感染症発生動向調査委員会では，流行状況とワク

序 文

日本における麻疹の流行は，1978 年の定期接種 開始以来，流行規模は小さくなってきているが，

今なお地域的な流行を繰り返している．世界的に は，WHO が EPI（予防接種拡大計画）の対象疾患 の一つとして，麻疹の制圧に力を入れており，す でに米国では，麻疹の流行は無くなったと結論さ れている

．日本からの出国者が， 米国で発症し流 行の発端となった事例も報告されている

．千葉 県においても， 平成 12 年当初から 9 月初旬にかけ て，麻疹の中規模流行が発生した．千葉県結核・

感染症発生動向調査委員会では，流行状況とワク

チン接種効果の実態を把握するため，定点医療機 関の医師の協力を得て，通常の発生動向調査に加 え，麻疹患者の予防接種歴調査を実施した．この 調査結果を中心に流行状況を解析し，今後の麻疹 予防対策の一助とする目的で報告する．

対象と方法

本調査は，通常行われている感染症発生動向調 査に麻疹予防接種歴調査を加える形で行った．千 葉県下 134 箇所の小児科定点医療機関で，感染症 発生動向調査「医師から都道府県知事等への届け 出のための基準」に基づき，麻疹と診断された患 者について調査した．調査期間は，平成 12 年第 7 週から第 35 週（2 月 14 日〜9 月 3 日）まで調査結 果を集計した．調査方法は，麻疹と診断された患 者について，医師が予防接種歴の聞き取り調査を

2000 年千葉県における麻疹流行と予防接種歴調査

―千葉県結核・感染症発生動向調査からの報告―

千葉県衛生研究所疫学調査研究室

小倉 誠 市村 博

（平成 12 年 12 月 20 日受付）

（平成 13 年 5 月 15 日受理）

2000 年当初から 9 月にかけて，千葉県下において麻疹の中規模流行があった．千葉県結核・感染症発 生動向調査委員会では，流行状況とワクチン接種効果を把握するため麻疹患者の予防接種歴調査を実施 した．この報告は麻疹予防接種歴の疫学的調査結果を要約したものである．調査期間中に報告された患 者の総数は，1,665 人であった．通常，麻疹ワクチン未接種である 1 歳未満の患者の全報告患者に対する 割合は，11.4％ であった．予防接種歴を有する患者の報告患者に対する割合は，11.8％ であり，この割合 は 5 歳児以降で増加し，特に 9 歳児群（26.2％）と 10〜14 歳児群（23.3％）が他の年齢群より多かった．

これらの結果は，麻疹流行の予防には 1 歳未満の年齢群に対する早期ワクチン接種と，ワクチン接種率 の向上が必要である事を示している．また，年長児に対する追加接種が効果的であろう事も示唆してい る．

〔感染症誌 75：686〜691，2001〕

要 旨

別刷請求先：（〒260―8715）千葉市中央区仁戸名町666―2 千葉県衛生研究所疫学調査研究室

小倉 誠

Key words： measles, vaccine failure, surveillance

行い，調査結果を通常の報告とともに，報告用紙 に記載する方法，又は，保健所担当者から医師に 電話をかけ調査結果を集計する方法の何れかに よった．

成 績

流行状況

麻疹患者は 1999 年第 48 週ごろより山武および 茂原保健所管内から徐々に増加し始め，2000 年第 21 週（定点当たり患者数 1.00 人）にピークに達し

Fig. 2 Incidence of measles in each public health center.

（From 48th week in 1999 to 35th week in 2000）

Table  1 Incidence of measles in each pubric health center in Chiba prefecture.（Total from 7th week to 35th   week）

% （Vaccinees）

Vaccinees Cases/Sentinel clinic

Reported cases Region

0.20 17,382

The whole country

（11.8%）

197 0.47

1,665 Chiba prefecture

（Pubric health center in Chiba prefecture）

（27.8%）

5 0.16

18 Noda

0.25 87

Kashiwa

0.15 36

Matudo

 （7.3%）

6 0.25

82 Ichikawa

（11.8%）

9 0.24

76 Funabashi

 （9.6%）

11 0.67

114 Narashino

（13.1%）

17 0.28

130 Chiba City

 （9.0%）

32 0.88

354 Sakura

（16.7%）

9 0.50

54 Katori

（16.6%）

25 1.04

151 Kaiso

（24.9%）

54 1.51

217 Sanbu

（11.5%）

18 1.37

157 Mobara

（60.0%）

3 0.06

5 Katuura

（14.3%）

2 0.12

14 Awa

0.21 46

Kisarazu

 （4.8%）

6 0.64

124 Ichihara

vaccinees ＝ number of the vaccinee in the reported case.

