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【審査論文】

感謝に関する心理学的研究の動向からみた親に対する感謝の特徴

池田幸恭

Characteristics of gratitude toward oneʼs parents based on a review of recent

psychological research on gratitude

IKEDA Yukitaka

要旨  本研究の目的は、感謝に関する心理学的研究の動向を展望することをとおして、全般的な感謝と比較し た親に対する感謝の特徴について明らかにすることである。そのため感謝に関する心理学的研究の動向に ついて、感謝の構造と測定、心理的機能、発達という観点から概観した。感謝の構造と測定については、 感謝の概念は個人特性、感情、表出行動など多層な内容を含んでおり、特に日本では感謝に負債感情が伴 うと考える傾向がみられた。感謝の心理的機能については、個人の精神的健康のみならず、恩恵の与え手 との関係性、さらに第三者への向社会的行動や社会への貢献のような広がりがみられることを指摘した。 感謝の発達については、他者に依存しているという感覚と自立という感覚の葛藤を感謝は伴うことから心 理的自立を模索する青年期に感謝への抵抗が生じる場合もあること、そして感謝の経験や対象、表明の仕 方が生涯にわたって変化することが示唆された。以上の感謝に関する心理学的研究の動向に基づいて、全 般的な感謝と共通すると考えられる特徴、ならびに親に対する感謝の独自の特徴を位置づけた。親に対す る感謝の独自の特徴として、出自としての親という自身の存在にかかわるという「根源的受動性」、親か ら受けた恩恵を次世代の子どもたちに返報しようとするという「世代間互恵性」、親の養育が先行する非 対称の関係性が子の親からの自立に伴い対等で互恵的な関係へ変化するという「非対称性の変化」の3点 をまとめた。今後の課題と展望について、親に対する感謝の特徴の文化的背景を明らかにすること、「親 に感謝すればそれでよいのか」という問いにこたえること、親に対する感謝の発達と日常的な親に対する 感謝との連続性を検討することを論じた。

キーワード:親に対する感謝(gratitude toward oneʼs parent)、感謝 (gratitude)、互恵性(reciprocity)

問題と目的  人間にとっての感謝の重要性は、心理学のみならず、教育学、社会学、哲学、倫理学、宗教学などの諸 領域において指摘されている。感謝に関する心理学的研究は、ポジティブ心理学の発展、宗教性やスピリ チュアルな生活に関する新たな関心、道徳哲学の一領域である徳の倫理学への関心の復活などの背景から、 2000年代以降に実証的研究が増加してきている(Emmons, 2004)。  筆者は感謝の中でも特に「親に対する感謝」へ注目して研究を進めてきた(池田,2006,2010, 2011,2014,2018a,2018bなど)。西平(1990)や小高(1998)は、心理的離乳の過程で、青年が 和洋女子大学 人文学部 心理学科

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親に対する感謝の気持ちを抱くようになることを論じている。さらに、平木(1994)は、親との“結び つきと分離が、青年の自立性と親との親密さを両立させるようなものであった時、それは明確に「恩愛を 受けていることに感謝する」気持ちとなり、親と子の心の絆として意識される”と論じている(p.17)。 このように親に対する感謝は、青年期の親からの自立を理解する上で有意義であるといえる。そして、成 人期以降の老親扶養の問題などとも関係すると考えられる。それでは、親に対する感謝の独自の特徴とは 何であろうか。親に対する感謝にみられる独自の特徴を明らかにする上では、全般的な感謝の特徴と比較 することが有効であると考えられる。先述のとおり、心理学における感謝の実証的研究が増加しているこ とから、特に感謝に関する心理学的研究を取りあげる。  本研究の目的は、感謝に関する心理学的研究の動向を展望することをとおして、全般的な感謝と比較し た親に対する感謝の特徴について明らかにすることである。はじめに感謝に関する心理学的研究の動向に ついて、感謝の構造と測定、心理的機能、発達という観点から概観する。その展望をとおして整理した全 般的な感謝の特徴と比較することで、親に対する感謝の独自の特徴について論じる。 感謝に関する心理学的研究の動向 感謝の構造と測定  感謝の構造と測定という観点では、感謝の定義とその意味内容の範囲を扱う。はじめに感謝に関する主 な心理学的尺度をTable1に整理した。これらの研究では、感謝の定義として、「自分が何らかの恩恵を与 えられている」という感覚が共通しているといえる。さらに、感謝の対象の範囲を対人関係に限定する場 合と自然や神など人間でない源泉を含んだ生活全般の状況に広げる場合があること、感謝を測定する心理 学的尺度では一次元構造から多次元構造を想定していることが指摘できる。特に“日本の研究において は、感謝感情を負債感などを含んだ複合的な感情としてとらえる傾向がみられる”といえる(藤澤・内藤, 2015,p.94)。

