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281蕃 椒 辛 味 成 分 に 関 す る 研 究(第9報)
とうが らしの開花期および果実熟度 と果実の辛味成分含量
小
菅
貞
良*・ 稲
垣
幸
男**
と うが ら し果実 の 辛 味 成 分 含 量 は い ち じる し く不 同 で あ り,品 種 に よ り異 な るの は も ち ろ ん,同 一 品 種 で あ り なが らと きにい ち じる し く異 な る こ とも あ る。 この 辛味 成分含 量差 異 の要 因 には い ろい ろ あ り,開 花 期 す な わ ち 気 温や 日照 時 間,さ らに着 果 期 間 す なわ ち果 実 熟 度,お よび施 肥 量 な どの 影 響 を 挙 げ る こ とが で き る。 しか しな が ら これ ら諸 要 因 と,辛 味 成分 含 量 と の関 係 に つ い て の 報告 は見 受 け られ ない の で あ る。 よ っ て辛 味成 分含 量 に 差異 をお よぼす 諸 要 因 の うち,ま ず 開 花 期 お よ び熟 度 に つ いて検討 す る 目的 で つ ぎ の実 験 を行 な った 。す なわ ち 国 内産 と うが ら しの 代 表 品種 で あ る タ カ ノツ メお よび ヤ ツフサに つ い て,開 花 期 の異 な る各 果 実 群 よ り,開 花 後 一定期 日を経 る ご とに 果実 を採 取 して 辛味 成 分量 を測 定 した。 さ ら に相反 す る記 載1)2)の あ る と うが ら し種 子 の 辛 味成 分 に関 して は,著 者 らはそ の中 に 辛味 成 分 が 含 ま れ て いな い こ とを確 め 得 た が,と きに 種 子 含 量が 風 乾 果 実 の50%を 占め る こ とが あ り,そ の 含 量 の大 小 に よ り, 辛味 成 分含 量(%)が 異 な る ので,種 子 含量 を測 定 し,果 肉中の 辛味 成 分 含 量 を も算 出 した 。 以下 そ の詳 細 と得 ら れ た結 果 につ い て 報 告す る。 なお著 者 らは,と うが ら し果 実 の 辛味 成 分 は従 来 の 報 告3)∼6)と異 な り,1種 で は な く,2種 あ るこ と を明 らか に し,そ れ ら2種 の辛 味 度 にほ とん ど差 異 のな い こ とを 報 告7)∼11)した。 よ っ て辛 味 成 分 含 量 を,2辛 味 成分 合 計 量す なわ ち カ プサ イ シ ノ イ ド量 を も って 表 わ す こ と と した。 実 験 1. 供 試 と うが ら しの栽 培 岐 阜大 学 農 学 部農 場 に お い て,昭 和31年3月28日 温 床 に播種 し,5月17日 圃場 に定 植 した 。 栽培 は慣 行 法 に した が っ て行 な った 。生 育 は 一般 に良 好 で あ った。 2. 供 試 果 実 タ カ ノツ メお よび ヤ ツフ サ の各 品 種 ご とに開 花 日 を前 ・中 ・後 期 の3期 に 分 け ,そ の開花 日 を異 に した 各 系 列 ご とに,各 熟 度 の 果実 を任 意 に10個 内 外採 取 し,完 全 で あ り,形 状 の整 った も の数 個 を選 び試 験 に供 した 。 開 花 前期 は7月24日 お よび8月3日 に開 花 した2系 列, 中期 は8月23日 お よ び9月2日 の2系 列,ま た後 期 は 9月24日 お よび10月2日 の もので あ って,供 試 果実 は 各 品 種 につ き計6系 列,し た が って両 種 通 じて 総計12系 列 とな った 。 開 花 日の 標識 に は,そ の 月 日を記 入 したパ ラフ ィン紙 を色 を変 え た絹 糸 を も って各 系列 ご と に約250個,そ の 日開 花 した も の の花梗 に 結 び付 けて,開 花 日を 明 らか に した 。 な おパ ラ フ ィン紙 を付 け た絹 糸 で は 風 に よ る抵 抗 が 大 きい た め,標 識 が 離 散 した り,あ るい は 果実 を損 傷 した りす るこ とが あ り,よ っ て実 験 後 半 にお い て は,た だ 色 を変 え た絹 糸 の み を花 梗 に結 ん で 標 識 と した。 3. 種 子 中 の 辛 味成 分 と うが ら し種 子 を少 量 の細 硅 砂 と軽 く摩 擦 し,何 回 も 硅 砂 を取 り換 え,種 子表 面 を研 摩 して,種 子 表 面 上 に付 着 して い る果 肉 を完全 に取 り去 る とき,種 子 よ り辛 味成 分 を検 出す る こ とがで きず,辛 味 も感 知 す る こ とが で き な か った 。 4. 辛 味 成分 の 定量 と種 子 含 量 の測 定 風 乾 と うが ら し果実 を切 断 して 果 肉 と種 子 とに分 け, お のお の を秤 量測 定 して 種 子 含 量 を算 出 した の ち,両 者 を混 合 し粉砕 した もの につ き,水 分 な らび に 辛 味成 分 を 定 量 した 。 辛味 成 分 は さ きに 報 告12)し た 辛 味成 分 に よ る リン ・モ リブ デ ン ・タ ン グス テ ン青 溶 液 の 吸光 度 測 定 法 に よ って定 量 した 。 実 験 結 果 と 考 察 タ カ ノ ツ メお よ びヤ ツ フサ両 種 の果 実 にお い て,開 花 期 を異 にす る各 系列 の各 熟 度 の もの に つ いて,水 分 な ら * 岐 阜 大 学 農 学 部 農 芸 化 学 科(岐 阜 市 外 那 加 町) ** 現 在 ,愛 知 県 西 三 河 事 務 所Studies on the Pungent Principles of Red Pepper. Part IX. Flowering dates and maturity degrees of the fruits and the contents of the pungent principles. By SADAYOSHI KOSUGE and YUKIO INAGAKI.
