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集団教育の課題と方法(その1)

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

集団教育の課題と方法(その1)

著者 永田 陸郎

雑誌名 奈良学芸大学紀要. 人文・社会科学

巻 13

ページ 119‑139

発行年 1965‑02‑27

その他のタイトル PROBLEMS AND METHODS OF GROUP‑EDUCATION (PART I)

URL http://hdl.handle.net/10105/3420

(2)

集団教育の課題と方法(その1)

永  田  陸  郎 (教 育 学 教 室)

目    次

ほ し が き

1.集団教育の概念と目的 2.集 団 観

41集印的規律の教育の課題(以 下、次号掲載予定)

5・集団教育の体制 3・集団的兄とおしの教育の課題    6・集団教育の組織方法

(以上、本号)

は し が き

集団教育という呼び名でいわれる教育に、戦前には、絶対主義体制下、上からの遺徳的規範を もってする教化集団的な集団教育があり、さらにそれに連続しつつ高度国防体制下では、組織体 制の強化拡充によって支えられた全体主義的な集団教育があった。要するに戦前では、上からの 権威主義的な、指導意識過剰な、集団教育があった。このような上からの一方的な教授と訓育を 貫ぬく集団教育にたいして、戦後の新教育では、教授も訓育も、教師中心から児童中心にかわ り、全体としてアメリカのガイダンス理念に浸透された、学習指導と生活指導となり、集団教育 も、教師側からの権威的抑圧から、児童生徒を解放し、児童生徒個々の個性の伸長、個人指導の 手段としての性格をもつに至った。学習指導では、一斉指導の否定のうえに、個別指導、グル‑

プ指導、グループ学習が強調され、生活指導では、管理主義、干渉主義の訓練や訓育に代って個 人を直接の対象とし、自己指導のための助力として相談や助言、グループを直接の対象とし、自 発的・自治的集団活動を活用する集団指導が普及されたO このばあいの集団教育は、グル‑プを 解体することなく行われる個人にたいする指導に外ならなかった。占領支配時代のこのような集 団教育が「教科以外の活動」 「特別教育活動」として公教育課程化され、権威主義訓練をはり崩 す限り進歩的意義を担っていた。ところが占領支配終結後、わが国の資本主義の新たな段階に対 応した、反動的政策強行の中で、新たな国民教育の願望・要求にたち、深く生活綴方とその遺産 に学ぶ、仲間づくり理念にもとづく集団教育が、教育実践を把えた。しかしながらさらに深まり ゆく反動攻勢の中で、新たな国民教育体制づくりに帰結する集団の規律・集団体制づくりの集団 教育が、新たな国民主体の入間的要求に根ざすものとして、内部的に求められるに至った。ア・

エス.マカレンコ(A. C. MaKaperoく0)や中国の集団教育ないし集団主義教育は、このようにし てわが国民の内部的要求として登場するに至った。ここでは以上の前提にたって、このように欧 米的系譜の集団教育と、社会主義国における集団教育の谷間におかれる、わが国教育の問題状況 をきり開くものとして、マカレンコの集団教育を中心に、微力で不十分ながら集団教育の課題と 方法を考察してみようと思う。

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120 集団教育の課題と方法(その1) (永BO

1.集団教育の概念と目的

1,集団教育の概念 「集団・集団主義」の原語は、コレクティーフ・コレクティビズム (Collective , Kollektiv, KoJiJieKTHB : Collectivism, KOllektivismus, KojuieKTHBH3M)に当るとい われている。これを社会主義の同義語として生産手段の社会的所有に基づく社会的集団的性格を 示すものとして用いる時には学術概念としては、むしろ集産主義として早く用いられている。バ クーニン(州.A.BaKyHHH),サン・シモン(Saint‑Simon)はこのような概念において、彼らの思想 を展開していた。周知のようにマルクス‑エンゲルスは、かれらの空想主義の非科学性を批判し 克服しつつ、巨大なる科学的社会主義の理論を構築した。この意味では、集産主義は科学的社会 主義の源泉の一つであったということができよう。したがって科学的社会主義と同義語として把 えられる集団ないし集団主義概念には、マルクスおよびエンゲルスに結晶した労働における人間 的本質の実現、人間の社会的存在性格と「共同的存在」 (Gemeinwesen) ‑1の実現など、労働の 創造的本質にもとづく、客観的対象世界と実践的主体の産山、それを可能とする共同的存在実現 の原理がおりこまれている。だからコレクティーフということばは、マルクスの「共同体におい てはじめて各個人は、かれらの素質右あらゆる方面‑むかって発達させる手段をもつ。したがっ て共同体においてはじめて人格的自由は可能になる(2)」というばあいの、共同体の原語ゲマイン シャフト(Gemeinshaft)の訳語としても用いられている。

したがってこのようなコレクティーフないしコレクティビズムに由来する集団.集団主義の概 念は、全体主義的集団とも異なるが、欧米の社会学、社会心理学などの流れをくむ集団理論ともは っきりと自己を区別しているO ヒットラ‑が「もしドイツ国民がその歴史的発展において他国民 が享受したような集団的統一をもっていたならば、ドイツ帝国はこんにち恐らくこの地上の主人.

となっていたであろう(3)。」といった場合も、そこでの集団的統一は決して労働する人間の尊厳を 集団的に確立するための統一ではなかった。民族共同体に奉仕する民族的統一の教育といったば あいも大衆の知性を高めることを欲せず、少数のエリートを除いてはむしろ非知性的、感情的存 在としておしとどめておくことを欲したといえる。新教育以来、個人の自己指導のための助力と してのガイダンスの流れをくみながらグループ・ガイダンスとして発展し、さらに集団力学、小 集団理論によろわれて展開されている諸グループ学習や指導法では、グループの形をとっている

ということだけから、自動的に民主主義的な集団、全面発達を可能する共同的存在としてみるこ とは不可能なことであったO民主的形式をとった討議の中で、学校管理の下請械開化されたり、

何でもいえる自由のなかで、ボス支配があり、そこで子どもの自由は失われていく。この立場 は、個と集団を対立して考え、個の解放に役立つ限り集団は手段として利用され、活用されるに すぎない。要するにこのようないわゆるグループ主義の教育は、純粋な形で現われることは少い にしても、根本的には、普通自由主義的個人主義の考え方にたっており、要するに自由主義的個 人主義を貫ぬくための手段として利用され操作されるにすぎないとみられる。

