パレスチナ人民の自決権と「分離壁」事件
著者 家 正治
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 2
ページ 43‑75
発行年 2006‑06‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000010946
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四三同志社法学 五八巻二号
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件
家 正 治
目 次はじめにⅠ.パレスチナ人民の自決権 一︑委任統治制度と主権論 二︑分割決議と自決権 三︑安全保障理事会決議二四二と総会決議三二三六 四︑パレスチナ国家独立宣言とその承認 五︑オスロ合意の﹁終焉﹂とロード・マップⅡ.国際司法裁判所勧告的意見﹁分離壁﹂事件 一︑勧告的意見要請の背景
︵四八三︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四四同志社法学 五八巻二号
二︑勧告的意見と自決権おわりに
はじめに
二〇〇一年九月十一日
︑
米国で同時多発テロ事件が発生したことを始めとして︑
二十一世紀に入っても国際社会は激動を続けている︒
前世紀から今世紀にかけて︑
二十世紀は如何なる世紀であったのかに関する種々のアンケート調査が 行なわれている ︵第一次世界
︶︑
の飛行機発明︵
一九〇三年︑
八位アインシュタインのイト特殊相対性理論︵
一九〇五年︑
十一位︶︑
兄弟 ラ︒
したその中のAP通信が選定二十世紀︒
の二十大ニュースを取り上げると以下のようになっている 1︶大戦開戦
︵
一九一四年︑
七位︶︑
ロシア革命︵
一九一七年︑
二位︶︑
ペニシリンの発見︵
一九二八年︑
九位︶︑
ウォール街の株暴落︵
一九二九年︑
十四位︶︑
第二次世界大戦勃発︵
一九三九年︑
三位︶︑
日本の真珠湾攻撃︵
一九四一年︑
十八位
︶︑
ナチス・
ドイツの敗北︵
一九四五年︑
六位︶︑
国際連合の設立︵
一九四五年︑
十六位︶︑
広島︑
長崎への原爆投下︵
一九四五年︑
一位︶︑
コンピュータの発明︵
一九四六年︑
十位︶︑
イスラエル建国︵
一九四八年︑
二十位︶︑
中国共産党の中国支配
︵
一九四九年︑
十九位︶︑
ソ連の人工衛星打ち上げ︵
一九五七年︑
十七位︶︑
ケネディ米大統領暗殺︵
一九六三年︑
十二位︶︑
米国宇宙飛行士の月面歩行︵
一九六九年︑
四位︶︑
エイズウィルス出現︵
一九八一年︑
十三位︶︑
ベルリンの壁崩壊
︵
一九八九年︑
五位︶︑
ソ連崩壊︵
一九九一年︑
十五位︶︒
AP通信的な視点やバイアスは措くとして
︑
一般に指摘されるように二十世紀は﹁
戦争の世紀﹂
でありまた科学技術が非常に発展した世紀であった
︒
もっとも︑
科学技術の発展には核兵器の登場に示されるように功罪両側面を有してい ︵四八四︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四五同志社法学 五八巻二号 るが
︑
二十世紀が戦争と暴力に塗られた時代であったことと並んで科学技術の発展は二十世紀の大きな特徴をなすものである︒
しかし︑
他のアンケート調査についても指摘されることであるが︑
以上の二十大ニュースには大きな欠落があり
︑
二十世紀の実像を正しく反映していないように思われる︒
第二次世界大戦を契機として燎原の火のように燃え立った民族解放運動は一九六〇年にはピークに達し︑
その年に十七のアフリカ諸国が一挙に独立を達成したことから一九六〇年は
﹁
アフリカの年﹂
とも呼ばれている︒
このような戦後の民族解放運動の高揚は︑
植民地支配体制を崩壊させ︑
多くの新興独立国家の誕生をもたらした︒
この非植民地化は二十世紀における国際社会における最も大きな特徴の一つに位置づけられるであろう
︒
以上の戦後の民族解放運動の発展の中で
︑
集団としての権利である自決権は実定国際法上の権利として承認されることとなる
︒
しかし︑﹁
中東問題の中核﹂
として位置づけられているパレスチナ問題は二十世紀では解決を見ず二十一世紀に持ち込まれることとなった︒
現代国際法の特徴は︑
戦争の違法化および国際人権保障とともに自決権の承認が指摘されるが
︑
本小稿はパレスチナ人民の自決権はどのように把握され位置づけられるのか︑
とりわけ二〇〇四年七月九日の国際司法裁判所による勧告的意見﹁
分離壁﹂
事件を視野に入れて考察することを目的としている︒
Ⅰ.パレスチナ人民の自決権
国際憲章は
︑
第一条二項で︑﹁
人民の同権及び自決の原則の尊重﹂
を定め︑
また第五十五条においても同じ文言を掲げている
︒
これらの規定をもって︑
自決権が実定国際法上の権利として承認されたのかどうかについて議論のあるところである︒
そこで言及されているのは﹁
尊重﹂
であるにすぎない︒
また︑
決定的なことは︑
憲章は第十一章で﹁
非自治地域に関する宣言
﹂
を行なって施政国による非自治地域の施政を認めるとともに非自治地域制度の目的については﹁
自︵四八五︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四六同志社法学 五八巻二号
治
﹂
についてしか規定していない︒
さらに︑
憲章が自決権を法的権利として承認しているものとすれば︑
憲章は自決の達成のための履行確保手続についても規定していたであろう
︒
したがって︑
憲章の自決に関する規定は︑
その後の自決権の確立にとっての手がかりになったものの︑
憲章の規定自体は政治的︑
道徳的な原則を掲げたものと解釈されざるを得ない
︒
自決権の法的権利性の承認は︑
一九六〇年に国連総会が植民地独立付与宣言を採択したその後の植民地問題に対する展開・
発展まで待たなければならなかった︒
一︑委任統治制度と主権論
第一次世界大戦のヨーロッパの戦勝国にとって一つの大きな問題は
︑
オスマン・
トルコ帝国の支配下にあった地域のその後の政治的地位の問題であった︒
一九一八年一月の平和条約の枠組となったウィルソン米大統領の年頭教書の中の﹁
十四ヵ条︵ Fourteen Points ︶﹂
は︑
