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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成―オデッサ、トランスカルパチア、ドネツク、ドニプロペトロフシク州―

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Academic year: 2021

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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成一オデ ッサ、 トラ ンスカルパチア、 ドネツク、 ドニ プロペ トロフシク州一

Modern Patrimony and the Formation of Official Party Systems in Ukraine: Odesa,Zakarpattia,Donetsk,Dnipropetrovsk

ウ ク ラ イ ナ に お け る現 代 家 産 制 と公 式 政 党 の 形 成

一オデ ッサ、 トランス カルパ チア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一

北海 道 大 学

ス ラ ブ研究 セ ンター 教 授

1.は じめ に 本 稿 は 、 ウク ライ ナ の リー ジ ョ ン政 治 を 、 家 産 制 的 な リー ジ ョン ・ボ ス 支 配 体 制 の 形 成 と、 エ リ ー ト ・ク ラ ンの 公 式 政 党 へ の転 化 とい う二 つ の ト レ ン ドを軸 と して 分 析 す る。 この 二 つ は相 互 に 矛 盾 す る か の よ うで あ る。 な ぜ な ら 、 一 般 に ボ ス 支 配 の 下 で は 与 党 派 は 非 公 式 な 資 源 に 頼 っ て 選 挙 を 組 織 し よ う とす る の で 、 公 式 政 党 の 発 達 は 妨 げ ら れ る は ず だ か らで あ る。 日本 で も地 方 議 員 の 多 く は 保 守 系 無 所 属 だ が 、選 挙 時 の 公 職 職 権 乱 用 が 著 しい 旧 ソ連 圏 で は 、 この 傾 向 は も っ と著 しい 。 と こ ろ が 、 ウ ク ラ イ ナ 政 治 に お い て は 旧 ソ連 諸 国 の 中 で は 例 外 的 に公 式 政 党 が 一 定 の役 割 を 果 た して い る。 この 矛 盾 を解 く鍵 は 、 私 の 別 稿1で 与 え られ て い るが 、 本 序 文 の後 半 で も、 これ に 立 ち 返 りた い 。 本 稿 で 扱 わ れ る の は 、 オ デ ッサ 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 、 ドネ ツ ク 、 ドニ プ ロペ ト ロ フ シ ク4州 で あ る 。 こ の4州 が 選 ばれ た の は 、 そ れ が い ず れ も ク チ マ 大 統 領 の 巧 妙 な リー ジ ョ ン 政 策 に よ り 、 1999年 大 統 領 選 挙 に お け る ク チ マ の 票 田 と化 した 州 だ か ら で あ る。 ま ず 、 東 部 ・南 部 に 属 す る3州 は 、 伝 統 的 に左 派 系 候 補 を支 持 して き た州 で あ り、 これ が ク チ マ 支 持 に転 じた の は 、(ウ ク ライ ナ の 経 済 状 況 が これ ら の 「改 心 」 を 促 した とは 到 底 考 え られ な い 以 上)何 よ り も 上 か ら の 政 治 的 な 働 き か け が 功 を 奏 した と 考 え な け れ ば な ら な い 。 対 照 的 に トラ ン ス カ ル パ チ ア が ク チ マ を 支 持 した こ と 自体 は い わ ば 当 然 と して も 、決 選 投 票 で84%と い う驚 くべ き 得 票 率(こ れ は 、 ガ リツ イ ヤ3州 に 次 ぐ ウ ク ラ イ ナ 第4位 の 実 績 で あ る)は 、 い か に も 不 自然 で あ る。1997年 か ら98年 に か け て 同 州 が 政 治 危 機 を 経 験 した こ と を 想 起 す れ ば 、な お さ らそ うで あ る 。 本 報 告 の 実 証 面 で の べ 一 ス に な っ て い る の は 、 イ ン タ ー ネ ッ ト ・サ イ ト 「ウ ク ラ イ ナ の リー ジ ョ ン ・エ リー ト」 の 作 成 過 程2で 得 られ た 、 ウ ク ラ イ ナ の27リ ー ジ ョン 政 治 に つ い て の 網 羅 的 な情 報 で あ る。 こ ん に ち 、 多 く の 脱 共 産 主 義 国 に 成 立 して い る の が 、 「縁 故 資 本 主 義 」(crony capitalism、ジ ョー ジ ・ソ ロ ス に よ る)、 あ る い は 「家 族 ・役 人 独 占 体 」 とい っ た ジ ャ ー ナ リズ ム 用 語 で 呼 ば れ る 一 種 の 家 産 制 で あ る点 に つ い て は 、 多 く の 観 察 者 が 同 意 して い る3。 これ は す で に ジ ャー ナ リズ ム 用 語 で は な く、 学 術 的 に も採 用 され て い る 用 語 で あ る4。 家 産 制 な ど とい う近 世 に 固 有 の 概 念 を 、 そ れ な りに 高 度 な 産 業 社 会 で あ る脱 共 産 主 義 国 に 適 用 す る の は 非 歴 史 的 で あ る よ うに 感 じ られ る か も しれ な い が 、少 な く と も発 展 途 上 国 に つ い て は 、 ヨア ン ・ リン ス の 「ス ル タ ン政 治 体 制 」 とい う類 似 の 用 語 が あ る5。脱 共 産 主 義 過 程 の 特 殊 性 か ら、 途 上 国 よ りも社 会 経 済 的 に 発 達 した 国 で も 、 ま た ク ル グ ズ ス タ ン や ウ ク ラ イ ナ の よ うな 資 源 輸 出 国 で は な い 国(「 ス ル タ ン政 治 体 制 」 に は 本 来 不 向 き な .はず の 国)で も 、 一 種 の 家 産 制 は 成 立 し う る と考 え る べ き で あ る。 現 代 家 産 制 の 特 徴 は 、金 融 上 の 便 宜 、 資 源 獲 得 、 市 場 開 拓 、 国 際 金 融 機 関 と の 連 絡 、 犯 罪 組 織 か らの 保 護 な どの 経 済 活 動 の 環 境 設 定 が政 治 エ リー トに よ っ て ほ ぼ 独 占 され て い る点 、 逆 に 言 え ば 、 政 治 エ リー トの 経 済 外 的 な恩 顧 な し に は 市 民 が 経 済 活 動 を 営 め な い こ とで あ る 。 そ し て こ の 政 治 エ リー トは業 績 主 義 よ り も親 族 、 友 人 、 親 分 子 分 とい っ た ゲ マ イ ン シ ャ フ ト的 な 関係 を 秩 序 形 成 原 理 に し て い る 場 合 が 多 い 。 ま た 、 資 産 の 獲 得 と再 分 配 が 自 己 目的 化 す る た め 、 企 業 の コ ーポ レイ ト ・ガ ヴ ァ ナ ン ス が な い 割 に は 、 企 業 経 営 陣 の 交 代 と企 業 再 編 が 頻 発 す る こ と(「 永 続 民 営

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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成一 オデ ッサ、 トランスカルパチア、 ドネツク、 ドニプ ロペ トロフシク州一 化 革 命 」?)も こ の 体 制 の 特 徴 で あ る。 政 治 エ リー トが 経 済 を も支 配 す る と い う こ と は 、 選 挙 が 非 常 に 重 要 に な る とい うこ と で あ る。 こ こ に お け る 選 挙 は 、 政 策 選 択 の 機 会 を 選 挙 民 に 与 え る とい うよ り も 、 票 の 動 員 者 で あ る 中位 の ボ ス が 、 自 分 の 集 票 能 力 を 誇 示 す る こ とに よ っ て 反 対 者 を 圧 倒 し、 ま た 上 位 ボ ス との 取 引 を 有 利 に す る よ う な プ ラ ク テ ィス を 基 本 機 能 と して い る 。 利 権 が エ リー トの 政 治 的 競 争 の最 大 の 原 動 力 に な る の で 、 こ の 体 制 に は 、 反 体 制 野 党(各 国 の 共 産 党)に 対 して は 、 政 権 転 覆 の 危 険 性 が な い 限 りに お い て は 案 外 寛 容 だ が 、 エ リー ト内 の紛 争 が 非 常 に凄 惨 な 形 態 を 帯 び る と い う特 徴 が あ る 。 司 法 機 構 や 選 挙 管 理 委 員 会 が 支 配 党 派 に よ って 政 治 的 に 利 用 され 、 エ リー ト内 の 競 争 者 の 被 選 挙 権 が 奪 わ れ た り、 収 監 され た り、 事 実 上 、 国 外 追 放 され た りす る の が そ の 典 型 で あ る。 た だ し 、最 大 野 党 が 共 産 党 で あ る状 況 下 で は 、 大 統 領 選 挙 で は エ リー トは 大 同 団 結 す る の で 、 全 国 規 模 で の 政 権 交 代 は 困難 で あ る (つ ま り 、 司 法 ・選 管 の 政 治 化 と い っ た 「奥 の 手 」 も含 め 、 ゲ ー ム の ル ー ル そ の もの に つ い て の エ リー ト内 部 の 合 意 は 堅 い)。 ウ ク ラ イ ナ に お け る1994年 の 大 統 領 選 挙 や 、 ロ シ ア に お け る1996年 末 の 知 事 選 挙 の 案 外 民 主 的 な 展 開 や そ の 結 果 と し て の 政 権 交 代 は 、 た だ た ん に 、家 産 制 が 形 成 途 上 に あ っ た こ とに よ っ て 可 能 に な っ た に す ぎ な い と 考 え るべ き だ ろ う。 ロ シ ア 以 外 の 旧 ソ連 諸 国 に お い て は 、 上 述 の 通 り大 統 領 選 挙 で の エ リー トの 分 裂 ・競 合 が な い 上 に 、 地 方 首 長 は 任 命 制 下 に 置 かれ て い る の で 、 選 挙 民 に は 政 府 選 択 の 余 地 は 事 実 上 な い。つ ま り、 現 代 家 産 制 下 で は 、 家 産 制 一 般 に お い て そ うで あ る よ うに 、 権 力 は 自 己再 生 産 す る6。 現 代 家 産 制 が 権 力 の 内容 で あ る とす れ ば 、 そ の 形 態 は カ シ キ ス モ で あ る。 これ は 、地 方 ボ ス が 選 挙 を 秩 序 形 成 原 理 と して位 階 制 を 形 成 す る 体 制 で あ る 。 つ ま り、 下 位 ボ ス は 上 位 ボ ス の た め に 票 を 動 員 し、 上 位 ボ ス は 下 位 ボ ス の そ の貢 献 度 に 応 じ て 恩 顧 を 施 す の で あ る。 この ゲ ー ム の ル ー ル が確 立 され た こ とが 、 上 述 の 通 り、 多 元 主 義 の 点 で は