集団ないし集団主義の概念は、これにたいして、全体主義、個人主義の否定のうえにたち、両 者を弁証法的に止揚するところの原理として成立したものであり、これによって、 「貢の民主主 義」を達成するものとして、したがってまさに、現代史の要求する民主主義の原理として追求さ れつつあるものとみることができる。個と集団は、単に対立するものではなく、相互に他を条件 として存立しうる。両者は相互に他を自己の相互否定的媒介の契機として自己を肯定的に存立せ しめうるのである。両者は一方を固定化し、実体化するとき、他方を形式化・抽象化するととも に、両者はともに、自己の存立を危うくする。 「現実の共同体においては、個々人は、協同の形

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式で、そして協同によって、同時に、彼らの自由を獲得するのである(4;

。」

それでは、このようにコレクティフないしコレクティビズムの概念を、科学的社会主義と同義 語と解し、さらに、個人主義と全体主義の止揚を課題とする、現代史の要求する民主主義の概念 とすることから、集団教育ないし集団主義教育が、資本主義社会における教育となりうる必然性 がいかにして導き出されるであろうか。たしかに、さきにのべたことからもほぼ明らかなように、

集団主義教育は、社会主義社会において、はじめて貫徹しうる。すなわちそれは社会主義社会 において、社会主義社会のための体制的原理となりうるからであるO集団主義教育は、資本主義 社会のための教育原理となり得ず、却ってそれを否定するところから、資本主義社会においては 貰徹されえないという限界におかれる。しかしながらそのことがただちに集団教育ないし集団主 義教育が、資本主義社会において必然性をもち得ないものとすることにはならない。それは、資 本主義における体制的教育原理に対立して、かえって反体制的原理として自己を成立確立し、資 本主義のためというよりは、歴史的個体としての資本主義社会体制の発展、すなわち資本主義そ のものの矛盾を克服し、自己のもつ矛盾の止揚過程において社会主義社会への移行を可能ならし める、そのような意味での資本主義社会における、資本主義社会の社会進歩のための教育原理と なりうるのである。

事実、集団主義教育は、教育史上、資本主義の成立後間もなく成立し、そこでの矛盾の現実に 即応して、内部矛盾克服の自己運動として必然的に要求されてきたのである。クルーブスカヤ (H.K.KpyncKafl,1869‑1939)が分析したように資本主義において生産労働が、「知能の発達(5)」

と結合せず、「生徒個性の圧迫、外面の規律(6)」のおしつけとなるところ、生産労働と教育の結合の ためにたたかったルソー(J.J.Rousseau)やペスタロッチ(J.H.Pestalozzi)は、つとに集団主義

教育の先駆者としての役割を果していた事に注目されねばならない。さらにさかのぼって近代学 校のクラスの組織の提唱者、実践者としてのコメニウス(J.A.Comemus)にその源流をみるこ とができる。彼は、身分的、階級的差別をこえた神の前における人間の平等という宗教的信念に たち「相互にはげまし、刺戦、鞭接し合うために、かれらば可能なかぎりいっしょにしなければ ならぬ。,みんなはあらゆる徳にまで、とくに謙虚、協力、相互扶助の徳にまで教育されるべきで ある。」かれらを早期に相互にきりはなし、少数のものをうぬぼれさせたりすることなく、却って 集団的影響を期待し、競争しあうことも、「相互に励まし合い助け合う」関孫のなかで、望まし いものとされた。この点、自由と競争との幸福な結合の展望が可能であった時代を反映した、集 団教育の理念として興味が深い。コメニウスの時代には、身分的、階級的差別の克服を中心と し、平等な国民教育にウエイトをおいて、競争心への刺我を含みこんだ形で、協力と相互扶助の 集団教育が説かれている。これにたいして、資本主義における生産労働と資本の矛盾があらわに なってくる段階では、さきにのべた如くルソーやペスタロッチにおける如く、生産労働と教育の結 合を中心課題として集団主義教育が教育の基本原理となってくる。この点、かれらより、ややおく れて出てくるオーエン(R.Owen)、さらにマルクス‑エンゲルスの思想においていっそう明確で ある。オ‑エソは、産業革命の渦中におかれている幼い子どもがどんなに苛酷な条件の下で労働 に従事しているかを暴露し、児童労働を制限し、かれらに教育の均等な機会を与える普通国民教 育制度を構想し、彼自らも社会主義的な理想郷の建設に努力し、それを実現しようとした。資本 主義における競争が結局、資本の増殖と利潤の増大のためのものとなり、社会のあらゆる貧困と 害悪の根源となってきた段階で、個人的利益の対立する中での競争を排し、「一致と協同(uniト yandmutualco‑operation)(7)」を社会存立の原理、人間を人間たらしめる人間形成の原理とし

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122 集団教育の課題と方法(その1) (永田)

た。個人の対立する利益の原理を根本的誤謬として、個人主義を排し、労働者の個人における広 い精神的能力と肉体的能力との結合、私の利益と公の利益との完全なる一致を社会と人間の統一 した原理とした。彼の学校では、教育と教授は、共同体の仕事と結合され、共同体の一員として 共同体のために生きる過程で、個人の利益と公の利益と結合を学ぶのであるし、また、人間の人 間的な結合は、真実の知識の教育によってのみ実現されると説いたO オ‑エソとともにマルクス とエンゲルスは、コメニウス、ルソ‑、ペスタロッテにおける、労働と教育の結合の原理をいっ そう明確にするとともに、新しい教育をはっきりと労働者階級の立場にたたせたことは、コメ ニウスらと区別封1うるO それは資本主義の深まりゆく矛盾の展開が教育に要求されたからでも あるO ところで同じく労働者階級の立場に立ちながら、オーエンとマルクス主義のそれとの相異 は、前者が、古い社会と教育を批判し、新しい社会主義社会を空想し、社会的啓蒙と教育を手段 として社会変革を実現しようとしたのにたいして、後者は、歴史の発展の物質的基礎を科学的に 明らかにし、歴史の発展における教育の進歩性と反動性を明らかにし、その進歩的側面を発展さ せる教育を、集団主義教育として把え、それを、労働者階級の解放運動の過程における革命の主 体としての人間形成の原理として、社会自体の必然的なものとしての運動、闘争と指導の中に位 置づけたのである。

