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Academic year: 2021

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伝統工芸の言葉と技の伝承が

秘められた職人の暗黙知の解明

平成 29 年度(2017 年度)科学研究費補助金助成

挑戦的研究(萌芽) 課題番号 17K18483

成果報告書

研究代表者 澤田 美恵子

(京都工芸繊維大学大学院 教授)

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研究代表者は、平成 19 年に言語学の分野で論文を提出し博士号(言語文化学・大阪外国 語大学)を取得した。言語学者としての研究活動を続けながら、一方で「伝統工芸」を題材 として異文化間交流を図る教育プログラムを平成 18 年から続けており、京都の伝統工芸に 関する調査・研究を行い、本研究テーマを見出した。その成果として、平成 24 年 4 月から 平成 25 年 3 月まで京都新聞一面の「工芸の四季」というコラムにおいて、京都府と滋賀 県の伝統工芸品について、写真を付けて毎日一つずつ紹介した。この連載のなかで、365 語 の抽出作業を終えたあと、365 の伝統工芸の言葉に写真をつけて説明した「工芸の四季」を 京都新聞出版センターから出版した。平成 27 年 11 月には理論社から英語と日本語で記述 した京都の伝統工芸を中心に職人とその伝統工芸品を使う人々を取材した「京の工芸もの がたり」を出版した。京都を中心として伝統工房へのインタビュー調査により、多くの職人 から「言葉が一番先になくなり、次に道具がなくなり、技が消える」という言葉を聞いた。 現代の生活のなかで、伝統工芸品を使用することが非常に少なくなり、生産高は大幅に減少 し、生活苦から後継者もいなく、仕事を続けている職人は多く高齢である。「工芸」には陶 工、木工、鋳工などの職種別において、技の継承のために使われる用語があるが、こういっ た工房内でしか使われない言葉は消えゆく一方である。この用語については各工房を訪 問して、フィールドワークをして言葉を収集し、その言葉が指す動作やモノを映像や写真で 残し、意味を記述する必要がある。職人の高齢化がすすむ中、インタビュー調査をして、言 葉を収集し意味を調べ、写真や映像とともなったデータベースの作成は急務である(内の言 葉の問題)。また、若い世代の人が伝統工芸品の名前すらわからない状況は、伝統的な日本 の地方文化を伝えられないことを意味し、写真付きの一般的な辞書が必要である(外の言葉 の問題)。本研究は、言語学が伝統工芸の分野でどのように貢献できるか方法論の確立も目 指す。「伝統工芸」という分野は「工芸」よりも一層に工業品の色彩が強くなり、芸術の分 野でも研究者はほとんどいない。ましてや「伝統工芸」に関する言葉の抽出と意味の分析、 その記述といった言語学者でなければできない作業は、伝統工芸に精通した言語学者でな ければ、成し遂げられる研究ではない。言語学のなかで、伝統工芸を取り上げるという発想 は非常に挑戦的であるが、言語と文化の相互作用を考えていくうえで、分野を横断した画期 的な研究となることは間違いない。また職人へのインタビュー調査を重ねるなかで、職人が 伝統工芸をつくる素材であるモノと常にコミュニケーションを重ねていることがわかった。 たとえば、石職人であれば「石の声を聞いて、置いてほしいと石が願っている場所に配置す る」、木彫りの人形師であれば、「木のなかにすでに人形がおり、それを掘り起しているだけ だ」などの言葉である。このようなモノとヒトとのコミュニケーションの研究は、人口知能 を考える際にも役立つことであろう。また伝統工芸は昔からある自然の素材を使って作ら れていて環境にも優しい。ユネスコ無形遺産指定の越後上布と小千谷縮の原材料である麻 の一種「からむし」を作っている福島県昭和村では「からむしだけは絶やさぬように」とい う言い伝えがある。古来、自然と人々の暮らしに密着して作られてきた伝統工芸を題材とす る本研究は、地球環境を考えたものづくりにも、非常に重要な示唆を与えるに違いない。

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研究成果一覧 著書 『やきもの そして 生きること』 著者:澤田美恵子 出版社:理論社 出版年:2018 年 2 月 *京都新聞の書評欄(2018 年 4 月 14 日)と文化欄(2018 年 3 月 29 日)で紹介され、陶 芸の専門誌『炎芸術』2018 年夏号においても紹介された。 “JAPANESE CRAFTSMANSHIP” 『工芸バイリンガルガイド』 著者:澤田美恵子 出版社 : 小学館 出版年 : 2018 年 12 月 *小学館からの発行部数は初版 5000 部、海外でも購入でき、電子書籍化も既にされており、 国内外で売り上げは順調に伸びている。また 1 月 27 日朝刊京都新聞の書評欄でも紹介され た。 『日本語学大辞典』 編集:日本語学会 出版社 : 東京堂出版 出版年 : 2018 年 10 月 *日本語学会が5年の歳月をかけて編纂した日本語学の最前線の研究を取り入れた画期的 な辞典:澤田は「とりたて助詞」欄を執筆した。 『京の工芸ものがたり2』 著者:澤田美恵子 出版社:理論社 出版年:2019 年 6 月 *『京の工芸ものがたり1』が好評であったための出版となった。英語と日本語で執筆した。 毎日新聞デジタル版の書評で 2018 年 9 月に新刊として紹介された。

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論文 「共在感覚の時空間」 著者 : 澤田美恵子 掲載誌 : 時間感覚の変容 出版年 : 2018 年1月 「工芸という文化―自然とモノからの情報の受容」 著者:澤田美恵子 掲載誌:社会芸術学会の学会誌『社藝堂』第七号 出版年:2019 年 6 月予定 「詠嘆の「も」と挨拶語 日本語の共在感覚」 著者:澤田美恵子 掲載誌:京都工芸繊維大学紀要 出版年:査読中 研究発表 *「共在感覚の時空間」2018 年 8 月 7 日に国際シンポジウム「日本の空間感覚と科学技術 による変貌」で発表。 国内招待講演 ・『工芸―新たな価値の創造』2018 年 3 月 27 日に京都市からの依頼で、第 6 回「プロフェ ッショナルに聞く~文化庁移転と文化芸術の未来」講座を mumokuteki ホールにて市民公 開で行った。定員 100 名がほぼ満席となった。 海外招待講演 ・2018 年 3 月 8 日国立台湾大学芸術史研究所主催の国際学術会議で「茶の湯と共在感覚」 を講演した。

・2019 年 3 月 25 日フランスのリヨンにある Université Jean Moulin Lyon III,において、 「工芸という文化」を講演した。

・2019 年8月7日ペルーのリマの日秘文化会館にて、「工芸 ー日本の手仕事から見た文 化」を講演した。2019 年は、ペルーへ日本人が移民をしてから 120 周年で、ペルーでは文