相 当に問題 が ある ロシアや ウク ライナ におい ては

不 自然 なまで に、選挙 が重 要 であ り続 けて いる理

由であ る。 ただ し、 中央 ア ジア諸 国にお い ては、

選 挙の意 義は減退 してい る と考 え られ るの で、そ

の体制 をカ シキスモ とは 呼ぶ こ とは難 しい。 現代

家 産制 と、 よ り典型 的な権 威 主義 とが結 合 した体

制 と考 えるべきだ ろ う。

ウ ク ラ イ ナ や タ タル ス タ ン の よ う な 体 制 、 す な わ ち 選 挙 が ナ シ ョナ ル ・レベ ル に 限 定 され て お り、 中 位 の 首 長 は任 命 制 下 に 置 か れ て い る よ うな 体 制 が カ シ キ ス モ と呼 べ る か ど うか とい う疑 問 は 当然 起 こ る だ ろ う。 詳 し く は別 稿7に 譲 る が 、 これ らの 国 にお い て は任 命 制 と言 っ て も 大 統 領 ・知 事 は 当 該 地 の ボ ス の 中 か ら首 長 を任 命 す る の で あ り、 し か も これ らボ ス は 、 ナ シ ョナ ル な レベ ル で の 選 挙 に お い て 上 位 指 導 者 に 貢 献 す る こ と を も っ て 自 ら の 統 治 能 力 を証 明 す る の で あ る8。 した が って 、 こ の よ うな 政 治 体 制 を カ シ キ ス モ の 特 殊 な 形 態 、 集 権 的 カ シ キ ス モ と呼 ぶ こ とが で き る 。 言 い 換 え れ ば 、集 権 的 カ シ キ ス モ は 、 表 面 的 に は 単 一 主 権 的 だ が 、 実 際 に は権 力 分 散 的 な 体 制 で あ り、 ま た 、 トップ ダ ウ ン型 の 任 命 制 の 外 皮 の 下 で 、 中 位 の 政 治 も実 は 選 挙 に よ っ て左 右 され る 体 制 で あ る。 ウク ライ ナ の諸 州 に成 立 して い る 現 代 家 産 制 は 、 旧 世 代 型 と新 世 代 型 と に別 れ る 。 旧 世 代 型 は 、 共 産 党 時 代 の 幹 部 が そ の ま ま 資 本 主 義 に適 応 した 例 (1996年 頃 ま で の オ デ ッ サ 州 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 な ど)で あ り 、 ロ シ ア の ガ リャ ー チ ェ フ 体 制 (ウ リヤ ノ フ ス ク州)や シ ャ イ ミエ フ 体 制(タ タ ル ス タ ン)の 類 似 物 で あ る と考 え て よ い 。 新 世 代 型 と は 、 ノー メ ン ク ラ トウー ラ 的 過 去 を 持 た な い 新 興 資 本 家 ・ 「ビ ジ ネ ス マ ン 」 が 、 主 に1994年 の 地 方 選 挙 を き っ か け と して 、 リー ジ ョ ンや 都 市 部 の 権 力 を獲 得 して 成 立 した もの で あ る9。 ロ シア に お い て 、 改 革 権 威 主 義 の 典 型 で あ るル シ ュ コ フ 体 制(モ ス ク ワ 市)、 ロ ッセ リ体 制(ス ヴ ェル ドロ フ ス ク州)、 チ トフ 体 制(サ マ ラ 州)で さえ 、 ど ち ら か とい え ば 旧世 代 が優 位 に 立 っ た 新 旧 ハ イ ブ リッ ド体 制 で あ る の に 対 し 、 ウ ク ラ イ ナ の い わ ゆ る進 歩 的 リー ジ ョン で は 世 代 交 代 は よ り急 激 だ っ

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ウクライナにおける現代家産制 と公式政党の形 成一 オデ ッサ、 トラ ンスカルパチア、 ドネ ツク、 ドニプロペ トロフシク州一 た よ う に 思 わ れ る 。 こ れ は お そ ら く 、1992-93年 の 経 済 危 機 と1994年 の 地 方 選 挙 が 旧 世 代 か らの 継 承 性 を絶 つ 役 割 を 果 た し た か ら で あ ろ う(ロ シ ア で は 、1990年 春 か ら1996年12月 ま で7年 近 く 地 方 選 挙 が な か っ た)。 た だ し、 旧世 代 と新 世 代 の 間 に ビヘ イ ヴ ィア の 違 い は ほ とん ど な い。 裏 の 世 界 と の繋 が りを保 ち 、 服 従 しな い 者 に い わ ゆ る マ フ ィ ア を差 し向 け る の は 旧 世 代 も 同 様 で あ る し、 新 世 代 も ノ ー メ ン ク ラ トゥー ラ 的 倫 理(家 父 長 的 弱 者 保 護 、 宣 伝 機 構 の 創 設 、親 分 子 分 関 係 に そ れ な りに 業 績 主 義 を 加 味 し よ う とす る こ とな ど)を 習 得 し よ う とす る 。 1999年 大 統 領 選 挙 の 見 通 しが 不 透 明 だ っ た こ と を 最 大 の 動 機 と して 、1996年 か ら1998年 に か け て ウ ク ラ イ ナ の 一 連 の 州 で 競 争 性 が 高 ま っ た 。 ク ラ ン 間 の 闘 争 は 家 産 制 の 形 成 過 程 で 当 然 の こ と で あ る と も 言 え る し 、 反 面 、 この 競 争 性 は 家 産 制 の 定 着 を 遅 らせ た と 言 う こ と も で き る 。 本 稿 で 扱 う4 事 例 に 則 して 言 え ば 、 オ デ ッ サ と トラ ン ス カ ル パ チ ア に お い て は 、 ま ず 、 郡(raion)部 出 身 の 旧 党 幹 部 が 市 場 経 済 に 適 応 し、1994年 知 事 選 挙 に勝 っ て 旧 世 代 家 産 制 が 成 立 しか か っ た に 見 え た が 、 こ れ に 対 し て新 世 代 を代 表 す る州 都 エ リー トが 挑 戦 した 。 州 エ リー ト ・対 ・州 都 エ リー トと い う図 式 は 、 ウ ク ラ イ ナ に 限 らず ロ シ ア で も よ く 見 られ る も の で あ る 。1997-98年 に は 、 こ の 紛 争 は 、 間 近 に 迫 っ た 大 統 領 選 挙 を意 識 した 地 域 エ リー トの 再 編 と結 び つ い て 激 し く な っ た 。 こ の 州 ・州 都 紛 争 を うま く収 拾 した こ と で 、1999年 の 大 統 領 選 挙 で 、 ク チ マ は こ れ ら の 州 を 自分 の 票 田 とす る こ と が で き た の で あ る。 ドネ ツ ク州 と ドニ プ ロペ トロ フ シ ク 州 とは 伝 統 的 に ゼ ロサ ム 的 ラ イ バ ル 関 係 に あ る の で 、 両 州 の 政 治 は 表 と 裏 の 関 係 に あ る 。 ドネ ツ ク 州 で は 、 1994年 知 事 選 挙 で勝 った 州 都 の ビ ジ ネ ス マ ン(か つ 副 市 長)で あ る シ チ ェ ル バ ニ が 、1996年 に か け て 新 世 代 家 産 制 を確 立 す る か に 見 え た 。 と こ ろ が 、 こ の とき ま さに ラ ザ レン コ首 相 を キ エ フ に 送 り込 ん で 勢 力 絶 頂 に あ っ た ドニ プ ロペ トロ フ シ ク派 閥 が ドネ ツ ク を植 民 地 化 す る こ とを 狙 っ て シ チ ェ ル バ ニ 政 権 を 転 覆 、 ドニ プ ロ ペ トロ フ シ ク 派 の 息 の か か っ た 知 事 を 送 り込 ん だ 。 しか し、1年 も 経 た な い うち に 今 度 は ラ ザ レン コ が クチ マ と競 争 関 係 に 陥 っ て 失 脚 、 ドネ ツ ク は 自前 の 知 事 を 回 復 し、 キ エ フ の矛 先 は 今 度 は 逆 に ドニ プ ロペ トロ フ シ ク へ と向 け られ る。 ク チ マ は そ もそ も 南 部 機 械 工 業(「 ユ ジ ュマ シ ュ 」)つ ま り ドニ プ ロペ トロ フ シ ク 出 身 で あ る か ら、 一 応 州 エ リー トに 働 き か け る足 場 は あ っ た 。 しか し、 ユ ジ ュマ シ ュ上 が り の 小 物 政 治 家 を繰 っ て い て も、 1990年 い らい 営 々 と 王 朝 建 設 を し て き た ラ ザ レ ン コに は歯 が 立 た ず 、 周 知 の 通 り、1998年 最 高 会 議 選 挙 で は フ ロ マ ダ(ラ ザ レ ン コ党)が 州 で 圧 勝 、 さ ら に 州 ソ ヴ ェ ト10選挙 直 後 の 州 ソ ヴ ェ ト議 長 選 挙 で も ク チ マ 派 は 敗 北 、 ラザ レ ン コ派 が 議 長 に 選 ば れ た 。 こ の 敗 北 ゆ え に 、 「ラ ザ レ ン コ=犯 罪 者 」 キ ャ ンペ ー ン が 強 め られ 、 ラ ザ レン コ は 国 外 に 逃 亡 せ ざ る を 得 な く な っ た 。 他 方 、 ク チ マ は 、 自分 の 手 駒 を 繰 っ て い て も ドニ プ ロ ペ ト ロ フ シ ク ・エ リー トに は 歯 が 立 た な い こ と が わ か っ て 、 1999年4月 に 当 時 の ドニ プ ロ ペ トロ フ シ ク 市 長 を 知 事 に 任 命 した 。 この 「鞭 と飴 」 政 策 が 功 を 奏 し て 、 ドニ プ ロ ペ トロ フ シ ク ・エ リー トは つ い に ラ ザ レン コ を 見 捨 て 、 ク チ マ 再 選 に 向 け て フル 稼 動 した の で あ る。 こ の よ うな 「雨 降 っ て 地 固 」 ま っ た 経 過 は 、1993年 か ら96年 に か け て の ス ヴ ェ ル ド ロ フ ス ク ・エ リー トと エ リツ ィ ン と の 関 係 を 想 起 させ る。 他 方 、1997年(ラ ザ レ ン コ 派 知 事 の 失 脚)以 降 の ドネ ツ ク州 は 、新 しい 指 導 者 ヤ ヌ コ ヴ ィ チ の 下 で 新 世 代 家 産 制 を形 成 し、 共 産 党 の 票 田で あ る と い う 「汚 名 」 を 返 上 した 。 全 く違 法 な こ とで あ る が 、 ヤ ヌ コ ヴ ィ チ 知 事 は 、1999年5月 に は 州 ソ ヴ ェ ト議 長 も兼 任 し た 。 こ れ は 、 同 州 に設 置 され る 経 済 特 区 め 利 権 の 分 配 に 絡 む 措 置 で あ っ た と言 わ れ る。 シ チ ェ ル バ ニ 自身 は 、3年 近 い 雌 伏 期 を 経 て 、1999年3月 に ス ム ィ州 知 事 に 任 命 され た 。 こ れ に よ り、 クチ マ は 、 来 るべ き 大 統 領 選 挙 に お け る 自分 の 有 力 ラ イ バ ル で あ っ た ナ タ リヤ ・ヴ ィ ト レ ン コ(進 歩 的 社 会 党)の 地 元 で あ る ス ム ィ 州 を