マルクスとエンゲルスは、工場制工業の発展の過程における幼少児童のあくなき非人間的搾取 と、それにもかかわらず、工場制工業を成りたたせている大工業制度のもつ、人間の全面的発達 の可能性の矛盾の必然性を明らかにし、労働者階級の解放のたたかいによって、人間の全面発達 CL)条件を猿得することができるとし、児童に「労働の転変、械能の流動、労働者の全面的可動性 を条件づける(8)」総合的な技術を与えることによって、かれらは部分個人から解放され、知的労働 と肉体労働の分業による部分労働者の一面的発達を克服するという。労働と教育の結合の必然性 は、以上にとどまらず学校教育が、社会の生きた労働の一環をうけもつことによって、労働者の 集団主革的な生き方を身につけることを可能ならしめるからである。オーエンにおける「一致と 協同」の原理は、マルクス主義においては労働者階級の団結を基底においた「同志的連帯と相互 援助」の原理となるが、それは一方で資本と労働の基本矛盾を、労働者相互の競争による個人的 利益を守る方向で克服することの幻想性と、労働者の組合の組識による団結と連帯による克服の 現実性を究明したのであり、オーエンにおける「個人の利益や幸福と他人の利益や幸福(9)」の結 合として把えられているものが、マルクス主義では、個人の利益の労働者階級の利益および「類 的存在」 (Gattungsweserr・')としての人類の利益との結合とされている.集団主義はこのよう な意味ゼ個人主義とも対立するが、また同時に、資本主義の独占資本主義段階に必然的なものと

しての全体主義とも対立する。また個人の利益を、世界史の過程における人類の利益に結合する 行動としての集団主義は、その行動の原理を明らかにする科学主義と結合するのである。以上を 要するに集団教育ないし集団主義の概念は、資本主義の発展の中で、成立し確立され、社会主義

‑の移行を可能ならしめ、かつ社会主義社会の体制的原理となる社会存立と教育の科学的概念で あり、近代における民主主義の形式性を克服し、 「頁の民主主義」を実現するものとして「現代 史の要求する民主主義」原理ということができよう(ll)。

以上によって明らかにされたように集団教育ないし集団主義教育の概念は必ずしも一義的でな く歴史的に内容を実現していく、そのような意味の歴史的概念である 1958年「世界教員組合連 盟」による「民主主義教育憲章草案」第8項は、今日の憧界共通の理解にたった集団主義教育の 概念をあらわすものといえよう。すなわち「学校においては、教育は協力と相互援助という忠憩

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からその精神をひき出して、生徒の個人的利益と集団的利益の調和的統一を達成しなければなら ない。生徒集団は、自然や社会とたえず接触することによって、社会組織が国民の集団的利益に 奉仕するようになるために、彼らの将来果すべき役割についての自覚的な態度を、年少者のあい

だに養成しなければならない。このような考えにもとづく、集団内の教育は、自覚的な規律のた めの条件をつくりだし、共同の仕事にたいする愛好心を発達させ、学校の内外および卒業後にお ける責任感を目覚めさせるものである(12A'。」このような集団主義教育は次のような教師によって はじめて支えられる。第11項はそれを示している。 「民主主義教育は、国民の問題と利益に深く 結びつき、十分な専門的訓練を受けた民主主義的な教師を必要とする。このような教師だけが、

児童の個性を尊重することができ、こういう教師だけが、児童の要求を理解し、これらを満たし てやるために闘うことができ、こういう教師だけが、市民としての深い責任感のしみこんだ民主 主義者や市民を育成することができる(13㌔」それでは以上のような集団教育の概念の理解にたっ て、集団教育の目的をどう把えたらよいであろうか。

2.集団教育の目的  ア・エス・マカレンコが教育を論ずるばあい、とりわけ重視したこと は教育の目的である。この教育と教育学における大前提の客観的構築なしに凡ては砂上の楼閣に 等しい。彼は「教育学理論のなかでは、教育作業の目的は、いかにも不恩議なことであるが、ほ とんど忘れられたガテゴT) ‑になっているClA二.」として、革命後短かからぬ年月を経た最高の教育 科学全露会議においてすらそうであるといい、 「現在においても将来においても、いかなる教育 学的手段も、任意の科学の命題から(三段論法的に)ひき出されるわけにいかないことは疑う余 地がない。そのようにしてだされるもっともよいばあいであっても、非政治的な帰結となるで あろうし、ひじようにしばしば政治的に有害な帰結となるであろう(15)。」このばあいマカレンコ は、教育目的のもつべき少くとも二つの側面にふれている。その一つは「教育学、とくに教育 の理論は、なによりもまず、実践的に合目的的な科学であること;i6)」を主張しているO任意の科 学の命題から、三段論法的にひき出された教育目的も、それが科学的命題であり三段論法的であ る限りなんらか合目的的であろう。彼は「横棒的予言のタイプ、倫理的迷信のタイプ、孤立的 手段のタイプ{!<}」のいままであまりに多かった教育目的論も、それなりに合目的的であったO し かし彼はこのようなタイプの教育目的を批判し、それを克服するに、次のような論点で迫ってい く。教育の目的は「経験的な遺すじによってはじめて組織されることができるC わが国の学校に は、帰納的・経験的な結論をくだす基礎が十分にある(18)。」 「わたし自身にとっては、それはわ たしの経験によって証明されるものですが、それを大きなソビエト社会の経験によって点検しな

くてはならないこ19)」とし、その結果ソビエト社会の学校には「帰納的・経験的な結論をくだす基 礎が十分にある」ことを明らかにしたのであるO カイ‑ロフ監修の「教育学」は、教育「目的の 発生と樹立とは社会の本質的な要求によって規定される(20つといい、教育および教育目的につい ての観念的理論と唯物論的理解の根本的な差異を示しているが、マカレンコもまた同じく、唯物 論的立場、マルクス‑レーニン主義の立場から教育目的を理解し、しかも自ら実践の経験との結 合において、教育および教育目的が成立、定立される「実在的な根拠」 「現実的な土台」をつき とめるとともに「帰納的・経験的な結論をくだす基礎が十分にある。」ことを確信している。教育 理論はこのような意味において、単なる合目的的な科学ではなく、唯物論的基礎に立った「実践 的に合目的的な科学」であるとするわけである。

他のもう一つの側面というのは、教育および教育目的の政治的目的への解放と統一の側面であ るO この側面もいうまでもなく前の側面と同じくマルクス‑レーニン主義の世界観に根ざしてお

