対話型鑑賞の意味
ーアメリア・アレナスのトークからー三 淳 一 実
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- From the Practice of Mrs. Amelia Arenas一
Kazumi Misawa
Appreciation of art is a creative activity which cultivates and nourishes one' s mind and feelings.
Though the term
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reativeactivity" may give an image of making something artistic. the meaning of the lerm ranges from such an ordinary one to a specia more i.l mportant one. to re.create oneself as a person full of energy that enables one to live a happy life under any condition.Here 1 would Iike to introduce a good example of a creative appreciation of art. "the dialogical appreciation". carried out between Amelia Arenas and some school children.
1n this appreciation. the important points are these: to talk freely about what everyone feels about a piece of artwork; to exchange opinions: and toiIsten to what others say. 1n the process. inspired by others' ideas and opinions. children gradually come to know that there can be many right answers. They can learn that each idea and opinion has some merit. and can form their own ideas and opinions with confidence in the end. The basis of the course of study will change. and so will the concept of learning ability. Therefore. it is time to change the paradigm of the appreciation of art. from a conventional one to a creative one. from teaching and memorizing to thinking and finding oneself through dialog.
-70-対話型鑑賞の意味 ーアメリア・アレナスのトークからー 1 .はじめに アメリア・アレナスがニューヨーク近代美術館の講師時代に編み出し た対話型のギャラリートークが今再び注目されているD 日本で初めて紹 介されたのは
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年の「なぜ、これがアートなの」展である。この展覧 会は7
月から豊田市美術館、川村記念美術館、宇都宮美術館の3
館を巡 回した。その様子は、高知大学の上野行ーにより「まなざしの共有」と してまとめられている。その後、展覧会をきっかけに話題をさらったア レナスのトークはその後各地で紹介され、また、本人によるレクチャー も行われてきた。しかし、学校現場での鑑賞の授業には未だ十分に入り 込んでいなし」また、美術館のギャラリートークでも依然として知識を 伝える一方的なトークが主流であり、インタラクテイプなトークはなか なか見られない。「まなざしの共有」では冒頭に「全国各地の美術館に 小中学生が大挙して押し寄せる…中略…そんな夢のような光景を目にす ることができるのだろうか」と切り出しているが、夢で終わってしまう のであろうか。 現在、学習指導要領の改訂の作業が行われている。中央教育審議会教 育課程部会審議経過報告などを見ても、鑑賞活動の一層の重視は必然で あるo今日的な学力観に立ち、文化理解、豊かな感性教育、そして国際 理解教育からも、その学力を獲得する手段として鑑賞活動の重視が位置 づけられているo しかしながら、前回の改訂もそうであったように、指 導要領の提示のみではなかなか教育現場に浸透していかない。今回、ア レナスのトークを企画する機会を得た筆者が、そのトークを通して変 化する子どもの姿や学びを紹介し、対話型鑑賞の教育的可能性を検証し、 その意味を考えていきたい。-71-文 教 大 学 言 語 と -71-文 化 第19号
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学生の鑑賞に対する意識 本学教育学部の授業「図画工作科教育jにおいて、以前中学校で使用 していたビデオ教材を使って学生に鑑賞の授業をしている。内容はビデ オで映された彫刻作品に題名を付け理由を発表し合う活動である。授業 後に「鑑賞は楽しい。同じ作品を見ても、みんな違う題名だJ
という感 想が必ず出る。興味深い感想である。学生自身、頭の中ではみんな違う 感じ方や考えがあって当たり前だと考えているが、実際に全員が異なる 言葉を選び題名をつけている様を見ると改めて驚くoそして、その感じ 方の違いに気づくことが個性に気づく事だと話すと納得する。梶田叡ー は、「真の個性教育jの中で「一人一人がこうした内面世界を持ち、そ れを基盤として考え、行動し、生きていっていることを、われわれは見 過ごしてしまうことが多い。」と述べ、内面に気づくことの重要性を指 摘している。鑑賞は個性を確認できる機会でもあるo 今日求められる新たな鑑賞の役割として、多様な感じ方、考え方をし てみる中で、思考を巡らせ、自分なりの考えを導き出すことが重視され ているoそれは、自分以外の者の見方を知ることで、一時ゆらぎ、そし て再発見し、新たな考えを構築してゆく学びであるo言い換えると、鑑 賞の魅力は自分自身の見方を創造していく過程にあるのではないか。つ まり鑑賞活動は制作活動の試行錯誤と同様にきわめて創造的な活動とい えようo さて、先述の鑑賞の授業の際、毎回挙手で学生の鑑賞体験を聞いてい る。鑑賞の授業において小中学校で自由に自分の考えを述べ合う体験を している学生は全体の数パーセントである。鑑賞の授業そのものを受け た記憶がある学生が2
割弱である。その2
