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私の臨床・研究生活40年 : 人生に無駄な時間・経験は一つもない

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私の臨床・研究生活40年

人生に無駄な時間・経験は一つもない

要 旨 私の臨床・研究生活 40年間を振り返って,ここでは以下の 5点につ いて述べ, 特に若い医学道を進む者への研究意欲を喚起したい. (1) 研 究の再現性 (2) 米国留学 3年間 (3) 教室の改革 (4) 新規食欲調 節因子の発見 (5) 今ある所でベストを尽くす. 大学卒業後の私の 40年間の特に研究生活と大学生活を振り返って みると, 自 の意志や興味とはあまり関係のない 野の研究を行って 来た時間が多かったことに気がつく. しかし, 私はその時々で自 の ベストを尽くして臨床と研究を行い教育にも情熱を入れてきた. 最近 の若者は, 目先のことだけにこだわり, 自 の仕事に満足せずに不平 を直ぐに言う傾向がある. しかし, 不平や不満を言う前に, 自 がその 場でいかにしてベストを尽くしているのか, 自 に問うてみることも 必要である. 人生において一時たりとも無駄な経験や時間はなく, 現在の経験が 将来役に立つことも多いのだから.(Kitakanto Med J 2012;62:243∼249) キーワード:研究の再現性, 海外留学, 教室改革, 新規因子の発見 1.研 究 の 再 現 性 私達が卒業した当時は青医連・学生運動の残照がまだ 色濃く残っている時代で, 研究を推進する臨床教室はま だ少なかった. それでも, 私達の年代の者は臨床と同時 に研究も志す者が多かった. 事実, 私達の医学部卒業生 80名の内 10名以上が基礎系教室の大学院生へと進んだ. 医学部を卒業したからと言って, 直ちに世界に伍する 研究が開始出来るわけではない. 私は内 泌代謝学に興 味があった. 現在での内 泌代謝学は 8つの臓器の他に, 5つの代謝学を専門としているが (図 1), 当時は甲状腺 学の研究がめざましく, 群馬大学第一内科では伝統的に 甲状腺研究が盛んであった. 私も甲状腺学の研究を志し た. 私の研究の始まりは, 1972年に医学部を卒業して第 1 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院医学系研究科器官代謝制御学講座病態制御内科学 平成24年4月9日 受付 論文別刷請求先 〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院医学系研究科器官代謝制御学講座病態制御内科学 森 昌朋 図1 内 泌代謝学がカバーする臓器と代謝領域. ( )内は本邦における推定患者数を示す.

