「スバシ写本」の願望法語尾 : 仏教サンスクリッ ト成立の一局面
著者 中谷 英明
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 10
号 1
ページ 111‑129
発行年 1985‑07‑20
URL http://doi.org/10.15021/00004412
中 谷 「スバ シ写本 」 の願 望 法 語 尾
「ス バ シ 写 本 」 の 願 望 法 語 尾
仏 教 サ ン ス ク リ ッ ト成 立 の 一 局 面
中 谷 英 明 *
An Analysis of the Optative Endings of the Subagi manuscript of Udanavarga
Hideaki NAKATANI
Being one of the oldest manuscripts in Buddhist Hybrid Sanskrit, the Subagi manuscript of the Udanavarga (Fonds Pelliot, Bibliotheque Nationale de Paris) has unique character- istics, which show its extreme importance in clarifying how and why the Buddhist Canon began to be sanskritized in the first centuries of the Christian era.
Elsewhere I have demonstrated that the phonetical and morphological irregularities revealed in the sanskrit of this manuscript are closely related to peculiarities of North-western Middle Indic, namely the Gandhari. This, together with other circumstances, makes it possible to assume that sanskritization of this text was made from an original Gandhari tradition.
Detailed analysis in this paper on the use of optative endings not only confirms that hypothesis, but throws new light on certain so far unknown aspects of the transmission of Buddhist texts and the conditions of their sanskritization, particularly for the Sarvastivadins in Central Asia.
0. は じめ に 1. 問 題 の あ り か
1. 仏 典 の も と の 言 葉
2. ス バ シ 写 本 の サ ン ス ク リ ッ ト 3. 研 究 の 目 標
∬.願 望法 語 尾 に つ いて 1. 非 サ ンス ク リ ッ ト形 と音 韻 2. 非 サ ンス ク リッ ト形 と韻 律 1) 同 じ リズ ムの 正規 語 形 へ 2) 異 な る リズ ムの 正規 語 形 へ
*神戸学院大学,国立民族学博物館研究協力者
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3) 非 サ ンス ク リ ッ ト語 形 の 容 認 3. 混 清 形 と 中 期 イ ン ド語
1) 混 清 形 の 出 現 2) −eya の 類 形 語 尾 3) −eya か ら 一ey5 へ 4) −eyya,−etha と パ ー リ語 尾
国立民族学 博物館研究報 告 ユ0巻 1号
4. ス バ シ写 本 と 「ガ ー ン ダ ー リー ・ダ ル マ パ ダ 」
1) 一 致 2) 乖 離 5. ま と め 班 . 結 語
0. は じ め に
1980年 以 来 , 民 博 の 大 型 計 算 機 を 利 用 し て , 筆 者 は サ ン ス ク リ ッ ト仏 典 の 言 語 の 研 究 を 行 っ て 来 た 1}。 入 力 し た の は , 1910年 , ペ リオ が 中 央 ア ジ ア ・ク チ ャ ー の 北 郊 ス バ シ僧 院 跡 で 発 見 した U danavarga の 最 古 本 で あ る 。 こ こ に ま と め た の は そ の 中 に あ らわ れ る願 望 法 語 尾 形 に つ い て の 考 察 で あ る 。 紀 元 300年 前 後 の 書 写 と思 わ れ る こ の 木 簡 写 本 は , ま と ま っ て 発 見 さ れ た 梵 語 仏 典 と して 最 も古 い も の で , 仏 教 サ ン ス ク リ ッ ト成 立 の 鍵 を に ぎ る 。 そ れ ま で 中 期 イ ン ド語 で 伝 え ら れ て き た 仏 典 が 何 故 こ の 期 に な っ て サ ン ス ク リ ッ ト化 さ れ た か , と い う 問 に 対 す る答 え の 一 つ を , こ の 写 本 は 与 え て くれ た よ う に 筆 者 に は 思 え る 。
な お , 仏 教 サ ン ス ク リ ッ トの 専 門 外 の 人 に も理 解 して も ら え る よ う, 願 望 法 語 尾 の 分 析 に 入 る 前 に 「問 題 の あ りか 」 と い う一 章 を 添 え た 。
テ キ ス トの 略 号 は Critical Pali D ictionary に 従 う が , 次 の 2本 の み は 別 で あ る : P ・一 Pali Dham m apada;G − Gandhari Dharm apada. ま た , 頻 出 す る文 献 に は 略 号 を 用 い る が ,.そ の 略 号 表 は P.128 に あ る 。
1 . 問 題 の あ り か
1. 仏 典 の も と の 言 葉
パ ー リの V inaya に 残 る 話 に よ る と (Cullavagga, V .33.1),あ る 時 バ ラ モ ン の 出 自 で 言 葉 使 い の 正 し い 二 人 の 兄 弟 の 仏 弟 子 が , 仏 陀 に こ の よ う に 尋 ね た 。 「お 師 匠 様 ,
こん に ち で は 雑 多 の 氏 族 , 雑 多 な 生 ま れ の 者 た ち が 出 家 して お り ま し て , そ の 者 た ち は そ れ ぞ れ 己 が 言 葉 を 使 っ て (sakaya niruttiya)覚 者 の み 言 葉 を け が して お り ま す 。 1) サ ンス ク リ ッ ト文 献 の コ ン ピュー タ へ の入 力 お よび 分 析 作業 のあ らま しを [中 谷 1985]に 報 告 した。
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中谷 「スバ シ写本」の願望法語尾
