性 同一性障 害と法的諸 問題 大 島
性
同
一性 障 害
と
法 的 諸 問 題
大 島 俊 之
は じめに 性 同一性 障害に関して は、 法学 界で は見慣れない 用 語 を使用する ことが ある の で、 最初に その 説 明を して お こ う。
GID
Gender
Identity
Disorder
「性 同 性 障 害 」 とい うの は、こ の 医学の 専 門 用 語を翻 訳し た もの で ある。
MTF
Male
to
Female
男性か ら女 性 に移行す る人の こ とで あ る。
FTM
Female
tO
Male
女性か ら男性に移行 する人の こ と である。
SRS
Sex
Reassignment
Surgery
性 別 適 合 手 術 (い わゆる性 転 換 手 術 )の こと で あ る。 本稿で は、MTF
、FTM
とい う表 現を用 い てい る。1
戸 籍 上の性 別 表 記の 変 更 性 同一性 障害の 当事 者の戸 籍上の性 別 表 記 (続 柄 欄の 記載 ) を、 た と えば 「長 男 」か ら 「長 女」に、あ るい は 「長 女」か ら 「長 男 」に変 更 する こと で あ る。2003
年 (平成15
年 )7
月16
日に 「性同一性 障害者の性別の 取扱い の特例に関す る法 律 (平 成15
年 法 律 第111
号 ) が 成 立 し、2004
年 (平 成16
年 )7
月16
日 か ら施 行 さ れて い る (以 ドで は 「特 例 法 」と呼ぶ)。 特 例 法は2008
年6
月18
日 に改正 さ れ 、 改 正 法 は2008
年12
月18
日か ら施 行さ れて い る。 特 例 法に基づ く 「性 別の取 扱い の変 更の審 判」に は、 家 事 審 判 法が適 用さ れ る (特 例 法5
条 )。 した がっ て 、家庭 裁 判 所 に 申 し立て る こ とになる。 許 可 を得るた めの 要 件 は、 次の とお りで ある。 (⊥) 医 学 的な要 件性 同一性 障 害につ い て の知識と診 断の経 験 を有 する
2
人以上の 医 師か ら、 性 同一性 障 害で ある とい う診 断 を得て い る こと (特 例 法2
条)。生 殖 腺 が ない こ と、 また は 生 殖 腺の機 能 を永 続 的に欠 く状 態にある こ と (特 例 法
3
条1
項4
号)。望みの性の性器に近似する性器を有して い る こ と (特例法
3
条1
項5
弓一)。 これ ら3
つ の要件を証 明 する た め に は、 医師に よ る診 断 書を提 出 しな けれ ば な分 科 会1 凵 日 (セ ッ ショ ン 1) ら な い (特 例 法
3
条2
項 )、 診 断 書 に記 載 すべ き事 項の 詳 紐につ いて は、 厚生労 働省 令で 定め ら れて い る。 〔2) 法 的な要件20
歳 以lt
で あ るこ と (特例法3
条1
項1
号)。現 に婚姻 し て い ない こと (特 例 法
3
条1
項2
号 )。旧
現に子 がいない こと (制定当時の 特例 法
3
条 !項3
号 )。現
現に未 成 年の子がい ない こと (改正 された特 例 法
3
条1
項3
号 )。 許可 が得 ら れ た場 合 に は、 嘱 託に よ り、 戸 籍の 上の続 柄 欄の記 載が変 更さ れ る。特例法が施 行 さ れ た2004
年7
月16
目か ら、2009
年12
月31
日ま で で、許可1711
件、却下18
件、取下 げ38
件である。2
戸籍以外の 書面の 性 別 表 記の 変 更 特 例法の 施行に よ っ て、 すべ ての 問 題が解 決さ れ たわ けでは ない。 まだ ま だ 、 重 要な問題 が残さ れ て い る。 その1
つ が、い わゆる 「中解 決」 の 問題で ある。 性同一性障害とい う診 断を受 けて い るが 、性 別 適 合 手術 (いわ ゆる性 転換 手 術 ) を終え て い ない者が い る。当 事 者 が 、 手 術 を希 望 しない 場 合が ある。 当事 者 本人 は手術を希望し て も、 身体の 状 態 か ら手 術 がで き ない場 合 が ある。
医 療 保 険が適用 さ れ な い た め に高額な (数 百万円といわ れる) 手術費用を⊥ 面する こと がで きな い場合が ある。
