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型関係節との比較からみえるもの

著者 菊田 千春

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 84

ページ 71‑106

発行年 2009‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011694

(2)

主要部内在型関係節との比較からみえるもの

菊 田 千 春

1. はじめに

 日本語のトコロ関係節とは,主要部内在型関係節と類似した性質をもちな がら補文辞として「ノ」ではなく「トコロ」が用いられるものを指す。トコ ロ関係節は,近年までは主要部内在型関係節の論考の中で参考程度にしか取 り上げられてこなかった。しかし,黒田(1999b)の共時的研究やOhori (2001) の 文法化研究によって,次第にその様相が明らかになってきている。トコロ関 係節は主要部内在型関係節と交替可能な文があり,その類似が観察されてき ているが,その一方,トコロ関係節の方が成立しにくいことも知られている。

しかし,それがなぜであるのかという問題についてはほとんど論じられてこ なかった。本稿では,主要部内在型関係節との類似,相違を視野に入れ,ト コロ関係節の成立のようすを文法化という視点から探っていく。

 文法化を含む言語変化について,近年,用法基盤主義の観点から,メトニ ミー的な隣接性にもとづくメカニズムに関心が集っている(Hopper &

Traugott, 2003, Narrog, 2006; Traugott & Dasher, 2002)。それによれば,言語の 変化はメタファー的な写像(たとえば空間表現が時間表現に捉えなおす)に よって進むというよりも,現実に,両義的な文脈での個別事例が積み重ねら れた結果,新たな用法が生まれてくると考えられている。つまり,言語変化 は以前考えられていたよりも漸進的で,文脈に支えられた両義的な個別用例 に依存し,ボトムアップに積み上げられていると考えられるようになってい

(3)

る。菊田(2008)は,始動アスペクトを表す複合動詞である「V かかる」と

「V かける」の成立をとりあげ,その漸進的ボトムアップの文法化が重要で あることを確認する一方,その説明が「V かかる」にしかあてはまらず,こ の2つの始動アスペクトの複合動詞の成立の全体像をとらえるには,先に確 立した「V かかる」からの類推によって「V かける」の文法化がトップダウ ンに進んだと考えるべきであると論じた。

 主要部内在型関係節やトコロ関係節は,共に,統語的には「状況や場面」

をあらわす補文をとりつつ,意味的にはその状況や場面の中の参与者である

「人や物」を指示対象とする構文である。これはメトニミー的な参照点構造 と分析されることも多く(野村, 2001),その成立についても,まさにそのメ トニミー的両義性が生じる文脈が重要な役割を果たしたとされる(Ohori, 2001)。しかし,類似した特性をもつはずの主要部内在型関係節とトコロ関 係節を比較するとき,両者の成立過程の間には多くの違いがあることがわか る。特に,トコロ関係節は文法化が起こるのが遅く,また,現在も十分に進 行するには至っていない。また,「状況や場面」と「人や物」の間のメトニミー 的関係は重要な意味をもつと思われるが,それだけでは説明できない問題が 残る。両義的な文脈が観察されても,必ずしも関係節用法が見られるように なるわけではないからである。そこで,本稿では,トコロ関係節の成立過程 を再検証し,メトニミー的な両義性をもとにした再分析を可能にする間接的 要因として,隣接構文からの類推が大きな影響を果たしていると提案する。

 以下,第2節では,トコロ関係節と関連する構文の特徴について概観する。

そして,第3節では主要部内在型関係節,第4節ではトコロ関係節の成立過 程について,これまで明らかになっていること,また,これまで主張されて いることを確認する。第5節では,その問題点を指摘した上で,トコロ関係 節の成立過程をより詳しく検証し,問題を解決するための主張を提案する。

第6節は結語である。

(4)

2. トコロ関係節と関連構文

 本稿で問題とするトコロ関係節とは (1) のようなものである。

(1) a. 鳥が飛んでいるところを太郎が撃ち落とした。

b. 子供が迷子になって泣いているところを交番に連れて行った。

c. じゃがいもが柔らかくなったところをボウルに取ってつぶします。

 これらの文は,一見,(2) と同様のトコロ補文構造を取っているように思 われる。

(2) a. 鳥が飛んでいるところを太郎が目撃した。

b. 子供が迷子になって泣いているところを優子が見つけた。

c. じゃがいもが柔らかくなったところを確認したら手を挙げてくださ い。

 しかし,(2) の各文の主節の述語はいずれも知覚を意味し,トコロ節は知 覚の対象となる状況を表現しているのに対し,(1) の主節の述語は知覚を表 していない。(1a-c) の述語は「撃ち落とす」「なぐさめる」「取る」であり,

明らかにトコロ節の表現する「状況」を対象としていると解釈することはで きない。ここで述語の対象となっているのは,トコロ節の内部に生じる項,

「鳥」「子供」「じゃがいも」と解釈され,その意味で,このトコロ節は関係 節的な名詞修飾構造ということができる。

 また,トコロ節には,状況ではなく,「場所」そのものを表現するものも ある。

(3) a. 次郎は住むところを探している。

(5)

b. 京子は子供たちが遊んでいるところに行った。

c. ゴルフコンペが開かれているところに雷が落ちた。

 これらの文は,(1) と同様に,主節の述語が知覚ではなく動的な行為や出 来事を表すが,その対象は,トコロ節の内部の項ではなく,トコロ(=場所)

を主要部とする主要部外在型の関係節全体と考えられ,明らかに,内在型の トコロ関係節ではない。

 ところで,(1) で示したようなトコロ関係節は,従来から,(4) に示す主要 部内在型関係節との類似が指摘されてきた。

(4) a. 鳥が飛んでいるのを太郎が撃ち落とした。

b. 子供が迷子になって泣いているのを交番に連れて行った。

c. じゃがいもが柔らかくなったのをボウルに取ってつぶします。

トコロ関係節 (1) と主要部内在型関係節 (4),そのいずれにおいても次の特性 が確認できる。すなわち,述語は他動詞で下位範疇化情報として個体解釈の

(ヲ格)目的語を要求するが,表面的に目的語となっているのは,出来事(ま たはstate of affair)解釈の補文であり,しかも,その不整合にもかかわらず,(典 型的に)その補文の中の項を主節述語の目的語として解釈することが許され る。つまりこれらの節は,形の上では明らかに状況全体を表すのに,意味は その中の任意の項を指示するという形と意味の不整合(mismatch)が特徴で ある。

 このような不整合は,意味解釈が必ずしも統語構造によって保証されない ということを意味する。その結果,主要部外在型関係節(=通常の名詞修飾 構造)に対し,主要部内在型関係節やトコロ関係節は,同じような形でも容 認されない文が多いこと,また,文の容認度について話者によるばらつきが 大きいことがよく知られている。1 しかし,判断に個人差はあるものの,主

(6)