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一内科に入局し, 甲状腺に関する英文論文を図書館で毎 日読むことから始まった. そして, 最初に与えられた研 究課題は, 丁度 3年前に発見された thyrotropin-releasing hormone (TRH, この発見者の Guillemin R と Schally AVはノーベル賞を受賞した) の Bioassay系の確立で あった. TRH はたった 3つのアミノ酸から構成されて いる活性ペプチドなので, その抗体作りが難しいのとア イソトープによる標識が困難な理由で,Radioimmunoas-say(RIA)系の確立が難しかった.そこで用いた assay理 論は, TRH をラットの尾静脈から投与することにより, 下垂体の Thyroid-stimulating hormone (TSH) 泌を刺 激して, その結果, 形成される甲状腺細胞コロイド小滴 の増加を指標として TRH 活性を検討するというもので あった.下垂体・甲状腺という 2段階を経る TRH Bioas-say系の再現性は難しく, 来る日も来る日も, 自費で購入 した新しい顕微鏡で甲状腺組織プレパラート中に存在す るコロイド小滴を数えた. しかし, 実験毎にばらつきが 大きく, 指導教官のプレッシャーもあり, 顕微鏡を眺め る目が悔し涙で霞み, 心が痛んだ. 一方, 私の同僚はイン スリン研究を行いその成果を学会でも順調に出してお り, 私は益々焦燥感がつのった. この時, 私は大学医局を 辞めようと思ったこともあった. 4年間近くこの実験に 取り組んだが, TRH 解に関するデータを商業雑誌に 日本語で出すのが精一杯であった. その後, 群馬大学内 泌研究所に赴任して来られた若林克己先生の門を叩 き,TRH 抗体作成とその RIA 系の確立を行った.人と人 との出会いは,人生の転換において重要だ.Negative data と Bioassayの再現性で苦しんでいた私にとっては, 若林 研究室の精度管理は目を見張るものがあった. この時, 実験の再現性を出すために徹底した精度管理を行うこと の重要性を学んだ. Bioassayを徹底的に行い苦しんでい たからこそ, その重要性が かったのだ. 今日行った実 験結果が, 明日の実験で再現できなければ研究そのもの が前に進まない. 再現性こそが研究の根本である. 当時の私は診療を終えた夜 10時頃から実験を開始し た. 午前 4時過ぎまで実験を行い, 若林研究室のその日 の最後の施錠をするのはいつも私の日課になっていた. 大学時代運動部に所属していた私は, 体力だけは自信が あった. 大学時代の運動部で培った体力と人間関係のコ ミュニケーション能力が社会人になった時に, ものを言 うのだ. 現在運動部に所属している医学生は 6年間, 部 活道をまっとうして欲しい. その 6年間が, 将来重要な 意味を持つことになる. この時作成した TRH 抗体をラットに投与すると, 血 中 TSH が低下するという画期的な成績を私は得た. そ の当時はまだ, TRH-TSH 系は完全に確立されていな かったので, 内因性物質の活性を抗体投与により抑制す ることを初めて見出した斬新な方法であった. Endo-crinologyに投稿しようとしたが, 学位論文は lismが良いと臨床の指導教官に言われたので, Metabo-lismに投稿して acceptになり, それが私の学位論文と なった. 私達の発表より遅れて, 米国グループも同じ結 果を Endocrinologyに発表した. 再現性のある新規性の 研究成果はまず, top journalに勇気を持って applyすべ きだということをこの時に学んだ. 2.米国留学3年間 最近の若者は海外に留学したがらないと言うが, 自己 の見聞を広め, 異文化を享受するためにもチャンスがあ れば, 是非海外留学をすべきだ. 1980年 3月私は米国 ニューオリンズのルイジアナ州立大学内 泌代謝内科 (John F Wilber教授)へ留学した (図 2).なぜだか知らな いが,ニューオリンズの空港には「Fat city」と大書して あった. こ こ で の 研 究 テーマ は TRH の degradation productである cyclo (His-Pro) の RIA 系の確立とその 生理学的作用の解明であった.その抗体作りや RIA 系の 確立には日本の若林研究室で学んだことが大変役に立っ た. TRH には下垂体 TSH 刺激作用とは独立した脳神経 賦活作用があることが注目されつつあり, その一つが TRH の食欲抑制作用であった. その作用を cyclo (His-Pro) が担っているとの仮説をその発見者の Prasad C 准 教授と共に Wilber教授は立てていた. 当時の私は, 甲状 腺系とは無関係な cyclo (His-Pro) 作用には関心がなく, そもそも肥満関連の摂食作用にはほとんど興味が湧かな かった. Wilber教授にもっと甲状腺の研究がしたいと進 言したこともあったが, 教授は私の進言を無視して研究 課題を私に押しつけた. そこで, 私はどうせ研究するな らばベストを尽くして行おうと決心して, 食事中のカ フェインの脳 cyclo (His-Pro) に対する影響などの代謝 研究を同じ大学の歯科の人達とも共同で研究した. この 時初めて ob/ob肥満マウスやサルを扱い, それらの脳神 経核における cyclo (His-Pro) の局在も検討した. 3年間 の米国滞在で私は約 30編の英文論文を acceptさせるこ とができて, Nutritional Departmentからスカウトされ るくらいに代謝研究に精通した. 自 の研究意欲とは異 図2 米国留学時代の Wilber教授と私.

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なる 野でもベストを尽くして仕事を行うと, 世界の トップに立つことができることを学んだ. Wilber教授は, あと 4∼ 5年は米国に滞在する様にと 勧めてくれたが, 1983年 3月に私は帰国した. 帰国後は, TRH や cyclo (His-Pro) の神経内 泌生理作用を中心に 研究を行い, 多くの論文を若者達と一緒に発表すること ができた. そして, 毎年米国内 泌学会や米国甲状腺学 会に若者達と一緒に発表に出かけた. 学会で口頭発表を した後, 多くの質問と討議がなされることが心地良かっ た. 日本で認められなければ米国に行って認められるべ きだということも, この時学んだ. 米国は能力の高い者 を求めており, 懐が深いのだ. 1986年頃より molecular biologyの導入が日本でも行 われ始め, 私も某大学の 衆衛生学教室の方々から