手術を待っ て いる場 合がある。 こ のよ うな
Y
事 者 は、 特例 法3
条1
項4
号 お よ び5
号の 要件を満た し てい ない の で 、戸 籍の性 別 表 記の 変更 が 認 め られ ない。 しか し、 実 際に は、 望み の性 別で 社会生活 を送っ て い る 人 が多い 。 こ の よ うな 当事 者の 各種 文 書の性 別 表 記を元の 性 別の ま まで 放 置 して お くこ と は、 当人の 社 会 生 活を著 しく困 難 な もの に して い る。 こ のよ う な者に対 して、 戸 籍上の 性 別 表 記 は変 更せず に、住 民 票 、パ スポ ー ト、 健 康 保 険 証な どの性 別 表 記の変 更 を許 可 する とい う道 を開 くべ きで ある (目本の 運 転 免 許 証に は性 別 表 記 が ない)。筆者 は、 この よ うな問題解 決の 方 法を 「中解 決 」 と称 して い る。 筆 者 によ る造語である。な お、筆者は、戸籍上 の性別表記の 変更 を 「大解 決 」 と呼 び、 名の 変曳を 「小解 決」と呼ぷ こ と が あ る。3
名の変 更 性 同一性 障害の 当事 者 が自己の 名を、た と えば 「太 郎 」か ら 「花子」に、 ある い は 「花 子 」か ら 「太 郎」に変更するこ と で あ る。 名の変 更につ い て は、 戸 籍 法107
条の2
は、 「正 当 な事由に よ っ て名 を変 更 しよ うとする 者は、家庭 裁 判 所の許可 を得て、その 旨を届 け 出なければ な らない」と性
1
司一性 障 害と法 的 諸 問 題 大 島 規 定し て い る。 実 際の 手 続で は、 家 庭 裁 判 所の 審 判に よっ て、 こ の許 可 を得る。 最 近の家 庭 裁 判 所の 実 務に おい て は、性 同一性 障 害の 当事 者の 名の 変 更は、ほ と ん どの場 合に認め ら れ て い る。 し た がっ て、 名の変 更の 問題は、 司 法 的に ほぼ 解決さ れ た 問題で あ る。 特 例 法制定の 時点で 、 名の変更 は かな りの確 率で 許可さ れて い た。 こ の ため、 特例 法に は 名の変 更 に関す る規 定が ない。 ドイツ特 例 法に は名の変 更に関する詳 細な規 定が置か れ て お り (1
条 〜7
条)、わ が国 と は大き く異な る。4
婚姻 性 別 表 記を変 更 し た後 に新 しい性 別で婚 姻 する こ とは可 能で ある。 た だ、 現 在 の 時 点で 、 地 球 規 模で 見 た 場 合 、 性 同一性 障 害の 当事 者が法 的な公式文 書の性 別 表記の 訂正 ・変 更をすることがで き るの は、実際に は い わ ゆ る先 進 国に限 ら れ て お り、発展途上国で は こ の よ う な こ と は 認 め ら れて いない。そ こ で、 発 展 途 上国 の性同一性 障害の 当事 者が、 先 進国の 相 手と国際結婚する場合に問題が生 じる。 自国の 法 制 度で は性 別表 記の 訂正 ・変 更 を する ことができな い発展 途上 国の性 同 一性 障 害の 当事 者の性 別 を、 先 進 国ではどの ように判 断 すべ き か と い う問題が 生 じ る。 佐賀家庭 裁 判 所 平 成11
年1
月7
日審…判 (家 庭 裁 判 月報51
巻6
号71
頁 )の 事 例は 、 次の よ うな もの で ある。 フ ィ リ ピン人のMTF
が 女 性 と表 記し た偽造パ スポ ー ト で 日本に入 国 し、 日本人男 性 と婚 姻 し た。 男 性とMTF
が福岡入 国管理 局 に赴い たとこ ろ、 真正の パス ポ ー ト で は男性と な っ てい る と告 げら れ た。 男 性は、 婚 姻 の 記載の訂正を申し立てた。 ま た、MTF
はフ ィ リピンへ 強制送還された。5
FTM
の配 偶 者 が 人工授 精で産 ん だ 子の地 位2010
年1
月10
日の朝 日新 聞の報 道に よれば、 兵 庫 県 宍 粟 市 (しそ うし) 在 住のFTM
(現在の戸 籍で は男性 ) の配 偶 者 (女 性 ) が人工 授 精で 産んだ 子の 出生 届 書を提 出 しよ う と した ところ、 非嫡出子の 出生 届 と して 受 理 す る と言わ れたよう で ある。 その後、 法 務 大 臣が 再 検 討 を表 明 した が、 まだ、 最 終 的な決 着はつ い て いない よ うで ある。6