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124 集団教育の課題と方法(その1) (永田)

り、資本主義は、ひっきよう社会主義にたいして「政治的‑倫理的」に深い敗北を唆せざるを得 ないという客観的な歴史認識からきている。資本の支配のもとで、人間性の喪失に導かれざるを 得ない労働者階級の解放闘争は、政治的二経済的闘争であると同時に、政治的‑倫理的闘争であ る。人間を疎外から解放し、人間を全体的に回復するのが教育の最高の目的であるとするなら、

解放運動と結合して把えられる教育の目的は政治的目的へ解放され、それと結合することによっ て、政治的目的に奉仕する.社会主義のもとでは‑i‑ラルほ、このような意味で政治や教育とも結 合し、それらはともに客観的土台に支えられている。マカレンコは「わたしたちは人間をただ 教育することはできません。わたしたちは、一定の政治的な目的を自分のまえに立てないでおい て、教育の仕事をおこなうという権利を、もっておりません。明白な、詳細な、こまかに周知さ れている目的をそなえていない教育の仕事というものは、非政治的な仕事でありましよう〔21)c」

たしかに人間の尊厳を実現する実質的な民主政治においては、教育は政治と結合することなしに 実現し得ない。そこでは教育は政治的に発想されうるし、また政治の要求を、教育の原理にもと づいて実現することを可能とする客観的土台をもつのである。マカレンコの教育目的論は、少く

ともこのような理論的な根拠とともに、彼の深い実践的理解のうえにたてられている。

「教育の仕事の目的はどこからくることができるのでしょうか?むろん、わたしたちの社会の 必要から、ソビエト人民のねがいから、わたしたちの革命の目的と課題から、わたしたちの聞争

の目的と課題からくるのであります。そこで、目的の定式化は、むろん、生物学からも、心理学 からも、ひきだすことはできません。わたしたちの社会史から、わたしたちの社会生活からの み、ひきだすことができるのであります(22)。」という命題には、少くとも以上の二つの側面が統 一された形で、明確にのべられているとみられる。

ところで「これらの目的は、人格の設計される質のなかに、性格の画像のなかに、また個々の 人のために明確に計画されるそれらのものの展開路線のなかにあらわれなくてはならない〔23、。」

そのような人間像として彼は次のようにのべている。 「私たちは、文化的でソビエト的な労働者 を教育したい。したがって、私たちは彼に陶冶を与えねばならないし、彼に技術的な熟練を与え ねばならないが、彼を規律あるものにしなければならない。彼は、政治的に発達した忠実な労働 者階級の一員であらねばならず、コムソモール・ポルシェビィキであらねばならないO私たちは 彼に義務感、名誉という観念を教育しなければならない。いいかえれば、彼は自分と自分の階級 の価値を感じ、それを誇りとし、階級にたいする自分の任務を感じなければならないO 彼は同志 に服従する能力をもち、同志に命令する能力をもっていなければならない。彼は自分の生活のた たかいの条件に応じて、ていねいで、きびしく、優しく、容赦なくあらねばならない。彼は積極 的な組織者でなければならない。彼は根気づよく、剛健でなければならない。彼は自制でき、他 のものに影響を与えなければならない。彼ほほがらかで、元気で、緊張しておりたたかうことも 建設することもできる才能をもち、生き生きとくらし、生活を愛する才能をもっていなければなら ない。そして彼は、未来はもちろん、彼のすべての一日一日においてそうあらねばならないし24) 」 ここには、なによりもマカレンコに結晶したすばらしく含蓄のあるソビエト的な人間像の禍街が みられる。そして同時に、ソビエト教育の全目的とそこにおける集団教育ないし集団主義教育の 位置づけがうかがわれる。すなわち集団主義教育というのは、学力の形成、知識・技術の陶冶と 人格・世界観・態度の教育(狭義の)を含めた教育(広義の)凡てを意味するわけではない。そ れは何よりも人格、態度、そして陶冶とかかわりつつ世界観を形成する独自の分野をもった仕事と 考えられよう。マカレンコ自身ゴ‑リキ‑記念コロ‑ニャとジェルジンスキ‑記念コムーナでの

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浮浪児や法違反者の教育における長い「かなり苦しい疑いと誤謬の数段階をくぐりぬけて、いくつ かの結論に達した(25)」その重要なひとつとして集団主義教育ないし訓育の、仝教育における偉Il'l

・領域性の自覚に達し、彼独白の、しかもまさにソビエト的、社会主義的な人格形成の方法とさ れるような高みにまで達したのである。 「わが国のこんにちの教育学の思想家たちとわが国の教 育事業の個々の組織者たちとのなかでは、教育作業の特別な、個々の方法論はすこしもいらない とか、授業の方法論、教科の方法論は、みずからのうちに、すべての教育恩恵をふくんでいなく てはならないとかいう信念がもたれています。わたしはこれに賛成ではありません。教育的な領 域‑純粋な教育的な仔沌克Iま、いくつかのばあいには、授業の方法論とはちがう別個の領域であ ると、わたしは考えています(25)。」以上によってこの項のテーマである集団教育の目的は、ソビ エト的全社会主義教育の目的と不可分に把えられなくてはならないこと、しかもそのような全教 育の目的のなかで集団教育の目的は、独自の糾戒をもったものとして焦点づけられて把えられる べきであることに注意する必要があろう。

マカレンコは、以上をもって集団主義教育の削勺である典型的な性格の複合体を次の如く要約 している。 「集団における人間の自己感覚・集団主義的な態度と反応の性格・規律性・行動と自 制にたいする用意・臨機応変さと位撞判定との能力・感動的な見通しをもって全ノ」を傾倒する態 度こ26}。」

2. 集 団 観

1.社会・集団・個人・人間性  集団主義教育における集団をどうみるか、とりわけそれを マカレンコのそれをとおして明らかにしたい。社会・集団・個人の発展的統一の問題と、集団と 人間性の問題はもともと不可分におかれている。以下そのいくつかの組合せによる論究も便宜的 なもめにすぎない。まず、はじめに19世紀から20世紀の現代へかけての社会学的な主要動向の問 題として簡単に把えたい。日高六郎氏は19世紀から20世紀初頭への社会学上の系譜をのべたあと、