化事業が行われ、その一環での講演である。講演は非常に好評で、「ペルー新報」というペ

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『社藝堂』第七号掲載予定

工芸という文化

-自然とモノからの情報の受容- 澤田 美恵子 はじめに 東北の山間部、厳しい冬の季節には深い積雪により陸の孤島となってしまう福島県昭和 村で、代々人から人へと伝えられてきた言葉がある。「からむしだけは絶やすなよ」「からむ しのなりたいように」という言葉である。からむしとは、イラクサ科の多年草で、ユネスコ 無形文化遺産の越後上布・小千谷縮の原材料でもある。過酷な環境のなかで、大変な苦労を して家内工業で生産されてきた「からむし」は、この村の人々にとってまさに命綱であり「か らむし」と共に生きてきた、また生きていこうという姿勢がこの言い伝えの言葉から伺える。 日本のユネスコ無形文化遺産には、この小千谷縮・越後上布を始め、手漉和紙、結城紬など の伝統的な手仕事が含まれる。ユネスコの無形文化遺産の条約は、グローバリゼーションの 進展や社会の変容などに伴い、衰退や消滅などの脅威がもたらされるとの認識から保護を 目的として 2003 年のユネスコ総会において採択されたものだ。この条約の策定段階から積 極的に関わってきた日本は 2004 年に条約を締結した。無形文化遺産には、口承による伝統 及び表現、自然及び万物に関する知識及び慣習が含まれ、本稿で言及する工芸の技も無形文 化遺産の一つに数え上げられている。(注 1) 日本の工芸は明治維新までは「用のもの」と呼ばれ、近代西洋の人間中心的な自然の捉え方 と異なり、人間が自然と共生し「ものづくり」を行ってきた歴史をもつ。日本語の工芸とい う言葉は他の言語では適切な翻訳語を見出すことが難しく、日本の風土のなかで育まれた 独自の美と用途を兼ね備えたものであり、古からあるものなので大量生産・大量消費とは異 なった原理で生みだされている。人間の手で一つ一つ丁寧に心を込めて創られ大切に使わ れて、壊れたら修理され長い間人に寄り添って存在してきた。そして人から人へと世代を超 えて使われ、時には人間よりも遥かに長くこの世に存在し続けてきたのだ。長い年月のなか 使用と改良を重ねてきたので、良いもののフォルムはシンプルで無駄がなく、温かみがある。 また自然の材料を使用しているので、最後は土に還っていくエコロジカルなものである。 こういった工芸品をつくる技もまた何代にも渡って、人から人へと受け継がれてきた。伝統 的な工芸品をつくる職人の多くが自然物である材料を理解して、それに適うようにものを つくってきたのだ。日本の伝統的な工芸品をつくってきた職人は、自然の聲を聞き、人と自 然の関係を大切にして、地球を壊すことなくものを作ってきたのである。 フランスの民族学者クロード・レヴィ=ストロースが、1977 年から 1988 年にかけ日本

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を 5 回訪問し、日本の職人をフィールドワークしていたことは、それほど知られていない 事実である。レヴィ=ストロースは日本の職人のものづくりと自然との関係に深く興味を 持ち、それを愛し「日本の人々が過去の伝統と現代の革新の間の得がたい均衡をいつまでも 保ち続けるよう願わずにはいられません。それは日本人自身のためだけに、ではありません。 人類のすべてが、学ぶに値する一例をそこに見出すからです」(注 2)と述べた。 レヴィ=ストロースが西洋社会と比較して驚き指摘したように、日本には古から自然の聲 を聞き均衡を保ちながら、ものづくりを行ってきた文化があった。しかしながら、21 世紀 を迎えたころから気候変動による自然災害も相次ぎ、メイド・イン・ジャパンの信頼が揺ら ぐような事件さえ起こり、日本のものづくりの職人魂の継承が危ぶまれるような状況とな っている。またグローバリゼーションの影響は日本の伝統工芸品にも直撃し、生産額は 1984 年のピーク時から、2015 年には 5 分の 1 の約千億円程度となっている。また 3D プリンタ ーや人工知能が発達し、人間が未来の「ものづくり」にどのように関わることができるかに ついての不安感も増している。 本稿はこういった危機的な工芸の状況を鑑み、伝統的な日本のものづくりに関わる人々 はどのように自然からの情報を受け取ってきたのか、それはどのような日本の文化のうえ に成り立っていたのかを考察しようとする試みである。この研究により、自然と均衡を保つ ものづくりがあることが解れば、地球環境が悪化していく世界において、何か意味のある発 言ができるのではないかと考えるのである。 筆者は 2006 年から国内外の工芸の職人と作家に対しての聞き取り調査を続けてきた。本 稿は工芸の作り手の言葉を観察することにより浮き彫りにされてきた次の三つの問いを、 どのように学術的に記述するべきかを探り、工芸の作り手が自然や作品から受け取る情報 について明らかにするものである。 (1) なぜ工芸の作り手は、自然からの情報を受け取ることができるのか。 (2) なぜ工芸の作り手は、自分が創るものと同じカテゴリーの作品であれば、作品 を通して、他者である作者について知ることができるのか。 (3) 工芸の作り手が自然や作品から情報を受け取れる条件とは何なのか。 問いの(1)と(2)については、生態学的心理学の立場から動物の活動を、動物とそれを取り囲 んでいる環境との相互関係で捉え、知覚論を展開したアメリカの知覚心理学者、ジェ-ム ス・J・ギブソン(James Jerome Gibson,1904-1979)の理論を援用し分析を試みる。また (3)については、日本の伝統芸能における「わざ」を獲得する学習者の認知プロセスについ ての先駆者である生田久美子の Achievement という概念から考察したい。本稿から引き起 こされる「なぜ人が自然やモノからの情報を解読でき、それを他の人に伝えることができる のか」という問題は、非言語的情報を身体で感受し、あえて言語化して人に伝えるという現 象の考察とも言い換えられる。本稿は長い年月をかけて身体に刻み込まれた知とは人間に とっていかなるものなのかを問う遥かなる研究の最初の一歩である。

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1. 自然からの情報の受容 日本の工芸の職人や作家に聞き取り調査をしていると、多くの 職人や作家が自然物である素材からの情報を受け取っていると 話されることがよくあった。例えば、木彫りの人形作家は「木 を見ているとそこに人形が見え、その人形が出てくるように彫 っているだけだ」と言われた。御仏師松久佳遊氏にお会いした 時も「私は仏に仕える人でも拝む人でもありません。ただ木の 中から仏さまのお姿を出してあげるだけです」と語られた(注 3)。このように「自然素材からの情報を受け取り、ものをつく っている」という発言を熟練した作り手から多数聞いたのだ。 松久佳遊 作品 夏目漱石「夢十夜」第六夜にも運慶が護国寺の山門で仁王を彫っているというくだりで、以 下のような表現がある。(注 4) 然し運慶の方では不思議とも奇体とも頓と感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰 向いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、 「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我れとあるのみと云う 態度だ。天晴れだ」と云って賞め出した。 自分はこの言葉を面白いと思った。それで一寸若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、 「あの鑿と槌の使い方を見給え。大自在の妙境に達している」と云った。 運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪に返すや否や斜すに、上から 槌を打ち下ろした。堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思っ たら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀の入れ方がい かにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾んでおらん様に見えた。 「能くああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻が出来るものだな」と自分はあんまり 感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、 「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているの を、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決し て間違う筈はない」と云った。 ここでは、『夢十夜』の若い男が述べた言葉「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。 あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中 から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」という発言に注目してみ たい。木の彫刻の熟練者として日本人には良く知られている運慶を登場させ、町衆の一人に このように語らせた夏目漱石は、日本においてよく語られていた言説を若い男に語らせた

