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地域経済社会の変容と地方財政

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(1)

大規模電源立地による地域経済社会の変容と地方財政

大規模電源立地による

地域経済社会の変容と地方財政

−長崎県大瀬戸町と松島火力発電所を中心として−

宮入輿一

目      次

I はじめに−問題の所在と限定−

II 大瀬戸町の経済社会の特徴と火電立地による変化の内容 IIl 発電所立地の町財政収入への影響

Ⅳ 火電立地による町財政支出の変容

Ⅴ 町行財政の今後の問題点と課題

(1)制度上の問題点と課題

(2)町の行財政運営上の問題点と課題

Ⅵ おわりに

I はじめに−問題の所在と限定−

大規模エネルギー基地の立地とこれに依存した「外来型地域開発」は,

1970年代後半から80年代に至るわが国地域開発の1つの柱を構成している。

70年代前半の地域開発構想である新全国総合開発計画では,全国的な巨大交 通通信ネットワークの整備を基軸として,工業再配置や地域分業の徹底によ る国土全体の効率的利用が目ざされていた。しかし,この構想は,石油ショ

ックを契機とする日本経済の低成長過程への移行と住民の反対運動によって 挫折した。こうした事態の展開に対応すべく,1977年の第3次全国総合開発 計画においては,「定住圏」構想が打ちだされる。だが,地方定住の基盤整 備は計画通りには進まず,ことに人口定住を支える新たな地域経済の展開は

(2)

極めて不十分で、しかない。こうした状況のもとで, とりわけ過疎地域では企 業誘致も進まないまま,大規模な発電所,石油・ LPG基地など,エネルギ ー基地の誘致が積極化してきたのである。)

一方, 1970年代の石油危機は,極端なまでに低廉・豊富な輸入原油への依 存を高めてきた日本経済のアキレス腿を襲った。この危機に対応して,原油 の安定確保,省エネルギーとともに採られた方策こそ,石油代替エネルギー の積極的導入策に他ならない。)原子力, LN Gとならぶ石油代替エネルギー 3本柱の1つは石炭である。)とりわけ2次エネルギーである電力において は,年開発電電力量に占める石炭のウエイトは, 198090年度の聞に, 4.4 

12.4%2.8倍の増加が目論まれている4)同じ期間に原子力では, 16.0→  30.1% ( 1.9) LN Gでは15.021.3%( 1.4倍)を目標としている。

これに対して,石油は同じ10年間に40.017.6%と,ウエイトの著しい低下 が見込まれている。石油代替電源の開発については,主力は原子力にあるも のの,伸ぴ率では石炭が最も期待されているのである。

小稿の課題は,以上のような80年代の電力源として急速な新増設を期待さ れている大規模石炭火力発電所の立地が,地域経済社会, とりわけ自治体の 行財政に及ぼす影響を究明し,これに立脚して,大規模電源立地にともなう 自治体行財政の問題点と課題を明らかにすることである。この場合,主要な 考察対象として長崎県大瀬戸町の松島火力発電所(火力発電所は,以下,火 電とも略記)と同町の経済社会および、行財政の実態をとりあげ、た。その主た

る理由は,次の諸点にある。

1は,松島火電が, 1973年の石油危機を契機に,エネルギー源の多様化 を推進するという名分でとりくまれた,わが国最初の,輸入炭による大規模 石炭専焼火電(出力50KW2機,計100KW)であり,これ以後の輸入炭に よる大規模火電の先駆となり,その模範となっているからである。)第2 大規模電源立地が期待し,構想されている市町村の多くは過疎地域の自治体 であるが,後述のように,大瀬戸町は過疎法の適用をつける典型的な過疎自 治体だからである。とりわけ,発電所の立地している松島は旧産炭地を擁す る周囲16kmの小さい離島で,過疎化が著しい。第3に,大規模エネルギー基

(3)

大規模電源立地による地域経済社会の変容と地方財政 63  地は,いずれも単に政府のエネルギ一政策や景気政策,またエネルギー産業 の利害などによって立地が推進されるだけではなく,地元自治体の理事者,

議会,住民の一部からの積極的誘致によって立地が促進される。松島火電の 場合にも,町・県の理事者だけでなく,議会による強力なパック・アップが,

住民の反対運動を「最小限に抑えた」との評価を生みだす基底にある。)こう した地元有力者らによってこぞって促進される巨大な外来型開発が,現実に は,地域と住民に何をもたらし,またもたらそうとしているのかを明らかに したいというのが,第3の理由である。

