高齢者ポスヤンドゥ・プログラムからみる都市部における高齢者ヘルス・ケアについて
―インドネシア共和国ジョグジャカルタ特別州の事例―
The Health Care Services for the Elderly in Urban Areas in Indonesia A Case Study of the “Posyandu Lansia” Program in Yogyakarta
GOCHI Sachiko 合地 幸子
This paper aims to discuss the function of community-based health care for the elderly people, “Posyandu Lansia” in the urban area of Yogyakarta in Indonesia. Additionally, it analyse the meaning of health-care promotion for elderly people. Pos Pelayanan Kesehatan Terpadu:
Posyandu is a community health care and welfare center, and community-based health care limited to the elderly is called Posyandu lansia (Lanjut Usia).
WHO and UNICEF reviewed the idea of health in Alma-Ata Declaration in 1978. Affirming the
importance of primary health care (PHC), Indonesian government carried out a health program at health centers (Puskesmas) and Posyandu at village level. However, the program in the Popsyandu mainly covered maternal and child care and did not specialize in care for the elderly.
In Posyandu in this study area, programs for the elderly began to be implemented from 1994, a relatively early stage for healthcare in Indonesia. The elderly welfare program had been initiated as a model in the Yogyakarta region that population’s life expectancy has increased.
On the other hand, in 1998, the Indonesian government raised the age classification of “elderly”
from 55 to 60 years old, and classified elderly people who active as “Potential” (Lanjut Usia Potensial) and elderly people who require the assistance of others even with low-impact activities as “Non Potential” (Lanjut Usia tidak Potensial). The elderly were separated into two groups according to capacity. Since the beginning of the decentralization of 2001, welfare policies for the elderly have accomplished various developments, making use of regional characteristics.
Based on the case study of the different “Posyandu Lansia” in urban areas, programs consist of preventive or curative medicine and health education. Posyandu Lansia seems to have played a
role in these urban areas: it has properly provided health care to the elderly and is flexible in orderto, suit the diverse health requirements of elderly. The elderly have selectively used “Posyandu Lansia” in order to improve overall quality of life as one of the seeking behavior in old age.
Abstract
1 序 論
1-1 研究背景
本稿において筆者は、インドネシア共和国ジョグ ジャカルタ特別州の都市部における、高齢者向け参加 型地域保健活動、高齢者ポスヤンドゥに焦点を当て、
保健活動の社会的機能の有効性について検証する。ま た、高齢者のニーズに注目することにより、高齢者に とっての保健活動の意味について考察する。ポスヤン ドゥ(Pos Pelayanan Kesehatan Terpadu : Posyandu)と は、地域保健活動の拠点である。ポスヤンドゥでおこ なわれる高齢者に限った福祉活動を「高齢者ポスヤン ドゥ(Posyandu Lansia)」と呼んでいる。
インドネシアは、広域にまたがる多民族族多文化の 島嶼国家である。その中でも、ジョグジャカルタ特別 州は最も高齢化が進展し、平均余命の高い州であると 言われている(図
1、2)。そのため、本研究を通して、
高齢者ポスヤンドゥの活動とこれからのプログラムの 課題について明らかにすることは、インドネシアの都 市部における高齢者向けヘルス・ケアの現状と今後の インドネシア政府保健省の福祉政策動向を考える意味 で重要な観点であると思われる。
インドネシアにおける福祉活動は、1970年代初期 に、政府が村落開発における女性の役割に注目したこ とから始まっている。女性による福祉運動として特徴 づけられ、内務省の管轄下で家族・福祉・育成すなわち、
PKK(Pembinaan Kesejahtraan Keluarga)として全イ
ンドネシアで展開された。PKK1の女性たちを指導的 目次1 序 論 1−1 研究背景
1−2 調査地概要と研究方法 2 高齢者ポスヤンドゥ活動
2−1 地域福祉における女性の役割2−2 活動の目的とプログラム 2−3 高齢者ポスヤンドゥの実践
2−4 参加しない人 /
参加できない人びとの事例3 供給主体の多元性
3−1 弱者救済 3−2 医療サービス 3−3 能力強化 3−4 居場所探し4 高齢者ポスヤンドゥの位相
4−1 都市部で実装される保健活動 4−2 保健活動への信頼5 結 論
【図1】インドネシア人口ピラミッド
1990年、2010年、2050年(推定)
出典:
http://www.nationmaster.com/country/id-indonesia/Age-_distribution
立場として、人口抑制政策のための家族計画2の普及 などに代表される福祉活動を実施していった。1985 年には、家族計画を実現することを目標として、ポス ヤンドゥの設置が決定する。
一方、1978年に
WHO
とユニセフが、カザフスタ ン共和国で宣言した保健の理念、アルマ・アタ宣言3 において「2000年までに世界の人びとに健康を」と いう目標が掲げられる。世界的な公衆衛生の領域にお いて、プライマリー・ヘルス・ケア(Primary HealthCare : PHC) の 重 要 性 が 確 認 さ れ た[Declaration of
Alma-Ata 1978]。WHO
の方針に従ってインドネシア政府は、「すべての人に健康を」達成することを目標 とする。国民の健康を守るために、各地域の保健セン ター(Puskesmas)や村落レベルのポスヤンドゥにお いて福祉開発としてのヘルス・ケアを実施していく
[Menkes 2013]。また、PHCの実施には、住民参加型 として、民間部門の協力と住民自身の自助努力が期待 された4。しかしながら、ポスヤンドゥにおける活動は、
高齢者に特化したものではなく、母子保健を中心とし たものであった。事実、アルマ・アタ宣言の文面の中 には高齢者という言葉がない。したがって、高齢者の ヘルス・ケアは当時の
PHC
政策の重要課題とは見な されてはいなかった。1998年にインドネシア政府は、高齢者の定義につ いて、その年齢の引き上げをおこなう。すなわち、そ れまで
55
歳以上とされていた高齢者の年齢を60
歳に 引き上げた。高齢者のうち、潜在的な活動能力のある 者を「ポテンシャルな高齢者(Lanjut Usia Potensial)」として、比較的活動性の低く他者の援助を必要とする 者を「ポテンシャルでない高齢者(Lanjut Usia tidak
Potensial)」として分類した
5。この改正により、政府が見る高齢者は均一ではなく、能力に応じて
2
つのグ ループとして標的化されたと言われている[Arifianto2004:14]。
高齢者へ向けた福祉活動は、PKKの女性たちを担 い手として展開していった。2001年の地方分権化以 降には、中央政府が制定した法や政策を、地方自治体 が具体的に実行していく過程が見られ、地方自治体の 高齢者対策は、地域的特徴を活かした様々な展開を遂 げていくようになる。さらに、政府は高齢者福祉の発 展に地域住民や民間組織、宗教団体などの協力を求め てゆくようになる。Sujudi[2007]が指摘するように、
インドネシアでは
PHC
プロモーションがますます増 加している都市部においては、独自のプログラムによ る福祉活動を開始する主体が多元化する傾向にあると いえる。【図2】ジョグジャカルタ特別州における1971-2010年平均余命の推移
注)Laki-laki男性、 Perempuan女性、 Laki-laki+perempuan男性+女性
出典:Profil Kesehatan DIY 2011. Angka Harapan Hidup di Provinsi DIY, Gambar 3 Umur Harapan Hidup Penduduk DIY, Hasil Sensus Penduduk p. 26 Departemen Kesehatan RI.