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と考えられる。 陶芸家として有名な河井寛次郎(1890-1966)は土以外の素材でも作品をのこしているが、 河井の著書『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』の「手考足思」という詩のなかに以下のような語り がある。(注 5) 私は木の中にいる石の中にいる 鉄や真鍮の中にもいる 人の中にもいる 一度も見た事のない私が沢山いる 始終こんな私は出してくれとせがむ 私はそれを掘り出したい 出してやりたい (中略) 私はどんなものの中にもいる 立ち止まってその声をきく こんなものの中にもいたのか あんなものの中にもいたのか 河井は自然物の中に自身が創るべきものを見いだし、その声を聞き、それを出してやりた いと詩のなかで表現している。また現代陶芸作家の秋山陽は、2009 年と 2013-14 年の展 覧会を主軸にした作品の写真集『CORRESPONDENCE』で「詩が言葉でもって言葉を超え るものであるように、むき出しの土との交信によって、土を超える何かをつかむことを願う (p10)」と、土と自身との関係を述べている。 夏目漱石の「夢十夜」や河井寛次郎の「手考足思」、秋山陽の『CORRESPONDENCE』 に見られるように、自然物を素材とする熟練した作り手があたかも素材からメッセージを 受け取っているという語りは、日本の工芸という文化においては、しばしば起こりうること である。ミケランジェロも彫刻するときに素材に既にあるものをただ掘り出しているだけ だと言ったというような話も伝わっている。洋の東西を問わず、熟練した作り手には素材か らのメッセージを理解できる人がしばしばいるようである。この節では、自然やモノが人間 にメッセージを伝えるとはどういうことなのかについて学術的に考えてみたい。 生態心理学者ジェームズ・ギブソンは、アフォーダンスという用語を使い、環境や対象と人 間との関係について次のように述べている。 環境のアフォーダンスとは、環境が動物に提供する(offers)もの、良いものであれ悪い ものであれ、用意したり備えたりする(provide or furnish)ものである。アフォードする (afford)という動詞は、辞書にあるがアフォーダンスという名詞はない。この言葉は私の造 語である。アフォーダンスという言葉で私は、既存の用語では表現し得ない仕方で、環境と

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動物の両者に関連するものを言い表したいのである。この言葉は動物と環境の相補性を包 含している。(注 6) アフォーダンスの概念は、誘発性、誘引性、要求の概念から導き出されてはいるが、それ らとは決定的な違いがある。ある対象のアフォーダンスは、観察者の要求が変化しても変 化しない。観察者は自分の要求によってある対象のアフォーダンスを知覚したり、それに 注意を向けたりするかもしれないし、しないかもしれないが、アフォーダンスそのものは 不変であり、知覚されるべきものとして常にそこに存在する。アフォーダンスは、観察者 の要求や知覚するという行為によって対象に付与されるのではない。対象は、それがどの ような対象であるかによって、それがなるところのものを提供するのである。(注 7) ギブソンがアフォーダンス(特定の結果をもたらす行為を誘発する特性)の研究において 「対象が、それがどのような対象であるかによって、それがなるところのものを提供するの である」という主張は、職人や作家が作ろうとする対象、たとえば木を素材として、人形を 作るのか、器を作るのかによって、つまり人間が作ろうとしている最終目的のものにより、 木が人間に与えるアフォードが異なるということを意味する。河野(2011:P37)は、アフォー ダンスについてわかりやすく次のように説明する。 アフォーダンスは動物個体との関係で定まる特性であって。かならずしも動物の種に共 通していません。水たまりは幼児にとっては溺れることをアフォードしますが、大人にと ってはそうではありません。ピーナツは、ある人にとってはアレルギーをアフォードしま すが、他の人にはそうではありません。 では、ギブソンのアフォーダンスの理論に基づいて、素材からメッセージを受け取っている と言った職人や作家の言動を紐解いてみよう(注 8)。生態心理学では知覚に必要であること は対象や事象との関連性であるとされる。環境にある対象や事象は情報を生成する。例えば、 缶詰を叩くことにより不良品を探す作業で、熟練者は缶詰の中身が不良かどうか缶詰を開 けずにわかることができる。缶を叩いて音を聞くことで、熟練者は情報を受け取り、缶詰を 選別できるが、新前はその音を聞いても不良品かどうかわからない。この例は缶を叩いて音 を聞き、不良品かどうかを見分けるという仕事の熟練度によって、人への缶のアフォーダン スが異なることを示している。つまり新前と熟練者では、缶を叩いた音からの情報の意味が 異なる。アフォーダンスは知覚者にとっての意味であり、事物と知覚者との関係として存在 する。言い換えれば、アフォーダンスの知覚には自己の知覚が伴うのである(注 9)。本稿で は、工芸の作り手が自然やモノから受容するメッセージを情報と捉え、その正体を明らかに していく。また自己の知覚は学習によってより鋭くなっていくものであるので、本稿では知 覚だけでなく、学習の側面についても考慮して論を進めていく。

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さて、素材からのメッセージを受け取っていると話す作り手の共通点は、少なくとも 10 年 以上毎日同じ素材を見続けていた。例えば前述した仏師松久は 30 年以上、陶芸家秋山は 40 年以上同じ素材を扱っている。日本には四季があるので、温度や湿度は一年中少しずつ変化 し続けるため、素材の状態も日々変化している。年月が流れるなか、毎日仕事を続けるので、 作り手の身体もものづくりに適応し変化していく。職人は仕事を何十年も続けることで、手 のみならず身体が変形していることもよくある。作り手は変わり続ける環境のなか、呼吸し、 食事をとるという日々の生の営みを行いながら、同じ素材に向き合っていく、作り手の身体 も適応し変化し続けていく。やがて素材からの情報が日々栄養のように身体に沁みていき、 時間が流れるとともに、作り手の身体や脳においても、どのような気候の時に、つまりどの ような温度や湿度の環境において、当該の素材をどのように取り扱えば良いのかが瞬時に わかってくるようになる。素材もまた自然物なので個々が異なり、同じものが一つとないう えに、温度や湿度でも日々状態が異なる、しかしながら何十年という年月のなかで、似たよ うな素材に何度も作り手はめぐり合うので、素材に対する大まかなカテゴリーが脳の中で 形成されていく。目の前にある素材をその日の環境の中でどのように取り扱えば良いのか という判断に要する時間も短くなり、自然に身体が反応するようになる。最終的には素材を 見て瞬時にどのように取り扱えば良いのかが見えるようになる。つまり長い年月の中、作り 手の身体と脳が変化し、瞬時に素材からの情報を取り込み、その対処方法がわかる状態にな るのだ。それがいわゆる熟練という言葉で呼ばれる作り手の状態であろう。作り手は生身の 人間なので、身体や脳にも個人差があり、個別の唯一の熟練状態に達すると考えられる。 図 1 「ものづくり」という文脈でアフォーダンスを考える時、図1のように図式化できるだろう。 図1は、作り手が環境や素材からのアフォーダンスを受け取り、作品を生み出すことを示し ている。作り手の熟練度が高くなるにつれて、受け取れるアフォーダンスも多くなっていく。 作品を生み出す経験が増えると、作り手の脳と身体も学習し、その知覚と技も磨かれていく、 そしてその行為は何度も循環し、作り手は熟練していき、アフォーダンスもより一層多く受 容できるようになる。 作品 作り手(知 覚、技など) 素材 アフォーダンス 環境(気温、湿度など)