次の如くその期の特徴をあげている。「もし個人‑小集団一一組織一体制というレベルで考えるなら ば、前近代から近代へという移りかわりのなかで、とくに前面に浮彫りにされてきたのは『個人』

と『組織』であった。ヨーロッパにおける近代的偶人は、なによりもまず、家族や村落共同体や 都市ギルドなどの小集団から解放されることで、新しい自由を獲得した。また他方、このこと は、普遍的絶対教会や専制的絶対主義的国家からの解放という意味で、封建体制からの離脱でも あった。いうまでもなく封建的体制からの離脱は、決して体制一般からの離脱ではなく、客観的 には資本主義社会体制のなかに操りこまれる過程にはかならなかったけれども。しかし、主観的 には、近代的個人としての経済人にとっては、袖の手は見えざるものであり従って体制も見えざ るものであり、見えるものは、市民的自由意志と契約によって成立する市民国家、政党、株式会 社などであった。つまりここでわれわれがいう大『組織』であった(27) 」 「いうまでもなく、こう

した(デュルケム、ジンメルなどの)楽天的『分化論』にたいして反対の¥r.場に立ったのがマル クスだった。マルクスは二分法的発展段階説の特徴点にたいして、ほとんどことごとく対立す る。第一に、マルクスはく近代>にたいして、はなはだ懐疑的だったし、第二に彼は、資本主義 体制にたいする問題意識を深刻にもっていたし、第三に彼はく分化>のマイナス面にたいしてす こぶる敏感だった。とくに最後の点では、彼は第一には『肉体労働L』と『精神労働』との分裂の なかに、第二にブルジョアジーとプロレタリアートの分裂のなかに、人間の疎外の原因をみた。

社会的分化あるいは社会的分焚酎こ注目した社会学者たちが、労働の、職業の、集団の、社会機能

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V26 集団教育の課題と方法(その1) (永田)

上の分化あるいは分業に眼をつけながら、階級あるいは階層分化に充分注意をはらわなかったと すれば、そこに体制の意識が明確にされなかった最大の理由があったにちがいない。しかし、マ ルクスはそれらの社会学者と同じように小集団の果す機能については、必ずしも十分に論議を展 開していないf28ic一」

この期における社会学的移行の特徴は、封建的諸小集団からの個人の解放と離脱、封建体制か らの、市民、国家、株式会社などの大「組織」の解放と離脱、新たに登場した資本主義体制を 含めて、体制概念の主観的喪失、そのようななかで新たな諸個人の形成する小集団は、個人の理 性への信頼がよせられる限り、いくらかはオプティミスティックに肥えられていた。このようにこ の期には一方で、個人に対置して、組織が把えられたのであるが、他方で社会学的移行のマイナ ス面、人間の分裂と疎外とそれからの解放が、社会的歴史的課題として人々を把えた。この課題 に凡を傾倒したマルクスは唯物史観の立場から社会現象、社会実践の法則性を科学的に分析しこ の課題に応えた。彼は個人を体制と対置させる科学的視点を開くとともに、人間性、人間の類的 本質の実現の立場から両者の統一の実践的法則を明らかにしたといえるo ところで次の20世紀に おける社会学的移行の特徴は何れ一方で新たな段階における社会学的な「個人から集団.組織 へ」の動向、他方でこれとからみあいっつ、しかも対立するものとして、マルクス主義における

「個人と体制」をつなぐ集団主義への関心が深まりつつある。今やこのような中で「個人一集団

‑m織一体制」の新たな段階における一貫した論理の退求が課題化されているO

「あきらかに20世紀的状況のなかで問題となってきたのは、資本の独占、集中の強化、世界 (社会圏)の拡大、技術の進歩、教育の普及、大衆民主制の伸展にともなうあたらしい事態の出 現であり、社会科学がそれにどのようにこたえるかの問題が存在していたのである。そのなかで は、人間がつくりあげた集団や組織が所与のものとして、それをぬいては個人はかたりえない、

とらえがたいものとしてきていたのである(29;。」前期にはまだ個人は、能動的・理性的行動にお いてある程度楽天的に把えられていたが、いまや組織の発展、巨大な機構化の中で、没個性化、

個人の原子化の中におかれている。 20位紀を「マス‑大衆社会」として把えるのは機械時代の組 織の機構化の反映である。組織対個人の単線的対立、エリートとマスの両極化現象のなかでは両 者をつなぐ橋もみつからない。組織の巨大化、機構化、官僚化、大衆社会化の中で、また個人の 原子化の中で階級や民族の指標は一見無意味なものにみえ、個人は無力感の中におかれ、自己の 根底をなす体制と個性的個人の問題はおき忘れられる。組織の肥大化、巨大化の中での、全社会 軸における体制と個人の喪失、したがって人間性の喪失にたいして、体制と個人の両端に架橋 し、人間性の回復をほかるさまざまな努力、営みは現われざるを得ない。機構的組織と原子化さ れた個人の中間に小集団を介在させ、その内部における操作によって個人の人間的疎外を何らか の程度に緩和しようとする試みがなされる。そこでは「人間行動あるいは能動性を、小集団内部 の可視的な『場』においてとらえ、そこから実験的、臨床的方法によって組織内部における部分 的修正をこころみようとすることになる(30)」そこにはヒューマン.リレ‑ション理論、集団工 学、学級集団研究におけるソシオ・メトリー、ソシオ・ドラマなどの技術が援用される。これら の手法も、pそれはそれなりに意味をもっていることまで否定することはできないDそれらは近代 主義的個人の立場にたって独占化した産業組織の必然的にうみ出す人間性の疎外を緩和し、欲求 不渚を情緒的に解決するであろうO ところでこの立場も「人間の解体と孤立化、原子化を憂慮す るが、そのような人間性の疎外は生産関係からであるよりも、むしろ生産力の発展(生産規模の 巨大化や機械化、マス.コミュニケ‑ションの発展等)そのものからうみ出されると考えるlこ31:O」

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そしてそれは資本主義たると社会主義たるとを問わず、生産力の巨大な発展のなかで近代的合理 主義が貰ぬく限り、 「機械化、マス化、官僚化のなかにおいても、自然発生的に存在する、地 位、利害、性格、趣味などの人間的欲求と非合理的、感情的な類似性をもとにして形成された自 発的小集団に注目し(31)」 「あるがままの人間関係に着目する。そしてそのような自発的小集団 や、あるがままの人間関係における抑圧的な封建的要素をとりのぞき、心理的安定と情緒的満足 をあたえようとして操作する技術。32)」としてある。