 Wood, Maltby, Stewart, Linley, & Joseph(2008)は、個人差を表す概念である特性感謝と、助力を受 けたときに生じてその助力にお返しすることを動機づける感情である状態感謝を区分し、特性感謝と状態 感謝に関する社会的認知モデルを提唱している。このモデルでは、「特性感謝」を「利益の評価」が媒介 して、「状態感謝」を強く経験すると考える。すなわち、特性感謝の高い人は、利益の与え手の負担や親 切な意図、そして与えられた恩恵の価値を大きく見積もりやすい傾向があり、それによって状態感謝を 強く感じることになると考えている。Wood, Froh, & Geraghty(2010)は「特性感謝」を“世界におけ る肯定的な物事に気づき、その価値を認識するという人生の志向性”として定義している。𠮷野・相川 (2018)は、感謝感情と負債感情の特性的側面が状態的側面へ及ぼす影響を「利益の評価」が媒介してい

ることを示し、さらに感謝感情と負債感情の生起を区別する要因があることを示唆している。

 また、ポジティブ心理学では、人間が持っている強み(strengths)や長所などのポジティブな個人特 性に注目する。人間の強みを測定するための24の特性を設定した「生き方の原則調査票(VIA-IS:Values in Action Inventory of Strengths)」において感謝は、“個々人がより大きな宇宙とのつながりを構築する ことで、各自の人生に意味が付与されること”(Peterson, 2006 宇野訳 2012)をテーマとする「超越性」 の領域に含まれている(p.156)。この他にも、Kan, Karasawa, & Kitayama(2009)は「感謝(gratitude)」 と「何もしない、一人の時間を楽しむ」などの「肯定的脱関与性(peaceful disengagement)」から構成 される「受容的幸福感(Minimalist Well-Being)」尺度を開発している(唐澤・菅,2010)。吉野・相川 (2015)は感謝感情-行動尺度(友人への感謝、家族への感謝、すまない感謝、友人への感謝行動、家族

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への感謝行動、儀礼的な感謝行動)を用いており、西村・藤原・村上(2016)は小学生を対象に家族、友人、 普段一緒に遊ばない人への感謝の表明ならびに感謝表明の意図を尋ねる項目を作成している。

 このように感謝の概念は、個人特性、感情、表出行動など多層な内容を含んでいるといえる。その一 方で、感謝を測定する心理学的尺度は多岐にわたり、それぞれの関係が不明瞭であることも指摘できる。 Wood, Maltby, Stewart, & Joseph(2008)はGQ-6(MuCullough et al., 2002)、Appreciation Scale(Adler & Fagley, 2005)、GRAT(Watkins et al., 2003)を分析し、それぞれの測定内容が感謝という上位概念の 特性で統合可能であることを検証している。感謝が含む多層な内容を整理し、概念間の関係を検討する必 要がある。 感謝の心理的機能  感謝の心理的機能という観点からは、感謝の心理的な働きを扱った研究を取りあげる。道徳的感情とし ての感謝には、(a)利益供給者のコスト、利益供給の意図や義務感に敏感に反応する利益検出機能(benefit detector)、(b)受益者が謝意を表すことで利益供給者の向社会的行動を続けるようにする強化子機能 (reinforcer)、(c)受益者の向社会的行動を動機づける機能(motivation of prosocial behavior)がある ことが指摘されている(本多,2010;McCullough, Kilpatrick, Emmons & Larson, 2001;McCullough, Table 1 感謝に関する主な心理学的尺度

