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新自由主義と教育改革 : 現状とその問題点

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新自由主義と教育改革 : 現状とその問題点

著者 森山 茂樹

雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学

巻 48

ページ 37‑47

発行年 2008

出版者 東京家政大学

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009236/

(2)

新自由主義と教育改革

現状とその問題点一一

   森山茂樹

(平成19年10月4日受理)

  Neo−liberalism and Educational Reform

−Present Condition and the Problematical Point一

 MoRIYAMA, Shigeki

(Received on October 4,2007)

キーワード:新自由主義、教育改革、競争原理

Key words:neo−liberalism, educational reform, elements of competition

1はじめに

 教育の在り方が,社会の変化に対応して変わっていく ことは,ある意味で当然のことである.しかし新しく提 起された教育のありようが,教育を受ける子どもたちを 幸せにし,時代を切り開くための正しい方向性を持った ものであるかどうかは,厳しく検証されなければならな

い.

 世紀をまたいで現在進行中の,我が国の教育改革は,

いささか異常と思えるほどにあまぐるしい.規制緩和と 構造改革をスローガンとした一連の政治改革は,短期間 に日本社会に急激でしかも大きな地殻変動をもたらした,

そして,それは現在もなお続いている.その激しい動き に連動した教育改革が,めまぐるしいものになるのは当 然かもしれない。

 しかし,新しい教育の内容や制度は,それが正しいも のであったかどうかは,実行し,結果を分析し,十分な 専門的な議論を経て評価されるべきものである.

 ここ四半世紀の教育改革は,以上のような手続きを経 ないまま,次々と新しい改革を打ち出した.現状は異常 としかいいようがない.現在進行中の教育改革の特徴を 一言で言えば,それは教育の世界に「競争原理」を持ち 込み,競争原理による学校の活性化をねらったものであ

る.

 かって教育・福祉・医療の世界には,競争原理はなじ まないとされていた.ところが,聖域なき構造改革とい う政治的スローガンは,この不文律を一挙に崩壊させた.

 この小論の目的は,進行中の教育改革を批判的に検証 してみようということにある.規制緩和,官から民へ,

小さな政府,市場原理主義,といった従来の教育学では 視野に入れていなかった概念にっいて考慮する必要があ り,なによりもそれらの背後にある新自由主義という思 想的な背景をも視野に入れて考えなければならない.

 そのためにまず最近の教育改革の要点を整理し,その 背景を探る事から始めたい,さらに,改革の結果生じて いる現実の問題点を考察する.

2最近の教育改革

教職教養科 教育概論研究室

 ここ四半世紀の教育改革の特徴は,内閣直属の審議会 ないし「会議」を正面に押し立てて行われている,とい うことである.内閣によっていわば恣意的に任命された 委員による提言が,ほとんどそのまま政策として実行に 移されている.

 この方式を最初に打ち立てたのが中曽根内閣であった.

しかしこの時は,きちんとした手続きを踏んで行われた.

臨時教育審議会設置法という法律を,国会での議論を経 て成立させ,その法律に基づいて教育改革が実行に移さ

れた.

 提言の内容も時間をかけて議論され,国民各層の意見 表明の場も設けられた.答申も第一次から第四次(最終)

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森山 茂樹

答申まで膨大な量におよび,その間3年という長期間を 要した.

 また,中央教育審議会との関係についても国会で議論 があり,質疑応答の中で文部大臣が次のように答弁して

いる.

「中教審は文部大臣の諮問に応じ,文部省の固有の事務 である教育,学術,文化に関する基本的な重要事項にっ て調査審議するものであるのに対し,臨時教育審議会は 21世紀に向けて我が国社会の変化に対応する教育の実 現を期して,教育及びこれに関連する分野の諸施策に関

し必要な改革を図るための方策にっいて,広くかっ総合 的にご審議いただくことを考えており,中教審とは基本 的に性格を異にし,かっ,その審議の視点や検討の角度 もおのずから異にするものであること,しかしながら,

審議事項との関連もあるので次期中教審の発足は当面見 合わせる」というものであった1).

 ここで,国の教育政策が立案,決定されるプロセスを かんたんにふり返っておけば,従来は,

①行政機関としての文部科学省からの立案.この中に  は文部科学大臣の提言をまとめたものも含まれる.

②政権政党としての自由民主党からの立案.党内の文  教部会などが中心となってとりまとめられる.

③財界からの提言.現在は2002(平成14)年5月に発  足した日本経団連(日本経済団体連合会)がその任に  当たっている.それまでは,日経連(日本経営者団  体連盟)が経済界の意向をとりまとめていた.その  他に経済同友会も教育問題には活発な意見表明を行っ  ている.

④以上の他に,議員立法によるもの,全国都道府県教  育委員会連合会など地方教育行政に携わるものから  の提言,あるいは「世界を考える京都座会」など民  間の有識者からの提言,など多彩な分野からの政策  提言をふまえて教育政策が決定されていた.

 ところが最近の教育改革国民会議にしろ,教育再生会 議にしろ,きわめてお手軽に設置され,そこでの議論も 素人の井戸端会議の域を出ていない,という厳しい批判 を浴びている.また,時の内閣の方針に沿った思想傾向 にある人間が集められ,予想通りの結論が予想通りに出 てくるという批判もある.

 こういういわば安直な「会議」と偏った議論から提起 される教育政策によって,教育の方向が決定される現状 は,きわあて危険だといわざるを得ない.

