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監査法人の組織環境と監査制度

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(1)

1.はじめに

近年、情報技術の進歩や科学技術の発展が著しく、企業にとってはビジネス チャンスが多様化しているが、他方で、それに伴うリスクも拡大してきている。

このような状況の中、企業において、リスク管理の重要性が高まっており、ま た、リスク情報の開示に関する議論も高まっている

そして、会計士監査においても、リスクを基礎にした監査手法の開発・精緻 化が行われてきている。具体的には、かつては実証手続を中心とした監査手続 が採られていたが、1980年代頃から欧米では財務リスクを基礎とした監査リ スクの概念を導入したリスク・アプローチが普及していき、現在では財務リス クだけでなく企業のビジネスそのものに関するリスクまでも考慮するビジネ ス・リスク・アプローチによる監査が行われるようになっている

監査法人の組織環境と監査制度

―ビジネス・リスク・アプローチを巡る制度変遷を手掛かりとして―

嶋 津 邦 洋

例えば、「国際統合報告フレームワーク(IIRC 2013)」では、組織の短、中、長 期の価値創造能力に影響を及ぼす具体的なリスクと機会を特定し報告することを 述べている。

ビジネス・リスク・アプローチは、とくにアメリカの大手会計事務所を中心に実 務主導で発展し、具体化されてきたものである(福川2006, 83頁)。そこでのア プローチは、監査人は、被監査企業が属する産業や外部経営環境、事業経営に関 する特別な法律や規則の有無、事業経営の概況と進め方、経営陣ならびにガバナ ンスの状況、経営目標と経営戦略、業績測定の方法と評価尺度、過年度の財務状 況などについて調べ、それらの調査事項の中から、とくに当該企業にとってのビ ジネス・リスクを抽出し、当該ビジネス・リスクに対するリスク管理の不十分さ や不適切さが、やがて重要な虚偽表示のリスクにまで転化する可能性を評価し、

その可能性が高い箇所を重点的に監査しようとする(山浦2008a, 226-227頁)

(2)

しかし、ビジネス・リスク・アプローチについては、近年のリスクの複雑化 に対応するためにリスク・アプローチをより効率的・効果的に発展させた進化 形態であるという見方の他に、監査業務の十分な収益性を確保するためにコン サルティングの要素を取り入れて開発されたという見方もある(Robson

et al .

2007, pp.412-422)

。このようなコンサルティングの要素をも持った監査手法は、

エンロン事件やワールドコム事件といった一連の大規模会計不正事件を契機に 社会的に大きな問題とされ、伝統的リスク・アプローチが再び重視されるよう になった(Robson

et al . 2007, p.432)

その結果として、例えば、現行の日本の監査基準ではビジネス・リスク・ア プローチの視点を加味しながら、伝統的な監査リスク・モデルの踏襲を行った ものとして「事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチ(企業会計審議

2005a)

」が制定されている。そこでは、ビジネス・リスク・アプローチと

同様の志向で企業および企業環境を十分に理解することにより重点を置き、リ スク評価の対象を拡張することが強調されている一方で、そこで提示されてい る監査リスク・モデルは、従来のリスク・アプローチにおける

IR

CR

を統 合した

RMM

を用いるものとなっている

以上のように、監査制度におけるリスクの取り扱いは一貫したものとなって いない。そこで本稿では、新制度派社会学の分析視角から監査法人の組織環境 を整理することで、このような監査制度のリスクの取扱いにおける揺らぎの要 因を浮き彫りにすることを目的とする。

本稿の目的のために、まず、初めに新制度派社会学の分析視角を概観し、

監査制度の研究において新制度派社会学を用いる意義について述べる。次に、

わ が 国 の 現 行 監 査 基 準 に お い て 示 さ れ て い る 監 査 リ ス ク・ モ デ ル はAR RMM×DRで あ る。RMMと は、 重 要 な 虚 偽 表 示 の リ ス ク(Risk of Material