では,大瀬戸町への大規模石炭火電の立地を 1つの典型的事例として,こ の立地が地域の経済社会と自治体行財政に与えるインパクトを明らかにし,

その問題点と今後の課題を提示するというわれわれの主題にてらして,一体 いかなる視角が要請されるであろうか?。視角の第1は,大瀬戸町への電源 立地が,地域の住民生活や住民福祉を向上させ,また地域経済の拡大と発展 を保障するものであったかどうかを明らかにすることである。とりわけ,電 源立地が産業構造を改革し,財政基盤の強化に繋がる地域経済の自律的発展 によって,過疎からの脱却の契機となりうるか否かが最も重要なポイントの 1つであろう。視角の第2は,第1の点とも係わって,電源立地にともなう 行財政への影響を確認することである。その1つは財政収支への影響で、ある。

この点については,電源立地はかなり長時間にわたるので,短期的な収支勘 定だけではなく,長期的な財政改革をも見通す視角が不可欠で、あろう。 2 は,町財政の変容それ自身が,上述の第1の視角,すなわち地域福祉や地域 経済の自律的・内発的発展に則した行財政運営となりえているかどうかであ る。こうした計画的・総合的な町行財政の運営なしには,地域経済社会の長 期的,抜本的な発展はありえない。地域の自律的かつ計画的,総合的な発展 のためには,地域における住民自治がj函養される必要がある。行財政のあり 方が住民自治の進展にそうものか否かが 3つ目の試金石であろう。

以下, II節では,大瀬戸町への火電立地による地域経済社会の変容の特徴 を究明する。 III節では立地に伴う町財政収入への, N節では財政支出への影 響の特質を解明し,町財政の変容が地域の住民や経済にとってもつ意味を明

(4)

らかにする。以上を踏まえて v節では町行財政の今後の問題点と課題につ いて検討し, VI節で結ぴとしたい。

)第3次 全 国 総 合 開 発 計 画 (3全総)が「定住国」構想を提起した背景には,大都市固 において環境問題や都市問題が激化する一方,企業の立地・営業条件が悪化して工場の 地方拡散が切実な問題となりはじめたことがある。しかし 3全総では地方定住の土台 となる産業政策は明確ではなかった。たしかに機械工業を中心とする都市型工業の拡大 は謡われているものの,その内容や地域配置は極めてあいまいである。はっきりした産 業政策は,素材供給型産業,エネルギー産業を中心とする大規模拠点開発の地方拡散だ けであった。しかし,オイルショックを契機とする世界的な過剰資本の顕在化と同時不 況の深刻化は, とりわけ素材供給型産業の過剰蓄積を浮きあがらせ,企業の新規立地は 不可能となった。加工組立型産業でも,対外経済摩擦の激化と「減量経営」による省力 化の進展のために,工場拡散は著しく鈍化した。こうしたなかで,地方への工場移転や 新規立地は進まず,エネルギ一基地の立地が,専ら経済安全保障と需要換起の上から優 先的になされてきたのである。

もっとも,近年,九州地方などを中心として先端技術産業の地方展開がみられはじめ ている。こうした事態を踏まえて,産・学・住の「テクノポリス構想」が浮上してきた。

テクノポリスは,現在策定中の4全総の産業政策及び都市地域政策の土台に据えられ,

80年 代 の 新 た な 経 済 安 全 保 障 創 造 的 技 術 立 国 」 の 地 域 開 発 版 と な る こ と が 予 想 さ れ る。しかし,これらの立地条件に乏しい過疎地域では 3全総におけるエネルギー需要 の過大見通しが明白となった現在でも,エネルギー基地は,いまだ依然として「外来 型開発」の花形となっている。なお,長崎県を含む九州、│の開発の特徴と現況については,

次を参照されたい。遠藤宏一・宮本憲一・塚谷恒雄・田尻宗昭・宮入興一「座談会 州のエネルギー開発問題J0'"公害研究.1131 1983年夏季号;宮本憲一・岩元和秋

・田尻宗昭「シンポジウム 九州、│から開発を聞い直すJ0'"エコノミスト.!612 1983  11118

)通商産業省・産業構造審議会編0'"80年代の通産政策ビジョン』通商産業調査会, 1980  年,第5章,参照。

)総合エネルギー調査会需給部会の「長期エネルギー需給見通し(中間報告)J(1982

(5)

大規模電源立地による地域経済社会の変容と地方財政 65  421日)は,エネルギーの総需給額を, 1980年度(実績)の石油換算4.29kQから.