私 ど も が 覚 者 の み 言 葉 を サ ン ス ク リ ッ トに な お し と う ご ざ い ま す 。」 仏 陀 世 尊 は 厳 し くい ま しめ た 。 「痴 れ 者 。 ど う して そ ん な こ と が 言 え よ う。 そ ん な こ と を し て は , ま だ 心 の 鰹 ん で い な い 人 々 の た め に は な らな い 。」 そ して ビ ク 達 に こ う言 っ た と い わ れ る。 「ビ ク達 よ 。 覚 者 の 言 葉 は サ ン ス ク リ ッ トに して は な ら な い 。 も しす る 者 が あ れ ば , そ の 者 は 罪 を 犯 した こ と に な る 。 覚 者 の 言 葉 は そ れ ぞ れ の 国 こ と ば で 学 ん で よ ろ し い。」2)
こ の 話 が ど の 程 度 史 実 を 反 映 す る か の 穿 さ く は 今 は お き , と もか く西 紀 初 頭 ま で は 仏 典 は 中 期 イ ン ド語 で 伝 え ら れ , サ ン ス ク リ ッ ト化 さ れ た 形 跡 が な い こ と は 事 実 で あ
る 。
た だ し, ス リ ラ ン カ ・東 南 ア ジ ァ に完 全 な 三 蔵 経 典 が 残 るパ ー リ聖 典 を 除 い て は , 中 期 イ ン ド語 仏 典 は 殆 ど 現 存 せ ず , ま と ま っ た もの と して は , 辺 境 北 西 イ ン ドの 古 語 ガ ン ダ ー ラ語 で 書 か れ た 「ガ ー ンダ ー リー ・ダ ル マ パ ダ 」 [BROUGH l962], お よ び チ ベ ッ トで 発 見 さ れ 最 近 出 版 さ れ た 「バ トナ ・ダ ル マ パ ダ 」 [R OTH l980] の 2本 が 僅 か に 残 る に 過 ぎ な い 。
一 方 サ ン ス ク リ ッ ト仏 典 の 方 は , 19世 紀 前 半 に H odgson の 努 力 に よ っ て 知 ら れ た ネパ ー ル 写 本 [R入JENDRALALA M ITRA l882] を 噂 矢 と し て , そ の 後 今 世 紀 初 頭 に は , ネ パ ー ル 写 本 (13,4世 紀 以 降 ) よ り格 段 に 古 い (7世 紀 以 降 を 中 心 と す る )西 域 写 本 [W ALDscHMIDT l965:X I−X X X V], な お 未 刊 行 の も の も 多 い ギ ル ギ ッ ト 写 本 [STEIN l931;H INむBER l982],チ ベ ッ ト写 本 [SANKIItTy入YANA 1935] が 続 々 と発 見 され , と り わ け 第 二 次 大 戦 後 ドイ ッ の 学 者 を 中 心 と して 発 刊 ・研 究 が な さ れ て い る途 上 で あ る 。 こ れ ら仏 典 の サ ン ス ク リ ッ トは 正 規 の そ れ で は な く, そ の 文 法 と 辞 書 を 編 ん だ Edgerton に よ っ て 「仏 教 混 濡 サ ン ス ク リ ッ ト」 (Buddhist H ybrid Sanskrit) と呼 ば れ た , 中 期 イ ン ド語 の 影 響 を 多 分 に 残 す も の で あ る [EDGERToN
1953]。
こ の 仏 教 混 濡 サ ンス ク リ ッ トに よ る仏 典 が 果 た して 中 期 イ ン ド語 原 本 か ら 翻 書 さ れ た も の か ど う か , ま た そ う と す れ ば そ の 中 期 イ ン ド語 と は 何 か , に 関 す る 議 論 は Edgerton 労 作 以 来 に わ か に 高 ま っ た の で あ る が , な お 結 論 を 見 る に 至 っ て い な い 3)。
2) sakaya niruttiyaと い う言 葉 の解 釈 は古 くか ら様 々に試 み られ て来 た 。 今 は Brough 氏 の 見 解 [BROUGH 1980]に 従 う。
3) Edgerton の文 法 と辞 書 に対 す る霧 しい書 評 だ け で も20篇 に近 い。そ の主 要 な もの は [RENou l957:81−82]に挙 げ られ る。 中で も Smith [1954]は仏 教 サ ンス ク リッ ト固 有 の 韻律 の 特 徴 と 発 展 を 強調 , ま た Brough [1954]は写 本 の書 き ぐせ , 伝承 の地 域 的 特性 ,内容 に応 じた 文 体 的 特 御 等 を考 慮 す べ き こ とを指 摘 して重 要 で あ る。
他 方
,最初 期 仏 典 の言 語 に関す る シ ンポ ジ ウム が1976年 G6ttingen に おい て Bechertの 主 催 で 行 な われ た [BECHERT l980]。 新 資 料 もあ らわ れ , な お 知識 の深 ま りが期 待 され る。 ま た [HINOBER 1983a]参照 。
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国立民族学博物館研究報告 10巻 1号 付 言 す れ ば , チ ベ ッ ト訳 仏 典 の 大 半 は , 玄 契 以 降 の 漢 訳 (「新 訳 」) と 同 様 , サ ンス ク
リ ッ ト原 本 か らの 訳 で あ る 。
2. ス バ シ 写 本 の サ ン ス ク リ ッ ト
さ て , 以 上 の サ ン ス ク リ ッ ト仏 典 (お よ び チ ベ ッ ト訳 ) の 殆 ど が 7世 紀 以 後 に 属 す る 中 に あ っ て , U danavarga の ス バ シ写 本 は 群 を 抜 い て 古 く, 書 体 , 内 容 な ど か ら 紀 元 300年 頃 の 筆 写 に な る と 想 定 さ れ る 4》。 Edgcrton の 指 摘 の と お り [EDGERToN
1953:4−5],仏 典 の サ ンス ク リ ッ トは 時 代 を 経 る に つ れ 混 渚 形 を 排 して 古 典 サ ン ス ク リ ッ トに 近 づ くの で あ り, 古 さ か ら して ス バ シ写 本 は 最 も混 渚 形 を 許 容 す る 写 本 の 一 つ で あ る 。 従 っ て , 下 敷 と な っ た 中 期 イ ン ド語 を 知 る に は 最 も適 して い る 。
3. 研 究 の 目 標
ス バ シ写 本 に見 え る混濡 形 (あ る い は誤 伝 承 ) の特 徴 が ,実 は 当時 北 西 イ ン ドで 行 わ れ て い た ガ ー ンダ ー リー (ガ ンダ ー ラ語 ) と一 致 す る こ とを示 し,少 な く と も西 域 写 本 の 古層 (6世 紀 以 前) の原 本 が この 言葉 に よ って 伝 え られ て い た こ とを証 して,
仏 教 サ ンス ク リッ トの成 立 過程 の一 部 を 明 らか に す る のが この 研究 の 目標 で あ る。
Edgerton は精 力 的 にサ ンス ク リッ ト仏 典 を渉 猟 し, 多 数 の 混 濡形 を集 積 して我 々 に大 きな便 宜 を 与 え て くれ たが ,若 干 地 理 的 時 代 的考 証 の視 点 を欠 い た う らみ が あ る。