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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成一オデ ッサ、 トラ ンスカルパチア、 ドネツク、 ドニ プロペ トロフシク州一 攻 略 す る こ と を狙 っ た の で あ る。 実 際 、 シ チ ェ ル バ ニ は ス ム ィ州 の 親 ク チ マ 化 を 急 速 に 実 現 した 。 概 して 、 ドネ ツ ク ・エ リー トは 、 ラザ レ ン コ憎 さ の あ ま り、1996年 に お け る ク チ マ 自身 の 振 る舞 い は 宥 恕 して し ま っ た よ うで あ る。 クチ マ の 対 ドネ ツ ク ・ ドニ プ ロペ トロ フ シ ク 政 策 は 、典 型 的 な 分 割 統 治 で あ り、 ま た 両 州 間 の ライ バ ル 関係 が そ れ を 可能 に す る の で あ る。 既 述 の 通 り 、 ウ ク ラ イ ナ 政 治 に お い て は ロ シ ア 政 治 に お い て よ り も公 式 の 政 党 が 大 き な 役 割 を 果 た す 。 トラ ン ス カ ル パ チ ア を 拠 点 と した 統 一 社 会 民 主 党 、 ドニ プ ロペ トロ フ シ ク の フ ロマ ダ(ラ ザ レ ン コ党)、 オ デ ッ サ 州 に お け る ウ ク ラ イ ナ 農 業 党(親 ク チ マ 農 業 党)、 ドネ ツ ク の 自 由 党(シ チ ェル バ ニ 党)と 「統 一・ 合 意 ・復 興 連 合 」(ヤ ヌ コ ヴ ィチ 党)な どの 果 た した 役 割 が これ を 示 して い る。 こ の うち 「統 一 ・合 意 ・復 興 連 合 」 は 、 ロ シ ア で も よ く見 られ る 、 状 況 的 な 知 事 の 個 人 党 に す ぎ な い が 、 統 一 社 会 民 主 党 と フ ロマ ダ は き ち ん と した 組 織 政 党 で あ る。 自 由 党 は 、 こ の 両 極 の 中 間 に あ る。 本 稿 冒 頭 で 述 べ た 通 り、 ウ ク ラ イ ナ で 公 式 政 党 が 発 達 した の は 、 二 見 奇 異 な こ と で あ る 。 ウ ク ラ イ ナ の 家 産 制=地 方 ボ ス 支 配 は ロ シ ア に お け る よ りも む しろ 強 固 で あ る し、 そ の 上 、 脱 共 産 主 義 国 の 中 で は例 外 的 に 、1998年 に 至 る ま で ウ ク ラ イ ナ で 採 用 され て い た 純 粋 な 小 選 挙 区 制 は政 党 化 を抑 止 す る効 果 が あ る はず だ か らで あ る。 ウ ク ラ イ ナ に お け る公 式 政 党 の 予 想 外 の 発 達 度 は 、 第 一 に は 、 ウ ク ラ イ ナ の 中 央 ・リー ジ ョ ン ・サ ブ リー ジ ョ ン 政 治 各 層 間 関 係 が 、 連 邦 制 と発 達 した 地 方 自 治 を 有 す る ロ シ ア に お い て よ りも 緊 密 で あ る こ とに よ っ て 説 明 され る。 これ に つ い て は 上 記 拙 稿 「トラ ン ス カ ル パ チ ア州 に お け るエ リー トと政 党 政 治 」 で 詳 述 した 。 ウ ク ラ イ ナ に 限 らず 一 般 に 、 エ リー トの ク ラ ン 的 結 合 は 、 政 党 各 層 間 関 係 が 活 発 化 す る と き に 公 式 政 党 化 す る の が 通 例 な の で あ る。 エ リー ト ・ク ラ ンの 公 式 政 党 へ の 転 化 を 考 察 す る 上 で 、 も うひ とつ 無 視 で き な い の は 、 ウ ク ライ ナ で は 、1994年 と1998年 、 全 国 、 リー ジ ョン 、 サ ブ リー ジ ョ ン ・レベ ル の 選 挙 が 同 時 、 ま た は ほ ぼ 同 時 に 行 わ れ た とい う こ とで あ る。 ピー タ ー ・オ ー デ シ ュ ー ク も指 摘 す る よ うに、 各 層 間 の 同 時 選 挙 は 、 同 じ党(党 派)に 属 す る 各 層 政 治 家 の 利 害 の 一 体 感 を 強 め 、 全 国 的 な 政 党 制 の 形 成 を 促 進 す る11。 わ か りや す く 言 え ば 、 全 国 選 挙 と地 方 選 挙 が 同 時 に行 わ れ た 方 が 、 た と え ば あ る政 党 の 市 長 候 補 が 、 自党 の 大 統 領 候 補 を応 援 す る こ とが 自分 に とっ て も有 利 で あ る と感 じる よ うな 状 況 が 生 ま れ や す い の で あ る。 こ の 傾 向 は 、1998年3月 の 選 挙 に 特 に 顕 著 で あ っ た。 こ の と き 、 最 高 会 議 選 挙 、 州 ソ ヴ ェ ト選 挙 、 市 長 ・市 ソ ヴ ェ ト選 挙 と郡 ソ ヴ ェ ト選 挙 が 同 時 に 行 わ れ 、 これ ら全 て が 、 翌 年 の 大 統 領 選 挙 の 前 哨 戦 と し て 争 わ れ た の で あ る。 こ の こ と は 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア や ドニ プ ロペ トロ フ シ ク の例 に 見 る よ うに 、 リー ジ ョ ン 、 サ ブ リー ジ ョ ン ・レベ ル の エ リー トの 相 互 関 係 を 、 「親 ク チ マ ・反 ク チ マ 」 の 軸 に 沿 っ て 全 国 的 に 再 編 す る 原 動 力 と な っ た 。 ま た 、1994年3月 に行 わ れ た 最 高 会 議 選 挙 は 、 そ の3ヶ 月 後 に 行 わ れ た 州 ソ ヴ ェ ト議 長(州 知 事)選 挙 の 前 哨 戦 とみ な さ れ た 。 州 知 事 候 補 の 多 く は 最 高 会 議 議 員 に 立 候 補 して い た か らで あ り、 ま た 最 高 会 議 議 員 に 当 選 で き な い よ うな 人 物 が 知 事 に 当選 す る はず が な い と考 え られ た か ら で あ る。 この よ うに 、 ウ ク ラ イ ナ で は 、 異 な る レベ ル の 選 挙 が あ る選 挙 の 前 哨 戦 とな る こ と が 多 く 、 これ が 、 政 治 各 層 間 の 相 互 連 関 を 緊 密 化 させ 、 ひ い て は公 式 政 党 制 の 発 達 を 助 け て い る 。 対 照 的 に 、 ロ シ ア で1996、2000年 の 大 統 領 選 挙 の 前 哨 戦 とな っ た の は 、 そ れ ぞ れ1995、1999年 末 に 行 わ れ た 下 院 選 挙 で あ っ た 。つ ま り、 連 邦 レベ ル の選 挙 が ヨ リ重 要 な 連 邦 レベ ル の 選 挙 の 前 哨 戦 と み な され た に す ぎ な い の で あ る 。 こ れ で は 、 政 治 各 層 間 の 相 互 作 用 は 活 発 化 しな い 。 岡 山 裕 は 、 従 来 、 「リ ー ジ ョ ン 政 治(地 方 政 治)」 と概 括 され て い た 諸 現 象 を 、 あ る リー ジ ョ ン 内 で 展 開 され る 政 治 総 体(リ ー ジ ョ ン 内 政 治) と、 純 粋 に 当 該 リー ジ ョ ン の 統 治 に 関 わ る 政 治 (リー ジ ョ ン ・レベ ル の 政 治)と に 概 念 上 区 分 す る こ と を 提 唱 し た12。 岡 山 は 「リー ジ ョ ン 内 」 と

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ウクライナにおける現代家産制 と公式政党の形 成一 オデ ッサ、 トランスカルパチ ア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一 い う言 葉 を 「空 間 的 に リー ジ ョ ン 内 で 生 起 す る全 て の 」 とい う意 味 で 用 い て い るが 、 本 稿 で は 、 わ か りや す さの た め に 、 岡 山 の 言 う 「リー ジ ョ ン ・ レベ ル の 政 治 」 を 「純 リー ジ ョ ン 内 政 治 」 、 ま た 「リー ジ ョ ン 内 政 治 」 を 「リー ジ ョ ン 政 治 の 総 体 」 と言 い 換 え た い。 この 前 提 の も とで 、 次 の 式 が 成 り立つ 。

