魚毒漁の社会生態 : ネパールの丘陵地帯における マガールの事例から
著者 南 真木人
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 18
号 3
ページ 375‑407
発行年 1994‑02‑28
URL http://doi.org/10.15021/00004217
南 魚毒漁の社会生態
魚 毒 漁 の 社 会 生 態
ネ パ ール の丘 陵 地 帯 に お け る マ ガ ー ル の 事 例 か ら
南 真 木 人*
Socio-Ecology of Poison Fishing :
A Case Study of the Magars in the Middle Hills of Nepal
Makito MINAMI
In this article, I discuss ecological and social aspects of poison fishing among the Magars, in the middle hills of Nepal, northern Nawal- parashi district. The Magar people use various poisonous plants to catch freshwater fish in tributaries of the Kaligandaki River. Poison fishing is a popular and much-anticipated activity, taking place regularly in August each year.
Following a survey of various ethnographies, Akimichi [n.d.]
pointed out three general characteristics of poison fishing activity: 1.
large quantities of poisonous plants are used, 2. the fish are caught in large quantity during each fishing event, and 3. there is usually some period during which no fish are caught. Each of these can be identified further with other factors: Identity and ecology of the plants used, their ownership, the manner of extraction of poison, and the organization of fishing group with 1.; Fishing method, gear, and the intended sharing and storage of the catch with 2.; Fishing frequency, and the selection of fishing places with 3. These factors vary according to particular cir- cumstances. In this article the Magar example is described in chapter III.
In the last chapter, I discuss (1) Poison fishing is associated with shifting cultivation; (2) The characteristics of poison fishing can be categorized as `unintercepted' since no fixed net or fence is used to
*国 立民族学博物館第3研 究部
Key Words : Nepal, poison fishing, shifting cultivation, Zanthoxylum sp., sharing of pleasure
キ ー ワ ー ド:ネ パ ー ル,魚 毒 漁,焼 畑,サン シ ョウ 属,遊 び の 共 有
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capture the poisoned fish; and (3) The implication of poison fishing as that it contributes to provide an opportunity for different Magar villages to share the pleasure of the fishing activity enjoyed by all participants.
The most important plant for fishing is a species of Zanthoxylum, known as bis in the Magar language. The poison is extracted from ripe fruit and bark. Bis multiplies naturally in areas of shifting cultivation, after land has been burned. Fire accelerates the germination of bis seeds according to the Magar people. It is also proved by forest-ecological ex- periment [KAMATA et.al. 1987]. The young plants are raised without being cut. Some of them are transplanted to the ridge between dry fields in order to be cultivated as private property. In a typical area, about 35 mature bis trees were owned by one village with 12 homesteads, and 100 inhabitants. These trees produced enough fruit for three fishing expedi- tions in one season. The frequency of fishing is limited by the amount of poison available.
Because a large quantity of poison were required for poison fishing, temporary fishing groups were formed one group includes all the in- habitants of 2-3 intimate villages. They group members conferred with each other about plans for poison fishing, in secret against other villages. In fact many other villagers learned about the plan by hearsay, and went fishing without contributing poison. Although the people of fishing group who prepared poison were displeased with such people, they could not prevent them from fishing. In principle, river resources are public. Secondary resources in all areas of shifting cultivation are also public unlike paddy and dry field. We can analyse that poison fishing is associated with shifting cultivation on account of a common principle of public utilization of resources, and that bis tree is abundant in areas of shifting cultivation, since germination of bis seeds is ac- celerated by fire.
After the poison is released, individuals dash to good vintage points with a scoop net in sequence from the upper reaches to the lower reaches. They actively move in close to fish. The lowest reaches of fishing area are not enclosed with any communal fence or fixed weir, and the catch is not shared among the fishing group. Magar poison fishing can therefor be categorised as `unintercepted'. This is not because of any technical difficulty with making fences. Rather, it is because the poisoning is not efficient. The fish would revive from paralysis if people waited at one place.