 さらにこの一連の動きにはもっと注目すべきことがあ る.それはこの「教育改革」は一貫して新自由主義(政 治的には新保守主義)という思想によって支えられてい るということである.

 ここではまずこの四半世紀に,内閣直属の審議会や

「会議」によって提言された教育改革案の要点を以下に 整i理しておきたい.

(])臨時教育審議会

 臨時教育審議会は1984(昭和59)年に中曽根内閣によっ て設置された.教育問題にっいて,内閣総理大臣の諮問 に対して答申するとされ,文部科学大臣の諮問に対して 答申する中央教育審議会とは根本的にその性格を異にす る.およそ3年の間に4次に及ぶ答申を提出した,答申 の内容は膨大であるが,その骨子は次の4点に集約でき

る.

 ①教育の自由化 ②個性重視の原則 ③生涯学習体系 への移行 ④国際化・情報化など,変化への対応  このうち最も注目すべき項目は①の教育の自由化であ る.自由化の内容として,学区の自由化や学校設立の自 由化など「教育における規制緩和」の提言がなされてい た.この規制緩和による自由化こそが,その後の教育改 革を通底する基調音となった.

(2)「21世紀日本の構想」懇談会

 「21世紀日本の構想」懇談会は小渕首相の諮問機関 である.1999(平成11)年3月「21世紀における日本の あるべき姿を検討するため」設けられた.2000(平成 12)年1月には答申が提出されている.教育改革につい ての提言を直接求あられた懇談会ではないが,「学校教 育に限らない広義の教育の重要性は,本懇談会の全体に 共通した主要テーマであるが,自律・内発的な人を基本 とする社会づくりにおける教育の重要性は,どんなに強 調しても強調しすぎということはない2)」と述べてい るように,来るべき新しい世紀における教育の在り方に 言及しており重要な報告書となっている.教育に関する 部分に限定して,主な提言をみておきたい.

 まず広義の教育における国の役割は二っあるとし,一 っは,主権者や社会の構成員として生活していく上で必 要な知識や能力を身にっけることを義務づけるものであ り,もう一っは,自由な個人が自己実現の手段を身にっ けることへのサービスである,とする.っまり,「義務

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として強制する教育」と「サービスとして行う教育」で ある,というのである.そして,国家が義務として強制 する教育については,「国家にとって教育とは一つの統 治行為である」という立場をとっている.

 さらに,サービスとして行う教育にっいては,その主 要な力を市場の役割にゆだね,間接的に支援するという 態度を貫くべきだとする.「あえて言えば,教育の国家 的な運営と,市場的な運営の両面が併用されなければな らない」と言うのである3).そして現在の日本の教育 では,この二っが混同されているので,21世紀におい ては,これまで混同されてきた二っの教育を峻別し,

「「義務としての教育』は最小限のものとして厳正かっ強 力に行う一方,「サービスとしての教育」は市場の役割 にゆだね,国はあくまでも間接的な支援を行うことにす べきであるの」といっている.

 そして最も注目すべきことは「この制度は,ある意味 において教育への市場原理の導入である5)」といいきっ ていることである.

(3)教育改革国民会議

 教育改革国民会議は小渕首相直属の私的諮問機関とし て2000(平成12)年3月に発足した.小渕首相が急逝し たため,最終報告は後を受けた森首相に提出された.

 会議は,26人の委員で構成され,次の3っの分科会に 分かれて議論が進められた.第1分科会一人間性一,第 2分科会一学校教育一,第3分科会一創造性一の三っで

ある.

 最終報告には,教育を変える17の提案を骨子として,

教育基本法の見直しや青少年の奉仕活動の義務化,人間 性豊かな日本人の育成,家庭重視,道徳教育の強化,な

どが提言されている.

 これらの提言のうち主として第2分科会一学校教育一 を中心に,本稿に関係のある部分をみておきたい.この 分科会では,現状認識として次のような見解を述べてい

る.

 まず,現在は学校とは何か,義務教育とは何かという 根本的な問題が問われており,旧態依然とした自己保存

と自己防衛だけの学校はもはや存在できないとする.問 題解決や改革に取り組んでいる学校はあるが,全体とし ては,現在の学校は国民の期待に応えているとはいえな い,という認識を示していおり,教育の在り方が画一的 でことなかれ主義になりがちである,とも述べている.

 特に公立学校は,努力しなくてもそのままになりがち で,内からの改革がしにくく,たとえていえば「お客が くることが決まっているまずいレストラン」である,と まで言い切っている.

 では,改革のために具体的に何をなすべきか.それは まず学校の評価制度を導入することだという.自己評価 のほか,外部評価や第三者評価が必要だとし,評価の方 法は,一っの物差しで序列化されることのないよう十分 留意すべきであるという.

 そして評価の結果は公表され,地域住民の学校選択の 際の参考にすべきだという.なぜなら「今の公立学校に は学校評価や競争がないなど問題がある」からであるの.

つまり,学校評価の結果を公表し,地域住民の学校選択 を可能にし,そのことによって,公立学校に競争原理を 導入せよ,ということである.

 以上のような議論をふまえて,最終答申では次のよう な表現になった.