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次に、他に類を見ないほど質の高い作品を生み出す名人や名工と呼ばれるような人が熟練 状態にどのように達したのかを言語化することが難しいという問題について考えてみたい。 人の身体は個別のものであるので、他者から名人や名工と呼ばれ、オリジナリティの高いも のを生み出す作り手の熟練状態も個別のものである。ゆえに他者から熟練したものづくり の際の自分の身体の内面の状態について言葉で説明されるという経験はない。つまり自分 の熟練状態を説明する言葉を他者から聞いたことがないはずである。自分の内面の状態を 他者にわかる言葉で説明することは困難を極める。また同様に環境や自然物である素材か らの情報をどのように受け取っているのかについても説明するのが難しい。作り手にとっ ての「目の前の素材」「今ここの環境」は、常に唯一無二の状態であり、その素材と環境に 最適なものづくりは、他者から言葉で教えてもらった情報ではないので言語化して説明す ることが難しいのである。そのため、素材の聲が「聞こえる」、「見える」などの言語表現に なるのではないかと推測される。しかしながら、このような熟練段階に到れる作り手は一握 りであり、誰もがこの段階に到れるわけではない。生田(2011)は学びには「方法の学び」と 「状態の学び」があると次のよう説明する。 Task の学びは、いかにしたらある種の行為ができるかという「方法(やり方)の学び」 (Learning “how to do”)として言い換えられることができるのに対して、Achievement の 学びはある種の行為が生起してしまう「状態の学び」(Learning “to do” または“to be”)の 違いとして解釈することができる。(P12) Task の学びというのは、例えばステップ1、ステップ2のように順序立てて説明された通 りにやっていけば、できるようになる学びであり、言語で説明され教えられた情報で学んで いく学びである。ところが、Achievement の学びというのは Task の学びとは異なる。例え ば、自転車に乗れるようになった日のことを思い出してほしい。自転車に乗る練習を毎日し たから、他の人に教えられた通りにやったからといって、必ず乗れるようになるわけではな く、ある日突然自転車に乗れるときがある。どうして自転車が乗れるようになったのかを言 語化して説明するのは非常に難しい。「できた」「乗れた」という可能形は状態の動詞であり、 どうしてこの状態が生起したかを説明することは時に困難である。Achievement の学びは ある種の行為が生起してしまう「状態の学び」(Learning “to do” または“to be”)であるので、 どのようにしてこのような状態になったのかを言語化することが非常に難しいのだ。 生田(2011)はまた Achievement(到達状態)を他者に言語化して伝えることが難しく、あえ て他者に伝える場合は、感覚の共有を促すことが意図されていると説明している。

Achievement すなわち「到達状態」を提示(exhibited or exemplified)することによって「突 きつける」ことしかできないことをあえて言語化したもの(P16)

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ある種の「動き」や「身体感覚」を促すことを超えた「感覚の共有」であり、むしろ高次 の「傾向性」の発現を目指すために開かれた「Achievement の感覚の共有」が意図されて いる。(P17) Achievement の学びを他者に伝えたい場合、つまり伝授を目的とする場合は感覚をなん とか言語化して他者に伝えようとする。しかしその感覚は個別のもので話し手自身が他者 から聞いたことがない言葉である。他に類のない熟練した作り手しか辿りつけない世界、作 り手それぞれが到る個別の到達状態で、他の人間から聞いた世界、状態ではない場合は言葉 で説明するのが困難である。しかし、あえて説明しなければならない場合は「見える」、自 然の聲が「聞こえる」といった可能形の状態動詞が使われるのだ。Achievement(到達状態) に到った作り手は、自分とは全く一致することはないが、それに近い知覚の到達状態にまで 至った他者とは何か感覚を共有できるかもしれないと考え言語化する。他者が学び手であ れば、まだ共有できていない感覚を学び手自身が探って到れるように言葉によって仕向け ていると考えられる。何百年も継承されてきた伝統工芸の技の世界などで使われる言葉「一 子相伝」は、到達状態に達した師匠がたった一人の後継者にだけ何十年、時には一生をかけ て、時空間を共有し、共に同じ対象に向かいその知覚の状態と技を身体で伝える、その行為 が何代にもわかって繰り返されてきているのだと考えられる。こういった感覚の共有、共感 によってしか伝えられない知や技は、現在のところ共感という働きを持たない人工知能に インプットするのは困難であろう。 2. モノからの情報の受容 時空を超えて、作品から作り手のメッセージを受け取れることができるということを初 めて聞いたのは、彩色絵師林美木子氏を 2015 年 4 月に聞き取り調査(注 10)をした時のこ とだった。林氏が人間国宝である父のもとで絵師としての修行を積んでいた 23 歳の時、東 京文化村における土佐派の源氏物語をテーマにした展覧会場で、ある絵を見ているとき、そ の絵師のささやき「ここが描きたかった。ここが肝なんだ」という聲が聞こえたという。林 氏は、生きる時代が異なっても作品さえあればその絵 師が表現したかったことがわかることを知り、自らも また作品を通じて、時空を超えて誰かに大切な何かを 伝えることができる絵師になろうと決心したと語られ た。林氏の話ぶりはとても現実的かつ真剣で、オカル ト的な夢物語ということでもないと感じ、林氏の聞き 取り調査をきっかけに、なぜ作品を通じて時空を超え た作者の聲を聞けるのかという理由を考えるようにな った。 林美木子 作品

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2019 年 11 月 3 日午前 9 時から 9 時 45 分に放映された日曜美術館「天平の風 令和に吹 きぬ 第 71 回正倉院展」においても、聖武天皇(701 年-756 年)愛用の品であった儀式 用の象牙の物差し「紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」の復元のために研究してきた守 田蔵氏の語りにおいて作品を通じて千年以上前の作者を理解しようという試みが見られた。 およそ 1300 年前に制作された「紅牙撥鏤尺」の技法である撥鏤(ばちる)は染め上げた象 牙を彫って文様を生み出す技であるが、聖武天皇の時代以後は日本で途絶えてしまった。守 田氏はその技法の復元の研究に 10 年の月日を費やしてきた。氏は「制作者は褒めてもらお うとか、そういう邪心はなかった。ただあるものを見たままに彫った、自分の腕で、忠実に きれいな心で彫ったと思いますね。そうでなければ 1300 年たって人に感動を覚えるような ものはできないと思います」と語った。守田氏は作者と同じ技法を追求し 1300 年という年 月を超えて、作者の人柄や制作に対する気持ちを理解しようとしている。 このように美術工芸品の修復や復元の仕事をしている人たちに対する聞き取り調査で、 修復や復元の対象となるものを通して、それを作った昔の作り手がどのように仕事をして いたか、どのような気持ちで仕事をしているかが理解できるという話を何度も耳にした。修 復や復元という仕事は作品の状態を知るため、科学的な手法を用いて、表面からは見えない 構造や材料を観察して、対象となるものを分析・調査し、最適な方法で、修復や復元を行う。 こういった修復や復元をしている作り手からは「分析や調査のなかで、作品を通してどのよ うにどんな材料や道具を使って作られたかが理解でき、作品を作った人の性格やその時の 感情まで想像できる」という発話が多く見られた。ここでは三つの事例を紹介したい。(注 11) 事例 1 時代裂用綜絖製作 文化庁選定保存技術保持者 亀井剛 時代の古い染織品を時代裂というが、時代裂を復元製作するためには,多様な材料,用具 が不可欠である。時代裂用の綜絖(そうこう)製作で文化庁選定保存技術保持者となった亀 井剛氏に聞き取り調査した時にも、復元する時代裂を通して、その織手がどんな人だったか がわかる経験をしたことを聞いた。織機は経糸を一本ずつすくっ て緯糸を通すのではなく、並べられた経糸を地組織(または織り 組織)や文様に応じて、一斉に引き上げて緯糸を通す道を作る。 そのための用具が綜絖であり、文様を織り出す上で核となるもの である。綜絖を製作するには、時代裂の織組織,糸の太さ,織密 度等を分析し綜絖を設計する能力と高密度に紋綜絖の高さを揃え る等の緻密な技術が必要となる。亀井氏は多くの国宝、重要文化 財の時代裂の綜絖製作に携わって来られた。氏が中国湖南省長沙 市馬王堆一号墓出土紋羅の復元に取り組まれた時、その羅がどの ように織られていたかを分析していく過程で「何千年も前の異国 綜絖