損害賠償額の算定顔 面負傷の 場合の 損害賠 償 額の算定 に関 して は 、 実 際
Il
、 男 女 間には格差が 存 在する。 ある雑 居 ビ ル に勤めて い たニ ュ ーハ ーフ が、 屋 外の 階 段の 途 中か ら転 落 し、顔面に軽い傷が残っ た事例につ い て、 東京 地 裁 平 成11
年4
月28
日判 決 (判 例 タイムズ1018
号288
頁)は、女性並みの 損害賠 償額を認めた 。 特 例 法の制 定 ・ 施行 前の事例で あ る ので、 こ の当事者の戸籍上 の性別表 記は当分 科会1 日 目 (セ ッション
1
) 然 、 男性で ある。つ ま り、裁判所は、 戸籍上 の性別 表 記 を唯一絶対の 基準とは せ ず、 当事 者の 生活実態を重視し て、女性 「並み 」の処 遇をしたのである。岡 山地 裁 倉敷支部平成
20
年10
月27
日判 決 (判 例 集 未 登載 )で は、手術を し てい ないFTM
(戸 籍 上の 性 別表記は女性)が 交通 事 故で 重 傷を負っ た場 合に お いて、 逸 失 利 益の 算 出に際 し て、高卒男性労 働 者の 賃 金セ ンサス に基づい て算 出し た。7
職場で の問題特 例 法が施行さ れ て も残る重 大の 問 題の なか に は、 職場に おい て性同 一一 性障 害 の 当事 者 をどの よ うに処遇 する か とい うこ とが ある 。
特 例 法 施 行 前の事 例である が、東京地 裁 平 成
14
年6
月20
日決定 (労働判例830
号13
頁)を紹介する。MTF
のA
が、 勤務して い たS
社か ら解雇さ れた事例 が ある。A
は医師か ら性同.一性 障 害 とい う診 断 を受 け 、 ホル モ ン療法を受 けていた。 その 結果 、身体の女 性 化 が進 み、 男 性の姿で就 労 する こ と が困難に なっ て きた。A
は 、 会 社 側か ら配 転命令を受 けた が 、 女 性 と して就 労 する こ と を配転承 諾の条件と し て 、 配転命令に従わ な かっ た。 また 、 会社側は女性の服 装で 勤務するこ とを禁 じ る服 務 命令を出し た。 し か し、A
は、 こ の命令に従わず、 女性 の服 装で 出 勤を続 け た。 そ こで、 会社側は、配 転 命 令に従 わ なかっ た こ と、お よび 女 性の服 装 をす るこ とを禁 じる服務命令に違 反したこ とを理 由と し て、A
を解雇した。これに対 し て、東京地裁は、配転命令違反 および服務命令の 違 反は懲 戒解雇理 由に該当する と しなが ら も、 当事者の性同一性 障 害に関する事 情 に照 らす と、
A
を懲 戒解 雇した こ とは不相当で あ る と判 断 した。8
刑 事 収容 施 設にお け る性同一性 障害者の 処遇2001
年9
月18
日にタレン トの カルーセ ル 麻紀が麻 薬取 締 法 違 反で 逮捕さ れ た こ とがあっ た。 その とき、 東 京 拘 置 所はカルーセ ル麻紀を男 性 と して 処 遇 した。’ ド成
15
年4
月に、 ある手 術 済のMTF
が横 領事件お よび詐 欺 事 件で 警視庁四谷 警察署の 留置 場 に約2
ヶ 月間 留 置 された。 まず、最初の身
体検査を男性 警察 官が 行っ た 。 ま た、留置 期間 中の2
日間、 男性の 留置 人たちと同じ留置 室に収容 され た 。そ こで、 こ の 当事者が東 京 都 知 事 を相 手 に、国家賠償法に基づ い て損害 賠 償 請求を し た。東京地裁平 成18
年3
月29
日判 決 (判 例 時報1935
号84
頁 ) は、 これ らの警 察 側の 措置は違 法であっ たと して 、30
万 円の 損害賠償を認めた。睾 丸 摘 出 手 術 を受 け た
MTF
が有 罪 判 決 を 受 け た。そ こで、 こ のMTF
が 刑 事 施 設 法37
条1
項の 規 定に基づ い て 実施 される調髪 処分の差止め を求 めた が 、そ の 請求は棄却さ れ た (名占屋 地 裁 平成18
年8
月10
日判決 判例 タイム ズ1240
号203
頁 )。性 同一性 障 害と法的 諸問 題 大 島 〈参考 文 献〉 大島俊 之 『性同一性障害と法』 (日本評論社、