出典 尺度 対象 感謝の定義 下位尺度

McCullough, Emmons, & Tsang (2002) GQ-6 (Gratitude Questionnaire-6)1 成人が中心 肯定的な経験と自分が得た成果における他 者の善意の役割を認識し、ありがたい感情 を持って応答するという一般化された傾向 1次元構造 Watkins, Woodward, Stone, & Kolts (2003) GRAT (Gratitude, Resentment, and Appreciation Test) 大学生が中心2 受け取った好意への謝意を伴う認識として の感情であり、そのような状態の経験しや すさを特性感謝としてとらえる 3因子:豊さの感覚、単純な感 謝、他者への感謝

Adler & Fagley

(2005) Appreciation Scale 3 大学生が中心 物事(出来事、人、行動、対象)の価値や意 味を認識し、そのことに肯定的な感情のつ ながりを感じること 8因子:「所有」への着目、畏 敬、儀礼、今この瞬間、自己 との社会的比較、感謝、喪失 や逆境、対人関係 Wangwan (2005) 感謝心 大学生 他者から恩恵を受けた時に生じる感情 2因子:肯定的感情、負債感情 蔵永・樋口(2011) 感謝生起状況に おける感情体験 大学生・ 大学院生 自身以外のものから利益を得たことを意識 するような状況で生じ、喜び、嬉しさと いった肯定的な内容に加えて、必ずしも肯 定的とは言えない、申し訳なさ、すまなさ といった内容としても体験される感情 5 種 類 の 感 謝 生 起 状 況 ( 被 援 助、贈物受領、状態好転、平 穏、他者負担)における3因子 (満足感、申し訳なさ、不快感) 岩﨑・五十嵐 (2014) 青年期用感謝尺度 青年(大学生・ 専門学校生) 日常生活において、個人が価値のあるもの を受け取ったときや、現在の生活を充実さ せている環境、すでに在るものや所有して いるものを意識することによって、提供し てくれた対象や存在していることに対して 抱く複合的な感情およびそれに伴う表出行 動 6因子(負債感、返礼、実存、 比較、所有、忘恩)と「喪失」 の2部構成 藤原・村上・西 村・濱口・櫻井 (2014) 対人的感謝尺度 小学生 他 者 に 対 す る 感 謝 感 情(個人が得たポジ ティブな経験と結果において、他者の善意 の役割を認識し、感謝の気持ちを持って反 応する一般的傾向) 1次元構造

Hlava, Elfers, &

Offringa (2014) TGS (TranspersonalGrattude Scale)

成人が中心 他者との交換に基づくのではなく、自己と 他者の境界が一時的に弱まり、他者との一 体感や同一性の感覚をもたらすような深く 圧倒されるような感情 4因子:表明、価値、超越性、 霊性 ている。

注1) GQ-6の日本語版として、Hatori, Kodama, & Koganei (2014)や白木・五十嵐(2014)などがある。また、McCullough et al. (2002)

注3) Adler & Fagley(2005)は、感謝(gratitude)を恩恵の与え手への肯定的な感情反応として、appreciationの構成要素に位置づけ 注2) GRAT短縮版は、児童青年を対象とした尺度の検討がされている(Froh, Fan, Emmons, Bono, Huebner, & Watkins, 2011)。    では、3つの形容詞(grateful, thankful, appreciative)によって感謝を測定するGAC(Gratitude Adjective Checklist)も用いている。

Table1 感謝に関する主な心理学的尺度

注1) GQ-6 の日本語版として、Hatori, Kodama, & Koganei(2014)や白木・五十嵐(2014)などがある。また、McCullough et al. (2002)では、 3 つの形容詞(grateful, thankful, appreciative)によって感謝を測定する GAC(Gratitude Adjective Checklist)も用いている。

注2) GRAT 短縮版は、児童青年を対象とした尺度の検討がされている(Froh, Fan, Emmons, Bono, Huebner, & Watkins, 2011)。