To an outside observers, the fishing activity may look like competi- tion for fish or for good netting points with other people. However, it is not really competition, because people do not show their catch to each other when the fishing is over. The fishing produces no obvious result.
Such a result is one requirement for competition. The Magars enjoy
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南 魚毒漁の社会生態
individually the luck and skill required for successful fishing. Poison fishing in a group means that the people need each other not only for
gathering poison in large quantity, but also to share the pleasure of the fishing activity among the fishing group. Poison fishing is thus a source of both individual and communal pleasure.
1.は じめ に
皿.調 査 地 域 の概 要 と漁撈 活動 1.調 査 地 域 の概 要
2.漁撈 の位 置 づ け 3.魚 種 と漁 法 皿.魚 毒 漁 の 社会 生 態 1,魚 毒漁 の漁 期 と頻 度 (1)漁 期
(2)漁 場 (3)漁撈 集 団 2.魚 毒 植 物 と分 布 (1)魚 毒 植物 (2)魚 毒 植物 の分 布
(3)魚 毒 の 量 的 問題 (4)魚 毒 の 加 工 法 3.魚 毒 漁 の 行程 (1)準 備 (2)魚 毒 の投 入 (3)漁 の開 始 (4)漁 の終 了 (5)漁 獲 量 と魚 の 加工 N.ま とめ と考 察
1.「 非 遮 断 型 」 と 「遮 断型 」 の 魚 毒 漁 2.焼 畑 と魚 毒 漁 の 連 関
3.競 争 対 遊 び の 共 有 V.お わ りに
1.は じ め に
マ ガ ー ル は ネ パ ー ル の 中 西 部,丘 陵 地 帯 に 広 く居 住 す る チ ベ ッ ト ・ ビル マ 語 系 の マ ガ ー ル 語 を 母 語 と して き た 人 び とで あ る。 マ ガ ー ル の 名 は 川 喜 田 【KaWAKITA l974】
の 先 駆 的 な 研 究 に よ っ て 知 ら れ て い る が,マ ガ ー ル は8つ の 支 族 集 団(subtribe)に 下 位 区 分 さ れ て い て1),同 じ支 族 集 団 は 特 定 の 地 域 に 優 勢 的 に 集 ま っ て 居 住 す る 地 縁 集 団 を な し,異 な る 自 然 環 境 と社 会 環 境 か ら 多 様 な 生 業 形 態 や 信 仰 体 系 が み られ る 。 本 稿 が 扱 う マ ガ ー ル は タ パ,ア レ,ラ ナ の 支 族 集 団 に 属 し,ナ ワ ル ・パ ラ ー シ ー (Nawa1‑parashi)郡 の 北 部 に 住 み 現 在 も 日常 的 に マ ガ ー ル 語 を も ち い,今 日 ネ パ ー ル で は あ ま りみ ら れ な い 焼 畑 を 含 む 農 耕 と牧 畜 を 複 合 し て い と な む 人 び とで あ る。 こ の 地 方 で は,年 に 数 回 カ リ ガ ン ダ キ(Kaligandaki)川 の 支 流 に お い て 植 物 性 の 魚 毒
1)Hitchcook【1966:4]に よ る と,8つ の 支 族 集 団 とは 北 方 の ブ ラ(Bura),ガ ル テ ィ(Ghar‑
ti),プ ン(Pun),ロ カ(Rokha)と 南 方 の ア レ(Ale),ラ ナ(Rana),タ パ(ThaPa),ブ ラ トキ(Burathoki)を さ す 。 マ ガ ー ル は デ ー ヴ ァ ナ ー ガ リー 文 字 か ら のR一 マ 字 転 写 方 式 に し た が え ば マ ガ ル(Magar)と な る が,こ こ で は 人 び と の 発 音 に 近 い マ ガ ー ル を も ち い る 。
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(fish poison)を もち いた集 団漁 が お こな わ れ,魚 毒 漁(poison fishing)は 人 び とが 待 望 す る年 中 行 事 の 一 つ と して位 置 づ け られ て い る。
本稿 は,魚 毒 漁 の 実態 を資 料 と して で きる か ぎ り詳細 に記 述 し,そ の過 程 で人 び と が も って い る魚 の 生態 と川 に関 す る民 俗 的知 識2)や,漁 法 の選 択 と魚 毒 漁 の 意味 を考 察 す る こ とを 目的 とす る。 魚 毒 を もち い た漁撈 は世 界 各地 で お こなわ れ て お り,魚 毒 植 物 の分 布 や 伝 幡,魚 毒 加 工 の技 術 的 な側 面 の分 析 は す くな か らず 報 告 され て い る が3),民 族 誌 の な か の一 項 目 と して で は な く魚毒 漁 の活 動 じた い を正 面 か ら と り扱 っ た 研 究 は す くな い。 ネ パ ー ル に お い て も魚毒 漁 につ いて ふれ られ て い る報 告 は す くな く,Rai【1985】 に よるチ ェパ ソの活 動 くらい の もの で あ る。 また,近 年 魚 毒 漁 は ほ と ん どの 国 あ るいは 地 域 で 厳 し く規 制 され る傾 向 が あ るた め,魚 毒 漁 を参 与 観 察 す る機 会 は ます ます減 って い くもの と考 え られ る。 と くに,温 帯 地 方 に お け る魚 毒 漁 の記 録 は 日本 の 事 例 か ら も明 らか な よ うに過 去 に お い て お こ なわ れ た話 を 伝 え 聞 く しか な い4)。本 稿 で 対 象 とす る地 域 は 気 候 と植 生 の 区 分 か らは 亜 熱 帯 に属 す るが,後 述 す る よ うに主 要 な 魚毒 植 物 は ビス と よばれ る暖 温 帯 に 固有 の ミカ ソ科 サ ソ シ ョウ属 の木 本 (Zanthoxylum sp.)で あ り,日 本 で もち い られ て きた 魚毒 と類 似 してい る こ とか ら, 資料 の空 白を埋 め るの に多 少 な りと も寄 与 で き る もの と考 え る。
秋 道[n,d.1は,魚 毒 漁 の 記 載 が あ る多 数 の民 族 誌 を 通観 した うえで 魚毒 漁 に おけ る 三 つ の生 態 学 的 プ ロセ ス とい う特 徴 を指 摘 して い る。 す なわ ち,「 魚 毒 漁 は,(1)魚 毒植 物 を大 量 に 消 費 す る,(2)魚 が 一 時 に た く さん とれ る,(3)そ の反 面,し ば ら
く魚 が とれ な くな る とい う特 徴 」 で あ る。 さ らに,秋 道 は この三 つ の生 態学 的 な プ ロ セ ス に た い して,そ れ ぞれ の社 会 が どの よ うな対 応 や 規 制 を お こ な って い るか を,魚 毒 植 物 の調 達,魚 毒 漁 と集 団,魚 毒 漁 と規制 とい う視 点 か ら論 じて い る。
本 稿 で も この三 つ の生 態 学 的 な プ ロセ ス とい う特 徴 に 依拠 し,各 プ ロセス か らそれ ぞ れ 導 か れ る諸 事 項,す なわ ち,(1)か らは 魚毒 の種 類 と利 用 法,魚 毒 の分 布 と所 有 形 態,漁撈 集 団,(2)か らは漁 法 と漁 具 の形 態,漁 獲 物 の分 配,漁 獲 量,保 存 加 工 法,(3)か らは 魚毒 漁 の頻 度,漁 場 の選 定 と移 動 を 明 らか に して い く記 述 をす す 2)篠 原[1990:16‑17】 は,民 俗 的知 識 の束 を 取 りだす こ と の意 味 を い くつか の例 を あ げ て 説 明 し,そ の 一 つ の 例 と して魚 毒 を 取 りあ げ て 「この 習俗 で 聞 き のが して な らな い の は,河 川 の どん な場 所,お そ ら く河 川 の生 業 上 の重 要 な 場 に は 川 の なか に も地 名 が あ るで し ょ うか ら, そ の場 を す べ て 聞 き,魚 毒 を用 い る微 細 な テ ク ニ ッ ク とそれ に伴 う魚 の 行 動 に 関 す る民 俗 的 知 識 を 細 大 漏 ら さず 収 集 す る こ と」 であ る と述 べ て い る。