本調査地のポスヤンドゥにおいて、高齢者に向けた プログラムが実施されるのは
1994
年であった。これ はインドネシアの中でも比較的早い時期に開始された と言って良い。例えば、ジャカルタの都市周辺部(カ ンポン)におけるポスヤンドゥでは、2004年に地域 保健センターから高齢者に対してポスヤンドゥ活動に 参加するように指導があった[齊藤2009:142]。中部
ジャワのソロにおいて、行政や総合病院、大学等の協 力体制で実施され始めた高齢者ポスヤンドゥ活動の開 始は2002
年である[Astuti 2007:156]。ジョグジャカ ルタ特別州クロンプロゴ県において、農村開発プロ ジェクトとしてユドヨノ大統領夫人が代表となり公式 に開設された福祉村「ルマ・ピンタル」において展開 される高齢者ポスヤンドゥ活動の開始は2010
年であ る。政府主導のプロジェクトが開始される時は、ジャカ ルタ、ジョグジャカルタやバリ島などの人口が密集し ている都市地域で試験的に行われることが多い[スマ ルジャン、ブリージール
2000:124-125]。すなわち、ジョ
グジャカルタはこの場合において、高齢者福祉政策実 施のモデル地域となり得た可能性がある。したがっ て、近代化しつつある都市部における、高齢者の健康 と地域保健活動の関係の特徴を描写し評価することが 重要課題になるのであり、本研究をおこなった動機に もなっている。高齢者福祉に関連する研究領域に目を向けてみる と、大きく分けて次の
3
つの領域がある。第一に、国 際的な政策評価として、医療人類学、とりわけ、応用 人類学や開発人類学からの研究である。現代インドネ シアの文脈とは関わりなしに、フィールドの社会・文 化的条件を、途上国・途上地域で、保健活動において 共通する一般的な条件として考える。開発としての保 健活動に関する研究は、フォスターとアンダーソンに 代表される国際公衆衛生の領域において、第二次世界 大戦後に始まり1970
年以降に本格化された[Fosterand Anderson 1978]。開発援助としての福祉活動への
評価は、援助を与える側と援助を受ける側の間で、基 本的な人間のニーズや貧困削減、飢餓の撲滅、感染症の予防、乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康改善など を主題としてきた[Hahn 1999]。
第二に、現地研究者による、インドネシアの政策に 対する研究である。すなわち、高齢者福祉活動に絞っ た研究は、社会経済学的視点による政策プログラムへ の評価、あるいは、老年学からの視点を中心として おこなわれてきた。Sujudi[2007]は、高齢者向けヘ ルス・プロモーション・プログラムについて報告し、
21
世紀のヘルス・プロモーションの方針は、健康問 題の傾向および影響を与える環境的要因を明らかにし た上で、多くのセクターに協働を求め、健康セクター がすべてのレベルで起こっている急速な変化に対処す ることが必要であると指摘している。Dwi Handayani,Wahyuni[2012]は、高齢者ポスヤンドゥの参加に対
する家族の支援について報告し、高齢者と家族との関 係を検討している。Dwi Astuti, Umi Budi Rahayu, danAmbarwati[2007]は、ソロにおける、様々な機関と
協力体制で実施されている高齢者ポスヤンドゥの活動 内容について報告し、高齢者が高齢期に直面する精神 的・身体的な問題に対して、地域社会が絡み合った取 り組みを提供していることを明らかにしている。し かしながら、Astiらの報告では、政府が提供する福祉 活動のひとつとして、高齢者ポスヤンドゥの取り組 みを下層階層に向けたものであると捉えている[Asti,Rahayu dan Ambarwati 2007:157]。こうした開発の言説
は、支援を提供する側からの一枚岩的な高齢者像を強 くしているといえるだろう。また、これらの先行研究 では、支援を受ける側である高齢者のニーズに注目し たものは少ない。そして最後に、社会人類学的な視点から、インドネ シアにおける参加型開発による福祉活動を検討する研 究がある。これらは、農村部における貧困者や女性の エンパワーメント、母子保健活動などへ焦点が当てら れ、PKKの構造的な問題と関連付けて考察される傾 向が見られる。Norma Sullivan[1983]による、ジョ グジャカルタの都市における
PKK
活動と地域社会の 研究は、社会構造が明らかにされているが高齢者福祉 に焦点を当てるものではない。また、高齢者ではなく母子保健活動を実施するポスヤンドゥについて、齊藤 綾美[2009]による、ジャカルタ都市カンポンにおけ るポスヤンドゥ活動の担い手カデル(Kader)に焦点 を当てた研究がある。齊藤は、スハルト政権の開発政 策で設置されたポスヤンドゥ活動がその後も機能して いる理由を、カデルが活動にコミットメントする状況 を詳細に描き出すことで明らかにしている。しかし ながら、齊藤が調査をおこなった
2004
年前後には高 齢者向けの活動に焦点が当てられておらず、また齊藤 の関心は高齢者の保健活動へのコミットメントにはな い。つまり、インドネシアにおける高齢者を対象とし た参加型福祉活動について報告された先行研究は、都 市部においても農村部においても十分におこなわれて いない。そのためにも本稿のような研究が、行政側の 視点や要請からも、今後さらに求められるものと思わ れる。以上、本研究に関連のある先行研究について簡単に 記してきた。その上で筆者は、高齢者に対するヘルス・
ケア提供という視点を通して、都市部中間層に向けた 高齢者ポスヤンドゥ活動に注目したい。本調査による 都市部の高齢者ポスヤンドゥ活動は、次の二つの異な るプログラムから成っている。一つは、予防医学や健 康教育について訓練を受けた
PKK
で指導的役割を担 うカデルと呼ばれる女性たちが、活動を管理するもの である。医療保健従事者の少なさから、すべてのポス ヤンドゥ活動へ希少な人材を配置することは困難であ り、実際にはカデルのみで実践されている。インドネ シアにおいては全人口に対する医師の数が少ないうえ に、地域保健活動を中心的に担う役割を持つ地域保健 センターに勤務する医師は、全医師数の約5.8%、看
護師は全看護師数の約4.5%である
6。後述するが、こ の活動は極めて都市部に特徴的なものである。もう一 つは、地域保健センターから巡回する医療保健従事者 とカデルが、薬の配布といった疾病治療を目的とした 活動をおこなうものである。これらの活動は現在でも続いている。母子保健を中 心に福祉活動が行われてきたポスヤンドゥにおいて、
高齢者向けのプログラムが開始された時に、活動はい
かに展開され、どのような意味において維持されてき たのだろうか。筆者の関心は、都市部における高齢者 ポスヤンドゥ活動の社会的機能について考察すること である。本稿では、インドネシアにおける福祉活動の 制度的側面および高齢者ポスヤンドゥ活動のプログラ ムの性質、高齢者にとっての保健活動の意味を明らか にすることにより、活動の社会的機能の有効性を明ら かにする。
1ー2 調査地概要と研究方法