Northern/Southern blot法や遺伝子 transfection 法の基 本的技術を学んだ. 新しい研究方法が確立すれば研究領 域はさらに発展する. 3.教 室 の 改 革 1991年 8月群馬大学第一内科の 3代目教授に私は選 出された. 教室をさらに発展させるためには若い教室員 と充 討議することが重要で, その上で, 伝統を育みな がら現状を変えようとする強い意志と行動力が必要とな る. システムが良くないと, 優れた研究や教育も出来な い. 教室員と討議して第一内科の問題点ならびに改革す べき点を把握・認識し,熟慮した私は,まず 5つの点を中 心に第一内科教室の改革をしようと決意した. しかし, 組織の改革をする要点は「3年 30%の改革」であり,短兵 急な 60%を超す改革は失敗することが多いことは歴 が証明している. 私は以下に掲載した改革を漸次行おう と決めた. 1番目の改革すべき点は大学院生の受け入れによる研 究の推進である. 当時の第一内科で不足している最大の ものは研究に対するマインドと研究時間であった. その 当時,激しかった青医連・学生運動の影響もあり,第一内 科では大学院生の受け入れは 18年間閉ざされていた. 臨床の合間をぬって研究を行ってきた私の経験から, 臨 床医師でも一定期間研究に没頭する時間が必要だと痛感 していた. また, 診療を行って余った時間で実験するの では今後の molecular biologyを行う研究はできず,世界 に伍する研究成果をあげることは出来ないとも えてい た. このため大学院生の受け入れを, 教室員を説得して 翌年から開始した. 私が教授になった時, 私より年配の 5 人の医局の先輩がいたが, 有り難いことに誰も私の方針 に反対を言う人はいなかった. 新生第一内科大学院生の 第 1号は宮下和也君で,彼は cyclo (His-Pro)の新規の生 成経路を私の指導で発見して, その成果を J Biol Chem (1993) に投稿した. この研究により彼は学位を授与し た. 当時日本の臨床系教室から J Biol Chemに論文が掲 載されることは比較的稀であった. 現在彼は甲状腺クリ ニックを高崎市で開業している. その後, 第一内科では 大学院生達を中心とする研究が開始されて, 研究成果が 次々と出始め, それに伴い学会活動も活発になって行き, 彼らが次々と学会の若手研究奨励賞を受賞するように なった. そのため, 群馬大学第一内科のプレゼンスを国 内外に示す事が出来て, 教室内の士気が大いに高まった. 2番目の改革すべき点は教室の専門領域の特徴化と教 育関連病院の充実である. 第一内科では, 内 泌糖尿病, 呼吸器アレルギー, 消化器肝臓の各領域は伝統的に専門 としていた. この他に循環器グループもあり, 関連病院 (前橋日赤, 伊勢崎市民, 桐生厚生, 富岡厚生の各病院) 在 籍者を含めて約 18名の医会員がおり, 皆東京女子医大 の循環器内科に国内留学し, その臨床の腕は確かであっ た. しかし, 大学の専門 野とするには研究面が 弱で あったので, 私はこれからの第一内科の循環器を如何に するのか決断を迫られていた. すなわち, 循環器グルー プを伸ばすのであれば, 当時第一内科の講師席が空いて いたので, 循環器専門の医師を学外から講師で招聘して 専門能力を高めると同時に研究も推進し, 循環器専門医 師を排出して, 関連病院に派遣すると言う方針である. この頃は, 内科や外科の関連病院への相互派遣は行われ ていず, 第一内科の関連病院, 第二内科の関連病院など という具合に各科専属の関連病院構成が極めて強固で あった. 循環器グループが所属している呼吸器アレル ギーグループにも意見を求めたところ, 群大第二内科に も循環器グループはあるので, 第一内科としては呼吸器 アレルギーを主体として診療, 研究を行うとの結論で あった. そこで, 私は循環器専門の講師招聘を断念した. この事は当時の第二内科の教授も了承し, 第二内科循環 器グループの第一内科関連病院への派遣がその後開始さ れた. また, 第一内科の関連病院の特徴化と統合整理が 国 立病院を中心として行われ, 臨床教育の充実化を図 る態勢が整い, 後年実施された研修必修化にもある程度 対応出来た. 3番目の改革すべき点は医療チームの構築である. 地 方の国立大学病院は, 都会の大学病院と異なり, 研究の 推進と共に, 地域医療も充 担っており, 大学病院所属 者は論文だけ書けば良いというわけではない. また, 大 学病院には, 関連病院で診断や治療困難な症例が送られ てくることも大変多い. 地域医療にとり, 臨床の最後の 砦が大学病院である. この観点からすると, 大学病院は その道の専門家だけを揃えておけば良いことになる. し かし, 現実はそうではない. 内科といえども, 専門の細 化が進んでおり, それを充 にこなしていくだけの医師