 「各々の学校の特徴を出すという観点から,外部評価 を含む学校の評価制度を導入し,評価結果は親や地域と 共有し,学校の改善にっなげる.通学区域の一層の弾力 化を含め,学校選択の幅を広げる,」

 なお教育改革国民会議の提言を受けて文部科学省は

「21世紀教育新生プラン」を策定し,発表した.その中 に「地域の信頼に応える学校づくりを進める」という項 目が設けられており,具体例として「各学校における自 己評価システムの確立」や「小・中学校の通学区域制度 の弾力的運用の促進」がうたわれている,

(4)教育再生会議

 教育再生会議は2006(平成18)年10月,安倍内閣の閣 議決定によって設置された.委員は17名,座長はノー ベル賞学者の野依良治,座長代理は資生堂相談役の池田 守男となっている.3っの分科会に分かれて議論が進め られ,2007(平成19)年1月に第1次報告書を,続いて 5月に第2次報告書を提出した.2つの報告書の中で,

特に全国学力調査と学校選択制の問題にしぼって要点を みておこう.

 教育の機会均等を保障し,確実に教育の質を向上させ るには,教育成果をはかる「ものさし」が必要だとして,

全国学力調査を新たにスタートさせ,これを継続的に行っ て学力の把握・向上に生かす,としている.

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森山 茂樹

 学校は,保護者に対し,自校の学力の状況や学習状況 を開示し,改善計画とその成果を保護者に説明する必要 があるとし,また教育委員会は,公立学校が行う学力向 上への取組の支援に努め,特に,結果の不振な学校の支 援に責任を持ち,成績の著しく伸びた学校の取組は成功 事例として全国で共有する,というものである7).成 功事例を全国で共有するとなれば,学力調査の結果をめ

ぐって,全国的な競争が起きるのではなかろうか.

 学校選択制については「教育委員会・学校は,地域の 実情に留意の上,学校選択制の導入など,子供に合った 教育内容や教育方法を保護者が選べるようにし」「地域 の実情に留意のうえ学校選択制を導入8)」するとし,

子どもの能力・適性,興味・関心,進路希望等に応じ,

全ての子どもがそれぞれに伸びるようにする,といって

いる.

 また親が学校を選択するための参考資料として,学校 の評価とその結果の外部への公表を徹底するべきだと提 案している.っまり,学校は責任を持って子どもの教育 にあたり,創意工夫しながら学校の魅力を高め,保護者 や地域の信頼に応えていかなければならないのだから,

第3者機関(教育水準保障機関(仮称))による学校の外 部評価を実施して,その結果を保護者や地域住民に公表

していくことが大切である,としている.

 さらに「学校,家庭,地域の連携や地域特性に留意の 上,学校選択の結果を踏まえ,児童・生徒数や,教育メ ニューC経済的負担の軽減などに応じた予算配分(いわ ゆるバウチャー制度)など教育機関や教員が切磋琢磨す る環境の整備9)」をするとまで踏み込んだ提案をして

いる.

 提言はさらに,学校現場の創意工夫による取組を支援 する,として「教育委員会は独自の判断により,地域の 実情に留意のうえ,児童生徒・保護者が各自の希望や個 性・能力に応じて学校を選択できるようにし,児童生徒 が多く集まる学校など特色の発揮に積極的な取組をする 学校に,地域の実態や実績等に応じた予算配分をす

 10)  」という.このいわゆる「教育バウチャー制」に っいては,第3次報告で具体的な提案をするといってい

る.

3新自由主義とは何か

 現在進行中の教育改革は,新自由主義というイデオロ ギーを無視しては語りえない.政治的には新保守主義と

いわれるこの思想は,いったいどのようなものであろう か.教育の世界に,競争主義が取り入れられてきている 背景には,この新自由主義的な考えがある。

 概括的に定義すれば「国家による経済への過度の介入 主義を批判して,個人の自由と責任に基づく競争と市場 原理を重視する考え.アダム・スミス以来の古典的自由 主義に対して新自由主義とよばれる.1980年代にイギ リスのサッチャー,アメリカのレーガン,中曽根政権の もとで小さな政府や民営化政策が進められた.新保守主 義と同義11)」というものである.

 つまり市場における自由な競争によってこそ,企業・

社会・国家の富や福利が増大する,とし,そのため「規 制緩和」や「民営化」を旗印にし「小さな政府」を標榜 する.80年代以降世界的な潮流となり,日本もその例

外ではない.

 この新自由主義の代表的な論客が,ミルトン・フリー ドマンである.フリードマンは1912年にニュヨーク市 で生まれ,2006年に亡くなった,シカゴ学派の経済学 者である.彼の経済理論が,イギリスのサッチャー首相 や,アメリカのレーガン大統領の経済政策の理論的支柱 になった.また,フリードマンは経済学者であると同時 に思想家でもあり,アメリカの保守主義を代表する論客 ともいわれている,

 彼は経済問題のみならずさまざまな分野に対して発言 しているが,教育問題についても積極的な提言をしてい る。彼の代表的な著作である「選択の自由」(邦訳は,

1980(昭和55)年,日本経済新聞社)は全10章からなる が,そのうち第6章を「学校教育制度の頽廃」とする教 育問題にあてている.

 その中でたとえば「学校教育においては親とその子弟 が消費者であり,教師や学校行政管理者は生産者だ.そ のような学校が中央集権化されることは,学校教育の単 位が大きな規模になっていき,消費者の選択の自由は減 少し,生産者の権力が増大することを意味するエ2)」と 述べている.

 っまり学校で営まれる教育は教師による生産物であり,

生徒や親はそれを消費するお客だという位置づけである.

したがってどのような教育(学校)を選ぶかは,消費者 である生徒や親に選択させろ,ということになる.学校 選択制の発想の源がここにある.

 こうして「消費者」が学校を自由に選択するという制 度が実現すれば,学校はまさに自由な市場の中で,市場

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原理(競争原理)によって淘汰され,すぐれた学校だけ が生き残るという.