% （vaccinees） ＝ number of the vaccinee of each pubric health center/number of the reported case of each pubric health  center.

Cases/Sentinel clinic ＝ number of the reported case/number of the reported sentinel clinic of each pubric health center.

※ No reports with regard to previous vaccination were obtained from Kashiwa, Matsudo, Kisarazu pubric health centers.

た． その後は減少に向かい第 35 週には定点当たり の患者数は 0.08 人となり一応の沈静化を示した

（千葉県においては， 各週毎に報告のあった定点の 数で，報告患者数を割った数値を定点当たり患者 数としている．概ねその地域の流行状況を表して いる） ．今回の麻疹流行は，ピーク時の定点当たり 患者数で過去の流行と比較すると，中規模な流行 であった 1993 年（ピーク時の定点当たり患者数 0.97 人）と同程度の流行規模と思われる（Fig. 1）．

流行地域を時系列的に追ってみると，1999 年第 48 週〜第 52 週ごろ（発生状況を分かりやすくす るため 5 週間分の報告患者数を報告定点数で割 り， この期間の定点当たり患者数として図示した）

より，山武および茂原保健所管内から徐々に定点 当たり患者数が増加し，今回の流行が始まった．

その後， 山武および茂原保健所管内は増加を続け，

他の保健所管内の患者も波状的に増加を始めた．

2000 年第 11〜第 15 週頃に山武および茂原の両保

健所管内の患者発生はピークに達した．山武保健 所管内は第 13 週の定点当たり患者数 7.20 人，茂 原保健所管内は第 11 週の定点当たり患者数 5.25 人が，それぞれのピークであった．2000 年第 16

〜第 20 週の頃になると山武および茂原の両保健 所管内は減少を始めるが，隣接する佐倉，海匝保 健所管内など，他の保健所管内の患者が増加し，

県全体のピークは第 21 週に 定 点 当 た り 患 者 数 1.00 人となった．その後，各保健所管内の患者発生 は徐々に減少し，2000 年第 31〜第 35 週ごろに一 応の沈静化を 示 し た．1999 年 第 48 週 か ら 2000 年第 10 週までの間に，習志野，市原保健所管内な ど波状的に患者発生の多かった地域もあるが，今 回の千葉県における麻疹の流行の中心は山武，茂 原の両保健所管内であった（Fig. 2） ．

予防接種歴調査 （第 7 週から第 35 週までの期間 で集計）

この期間内における，千葉県下の麻疹患者報告

Table  2 Incidence of measles in each age group.（Total from 7th week to 35th  week）

% （Vaccinees）

Vaccinees

% （cases）

Reported cases Age group

（1.0%）

17 under 6 months

（2.9%）

5

（10.3%）

172 6―12 months

（5.5%）

17

（18.6%）

309 1 year

（8.3%）

11

（8.0%）

133 2

（9.5%）

10

（6.3%）

105 3

（7.6%）

7

（5.5%）

92 4

（14.6%）

15

（6.2%）

103 5

（16.0%）

16

（6.0%）

100 6

（14.9%）

13

（5.2%）

87 7

（14.9%）

14

（5.6%）

94 8

（26.2%）

22

（5.0%）

84 9

（23.3%）

51

（13.2%）

219 10―14

（14.9%）

11

（4.4%）

74 15―19

（6.6%）

5

（4.6%）

76 over 20 years

（11.8%）

197

（100.0%）

1,665 Total

vaccinees ＝ number of the vaccinee in the reported case.