このような小集団的手法、所与の場、空間における自然発生的なあるがままの人間関係の接触 的集団過程にのみに歪曲化された、人間疎外からの回復は、人間性の全体的回復に寄与しないの みか、人間性に一定の歪曲をもちこむ。またそのような小集団は、平和・民族の独立・階級的解 放の体制的課題を、個人の全体的個性の実現に結合するかわりに、両者を切断する。体制・組織 を個人に結合し、真に人間性を実現する集団はどのようなものとして把えられうるであろうか。

北川隆富民はこの点について次の如くいい、 「空間軸においてのみとらえられる集団論から、時 間軸をあわせもった集団論‑の展開、あるいはその統一の上に成立する集団論の形成C33)」 「この 歴史的発展段階のなかで、集団的談話的パーソナリティを考える接触的集団として把えられる集 団の側面、この形で考えられる集団の機能と、他方機能的労働集団として、生産関係によって規 定される側面、労働をとおして形成されるパーソナリティの問題とを分離することなく把握する こと(33)」を課題とした。資本主義社会における生産関係において「部分労働者たちが失なうもの は、彼らに対立して資本において蓄積される.部分労働者たちにたいし、物質的生産過程の精神 的能力を他人の所有として、また彼等を支配する力として、対立させる(34) 」のであって、この ように人間の基本的諸能力の発達を制約する社会的諸関係が厳存し、しかも世代から世代‑と 歴史的法則によって貫かれていることをみるとき、われわれの課題とする集団論は、社会構成体 との関連における歴史的時間と結合し、伴階級』の概念をいかに集団論の内部にくみこみ、しか も、それを接触的集団としての側面といかにくみあわせるかにある(35)。」さらに進んで「階級を 前提として集団論を構築するということは、いうまでもなく、運動を(矛盾の止揚過程として) 前提にし、そのためには指導が問題となる。近代社会学や教育学で集団の問題がつねに指導と堅

くかかわってきた事実は、見逃すことができないし、その観念からいえば、階級的性格を指導の 内容からもあきらかにすることができる(35) 」このような集団は、いうまでもなく、単に「自然 発生的静態的第一次集団(36)」でもなく、またフアッシズムと結びつく「自然発生的行動的第一次 集団(3?)」でもなく、階級的解放における矛盾の運動として、歴史的時間的発展過程において把え られるものでなければならないであろう。人間が全体的個として自己を実現するのは、集団、組 織をとおして、現代における社会体制の問題、階級、民族の課題にせまるときに可能となるであ ろう。そこにおいて個人は創造的主体として異体的自由を得るであろうO いわゆる「皆が一人の ために、一人は皆のために」という集団主義の原則は、もとより集団と個人の弁証法的関係とし て貫かれねばならないが、それを現実的合理的に可能とするためには、個人、集団、組織、社会 体制にわたって一貫して貫かれねばならないであろう。

2.集団と社会  次にわれわれは、個人、集団、組織、社全体制の一貫性の課題を、事柄を 簡単にし、当面の基本的問題に焦点づけていくために、 「組織」のレベルを括弧にいれたままで、

「個人」 「集団」 「社会体制」の三レベルにおける一貫性の論理を探究したい。まず社会と集団の 関係から集団をみたい。

マカレンコの組織する集団は、他のソビエト集団と同様に、なによりもソビエト社会、その社

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128 集団教育の課題と方法(その1) (永田)

全史に向って自己を聞きソビエトの社会生活、その社会史の課題をになっていく集団である。そ してとりわけソビエト勤労人民のねがいを自己の願いとする集団なのである。彼の集団は、ソビ エト社会体制の実践的要求の客観的必要を、自らのものとしてうけとめないで、拒否したり、お しながしたり、素通りさせたりする諸集団とは無縁である。マカレンコたちの集団の目的は、

「むろんわたしたちの社会の必要から、ソビエト人民のねがいから、わたしたちの革命の目的と 課題から、わたしたちの闘争の目的と課題からくるのであります。」 (前出)というように、集団 は、全社会、社会史、人民の願望要求に向って胸襟を開き、その流れをうけとめ、それを自己の 流れと調和させるだけでなく、自己を歴史の大河の流れにひたしていく「重さをもった集団」「̀社 会史の課題に責任を負った依存関係としての集団」なのである。それは、社会にたいし、自己を 閉ざして、仲間だけの仲よしに閉ぢこもる集団、自分だけの利益にたてこもる人間同志の偶然か

ら偶然への集まりでもなく、また客観的要求や客亀用勺法則とは別なところに人間性の回復を求め る兄とおしをもたない集団ではない。だからマカレンコはより明確に、集団において、 「私た ちはく総和>とか、個々人の集合体をみるのではなくて、少年少女が実際に生活している集団、

すなわち社会主義建設、階級闘争・無階級社会への我々の移行という劃期的な時代に存在してい るソビエト労働者社会の一部としての集団をみる(38)」といい、 「集団はソビエト社会の一部であ

って、他のすべての集団と有機的に結びついているO集団のうえには、社会にたいする第‑の義 務がかかっており、それは国全体にたいして第一の義務を背負っている(38)」というとともに続い て「それの各成員は、集団をとおって、はじめて社会にはいっていく(39)。」という点が、特に注 目されねばならない。それは、集団が仝社会生活と社会史の重さをもった集団でありながら、そ れに圧倒されるのでなくて、個人の成長と集団の発展の相互の往復関係、弁証法的関係をむしろ 条件として、はじめて社会を社会とするというわけである。

したがってマカレンコのいう集団は、算一に、教育の対象たる集団であるよりも、児童集団と してそれなりに、社会にたいする第一の義務を背負っておる、社会の一般目的に関与しているソ ビエト市民、ソビエト集団として自己を自覚し、そうみなされていなければならないG だから集 団は、ソビエト社会における、いわば第一級の生活集団としての誇りを掲げもちながら、それが 同時に、個の成長を条件とする教育集団であり、むしろ教育集団化を条件として生活集団となる ような集団であることを意味する。 「私たちはこの観点にたち、私たちの被教育者をソビエト共 和国の完全な市民権をもっている市民と同じように、彼らは自分の社会的労働に参加する権利を