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Kimeldorf & Cohen, 2008)。

 様々な実証研究の成果に基づき、感謝が主観的well-beingの増大やストレスの低減など精神的健康を促 進することが指摘されている(有光,2010;本多,2010)。感謝を感じているときには心拍数が穏やか になりα波が増大するなど、生理的指標を用いて感謝の心理的効果を検証する試みもみられる(McCraty & Chikdre, 2004)。このように感謝が精神的健康を促進するメカニズムについて、Wood et al.(2010)は、 (a)スキーマ仮説、(b)コーピング仮説、そしてポジティブ感情全般に該当する(c)ポジティブ感情仮 説と(d)拡張-形成理論による仮説を論じている(池田,2015b)。(a)スキーマ仮説では、感謝しや すい人は利益の与え手の負担や親切な意図、与えられた恩恵の価値を高く評価しやすいため、そのような 心理的反応が良好な対人関係をもたらし、結果として精神的健康が高まるとする。(b)コーピング仮説 では、感謝しやすい人はソーシャルサポートを活用することで、自分を責めたり行動を放棄したりするこ とが少なく、物事を肯定的に再解釈したり発展させたりするというコーピング方略を取る傾向があるため、 精神的健康が高まるとする。そして、(c)ポジティブ感情仮説では、感謝のようなポジティブ感情そのも のが、様々な心的不調を予防する機能を持っているため、精神的健康が維持されるとする。(d)拡張- 形成理論による仮説では、感謝のようなポジティブ感情が新たな思考、活動、関係を「拡張」し、個人的 資源を継続的に「形成」することで、健康、生存、充実感の増進につながり、そのことがポジティブ感情 のさらなる経験を促すという人間のらせん的成長を説明している(Fredrickson, 2004)。

 Emmons & McCullough(2003)は、感謝していることを5つあげるという感謝介入の実験をおこな い、感謝することが人生への満足度や健康を促進することを示唆している。感謝を高める介入法として、 Emmons & McCullough(2003)が用いた感謝を数える方法(counting blessings)の他にも、感謝を抱 く相手に手紙を書いて直接渡すという方法も注目されている(実践例の詳細はEmmons, 2013参照)。た だし、日本人では感謝を数えることのwell-beingに及ぼす効果がみられなかったことが、相川・矢田・吉 野(2013)によって報告されている。Davis et al.(2016)も感謝の介入法に関するメタ分析の結果、感 謝の介入法の一定の効果を確かめているが、長期的な効果の検証が必要であることを論じている。  また、“感謝がなぜ我々に備わったのか”を問題とする感謝の適応的意味も論じられている(本多, 2010,p.38)。Trivers(1985 中嶋・原田・福井訳 1991)による互恵的利他的行動に代表されるように、 感謝を受益者から利益供給者への返報に基づく直接互恵性により進化した感情とする仮説がある。その一 方で、“感謝を直接互恵性よりもむしろ、他者に対する利他的行動が将来的に別の他者から間接的に返報 されるという間接互恵性によって進化した感情”(本多,2010,p.44)ととらえる仮説もある(Nowak & Roch, 2007)。白木・五十嵐(2016)は質問紙実験と実験室実験をおこない、向社会的行動の受け手 にとっての価値が強調される場合に、感謝が喚起され、送り手への直接互恵性と間接互恵行為の両方が促 進されることを報告している。

 さらに、関係形成と維持の促進(Algoe, Hadit & Gable, 2008)、市民の結束への貢献(Emmons & Shelton, 2001)などの感謝の心理的機能も論じられている。このように感謝の心理的機能は、個人の精 神的健康のみならず、恩恵の与え手との関係性、さらに第三者への向社会的行動や社会への貢献のような 広がりがみられることが指摘できる。その一方で、Buck(2004)は、感謝の感情を喚起することで外集 団への社会的支配が正当化されるなど、感謝の否定的側面についても論じている。感謝の心理的機能を理 解する上では、肯定的側面と否定的側面の両方を検討する必要があるといえる。

