活動 の概 念 と記憶 の問題
―
随意 的記憶 と不 随意的記憶 のパ ラ ドックスーーー
教育心理学教室高
取
憲
一
郎
Takatori Kenichiro
l― l これ まで我が国の心理学界 において,人
間の記憶 については数多 くの研究が行われて きた し,現
在 も相変 らず相当数の研究が進行中である。 それ らの諸研究 において共通 に見受 けられ る記憶理論 ともいうべ きもの,す
なわち記憶 をいかに とらえるか,あ
るいはいかなる視点 よ り言己憶 を見 るか と いう問題 については,根
底的な疑間 をかねてより筆者 はいだ き続 けて きた。その疑間 を明 らかにし, 批半Jを加 える前 に,そ
れ らの記憶理論 を一瞥 してお こう。 た とえば,園
原太郎他編 の心理学辞典 (ミ ネルヴァ書店,1971年
)の
晴己憶」の項 目には,「経験 を記銘 し,あ
る時間保持 し,再
現 す ること。保持時間の長 さによ り短期記憶(STM)と
長期記憶(LTM)と
に分 ける。再現 には再生(想起),再
認,再
構成 な どの形式がある。」(p.66)と されてい る。 なるほど記憶 とは上述の ような ものにはちがいないが,そ
こに欠 けているの は,単
なる記憶の 機能 その ものだけを問題 とす るのではな くて,実
在的主体 としての人間の記憶 を問題 とするという 態度である。人間の活動全体の中に記憶が どのように位置づけられるかという,い
わ 'ゞ 人間的記憶 そのものをとりあげない限 り,心
理学 としての記憶理論 とはな りえない。その点で,従
来の記憶理 論を前進 させた定式化 として評価できるのは梅本発夫 〔1〕 のものである *。 彼は記憶行動 という現象 を,内
的なもの と外的なものに分 け,そ
れぞれを記銘,保
持,再
現,感
情反応の局面 ごとに叙述 し ており,と
くに従来の研究では内的記憶行動のみか問題にしなかったことを考えれば,指
に糸をく くりつけるとか,メ
モをとる,カ
ー ドをつ くる,記
念品をつ くるなどの外的記憶行動の重要性 を指 摘 した点は,重
要な前進である。だが,こ
の包括的・体系的に見える記憶行動の定式化 も,ま
だ分 類 しただけであ り,不
十分なもの と言われざるをえない。そこには実在的主体 としての人間と記憶 ※梅本莞夫の記憶の定式化 記 銘 保持 寝 る 安静 にす る 再現 再生す る 再認 す る 再構成す る 感情反応 楽 しむ 悩 む なつ か しがる 見 る 読 む 聞 く 検 索す る 探 す 再建す る 保管す るの関係の認識が
,す
なわ ち,人
間の活動の過程 においていかに して記憶 が発生す るか という発生的 認識が欠けている。換言すれば,主
体 と客体の弁証法的関係のなかで記憶 を位置づけるとい う視点 が欠 けている。 以上の議論に関係 して,こ
こで吟味 してお きたいのは,ル
ビンシュテイン 〔2〕 の論文「′い理学の 哲学的基礎 について。 カール・ マルクスの初期の手稿 と心理学の諸問題Jで
ある。 この論文の中で,1844年
のマル クスの「経哲手稿Jが
′い理学 に とって決定的な意義 を もつ もの とされ,次
の三 点が重要なポイン トとして指摘 されている。第一 に,人
間 とその心理の形成 における人間の実践的 (および理論的)活
動,労
働 の役割 を認 めること。第二に,人
間の活動 によって生成 され る対象的 世界 は,人
間的感情,人
間的心理,人
間的意識 のあらゆる発達 を制約す ること。第二 に,人
間の心 理,人
間の感覚 は歴史の産物であること。 さらに以上 に加 えて, 1844年
の手稿の中でマル クス は,ヘ
ーゲルが実在的主体 としての人間の位置 に,思
考の抽象作用,意
識 または自己意識 を置 きか えるという誤 りを犯 した ことを見て とった とル ビンシュテインはす旨摘 している。 さて,こ
こで関連があるのは,
とりわけ第一の人間心理の形成 における実践的 (理論的)活
動, 労働の役割の承認 と,思
考の抽象作用,意