私 は スバ シ写 本 の 研究 に よ って , た とえ ばそ の 文 法 の 「語 形 論 」 に 単 に並 記 され る多 数 の混 渚 形 が, 派生 関係 か ら大 巾 に整 理 され る可 能性 が あ る こ とを指 摘 した い 。 北 西 イ ン ド古 語 ガ ンダ ー ラ語 で書 か れ た現 存 仏 典写 本 は, 上 述 の とお り, 「ダ ル マ パ ダ」 1本 のみ で あ るが , 西紀 初 頭 の数 世 紀 間 , 仏 教 が 中国 に流 布 しは じめ定 着 しつ つ あ った 頃 に , この 言 語 の 果 た した 役 割 は ,実 は極 め て大 きか っ た もの と推 定 され る。
くやく
玄 契 (7世 紀 ) 以 前 の 漢 訳 仏 典 (旧 訳 ) の 過 半 が サ ンス ク リ ッ ト以 外 の 俗 語 か ら の 翻 訳 で あ っ た こ と は , 漢 訳 者 自 身 が 証 言 す る と こ ろ だ が , 近 ご ろ , そ の 俗 語 と は ガ ソダ ー ラ語 に他 な ら な い, とす る説 が 提 唱 さ れ , 支 持 を 得 つ つ あ る5)。 ス バ シ写 本 は , 基 語 の 特 徴 を 多 く残 す 点 に お い て , こ の 言 語 に 関 す る 「ダ ル マ パ ダ 」, 「ニ ヤ 文 書 」, に 次 ぐ第 三 の 証 言 と も言 うべ き も の で あ る 。
ス バ シ写 本 の 研 究 は , こ の よ う に , 仏 典 サ ン ス ク リ ッ ト化 の 最 初 期 の 実 例 を 初 め て 4)筆 者 の ソル ボ ンヌ ・ヌベ ル 大学 提 出 Ph.D.論 文 参照 [NAKATANI l978]。
5) 旧訳 の 音 訳語 は直 接 に は サ ンス ク リッ ト ・パ ー リ語 か らは説 明 さ れ得 ず , ガ ンダ ー ラ語 を 介 して は じめて 対応 が 可能 と な る [BAILEY 1946;BRouGH 1962]。 な お ガ ンダ ー ラ語 を そ う名 づ け たの は この Bailey論文 で あ る 。
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中谷 「スバシ写本」の願望法語尾
提 出 し,仏 典 サ ンス ク リ ッ ト成 立 の状 況 を 明 か す と と もに,「旧 訳」の理 解 に前 提 とな るべ きガ ンダ ー ラ語 の実 態 を証 言 す る もの で あ る。以 下 に は, この よ うな展 望 を も っ て行 いつ つ あ る研 究 の中 で ,願 望法 語 尾 に関 す る結 果 を 報 告 した い。
皿. 願 望 法 語 尾 につ い て
1. 非 サ ン ス ク リ ッ ト形 と 音 韻
U danavarga の ス バ シ写 本 242詩 (= Bernhard 本 [BERNHARD 1965】 20章 第 2 詩 ) は , 次 の よ う に , Pali本 N ettipPakarapa 中 の 一 詩 節 (P.146) と 対 応 す る 。
242 (20−2)
Nett. p. 146
krodharn jahed utpatitarn avidya (rp) prajahe dhirah kodharn hane uppatitarn avijjarn pajaye dhiro
raga(m) *am nivarayet satyabhisamayena sukham ragarn jatarn vinodaye saccabhisamayo sukho
こ こ で は , 願 望 法 ・3入 称 ・単 数 ・能 動 の ア テ ー マ テ ィ ッ ク の 正 規 語 尾 一etは , 絶 対 語 末 (avasana, P帥 ini I.4.110.実 際 上 ,息 つ ぎ の 直 前 )に あ らわ れ (nivarayet),
母 音 の 前 で 正 規 連 声 に 従 っ て 有 声 化 す る :−ed (jahed)。 しか し有 声 歯 音 dh一 の 前 で は 非 サ ンス ク リ ッ ト形 一e が あ ら わ れ て い る (prajahe)。
表 1 は ス バ シ写 本 中 で , 願 望 法 ・ 3人 称 ・単 数 ・能 動 の 正 規 語 尾 (−et,−yat) に 対 応 す る ど の 形 が , ど の 語 頭 の 前 に 出 るか を 回 数 で 示 し た も の で あ る 。
テ ー マ テ ィ ッ ク 正 規 形 一etは avasana,す な わ ち (実 際 上 ) 偶 数 行 末 に 25回 , 無 声 子 音 の 前 で 6回 あ ら わ れ , 母 音 ま た は 有 声 子 音 の 前 で は 有 声 化 して 一ed と な る (8 回 )。 こ れ に 対 して 一e は 11回 あ らわ れ る う ち 9 回 は 有 声 音 の 前 , 7回 は歯 音 の 前 で あ る。 有 声 歯 音 の 前 で は 正 規 形 一ed は 2回 しか あ らわ れ ず , 実 に 4回 の う ち 3回 の 割 合 で 一e が 使 わ れ て い る こ と に な る 。
写 経 生 が 絶 対 語 末 に お い て ほ と ん ど 例 外 な く (26回 の う ち 25回 ま で ) −etを 用 い る 事 実 は , こ れ を 正 規 形 と認 識 し て い た こ と を 示 す だ ろ う 。 に も か か わ らず 有 声 音 , と り わ け有 声 歯 音 の 前 で 一ed の d を 落 とす と い う こ と は , −e は 限 られ た 音 韻 的 コ ン テ キ ス トの 下 に の み 許 容 さ れ た 書 き方 で あ っ た , と い う こ と を 示 唆 す る 。
ア テ ー マ テ ィ ッ ク形 に つ い て も事 情 は 同 じで あ る。 hannyli 5一玉9一 skt・hanyat),
siya 4−8 (−skt. syat) と い う 不 正 規 形 が あ らわ れ る の は , そ れ ぞ れ 有 声 歯 音 n−,1一 U 5
国立民族学博物 館研究報 告 10巻 1号 表 1 願 望法 ・3人称 ・単 数 ・能 動 の 語尾 と次 の 語 頭
無声音
次の語 頭
avasana k—
P—
s—
語尾 テ ー マ テ ィ ッ ク -et
25 3 1
-ed
t-
-e
1 -yat
2
1
ア テ ー マ テ ィ ッ ク
2 d-
dh n- 1-
1 1
1
-yad
1
歯音
1 1
2 2 1 1
1 2
1 -ya
1 1
有声音
a-
u- g- j- bh- m- y- v-
1
3
1 1
1 1
-yarn
1
正 規 形 不正規形 正 規 形 不 正 規 形
の 前 で あ る 6)。 ま た kUryyarp l 8−10 の anusvara (rP)は (単 に 鼻 音 n の 表 記 形 と い うよ り , 実 際 に 母 音 が 鼻 音 化 して い た ら しい ;後 述 P・119),正 規 連 声 一d m −≧−n
(ま た は 一d) m 一 か らの 発 展 形 に ち が い な い 。 こ う して , 表 1か ら次 の こ と が 言 え る だ ろ う 。
