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Angles & Saxons & Jutes がユトランド半島 ( デンマーク ) から来襲し ローマ支配後も住んでいた Celts を Wales, Cornwall, Scottish Highlands などへ追いやった ブリテン島に渡来した者を (8)Anglo Saxon 人と呼ぶ 彼ら

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Academic year: 2021

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Lit and Arts 09春学期中間試験

その1: 次の文章を読み、( )内にふさわしい選択肢をa~e からえらびなさい。解答は全 て回答用紙に記入すること。

A. イギリスと我々が読んでいる国の正式名称は(1)United Kingdom of Great Britain

and Northern Irelandである。グレートブリテン島のイングランド、スコットランド、ウェールズと、

アイルランド島北東部の北アイルランドからなる。 この国の歴史は紀元前2400年までさかのぼることが出来る。Salisbury(ソールズベリー) には巨石文明が残した遺跡(2)stonehengeが残る。30個の巨石が環状に並ぶ。建設目的は 諸説有り、いまだに解明されていない。ケルト人以前にブリテン島に住んでいた人によって作 られたことは明らかだ。遺跡から推測されることは、当時広範囲を支配する政治的な権力が存 在したことだ。 その後、(3)Celt(ケルト)系の民族がこの島にやってきたのは紀元前7世紀である。以降、7 00年間にわたり定着する。彼らは中央アジアの草原から馬と馬車や戦車を持ってヨーロッパ に渡来したインド・ヨーロッパ語族ケルト語派の民族である。彼らはおそらく青銅器時代に中央 ヨーロッパに広がり、その後期から鉄器時代初期にかけて、ハルシュタット文明を(紀元前 1200 年~紀元前 500 年)を発展させた。彼らは時間をかけて、ヨーロッパ中に足跡を残した。 (4)Wales, Scottish Highland, Irelandでは現在もケルトの影響が文化、言語の面で大変 強く残っている。

紀元前55年に、ケルト民族討伐のためにローマ軍がブリテン島へ侵攻し、その後5世紀に 渡りこの島はローマ帝国の属州となる。ローマは各地に都市や道路を築き、進んだ文明をもた らした。城壁を意味する地名の(5)caster, chesterはローマ時代の名残である。また、Bath に はローマ時代の社交の場であった浴場跡が残っている。

a. stonehenge : b. Celt(ケルト)系の民族 : c. caster, chester : d. United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland : e Wales, Scottish Highland, Ireland :

B. ロンドンの原型、(6)Londinium が彼らにより造られたのは紀元前47年だ。ローマから 穀物を送り出すための重要拠点として利用され、後に貿易都市として発展する基礎となった。 ローマの影響は4世紀に起きたゲルマン人の大移動により、広大なローマ帝国の支配が各地 で揺るぎ始めた。407年に、ローマはブリタニア属州を放棄、撤退する。 ローマ人に代わり、この島を支配したのは(7)Germanen である。彼らはドイツ北部からスカ ンディナビア南部に原住していた群小部族集団である。インド・ヨーロッパ語族に属する。前 1 世紀にはゴート族などゲルマン人の一部が、現在のドイツ東部、ポーランドの地にひろがり、ま た一部は、はやくからドイツ西部に侵入して、ガリアにすむケルト人をおびやかしていた。

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Angles & Saxons & Jutes がユトランド半島(デンマーク)から来襲し、ローマ支配後も住ん でいたCelts を Wales, Cornwall, Scottish Highlands などへ追いやった。ブリテン島に渡 来した者を(8)Anglo Saxon 人と呼ぶ。彼らは7世紀末までに7つの王国を形成した。この時 代を(9)Heptarchyと呼んでいる。8 世紀にはカンタベリーを有する Kent、南西部まで勢力を 拡大した Wessex、ロンドンを有する Essex、その南部に位置する Sussex、東部の East Anglia、北部の Northumbria、内陸部の Mercia が覇権をきそう。