3)た とえ ば,前 者 と して ホ ーネ ル 【1978】,Heizer[1953], Quigley[1956]の 研 究 が あ り,総 合 的 な研 究 と して松 原 【19701,秋 道 【n.d.1があ る。
4)御 勢 【1967:279]に よる と 「ム ラナ ガ シ の行 事 は い ま か ら60年 ほ ど まえ まで,奈 良県 吉 野 郡 野 迫 川 村 北 今 西 と大 股 の両 部 落 で お こなわ れ て い た 」。
南 魚毒漁 の社会生態
め る こ と に す る 。 順 番 は 必 ず し も こ の と お りで は な い が 皿.で こ れ ら を 扱 い,】v.で は Brandt【1984:361が 指 摘 す る効 率 的 な 魚 毒 漁 に つ い て の 諸 特 性 を て が が りに,マ ガ ー ル の 人 び とが お こ な う魚 毒 漁 の 性 格 と意 味 を 考 察 す る 。
]1.調 査 地 域 の概 要 と漁撈 活 動
1.調 査 地 域 の 概 要
調 査 の 対 象 と した 地 域 は,行 政 区 分 上 西 部 ネ パ ー ル,ナ ワル ・パ ラ ー シ ー 郡 の 北 東 部 に 位 置 す る ダ ー ダ ジ ェ リ(Dadajheri)行 政 村 で あ る 。 ダ ー ダ ジ ェ リ行 政 村 は,ち
ょ う ど ヒ マ ラ ヤ 前 山 の マ ハ バ ー ラ ト(Mahabharat)山 脈 とそ の 北 を 東 西 に 流 れ る カ リガ ソ ダ キ 川 に は さ ま れ た マ ハ バ ー ラ ト山 脈 北 斜 面 に あ た り,図1で 示 さ れ る よ うに カ リ ガ ソ ダ キ 川 の 支 流 と マ ハ バ ー ラ ト山 脈 か ら の 支 尾 根 が 入 り組 む 地 形 に な っ て い る。 植 生 は,乾 燥 した 支 尾 根 の 山 稜 部 を サ ラ ソ ウ ジ ュ(Shorea robusta)が し め,焼 畑 の 休 閑 地 で あ る尾 根 筋 い が い の 斜 面 は トウ ダ イ グサ 科 ア メ ガ シ ワ属 の ク ス ノ ハ ガ シ
ワ(Ma〃otus philippinensis),マ メ 科 ア カ シ ア 属 の ペ グ ノ キ(Acacia catechu)や ペ ンナ ム タ(A.penna〃1ta),キ ョ ウ チ ク トウ科 の コ ネ ッ シ(Holarrhena antidysenterica), パ ソ ヤ 科 キ ワ タ ノ キ 属 の ワ タ ノ キ(Bo〃ibax〃zarabaricu〃1),ミ ソ ハ ギ 科 ウ ッ ドフ ォ
ル デ ィア 属 のWoodfordia fructicosaな どを 主 とす る亜 熱 帯 性 の 二 次 叢 林 で あ る 。 ネ パ ー ル の 暖 温 帯 に ふ つ う に み ら れ る ツ バ キ 科 ヒ メ ツ バ キ 属 の イ ジ ュ(Schima
wallichii)お よび コナ ラ属(Castanopsis spp.)は 比 較 的 す くな い 。 集 落 内 と常 畑 の 周 辺 に 点 在 す る 高 木 は,飼 い 葉,苅 敷,果 実 や 葉 の 利 用 な ど の 用 途 で 移 植 し て 育 て ら れ て い る 私 有 の 有 用 樹 で あ る 。 村 は 支 尾 根 の 中 腹 に 集 村 の 形 態 で 分 布 し,隣 村 と の 距 離 は 徒 歩 で1時 間 て い ど で あ る。 本 稿 で 報 告 す る 魚 毒 漁 は,も っ ぱ ら カ リ ガ ソ ダ キ 川 の 支 流 に お い て お こ な わ れ る 活 動 で あ る 。
調 査 の 拠 点 を 標 準 的 な 人 口規 模 を も つ ポ ジ ャ(Bojha)村 に 定 め た 。 ポ ジ ャ 村 は 1988年10月 現 在 に お い て,12のgharと よ ぽ れ る マ ガ ー ル の 所 帯5)か ら な り,全 人 口 は100人 ち ょ う ど で あ る。 所 帯 は い く つ か 集 ま っ て 父 系 リネ ー ジ を 構 成 し,さ ら に い
5)gharは,ネ パ ール語 で は 家 や住 居 とい った 建造 物 とそ こ に居 住 す る 人 び との両 方 を さす が, マ ガー ル語 では 建造 物 と して の 家 はy亘mと よぼ れ て い て,gharの ほ うは一 つ の家 屋 敷 に住 む 人 び とを さす 。村 の共 同 労 働 で は,gharの 成 員 数 の 多少 にか か わ らず 一 つ のgharに つ き 一 人 の参 加 が 義 務 づ け られ て い る。 つ ま り,gharは,い くつ か の 世帯(household)を 包含 す る こ とが あ りえ る所 帯(homestead)に 相 当 す る と考 え る ことが で き る。
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図1 調査地域の概念図
南 魚毒漁 の社会生態
くつ か の 父 系 リネ ー ジ が集 ま っ て父 系 クラ ソを構 成 す る6)。ポ ジ ャ村 は6つ の父 系 ク ラ ンか ら な る。 縁 組 の体 系 は,ク ラ ソ外 婚 を 原則 に男 性 に と って母 方 の 交 差 イ トコ と の結 婚 が 優 先 され,結 婚 後 の 居 住形 態 は夫 方 居住 がふ つ うで あ る。 こ のた め,父 系 ク ラ ソ集 団 は,女 性 を 受け 取 る父 系 ク ラン 集 団 と女性 を与sxる 父 系 ク ラ ソ集 団 とに 明確 に 区 別 され て,村 内 お よび 周 囲 の 村 に散 っ て居 住 して い る こ とに な る。 複 数 の隣 あ う 村 が 協 力 してお こな う魚毒 漁 は,お 互 い を親 族 名 称 で よぴ あ うこ うした縁 組 関 係 に あ
る人 び と との共 同活 動 で あ る とい うこ とが で き る。
人 び とは所 帯 を 単 位 と して 基 本 的 に 常 畑 と焼 畑 で 主食 とな る トウモ ロ コ シを 栽 培 し,常 畑 の肥 料 源 と して厩 肥 を得 るた め に ウ シ,ヤ ギ,ス イ ギ ュ ウを 飼 育 して い る。
と くに ウシは梨 耕 の た めに も欠 かす こ とが で きな く,ヤ ギ,ス イ ギ ュウ さ らに ブ タ は 食 用 の 目的 を 合 わ せ て も って い る。 焼 畑 は 大 半 が1年 の み 利 用 す る短 期 作 付 け と4
〜5年 間 放 棄す る短 期 休 閑 を 特徴 と し,休 閑 を へ て も との地 点 に戻 る循 環 的 な 土地 利 用 が お こなわ れ て い る。1970年 以 降,新 田開 発 や 水 田 の購 入Y'よ り水 田稲 作 が 約半 数 の所 帯 に普 及 し,水 田 を もつ 所 帯 と もた ない 所 帯 との あ いだ に社 会 経 済 的 な 格 差 が生 じるい っぽ う,水 稲 栽培 をめ ぐるあ らた な生 産 共 同 の ネ ッ トワー クが うまれ て い る。
ポ ジ ャ村 の全 耕 地 面 積 に しめ る常 畑,焼 畑,水 田 の 割合 は,お よそ2:1:1に な って い る。 焼畑 の休 閑 地 に お け る野 草 の採 集 と,銃 を 使 った お もに 鳥 類 の狩 猟,漁撈 な ど の活 動 も農 牧 業 と並 行 して頻 繁 に お こ なわれ る。 こ う した 自給 経 済 とあ わせ て,イ ソ ドへ の 出 稼 ぎや 過 去 に は グル カ傭 兵 と い っ た賃 金 労 働 へ の 取 り組 み に も積 極 的 で あ り,さ ま ざ まの機 会 を とらえ て複 合 的 な生 業 を営 ん でい る7も
2.漁撈 の 位 置 づ け
魚毒 漁 に特 徴 的 な 性格 や そ の 社 会 的 な意 味 を 明 らか にす るた め に,最 初 に マ ガ ール の人 び とに とって の 魚食 の位 置 づ け と,そ のほ か の漁撈 活 動 を 概観 して お く。 人 び と の魚 食 の嗜 好 性 は 非 常 に高 く,漁撈 活動 に たい す る意 欲 や 関 心 は一 年 を通 じて男 女 と もに 高 い 。 そ もそ も マ ガー ル語 で 魚 はdisyaす な わ ち 水 の 肉 とよば れ,家 畜 の 肉に つ ぐ ごちそ う と考 え られ て い る8)。接 客 に米 飯 と肉 の副 食 お よび 蒸 留 酒 の もて な しを 欠
6)父 系 ク ラ ン名 と父 系 リネ ージ名 は 同一 であ り,ク ラ ソと リネ ージは 一 括 してkairanと よぽ れ る。 同 じク ラ ンで も リネ ー ジが 異 な る こ とを あ らわ す に は,蔓(lahara)が 一 緒 で な い と い ういい 方 が され る。 詳 しくは拙 稿 【南 1990:35‑37】 を参 照 。
7) 詳 し くは 拙稿 【南 1990,1992】 を参 照 。
8)食 用 とされ る肉(sya)は 下 記 の よ うに分 類 され て い る。 野生 動 物 の 肉 は 「狩 猟 」 を 意 味 す るshikarと よばれ る こ と もあ り,肉 の こ とをsyaで は な くshikarと よぶ 老 人 もい る。 「魚 の 肉(身)」 とあ え て い うと きに は,disya misyaと な る。 /