本調査は、筆者がインドネシア共和国ジョグジャカ ルタ特別州の都市部において、2009年
7
月、8月の2
か月間および2010
年3
月および2011
年1
月、2012 年3
月のそれぞれ1
か月間に実施した高齢者ポスヤン ドゥ活動への参与観察にもとづくものである。加えて、2012
年7
月からの6
か月間および2013
年3
月の1
か 月に農村部における高齢者ポスヤンドゥ活動において 参与観察をおこなった資料を一部含むものである。人口約
2
億5
千万人の人口大国であるインドネシア では、1990年代より高齢化が始まり(高齢化率1990
年6.6%−2012
年約10%[BPS1998, 2012])、高齢者人
口は2005
年の約1500
万人から、2010年の約2,000
万 人以上へと早い速度で増加している。また、インド ネシアでも最も高齢化しているジョグジャカルタ特 別州における平均余命は、1967年からの45
年間で約20
歳近く伸展した[Dinkes DIY 2011]。合計特殊出生 率は、人口抑制政策の結果、1967-1970年の5.60
から2008
年の2.19
へと減少し、少子化傾向にある[BPS2012]。統計によれば、2025
年には高齢者人口が2
歳以上
5
歳未満の子供(balita)の人口を上回ることが 推測されている。ジョグジャカルタ特別州は、ジャワ島の中部に位置 する第
1
級地方自治であり特別行政地域である。ジョ グジャカルタ市および4
つの県から成り、人口の約65%が都市部に居住している。近隣に位置する世界遺
産のボロブドゥール、プランバナンなどの歴史遺跡で 観光都市として栄え、伝統工芸や伝統文化が有名であり、クラトン(王宮)には現在でも、スルタン・ハ メンク・ブウォノ
10
世が暮らしている。農村部は水 田のほか植民地時代からサトウキビ、タバコが盛んに 栽培されてきた。多くの教育機関があり、教育文化都 市としても知られている。州の平均余命は男女平均で1971年の 45.5
歳から2010年の 74
歳へと伸展し[DinkesDIY 2011:26]、全インドネシアで最も高い。
都市部に指定されているジョグジャカルタ市は、人 口
462,752
人で60
歳以上の高齢者数は42,102
人(男性
49%、女性 51%)、10.9
人に1
人が高齢者となる。平均余命は、2009年に男女平均で
73.4
歳、州の平均 より高い。合計特殊出生率は、13.4
と減少傾向にある7。 ジョグジャカルタ市は、少子高齢化、貧困率8が減少 傾向にある中間層以上の世帯が多い地域として特徴づ けることが出来る。調査は、J地域・高齢者ポスヤンドゥ
A
グループ(Kelompok Lansia A、
以後 A
グループ)およびS
地域・高齢者ポスヤンドゥ
B
グループ(Kelompok Lansia B、以後
B
グループ)を対象に実施した。どちらの地域 も州から都市部に指定されている。J地域は、ジョグジャカルタ市の北部にある市街地 で、ショッピング・モールや観光ホテルが立ち並び、
近隣には総合病院や国立大学といった高等教育機関 が多いことが特徴である。2007年の住民は
13,811
人、地域保健センターは
1
箇所、ポスヤンドゥは11
箇所 ある[BPS 2007/2008]。S地域は、スレマン県の南部にあり、大学等の高等 教育機関が多く、学生のための寮が多い地域である。
世帯主の職業は、軍人または警察官が約
9
割、民間機 関勤務、農民、その他が1
割を占めるという特徴を持 つ。首都ジャカルタなどからの定年退職後の移住地と して人気があり、近年では新規移住者が増えている。2007
年の人口は31,792人、地域保健センターは1
箇所、ポスヤンドゥは
18
箇所ある[BPS 2007]。本研究で採用される方法は、聞き取り調査(半構造 化)および参与観察による情報収集である。地域保健 センターに勤務する医師、看護師、助産師、栄養士お よび高齢者ポスヤンドゥ活動に参加する高齢者へイン
ドネシア語による聞き取り調査を実施した。また、A グループの活動日には、筆者が日本の高齢者介護など の説明をおこない、その後参加者を交えて、日本とイ ンドネシアの高齢者介護の違いについて議論をおこな い意見聴取をおこなった。
高齢者ポスヤンドゥ活動における参与観察に加え て、カデル(地域保健活動を管理する女性)の会合お よび高齢者を支援する団体(老人学校)の参与観察も 実施した。カデルという言葉は、英語の
cadre
に由来 し、そもそもの英語の用法では軍隊用語で、新部隊の 編制や訓練に必要な将校または下官から成る幹部団、その一員といった意味をもつ[Kamus Indonesia Ing-
gris 1992:253]。現代インドネシア語では、プングルス
(pengurus)と理解されており、その意味は幹事、理事、
執行委員、管理人であり、今日の用法ではコーディネー ターに近い存在であると考えられる。
1-3 論文の構成
本論文の構成は、以下の通りである。第
1
章では、研究背景、問題の所在、研究目的および調査地概要と 研究方法を述べる。第
2
章では、高齢者ポスヤンドゥ 活動の実態に着目する。第1
節ではインドネシアにお ける福祉開発における女性の役割について概観し、ポ スヤンドゥは中央政府からの上位下達の政治教育的要 素を持ち、これは女性を福祉活動という社会運動の「資 源」として考えるモデルであることを示す。第2
節で は、高齢者福祉政策の実現がどのような目的で実施さ れ、どのようなプログラムで展開されているかについ て記述する。第3
節では、二つの異なる都市部高齢者 ポスヤンドゥ活動プログラムの実践からみる、プログ ラムの妥当性について検討する。第4
節では、活動に 参加しない、あるいは参加できない高齢者に焦点を当 て、活動の問題点を考察する。第3
章では、都市部に おける供給主体の多元性について述べる。第4
章では、農村部に焦点があてられてきた高齢者ポスヤンドゥ活 動が都市部において実装された時、どのように機能し たかについて記述する。論文全体を通して、都市部の
高齢者がより良い高齢期をおくるための希求行動のひ とつの選択肢として、高齢者ポスヤンドゥ活動を利用 しているということを示し、最後に、本稿の結論を述 べる。なお、本稿で述べる生活の質の向上9とは、精 神的・肉体的・社会的に健康で主観的に幸福であるこ とを指す。
2 高齢者ポスヤンドゥ活動
2-1 地域福祉における女性の役割
本章では、インドネシアにおける福祉活動の制度的 側面を概観した後に、高齢者ポスヤンドゥ活動の事例 からみた、地域社会における高齢者支援の課題を検討 する。
インドネシアの初代大統領スカルノによる政治体制 が独裁的な革命であったことに対し、第二代目大統領 スハルトによる新秩序体制における政治は、安定と開 発を目指すものであった。政府は、開発政策において 女性に期待する。それは国連が、1975年からの
10
年 間を国際女性年として制定したことが契機となった。1978年の国策大網では、開発における女性の役割 が次のように書き表されている[服部
2001:186]。第