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感謝の発達

 感謝の発達という観点では、Chopik, Newton, Ryan, Kashdan, & Jarden(2017)が感謝の経験について、 若い成人や中年では低減し、高齢になると増加することを報告している。また、Naito & Washizu(2019) は生涯にわたる感謝の発達について展望している。Naito & Washizu(2019)によれば、児童期には感謝 の学習と獲得、青年期と成人期には社会的視点の取得に伴う他者との関係をとおしたアイデンティティ探 求と感謝との関係、老年期には感謝の増大と統合が主題になるという。

 感謝の出現について、McAdams & Bauer(2004)は初期の愛着の経験は感謝の基本的な要素を含んで はいるが、感謝の経験として成立するためにはまだ十分ではないと述べる。感謝の情緒的経験は内在化さ れた心の理論という認知的源泉を必要とし、他者の行為が自分と同じように意図や信念に動機づけられて いることを理解するときにのみ他者に対して感謝を感じると論じている(McAdams & Bauer, 2004)。こ のことは、波多野(1990)がPiaget, J. (ピアジェ , J.)の発達論に基づいて、児童期に保存の能力が生ま れることで感謝の感情の萌芽となる気持ちが生じると指摘することにも共通する。また児童期には、養 育者や大人とのやり取りの中で、恩恵を受けた場面で「ありがとうは?」、「お礼を言いなさい」と伝え られることで感謝の経験と社会的規範を学習し獲得することも想定できる。Hussong, Langley, Coffman, Halberstadt, & Costanzo(2019)は、親子の話し合いやしつけに加えて、親がモデルになることで子の 感謝が社会化していくことを論じている。「お手伝いしてくれてありがとう」というように親から子へ日 常的に伝えられる感謝のコミュニケーションが、模倣の対象として感謝の発達に影響することも考えられ る。  内藤(2004)は“子どもや青年にとって、感謝の背後にある他者に依存しているという感覚と自律と いう感覚をどのように自分の中で統合するかが求められる”と指摘する(p.1177)。このような他者に依 存しているという感覚と自立という感覚の葛藤を感謝は伴うことから、心理的自立を模索する青年期には 感謝への抵抗が生じる場合もあると考えられる1。Naito & Washizu(2019)は老年期の感謝の増加につ

いて、社会情動的選択理論(Carstensen, Isaacowitz, & Charles,1999; Chopik et al., 2017)と老年的超越 理論(Tornstam, 2011)から説明している。社会情動的選択理論によれば、年齢とともに自身の人生に おける時間的制約が自覚されることで親密で意味ある他者との社会的な相互作用を重視しやすくなり、そ のような親密で肯定的な他者との関係の中で感謝は注目されやすくなるという。これに対して老年的超越 理論では、年齢を経ることで宇宙との親密で共感的なつながりの感覚が増し生と死を見つめ直すことをと おして、あらゆるものへの感謝の感覚が生じてくるという。  また感謝を感じる対象は、青年期やそれ以降には、個人を超えてより包括的で抽象的な対象を含み、人々 は集団や組織、システムや理念にさえも感謝を感じると考えられている(McAdams & Bauer, 2004)。 Chipperfield, Perry, Weiner & Newall(2009)は、70代から90代の高齢者の感謝の原因は、自分の健康 状態が最も高く、自分の能力、家族とのやりとり、人生の状態の順に高いことを示している。池田(2015a) も感謝が生涯発達をとおして、具体的な対人関係においてだけでなく、自然の恵み、自分の健康状態、い のちのつながりなど抽象的な対象へも広がって感じられるようになることを報告している。  Baumgarten-Tramer(1938)は、 7 歳から15歳の児童青年への欲しいものをくれた相手への対応に関 する回答に基づいて、感謝の表明を 4 種類に分類している。すなわち、言葉で感謝を述べるという「言語 的感謝」、お返しに何かをあげたりしたりするという「具体的感謝」、相手との精神的結びつきを生み出す という「結合的感謝」、役立つことや自分の発達を促進する行動でお返しをしようとするという「目的的 感謝」である。Merçon-Vargas, Poelker, Tudge(2018)、Mendonça, Merçon-Vargas, Payir, Tudge(2018)