パレスチナに係わるプログラムとして︑
その第十二項において︑﹁
現在のオスマン・
トルコ帝国のうちのトルコ人居住地域は︑
確実な主権が保障されるべきである︒
しかし︑
現在トルコの支配下にある他 の諸民族には︑
生命の確実な安全と︑
自治的発展の絶対的に障害のない機会が保障されなければならない︒⁝⁝﹂
と宣言していた ︵︒
2︶しかし
︑
パリ講和会議では︑
ベルサイユ条約の構成部分として署名された国際連盟規約によって︑
これらの地域は国際連盟の委任統治制度の下におかれ︑
パレスチナも英国を受任国とする同制度の下におかれた︒
委任統治地域は︑
人民の発達の程度
︑
領土の地理的位置︑
経済状態その他の事情により︵
規約第二十二条三項︶︑
A式︑
B式およびC式に分けられた︒
B式には旧ドイツ領の中央アフリカがおかれ︑
またC式には旧ドイツ領の南西アフリカや南太平洋諸島がおかれた
︒
これらの地域については受任国はその領土の構成部分として統治し︑
ほとんど受任国による併合と変らないも ︵四八六︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四七同志社法学 五八巻二号 のであった
︒
しかし︑
A式におかれたパレスチナなどの旧トルコ領中近東地域については︑
国際連盟規約第二十二条四項は︑﹁
独立国トシテ仮承認ヲ受ケ得ル発達ノ程度﹂
に達していることを認め︑
受任国はその地域が自立するまでその施政について助言と援助を与えることになっていた
︒
また︑
受任国の選定については︑﹁
当該部族ノ希望﹂
を主として考慮することになっていた︒
以上のように
︑
A式委任統治地域の﹁
部族﹂
については︑
連盟規約は一定の制限を付してはいたものの︑
自決権を承認していたものと解釈されるであろう︒
一般に自決権が実定国際法の法的権利として承認されるのは植民地独立付与宣言採択以後の一九六〇年代においてである
︒
しかし︑
これは一般国際法における規則のことであり︑
特定の地域の人民についての自決権が国際条約により規定されることとは別のことである︒
後述のように︑
一九八八年十一月︑
第十九回パレスチナ民族評議会
︵
PNC︶
はパレスチナ国家独立宣言を行なったが︑
同宣言は﹁
パレスチナ人は独立を禁じられ︑
新たな形の占領に屈し︑
パレスチナには人が住んでいないなどと言われたが︑
一九一九年の連盟憲章及び一九二三年のローザンヌ条約は
︑
パレスチナ人はオスマン帝国から解放された他のアラブ人達と同様に自由かつ独立した民族として暗黙に認めている ︵﹂
と宣明し︑
連盟規約とローザンヌ条約に触れている︒
3︶国際連盟時代
︑
委任統治地域の主権はいずれに帰するかという帰属問題が議論された︒
パレスチナに関する主権問題について
︑
主権は委任状の規定により受任国に委譲されたとする説︑
主権は国際連盟に委ねられたとする説︑
主権は委任統治の間は未決定のままにおかれ︑
将来の解決に委ねられているとする説︑
主権は委任統治地域の住民にあるとする説
︑
が主張された︒
主権の帰属問題を考察する場合︑
パレスチナについて適用される国際連盟規約第二十二条四項を基礎として判断される必要があろう︒
委任統治制度自体が国際連盟規約に基づいて設けられた制度であり︑
またパレスチナに関する委任状も規約第二十二条に基礎づけられておりその制限に服するものである
︒
このことから︑
パレ︵四八七︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四八同志社法学 五八巻二号
スチナ人がその土地に対する主権を保有していたとする委任地域住民主権説または委任地域主権説が法的正当性を有し
ているものと判断される
︒
もっとも︑
委任地域の人民が主権を保有するにしても︑
受任国である英国に施政権が委ねられていたことから︑
パレスチナ人の主権の完全な行使―
この場合︑
自決権の行使に相当する―
は一定の制限を受けていたことは認めなければならないであろう
︒
二︑分割決議と自決権
一九二二年から一九四七年までの二十五年間におよぶ委任統治の期間に
︑
ナチス・
ドイツによるユダヤ人迫害によっ て大規模なユダヤ人移民―
とくに東ヨーロッパからの移民―
が一九三〇年代に生じた︒
パレスチナにおけるユダヤ人の比率は︑
一九一七年においては一〇パーセント以下であったが︑
一九四七年には三〇パーセント以上に増加した︒
一 九三七年には︑
パレスチナ人による独立の要求とユダヤ人移民に対する抵抗から︑
パレスチナ・
アラブ人とユダヤ人移民との間に衝突が続いた ︵一九四七年四独立等
︑
しえず解決えたものの考を計画の︑
自治︑
分割パレスチナの︑
は英国︒
4︶月に同問題を国連に持ち込んだ
︒
一九四七年四月から五月にかけて開催された特別総会は
︑
十一ヵ国からなる﹁
パレスチナ特別委員会﹂
を設置した︒
同年八月
︑
特別委員会は多数意見と少数意見を含む報告を提出した︒
前者は︑
パレスチナをユダヤ国家とアラブ国家の二つに分割し︑
エルサレムを国連を施政権者とする国際信託統治制度の下におき︑
これら三地域を経済的に連合させるものであった
︒
後者は︑
エルサレムを首都とするアラブ国家とユダヤ国家からなる連邦国家を勧告するものであった︒
第二回総会は︑﹁
パレスチナ問題アド・
ホック委員会﹂
を設けた︒
アド・
ホック委員会は多数意見を採択し︑
また一九四七年十一月二十九日の国連総会本会議は
︑
賛成三十三︑
反対十三︑
棄権一〇で分割案を採択した ︵国連総会決議一八
︵
5︶ ︵四八八︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 四九同志社法学 五八巻二号 一
︶︒
同分割決議に︑
米国︑
旧ソ連︑
フランスは賛成し︑
イギリスは棄権した︒
なお︑
アラブ諸国は反対した︒
ところで︑
国連総会が以上のような分割を勧告および実施する権限を有するか否かについての法律問題に関して︑
国際司法裁判所の勧告的意見を求めるべきだとするアラブ諸国の提案は
︑
総会の下に設けられたアド・
ホック委員会において︑
賛成二十一︑
反対二〇︑
棄権十三で否決されていた︒
分割決議が国際法上有効であるのかまたは無効であるのかについて見解は分かれている
︒
例えば︑ Sureda