(1) 写 経 者 に は は っ き り サ ン ス ク リ ッ ト表 記 の 意 識 が あ っ た 。
(2) し か し, あ る 限 ら れ た 音 韻 的 条 件 の も と で (お そ ら く は 正 式 の 発 音 が あ ま り 損 わ れ な い 範 囲 内 で ) 謂 わ ば 省 略 形 と し て 不 正 規 形 を 使 う こ と が あ っ た 。
(3) そ の 結 果 , 稀 に で は あ る が , 省 略 形 が , 許 容 さ れ な い 位 置 に も ま ぎ れ 込 む こ と に な っ た (avasana に お け る vivarjjaye 12−一一177)な ど)。
6) 以 後 , 語 形 を 示 す と き は そ れ に 対 応 す る [BERNHARD l965] に お け る 章 番 号 , 詩 節 番 号 を 後 置 す る 。 例 え ば , hannya 5−19 は hannya は Bernhard 本 5章 19詩 に 対 応 す る ス バ シ 写 本 詩 節 に 出 る こ と を 示 す 。
7) 前 行 末 に vitarkkaye と あ る の に 引 か れ て 書 き 誤 っ た も の か 。
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中谷 「ス バ シ写 本 」 の 願 望 法 語尾
2. 非 サ ン ス ク リ ッ ト形 と 韻 律 1) 同 じ リ ズ ム の 正 規 語 形 へ
表 1に 見 た よ う に , ふ つ う 中 期 イ ン ド語 語 尾 一e (一) は , 韻 律 上 何 ら の 変 化 を き た さ な い 正 規 語 尾 一et(一 ) に 置 き か え ら れ る 。 同 様 に , 対 応 す る Ae一 リ詩 節 に 見 え る反 照 態 語 尾 一etha (一 ))は 正 規 形 一eta (一 ))に 変 わ る :bhajeta 25−3;m annyeta l7−68)。 ア テ ー マ テ ィ ッ ク 語 尾 に つ い て も 同 様 で あ る :d鋤 a(一 一一)>dadyat(一 一 ) 20−16。
同 じ リズ ム で あ れ ば , よ り顕 著 な 変 更 も 行 わ れ た 。 た と え ば古 層 パ ー リ 詩 行 に お い て 常 に spondeus (一 一 ) に 扱 わ れ る kayira に は 9), 同 じ リズ ム の kUryyat (=
kuryat) が (7回 の う ち 6回 ) 置 か れ る 10)。 同 様 に jafifia (一 一 ) も janet(一 一 ) に 変 え ら れ る11)。
更 に ま た 同 じ語 根 (語 幹 ) で は リズ ム に 違 い が 生 じ る 時 は , 類 義 の 別 の 語 根 (語 幹 ) を 使 っ て サ ンス ク リ ッ ト化 が 実 行 さ れ る 。 た と え ば 対 応 パ ー リ詩 節 の jine, ガ ー ン ダ ー リ ー 詩 節 の jipa (ま た は ji寧i) に ス バ シ写 本 は jayetで 応 ず る (20−19;23−3)。ま た パ ー リ に お い て , kayira (一 一) と は 逆 に , つ な ぎ 母 音 (svarabhakti)−i一 が 1 シ ラ ブ ル に 数 え ら れ る siya ()一 )は 12), 多 くは (4回 ) bhavct()一 ) に , 一 度 vaset
()一 ) に 置 き 替 え られ る が 13》, 次 の よ う に モ ー ラで 数 え ら れ , 一 一 )) と い う 等 式 の 成 り立 つ vaitaliya 詩 行 前 部 に お い て は , 一 度 だ け 正 規 形 syat が 使 わ れ る。
162 (15-4) yasya syat sarvvatab smrtib
Ud. 7-8 yassa siya sabbada sati
2) 異 な る リズ ム の 正 規 語 形 へ
写 経 者 が 韻 律 を 熟 知 し て い た こ と は , 最 後 の 例 を 見 て も明 ら か と 思 わ れ る。 siya
()一 )> syat(一 ) と い う リズ ム の 変 化 が た ま た ま う ま く韻 律 に の る 時 に の み , 彼 は こ れ を 用 い た の で あ る 。 し か しな が ら , こ の よ う に サ ン ス ク リ ッ ト化 が リズ ム の 変 化 を 伴 う時 に は , 今 の よ う な 幸 便 の 場 合 を 除 い て は , ス バ シ写 本 は そ れ を 強 く躊 躇 し た
8) 後 述 P.125参 照 。
g) (PLS §149),[H INOBER l983b: 77]参 照 。
10) た だ し, す で に 原 本 に kuya (− kuryat)と い う gandhari語 形 を 見 た も の と思 わ れ る 。 後 述 4−1) 「一 致 」 の 項 参 照 。
11) パ ー リ jaftfia が 類 推 語 形 で あ る こ と は (PLS §145 (c))参 照 。 12) [SMITH 1951:4]参 照 。
13) bhavetは 13−7b,23−10d,30−25d,17−9bo vaset dま 23−2do
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国立民族掌博物 館研究報告
10a 1
よ う で あ る 。 こ の 点 , サ ン ス ク リ ッ ト化 実 行 の 為 の 語 順 変 更 , 意 味 の と ぼ し い 助 辞 の 挿 入 (pada−pUrti)が 繰 り返 さ れ る後 代 写 本 (7−10世 紀 ) 「BERNHARD l965] と は 著 し い 対 照 を な し て い る 。次 の よ うな 例 は 意 識 的 変 更 と い う よ り, 音 韻 上 の 混 同 の 結 果 と見 るべ き だ ろ う 。
175 (16-2)
SN. I. 225
utiyamet täva puruso vayameth' eva puriso
tava(t) は 次 行 の yavat に 触 発 さ れ て あ ら わ れ た と 思 わ れ る 。 願 望 法 語 形 の す べ て の 用 例 を 通 じ, 著 しい 改 窟 が 付 さ れ た の は 次 の 2行 で あ る 。
92 (9-6) Th. 496 324 (25-1) Th. 1018 G 228
dtmänd tan na kurvvita attana tam na seveyya
.. (sakh)y(ann) n(a) (k)u(ru)v(i)t(a)14) sakhitann na kareyya pandito
sakha na kari'a panido
ス バ シ写 本 が古 い伝承 と最 後 の例 の よ うに大 き く乖 離 す る こ とは全 くの例 外 に属 す る。
要 す る に スバ シ写 本 は ,偶 発 的 変 改 を 除 い て は, で きれ ば 同 じ語 根 , そ うで な けれ
コ