もっており、彼らは教育制度に参加するのではなくて、労働秩序に参加するものであるとみなさ れなければならない(40)。」・このことは第二に、彼の集団は生産労働の集団であり、集団的労働と 活動をとおして、ソビエトの社会主義建設の課題・克服・前進の感動がひしひしと波うつような 集団であらねばならないことを意味する。彼が浮浪児の児童集団施設に、どん欲と思われる程 に、より高い、より大きな生産手段の獲得をめざし、それを名誉ある集団の目的とし、実現して いったかをみればこのことは明らかである。なぜなら生産労働こそ、個・集団・社会を統一する 客紐的基礎だからである。この命題の解明のためには、いままで述べてきた以外にもなお多くの ことが必要であろう。ここでは次の点にとどめよう。すなわち生産労働の質を規定する基本的観 点として、次のことがいえよう。 「生産力と生産諸関係との憶応、および生産力の発展の貫徹、

という法則性をマルクス‑レーニン主義的に理解しようとするばあい、その生産力なるものを ば、技術上の生産用具ないし労働手段と一定の生産上の経験にもとづいて生産過程を実現する人 間とを意味するものと見るだけでは不十分であることをしめしている。われわれは、その生産力

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なるものの諸規定のなかに、マルクスにしたがって『革命的階級そのもの』をば、『いっさいの 生産用具のうちで、最大の生産力』としてはっきりと確認することを忘れてはならない(41)。」生 産力のこのような規定を含む生産労働こそは、社会進歩の課題を、集団の課題とし、集団の責任 をおいきる科学的芸術的認識力と民主的集団組織力とをかねそなえた個人を客観的に要請するか らである。このような集団は、既に第三に、文化的思想的解放をめざす集団であらねばならな い。だから集団は、文化的思想的な歪曲とたたかうとともに、豊かな文化的集団活動に自主的積 極的にとりくみ、社会発展の動力として文化と思想の課題を継承する基本的力を培うものとなら ねばならないのである。

以上マカレンコの組織した集団は、社会全体に自己を開いているところの集団であり、生活的 に、経済的に、政治的に、そして文化的、教育的に、社会全体の利益に結合している集団であっ たし、他の社会諸集団とも緊密に結びついている集団であることが要請された。

3.集団と個人いままで社会と集団の関連に視点を向けてきたが、次に視点を集団と個人

の関連へ移行させねばならない。われわれはそれを抽象的次元において問題にするのではなく て、マカレンコの思想と集団の現実態においてみようとするだけである。

教育の目的は、社会の日的、社会の必要ーソビエト人民の闘争の日的、ソビエトの社会史と社 会生活から生れてくるものであり、児童集団ではあっても、現に全社会に第一の義務をになって おり、経済的、政治的、文化的に、社会全体の利益に結合するように集団を組織することによっ て、実現されるものとされた。つまり教育の目的を実現することのできる手段、そのようなもの としての教育形態は、単に教育形態として考えられるまえに、ソビエト社会の生活そのもの、そ の刻印をもった現実の生きた集団形態、そのようなものとしての社会的・集団的形態をもったも のでなければならない。そのようなソビエト的社会的集団形態の刻印の主要なものは何だろう か。「集団とはどういうものでしょうか。・=‑相互に作用しあう個々の人々のたんなる集合では なく、たんなるグループではありません(42)。」「かれらはたんなる友情によって結ばれているので なくて、仕事のうえでの共通の責任により、集団の仕事‑の共通の参加によって結ばれているの であります(42)。」そのような「集団の仕事への共通の責任ある依存関係」は集団の罪‑の特徴で ある。集団と個人、集団そのものと集団成員との関係の基本性格は、これによって規定されてい るといえる。「わたしたちの被教育者もまた依存関係の一定のシステムに向って準備されていま す.。ブルジョア社会の依存関係のシステムから、つまり、搾取と生活上の財貨の不公平な配分と から解放された以上、被教育者は一般に依存関係のどのような連鎖からも解放されていると考え るのは、おそろしい思いちかいであります。ソビエト社会には依存関係の別種の連鎖があります。

それはたんなる群のなかにいるのではなくて、組織された生活の中にいて、一定の目的に向って 努力している社会成員たちの依存関係であります。そしてこのわたしたちの組織性のなかにわた したちソビエト人の徳性をも、かれの行動をも、規定していく過程と現象とが存在するのであり ます̀‑43)

'。」

ここから次のような諸特徴があらわれるC第‑に、集団の優位の思想である。集団の目的はなに よりもソビエト社会の目的から生れてくるのであって、集団成員の個々の要求、目的のよせ集め やつみ重ねではない。しかしそのことは、同時に集団の目的とその実現のための規律が、成員の 要求の人間的要求への高めあいのなかからでてくることを否定することにはならない。マカレン コは基本的に成員の要求と集団の要求の統一の思想にたちながら、それが矛盾し対立するばあい には集団の昌的、意志、利益を成員個人の目的、欲求、利益に優先させることを要求している。す

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130 集団教育の課題と方法(その1) (永田)

ぐれた成員ほど同じ違反にたいしてもきびしい、そしてもっとも嫌な罰が科され、しかもそれを 名誉と意識するという伝統がうちたてられていたことはそれを意味する.。第二に、集団の目的と 個人の目的との統一と調和の思想である。これは集団優位の恩想と一見矛盾するようにみえるか も知れないが、必ずしもそうではない。集団優位は、成員個人の目的との調和をあくまで大切に する。いわば個人優位の‑面との、矛盾において却って統一されるのである。 「共通の目的と個 人の目的とのこの調和がソビエト社会の性格であります。 ‑‑・児童集団がまさにこのように構成 されうるものであることは、明らかであります。もしそれがそのように構成されていないとすれ ば、それはソビエト的教育ではないと、わたしは断言します(44) 」そしてこの調和は組織されか たの問題であるとしている。したがって第三に、 「集団‑それは組織されており、集団の機関を そなえている個人たちの目的志向的な統合体であります。集団の組織があるところには、集団の 機関があり、集団によって信任されて全権をもっている人たちの組織があるのであります(45) 」そ して命令するものと服従するものとの関係における厳格な規律がある。命令する者は「命令を与 えながら自分は集団の意志を実行するのだということが判って(46)」いるのだし、平等な成員への 服従は、 「たんに服従しなくてはならないというのではなくて、服従することができ(47)」る彼の 集団的能力によっているのであるO社会の単位としての「築軌ま、共通の目的や、共通の労働に おいてだけでなくて、その労働の共通の組織においてもまた、人びとを組織していく(48)。」この ように、集団じしんが一定の目的と意志をもち、その目的へ向っての集団的努力における依存関 係において、いよいよ複雑で正確な民主的集団組織性を自己のものとしていくような集団こそ、