Misstatement)であり、IRCRの結合リスクとしての重要な虚偽表示が存在

するリスクと説明されている(例えば、企業会計審議会 2005a, 松本 2005, 山浦 2008aなど)

(3)

新制度派社会学の分析視角から監査法人の組織環境の整理を行う。そして、リ スクを巡る監査制度の変化に関して、監査法人の組織環境から分析を行うこと で、監査制度の揺らぎの要因を浮き彫りにしていく。最後に、本稿の課題と展 望を述べて締めくくる。

2.新制度派社会学の概観

新制度派社会学の主要な問いは、どのように組織がその環境における制度に よって影響を受けるかであり、多くの研究は組織における国や専門職の影響を 述べており、そして新たな組織的形態や実践の拡散を追跡する(Scapens and

Varoutsa 2010)

。新制度派社会学による研究は、制度の構造的性質を強調し、

どのように組織が、組織の外部にある制度的な力によって成型されるかに大き な関心を払ってきたが、最近の研究は、制度が生み出される方法やどのように それらが変化するかについても関心が向けられるようになっている(Scapens

and Varoutsa 2010)

例えば、Suddaby

et al .(2007)は、新制度派社会学を分析視角として用い、

監査法人の国際的なメンバーシップの高まりを起点に、近年の監査制度が公共 の利益や市場関係の抑制よりも経済性を重視するようになり、また、監査制度 の持つ力も国家や特定の専門職団体によって集権的に行使される強制的なもの ではなくなり、多数のアクターの相互依存間関係から生じる規範的なものと なっていることを述べている。つまり、監査法人が国際的ネットワークを形成 することで、監査制度に関わるアクターも変化し、監査制度の特徴を大きく変 えていることが説明されている。

「新制度派社会学」という用語の使用については、他にも「新制度派組織理論(例 えば、佐藤、山田 2004)」などがあるが、ここではScapens and Varoutsa(2010)

にしたがっている。Scapens and Varoutsa(2010)は制度論を旧制度派経済学、

新制度派経済学、新制度派社会学の3つに分類している。

(4)

このように、監査制度は、単に基準設定団体による監査法人や会計士に対し て一方的に設定されるのではなく、監査を実践する主体である監査法人や会計 士からも強く影響を受けて設定される。すなわち、監査法人や会計士と制度設 定団体との相互作用の中で監査制度は設定されると考えられる。

したがって、特定の組織とその組織環境から制度の設定や変化の分析を行う にあたっては、新制度派社会学の分析視角が有用であると考える。本節の以下 では、新制度派社会学による分析に入る前に、ここでの重要な概念である「制 度」と「組織環境」についての概要をまとめる。

(1)新制度派社会学における制度

新制度派社会学では、制度と制度化を次のように捉える。すなわち、「制度は、

特定の状態または特性を獲得する社会的な秩序またはパターンを表しており、

制度化はそのような特定の状態または特性の獲得プロセスを意味している。秩 序またはパターンによって、個人は、慣習として、標準化された相互作用の連 続に注意を向ける。その結果、制度は特定の再生産プロセスを明らかにする社 会的パターンである。反復的に活性され、社会的に構成されたコントロールに よって、すなわち一連の報酬と制裁によって規定された方法で、そのパターン からの逸脱が抑制されるとき、制度化されたものとして、社会の人々はあるパ ターンに注意を向ける」傾向にあるということである(Jepperson 1991, p.145)

したがって、新制度派社会学においては、法制度や基準のような権威性や強 制性を伴ったものだけではなく、一定の拘束力を持った慣習などの社会的パ ターンも制度として捉えることになる。そして、そのような社会的パターン の一部は法制度や基準化されることがあり、逆に、新たに形成された社会的パ ターンによって既存のものが非制度化(deinstitutionalization)されることもあ る(Oliver 1992)

(5)

(2)2つの組織環境とその特徴

新制度派社会学において、組織環境の組織モデルは

2

つのタイプに分けて整 理できる。

Meyer et al.