 フリードマンは「民間の市場が学校教育を支配してい くにつれすべての学校の質が次から次へと上昇していく ので,最悪の学校でさえ相対的にいえば順番的に低位に 所属するとしても,絶対的な質においては現状よりもは       13)るかによくなるだろう

       」といっている.

 住民が学校を選択する際に,あらかじめ支給されたクー ポン券を使用すれば,優秀な学校に資金が集まり,さら に相乗的な効果が期待できる,というのが「教育バウチャー 制度」である.この制度の導入が今教育再生会議で議論

されている.

 日本においては,先に述べた中曽根政権下の「臨教審」

で提言された「教育の自由化」論,っまり「規制緩和」

と「市場原理」(競争原理)が,教育制度改革を支える 基本原理となっている.中曽根政権下では,電電公社や 国鉄の民営化等の「行政改革」が進められたが,小泉政 権下での「聖域なき構造改革」によって,規制緩和と市 場原理による改革が一層進められた.

 最後に新自由主義にっいては,現在さまざまな批判が 起きていることに触れておきたい.たとえば「っまり彼 ら(フリードマンやスティグラー)の考え方は,結局そ のときどきの最も経済的な強者,あるいは大企業に利益 を追求することを認めよ,ということです.これが彼ら のいうディレギュレーションの本音なのです.日本で規 制緩和というときには,いろいろのものがまじっていて,

フリードマンたちの本音がオブラートに包まれて,いか にも政府の介入をなくして,民間の自由な活動ができる ようにするための議論と短絡的に受け取られているので はないかと思います.もう少し規制のもっ意味とか,緩 和がどういう背景で,どういう流れのなかから展開され てきたかということを考えるべきだと思います14)」

4イギリスの教育改革

 現在進行中の日本の教育改革は,イギリスで進行中の 改革と軌を一にし,驚くほどの相似形をなしている.以 下,イギリスの教育改革にっいて,かんたんに触れてお

きたい.

 イギリスの教育改革は,サッチャー首相に始まり,政 権交代後のブレア首相に引き継がれて,今なお進行中で ある.すでに述べたように,サッチャー首相の教育改革 は,学校教育の場に市場原理(競争原理)を持ち込むと

いう新自由主義の思想の基づくものであった.

 サッチャー首相が政権を握った当時のイギリスは,い わゆる「イギリス病」のただ中にあった.経済は停滞し,

多くの失業者があふれ,若者たちは未来への希望を失っ て無気力になっていた.

 この社会的な病理の原因の一っは,子どもや若者の

「学力低下」にあるとの認識に基づき,問題の解決を,

サッチャー首相は教育改革による「学力向上」に求めた のである,イギリスが再び活気を取り戻し,国際競争力 をっけるためにも,教育改革が焦眉の急であると考えら

れた.

 日本では中曽根内閣の臨教審最終答申が出たまさにそ の頃,サッチャー首相は「1988年教育改革法」を成立 させたが,「この教育改革は,サッチャー政権によって 推進された新自由主義的社会政策のなかでも最も重要な          15)もののひとつである

      」といわれている.

 この「教育改革法」の内容については,日本の現状に 関連するものにしぼって,次の3点を挙げておきたい.

 ①全国共通のナショナル・カリキュラムの制定とナショ   ナル・テスト(全国統一学力テスト)の導入.

 ②統一学力テスト結果の公表と,親の学校選択権の保   障.

 ③ガバナー制度の強化と変質(学校の自治の保障)

 ①にっいては,ナショナル・カリキュラムというのは,

日本でいえば学習指導要領にあたる.日本は学習指導要 領によって,全国どこでも学校教育の内容は同じである が,イギリスはそうではなかった.イギリスではこれま で統一された共通カリキュラムはなく,教育内容は地域 や学校で,それぞれ自由にきめられていた.このバラバ ラだった教育内容を,全国的に統一したのがナショナル・

カリキュラムである.

 さらに特徴的なのは,小学校で2段階,中等学校で2 段階のあわせて4段階の,いわゆるキー・ステージを設 け,それぞれのキー・ステージごとにカリキュラムへの 到達度を設けて,ステージの終わりの時期に統一テスト によって到達度評価を実施することとした.これがナショ ナル・テスト(全国統一学力テスト)である.

 ②については,ナショナル・テストの結果は,リーグ・

テーブル(学校成績順位一覧表)として公表された.そ れぞれの学校の全国的なランキングが一目瞭然となるシ ステムである.これは親の学校選択の資料とするためで あり,また,学校への予算配分は生徒数によってきまる

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森i」」 茂樹

から,成績のいい学校は親に選ばれて潤沢な教育予算を 獲得できるが,成績が悪ければ不人気となって生徒数が 少なくなり,したがって予算も減る仕組みになっている.

 ③については,イギリスには従来ガバナー制度と呼ば れる仕組みがあった,これは簡単にいえば学校理事会制 度である.構成メンバーは,校長,教師,親,LEA(地 方教育局),地域の代表者などである.この理事会が学 校運営の決定権を握っており,とりわけLEAが絶対的 な力を持っていた.LEAの中には中央政府の方針に従 わない局もあったといわれている.

 サッチャー改革では,この学校理事会により強力な

「学校の自治権」を与えると同時に,アカウンタビリティ

(説明責任)を負わせて,住民に対して質の高い公教育 を保障する義務と責任をも負わせた.学校理事会には人 事権が与えられ,校長の任命や教師の採用もできるよう になった.その他にも予算の編成から執行,教材の選択 まで学校運営の全権が与えられた.