リー ジ ョン政治 の総体=純 リー ジ ョン内政 治+全

国政 治 の当該 リー ジ ョンにお け る現れ

さ ら な る簡 略 化 の た め に 、 「リー ジ ョ ン政 治 の 総 体 」 を た ん に 「リー ジ ョン 政 治 」 、 「全 国 政 治 の 当 該 リー ジ ョ ン に お け る 現 れ 」 を 「リー ジ ョン 内 全 国 政 治 」 と言 い 換 え よ う。 つ ま り、 次 の 式 が 成 り立つ 。 リー ジ ョ ン政 治=純 リー ジ ョ ン 内 政 治+リ ー ジ ョ ン 内 全 国政 治 ま た 、 岡 山 は 、 政 治 間 関係 を 見 る に は 、伝 統 的 な 集 権 ・分 権 軸 で は だ め で 、 リー ジ ョ ン の オ ー ト ノ ミー の 度 合 い を 考 慮 しな け れ ば な らな い と 主 張 した 。 この 命 題 は 、 脱 共 産 圏 を研 究 して い る リー ジ ョノ ロ ジ ス トな ら誰 で も 痛 感 して い る こ と で あ ろ うが 、 上 記 の 式 との 関 係 で は 、 「純 リー ジ ョ ン 内 政 治 」 にす ぎ な か っ た 争 点 が 「リー ジ ョ ン 内 全 国 政 治 」 に移 っ て ゆ く こ とに よ っ て 、 リー ジ ョ ン 政 治 は オ ー トノ ミー を 失 う と言 え る だ ろ う。 こ れ は 同 時 に 政 治 各 層 間 の 相 互 作 用 が 活 発 化 して い る とい う こ と で あ る。 た と え ば 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 知 事 と州 都 ウ シ ュ ホ ロ ドの 市 長 と が 権 限 争 い ・利 権 争 い を して い る だ け な ら、 そ れ は 純 州 内 政 治 に す ぎ な い 。 も し彼 らの うち 片 方 ま た は 両 方 が 、 中 央 の 政 治 家 を 州 内 の紛 争 に 引 き 込 ん だ り、 全 国 的 な 立 法 活 動 を 自分 に 有 利 な よ うに 展 開 す べ く ロ ビ ー 活 動 した りす れ ば 、 そ れ は 純 州 内 政 治 の リー ジ ョン 内 全 国 政 治 へ の 転 化 の 兆 候 で あ る 。 この 視 点 か らは 、 こ こ で 取 り上 げ た4つ の リー ジ ョ ン は 好 対 照 を な して い る 。 ま ず 、 ドネ ツ ク州 と ドニ プ ロ ペ トロ フ シ ク州 に つ い て は 、 最 近10年 間 に エ リー トの 分 裂 ・競 争 が 起 こ ら な か っ た と こ ろ が 特 徴 な の で あ る。 これ ら の州 の エ リー トと キ エ フ と の 関 係 が 悪 化 した こ と に よ っ て(ド ネ ツ ク とは1996-97年 、 ドニ プ ロ ペ トロ フ シ ク とは1997-99年)、 これ らの 純 州 内 政 治 は 全 国 政 治 の 中 に組 み 込 まれ て ゆ く。 こ の と き 、 ク チ マ は 何 とか 州 エ リー トに 楔 を打 ち 込 み 、親 キエ フ 派 を 創 出 し よ う と した が 、 果 た せ な か っ た 。 こ れ ら州 エ リー トの 対 応 は 、 結 束 し、 頭 を 下 げ て 嵐 が 過 ぎ る の を 待 つ とい う もの だ っ た 。つ ま り 、 キ エ フ の 攻 撃 に よ っ て 州 政 の 自律 性 は 奪 わ れ た が 、 州 エ リー ト内 の競 合 は 生 ま れ な か っ た 。 こ の 条 件 下 で は 、公 式 政 党 の 役 割 は 、 政 治 各 層 間 関係 の レギ ュ レー タ ー で し か な い。 シ チ ェ ル バ ニ の 自 由 党 は 、 全 国 政 治 に お け る シ チ ェル バ ニ の 地 位 を 高 め る た め の もの で あ っ た 。 この た め 、 彼 が ス ム ィ州 に 政 治 活 動 の 拠 点 を 移 した 時 点 で 衰 退 し た 。 ラ ザ レン コ の フ ロ マ ダ は 、 キ エ フ の攻 撃 か ら ドニ プ ロペ トロ フ シ ク州 エ リー トの 結 束 性 を 守 る 防 壁 と して 機 能 した 。 ドニ プ ロペ トロ フ シ ク ・エ リー トが ラ ザ レン コ を 見 捨 て 、 キエ フ か ら の 防 壁 の必 要 性 が な く な っ た とき 、 この 党 も衰 退 した 。 他 方 、 オ デ ッサ 州 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 で は 、 州 エ リー トと州 都 エ リー トの 間 に 実 際 に 競 争 が 生 ま れ た 。 しか し 、1997年 以 降 の トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 に お い て 、 紛 争 の 両 当事 者 が 全 国 政 治 家 と結 合 す る こ と に よ っ て 、 純 州 内 政 治 が リー ジ ョ ン内 全 国 政 治 へ と、 ほ ぼ2年 が か りで 、 い わ ば 有 機 的 に 転 化 し て い っ た の に 対 し 、 オ デ ッ サ 州 で は 、 1998年 の 時 点 で さ え 、 州 ・州 都 紛 争 は純 州 内 政 治 の 枠 内 に と どま っ た 。 中 央 の 介 入 は 、 ク チ マ の 強 権 発 動 、 知 事 とオ デ ッ サ 市 長 の 両 方 の解 任 と い う ス ポ ラ デ ィ ック な もの に と どま っ た の で あ る。 こ の こ とは 、 オ デ ッ サ 州 政 の 政 党 化 を 阻 ん だ13。 ま とめ る と、 公 式 政 党 が 成 長 す るた め に は 、 州 政 が 競 合 的 で あ り、 政 治 各 層 間 の 相 互 作 用 が 活 発 化 で あ る とい う2つ の 条 件 が 必 要 で あ り、 本 稿 が 扱 っ た4州 の うち 、 こ の2つ の 条 件 を 満 た して い た の は トラ ン ス カル パ チ ア州 の み で あ っ た 。

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ウクライナ における現代家産制 と公式政党の形成一 オデ ッサ、 トランスカルパ チア、 ドネツク、 ドニプ ロペ トロフ シク州一 本 稿 は 、 最 近10年 間 の ウ ク ライ ナ の 地 方 制 度 改 革 に つ い て 読 者 が 一 定 の 知 識 を 有 す る こ とを 前 提 に 書 か れ て い る。 この 条 件 を欠 く読 者 は 、 私 の 別 稿14を 参 照 の こ と。 た だ し 、 ウ ク ラ イ ナ の 地 方 制

度 にお い ては州 ・郡執行 機 関の長 の名 称お よび選

出方法 が めま ぐる しく変わ った ので 、その一 覧 を

次に示す。

2.オ デ ッサ 州 オ デ ッサ 州 は 、 黒 海 最 大 の 海 港 都 市 で あ る と同 時 に ウ ク ラ イ ナ 最 大 級 の 都 市 で あ る オ デ ッサ を 首 都 と す る 州 で あ る 。 エ カ テ リナ2世 が オ ス マ ン ト ル コ か ら 南 ウ ク ラ イ ナ を 奪 取 し た 後 、 「新 ロ シ ア 」 総 督 府 が 置 か れ た の が こ の都 市 で あ る 。 ロ シ ア と ウ ク ラ イ ナ の 中 央 部 か ら の植 民 と併 せ 、 ベ ッ サ ラ ビア 、南 東 欧 か らの 移 民 が 奨 励 され 、 ま た ユ ダ ヤ 人 の 居 住 も許 可 され た 。 ウ ク ラ イ ナ 人 の 目か らは 、 オ デ ッサ は 「ユ ダ ヤ 人 とツ ガ ン(ロ マ 人) の 都 市 」 で あ る16。 オ デ ッ サ 市 は 強 烈 な 歴 史 的 個 性 を持 っ た 文 化 都 市 で あ り、 ソ連 時 代 は も と よ り、 こん に ちで もCIS規 模 の 俳 優 や 音 楽 家 を 生 み 出 し続 け て い る 。 海 港 都 市 に ふ さわ し く、 企 業 活 動 は 旺 盛 で あ る。 オ デ ッサ 州 は 典 型 的 な ゲ イ トウ ェ イ ・リー ジ ョ ン で あ る。 ゲ イ トウ ェイ ・ リー ジ ョ ン は 、 ア メ リ カ 西 部 フ ロ ン テ ィ ア 的 な 実 力 社 会 に な る場 合(沿 海 地 方 ・小 樽 型)と 、 内 地 を上 回 る 官 僚 主 義 社 会 に な る 場 合(ハ バ ロ フ ス ク ・カ リー ニ ン グ ラ ー ド ・函館 型)の 両 極 に 分 化 す る が 、 オ デ ッサ は 前 者 に 属 して い る17。 オ デ ッサ 市 は 、 人 口、 経 済 活 動 、 税 収 な ど の 面 で 州 に お い て圧 倒 的 な ウ ェ イ トを 占 め て お り、 州 か ら の 自律 性 が 高 い。 オ デ ッサ 市 は 、 直 属 市(州 に 従 属 しな い 市)で あ る キ エ フや セ ヴ ァ ス トポ リ に 似 通 っ た 地位 を 享 受 し て い る と考 え て よ い 。 こ れ は 、 そ れ が 傑 出 し た都 市 で あ る こ と と並 ん で 、 州 が 、 州 都 オ デ ッサ を 除 け ば 重 要 な都 市(代 替 セ ン タ ー)を 持 た な い 、 見 る べ き と こ ろ の な い 農 村 州 で あ る こ とに も よ っ て い る よ う に 思 わ れ る 。 こ れ は 、 同 じゲ イ トウ ェ イ ・ リー ジ ョン 、 ま た 州 都 の 人 口 的 ・文 化 的 比 重 の 高 い リー ジ ョ ン の 中 で も 、 代 替 セ ン タ ー を持 つ 沿海 地 方 や トラ ンス カ ル パ チ ア 州 との 違 い で あ る。 ボ デ ラ ン時 代(1990-92) ソ連 の 多 くの リー ジ ョ ン と同 様 、 この 州 で も 、 1990年 春 、 共 産 党 の 「保 守 派 」 指 導 者 が 引退 を余 儀 な く され た 。 そ れ は1929年 生 ま れ で 法 律 家 上 が り 、1960年 以 来 党 機 構 の 中 で 生 き て き た ヘ オ ル ビ ー ・ク リ ュチ ュ コ フ(Kriuchkov)州 党 第 一 書 記 で あ っ た 。 彼 は 、 シ チ ェ ル ビツ キ ー 時 代 を シ チ ェル ビ ツ キ ー と共 に 生 き た の で あ る。1988年 に ソ連 共 産 党 中 央 委 員 会(モ ス ク ワ)か らオ デ ッサ 州 党 第 一 書 記 と して 戻 され た が、1989年9,月 に 年 金 生 活 に 入 っ た シ チ ェ ル ビ ツ キ ー を 追 う か の よ う に 、 1990年4月 に 年 金 生 活 に 入 っ た(当 時61歳)。 し か し、 彼 は左 翼 的 立 場 を 堅 持 し、 ウ ク ライ ナ 共 産 党 中 央 委 員 と して 、1998年 の 最 高 会 議 選 挙 に 当 選 、 69歳 に して 政 界 に 復 帰 した 。 ク リ ュ チ ュ コ フ は 、 こん に ち 、 ウ ク ラ イ ナ 共 産 党 で 最 も有 力 な 指 導 者