国立 民族学博物館研究報告 18巻3号 か す こ とが で きな い習 慣 に お い て,魚 は 肉 の 代 わ りと して 通 用 す る食 物 で あ り,そ の た め所 帯 に は 来客 用 の干 し魚 が 日常 的 に 貯 蔵 され て いた り,客 を 招待 す る前 日や 当 日
には漁撈 活動 が よ くお こな わ れ る。
3.魚 種 と 漁 法
カ リ ガ ソ ダ キ 川 と そ の 支 流 に お い て漁撈 の 対 象 と な る 魚 種 は,多 く が コ イ 科 の 魚 で あ る 。 本 流 で は,成 長 段 階 に 応 じ てsarshiか らsahate,最 後 にsahareと 名 称 が3回 か わ る 魚(Tor sp.)やkatareya(Acrossocheilus sp.)が 対 象 とな る 。 支 流 の 小 魚 で は kiga(Glyptothorax pectinopterus),ド ジ ョ ウ科 のjiga(Noe〃racheilus rupicola),コ
イ 科 のasala(SchiZOthorax sp.)やgardi(Labeo sp.)な どが 漁 獲 さ れ,雨 季 に は katareyaが 支 流 に 遡 上 し て き て 魚 毒 漁 の 対 象 と な る。 支 流 に 点 在 す る 大 き な 岩 の 下 に は,ふ つ う一 つ の 岩V'つ き 一 匹 の タ イ ワ ソ ドジ ョ ウ属 のbhoti(Channna gachua)カ ミ 棲 息 し,ミ ミ ズ を 餌 とす る 釣 り漁 の 対 象 と な る 。bhotiは 魚 毒 漁 で は 岩 の 奥 に ひ そ ん
で し ま い 漁 獲 で き な い 。
釣 り漁 で は 対 象 と な る 魚 種 別 に 仕 掛 け や 餌 な どY'い ろ い ろ な 工 夫 が み られ る が,そ の ほ か の 漁 法 は 特 定 の 魚 種 で は な く,沢 ガ ニや 川 エ ビ を ふ くむ 魚 類 全 般 が漁撈 の 対 象 と さ れ る 。 漁 法 の バ リ ェ ー シ ョ ソは す くな く,魚 毒 漁 を ふ く め て 次 の5種 類 が み ら れ る 方 法 で あ る 。
「魚 毒 漁(bis kake)」 魚 毒 漁 に 関 し て は,ほ か の 漁 法 と の 関 連 か ら よ び 方 に つ い て の み 述 べ て お き た い 。 マ ガ ー ル 語 で 魚 毒 漁 は 「bis(毒)kake(入 れ る)」,つ ま り 「毒 入 れ 」 と よ ば れ,こ れ は 川 に 魚 毒 を 投 入 す る 行 為 を い い あ ら わ す こ と に も な る。 「魚 毒 漁 に 行 く」 と い う と き に は,「bisan nuke」 と い わ れ,名 詞 の 語 尾 に 場 所 を 示 す 鼻 母 音 の ア ン を つ げ て 表 現 され る 。kakeは 「入 れ る」 あ る い は 「(上か ら)か け る 」 と い う意 味 の 動 詞 で あ る 。
「瀬 替 え 漁(ha satke)」 文 字 どお りの 意 味 は 「水 流(ha)を 殺 す(satke)」 漁 で あ り,11月 か ら6月 ま で の 乾 季 に カ リ ガ ン ダ キ 川 の 支 流 に お い て,最 も 頻 繁 に お こ な わ れ る 漁 法 で あ る 。 川 の 上 流 に 石 や 土 付 き の 草 で 堰 を 造 っ て 約50メ ー トル の 流 域 に お い て 川 の 流 れ を 変x,干 上 が っ た 川 底 や 岩 の 下 で 小 魚 や カ ニ を と る 。 鈎 状 の 掘 り具
\燃 鍔
bhaisi(雌 の ス イ ギ ュ ウ)ra(ヤ ギ) wa(ブ タ) guava(ニ ワ ト リ) di(水)
南 魚毒 漁の社会生態
(guri)と 目をつ ん で編 ん だ竹 籠 が も ちい られ,干 水 しな い淵 にはSapiu〃i insigneの 魚毒 が補 足 的 に もち い られ る こ と もあ る。1〜2時 間 の活 動 で常 に安 定 して 大人 一 人 に つ き約50〜100グ ラ ムの 魚 や カ ニを と る こ とが で き,こ れ は二 人 が一 食 分 の副 食 に す るの に十 分 な 漁獲 量 で あ る。 気温 の高 い3月 か ら5月 にか け て は,涼 を 求 め るた め に も農 作 業 の 休 憩 時 間 な どを 利 用 して盛 んに お こな わ れ る。 瀬替 え漁 は 一 つ の所 帯 を 単位 と してお こな わ れ る こ とが 多 い が,と きに は2〜3所 帯 が 合 同 してお こ ない,漁 獲 物 は均 等 に分 配 され る。
「投 網 漁(jal geske)」jalは 「漁 網 」 を意 味 し, geskeは 「遊 ぶ 」 とい う意 味 の動 詞 で あ る が,遊 ぶ とい う表 現 が され る のは 投網 漁 と釣 り漁 の 二 つ の個 人 漁 だ け で あ る。
雨 季 に は カ リガ ンダキ 川 で,乾 季 に は 支流 で男 性 の み が 単独 で投 網 漁 をす る。 雨 季 の 投 網 漁 で は,牛 糞 に ど ぶ ろ く の しぼ り粕(ト ウ モ ロ コ シ)を 混 ぜ こ ん だ 撒 き 餌 (bhus)の 固 ま りに ヨモ ギの茎 を さ して放置 し,そ の揺 れ 具合 か ら魚 の あ た りを み て 投 網 を うつ。 い っぽ う乾季 の投 網 漁 のほ うは支 流 の小 魚 を ね ら うもの で あ り,月 明か りや 懐 中 電灯 をた よ りに 真夜 中Y'お こなわ れ る こ とが 多 い。 投 網 は 中 高年 の 男性 が 市 販 の ナイ ロソ糸 で編 み,重 りの鉛 を 自 ら加 工 した もので あ り,目 の荒 い 本 流用 と 目の 細 か い支 流 用 にわ か れ て い る。 投 網 漁 は瀬 替 え漁 につ い で安 定 した漁 獲 量 を え る こ と
が で き る主要 な漁 法 であ る。
「釣 り漁(barchi geske)」7月 か ら9月 の雨 季 に カ リガ ソダキ川 と支 流 で,ミ ミズ や蛾 な どを 餌 に 魚 を釣 る。 単 独 また は少 人 数 の 男性 が娯 楽 として お こな う漁 で あ り, 大 漁 でな いか ぎ り,と れ た 魚 は干 し魚 に加 工 され 当人 の酒 の肴 とされ る。 糸 は市 販 の
テ グス を,鉤(barchi)は 市 販 も し くは 地 元 の鍛 冶職 人 に よっ て造 られ た もの を使 用 し,重 りや 浮 きは基 本 的 に もち い な い。カ リガ ン ダキ 川 で 大型 の魚 を ね ら う とき には, 釣 竿 を使 わ ず 糸巻 きか ら のば した鉤 を石 に か らめ て遠 方 に投 げ こむ。
「笙 漁(buk kake)」9月 か ら10月 にか け て,焼 畑 の見 張 りを す るか たわ ら支 流 に 竹 製 の 笙(buk)が す えつ け られ,と れ た 魚 は 見 張 り台 で焼 い て食 用 に され る。 笙 は そ の場 か ぎ りの使 い捨 て であ り,娯 楽 の域 を で ない 。
この よ うに いず れ の漁 法 も実 用 を 兼 ねた 娯 楽 とい う性 格 が強 く,漁 獲 量 は全 般 的 に す くな い 。 しか しな が ら,た とえ量 は わず か で あ っ て も瀬 替 え漁 な どの よ うに漁 を す れ ぽ 必ず 魚 が とれ る こ と,い い 換 え る と食 卓 に植 物 性 の食 物 で は な く魚 が だ され る満 足 感 は 非 常 に大 き い もの と考 え られ る。 この こ とは,農 作業 中 であ って も川 が近 くY' あれ ば い つ で も魚 の有 無 に注 意 が は らわれ る こ とや,た とえ一 匹 の小 魚 や カニ で あ っ て も,家 に も ちか え り焼 いて 幼 児 に与 え る とい った こ とか らも うか が うこ とが で き る。
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皿.魚 毒 漁 の社 会 生 態
1.魚 毒 漁 の 漁 期 と頻 度
表1は,1992年 の 雨 季 に ポ ジ ャ村 の 人 び と が 関 与 した4回 の 魚 毒 漁(8月9,10, 11,12日)と,ポ ジ ャ村 の 人 は 参 加 して い な い が ダ ー ダ ジ ェ リ行 政 村 内 で お こな わ れ た2回 の 魚 毒 漁(7月29日 と8月8日)に 参 加 した 村 と 人 数,漁 場 な ど を あ らわ した も の で あ る 。 た だ し,デ ィ ソ ッ トコ ー ラ(Disot Khola)は 隣 の ブ リ ン(Buling)行 政 村 に 含 まれ る 。 以 下 で は 表1を 参 照 しな が ら漁 期 と 漁 場,漁撈 集 団 に つ い て 記 述 す
る 。
(1)漁 期
表1 ダ ー ダ ジ ェ リ行 政 村 の 人 び とが参 加 した 集 団 魚 毒漁(1992年 雨季) 漁日
7/29
8/8
8/9
8/10
8/1]
8/12
実施母体村0内 人数
一 …,
ブ リン
ケサラ
ポ ジ ャ
?
バ タセ
ゴー トダ ンダ ブリン 他?
ケサラ 他?