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の絶対数は不足している. 例えば, 診療技術の発達して いる消化器専門領域を眺めてみると, 4つのサブグルー プ 野が必要だ. 1つの 野を充 にこなすには最低 10 名の医師が必要になり, 消化器だけでも 40名の医師が 必要となる. 第一内科の 3つの専門領域とそれに附随す るサブグループ 野を併せると, 計 90名の医師が必 要となる. 地方の国立大学病院にとって, それは現実的 ではない. そこで私は, 少ない医師数で有機的に統合的 に充実した診療を如何にして行っていくのかを えた. その結果, 医療チームを構築する事を思いついた. それ は, 第一内科の内 泌糖尿病, 呼吸器アレルギー, 消化器 肝臓を専門とする各専門領域医師 1名ずつ計 3名が研修 医と共に医療チームを構成して, 1人の患者診察にあた るシステムである. 患者は 1つの臓器だけで成り立って いるわけではない. 例えば, 肺炎の患者でも, 糖尿病もあ れば, また消化管出血も合併している. 第一内科では, 現 在 5つの医療チームがある. この医療チームの充実に伴 い, 初期研修指導がうまく行き, また内科専門領域の中 での患者たらい回しを避けることが出来, さらに疾病の 見落としが少なくなった. これらが結実して, 昨年 (2011 年 10月 21日) 研修医指導が顕著であることが認められ て,第一内科は「ベスト診療科賞」を受賞した.さらに,こ のシステムにより, 受け持ち患者をチームで担当する姿 勢が出来つつある. つまり, 全身内科学の実践と専門 野の精鋭化を行うことが出来ている. このことが関連病 院でも行われるならば, 医師の過重労働が軽減され, 将 来, 女性医師の永続的勤務にも好影響を及ぼすことが期 待される. 女性医師は医療や研究に対するモチベーショ ンが低いわけではなく, ワークバランスを保持しながら システムをまず充実させることが必要なのだ. この医療 チームを推進する様になってから, 医師の臨床時間にも 余裕が生まれ, 研究を継続することも出来て来た. 各専 門領域の教室員が, 少ない人数にも拘わらず日夜臨床に, 研究に励む姿をみていると, この上なく私は頼もしく, また誇りに思う. 医師は期待され尊敬される職業なのだ から, 一生勉強するのだ. 4番目の改革すべき点は臨床教育の充実である. 患者 意識の高まりもあり, 医師免許のない医学生の臨床実習 を充 に行うことは昨今難しいことも多い. しかし, 医 学生は次世代の医療を担っていく大切な人材である. 第 一内科における選択実習では, 学生を准主治医として扱 い, 上述した医療チームの一員に加え, また助教以上が 学生にマンツーマンで付いて, 学生のカルテの書き方や 患者診療をどの様に えていくのかを毎日指導するシス テムを構築している. さらに, 臨床手技や画像診断の教 育を充実させた. また, 実習の終わりに, 第一内科の臨床 実習に対する学生の評価をとることにしている. このこ とにより, 学生が今何を望んでいるのかが明瞭に かる 様になり, 教官の指導も的確になって行く. 現在, 第一内 科の選択実習には大勢の医学生が参加しており, その教 育姿勢に対する評価はかなり高いと自負している. 学生 の好きな教室員にだけ助教を指名してきた結果であろ う. このことにより, 研修必修化になっても, 第一内科へ の入会者は激減しなかった. 教育の充実が学生勧誘の根 本である. 翻っては, 多くの大学院生が第一内科を専攻 し, 研究面でのレベルアップも図れる様になった. 5番目の改革すべき点は教授の直接研究指導の継続で ある. 私は教授になってから教室運営で忙しくなり, 関 連病院長との夜の会合が多く, また, 後輩を promotion するマネージメントでも繁忙となり, 学生教育の時間も 格段に多くなった. さらに, 大学内での委員会務めも多 くなり, 大学院教務委員長や, 大学院部局化委員長とし て群馬大学医学部の大学院化を立案, 完遂し, 群馬大学 医学部の研究科大学としての基盤を築く事が出来た. ま た, 学長補佐, 全学評議員として赤岩前々学長, 鈴木前学 長, 高田現学長ならびに砂長, 池ノ上, 谷本, 中島事務局 長らと共に群馬大学全体の構想策定・実現 (特に埼玉大 学との合併問題, 国立大学法人化, 重粒子線施設設置な ど) にも取り組んだ. さらに, 自 の所属学会でも理事長 などの役職に就任して極めて多忙になった (日本甲状腺 学会理事長 6年間, 日本内 泌学会理事長 2年間, 日本 肥満学会副理事長 3年間, 厚労省難治性特定疾患対策研 究班長 3年間, 等). 付け加えて, 日本内 泌学会学術集 会, 日本肥満学会学術集会, 日本神経内 泌学会学術集 会, 日本甲状腺学会学術集会などの全国レベルの学会や 地方会・研究会を前橋で次々に開催した.勿論,これらの ことは教授にしか出来ない重要な役職であるが, 私が直 接指導する研究は漸次出来なくなった. 1日は 24時間し かないのだ. 教授になる前は睡眠時間 4∼ 5時間でも平 気で研究に打ち込んでいたのに臨床の教授になったとた んに, 研究時間が失われて私は毎日喪失感に駆られるこ とになった. その頃, 大阪大学病院中央検査部を退官さ れていた宮井潔名誉教授から, 臨床の教授になっても 研究を捨てるのではなく, 自 自身の研究をすべきで, それは high riskな研究をすべきであり,その研究を行っ てくれる実験助手を持ちなさい」とアドバイスしていた だいた. 私は, この えに大いに共感して, 私のアイデア で研究を行ってくれる実験助手をその後雇い, 定期的に 私と research meeting を行った. 研究結果の殆どは nega-tive dataであったが,実験結果をみる度に胸が震え,その meeting の時間は私の青春の若返りと研究に対する情熱 の復活を意味した. 大学人は退官直前まで, 試験管を 振っているべきだ.