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ウクライナにおける現代家産 制と公式政党の形成一 オデ ッサ、 トランスカルパチア、 ドネツク、 ドニプ ロペ トロフ シク州一 の 一 人 と言 わ れ る。 ク リュ チ ュ コ フ の 後 継 者 と し て 、1990年4月3日 に州 党 委 員 会 に よ り選 挙 され た の は 、州 党 委 員 会 書 記 の 一 人 で あ っ た ル ス ラ ン ・ ボ デ ラ ン (Bodelan)で あ っ た 。 ボ デ ラ ン は1942年 に オ デ ッ サ 州 の 郡 部 に 生 ま れ 、 教 員 を 経 験 し、1964年 以 来 、 コム ソモ ー ル 、 党 、 ソ ヴェ トの 役 職 を 歴 任 し て い た 。 第 一 書 記 に 選 出 され る直 前 に は 、 ウ ク ラ イ ナ 共 和 国 最 高 会 議 選 挙 で 落 選 して い た が 、 当 時 の 情 勢 下 で は 、 こ れ は や む を え な い こ とで あ る 。 ボ デ ラ ン は州 ソ ヴ ェ トに は 当選 し 、 党 第 一 書 記 と な っ た2日 後 、 ゴ ル バ チ ョ フ の 兼 任 方 針 に 基 づ い て 、 州 ソ ヴ ェ トに お け る競 争 選 挙 の 結 果 、 州 ソ ヴ ェ ト議 長 に 選 ば れ た 。 そ の 年 の12月 に は 、 ウ ク ラ イ ナ 共 和 国 地 方 自治 法 に基 づ い て 、 ソ ヴ ェ ト執 行 委 員 会 議 長 を も兼 任 した 。 ボ デ ラ ン は 党 務 を 放 棄 せ ず 、 ソ連 共 産 党 が 解 体 され る ま で 第 一 書 記 職 に と どま っ た。 イ リイ ンーボ デ ラ ン 時 代(1992-94)、 緩 や か な オ ー トノ ミー 1992年3月 、 州 大 統 領 全 権 代 表(州 知 事)職 が 導 入 され た 際 、 ク ラ フ チ ュ ク 大 統 領 は 、 あ ま り に も共 産 党 色 が 濃 い ボ デ ラ ン を避 け て 、 自 分 と 良 好 な 関係 に あ っ た 、1983年 以 来 の オ デ ッサ 市 ソ ヴ ェ ト執 行 委 員 会 議 長 ワ レ ン チ ン ・シモ ネ ン コ(1940 年 生)を 全 権 代 表 に 任 命 した 。 ソ ヴェ ト議 長 に の み と どま っ た ボ デ ラ ンは 、 失 地 を 多 少 な り と も 回 復 す る か の よ うに 、 そ の 年 の 秋 に は 、 ウ ク ラ イ ナ 最 高 会 議 の キ リヤ 選 挙 区 の 補 選 に 立 候 補 し、 得 票 率69.4%で 、 第1回 投 票 で 当 選 を決 め た。 キ リヤ は 州 最 南 端 、 ル ー マ ニ ア 国 境 に 接 す るが 、 そ の 郡 長 は ボ デ ラ ン の 実 弟 で あ る 。1994年 春 、 ボ デ ラ ン は 同 じ選 挙 区 か ら最 高 会 議 議 員 と して 再 選 され 、 い よい よ 知 事(ソ ヴ ェ ト議 長)へ の 復 帰 を 目指 す こ とに な る。 シモ ネ ン コ知 事 は 有 能 な 指 導 者 だ っ た が 、 有 能 す ぎ て任 命 の わ ず か4ヶ 月 後(1992年7月)に は 、 副 首 相 と して キ エ フ に リクル ー トされ て しま う。 キ エ フ に 去 る に あ た っ て 、 シ モ ネ ン コ は 、 オ デ ッ サ 市 長 時 代 以 来(1990年 春 以 来)自 分 の 代 理 だ っ た ウ ラ ドレ ン ・イ リイ ン(1937年 生)を 後 継 全 権 代 表(知 事)に 据 え た 。 イ リイ ン は 有 能 な行 政 官 で は あ っ た が 独 自 の 政 策 もカ リス マ 性 も な く、 ボ デ ラ ン の ラ イ バ ル た り うる 人 物 で は な か っ た 。 知 事 に任 命 され な か っ た こ とが ボ デ ラ ン に とっ て 屈 辱 だ っ た こ と は 間 違 い な い し 、 ボ デ ラ ン とシ モ ネ ン コ/イ リイ ン との 関係 は 「保 守 的 な 農 村 出 身 指 導 者 と 革 新 的 な 大 都 市 指 導 者 」 と い う対 立 図 式 を想 起 させ る も の で あ る。 し か し な が ら 、 い ず れ も 旧 ノー メ ン ク ラ トゥー ラ と して の 共 通 の 言 語 を 持 っ て い た わ け で あ り、 こ の 時 期 の 立 法 ・執 行 関係 は ノー マ ル な も の で あ っ た 。 ボ デ ラ ン の 旧 世 代 家 産 制 と オ デ ッ サ 市 長 の 挑 戦 (1994-1998)、 それ で も リー ジ ョン 政 治 は 自律 的 1994年6月 の 州 ソ ヴ ェ ト議 長(事 実 上 の 知 事) 選 挙 は 、 元 職(ボ デ ラ ン)と 現 職(イ リイ ン)の 激 突 と な っ た 。 第1回 投 票 に お い て 、 ボ デ ラ ン 57.96%、 イ リイ ン24.88%の 得 票 とな り、 ボ デ ラ ン が 圧 勝 した 。 こ の と き 、 社 会 党 と共 産 党 は ボ デ ラ ン を 支 持 した が 、 同 じ く 社 共 に 支 持 され た ク チ マ が 当 選 す る と180度 言 動 を 変 え た の と同 様 に 、 社 共 の支 持 は ボ デ ラ ン の そ の 後 の行 動 を 拘 束 せ ず 、 ボ デ ラ ン は 、 最 高 会 議 で は 、 ウ ク ラ イ ナ 憲 法 の 大 統 領 案 を 支 持 す る 「憲 法 的 中 道 」 会 派 に 属 した 。 1995年 、 大 統 領 と最 高 会 議 の 「憲 法 合 意 」 に 沿 っ て 、 ク チ マ は ボ デ ラ ン を 横 滑 り的 に 州 国 家 行 政 府 長 官 に 任 命 した 。 ボ デ ラ ン 知 事 下 の 家 産 制 形 成 の 例 を あ げ れ ば 、 州 行 政 府 は 、 自前 の 農 政 プ ロ グ ラ ム に 基 づ い てベ ル リ ン銀 行 か ら2500万DMの 融 資 を 受 け た 際 に 、 義 務 的 な 仲 介 者 と な っ た 。 つ ま り 、 企 業 家 は 、ベ ル リン 銀 行 に 、 直 接(州 行 政 府 を 経 ず に)融 資 を 要 請 す る こ とは で き な か っ た の で あ る。 ま た 、 州 行 政 府 と 国連 産 業 開 発 局(UNIDO)が 融 資 協 定 を 締 結 した 際 、 「リー ジ ョ ン に お け る最 も競 争 力 の あ る 企 業 」 リス トの 中 に は 、 ボ デ ラ ン に 忠 誠 を 誓 っ た 企 業 主 の 企 業 しか 含 ま れ て い な か っ た 。 こ れ よ り も遙 か に 巨額 の 金 が 動 い た の は 、 ロ シ ア か ら

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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成一 オデッサ、 トランスカルパ チア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一 輸 入 され た 石 油 の 再 輸 出 港 で あ る 「南 」 港 を め ぐ る利 権 争 い で あ っ た 。 ボ デ ラ ン知 事 、州 検 事 、 内 務 省 州 支 部 長 官 は 既 存 の 独 占企 業 「ウク ル トラ ン ス ネ フ チ 」 の周 りに 結 集 した 。 オ デ ッサ 市 長 エ ド ゥ ア ル ド ・フル ヴ ィ(Hurvits)は 、 新 興 企 業 「ウ クル ネ フテ テ ル マ 」 を応 援 した。 フル ヴ ィ ツ は 、1948年 生 ま れ の ユ ダ ヤ 人 、 社 会 主 義 時 代 の 学 生 建 設 派 遣 隊 で 指 導 力 を 発 揮 し た。 ペ レス トロ イ カ 期 に 環 境 ・地 理 調 査 を請 け 負 う企 業 「エ コ ポ リ ス 」 を起 こ し て 市 民 に 知 られ る よ う に な っ た 。 ソ連 共 産 党 に所 属 した こ と は な い 。 1990年 の 民 主 選 挙 の 後 、 フル ヴ ィ ツ は オ デ ッ サ 市 の 「十 月 」 市 区 の ソ ヴェ ト議 長 とな り、 反 ノ ー メ ン ク ラ ト ゥー ラ 、 反 ボ デ ラ ン を掲 げ る。 序 文 で 述 べ た よ うに 、1994年 の ウ ク ラ イ ナ の 地 方 選 挙 で は 、 多 く の 「ビ ジ ネ ス マ ン」 が 市 長(著 しい 場 合 は 知 事)に 当 選 した が 、 フル ヴ ィ ツ もそ の ひ と りで あ っ た 。 オ デ ッサ 市 長 と な っ た フ ル ヴ ィ ツ は 、 市 の 地 の 利 を生 か し て 活 発 な 民 営 化 政 策 、 小 ビジ ネ ス 育 成 政 策 を採 っ た 。 フル ヴ ィ ツ 市 長 が と っ た 自主 的 な 食 料 調 達 政 策 は 、州 内 の 農 業 勢 力 に と っ て は 不 利 益 に な っ た の で 、 市 庁 と州 行 政 府=ボ デ ラ ン 派 との 関係 を ま す ます 悪 化 させ た 。 ボ デ ラ ン 知 事 は財 政 面 で 市 に 報 復 措 置 を と り、 これ に 続 く石 油 輸 送 ・再 輸 出ル ー トを め ぐ る角 逐 は 、 ほ と ん ど暴 力 沙 汰 に な っ た 。 フル ヴ ィ ツ は 、 純 粋 民 主 派 と し て 、 ク チ マ を 毛 嫌 い して お り、 ル フ や モ ロー ズ の 社 会 党 との 協 力 関 係 が あ っ た 。 以 上 に 明 らか な よ うに 、 フ ル ヴ ィ ツ は 、 生 い 立 ち 、 政 治 姿 勢 と も に 、 ウ シ ュ ホ ロ ド 市 長 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク に よ く似 て い る。 ク チ マ は 、 心 情 的 に は 左 翼 で は あ るが 体 制 順 応 的 な ボ デ ラ ン 知 事 を 、 改 革 的 だ が 潔 癖 主 義 の フ ル ヴ ィ ツ市 長 に 比 較 して 「よ り小 さな 悪 」 と考 え て い た よ うで あ る。1996年 の 憲 法 採 択 後 、 クチ マ は 忠誠 度 の 点 で 問題 の あ る知 事 た ち を 解 任 し始 め た が 、 ボ デ ラ ン は 再 任 命 した 。 これ は 、 ボ デ ラ ン が 憲 法 ク チ マ 草 案 の 採 択 に 貢 献 して 忠 誠 心 を 示 した か ら で あ る が 、 そ れ とあ わせ 、 ボ デ ラ ン 知 事 が フル ヴ ィ ツ 市 長 へ の カ ウ ン タ ー ・バ ラ ン ス と な る こ と を期 待 して の こ と だ っ た と言 わ れ る。 ボ デ ラ ン は 、 州 の 司 法 ・治 安 機 構 を 掌 握 して い る こ と を利 用 して 、 「フ ル ヴ ィツ は犯 罪 者 」 キ ャ ンペ ー ン を 始 め 、 ま た 親 市 長 系 の テ レ ビ ・ラ ジ オ 放 送 を抑 圧 した 。 フ ル ヴ ィ ツ 本 人 は 、 ウ ク ラ イ ナ 最 高 会 議 員 と して 不 逮 捕 特 権 を 持 っ て い た が 、 フ ル ヴ ィ ツ の 取 り巻 き は 司 法 上 の 追 及 を受 け る よ う に な っ た 。1998年 の 最 高 会 議 、 州 ソ ヴ ェ ト、 オ デ ッサ 市 長 選 挙 は 、 こ の州 ・州 都 紛 争 を 受 け て 過 熱 した 。 フル ヴ ィ ツ 派 を 一 掃 し 、州 を全 一 的 に 自派 の 支 配 下 に 置 く た め 、 官 選 知 事 で あ る ボ デ ラ ン 自 身 が オ デ ッ サ 市 長 に 立 候 補 した(こ れ は 全 く違 法)18。 な お 、 ボ デ ラ ン 知 事 は 、 こ の1998年 最 高 会 議 選 挙 に 先 立 っ て 親 大 統 領 系 の ウ ク ラ イ ナ 農 業 党19に 入 党 し、 こ の 選 挙 で は 比 例 区 名 簿 第5位 の 地 位 を 得 た(ウ ク ラ イ ナ 農 業 党 は3%強 しか 得 票 し な か っ た の で 、 代 議 員 に 当 選 す る こ とは で き な か っ た が)。 トラ ン ス カ ル パ チ ア と は 比 較 に な ら な い ほ ど弱 い 程 度 で は あ っ た が 、 ボ デ ラ ン 、 フル ヴ ィ ツ 共 に 、 全 国 政 治 の 中 に 自 分 を位 置 づ け よ う と した の で あ る 。 投 票 日6日 前 の3月23日 に は 、 州 国 家 行 政 府 の 「組 織 犯 罪 ・政 治 腐 敗 と闘 う小 委 員 会 」 は 、 フ ル ヴ ィ ツ を 市 長 職 か ら解 任 す る よ う、 ク チ マ に 要 請 した 。 投 票 日前 日に は 、 オ デ ッサ 市 マ リ ノ ブ シ キ ー 市 区裁 判 所 は、 フル ヴ ィ ツ の 名 を 市 長 候 補 名 簿 か ら抹 消 す る 決 定 を 下 し た。 こ の よ うな 決 定 の 例 は 、 同 じ く 実 力 行 使 型 の ゲ イ トウ ェ イ ・リー ジ ョ ン で あ る沿 海 地 方 や トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 で も 見 られ た が 、 オデ ッサ 市 の 選 挙 管 理 委 員 会 は 、 若 干 、 「能 率 性 に 欠 け る」 の か 、 翌 日の 投 票 日ま で に こ れ を 執 行 す る こ と が で き な か っ た 。 選 挙 結 果 は 、 フル ヴ ィ ツ48.8%、 ボ デ ラ33.8%の 得 票 で 、現 職 フル ヴ ィ ツ の 勝 利 に 終 わ っ た(投 票 率61.3%)。 こ う して 、1998年 春 の 同 時 選 挙 は 、 オ デ ッ サ 州 に お け る 手 詰 ま り状 況 を 変 え な か っ た の で 、 クチ マ が 介 入 した 。 ク チ マ に 派 遣 され た プ ス トヴォ イ テ ン コ 首 相 とエ ヴ ヘ ン ・ク シ ュ ナ リ ヨ フ大 統 領 顧 問 は 地 元 の エ リー トと懇 談 会 を持 っ た が 、参 加 者