 しかしこの改革は同時にLEAの力を相対的に弱めた といわれている.LEAがもっていた,予算,人事,教 育方針の決定などの権限はすべて学校理事会に移ったか

らである.この一連の改革によってLEAは事実上弱体 化し,時には中央政府の方針にも逆らって教育の在り方 を決定していたLEA主導のスタイルは終焉することと

なった.

 学校に対する自治権の保証は,同時に一方で国による 厳しい査察を伴ったものであった.いわゆる学校評価で ある.1992年,独立行政機関の教育水準局が設置され,

学校の教育内容が第3者機関によって評価される仕組み ができあがった.教育水準局には,成績の悪い「失敗校」

の認定や,改善命令などの強力な権限があり,さらに査 察の結果は公表され,ナショナル・テストの結果ととも に,親が学校を選択する際の重要な情報となった.

 サッチャー首相の後を受けたトニー・ブレア首相は

「私がこれから行う政策の第1は,教育改革である.第2 は,教育改革である.第3は,教育改革である」と演説 し,イギリスの教育改革は今なお継続している.

 最後にサッチャー以来のイギリス教育改革の評価につ いて触れておきたい.改革はなお継続しており,最終的 な評価にはまだ時間がかかるが,しかし,改革の開始か らすでに四半世紀が過ぎており,さまざまな研究と考察 がなされている.もちろんこれだけの大きな改革である から賛否両論があるのは当然である.ただ概観すれば反

対意見の方が多いと筆者には見える.

 まず改革を肯定的に評価する見解をみておきたい.以 下は現場の学校長に対するインタビューである.学校選 択制については次のように述べている.

 「1990年代に行われた制度改革は,学校に多くの利益 をもたらしたと思っている.政治家が学校により興味を 持つようになり,学校には多くの費用が入るようになり,

教育の質が上がったなどの効果があった.今は誰も学区 をあたりまえのものと考えなくなった.例えば,この学 校の定員は500人だが,今は児童が440人しかいない.

イギリスでは児童1人あたり2000ポンド強の年間予算 が学校に支給される.ゆえに,児童が減ると予算が減り,

私(学校長)が実施したいことができなくなる.より学 校を魅力的にすると,より多くの児童を引き寄せ,より 多くの予算を獲i得することができる.経済的に立ちゆか なくなった学校は閉めなければならないのだから,予算 を多く獲得することは重要である.このように,学校選 択制は教育の質の向上に役立ったと考えている16)」

 またナショナル・テストにっいては「全国学力テスト が導入され,リーグ・テーブル(学校成績順位一覧表)

が発表された当初にはいろいろな議論があった.成績が よい学校では問題はなかったが,成績が悪かった学校は メディアから質が悪い学校だと叩かれ,風紀が乱れ,保 護者からの信頼も低下した,このようなことから最初の 数年は賛否両論が戦わされた,現在では,全国学力テス トにっいて保護者の大部分が賛成していると思う.全国 学力テストは,教育全体の底上げに寄与したと思ってい

る.……各学校は何を目指せばよいかわかるようになっ た17)」と改革に肯定的である.

 次に改革に批判的な意見をみておく。

 まず総体的にみると「親の学校選択を前提に,成績公 表と一体になったナショナル・テストで学校を競争させ,

教育水準局の査察によって国が学校に優劣をっけた結果,

学校が「勝ち組」と「負け組」に分かれ「教育の階層化」

      18)につながった

       」というものである.

 また,学校選択制実施によって「特に教育熱心な中産 階級以上の家庭は,リーグ・テーブルで上位を占める成 績優秀校の近くに引っ越して,学校の定員枠を独占する ようになった.その結果,人気校周辺の不動産価格は3 割も高騰し,人気校には裕福な家庭しか通えなくなった.

その一方で,リーグ・テーブルの下位にある成績の悪い 学校は,低所得者層や移民・難民家庭らが集まる地域に

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取り残された19)」のである.

 ナショナル・テストについては,「ナショナル・テス トは学校と教師を大変な重圧下に置き,学校現場で点数 至上主義を生んで教育をゆがある結果を招いた」し,ま た「ノッティンガム州の地方教育局が数年前,地域のナ ショナル・テストでの全国順位を押し上げようとして,

域内の成績の悪い小学校に 6年生の児童には1年間,テ スト科目以外の授業はしないようにtTと指導した20)」と いうような弊害が起きている.

 その他,小学生がテストのストレスで食欲不振や睡眠 障害を起こしている例や,テストが教育上,生徒のため になると肯定的に評価する教師は,わずか7%しかいな いという調査結果も報告されている.

 イギリスの教育改革は,以上にみてきたように学校教 育の現場に市場主義(競争原理)を持ち込むことによっ て,教育制度の改革を目指したものであったが,新自由 主義による社会の構造改革が,社会に「勝ち組」と「負 け組」という階層分裂を引き起こしたように,学校間に も子どもの間にも,勝ち組と負け組を生み出した.

 イギリスのある小学校の校長が述べたといわれる次の 指摘が,イギリス教育改革の本質を言い当てているよう に思われる.「教育は敗者を作ってはいけない.すべて の子どもに学びと成長の機会を与えてやるのが教育です.

市場原理の適用は教育になじまないし,間違ってい

 21)   」.