識 または自己意識 を実在的主体 としての人間の位置 に置 きかえるというヘーゲル的誤 りである。従来の記憶理論の決定的誤 りは,実
践的 (理論的)活
動の 役割の無視 と,そ
の結果 として,人
間の占めるべ き位置への記憶 とい う心理過程 の置 きかえ,さ
ら に言えば,主
体 と客体 の弁証法 (これ こそが労働 であ り実践的活動である)の
代 りに,心
理的過程 と客体 との対置,こ
こにこそあったのである。 では実践的活動,労
働 とは何か。活動―労働 の概念 を明 らかにす るためには,
まずマル クス 〔3〕 の「資本論」の労働過程の検討か ら始めねばな らない。 「労働 は,ま
ず第一 に人間 と自然 とのあいだの一過程である。 この過程 で人間 は自分 と自然 との 物質代謝 を自分 自身の行動 によって媒介 し,規
制 し,制
御す るのである。人間 は,自
然素材 にたい して彼 自身一つの自然力 として相対 する。彼 は自然素材 を,彼
自身の生活のために使用 され うる形 態で獲得するために,彼
の肉体 にそなわる自然力,腕
や脚,頭
や手 を動かす。人間は,こ
の運動 に よって自分の外 の自然 に働 きかけてそれ を変化 させ,そ
うすることによって同時 に自分 自身の自然 〔天性〕 を変化 させ る。彼 は,彼
自身の自然の うちに眠っている潜勢力 を発現 させ,そ
の諸力の営 みを彼 自身の統御 に従わせ る。」(p.234)
とりあえず ここでは,以
上のマル クスの労働過程論のなかで,人
間 は労働 によって外界 に働 きか け変化 させると同時 に自分 自身の自然 を変化 させ るという部分 に着 目したい。人間の本質が受身的 受容 にではな くて,能
動的働 きかけにあるとすれば,日
常生活 において もたえず人間 と外界 との間 のこの作用・ 反作用 は生 じているはずである。 そして,人
間の記憶 もまた,こ
の ような日常生活で 生ずるものである以上,こ
の作用・ 反作用,す
なわち活動一労働 の過程のなかで生ず ると考 えられる。スミルノフとズィンチェンコ 〔
4〕が言うように
,「対象への働 きかけが
,対
象の心像を形成 し
,対象の不随意的記憶を保証するための最も一般的かつ必要不可欠な条件である。不随意的記憶は直
接的なインプ リン ト,あ
るいは感覚器官への対象の一方向的な働 きかけの産物 で はない。J(p.45
5)こ
こでス ミルノフたちの言 う不随意的記憶 を,こ
れ まで我々が述べて きた記憶 と読み替 えてみ れば(実はこの読み替 えこそが正 しいのであるが,そ
の理由は後 ほど判明す るはずである),彼
らも また記憶 をマル クスの労働 の概念 との関連で考察 していることが うかがわれ よう。 さらに彼 らの指 摘で重要なのは,「対象への働 きかけが,対
象の心像 を形成」するとい う部分である。 これ はおそ ら く,マ
ルクスの上記引用部分の直後の「労働過程の終わ りには,そ
の始 めにすでに労働者の心像 の鳥取大学教育 学部 教育科 学 第20巻 第2号 なかには存在 していた,つま り観念的にはすでに存在 していた結果が出て くるのである。労働者は, 自然的な ものの形態変化 をひき起 すだけではない。彼 は
,自
然的な ものの うちに,同
時 に彼の 目的 を実現するのである。」(p.234)と
いう箇所 を意識 しての見解 と思われるけれ ども,人
間 と外界 と の相互作用 (労働)の
過程で心像が産出 され,さ
らにその心像が不随意的記憶の成立す る前提 とな るという指摘 は画期 的な重要性 をもっている。 さて,後
述の不随意的記憶 と随意的記憶の問題 にもかかわ るので,労
働過程 の うちの作用の側面 について,も
う少 し掘 り下げてお こう。一般的に考 えれ ば,人
間が対象に働 きか ける とは,た
とえ ば大地 を耕す とか,木
材 を加工 して家具 をつ くるとかのように,自
然的対象 に対 する力日工,あ
るい は変形,す
なわち形態変化の ことである。 しか し,そ
のような対象に対する働 きか け(実践的活動) は,必