1990年度には,同5.9kQと見込んでいる。これをエネルギー別構成比でみると, 1980 

1990年度の10年度間に,石炭16.719.5%,原子力5.011.3%, LNG6.011.5 

%の見通しに対して,石油66.449.1%と,エネルギーの石油依存度は5割以下になる ことが見込まれている(上記「中間報告J19‑20ページ。)。

)電気事業審議会需給部会「中間報告J(1982422日) (通商産業省・資源エネルギ ー庁公益事業部編『電源開発の概要.11, 1982年度版)391ページ。

)現在,総合エネルギ一対策推進閣僚会議による「要対策重要電源J30地 点 (4046

KW)のうち,次の8地 点 (1100KW)は石炭火力である。①苫束・厚真(北j毎道,出 60KW),②能代(秋田, 60万剛3機),③敦賀(福井, 50KW2),④竹原(広島,

70万附),⑤竜島(広島, 70KW),⑥三隅(島根, 70KW2機),⑦松浦(長崎, 70

KW 2 100KW2機 , 計340万附),⑧苓北(熊本, 70KW2機)。いずれも輸入炭によ る大規模火電であるが,このうち,松島火電以後に運転開始まで至ったものは④,着工 しているものは①だけである。③,⑤は最も遅れており,それ以外は電源開発調査審議 会の議決を経てはいるが着工までには至っていない(向上書, 20‑21ページ。)。

)五十嵐冨英 r小島にできた発電所』日経事業出版社, 1981 22ページ。因みに,

19733月,長崎県議会は全会一致で「石炭専焼火力発電所の建設促進に関する要望書」

を議決した。翌741月 に は , 大 瀬 戸 町 議 会 も 松 島 地 区 企 業 誘 致 促 進 に 関 す る 請 願 書」を採択した。前者は県内の残存石炭企業の救済を,後者は旧産炭地の再開発をめざ すものと説明されていた。石炭火力発電所が旧産炭地の再開発にどれほど役立ったかは 小稿の以後の考察において明らかにすべき課題であるが,前者に関していえば,石油シ ョック後に石油代替エネルギーとして着目されている石炭は国内炭ではなし安価な海 外からの輸入炭であり,石炭火電の立地が県内石炭産業の救済に果している役割は極め て限定的なものである。しかし,いずれにせよ,事前になされた議会の誘致決議が,地 域の「合意」を錦の御旗として,地域の側からの反対運動を小さいものに抑えこむのに 大 き な 力を 発 揮 した 成 功の原点」の一つであったことは事実であろう。

II  大瀬戸町の経済社会の特徴と火電立地による変化の内容

ま ず , 本 節 で は , 大 瀬 戸 町 の 地 域 経 済 社 会 の 特 徴 を 概 観 し , 大 規 模 石 炭 火

(6)

大瀬戸町全図 fLf西 ¥・JA.j 、・J・へ,...I /t H'  ...‑./ ).,.. ,  /'フ .‑ノ

j毎西

イア

l i、町 lラ5!: J /・".¥...‑、,、."",'"'",、1 ‑‑) ,.'  fJ・〈{Jvf/ ‑J'外海町:> ~,

4

'苛三・工斗

松島火力発電所 O1000 20OOm 

(7)

大規模電源立地による地域経済社会の変容と地方財政 67 

力発電所の立地が町の経済と社会に与える変容の実態について究明しておき fE

そ の ぎ

大瀬戸町は,図1のように,長崎県の外洋,五島灘に面した西彼杵半島の 西岸中央部に位置し,長崎市と佐世保市からはパスで2時間足らずの中間地 点にある。しかし同町は,従来「陸の孤島」と呼ばれてきた西彼杵半島のな かでも殊に厳しい自然的,経済的条件を担っている。表1から明らかなよう に,町土の約6害Ijが森林で 平坦地に乏しく,住宅地,営業用地を含めた宅地 は,僅か1.2 %にすぎない。野菜,みかん,ビワ,肉牛など,畑作・畜産を