この間、ローマ人によってもたらされたキリスト教が 6 世紀末に普及しはじめた。初代カンタ ベリー司教(のちに大司教)となったアウグスティヌスが布教をはじめたのだった。

9 世紀にはウェセックス王国のエグバートによりイングランド王国の基礎がつくられる。彼の孫 の(10)Alfred the Great,849-899は、8 世紀末からはじまったバイキングの一派であるデー ン人の侵入に対抗し、彼らを王国内にくみいれることに成功した。彼はまた法制度をととのえ、 学術を奨励したことでも知られ、大王と称された。

a. Anglo Saxon 人: b. Londinium : c. Alfred the Great,849-899 : d. Germanen : e Heptarchy : C. 10 世紀後期に成立した(11)Beowulf は、アングロ・サクソン語による叙事詩。古英語文 学のもっとも重要な作品である。現存する最古の写本は、大英図書館所蔵の(12)ウェスト・サク ソン方言で書かれた。スカンディナビアの歴史と異教の神話にキリスト教的な要素が融合され た3182 行の各行は頭韻を特徴とする 4 つのアクセントをふくみ、行中休止(詩の行の中間で の意味の切れによる休止)によって 2 つの部分にわけられる。詩の主人公である、スカンディナ ビアの王子は、半人半獣の怪物(13)グレンデルを退治してデーン人たちをすくい、さらに怪物 の死と同じ日の夜、復讐(ふくしゅう)にきたその母親をたおす。50 年後、故国の国王となって いた彼は国民をくるしめる竜とたたかい、双方とも致命傷をおう。詩は彼の墓碑銘を会葬者た ちがとなえる葬儀の場面でしめくくられる。 この物語は(14)Old English で書かれている。この英語は、サクソン人がやってきて英国、 英語の起源が出来た450年から歴史が始まった。この頃から 1100 年くらいまで使われた。8 世紀になると、今でいうデンマーク、ノルウェー、スウェーデンから来た北欧人が、英国各地で 侵略、略奪、破壊を繰り返しました。この彼らがもたらしたのが「古ノルド語」(Old Norse)と言 われる言語だ。デーン人の支配期間が長かったため、かなりのノルド語の語彙が入っている。 地名にその名残りが多く見られる。たとえば、 Derby、 Rugby のように、語尾が「農場」「町」 といった意味の -by で終わる地名が 600 個所以上もあるほか、「村」を意味する -thorp で終 わる Althorp や Linthorpe といった地名も数多くみられる。(15)人称代名詞なども英語固 有の言葉と置き換わってしまった they, them, their や Be 動詞 Are などがあげられる。

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d. ウェスト・サクソン方言 : e グレンデル : D.. この頃、(16)バイキングとしてブリテン島に侵入したノルマン人の一派がデーン人だ。5 世 紀ごろからユトランド半島にすみだし、9 世紀ごろにはデンマーク王国をつくり、8 世紀末ごろ からイングランドに盛んに侵入した。アングロ・サクソン人以来外敵の侵入に無縁であったイン グランドは、デーン人の略奪の格好の標的となった。1016 年デンマーク王子クヌットがイングラ ンド王に即位した。その後、再びサクソン人の王がブリテン島を支配するが、これも短命に終わ った。 英国海峡の対岸にあったノルマンディー公Williamがブリテン島へ侵攻する。これが1066 年の(17)Norman Conquestである。ウィリアムはアングロ・サクソン勢力の所領をノルマン諸 侯にあたえ、イングランドの土地所有層はノルマン人で占められることとなった。また、王は土 地をあたえるかわりに諸侯に軍役義務を課したため、以後いわゆる(18)封建制がイングランド 全土に広がった。 ノルマンディ公がイングランド王位についたことで、イングランド支配層の文化も変化した。 公的な言語がノルマン貴族のつかう(19)フランス語にかわり、それまで使用されていたチュー トン語系の古英語は被支配階級の言葉とさげすまれた。同時にこれをきっかけに英語自体に もノルマン形の語彙が多数ふくまれるようになっていった。1085年、ウィリアムはイングランドの 検地をおこない、征服後移動した土地所有状況を確定させた。この検地の結果を記録した書 物はのちに(20)”Doomsday Book”とよばれるようになる。