は︑
国際司法裁判所の南西アフリカの国際的地位に関する一九五〇年の勧告的意見を援用して︑
パレスチナは委任統治地域であったことから︑
受任国の同意の下に行動する総会が委任統治 地域の地位を変更することができるとする見解を提起している ︵第ケ
﹁
独立国トシテ仮承認ヲ受得域ル発達ノ程度﹂︵
国際連盟規約は地レチに対して︑
パ東スナなどの旧トルコ領中近 南西しかし︑ ︒
アフリカはC式委任統治地域であったの 6︶二十二条四項
︶
に達しているA式委任統治地域であったという相異が見落されている︒
他方︑
例えば︑
パレスチナ生まれの国際法学者︑ Romahi
は︑
国連総会は憲章上領域の帰属について決定する権限を有していないこと︑
分割決議は内 容的にパレスチナ人の自決権を侵害していること︑
分割決議はパレスチナに関する委任状と抵触していること︑
などを指摘する ︵がヤ人ヤダユ
︑
は面積の人国家ダ︒
むユ含を地中海沿岸である先進地域ではパレスチナの分割決議︑
ちなみに 7︶人口全体の約三分の一に過ぎなかったが
︑
パレスチナ領土の五十六%を割り当てており︑
全体として分割決議はユダヤ人側に有利な内容のものであった ︵
︒
8︶ところで
︑
国連はパレスチナ問題の打開の一環として国連主催のパレスチナ・
セミナーを開催しているが︑
総会決議 三十二/
四〇Bおよび三十六/
一二〇Bに基づいて一九八〇年代から一九八二年の間に開催されたセミナーに提出された論稿集が一九八三年五月付で国連事務局より刊行された ︵︒
そこには九論稿が収められているが︑
その内四論稿が分割 9︶決議に言及している
︒ M.O.Beshier
は︑
分割決議はその正義または不正義にかかわりなく︑
パレスチナ人民のナショナ︵四八九︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五〇同志社法学 五八巻二号
リズムの存在と特定地域での独立の権利を国際社会によって確認されたものであり
︑
パレスチナ人民による拒否にもかかわらずパレスチナ人民のアイデンティティと国家として存在する権利はシオニズムを除いて疑問視されなかった
︑
と記している ︵Mallison
とめなる民族自決のた権のの威を提供している異二つ議︒
また︑
は︑
分割決はパレスチナにおける 10︶し
︑﹁
アラブ国家﹂
の設立のための権威を提供する分割決議の規定は総会によるパレスチナ人民の民族自決権の最初の直接的な承認を構成するものであるとする︒
そして︑
総会は分割決議によって同地域に二つの民主的な国家を建設して紛争状態を解決しようとしたのであり
︑
他者の民族的権利を妨害しないという要件の制限に注目されなければならない︑
と述べている ︵Pajetta ︒
と議が想起されるこは割有用であるとする決た分ス︒
また︑
は︑
パレチナ国家の権利を認め 11︶そして
︑
まずPLOが承認されなければならず︑
このことはイスラエル国家を紛争の当事者として認めることにつながるとしている︒
そして︑
イスラエルとPLOの双方が参加するフォーラム︵ forum ︶
が必要であるが︑
このような共同 の参加は相互の事実上の承認を意味するであろうし︑
このことは最終的には法律上の承認への道につながるであろうとしている ︵Cattan
らに性を主張していたよ無り以下のように論じ効のさ議た︑
とりわけ注目れ︒
る見解が当初分割決ま 12︶れた ︵
︒
13︶分割決議の領土規定
︵ territorial provisions ︶
の効果的な履行は︑
同決議によりユダヤ国家として設定された地理的境界を越えて獲得したすべての領土から撤退するイスラエルの義務を伴うとして
︑
イスラエルは同決議の履行に抵抗する権利をもたないとする︒
この見解は以下の三つの考慮からなっているとして︑
イスラエルはその誕生および存在を同決議に基づいていること
︑
イスラエルは同決議を越えて獲得した領土に対しなんらの権限も有しておらず︑
また一九六七年に獲得した領土に撤退する義務に限定することも誤りであること︑
さらに分割決議は︑
イスラエルおよびアラブ諸国間の一九四八年および一九六七年の戦争によって無効にされておらず
︑
その有効性に影響はないこと︑
を指摘し ︵四九〇︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五一同志社法学 五八巻二号 ている
︒
また
︑ Cattan
は︑
イスラエルは分割決議を他国以上に尊重するように義務付けられているとして次のように論じている
︒
すなわち︑
イスラエルの国連加盟の条件として︑
イスラエルは総会決議の履行に正式な保障を与えており︑
また分割決議は総会の勧告であるだけでなく一九四八年に安全保障理事会の行動によっても裏づけられていることに注意されなければならないとする
︒
分割決議は︑
一九四七年にパレスチナ人やアラブ諸国によって拒否されたが︑
その履行との関係においてその異議には政治的なものと法的なものとがあるという︒
パレスチナの分割とユダヤ国家への領土の五十七%の付与のために同決議は憎悪の的となっているが
︑
しかし現在ではその反対は低まっているという︒
そして︑
同決議の履行は︑
以下の重要な結果を達成するとして︑
パレスチナ難民の三分の二が帰還可能となること︑
同決議によって
︑
パレスチナ国家の建設が可能となること︑
また同決議の履行はイスラエルの支配・
抑圧からパレスチナ人の三分の一を解放すること︑
を指摘している︒
ところで
︑
分割決議についての法的な異議として総会にはパレスチナを分割する権限はないことが主張されるが︑
この点についてCattan
は次のように述べている︒
大抵の法学者は︑
総会のそのような権限を疑問視しており︑
またパレスチナは無主地ではない
︒
しかしながら︑
総会が分割決議を採択する権限を有していないことは︑
その領土条項の履行を妨げるものではない
︒
なぜなら︑
それはイスラエルから侵略の果実を奪いとり︑
パレスチナ人の国土の重要な部分を彼らに回復さすからである︒
そのような回復は︑
パレスチナに対する主権に関する従来からの権利の承認として見なされるであろう
︒
また︑
領土規定の履行はパレスチナの領土の五十七%をイスラエルの手に残すことになるという批判がある︒
