「調査法としてのアンケート」における問題点
大 西 次 郎
(武庫川女子大学文学部心理・社会福祉学科)
Key Issues in Questionnaires as Survey Methods
Jiro Ohnishi
Department of Psychology and Social Welfare, School of Letters Mukogawa Women’s University, Nishinomiya 663-8558, Japan
Abstract
Here, I pointed out that the number of questionnaire surveys in the style of mailing questionnaires was likely to be increasing regardless of academic fields. There exists an issue which has not been previously recognized, that you might call “examination of questionnaire surveys”.
Traditionally, the response to the question of whether or not questionnaires could be approved as scientific survey methods was convincing to a certain extent. If increasing recognition of privacy makes home-visit or interview-type social surveys difficult, resulting in an increase in straightforward questionnaire surveys in which other methods such as observational or experimental methods are not discussed, and, in addition, if investigators pay no attention to the heavy burden on responders associated with the above increase, recovery rate reduction will occur widely, threatening questionnaire survey credibility as well as its utility as a research tool.
Researchers should make the results of questionnaires widely known to the public and reflect on their social importance, not simply considering only academic accomplishments to be the purpose of surveys.
1.問題の所在
アンケート調査は郵送質問紙の形式を取る場合,低廉なコストで地理的に広範な実施が可能である点, 時間や場所を選ばず対象者の都合にあわせて回答してもらえる点,匿名性が高く,プライバシーに踏み 込んだり社会的望ましさの影響を受けやすかったりする質問へむいている点などを長所に有し,保健・ 医療・福祉の領域でしばしば用いられる手法である1). しかし,アンケートという調査「そのもの」でなく,調査「技術」に関する課題は,実際の臨床現場で研 究者が直面するわりに報告が少ない2)という状況がかねて言及されており,加えて母集団の推定を意図 した研究へ,郵送質問紙調査を安易に導入することは控えるべきとの意見1)もある.さらには,このよ うな問題について調査者の側からの発言はあっても,回答者の側からのものはほとんどないという実態 が指摘され,回答者への配慮が必要との主張3)へつながっている. 筆者がわが国の保健・医療・福祉の広範な領域を渉猟したところでは,アンケートの被依頼件数や回 答者側の対応について調査した報告を見いだすことができなかった.そこで,兵庫県の特別養護老人ホー ムにおいて,施設長むけに 1 年間のアンケートの実態4)を調べてみると,対象 160 施設のうち依頼がな かった 1 施設を除く 159 施設で中央値 11~15 件の依頼があり,ほとんどの施設で返送に対する負担と, 業務への支障の可能性が訴えられていた. では,わが国全体におけるアンケート調査の動向はどうなっているのだろうか.依頼件数をより広い地域や,対象施設/学術領域へ拡大して明らかにすることは必ずしも容易でない.よって,本稿におい てはアンケートの依頼/被依頼件数に代え,比較的簡便に得られる手がかりとして報告件数を見ること で全体像の一端をうかがうことを企図し,インターネット検索サービスを用いてこれの検証を試みた. なお,本稿で称する「技術」としてのアンケートは自記式/郵送質問紙法を想定したもので,ウェブを 利用した調査,あるいは性格テストや態度尺度のような固有の標準や尺度構成を持ち,それに照らして 結果を解釈する形式の質問紙検査を念頭へ置くものではないことに予め言及しておく.
2.対象と方法
インターネット検索の対象として,わが国の保健・医療・福祉分野を包括する代表的なサービス提供 元の一つである医学中央雑誌 Web Ver. 4(以下医中誌)と,領域横断的な学術論文情報を広く網羅する国 立情報学研究所論文情報ナビゲータ(以下 CiNii)を取り上げた. 方法は以下の通りである.すなわちログイン後,医中誌について5)は検索対象年を 1983 年~2010 年(全 年)とし,アドバンスド・モードで「アンケート OR 質問紙」を検索語へ指定,検索対象の限定で「収載誌 発行年」のみ2009年~2009年と入力(以下1年ごとに1990年まで遡及)して,各年の検索件数を記録した. CiNii についても同様に検索語を指定し,詳細検索で「出版年」のみ 2009 年から 2009 年までと入力,か つ遡及した.また,各年ごとの総検索対象数の移り変わりを推定する目的で,「研究」とだけ検索語指定 して得られた件数をあわせて記録した.これらの作業はすべて 2010 年 9 月 17 日に行った.3.結 果
医中誌および CiNii から「アンケート OR 質問紙」の検索語によって得られた検索数(A)を表 1 へ示す. A 値は,各年ごとの総検索対象数が必ずしも均一でないと考えられるため,そのまま比較に用いること は不適切である.また,両検索サービスとも検索語を指定しなければ処理を開始しないため,この数を 直接知ることはできない.そこで,同一サービス内で A 値の経年変化を認識しやすくするため,「研究」 の検索語により得られた検索数(B)で除し,その比(A/B)の 20 年間の推移を 1 年ごとに折れ線グラフ で示した(医中誌:図 1,CiNii:図 2).双方ともに年を経るごとに比(A/B)の伸びが顕著であった.4.考 察