a. Norman Conquest : b. フランス語 : c. ”Doomsday Book” : d. 封建制 : e バイキング : E. ロンドンは商業と交通の要所として常に栄えていた。民衆は豊かな財力を背景に、ウィリア ムの支配に抵抗した。彼らの抵抗を前に、ウィリアムは(21)Tower of Londonという要塞を築 きロンドン市民を威嚇した。しかし、市民は脅しに屈することはなかった。権力者に抵抗したり、 擁護したりする強い経済力を常に発揮したことがロンドンの都市の性格となる。 ロンドンには様々な時代に活躍した文人が関わりを持った。出版社の集まるFleet Streetに 住んだ(22)Dr Samuel Johnsonは、1747年から、辞典編集の仕事にとりかかっていた。9年 近くを準備についやして、55年にすばらしい出来ばえのA Dictionary of the English

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義と、広範な、わかりやすい用例で説明されている。「困難に遭遇してもくじけず、しいたげら れたまずしい人々に同情し、不屈の精神で真実を探究した、卓越したヒューマニスト」である彼 は辞書以外でも、(23)理性の時代を代表するユニークな人物として知られている。 第一次世界大戦(1914〜18)中から戦後にかけて、ヨーロッパとアメリカに展開された美術 および文学上の運動に(24)Modernismがある。現代の人間が抱えている心の状況を、前衛 的手法で表現しようとした文学の動き一般を指す。反美学的、反道徳的な態度が特色だ。こ の運動には、表現主義、イタリアの未来派、ダダ、(25)シュルレアリスム、ロシア・フォルマリズ ムなどの革新的な芸術運動が含まれる。

a. Tower of London : b. Modernism : c. 理性の時代 : d. シュルレアリスム : e Dr. Samuel Johnson :

F. ロンドンの東に、世界金融市場の中心地 (26)the Cityがある。ここで1917年頃に銀 行勤めをしていた、後にノーベル賞を授与されるアメリカ生まれの大詩人がいた。(27)T.S.

Eliotである。彼の作品Waste Land『荒れ地』はモダニズム文学の代表作である。この作品

は、現代社会の不毛を、過去と対比させながらあざやかに表現した。複雑雑多な文明には、 難解な暗示的、間接的な表現方法が必要で、言葉を無理やり意味に従わせる、ねじ曲げて いくことも辞さない手法が取り入れられ難解な作品となった。しかし、この作家は後に現代ミ ュージカル界の巨匠、Andrew Lloyd Webberの(28)CATSの原作、Old Possum's Book of Practical Catsも書いている。 シティからロンドン橋を渡るとテムズ川の南側は、19世紀末までロンドン市内ではなかった。 ここには不愉快で迷惑なものが集められていた。監獄もあった。その監獄に借金をして返せ なくなったCharles Dickensの父も入れられていた。彼は貧しいこども時代をこの周辺で過 ごした。少年ディケンズは生計をたてるために靴墨工場での労働を余儀なくされた。そのとき の屈辱感と諦念に終生つきまとわれた。(29)Oliver Twist(1837~39)は孤児としてそだち、 いじめられたり盗賊の手先につかわれるなど苛酷な運命にもてあそばれるが、純真で善良 な性質をうしなわず、人々の愛情によって幸運にめぐまれる人物を主人公にしている。彼の イメージは19世紀の初め、(30)産業革命期の悲惨な下層階級の子供、孤児たちの姿であ る。貧困者への配慮にかけた当時のイギリスの社会制度をきびしく糾弾しているのがこの小