一に、女性は、男性と同じ機会・義務・権利を持ち、開発に関わる全ての活動に参加する。第二に、開発に おける女性の役割は、インドネシア国民を育成するこ とであるが、次世代を育成する役割を軽減するもので はない。第三に、開発のなかで、女性により多くの責 任と役割を与えるために、女性の知識と技能を向上す る必要がある。
また、女性の役割
5
原則(Panca Tugas Wanita)に おいて、女性の役割は、妻・次世代の育成者・母・仕事をもつもの・社会組織の成員として規定され た。ジャジャディニングラット・ニューエンハウス
(Djadjadiningrat Nieuwenhuis)[1987]によると、母親 としての女性の役割はイブイズム(Ibuism)と表現さ れる。このイブイズムはスハルト政権下における新秩 序時代に生じた急速な近代化により再定義されること になる。すなわち、表面では母であり女性の伝統的役
割を基本としながらも、小さな家族(夫、妻、子ども)
を最適とし、妻としての役割を一義的なものとして いった。このような、国家が規定する女性イデオロギー を、ユリア・スルヤクスマ(Julia Suryakusuma)[2011]
は、国家イブイズムと表現する。
女性は、主要な政策から女性のための特別なプログ ラムへと分離され、夫、子ども、家族、共同体、国家 へ無償で奉仕する国家の家族として、利益なしで福 祉に貢献することが義務付けられた。開発において、
女性に地位を与える役割の向上としながらも、現実 は国家権力による女性の動員であった[Suryakusuma
2011:10-11]。
こうして政府は、すべての女性に組織に加入するこ とを義務付け、中央集権的に管理していく。その上 で、女性組織によるプログラムとして、さまざまな 活動を実施する。この女性組織のなかでも、内務省 管轄下である
PKK
は、女性が参加する村落開発活動 を目的としている。PKK運動は1950
年代半ばに教育 文化省が社会教育の一環としておこなった家庭科に 端を発する。1957年に家族・福祉・教育(PendidikanKesejahtraan Keluarga: PKK)の概念が打ち出された後、
1972
年12
月に名称を略語はそのままPKK
として「家 族・ 福 祉・ 育 成(Pembinaan Kesejahtraan Keluarga:PKK)」と変更して以来、PKK
による全国的な活動が展開される[吉原
2000:198-201]。PKK
は、社会、文化、国家イデオロギー、政治そして経済におけるさまざま な領域を通して、国家と地域の末端までの女性たちを ひとつにするための仲介的な組織として重要な役割を 持つものとなった[Suryakusma 2011:27]。
PKKでは、
1982
年と1984
年の内務大臣令によって、中央に内務大臣を長とする育成チームが結成され、公 務員の妻たちが指導的な役割を果たしている。州知事・
県知事・郡長・村長の妻たちが会長となり、各レベ ルで
PKK
活動チームという指導部が作られる[倉沢1998:106-107]。活動チームは、10
のプログラム、すなわち、1.パンチャシラの理解と実践、2.ゴトン・
ロヨン(相互扶助)、3.衛生的な食物と栄養、4.衣服 と裁縫技術、5.衛生改善と家庭内の整理、6.教育と
新しい技術の習得、7.健康管理、8.協同組合の育成、
9.生活環境保護と調和の維持、10.家族計画、に応
じ て 組 織 さ れ て い る[Sekretaria Tim Penggerak PKKPusat 2011]。
中央政府からの上位下達の政治教育的な要素を持 ち、エリート女性が、村の末端の女性までを管理する という、女性を福祉活動という社会運動の「資源」と して考える、インドネシアに特徴的な構造がここにで きあがったのである。
開発運動のなかでも重要な目標は、人口抑制政策の ための家族計画(Keluarga Berencana : KB)であった。
「二人の子供で十分(Dua anak cukup)」というスロー ガンを掲げ、1970年代初期から人口抑制政策は開始 されてきた。当初、家族計画の普及を担っていたのは、
研修を受けたボランティア女性であった。1975年に はボランティア女性は公務員として採用され、村落内 に家族計画を普及するための施設が設置される[倉沢
1998:109]。その後 1985
年に、家族計画プログラムの目標を実現することを目的にポスヤンドゥの設置が決 定した[齊藤
2010:46]。
一方、調査対象のポスヤンドゥで高齢者に限った福 祉活動が開始されたのは
1994
年からである。ポスヤンドゥにおける活動は、福祉政策プログラムの 普及としては概ね有効に機能していると言って良いだ ろう。後述するが、都市部の高齢者ポスヤンドゥにお いて政府は、高齢者が幸せな高齢期を迎えるための生 活の質を向上することを目的として、予防医学、健康 教育、疾病治療の次元でヘルス・ケアを提供しようと している。
2-2 活動の目的とプログラム
高齢者ポスヤンドゥ活動は、高齢者を対象とした保 健活動を通して、政府の開発政策プログラムである高 齢者福祉政策を実現するものである。対象となる人 びとは、45-59歳の前高齢期のグループ(Usia lanjut
dini)、60
歳以上の高齢者グループ(Usia lanjut)、お よびリスクの高い70
歳以上のグループ(Usia lanjutdengan resiko tinggi)
10で、間接的には、高齢者のいる 家族、高齢者に対する育成・教育をおこなう社会機関 および地域住民も対象とされている。保健活動は、高齢者が幸せな高齢期を迎えることが できるように、高齢者の健康状態を向上することに目 的が置かれている。そのための保健活動の質の向上 を地域社会や民間団体に期待し、さらには高齢者自 身が自らの健康を向上できるようにするものである
[Ismawati 2010:45-46]。
活動の内容は、高齢者が健康でいられるための啓蒙 活動、病気に対する予防、治療、リハビリ、軽い運動 などである。プログラムは、3項目(住所・氏名の登 録、身長・体重測定、予防・健康教育)、5項目(住所・
氏名の登録、身長・体重測定、カルテの管理、予防・
健康教育、食事の提供)、7項目(住所・氏名の登録、
血圧・身長・体重測定、カルテの管理、予防・健康教育、
疾病治療、歯科検診、食事の提供)のいずれかに従っ て、地域住民の合意に基づき決定される[Ismawati-S
2010:50-51]。実際にプログラムは、地域によりさま
ざまに展開している。保健活動の運営資金は、地方政府、地域行政(RT/
RW)
11、地域保健センターに頼っている。その他に、宗教団体や民間機関などからの物資による不定期な寄 付があることもある。また参加高齢者から徴収するこ ともおこなわれている。それぞれの活動グループによ り、資金面においては独自の展開がなされている。参 与観察を実施した二つの高齢者ポスヤンドゥ活動の特 色を先に述べておくと以下のようになる。