要部内在型関係節は日本語では一定の受容度があると思われ,(4) に挙げた ような主節の目的語として機能するものに加え,(5) のように主語となるも のもある。

(5) a. 机の上にケーキがあったのがいつの間にかなくなっていた。

b. 子どもたちが眠っていたのが起き出してきた。

c. 子ネコが遊んでいたのがえさを見つけて近づいてきた。

 一方,興味深いことに,(6) に示すように,主節の主語をトコロ関係節に すると容認度は著しく低下する。2

(6) a. *机の上にケーキがあったところがいつの間にかなくなっていた。

b. *子どもたちが眠っていたところが起き出してきた。

c. *子ネコが遊んでいたところがえさを見つけて近づいてきた。

これらの文の文法性判断は,必ずしも明確ではないかもしれないが,トコロ 関係節では目的語用法に比べて主語用法の方が容認度が下がる傾向は確かに 認められ,これまでからもトコロ関係節は主語用法がないことが指摘されて きた(Shimoyama, 1999)。このように,主要部内在型関係節とは異なり,ト コロ関係節には主語と目的語の非対称性が観察される。これはなぜなのだろ うか。両構文の表面的な差異が補文辞の選択(ノかトコロか)のみに帰され ることを考えると,この違いは非常に不可解である。

 現代日本語ではトコロはきわめて多義な形態素であることがよく知られて いる。すべて「場所」という意味の「ところ」に起源をたどれると考えられ るが,中でも,動詞・述語に後接するトコロは本義から離れた意味・用法を 持つものが多く,このような補文辞に加え,(7) に示すようなアスペクト的 意味を生むものがよく知られている。

(7)

(7) a. 恵子は,今,学校に行くところだ。

b. 恵子は,今,学校に行ったところだ。

このように動詞にトコロがつくと,動詞の時制に応じて「これからする」(近 未来)「したばかり」(近過去・完了)というアスペクト的意味が生じる。し かし,そのようなアスペクト的意味が主語と目的語という文法役割の非対称 性に直接関係するとは思われない。

 また,主要部内在型関係節とトコロ関係節には,時間性に関する違いもあ る。次の (8) は確かにほぼ同じ事態を表していると思われるかもしれない。

(8) a. 泥棒が逃げていたのを捕まえた。

b. 泥棒が逃げていたところを捕まえた。

しかし,類似した内容の次の文では,容認度に明確な差が見られる。

(9) a. 囚人が数日前に脱走したのをなんとか今日捕獲した。

b. * 囚人が数日前に脱走したところをなんとか今日捕獲した。

(9b) でトコロ関係節が容認されないのは,トコロ節と主節の事態が同時に起 こっていないからである。主要部内在型関係節の場合には,数日前に起こっ た脱走という出来事を背景とした囚人を主節述語の対象とすることが可能で あるが,トコロ関係節の場合には,そのような時間的なずれが許されない。

同様の対比は (10) でも観察される。

(10) a. ゆうべ作ったカレーが残ったのを今朝食べました。

b. * ゆうべ作ったカレーが残ったところを今朝食べました。

(8)

つまり,トコロ節には,主節との間に同時性制約がかかっていることがわか る。

 このように,トコロ関係節はトコロ補文と表面的に類似している一方,そ の意味構造からは主要部内在型関係節と類似した構文であると考えられる が,両者には多くの違いも見いだされる。これらの特性は,その共時的な体 系の中に理由を見いだすことは困難である。そこで,次節以降,主要部内在 型関係節とトコロ関係節の成立過程,特に文法化の進行を検証し,その答え を探っていく。

3. 主要部内在型関係節の構造とその成立

3. 1. 主要部内在型関係節の構造

Kuroda (1974-77) の研究以降,主要部内在型関係節は多くの関心を集め,様々 な角度からの研究が行われてきた。Cole (1987) や Culy (1990) らが示すよう に,主要部が関係節の外ではなく内部に位置する主要部内在型関係節は Navajo,Lakhota,Quechua などの言語にも観察される。しかし,日本語や韓 国語の主要部内在型関係節には,他の言語のものとは異なることも指摘され ている。たとえば,主要部に特別なマーカーがつかないこと,容認度が文脈 や個人差などの要因が大きく依存することに加え,制限用法に限定されず,

固有名詞が主要部になりうることなどは他言語の主要部内在型関係節との重 要な違いとされる。3

 主要部内在型関係節の研究では,その構造と意味解釈の関係が常に問題に なってきたが,特に,その関係節解釈がどのように補文と思われる統語構造 から保証されるのかということが探求されてきた。具体的には,統語論的な アプローチでは,(11) に見るように,主要部内在型関係節が名詞節(関係節)

であるか,実際には副詞節であり,本当の主節の項(主要部)はゼロ形で主

(9)

節中に含まれるのかという点が議論のポイントとなってきた(cf. 黒田, 1999a)。

(11) a. [NP[鳥が飛んでいる]の]を太郎が撃ち落とした。

b. [AdvP鳥が飛んでいるのを]太郎が e 撃ち落とした。

名詞句であるか副詞句であるか,という問い,また,それに伴って提案され る音形をもたない抽象的範疇は,構成性の原理に基づき,意味と構造の規則 的な対応,特に,述語の下位範疇化情報及び選択制限が項によって過不足な く飽和(saturate)されることを前提としている。黒田(1999a)は主要部内 在型関係節について名詞句分析を採用しているが,黒田(1999b)では,ト コロ関係節について,述語との下位範疇化情報や選択制限が満たされる場合 には名詞句として派生し,満たされない場合には副詞句として派生するとい う考えを提案している。このトコロ関係節の考え方は,まさに従来の統語論 の大原則に沿ったものといえるだろう。

 しかしながら,主要部内在型関係節やトコロ関係節は,そもそも意味と構 造の規則的な対応を逸脱した不整合な文と言える。認知言語学や構文文法的 アプローチでは,統語と意味の不整合を受け入れた上で,その意味解釈は統 語から構成性の原理を超えたメカニズムによって保証されると考える。

Ohara (1996) や大原(2002)は,その特殊な構造と意味の他に談話を進める という機能もあわせた構文とする。野村(2001)は,主要部が補文内に顕在 しない名詞句である場合もあることを示し,主要部内在型関係節は,統語構 造が表す状況を参照点とし,その中で認知的な際だちの高い参与者である個 体を指示する参照点構造をもつ構文であると分析した。Kikuta (2002) は,そ のような不整合性をそのまま反映した統語的な分析を提案したが,本稿でも,

主要部内在型関係節を意味と統語の不整合を含む構文と考える。

(10)

3. 2. 主要部内在型関係節の成立

 主要部内在型関係節の存在を指摘し,それに関する精緻な通時的研究を示 した国語学での先駆的研究は石垣(1955)であるが,そこでは,接続助詞ガ は,主語として機能する主要部内在型関係節をマークする主格助詞ガから発 展していったと論じられている。近藤(2000)は,従来多義であるとされて いたヲについても,ガと同様に,中古以降に発展する接続助詞ヲは,目的語 として機能する主要部内在型関係節をマークする対格助詞ヲから発展して いったと論証している。つまり,通時的にとらえると,主要部内在型関係節 は名詞補文から生まれたもので,副詞へと変化する途上に展開する,統語と 意味の不整合を内包した構文であるといえる。