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説である。社会改良の熱烈な主張をユーモアをまじえてうったえたこの物語は、多くの人々 の共感をよび、救貧院改革の大きなきっかけとなった。

a. Oliver Twist(1837~39) : b. CATS : c. T.S. Eliot : d. the City : e 産業革命期 : G. この19世紀にはNovel(小説)が流行した。技術革新により、印刷物が安価になり、鉄道 網の発達のために、素早く手にはいるようになる。平易な言葉で書かれた小説は、中産階級 の人にたやすく理解出来たので、1830年から1900年の間に、4万作品が製造された。この 頃の小説は「ありきたりの事柄を(31)忠実に描写すること」が目的であり、観察したことを偏 見なく客観的に書きとめている。これを(32)Realismと呼ぶ。また、このジャンルに共通する 欠点に、きまったかたちがあるわけではない人生を忠実にえがくことに気をとられるあまり性 格描写を偏重してプロットを軽視し、中産階級の暮らしや偏見をえがくのに夢中になって、ス ケールの大きな問題をさけるという点がある。 ディケンズが描くような社会がイギリスに登場したのは次のような社会変化が原因であった。 第1次農業革命である。羊毛生産の向上をねらったジェントリー層により耕作地が大規模牧 羊地とされ、農民が土地から追放された。これを(33)囲い込み運動(enclosure movement)と呼ぶ、土地所有形態が変化し、伝統的な農村共同体の解体された。つづく第 2次農業革命では、富裕な地主は土地の囲い込みによって所領を拡大し、新技術を導入す ることで土地の生産性を高め、資本制農業を確立しようとした。飼料作物を栽培して家畜を 増産することで、それまでの三圃制では休閑地としていた土地を有効利用することに成功し た。こうして農民は土地をおわれ、都市にながれて(34)工場労働者となることで産業革命を ささえる。 世界ではじめて産業革命を経験した18世紀末のイギリスは、(35)世界の工場へと成長 する。18世紀のロンドンは世界の貿易ネットワークの中心となり、工業製品の輸出が拡大し た。イギリスの輸出成長率は1780年以降、めざましく伸びた。 a. 忠実に描写: b. 世界の工場 : c. 工場労働者 : d. Realism : e 囲い込み運動(enclosure movement) :

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H. ロンドンの西の端、ウェスト・エンドにCovent Garden がある。18,19世紀には、ここに は王立オペラ劇場と青果場が共存していた。そこを舞台に始まる作品がGeorge Bernard Shawの(31)Pygmalion (1913)だ。この喜劇の傑作 は、映画作品やミュージカル喜劇「マ イ・フェア・レディー」の原作として人気をたもってきた。下町なまりの少女が、言語学者に教 育を受け言葉だけでなく、知的文化も身につけレディーに成長し、学者の元から旅立ってし まう物語だ。

British Museumやロンドン大学がある(32)文教地区Bloomsburyに集まった文化人の 集まりをブルームズベリー・グループという。彼らの共通意識は、19世紀後期の極端な形式 主義と無味乾燥なリアリズムに対する強い反発であった。その中にいた小説家がVirginia Woolfである。彼女は主観的な現実を、客観的な現実同様にしめすためにもちいられる文 学技法(33)Stream of Consciousnessを用いて(34)Mrs Dalloway などを書いた。登場 人物の感情、記憶、思考、行為などが、論理的ではなく、連想的につらなってゆくさまを、

(35)作者による注釈なしにえがきだす。登場人物の印象や感情、考えの移ろいによって物

語が展開し、人間の精神生活と、それ以外の点では何の変哲もない状況が、並みはずれた ものに思える。

a. Thomas Becket (1118~70) : b. 作者による注釈 : c. Pygmalion (1913) : d. 文教地区 Bloomsbury : e Stream of Consciousness :