J地域・Aグループの活動は、比較的に健康状態の 良い高齢者を対象として、高齢期に関する内容の啓蒙 活動を目的とした、精神面における支援を提供するも のである。そのために、健康状態が悪い高齢者は参加 できないことが考えられる。また、S地域・Bグルー プの活動においては、疾病治療を目的とした、健康面 における支援を提供するものである。しかしながら、
筆者の聞き取り調査では、活動に興味をもたない多く の高齢者が参加していないことが確認された。
それぞれのプログラムは、政府の指導・監督に基づ
く内容であり、地域住民の合意で決定されているとは いえ、すべての高齢者のニーズをプログラムに反映さ せることは困難だという問題が有り得る。政府は、高 齢者を二分化し支援を提供しているが、高齢者はさら に多様化していると言えよう。次節では、実際の活動 実践からみるプログラム性について検討する。
2-3 高齢者ポスヤンドゥの実践
ジョグジャカルタ市
J
地域A
グループによる高齢 者ポスヤンドゥ活動は、高齢期に関する内容の啓蒙活 動を重視した内容で実施されている。Aグループは、毎月
14
日の午後4
時から保健活動を実施する。高齢 者に対する保健活動について政府による研修を受け た、この地域の住民である6
名のカデルが活動を管理 している。元RT
長夫人である50
代の女性が6
名の カデルのトップである。活動のはじめに、カデルたちは参加高齢者の体重測 定と血圧測定をおこない、参加費(3,000〜
5,000
ル ピア、2013年7
月換算1
ルピア=0.01
円)を徴収する。その後、カデルの挨拶があり、この場で高齢者の健康 へ配慮した啓蒙活動、政府や行政からの伝達事項が伝 えられる。筆者が観察した日には、デング熱の発生を 防ぐための注意事項や週末に行われる地域行事の時間 と集合場所が伝えられた。
カデルの挨拶が済むと、「幸せな高齢期」と題する 曲等、高齢者を元気づける内容の
4
曲を合唱し、お茶 と軽食が振る舞われる。軽食の用意は毎月担当者が順 番で決められ、高齢者の栄養を配慮した柔らかい消化 の良いものが準備される。この日は、コラック・ピサ ンと呼ばれるバナナをココナッツ・ミルクで甘く煮た 軽食が準備された。その後、会計係りによる収支報告、アリサン12、くじ引きをおこない、時にはカデルが研 修で習った高齢者向けの軽い体操を披露する。偶然、
活動日が
90
歳の誕生日であった参加者は、参加人数 分の箱に入った軽食を振る舞った13。参加者は、皆で 誕生日の歌を合唱した。最後はカデルの挨拶で終了となる。カデルが最後
に締めくくった言葉は次のようであった。「神に呼 ばれるまで、活動的に過ごしましょう(Siang Malam
Tunggu Panggilan Tuhan: SIMATUPANG)」。この活動内
容は、政府指導によるPKK
活動に見られる、定型化 された定例会合とほぼ似た流れとなっている。参加する高齢者は活動開始当初の
1994
年には50
名 であったが、カデルによると、何名かが亡くなり、現 在では平均して30
〜40
名である。また、高齢者の 健康状態や天候により参加人数は一定ではない。Aグ ループの活動に参加しているのは女性高齢者のみで、8
割が60
〜70
歳代であった。2010年3
月の観察日に 参加していた高齢者30
名のうち2
名は独居、それ以 外は子供と孫と同居している。数名がテンペと呼ばれ る大豆を発酵させたものや自宅で作った料理の販売な どの不定期な仕事を持ち、少額の収入を得ている。活 動日にポスヤンドゥ会場で服やイスラム教徒が着用す るスカーフ(ジルバブ)を販売するものもいる。高齢 者は活動日に、各自で縫った揃いの緑の服を着て参加 する。他方、同じく都市部に指定されている
S
地域B
グ ループによる高齢者ポスヤンドゥ活動は、高齢者の軽 い疾病に対して無料で薬を提供する。S地域の行政組 織で3
箇所のRW
には、それぞれ1
箇所のポスヤンドゥ があり、母子保健活動を実施するが、高齢者ポスヤン ドゥ活動は3
箇所のRW
住民を1
箇所のポスヤンドゥ に集めて実施される。Bグループは、毎月
27
日午前9
時から3
時間かけ て活動を実施する。活動は4
名のカデルが管理してい る。その他に、地域保健センターから派遣される3
名 の医療従事者(看護師1
名、助産師1
名、栄養士1
名)による巡回診療がおこなわれる。医療従事者は毎月同 じスタッフとは限らない。Bグループの活動には地域 保健センターの予算が使用されている。
活動プログラムは、カデルによる体重測定、看護師 による血圧測定と問診、薬剤師および栄養士による薬 の提供の順番で実施される。提供される薬は、軽い症 状に対するものが中心で、ビタミン剤、血圧や糖尿病 の薬、関節痛を和らげる薬等である。カデルは、カル
テを作成し、高齢者の毎月の状態を記入する。インド ネシアでは、近代社会成立の過程において、疾病構造 が感染症から非伝染性疾患へと変化している(表
1)。
参加高齢者の多くが慢性的な疾患を患っていた。
【表1】現代インドネシアの10大疾患(罹患率)
都 市 部 農 村 部
1 脳血管障害 脳血管障害
2 糖尿病 結 核
3 高血圧 高血圧
4 結 核 慢性呼吸性疾患
5 虚血性心疾患 悪性腫瘍
6 悪性腫瘍 肝疾患
7 肝疾患 虚血性心疾患
8 壊死性腸炎 壊死性腸炎
9 その他の心疾患 その他の疾患 10 慢性呼吸器疾患 糖尿病
※インドネシアは、アジアの中で最も脳血管障害患者が多い。
出典:Yastroki online 2012
参加高齢者は、3時間の開催時間の好きな時間にポ スヤンドゥを訪れ、参加費
3,500
ルピアを支払うと置 かれた椅子に座って自分の順番が来るのを待つ。社会 保障に加入していることを証明する手帳や行政が貧困 世帯であることを証明したカード(Kartu Miskin)を 持参すると、参加費は免除される。看護師から名前が 呼ばれ、血圧測定と問診が済むと、看護師が指示した 薬を薬剤師あるいは栄養士から受け取る。なかには、栄養士による栄養指導を受ける高齢者もいる。そして 高齢者は薬をもらうとすぐに帰宅する。
参加者は、少ない月でも
40
名ほど、多い月では70
〜
80
名になる。カデルによれば、参加者の数は年々 減少している。2011年1
月の観察日に参加していた69
名の高齢者は、男性が2
割、女性が8
割で、その 多くは80
〜90
歳代であった。先に述べたJ
地域A
グループの参加者よりも年齢層が高い。参加高齢者の なかには、インフォーマルの不定期な仕事で収入を得 ている高齢者も少なくない。会場へは1
人で歩いて来る、あるいは、杖を使用してやっと歩いて来る、家族 によりバイクで送迎される、隣人と手を取り合って歩 いて来るとさまざまであった。参加の目的は薬をもら うためである。
ここまで、2箇所の高齢者ポスヤンドゥ活動のプロ グラムについて簡単に記述した。開発プログラムによ るヘルス・ケアの提供方法は、予防医学、健康教育、
疾病治療のどれを優先するかが常に模索されてきた
[マッケロイ、タウンゼント
1995:387]。地方政府は、
予防医学、健康教育、疾病治療という枠組みの中で、
地域的特徴を反映した活動を展開しようとしているこ とが考えられる。本事例からも
A