割弱の学生が受けた鑑賞授業 は調べ学習に代表される。作者の生い立ちゃ作品が生まれた社会的背景 を調べ、作品を理解するための知識習得に重点を置いた学習である。学 っ L n ill,li明it.rt町立川 アメリヲ アレサスのトークからー 生の笑 n.~ から推察すると教育現場では未だに鑑'i't教育の重要性が理解さ れていないか、も しくは鑑賞活動そのものの方法論が一般化されていな いと考えざるを併ない。 3 対話型銭貨の様子 今回、川越市立美術館で対話型 鑑賞の第一入者ともなえる
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メリ7
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レナスと小学校5
年生2
0
名 の対前型鑑賞の機会を得ることが できた。平成1
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年6
月3
日に行わ れたその隙子を能者のメモと械彩 したビデオ映像を元に将軍i.L対話 型鑑賞の f;t \I~j について考えていく。 川越市立美術館に絡まった川越市立俗ヶl
羽小学校5
年生2
0
名。そこに 現れたアレナスは干どもたちに 「今日は特別なゲームをするわよ。一生 懸命作IVzを凡て、作titlIについて話してみましょう。一人一人から意見を 1mきたいの」と切り山した。そして、絵をjjTiにして床lこJ
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った。 rjr掛か にこの絵をよくよよて。ルールはとっても削1位。見て、考えて、'
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f:去に話 す。たったそれだけ。」 子どもたちの鑑賞が始まった。 松初の作品はヰIIJJ;( 求-f!l~作 「コ ロッセアム」である。ローマの遺 跡、を村山、たI
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彩である。7
レナス は子どもたちに繰り返す。「みてJ
「考えてJ
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訴す」子どもたちは真 剣に絵を凡ている。そのW
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q d 円 vt 'x牧 太 字 , f,;計と文化前19:; 桜!立だろうか。静寂を破り
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可か意見がある人」ァレナスの/l4Jいかけに 子どもたちは2
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り始めた。「夜みたいな感じJ
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建物だけ1
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るいから朝l
で 明るくなってきているJ
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少しさみしい感じがするJ
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人がいなさそうで、 でも一人ぐらいいそうJ
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僕は,、がたくさんいてt
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Iでがやがやパーティー をしているようにt
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うJ
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で人カさ静かに働いている{;'f<だJ
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レナ スは一人一人の意見を受け止め、「何でそう思ったの./J
と賀川をしたり、 「そうね、もしかしたら胤が来るiIijなのかもね」と子どもの感じ方を広 』ずるコメントを添えたりしなカまら、20分ほど弓二どもたちとの対話を対Lけ た。そして最後にアレナスは建物について話した。「この建物は2000年 以上前に建てられたのよ。これは劇場で、動物と人Jl.IJや人と人が戦って、 それを見に来る人たちの大きな歓声であふれていたの。今はなんか幽霊 が出てきそうなミステリアスな感じがするよね。J
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レナスの話は子ど もたちが感じた絵の印象をi
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定する解説であった。2
作品G
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は先ほどの作品と一転 し、床に民示された写真作品であ る。水i
市に石を吉年としたi瞬1111を撮 影した、文教大学の学生作品であ る。アレナ 1 と子どもたちは作品 を取り巻くように座って作品を見 始めた。2分の静寂の後、「何か 意見がある人」の言葉に子どもたち全日が一斉に手を挙げた。!剖りの大 人たちもこれには驚いた。順番に意見を発表していく。「水に何か務と したんだH
字市にみえるH
水に乱暴に物が落ちて水が怒っているH
魚 が飛び込んだ瞬HlJだJ
二十人が二十通りの見方でトータをしている。前 後にアレナスは「この人が作者なのよ。何かI
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きたいことがあるJ
と子 どもたちに問いかけた。この場面は以下に詳しく述べる。-74-) -1,,1;引it-rt町立"1. ヲメリア アレfスのトークかりー 子ども 「水に何を入れたんですか7
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学生 I1と1分がそこにいるという思いJ
7レナス 「具体的に、尖│努には何を 7J
学生 「干[です」 7レナス 「でも『石jというlIIiに1'1分の存杭している思いを入れたい と口ったけど、その時、尖│祭にはTiを入れたのだけどその 時の考えをa
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'O:してみることは大切だよね」 子ども1
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で何枚も繰り返しj
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ったのですか7
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学生 I[nl数を重ねることで、そこに1'1分が存在していることが何 同も確認できるから」 7レナ λ 「わかる?
