奈良教育大学学術リポジトリNEAR
学業不振児の読み能力に関する研究
著者 藤田 正, 笹川 宏樹
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 30
ページ 119‑124
発行年 1994‑03‑01
その他のタイトル A Study of Reading Ability of Under‑achieving Elementary School Children
URL http://hdl.handle.net/10105/6836
学業不振児の読み能力に関する研究‡
藤田 正・笹川宏樹
(心理学教室) (奈良県中央児童相談所)
要旨:小学4年生108名を対象に国語の学力検査、知能検査、読み能力検査を実 施した。学力検査と知能検査の結果に基づき学業不振児と学業優秀児をそれぞ れ30名すっ選出し、読み能力診断検査の結果を比較検討した。主な結果は次の 通りであ私学業不振児は学業優秀児と比べ・読み能力偏差値が低いご4ま た、読みの下位過程においても、全体的には学業不振児の方が学業優秀児よりも 低い段階にあること。顕著な差が見られたのは、無意味な文からの語識別、文理 解、推論の過程であった。以上の結果から、学業不振児には読み能力の低さが見 られること、特に高次な情報処理能力において遅れが大きいことが明らかにされた。
キーワード:学業不振児(アンダー・アチーバー)読み能力
学業不振児(アンダー・アチーバー)の知的機能のどのような欠如が、学業不振の原因になっ ているのかを究明することは、学業不振児の心理的、教育的な問題を解明していく上で重要な課 題である。これまでにも、学業不振児の知的特徴について幾つかの研究が行われている。大阪学 芸大学(1966)は・小学校5年生を対象に学業不振児と学業優秀児(オーバー・アチーバー)の 知能因子を比較している。
その結果、学業不振児は思考的知能因子と記憶的知能因子を対比すると、思考に劣り、記憶に優 れる傾向があること。また、言語的知能因子と非言語的知能因子を対比すると、言語に劣り、非 言語に優れる傾向があることを明らかにしている。その他の研究における結果からも、学業不振 児の知的機能について共通して見られる特徴は、非言語的知能よりも言語的知能に劣っている点 である(北尾,1979)。
これまでの研究から、言語能力が学業不振児の基礎能力に関係する重要な要因の1つであるこ とが明らかにされている。しかしながら、言語能力の内容については知能検査での下位検査が比 較されてきただけで、総合的な言語能力の内容についての分析は十分でない。
そこで本研究では、学業不振児の言語能力の特徴をより詳細に分析する目的のために、「読み能 力(reading abi1ity)」を取り上げた。読み能力は、言語能力のうちでも学力の基礎となり、教科 が異なっても共通して機能する能力と考えられる。読み能力は、さまざまな読書能力テストによっ て測定されているが、認知心理学的な知見に基づき、新しい観点から作成された「TK式読み能
*A Study of Reading Abi1ity of Under−achieving E1ementary Schoo1Chi1dren
** Tadashi FUJITA(Dξραれ肌e〃。∫P8ツ。ん。王。8ツ,Mαrασπんεr8{り0ゾ風dαcα亡三0η,Mαm)
and Hiroki SASAKAWA(MrαP肥ゾεcωrαZα〃0〃妃α肌e Ceπ亡er,地m)
力診断検査」(北尾,1984)を用いて読み能力を分析的に検討することにした。この検査の特徴は、
読み能力を高次の情報処理能力としてとらえ、語識別、文理解、文意記憶、推論と言った、読み の下位過程に対応づけて診断できることにある。したがって、学業不振児の読み能力を総合的の みならず分析的に検討することができ、学業不振児の言語能力の欠如についてのより詳細な情報 を得ることができる。
方 法
調査対象 奈良県内の都市部にある公立小学校4年生108名(男児57名、女児51名)のうち、知能 段階2以上の児童を対象に、学業不振児と学業優秀児をそれぞれ30名すっ選出した。なお、学業 不振児と学業優秀児の判定に際しては、国語学力診断検査と知能検査の結果から回帰成就値(R A S)(金井,1976)を算出し、一7以下の児童を学業不振児、十7以上の児童を学業優秀児とした。
調査内容①TK式読み能力診断検査北尾(1983)が作成した検査で・読みの過程に対応する 4つの下位検査から構成されている。
テスト1(語識別検査)一文字配列の中から最小の意味的単位である単語を識別する能力を 調べる検査で、意味の通った文の中から単語を識別する検査(語識別I)と、意味の通らな い無意味な文の中から単語を識別する検査(語識別皿)の2種類から構成。
テスト2(文理解検査)一文理解能力を調べる検査であり、単語と単語の意味的文脈から文 の意味を理解し、短文中の空所に適切な語を挿入させる検査。