 主要部内在型関係節の成立過程は完全に明らかになっているとはいえない が,一般に日本語の主要部内在型関係節が広く用いられるようになるのは中 古以降とされる(石垣, 1955; Kuroda, 1974-77)。4 日本語に見られるような 形式と意味の間の不整合をもつ主要部内在型関係節は,世界の言語の中にも それほど広く見られるものではない。しかしながら,状況を表現する補文形 式が実際にはその中の参与者を指示対象とすると解釈されたり,その逆に,

ある参与者を主要部とする関係節が,実際には,その状況全体を表している と解釈されるというようなこと自体は,珍しいことではない。特に,述語が 直接知覚を表現する場合にはそのような両義性は広く観察される。英語でも,

John saw the girl swimming in the river という文は,ジョンが見た対象は「泳 いでいる少女」とも解釈できるし,「少女が泳いでいる状況」と解釈するこ ともできる。

 このように直接知覚の対象となる文脈おいて,状況を表す名詞節補文と,

状況を背景として,その中の参与者を表す関係代名詞とは解釈が曖昧になる という現象は,Felser (1999) が示すロマンス諸語などの研究でも観察されて いる。Wrona (2008) はそのような研究を踏まえ,日本語の上代の連体形述語 の用法の変化を分析している。それによれば,上代では,名詞節は名詞化辞

(11)

-aku(ク語法)によって表現されており,連体形述語は名詞修飾(関係節)

が本来の用法であった。連体形述語によって名詞節をつくる準体用法は,ク 語法の衰退に取って代わって発展したというのが Wrona の主張である。そ してそのような用法の拡大は,名詞を指示する関係節と状況を表す補文との 両義性を橋渡し文脈(bridging context)として,関係節用法から名詞節用法 に広がったとされる。

 こうして生まれた連体形述語の名詞補文は,上代ではまだその数は少ない ものの,いくつかの例が確認されている。ただし,そのほとんどは,知覚動 詞の対象(目的語)に限られ(近藤, 2000; Wrona, 2008),特に,以下に示 すような直接知覚対象を表すものが多い。万葉集内で,主節の動詞が「見る」

のものは14例,「聞く」のものは1例ある。

(12) a. 野守は見ずや [君が袖振る] (万葉集 1.20)

b. [諸人の遊ぶ]を見れば (万葉集  5.843)

c. [この吾がけるいもが衣の垢づく]見れば (万葉集 15.3667)

e. [山川のさやけき]見つつ (万葉集 20.4468)

f. [ほととぎす今朝のあさけに鳴きつる]は 君聞きけむか

(万葉集 10.1949)

関係節用法が名詞節補文の用法を派生したのとは逆方向であるが,同様の両 義性をもつこのような名詞節は,状況や情景全体を直接知覚の対象としつつ,

いずれも関係節とも解釈できる。すなわち,(12b) で「諸人が遊ぶ様子」を 見ることと,「遊んでいる諸人」を見ることはほぼ等価であるといえるし,

(12f) で「ほととぎすが鳴く」のを聞くことは,「鳴くほととぎす」を聞く事 と等価と考えられる。前者が真である時,後者が偽であることはありえない。

つまり,中古に進む,主要部内在型関係節の成立は,上代に進んだ連体形述 語の名詞節用法への拡大と,いわば鏡像関係にある。「見る」や「聞く」な

(12)

どのような直接知覚の対象という文脈で,出来事や状況を表す名詞節とその 中の参与者(個体)のみを指示対象とする関係節とは近似した意味をもち,

両義的な解釈が可能になる。それが,用法の拡張へとつながる橋渡し文脈と して機能していると考えられる。

 中古になると,連体形述語による名詞節は知覚動詞以外と共起するように なる。以下の例は,直接知覚対象と考えられるものの,述語は「見る」のよ うな知覚動詞以外にも広がっていることがわかる。

(13) a. [鶯のなかぬ]をよませたまひける (大和物語)

b. [[人の入りたりける]を絵にかけりける]を見て (古今和歌集)

ただし,これはまだ両義的解釈の可能なもので,明らかに,「鶯の泣かない 様子」を詩に詠むことは,そのような鶯の詩を詠むことといえるし,「人の 入る様子」を絵に描くというのは,「入ってくる人」を描いているといえる。

 一方,このような両義性をもたない明らかな主要部内在型関係節の例は次 のようなものである。

(14) a. [鉢のひた黒に墨つきたる]を取りて (竹取物語)

b. [小君,近う臥したる]を,起し給へば, (源氏物語 空蝉)

c. かくて,[扇,おとしたまへりける]をとりてみれば (大和物語)

これらの例では,もはや両義的解釈は成立しない。ここでは,それぞれ,主 節述語は具体的な人や物を目的語として要求する「取る」や「起こす」であ る。しかし,ヲ格の付く連体形述語の節は,それ自体は状況を表す名詞節で あり,「取る」や「起こす」の対象は,その状況を背景として描かれる「墨 を塗った鉢」「臥している小君」「落とした扇」と解釈される。

 さらに中古には,内在型関係節が対格のものだけでなく,主格となるもの

(13)

や属格となるものが見られるほか,何重にも埋め込み構造を持った複雑なも のも観察されている。(15) に挙げるのは,いずれも内在型関係節が主語となっ ており,さらに埋め込み構造を持つ複雑な例である。

(15) a. [同じ中納言,[かの殿の寢殿の前にすこし遠くたてりける櫻]を,

ちかくほり植へたまひける]が,かれざまにみえければ,やどちか く移してうへしかひもなくまちどほにのみ見ゆる花かなとよみたり

ける。 (大和物語)

b. [[その家なりける下人の,病しける]が,にはかに出であへで,亡 くなりにける]を,おぢはゞかりて,日を暮らしてなむ,とり出で

侍りけるを (源氏物語 夕顔)

 上述のように,日本語の中古期に見られた主要部内在型関係節の存在を「形 状性準体」という名で指摘し,その意味・構造上の制約を初めて提案したの は石垣(1955)であるが,その際の主眼は「格助詞ガから接続助詞ガへの展 開」であった。すなわち,石垣(1955)が主に分析したのは,主格ガを受け る(=主節主語としての)主要部内在型関係節である。それは,裏を返せば,

中古期にはすでに主語用法の主要部内在型関係節が少なからず存在していた 事を示唆する。

 主要部内在型関係節が直接知覚という両義的解釈の可能な文脈を橋渡しと して成立したと考えるならば,主要部内在型関係節は,目的語用法がまず成 立するものと予測される。一方,もしも中古期にすでに多くの主語用法が観 察されるとすると,その予測を支持する証拠はないということになる可能性 がある。では,直接知覚対象という文脈から拡張・成立したという仮定も支 持されないということになるのだろうか。

 この点について,近藤(2000)は,石垣(1955)が提案する主要部内在型 関係節(形状性準体)の動詞アスペクトに関する制約を手がかりに,上代や

(14)