(1983)は、「組織構造が主に

2

つのプロセスを通じて公式(formal)

なものとなる(p.46)」と述べており、この

2

つのプロセスについて、具体的 には次のように提示している。すなわち、第一に、複雑な技術と(市場のよう な)社会的環境の複雑な交換が、技術的労働を効率的に調整することによって、

合理的な官僚的組織構造の形成を助成する(Thompson, 1967; Galbraith, 1973) 第二に、合理的で正統なものとしての所与の役割のタイプとプログラムを定義 する制度的構造が現れ、これらの構造はそれぞれ、その要素を組み込み、そ のルールに一致する特定の官僚的組織の発展を推進する(Meyer and Rowan,

1977)

。工場の出現は第一のプロセスを反映しており、学校の出現は第二のプ

ロセスを反映している(Meyer and Rowan, 1978)

したがって、彼らの視点では、組織環境は大別して

2

種類ある。すなわち、

1

つは競争的な市場の圧力が存在し、その中で存続するために組織構造が効率 的で合理的になっていくという「技術的環境」である。もう

1

つは法律やそれ に準ずる基準等、日常生活の慣習、信念、象徴も含んだ広い意味での制度といっ た圧力が存在し、その中で存続するために組織構造がそれらの制度に適合し正 統なものなっていくという「制度的環境」である。

具体的には、「工場は存続するために、価格競争の下で望まれる製品を生み 出すことのできる十分理解されたプロセスを開発しなければならず、それゆえ、

適切な原材料、訓練された人材、および販路の確保や妥当な税負担の状況など を確かなものとしなければならない。学校は存続するために、教員のカテゴリー や資格、生徒の選択や定義、適切な教育のトピック、および適切な施設を定め る、地域コミュニティの理解も含めた制度的ルールに一致しなければならない

(Meyer et al. 1983, p.47)。これを表したものが図表1である。

(6)

Meyer et al. (1983)

は、この図表

1

について、6つのプロセスを要約している

(pp.47-48)。すなわち、

⑴複雑な技術がある環境において発展する組織は、技術的な作業を調整しコン トロールする構造を生み出す。

⑵複雑な技術がある組織は、それらの技術的活動への環境からの衝撃を緩和す る。

⑶効率的な生産と調整の構造の組織は、複雑な技術がある環境において成功す る傾向にある。

⑷精巧に作られた制度的ルールがある環境において発展する組織は、それらの ルールに一致する構造を生み出す。

⑸制度的環境における組織は、組織構造へのそれらの技術的活動からの衝撃を 緩和する。

⑹制度的ルールに一致する構造の組織は、精巧に組み上がった制度的構造のあ 図表1 組織構造の制度的および技術的理論

(7)

る環境において成功する傾向にある。

さらに、彼らは組織がそのような

2

つの環境でそれぞれ異なるプロセスを通 じてではあるが、最終的には官僚的な公式組織と同型化していくと述べている。

すなわち、制度的環境では、法制度および日常の慣習や信念といった規範的な 組織構造があるため、制度的環境下の組織はそのような公式組織へと同型化し ていく。また、技術的環境では、「効率性」または「合理性」といった概念が 曖昧であるため、技術的環境下の組織は効率的または合理的と「考えられる」

形式へとなっていく。そして、そのような効率的または合理的と考えられる形 式は、日常生活の信念を含んでいるため、制度的環境下の組織と異なるプロセ スを踏んでいても、最終的に公式組織へと同型化していくということである。

このような技術的環境と制度的環境という二分法に完全に当てはまる組織と いうのは考えにくく、実際、工場においても公害防止のための環境的規制とい た制度的圧力は存在し、学校に関してもとりわけ私立学校では有名大学への進 学率を高めるためのカリキュラムの設定といった競争的技術的圧力が存在す る。ここで重要なことは、相対的に技術的環境と制度的環境のどちらの特徴が 組織に強く現れるかという視点であると考えられる。