ず精神的働 きかけを伴 い,あ
るいは前提す るものであるが,そ
のような精神的側面 における 働 きかけとは―一体 どのようなものであろうか。 この問いに対 する答 えを与 えるまえに,そ
の準備作業 として,マ
ルクスの「資本論」の労働過程 を学 びそれを自己の心理学体系のなかに とり入れているとされるピアジェ 〔5〕 の著作 か ら,関
連部 分 をとり出 してみよう。彼 は「発生的認識論」のなかで,「わた くしは人間の知識 とい うもの を本質 的には活動的な もの と考 えています。………(中略)。 知 るとい うことは,い
かに してある種の状態 が,そ
こにもた らされたかを理解するために,現
実 を変形す ることであ ります。 この視点 を とるこ とによって,わ
た くしは,知
識 とは写 しであるとい う,す
なわち現実の一種 の受動的な写 し(cOpy) であるという学説 とは対立す ることにな ります。」(p.19-20)と
述べている。以上 の引用部分 か らわか るように,ピ
アジェは知識 とは現実の写 しではな くて活動的な ものであること,
また,知
る とい うことは現実 を変形す るとい うことであることを主張 している。すなわち,知
る とい うことは, 人間 と外界 との作用・ 反作用 (つまり活動)の
過程で生 まれ,実
践的活動が外界 に対 して働 きかけ 加工 し変形 させ るように,知
的活動 も「現実 を変形すること」であると考 えている。 ここで ピアジェ は,い
わゆる実践的唯物論の立場へ大 き く共鳴 していると思われる。 さて,で
は知的活動 (精神的働 きかけ)を
現実の変形 とみなすな らば,そ
の変形 は瀬戸明 〔6)が
主張す るように,言
語 を手段 として,外
的世界 に対 して 〈意味〉一 〈概念〉の きざみ こみ として行 なわれ,そ
こか ら法則,理
論な どが再生産 され ることである と,と
りあえずみな してお こう。瀬戸 明の主張では,「意味のきざみ こみ」としての知的活動 という視点が,記
憶理論 との関連 で重要 にな る。 記憶の問題 を考察するに際 して,必
要 と思われる活動の概念の検討 は以上 に とどめておいて,次
にソビエ ト心理学 における記憶理論のうち,活
動の概念 ととりわけ関連深い と思われ る随意的記憶 と不随意的記憶の問題 に立 ち入 ろう。0
随意的記憶 とは意図的に記憶す ること,す
なわち初 めか ら何かの対象 を記憶 しようと思 って記憶す ることである。 これ に対 して不随意的記憶 とは,再
びス ミルノフとズィンチェンコを引用すれば, 対象への働 きかけの結果 として生ずる記憶 であ り,そ
こには記憶 しようとい う意 図は存在 しない。 しか し,以
上の定義のみ しか下 さないな らば,い
わ ゆる偶発学習あるいは偶発記憶 との区別が明瞭 ではないので,
もう少 し掘 り下 げる必要がある。 ちなみに,相
当過去の文献展望 ではあるが,森
川 弥寿雄 〔7〕 によれば,偶
発学習 とは「一定の材料 を学習 させ ようとする教示 を与 えない ことによって作 り出 された学習の動機 の きわめて弱 い条件 の下で明 白に生 じた学習」
,又
は「学習 に対す る実験 の操作的教示がな く,又
学習に対する意図の内省 的報告な しに起 る学習」(p.14)と
操作的に定義 され る と見 なされている。 そこで,ス
ミルノフとズ ィンチェンコに従 えば,不
随意的記憶 には二種 類あ り,第
一のそれは目標志向的活動の産物,す
なわち人間の活動が まさに向けられている ところ の対象,さ
らに言 えば人間の活動が向けられてい る対象の中の一定の側面 と人間 との相互作用の結 果 として生 まれる記憶である。 これ こそが,こ
こで不随意的記憶 と呼んでいるものである。第二 の それ は,第
一の場合の 目標志向的活動の対象の一側面 (目標刺激)を図刺激 と考 えるな らば,当
然, 活動の 目標 とはな らない対象の他の側面 (地刺激)が
存在するが*,こ