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4.新規食欲調節因子の発見 内 泌代謝学の歴 (図 3) を俯瞰すると, 新しい活性 因子 (ホルモン) の発見により研究や臨床の展開が大き く加速されていることに気がつく. 現在, 私達が臨床の 場で糖尿病の治療として, 盛んに 用しているインスリ ンは約 90年前に発見されたものだ. 最近では, 脂肪細胞 から 泌されて脳視床下部に作用し, 摂食を抑制する Leptin が 1994年に発見されて以来, 脂肪細胞由来の肥 満代謝に関連する活性因子に世界の研究者は注目してい る. 研究の要点は 3つあり, それは (1) Original (2) Revolutionary (3) Timelessな活性因子の発見である. 私は内 泌代謝学の中でも, 甲状腺ホルモンについて研 究してきたが, 甲状腺ホルモンがその作用を発揮するた めには受容体に結合する必要がある. 私達の研究グルー プはこの受容体や, 受容体に結合する転写共役因子につ いても研究が盛んである. 甲状腺ホルモン受容体は II 型 の核内転写因子であるが, その同じ II 型に PPARγがあ り, PPARγの活性化剤は糖尿病の治療剤として大変注 目を得つつあった. しかし, PPARγの標的遺伝子は不明 の点が多かった. そこで私は, PPARγ活性化剤の Trog-litazoneで activateする遺伝子を得るために Subtraction cloning assayを私の直接指導する実験助手に行わせ, そ の結果 Troglitazone で活性化される 596 cloneを得た. 泌蛋白のシグナルを有し, かつ脂肪細胞と神経細胞に 発現している遺伝子を 9 clone得て, その中の一つの因 子が視床下部の神経核, 特に摂食に関連する神経核とそ の神経細胞に多く発現していることを見出した. この摂 食関連の神経核は米国留学中に cyclo (His-Pro) 研究を 通して学んで馴染みが深かったが, 米国留学中の私はあ まり興味の湧かなかった 野でもあった. 私達の発見し た因子を Nesfatinと命名して, それは肥満関連の新規の 食欲抑制因子であることを発見し,世界の top journalで ある Nature誌に投稿した. 機能未知の新規因子は再現 性さえあれば, その研究成績の解釈は自由である. 多く の執念が結実して Nature誌 (2006)に Nesfatinの研究成 果が acceptされた. 私の米国留学帰国後, 実に 23年が 経過していた. 日本の臨床系教室から Nature/Science誌 に論文が掲載されることは現在でも比較的稀である. 新 規物質の発見により研究は新たな局面を 成し, 現在 Nesfatin に関する研究が世界中で行われている. この研 究の一端が認められ, 私は学会では最も権威のある日本 内 泌学会賞を 2006年受賞した. さらに, 私の研究に触発されて第一内科学教室での内 泌代謝系, 呼吸アレルギー系, 消化器肝臓系の多彩な 研究が現在展開中である. 5.今ある場所でベストを尽くす 群馬大学医学部第一内科 (病態制御内科) は内 泌糖 尿病, 呼吸器アレルギー, 消化器肝臓を専門とする臨床 科であり, 各専門 野の臨床能力は日本の他の大学病院 と比較してもひけをとらず, 患者さんからの信頼もあつ い. 私の家族が, もし病気になってもこれらの専門 野 ならば, 自信を持って第一内科へ入院させる. 自 の家 図3 内 泌代謝学における生理活性因子 (ホルモン) の発見と歴 .