以上のように、新制度派社会学における主要な概念や考え方の概観を示して きたが、本論文もこのような考え方を中心に分析、検討を行っていく。

(3)ビジネス・リスク・アプローチと新制度派社会学

リスク・アプローチからビジネス・リスク・アプローチへの移行とその揺り 戻しに関しては、これまで多くの議論がなされてきた。そこでは、監査の実践

組織の効率性を達成するために、例えば数値目標等が用いられるが、そのような 数値目標は一般的に何かの規準等に準拠し、その規準は一定の考えに沿って効率 性を定義している。したがって、その規準の範囲内ではそれに準拠した数値目標 は効率的かもしれないが、そのような規準のもとでしかその数値目標が効率的と は言えないという意味で、効率性は曖昧であるといえる。

(8)

上の観点から分析を行ったもの(例えば、Curtis and Turley 2007, Peecher

et al . 2007)や、監査制度に関わるアクターとの相互作用から制度化プロセスを説明

したもの(例えば、Knechel 2007, Robson

et al . 2007)が中心となっている。

中でも、Robson

et al .(2007)は、新制度派社会学の観点を取り入れながら

ビジネス・リスク・アプローチの制度化プロセスを説明している。ただし、そ こでは、「監査のフィールド(p.410、

DiMaggio and Powell 1983

も参照)」において、

各アクター間の相互作用でビジネス・リスク・アプローチが正統化されていく プロセスを述べたものとなっている。

それに対して、本稿では、監査法人を中心に置いて、その組織環境を新制度 派社会学の観点から整理を行い、監査法人の構造的特徴からビジネス・リスク・

アプローチを巡る制度変遷を分析していくこととする。

3.監査法人を取り巻く組織環境

上記で述べた制度の考え方から、本論文では、法律や監査基準や会計基準と いった基準だけでなく、専門職団体から規範的に提示されている実務指針や資 料および会計専門職の慣行なども含めて、監査制度という言葉を用いる。

そして、実際に監査を行う主体である監査法人を中心とする組織環境を

Meyer et al.(1983)の制度的環境と技術的環境の分類で整理を行うと次のよう

に考えられる。

(1)監査法人の制度的環境

監査法人を取り巻く制度的環境については、法的および基準上の制度を中心 に見ても、各種の法律、会計基準、監査基準、監査実務指針などにより多くの ことが規定されている。例えば、日本においては、監査法人の法人形態や提供 できる業務を規定する公認会計士法、および監査法人の市場の一定規模を確保 する法定監査を規定する会社法や金融商品取引法などが法律としての制度的環

(9)

境である。

他にも、監査基準や監査実務指針では、基本的なプロセスとして、「監査契 約の締結」「監査計画の策定」「監査手続適用」「監査意見形成と監査報告」

が挙げられており(山浦 2008)、具体的には、監査契約の締結や継続にあたっ ては、契約対象企業の事前調査を行い、その企業の監査受け入れ体制、監査人 が独立性を確保できるか、企業規模と自己の監査事務所の監査能力、特殊な人 員や専門知識の要否などを評価し、監査計画の策定に当たってはリスク・アプ ローチで行い、監査手続においては試査によって監査証拠の収集が行われ、そ してそれらの監査証拠をもとに監査意見が形成され、監査報告書が作成される。

さらには、監査の品質管理の観点で、監査法人や会計事務所は組織構造とし て品質管理のシステムを備えていなければならず、また、個別の監査業務に関 しても当該監査業務に対する客観性を持つ者によって審査が行われなければな らないと規定されている(企業会計審議会

2005b)

このように、監査証明業務で行われる手続きや組織構造には、多くの詳細な 規定がある環境であるといえる。また、監査証明業務の目的も、重要な虚偽の 表示がないということについて、合理的な保証を得たかどうかについての意見 表明であると規定されている。したがって、上述した監査手続きを経て最終 的にクライアントに提供されるサービスは、監査意見および監査報告書におい て「無限定適正意見」「限定付適正意見」「意見不表明」「不適正意見」といっ

監査基準 第一の全文は次のとおりである。「財務諸表監査の目的は、経営者の 作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、