の地刺激 によって生起 させ ら れる偶然的定位の産物 としての記憶である。 これがいわゆる偶発学習であ り,偶
発記憶 である と彼 らは考 えている。 しか し,い
わゆる偶発学習の研究 において も,被
験者の学習的構 えを除 くために,何
らかの もっ ともらしい方向づけ作業 というものが工夫 されているのであ り,そ
こではス ミルノフたちの言 うと ころの二種類の区分が意識的になされない まま,偶
発学習 という概念で まとめて とりあげられてい たのである。だが,
この無 区分 は,い
わゆる偶発学習の研究 においては人間 と対象 との相互作用 を 媒介す るもの としての活動の概念 などは無縁であったわ けであるか ら,無
区分の まま研究 されて き たの もいわば当然であった。だが,理
論的にははるかに優越 した記憶理論 に基づいて研究 をすすめ ているソビエ トの心理学者 たちにも,実
験条件 の十分 なる統制 とい う点 において若干の不備が認 め られる。た とえば,ご
く最近のス ミルノフとシュ リチヨバ 〔8)の実験 において,15対
の形容詞対(合 計30語
)を
呈示 し,随
意的記憶条件では記憶す るように という教示 により記憶 させ,不
随意的記 憶条件では15対
の形容詞 を各対 ごとに同意語 の関係 にあるか,あ
るいは反意語か中立語かの三件 法で判断 させ, 15対
の判断終了後 に形容詞の再生 を要求 した。 その結果 は, 5年
生・8年
生 。大 学生の三年齢段階 において不随意的記憶の再生が随意的記憶の再生 に優 った。彼 らは,同
意語・ 反 意語 。中立語のような意味上の判断 を下 さねばな らぬ ような能動的思考活動の産物 としての不随意 的記憶 は随意的記憶 に優 ると結論 した。 しか しこの実験の問題点 は,SaltZman〔9〕 の時代的 には相 当過去の指摘 を待つ まで もな く,上 の二群 は実 は異 なることをしているのではないか とい うことだ。 一方 は記憶作業,一方 は判断分類作業をしてい るのであるか ら再生数 を比較す るに も士ヒ較で きない。 そこで,同
一の内容の作業 を行なわせなが ら,か
つ記憶意図の有無 という条件 を設定 して記憶 の再 生 を比較す る必要がある。以上の ことをぶ まえて次の実験 を行 なった。 実験 の方法 実験計画 は 2× 3の要因計画が用いられ,第
一の要因はカー ドの種類 (絵カー ドと文字 カー ド), 第二の要因は記憶の種類 (二種類の随意的記憶 と一種類の不随意的記憶)で
ある。 被験者 は60名
の鳥取大学教育学部の男女学生であ り, 1条
件 に10名
ずつ割 り当て られた。 記憶材料 の内容 は生物 の名前15項
目,日
用品の名前15項
目で,各
々の15項
目はさらに5項
目ずつの下位 グループにまとめ られるように構成 され る。従 って下位 グループは3グ
ループずつの 計6グ
ループで きる。具体 的に記す と,生
物 (〈ほ乳類〉:ラ クダ,ウ
サギ,イ
ヌ,ウ
マ,ゾ
ウ,〈昆 虫〉:テン トウムシ,カ
マキ リ,
トンボ,カ
ブ トム シ,セ
ミ,〈鳥類〉:タカ,ツ
バ メ,ハ
クチ ョウ, ※た とえば彼 らの実験 のなかか ら具体例 をあげれば, 1枚のカー ドの中央 には絵が,右肩部分 には数字 が書 いて あ るような15枚
のカー ドを使用 して,被験者 に絵 の分類 を させ るときには絵 が図刺激,数字が地刺激 とな り,逆に15枚のカー ドを数字の上昇系列順 に並べ させ る ときには数字 が図刺激,絵が地刺激 にな る。鳥取大学教育 学部 教育科 学 第20巻 第2号 ニワ トリ
,フ
クロウ),日
用品(〈食器〉:スプー ン,チ
ャワン,フ
ォーク,サ
ラ,ワ
リバ シ,(電
気製 品〉 レイゾウコ,テ
レビ,セ
ンプウキ,デ
ンキスタン ド,ア
イロン,〈文房具〉エ ンピツ,ノ
ー ト, ジ ョウギ,
エ ンピツケズ リ,
フデバ コ)で
ある。 以上の項 目を縦 13.6 cm× 横 9.8 cmの 白ボー ル紙 を中央横線 (黒色)で
上下の二つの部分 に仕切 ったカー ドに記す。1枚