ば類 義 の 語 根 を 使 っ て 同 じ リズ ム の サ ン ス ク リ ッ ト形 を あ て る こ と に 満 足 し , そ れ 以 上 に 出 る こ とを 自 ら拒 ん で い る か の よ う で あ る 。
3) 非 サ ン ス ク リ ッ ト語 形 の 容 認
す で に 表 1 に 見 た よ う に ス バ シ写 本 は 限 定 的 に 中 期 イ ン ド語 語 尾 一e を 認 め た の だ が , よ り積 極 的 に , 中 期 イ ン ド語 で 一e の doublet と して 広 く使 わ れ る 一ey5 の 使 用 を も認 め て い る 。 ス バ シ写 本 に こ の 形 (お よ び そ の 関 連 形 ) は 20回 使 用 さ れ (後 述 , 表 3参 照 ), そ の trochaeus(一 一) あ る い は spondcus一 一 ) を そ の 都 度 サ ン ス ク リ
ッ ト形 一etの longa (一 ) に 変 え る こ と を 断 念 した の で あ る 15)。
3. 混 清 形 と 中 期 イ ン ド語
1) 混 清 形 の 出 現
こ う して 中 期 イ ン ド語 形 願 望 法 語 尾 一e,−ey5 を 認 め た た め に , 多 数 の 混 渚 語 形 , つ ま り 音 韻 上 サ ン ス ク リ ッ ト式 に 書 か れ る が , 形 態 上 中 期 イ ン ド語 に 対 応 す る語 形 が 14) パ ー リ (Th. ・・ Theragatha),ガ ー ンダ ー リー (G−[BRouGH 1962])の vaitaliya詩 行 は こ こ で 910ka(pathya)に 改め られて い るので あ ろ うか 。読 み が 断片 的 す ぎて 確定 で きな い。
15) この語 尾 の リズ ム に関 して は後 述 3−3) 「−ey5 か ら 一ey5へ」 の項 (P・120)参 照 。 118
中谷 「スバシ写本」の願望法語尾 あ らわ れ る こ と に な っ た 。
た と え ば brrphaye 18−5 は 母 音 rが サ ン ス ク リ ッ ト様 に 復 さ れ て い る が 語 尾 一e は 中 期 イ ン ド語 形 で あ る 。 kili§yeya 23−7 は語 尾 だ け で な く つ な ぎ 母 音 一i一 の 保 持
(そ れ な く して は シ ラ ブ ル 数 が 不 足 す る) に よ っ て 中 期 イ ン ド語 形 で あ る が , 子 音 群 9y は 中 期 イ ン ド語 で は 同 化 す る (お そ ら く北 西 イ ン ド語 に お け る 同 化 §y> gsを へ た 形 だ っ た と 思 わ れ る 16)) か ら, や は り 混 渚 形 で あ る 。 yarpjeta 24−21 は , パ ー リに は す で に 見 ら れ (IA §136−138),プ ラ ー ク リ ッ トに も (G PS §487−488)一 般 的 な 傾 向 , そ して 仏 教 サ ンス ク リ ッ トに は 「驚 く程 多 い 」 と言 わ れ る (BH SG §28,26)
接 尾 辞 一ya に よ る 現 在 語 幹 の 増 加 傾 向 に 抗 そ う と して つ い 陥 っ た 行 き す ぎ の サ ン ス ク リ ッ ト化 で あ ろ う。 す な わ ち , た とえ ば本 来 (ウパ ニ シ ャ ッ ド以 降 の ) サ ンス ク リ ッ トで は 挿 入 辞 一n一 に よ って 作 られ た yuj一 の 現 在 語 幹 (弱 語 幹 )yufij一 は , ス バ シ 写 本 で は yujya一 と して あ らわ れ (yujyanti 27, yujyeya 459),−ya 幹 へ 移 行 して い る 17)。 原 本 の 中 期 イ ン ド語 に お け る こ の 傾 向 を 知 っ て い た 写 経 者 は , ζ れ を 正 す つ
も りで 必 要 の な い 一rp一 を 入 れ た と思 わ れ る の で あ る 。
こ の 種 の 語 幹 に か か わ る 混 濡 形 は , 枚 挙 に い と ま が な い 。 こ こ で は 願 望 法 語 尾 に つ い て の み さ ら に 考 察 を す す め る 。
2) −eya の 類 形 語 尾
上 の brrphaye, kiligyeya, yarpjeta の 場 合 , そ の 一r−,−9y−,−rP一 が サ ン ス ク リ ッ ト化 と と も に あ らわ れ た も の で あ り , 原 伝 承 に な か っ た こ と は 殆 ど確 実 で あ る 。 で は 一eya の 類 形 語 尾 一eyarp,−eya,−eyya の 場 合 は ど う で あ ろ う か 。 以 下 に 順 次 検 討 し
よ う。
241 (20-1) P 221 G 274
krodha(m) jahed viprajaheyarn manarn kodharn jahe vippajaheyya mänarti kothu jahi viprayahe'a marja
こ の viprajaheyarp の 末 尾 ア ヌ ス ヴ ァ ー ラ (rP) は , Tri$tubh の カ デ ン ス リ ズ ム ー)一と の 短 シ ラ ブ ル 部 分 に あ た る か ら,長 音 表 記 と して の rp18)で は な く,単 に 次 に 来 る唇 音 に よ る a 音 の 鼻 音 化 を 表 わ して い る と考 え られ る 。 −eyarp は こ の 一 度 し か あ らわ れ ず , 他 の 箇 所 で は 唇 音 の 前 で も rakSeya m anasa 7−3 の よ う に 書 か れ る か
16) (K D C T §40)。
17) H em acandra も j蛎 ai と い う 形 を 挙 げ る (IV .109):yujo jurPja−jujja−jupPah [PlscHEL I877
− 1880: 121]
。 ま た [BRouGH 1962] の §48 と Com m entary on 238 参 照 。 18) (V B §2)参 照 。
119
国立民族学博物館研究報告 10巻 1号 ら , こ の 形 を ス バ シ写 本 が 容 認 す る 一eya と 同 列 の 語 尾 と認 め る こ と は で き な い 。 つ ま り単 に 音 韻 的 コ ン テ キ ス トか ら生 じ た 偶 発 的 な 形 で あ る 。
しか し な が ら次 の 例 に 見 ら れ る 一eya は , ま さ に 長 音 節 が 要 請 さ れ る と こ ろ に a が 置 か れ る 。
116 (11-2) P 313
kareyä nam kareya nam drdham eva parakkramet kayirari ce kayirath' en am dalham enam parakkame
