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心機能の分子生物学的研究

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Academic year: 2021

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心機能の 子生物学的研究

は じ め に 心臓というと何を思い浮かべるだろうか? 誰もが思 い浮かべるのは, 勢いよく拍動して血液を送り出す姿で あろう.これを扱う学問としては,解剖学,生理学がある. 次は, 心電図に代表される心臓の電気的興奮であろう. これは電気生理学が担当する.さらに,心筋の収縮・弛緩 はアクチン 子とミオシン 子が一心拍ごとに相互作用 をすることで起こる. これに関する研究は, おもに生化 学に属する. そして, 心臓が様々な外的刺激に適応する 際には, 心筋を構成する蛋白の遺伝子発現が変化する. これは,心臓の設計図の修正・変 を意味し,これを扱う のが 子生物学である. 心臓の研究は, 解剖学から始 まって, これにつぎつぎと新しい学問が加わることで発 展してきた. 研究へのみちすじ 私の研究テーマは, 心機能や心病態を 子生物学的手 法で解き明かすことであり, その中でも特に心筋内のカ ルシウム輸送に関連する遺伝子の発現制御を扱ってき た. 1983年に第二内科 (臓器病態内科) に入局させてい ただいた後は, 市中病院に勤務しつつ, 週 1日の研究日 に大学に来て, 動物実験や電子顕微鏡による組織観察な どの実験手技を身につける日が数年間続いた. あるとき, 研究室主任の鈴木講師 (現 立藤岡 合病院長) のお勧 めで, 東京大学第三内科の矢崎義雄先生 (現国立病院機 構理事長) の講演をお聞きする機会があった. α型ミオ シンと β型ミオシンを特異的に染め ける抗体を用い て, 心臓肥大や心不全の際に心筋を構成する蛋白がが らっと替わってしまうことを明らかにした発表であっ た. 心機能にはそれほど変化しないにもかかわらず, 心 筋を構成している 子はすっかり替わってしまうという 事実に驚くとともに, このような変化を明らかにできる 子生物学的手法にすっかり魅了されてしまった. そこ で, 当時, 群馬大学で唯一この手法に精通されていた星 野先生 (衛生学講座教授,現医学部長)の教室に出入りさ せていただき, ご指導をしていただいた. また, 同じ頃, アメリカ留学から帰国したばかりの当研究室の神田医師 (現金沢医科大学教授) から, アメリカの学会で日本人に 会い, その日本人がポスドクをしている研究室に人員の 空きがあるから応募してみたらとの話をもらった. この 日本人のポスドクが, 永井良三先生 (当科前教授, 現東京 大学教授) であり, その数年後に当科に教授として赴任 されることになるとは, 我々もご本人も予期しなかった であろう. 村田教授のご推挙をいただき, 1989 年から米 国バーモント大学へ留学することになった. 当時から現在までの研究 心臓の収縮・弛緩の強さは, 細胞内のカルシウム貯蔵 庫である心筋小胞体に貯蔵されているカルシウムがどれ だけ心筋収縮の場 (アクチン・ミオシンなど)に動員され るかによって決まる. 重症心不全によって心臓移植を受 けた 17名の患者の不全心筋から mRNA を抽出し, 心筋 小胞体からのカルシウム放出 (心筋収縮を担う) チャネ ルであるリアノジン受容体と, 心筋小胞体へのカルシウ ム汲み上げ (心筋弛緩) を担う心筋小胞体 Ca -ATPase (SERCA2) の mRNA 発現をノーザンブロット法で計測 57 Kitakanto Med J 2010;60:57∼58 1 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院医学系研究科臓器病態内科学 平成21年11月27日 受付 論文別刷請求先 〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院医学系研究科臓器病態内科学 新井昌