グループの活動は、健康状態の良い高齢者を対象とした、予防、健康教育 であり、Bグループの活動は、疾病治療を目的とした ものであった。
地域保健活動のプログラムとしては一見妥当だと思 われるが、都市部という人口の密集した地域では、医 療・福祉資源へのアクセスの困難な農村部と比較して、
多くの高齢者の参加が見込まれるはずである。しかし ながら、どちらのグループも年々参加者が減少してい る事実を、どのように解釈すれば良いのだろうか。次 節では活動に参加する高齢者に焦点を当て、活動の受 け手側のニーズを考察する。
2-4 参加しない / 参加できない人びと の事例
これまで述べてきたように、高齢者ポスヤンドゥ活 動のプログラムは、地域的特徴に従い、予防医学、健 康教育、疾病治療のいずれかを重視して実施されてい る。トップ・ダウン式の一方的な福祉開発は、高齢者 に対して「健康」の概念を強化する点では評価できる が、参加にある程度の自由度があるために、参加しな い高齢者も認められる。本節では、保健活動の受け手 である高齢者のなかでも、参加しない人びとや、参加 できない人びとの言説から、高齢者向けのプログラム の問題点を考察する。なお、それぞれの個人名は匿名 にしている。
【ラハナさんの事例】
Aグループのメンバーであるラハナさん、寡婦、
68
歳女性は、5
人いる子供の中で3
番目の息子、嫁、孫
1
人と都市中心部の狭い一軒家で暮らしている。配偶者である夫は元民間銀行に勤務し、55歳で定 年退職後、腎臓病を患い失明し
2003
年に58
歳で死 亡した。配偶者の死亡後は、民間銀行から遺族年金 を受けて生活をしている。ラハナさんは、いっさい の家事を嫁に任せ、孫をあやす傍ら、ダルマ・ワ ニタ14や高齢者ポスヤンドゥ、PKKの集会など地 域の社会活動にいくつも参加する活動的な高齢期を 送っていた。ラハナさんは、女性たちの集まりをゴ シックの場だと考えていた。しかし、2年前に乳癌を患い、この
2
年間に乳癌 の再発で入退院を3
回繰り返している。乳癌が全身 へ転移してから足の関節が痛み始め、温熱療法や ジャワの伝統薬(ジャムー)、中国漢方薬など代替 治療を試みたが、痛みは回復しなかった。この頃か ら、楽しみにしていた高齢者ポスヤンドゥ活動への 参加を控えるようになった。ラハナさんの家からポ スヤンドゥまでは徒歩3
分と近い。しかし、「気が 向かない」と述べる。ジャワの家族は、一般的に、双系制の核家族であ る。誰か一人の子供と同居している場合が多い[Geertz
1961, Niehof 1995]。調査地の高齢者は、定年退職をきっ
かけに、より宗教活動や共同体における社会活動へと 時間を費やす傾向にあり、これらの活動を通して友人 関係を築いている。また、女性高齢者は、政府指導に よる、近隣10
世帯という最も小さい単位の集まりで あるダサ・ウィスマに参加することが義務付けられて いる他、共同体内の社会活動に参加する機会を多く持 つ。ラハナさんは、年金生活、子供や孫と同居、社会活 動に熱心という、この地域では標準的と思われる老後 の生活を送っていた。ラハナさんを含め、Aグループ へ参加する高齢者によれば、参加目的は、同世代同士 の連帯を強くするためであった。しかし、ラハナさん
のように病を患った高齢者は参加しない。都市部とい う医療施設へのアクセスが容易な環境における高齢者 ポスヤンドゥの役割は、予防と教育を重視したプログ ラムを提供することである。病を患った後の治療的医 療は、本人と家族の責任でおこなわれていた。
【ミトロさんの事例】
Bグループの参加者である、ミトロさん、寡婦、
80
歳女性は、70歳まで小作農として働いていた。配偶者である夫は大学の事務員で
8
年前に死亡し た。配偶者の遺族年金として月に80
万ルピアを受 け取り生活している。ジョグジャカルタ特別州の2011
年の最低賃金はひと月に約80
〜90
万ルピア であるので、月に80
万ルピアの年金は80
歳のミト ロさんにとって少ない金額ではないだろう。9人の子供がいるが現在生存しているのは
4
人だ けで、4番目の娘と暮らしている。高齢者ポスヤン ドゥに参加する目的については、「薬をもらうため であり、同世代の友人と会うことはそれほど重要で はない」と述べる。Bグループの活動プログラムは、地域保健センター による巡回診療と位置付けられている。ミトロさんを はじめ、80歳代、90歳代の参加者すべてが、同世代 との交流には興味を示さず、薬を貰うことだけを目的 としていた。看護師は、高齢者ポスヤンドゥ活動で
3
日分の薬を提供した後に、継続して地域保健センター にて診察を受けるように促す。しかしながら、参加高 齢者の中で継続して診察を受けるものは一人もいな かった。【ラティさんの事例】
Bグループの一員であるラティさん、
62
歳女性は、滅多に高齢者ポスヤンドゥ活動に参加しない。配偶 者、独身の子ども
2
人(35歳男性、42歳女性)の4
人で暮らしており、元民間銀行に勤務していた配 偶者の年金(月に約100
万ルピア)で生活している。子供たちは仕事があるので、ラティさんが一切の家
事をおこなう。高血圧の持病があるものの、地域の 社会活動へは少なくとも月に
5
回は参加する生活を 送っている。ラティさんによれば、高齢者ポスヤンドゥ活動に 参加しないのは、「健康診断だけで退屈だから」で ある。「薬が欲しければ薬局へ買いに行く。具合が 悪ければ伝統的なマッサージ師による治療を利用す る」。また、地域保健センターについては、「貧困な 高齢者が行くところなので、あまり利用したくない」
という。
このような地域保健センターにまつわる都市部の高 齢者が抱くマイナスなイメージは、数名の高齢者か ら語られた。ジョグジャカルタ市に暮らす高齢者の 経済状況は、ひと月の支出額を見ても中間層以上が 多いことがわかる。ひと月の支出額が、50万ルピア 以上
75
万ルピア以下および100
万ルピア以上の世帯 が全体の約4
分の3
を占めている[BPS Kota Yogya-karta 2009:8]。貧困である世帯は 2010
年で全世帯の15.24%と農村部と比較しても低い[Dinsosnakertrans 2011]。
インドネシアにおける社会保障制度は、公務員や軍 人を優遇する制度でおこなわれてきたが、2004年の 社会保障改革からすべての市民が対象とされた[菅
谷
2009:33]。国家による社会保障制度の他にも、ジョ
グジャカルタ特別州では、州の保障による制度に任 意に加入する人びとが
2008
年には8
割を超えている[Priyanto 2008:8]。都市部の高齢者の全般的な経済状 況は、中間層以上の世帯であり、年金等の社会保障制 度を利用できる人びとが多いことがわかる。
また
S
地域の特徴としては、都市部に指定されて いて近くに国立病院、民間病院などの総合病院が3
箇 所ある。クリニックも多く近くに薬が買える薬局も多 い。高齢期を健康に過ごすための選択肢がいくつかあ る。次に、ここでの課題として、性による参加率の違い について触れておかなければならない。Aグループの 参加者はいずれも女性で、男性の参加は見られなかっ