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子ども うなずく アレナス 「本当にわかる?J
子ども 「うん」 弓ども 「この作品で(
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を表L
たかったのつ」 学生 「慌が石を投げなかったら波紋は生まれない。だから伐がい なかったら起こりえないこと。だから、起こったと言うこ とはf
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せがいたという3
正Iy[になる。 アレナエ 「アーチλ
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がいなかったらこれは(作z
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になることは)全 〈起こらなかった。でも、見ている人がいなかったらこれ も(今1
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の機会も)なかった。子どもたちの意見はどうだっ た7J
学生 「とってもエキサイティ ングでした」 この小学校5
年生にとって難しく、1
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ニえる学生の訂紫は、 7レナ λとの卜一世を過して鑑賞を深めてきた子どもたちには十分理解 に ひ 弓 , e加に.n:).;.'";;- ,(11ftとi<:ftめ19¥; できる訂誌となっていた。 鑑賞は企附民 「斉藤仰fの軌跡」脱へとあ~'é<。やはり思い思いに絵の印 !訟を諮る子どもたち。そ
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てここでも故後に作告に笠助してもらった。W
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/'iと子ども、アレナスの印象深いトークを紛介する。 子どもI
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ょの方に柿いてある絵はどうしてt
Uiいたのですか」 作者 「付税がキリスト教信者で、ちょうどり観がなくなった年に、 この;{i名な作品を見に行くことができたのでー祁に揃いた」 アレナス 「キリスト教というだけでなく、なぜ、特しんでいるピエタ をf
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いたのかという質問だね?J
子ども うなずく 作者 「う ん 。う ん 。すみません、符えられなくて」 アレナス 「今のことはとってもおもしろい。作者であっても尖際終え られないことは作品の中にはあることがある。何か大事な ことで意味のあることだと見る仰が受け取っても、それが 何を:l!.1味するの均、作者も符えられないことがある。」 作者の登場により、 f;o[~~I の分析 的解釈や、作一行の:l!:[~[を探り iE 解 を2ff.き日1すような作品の見方に 偏っていった子どもたちの鑑賞活 動が、作者とアレナλとのやりと りの1j.1で.もう一度見るs![Iに主滋 概を委ねられた瞬間である。 最後の鑑:u:W
品は今までとは黙なる手法で行われた。 7レナス 「今度は、見たことを覚えてみましょう。これまでと同じよ うによく見てくださいJ
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見た後は後ろ向きになって是主の;
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をしてみましょう。だからよく見てください」-76-対 "ð"'1~ftの E財、 ーアメリヲ アレナ λのトークから 「さあ、)1:えられた?じゃあ、こっちを向いて
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回を閉じてm
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の中で もう一度絵を思い浮かべて下さい。liJi
の中に絵が見える ?J
「さて、絵の中で何が起きているのだろう」 子どもたちは今まで観察した作品について、諮り始める。 「芸の上で休んでいる」 「風の神様が風の音をU
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いて休んでいる」 「ふわふわの綿みたいなところ で、絡好も、日とかもいたずらっヨ