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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成一 オデ ッサ、 トランスカルパ チア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一 の 多 くは オ デ ッサ 市 に 大 統 領 直 轄 統 治 を導 入 す る こ と を提 案 した 。5月26日 、 ク チ マ は ボ デ ラ ン知 事 を解 任 、 そ の 後 任 に 、 筆 頭 副 知 事 だ っ た セ ル ビ ー(セ ル ゲ イ)・ フ ル イ ネ ヴ ェ ツ ィ キ ー (Hrynevets'kyi)を 任 命 した 。 続 く5月28日 、 オ デ ッサ 市 選 挙 管 理 委 員 会 は 、3月 市 長 選 挙 の 無 効 を 決 定 した 。 こ れ を うけ て クチ マ は 、 フル ヴ ィ ツ に 替 わ る臨 時 市 長 と して 、 ウ ク ラ イ ナ 副 首 相 だ っ た ム ィ コ ラ(ニ コ ラ イ)・ ビ ロ ブ ロ ヅ シ キ ー (Biloblods'kyi)を 任 命 し た 。 こ こ で も 、 オ デ ッ サ 市 の ス テ ー タ ス の 高 さが 窺 わ れ る。 フ ル イ ネ ヴ ェ ツ ィ キ ー 知 事 に よ る 「正 常 化 」 (1998-)、 大 統 領 選 の み を 契 機 と し た 全 国 政 治 へ の 組 み 込 み 知 事 か ら解 任 され た ボ デ ラ ン は 、8月23日 投 票 の オ デ ッサ 市 長 再 選 挙 に 出 馬 した 。 市 選 挙 管 理 委 員 会 は 、 フ ル ヴ ィ ツ の 候 補 者 登 録 を 拒 否 した 。 36.8%と い う低 投 票 率 と候 補 乱 立 の 中 で 、 ボ デ ラ ン は 、 得 票 率36.7%で 当 選 し 、 念 願 の オ デ ッ サ 市 長 とな る こ とが で き た 。 フル ヴ ィ ツ の意 を 受 け た 次 点候 補(社 会 党 系)の 得 票 率 は27.4%で あ っ た 。 1957年 生 ま れ の 新 知 事 フル イ ネ ヴ ェ ツ ィキ ー は 、 オ デ ッサ 州 の コ ム ソ モ ー ル ・党 機 構 で 出 世 し、 共 産 党 の 解 体 後 は企 業 経 営 者 で あ っ た が 、1995年 に 知 事 代 理 に リ クル ー トさ れ 、 翌 年 に は 筆 頭 代 理 (副知 事)に 昇 進 した 。1998年 に は ウ ク ライ ナ 最 高 会 議 代 議 員 に 当 選 して い た 。1999年3,月 、 フ ル イ ネ ヴ ェ ツ ィ キ ー は 、 知 事 職 に 専 念 す る た め と称 して 最 高 会 議 代 議 員 を 辞 し、 ま た 同 時 期 、 ク チ マ 与 党 の 人 民 民 主 党 に入 党 した 。 フ ル イネ ヴ ェ ツ ィ キ ー が 州 の 状 況 を 急 速 に 安 定 化 さ せ た こ と は 、 大 統 領 選 挙 の 第1回 投 票 で 、 伝 統 的 に 左 翼 が 強 い オ デ ッサ 州 で ク チ マ が ペ トロ ・シ モ ネ ン コ に 大 き く 差 を つ け た こ と に 示 され て い る(そ れ ぞ れ 得 票 率 36.9%と24.8%)。 1998年 の 政 権 交 代 の 後 は 、 オ デ ッサ 州 とオ デ ッ サ 市 の 関 係 は 正 常 化 した 。 州 知 事 職 に ボ デ ラ ン の か つ て の 部 下 が 就 き 、 ボ デ ラ ン も オ デ ッサ 市 長 と い う、 前 職 に劣 らな い 地位 を手 に 入 れ た の だ か ら、 フ ル ヴ ィ ツ を 除 け ば 皆 に と っ て 丸 く 収 ま っ た の で あ る。 既 述 の 通 りボ デ ラ ン は親 大 統 領 系 の ウ ク ラ イ ナ 農 業 党 に入 党 し、 フ ル イネ ヴ ェ ツ ィ キ ー 知 事 と クチ マ へ の 忠 誠 心 を競 い 合 う と い う、 ク チ マ に とっ て は 笑 い が 止 ま ら な い 状 況 で 、 オ デ ッサ は 大 統 領 選 挙 に 突 入 した の で あ る。 3.ト ラ ン ス カ ル パ チ ア 州 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 は 、 そ の名 が 示 す よ うに 、 東 ス ラ ブ 人 が 多 数 を 占 め る地 域 と して は 唯 一 、 カ ル パ チ ア 山脈 の 向 こ う側 に 位 置 して い る。 そ の た め 、10世 紀 以 来 、 ハ ン ガ リー 、 チ ェ コ ス ロ ヴ ァ キ ア な ど、 中欧 諸 国 家 の 支 配 下 に 置 か れ 、 異 民 族 支 配 の 辛 酸 を な め て き た 。 今 世 紀 だ け で も 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア は 国 家 的 帰 属 を4回 変 え た(ハ プ ス ブ ル ク 朝 ハ ン ガ リー 、 チ ェ コス ロ ヴ ァ キ ア 、 カ ル パ ー ト ・ウ ク ラ イ ナ 、 ソ連 、 独 立 ウ ク ラ イ ナ)。 い ず れ の 時 代 に お い て も 、 そ し て こん に ちの ウ ク ライ ナ に お い て も 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 は そ の 国 で 最 も貧 しい 地 方 で あ っ た 。 トラ ン ス カ ル パ チ ア は 、 ウ ク ラ イ ナ 人 を 多 数 派 と しつ つ も(住 民 の 約78%)、 ハ ン ガ リー 人 が12.5%、 ロ シ ア 人 が 約 4%の 総 人 口比 を 占 め て い る の を は じ め(1989年 人 口調 査 に よ る)、 ス ロ ヴ ァ キ ア 人 、 ル ー マ ニ ア 人 、 ポ ー ラ ン ド人 、 ユ ダ ヤ 人 、 ロマ 人 な ど が 混 住 す る 多 民 族 空 間 で あ る20。 この 地 理 的 ・歴 史 的 特 徴 は 、 地 域 主 義 的 イ ン ター ナ シ ョナ リズ ム とで も 呼 ぶ べ き 特 殊 な メ ン タ リテ ィ ー を 生 ん だ 。 つ ま り、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 出 身 で あ る 限 りは 、 何 人 、 何 語 使 用 者 で あ ろ う と差 別 され な い が 、 「余 所 者 」 は 何 人 、 何 語 使 用 者 で あ る か を 問 わ ず 排 斥 す る と い うメ ン タ リテ ィー で あ る21。 州 政 の オ ー トノ ミー の 回 復 と ヴ ォ ロ シ チ ュ ク ・ク ラ イ ロ時 代(1990-94) ソ連 共 産 党 州 委 員 会 第 一 書 記 と して1980年 代 の トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 を 指 導 し た の は 、 ヘ ン リ フ ・バ ン ドロ フ シ キー(Bandrovs'kyi)で あ っ た 。 彼 は 、右 岸 ウク ラ イ ナ 出 身 で 、 前 職 は リ ヴ ィ ウ市 党 第 一 書 記 とい う、 典 型 的 「余 所 者 」 の エ リー ト