282 農 産 加 工技 術 研 究 会誌 第8巻 第6号 1961年12月
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第1表 実 験 結 果 び に カ プサ イ シ ノイ ド含 量(カ プ サ イシ ンお よび ジハ イ ドロカ プ サ イ シ ン合 計 量)を 測 定 した 。 ま た 一部 の もの につ い て 種子 含 量 を測 定 し,果 肉 中の 辛 味 成 分含 量 を算 出 した 。 そ の結 果 を第1表 に 掲 げ た。 な お 辛 味成 分 量 は 全 果 実 中 の も の が無 水 物 中,ま た果 肉 中の もの が風 乾 物 中 の 含 量 で あ り,水 分 量,果 実 重 量 お よび 種 子 量 も また 風 乾 物 に つ い て測 定 した もの で あ る。 1. 開 花 期 と辛 味 成 分 含 量 上 記 結 果 よ り開花 期 と辛 味 成 分 含 量 との関 係 を各 熟 度 ご とに図 示 す れ ば,第1図 の ご と き結 果 とな る。 す なわ ち 両 品 種 とも に開 花 期 の 早 い 果 実 は各 熟 度 にわ た り,辛 味 成 分 含 量 がお お むね 大 で あ った。 しか しな が ら熟 度 の進 む,す な わ ち成 熟 す る に伴 な い,ほ とん ど差 異 が 認 め られ な い よ うに な った 。(3)
小 菅 ・稲 垣:蕃 椒 辛 味 成 分 に関 す る研 究(第9報) 283 第1図 開 花 期 と辛 味 成 分 含 量 第2図 熟 度 と辛 味成 分 含 量 2. 熟度 と辛 味 成 分 含 量 前 記 結 果 よ り熟 度 と辛 味 成 分 含 量 と の関 係 を各 開花 期 ご とに図 示 す れ ば第2図 の ご と き結 果 とな る。 す な わ ち 開 花結 実 後,熟 度 の進 む に と もな い,開 花 期 の早 い もの は 辛味 成 分 含 量(%)が む し ろ減 少 の傾 向 を 示 し,こ れ に 反 し開花 期 の 遅 い も の は増 加 の傾 向 を示 し た。 3. 熟 度 と辛 味 成 分 の 生 成 タ カ ノ ツ メ,ヤ ツ フサ の 品 種 を 問わ ず,開 花期 の早 晩 に か か わ りな く,開 花 結 実 後10日 目 の果 実 に は 辛 味 が 認 め られ ず,検 出 す る こ と もで きな か った 。20日 目以 後 の 果 実 に は いず れ も辛味 が 感 じ られ,定 量 す る こ とが で きた 。 すな わ ち 開花 結実 後10∼20日 の間 に お け る 辛 味 成 分 の 生成 は,開 花 期 の早 い もの が とく に急 激 で あ っ た。 4. 熟 度 と種 子含 量 お よび 果 肉 中 の辛 味 成分 含 量 前 記 の ご とく,と うが ら し種 子 に は辛 味 成 分 が 含有 さ れ ず,赤 熟 果 実 には 種 子 量 が50%内 外 を 占 め る に 至 る。 両 品種 にお い て 前期 開花 の もの と して8月3日,中 第3図 熟 度 と種 子 含 量284 農 産 加 工 技 術 研 究 会誌 第8巻 第6号 1961年12月
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第4図 熟 度 と果 肉 中の 辛 味 成分 含 量 期 の もの と して9月14日 お よび 後 期 の も の と して9月 24日 に 開花 した 計6系 列 の果 実 に つ い て,各 熟度 ご とに 種 子 含 量 を測 定 した 結 果 を図 示 す れ ば,第3図 の よ うに な る。 す な わ ち両 品 種 とも に成 熟 す るに伴 ない 種 子 含 量 は増 大 し,タ カ ノ ツ メ種 の赤 熟 果 実 で は50%内 外 に達 し, ヤ ツ フ サ種 で はや や 少 な く40%近 くに達 す る。 つ ぎ に 両 種 の 辛 味成 分 量 を種 子 を除 い た 果 肉 中の もの に換 算 す れ ば,第4図 の ご と き結 果 とな る 。 