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武 井 義 和

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Academic year: 2021

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(1)

記念センター所蔵寄贈資料目録⑤

ポスト・ドクター

武井義和

今別は二 O 一 0 年度に寄贈された資料を紹介する

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資料のリストは後に掲載するので、 まずはそれぞれの 資料について附巾に述べておきたい

D

故青木光利氏に関係する資料として、中国技術研修生

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本語弁論大会の僚子を損影した写真が新たに追加

された口 故古本氏は通・版物退職後の一九八五年に、中川研修生を受け入れるための日小人材交流協会を伝ち

上げられたが、各企業での一年間の研修成果を日本語で発表する弁論大会が一九九 O

年から二

000

年まで

の一

0 年間、愛知大学政橋校舎で閉山川され、中日大辞典編纂処長の今泉澗太郎教授が常任委口一長を務められ

ていた。今回追加された写真は、 その審査発表の光畏である。なお、日中人材交流協会については『オ!プ

ン・リサーチ・センター年報』四号掲載の拙稿「故青木光利氏寄贈資料について」を参照されたい口

治久保博明氏は二 OO 九年にも御祖父僚にあたる落久保半一氏の書院二一期生卒業アルバムを寄贈眠いた

が、二 O 一 O 年には半一氏の卒業証書、賞状(いずれもコピ!)

のほか、

一九 O 八年の広島県告示「治国間

[,iJ:-<:,'f- 院記念 iii VOL. 19  60 

(2)

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や号制史方興紀要』、『一大下郡同利病書』も寄贈頂いた。「消国留学生規程」 は、各府県の東亜同

文書院への県費生派遣について考える際に大きな子飾りとなるものである。恐らく、半一氏が書院受験に際

して参照されたものと忠われる。また、『読史方附ハ紀要』、『.天下郡国利病計』 は半一氏の卒業成績が優秀で

あったため書院から贈られた記念品であり、立派な木箱に収まっているものであるロ『読史方輿紀要』は顧

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山内(二ハ一二

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こハ九二年)が、『天下部国利州社一日』

引一日であるが、

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がまとめた地理

「ド】依日・.JJ」一70市二1tq

(一九 O 一年) 半一氏が東回同文書院から贈られたものは

上二』tJIJ,,.,LU

に図書集成

局から刊行されたものである。この写真は『オープン・リサーチ・センター年報』五号(三 O 一一年)に資

料紹介として渇載している。

多聞徳茂氏と松山功氏からは、中村満部氏に関する写真を引いた。多剛氏と松山氏は親戚同士であり、中村氏

が孫文の協力者だった山田純一一一郎と交流があったかもしれないとの事で、記念センターを訪問された際に頂いた

ものである。妓念ながら現在のところ大きな子掛かりはないが、山川をめぐる人間関係を考える上で興味深い。

ハルビン学院出身の谷藤助氏は、記念センターが二 O 一 O 年七月に京都で資料展示会とあわせて開催した 講演会「大陸にあった日本の高等教育機関と東亜同文書院」 で、講演者のお」人として 「ハルピン学院と

私」という題でお話回いた。その際 ハルビン学院の力時と現主の保子を示すパネルを九点準備された。会

則中は講演会場と展示会場で展示したが、 その後記念センターが拝受したものである。東亜同文書院と同僚

に、現在は存在しないハルビン学院の様子を知ることができる。

荒尼約書幅は、前述の京都での資料展示会・講泌会の際に、金沢で許制を発見された書院凹二期生の三間

記念センタ- Nr1i~Wl!1/ffH~I U、5

3

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(3)