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すると, 両者の mRNA は心不全の重症度に比例して低 下することを明らかにした. この現象は甲状腺機能低 下によるうさぎの心不全モデル や, ラットの高血圧性 心不全モデル でも確認し, 心不全の原因によらずにみ られる共通の現象であることがわかった. 心不全では, 酸化ストレスの増加, 感神経系刺激やレニン・アンジ オテンシン・アルドステロン系の活性化などによって, 心筋線維の脱落や線維化が起こり心機能がさらに低下す る. 我々の研究結果は, これらの機序と並んで, 細胞内カ ルシウム輸送に関わる蛋白が遺伝子発現レベルで低下し てしまうことが心機能低下の主要な原因になることを示 唆した. 実際, SERCA2 遺伝子のトランスジェニックマ ウスでは心機能の向上が, また, ヘテロノックアウトマ ウスでは心負荷によって容易に心不全が誘発されること が報告されている. このように, カルシウム輸送が心機能制御の鍵になる ことを明らかにしたので, つぎにはこれを心不全治療に 応用することを試みた. すなわち, SERCA2 遺伝子によ る心不全の遺伝子治療である. ラットに実験的心筋梗塞 を作製し, 心不全になったところで冠動脈からレンチウ イルスベクターによって SERCA2 遺伝子を導入し, 対 照遺伝子群とその効果を比較した.SERCA2 遺伝子導入 群は心不全による心拡大と駆出率の低下が抑制され, 有 意に生命予後の改善が得られた. 我々の研究はここま でであるが, 一昨年からアメリカおよびイギリスで, SERCA2 遺伝子を用いた心不全患者への遺伝子治療の 臨床治験が開始されている. 現在, Phase II の段階にあ り, その効果が期待されているところである. いっぽう,SERCA2 遺伝子発現の調節機構についても 遺伝子導入と平行して研究を行った. SERCA2 遺伝子 5-転写調節領域には GC-boxが存在し, ここに Sp1転 写因子が複数結合する. SERCA2 遺伝子 5-転写調節領 域上の Sp1結合部位に変異を加えたルシフェラーゼレ ポーター遺伝子を, 開胸した心臓に直接注入することに より, 培養細胞でなく拍動している心臓での転写活性を 測定し, 特定の Sp1結合部位が SERCA2 遺伝子の生理 的あるいは病態における転写活性調節に必須であること を明らかにした. 心臓は膨大な量の力学的な仕事をするため, 大量の ATPを消費する器官である. ATPは脂肪酸や糖をエネ ルギー源に, ミトコンドリアで産生される. 産生された ATPは, ミオ シ ン ATPaseや SERCA2 な ど の ATP利 用蛋白で用いられる. ATPの産生が足りないと正常な心 機能は維持できない. 一方, ATP産生には酸素が必要な ため, 過剰な ATP産生は活性酸素の発生源になってし まう. すなわち, ATP産生と ATP消費に関わる蛋白は 協調して調整されているはずである. 我々は, ATP産生 と ATP消費を担う蛋白が, それらの遺伝子転写のレベ ルで調節されている機構があると え, 共通に作用する 転写因子を探した.その結果,ミトコンドリア DNA に専 用の転写因子であると えられてき TFAM/TFB2M が, SERCA2 遺伝子をはじめ細胞核 DNA から転写される 遺伝子の転写調節にも寄与していることを明らかにし た. すなわち, 心筋でのエネルギー産生と消費は, 共通の 転写因子によって遺伝子レベルで調節されていることが 判明した. お わ り に これまでの研究の一端を紹介させていただいた. これ までの流れを振り返ると, 自 で意図して道を作ってき たわけではなく, さまざまな人との出会いがもたらして くれた道をあまり躊躇することなく, 歩いてきただけで ある. もし, これまでの出会いがたったひとつでも異 なっていたら, 現在, 別の平行世界にいたはずである. 人 との出会いの不思議さを感ずるとともに, 歩む道を示し てくれた多くの人に感謝するのみである. 参 文 献

1. Arai M, Alpert NR, MacLennan DH,et al. Alterations in sarcoplasmic reticulum gene expression in human heart failure. A possible mechanism for alterations in systolic and diastolic properties of the failing myocardium. Circ Res. 1993; 72: 463-469.

2. Arai M,Otsu K,MacLennan DH,et al. Effect of thyroid hormone on the expression of mRNA encoding sarcoplas-mic reticulum proteins. Circ Res. 1991; 69 : 266-276. 3. Arai M, Suzuki T, Nagai R. Sarcoplasmic reticulum

genes are upregulated in mild cardiac hypertrophy but downregulated in severe cardiac hypertrophy induced by pressure overload.J Mol Cell Cardiol. 1996; 28: 1583-1590.

4. Niwano K, Arai M, Koitabashi N, et al. Lentiviral vector-mediated SERCA2 gene transfer protects against heart failure and left ventricular remodeling after myocar-dial infarction in rats.Mol Ther. 2008; 16: 1026-1032. 5. Takizawa T, Arai M, Tomaru K, et al. Transcription factor Sp1 regulates SERCA2 gene expression in pressure-overloaded hearts: a study using in vivo direct gene transfer into living myocardium. J Mol Cell Cardiol. 2003; 35: 777-783.

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