中古では,主語用法の主要部内在型関係節は例外的なもので,目的語用法の 方が一般的であったことを論証している。石垣の観察によれば,平安時代の 主要部内在型関係節を含む文では,主節の述語は動的なアスペクトをとる一 方,関係節の述語は状態性アスペクトをとるものに限られる。助詞ガの変遷 を辿った石垣が主に対象としたのは主語用法の主要部内在型関係節であるこ とから,近藤は,同じ制約が目的語用法のものにも見られるかどうかを検証 している。それによれば,上代と中古初期とでは,それぞれに違う規則が支 配しているものの,特殊な構文の制限が見られるのは主要部内在型関係節が 主語になる場合だけである。特に,石垣の制約である状態性アスペクトの述 語が必要となるのは主語用法の場合に限られ,目的語用法の場合には,その ような制約は観察されない。このことから,近藤は,主要部内在型関係節が 主語になるというのは,このような特殊なアスペクト制約を要求するという 点からも,この関係節構造の体系の中では「極めて異質な存在」であったこ とを示し,裏返せば,主要部内在型関係節は,普通は目的語用法のものであっ たと推定されるとしている(近藤, 2000)。

 このように,主要部内在型関係節は,関係節と名詞補文の両義的解釈が可 能な直接知覚現象という文脈を橋渡しとして成立していったと推定され,そ れ故,それは目的語用法から始まり,主語用法に広がったと考えられる。主 要部内在型関係節に目的語と主語の非対称性が強く観察されないのは,それ だけ文法化が十分に進行したことを示していると考えることができる。

4. トコロ関係節

4. 1. トコロ関係節の成立:先行研究から

 前節のように主要部内在型関係節が成立したとすれば,トコロ関係節はど のように成立したのであろうか。上代ではトコロという語彙は「場所」とい う意味で使われているものの,補文辞としての用法はまだほとんど観察され

(15)

ない。ただ,次のように,「場所」を主要部とするような(主要部外在型)

関係節のトコロ節はみられる。

(16) 河州にも雪は降れれし宮の内に 千鳥鳴くらし居むところ無み

(万葉集 19. 4288)

 中古になると,(17) のような直接知覚対象のトコロ補文が見られるように なる。

(17) a. こゝらの年ごろ,「夢にても,おはしまさむところを見ん」と,大

願をたつれど, (源氏物語 玉蔓)

b. いかならむ世にまゐりこんと思はぬ時なかりしかど,身づからなら ではおはせし所見たる人もなくて,え聞えざりしに

(宇津保物語)

これらの例は,(16) と同様に「場所」を外在の主要部とする関係節のように 見えるが,実際には「場所」を見るという意味ではなく,「来る/いる様子・

状況」を見るという意味である。そして,いずれも,その状況にある「人」

を見るという解釈も可能な,両義的な文脈になっているといえよう。

 また,中古では,トコロの外在型関係節ではあるものの,「場所」という 意味が変化し,(18a) のように「時」をあらわすもの,さらには,(18b) のよ うに形式名詞化し「内容・事柄」を主要部として指すような関係節用法も見 られるようになった。

(18) a. 待つ人ある所に,夜少しふけて忍びやかに門たたけば (枕草子)

b. おぼされん所をも 憚らずうちいで侍りぬる (源氏物語 若紫)

(16)

 このように,中古になると,トコロは文法化が始まり,「場所」という明 確な語彙的意味が変容し始めていくことが確認できる。特に,(17) の例のよ うに,主要部内在型関係節に類似した両義的解釈が可能な用例も生まれるよ うになったことからは,遠からずトコロ関係節も見られるようになると期待 されるかもしれない。しかしながら,トコロ関係節と解釈できる例は中古に は観察されないのである。

 Ohori (2001) によれば,トコロ関係節が成立するのは (19) の例のように中 世半ば,室町時代以降であるという。5

(19) a. 酒を強いて 酔ひ伏したるところを 一間どころへ忍び入り 討た

せたまへ (猿源氏草紙)

b. 大事の手をあまた負うたによって,自害をしょうとするところを 

生け捕りにせられた (天草平家物語)

これらトコロ関係節はどのように成立したのだろうか。Ohori は,トコロ関 係節は知覚動詞の対象としてのトコロ補文ではなく,場面や状況を示すトコ ロニ副詞節から生まれたと論じている。すでに (3) で確認したように,この 用法は,現代日本語にも見られ,「場所」を表す基本的な用法の1つである。

一方,英語でも Come to my place と Come to me がメトニミー的につながるよ うに,「場所」への行為は「人(物)」への行為と捉える両義的解釈の可能性 を持つ。つまり,トコロ節の場合には,直接知覚対象という文脈に加えこの ような文脈でも両義的解釈が可能なのである。Ohori は,目的語用法になる トコロ関係節への展開の重要な転換点が,方向を表す助詞であり与格の格助 詞でもあるニと共起した「トコロニ」の用法であると主張する。Ohori によ れば,主格や対格で典型的に示される動作主や対象は個別化される必要が高 いが,与格などの斜格で示される付加詞はそうではなく,そのため,明らか に個体を指さないトコロ節が入り込むことができたと推測している。

(17)

 事実,場所を表すという本義に近い用法であることからも,トコロニの用 例は多い。たとえば中世前期の『平家物語』(12〜13世紀鎌倉時代)などに は次のような例も見られる。

(20) 立て籠もってさぶらふところに... かげちか 1千余騎を引率し

て押し寄せて散々にせめさふらへば

Ohori (2001) は,この例について,同じ平家物語の別の版では「トコロニ」が,

「トコロヲ」と書かれている事を指摘し,6 ニとヲが交換可能な場合がある こと,そしてその交換可能性により,トコロニで生まれたトコロ関係節が一 般的な目的語用法へと拡大したと述べている。

4. 2. Ohori (2001) 説の問題

 Ohori (2001) が描くトコロ関係節の成立は,用法基盤主義に立ち,両義的 解釈の可能性を橋渡し文脈として漸進的に進行していった様子を捉えてお り,説得力の高いものである。しかし,それでも説明できないいくつかの疑 問が残る。まず第1に,なぜトコロ関係節の成立は中世だったのだろうか。

「場」と「個体」の両義的解釈の可能な文脈を橋渡しとしてトコロ関係節が 成立したという前提に立つならば,上で確認したように,そのような両義的 文脈は中古にもあったし,また,そのころすでにトコロは文法化を始め,形 式名詞の用法を獲得している。それにもかかわらず,なぜ,中世までトコロ 関係節は生まれなかったのだろうか。また,2つめの疑問として,中古で成 立しなかったトコロ関係節が,なぜ,中世に生まれることができたのだろう か。英語の例を見るまでもなく,「場所」への到達がそこにいる「人」への 到達とも解釈できるという両義性は一般的なことであるから,そのような両 義的な文は中古の時代にもすでに観察されている。たとえば (21) のトコロ ニの用例は,『滎花物語』(1024-28)と『夜の寝覚』(11C後半)からの例で

(18)