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の織物の匠がどんな気持ちで織られているかが手に取るようにわかってきて、何ともいえ ない嬉しさに包まれた」と語られた。この事例は、何千年も前の時代の異国である中国とい う場所において織られたものであっても、羅の研究者である亀井氏には、遺された羅から情 報を受け取ることができ、羅がどのように織られているのかを詳細に観察することで、羅の 織り手についての情報まで探索して理解することができたと考えられる。 事例 2 京くみひも「伝統工芸士」結城和子 組紐という技もまた、何千年もの時間の中で人から人へ、また海を越えて日本へ伝えられ てきたものである。1980 年に奈良の東大寺大仏殿の修理に伴い、1200 年ぶりに行われた 「昭和大納経」の 60 巻の経巻奉納の組紐を組む仕事に携われた、京くみひもの「伝統工芸 士」である結城和子氏の作品「飛鳥」という名の帯締は、正倉院にあった組紐がどのように 組まれていたかを研究し組まれたものだ。結城氏は、修復や復元の仕事の際には、元の作品 の技に迫るために、何度も組んでは解くという作業を繰り返す。つまり身体を使って技をな ぞるという作業を繰返す。自分が生まれるずっと前の時代を生きた組紐の作り手を想像し て組む。しかしながら、その組紐の技が前の時代の作り手と同じレベルにまで達していない とその技を理解することも手を動かして仕事をすることもできない。復元の仕事は時代を 超えて作り手を理解するだけではなく、その作り手の仕事を復元できるほどの技の到達状 態に到っていなければならず、過去の異なる時代の作り手と同じ技の程度までに、身体に知 が刻み込まれ、手が動かなければできないもの だと言えるだろう。 最終的に組んだ作品は復元品として納めるた めに結城氏の手元には残らないので、組見本を 残し「宝物」と呼んで保存されていた。つまりそ の記録は過去の作り手を理解し過去の作り手の 技をなぞり、自分の知と身体を使って組んだ記 録なのだ。 結城和子 作品 事例 3 京縫作家 三代目樹田紅陽 日本の刺繍の歴史は仏画を刺繍で表現した掛け物である飛鳥時代の繍仏にまで遡ること ができる。平安時代には繍技の職人をかかえる縫部司が都である京に置かれ、着物にも刺繍 を用いられることになった。伝統的な技巧が現代も 30 種ほどあり、金銀糸に加えて、二千 以上ある色糸の種類で繊細な表現が可能であり、このような伝統的な技が使われる京都の 刺繍は京縫と呼ばれている。

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京縫の作家である三代目樹田紅陽氏の聞き取り調査でも 1990 年の祇園祭保昌山胴掛類復元 刺繍の制作復元の仕事で、過去の刺繍を分析調査するなかで「当時の職人の性格や刺繍をし た時の感情まで伝わってくる」と語られた。三代目樹田紅陽氏は 1948 年生まれ、1971 年京 都市立芸術大学美術学部西洋画科を卒業され、父を師として刺繍を学ばれたのみならず、刺 繍作家である美村元一、間所素基の門を叩いて教えを請い、腕を磨かれた。1980 年には東 大寺昭和大納経櫃覆刺繍、1990 年には祇園祭保昌山胴掛類復原刺繍の制作をされ、現代も 保昌山胴掛や船鉾の水引の復元・修理、 函谷鉾天井幕の新調にも携わり、2018 年の奈良国 立博物館「糸のみほとけ展」では技法解説や資料展示等にも協力された学術肌の作り手であ る。 樹田氏によると中国の仏教美術の影響を受けて始まった日本刺繍は、長い時間日本にお いて人から人へと技が継承されるなかで、中国とは異なる「間」をもつ意匠となり、「やわ らかでのんびりした」ものとなったと語られた。一針一針刺すたびに作り手の生の時間は流 れる、それゆえに刺した人の心の機微も表れ、それぞれの国の文化の違いや作り手の性格も 刺繍表現にでてくる。刺繍表現を観察すること によって、過去の刺繍表現の技のレベルまで熟 練した現在の作り手には、刺繍の刺し方を見れ ば、その作り手がどのような間でどのように刺 したかが理解でき、過去の作り手の性格や刺し た時の感情までも理解できるということであ ろう。 樹田紅陽 作品 この三つの事例から修復や復元の仕事において、伝統的な技が身体に刻み込まれた熟練 の作り手は、自分が熟知した対象であるゆえに、対象となるものを観察し技をなぞるなかで、 過去の作り手がどのような過程を経て、どのような技を使ったのかを理解し、時にはどのよ うな性質をもった作り手がどのような感情で作ったのかまで分析することができるのだ。 こういった現象は、自然ではないがモノからの情報を受け取っていると言える。この現象も、 1 節の自然からの情報を作り手が受け取っている場合の考察と同様に、ギブソンのアフォー ダンスと生田の Achievement という概念を使って説明が可能であろう。過去の作品からの アフォーダンスを受け取れる人は、時代は異なってもその作品を創った作り手と同等の熟 練の到達状態(Achievement)まで知覚や技が達した人だけであり、同じ時代に共存してい なくても、現在の作り手は過去の作り手が遺した作品を通して、その作品からアフォーダン スを知覚し、過去の作り手の性格や制作している時の感情まで分析することができ、現在の 環境のアフォーダンスを受け取りながら、修復や復元を行うことができる。図 2 は復元の ものづくりにおける関係を示す。修復に関しては量によっても異なる場合があるので、ここ

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では復元のみを示すことにする。 図 2 佐伯(2007:17)は次のように述べる。 人が世界(人、物、できごと)を理解するのは、自分の「分身(コビト)」を対象世界の 中に派遣することによるというわけです。この「私」が世界を理解するということは、「私」 がいくつもの分身(コビト)に分かれて、世の中のありとあらゆる世界(モノ、ヒト、コ ト)に潜入し、その、分身としての「わたし」(コビト)が対象世界の制約の中でかぎり なく「活動」し、「体験」するのである。そのような、あらゆるコビトの多様な「体験」 が「私」自身にもどってきて統合されたとき、「私」は世界を納得するというわけです。 現在の作り手は、遺された作品を探索し、過去の作品の作り手がどのようにして作ったの かをシミュレーションする。身体的にも技をなぞるなかで作り手がその作品にどのような 気持ちで向かい合っていたのかまで理解できると考えらえる。 時代を超えて人から人へと伝承されてきた技を習得するために、日々対象と向かい合い 鍛錬された身体は生身の人間ゆえに時間とともにその対象物を創るための身体へと変化し、 その人間のみが達成できる状態にまで到達する。そして何百年も隔てた後に遺された製作 物から、類似する到達状態にまで達した人間だけがその製作物から情報を受け取ることが できる。ゆえに、人類の宝と評され、人間の命をはるかに超えてこの世界に遺ってきたもの を対象とする修復や復元の仕事において、その遺されたモノを現代においても再現するこ とができる人は、モノからメッセージを受け取っていると表現することができるのだ。 3. 人と自然とのコミュニケーション 本稿では主に自然やモノからの情報をどのように受け取り、受け取った非言語的情報を どのように言語として表現するのかという問題について考えてきた。作り手は自然素材や モノと長い年月日々向き合うなかで、自然やモノを熟知し、自然やモノからのアフォーダン 復元 作品の作者と 同等の熟練状 態の作り手 作品 アフォーダンス 環境(気温、湿度など)