I. ロンドンの南にCanterburyがある。ここにはイギリスのゴシック建築中もっとも壮麗で、歴 史の古い、英国国教会の大本山Canterbury Cathedralがある。イングランドのカンタベリ ー大司教(36)Thomas Becket (1118~70)は「教会の自由」を主張して国王と対立した。 これに国王は激怒し、同年12月29日、王の側近の4人の騎士がカンタベリー大聖堂内で大 司教を暗殺。1173年、聖人に列せられ、以後カンタベリーは巡礼の地となった。 カンタベリー詣でを題材に、14世紀の詩人、(37)Geoffrey Chaucerは1380年代に Canterbury Tales を書いた。聖地カンタベリーへ巡礼にでかける人々がそれぞれ話をか たるという物語集。詩人は、カンタベリー詣のためにロンドン郊外の(38)陣羽織(じんばおり) 亭Tabard Innにあつまった巡礼者の一団にくわわり、プロローグで彼らを生き生きとえがき だす。

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この物語では、騎士から農夫まで、さまざまな身分の者が語り手になる。この集団は、さな がら14世紀(39)イギリスの社会の縮図である。 チョーサーは、多様な職業、階級の人々の 生き様を、神の前で懸命に生きる人々への(40)共感と皮肉をこめて、多様な視点から描い た。

a. 共感と皮肉 : b. Geoffrey Chaucer : c. イギリスの社会の縮図 : d. 陣羽織(じんばおり)亭 Tabard Inn : e Thomas Becket (1118~70) :

J. その中の一つの挿話が(41)「バースの女房の話」である。彼女は、教会の伝統的な女性 蔑視に反対する女たちの率直な代弁者で、セックス、結婚、気高さについて一連の話をはじ める。かつて(42)アーサー王の王妃が出した問い「女性が最も望むものは何か?」に対する 答えである、(43)「男に対する支配権」を求めた人生を語る。乱杭歯の美人で、かつて5人の 夫を持ち、自分の性的魅力を存分に発揮し、性的官能を味わい尽くし、男女の関係を本音 で語る。「権威ある書物(女性は罪深く、男を破滅させる)がなんと言おうが、結婚生活の悲 哀を語るときには経験こそが、権威あるものとなるのです。」と自己流の解釈を展開し、(44) 男性中心社会の偏見に正面から挑戦する。現在、年を取り、年齢により彼女はその魅力を 奪われ、(45)人生の悲哀を自分が感じざるを得なくなっている。 a. 男性中心社会 : b. 人生の悲哀 : c. アーサー王の王妃 : d. 「バースの女房の話」 : e 「男に対する支配権」 :

K. この物語はを(46)Middle Englishで書かれている。この頃の発音では、so it is time to see the shoes on the same feet now (ソウ・イトイズ・タイム・トゥー・スィー・ザ・シューズ・ オン・ザ・セイム・フィート・ナウ) という文章の発音はsaw it is team to say the shows on the sarm fate noo. (サウ・イトイズ・ティーム・トゥー・セー・ザ・ショーズ・オン・ザ・サーム・フ ェート・ヌー) という感じで発音されていた。

この時期にはアルファベットにw、k、q、v、zなどが使用されるようになる。文法も、語順や 前置詞によって文法関係が示されるようになった。(47)Old Englishでの語尾変化が消失し たから語順の自由さがなくなったのが理由だ。名詞の語形も単純化され、性の区別もなくな り、定冠詞も性、数、格に関係なくtheに変わっていった。当時の支配者の言葉がイギリスの

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上流階級の生活に関わる(48)行政、宗教、法律、軍事、料理の各分野で借用された。 minister, government, religion ,mercy, justice, jury, enemy ,soldier, salad, beef, pork, muttonなどがそうである。 これらの時代の英語の発音が徐々に(49)現代英語に近いものとなったのが、(50)Great Vowel Shift(大母音推移)によってである。これは、英語の歴史において、中英語期後期 (1400年初頭)にはじまって、近代英語期(1600年代前半)に入って終了した、母音体系で の一連の変化のことをさす。 1400年を過ぎて間もない頃、6つの長母音の発音が変化を遂 げた。この母音推移のプロセスは速く、数世代のうちに完成したと言われている。

a. Great Vowel Shift(大母音推移) : b. Middle English :

c. 行政、宗教、法律、軍事、料理 : d. 現代英語 : e Old English :