ある。

(21) a. この大姫君は,かくいと物騷しき紛れにともかくもおはせざりし折

に,この南のかもゐの上の在する所に渡り給にけり (滎花物語)

b. その夢 御覧じけむ所に,いみじくしのびてたちよらせ給へ

(夜の寝覚)

これらの用例の存在にもかかわらずトコロ関係節が見られないことは,この ようなメトニミー的な両義性が直ちに文法化を引き起こすわけではないこと を示している。直接知覚の場合も場所への到達の場合も,両義的な文脈は中 古にすでに見られているにもかかわらず,中古では両義的文脈にとどまりそ こからトコロ関係節が成立することはなかった。では,中世では両義性から トコロ関係節が成立していったとするならば,その違いは何に起因するのだ ろうか。

 次節では,そのような疑問に対する答えを求め,トコロ関係節の成立を改 めて検証する。そして,トコロ関係節の成立には,トコロニ節が重要な役割 を果たしたが,Ohori (2001) で描かれた「場所・場面」とその参与者である「個 体」の間のメトニミーによる両義性のみによって成立するのではなく,トコ ロニ節がすでに出来事をただ順接的に並べる用法を発展させていたことと,

隣接構文からの類推という間接的な要因が重要な役割を果たしたことを主張 する。

5. トコロ関係節の成立過程の提案

5. 1. 中世までのトコロ節

 主要部内在型関係節やOhori (2001) の描くトコロ関係節の成立過程を受け 入れるならば,両者とも,「状況・場所」に対する叙述とその中の参与者に

(19)

対する叙述とのメトニミー的両義性が可能である文脈を橋渡しとして,その 文法化は進んだと仮定される。しかし,前節で述べたように,中古には主要 部内在型関係節とトコロ関係節のいずれにも両義的文脈が見いだされるの に,トコロ関係節の方は容易に成立しなかった。

 この理由は,トコロ関係節の「トコロ」という語彙項目の存在に帰すこと ができるだろう。現代日本語の主要部内在型関係節とは異なり,中古のそれ は補文辞を含まず,述語連体形による準体節がそのまま名詞句となっている。

それに対し,トコロ節は「場所」を表す「ところ」を含んでいる。そのため,

トコロ補文とはいっても,初期の段階では,「トコロ」は必ずしも補文辞と はいえず,語彙的な意味をもつ名詞であった。つまり,トコロ節は文字通り

「場所」という意味の主要部を持つ主要部外在型関係節であったと考えるこ とができる。このように,補文辞の脱意味化・脱範疇化という問題が生じな い主要部内在型関係節とは異なり,トコロ節の場合には,時間をかけてトコ ロという語彙の文法化が進む必要があったのである。

 中古期には補文としての用法が見えるようになり,必ずしも「場所」に限 定されない意味のトコロ文が使われるようになるが,それでも,「場所」と いう意味からの距離はわずかである。たとえば,(18a) の「時」を表す例も,

まだ「場所」の意味を残している。トコロを含む文は中古では相当数見いだ されるが,「場所」の意味を越えていると判断できるものはごくわずかしか ない。つまり,中古で観察されるようになった,トコロ節の「状況・場所」

と「人・物」の両義的解釈が可能な文は,まだ,あくまでも「状況・場所」

の解釈の支えがあってこそ許されるもので,それを越えて拡張するには,「ト コロ」の脱意味化や脱範疇化などを含む文法化がまだ十分に進んでいなかっ たと考えられる。

5. 2. 中世前期のトコロ節とトコロ関係節

 では中古以降,トコロ節はどのように変化するのだろうか。Ohori (2001) が

(20)

挙げるトコロ関係節の確定的な例は中世後期(室町期14〜16C)のトコロ 節が対格を受けているものであるが,もしもトコロ関係節の完成を中世後期 と考えるならば,成立に向かう重要な過渡期は中世前期(鎌倉期12〜13C)

ということになる。Ohoriも,『平家物語』(13C半ば〜14C)に (22) のような

「場面」から「人・もの」をメトニミー的に指す例があることや,トコロニ節 とトコロヲ節の交換可能性が見られたことを重要な鍵として言及している。

この時期にトコロやトコロ節にはどのような変化が起こっているのだろう か。

 確かに,いずれも現存する写本の成立時期の特定が難しいとはされるもの の,この時期に成立したと考えられる『保元物語』,『平治物語』,『平家物語』

を見る限り,明らかに中古までのトコロ節の様相とは異なり,鎌倉期に入っ てトコロの脱範疇化を含む文法化が進んでいる様子が伺える。中でも気づく のは,Ohori (2001) が注目するように,鎌倉期のテキストには非常に多くの トコロニ節が観察されることである。

(22) a. 「. . . 敵に向ひて歸洛せんずるに,鎧の一領もなくては如何せんずる。」

とのたまひけるところに,筑後守家貞,長櫃を五十合おもげにかゝ

せて出來る。 (保元物語)

b. 上総の太郎判官が射ける矢に,兼綱 うちかぶとを射させてひるむ ところに,上総守が童,次郎丸といふしたたかもの,おしならべひっ

くんで,どうど落つ。 (平家物語)

 しかし,これらのトコロニ節は,「その場所に」と表現できるような空間 的な状況節ばかりではない。むしろ鎌倉期に増えるのは,(23) に挙げるよう な,かならずしも空間の意味をもたず,おそらくは「時間」の用法から発展 した,単に出来事の継起性を示し,前節の叙述を後節の叙述につなげる順接 的な接続助詞用法のトコロニのようである。

(21)

(23) a. 「北の門などへ向せ給ふべくや候らむ。」と口々にいひければ,とつ てかへさむとするところに,嫡子 中務少輔 重盛,「口惜しき事 をも仰せさうらふものかな。合戦の庭には出て,敵の強ければとて しりぞかんにおゐては,軍の勝負あるべきやは。重盛にをひては,

八郎が矢さきに一つあたらんと思いきりたり。こゝにて尸をさらす べし。」とてすゝみけり。 (保元物語)

b. 重盛 ちかづけてかなはじとや思はれけん,弓の筈にて 鎌田が甲の 鉢をちやうどつかれて,少しひるむところに,かぶと引よせ 打着 て,緒をむずと結ひ,鞭のさきにて麈うちはらひ,逆木の上にぞたゝ

れける。 (平治物語)

c. 一の矢を射させて試みんとて,暫くためらひける所に,案のごと く 維行 引きまうけたる事なれば,内甲をこゝろざしてひやうど

射る。 (保元物語)

(23) の例では,前節であるトコロニ節は時間/空間的な背景を提示し,後節 である主節が前景となる出来事を叙述し,語りをすすめていくという型が見 られる。その際,トコロ節は主節の出来事が起こる「場所」を示すことが重 要なのではなく,むしろ,出来事を起こる順に述べ,語りを進めていく役割 を担っていると考えられる。これらの例では,「トコロ」を省略しても,意味 に大きな違いは生じない。

 実は,このような順接的なトコロニ節は平安末期に生まれたとされ,次の ような例にも確認できる。

(24) 此はいかに。碁を打つを役にて年月を送り給ふと聞く所に,良く所

行を見奉れば,証果の人にこそ坐める (今昔物語)