のカー ドには上 (また は下)に
生物が記入 されれ ば下 (または上)に
は日用品が記入 され るというように,必
ず生物 と日 用品が一つずつ対 に して記入 され る。 どち らが上下 に くるかはランダムに決め られ る。絵 カー ドの 場合 はすべての項 目を絵 (黒色の線画)で表示 し,文
字 カー ドの場合 はすべての項 目をカタカナ(黒 字)で
表示する。 カー ドの枚数 は絵 カー ド15枚
,文
字 カー ド15枚
である。 手続 きは,ま
ず実験者 と被験者 は実験室のテーブルに坐 り,見
本用カー ド(上にネコ,下
に トケ イが記 されている)を
見せなが ら実験 に使 うカー ドの説明が され る。不随意的記憶群 (以下InvOl_untary Memoryの
略 でIVMと
記す)で
は, 15枚
のカー ドに記 してある生物 (また 日用品)を
三グループに分類 し
,各
グループ ごとにテーブルの上 に置 いてあ る三 つの箱 の中 に順 次 カー ドを入 れてい くように と教 示 し,随
意的記憶群(I)(以
下V01untary MemOryの
略でVM(I)と
記す)で
は
, 15枚
のカー ドに記 してある生物 (または日用品)だ
けを記憶 しなさい と教示 してカー ドは順 次テーブル上 の一 つの箱の中に入れ させ る。随意的記憶群(■)(VM(■
))では,IVM群
と同 じこと をさせ るのだが,三
グループに分類 しなが ら同時 に記憶す るように と教示する。15枚
のカー ドは 実験開始前に全部 を被験者 に もたせ, 1枚
のカー ドにつ き3秒
間だけ見 させて次の2秒
間でカー ド をめ くり箱の中に入れ させ る。 これ は実験者がス トップウォッチを見 なが ら合図 をすることによ り 行なった。 したが って1枚
目のカー ドを見始めてか ら15枚
目のカー ドを箱 に入れ終 るまでに75
秒要する。15枚
すべてのカー ドを箱の中に入れ終 った後 に,分
類 あるいは記憶 した項 目の再生 を60秒
の間に行なわせ,
その後で,分
類 あるいは記憶 しなか った項 目 (た とえば 日用品 を分類 ある いは記憶 した被験者の場合 は生物が これに相当する)の
再生 を60秒
の間に行 なわせ る。再生 は被 験者が筆記で行なった。 なお,各条件10名
の被験者の うち5名に生物 を,残
りの5名に日用品 を分類 あるいは記憶 させ, 結果の分析 は両方 を合わせて こみに して行なった。 実験の結果1.随
意的記憶 と不随意的記憶の再生数 分類 あるいは記憶 した項 目の平均再生数 と標準偏差 は表 1に 示 してあ り, 2X3の
分散分析の結 果 はあらゆる主効果お よび交互作用が見出されなかった。 表1.条
件 別 の平均再 生数 と標 準偏 差IVM VM(I) VM(II)
文字
9.4(1.20)10.3(2.15)9.8(1.40)
絵10.2(1.60)10.3(1.49)10.6(1.50)
( )内
は標準偏差2.偶
発 記憶 の再 生数 偶 発記憶,す
なわ ち分類 あ るい は記憶 しなか ったほ うの項 目の平均再生数 と標 準偏差 は表2に示 して あ り, 2×
3の分 散分 析 の結果 はあ らゆ る主効 果 と交 互 作 用 は見 出せ なか っあ。表
2.条
件 別 の偶発記憶 の平均再生数 と標準偏差IVM VM(I) VM(II)
文字
1,8(1.25)1.9(0.54)1.7(0.90)
絵2.2(1.08)1.3(1.19)2.5(1.43)
( )内
は標準偏差3.体
制化の指標 随意的記憶お よび不随意的記憶 の再生の際 に, 15項
目が5項
目ずつの3グ
ループか ら成 ってい るために,同
一のグループに属す る項 目は連続的に再生 され ることがある。 この群化,あ
るいは体 制化 を数量化するために,た
とえば被験者がセ ミ→ウマ→ゾウ→イヌ→ツバ メの順で再生 した とす ると,中央の3項
目はほ乳類 とい う同一のグループに属す るので3-1=2を