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族すら推薦出来ない科となったならば臨床科としては失 格である. 群馬大学医学部の歴 も 70年を超えようと している. しかし, 第一内科学教室の伝統にゆったりと 腰をかけて安住している暇はなく, これまでの進歩をさ らに推し進めて, これからさらに日本一の群馬大学内科 学教室を目指して, 必死に一歩一歩登っていくことが重 要である. こうして, 大学卒業後の私の約 40年間の大学生活お よび臨床研究生活を振り返ってみると, 自 の意志や興 味とは関係のない 野の研究を行って来た時間が多かっ たことに気がつく. しかし, 私はその時々で自 のベス トを尽くして臨床と研究を行い教育や学会活動にも情熱 を入れてきた. 最近の若者は, 目先のことだけにこだわ り, 自 の仕事に満足せずに不平を直ぐに言う傾向があ る. しかし, 不平や不満を言う前に, 自 がその場でいか にして自 のベストを尽くしているのか, 自己に問うて みることも必要である. 人生において一時たりとも無駄な経験や時間はなく, 現在の経験が将来役に立つことも多いのだから. 文 献

1. Miyashita K, Murakami M, Yamada M, Iriuchijima T, Mori M. Histidyl-proline diketopiperazine: novel for-mation that does not originate from thyrotropin-releasing hormone. J Biol Chem. 268: 20863-20865, 1993. 2. Oh-I S,Shimizu H,Satoh T,Okada S,Adachi S,Inoue K,

Eguchi H, Yamamoto M, Imaki T, Hashimoto K, Tsu-chiya T, Monden T, Horiguchi K, Yamada M, Mori M. Identification of nesfatin-1 as a satiety molecule in the hypothalamus. Nature 443: 709-712, 2006.

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M y 40 Years of Clinical and Research Work

No Useless Experience and No Worthless Time in your Life

Masatomo Mori

1 Department of Medicine and Molecular Science, Gunma University Graduate School of Medicine, 3-39-22 Showa-machi, Maebashi, Gunma 371-8511, Japan

Looking back upon my 40 years of clinical and research work,I would like to describe the following five points to evoke the research volition of young medical persons.; (1) importance of reproducibility in research, (2) encouraging studying abroad, (3) improving the Department of Internal Medicine, (4) discovery of a new appetite-regulating molecule and (5) doing ones best in the current position.

When I look back upon my 40-year research life since graduating from medical school,I realize that I had engaged in doing research in the scientific fields,most of which I was not interested in at the time. Instead, I had always done my best and made great efforts to obtain a number of clinical and research results, simultaneously putting blistering passion into education. Now a days, young persons adhere only to immediate things,and there is a tendency to complain immediately before you are satisfied with your work. However,prior to complaining,you ask yourself about whether you are doing your best in the current position.

Because there are no useless experiences or wasting time even for one second in life,the present tough experiences may lead to having great success in the future in many cases of your life.(Kitakanto Med J 2012;62:243∼249)

Key words: importance of reproducibility in research, encouraging studying abroad, improving the department of Internal Medicine,discovery of a new appetite-regulating molecule

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