(22)

鎌倉期になって,このような順接的な用法は爆発的に増えている。そして,

(25) のような順接的用法の典型的な例もみられるようになる。

(25) 斉藤別當 一騎の武者にかけあはせ,「御邊はたれか。」ととへば,「安

藝國の住人 東条五郎。」となのるところに,頚のほねいおとし,

頚をとつて馬にうちのり,「是はいかに,後藤殿。」といへば,眞 基 今一騎の武者にかけむかひ,「わきみはたれ。」ととへば,「讃 岐國住人 大木戸の八郎。」となのる。 (平治物語)

(25) では,トコロ節が背景となる場を示し,それに続く主節の叙述を前景化 するというような形はみられず,トコロ節の後にもただ順接的な節がいくつ もつなげられ,語りを進めている。

 鎌倉期には同様の順接的用法がトコロヲにも見られる。

(26) 「. . . 生年十九歳 いくさは是こそ初なれ,聞ぬる鎭西八郎かけいで

よや,見參せん。」とたからかに名乘るところを,安藝守 大にさ はぎて,. . .といひければ, (保元物語)

この例では,トコロヲ節に続く節の述語は自動詞で目的語をとらないことか らも,このトコロヲ節は副詞節としか解釈できない。しかしその一方,この トコロヲ節は「場所」を示しているわけではなく,順接的に出来事を延べてい るにすぎない。

 このような,時間・場所などの意味機能が明確でない順接的な副詞節の用 法の拡大はどのような影響をもたらすだろうか。日本語のように項の省略が 頻繁に行われる言語では,他動詞を用いていても,特に文脈から推定できる 場合,目的語が明示されないことが多い。たとえば『平家物語』に観察され る次のトコロヲ節を見てみよう。

(23)

(27) 井の早太 つっとより,落つるところを 取っておさへて,つづけ さまに九刀ぞ 刺いたりける。  (平家物語)

(27) では,トコロヲ節が副詞節となり,「取っておさへて」の目的語は省略 されていると考えられる。しかし一方,意味の上では,「取っておさへて」

の対象は,トコロヲ節の述語「落つる」の省略された主体と解釈できる。

Ohori (2001) が主張するように,「落ちる」という場面を示すトコロヲ節がそ の中の参与者をメトニミー的に指示することができるとすれば,トコロ関係 節という解釈が生まれてくる。すなわち,(27) についてはおおまかに以下の 2つの構造的な解釈ができる。

(28) a. [AdvP proi 落つるところを] proi 取っておさへて b. [[NP proi 落つるところ]i を] 取っておさへて

(28a) は,トコロヲ節を副詞節とし,「取っておさへて」の目的語を空範疇と しているが,(30b) では,トコロ節はその中の項を内在型主要部とする関係 節構造と考えている。トコロニ/ヲの副詞節が増え,(28a) のような目的語 の省略構造も多く用いられるようになると,(28b) のような再分析が何度も 起こり,トコロ関係節が成立していったと考えることができる。実は,

Ohori (2001) には取り上げられていないが,同様の構造を持つ用例は,鎌倉期,

すでにいくつか観察できる。

(29) a. 三町礫の紀平次大夫くまんとにや,あひ近による所を,振津神平さゝ

へてひやうど射。 (保元物語)

b. 鎌田をばちかくよびよせて,酒をのみて軍の樣を問はせ給はんほど に,頭殿うたれ給ひぬときゝ,はしりいでんところを,妻戸のかげ

(24)

にて景致まちうけてうちとゞめ候はむ。 (平治物語)

 また,このようなトコロヲ副詞節とトコロ関係節の構造的曖昧性を考える 上で興味深いのは次の例である。

(30) 河原太郎が鎧の胸板後へつとゐぬかれて,弓杖にすがり,すくむと

ころを,弟の次郎 走りよって是をかたにひっかけ (平家物語)

この例では,意味的には明らかに「河原太郎」が「肩に引っかけ」らえる対 象であるので,前半部は「河原太郎」を内在型の主要部にするトコロ関係節 のように見えるかもしれない。しかし,主節内に「是を」という目的語が独 立して存在していることからも,これは副詞節としか解釈できない。このよ うな副詞節としてのトコロヲ節が成立する一方,目的語が明示されない場合 には,それを関係節と再分析するようになっていったと思われる。7

 しかし,そもそも,なぜそのようなメトニミー的再分析は可能になったの だろうか。再分析がおこるには,両義性のある文脈で新しい意味用法が十分 に確立し,両義的ではない文脈にまでそれが広がる必要がある。一般に,両 義的解釈の可能な文脈があったとしても,ただちに「場面」を示す節を参与 者である個体を指示するものと再分析し,その新しい用法が広がるというわ けではない。たとえば主要部内在型関係節では類似した構造をもつ韓国語で も,トコロ関係節に対応する構造は見られない(Horie & Sassa, 2000)。また4.2 節でも述べたように,Ohori (2001) が示唆する Come to my place を Come to me のように言い換えられるのと同じような意味でのメトニミー的両義性は 中古から見られたが,その頃,そのような両義性から再分析は生じなかった。

それがなぜ,鎌倉期には可能になるのだろうか。鎌倉期になってトコロの語 義が拡大すると共に,厳密に「場所」を示さない用法が広がったことは重要で

(25)

あろうが,それであればなお,希薄化した「場所」や「場面」と「人・物」

のメトニミー関係に根ざした再分析が促進されることには疑問が残る。

 そこで,ここで,注目したいのは,トコロ節に見られる副詞節と関係節の 構造的曖昧性が,すでに確立していた主要部内在型関係節にも同様に見いだ せるということである。主要部内在型関係節は,連体形述語の準体に,ガ,ヲ,

ニといった格助詞がついて主語や目的語といった項としての機能を果たす。

しかし,これらの格助詞は,すべて接続助詞用法を持ち,(31) の例のように 副詞節をつくることができる。

(31) a. おのづからかろき方にも見えしを,この御子生まれ給ひて後はいと

心ことにおもほしおきてたれば (源氏物語 桐壺)

b. 常なき世は,大方にも思う給へ知りにしを,目に近く見侍りつるに  いとはしき事多く (源氏物語 葵の上)

 格助詞ガ,ヲ,ニが接続助詞用法を展開させた時期や過程については諸説 あるが,少なくとも,中古期のいずれかの段階で,どの助詞も接続助詞用法 を持っていたと考えられている。その結果,「連体形述語節+助詞」は主要 部内在型関係節としても副詞節としても用いられ,(32) のように,文脈によっ ては両義的解釈が可能であったと思われる。8

(32) [[五月の菖蒲の秋冬過ぐるまである]が いみじう白み枯れて,あや

しき]を,引き折りあけたるに  (枕草子)

(32)は複雑な埋め込み構造であるが,「引き折りあけたる」の対象は「五月 の菖蒲」であるので,目的語用法の主要部内在型関係節と解釈できる。しか し一方,「五月. . . あやしきを」までを副詞節と考え,目的語は「五月の菖蒲」