企業の財政状態、経営成績及びキャッシュフローの状況をすべての重要な点にお いて適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基 づいて判断した結果を意見として表明することにある(監査基準 第一前段) 財務諸表監査の表示が適正である旨の監査人の意見は、財務諸表には、全体とし て重要な虚偽の表示がないということについて、合理的な保証を得たとの監査人 の判断を含んでいる(監査基準 第一後段)

(10)

た形で画一的に表れ、監査法人の監査証明業務が提供するサービスについても 強く制度的に規定されており、制度的構造をもつと考えられる。

ただし、監査法人が行う業務には監査証明業務の他に非監査サービスがあり、

例えば、エンロン事件やワールドコム事件以降の制度変更で監査証明業務と非 監査サービスの同時提供の禁止といった規制はあるものの、その実施方法や提 供するサービスについては、比較的制度的構造は強くないといえる。

(2)監査法人の技術的環境

上記のように、監査法人には、多くの法的および基準上の制度が存在し、強 い制度的環境下にあるが、他方で、そのような制度のもとでも多くの技術が要 求される。

例えば、企業の国際化が目覚ましい今日では、国際的監査法人のネットワー クの有無は大手のクライアントを獲得する上で重要な要素であり、各法人のマ ニュアルも大規模組織や国際的ネットワークを保持している方が多くの事例の 蓄積等により充実したものとなるであろう。したがって、国際的なネットワー クを保持する監査法人は、海外監査法人との連携を行いやすい組織構造を持つ 必要性がある。

さらには、継続監査や同業種の監査で培った各会計監査人のノウハウも効率 的で効果的な監査を行うために重要な要素であり(例えば、Johnson, Jamal and

Berryman 1991)

、各社員の稼働状況や過去の業務歴等と、クライアントのプロ

フィール等をデータベース等で適切に管理し、検討委員会のような場で協議し ながら最適な候補者を選定する仕組みが必要になる(川口

2009、 202

頁)。また、

監査法人が提供するサービスは、監査市場という競争市場である技術的環境下 でクライアントと契約が結ばれることになっている。とくに最近では、採算管 理が社員評価の対象にもなっており(川口

2009、87

頁)、また、平成

15

年の 公認会計士法改正に伴い「標準監査報酬規定」も廃止されたため、監査法人

(11)

や個々の監査人の交渉力の重要性も高まっている。

このように、監査法人を取り巻く環境には大きく制度的環境が存在するが、

その中で、監査の有効性と効率性を高めるために各監査法人に要求される技術 的要素も多く存在し、技術的環境の影響もある。

4.監査法人の組織環境の二重性と監査制度

前節では、監査法人における制度的環境と技術的環境を概観した。それは、

監査法人によって提供されるサービスや手続きは監査基準、監査実務指針、法 律などで強く規定されているために制度的環境がある一方で、具体的実践的レ ベルでは海外法人とのネットワークや特定のクライアントに対して最適な社員 を選出する管理体制を構築しなければならないなどの技術的環境があることが 認められる。

このような

2

つの側面を持つことで、大きな環境的影響の不一致をもたらし ていると考えられる。それは、提供するサービスやその方法には制度的に大き く規定されているが、他方で技術的環境の組織と同様に市場の中でクライアン トと契約が行われるということである。

Meyer et al. (1983)

は、制度的環境にある組織の代表例として学校を挙げて

いるが、学校が行う教育サービスの対価は市場競争のために効率性や合理性を 追求するという技術的環境の特徴は強く表れるわけではない。このように制度

日本においては、報酬額の決定はかつて、日本公認会計士協会の「標準監査報酬 規定」が参考とされていたが、平成15年の公認会計士法改正に伴い、16年4月 1日以後廃止されている。現行、同協会から「監査報酬算定のためのガイドライ ン(標準監査報酬規定廃止後の新しい監査報酬制度)」が示されているものの、

実務上、報酬額は、代表取締役等の経営陣と会計監査人との相対交渉により決定 されている。ただし、19年4月1日以後開始する事業年度から、会計監査人の 経営陣からの独立性確保のため、報酬決定には、監査役の過半数、監査役会また は監査委員会の同意が必要とされる(経営財務、No.2811、45頁)