集団優位と個人優位の矛盾における統一、弁証法的統一を獲得し、集団の利益と個人の利益とを 調和的に統一していくことができるのである。そのような集団形態こそソビエト社会の性格の刻 印をになったものだというわけである。このことはやがて次のように重要な命題に導くのではな かろうか。第四に、共同の必要・要求にめざめた、共同の集団目的、集団労働、集団組織こそ、

それに参加している成員の人間を人間たらしめる教育的経験の基本形式をなすのである。マカレ ンコの集団の目的とその規律は、ソビエト社会の一部として、人間的要求の解放、人間の自己実 現の「闘争性における自主性、創造性(49)」をひき出すものであり、規律そのものを目的とした り、消極的な要求だけにとどまるのでない。だからマカレンコにおける集団の「規律は、現実的 な救いであり、人間的開花の現実的な条件であったl、50)」のであり、 「規律は個々の人格を、個々 の人間を、よりよく防衛された状態に、よりいっそう自由な状態におくものであるlこ51)。」したが

ってこのような集団日的、集団的労働、集団的組織こそ、人間を人間にする人格的経験であると 同時に、その意味でまた教育的経験形成の基本形式である。そうだとすれば、この教育的経験 は、自己の原型である、如上の社会的・集団的組織形態をはなれて存在できないし、存在すべき ではない。もしもこの社会的、集団的組織形態からはなれて、教育経験が、かりに任意の合理的 合目的的命題として、とり出されたとしても、それは一定の偏向におかれている。

だから一人ひとりの人間の中に教育的経験を組織するということは、如上の一定の実質をそな えたものとして、現実の生きた社会的、集団組織態であり、それが同時に教育集団形態をなすよ うな集団を組織することであり、したがってまた、集団における教師の教育的指導の組織形態 が、それが同時に、生徒集団と、ひとりひとりの自主的主体的活動の組織形態をなすように集団 を組織していくことを意味する。マカレンコは次のようにいう。 「わたしが納得させようと努力 した点は、わたしは君が教育のある人となり、生産で労働する人となるように、君に教えること ができるほどの教師なのではないということ、君は生産過程への参加者であり、君は市民である

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が、わたしは年うえなのだから、君にこそ協力してもらい,君にこそ参加してもらいながら、生 活を指導しているのであるということ、でありましたC君は被教育者にすぎない、つまり教育現 象にすぎないのであって、社会現象でも、個人現象でもないのだと、なにはおいても、わたしは そのように思いこませない努力をしました。しかし事実のうえでは、わたしからみると、かれは 教育現象であったのであります。おなじことは隊についてもいえます。隊は大きな社会的任務を おびている小さなソビエト的細胞であると、わたしは主張してきました。この細胞は社会的任務 をおびています。それはコムーナをできるだけりっぱな状態にたちいらせるために努力していま す。一日・隊は社会的活動体であり、社会的作業の、生活の、第一次細胞でありますC52j 」このよ うに一人ひとりにたいしても、隊、集団そのものにたいしても、それらがたんなる教育の対象で はなくて、社会の主体であり、同時に教育の主体であることを身をもって経験させようとした。

だからまた、一人ひとりの中に教育的経験を組織するためにマカレンコは、それを第一次集団を とおして行わるべきだとし、個人が問題ではなく、隊だけ、第一次集団だけが問題だとしたので ある。形はこうであっても、実は問題は個人の成長にあったのである。第一次集団だけを問題に して個人を問題にしないという形で、個人を集団の主体的組織者として成長せざるを得ない立場 においたのである。

3.集団と人間性  教師が自らの指導性において、社会の目的に応ずる教育Ej的・人間の諸 性格ならびにその複合体を、人間の外的行動の性格として、また人間の内的確信として人間のなか に組織するということは、マカレンコの集団教育の論理に従えば、実践的には、ソビエト的典型 の集団を育成することとして現われた。このばあい、集団を教育の客体とすることは、かえって 集団とその成員を、それによって教育の主体の位置にすえる'ことを意味した。マカレンコのこの いわゆる「平行的教育作用(53つの論理においては、個人の尊厳を中心とし、生徒の主体性を大切 にし、個々の生徒の入間としての自覚的な成長を重んじ、 「人間性」のより高い実現を求めるも のであった。集団が教育の客体であると同時に教育の主体であるということは、集団みずからが 集団成員の一人ひとりを、人間の尊厳性にもとづいて、人間の可能性を最大限に実現することを 可能ならしめうるような要求主体となることを意味している。.人間の人格的核心をつくりあげ る、人間変革のためには、人間の集団生活そのもの、人間の集団的存在そのものを、すなわち集 団の目的、労働、組織性、すなわち集団の仕事への責任ある依存関係を、その集団自体のスタイ ルから変革していくことが必要となる。竹内良知氏は「個人は他の諸個人および自然との能動 的、意識的な関係の複合体の結び目にはかならない。したがって、彼はこれらの諸関係を変える

ことによって自己自身を変化させ、変革させることができる。人間の個性というのは、その個人 がとりむすんでいるこのような実践的関係の全体であり、彼の能動的ー意識的な実践過程の全体 にはかならない(54:.。」だから「人間形成、いいかえれば彼のパーソナリティの獲得ということ は、これらの関係の全体についての意識の獲得にはかならない。また),ヾ‑ソナリティの変革とい

うことは、これらの関係の変革なしにはありえない(54;。」という。

マカレンコは、人間を尊敬するが故に、個々人の最大限の成長を、教育的要求としてかかげ、

したがって、彼の組織する集団を、またこのような質の教育的要求の主体たらしめるように、そ の集団の前進運動を組織しようとしたのである。だから彼は、規律の基礎について語ったばあい 次のようにいっているO 「わたしの教育学的経験の本質を短い公式でどんなぐあいに規定するこ とができるかと、もしだれかにたずねられるとすれば、わたしは、人間にたいするできるだけ大 きな要求と人間にたいするできるだけ大きな尊敬、とこたえるでありましょう(55 」これは彼の

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