こ こ で kareya とす れ ば 偶 数 行 の カ デ ンス リズ ム ()一 ) と) に な り , 奇 数 行 で は ま ず 第 一・に 避 け る べ き 形 に 陥 る 。 しか しス バ シ写 本 の 形 は 意 味 が 平 板 で あ り (「そ れ を 行 い な さ い 。 そ れ を 行 い な さ い 。 さ あ し っ か り励 み な さ い。」),パ ー リ本 の 形 19)(「な す べ き こ と が あ る 時 に は , そ れ を な しな さ い 。 し っ か り そ れ に 励 み な さ い 。」) が 本 来 の も の と推 定 さ れ る 。 す な わ ち ス バ シ写 本 の 読 み は 二 次 的 で あ り, そ う と す るな ら ば , こ の 読 み へ の 改 作 者 は 願 望 法 語 尾 一eya が 一eya で も あ り得 る と 信 じて い た こ と を こ の 詩 行 は 証 して い る 。
3) −ey互 か ら 一e頭 へ
中 期 イ ン ド語 に お け る こ の 一ey5 の 対 応 語 尾 は , パ ー リで は 一eyya, プ ラ ー ク リ :y トで は 一(jja で あ る が , 実 は こ の 末 音 a の 長 短 は , こ の 中 期 イ ン ド語 形 語 尾 の成 立 に 関 す る仮 説 に も か か わ る。
Geiger(PLS §128) は パ ー リの 2人 称 ・ 3人 称 ・単 数 一eyya は , 1人 称 ・単 数 一eyyarp お よ び 3人 称 ・複 数 の 一eyyulp か ら の 類 推 で 作 られ た と考 え た 。 他 方 Pis−
chel(G PS §459) は 末 音 の 長 は 本 来 の も の と見 な し , 一切 a は ア テ ー マ テ ィ ッ ク形 か ら直 接 , た と え ば *karyat>*kariyat>karejja と し て , 派 生 し た も の と した 。 Bloch [1927:109] は Geiger の 類 推 説 を 取 りつ つ も , そ れ が ア テ ー マ テ ィ ッ ク語 尾 か らの 類 推 を も含 む と して , 謂 わ ば Pische1説 を 部 分 的 に生 か した 仮 説 を と っ た 。 Edgerton (BH SG §29,・24) も こ の Bloch論 文 に 言 及 は せ ず に , ほ ぼ 同 じ立 場 を 表 明 し て い る (た だ し末 音 節 の 長 さ に つ い て は Bloch は 慎 重 に 判 断 を 避 け た )。
Pischel(お よ び (BH SG §29,25))説 を と れ ば ,末 音 a は 本 来 「長 」 で な け れ ば な 19) ただ し kayirafiの 読 みは Dhammapadaの タ イ版 , SN (1.49)の PTS 版 によ る (Fausboll 本等 の kayiraの 読 み は取 らない )。 スバ シ写 本 kareya narPの nの 読 み は kayirafiの fiか ら 結果 した 可能 性 があ る 。 kayira− 〈 karya一 とい う解 釈 は [ANDERsEN 1907:71]([NoRMAN & HARE(eds.) 1973:23]も これ に従 う)に よ る。 ただ し, そ う した 時 に は karya>*karya と い う子 音群 の 前 に お け る 長 母 音 の 短縮 を 仮 定 しな け れ ば な らな い。 A60ka碑文 に お い て こ れ が東 部 お よ び中 央 平原 に 起 こ って い る こ とは [TURNER I967;73] の指 摘 の とお りで あ る6 な お , [NAKATANI 1984:138]参 照 。
120
中谷 「スバ シ写本 」の願望法語尾
ら な い 。 た しか に す で に ASoka 碑 文 中 で 一eya と 一eya の 両 形 が 使 用 さ れ る (Bloch は お そ ら く こ の 点 を 勘 案 し て 末 音 の 長 さ を 特 定 しな い )。 しか しな が らパ ー リ古 層 の 詩 節 で は 末 音 は 常 に 「短 」 扱 い で あ る 。 事 実 , 古 い 伝 承 に 忠 実 な ス バ シ写 本 に お い て も , 普 通 一eya と書 か れ る だ け で な く , 韻 律 上 , 短 が 要 請 さ れ る 4箇 所 に こ の 末 音 ゑ が あ ら わ れ 20), 逆 に 1箇 所 長 を 要 す る 音 節 に あ らわ れ る 時 は , 上 述 の よ う に 後 代 改 窟 の 詩 節 で あ る。 な お 広 く精 査 の 要 が あ る が , 最 も 古 く は 一eyゑ で あ っ た と筆 者 に は 思 わ れ る 。
ASoka 碑 文 の 表 記 (−ey5), ま た サ ン ス ク リ ッ ト仏 典 中 で 最 古 層 に 属 す る と さ れ る M ahavastu 中 の 詩 節 に お い て既 に こ の 語 尾 が 末 音 に 長 を 要 す る 箇 所 に も 短 を 要 す る 箇 所 と 同 じ割 合 で あ らわ れ る こ と (BH SG §29,28>, さ ら に プ ラ ー ク リ ッ トで は 長 音 扱 い が 普 通 で あ る こ と (G PS §459), を 考 慮 す れ ば , 古 く 一eya で あ っ た こ の 語 尾 は 早 く 一ey5 に 移 行 した と推 定 さ れ , 上 記 ス バ シ写 本 詩 節 の 改 作 者 の 時 代 に す で に 一eya が 知 られ て い た と して 自 然 で あ る 。 原 本 の 韻律 ・音 韻 に忠 実 な この 写 本 の全 般 的 傾 向 か ら して も , こ の kareya の 末 音 長 は 原 中 期 イ ン ド語 の 反 映 で あ ろ う 21)。
4) −eyya,−etha と パ ー リ語 尾
こ の 一eytiが ス バ シ写 本 中 で 1度 だ け 一eyya と書 か れ る 。
25 (4-8) hin(d)n-i (dha)rmm(anj) na s(evey)y(a)
pramäd(e)na na s(arnvaset)
P l67
(na si)ya lok(a—var)d(dha)n(ah) hinam dhammam na seveyya
pamadena na samvase miccha—ditthirn na seveyya
na siya loka—vaddhano
A goka 碑 文 で は 一ey首 の y の 2重 子 音 化 は ま だ 起 こ っ て い な か っ た と さ れ る が (IA
§40),す で に パ ー リで は 一eyya表 記 で あ る 。 最 終 行 に ス バ シ写 本 で は 唯 一 例 の (si)ya が あ ら わ れ る こ と と 合 わ せ 22), こ の 詩 節 が 全 体 と し て 中 期 イ ン ド語 原 本 に よ り 忠 実
20) 25-23b: y(am) v(a) nindeya panditah.
24-17b: b(5.1)o bhiiiijeya bhojana (in).
32-26b: an(u)yujy(e)ya p(anditah)
26-1d• (nAna)v(a)deva kin cit (Tristubh).