5改革の現状と問題点

 日本の現状は,まさに改革に次ぐ改革である.少なく とも一っの政策の当否は最低でも10年の時間的経過を 検証しなければ判断はできない.しかし,「残念ながら,

近年の改革動向は,改革幻想に取り愚かれ,改革の気分 に流され,教育の歪みと機能低下を促進する傾向をます      22)ます強あて

      」いる.

 ここでは問題点を2つに絞って考えてみたい.

(1)学校選択制

 一連の教育改革のなかで始まった学校選択制について みておきたい.

 この制度にっいては,2000(平成12)年に東京都品川 区が導入して新聞,テレビなどで大きく報道され,品川 区から始まったような印象があるが,実はこれより前 1998(平成10)年に,三重県紀宝町ですでに始められて

いた.

 先に述べた教育改革国民会議の第2分科会で,江崎座 長が「現在私立の中高は自由に選択できる.私立はいい のに公立の選択はなぜだめなのか」という発言もあって,

最終提言のなかに学校選択制が盛り込まれた.

 これを受けて文部科学省は「21世紀教育新生プラン」

を策定し,この中で「地域の信頼に応える学校づくりを 進める」という項目を設けて,この中の1つに「小・中 学校の通学区域制度の弾力的運用の促進」をはかる,と 発表した.

 これより前ユ998(平成10)年には,すでに中央教育審 議会答申「今後の地方教育行政の在り方にっいて」にお いて「小・中学校の通学区域の設定や就学する学校の指 定等に当たっては,学校選択の機会を拡大していく観点 から,保護者や地域住民の意向に十分配慮し,教育の機 会均等に留意しっっ地域の実情に即した弾力的運用に努 めること」という提言がなされていた.

 このようにみてくると,学校選択制は教育改革の一環 として登場したように見えるが,実はそうではない.もっ と大きく国家全体の規制緩和,行政改革,の中から生ま れてきているのである.

 それは,行政改革委員会が1996(平成8)年に「規制 緩和の推進に関する意見(第二次)一創意で造る新たな 日本」の中で提言したことから始まっている.さらに,

2005(平成17)年に発表された規制改革・民間開放推進 会議の提言「規制改革・民間開放の推進に関する第2次 答申『小さくて効率的な政府』の実現に向けて一官民を 通じた競争と消費者・利用者による選択一」のなかには 次のように学校選択制の意義を述べている.

 「児童生徒・保護者が多様な選択肢の中から質の高い 教育を自由に選ぶことができる機会を拡大することを通 じて,心身及び能力等の発達に応じて真に必要な教育サー ビスを享受できる環境を整えるとともに,学校の質の向 上を促す必要がある.……学校選択制が文字どおり制度

として根付くようにするための具体的な措置を講じるこ とが求められる.……選択制の何よりの意義は,供給者 の側に立って児童生徒・保護者をいわば教育行政の対象 と捉えるのではなく,国民1人1人の教育を受ける権利 を守ることにある」というのである.

 この思想のルーツをたどれば,80年代半ばの臨時教 育審議会答申における「教育の自由化」まで行き着くこ とはいうまでもない.っまり学校現場に市場原理(競争

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森山 茂樹

原理)を導入することにより,自由競争によって学校の 活性化を図るという新自由主義の思想である.

 さらにいえば,地方自治体の行・財政改革との関連で は,競争に負けて生徒の来なくなった学校は,統・廃合 されて整理・消滅するという結果が待っているのである.

 その意味でも学校選択制は教育の世界だけに限った問 題ではないことがわかる.

 では学校選択制の現状を見ておこう,現在選択制を実 施している自治体は,全国で小学校が227自治体

(8.8%),実施を検討しているのは150自治体(5.8%)

であり,中学校では実施が161自治体(11.1%),実施 を検討しているのは138自治体(9.5%)となってい

 23)  .全国的に見れば,現時点では導入率はそれほど

高くない.

 学校選択制が今後どのような経過をたどるか正確な予 測は難しいが,導入を検討した結果見送った自治体も多 い.導入に慎重な姿勢をとるのは次のような理由による.

 ①学校と地域との関係が希薄化するおそれがある.

 ②風評やうわさによる選択行動が行われる可能性があ   る.

 ③過度の競争を招く恐れがある,

 ④特定の学校に希望が集中する,特定の学校が避けら   れる可能性がある.

 ⑤子どもたちの通学の負担が生じる可能性がある.

 ⑥指定校変更制度で対応可能である24).

 上のような理由がかなり共通していると思われる.

 各学校がそれぞれ特色のある教育を行って,他とは違 うユニークな教育実践をし,お互いに切磋琢磨しながら,

全体として教育の質を高め,父母はその教育活動を参考 にして学校を選択する,という当初のもくろみは成功し ているのだろうか.

 この制度をいち早く取り入れた東京都品川区の場合は,

小学校の場合選択理由を多い順にみていくと,①学校の 近さや通学のしやすさを考えて.②兄姉が通学している から.③地元の学校だから,④子どもの友人関係によっ て.⑤本人の希望を尊重して.⑥学校の特色ある教育活 動を考えて.以下,19位までの項目がある.中学校の 場合も①から④までは変わらず,⑤に学校の特色ある教 育活動,が位置している25).

 学校選択制の厳密な評価はまだ難しいとしても,現時 点では積極的な評価は少ないように思われる.保護者の 選択行動が,学校の質の向上に結びっいている事例は少

なく,「学校選択の実施と教育の質の向上との間には,

期待されるような相関は見えてこない26)」という見方 が一般的である.