% （cases） ＝ number of the reported cases in each age group/number of the total reported cases.

% （vaccinees） ＝ number of the vaccinees in each age group/number of the reported case in each age group.

Fig. 3 Analysis of cases in 4 pubric health centers showing high prevalence rates.

（Age distribution measles）

数は 1,665 人，報告定点数は延べ 3,510 定点で，定 点当たり患者数は 0.47 人であった．報告患者のう ち，予防接種歴を有する患者は 197 人で，この期 間内における全報告患者の 11.8％ であった．

発生状況を地域的（保健所管内別）に見ると山 武保健所管内が定点当たり患者数 1.51 人と最も 多く，次いで茂原保健所管内 1.37 人，海匝保健所 管内 1.04 人，佐倉保健所管内 0.88 人の順であっ た．また，これら患者の多発した保健所管内にお ける，予防接種歴を有する患者の報告患者に対す る割合を見ると，山武保健所管内が最も多く 24.9

％，海匝保健所管内 16.6％，茂原保健所管内 11.5

％，佐倉保健所管内 9.0％ の順であった．柏，松戸，

木更津保健所管内からは，予防接種歴を有する患 者の報告はなかった．これらの地域については，

調査がうまくいかなかった可能性がある（Table 1） ．

発生状況を年齢階級別に見ると，報告患者数は 1 歳未満が 11.3％，1 歳児 18.6％，10〜14 歳児群 13.2％ であった．また，各年齢群別に予防接種歴を 有する患者の報告患者に対する割合を見ると，5 歳児以降の年齢群で多く，特に 9 歳児の 26.2％ と 10〜14 歳児群の 23.3％ が多かった． （Table 2）さ らに，患者の多発した 4 保健所管内の発生状況を 年齢階級別に見ると（Fig. 3） ，山武保健所管内の 10〜14 歳児群が，定点当たり患者数 0.35 人，予防 接種歴を有する患者の報告患者に対する割合 51.0

％（51 人中 26 人）と，共に最も多かった．また，

佐倉保健所管内の 20 歳以上の患者 （定点当たり患 者数 0.08 人） ，茂原保健所管内の 1 歳児 （定点当た り患者数 0.31 人） ，海匝保健所管内の 6 歳児 （定点 当たり患者数 0.12 人）が，他の保健所管内の同年 齢群と比較して多いことなど，各保健所毎に患者 発生状況が異なっていた．その地域のワクチン接 種率の推移や，以前の麻疹流行の有無などによっ て麻疹感受性者の蓄積状態が異なるためと考えら れるが， これらの状況を正確に把握するためには，

長期にわたる詳細な調査が必要である．

考 察

今回の千葉県下における麻疹の流行は，1999 年 12 月初旬（第 48 週ごろ）より始まり，山武，

茂原の両保健所管内を流行の中心として，2000 年 5 月下旬（第 21 週）に定点当たり患者数 1.00 人のピークを形成した後，2000 年 8 月下旬 （第 35 週ごろ）に沈静化した．過去の流行と比較すると 中規模な流行であった 1993 年と同程度の流行規 模と思われる．

現在，麻疹については，ワクチンにより流行が 減少したため， 自然麻疹によるブースター効果 （追 加免疫効果）が少なくなり，年長児においては，

ワクチンにより獲得した抗体が，低下し罹患する SVF（secondary vaccine failure）や，母親自身の 抗体が低下し，母親が子に賦与する移行抗体が少 なくなり，乳児早期に移行抗体が枯渇して発症す る乳児麻疹の増加などが問題となっている

．

今回の予防接種歴調査においても，予防接種歴 を有する患者の報告患者に対する割合が，5 歳児 以降の年齢群で多く，9 歳児 26.2％ と 10〜14 歳児 群 23.3％ が特に多かった事，および 1 歳未満の乳 児の患者は 189 人で全報告患者の 11.4％ を占め ている事など，これらの問題を裏付ける結果と なった．1 歳未満の患児の中に予防接種歴を有す る患者が 5 人報告されているが， これらの患者は，

恐らくはワクチン接種後の経過期間が短いための 発症と思われるが，移行抗体の干渉などによる PVF（Primary vaccine failure）の患児である可能 性もある