ぽ〈 。考えているみたい」 「大きな丸い物が光っていたか らこの近くにお釈迦椴が住んでい る」 絵をI'
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Iこして諮る子どもたちは、 先ほど絵を観察したときの印象を町!の中でまとめよげ各自言葉にして いった。 アレナス 「じゃあ、もう一回絵を見てみましょう。さっき絵を凡ない で,思い出せなかったことで何か気づいたことある?J
子どもたちは友達の話や、見ないがために膨らんだ自分自身の作り上 げたイメージを確認すベ〈、更に任1
まして、かつ真剣に絵をK
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察し、諮 り始めた。 アレナスは最後に子どもたちに1
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いた。 「どうフ今日は楽しかった?このように作品を見て話をすることおも しろい?J
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またやりたい?J
大きくうなずく子どもたち。 11時111/4
とに及ぶ対話型鑑賞は子どもたち の充実した表情と共に終了した。 ヴ 4 ゥ ,文教大学
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;Itと 文 化 第19号4
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鑑賞と学力 最近、造形美術の研究発表や学会等で鑑賞教育の実践発表が出ないこ とはない。非常に喜ばしいことであるo と同時に、今までは実践が話題 を呼んだ鑑賞教育もその内容が真に問われる時期になったと言えようo 造形美術教育の中で、鑑賞活動の学習の意味をどのように位置づけられ るかを真剣に考えなければならない時期である。 現在、中央教育審議会ではこれからの学校教育のあり方を検討してい るD 早ければ3
月に新しい学習指導要領が告示される予定である。中教 審の答申や教育課程部会の審議経過報告から今回の改訂が学力向上をか なり意識した内容になると考えてもよい。ここで言う学力とはOECD
のPISA
調査を根拠としたrPISA
型読解力」であるo文科省はPISA
型読 解力の育成を「読解力向上プログラム」としてすでに示しているo その 中で読解力を単に文章を読んで理解する力ではなく、活用、熟考などの 思考力として捉え、従来の「生きる力J
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確かな学力」と同じ方向性に あるとしている。即ち、読解力の育成は国語科のみに委ねられるもので はない。図画工作・美術においても育てるべき学力である。 さて、先述のアレナスの対話型鑑賞は、子どもたちが対話を通して自 らの感じ方を語り、また、友達の意見を聞きながら自分の考えを深めて いく、まさに熟考するプロセスである。対話型の鑑賞活動に取り組むこ とにより、私たちは子どもたちが作品を見て(読んで)自分の見方考え 方を構築していく過程を目の前ではっきりと捉えることができ、この鑑 賞のプロセスそのものがとても創造的な活動であることにも十分気づく ことができる。鑑賞活動を今なお学校現場の多くで行われている知識理 解の習得のみに止めておくならば、それは生きる力に結びつかない。作 品をどのように理解し、自分の生き方と照らしあわせ解釈し、生き方に 反映していくか。つまり、鑑賞活動をいかに創造的な活動として扱え授一
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-lt"fi引置町田E昧 ヲメリフ ァレすス町トークからー 業づくりをしていけるかが今日的鑑賞課題として教師に求められている のである。 5 子どもの変容 今回、 'J~1Ìíj に、 子どもたちに自 分の大切なものを写真に蹴っても らった。それは、対話
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の鑑賞に よって写真をJ
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る)視点が 変わるかどうか比較したいと考え たからである。(写兵有) Aさんはま犯に対しfJ二の写真 はわたしのたいせつなともだちで す」と述べ、J
前り比べた等兵につ 川越市口美術館館館叡霊を終互 て mutumi yada.