ポ ジ ャ (42) ゴー トダ ンダ (約50) バ タセ(数 人)
ペ レガ バ リー マ ル カフ ァ ルダ ンダ ラム コ ッ ト
バタ セ(約40) ポ ジ ヤ (33) ゴ ー トダ ンダ (約25)
ゴ ー トダ ンダ ポ ジ ャ (約1001
便乗す る人び と
?
?
?
ポ ジ ャ (10) コ ッ ト (15) 他?
ブ リン ピィパ ルチ ャプ 他?
(約100)
な し
漁場
サー ダ コ ーラ下 流
ラデ ィコー ラ下 流
サー ダ コー ラ下 流
ラデ ィコー ラ 中流
デ ィソ ッ トコー ラ 中下流
サ ーダ コーラ 中上 流
参加人数 合計
?
?
約120人
?
約200人
約100人
所要時間 瀬
?
?
1.5時 問 約2.5km
1.1時間 糖
2時間 舳
O.5時 間 約1.5km
南 魚毒漁 の社会生態
魚 毒 漁 の 漁 期 は 雨 季 の8月 初 旬 か ら 中 旬 で あ る。 漁 日は,連 日 の 降 雨 の 後 し ば ら く 晴 れ が つ づ き 川 が あ る て い ど 減 水 し た 状 態 で あ る こ と と,魚 影 を み た と い う情 報 に よ っ て 決 め ら れ る の で 年 に よ っ て 時 期 は 多 少 前 後 す る。1992年 の 場 合,8月10日 前 後Y' 集 中 し て お り,8月9日 か ら4日 間 連 続 して 毎 日 お こ な わ れ た 。
水 量 が 多 く急 流 と な る雨 季 に あ え て 魚 毒 漁 を お こ な う の は,カ リガ ン ダ キ 川 の 増 水 と 濁 流 化 に よ り支 流 に 遡 上 し て く るAcrossocheilus sp.な ど体 長 が 約30セ ソ チ メ ー ト ル 以 上 の 魚 が漁撈 の 対 象 と し て 想 定 さ れ て い る か ら で あ り9),魚 毒 植 物 ビ ス(Zan‑
thoxylum sp.)の 結 実 時 期 が ち ょ う ど こ の こ ろ に は じ ま る こ と に も よ る 。 社 会 的 に は 労 働 集 約 性 が 高 くsagh6hと よば れ る共 同 の 援 助 労 働 が 盛 ん な 田 植 え が 終 了 す る 時 期 とか さ な り,農 作 業 が 一 段 落 す る と き で も あ る 。1992年 の 場 合,ポ ジ ャ 村 の 田 植 え は 7月15日Y'は じ ま り8月7日 に 完 了 した 。 そ れ 以 降,村 内 で はsagh6h協 力 者 へ の ブ タ 肉 の 分 配io),所 帯 を 単 位 と して ひ ら か れ るmaidarと よ ぼ れ る 田 植 え 明 け の 慰 労 の 宴,choyo tika busake(苗 の 額 飾 りを つ け る)と よぼ れ る 摯 ウ シ に た い す る 慰 労 と 感 謝 の 行 事 な ど が つ づ き,魚 毒 漁 も こ う した 一 連 の 慰 労 と 娯 楽 の 行 事 に 同 調 した 活 動 の 一 つ と な っ て い る。
(2)漁 場
図1に6回 の 魚 毒 漁 が お こなわ れ た位 置 を 示 した。 た だ し,7月29日 と8月8日 の 漁 場 は,実 際 に 観 察 して い な い の で伝 聞 に よ りだ い た い の位 置 を示 して あ る。 漁 場 と して は,ど の村 が どの 川 を利 用 して も よい とされ て い る。 実 際 に,8月11日 の ダー ダ ジ ェ リ行 政 村 の人 び とが お こな っ た魚 毒漁 では,隣 の ブ リソ行 政 村 の デ ィ ソ ッ トコー ラ川 が漁 場 とされ,過 去 には さ らに 西隣 の川 まで遠 征 した こ とが あ る といわ れ て い る。
一 本 の 川 の な か で どこを 漁 場 にす る かは,川 の上 流 か らは じめ る と下 流 域 の すべ て の 魚 が 本 流 に下 って しま うとい う理 由 で,下 流 域 か らは じめ て 次 回は そ の 上 へ移 動 す る こ とが 暗 黙 の規 則 とな って い る。 このた め,図1に み られ る よ うに漁 場 は同 じ川 で も 1回 ご とに上 流 に移 動 し,か さな りあわ な い。
9)体 長 が 約30セ ンチ メ ー トル 以上 の魚 が 漁 獲 で き る確 率 は,10人V' 人 くら い であ り,そ れ 以 下 の 小 魚 が 漁 獲 の 大 半 を しめ る。 雨 季 に魚 毒 漁 が お こな わ れ る こ とに 関 して,原 【1989:
13571は 地 域 を 特 定 して いな い が,「 一 般 的 に は 乾季 な どの減 水 期 に 行わ れ る が,逆 に 雨 季 に 濁 った大 河 を 逃 れ て 集 まる小 河 川 の 魚 を狙 うこ と もあ る」 と指 摘 して い る 。
10)sagh6hは 田植 えに 際 して のみ 結 集 され る援 助 労 働 で あ る。 そ の謝 礼 は 労 働 者 一 人 お よび 梨 ウ シ1組 に つ き2〜2.5セ ル の ブ タ 肉で あ る。1988年 に お い て2セ ル で す ま され た ブ タ肉 の 量 は,1992年 の時 点 では2.5セ ル で なけ れ ば 労働 者 が集 ま ら な くな って きた 。1セ ル(ser) は 当 該 地 域 で は1ダ ール ニ(dharniキ2.39 kg)の8分 の1の 重 量 とさ れ て い るの で 約300グ ラ ムに 相 当す る。
国立民族学博物館研 究報告 18巻3号
三 本 の 川 の うち,ラ デ ィ コ ー ラ(Ladi Khola)と サ ー ダ コ ー ラ(Sada Khola)は 川 幅 が3〜5メ ー トル く ら い で 巨 岩 帯 や 峡 谷 か ら な る 流 れ の 早 い 渓 流 で あ り,デ ィ ソ ッ トコ ー ラ は そ れ ら に 比 べ る と川 幅 も5〜10メ ー トル く ら い で 広 く,流 れ も ゆ る い 。 そ れ ぞ れ の 魚 毒 漁 に 関 し て 所 要 時 間 と利 用 した 川 の 流 長 を 表1に 記 した が,緩 流 で か つ 漁 獲 量 の 多 か っ た デ ィ ソ ッ ト コ ー ラ で は2時 間 に 約4キ ロ メ ー トル と 比 較 的 長 い 時 間 に わ た り漁 が お こ な わ れ た 。 一 般 的 に 魚 毒 漁 の 正 味 時 間 は1〜2時 間 で あ り,魚 毒 が 効 く範 囲 は,水 流 の 速 度 に も よ る が2〜4キ ロ メ ー トル 内 で あ る と い え る で あ ろ う。
(3)漁撈 集 団
魚 毒漁 で は大 量 の魚毒 を必 要 とす るた め に,魚 毒 を もち よっ て漁 を お こな う二 つ か ら三 つ の 村 の協 同が 不 可 欠 で あ り,魚 毒漁 は集 団漁 の 形態 を とる。 魚 毒漁 をす る にあ た って 発 案 をす る村 では,前 日に ど の川 の ど こで漁 を お こな うか が 相 談 され,あ わ せ て他 の どの村 に声 をか け るか が決 め られ る。 相 談 が ま と まる と,そ の 夜 に使 者 と して 2人 ペ ア ーの 男性 が複 数 選 ば れ,誘 うこ とに な った1〜2の 隣 村 に伝 令 が送 られ る。
この 時 点 で さ らに情 報 が 交換 され る ので,と きには 提 案 され た漁 場 が 変 更 に な る こと もあ る。 この よ うに魚 毒 を 用 意 して参 加 し,漁 を実 施 す る うえ で母 体 とな る村 を実 施 母 体 村 と よび,そ の 内で と くV'最 初 に企 画 して まわ りの村 に声 を かけ る村 を 発案 村 と