う ち め

中心とする農用地も11.7%しかない。半島東部の内海地区では, 1970年代に 入ると,長崎 佐世保聞の交通路線沿いに,両市都市圏域の拡大に伴う通勤

表 l 土地利用区分の状況

総 面 積

] t采草放牧地

そ の 他 (ha) 

7812  912  287  616  4750  93  2057  (%) 

100.0  11.7  3.7  7.9  0.1  60.8  1. 26.3  (資料) Il'町勢要覧 1982年度。

地帯,近郊農業地帯として,都市化が急速に進んだ。これに対して,大瀬戸

そ と め

町を含む半島西部の外海地区は,困難な地形的特質と道路など基盤笠備の遅 れ,地域産業の衰退により,依然,過疎化の傾向がつづいている。

大瀬戸町の過疎化の状況を人口の推移から見てみよう(表2)。日本経済の 高度成長期, 1960年代に,反対に町の人口は14473人から10737人へと, 26 

%も急減した。なかでも, 15~39 歳の青少年層の流出が大きい。これは出生 表 2 人 口 の 推 移 単 位 : 人 . %

PB とご 1960  1970  1975  1980 

14  5.4 37, fo  32 30.O%  2  .4 25.60 22 21. fo 

15  ‑ 64  7773  53.7  6181  57.6  5915  6l. 6765  65.5  うち15‑39 4524  31. 3046  28.4  2746  28.5  3358  32.5  40‑64  3249  22.4  3135  29.2  3169  32.9  3407  33.0  65  1247  8.6  1330  12.4  1298  13.5  1322  12.8 

口入 14473  100.0  10737  100.0  9619  100.0  10326  100.0  ( 数) 100.0  74.2  66.5  71.

(資料)阿弥11j¥光より。

(8)

率の低下と相まって, ~14歳の年少人口の急速な減退を生みだした。その ため町人口の高齢化が急速に進み, 65歳以上の老年人口の比率は, 60年代の 10年間に8.6%から12.4%へと高まった。 70年代に入ってから,人口急減傾 向は緩和したとはいえ,松島火電の建設により青年層の流入がピークに達し た1980年においてさえ,人口ピラミッドは,図2のように,やや上広がりの ローソク型に転化してしまった。

80‑

75‑79  70‑74  65‑69  60‑64  50‑54  45‑49  40‑44  35‑39  30‑34  25‑29  20‑24  15‑19  10‑14 

5‑9

‑ 4

図 2 年 令 別 の 人 口 TIJ 0年凶,;r:j

1955IE]J.;j

12  11  10  9 8 7 6  5 4 3 2 1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11  12 

(I El人

(資料)国勢調査よれ

とりわけ,火電の立地する離島の松島地区の人口減少は著しい。 1955年に 3374人いた松島の人口は, 60年代の前半を中心として激減し, 1975年には 968人と, この20年間に6割以上も減ってしまった。この著しい松島の人口 減少は,単に離島性からくる過疎の加速化に起因するだけでない。特に, 60  年代初頭から展開された日本経済の石炭から石油へのエネルギ一転換政策が,

松島に立地した中小炭鉱を閉山に追いこんだからである。

同時に,米以外の食糧の対外依存と労働力の流出を基底的動因におく政府 の構造農政から総合農政への展開のもとで,大瀬戸町のもう 1つの主幹産業 であった農業を中心とする第1次産業も急速に衰退してきた。大瀬戸町の産 業別就業者の推移を表3でみると,第l次産業,ことに農林業の就業者は,

1955年からの四半世紀に絶対数で8割以上も減少した。かつて全就業者の6

(9)

大規模電源立地による地域経消社会の変容と地方財政 69  3 産業別就業者数の推移 単 位 : 人 , %

汁くご 1955  1965  1970  1975  1980 

l次産業 5008  71.0 3036  60.0  2476  52.1  1742  41.5 1.167  24.1  農休漁業業水・産狩養猟殖業

1018  56.9  2159  18.6  1916  10.3  1244  29.6  743  15.4  240  3.4  42  0.8  29  0.6  21  0.5  0.2  750  10.6  535  10.6  531  11. 2  477  11. 416  8.6  2次産業 748  10.6  634  12.5  847  20.2  1532  31. 7 

502  7.1  84  1. 44  0.9  62  1. 58  1.