(2)全国一斉学力テスト

 全国的な学力テストにっいては,すでに1960年代に 実施され大きな混乱を招いたことがある.この時のテス トの目的は,学習の到達度を明らかにして教師の指導法 の参考にすることや,教育環境の整備などがあげられて いたが,結果的に学校や自治体間の学力コンテストの意 味合いが強くなった.そのため成績の悪い子どもをテス ト当日に欠席させたり,テスト前に予行演習をやるなど の不正行為が起きたりして,弊害が目立っようになった.

 当時の日教組は全国的な「反学テ闘争」を展開した.

テストを拒否する教師に対して,文部省は免職や停職な ど大量の処分を行い,また運動は大規模なデモなど実力 行使も伴ったため,公務執行妨害や地方公務員法違反な どで逮捕・起訴される教員が続出して,教育界に大混乱 を巻き起こした.

 大きな混乱を経て,一斉学力テストは66年を最後に 中止になった.その後学力テストは81〜83年,93〜

95年に学習指導要領の改訂に合わせ実施されたが,対象 は小学校の5,6年と中学1〜3年生とし,各学年から 1%程度を抽出して行う方式をとった.これが学力テス

トをめぐる現在までの大きな流れである.

 ところでここ数年,学力テストは大きく様変わりして いる.それは90年代の終わり頃から,現在の子どもた ちの学力低下問題が広く国民の関心を呼び,そのため国 が行う学力テストではなく,各自治体が中心になって,

学力テストが行われるようになったことである.ゆとり 教育の登場や,学習内容の3割削減などの国家的な教育 改革を背景として,小学生から大学生にいたるまで,学 力が低下したという批判が起き,また学校の自己評価,

説明責任,学校評価や学校選択制の導入など,一連の教 育改革をふまえて,各自治体は教育に取り組む姿勢を強 めている.

 さらに最も注目すべきことは,2007(平成19)年4月,

文部科学省が全国一斉学力テストの実施に踏み切ったこ とである.60年代ほどの大きな混乱は起きなかったし,

批判的意見は今のところ表面化し大きな動きにはなって いないが,一斉学力テストが今後継続されるならば,論 議を呼ぶことになるだろう.

(10)

 今回の全国一斉学力テストについて(文科省は学力調 査と呼んでいるが),・その目的を文科省は次のように説 明している.

 まず,国や自治体でいろいろな調査が行われている実 態があり,国と地方自治体それぞれの調査の棲み分けが 必要であるとの認識から,最終的には一っに収敏されて いく方向が望ましい,としている.その上で一斉学力テ ストの目的を次のように説明している.

 ①国レベルの調査は,学習指導要領の到達水準や海外   との比較,都道府県レベルでの格差にっいて把握す   るために必要である.

 ②学校の説明責任という観点から,学校は自分の学校   が全国の中でどのような位置付けになるのか,調査   結果を通じて知るべきである.このため,調査はな   るべく広い範囲で実施すべきである.

 ③教育の機会均等を全国的に確保する観点から,全国   学力調査にっいては教育現場の基礎的な単位である   学校毎の状況が把握できるような規模で実施すると   ともに,その結果を教育現場で活用できるようにす   るという視点が重要である27).

 この目的からわかる重要なことは,次の2点である.

 ①学校の説明責任と学校の全国的なランク付け.

 ②学校ごとの状況を把握するため,サンプル調査では なく,悉皆調査を行う.

 つまりこの学力調査は,イギリスのリーグ・テーブル と同じ性格を持ち,また同時に,地域の学校評価と親の 学校選択への情報提供という意味をもっているのである.

 子どもたちの学力を調査し,教育活動に役立てるので あれば,サンプル調査で十分,というのがほぼ学界の定 説であるが,文科省は悉皆調査の形態をとった.

「学力調査は,……合理的かっ適切に行われる必要があ るが,そのためには,適切な規模とデザインによるサン プル調査で十分である.……中山文科相がいうような悉 皆調査は,必要でもなければ,膨大な費用と時間を費や しても,それに見合う効用もない.どれどころか,有害 なものになる危険性が大きい28)」のである.

 最後にすでに現実に起きている問題を紹介しておきた

い.

 東京都は学校選択制が最も進んでいる自治体として知 られている.また都独自の学力テストを実施し,その結 果も公表している.東京都教育委員会が2004(平成16)

年2月に実施した,公立中学校2年生対象の学力テスト

で,足立区は「社会,数学,理科,英語の4教科で23区 内で最下位となった.残る1教科の国語も,23区中 22位29)」という結果であった.

 このため足立区では当然のことながら,最下位という いわば汚名挽回のためにあらゆる努力を傾注することに なる.ところが,次のような問題が起きていた.

 2006(平成18)年4月に実施した学力テストで,ある 小学校で「障害のある3人の児童の答案用紙を保護者の 了解を得ないまま集計から除いていた」り「前年の問題 を繰り返し練習させたり,テスト中に教員が誤答してい る児童の机をたたいて気付かせたりするなど公正性を失 わせかねない疑惑」が発覚した30).

 さらに2005(平成17)年1月に実施された都の学力テ ストに際しても,足立区教委は事前に小・中学校の校長 を集めて,問題用紙の1部を配布するという,驚くべき 事実が明らかになった3D.

 不正を行っても学力テストの成績を上げようとするの は,学校選択制とも関連している.

 足立区の場合2002(平成14)年から学校選択制が始まっ ているが,学力テストの結果との関連では,次のような 事実が知られている.テスト結果は第1位が千住桜堤中,

第2位は江南中,第3位は新田中,第4位は第十四中,

第5位は第七中であり,「成績上位5校の内,1位,4位,

5位の中学校には,公表前と比べて学区外からの流入数 が増加している.なお第十四中は,4年連続で学区外か らの流入数が区内一である,一方で,2位,3位の中学 校には,目立った変化はなかった32)」ということであ

る.