す なわ ち 成 熟 すれ ば,品 種 お よび 開花 期 にか か わ りな く果 肉 中の 辛 味成 分 量 が増 加 す る。 よ って前 記 早 期 開花 の果 実 にお い て,熟 度 の進 む に伴 な い,辛 味 成 分 含 量(%)が む しろ減 少 す る傾 向 を示 す の は,辛 味 成 分 量 の増 加 に比 し,辛 味成 分 を含有 しな い 種 子量 の増 加 の方 が い ち じる しい た め に よ る もの と考 え られ る。 5. タ カ ノツ メお よ びヤ ツフ サ両 種 の果 実 中 の辛 味 成 分 含 量 国 内産 の と うが ら しの代 表 品 種 で あ る タ カ ノ ツ メお よ び ヤ ツ フ サ両 種 の 果 実 辛味 成 分 含 量 を比較 す るに,開 花 期 の早 い,す な わ ち着 実 期 が 比 較的 高 温で 日照時 間 の長 か った赤 熟 果 実 に お い て は,ほ とん ど差 が 認 め られ ず, 未 熟果 実 にあ って は タ カ ノ ツ メの方 がや や 大 で あ り,ま た 開花 期 の遅 い,す な わ ち 着 果期 に温 度 が 低 く,日 照 時 間 の短 か か った 果実 に あ って もタ カ ノ ツ メの方 がや や 大 な る傾 向 が認 め られ た。 要 約 国 内 産 と う が ら し の 代 表 品 種 で あ る タ カ ノ ツ メ お よ び ヤ ツ フ サ を 選 び,開 花 期 お よ び 果 実 熟 度 と辛 味 成 分 含 量 と の 関 係 に つ い て 研 究 し た 。 そ の 結 果,開 花 期 の 早 い 果 実 は,遅 い の に 比 し,辛 味 成 分 含 量 が や や 大 で あ る 。 ま た 成 熟 す る に 伴 な い,開 花 結 実 期 の 早 い も の に あ っ て は,辛 味 成 分 含 量 が む し ろ 減 少 し,遅 い も の で は 増 加 す る傾 向 を 示 した 。 し か し な が ら,種 子 を 除 い た 果 肉 中 の 含 量 に 換 算 す れ ば,果 実 の 熟 す る の に 伴 な い,辛 味 成 分 含 量 が 大 と な る 傾 向 を示 し た 。 終 り に の ぞ み,御 指 導 を 賜 わ っ た 東 京 農 工 大 学 長 井 上 吉 之,ま た と う が ら し の 栽 培 上 い ろ い ろ 御 助 言 御 助 力 を 賜 わ っ た 岐 阜 大 学 助 教 授 香 川 彰 の 両 氏 に 厚 く 感 謝 の 意 を 表 し ま す 。 文 献 1) 大 平 敏 彦:香 辛 科 の 化 学,第1版(産 業 図 書), p. 16 (1952). 2) 稲 垣 長 典:食 物 の 色 ・味 ・香,第1版,(第 一 出 版),p. 102 (1958).3) MICKO, K.: Z. Unter. Nahr. Genuss., 1, (12), 818 (1898).
4) NELSON, E.K.: Ind. Eng. Chem., 2, (10), 419 (1910).
5) NELSON, E.K. and DAWSON, L.E.: J. Am. Chem. Soc., 45, (9), 2179 (1923).
6) CROMBIE, L., DANDEGAOKER, S.H. and SIMPSON, K.B.: J. Chem. Soc., 1955, 1025. 7) 小 菅 貞 良,稲 垣 幸 男,上 原 勤:農 化,32, (8), 578 (1958). 8) 小 菅 貞 良,稲 垣 幸 男,丹 羽 実 徳:農 化,32,(9), 720 (1958). 9) 小 菅 貞 良,稲 垣 幸 男,飯 野 淑 隆:農 化,34, (10), 811 (1960). 10) 小 菅 貞 良,稲 垣 幸 男,本 村 邦 男:農 化,35, (6), 596 (1961). 11) 小 菅 貞 良,稲 垣 幸 男,奥 村 弘:農 化,33, (10), 923 (1961). 12) 小 菅 貞 良,稲 垣 幸 男:農 化,33, (6), 470 (1959), (1961年5月23日 受 理)