1d門戸 113  1. 335  6.6  370  7.8  486  11.6  1140  23.6  133  1. 215  4.2  252  5.3  299  7.1  334  6.9 

3辿

1300  18.4  1387  27.4  1607  33.8  1597  38.1  2135  44.2  405  5.7  470  9.3  543  11. 533  12.7  636  13.2  30  0.4  30  0.6  30  0.6  36  0.9  45  0.9  3.2  191  3.8  269  5.7  254  6.1  310  6.4  電荒・flh

27  0.3  36  0.8  36  0.9  75  1. 公 ー ビ 506  7.2  525  10.4  599  12.6  590  14.1  905  18.7 

130  1. 144  2.8  130  2.7  148  3.5  164  3.4 

~ìi 不能 0.1  10  0.2  0.0 

tz 7056  100.0  5060  100.0  4749  100.0  4196  100.0  4835  100.0  (資料)同勢調ftより。

割以上を占めていた農林業者は,いまや10数%に低落している。農村業にせよ 松島の石炭業にせよ,大瀬戸町のかつての主幹産業の衰退とこれによる過疎化 の促進が,日本資本主義の高度成長政策とその下での産業のスクラップ・アン

ド・ビルド政策といっ国策の展開に基底づけられていたことは明らかである。) 近年,石炭業の衰退とは裏腹に建設業を中心とする第2次産業人口の伸び がみられる。建設業の伸張を支えている最大の要因の1つは, 1970年以後の 過疎地域対策緊急措置法の適用であろう。町の「過疎対策事業計画」によれ ば,総事業費は前期計画(1970‑74年度)の18.9億円から後期計画(1975‑

79年度)では56.4億円と 3.0倍も増加し,新規計画(1980‑84年度)でも 53.1億円の総事業が予定されている。)事業の中心は道路を主体とする交通通 信体系の整備(構成比34.4%)である。一方,過疎対策公共事業の活発化に 加えて, 1977年末からの発電所の建設及ぴ同関連公共事業の拡大が建設業 伸長の第2の要因であろう。しかし,発電所関連の事業は後述のように一 時的である。また,道路を中心とする過疎対策事業も,道路網の改良工事が あと数年で終了するとみられ9)長期的に持続・拡大しうるものではない。建 設業の伸長の基盤は確固としたものとは言えないであろう。なお,大瀬戸町

(10)

は旧来から郡北地域の中心地であったため,商業,金融業,運輸業,サービ ス業,県出先機関など,都市的な第3次産業の展開も見られる。しかし,そ の活動基盤は脆弱で,活動範囲も限定されており,町の主幹産業として再生 産的拡大を主導しうるようなものではない。

以上のような地域の状況と動向の下で, 19746月に,国策会社である電 源開発株式会社から,石炭専焼大規模火電の立地に伴う環境調査の申しいれ がなされた。 748月には環境調査がはじまり, 762月に調査結果の報告 と建設計画の説明が開始された。これ以後7711月の埋立開始まで,漁業者,

真珠業者,地元住民などの反対運動と補償交渉との複雑な交錯が展開される のであるが,この間の経過については小稿では割愛せざるをえない。ただ,

ここでは以上の簡単な経過からも明らかなように,火電立地と町の経済社会 や財政との関係は, 1976年頃を境として次第に明白となってくる点を確認し ておきたい。 19811月には1号機が 6月には 2号機が営業運転を開始し た。発電所の概要は,表4の如くである。

4松 島 火 力 発 電 所 の 概 要 発電所の位置長崎県西彼杵郡大瀬戸町松島

発 電 所 の 出 力 1000, OOOKW  (500, OOOKW X 2基) 期埋工工事開始 1977年 11

営業運転開始 1号 機 1981年 1 2号 機 1981年 6 使 用 燃 料 主 燃 料 石 炭 ( 年 IUJ230万トン)

補 助 燃 料 重 ・ 軽ilJl(年間 7kQ) 地 発 電 所 用 地 約920000m'

(うち海面埋立218OOOm') 

灰拾場用地約520000m'

(うち海面埋立185OOOm'

水 発 電 用 水 大 瀬 戸 町 営 羽 出 川 工 業 用 水 よ り 受 水

(5,000トン/日) 復水器冷却用水海水 (43.4トン//秒)