L. この頃のイギリスは(51)The House of Plantagenet or the House of

Anjou,(1154—1399)によって統治されていた。 イングランド国王ヘンリー1世の娘マティル ダとフランスのアンジュー伯ジョフロワとの間に生まれたヘンリー2世が開いた王朝である。この 結婚により、(52)イギリスとフランスにまたがる王国が形成された。宮廷での言葉はフランス語 が使用された。プランタジネット朝は、ヘンリー2世、リチャード1世、ジョン(欠地王)、ヘンリー3 世、エドワード1世、エドワード2世、エドワード3世、リチャード2世の8代にわたってつづいた。 その後イングランドは、ともにエドワード3世の血をひく(53)ランカスター家とヨーク家があらそう 時代へとはいっていく。 (54)エドワード1世の頃、彼の強力な指導力のもとで、イングランドは中世における最盛期を

むかえた。WalesとScotlandを征服し、The Model Parliamentが構想され、後のイングラン ド議会はしだいに、(55)二院制のかたちをととのえていく。

a. エドワード1世: b. 二院制 : c. イギリスとフランスにまたがる王国 :

d. ランカスター家とヨーク家 : e The House of Plantagenet or the House of Anjou,(1154—1399) :

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て数々の勝利をあげたとされる、なかば伝説上のブリトン人の王、(56)King Arthurの伝説 で有名である。Arthurian Legendは、ブリテンのアーサー王とその宮廷の騎士たちを主人 公とする、中世ヨーロッパ各地で書かれた物語の総称。史実と思われるものをもとに、(57)ケ ルト神話やさまざまな伝説が複雑におりこまれてできている。 アーサーの王朝(58)Camelotには優秀な騎士が集まっていた。理想の騎士は、(59)勇気 と忠誠と寛容をもつべきであった。「騎士」という言葉には「名誉」という意味がふくまれるように なる。貴族の資質やキリスト教徒の美徳などを包含したものとなった。また、フランス南部に起 源をもつ、騎士はたとえむくわれなくても(60)愛する貴婦人につくしつづけるべきという条件も 加わる。 a. 愛する貴婦人 : b. ケルト神話 : c. King Arthur : d. 勇気と忠誠と寛容 : e Camelot :

N. アーサーの家臣は(61)the Knights of the Round Tableと呼ばれ、(62)Gawain、Sir Lancelot など彼らの何人かについて個別に多くの武勇伝が創作されている。 また、この物語は(63)Grail Quest(聖杯伝説)と結びつけられている。伝説によれば、アリ マタヤのヨセフが、(64)処刑されたキリストの傷口からながれる血をこの杯でうけ、聖杯として 保管したのだという。その後、聖杯はブリテンへはこばれ、ヨセフの子孫に代々まもりうけつが れた。罪なき者のために食物をみたし、心のけがれた者の目をみえなくし、ふさわしくない者 が近づくと口がきけなくなるといった、奇跡をおこす力をもつと信じられた。マロリーのLe Morte Darthurでは、この伝説を下敷きにした物語が語られる。聖杯を探求する騎士の(65) 純潔、謙遜、忍耐が試される。結局、童貞で罪に汚れていない騎士だけが冒険の成功者とな る。

a. 処刑されたキリスト : b. Gawain、Sir Lancelot : c. Grail Quest(聖杯伝説) : d. the Knights of the Round Table : e 純潔、謙遜、忍耐 :