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などは、 7 歳から14歳の児童青年の感謝の表明についてブラジル、グアテマラ、アメリカ、中国、韓国、 ロシア、トルコの7か国による特徴を検討している2。多くの国で言語的感謝の表明と年齢に関連はみられ なかったが、年齢に伴い具体的感謝は低減し、アメリカ、中国、ロシアでは年齢に伴い結合的感謝の表明 が増加する傾向がみられた(Mendonça et al., 2018)。  このように感謝の発達について、他者に依存しているという感覚と自立という感覚の葛藤を感謝は伴う ことから心理的自立を模索する青年期に感謝への抵抗が生じる場合もあること、そして感謝の経験や対象、 表明の仕方が生涯にわたって変化することが示唆された。Mercon-Vargas et al.(2018)やMendonca et al.(2018)のように、感謝の発達の背景にある文化的特徴も注目されている。 親に対する感謝の特徴 全般的な感謝と比較した親に対する感謝の特徴  感謝に関する心理学的研究の動向に基づいて、全般的な感謝と比較した親に対する感謝の特徴をFigure 1にまとめた。ここでは親に対する感謝の特徴について、構造、心理的機能、発達という観点から、全般 的な感謝と共通すると考えられる特徴、ならびに親に対する感謝の独自の特徴を位置づけた。あわせて、 関係する親に対する感謝の研究も示した。親に対する感謝の独自の特徴については、「根源的受動性」、「世 代間互恵性」、「非対称性の変化」という 3 点を指摘する。  第1に全般的な感謝の構造と共通する特徴として、親に対する感謝も多次元でとらえることができるこ と、特に日本では感謝感情に負債感情が伴うと考えられていることがあげられる。「親からの影響や親へ の意識尺度」の下位尺度である「親への感謝・愛情」(高木・藤田,1988)、「母と娘の絆」の下位尺度の 「感謝の念」(永田・新美・松尾,2007)、子が認知する親子関係における「子育てに対する親への感謝」 の次元(杉田,2001)のように、親に対する感謝は親子関係をとらえる下位尺度として1次元で扱われ ・多次元でとらえることが できる。 ・特に日本では負債感情が 伴うと考えられている。 構 造 ・新たな思考、活動、関係を 拡張し、個人的資源を継続 的に形成する。 ・直接互恵性として送り手 への返報を促し、関係の 形成と維持に貢献する。 心理的 機 能 ・認知的発達が基礎となり、 社会的やり取りの中で獲得 される ・背景にある依存と自立の 葛藤から青年期に抵抗が 生じる場合がある。 発 達 根源的受動性 ・生まれてくる親や育てられ 方を選べない中で、出自と しての親という自身の存在 にかかわる。 世代間互恵性 ・親から受けた恩恵を次世代 の子どもたちに返報しよう とする。 非対称性の変化 ・親の養育が先行するという 非対称の関係が対等で互恵 的な関係へ変化する。 親に対する感謝の心理状態 (池田, 2006, 2018a) 次世代育成力との関係 (池田, 2018b; 池田・菱谷・ 高木・梁・落合, 2010, 2011) 親に対する感謝への抵抗 (池田, 2010) 親とのかかわり方との関係 (池田, 2018a) 親に対する感謝の変化 (池田, 2011, 2014) 全般的な感謝と共通する特徴 親に対する感謝の独自の特徴 親に対する感謝の特徴 関係する研究 Figure1 全般的な感謝と比較した親に対する感謝の特徴