体制化の指標 とす る。 すなわち同一グループの項 目を%イ回連続再生 した場合,%-1を
体制化の指標 とす る。平均 と標準偏 差が表3に示 してあ り,2X3の
分散分析の結果 は記憶の種類 の要困のみに主効果が見 られた(F=
3.72,ガ
=2/54,p〈
o.05)。
さらに二群の間の平均の差 をテューキーの法 によ りt検定する と(この場合 は交互作用が有意でないので絵 と文字 を一緒 にして行 なった),VM(II)と
IVMの
間 に5%水
準で有意差が見出 された。 表3.条
件 別 の体 制 化 の指標 の平 均 と標 準偏 差IvM VM(I) VM(II)
文字 絵 33(1.79) 3.6(2.11)
4,6(156)5.0(2.14)
4.1(1.58)5.6(2.76)( )内
は標準偏差4.内
観 報告 の分析 実験終 了後,三
つの下位 グルー プの存在 に気 がついたかいなか を質問 した。 その結果 は表4で
あ る。 表4.三
カテゴ リーに気づいた被験者の割合 文 字 絵IVM VM(I)vM(II)IVM vM(1)VM(II)
気づいた被験者数 気づかなかった被験者数 考察 我 々 の当初 の 目的で あ る活動 と記憶 の問題 は,以上 の結果 か ら明 らか な ように
,IVMと
VM(I),
VM(II)の
間 に差 が な い とい う事 実 によ り立証 された。 す なわ ち,記
憶 意 図が な くとも,対
象 へ の ︲0 0 ・0 0鳥取大学教育 学部 教育 科 学 第20巻 第2号 働 きかけの過程で
,と
りわけ本実験の場合 は語の分類 という対象への意味=概
念の きざみ こみ とい う働 きかけの過程で,記
憶が派生 し固定 された。もしもIVMと
VM(I)の
みの比較であれ ば,両
者 は 異 なる内容の作業 を行なっているのであ り,再
生数 を比較 して も意味 はない とい う批判 も当てはま るが,IVMと VM(H)は
作業内容 は共通であ り記憶意図の有無のみが異 なる。しか も再生数 には差が なかった。 これ はSaltzman〔9〕 の結果 とも一致 している。 またVM(I)と VM(■
)の間 に差 がない と いう結果 は,Neimark&Saltzman〔
lo〕 の結果 と一致 している。 ところで,体制化の指標 を検討すれば,IVMと
VM(■
)の間に有意差が見 られただ けで他 には見 ら れなかった。VM(H)が
IVMよ
りも体制化が多い とい うことは,同 じ分類作業 を行 なって も,記
憶意 図のある場合のほうが よ り多 く体制化の働 きを記憶 に利用す るということであろう。分類作業 を課 されたIVMと
VM(H)に
も現われた と い うことは,VM(I)で
も実は記憶す る際 に項 目の分類 を行な つていたのではないのか,すなわち意 味=概
念の対象への きざみこみを行 なっていたのではないの か という推測 を成 り立たせ る。それは,実
験 中に三 カテゴ リーに気がついた被験者の割合が,IVM
群 とVM(Ⅱ
)群で100%は
当然 として も,VM(I)群
で も75%(=15/20)存
在 した という ことか らも明 らかである。 しか し,三
群 ともほぼ同 じような体制化の指標 を示 した という事実 は, 記憶 にとって体制化が非常 に重要な役割 を果 していることの現われで もあるが,本
実験の ように体 制化 を助長するような分類 という作業 を不随意的記I隠の条件 として選 んだ ことは適切 ではなかった とも言えそうである。 この点 は今後 の検 討課題 である。 ともあれ,本
実験 によれば,記
憶意図がな くとも記憶 は成立 し,し
か も再生数 において も意図的 記憶 と差違はない という結果が得 られた。 この随意的記憶 と不随意的記憶 のパ ラ ドックス こそ,ル
リヤ 〔11〕 が未完の遺稿で指摘 した ように,短
期記憶 と長期記憶のパ ラ ドックス と並んで,記
憶 にお けるパ ラ ドックスの一 つである。 さらに,再
生数および体制化の指標のすべてにおいて,絵