21) −eya が 古 い と す る と , こ の 語 尾 の 起 源 は 再 検 討 さ れ な け れ ば な ら な い が , 今 は 詳 論 し な い 。 22) siya は bhavet, vasetに 置 換 さ れ る 他 , syatと して 正 規 化 さ れ る (上 述 P,117 参 照 )。
121
国立民族学博物館研 究報 告 ユ0巷 1号 な 正 書 法 を と っ て い た の か も知 れ な い 。
ま た 反 照 態 語 尾 と して 一 度 一etha が 使 わ れ る。
373 (28-31)a G 204
(punya)rp me k(r)t(a)n (t)i aqva)seth(a) pupa ma kida di nanadi
韻 律 に 疑 問 が あ り (Aupacchandasika?), 従 っ て 写 本 の 読 み に 疑 点 が 残 る が , こ れ ま た 中 期 イ ン ド語 尾 で あ っ た と して 不 自 然 で は な い 。
4. ス バ シ 写 本 と 「ガ ー ン ダ ー リ ー ・ ダ ル マ パ ダ 」
こ こ に 詳 論 の 余 裕 は な い が , ス バ シ写 本 の サ ン ス ク リ ッ トの 背 後 に 想 定 さ れ る 中 期 イ ン ド語 は , 「ガ ー ン ダ ー リー ・ダ ル マ パ ダ 」 (2世 紀 頃 ) [BROUGH l962] に見 ら れ る北 西 イ ン ド古 語 , ガ ン ダ ー ラ語 と , 音 韻 上 極 め て よ く一 致 す る 23)。 そ こ で 以 下
に , 両 者 の 願 望 法 語 尾 の 比 較 を 中心 に考 察 を す す め る 。
1) 一 致
願 望 法 テ ー マ テ ィ ッ ク語 尾 に 関 して は , ス バ シ写 本 , 「ダ ル マ パ ダ 」, パ ー リの 三 者 間 に は , そ れ ぞ れ に 固 有 の 音 韻 を 考 慮 す れ ば 差 異 は 無 い 。 若 干 の 差 異 が 認 め られ る の
は , ア テ ー マ テ ィ ッ ク語 尾 に つ い て で あ る 。
イ ン ド ・ア ー リ ア 語 が , 最 古 の ヴ ェ ー ダ 語 か ら, 古 典 サ ン ス ク リ ッ ト語 も そ れ に属 す る 古 層 イ ン ド ・ア ー リ ア語 , さ ら に パ ー リ語 や ガ ンダ ー ラ語 が 含 ま れ る 中 期 イ ン ド
・ア ー リア 語 へ と 発 展 す る 間 に 生 じた 顕 著 な 変 化 の 一 つ に ,元 来 アテ ー マ テ ィ ック活 用 の 動 詞 の テ ー マ テ ィ ッ ク化 が あ る 。 こ の 変 化 は , 中 期 イ ン ド語 の 最 古 層 に 属 す る パ ー リ語 に お い て 既 に 著 し く, ア テ ー マ テ ィ ッ ク 形 は 稀 少 , か つ 活 用 の 極 く一 部 に 限 ら れ て しま った 。 従 っ て 中 期 イ ン ド語 の サ ン ス ク リ ッ ト化 に は , 当 然 , こ れ を 復 す る 作 業 が 伴 う は ず で あ る が , こ の 点 に つ い て , ス バ シ写 本 は む し ろ 消 極 的 で あ る 。 しか も 数 少 な い そ の ア テ ー マ テ ィ ッ ク 形 を , 「ダ ル マ パ ダ 」 中 の そ れ と 比 較 す る 時 , 両 者 の 一 致 に は 注 目す べ き も の が あ る。 両 本 に お け る す べ て の 用 例 , お よ び そ の 回 数 を , 対 応 パ ー リ文 中 の 語 形 と共 に , 表 2 に 掲 げ る。
パ ー リの kayira が spondeus(一 一) と 見 な さ れ る こ と は 上 述 (P. l l 7)の と お りだ が , こ れ が , (PLS §47.2) の 考 え た 如 く直 接 *karyatを 継 承 す る も の で は な く,
karotiを も と に kuryat と の 混 瀟 に よ っ て 作 ら れ た 類 推 形 で あ る と す る 説 が 最 近 提 出 さ れ た [H INtiBER 1983b:77]。 こ の 説 の 当 否 は な お 検 討 を 要 す る が , と も あ れ ス 23)詳 細 は [NAKATANI 1978:77−132】参照 。
122
中谷 「スバ シ写本」の願望法語尾
表 2 アテ ー マテ ィ ッ ク形 の比 較 (括 弧 内 は使 用 回 数)
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
Subagi
(Sanskrit) kurydt (7)
kurvita (2)
syat (I) cf. bhavet (4) vaset (1)
dpnuyfit (1)
Manuscript
(Middle Indic)
siya (1)
vyadhcya (1)
dadyä (1)
hanya (1)
Gan dhdri Dharmap
kuya (7) kuvi'a (3);
si'a (6)
ada
korvi'a (1)
vade'a (1)
(=vyatiyat/=*vyatheya) daya (1)
(=*daya/=*deyyal=dadyat)
Pali
kayith [kubbetha]
' cf. kayiratha, karey•
,ya, sevcyya
SJy a
cf. vyadhesi dajja.
[pappuyya]
ha neyya
バ シ写 本 と 「ダ ル マ パ ダ 」 の こ の 形 に お け る一 致 は , こ の 変 化 (パ ー リ内 で 後 代 に お こ っ た に せ よ , よ り早 く お こ った に せ よ) に 両 本 が 少 な く と も 関 知 し な い こ と を 示 し て い る。
次 に , kurvita (= kuvia, korvia) は , パ ー リで は karcyya, scveyya, kayiratha,
kubbetha に相 当 す る 箇 所 に あ ら わ れ て い る 。 両 本 の こ の 形 に お け る 一 致 は , こ 次 的 願 望 法 語 尾 一eyya の 使 用 を 好 ん だ パ ー リと は 対 照 的 に , 北 西 イ ン ド語 は kurvita と い う ア テ ー マ テ ィ ッ ク 形 の 使 用 に 慣 れ 親 しん で お り , ス バ シ写 本 も こ れ に 従 っ た と い う 印 象 が 強 い 。
こ こ で 付 言 す れ ば , パ ー リの kubbetha も実 は こ の kurvita の 後 継 で あ る 可 能 性 が あ る 。 (PLS § 129) は こ れ を 単 に kurvanti(= kubbanti) を も と と す る テ ー マ テ ィ ッ ク 化 と しか 見 な さ な い の で あ る が , パ ー リ 古 層 に は *kubbe (お よ び *kubb・
eyya?) と い う願 望 法 語 形 が 欠 け て い る よ う で あ る 。 動 詞 kr一 の 願 望 法 に お け る テ ー マ テ ィ ッ ク 化 は kare, kareyya と し て 実 現 し て い た の で あ っ て , kubbeth瓦 が kub−
baye と 共 に孤 立 して 使 用 さ れ る の は , こ の 形 が 当 初 kubbanti と kurvita の 混 渚 形 と して 取 り入 れ られ た か ら で は な か ろ う か 。 つ ま り, 頻 度 の 差 こ そ あ れ , 北 西 イ ン ド 語 , パ ー リ語 , 両 語 と も に kr の こ の 願 望 法 語 形 を 「頻 用 語 形 の 例 外 的 保 存 」 と し て 慣 用 し て い た よ う に 筆 者 に は 思 わ れ る 。
2) 乖 離
サ ン ス ク リ ッ ト化 の 結 果 , ス バ シ 写 本 が 「ダ ル マ パ ダ 」 の 形 か ら 離 れ る こ と が あ る の は 当 然 で あ る 。 サ ン ス ク リ ッ ト形 syatは ヴ ェ ー ダ 期 よ り既 に 2 シ ラ ブ ル に 数 え ら 123