よん でお こ う。
ポ ジ ャ村 を め ぐ る実 施 母 体 村 の集 団構 成 は,表1か らわ か る よ うに ゴ ー トダ ン ダ (Goddada)村 とバ タ セ(Batase)村 に な って い て,お 互 い が 順 に 発 案 村 とな り誘 い あ う関 係 とな って い る。 ポ ジ ャ村 に とって,ゴ ー トダ ソダ村 は 行政 村 の村 長選 挙 に お い て同 じ人 物 を推 す 村 で あ る こ とで連 帯 感 を も って お り,村 全 体 で歌 垣 や 集 団 猟 を 共 にす る間柄 で もあ る。 そ れ に くわxて,ゴ ー トダ ンダ村 が 所 有 す る魚 毒 の 量 は ポ ジ ャ村 よ り多 い くらい で あ る とい う認識 があ る。 い っぽ うで ゴー トダ ソ ダ村 と同 じ く近 隣 に 位 置 す る コ ッ ト(Koh)村 と ラ ム コ ッ ト(Ramkot)村 は,政 治 的 に 合 わ な い (makata)と い う ことで声 がか け られ なか った 。 た だ し,ポ ジ ャ村 と この二 つ の村 と の あ いだ に と くに 顕著 な対 立 が あ る とい うので は な い。 所 帯 レベ ル で は,女 性 の 婚 出 と婚 入 の流 れ が 一 方 向的 な父 系 ク ラ ソ集 団 間 の 力学 に応 じた つ きあ い が個 別 に み られ るの で あ り,村 レベ ル で は あ えて 誘 う村 とは な らな い の であ る。 バ タ セ村 は魚 毒 漁 の 対 象 とす る川 を は さん だ対 岸 に位 置 す る とい うこ とで選 ぼ れ た 。 しか し,対 岸 の 村 を 誘 うこ とは望 ま しい こ とで は あ って も絶対 に守 るべ き こ とでは な い 。 この こ とは,ケ サ ラ(Kesara)村 が発 案 村 とな った8月8日 の 魚毒 漁 で,対 岸 に 位置 す る ポ ジ ャ村 は
南 魚毒漁の社会生態
誘 わ れ ず,ポ ジ ャ村 の 人 び とが強 い 不 満 を いだ い て いた こ とか ら理 解 で きる 。 これ らの こ とか ら,実 施母 体 村 が 選 ぼ れ る基 準 はつ ぎの三 点 に ま とめ られ る。(1)
まず 第 一 に,ふ だ んか ら村 全 体 で さ ま ざ まな 活動 を共 にす る村 で あ る こ と,す な わ ち 現 在 は 人 び との 関心 が最 も高 い政 治 的 な利 害 が一 致 す る こ とを前 提 と し,(2)そ の な か で は村 全 体 の魚 毒 の所 有 量 が多 い と考 え られ る村 と,(3)川 を は さ ん だ対 岸 に 位 置す る村 が優 先 的 に選 ば れ る こ とに な る。
実施 母 体 村 は,明 日魚 毒 漁 を や る とい う情 報 が そ れ 以外 の村 に もれ な い よ うに 努 め るが,ど こか らか 噂 を 聞 きつ け た り実際 に魚 毒 漁 に 向 か う人 び とを 目Y'し て魚 毒 を 用 意 せ ず に参 加 す る人 び と も多 い 。 これ を便 乗 す る人 び と と名 づ け て お こ う。 ポ ジ ャ村 の 村 人10人 も8月10日 の魚 毒 漁 に 便 乗 した ので,同 行 して便 乗 す る側 の よ うす を 観 察 す る こ とが で きた 。
そ の 日,魚 毒 漁 が あ る とい う確 実 な 情報 は何 も ない ま ま,人 び とは ラ デ ィ コー ラ川 をみ お ろせ る コ ッ ト村 まで 行 って,前 日の 魚毒 漁 の話 な どを しな が ら漁 が はLま る の を待 ち つ づ け た 。3時 間10分 後,対 岸 に カ フ ァル ダ ソダ(Kaphaldada)村 とバ リー マ ル(Barimal)村 の集 団 が 大 挙 して下 っ て くる の をみ つ け る と,に わ か に興 奮 しは じめた 人 び とは 川 に 向か って 下 りは じめ る。 しか し,川 に 近 づ くに つれ 足 ど りは重 く な り,先 頭 を 歩 くこ とを お互 い に譲 り合 うこ とに な る。 け っ き ょ く川 に つ く直前 の 尾 根 末端 で魚 毒 が 投 入 され る のを 待 ち,漁 が 始 ま るや 喧燥 に乗 じて 参 加 してか え りは 早 々に 引 き上 げ た 。 便乗 は とが め られ る よ うな性 質 の こ とでは な い に しろ,後 ろめ た さ が つ き ま と うもの で あ る こ とは 明 らか で あ る。 また,噂 の経 路 は 具 体 的 に は 明 らか で な いが,3時 間 も待 つ こ とか らか な り信愚 性 の あ る情 報 を入 手 してい る こ と と考 え ら れ る。 便乗 す る人 び と とは この よ うに 噂 を 聞 きつ け た 人 を 中心 に した 任 意 の 集団 で あ
る。
逆 に,便 乗 され る側 の 感 情 は ど うであ ろ う。8月12日,ポ ジ ャ村 とゴ ー トダ ン ダ村 の2村 が 実 施母 体 村 とな った 魚毒 漁 では,魚 毒 の採 集 中 に 「コ ッ ト村 の連 中,毒 も も
た ず に来 るか な?」 「あ ん な 奴 ら,来 た ら来 た で い い 」 とい う会 話 が な され た。 この 発言 か ら うか が われ る よ うに,便 乗 され る側 は 強 い不 快 感 を も って い る ので あ る 。 し か しな が ら,い ざ魚毒 が 川 に 流 され る と漁 場 は 多 くの人 であ ふ れ 全体 が興 奮 に つ つ ま れ るた め に,便 乗 す る人 び との存在 は こ とさ ら問 題 とは な らず,魚 毒 漁後 の話 題Y'も な らな い。 こ のた め,規 模 が大 きい 魚毒 漁 であ れ ぽ あ るほ ど便 乗 す る人 び とは増 加 す る傾 向 が あ り,8月11日 の よ うに 今 季 最 大 規 模 の魚 毒 漁 で は,参 加 人 数 の 半数 の 約 100人 は便 乗 す る人 び とで しめ られ る こ とに な るの で あ る。
国立民族学博物館研究報告 18巻3号
2.魚 毒 植 物 と分 布
(1)魚 毒 植 物
マ ガ ー ル の 人 び と に よ り実 際 に 利 用 され て い る こ と を 確 認 で き た 魚 毒 植 物 は,表2 に 示 した3属4種(一 つ は 不 明)の 木 本 で あ る 。 ネ パ ー ル 全 体 で は,ネ パ ー ル 語 方 名 khirra(Sapium insigne)が 最 も よ く知 ら れ て い て,魚 毒 と して 広 く利 用 さ れ て い
ぎ
る11)0当 該 地 域 で もkhirraお よ びbajyaは 焼 畑 休 閑 地 に 生 育 し て お り,瀬 替 え 漁 の 際 に 補 足 的 に 利 用 され る 。Asparagus racemosusは 魚 毒 と して も ち い る よ り も,む し ろ 石 鹸 の 原 料 と し て 加 工 さ れ 低 地 帯 の 内 タ ラ イ の 町 に 売 ら れ て い る12も
魚 毒 漁 で 最 も 大 量 に 利 用 さ れ る 魚 毒 植 物 は,ミ カ ソ科 サ ソ シ ョ ウ属(Zanthoxylum sp.)の マ ガ ー ル 語 方 名 ビ ス(bis)で あ り(写 真1),ま れ に ビ ス と混 ぜ て 利 用 さ れ る の が 同 じ く ミカ ソ科 サ ソ シ ョ ウ属 のgahasibhalで あ る13)0ビ ス と は ネ パ ー ル 語 お よ
表2 利用 され る魚毒植物 学名
ミカ ン科 サ ン シ ョ ウ属 Zanthozylum sp.