 学校を選択する際に,学力テストの結果を参考にする,

という傾向のあることはたしかであろう.児童・生徒の

「学力向上」のために,無理な勉強を強制したり,テス トを行う際の不正行為の増加などの恐れが十分ある.そ れらが教育の現場になじまないことは明らかであろう.

6まとめ

 学校教育をめぐる改革の現状は,未来に明るい展望を 見いだせるものではない.

 まず第1に,改革の手法があまりにも安易である.政 策を提言する改革会議のメンバーは,時の首相によって 恣意的に任命され,思想的傾向も偏っている.しかも教 育の専門家がきわめて少ない.教育以外の分野からの登 用が悪いというのではないし,むしろさまざまな分野か

(11)

森山 茂樹

らの参加は望ましいことである.しかし,あまりにも専 門家軽視の在り方は,提言に慎重さを欠き,内容に重大 な過誤を含むことになる.現にそうなっている.

 第2に,新自由主義思想に拠るさまざまな改革は,現 在その見直しを余儀なくされている.社会の各層に多く の歪みをもたらしているからである.教育改革に取り入 れられた市場原理(競争原理)も当然のことながら,見 直しが必要である.しかも緊急に必要である.

 第3に,イギリスの教育改革には,イギリス本国でも,

その失敗を指摘する論調が強い.この小論で紹介したこ とは,そのほんの一部でしかない.イギリスの失敗を日 本が繰り返すことは愚かである.むしろ失敗の経験を参 考にし学ぶべきである.

 第4に,首相が交代するたびに新たな「会議」が設置 され,前政策の検証がないまま,次々に新しい「改革」

に走るという,めまぐるしい教育改革は,教育という営 みの本質にそぐわない.政治の場から距離を置いたとこ ろで,時間をかけ慎重に議論できる機関を設けるべきだ.

長期的な展望に立ち,じっくりと腰を落とした教育改革 が必要である.

 最後に,今最も必要なことは,現場の教員の声を聞く ことである.幼稚園から高校まで,さらに特別支援学校 の教員をあわせると,現在およそ109万人が,それぞれ の職場で日々子どもたちと関わり合っている.問題の所 在と解決方法は,当事者であるこれら現場の教員が1番 よく知っている.政府が任命するたかだか数十人の委員 が,雲の上でする議論などにはなんの意味もない.1年 でも2年でもかけて,100万人の教員の生の声を聞くこ とである,真の教育改革の出発点はそこにしかない.

1)教育政策研究会 編著「臨教審総覧 上巻」第一法

 規昭和62年p9〜10

2)「21世紀日本の構想懇談会」報告書 p69 首相官  邸ホームページ

3)前掲報告書 p100 4)前掲報告書 p19 5)前掲報告書 p106

6)教育改革国民会議 第2分科会 第2回議事録 7)教育再生会議 第1次報告書 p8 首相官邸ホー   ムページ

8)前掲報告書 p8 9)前掲報告書 p26

10)教育再生会議 第2次報告書 p5 首相官邸ホー   ムページ

11)自由国民社 「現代用語の基礎知識」2005年版 12)フリードマン・西山千明訳「選択の自由一自立社会   への挑戦」日本経済新聞社 1980年 p249〜250

13)肩有才昌書  p272

14)内橋克人編「経済学は誰のためにあるのか 市場原   理主義批判」岩波書店 1997年 p8〜9

15)佐貫浩「イギリスの教育改革と日本」高文研   2002f乖  p20

16)福井秀夫編「教育バウチャー 学校はどう選ばれる   か」明治図書2007年 p87〜88

17)福井秀夫編「前掲書」 p89

18)安部菜穂子「イギリス「教育改革』の教訓」岩波書   店  2007年  p16

19)安部菜穂子「前掲書」p16 20)安部菜穂子「前掲書」p16〜17 21)安部菜穂子「前掲書」p53

22)藤田英典「教育改革のゆくえ 格差社会か共生社会   か」岩波書店 2006年 p6

23)文部科学省ホームページ 2007年9月

24)嶺井正也・中川登志男編「選ばれる学校・選ばれな   い学校 公立小・中学校の学校選択制は今」八月書   食自 2005t4三 p17

25)嶺井正也・中川登志男編 「前掲書」p39〜40 26)藤田晃之「新しいスタイルの学校 制度改革の現状   と課題」数研出版 2006年 p133

27)中央教育審議会義務教育特別部会 第33回及び第   34回 配付資料 平成17年9月8日

28)藤田英典「義務教育を問いなおす」筑摩書房 2005   磧三 p267〜268

29)嶺井正也・中川登志男編「前掲書」p91 30)朝日新聞 2007年7月7日

31)朝日新聞 2007年9月11日

32)嶺井正也・中川登志男編「前掲書」p90

(12)

      Summary

  There are many problems with educational reform in current Japan. For example, reforms have been rushed through at too great a speed. The market mechanism(the elements of competition)

have been adapted to the world of education. Authorities in charge of reforms have not leamed from the failure of English educational reforrn. And the authorities do not seek the opinions of teachers actually trying to carry out these refbrms.

  In addition, there are problems with the school selection system and the standardized scholastic ability test used nationwide.

  This essay analyzes the present condition of reforms and offers a new proposition to solve the problems with these reforms.

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