O. イングランド南部、ハンプシャーのスティーブントンに生まれた(66)Jane Austen

(1775~1817)は、機知にあふれ、格調高い風刺小説で、18世紀の新古典主義から19世紀

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までみのがさず、上層中産階級のイギリス人の静穏な田園生活がありありと描写されている。 成熟は(67)幻想の喪失を通じて達成されるというのが、彼女の(68)Pride and Prejudice, 1813やSense and Sensibility, 1811などの代表作の特徴的なテーマであり、登場人物の性 格上の欠点は、きびしい試練を教訓としてまなんではじめて修正される。彼女の明快なスタイ ルの中では、どんなに地味な登場人物でもはっきりした個性をもっている。人間の普遍的な行 動様式を(69)こまやかにとらえる感性ゆえに、彼女は卓越した小説家として高く評価されてい る。彼女の物語の背景には当時の社会背景が織り込まれている。18世紀後半から19世紀初 頭、農業革命で地主階級社会の(70)封建制度が崩壊する時代に、囲い込みに金を費やし、 娘の婚礼持参金も用意出来ない落ちぶれた貴族は、台頭する新興中産階級の独身男性を 娘の嫁に迎えることに躍起になる。; a. こまやかにとらえる感性 : b. Jane Austen (1775~1817) :

c. 封建制度が崩壊 : d. Pride and Prejudice, 1813 : e 幻想の喪失 :

P. 同じく、イングランド南西部、ドーセットシャー出身の(71)Thomas Hardy (1840~ 1928)は、かつてのアングロ・サクソンの王国ウェセックスにかさねあわせてえがき、のちにつ づく「ウェセックス小説」をものした。ダーウィンの生物学とニュートンの物理学の決定論に支 配された信念が充満している。個人のさだめられた運命は、なにかの拍子でかわることもあ るが、個々の人間の意志は、人生の必然に戦いをいどんでもまけるにきまっている。荒野、 野原、季節、天候の強烈で鮮明な描写によって、ウェセックスは小説の中で物理的な存在 感をもつようになり、登場人物の心理状態やこれからの運命をうつしだす鏡としての役割を はたす。そしてこれらの運命を、この作者は皮肉と悲しみをもってながめているのである。こう して生まれた彼の信念は(72)「内在意志」(Immanent Will)と呼ばれる。これは、人間の努 力など意に介さない世界を支配する力のことで、これにに押しつぶされ犠牲になる人間を描 いた。 彼の作品は(73)Naturalism,自然主義という文学ジャンルに属している。写実主義を引き 継ぎながらも、人間を客観的、経験的にえがかねばならないとする理論である。一方、彼自 身は(74)「芸術とは現実をゆがめることである」と考えており、作品とは観察者のフィルターを 通してみる「現実」の「印象」であるとする。一般的に言う客観的描写という意味で、彼の作品 (75)Tess of the d’Urbervilles, 1891などを語ることは出来ない。

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a. Tess of the d’Urbervilles, 1891 : b. 「内在意志」(Immanent Will) : c. Thomas Hardy (1840~1928) : d. 「芸術とは現実をゆがめることである」 : e Naturalism,自然主義 : その2:次のI(86~90),II(91~94)のなかの英文は授業で取り上げた作品からの抜 粋である。選択肢a~e から適当な作品名を選びなさい。解答は全てマークシート用紙に記 入すること I.

a. Mrs Dalloway by Virginia Woolf :

b. Le Morte Darthur by Sir Thomas Malory : c. Oliver Twist by Charles Dickens :

d. The Waste Land by T. S. Eliot : e Beowulf; The Dream of the Rood :

86.And that time was such a custom, the queen rode never without a great fellowship of men of arms about her, and they were many good knights, and the most part were young men that would have worship; and they were called the Queen's Knights, and never in no battle, tournament, nor jousts, they bare none of them no manner of knowledging of their own arms, but plain white shields, and thereby they were called the Queen's Knights. And then when it happed any of them to be of great worship by his noble deeds, then at the next Feast of Pentecost, if there were any slain or dead, as there was none year that there failed but some were dead, then was there chosen in his stead that was dead the most men of worship, that were called the Queen's Knights. And thus they came up all first, or they were renowned men of worship, both Sir Launcelot and all the remnant of them.