カー ドと文字 カー ドの間に差違が見出 せなかったが,これはPai O説と異 なる。その原因は,本実験 の呈示時間が1項目につ き3秒
であ り やや長 いことにあるか もわか らないが,よ
くわか らない。 ロ 我々 はl―lおよびl_lにお いて,活
動 の一 つの側 面 の み を と りあげて論 じて きた。 それ は,人
間 と対 象 との関係,す
なわ ち人間が対 象 に対 して働 きか け同時 に 自分 自身 を も変化 させ る とい う,い
わ ば 主体 と客体 の弁証 法的関係 であ った。 ところが,活
動 の概念 には もう一 つの重要 な側面 が含 まれて いる。 それは,人
間 と人間 との関係 である。マルクス 〔12〕 は「賃労働 と資本Jの
中で,次
のように 述べている。 「生産の さい,人
間 は,自
然 にはた らきかけるばか りでな く,ま
たたがいにはた らきか けあう。 彼 らは,一
定の仕方で共同 して活動 し,そ
の活動 をたがいに交換するとい うことによってのみ,生
産するのである。生産す るために,彼
らはたがいに一定の連絡や関係 をむすぶが,
これ らの社会的 連絡や関係の内部でのみ,自
然 にたいす る彼 らのはた らきかけがお こなわれ,生
産がお こなわれ る のである。J(p.44)
以上の引用部分か ら明 らかなように,人間同士の働 きかけを前提 し,それに媒介 され ることによっ て自然 に対 して働 きかけるとい う二重構造 を,実
は活動の概念 はもっている。それ は,芝
田進午 〔13〕 の主張す る労働 の技術的過程 と組織的過程の統一 という概念 と同義である。 さて,この活動の二側面 については,ソ ビエ ト心理学の代表者であるレオ ンチエフ 〔14〕 はさすがに鋭 く指摘 している。 「個人の人間的対象の世界 にたいする諸関係 は人 び とにたいする彼の諸関係によって媒介 される ということ
,つ
ま り対象的世界 にたいする諸関係 はコ ミュニケーションの過程 に含 まれ るというこ とである。 この条件 はつねに存在する。対象的世界に一対―で相対 している個人や,子
どもについ て考 える,な
どということはまった く人為的な抽象である。」(p.54)
「人間 は,彼
をとりまく対象的世界 に対 し,決
してひ とりで相対するわけではない。人間 と世界 との結びつ きは,彼
と他の人々 との関係 によって媒介 され る。そしてその ことが他の人々 との言語 によるコ ミュニケー ションを必然的なものにするのである。」〔15)(plo5)
前述のル ビンシュテインの引用部分で も明 らかであったが,ソ
ビエ ト心理学の最 も重要な貢献は 心理学の中に活動の概念 をとり入れ,そ
れによって社会的=歴
史的な現実の人間 を研究す る基礎 を 開いた ことであるが,従
来の ソビエ ト心理学 においては,活
動の一方の側面,つ
ま り主体 と客体の 弁証法のみが注 目されて,そ
れ と心理過程の関係の研究 は多数行なわれて きた。 しか し活動の もう 一つの側面,す
なわ ち人間 と人間の関係=コ
ミュニケー ションと心理過程の関係の研究 は,ほ
とん ど行 なわれて こなかったようである。 それはロモフ(16〕 が,「〔従来〕活動 とい う考 え方 は (具体的 な心理学的研究で解明 され,そ
の考 え方にかかわ る装置が発展 されて きたが,そ
ういう形 では,あ
らゆる場合 に)人
間の社会的存在の一面,す
なわ ち 《主体一客体》の関係,
しか とらえていない。」(p24)と
指摘するとお りである。最近,ソ
ビエ トでは,ロ
モフなどが中心 になって活動のコ ミュ ニケーシ ョンの側面 と心理過程 (と くに知覚,表
象,記
憶)と
に関わる具体 的研究が着手 されてい るようである。今後の大 きな前進が期待 される重要な研究分野であろう。 さて,以
上のように二過程の統一 として とらえられ る活動 は,あ
らゆる心理現象の基礎 であ り, あらゆる心理現象 を説明す る土台的基礎概念である。この場合,従