ミカ ン科 サ ン シ ョウ属 Zanthoxylum sP・
トウダ イ グ サ科 Sapium insigne
棚
ユ リ科
Asparagus racemarus
マガール語方名
ビ ス(bis)
ガ ハ ー シ ー バ ル (gahastbha l)
ミ ー マ ラ ム (mimalam)
バ ー ジ ャ(ba,iya)
ピ ー(bhi)
ネパー ル語方名 ジ カー ン(jikan)
カボ ロ(kabolo)
キル ラ(khirra)
ク リ ロ(kurilo)
利用す る部位 果実 、樹皮
果実 、樹皮
樹液
葉 、茎
根
11) た と え ば,Shrestha【1981:305‑306】 やStorrs【1984:252‑255】 が 言 及 して い る。
12)Asparagus race〃zosusの 根 は 一 度 煮 て か ら 皮 を む き 乾 燥 させ る 。町 の 仲 買 商 は こ れ を1ダ ー ル ニ(dharni‑2.39 kg)に つ き80〜lo5ル ピ ー(1992年12月 現 在 で1ル ピ ー は 約3円)で 買
い あ げ る 。
13)ネ パ ー ル の 低 地 部 に はtimur(Zanthoxylu〃r armatu〃1)と い う香 辛 料 と し て も ち い る サ ン シ ョ ウ が 自 生 す るが,ビ ス お よ びgahasibhalと は 形 態 が 異 な り別 の 種 と考 え ら れ る 。 Storrs 【1984:292‑293】 やShrestha【1989:189‑190】 に よ る とtimurに し て も 魚 毒 と して 利 用 され る 。 ビ
ス に 関 して は 奇 数 羽 状 複 葉 の 葉 軸 を 標 本 に し,果 実,写 真 を そ え て 龍 谷 大 学 の 土 屋 和 三 氏 に 同 定 を し て い た だ い て い る と こ ろ で あ る 。 ネ パ ー ル の 王 立 植 物 園(Royal Botanical
Garden)に お い て も,同 定 を お 願 い し た が 即 座 に わ か る よ うな 一 般 的 な 種 で あ る の で は な い ら し く 判 明 し な か っ た 。 植 物 園 ま で 利 用 し た タ ク シ ー の 運 転 手 は カ ー ブ レ ・パ ラ ー ン チ ョ ク (kabhre Palanchok)郡 出 身 の 男 性 で あ っ た が,出 身 地 で は ビ ス を や は り ビ ス と よ び,立 木 の 数 は 多 くは な い が 魚 毒 と して 利 用 す る こ と,ビ ス は 比 較 的 低 地(besi)に 生 育 す る こ と, カ トマ ン ズ 盆 地 内 で は み か け な い こ と な ど の 情 報 を え た 。
南 魚毒 漁の社会生態
写 真1 ビス[Zanthoxylum sp.】の果 実(撮 影8月)
び マ ガ ー ル 語 で 「毒 」 を 意 味 す る 普 通 名 詞 で あ る が,マ ガ ー ル 語 で は ビ ス は サ ソ シ ョ ウ属 の 特 定 の 種 を さ す 固 有 名 詞 に も な っ て お り,ビ ス の 木 が 最 も 重 要 な 毒 で あ る と い う人 び と の 認 識 を も の が た っ て い る 。 ビ ス は 日本 に も 生 育 す る イ ヌ ザ γ シ ョ ウ に, gahasibhalは カ ラ ス ザ ン シ ョ ウ に 近 似 して い る が,両 木 と も樹 高 が10〜15メ ー トル の
高 木 に な る。 雌 雄 異 株 の 落 葉 樹 で あ り,胸 高 直 径 が 約10セ ン チ メ ー トル に 成 長 し て は じ め て 結 実 す る 雌 株 か ど うか が 判 明 す る 。6〜7月 に 開 花 して 結 実 し,外 果 皮 は10月 に な る と 赤 紫 に 色 づ く。 熟 し た 果 実 は2つ に 分 裂 し て な か か ら黒 い 種 子 が 押 し出 さ れ る。 魚 毒 と して 利 用 さ れ る の は 果 実 と そ の 柄(多 出 集 散 花 序 全 体)と 樹 皮 で あ り,8 月 の 漁 期 に お い て は 外 果 皮 は 緑 色 の 状 態 で 多 くの 水 分 を ふ くん で い る 。
ミ カ ソ科 の 植 物 が 魚 毒 と し て 利 用 され る こ とに 関 し て,松 原 【1970:139】 は 「ミ カ ソ科 な ど の 植 物 で は,皮 が 利 用 さ れ て い る が,そ の 分 布 は,インド シ ナ 地 域 の ほ か に は,日 本,カ シ ー 山 地,マ レイ な ど め,か な りか ぎ ら れ た 地 域 に な っ て い る 」 と 指 摘 し て い る。 さ ら に,表1【 松 原 1970:137】 に よ る と サ ソ シ ョ ウ属 に か ぎ っ て み れ ぽ 御 勢[1967]が 報 告 した 日本(奥 吉 野)だ け と い う こ と に な る 。 日本 で,サ ソ シ ョ ウ
国立民族学博物館研究報告 18巻3号 が主 要 な魚 毒 と して 利 用 さ れ て き た ことは そ の後 も多 くの文 献 で 述 べ られ てい る14)0 暖 温帯 の植 物 で あ るサ ン シ ョウが,日 本 とネ パ ール に お いて 魚 毒 と して もちい られ て きた こ とは,照 葉 樹林 文 化 論 の 観 点 か らも興 味 深 い もの であ るが 本論 で は指摘 す るだ け に と どめ てお く。
(2)魚 毒 植 物 の分 布
5種 類 の魚 毒 植 物 は いず れ も焼 畑 休 閑地 に 自然 に繁 殖 して分 布 して い る。 そ の なか で もサ ン シ ョウ属 の ビス は,焼 畑 を 伐採 す る際 に 選 択 的 に刈 りと られ ず残 った結 果, 本 数 が増 え大 木 とな って い る。 自然 繁殖 の場 合,焼 畑 の用 益 権 を も って い る所帯 が立 木 の所 有権 を もち,切 らず に残 す と い う方 法 で半 栽 培 の状 態 にお か れ て い る。 ま た, 焼 畑 地 に生 育 す る ビス の幼 木 は,常 畑 と常 畑 の境 の斜 面(dik)に 移 植 して栽 培 もさ れ て い る。 そ の割 合 は,実 際 に調 べ る こ とが で きた26本 の ビス の立 木 で み る と,約30
パ ー セ ン トの8本 が 自然繁 殖 した幼 木 が意 図的 に残 され た半 栽 培 の立 木 で あ り,残 る 約70パ ーセ ソ トの18本 が移 植 して栽 培 され た立 木 であ った。 ビスは,魚 毒 を採 集 す る
とい う明 確 な意 図 を も って保 護 され た り,栽 培 され た りして い る ので あ る。
マ ガ ール の人 び との あ い だ で は,ビ スの種 子 は焼 畑 に 火 を 入れ た後 地 で のみ 発 芽 す る といわ れ て い る。 実 際 に 火 入れ か ら3〜4ヵ 月 をへ た 焼 畑 内 に は,ビ スの立 木 周 辺 に 高 さが約5セ ソチ メ ー トルに 成 長 した ビス の幼 木 が 多 数 み られ る(写 真2)。 この た めJビ スの 栽培 はそ の 年 に伐 採 して トウモ ロ コ シを 植 え 付 け て い る焼 畑 か ら苗 木 と す る幼 木 を 集 め て きて,雨 季 の あ い だ に移植 す る とい う形 態 を とる。 実 際 に は お こな う必 要 もな い こ とで あ るが,か りに立 木 か ら採集 した果 実 を そ の ま ま蒔 種 す るので あ れ ば,そ の上 で 枯 れ枝 を 燃 や せ ぽ 発芽 ず る と もい われ て い る。 つ ま り,こ こで重 要 な こ とは,人 び とは焼 畑 には ビス が 多 く発 芽 し生 育 す る とい う事 実 の認 識 は も と よ り, 火 が ビス の種 子 の発 芽 を 促 す とい う因果 関 係 の知 識 を経 験 的 に も って い る とい うこ と で あ る。