国立民族学 博物 館研究報告 ユ0巻 1号 れ る こ と も あ り (V M § 147), ASoka 碑 文 で も siya が 全 イ ン ドを 通 じて 用 い ら れ
る 。 ス バ シ写 本 が こ の語 を bhavet, vaset と ふ つ う サ ン ス ク リ ッ ト化 す る の も , 原 本 に iam bus()一) の siya を 見 た か ら に 違 い な い 。
「ダ ル マ パ ダ 」 の vadea を [BRouGH l962:278] は サ ン ス ク リ ッ ト vyatiyat の 表 記 と 推 定 す る が , む し ろ 意 味 上 ,*vyatheya を あ ら わ す と 考 え る べ き で あ る と筆
ど
者 に は 思 え る。 詳 論 は別 の 機 会 を 待 つ こ と に し,今 は ス バ シ写 本 の vyadheya も こ の 推 測 を 支 持 す る こ と を 指 摘 す る に と ど め る 。
「ダ ル マ パ ダ 」 の daya は , *da−yat, あ る い は む しろ *deyya の 表 記 と さ れ る
[BRouGH 1962:262]。 普 通 に は パ ー リに近 い 読 み を 呈 示 す る 「バ トナ ・ダ ル マ パ ダ 」 [R oTH l980:124] が こ こで は (293詩 )deya を 呈 示 す る か ら, 第 二 の 想 定 形
*deyya が 妥 当 か も知 れ な い。 も し そ う な ら ス バ シ写 本 の dadyat は サ ン ス ク リ ッ ト 化 時 に 導 入 さ れ た も の だ ろ う 。 あ る い は , 「ダ ル マ パ ダ 」に お い て 子 音 群 同 化 一ry−〉
−y一 が 普 通 で あ る の を 見 る 時 ,「与 え る」 とい う意 味 の この 頻用 動 詞 24}の活 用 形 の一 部 に お い て , −dy−〉「麺一 と い う 同 化 が 起 こ る前 に , ガ ンダ ー ラ 語 の 特 徴 で あ る 擦 音 化 (spirantization)の 前 段 階 を な す 後 舌 音 化 が 起 こ り , 一一dy−〉−dy−〉−ry−〉−y一 と
い う変 化 の 結 果 dadyat>daya が 生 じた と も考 え られ る 。
こ の よ う に , 「ダ ル マ パ ダ 」 と ス バ シ写 本 の 間 に は , ア テ ー マ テ ィ ッ ク形 に つ い て も , 一 致 こ そ あ れ 差 異 は (daya は 未 解 明 と して ) な い と言 っ て よ い 。
た だ し, 両 本 の 願 望 法 語 形 に は , ひ と つ 基 本 的 な 相 異 が 存 在 す る 。 そ れ は , ス バ シ 写 本 は , パ ー リ と同 じ く 願 望 法 語 尾 一eta と 。ey5 (パ ー リは 一etha と 一eyya), す な わ ち 反 照 態 と能 動 態 の 区 別 を 保 持 す る の に 対 して ,「ダ ル マ パ ダ 」は これ を 失 い , 両 形 と も に 一ea と しか 表 記 しな い 点 で あ る 。 ニ ヤ 文 書 に お け る 願 望 法 語 形 の 衰 退 を 見 る 時 (K D CT §100), こ の 「ダ ル マ パ ダ 」 の 表 記 は ,反 照 態 語 尾 一 般 の 衰 退 と い う 大 き な 流 れ の 一 部 を 反 映 す る と見 な す こ と も で き る 。 そ う とす れ ば ス バ シ写 本 に お け る 両 語 尾 の 区 別 は サ ン ス ク リ ッ ト化 に よ る再 導 入 と い う こ と に な る が , 北 西 中 期 イ ン
ド語 全 体 の 再 検 討 を へ な け れ ば 結 論 は 得 られ ま い 。 将 来 の 課 題 に と ど ま っ て い る 。
5. ま と あ
以 上 が ス バ シ写 本 の 願 望 法 語 形 の 概 観 で あ る 。 表 3 に は 全 語 尾 形 を , 使 用 回 数 お よ び 対 応 す る サ ン ス ク リ ッ ト, パ ー リ, ガ ー ンダ ー リー の 語 形 と と も に示 す 。
24)動 詞 da−(与え る) が種 々の 局面 で 特 殊 の音 韻 を 呈 す る点 につ いて は,[TuRNER 1960:27] 参照 。
124
中 谷 「スバ シ 写本 」 の願 望 法 語 尾
表 3 願 望法 ・3人 称 ・単 数 の全 語 尾 (括 弧 内 は使 用 回数 )
テ キ ス ト
語尾 テ ー マ テ ィ ッ ク ア テ ー マ テ ィ ッ ク
active
middle active middle
Pali
-e-eyya -etha -ya
Gandharl Dharmapada
Subagi Manuscript
-e -i -a
-et (37)
-e (10)
-e'a
-eya (15) -eya (3) -eyya (1) -eyam (1)
-e'a
-eta (5)
-etha (1)
-(Y)a
-yit (10)
(s)yd (1) --Yaqz (1)
-i' a
-Ita (3)
結 論 と して 次 の 諸 点 を 指 摘 す る こ と が で き る 。
(1) ス バ シ写 本 の ∫ サ ンス ク リ ッ ト語 尾 を 用 い よ う と す る 意 図 は , た と え ば 絶 対 語 末 に お け る 一etの 表 記 (26回 中 25回 ;表 1参 照 ) に 徴 して も 極 め て 明 瞭 で あ る 。 ま た 語 尾 変 更 (−etha>−cta な ど) だ け で な く, 語 幹 変 更 (jine>jayet;jafifia>janetな ど ) に も 積 極 的 で あ る。
(2) た だ し, 中 期 イ ン ド語 尾 一eya の 使 用 を ほ ぼ 全 面 的 に 容 認 し た 。 こ れ は 名 詞 曲 用 に お い て 女 性 一a 幹 の 具 格 ・単 数 語 尾 と して 一aya (サ ンス ク リ ッ トは 一aya) を 用 い る事 実 と 対 を な す 25》。 両 形 と も に 使 用 回 数 が 多 く, か つ サ ン ス ク リ ッ ト化 時 に シ ラ ブ ル 数 の 減 少 , リズ ム の 変 更 が 生 じ る た め , 一 々 の 詩 句 改 鼠 を あ き ら あ た と 推 察 さ れ る。
(3) しか しな が ら ま た , 上 記 の 両 原 則 , 「サ ン ス ク リ ッ ト語 尾 の 使 用 」 と 「中 期 イ ン ド語 尾 一eya の 許 容 」, は 一 貫 して 遵 守 さ れ る わ け で は な い。 こ と に 一e一 −et)の 使 用 は , 一 定 の 音 韻 条 件 下 に お い て は 正 規 形 の 使 用 を は る か に 凌 い で い る (表 1参 照 )。
ま た 一eya は 末 尾 長 音 を 意 識 して 使 用 さ れ る 。
他 方 , −ya,−ya叩 (一一yat),−eyarp,−eyya (=−eya),−etha (==−eta) の 語 尾 , あ る い は Slya と い う 中 期 イ ン ド語 形 は一 , 二 度 しか 使 わ れ ず , か つ 大 多 数 の 場 合 , 使 用 動 機 を 特 定 で き な い 。 絶 対 語 末 に も (26回 に ) 一 度 一e (=・・一一et) が あ らわ れ る の を 見 る 時 , こ れ ら は 写 経 者 が 原 本 に 時 と して 引 き 寄 せ られ た も の と思 わ れ る 。
逆 に ま た , 2例 に お い て 一cya が (kurv)1ta に 置 換 さ れ る 。
こ の よ う に 表 記 に一 貫 性 を 欠 くの が ス バ シ写 本 の 特 徴 の 一 つ で あ る 。
25) た とえ ば, nityarP vacaya sarPVrtab(7−8b)な ど。 斜 格 全 般 に 一aya が用 い られ , サ ンス ク リッ ト形 一ayaは 全 く使 わ れな い 。
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