(12)

的環境の影響が強い組織の代表例としての学校は、サービスは制度的環境にお いて規定され、その対価を得る環境も制度的環境であるため、組織環境に一貫 性がある。

しかし、監査法人の監査証明業務については、手続きや提供するサービスが 制度的に強く規定されている一方で、その対価は標準的な監査報酬といった規 定がなく、クライアントとの交渉次第であり、技術的環境にあるため、組織環 境に不一致がある。

先に述べたように、技術的環境下にある組織は、価格競争に耐えられるもし くは陥らないようにするために組織構造を効率的または合理的にしていくが、

監査法人のように、提供するサービスや方法が制度的に規定されていると、監 査報酬は価格競争に陥らざるを得ないと考えられる。監査証明業務は監査法人 もしくは公認会計士の最も主要な業務の一つであり、それが価格競争に陥らざ るを得ないということは、監査法人や公認会計士の継続性に関わる重要な問題 であるといえる。

以上の監査法人の組織環境の二重性から以下ではビジネス・リスク・アプロー チを巡る監査制度の変化を分析していく。

(1)監査証明業務の価格競争に対する監査法人の対応

ビジネス・リスク・アプローチに対する見方は2つあり、一つ目が近年のリ スクの複雑化に対応するためにリスク・アプローチをより効率的・効果的に 発展させた進化形態であるというものであり(Knechel 2007 p.383, 小澤

2008, 145

,

松本

2005

および山浦

2008a

も参照)、二つ目は監査業務の十分な収益 性を確保するためにコンサルティングの要素を取り入れて開発されたという ものである(Knechel 2007 p.383, 小澤

2008, 145

, Robson et al . 2007, pp.412- 422)

後者に関しては、その背景に、監査報酬を低下させる圧力が

1980

年頃から

(13)

激しくなっているということがあるが(Knechel 2007 pp.386-387, Robson

et al . 2007 pp.417-418, Zeff 2003 pp.202-203)

、監査法人の全体としての監査報酬の 収益や非監査報酬も含めた収益が下がっているということを意味しているわけ では必ずしもない。むしろ、監査法人の収益は上がっているのに対して、その 中での監査報酬の割合が低下しているという意味で、監査報酬の収益性が低下 しているということである(図表2および3を参照)

ビッグ8(5)の規模の成長:1980-2000

会計事務所 収益(百万USドル) 従業員数

1980 ビッグ 8

Ernst & Whinney 500 14,000

Coopers & Lybrand 595 12,000

Peat Marwick & Mitchell 586 14,000

Arthur Young 400 15,000

Arthur Andersen 645 15,500

Deloitte Haskins & Sells 450 10,000 Touche Ross

Price Waterhouse

1990 ビッグ 6

Arthur Andersen 2,300 26,000

Ernst & Young 5,000 23,000

Deloitte & Touche 4,200 18,800

KPMG 5,400 19,000

Coopers & Lybrand 4,100 16,000

Price Waterhouse 2,900 13,000

1999 ビッグ 5

Arthur Andersen 16,210 135,000

Ernst & Young 12,580 97,800

Deloitte & Touche 10,600 90,000

KPMG 10,860 102,000

PricewaterhouseCoopers 17,300 155,000

(出典:Suddaby, Cooper and Greenwood 2007, p.339をもとに作成)

図表2

(14)

さらに、ここで重要なことは、監査法人がクライアントからの圧力に屈して 監査報酬が低下したということだけでなく、監査法人が監査報酬を故意に安く 見積もり、その分を収益性の高い非監査サービスの提供で埋め合わせることを 期待したということである(Robson

et al . 2007 p.418)

。ここでの非監査サービ スは主に、1992年の

COSO

レポートの影響からの企業におけるリスク管理に 対する関心の高まりに付随するものであり(Knechel 2007, pp.388-389)、例え ば内部統制のアウトソーシングなどが挙げられる。