来か ら主張 されている ところの, あらゆる心理現象は生理的過程 に基礎 を置 くという命題 に代 えて,あ
らゆる心理現象は活動 に基礎 を置 く,
と主張 して も見当はずれではないであろう。た しかに,あ
らゆる心理現象は生理 的過程 に 基礎 を置 いてはいるが,そ
の考 えを突 き進 めていけば,心
理学 は生理学へ と還元 され,や
がては心 理学 その ものは消滅せ ざるをえない し,社
会的=歴
史的人間の心理過程 と心理的構造 を解明す る学 問 としての心理学 は成立 しえないか らである。 マルクス とェ ンゲルス 〔17〕 が,「諸観念,諸
表象の生産,意
識の生産 はさしあた りは じかに人間 たちの物質的活動 と物質的交通――現実的生活のことば―― のうちへ編みこまれている。」(p51)
と述べ るの も以上の事情 を見通 しての ことであるし,さ
らにポ リツェル 〔18〕 が,「プ心理学者 らは, 心理学の補助科学 を問題 にする場合,
とりわ け医学 に着 目している。 しか し心理学の基本的な方向 性およびその組成か らみれば,ま
さに経済学の意義 こそ真 に根本的なものである。Jと
述べ るとき, 事態 は一層明瞭 になる。 活動の概念 に基ずかない心理学 は,人
間の本質 を理解す るには不十分であるし,や
がてはその よ うな心理学 は新 しい科学的心理学 によって とって代わ られるであろう。マルクス 〔19〕 も,科学的心 理学のあるべ き姿 と労働 の関係 について,次
の ように述べている。 「産業の歴史 と,そ
れの既成の客観的なあ り方は人間的本質諸力の書が開披 された ものであ り, 感性的なかたちで眼前 に存在する人間心理学であることがわかる。………・・Wい理学であ りなが ら, それ にとって この書,つ
まり感性的にい ともあざやかに現前 していて もっとも近づ きやすい歴史の 部分 こそが まさに閉 じられているような ものは,現
実的な,内
容豊かな,そ
して リアールな学問 に なることはで きない。人間的労働の この大 きな部分 をお高 くとまって度外視 し,そ
して己れ 自身の鳥取大学教育学部 教育科学 第20巻 第2号 うち に己 れ の不 十 分 さを感 じな い よ うな学 問 の こ とを
,…
…… …'そ
もそ も何 と考 えた らよいの か?」 芝 田進午 〔20〕 も指摘するように,ソ
ビエ ト心理学 において も,以
上のマルクスの「経哲手稿」中 の一断片については知 られてはいたがその真意が十分 につか まれていなか った ことは確かである。 しか し,マ
ル クスの この箇所 を,生
産的労働 という労働現場 の実践 と結びついた労働心理学 こそが 心理学の中心的支柱であるとす る芝 田氏の見解 には同意 しがたい。む しろ,筆
者がいままで述べて きたように,心
理現象の生成 と発達の基礎 としての労働=活
動の重要性 をマル クスは指摘 している というとらえ方 こそが,ソ
ビエ ト心理学の最近の発展 と照 らし合せてみて も妥当ではなか ろうか。 いず れにして も,活
動の概念 を土台にすえた心理学研究 とい うものがほ とんど存在 しない といつて も過 言でない後進的なわが国の心理学界 を顧 みるとき, 1960年
代の初頭 にすでにこの点 を鋭 く 提起 した芝田氏の水準に敬打艮す るとともに,そ
れが,心理学者 によってではな くて哲学者 によってな され た というところに,日
本の心理学界の二重の意味での後進性 を,あ
らためて見 ざるをえない。 科学 的心理学の建設のためには活動の概念の研究が是非 とも必要である。 献 文 〔0 〔ゼ〕 〔3〕 〔4〕 〔5〕 〔6〕 〔7〕 〔8〕 梅本莞夫(編)1969
講座心理学7
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再認 と再生 を指標 とす る不随意的記憶 と随意的記憶 の関 (下)青
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〔H〕 ルリヤ