主 要 機 器 ボ ラ放射再熱式屋内形超臨界圧 1~'ì!Jé ボイラ 蒸 気 量 1640h  2缶

蒸気圧力 255kg/cm

タービン 串型再熱再生復水式蒸気タービン 定格出力 500.000KW  2台

蒸気圧力 246kg/cm'  蒸気温度 5380/ 5380

(11)

大規模電源立地による地域経済社会の変容と地方財政

回 転 数 3600r.p.m

発 電 機 横 軸 回 転 界 磁 全 間 引 3相交流タービン発屯機 定格容量 556, OOOKV A 2白 , 周 波 数 60ヘ ル ツ 主 要 交 圧 器 屋外用3相送油風冷式

定格容量 530, OOOKV A 2 環 境 保 全 対 策 設 備 ば い 煙 処 理 設 備

排 煙 脱 硫 装 置 m.式 石 灰 石 育 法 集 じ ん 装 置 乾 式 高 温 屯 気 集 じ ん 器

排 水 処 理 装 置 活 性 汚 泥 処 理 装 置 お よ び 凝 集 沈 殿 鴻 過 装 置 主 要 土 木 設 備 桟 情 60OOODWT級 住 橋 式lパース

5000DWT

2000DWT 延 長 約630m 防 波 堤 延 長600m

主 要 路 炭 設 備 (上記パースを除く)

アンローダ 700 X 4基 コンベア 延 長 約2700m スタッカ 700 X 1 +.~

スタックリクレーマ , 700/1 , 200 X 1 1

)クレーマ 1200/ h X 2

71 

貯炭場 fイ ル 方 式 備 苔 五143t (45日分) 主 要 建 造 物 発 電 所 本 館 鉄ffi9階 建 建 築 面 駅 約12800m'

延 面 相 36700m' 

2筒身集合引鉄筋コンクリートj立 高 さ 180m

松島火電は運転開始後まだ日が浅く,資料等の制約も少なくない。この ため,特に,運転開始後の経済社会への影響については性急な評価は困難な 点も多い。しかし,建設中及び運開後の既存のデータによっても,ある程度 までの評価は可古色である。

火電立地に伴う影響には,直接的影響と間接的影響が指摘される。直接的 影響は発生の時期により①建設前,②建設中,③運転開始後に分けられる。

①建設工事前に生じる影響では,地権や漁業権,営業権など私権の消滅と これに対する補償のほか,漁港の代替,道路付替,騒音防止などの公共補償 等が,明示的に問題とされることが多い。 104m2の火電用地の買収資(う ち約7割は松島炭鉱旧所有地,その他海面埋立により40m2を造成)は約40 億円,漁業権消滅等に対する補償資は34.6億円(うち町内4漁協20億円,真 珠業者および周辺漁協14.5億円),その他移転ネli日1't等,建設前の総費用は合 計約300億円といわれる。しかし,建設コストの比較から見る限り,用地買

(12)

収費や漁業補償資が電力会社にとって極めて安上りであったことは否めない) しかも,島民の生活と心の拠り所であった内浦湾の火発立地による喪失は,

社会的費用ではあっても,補償費として償われるのはその内のごく一部にす ぎない。例えば,かりに発電所閉鎖後,失われた内浦湾を復元するとすれば,

その費用は膨大なものとなろっ。)また,立地企業が住民とのコンフリクトを 最小限に抑え得たといわれる松島火電の場合でも,人間関係の悪化を火電立 地のマイナス面とする住民の割合は,松島てい8%,全町で7%に達している。)

②直接的影響のうちしばしば指摘されるのは建設中の工事受注による需要 効果と雇用効果である。松島火電建設費1255億円の概要は,表5に示され ている。県内発注率は工事関係で50%,購買関係で41%,合計で44%である。

5 松島火力発電所の建設費概要

区 分 l 金 額 │ 発 注 内 訳 ( % ) (億円)I県 内 │ 県 外

工 事 関 係 386  50 

235  57  127  41  正凪 20  29 

購 買 関 係 830  41 

12  10 

25  30 

787  42 

50 

そ の 他 39  64 

業 務 委 託 ・ 人 件 費 他 39  64  合 計 │ 1255 ( 注 ) 叫3

上 記 項 目 及 び 補 償 費 ( 漁 業

建設費総額│補償,土地買収費),建設中 1600 利子等を含む。

(注) 県 内 発 注 に つ い て は2大 手 企 業 分 (23%)を含む。

(資料)通産省立地公害局・徳島県企画開発部『徳島県南部モテソレ定住固に お け る 石 炭 火 力 立 地 に 伴 う 地 域 振 興 効 果 の 活 用 方 策 に 関 す る 調 査 報 .0 19823月 60ページ。