そして、このような企業の関心に即した形で、それまでの監査手続きの形式 主義的な構造を調整し、緩めることで、どのようにリスク管理の概念の発展を 監査プロセスの中へ統合するかの取り組みが行われるようになり、そこから誕 生したのがビジネス・リスク・アプローチである(Knechel 2007, p.389)。ここ でのビジネス・リスク・アプローチへの移行は、単にクライアントのニーズに 合わせた付加価値の高い監査を行えるようになり、「商品」としての監査は収 益性を高めることができるだけでなく、非監査サービスを提供する機会とする ことが期待されていた(Robson

et al . 2007, pp.422-423)

つまり、ビジネス・リスク・アプローチは、構造的に監査証明業務の価格競 争に陥らざるを得ない監査法人による状況の打開を目指す努力の表れと捉える ことができる。監査証明業務は、非監査証明業務も同時に提供するきっかけと し、非監査証明の収益性の高さで監査証明業務の収益性の低さを埋め合わせる

ビッグ8(5)事務所に対する収益の源泉の比率:1975, 1990および1999

1975 1990 1999

監査

71 49 30

税務

17 25 21

コンサルティング

12 26 49

(出典:Suddaby, Cooper and Greenwood 2007, p.342)

図表3

(15)

ということであり(Robson

et al . 2007)

、技術的環境の要素が大きい非監査サー ビスの報酬と制度的環境の要素が大きい監査証明業務の報酬を組み合わせるこ とで、監査証明業務の報酬に関する制度的圧力を弱めるという方法が採られて いたということである。

(2)監査証明業務の価格競争に対する制度的対応

上記のような監査法人の努力によって実務において広がりを見せていたビジ ネス・リスク・アプローチではあるが、エンロン事件やワールドコム事件と いった一連の大規模会計不正事件によって大きく問題として取り上げられ、と りわけ、クライアントに対する付加価値という点が監査人の独立性の観点で問 題視された。その結果、監査証明業務と非監査サービスの同時提供が禁止さ れ、従来のリスク・アプローチの重要性の再認識が行われることとなる。そし て、従来のリスク・アプローチを重視しながらビジネス・リスク・アプローチ は制度化され、例えば、IAASBによる

2002

年の

ISA

の改訂では、監査リスク・

モデルの監査人の遂行を高めるよう、監査パフォーマンスを向上するよう設計 され拡張されたガイダンスが提示されたが、監査リスク・モデルの本質的要素 は同じものを維持しているとしていた(Robson

et al . 2007, p.429)

。また日本 においても、ビジネス・リスク・アプローチと同様の志向で企業および企業環 境を十分に理解することにより重点を置きながら、従来のリスク・アプローチ における

IR

CR

を統合した

RMM

という伝統的な監査リスク・モデルの踏襲

アメリカにおいては2002年のSOX法(上場企業会計改革および投資家保護法:

サーベンス・オクスリー法)で、日本においては2003年の公認会計士法の改正で、

監査証明業務と一定の非監査証明業務の同時提供が禁止された。なお、EUにお いては、201010月に、法定監査人の役割に関するグリーン・ペーパーが公表 されており、そこでは被監査会社に対する非監査サービスの提供だけでなく、監 査事務所による非監査サービスの提供自体を全面禁止することを検討することが 盛り込まれている(EC 2010, pp.11-12)

(16)

が行われている「事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチ(企業会計

審議会

2005)

」が制定された。

このような制度設定団体の動向は、一連の大規模会計不正事件による監査制 度の正統性の維持・修復のためと考えられる。これらの事件では監査人の独立 性が問題となり、コンサルティングの要素を持ったビジネス・リスク・アプロー チが社会的に批判の対象となったため、監査制度の正統性の維持・補修のため にはそのような要素を監査手法から切り離す必要があったと考えられる

ただし、エンロン事件やワールドコム事件といった一連の大規模会計不正事 件を契機に、それまでは非監査サービスの一部であった内部統制のアウトソー シングやアドバイザリー業務が