しかし︑
国連の決議もイスラエルの占領・
併合もパレスチナ人から彼らの主権を奪い取るものではないのであるから
︑
そのような批判は弱められるものである︒
パレスチナの地位は︑
一七九五年から一九一九年のポーランドの状況︵四九一︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五二同志社法学 五八巻二号
や一九三六年のイタリアの占領下でその主権が存続したエチオピアの地位に類似している
︒
パレスチナの五十七%の領土の処分の非有効性はいつでも国際司法裁判所に付託しうるものである
︒
また︑
イスラエルは︑
国連の決議の履行を拒否しているが︑
その履行のためには強制措置が有効であると提言している︒
以上の諸論稿に見られるように
︑
一九八〇年代に入ると︑
分割決議を採択する権限を当初否定していた学者の中にも同決議を評価すべき側面があるとする見解が打ち出されたり︑
また同決議を積極的に解釈してそこからパレスチナ人民の自決権を引き出そうとする主張が強まっている
︒
すなわち︑
分割決議がパレスチナ人民の権利を承認している点について評価していこうとしていることである︒
従来のややもすると同決議の有効もしくは無効というオール・
オア・
ナッシングの議論と異なって
︑
分割決議を再認識しようとしていることは一つの大きな特徴である︒
一九八八年十一月十五日の第十九回パレスチナ民族評議会︵
PNC︶
において行なわれたパレスチナ国家の独立宣言は︑
パレスチナ分割決議について
︑﹁
パレスチナ分割を決議した国連︵
総会︶
決議一八一号の後も︑
パレスチナ人は自決権を得ることができなかったが︑
同決議は今日でも依然として︑
パレスチナ人の主権と独立の権利を保障する法的条件を確保している ︵﹂
と同 14︶決議を評価して
︑
独立の法的根拠の一つとしている︒
上述のように︑
分割決議の規定する領土的範囲はパレスチナ側に不利ではあるものの同決議はパレスチナ人の国家的独立を明確に認めている︒
このように︑
パレスチナ人が分割決議を受け入れてパレスチナ国家の独立の根拠の一つとするまで四十年以上の月日を必要とした ︵
︒
15︶ところで
︑
このような立場に立つ場合︑
分割決議と国連総会の権限との関係をどのように把握されるのであろうか︒
憲章第十条は
︑
総会が憲章の範囲内にある問題・
事項について討議し勧告することができるという一般的権限を認めている︒
また︑
第十四条は︑
総会が諸国家間の友好関係を害する虞れのある事態について平和的調整のための措置を勧告することができるとする権限を認めている
︒
したがって︑
総会の権限は広範であり︑
総会は委任状に関する事項を審議 ︵四九二︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五三同志社法学 五八巻二号 し勧告することは可能であるとの解釈に立つこととなる
︒
また︑
パレスチナは︑
条件付とはいえ自決権が承認されていたA式委任統治地域であったが︑
南西アフリカはC式委任統治地域で﹁
受任国領土ノ構成部分トシテ其ノ国法ノ下ニ施政ヲ行
﹂︵
規約第二十二条六項︶
われることとされ︑
その相異を指摘することも可能である︒
しかし︑
国際司法裁判所が︑
一九五〇年に与えた﹁
南西アフリカの国際的地位﹂
に関する勧告的意見が︑﹁
南西アフリカ地域の国際的地位を決定し︑
変更する権限は
︑
国際連合の同意を得て行動する南アフリカ連邦にある ︵てくるであろう
︒ ﹂
とする見解を今後強調する立場が有力となっ 16︶三︑安全保障理事会決議二四二と総会決議三二三六
一九六七年六月
︑
第三次中東戦争が勃発し︑
その戦闘でイスラエルは自国領土の約三倍余の面積を占領した︒
一九六七年十一月の国連安全保障理事会は英国提案の決議案を満場一致で採択した︒
これが中東問題の政治的解決にとっての 基礎である ︵ともいわれている安全保障理事会決議二四二
︵
一九六七︶
である︒
その全文は以下のとおりである︒
17︶安全保障理事会は
︑
中東における重大な事態について引き続き憂慮を表明し︑
戦争による領土取得が認められないこと︑
および同地域のすべての国が安全に生存できる公正かつ永続的平和のために努力する必要があることを強調し
︑
更に
︑
すべての加盟国が国連憲章を受諾するに当たって憲章第二条に従って行動する義務を負っていることを強調し
︑
︵四九三︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五四同志社法学 五八巻二号
一
︑
憲章の諸原則の履行のためには︑
次の両原則の適用を含むべき中東の公正かつ永続的平和の確立を必要とすることを確認する
︒
最近の紛争において占領された領土からの軍隊の撤退 あらゆる交戦の主張ないし交戦状態の終結
︑
ならびに同地域のすべての国の主権︑
領土保全および政治的独立および武力による威嚇または武力の行使を受けることなく安全な︑
かつ承認された境界の中で平和に生存する権利の尊重と確認
二
︑
更に次の諸点の必要性を確認する︒
⒜ 同地域における国際水路の航行の自由を保証すること ⒝ 難民問題の公正な解決を達成すること ⒞ 非武装地帯の設定を含む諸措置によって︑
同地域のすべての国の領土不可侵と政治的独立を保証すること 三︑
事務総長に対して︑
この決議の条項と原則に従って合意を促進し︑
平和的な︑
かつ受諾された解決に到達するための努力を援助するために関係国と接触を確立し維持するため
︑
中東に赴く特使を任命するよう要請する︒
四
︑
事務総長に対して︑
特使の努力の進捗ぶりについてできるだけ速やかに安全保障理事会に報告するよう要請する︒
第十九回パレスチナ民族評議会︵
PNC︶
がパレスチナ国家の独立宣言を行なった日の前日の一九八八年十一月十四日
︑
PNCは政治声明を採択した︒
その声明の中で︑
以下のことが述べられている︒﹁
中東問題の根源たるパレスチナ問題解決のため︑
国連監視のもと︑
安保理常任理事国及びPLOを含む当事者が参加する国際会議を開催する必要性︒
この国際会議は安保理決議二四二号
︑
三三八号と共に︑
自治権を含むパレスチナ人の諸権利の保証︑