と同一指示の空範疇であると考えることも不可能ではない。

(26)

 本節で見てきたように,鎌倉期に入り,トコロニやトコロヲが接続助詞的 な機能を持つようになると,次の (33) のように,主要部内在型関係節とト コロ節が並んで用いられるような例も観察される。

(33) 下野守,二條河原にひかへたりける所に,維行が馬,陣の中へ走入

て跋廻けるを,鎌田次郎とらせて,義朝のまへに引て來て,「御覽

候へ. . . 」 (保元物語)

この例では,トコロニ節の部分は副詞節であるが,そこに続く準体節は,副 詞節とも主要部内在型関係節とも解釈できる。このように,トコロニやトコ ロヲ節が主要部内在型関係節と並んで用いられると,その構造や機能上の類 似は明らかなものとして意識されていくだろう。そして,そのような類似性 をもとに,順接的な副詞句が統語的な条件を満たすと関係節として解釈でき るという準体節の特徴からの類推が間接的な要因として働き,トコロ節につ いても,順接的な副詞節がある一定の統語条件を満たすと関係節と解釈され るようになったのではないだろうか。

 鎌倉期になるまでトコロ節は場所用法から大きく広がってはいなかった。

鎌倉期にトコロ関係節が成立するには,Ohori (2001) が主張するように,ト コロニ/ヲ副詞節の存在が重要な鍵を握っていると考えられるが,それは,

単に場面を表すトコロニ/ヲ副詞節が高頻度で用いられたからではない。む しろ,場所の意味が希薄になり,場所・時間のような意味が必ずしも明確で ない順接的な節連続機能をもつトコロニ/ヲ副詞節が増えたことが重要で あった。それにより,すでに広範囲に用いられていた主要部内在型関係節と 同形の副詞節がもつ構造的曖昧性との機能/構造面での類推が間接的に働い て,トコロニ/ヲ副詞節から関係節へというメトニミー的な再分析が可能に なっていったと考えられるのである。

(27)

5. 3. トコロ関係節の主語・目的語非対称性

 では,第2節で指摘したトコロ関係節の主語・目的語非対称性はどのよう に説明できるのだろうか。主要部内在型関係節の場合は直接知覚対象をもと にしていたことから,目的語用法から文法化が始まったと推定でき,主語用 法はその文法化がかなり進行した後に可能になったと考えられる。同じよう に目的語指向性を持ち,主語用法との非対称性を示すトコロ関係節はどうだ ろうか。トコロ関係節は,背景的な状況を表すトコロニ節(続いてトコロヲ 節)を元に成立したとしたが,そこに主語用法(トコロガ)が入り込む余地 はなかったのだろうか。

 Ohori (2001) は,トコロニ節からトコロ関係節が発達したと考えているが,

その理由は,先にも述べたように,動作主や対象は個別化される必要が高い が,付加詞はそうではないためと述べている。しかしそれは,「主語や目的 語よりも付加詞の方が関係節化しやすい」ということであって,主語と目的 語の間の差異を説明できるものではない。また,連体形述語(準体)による 主要部内在型関係節も,同様にメトニミー的両義性から生まれたと考えられ るが,こちらは付加詞ではなく目的語から成立していることは,Ohoriの主 張の妥当性そのものにも疑念が残ることを示している。

 一方,本稿が主張するように,そのメトニミー解釈を可能にしている要因 が,順接的な節連続の「トコロニ・トコロヲ」用法と準体節の間の類似性に よる類推であるとするならば,主格助詞と同形である接続助詞ガを含んだ「ト コロガ」も同様に働いた可能性も考えられる。特に,トコロニやトコロヲが あまり発展を遂げない一方,トコロガは順接・逆接未分化な接続助詞から接 続詞へと発展し,現代日本語では逆接の接続詞として確立している。つまり,

順接副詞節や類推を元に考えるならば,トコロガをもとにした主語用法のト コロ関係節も早い段階から成立する可能性を予測してしまうという懸念が生 じるかもしれない。

 しかしながら,その後の現代に至るトコロガの発展を鑑みれば意外に思え

(28)

るかもしれないが,鎌倉期の文献である『保元物語』,『平治物語』,『平家物 語』を調べると,トコロニの使用が拡大し,トコロヲも増えてきていること が確かめられる一方,トコロガの用例はまだほとんど観察されない。『日本 国語大辞典』によれば,接続助詞トコロガの成立は中世の後期以降,15世紀 半ばと考えられるが,両義的な用例も鎌倉期ではまだ観察されないようであ る。このことから,本稿が主張する成立過程に基づけば,トコロ関係節は成 立時に主語用法を持たなかったことが正しく予測される。

 ただし,類推というメカニズムを想定する以上,注意すべき点がある。そ れは,主要部内在型関係節は鎌倉期の段階ですでに主語用法も目的語用法も 持っていたわけであるから,もしもそれとの類推でトコロ関係節が成立した とするならば,トコロ関係節も同様に主語用法をもつはずではないのかとい うことである。しかし,構文スキーマとして副詞節と主要部内在型関係節の 両義性が類推がはたらいたとしても,それはあくまでもメトニミー解釈を促 す間接要因であり,トコロ関係節自身が用法を拡大させていくには,トコロ 節自身の内的構造の影響を強く受けると考えられる。そのため,もともとほ とんどみられないトコロガ節を元にした主語用法のトコロ関係節は生まれな いし,その補文辞トコロの存在によって,文法化の進行が妨げられると考え られる。

 このように,トコロ関係節で目的語指向性,主語との非対称性が観察され るのは,そもそもトコロ関係節が主語用法を持たず,目的語用法から始まっ たということ,そして,補文辞のトコロという語彙がその後の文法化の進行 を妨げたからと考えることができる。

6. 結 語

 近年の文法化の研究では,メタファー的類推による意味・機能の拡張より も,個々の事例や使用文脈に依存したメトニミー的再分析の重要性が注目さ

(29)

れるようになってきている (Hopper & Traugott, 2003; Traugott & Dasher, 2002)。

特に,用例基盤モデルの考えに立つメトニミーによる説明は,当該構文がど のような意味と意図で用いられ,どのような推論を生むのかという現実の言 語使用に深く目を向ける。個々の事例が実際に使用される際に生じる両義性 と語用論的推論が慣習化することが文法化の大きな原動力と考えられてい る。

 Ohori (2001) も,場所表現から発展したトコロ関係節の文法化の際,Heine, Claudi, and Hünnemeyer (1991) らがあげるような person > object > space >

time > qualityのような階層にそったメタファー的な意味拡張が「空間」「時間」

の拡張以外は見られないことを指摘し,メトニミー的な両義性による説明の 妥当性を主張している。

 本論では,主要部内在型関係節とトコロ関係節の成立の様子を検討し,両 義的文脈の重要性とともに,それだけでは必ずしも文法化は進まないことを みてきた。トコロ節についは,場所や場面を表す節からその中の参与者を指 示する関係節の用法が生まれてくる可能性は少なくとも2つの両義的文脈に 見ることができる。1つは直接知覚対象としてトコロ節が知覚動詞の補文と なる文脈,もう1つはトコロ節がある出来事の背景的な状況を表す副詞節の 文脈である。