本稿において算出した比(A/B)は,あくまでキーワードの抽出や選択に代表される検索サービスごと の特性の相違により,個々のサービス間の比較へは使えないことが明らかである.他方,これを同じサー ビス内の経年変化をうかがうために参照することは,必ずしも否定されないと考える.もちろん,図 1 および図 2 で見た推移から,アンケート調査の件数が幅広い領域で増えつつあると直ちに結論づけるこ とは慎重を要する.他方,顕著な比(A / B)の伸び具合より,少なくとも従来あまり着目されてこなかっ た“アンケート調査の調査”5)と称すべき課題が存在することは導き得たのではないだろうか.その上で 筆者は,場合によってはこれが調査技術としての観点から,アンケートという手法の予断を許さぬ行く 末を指し示す可能性もあると懸念するものである. もとより,アンケートが科学的調査として成立し得るかという抜本的な疑義6)に一定の説得力がある なか,訪問/面接型の伝統的な社会調査法がプライバシー意識の高まりにより困難となった結果として, 観察法や実験法など他の技法を考慮しない直截なアンケートの増加がもたらされるなら,加えてそれに 伴う回答者の過重な負担を調査者が顧みないなら,最終的に待つのは回収率低下の蔓延という,アンケー トの信憑性どころか研究手法としての存立さえ揺るがしかねない事態ではないだろうか. 文献の渉猟範囲を広げると,わずかに教育学の領域で愛知県豊田市の小学校・中学校・高等学校への表 1 「アンケート OR 質問紙」ないし「研究」を検索語とした検索数 検索 対象 年 医中誌 CiNii 「アンケート OR 質問紙」検索数 (A) 「研究」 検索数 (B) 比 (A/B, ×103) 「アンケート OR 質問紙」検索数 (A) 「研究」 検索数 (B) 比 (A/B, ×104) 1990 901 33,553 26.9 463 58,876 78.6 1991 938 31,588 29.7 511 62,854 81.3 1992 1,028 30,031 34.2 559 65,427 85.4 1993 1,077 29,741 36.2 551 70,967 77.6 1994 1,144 27,500 41.6 683 78,172 87.4 1995 1,175 26,671 44.1 866 102,188 84.8 1996 1,366 28,336 48.2 1,242 130,301 95.3 1997 1,641 32,135 51.1 1,312 150,056 87.4 1998 1,871 35,329 53.0 1,536 159,877 96.1 1999 2,229 38,542 57.8 1,733 173,768 99.7 2000 3,190 45,658 69.9 2,055 186,937 109.9 2001 4,764 51,845 91.9 2,324 186,654 124.5 2002 5,893 60,353 97.6 2,451 187,192 130.9 2003 7,993 71,960 111.1 2,477 190,735 129.9 2004 9,484 75,848 125.0 2,764 190,241 145.3 2005 10,603 77,786 136.3 2,908 193,452 150.3 2006 11,439 81,180 140.9 3,055 194,704 156.9 2007 12,109 85,821 141.1 2,923 190,047 153.8 2008 12,447 87,727 141.9 2,879 187,977 153.2 2009 13,488 86,228 156.4 2,449 155,692 157.3 (2010 年 9 月 17 日調べ) 検索数(A, B) 比(A/B,×103) (年) 100,000 90,000 80,000 70,000 60,000 50,000 40,000 30,000 20,000 10,000 0 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 09 08 07 06 05 04 03 02 01 00 99 98 97 96 95 94 93 92 91 90 「アンケート OR 質問紙」検索数(A) 「研究」検索数(B) 図 1 医中誌による検索
5 件以上 17 校の件数が報告されていた.そして,結果に対し「半数以上の学校で 5 件以上の調査依頼が あったことが分かる.これは非常に大きな数だといえよう.協力の負担の面からも調査拒否の根拠がで てきそうである」と述懐されており,領域の違いから即断はできないまでも,先に筆者が明らかにした 特別養護老人ホームにおける実態4)は,この件数を大きく超えており座視できないと考える. アンケートは調査者にとって取り組みやすい反面,質問紙が返送されない場合,回答者の意向は回収 率の低下という総意でしか反映されず,個々の感慨は調査者が知るすべもない.無応答者の態度を推測 した水野ら1)の報告によれば,その分布は回収標本に比し消極的な傾向へ偏るという.すなわち回収率 によっては,回収標本の分布を用いて母数の推定を行うこと自体が危険になる.概ねそのような回収率 の限界は 50%程度に引かれている1)が,調査の成否を回答者の厚意へ頼るばかりとし,なおかつ返送が 鈍ければ督促状の送達という態度に各々の試みが終始するならば,いつかアンケートという手法が受信 側の疲弊によって立ち行かなくなる,と予想するのも杞憂とは切り捨てられない.「調査は調査者にとっ て必要なことであって,回答者にとって必要なことではない」3)とは,重く受けとめるべき言葉である. もちろん筆者は,上で危惧したようなアンケートの芳しくない行く末を必然とも,避け得ないとも考 えてはいない.まず,“アンケート調査の調査”というテーマを心の片隅へ置くとともに,論文の上梓や 学会での発表を終えることで研究者が満足してしまうことなく,アンケートをより社会に活用し得る成 果として広く知らしめ,回答者へ還元することに解決の糸口があること,加えて必ずしも謝礼や景品・ 督促状といった物理的な働きかけによって,回答者が協力したり/しなかったりするわけではないこと を調査者は肝に銘じるという姿勢4)が,杞憂を杞憂へ終わらせるための第一歩であろう.
5.おわりに
いうまでもなく,アンケートの企画側も実施を吟味するとともに,内容を精査し,重複を避け,質問 数の厳選を心がけているに違いない.しかる上で,アンケートという調査「技術」そのものが注目され, 実態へ関心が深まり,効果的にこれを立案し,運営する方法がさらに議論されることを願ってやまない し,筆者もそれに対し微力ながら尽くしていければと思っている. 本稿の作成は平成 20-22 年度 日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究 C(課題番号:20590526,研究代表者: 検索数(A, B) 比(A/B,×104) 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 0 09 08 07 06 05 04 03 02 01 00 99 98 97 96 95 94 93 92 91 90 「アンケート OR 質問紙」検索数(A) 「研究」検索数(B) 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 (年) 図 2 CiNii による検索の提供下に行われました.記して深謝申し上げます.