良信氏が金沢から会場まで直接ご持参下さったものである。三田氏によれば、 日清貿易研究所が設立される

一八九 O (明治二三年)頃に、学生勧誘のために日本各地を遊説した感想を認めたものであろうとのことだ

が、東亜同文書院の源流と位置付けられる日清貿易研究所の創立期における荒尾の書幅ということで、

に大きな側値がある大変貴重なものである。なお、二一回氏が書幅を発見された経緯、 そして右記に挙げた書

幅の解説、 さらに書が残された金沢と荒尾とのつながりなどについては、ご自身が『同文書院記念報』

〈()「一∞(記念センター、二 O

O 年) に記されているので、是非合わせてご一読頂きたい

Dなお、

二 O

。年秋に名古屋市のマツザカヤホールで巡回資料民示会・講演会を行ったが、テーマの

J

つに荒尼崎を挙げ

ていたため、

その書幅も展示した。彼は幕末に尾張藩士の子として現在の名古屋市東区で生まれたため、地

一冗名古屋で荒尾について広く知ってもらう絶好の機会でもあった。書一附は非常に大きく迫力があり、 また地

元紙『中日新聞』でも紹介されたため、多くの見学者の注目を集めていたことを、合わせて記しておく

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市一

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院四五期生の三好駿一氏夫人・初生氏からは駿一氏が所蔵されていた品を聞いた

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一悩友会名十円以支部会

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かつて各地で開かれていた書院同窓会の様子を知ることができる資料である。また、東亜同文書院

の記念手拭いや、混友会製作の法被などは卒業後長年経っても母校を忘れていなかったことの証であり、市一

H

院生の怠識を知る資料と位置付けられる。

三好駿一氏と同期だった武富健治氏からは福友会名古屋支部会員名簿を寄贈頂いた。すでに物故者が殆ど

を占めるが、 どのような職業についていたのか、何期生から何期生まで在籍していたのか、

などを知るkで

興味深い。沼友会名古屋支部会計簿とともに、 戦後の書院生が日本の各地域でどのような暮らしをし、同窓

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fiiJ.:C,'H,','i; 記念材i VOL. 19 

(4)

生としてのつながりをどのように有していたのかを知ることができる。

書院四一期生の富永貞夫氏夫人・静江氏は貞夫氏が大切にしておられた根津一院長の顔写真、予作りの根

津一院長塔婆を寄贈原いた。根津院長写真については静江夫人の書簡に、同窓会があるたびに飾って根津院

長を偲んでいた僚だと記されている。夫人の書簡から、貞夫氏は福友会佐賀支部に所属されていた様なの

で、同支部の集まりの際に飾っていたと忠われるが、根津院長の法名が古かれた手作りの熔婆の模型とあわ

せて、貞夫氏の根津院長に対する深い尊敬の念、 さらに書院生の根津精神に対する強い尊敬の念を感じさせ

てくれる資料である。これらもやはり書院生の内面を知る上で重要な資料である。

末筆ながら、今回の目録に掲載した資料を寄贈下さった点々に、一厚くお礼申し上げます。

なお、旧年亡くなられた三好駿一氏と富永貞夫氏のご冥福をお祈り致します。

注川一.読史方興紀要』については海野一隆「読史方興紀要とその地域論」(「史林』三六三、一九五一二年)、「天下部国利

病苦」については井上進「顧炎武」(白帝社、一九九四年)を参照した。詳制はこれらの文献をご覧頂きたい。

(凡例)

年号は主に西暦で表記したが、元号で記した筒所もある。

(斗

以前にも寄贈頂いた方の資料番号は、通し番号として登録している。

(三)

暦史的な人物と位置付けられる人名については、 敬称略となっている。

川斗

は資料が寄贈された日、 もしくは記念センターに到着した日を示している。 「寄贈年月日」

記念センタ一所蔵待問資料 l l 録⑥

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1890 年頃 荒1己精; 1HM 三間良信氏 20 IO if 7 日

5ど 臼B 友会名古屋支部会長|・簿(昭如 !i【)~

三好初生氏 2010 1ド 9Jl171J

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52:J  東ilE 同文書院創丘1'i 周年記念ネクタイ

同七 同 I:

ピン

524  東!IE 同文書院・愛大子科の記念子拭い

同 i二 同 l二

計 14 点(書院 12 点、愛大子科 2 点)

525  福友会製作の法被計:i 点 同 k 向上

53  531  1987年 6Jj I 日現 ι j屈友会名古屋支部会員名簿 武自(建治氏 2010 iド 9117 1::1 

54  541  富永静i]:氏の吉岡 富永静江氏 2010 年 l

542  東国i同文書院記念基金会寄付申込元It 同 t 同|:

54:J  子作りの恨津一院長塔婆

同 l二 同|:

法名「粁j進院徹道一貫Mf 士l あり

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参照

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