た。男性が参加してはいけない決まりはない。参加女 性たちは、男性は恥ずかしがって高齢者ポスヤンドゥ 活動には出てこないと考えている。男性は男性だけの イスラム教の朗読会の集まりがあるので、そちらに参 加していると言う。つまり、Aグループの活動は、都 市部の比較的に健康な女性に限定された集会になって いる。このことが、男性が参加しない理由として考え られる。表面では福祉政策における予防医学、健康教 育としながらも、地域保健センターからの医療保健従 事者が巡回することは稀で、健康な女性に限定された 集会は、極めて都市部に特徴的だといえよう。
それでは、カデルはこのような参加状況の変化をど のように見ているのだろうか。ここで、Bグループの カデルに着目し、活動を運営する側から見た課題につ いて検討する。
S地域
B
グループでは、これまでおもに家族計画の 普及および母子保健を実施してきた。高齢者を対象に した福祉活動が開始されると、カデルたちは、新生児 や母子を対象とした保健活動を新生児ポスヤンドゥ(Posyandu Balita)と呼び、高齢者を対象とした保健 活動を高齢者ポスヤンドゥ(Posyandu Lansia)と呼ぶ ようになる。それに伴い、カデルたちは、自分たちの ことを新生児カデルと高齢者カデルというように区別 して呼んでいる。
Bグループが対象とする
3
つのRW
には9
名のカデ ルがいる。9名のカデルは48
〜60
歳で、48歳のカデ ルはカデル歴が12
年、その他のカデルは全員カデル 歴が16
年である。つまり、ほとんどのカデルが1994
年の開始当初からB
グループのカデルを務めている ことになる。1名を除いてすべて既婚女性であり、そ の内1
名が幼稚園教諭、もう1
名は総合病院の看護師 として働いている。カデルたちは、毎月1
回の割合で いくつかのPKK
の集会に参加する。例えば、18の村 のカデルによっておこなわれる集会、新生児カデルの 集会、高齢者カデルの集会などである。集会では意見 交換がおこなわれる。高齢者カデルたちは、高齢者ポスヤンドゥ活動開始 からの
16
年間で高齢者の生活状況が変化していることを強調する。Bグループが対象とする地域では、毎 年のように高齢者人口が増加している。本来であれば、
さらに多くの高齢者が高齢者ポスヤンドゥ活動に参加 するはずである。しかしながら、実際の参加状況は、
年々減少傾向にあるという。
カデルたちは、参加者が減少している理由を、高齢 者の生活状況の変化とした上で次のように解釈してい る。一つは、開始当初から参加している高齢者はさら に高齢化し、病気による体調の悪化や死亡などの原因 で参加者が減少してきたのではないか。もう一つは、
新規の参加者が少ないことを理由にあげ、高齢化と平 均余命の伸展により、高齢になっても仕事をしている 人びとが増えたこと、そのために平日の午前中である 活動時間が参加しにくい時間帯であると述べた。
カデルたちは、地域住民が活動に参加するように啓 蒙活動をおこなう役割も担っている。しかしながら、
それほど効果は現れていない。それどころか、「女性 たちは何かと忙しいのよ」と言いながら、実践現場を いくつも管理している。それは、カデルたちにとり、
高齢者ポスヤンドゥの管理が負担となっているという ことを意味するものではない。むしろ、「自分の両親 の世話をするのと同じように、高齢者が活動を通して 生活の質を向上できれば自分たちも嬉しい」と述べて いる。
実際に、カデルたちは期待されている。地域保健セ ンターの医師によると、高齢者ポスヤンドゥの活動で は、カデルが医師の役割を担っているのだと考えてい る。第三次五カ年計画(1979〜
1983
年)から開始さ れてきた国家の健康管理システムは、当初から保健医 療人材の不足という問題を抱えていた。そのために、研修を受けた要員を配置することをおこなっている
[スマルジャン、ブリージール 2000:134]。冒頭で述べ たように、医師の数は現在でも不足しており、カデル は健康管理システムにおいては地域における重要な役 割を担っている[Sciortino 2007他]。
医師はまた、「高齢者ポスヤンドゥ活動は、「ホーム・
ケア 」をポスヤンドゥの会場でおこなうようなもの である」と述べる。「ポスヤンドゥの数は十分である
が、問題はプログラムの内容が十分であるかどうかで ある」と付け加えた。つまり、軽い症状に対する
3
日 分の薬の提供といったプログラムの内容が十分である かどうかということである。「高齢者の自宅を個別に 訪問する必要性を感じてはいるが、地域保健センター の予算内では不可能である」という。以上をまとめると、都市部における高齢者ポスヤン ドゥの実践は、歩いて会場まで来ることが出来る比較 的に健康で、時間的な余裕があり、アリサンなどの少 額の費用を支払うことのできる高齢者に対して、大変 有効的に機能している。その一方で、病に見舞われた か仕事があるために時間的な余裕がないといった理由 で機能しなくなるといえるだろう。
都市部ポスヤンドゥ活動におけるヘルス・ケア提供 の事例として、支援を提供する側の政府のプログラム が、急速に増加する高齢者人口と高齢者の多様性、都 市化に対応できていないことは指摘してよいだろう。
しかしながら、開発プロジェクトの予期せぬ結果とし て捉えるものではない。換言すれば、より富裕層向け のより健康な高齢者の健康状態は高まったようだが、
二分化されたもう一方の高齢者である、ポテンシャル でない貧困者や病気療養者の健康状態が改善しなく なったということではないと考える。
PKKを通した女性を担い手とする活動は、ヘルス・
ケアに限らず、トップ・ダウン式の都会のエリート・
モデルだと批判されがちであった[Sciortino 2007他]。
そうであるからこそ、農村部では都会モデルで展開 される裁縫や料理教室などの新しい技術の習得が失 敗することもあった[スマルジャン、ブリージール
2000:106]。また、農村部における母子保健活動を実
施するポスヤンドゥの機能的問題などが報告されてい る[Sciortino 2007:116-125]。つまり、都市部において機能していると思われる高 齢者ポスヤンドゥ活動は、都市部の特徴を十分に反映 して実践されており、しかしながら、多様化している 高齢者が選択的に利用できるという自由度があると言 えるだろう。ヘルス・ケアの受け手は、住民統制の目 的をも兼ね備えた、政府の展開する福祉開発プログラ
ムに、全面的に巻き込まれていないことが考えられる。
3 供給主体の多元性 3-1 弱者救済
政府は、高齢者福祉政策の中で、民間機関
/
団体や 地域社会による支援を期待している。それを受けた 民間機関/
団体は、独自の内容で活動をおこなってい る。そのなかのひとつ、東部ジャワを中心として活 動するプサカ(Pusat Santunan Kelarga : PUSAKA)は、国家家族計画調整庁からのわずかな助成金と地域や個 人からの寄付金による資金をもとに、高齢者へ食事の 提供などをおこなっている。対象となる高齢者は、60 歳以上の貧困な高齢者または家族が貧困者な場合で ある。ジャカルタのプサカで調査をおこなった
Do-Le
[2002]らによると、ケアを受けている高齢者は