民族自決に関する ︵四九四︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五五同志社法学 五八巻二号 国連憲章の原則
︑
及びパレスチナ問題に関する国連諸決議の尊重を基礎とすること ︵the ︑﹁
ていることである︒
同決議は戦及争による領土の獲得の不許容︵
し言障四て事会決議二理二尊重についの と目されるこ︑
として安全保﹂︒
注 18︶in admisibility of the acqusition of territory by war ︶﹂
の原則を確認して︑
最近の紛争において占領した地域からのイスラエル軍の撤退を求めた︒
もっとも︑﹁
最近の紛争において占領された領土﹂
に限定されており︑
分割決議の定める範囲までの撤退ではない
︒
しかし︑
同決議の履行はパレスチナ国家の建設にとっての領域的条件を生み出すものと言えるであろう︒
さらにまた︑
同決議は︑
パレスチナ人民の自決権について触れてはおらず︑
単に難民問題としか扱っていないことが指摘されるところである ︵
間尊重れた境界の中で平和に生存するの権利とだけではなくパレスチナを自決権の確認人民人にはイスラエル用語の
﹂
なさ認承︑﹁
がいいチてかに︑
同決議は直接パレスナ︒
人民の自決権について言及し確 19︶接的に表現されているものと解することは連盟規約から分割決議へという展開の系譜にも適合するであろうし
︑
また上述の政治声明における二四二決議の引用もこの趣旨を踏まえてのことと考えられる︒
ところで
︑
一九七三年十月︑
第四次中東戦争が勃発した︒
同戦争を契機として︑
パレスチナ問題には大きな発展がもたらされた︒
一九七四年の第二十九回総会は︑﹁
パレスチナ問題﹂
の議題をとり上げ︑
三つの決議を採択した︒
その一つは
︑
総会決議三二三六︵
ⅩⅩⅠⅩ︶
であり︑
その全文は次のとおりである︒
総会は
︑
パレスチナ問題を審議し︑
パレスチナ人民の代表であるパレスチナ解放機構の発言を聴取し︑
また︑
本件討議中に行なわれた他の発言をも聴取し︑
︵四九五︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五六同志社法学 五八巻二号
パレスチナ問題の公正な解決がまだ達成されていないことを深く憂慮し
︑
かつパレスチナ問題が依然として国際の平和と安全を危うくしていることを認め
︑
パレスチナ人民が国連憲章にもとづき自決の権利があることを認識し
︑
パレスチナ人がその不可譲の権利︑
とくにその自決権の享受を妨げられていることに重大な憂慮を表明し︑
憲章の目的と原則に従い︑
パレスチナ人民の自決権を確認する関係総会決議を想起し︑
一︑
以下の事項を含む︑
パレスチナにおけるパレスチナ人民の不可譲の権利を再確認する︒
⒜ 外部からの干渉のない自決の権利 ⒝ 民族独立と主権の権利 二︑
追放され奪われた郷土と財産に復帰するパレスチナ人の不可譲の権利をも再確認し︑
かつ彼等の復帰を要請する︒
三︑
パレスチナ人民のこれら固有権の十分な尊重と実現は︑
パレスチナ問題の解決のため不可欠であることを強調する
︒
四
︑
パレスチナ人民が中東の公正かつ永続的平和達成のため︑
主要当事者であることを承認する︒
五︑
更に国連憲章の目的と原則にもとづくあらゆる手段により︑
その諸権利を回復するパレスチナ人民の権利を承認する︒
六
︑
全ての国家と国際機関に対して︑
国連憲章にもとづき︑
諸権利を回復するパレスチナ人民の闘争に支持を与えるよう訴える︒
七
︑
事務総長に対し︑
パレスチナ問題に関する全ての事項についてパレスチナ解放機構と接触を確立するよう要請す ︵四九六︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五七同志社法学 五八巻二号 る
︒
八
︑
事務総長に対し︑
本決議の履行について第三十回総会に報告するよう要請する︒
九︑﹁
パレスチナ問題﹂
を第三十回会期の仮議題に含めることを決定する︒
なお︑﹁
パレスチナ問題﹂
に関する他の二つの決議の一つは︑
パレスチナ人民はパレスチナ問題の重要な当事者であるとして︑
パレスチナ人民の代表であるPLOが総会本会議のパレスチナ問題に参加するよう招請するものである︵
総会決議三二一〇
︵
ⅩⅩⅠⅩ︶︶ ︒
もう一つの決議は︑
PLOが総会および国連主催の国際会議にオブザーバー資格で参加するよう招請するものである︵
総会決議︵
ⅩⅩⅠⅩ︶︶ ︒
安全保障理事会の決議二四二はイスラエル軍の撤退の要求等に示されるようにパレスチナ国家の建設への障害の条件をとり除く効果を有するものであるとしても
︑
パレスチナ人民の自決権そのものについて明文では規定しておらず︑
同 決議はパレスチナ問題の解決にとって基礎となるものであると言われながらもそれには大きな問題を蔵していた︒
しかし一方︑
総会決議三二三六は︑
パレスチナ人民の不可譲の権利 ︵︑
利し認確再を権決自む含を権の立樹の家国立独てしと 21︶パレスチナ人民が中東の公平かつ永続的な平和への主要な当事者であることを認めるとともに
︑
さらにPLOをパレスチナ人民の代表と認めた
︒
このような発展の延長として︑
翌一九七五年の第三十回総会は︑
パレスチナ人民の不可譲の権利の行使を可能にするための履行計画を作成する任務を有する二十二ヵ国からなる﹁
パレスチナ人民の不可譲の権利に関する委員会
﹂
を設置した︵
総会決議三三七六︵
ⅩⅩⅩ︶︶ ︒
︵四九七︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五八同志社法学 五八巻二号
四︑パレスチナ国家独立宣言とその承認
一九八八年十一月十五日早朝
︑
アルジェで開催されていた第十九回パレスチナ民族評議会︵
PNC︶
の閉会式において︑
パレスチナ国家の独立が宣言された︒
独立宣言 ︵は
︑
パレスチナ人のパレスチナにおける自然権︑
歴史的かつ正統な 22︶権利
︑
また一九四七年以降の国連諸決議とアラブ・
サミット諸決議に則って︑
パレスチナの自決権︑
政治的独立︑
領土に対する主権を行使するため︑
PNCは国家独立を宣言したとしている︒
また︑
国連諸決議の中でもとりわけパレスチナ分割を決議した一九四七年の国連総会決議一八一に言及し
︑