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ウクライナにおける現 代家産制と公式政党の形成一 オデ ッサ、 トラ ンスカルパ チア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一 党 員 で あ っ た か ら、 そ の 指 導 力 ・実 績 に もか か わ らず 、 地 元 エ リー ト との 関 係 は 緊 張 し た もの とな っ た 。 ペ レス トロ イ カ 期 の 民 主 化(指 導 者 批 判 の 自 由)を 利 用 して 、1990年2月 、 地 元 エ リー トは バ ン ドロ フ シ キ ー を 党 指 導 部 か ら追 い 出 して しま っ た 。 これ に よ り 、 地 元 エ リー トは 約10年 ぶ りに 幹 部 人 事 の 自律 性 を 回 復 した 。 バ ン ドロ フ シ キ ー と衝 突 して ウ シ ュ ホ ロ ド大 学 副 学 長 に 転 出 して い た 元 ソ ヴェ ト執 行 委 員 会 議 長 ム ィハ イ ロ(ミ ハ イ ル)・ ヴ ォ ロ シ チ ュ ク(Voloshchuk)が 呼 び 戻 さ れ て 州 党 第 一 書 記 、 続 い て 州 ソ ヴ ェ ト議 長 とな っ た。 そ の 年 の末 、 ヴォ ロ シ チ ュ ク は 、 ウ ク ラ イ ナ 共 和 国 地 方 自 治 法 に 基 づ い て 執 行 委 員 会 議 長 も兼 ね た 。 ヴ ォ ロ シ チ ュ ク は8月 ク ー デ タ ー に 際 し て 日和 見 的 態 度 を 取 っ た こ とが 批 判 され て 州 ソ ヴ ェ ト議 長 ・執 行 委 員 会 議 長 を辞 任 す る が 、 そ の 後 を 継 い だ の は 、 ヴ ォ ロ シ チ ュ ク の 代 理 で あ っ た ム ィ ハ イ ロ ・ク ラ イ ロ で あ っ た 。 総 じて 、 バ ン ドロ フ ス キー 追 放 後 は 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア ・エ リー ト は 、 穏 や か に 、連 続 的 に 再 編 され た 。 他 方 、 市 ソ ヴ ェ トは急 進 民 主 派 の エ ミー ル ・ラ ン ドブ シ キ ー(Landovs'kyi)議 長(の ち 市 長)に 握 られ た 。 当然 の こ とな が ら州 行 政 府 と市 長 の 間 に紛 争 が 生 ま れ た が 、 両 者 は 、 地 元 第 一 主 義 、 邦 自 治 要 求(ウ ク ライ ナ の 連 邦 化)、 民族 融 和 な ど の地 域 独 自 の 問 題 で は 一 致 して い た。 1990年 が 第 一 の 転 機 だ っ た とす れ ば 、 第 二 の 転 機 は1994年 の 知 事 選 挙 で あ っ た 。 地 元 の 旧世 代 エ リー トが 支 配 す る州 国 家 行 政 府 に 、 民 族 民 主 革 命 時 代(1988-91)に 州 の ル フ の 指 導 者 で 、1994年 当 時 は キ リス ト教 民 主 党 の 州 指 導 者 だ っ た 青 年 弁 護 士 ヴ ィ ク トル ・ベ ヂ(Bed')が 挑 戦 した の で あ る 。 しか も彼 は 、1990年 以 来 の ウ ク ライ ナ 最 高 会 議 代 議 員 だ っ た 。 地 元 エ リー トの 側 は 、ベ ヂ は ガ リ ツ イ ヤ 流 の ウ ク ラ イ ナ 民 族 シ ョー ヴ ィ ニ ズ ム の 体 現 者 で あ る と 宣 伝 し、 ま た そ れ な りに 若 い イ ン テ リ出 身 の 副 知 事 セ ル ヒ ー(セ ル ゲ イ)・ ウ ス テ ィ チ ュ (Ustych)を 与 党 候 補 に 立 て た 。 知 事 選 の 前 哨 戦 と な っ た1994年3月 の 最 高 会 議 選 挙 で は 、 ベ ヂ が 落 選 す る一 方 、 ウス テ ィチ ュ は 地 元 の イ ル シ ャ ワ 選 挙 区 か ら難 な く当 選 した 。 知 事 選 挙 で も 、 ウ ス テ ィ チ ュ は べ ヂ の 挑 戦 を 退 け た 。 州 都 ウ シ ュ ホ ロ ドの 市 長 選 で は 、 同 じ く民 族 民 主 派 の挑 戦 者 に 対 抗 して 、 州 エ リー トは ビ ジ ネ ス マ ン 出 身 の セ ル ヒ ー(セ ル ゲ イ)・ ラ ト ゥ シ ュ ニ ャ ク (Ratuskmak)を 応 援 した 。 ラ ト ゥ シ ュ ニ ャ ク は 圧 勝 し 、州 エ リー トと州 都 エ リー トの 間 に 、 一 時 的 な 「カ ル テ ル 」 が 成 立 した 。 州 ・州 都 間 紛 争 の 始 ま り(1994-96) そ もそ も 中世 以 来 の エ リー トの 稠 密 な結 合 と相 互 防 衛 の メ カ ニ ズ ム に 特 徴 づ け ら れ 、 ま た 資 源 (木材 と ミネ ラル ウ ォ ー ター)搬 出 型 の 経 済 構 造 を 有 す る トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 は 家 産 制 形 成 に 好 適 な 政 治 的 土 壌 を 有 して お り、 ウス テ ィチ ュ 知 事 は 、 旧 世 代 家 産 制 を形 成 した 。 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク 市 長 は 、 こ れ に対 抗 す る新 世 代 家 産 的 結 合 を 形 成 し た 。 本 来 自分 の 企 業 グ ル ー プ で あ っ た「RIO」 を 、 市 内 の 業 者 を 義 務 的 に加 入 させ る コー ポ ラ テ ィ ズ ム 組 織 と し、 ま た 、 市 財 政 と闇 資 本 を 融 合 さ せ た。 しか し、 こ こ ま で は 、 ロ シ ア 、 ウ ク ライ ナ に しば しば 見 られ 、 ま た 本 稿 中 の オ デ ッ サ に も 見 られ た 州 ・州 都 対 立 の あ りふ れ た 光 景(純 州 内 政 治)に す ぎ な い 。 た だ し、 オ デ ッサ の 同 種 の 対 立 が 、1998年 選 挙 の 結 果 を 受 け た クチ マ の 強 権 発 動 ま で オ ー トノ マ ス に 展 開 し た とす れ ば 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア の リー ジ ョン 政 治 の 自律 性 は 、 州 エ リ ー トと キ エ フ 資 本 との 結 合 に よ っ て 、 いわ ば内側 か ら侵 食 され て い っ た の で あ る。 対 立 の 激 化 と 政 党 制 各 層 間 関 係 の 活 発 化(1997-98) 上 述 の 通 り、1990年 か ら1994年 首 長 選 挙 ま で の 政 治 の 基 本 的 な 対 立 軸 は 、 「地 元 ・対 ・余 所 者 」 で あ っ た 。 「余 所 者 」 の 内 容 は 、 ウ ク ラ イ ナ 共 産 党 中央(キ エ フ)で あ っ た り 、 隣 の ガ リ ツ イヤ か ら侵 入 して く る 民 族 排 外 主 義 で あ っ た り し た 。 「余 所 者 反 対 」 とい う点 で は 、州 エ リー トも州 都 エ リー トも 、 ま た 保 守 派 も急 進 派 も 一 致 して い た 。

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ウクライナにおける現代家産制 と公式政党の形成一オデ ッサ、 トランスカルパチア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一 「地 元 ・対 ・余 所 者 」 の 構 図 の 下 で は 、 「余 所 者 」 と レ ッテ ル を 貼 られ る挑 戦 者(民 族 民 主 派) の み が 公 式 政 党 と して 活 動 し、 地 元 エ リー トの側 は 、 共 産 主 義 時 代 い ら い の 人 脈 を フ ル 稼 動 し て 、 こ の 挑 戦 を圧 殺 す る とい うパ ター ン が 看 取 され た 。 と こ ろ が こ の 状 況 は 、1997年4月 、 州 内 の イ ル シ ャ ワ選 挙 区(ウ ス テ ィ チ ュ知 事 の 地 元)に お け る補 欠 選 挙 を き っ か け と して 、 州 の 旧 世 代 エ リー トと キエ フ の 新 興 ユ ダ ヤ 系 資 本=統 一 社 会 民 主 党 メ ドヴ ェ ドチ ュ ク派 が 結 合 し始 め た こ と に よ り、 根 本 的 に 変 わ っ た 。 ま ず 、 ウ ス テ ィ チ ュ知 事 は 、 1995年 憲 法 合 意 の 結 果 、 純 粋 な 国 家 官 吏 と な っ た の で 、 最 高 会 議 代 議 員 を辞 し 、 イ ル シ ャ ワ選 挙 区 は 空 白 区 と な っ た 。1994-98年 最 高 会 議 を 選 出 し た選 挙 法 は 、 選 挙 成 立 の 要 件 と して50%の 投 票 率 を厳 格 に 求 め る も の だ っ た の で 、 補 選 は お ろ か 本 選 挙 を 成 立 させ る こ と さ え難 しか っ た の で あ る。 ま さに 同 じ理 由 で 、1994年 に キ エ フ市 か ら 立 候 補 した ヴ ィ ク トル ・メ ドヴ ェ ドチ ュ ク は 選 挙 区 で 最 多 得 票 し な が ら最 高 会 議 代 議 員 に な りそ び れ て い た 。 彼 は 、 「な る べ く票 が 安 い 空 白選 挙 区 」 を探 して い た 。 しか も 、 ノ ー メ ン ク ラ ト ゥー ラ 出 身 の エ リー ト とは 違 っ て 、新 興 資 本 家 に は 特 定 の 地 盤 が な い(し か も ユ ダ ヤ 系 で あ れ ば な お さ らで あ る)。 中 央 政 治 に お い て ウ ェ イ トを 占 め る た め に は 、 ど う して も 自 前 の 地 盤 ・ 「領 地 」 が 必 要 で あ る 。 他 方 、 弱 小 リー ジ ョ ン で あ る トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 の エ リー トに と っ て は 、 メ ドヴ ェ ドチ ュ ク の よ うな 上 昇 気 流 に 乗 っ た 中 央 政 治 家 と結 び つ く こ と は 、 キ エ フ で の ロ ビ ー 活 動 上 の 便 宜 を 図 っ て も ら うこ と を は じ め 、 何 か と有 益 で あ る と考 え ら れ た。 メ ドヴ ェ ドチ ュ ク は 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア の 辺 ぴ な 選 挙 区 で 全 国 的 な ス タ ー 選 手 を集 め て サ ッ カ ー 大 会 を開 くな ど金 に 糸 目 を つ け な い 選 挙 運 動 を 行 い 、 得 票 率94%で 当選 し、 念 願 の 最 高 会 議 代 議 員 とな っ た 。 これ に よ り、 トラ ン ス カル パ チ ア の 旧世 代 家 産 制 は 、 域 外 か ら入 っ て き た新 世 代 との ハ イ ブ リ ッ ド体 制 とな り、 しか も 全 国 的 ・国 際 的 なつ な が りを 得 た。 地 元 資 本 の利 益 を 代 表 す る ウシ ュ ホ ロ ド市 長= ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク 派 は こ れ に強 く反 発 し、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 の 政 治 の 対 立 軸 は 、 「地 元 ・対 ・ 余 所 者 」 か ら、 「キ エ フ 資 本 と結 び つ い た 州 行 政 府 ・対 ・地 元 資 本 の 利 益 を 代 表 す る ウ シ ュ ホ ロ ド 市 庁 」 へ と変 わ っ た 。 こ こに お い て 、 純 州 内 政 治 は 、 リー ジ ョ ン内 全 国 政 治 に 転 化 した の で あ る。 オ デ ッ サ 州 とま っ た く 同 じ く 、 こ こ で 、 州 行 政 府 側 は 、 ラ トゥシ ュ ニ ャ ク は 犯 罪 者 で あ る とい うキ ャ ンペ ー ン を 始 め た 。 フ ル ヴ ィ ツ が そ うだ っ た よ うに 、 「ビ ジ ネ ス マ ン」 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク は 、確 か に た た け ば 埃 の 出 る身 だ っ た よ うで あ る。 オ デ ッサ 州 と同 様 、 こ の 争 い の 天 王 山 とな っ た の は 、1998年3月 の ウ ク ラ イ ナ 最 高 会 議 、 州 ソ ヴ ェ ト、 市 ソ ヴ ェ ト・市 長 同 時 選 挙 で あ っ た 。 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク 市 長 は 、 市 長 と して 再 選 を 目指 す と 同 時 に 、 ウ ク ラ イ ナ 最 高 会 議 議 員 に 立 候 補 した 。 メ ドヴ ェ ドチ ュ ク=州 行 政 府 派 は 、 中 央 の 親 ク チ マ 派 政 治 家 の 応 援 を 頼 み 、 市 長 派 は 、 クチ マ 野 党 を州 に 招 い た か ら 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 に お け る選 挙 戦 は 、 翌 年 の ウ ク ラ イ ナ 大 統 領 選 挙 の 典 型 的 な 前 哨 戦 と な っ た(こ れ は 、1998年 選 挙 に お け る州 ・州 都 対 立 が 全 国 政 治 に 対 して ま だ オ ー トノ マ ス だ っ た オ デ ッサ 州 とは 対 照 的 で あ る)。 統 一 社 会 民 主 党 の 旗 を 掲 げ る メ ドヴ ェ ドチ ュ ク =州 行 政 府 派 に対 抗 して 、市長派 は 「新 しいカル パ チ ア 」 とい う選 挙 ブ ロ ック を 組 織 し、 ウ シ ュ ホ ロ ド市 に 限 らず 全 州 的 に 候 補 を 立 て た 。 この よ う に 、 全 国 、州 、 ウシ ュ ホ ロ ド市 各 層 間 の 相 互 作 用 が 活 発 化 す る に つ れ 、政 党 の公 式 化 も進 ん だ の で あ る。 州 に お け る4年 前 の 知 事 選 挙 ・ウ シ ュ ホ ロ ド市 長 選 挙 が 、 挑 戦 者(民 族 民 主 派)側 は 公 式 政 党 、 受 け て 立 つ 側 は 人 脈 選 挙 とい う、 脱 共 産 主 義 過 程 に 典 型 的 な 様 相 を帯 び た の に 対 し、1998年 選 挙 で は 与 党 側 も積 極 的 に 公 式 政 党 化 した 。 3月29日 の 同 日選 挙 は 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 政 の 手 詰 ま り状 況 を解 消 しな か っ た 。 ま ず 、 最 高 会 議 選 挙 に つ い て は 、 ラ トゥ シ ュ ニ ャ ク の 名 は 、 さ ま ざま な 口実 で 、 投 票 日の 朝 に 投 票 用 紙 か ら抹 消 され た 。 トラ ン ス カル パ チ ア 州 の 比 例 区 で は 、