これ に関 して は森 林 生 態 学 の 分 野 か ら実 証 的 な 研究 が な され て お り,マ ガ ール の人 び との知 識 は 実 験 に よ って傍 証 され て い る。 鎌 田ほ か[1987]は,宮 崎 県 東 臼杵 郡 椎 葉 村 に お い て焼 畑 の 火 入 れ が 埋 土 種 子 の発 芽 に どの よ うな 影 響 を 及 ぼ して い る のか を,火 入 れ 前 後 の 実 生 の 発生 状 況 か ら研 究 して い る。 そ こ で は,「 種 子 が リター 中 に 含 まれ る よ うな一 年生 の キ ク科 植 物 な どに対 しては,初 年 度 の 発 生 が抑 制 され て い る
14) た と え ば,篠 原[1990:123‑124】,北 見 【1981:107】,野 本 【1987:5941,竹 内 【1983:301‑302】
な ど が あ る 。
南 魚毒漁 の社会生態
写 真2 発 芽 後5ヵ 月 の ビス幼 木(撮 影8月)
こ と」 ま た,「 地 中 深 くに 埋 ま って い る 草 本 や 木 本 の 種 子 に対 して は 抑 制 され な い こ と,逆 に発生 が促 進 され る場合 が あ る こ と」 【鎌 田ほ か 1992:19】 が示 され た 。 火 入 れ後 に 出現 数 が 目立 って増 加 した種 は,ヌ ル デ,ミ ズ ハ ナ ビ,バ ライ チ ゴ,ア ゼ ナ, イ ヌザ ソシ ョウで あ り,そ の理 由 と して これ らの種 子 は休 眠 性 が 高 く火 入れ が 逆 に 休 眠 を打 破 し発芽 を促 進 す るか らで あ る とい う 【鎌 田ほ か 1987:98‑991。
マ ガ ール の 人 び とが お こ な って い る ビス の栽 培 は,第 一 に焼 畑 の 火 入 れ とい う人 為 的 な植 生 破 壊 に よ って種 子 の発 芽 が 促進 され る こ とを利 用 し,第 二 に 苗 木 を集 落 の周 辺 に移 植 して育 て る こ と に よ り大 量 の 魚 毒 を 入 手 す る こ とを 可 能 と して い るの で あ る15)。した が っ て,マ ガ ー ル の人 び とが お こな う魚 毒 漁 は,火 入 れ を と もな う焼 畑 とセ ッ トに な っ ては じめ て成 り立 つ 活動 で あ る とい うこ とが で きる。
(3)魚 毒 の量 的 問 題
ここで は}主 要 な魚 毒 の ビスが 豊 富 で あ る といわ れ る ポ ジ ャ村 を例 に魚 毒 の量 的 な 問題 を 検 討 してみ た い。表3に ポ ジ ャ村 に お け る所 帯 別 の ビス の所 有 状 況 を 示 した 。
15) 日本 の 縄文 時 代 の集 落 周 辺 の植 生 の成 り立 ち を え が く西 田 【1985:153‑160】の考 察 は,逆 に 現 存 す る社 会 の 人 間 と植 物 の関 係 を み る際 に も示 唆 に富 む。 西 田 は 「日本 に も とか ら野 生 し て いた 有 用 植物 に つ い て もそ の よ うな 明 確 な 意 図 の も とに種 子 や 苗 が 集 落 に運 ば れ,育 て ら れ る こ とが あ った と推 測 しなけ れ ぽ な ら ない だ ろ う」[1985:154】 と述 べ,そ の可 能 性 を 強 く 示 して い るの は ク リや クル ミ,魚 毒 に利 用 され るサ ソ シ ョウ類,エ ゴ ノキ で あ る とい う。
国立民族学博物館研究報告 18巻3号
表3 所帯別 ビス所有数 所帯番号
1 2 3 4 J 6 7 8 9 L) 11 12 計
移植栽培
8
」 (5〜6) 2(2) 3 (2) 0 0 0
?
?
? lB(9^‑10)
自然繁殖 4
1
? 0 0
? 2 1 0
?
?
? 8
計
12 6 t5^‑6) 2(2) 3 (2) 2 1 0 ? ? ? 35〜36本
()内 は聞き取 りによる補足数
実 測 に よ り,生 育 地,自 然 ま た は人 為 繁 殖,雌 雄,樹 高,胸 高 直径 を 確 認 で き た立 木 が26本 あ り,残 りの9
〜10本 は 聞 き取 りに よ る二 次 資 料 で 補 足 した もの で あ る。 た だ し,実 測 では 胸 高 直径 が2セ ンチ メー トル に 満 た な い幼 木 は除 外 した。 所 帯 番 号 10〜12に つ い ては 未 調査 で あ るが, 村 の誰 もが 周 知 して い る よ うな大 木
の ビス を所 有 して い な い ことは 確認 され て い る。
ポ ジ ャ村 全 体12所 帯 です くな く と も合 計35〜36本 の ビス が あ り,一 所 帯 あた りの 平 均 ビス所 有 本 数 は 約3本 で あ る。 所 帯 別 で は,最 低0本 か ら最 高12本 ま でぼ らつ きが 大 きい傾 向が み られ るが,こ れ は 数 年 前 に移 植 を して い るか ど うか に よ りビス の所 有 数 に差 が生 じて い るた め の一 時 的 な 偏在 と考 え られ る。 ビス の所 有 本 数 が多 い上 位6所 帯 とい うのは,い ず れ も特 定 す る こ とが で き る中 高年 の 男性 が 数年 前 に移 植 を お こな った立 木 を所 有 して い る所 帯 であ り,ビ ス の栽 培 は 義務 や規 則 に よ る の で も村 を 単 位 と した 共 同作 業 に よ るの で も な く,こ う した 個 人 に よ って 自主 的 にす す め られ て 個 体 数 が維 持 され て い るの で あ る。
とこ ろが,魚 毒 漁 に先 だ って,ビ ス の果 実 を採 集す る際 には 誰 の所 有 す る ビスの立 木 であ るか は ま った く考 慮 に い れ られ ず,所 有者 に うかが いを た て る こ とも な く果 実 が融 通 され る。 胸 高 直 径 が30セ ンチ メー トル 以 上 の大 きな立 木 で は,立 木 の所 有所 帯 を含 む4〜5所 帯 が 協 力 して 果 実 を採 集 す る こ と もみ られ るの で あ る。 ビス と同 じよ うに移 植 して栽 培 す る飼 葉 木 な どは厳 密 に所 有者 と使 用 者 が 一 致 す る の がふ つ うで あ り,そ の 意 味 か ら ビスは 特 殊 な扱 い を受 け て い る とい え る。 この理 由 に関 して は後 述 す る。
次 に 一 回 の魚 毒 漁 に 必 要 と され る 魚毒 の量 に つ い てみ て み た い。 魚 毒 の採 集 の段 階 で,一 般 に一 所 帯 に つ き生 の 果 実 で 背 負 い籠 に〜 杯 分 が 目安 と され る。 籠 の 大 き さに も よ るが そ の重 さは 約10キ ロ グ ラム で あ りs粉 砕 の加 工 を お え る と容 量 は 半 分 て い ど に な る。 ま た,実 施 母 体 村 を決 め る と きに は一 つ の村 に つ き3〜4ム リ16)の魚毒 が 用 意 され る と仮 定 した 推 算 が な され る こ とか ら,tジ ャ村 の 場 合12所 帯 で3ム リと し