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ることが多かった。これに対して、池田(2006)は“親に対する感謝”を“わたしは親からの恩恵を受 けていると感じること”(p.489)と暫定的に定義し、母親に感謝しているときに感じる気持ちとして「援 助してくれることへのうれしさ」、「産み育ててくれたことへのありがたさ」、「負担をかけたことへのすま なさ」、「今の生活をしていられるのは母親のおかげだと感じる気持ち」という4種類の気持ちと「自分が 苦労しているのは母親のせいだと感じる気持ち」の組み合わせから親に対する感謝の心理状態を検討して いる。池田(2018a)では中学生、高校生、大学生の親に対する感謝の心理状態について、すまなさを伴 う母親に対する感謝を複合的に感じている群、母親に対する感謝を素直に感じている群、母親に対する感 謝を葛藤しながら感じている群、母親に対する感謝よりも母親から被害を受けたと感じている群という4 種類のクラスターに回答者を分類している。これに対して、親に対する感謝の独自の特徴として、出自と しての親という自身の存在にかかわるという「根源的受動性」が指摘できる。ここでの「根源的受動性」 とは、子は生まれてくる親や育てられ方を選べないというように、子自身の存在が根源的に受動的な特 徴を有することを意味する。平木(2008)は多世代家族療法家のBoszormenyi-Nagy, I. (ボソルメニィ = ナージ, I.)による関係の絆を意味する忠誠心(loyalty)という概念に着目し、“親子の忠誠心は誕生の事 実に根差しているために取り換えることができないもの”であるという不可逆性を指摘している(p.170)。 村瀬(1996)も心理療法の一種である内観について、“各自の自己同一性の確立を、両親を中心とする他 者の恩恵の認知をとおして促進する働きをもつものである”(pp.158-159)と論じるように、出自の問題 はアイデンティティ形成にも関係するといえる。このように親に対する感謝は、「親がいなければ今の自 分は存在していない」という自身の存在基盤をどのように受けとめるかという問題に関係すると考えられ る。  第2に全般的な感謝の心理的機能と共通する特徴として、たとえば拡張-形成理論(Fredrickson, 2004)を参考にすると、親に対する感謝を感じることが新たな気づきや活動をもたらし、そのことによっ て親との関係が変化しさらに感謝を実感するようになることも想定される。また、直接互恵性の特徴と して、親に感謝することが親への返報を促し、その関係の維持につながることも考えられる。このこと は、いわゆる「親孝行」の問題とも関係するといえる。これに対して、親に対する感謝の独自の特徴とし て、親から受けた恩恵を次世代の子どもたちに返報しようとするという「世代間互恵性」が指摘できる。 青年が親に対する感謝を感じることは、親子関係の中だけにとどまらず、次世代の子どもたちを育てる意 識につながるという特徴がある。いわば世代を超えた間接互恵性であると考えられる。この特徴は、池田 (2018b)と池田他(2010,2011)における親に対する感謝と次世代を育てることへの自信である次世 代育成力との関連からも示唆されている。  第3に全般的な感謝の発達と共通する特徴として、認知的発達が基礎となり、社会的やり取りの中で獲 得されることがあげられる。特に主な養育者である親とのやり取りの中で、感謝の規範が伝えられること や親をモデルとして子が感謝を身に着けることもみられるであろう。また、感謝の背景にある依存と自立 の葛藤から、青年期に親に対する感謝への抵抗が生じる場合があることも指摘できる。池田(2010)に よる中学生から大学生への調査では、およそ5割の青年が親に対する感謝を素直に感じることができない と思っており、その抵抗感は「自分のおとなへのなりきれなさ」、「親に対する不満」、「親の自分への愛情 の疑問」によって生じることが見いだされている。これに対して、親に対する感謝の独自の特徴として、 親の養育が先行する非対称の関係性が、子の親からの自立に伴い対等で互恵的な関係へ変化するという 「非対称性の変化」が指摘できる。波多野(1990)は、感謝はお互い「対等」のところでないとでてこな