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スを知覚できるまでになる。この根底には、もともと日本では伝統的に人が自然やモノとコ ミュニケーションする文化があったのではないかと考えられる。例えば食事の前に言明す る他の言語の挨拶で見つけることが困難な「いただきます」という日常的な日本語もまた、 自分しかいない部屋であっても食べ物を前にして「いただきます」という人がいる。それは 今から食べるものに対して感謝を込めて言う言葉とも解釈できる。本多啓(2005:P60)は「わ れわれは、事物のアフォーダンスを文化学習によって学習する」と述べたうえで、次のよう にアフォーダンスを説明する。 事物をめぐる探索という行為がその事物に関する知覚を可能にし、その知覚が探索活動 をガイドする。ここには循環的な構造がある。この循環を生態心理学では「知覚と行為の 循環」と呼んでいる。そのような循環の中で発見される、事物のもつ行為の可能性がアフ ォーダンスであるということになる。この循環の成立がアフォーダンスの知覚を支えて いるわけである。 本稿ではこういった日本に現存する自然と関係する言語文化について紙面の都合上言及 できないが、本稿で指摘した問題は確かにこういった日本の言語文化が背景にあると指摘 するにとどめ、澤田美恵子(2020)において詳述したい。 日本語の「工芸」という範疇には酒や和菓子などの食品は入らないが、フランスでは 21 世紀に入ってから日本語の「工芸」に対応する用語が専門家によって議論され再考されて、 食品であるワインも現在はその範疇に入っている。日本の「工芸」という言葉は明治維新に おいて熟考することなく創られ「工芸」という範疇に入るものの選定も安易に考えられてい るため現在も問題が多い。日本の「工芸」と言う範疇に入るモノについて早急に再考する必 要があるだろう。 本稿では現在では日本語の「工芸」という言葉の範疇に入らない、和菓子の材料である「あ ん」の作り手について、本稿で見てきた工芸の作り手と同様の側面があることを見ていきた い。 映画『あん』は、伝統的に和菓子で使われる「あん」を題材としたドリアン助川の小説を 河瀬直美が監督した作品で、海外での数々の映画祭で受賞し評価もされた。この映画では 「あん」の作り手が素材である小豆からのメッセージをどのように受け取っているのかが、 丁寧に描かれている。主演は樹木希林で徳江という名の老女だ。彼女は中学生の時にハンセ ン病を患い、隔離された世界で家族と離れ、国語教師になるという将来の夢も奪われた悲し い過去があった。彼女を支えてきたのは自然からのメッセージを受け取り解読するという 心の作業であった。そして彼女はハンセン病患者だけが住む園のなかで、50 年に及び「あ ん」を作ってきた。彼女は「あん」の素材である小豆の聲に耳を澄ます。小豆が彼女のとこ ろへやってくるまで、どのような畑で暮らしていたか、どのような風を受けてきたかという 聲を聴くのだ。そして、どらやき屋の店長でありながら「あん」を市販品で済ませる店長に

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「あんは気持ちよ。おにいさん」と伝え、徳江が 50 年をかけてまさに Achievement(到達 状態)に達した「あん」作りを教えるのが、次の場面がある。 徳江 よし、また蒸らすのよ少し 店長 いろいろややこしいですね。 徳江 まぁ、おもてなしだから 店長 お客さんにですか。 徳江 いや、豆よ。せっかく来てくれたんだから、畑から と「あん」の材料である小豆に「おもてなし」という言葉を使って敬意を表し、よく見つめ てまるで小豆と親密なコミュニケーションをとっているように煮る。蜜づけの場面でも小 豆を人のように扱う会話がある。 徳江 いきなり煮たら、失礼でしょ。まずは蜜になじんでもらわないとね。お見合いみたいなものよ。後 は若いお二人でどうぞ。 このように、徳江はあたかも小豆とコミュニケーションしているようだが、それが店長には わからない。そこで、店長が徳江に聞く。 店長 しかし何が見えるんですか。 徳江 え? 店長 いや、そんなに顔を近づけて、小豆の何を見ているんですか。 この店長の問いに対して、徳江は答えられない、それは Achievement に達した徳江だけ が知った小豆の状態なので、「あん」を自分で作っていない店長と共有する感覚をもたらす ような言葉が見つかない。そして徳江自身も誰かから教えてもらったわけではない状態な ので、それを伝える言葉を知らないと考えられる。 徳江はハンセン病を患ってから人間とのコミュニケーションに失望し、自然へと心が向 かったのかもしれない。映画のなかで徳江は店長への遺言の手紙で「ねぇ、店長さん、私た ちはこの世を、見るために、聞くために、生まれてきた。だとしたら、何かになれなくても、 私たちは、私たちは生きる意味があるのよ」と語る。この映画が海外から高い評価を得たの はこの映画で描かれた自然からのメッセージを受け取り生きるという人がいる日本文化に 対する興味もあったのであろう。 しかしながら、自然からのメッセージを受け取り生きるという術は何も日本に限ったこと ではない。例えば西洋においても 19 世紀半ばの思想家であるラルフ・ウォルドー・エマソ ン(Ralph Waldo Emerson, 1803-1882)によって推進され、アメリカのニューイングラン

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ドを中心に栄えた「超絶主義“transcendentalism”」という思想を自身で体験し、言葉で表現 したヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau, 1817-1862)は、その著『森 の生活』で雨だれとのコミュニケーションで孤独を克服したことを述べている。超絶主義 “transcendentalism”の“transcend”という言葉は「乗り越える」という語源を持ち、人間がこ の世で経験する艱難辛苦を超越して、自己の内なる何か絶対的な価値を自身の直観によっ て掴み取ろうとするものである。 ソローは“transcendentalism”を自身の生き方として実行し、コンコルドに近い森のウォー ルデン湖畔の森の中に自ら小屋を建て、自給自足の生活を営んだ。その日々の生活を記した ものが『森の生活』である。その中でソローが孤独感を超越した場面がある(注 12)。ソロー がたった一人で人里離れた森で暮らし始めてから二、三週間たったころ「おちついた健康な 生活を営むには、やはり身近なところに人間がいなくてはならないのではないか、という疑 いの念に、一時間ばかりとりつかれた」時があったという。ソローは雨がしとしと降りつづ ける風景のなかにいた。「突然私は「自然」が-雨だれの音や、家のまわりのすべての音や 光景が-とてもやさしい、情け深い交際仲間であることに気づき、たちまち筆舌につくしが たい無限の懐かしさがこみあげてきて、大気のように私を包み、人間が近くにいればなにか と好都合ではないかといった先ほどの考えはすっかり無意味となってしまい、それ以来、二 度と私をわずらわせることはなかったのである」と記している。極限の孤独を知った者が自 らを救う術として自然からのメッセージを受け取り生きるという経験は世界のどこでも起 こりうることだと考えても良いのではないだろうか。自然からのメッセージを受け取り生 きるということは、自然の循環のなかに自らを位置づけ、時空のなかで自然の循環に逆らわ ずに順応して生きるということなのかもしれない。 4. おわりに 高度科学技術社会が新局面を迎え3Dプリンターや人工知能が発達するなか、人と「もの づくり」の関係は今後大きく変わるかもしれない。2040 年には日本では仕事の半分をAI が担うようになるという予測まで実しやかに流れているなか、今更ながらに日本の工芸の 研究をするのは時代錯誤かもしれない。しかしながら、人間はただ食べるためにだけ仕事を しているのではない。本稿で登場した職人や作家は学びの到達状態 Achievement にまで達 した人たちであり、自然やモノからメッセージを受け取り生きていた。 ネル・ノディングス(1997:P224)は、受容的ということについて次のように述べる。 わたしたちが、あたかも取りつかれたかのように主体的に関与するとき-関係の中に巻 き込まれるとき-受容的な喜びが生じる。わたしたちは、操作的な活動を中止し、心安ら かになっているであろう。つまり、耳を傾けているのである。特別な成果や解答を生みだ そうとしているというよりはむしろ、理解し、見てとろうとしているのである。説明は、 統制的で、工夫を凝らし、構成的である一方で、理解は -喜びと同じように- おもい