87.Hwæt, ic swefna cyst secgan wylle,/ hwæt me gemætte to midre nihte / siþþan reordberend reste wunedon. / þuhte me þæt ic gesawe syllicre treow / on lyft lædan leohte bewunden, / beama beorhtost. Eall þæt beacen wæs / begoten mid golde; gimmas stodon / fægere æt foldan sceatum,

swylce þær fife wæron / uppe on þæm eaxlegespanne. / Beheoldon þær engeldryhta fela / fægere þurh forþgesceaft; / ne wæs þær huru fracodes gealga, / ac hine þær beheoldon halige gastas, / men ofer moldan, / and eall þeos mære gesceaft.

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88.For Lucy had her work cut out for her. The doors would be taken off their hinges; Rumpelmayer's men were coming. And then, thought Clarissa Dalloway, what a morning-fresh as if issued to children on a beach.

What a lark! What a plunge! For so it had always seemed to her, when, with a little squeak of the hinges, which she could hear now, she had burst open the French windows and plunged at Bourton into the open air. How fresh, how calm, stiller than this of course, the air was in the early morning; like the flap of a wave; the kiss of a wave; chill and sharp and yet (for a girl of eighteen as she then was) solemn, feeling as she did, standing there at the open window, ….

89. APRIL is the cruellest month, breeding/ Lilacs out of the dead land, mixing / Memory and desire, stirring / Dull roots with spring rain. / Winter kept us warm, covering / Earth in forgetful snow, feeding / A little life with dried tubers.

90.Although I am not disposed to maintain that the being born in a workhouse, is in itself the most fortunate and enviable circumstance that can possibly befall a human being, I do mean to say that in this particular instance, it was the best thing for Oliver Twist that could by possibility have occurred. … Now, if, during this brief period, Oliver had been surrounded by careful grandmothers, anxious aunts, experienced nurses, and doctors of profound wisdom, he would most inevitably and indubitably have been killed in no time.

II

a. Pride and Prejudice by Jane Austen : b. Pygmalion by George Bernard Shaw :

c. Tess of the d'Urbervilles; A Pure Woman by Thomas Hardy : d. Canterbury Tales by Geoffrey Chaucer :

91. Whan that aprill with his shoures soote / The droghte of march hath perced to the roote,/ And bathed every veyne in swich licour/ Of which vertu engendred is the flour;/ Whan zephirus eek with his sweete breeth/ Inspired hath in every holt and heath/ Tendre croppes, and the yonge sonne/ Hath in the ram his halve cours yronne,/ And smale foweles maken melodye,/ That slepen al the nyght with open ye

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"_You_ want to tell me, and I have no objection to hearing it." This was invitation enough.

"Why, my dear, you must know, Mrs. Long says that Netherfield is taken by a young man of large fortune from the north of England; that he came down on Monday in a chaise and four to see the place, and was so much delighted with it, that he agreed with Mr. Morris immediately; that he is to take possession before Michaelmas, and some of his servants are to be in the house by the end of next week."

• "What is his name?" • "Bingley."

• "Is he married or single?"

• "Oh! Single, my dear, to be sure! A single man of large fortune; four or five thousand a year. What a fine thing for our girls!"

93."I may as well say it now as later, dearest," he resumed gently. "I wish to ask you something of a very practical nature, which I have been thinking of ever since that day last week in the meads. I shall soon want to marry, and, being a farmer, you see I shall require for my wife a woman who knows all about the management of farms. Will you be that woman, Tessy?"・・・

"O Mr Clare--I cannot be your wife--I cannot be!"

The sound of her own decision seemed to break Tess's very heart, and she bowed her face in her grief.

94. Ow, eez, ye-ooa san, is e? Wal, fewd dan y’ d-ooty bawmz a mather should , een now battern to spawl a pore gel’s flahrzn than ran away athaht pyin. Will ye-oo py me f’them?

参照

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