テスト3(文意記憶検査)一文の意味を記憶する能力を調べる検査であり、短文を記憶させ た後、文意の異同判断を求める検査。
テスト4(推論検査)一推論能力を調べる検査であり、命題やエピソード的情報を含む文を 読ませ、直接言及されていないことを述べた短文について、もとの文から推論した場合の真 偽判断をさせる検査。
②京大NX(8−12)知能検査=苧阪ら(1972)が作成した検査で、以下に示す9つの下位検査か ら構成された診断式知能検査(集団用)である。それらは、言語因子(反対語、日常記憶、異質 発見、単語完成、単語マトリックス)、空間因子(同図形発見、点図形)、数因子(数交換、数計 算)の3つの知能因子に分類される9つの下位検査から構成されている。
③国語学力診断検査:奈良県国語教育研究会によって作成された検査で、大きく読解力診断と 作文力診断の部分から構成されている。
手締き 学級ごとに知能検査と読み能力診断検査を集団で実施した。なお、国語の成績は調査校 で別の日に実施された国語学力診断検査の結果を利用した。
桔 果 と 肴 察
国語学力、知能、読み能力の相関関係 Tab1e1は、学業不振児と学業優秀児のそれぞれにおけ
る国語の成績と知能偏差値、読み能力偏差値、および読み能力の下位テストの段階値との相関係 数を示したものである。これらの相関係数について無相関検定を行ったところ、学業優秀児のテ
スト1(語識別II)、テスト2(文理解)、およびテスト3(文意記憶)を除いた全ての下位テス トに5%水準以上の有意な相関が認められた。
次に国語の成績と知能偏差値、読み能力偏差値との相関の差について検定をおこなったところ、
全被験者(亡=L48,d戸105,η.8.)と学業不振児(ド.26,ψ=27,π.s.)には有意な差は認められな かった。しかし、学業優秀児ではその差に有意な傾向が認められた(士=1.90,ψ=27,.05<ρ<.1O)。
以上の結果が示すように、国語の成績と読み能力の間には有意な相関が認められた。特に学業 優秀児に比べて学業不振児の国語の成績と読み能力の相関は、知能のそれと同程度の相関であっ
た。これらのことから、読み能力が学業不振児の国語の成績に影響するものであることが明らか にされた。
Tab1e1 国語の成績と知能偏差値・読み能力偏差値・および読み能力下位テスト段階値の相関
知能偏差値読み能力偏差値 語識別I 語識別II 文理解 文章記憶 推 論
会被験者 .55 .63 .52 .60 .57
.27 .52
学業不振児 .72 .70 .44 .48 .75.48 .59
学業優秀児 .60 .39 .45 .25 .26 .06 .40
読み能力上位者と読み能力下位者の割合 読み能力偏差値の上位と下位からそれぞれ30名ずつ 選び、読み能力上位者と読み能力下位者とした。学業不振児では18名が読み能力下位者であり、
3名が読み能力上位者であった。他方、学業優秀者では13名が読み能力上位者であり、4名が読 み能力下位者であった。それぞれの割合について検定を行った結果、有意差が認められた(パ
=15.9,φ=2,ρ<.001)。
以上のように、学業不振児に多くの読み能力下位者が含まれていたことより、基礎能力のひと つである読み能力の欠如が学業不振を特徴づける重要な要因であることがわかった。
学業不振児と学業優秀児の読み能力の比較 Tab1e2は、学業不振児と学業優秀児の知能偏差値 と読み能力偏差値を示したものである。知能偏差値では、当然のことであるが両群に有意な差は 認められなかった(亡:.50,ψ=58,π.&)。しかし、読み能力偏差値では、学業優秀児は学業不振 児よりも有意に高かった(亡=3.83,ψ二58ρ<.001)。
Tab1e2 知能偏差値と読み能力偏差値の平均値と標準偏差
知能偏差値 読み能力偏差値
学業不振児 52.3
(7.40)
47.3
(7.38)
学業優秀児 52.9
55.8
(6.84) (9.34)
()内の数値は標準偏差
Tab1e3は、学業不振児と学業優秀児の読み能力診断検査の下位テストの段階平均値を示したも のであ乱これらの平均値について学業不振児と学業優秀児の条件を被験者間要因・下位テスト を被験者内要因とする2x5の分散分析を行った結果、条件の主効果(F=141.5,ψ=1/58,ρ
<、01)、下位テストの主効果(F:37.8,砂=1/232,ρ<.01)、および条件と下位テストの交互作用
(F=6.73,ψ=4/232,ρ<、05)が全て有意であった。
交互作用が有意になったので単純効果の検定を行った。最初に、学業不振児と学業優秀児のそ れぞれにおける下位テスト間についてTukey法を用いて検定を行った。その結果、学業不振児で は下位テスト間に有意な差は認められなかった。しかしながら、学業優秀児では、テスト3(文 意記憶)の成績が他の4つの下位テストよりも有意に低いという結果であった。