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がけずに、もたらされる。 ネル・ノディングスの言葉は「あん」の徳江の言葉「私たちはこの世を、見るために、聞 くために、生まれてきた」とも共振する。到達状態は受容的に訪れる。だからこそ喜びであ り、詞的な言葉でしかその状態を言い表すことができないのである。現代社会において、能 動的であることが評価されることが多い。そのために科学技術は極限まで発達しているが、 それをコントロールする倫理面は遅れをとっていると言わざるを得ない。受容的であるこ とには人間の原初的な喜びがある。自然や人間の歴史のなかで創られた過去の優れたモノ からメッセージを受け取ることは喜びであり、その喜びを受け取るために日々の能動的な 鍛錬がある。発達しすぎた科学技術に対して自然がどのようなメッセージを出しているの かを耳を澄まして聴く必要がある時代となった。荒廃する地球を目の前にして、人間もまた 地球上に住む生き物として自然の循環に身を置いて考えてみることが必要ではないだろう か。 本稿では、工芸の作り手が素材である自然物や、過去の作り手の作品からメッセージがな ぜ受け取れるかについて考察した。メッセージを受け取れる条件は長年に渡り自然物を観 察し日々情報を得るなかでより多くの情報を収集できるようになると同時に、身体を使っ てモノを創り、知を体得していき、個としてのある熟練の到達状態に到っていることであっ た。また、作り手は自然からのみならず、自身が創るモノと同様のカテゴリーのモノであれ ば、そのモノを創った作り手のメッセージを受け取ることができる。たとえそのモノが作り 手の生きる時代と異なる何百年も前の過去の時代のモノであっても、現代に遺ったモノか らメッセージが受け取れ、その作り手を理解しようと試みるのだ。 本稿において観察されたことは、熟練した作り手は日々の鍛練によって学びの到達状態に 至り、それこそが自然からの情報が受け取れる条件であるということであった。自然からの 情報を受け取るとは熟練により自然物の情報が非言語的に身体へと入ってくるということ である。自然からの情報を受け取ることができるほどに身体に刻みこまれた知があれば、ど のように自然と向かい合って科学技術を発達させればよいかの解も見えてくるかもしれな い。 本稿のはじめに(1)~(3)として明示された問いは、ギブソンのアフォーダンスと生田 の Achievement という理論により普遍的で学術的なものとして説明できる可能性を示した。 (1) なぜ工芸の作り手は、自然からの情報を受け取ることができるのか。 (2) なぜ工芸の作り手は、自分が創るものと同じカテゴリーの作品であれば、作品 を通して、他者である作者について知ることができるのか。 (3) 工芸の作り手が自然や作品から情報を受け取れる条件とは何なのか。 (1)は、作り手が環境や素材からのアフォーダンスを受け取れるからである。(2)は、自

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分が創るものと同じカテゴリーの作品であれば、その作品からアフォーダンスを受け取れ るからである。(3)は、作り手の学習の度合いにより、受け取れるアフォーダンスは異なり、 作り手が熟練すればするほど、身体は知覚と技とともに磨かれ、自然や作品からのアフォー ダンスもより多く受け取れるようになる。 ギブソンの生態学的(エコロジカル)アプローチとは動物の活動を動物とそれを取り囲ん でいる環境との相互関係で捉えた知覚論である。人工知能 AI は動物ではないが、人間は動 物であることを忘れてはならない。日々空気を吸い、食べ、身体の細胞を心身代謝させて生 きている。熟練した作り手の手や身体は日々の鍛錬で変化していく。こういった身体に埋め 込まれた技と知は今まで経験しえなかった予期せぬ状況に対しても対応が可能である。こ のような未来に向かって進化し続ける身体に埋め込まれた知は人工知能にインプットする ことが現代ではまだ不可能である(注 13)。またこういった知が埋め込まれた身体をもつ作 り手は、何百年も前の過去の作り手からのメッセージを受け取ることもでき、現代の環境の なか現在の材料で復元することもできるのだ。 高度科学技術社会のなかで人間もまた自然の一部であることを日々の生活のなかで忘れ がちだ。頭と身体がバラバラで、世間でうまく立ち回るために頭を働かせて答えをだして、 身体を動かす。しかしながら、心と身体は自然の一部であり、頭がコントロールできるもの ではない。バランスを壊した人間の心と身体は病に侵される。人間の身体と心は自然同様に 脳によって完全にコントロールできないのである。動物であり生きものである人間である ことを忘れた「ものづくり」もまた、人間にとってただ空しいものとなるであろう。地球環 境がこれ以上悪化しない「ものづくり」は、人が何のため、誰のためにものを創っているの かという根本を問い直したものでなければならない。 本稿が考察した「工芸」という領域の学術的研究の試みはまだ道半ばであり、今後非言語 的メッセージを身体で感受し、言語化して人に伝えるということと、その感受する条件とし ての身体に刻み込まれた知について、人間の原初的な側面から深く考察する必要がある。 「工芸」は、芸術と殖産産業が交差する領域であったため学術的な研究者が少なく、高度 科学技術社会が新局面にさしかかっているにも関わらず、未来にどのような対策を取れば 良いかを知る研究はない。今こそ学問領域を超えて学際的に研究する意義がある。工芸とい う文化が、人間の労働の尊厳や喜び、“Ecology”という文脈で価値が解明され、未来に向け て新たな価値が創造できれば、世界各地でまだなんとか生きている貴重な手仕事の地球規 模の学際的な研究の準備が整うであろう。 <注> 注1. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/mukei_bunka_isan/ (文化庁 無形文化遺産の保護に関する条約の概要)を参照。 注2. レヴィ=ストロース(2001:P9)

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注3. 澤田美恵子(2015:P14) 注4. 夏目漱石 『文鳥・夢十夜』新潮文庫(P48-49)より引用。 注5. 河井寛次郎『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』「手考足思」講談社文芸文庫(P86)より引用。 注6. J.J.ギブソン(1985:P137) 注7. J.J.ギブソン(1985:P151) 注8. 本稿ではギブソンの「アフォーダンス」について『生態学的視覚論』に従い、刺激