85
〜90%が女性で、多くが寡婦もしくは配偶者が病気で
ある貧困者であった[Do-le, Kim Dung, Raharjo Yulfita2002:12]。プサカにおける活動の担い手は、PKK
のカデルと同様に女性組織を通してリクルートされる女性 たちである。この他の団体も運営はおもに裕福な人か らの支援に依存するかたちでおこなわれる傾向がある
[Noveria 2006:14]。
一方、ジョグジャカルタ特別州農村部の高齢者のた めの福祉施設であるタマン・プンビナアン・ランシア と呼ばれる施設では、高齢者に対して月に
1
回、無料 の健康診断をおこなっている。施設の運営は、寄付金 と地域住民の相互的な扶助により実施されてきた。医 師をはじめとするスタッフは、ボランティアである。この取り組みは、はじめに地域住民の強い意志ではじ まり、その後政府により高齢者支援団体として認めら れている[Adib 2003:2]。
これらの活動は、貧困者や女性を対象とした弱者救 済に目的を置いている。なかでもタマン・プンビナ・
ランシアは、ボトム・アップ方式として注目できるだ ろう。
3-2 医療サービス
ジョグジャカルタ特別州の都市部では、民間の診療 所が、高齢者の自宅に看護師を派遣する「ホーム・ケア」
や高齢者を一時預かる(Penitipan Lansia)、いわゆる「デ イ・ホーム」を実施している。こうしたサービスは、
一部の中間層以上に利用されており、日本を含む海外 からの視察団が訪れるなど注目されていたが、2012 年現在では閉鎖されている。
また、宗教系の民間病院が専門的な介護人材を養成 しており、重度の病気を患った高齢者や後遺症を抱え 介護が長期化した高齢者へ在宅介護サービスを提供し ている。
一方、地域の人々が「高級な高齢者福祉施設」と呼 ぶ、裕福な個人により提供されている高齢者専用住宅 がある。同一敷地に十棟ほどの小さな住宅が並び、そ の内の一棟へは、近くにある国立大学の医学部の学生 を安い賃貸料で住まわせ、残りの住宅は高齢者に限り 貸し出している。医学部の学生にとっては老年医学の 研修の場であり、居住する高齢者は敷地内に医学部の 学生が住んでいるので、精神的に安心するという。
Schröder-Butterfill[2010]らによると、ジャワの高 齢者は、自立を好む傾向にあるために、相互依存関係 が希薄だとしても、不安を感じていないことが報告さ れている[Schröder-Butterfill, Fithry and Dewi 2010:13]。
上述のような居住形態は、近代化しつつある都市部に 暮らす高齢者に向けたものといえる。
3-3 精神・能力強化
高齢者のストレス克服のために、専門の講師による リラクゼーション、瞑想およびヨガの講座を開催して いる団体がある。ここでのプログラムは、既に高齢者 ポスヤンドゥでもおこなわれており、精神面における ヘルス・ケア提供の見本となっている。ポスヤンドゥ では、決められた項目に従ったプログラムを実施して いるが、民間団体の取り組みの良い部分を取り入れ、
柔軟に適応する姿勢も持っている。
その他にも、高齢者の自立支援、能力強化を目的と し、高齢期を活性化するためにコンピューター教育や 宗教教育、ライフ・スタイルを改善する教育、絵画教 室を提供する教育機関がある。管理者のトニヤさんに よると、「高齢者を教育することが、高齢者支援につ ながる」という。一番人気があるのはコンピューター 教育である。高齢者は移住先の子供や孫とフェイス ブック15でコミュニケーションをとりたいと考えてい る。フェイスブックに参加できることが誇りになる。
現在では、一部の富裕層に限り利用がみられるが、
グローバル化、都市化、産業化の現れとして、IT技 術を使用した情報収集やコミュニケーションへの期待 は高まっている。能力強化を目的とした支援は、民間 機関を中心に普及する可能性を持っているだろう。高 齢者は、自分に見合ったケアの提供を選択的に利用し たいと述べている。
3-4 居場所探し
高齢者が自分に見合った居場所を探そうとして始 まったのが、ラジオを媒介として生まれた高齢者のコ ミュニティである。高齢者が好む音楽、クロンチョン
(ポルトガル音楽の影響を受けるインドネシアの軽音 楽)、ウヨン・ウヨン(ジャワ語でガムランの演奏を 意味する)、クトプラ(ジャワの大衆演劇、1920年代 にソロで成立)を放送する国営ラジオ局の番組の聴取 者である
50
〜80
歳の人びとで構成されている。この コミュニティは聴取者の間で自然に出来上がった。設立
16
年で、ラジオ局からの資金提供はなく、運 営費は参加者から集めた金額でおこなっている。コ ミュニティの会合へは通常40
〜50
人(男性約2
割、女性約
8
割)が参加する。聴取者は都市部在住とは限 らずラジオ放送の電波が入る地域に及ぶが、会合に参 加するのはおもに都市部の高齢者である。活動内容は、アリサンをおこなう他、毎回決まった ものではない。コミュニティの代表を務める、元ラジ オ局局長のウィルヤントさん
63
歳男性によると、「高 齢者は同世代と出会う機会を求めている。コミュニティの設立は、ラジオ局から提案したものではない。
高齢者の話題は健康問題が多く、同世代で健康に関す る情報を交換している。老いを受け入れることが重要 なのだ」。高齢者は老いに関する情報を求めている。
この他にも、ジョグジャカルタ特別州にはジャワ語 の伝統的な歌や詞であるモチョパタンを朗読する高齢 者の集まりがいくつかある。高齢者の目的の一つは、
古典芸能を保存することである。この朗読会を通して、
高齢者は、長生きできるように同年輩での会話を楽し むことや、話すことでストレスを解消すること、自分 自身を表現すること、を目的に様々な人生のかたちを 探している[Probosini 2012]。
Probosiniの報告からも、高齢者はこれらのコミュ ニティに居場所を求めていることがわかる。そして、
居場所を提供する側は、共通して、「高齢者のための コミュニケーションの場を設けることが高齢者を支援 することにつながる」と述べている。ひとつの福祉活 動のかたちとして展開していく可能性はあろう。
4 高齢者ポスヤンドゥの位相
4-1 都市部で実装される保健活動
インドネシア政府は、第三次五カ年計画(1979-1984)
において、PHC戦略の受け入れという理由から、予 防とプロモーション活動の実践にコミュニティの協力 を求めてきた[Sciortino2007:112]。これは、1978年 のアルマ・アタ宣言を受けて、地域住民やセクター間 の協力で「全ての人に健康を」達成することを目的と したことによる[Sujudi 2007:280]。そして、疾病治 療よりも予防を重視して展開されるようになる。しか しながら、アルマ・アタ宣言の文面の中には高齢者と いう言葉がないことからも、高齢者のヘルス・ケアは 当時の
PHC
政策の重要課題とは見なされていなかっ た。当初のプロモーション活動は、高齢者向けのプロ ジェクトではなく、家族計画が主な活動の中心であっ た。ポスヤンドゥの設置が決定される以前から、イン ドネシアで最も人口の密集したジョグジャカルタ特別