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Il.0附巴婦で'I!e. ...UIの oc ・つ~". いて次のように1
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いている。「私は2
枚掠った写真は変わったとt
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いま す。りゅうは、ピースとか入れないで普通にニコ γとしてもらったら表 怖が泣かになって、かわいく、明るくみえるから」 この言葉を分析すると、Aさんにとって鑑賞体験以前は、写真をJ
抗る ことが目的の中.L、であった。しかし、鑑賞を体験した後は Hどのように 見えるか"を意;世し、作品に表現したい思いと写された1):
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とをより深 〈比較検討するようになっていった。そして、表而(f'Jな表的よりも人│J
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から湧き上がる1
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快な表情を織りたいと考えるようになったと推察でき る。 写 J~ の生成プ口 t スにおいては機被任せの部分が大きく絵を41h くこと と比較して技術的な能力をそれほど必要と しない。言いf
典えると識でも 同じ条件の下でγャッターを押せば同じ写真がJII)れてしまう。つまり、 写真はシべアターのタイミノグや.情図によって作者の意l
刻が明確にIl¥-7
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-主壮大学 日Iølf と文化前 19~j せる表現でもある。Aさんの 2枚目の写其の変化はシャァターチャンス が与えた偶然の産物ではなく、意図的に「普通にニコッとしてもらった」 と、モデルへ要求を出し搬彩しているのである。 見ることとつくることは造形活動の中では一体であり不可分である。 鑑賞を深めることが表現の能力に大きく関与してくる。しかし、鑑賞と 表現は問ーではない。例えば、
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さんのイi
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が写J'.[ではなく絵問ならば どうであろう。そこには思いを術くための技術と技術を使いζなす技能 が必要になってくる。しかしいくら技術や技能を持っていても、見る力 (例えば、 2枚の写A
を見分けるようなカ)がなかったら同じ絵しか描 けない。つまり、鑑賞の活動では見ることを深め、批評できるJ
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の税制 が .求められる孤かな学力 となってくる。鑑賞を深めないと表現も深 まらない。 子どもの感想に次のようなもの があった。(右写真参照)r
彫刻l
を 見たとき、『かわいそうjと想、っ たのが、アレナスさんのf
見て、 考えてjの一言で、その人の (彫 刻の)まっすぐ前を向いている様 子を見ていて『それでも生きてい るJ
と思いました。でも、『それでもjつてなんなのか。授業以上にほl を使いました。友達の言う言葉を1
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いて、私は『それでもjを知りました。」 この子は最後に次のような言葉で感想を締めくくっている。「自分が いなければこの感想は生まれない。」この一吉は、まさに自分のとt
き方、 有在している自分自身を意識している言紫と包えよう。-80
ー対話型鑑'此の意味 ーアメリア・アレナスのトークからー
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まとめにかえて 鑑賞活動は実に創造的な活動であるo その創造性は単なる造形美を追 求する創造に止まらず、自分自身の見方や感じ方を作り出す創造である。 つまり、教育における鑑賞活動は個人の生き方に還元されて初めて今日 の教育課題である生きる力となるo鑑賞活動における自己の創造は自分 の考えを話し、友達の考えを聞き、自分の考えを確かめ、修正し、深め ていくプロセス無くしては充実しないであろう。鑑賞活動は作品と対峠 し、作品によって映し出された自分自身と向かい合う時間であるo よっ て新しい自分をっくり出すためには、自分自身にはない他者の考えが必 要である。今までの鑑賞の授業では他者の役割を作者に求めていた。作 者の生き方や考え方を知ることで、自分自身の生き方を照らし出してき た。従来の方法も実に魅力的であるが、学校という社会及び学級という 集団で学ぶ意味を考えたときに、鑑賞の時間を共有している他者の意見 は、教材として実に魅力的であり効果的な素材となるのである。鑑賞の 授業では、作品を見て考える鑑賞から、話をし、また話を聞いて考えを 深めていく創造的鑑賞への転換が、今日の学力問題と連動しながら強く 求められている。 参考文献 上野行一監修「まなざしの共有J
淡交社2
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梶田叡ー「真の個性教育とはJ
国土社 文 科 省 中 央 教 育 審 議 会 初 等 中 等 教 育 分 科 会 教 育 課 程 部 会 審 議 経 過 報 告2
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音楽、図画工作、美術などにおいては、感性を高め、思考・判断し、-81-文 教 大 学 訂Zltと 文 化 都19・り 表現するという一連のプロセスを働かせる力、主題を発想し、構想を立 て、創意工夫をしながら創作活動を行ったり、作品を評価したりする力 が重要である。 表現する楽しさや喜びを味わうことを通して、生涯にわたって音楽や 美術などに親しむ態度を育成することが大切である。また、芸術文化の よさを味わったり、生活や社会に生かしたり豊かにしたりする態度や実 践も重要で、ある。特に、鑑賞は創造行為であり、自分なりの意味、新し い美、自分を発見するなどを大切にする必要がある。