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ウクライナにおける現代家産制と公式政党の形成一 オデ ッサ、 トランスカルパチア、 ドネツク、 ドニプロペ トロフシク州一 統 一 社 会 民 主 党 は 有 効 票 の31.2%を 獲 得 した 。 州 ソ ヴ ェ トで も 、 統 一 社 会 民 主 党 は 第 一 党 と な っ た 。 対 照 的 に 、 ウ シ ュ ホ ロ ド市 長 選 挙 で は 、 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク は 次 点 候 補 に7倍 以 上 の 差 を つ け て 圧 勝 した。 こ の 手 詰 ま り を 打 開 す る た め 、 統 一・社 会 民 主 党 (メ ドヴ ェ ドチ ュ ク=州 行 政 府)は 、 「ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク=犯 罪 者 」 キ ャ ンペ ー ン を 決 定 的 に 強 め た 。 市 長 選 挙 後 間 も な く、 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク は 国 外 に 逃 げ 出 し 、 や が て 市 長 職 を 辞 し た 。1998年9 月 に行 わ れ た 再 選 挙 に 向 け て は 、 統 一 社 会 民 主 党 は ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク 派 を切 り崩 し、 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク 市 長 下 で 副 市 長 だ っ た ス テ パ ン ・セ ンベ ル を 公 認 候 補 と した 。 セ ンベ ル は 、後 に 見 る ドニ プ ロ ペ トロ フ シ ク州 の シ ュ ヴェ ツ 知 事 や ドゥ ビ ー ニ ン 州 ソ ヴ ェ ト議 長 が 、 犯 罪 者 の レ ッテ ル を貼 られ た ラ ザ レ ン コ親 分 を 見 限 っ た よ うに 、 ラ トゥシ ュ ニ ャ ク を 見 限 っ た の で あ る。 セ ン ベ ル は ラ トゥ シ ュ ニ ャ ク の 後 継 候 補 に 辛 勝 した 。 ラ ト ゥシ ュ ニ ャ ク の 圧 勝 か ら わ ず か 半 年 後 に こ の よ うな 競 争 的 市 長 選 を実 現 し、 地 元 資 本 派 の 抵 抗 を 粉 砕 した 統 一 社 会 民 主 党 メ ドヴ ェ ドチ ュ ク派 の 戦 術 は た い した も の だ と言 わ な けれ ば な ら な い 。 同 時 期 、 メ ドヴ ェ ドチ ュ ク は 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 を領 地 化 した こ とを 政 治 資 源 と して 、 そ れ ま で の 統 一 社 会 民 主 党 全 国 指 導 部 を 追 放 、 自 分 が 党 の 指 導 者 とな り、 同 党 を クチ マ 与 党 に 変 え て しま っ た 。 バ ロ ー ガ 知 事 と リ ザ ー ク 党 指 導 者 に よ る 「正 常 化」(1999-) この よ うに 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア 州 の政 治 危 機 (1997-98)は 、 ク チ マ に 有 利 な よ う に 解 決 さ れ た 。 州 の 統 一 社 会 民 主 党 組 織 は 権 力 党 と して 力 強 く発 展 し、 州 が ク チ マ の 再 選 に 向 け た拠 点 とな る こ と は 明 白 で あ っ た 。 そ れ で も な お 、 クチ マ は 、 地 元 資 本 派 に さ ん ざ ん 攻 撃 の 材 料 を 与 えた ウ ステ ィチ ュ 知 事 に 不 満 で あ っ た 。 ク チ マ の ブ ラ ッ ク リ ス トに 載 っ て い る こ とを 自覚 した ウス テ ィ チ ュ は 、 1998年 最 高 会 議 選 挙 の 直 後 に 州 の 最 大 政 党 ・統 一 社 会 民 主 党 組 織 を 、 そ の 指 導 者 だ っ た ラ ン ドブ シ キ ー(元 ウ シ ュ ホ ロ ド市 長)か ら譲 り受 け た 。 こ れ に よ り クチ マ の た め に票 が 取 れ る知 事 と な っ た ウス テ ィ チ ュ は 、 そ の 後1年 間 の 余 命 を つ な い だ が 、1999年5月 に は 、 ク チ マ は や は り彼 を 解 任 、 そ の 後 任 に 、 州 第2の 都 市 ム カ チ ェ ヴ ォ の 若 い 市 長 ヴ ィ ク トル ・バ ロ ー ガ(Baroga、1963年 生)を 据 え た 。 バ ロー ガ は ビ ジ ネ ス マ ン上 が りで 、1998 年 地 方 選 挙 で 市 長 職 に就 い た ば か りで あ っ た 。 全 く違 法 な こ とで あ る が 、 バ ロ ー ガ は 「知 事 に な っ て も 市 長 は 辞 め な い 」 こ と を 条 件 に ク チ マ の 提 案 を受 け 入 れ た。 チ ェ コ 大 使 に任 命 され た ウス テ ィチ ュ は 統 一 社 会 民 主 党 の 州 指 導 者 の 地 位 も辞 し、 そ れ ま で 組 織 責 任 者 と し て 同 党 の 常 勝 態 勢 を指 導 して き た イ ワ ン ・リザ ー ク(Rizak)知 事 代 理 が こ れ に か わ っ た 。 こ う して 、 トラ ン ス カ ル パ チ ア州 は 、 国 家 機 構 、 党 組 織 と も に 、30代 の 若 い 指 導 者 を戴 く こ と に な っ た 。 既 述 の 通 り、 こ の州 は 、 大 統 領 選 挙 に お い て ガ リツ イ ヤ3州 に 次 ぐ実 績 を 上 げ た 。 4.ド ネ ツ ク 州 ドン川 下 流 域 に 位 置 す る ドネ ツ ク州 の 起 源 は 、 16世 紀 の ヴ ォル ガ ・タ ター ル 、 ロ シ ア 人 、 ウ ク ラ イ ナ 人 の ドン川 流 域 へ の 入 植 に 求 め られ る 。18世 紀 に はす で に石 炭 鉱 床 が発 見 され た が 、 重 工 業 の 基 礎 は19世 紀 後 半 に 英 国 資 本 に よ っ て 築 か れ た 。 1932年 に 、 ドンバ ス を 主 な テ リ ト リー と して ス タ ー リノ 州(1961年 に 現 名 称 に 改 称)と な っ た 。 た ゆ ま な い 入 植 の 過 程 は 、 独 特 の イ ン ター ナ シ ョナ ル な 文 化 を この 州 に 付 与 した 。1989年 人 口調 査 の 時 点 で 州 人 口 は約531万 人 、 この1州 だ け で ウ ク ラ イ ナ 人 口 の10分 の1を 占 め て い る 。 都 市 化 率 は 90%を 越 え て い る。 民 族 人 口 比 で は 、 本 稿 が 扱 っ た4州 の 中 で は 最 も ロ シ ア 人 比 率 が 高 く 、 総 人 口 の47%を 占 め て い る。 こ れ に 対 して ウ ク ライ ナ 人 は51%、 第3集 団 は ギ リシ ア 人 で 約8万4千 人 居 住 して い る22。 ス ミル ノ ブ 時 代(1990-94) 1990年2月 、 津 波 の よ う な 炭 鉱 ス トラ イ キ の 中

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