次に、各下位テストことに学業不振児と学業優秀児の成績の比較を行った。テスト1の語識別 I(士=1.51,ψ=290,π.8.)とテスト3の文意記憶(トO.76,ψ=290,η.8.)では両群には有意な差 は認められなかった。しかし、テスト1の語識別皿(t=4,40,ψ:290,ρ<.001)、テスト2の文理 解(亡=3172,ψ=290,ρ<.001)、およびテスト4の推論(f=2.75.ψ=290,ρ<.01)の3つの下位
テストでは有意な差が認められ、すべて学業不振児の成績が低いという結果であった。
Tab1e3 読み能力下位テストの平均段階値
語識別I
学業不振児 5.60
語識別II 文理解
5.07 4.87
文章記憶 推 論
5.03 5.27
(1.67) (1.84) (1.41) (1.64) (1.69)
学業優秀児 6.83
7.20 6.67 5.40 6.60
(1.61) (1,47) (1.96) (2.60) (2,23)
()内の数値は標準偏差
以上の結果から次のことが明らかにされた。学業不振児と学業優秀児の知能偏差値は同じであっ たにもかかわらず、読み能力偏差値は明らかに学業不振児が劣っていた。さらに、読みの過程に 対応している下位テストを順を追って見ると次のような違いがみられた。語識別Iでは両群には 差はなく、語識別皿では学業不振児が劣っていた。これは、意味の通った文の中から指定された 単語を識別する課題は比較的容易であるので能力差はみられないが、意味のない文の中から単語 を識別する課題は困難であるので能力差が表れ、学業不振児が劣っていることを示している。
文理解の成績では、学業不振児の方が低かったことから、単語と単語のつながりを把握し、文 脈をとらえ、適切な用語を用いることが学業不振児では劣っていることが示された。
文意記憶の成績は、学業不振児と学業優秀児では差がなく、また学業優秀児では、この成績が 他の下位テストよりも低かった。これらのことから、文を理解し、記憶した後に新たな文と意味 的な照合をおこなう能力は・学業不振児と学業優秀児は同じ程度であると思われる。
最後に推論の成績は、学業不振児が学業優秀児に比べて低かった。つまり文を理解した後に推 論する能力が学業不振児では劣っていることが明らかにされた。
文脈利用能力の差 語識別検査の内、テスト1は有意味な文章の中から3文字以上の名詞を、
テスト2は無意味な文章の中から3文字以上の名詞を選ぶ検査であった。この読み能力診断検査 では、文脈利用能力を測定するものとして、テスト1とテスト2との得点の差が利用できる。
Tab1e4は学業不振児と学業優秀児のテスト1と2の平均得点である。これらの平均得点につい て、条件群を被験者間要因、下位テストを被験者内要因として分散分析を行ったところ、条件群 の主効果(F=23.6,砂=1/58,ρ<.01)と下位テストの主効果(F=35.9,ψ=1/58,ρ<.O1)がそ れぞれ有意であった。しかし、交互作用(F=.21,ψ=1/58,η.s.)は有意ではなかった。
このように語識別Iと語識別皿の成績差から測定される文脈利用能力をみると・学業不振児も 学業優秀児も利用能力には大きな違いがなかった。しかし、単語を識別する量が学業優秀児の方 が多かった。このことから、学業優秀児は語識別の速度が速いことや、語い量が豊富なことが、
このような結果を生じたものと思われる。
Tab1e4 語識別Iと語識別皿の平均得点と標準偏差 語識別I 語識別皿
学業不振児 11.2
7.77
(4.21) (3131)
学業優秀児 15.4 11.4
(4.92) (2.67)
()内の数値は標準偏差
以上の分析結果を総合すると、学業不振児に見られる言語能力の欠如は、読みの下位過程に対 応した読み能力にも明確に表れていた。特に、文理解、推論のような高次な情報処理能力を必要
とする過程における欠如が大きいことが明らかになった。
これまでの研究で見いだされてきた学業不振児の言語能力の低さは、特に読解力に関係するこ とが本研究の結果から明らかになった。学校での授業は、言語情報の伝達を中心にして構成され ることが多いので、学業不振児の読み能力の低さは、理解困難の原因の主要なものとなっている 可能性は大きい。したがって、このような授業での理解困難は、さらに学習への興味・関心・意 欲の低下につながり、その結果として授業からの脱落を生じさせることになる。学業不振児の指 導や治療についての基本的な観点のひとつは、基礎学力の補充を中心とする教材面の指導である。
その際、読みの下位過程を構成する能力についての情報を正確に把握しておくことが効果的な指 導に必要な条件となるだろう。
引用文献
金井達蔵 1976教育統計法詳説上巻 図書文化 東京 北尾倫彦 1985 TK式読み能力診断検査 田研出版 東京
北尾倫彦 1979学業不振 内山喜久雄・上出弘之・高野清純編 講座発達障害の臨床2 教青 障害の治療と指導 Pp.23−55.
苧阪良二値 1972京大NX8−12知能検査手引き 大成出版社 牧野書房
大阪学芸大学 1966学業不振児の教育心理学的研究一〇ver AchieverとUnder Achieverの比較一 教育心理学年報,6,43−62.