネアオイ は3200‑3399mm階級にそれぞれピークが認められた。
富山県の年平均最深積雪のメッシュ数の分布には,
2つのピークが見られ,40‑59cm階級は最も頻度が高 く全体の約1/4を占めた。もう一つのピークは120‑139
富山県に産する日本海要素とその近縁植物の分布の特徴(1)
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