同決議は今日でも依然としてパレスチナ人の主権と独立の権利を保障する法的条件を確保しているとしている︒
同宣言は︑
また︑
パレスチナ国家は世界中のパレスチナ人のもので
︑
彼等はそこで国民的︑
文化的アイデンティティーを発展させ平等な権利を樹立できるとし︑
そこでは思想の自由︑
政党形成の自由︑
多数による少数の権利保護と少数者の多数決による決議の尊重︑
社会的公正︑
人種・
宗教・
皮膚の色
・
性による差別の禁止を基礎とする議会制民主主義︑
および法の支配と裁判の独立を確保する憲法の枠内で政治的・
宗教的信条︑
人権の尊重が保証される︑
としている︒
また
︑
PNCが同時に採択した﹁
政治声明 ︵およびたるパレスチナ主張している
︒
中東問題の根源問題解決のため︑
国連監視のもと︑
安全保障理事会常任理事国 履行をの︑ ﹂
つの七の以下はCPN措置のため実現の平和解決︑
において 23︶PLOを含む当事者が参加する国際会議を開催する必要性
︒
この国際会議は安全保障理事会決議第二四二号︑
三三八号と共に︑
自治権を含むパレスチナ人の諸権利の保障︑
民族自決に関する国連憲章の原則︑
およびパレスチナ問題に関する国連諸決議の尊重を基礎とすること
︒
一九六七年以後の占領地からのイスラエルの撤退︒
一九六七年以後の占領地におけるイスラエルへの併合政策の廃止︒
国際会議の準備︑
全ての者への平和と安全確保︑
パレスチナ人の実効的な権利享受のため
︑
エルサレムを含むパレスチナ人が国連監督下に置かれるよう努力すること︒
国連決議に則ったパ ︵四九八︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 五九同志社法学 五八巻二号 レスチナ難民の解決
︒
パレスチナの聖地における宗教活動の自由を保証すること︒
および安全保障理事会がパレスチナを含む関係国の平和と安全を保証すること︒
また︑
同政治声明は︑
あらゆる形態のテロの拒否を声明している︒
PNCのパレスチナ国家独立宣言に対して︑
米国は︑
独立宣言発表の翌十六日︑
レドマン国務省報道官による記者会見を通じて︑
⑴PLOを建設的な方向へ動かそうとするパレスチナ人がいることを評価し︑
さらにこの努力の継続を希望する
︑
⑵米国がPLOとの対話を開始するにはPNCの結論ではその要件は満たされない︑
⑶安全保障理事会決議第二四二号︑
三三八号への言及は前進であるが︑
テキスト中の位置および意味が不明である︑
⑷イスラエルの生存権の承認は明確で疑念の余地のないものでなければならない
︑
⑸テロに関しては声明ではなく実際の行動が評価基準となる︑
などと述べ︑
総じて生ぬるいとの評価を下した ︵十外第回今
︑﹁
で中の話談の官道報務︑
日六十くじ同︑
は本日︑
たま︒
24︶九回パレスチナ民族評議会が政治声明において
︑
国際会議は国連安保理決議二四二および三三八等を基礎として開催されるべき旨表明したことは︑
和平実現への重要な前進としてこれを歓迎するものである︒
また︑
同声明の中でテロリズム拒否について言及が行われていることを
︑
和平交渉開始への環境作りに資するものとして注目している︒
また︑
同評議会による国家独立宣言の採択は︑
パレスチナ人の長年の民族的悲願の意志表明として重要な意義を有するものと考える ︵
﹂
と積極的に評価する態度を表明した︒
25︶ところで
︑
一九八八年の第四十三回総会でのパレスチナ問題に関する審議は︑
米国がアラファトPLO議長の入国ビザを拒否したことから︑
総会史上初めてジュネーヴのパレ・
デ・
ナシオンに場所を移して同年十二月十三日から十五日 まで行なわれた︒
総会は︑
十二月十五日の総会決議四三/
一七七において︑
PNCによるパレスチナ国家の独立宣言を承認し︵ acknowledge ︶︑
また一九六七年以降占領されている領土に対するパレスチナ人民の主権の行使を可能にする必要を確認した ︵
チ損ーバー資格と機能をねブることなく
︑﹁
パレスザオののた︑
総会は︑
国連シ︒
ステム内でPLOま 26︶︵四九九︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 六〇同志社法学 五八巻二号
ナ解放機構
︵
PLO︶﹂
の名称に代えて﹁
パレスチナ﹂
の名称を用いることを決めた︒
一般に国家の構成要素として
︑
一定の領土︑
定住する住民︑
また住民に対して外部からの支配に対して実効性を有する政府︑
が存在することが必要である ︵には
︑
明確につき領土画定の国家パレスチナは独立宣言︑
について領土︑
まず︒
27︶触れてはいない
︒
同宣言は︑
分割決議に法的根拠を求めたことから同決議で﹁
アラブ国家﹂
とされた地域であるとも考えられるが︑
同時に安全保障理事会決議二四二の受け入れを表明していることから西岸およびガザ地区であるとも考えられる
︒
この問題は︑
カッドゥーミPLO政治局長が将来開催される中東和平国際会議での討議に委ねたいと思う︑
と述べている ︵存在なが領土の一定
︑
しかし︒
められていくであろう決は領域明確で中の展開と発展の事態の今後︑
ように 28︶することは明らかである
︒
また︑
住民の要件について︑
イスラエルの占領下にパレスチナ人が居住しており︑
また国連総会が﹁
追放され奪われた郷里と財産に復帰するパレスチナ人の不可譲の権利を同時に再確認する ︵﹂
ように︑
住民の存 29︶在も明らかである
︒
さらに︑
政府の存在についてであるが︑
一九八八年十一月十五日のPNCの﹁
暫定政府樹立に関する決議﹂
によれば以下のようになっている︒
⑴事態の進展に応じて可能な限り速かにパレスチナ国家に暫定政府を設立すること
︒
⑵PLO中央評議会と執行委員会は暫定政府設立の日時を決定する任務を負う︒
執行委員会はこの政府を設立し︑
これを中央委員会の承認に付す︒
中央委員会は︑
パレスチナ人民がパレスチナの土地に完全な主権を回復するまで
︑
この政府の暫定的性格を承認する︒
⑶暫定政府は︑
独立宣言︑
PLOの政治プログラム︑
およびPNCの諸決定を基礎にその政策を策定する︒
⑸PNCは︑
暫定政府成立までの期間︑
この政府の権限と責任をPLOに与える︒
以上のように位置付けられるこの暫定政府に関して
︑
カッドゥーミPLO政治局長は︑﹁ ﹃
パレスチナ独立国家﹄