SOX

法によって内部統制監査制度という形に 変え、監査法人に対する新たな産業として確立されたという点も指摘できる

(Power 2007, p.55)

このように、監査法人の組織環境の二重性によって、監査証明業務が価格競 争に陥るという構造的問題に対して、制度的には監査証明業務が必要とされる 対象を拡大するという方向で対応が図られていることがうかがえる。

(3)ビジネス・リスク・アプローチを巡る制度変遷と監査制度

以上のように、ビジネス・リスク・アプローチの制度変遷に関して、監査法 人の組織環境の二重性による構造的問題から監査証明業務が価格競争に陥らざ るを得ず、それを打開するための監査法人の努力とそれを規制する制度設定団 体との間の相互作用、すなわち、技術的環境と制度的環境の間での相互作用の 中で監査制度が動いているために、監査制度のリスクの取扱いに揺らぎが生じ ていることがいえる。

言い換えれば、監査証明業務が価格競争に陥る構造の中で監査法人によるそ

監査制度の正統性の議論に関しては嶋津(2011)を参照。

(17)

れ自体の維持・存続のための努力と、大規模会計不正事件による監査制度の正 統性の危機の中で制度設定団体による監査制度の維持・存続のための努力との 間の相互作用の中でビジネス・リスク・アプローチを巡る監査制度が設定され てきたということである。

このような監査制度におけるリスクの取扱いの揺らぎは、監査法人の組織環 境の構造的問題に根本的に起因しており、ビジネス・リスク・アプローチを巡 る制度のみに限ったものではなく、監査制度全体においてもその制度変遷に関 して監査法人の構造的問題から一貫性の欠如がある可能性が示唆される。

5.結びにかえて

本研究は、新制度派社会学の観点から監査法人の組織環境を整理し、そこで 浮き彫りになった監査法人の組織環境の二重性からビジネス・リスク・アプロー チの制度変遷の考察を行った。監査制度におけるリスクの取扱いに関して、リ スク・アプローチからビジネス・リスク・アプローチへと監査リスクの検討対 象とするリスクが拡大していったが、2001年頃の大規模会計不正事件を契機 に再びリスク・アプローチを重視するように制度的に規定された。このような 監査制度におけるリスクの取扱いの揺らぎは、一方で収益を確保し、監査法人 を維持・存続するための努力と、他方で制度設計団体による監査制度の維持・

存続のための努力の相互作用の中で生じていると説明できる。

このように、監査法人の組織環境の構造的要因が、監査制度の設定に関して も一貫した制度設計が行えない構造を生み出しているとも捉えることができ、

ビジネス・リスク・アプローチに関する制度だけでなく、監査制度全体に関し ても一貫した制度設計が行われていない可能性が示唆できる。したがって、将 来研究においては、他の個別の監査制度や監査手法を対象にその変遷を考察し て研究を蓄積していくことで、監査制度の制度設計に関して重要な提言を行え るようになると考える。

(18)

ただし、本研究は、あくまでも現実の特定の現象を、分析視角と様々な資料 から推論的に分析した研究であるため、ここでの制度化の説明には一定の限界 がある。監査法人や制度設定団体へのインタビュー調査や監査法人とクライア ントと間の交渉への参与観察などの具体的な証拠にもとづいてさらなる考察・

分析を行う必要がある。また、本研究の特徴として、新制度派社会学の観点か ら組織構造の特徴に重点を置いて考察を行ったが、そこでの組織環境の分析に ついては、より詳細に行う余地がある。例えば、監査証明業務によって最終的 にクライアントに提供されるサービスについて、本研究では監査法人を一般化 して考察しているが、実証研究においては大監査法人が行う監査は質が高いこ となども報告されており(例えば吉田 2006)、監査法人の規模の大きさなど による分類を盛り込んだ考察などが必要となる。

これらの限界や課題についても、さらなる詳細な調査や考察の精緻化を行い、

改善・克服を行うことが将来研究において望まれる。

(19)

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