50  43  59  71  99  59  90  70  58  50  36  36  56 

(13)

大規模電源立地による地域経済社会の変容と地方財政 73 

だ が , 県 内 大 手 重 工 業2社(三菱重工長崎造船所,佐世保重工)で23% 289億円を占め,これを除くと県内分は21%,264億円になってしまう。そ のうち大瀬戸町分は,わずか2%  26億円にすぎない。建設需要の過半が県 外に流出し,また県内分をも含めて元請は大部分が大企業に集中し,県内企 業は大手2社を除けば下請としての労務提供や資機材調達程度にとどまって いる14)火電建設需要の大きさと比べて地元への需要効果は極めて小さし大 企業の下請化し, しかも建設期間中の一過性のものであることは明らかであ

ろっ。

では,建設中の雇用効果はどうであろうか? 松島火電の工事に伴う就労状 況を,工事の初期, 19784月から 1号機運転開始の811月までの動向で 示したのが,図3である。工事には元請24社,下請165社が参加し,各社と

3 松島火電工事(本館工事を除く)就労実人員調

8000 

2500 

2000 

1500 

1000 

一一一ー 合計就労者

子 持 労 働 者 一 ‑ 一 一 地 元 原m

1456 

3101 

2038  2.077  '" 

20 1 0 ¥  , 一 、

. ' 、

'.  ,・、 , 、 、

.

1010 3 9 ¥ 926 /、 859

789  ..  、・・ー¥

. ' ・ 、

, ・ 、 、 949 1 0 ¥

799 859  .. '~・ノ 860  ¥  '

788  ・1";80 801  ¥.... 811.7'1:..2 778

p.  r;;A713  599 V 一一~/.. / '  691  680 

5ω~/'一‘ 451451 5:~\V589

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f

158 f'"'  212  212 

747 :¥599 

1¥ 438 

4  5  6  7 8  9 10  11  12  1 2  3 4  5 6  7 8 9 10  11  12  1 2 3  4 5  6 7  8 9 10  11  12  1 

1978 79 80 81

(注) 大瀬戸町公共職業安定所調べ。

(資料)大瀬戸・長崎県地域経済研究会『豊かなふるさとの未来を

求めて 大瀬戸町町勢診断報告書.JJ, 198112 109ページ。

表 9 大瀬戸町の主要財政収入の推移(普通会計) J7¥¥ よと 1 9 7 0  7 4  7 5  7 6  77  ( 1 ) 町 お i 43 , 476  9 7 , 7 4 4   1 1 4 , 208  1 3 7 , 6 8 1  1 7 0 , 903  ( 2 ) う ち 発 i E 所 関 係 ( 3 ) 地 方 議 与 税 1 0 , 050  1 1 , 422  1 7 , 5 6 0  2 1 , 2 0 4  実 ( 4 )  うち特別トン議与税 ( 5 ) 地 方 交 付
表 1 0 町 税 の 内 訳 の 推 移 単位:千円,% P 子〈ご 1 9 7 3  7 5  7 7  7 9  80  8 1  8 2  8 3  町 民 税 3 2 , 3 4 3  5 2 , 5 0 4  8 0 , 1 8 3  1 6 6 , 0 2 3  2 0 6 , 3 2 9  2 0 , 1 1 1 4  1 7 6 , 0 0 1 :   1 8 , 1 8 4 6  実 うち佃人分 2 3 , 6 6 6  3 9 , 3 4 4  6 2 , 2 0 1  1 1 2 ,
表 1 3 発電所償却固定資産税の l モ デ ル ぷ : : 凹 定 資 産 評 価 制 ( 応 円 , %)  !日定資産税( t rr 円)機 械 装 置杭 築 物ノIkZ 計機械装置枯築物 fTi 汁 O  8 0 0  ( 1 0 0
表 15 主 要 歳 入 構 成 の 類 似 団 体 と の 比 較 単位:千円,% 町 民 1 人 当 り 釦 ( 千 円 ) t邑 成 比(%) 区〉¥│ 大戸戸町 l  ( 1 ) 町 税 1 9 0
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