を実際に運営する暫定政権の樹立問題は︑
十分かつ広範に協議がなされなければならない︒
私としては︑
現在の情勢下では︑
時期尚早であり
︑
時機にかなっていないと思う﹂
と述べている ︵住としとたいてし在存は民
︑
土も領の定一にから明︑
時当︒
て 30︶ ︵五〇〇︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 六一同志社法学 五八巻二号 選出された政府
︵
暫定的性格の暫定政府でさえ︶
は存在せず︑
また一定の領土に対する実効的な権力も存在していなかった︒ Segal
は︑
パレスチナ国家の国家性について︑
現在︵
当時の︶
のところ国家となる方向に向けて明らかにいくつ かの段階の実体︵ entity ︶
であるが︑
国家であるとは言えないとして︑
その主たる理由は確立した政府が存在していないことを指摘している ︵︒
31︶それでは
︑
PNCのパレスチナ国家の独立宣言に対して︑
国連総会が承認︵ acknowledge ︶
したことの法的意味はどのようなものであろうか︒
このことに係わり︑
これまでの国連の実践活動の中で︑
永続的な住民や一定の確立した領域が存在していても
︑
また実効的な支配が確立していても︑
人権や自決権が侵害されていることから民主的要件が欠落しているとして︑
国連が当該﹁
国家﹂
や﹁
政府﹂
を非難・
否認したり︑
また承認を与えないように加盟国に要請した事例が少なからず存在した
︒
そのような国家の不承認の事例として︑
南ローデシア︑
トランスカイをはじめとする南アフリカのバンツースタン︵﹁
ホームランド﹂︶ ︑
北キプロスの﹁
独立﹂
の場合がある ︵︒
例えば︑
南ローデシアの場合 32︶︵であるが
︑
33︶同地域は第十六回総会第二次再開会期において
︑
憲章第十一章の下の非自治地域であると認定されていた︒
アフリカ人のボイコットにもかかわらず一九六二年十二月に総選挙が強行され︑
白人支配の下での独立を主張していた右翼の﹁
ローデシア戦線
﹂
が勝利した︒
国連総会は普通選挙による多数支配が確立するまでは同戦線政府の独立の要請を認めないよう求め
︑
また安全保障理事会も白人少数者政権による一方的独立宣言を受け入れないように英国および他の加盟国に要請していたが︑
一九六五年十一月十一日︑
スミス政権は一方的独立宣言を強行した︒
同日︑
総会は︑
一方的独立宣言の非難決議を採択して
︑
英国に反乱を鎮圧するよう要請するとともに安全保障理事会が緊急にこの事態を審議するよう勧告した ︵をし援助また
︑
しないこと承認を非合法白人少数者政権︑
非難を一方的独立宣言︑
も安全保障理事会︑
翌日︒
34︶与えないことを全加盟国に要請した ︵
ジンバブエと〇に下の多数者支配に年一九八
︑
場合ローデシアの南︑
このように︒
35︶︵五〇一︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 六二同志社法学 五八巻二号
して独立するまで国連によりその承認と国際社会への加盟は拒否されていた
︒
南ローデシアは︑
国家としての構成要素である領土および住民について問題はなく
︑
また政府の存在にしても実効的な政府は存在した︒
問題はその政府が白人少数者政権であり︑
多数者の意思が欠落し︑
被治者の同意が存在していなかったことである︒
Gowlland-Debbas
は︑
南ローデシアの場合の非難とパレスチナ国家独立宣言の正当化について以下のように論じている ︵quasilegal ― function
のす機能︵ ︶
を有る律一連の行動自決権的法お準上の二つの場合にい︒
て︑
国連の多数は以 36︶集団的な主張
―
を示したとする︒
正当化の概念は国際社会で重要な役割を演じる︒
かつて国家承認による正当化の機能は個別国家によって行なわれていたが︑
国際関係の組織化により国際社会に新しい状況の正当化を宣言する手段を提 供した︒
正当性︵ legitimacy ︶
は合法性︵ legality ︶
とはかならずしも同一ではない︒
正義や共同体利益の概念を基礎にして道徳的・
政治的枠内で確認される正当性は︑
既存の秩序と対置することになるかも知れない︒
しかし︑
この過程が成功すれば
︑
単に正当と見なされていたものが新しい合法性をもつものとして見られるかも知れない︒
正当化の機能はこのように一九三二年のスチムソン・
ドクトリンに示される集団的非承認の理論と関連し︑
そのモダンな形での再生を行なったものである
︒
新しい正当性を基礎にして︑
国連の多数によって行なわれたこの政治的過程は︑
国家の新しい行為規範の確立を総会の宣言的決議という手段によってもたらしている︒
この意味で︑
正当化の機能またそのコロラリーとしての非正当化の機能は
︑
道徳的で正しいものを支持するという政治的意味内でのみ分析されるのではなく︑
新しい法秩序の枠内で適用されるものである︑
としている︒
そして︑
この正当化︵ legitimization ︶
の法的効果として︑
最少限︑
国家によるこの実体︵ entity ︶
に承認を与えても︑
尚早の承認であるから違法であるともはや考えられないことを意味していると論じている︒
勿論
︑
パレスチナ国家の正当化が行なわれた背景に︑
パレスチナ人民の不可譲の権利の再確認︑
PLOの総会本会議 ︵五〇二︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 六三同志社法学 五八巻二号 でのオブザーバー資格の承認
︑
武力による威嚇または武力の行使の結果としての領土取得の禁止︑
などが確認されていたことに留意されなければならないであろう︒
そして︑
実際にパレスチナ国家を承認した国家は百を越えた ︵こと
︑
また 37︶中国
︑
オーストリア︑
東独︵
当時︶
などがパレスチナ解放機構執行委員会の要請に基づいてPLO事務所を﹁
パレスチナ国大使館﹂
に昇格させた ︵ことは留意さるべきことである
︒
38︶五︑オスロ合意の﹁終焉﹂とロード・マップ
一九九三年九月九日
︑
パレスチナ解放機構︵
PLO︶
のアラファト議長とイスラエルのラビン首相との間で書簡がとり交わされ︑
相互承認を行なった︒
アラファト議長よりラビン首相宛の書簡で︑