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いものであると指摘する。親子関係では、他の対人関係と比べて、親の養育が先行するという与え手と 受け手の関係が非対称であるという特異性が指摘できる。しかし、子が親から自立していく中で、対等 で互恵的な関係性へと変化し、成人期以降には老親扶養や介護のように逆転する場合もみられる。この ことは「親子の間で水臭い」、「親へ感謝の気持ちを伝えるのは気恥ずかしい」という感覚とも関係する といえる。池田(2018a)は、母親とのかかわり方の変化に伴い、母親に対する感謝の心理状態も変化 することを示唆している。母親を一方的にたよりにするだけでなく自分も母親を支えようとするという かかわり方は同じでも、母親に対する感謝に負担をかけたことへのすまなさを伴う場合とそうでない場 合で異なる青年の心理状態がみられることが示されている(池田,2018a)。池田(2011)では、“自己 愛や個人主義(エゴイズム)、一方的な依存や他者への追従、過剰適応といった個人志向性と社会志向性 のネガティブな状態に陥らず、双方の志向性を相互補完的に統合していくことで、父親が生み育ててく れたことへのありがたさと、負担をかけたことへのすまなさにとらわれずに母親に対する感謝が実感さ れることになる”ことを論じている(p.176)。また、親の老いを認知していることで親に対する感謝を 感じる傾向も報告されている(池田,2014)。  どのような親元に生まれ、どのように育てられるのかを選ぶことは難しいが、親子関係は生涯にわたっ て変化していくといえる。親に対する感謝とは、これまでに親から与えられてきた恩恵や影響に目を向 ける中で、自身の親子関係の理解を深めこれからの生き方を模索するための手がかりになるものである と考えられる。 今後の課題と展望  親に対する感謝に関する研究の今後の課題と展望を以下の3点にまとめる。第1に、親に対する感謝 の特徴の文化的背景を明らかにすることである。副田(1993)は、近代以降の日本文化における精神的 側面での親の恩について、“報恩としての子の孝は、なによりも親への感謝と心のこもった奉仕の側面が 強調される”(p.421)として、“家族倫理の新しい課題となるものの本質は、親子のあいだの人格的平等 性と親の愛に子の感謝は及びがたいという不平等性との対抗図式にもとめられる”と論じている(p.422)。 ここでは、教育学、社会学、哲学、倫理学、宗教学などの心理学以外の感謝に関する知見を参考にする ことができる。たとえば、贈与論を展開した「借りの哲学」(Sarthou-Lajus, 2012 高野監訳 2014)では、 親子における「生まれながらの借り」の問題を指摘している。  第2に、「親に感謝すればそれでよいのか」という問いにこたえることである。Buck(2004)が感謝 の否定的側面を論じるように、どうしても親へ感謝できないという場合や、無理に親への感謝が強要さ れることが子に否定的な影響を与える場合もあると考えられる。池田(2018b)では、負担をかけたこ とへのすまなさが次世代育成力を低減する場合があること、そして自分が苦労しているのは親のせいだ と感じる気持ちを抱くことが子どもに伝えるものを持っているという自信、地域社会の力を借りること ができるという自信につながることが報告されている。このことは、「親に感謝しているか、感謝してい ないか」という二分法的観点で、親に対する感謝を理解することは十分でないことを示唆している。親 に対する感謝の心理的機能の多様性を考慮することに加えて、能動-受動という枠組みではとらえきれ ない中動態(國分,2017)の視点を参考に、「親への感謝の気持ちが湧いてくる」という体験を理解す ることが有用であると考えられる。  第3に、親に対する感謝の発達と日常的な親に対する感謝との連続性を検討することである。たとえば、 一人暮らし、結婚・出産、親との死別などを契機に親に対する感謝の心理状態が変化するような場合も、

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その変化は突然に生じるのではなく、日常生活での親に対する感謝の積み重ねがあると考えられる。そこ では、子から親だけでなく親から子に伝えられる感謝のコミュニケーションのような親子間の相互作用

も関係するであろう3。マクロ(月-年)、メゾ(時間-日)、ミクロ(秒-分)という多水準の時間単位

の相互作用から発達を理解するDSA(Dynamic Systems Approach; 岡林, 2008; Hollenstein & Tsui, 2019) を踏まえて、親に対する感謝の発達過程の多様性を明らかにすることが課題である。

1: 本研究では、内藤(2004)が指摘する「自律」は、広義の「自立」に含まれる概念であると位置づけた。

2: Cross-Cultural ResearchのVol.52, Issue 1は“Cross-Cultural Variations in the Development of the Virtue of Gratitude”という特 集号であり、ブラジル、グアテマラ、アメリカ、中国、韓国、ロシア、トルコの7か国ごとの分析結果も報告されている。 3: 親による子に対する感謝についても、全般的な感謝と比較した独自の特徴がみられることが想定される。本研究では、子による

親に対する感謝の特徴を明らかにすることを目的としたため、親による子に対する感謝の特徴は取り扱わないが、親子関係の発 達を理解する上で重要な課題であると考える。

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Table 1 感謝に関する主な心理学的尺度

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