作用(stimulation))と刺激情報(stimulus information)を区別して考えるために、 刺激という用語を使って説明しない。ギブソンはこの著のまえがきで「刺激と反応 の学説は私には間違っているように思えるが、そのために行動主義を否定するので はない。」と述べ、感覚の伝統的概念に対する新しいアプローチを示した。ギブソン は刺激と刺激情報について次のように述べる。 受容細胞に対する刺激と視覚系に対する刺激情報の区別は、次の点で決定的であ る。受容細胞は、完全な系の 1 つの器官に過ぎない1つの眼の、受動的で、要素的 な解剖組織上の構成要素である。感覚の伝統的概念は、この新しいアプローチでは ほぼ完全に放棄される。光による刺激とそれに対応する明るさの感覚が、視知覚の 基礎であると伝統的には考えられている。神経の入力は大脳の知覚過程を作動さ せるもとになるものと考えられている。しかしながら、私は全く別の仮説を立てる。 なぜならば、刺激そのものは情報を一切含んでおらず、明るさ感覚は知覚の要素で はなく、また網膜の入力は大脳がそれにもとづいて作動する感覚要素ではないこ とを示唆する証拠があるからである。視知覚は単に刺激作用の欠如のみならず、刺 激情報が欠けても成立し得ない。等質の暗闇では視覚は刺激作用とそれに対応す る感覚があったとしても、情報の欠如のために視覚は生じない。(p58) 注9. 本多啓(2005:P57) 注10. 澤田美恵子(2015:P180) 注11. 三つの事例の詳細については、澤田美恵子(2019)「綜絖」亀井剛、「京縫」樹田紅陽、 「京組紐」結城和子の章を参照。 注12. H.D.ソロー『森の生活 (上)』岩波文庫(P.237)より引用。 注13. リチャード・セネット(2016:P469-474) <参照文献> 秋山陽(2014)『CORRESPONDENCE』 アートコートギャラリー 生田久美子(1987)『「わざ」から知る』東京大学出版会 生田久美子(2011)『わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」へ』慶應義塾大学出版会

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河野哲也(2011)『エコロジカル・セルフ』ナカニシヤ出版 佐伯胖(2007)『共感 育ちあう保育のなかで』ミネルヴァ書房 澤田美恵子(2015)中野仁人共著『京の工芸ものがたり』理論社 澤田美恵子(2019)中野仁人共著『京の工芸ものがたり 2』理論社 澤田美恵子(2020)「詠嘆の「も」と挨拶語 -日本語の共在感覚-」(準備中) J.J.ギブソン(1985)『生態学的視覚論』古崎敬他訳 サイエンス社 ネル・ノディングス(1997)『ケアリング』立山善康他訳 晃洋書房 本多啓(2005)『アフォーダンスの認知意味論』東京大学出版会 リチャード・セネット(2016)『クラフツマン 作ることは考えることである』高橋勇夫訳 筑摩書房 レヴィ=ストロース(2001)「悲しき熱帯Ⅰ」中公クラッシクス 謝辞 本稿の写真は中野仁人氏が撮影したものを使用させて頂いた。また伊藤徹先生と社 藝堂査読者の先生には非常に有益な助言を頂いた。ここに記して御礼を申し上げたい。

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Art of Crafts—Messages from Nature and Artifacts

Professor Mieko Sawada Kyoto Institute of Technology

1.Introduction

There are old sayings passed on from generation to generation in villages deep in the mountainous countryside of the Tohoku region, which is utterly isolated from the outside world in winter due to heavy snow. They say, “Do not let the karamushi die” or “As the karamushi wishes.”. Karamushi is a perennial plant that belongs to the Urticaceae family and the raw material for the textiles called Echigo-jofu and Ojiya chijimi, which are listed in the UNESCO Intangible Cultural Heritage (UNESCO ICH). Those villagers have cultivated karamushi in this harsh environment and endured hardship to manufacture these products. It is literally the lifeline for those people, and the sayings reflect their history and determination to live with karamushi.

Products made with Japanese traditional craftsmanship are listed in the UNESCO ICH, including the abovementioned Echigo-jofu and Ojiya chijimi, as well as Tesuki washi (handmade Japanese paper) and Yuki tsumugi (Japanese silk). The Convention for the Safeguarding of the Intangible Cultural Heritage is a UNESCO treaty adopted with the goal of protecting and preserving ICH all over the world by the UNESCO General Conference in 2003 in response to the threat of the deterioration of ICH due to globalization or social changes. The Japanese Government, which has aggressively participated in the treaty from its planning stage, signed the document in 2004. ICH as defined in the treaty includes traditions, expressions, knowledge about nature and the universe, and customs inherited orally through the generations; the craftsmanship we discuss in this article is included.(1) Craft products in Japan were called “items for use” before the Meiji Restoration. Unlike the human-oriented concept of nature in the Western world, people in Japan have a history of “manufacturing” in close relationship with nature. It is hard to find a precise translation in other languages for the Japanese word “kogei” to accurately express the notion the word embodies. that they are items with unique beauty and uses nurtured in Japanese culture. They have a long history of production, being created according to principles different from the mass production and mass consumption. They are made one by one by human hands with great care and pride, and are used at home with care. When broken, they are not disposed of but fixed and continue to be used for a long time side by side with people. Some of them have been passed down through the generations and have existed much longer than people. The design of these products has been improved through a long history of practical use. Some of

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the finest items have a simple and efficient form with a touch of warmth. Also, they are made of natural materials, eco-friendly products that will eventually return to nature.

The art of craftsmanship of these traditional items has also been passed down through the generations. Most of the artisans of traditional products fully understand the characteristics of the natural substances for material use. They have long made products by utilizing the materials’ natural attributes. These Japanese artisans have always listened to the voice of nature, valuing the human-nature relationship in producing their works without damaging the Earth.

The fact that Claude Lévi-Strauss, the famous French anthropologist, visited Japan five times in the period from 1977 to 1988 for fieldwork among Japanese artisans is not well-known. He was genuinely interested in the relationship of Japanese craftsmanship with nature, loved it, and he sincerely hoped that, “ the people in Japan will ever maintain the precious balance they have between the inherited tradition and the modern innovation. I do not wish this only for Japanese people alone. All humanity will find an example there worth studying”. (2)

As Lévi-Strauss pointed out with surprise, in comparison with Western society, Japan has long had a manufacturing culture based on a perfect balance with nature. Unfortunately, however, the inheritance of Japanese craftsmanship has been endangered since the early 21st century due to a series of natural disasters and incidents shaking public trust in the Made In Japan brand. Also, globalization has directly hit Japanese traditional crafts hard. Their production dropped to approximately 100 billion yen in 2015, one-fifth that at the peak in 1984. The emergence of advanced technology, such as 3D printers and artificial intelligence, has enflamed popular anxiety about how humans can take part in manufacturing in the future. This article investigates how the people engaged in traditional crafts in Japan interpret messages from nature and their cultural basis, in response to the dire situation surrounding the art of craftsmanship in Japan. If I can confirm the presence of manufacturing in harmony with nature, this will be a valuable statement in a world of global deterioration of the environment.

I have engaged in fieldwork since 2006 through a series of interview sessions with artisans and artists, both domestically and abroad. This article seeks to clarify the three themes below that have emerged through observation of the words of artisans, as well as to investigate ways of describing these themes from academic standpoint.

(1) Why an artisan can receive messages from nature.

(2) How an artisan can identify other artisans from their works.

(3) Under what conditions an artisan can obtain information from nature or crafted works. I am going to analyze the first and second themes from the viewpoint of ecological psychology,

参照

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