．また，全報告患者 1,665 人の内，1,468 人（88.2％）がワクチン未接種者であり，ワクチン 接種の標準的な接種年齢である 1 歳児が 18.6％

を占めていることが判明した．これらの問題につ いては， 「厚生省予防接種副反応研究班」等で 1 歳 以前にワクチン接種する早期接種や，年長児に対 する追加接種など様々な問題が検討されていると ころである．一方，麻疹のコントロールには，90

〜95％ 台の予防接種率が必要であるといわれて いるが，千葉県における麻疹の予防接種率は 70

％台であり， 30〜50％ 台の地域もある． 従って，

1 歳のなるべく早い時期に接種し，全体として接 種率を向上させることが，最も早急に取り組むべ き課題である．

本 論 文 の 要 旨 の 一 部 は 第 39 回 千 葉 県 公 衆 衛 生 学 会

（2001．2．22 千葉市）で報告した．

謝辞：稿を終えるにあたり，本調査にご協力いただいた 定点医療機関の先生方，各保健所担当者の皆様，集計にご 尽力いただいた山崎聡子さん，千葉市環境保健研究所医科

学課の皆様に深謝いたします．

文 献

1） CDC ： Measles ― United Ststes , 1999. MMWR 2000；49：557―60.

2）CDC：Transmission of Measles Among a Highly Vaccinated School Population ― Anchorage , Alaska, 1998. MMWR 1999；47：1109―11.

3）小船富美夫，片山未来，岡田晴恵，竹田 誠，佐 藤 威，田代眞人，他：麻疹ワクチン既接種者の 麻疹罹患とわが国の麻疹対策―沖縄県八重山地 区での麻疹流行―．臨床とウイルス 2000；28：

10―4.

4）川上勝朗：麻疹流行の抑止のために 開業小児 科医院における麻疹の実態―Secondary Vaccine Failure の発生と，その問題点―．臨床とウイルス 1997；25：124―8.

5）千葉峻三，堤 裕幸，大崎雅也，國谷良紀，阿部 敏明，中山哲夫，他：麻疹流行減少の移行抗体に 及ぼす影響について，予防接種の効果的実施と副 反応に関する総合的研究 報告書，厚生省予防接 種研究班 予防接種リサーチセンター．平成 10 年 3 月；P. 82―6.

6）千葉峻三，堤 裕幸，大崎雅也，竹内可尚，森島 恒雄：近年の麻疹罹患状況に関する調査―麻疹 ワクチンの 2 回接種の必要性の検討―，予防接種 の効果的実施と副反応に関する総合的研究 研 究報告書，厚生省予防接種副反応研究班 予防接 種リサーチセンター 平成 11 年 3 月；P. 82―6.

Measles Epidemic and Investigation of the Vaccination History in Chiba Prefecture in 2000.

A Report from Chiba Epidemiological Surveillance of Tuberculosis and Infectious Diseases Makoto OGURA & Hiroshi ICHIMURA

Public Health Laboratory of Chiba Prefecture

A middle-scale epidemic of measles was occurred in Chiba Prefecture, from the beginning of the year in 2000 to September. The Chiba epidemiological surveillance of tuberculosis and infectious dis- eases committee conducted an investigation of the vaccination history of measles patients, to obtain the prevailing situation of measles and the efficacy of the vaccination. This report summarized re- sults of the epidemiological investigation of measles vaccination history. A total of 1,665 cases were reported during the period. The ratio of the under 1-year-old（who usually do not receive measles vaccine）to all reported cases was 11.4％. The ratio of the vaccinees for the reported cases was 11.8

％ and this ratio increased in the 5 years old or over. In particular, the 9-year-old age group（26.2％） , and 10-14-year-old age group（23.3％）showed a higher ratio than the other age groups. These results indicate that early vaccine inoculation to the under 1-year old group and improvement of the vaccina- tion rate are necessary to prevent measles epidemic. The results also suggest revaccination to higher age groups might be effective.

Reference figure

Area map of pubric health center jurisdiction in Chiba prefecture.