 このうち主要部内在型関係節は,直接知覚対象の文脈をもとに成立し,中 古の早い段階からこの用法が確認できる。しかし,トコロ節の場合には,中 古に直接知覚対象の文脈が観察されるものの,その時点で関係節用法は全く 成立していない。その理由として,補文辞トコロがまだ名詞としての意味機 能を強く持っていたため,「場所」以外の意味用法に展開できなかったから と考えられる。

 2つめの両義的文脈である背景的な場面を表す用法はトコロ関係節につな がるものであると思われる。しかし,両義的な用法は中古で観察されている 一方,トコロ関係節が確認できるのは中世に入ってからである。この両義的

(30)

文脈でトコロ関係節が成立するためには,すでに確立し,順接的副詞節と関 係節の構造的曖昧性をもっていた主要部内在型関係節(準体節+助詞)との 機能・構造両面での類似性に誘引された類推が間接的な要因として必要で あったと主張した。

 以上,文法化を含む言語変化を説明する原理として,メトニミー的な両義 性による再分析の重要性は認めながらも,その再分析を可能にし,促進した のは,隣接構文からの類推という間接的な要因であると提案した。これまで からも,再分析と類推は文法化のもっとも基盤となるメカニズムであると考 えられてきた(Hopper & Traugott, 2003)。しかし,その際の類推は,たとえば,

直接知覚という両義的文脈で可能であった,「状況」から「参与者」への指 示構造の再分析を,知覚動詞以外にも拡張するという意味での言語的類推に すぎない。これまで,構文のネットワークなど,体系としての言語という存 在が言語使用にどのように間接的に影響を与えるのかというような問題はあ まり議論されていない。たしかに,隣接構文との類推による言語変化は無制 限に起こるものではない。主要部内在型関係節との類推の影響を受けて成立 したトコロ関係節も,主要部内在型関係節と「同じ」ものになったわけでは ない。第2節や第5.3節で示したように,両者の間には違いがいくつもあり,

トコロ関係節は主要部内在型関係節よりもさらに強い制約を受けていること がわかる。つまり,類推は簡単に起こるものではなく,また,起こる程度に も制限がある。その意味で,十分にそのメカニズムや制約を検討することな く,類推という要因を安易且つ過大に想定することは危険である。

 しかし,言語が体系である以上,ある言語形式は,他の言語形式と相互に 関係づけられネットワークを形成しながら存在している。類推による言語変 化への影響は限定的であろうし,また,その範囲や制約についてもさらに研 究することが必要であろう。だが,本論で明らかにしたように,メトニミー 的再分析のみで文法化等の言語変化が説明できるわけではなく,それと相補 的なメカニズムとして,構文を越えた類推という可能性を考えるべきではな

(31)

いだろうか。

1 容認度の低さは,認知,意味,語用論上の制約によるものとされ,いろいろな制 約が指摘されてきた。たとえば,関係節内部の出来事が主節の出来事に時間的に 先行する必要があること,その間に自然な出来事しての関連性があることなどで ある(Kuroda, 1974-77; 野村, 1998, 2001)。また Ohara (1996) や大原(2008)は,た とえば,談話を促進する働きがあると観察している。しかし,話者による判断の ばらつきもあり,容認されない文がなぜ容認されないのか,すべての文について 原因が明らかになっているとは言い難い。

2 ここでは,トコロ関係節はトコロガ副詞節とは異なるものと考えている。(5) の 例文は,譲歩・逆接の意味を表すトコロガ副詞節ととらえると容認度が上がるだ ろう。すなわち,

(i) a. * 机の上にケーキを置いておいたところが,(それが)いつの間にかなく

なっていた。

b. *子どもたちが眠っていたところが,(その子たちが)起き出してきた。

c. *子ネコが遊んでいたところが,(それが)えさを見つけて近づいてきた。

のように,別の代名詞主語を立てて解釈したり,また,「ところが」の前に読点を 挿入し,文を区切って考えると,より自然な文となる。しかし,ここでは,その ような逆接読みではなく,トコロ関係節自体が直接,述語の項となっている場合 を考えている。

3 日本語には,主要部内在型関係節に類似したものに,主要部が属格ノでマークさ れるものがあるが,他言語で観察される主要部内在型関係節はむしろこの主要部 が属格マークを受けるものに対応するという意見もある(黒田, 1999a)。属格マー クの関係節は,主要部が属格によって限定されるという点,制限用法に限られ固 有名詞を許さないということからも,その可能性は高いといえるだろう。

4 日本語には上代の頃より,主要部内在型関係節に近い構文があったことが知られ ている。以下は万葉集からの例である(Wrona 2008)。

(i) a. 春の日のうら悲しきに遅れゐて (15.3752)

b. 白波の八重折るが上に海人小舟 (20.4360)

c. 厩なる縄絶つ駒の後るがへ 妹が言ひしを置きて悲しも (20.4429)

これらの下線部は,それぞれ,主部・述部から成る節のようであるが,実際には,「春 の日」「白波」「妹」を指している。しかし,このような例が現代につながる主要

(32)

部内在型関係節と考えてよいのかということに関しては意見が分かれる。

5 実は,(19b) をトコロ関係節の例とするのは誤りの可能性がある。すなわち,「生 け捕りにせられた」は受身なので,その主体となる項はガ格で表されるはずであ るが,「自害をしようとするところを」はヲ格を受けている。ヲ格の残存を許すい わゆる間接受身や所有受身の可能性もあるが,現代日本語の「私は走っていると ころを捕まえられた」も,「捕まえられた」の項は「私」であって,トコロヲ節は 状況をあらわしていると分析できる。

6 すなわち,「立て籠もってさぶらふところを... かげちか 千余騎を引率し て押し寄せて散々にせめさふらへば. . .」という文である。

7 実のところ,副詞節とも関係節とも解釈できる主要部内在型関係節やトコロ節は,

現代日本語でも多く見られ,それがこの構文の構造を規定する上で議論の的になっ ているわけであるが,重要なことは,鎌倉期にも,トコロ関係節とトコロ副詞節 の境界はそれほど明白ではなかったといえる。

8 ガについては,石垣(1955)が詳しく論証し,主要部内在型関係節から副詞節用 法が生まれ,格助詞ガから接続助詞ガが成立した過程が明らかにされている。ヲ とニについては,もともと格助詞と間投助詞の用法があったことから,そのいず れが接続助詞の成立に寄与したか,また,それがいつかということが議論されて きた。本稿3.2節で述べたように,近藤(2000)は,上代から見られたヲの間投助 詞用法と中古に生まれた接続助詞用法の違いを指摘し,ヲもガと同様の過程を経 て格助詞から接続助詞化したと主張しているが,間投助詞用法からの継続性を指 摘する研究もある。いずれにせよ,中古の間には,いずれの助詞についても接続 助詞用法が見られるようになっていた。

参考文献

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参照

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