PLOはイスラエル国家が平和に生存し安全を保障される権利を承認すること
︑
安全保障理事会決議二四二と三三八を受け入れること︑
中東和平プロセスに参加し両者の間の紛争を平和のうちに解決すること︑
テロその他の暴力を放棄すること等を約束した︒
このアラファト議長の書簡に対するラビン首相の返書で
︑
イスラエル政府はPLOをパレスチナ人民の代表︵ representative ︶
と承認すること︑
また中東和平プロセスのなかでPLOとの交渉を始めることを確認した︒
四日後の九月十三日︑
イスラエル 政府とパレスチナ人民を代表するPLOチームの代表は︑
ワシントンで﹁
暫定自治政府編成に関する原則の宣言 ︵﹂︵
D 39︶OP
︶
に署名した︒
DOPの第一条は︑﹁
交渉の目的﹂
を規定し︑﹁
現在の中東和平プロセスにおけるイスラエル=パレスチナ交渉の目的は︑
一つに︑
西岸地区とガッザ地区におけるパレスチナ人民のためのパレスチナ暫定自治政府と︑
選挙による評議会を設置することである
︒
この暫定期間は︑
五年を超えないこととし︑
国際連合安全保障理事会決議二四五号と三三八号に基づく恒久的な取り決めに導くものである﹂
としている︒
また︑
第五条は︑﹁
暫定期間と恒久的地位交渉
﹂
について規定し︑﹁
五年間の暫定期間は︑
ガッザ地区とエリコ地区からの撤退をもって開始される﹂︵
一項︶
こと︑
︵五〇三︶
パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 六四同志社法学 五八巻二号
﹁︹
占領地の︺
恒久的地位に関する交渉は︑
イスラエル政府とパレスチナ人民の代表の間で︑
できる限り速やかに︑
遅くとも暫定期間開始から三年以内に開始される
﹂︵
二項︶
こと︑﹁
この交渉は︑
残された諸案件を扱うものとする︒
これらの案件は︑
エルサレム︑
難民入植地︑
安全保障の取り決め︑︹
イスラエルとパレスチナ間の︺
境界線︑
隣接第三国との関係や協力
︑
その他両者共通の利害に関することを含む﹂︵
三項︶
ことを定めている︒
なお︑
オスロ合意とは︑
暫定自治とその最終的地位交渉に関する日程表を定めたODP︵
オスロⅠ︶
を出発点として︑
ガザ・
エリコにおいて暫定自治を先行的に行なうことに合意した一九九四年五月四日のカイロ協定
︑
ヘブロンを除くヨルダン川西岸の都市部まで暫定自治区を拡大して総選挙を実施し︑
正式に自治政府を発足させることを規定した一九九五年九月二十八日のパレスチナ自治拡大協定
︵
オスロⅡ︶
等︑
その後取り交わされた協定や覚書などの一連の文書を指している ︵︒
40︶
Cotran
は︑
以上の交換書簡やDOPは︑
パレスチナ人は自治権をもつということのイスラエルの承認であり︑
また パレスチナ人が一九六七年以降占領されている土地に対して主権を有していることのイスラエルによる黙示の︵ implied ︶
承認であるということから︑
これらの文書の意義を強調してもしすぎることはないと指摘する ︵︒
しかし︑
自 41︶治については言及があるがパレスチナ人民の自決権やパレスチナ国家の樹立について触れられていないという大きな問題を蔵している
︒
また︑ Cassese
は︑
原則宣言には即時に履行さるべき義務はほとんど存在せず︑
主として交渉を行な うための政治的目的や一般的指針または日程表を定めたにすぎず︑﹁
交渉することの合意︵ pacta de negotiando ︶﹂
や﹁
締結することの合意︵ pacta de contrahendo ︶﹂
の規定が多いと述べている ︵︒
42︶このような問題を有するパレスチナ和平の枠組としてのオスロ合意体制は
︑
二〇〇〇年七月のキャンプ・
デーヴィド会談の失敗で大きなひび割れを起こし︑
その後間もないシャロンのハラム・
アッシャリーフ強行訪問がこのひび割れた装置を直撃した
︒
そして︑
翌年のシャロン政権の誕生によってその命運は決まり︑
二〇〇四年十一月十一日のアラファ ︵五〇四︶パレスチナ人民の自決権と﹁分離壁﹂事件 六五同志社法学 五八巻二号 トの死亡はオスロ合意体制の消滅を象徴するものであった ︵
するように ︵
atson W
の摘指が︑
りあで滅消で味意な的治政︑
もとっも︒
43︶︑
法的に消滅したことを意味するものではない︒
44︶ところで
︑
オスロ合意体制の解体に代わって紛争解決の枠組みとして提起されたのが︑﹁
ロード・
マップ︵ roadmap ︶﹂
と呼ばれる提案である︒
イスラエルの再占領作戦発動直後の最も危機が高まった二〇〇二年四月十日︑
米国︑
EU︑
ロ シアの外相級高官と国連のアナン事務総長がマドリードで対応を協議したのがきっかけで策定が始まった︒
この四者は︑﹁
カルテット﹂
と呼ばれ︑
同年十月までに素案をまとめ︑
二〇〇三年四月三十日に正式提案された ︵︒
45︶DOPでは
﹁
パレスチナ暫定自治政府﹂
と﹁
選挙による評議会﹂
の設置についてしか言及されていなかったが︑
ロード・
マップでは﹁
独立した自立可能な主権国家パレスチナ﹂﹁
独立パレスチナ国家﹂
が明記されていることは特筆されることである
︒
ロード
・
マップでは三つの段階を経るよう設定されている︒
第一段階では︑
パレスチナ指導部はイスラエルが安全を保障され平和のうちに存在する権利を再確認する明確なステートメントを発表すること
︑
イスラエル指導部はブッシュ大統領が表明したように︑
独立した自立可能な主権国家パレスチナが安全を保障され平和のうちにイスラエルと共存するという二国家解決策支持を約束した明確なステートメントを発表すること
︑
イスラエル政府は︹
パレスチナ側の︺
信頼を損なうような追放
︑
非武装の民間人への攻撃︑
イスラエル側による︹
入植地等︺
建設の便宜をはかるためや懲罰施策としてのパレスチナ人住宅や財産の破壊︑
パレスチナ人の諸機関や諸組織の破壊を行なわないこと︑
パレスチナ国家のための憲法起草を進める着実なプロセスにしたがって直ちに行動を開始すること
︑
等となっている︒
第二段階では︑
パレスチナの選挙が成功裏に行なわれた直後に諸当事者と協議のうえカルテットによって国際会議が召集されること︑
この国際会議を機に開始されるイスラエル=パレスチナ交渉を経て暫定的な国境を持つ独立パレスチナ国家が建国され
︵五〇五︶