• 検索結果がありません。

ミドリング・ソートと消費 : 17 世紀ブリストルの遺産検認目録から

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ミドリング・ソートと消費 : 17 世紀ブリストルの遺産検認目録から"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ミドリング・ソートと消費 : 17 世紀ブリストルの

遺産検認目録から

著者

和田 将幸

雑誌名

経済学論究

64

2

ページ

83-105

発行年

2010-09-20

URL

http://hdl.handle.net/10236/7269

(2)

ミドリング・ソートと消費

17 世紀ブリストルの遺産検認目録から

The Middling Sort and Consumption:

Evidence from Probate Inventories in

Seventeenth-Century Bristol

和 田 将 幸  

The ‘Middling Sort’ is regarded as a key factor of socio-economic change in the seventeenth-century urban economy. They were a newly formed social group based on seventeenth-century urban economy that affected administration in local government, economic activities, and new-style of consumption.

On the other hand, recent research has revealed the significance in the change of consumption in seventeenth- and eighteenth-century urban economies, and it is thought that changes in demand led to technical innovation in supply side. In this paper, we examine the relationship between the middling sort and changes in consumption using probate inventories in seventeenth-century Bristol.

Masayuki Wada

  JEL:N00, N33, N93

キーワード:ミドリング・ソート、プリストル、遺産検認目録 Key words: middling sort, Bristol, probate inventory

1. はじめに

近代初期のイギリスを取り扱った経済史研究は,隣接する社会史,都市史研 究の成果を積極的に取り込み,新たな展開を迎えている。とりわけ階層として * 本稿の作成にあたっては,匿名レフェリーを務めていただいた先生方から多くの貴重なコメント を頂いた。ここに記して謝意を表します。なお,ありうべき間違いについては筆者の責任による ものである。)

(3)

の「ミドリング・ソート」形成を巡る議論1),また 18世紀の消費の変化と模 倣生産を巡る議論は2),従来のイギリス経済史研究に対し新たな視点を提案す るものであると言える。 18世紀イギリスの消費の変化は,経済史的視点から技術革新や工業化の面 で大きな貢献があったとされている。植民地産の新たな「テイスト」を持つ物 品の流入は,イギリス消費者の嗜好の変化と密接に関連し,国内での模倣生産 という動きを引き起こした。その過程では多くの技術革新が必要とされ,需要 の「テイスト」の変化が生産側の革新を惹起したものとして注目されている3) また,こうした消費の拡大メカニズムとされた「社会的模倣」の妥当性につい ても,既に多くの評価と批判がなされている4) このような時代に先駆ける17世紀は,言うまでもなく政治的,社会的に大 きな混乱の続いた時代であった。その一方で,消費生活の面から言えば植民 地産の新たな「テイスト」を持つ物品がイギリスに本格的に流入し始めた時期 でもあり,消費の変化との関連が想定されるいわゆる「ミドリング・ソート」 が階層として形成され始めた時期でもある5)。内乱期の1650年にはオックス フォードでイギリス最初のコーヒーハウスが開店し,1670年代にはインド産 のキャラコが都市を中心として流行し始め,消費生活の面では新たな変化が大 きく花開きつつあった6)。内乱期以降に見られたこうした変化は,消費生活の 面のみに留まらず,17世紀以降の都市文化の様々な側面に及んだ。建築の様 式,都市生活,消費スタイルなどを含む広範な都市の文化的傾向の変化は,し

1) ミドリング・ソートを取り扱った邦語の文献は,Barry, J. and C. Brooks, [1994],および 関口尚志, 梅津順一, 道重一郎編 [1999] が代表的。欧語の文献では,Earle, P. [1989] など。 2) Berg, M. [2002]

3) 18 世紀の消費を巡る議論は,Berg, M.[2002] の他,Berg, M.[2004], pp.357-387. など。 4) 「社会的模倣(social emulation)については,McKendrick, M. J. Brewer, J. H. Plumb [1982] を参照。また,この議論に対する批判については多くの議論があるが,Hunt, M. [1996], pp.2-5, 道重 [2000],82-89 頁などを参照。

5) ミドリング・ソートの形成の時期については,ほぼ見方は一致している。Earle, P. [1989], p.3, Barry, J. and C. Brooks, [1994], pp.60-64 など。

6) コーヒーハウスについては,小林章夫 [2000],26∼27 頁。1670 年代のキャラコのブームにつ いては浅田実 [1989], 56∼57 頁。

(4)

ばしば「都市ルネッサンス」7)として捉えられ,近世初期のイギリスを見る新 たな視角となっている8) 17世紀を起点とするこのような変化について,特に物質的な消費の面から 実証を試みた研究としては,ジョオン・サースクによる業績を先駆けに9),い くつか挙げることが出来よう。サースクによれば,いわゆる消費社会は16,7 世紀に既にその萌芽が確認でき,それはピンの製造や靴下編み,染料など多様 な農村工業の発展に支えられたものであったとしている。ジェントリ主導の 「新企業」として進められたこのような事業の生み出す製品は,品質の上で多 様性を持ち,中流から労働者を含めた多くの階層,あるいは海外市場で需要さ れた。これらの事業が拡大した背景には,既にこの時代に「大衆市場」が存在 していたためであるとサースクは指摘している10) このような議論は,消費社会の形成を農村が消費財市場を含めた市場システ ムに内部化される過程の必然的な結果として理解するものであり,市場の拡大 に対し,生産側の変化を論じる視角において有効に機能するものであろう。そ こに需要家が誰であったのか,誰がどのようなものを消費したのかといった問 題意識は希薄である。所得水準に応じた品質が需要されたという以上の需要の 多様性は,捨象されていると言えよう。 また,17世紀の消費の変化を遺産検認目録から明らかにしたマーガレット・ スパフォードによれば11),イングランドでは世紀後半までに行商人らの積極 的な活動によって地方でも流通のネットワークが構築されていたとされる。こ のことは地方の比較的貧しい人々にも多くの消費財へのアクセスを可能とした が,キャラコを始めとしたいわゆる新商品の農村部における普及については, 農村部において行商人の担った衣類の流通のうちほとんどがリネンであったこ 7) 「都市ルネッサンス」については,Borsay, P. [1989]. 8) こうした視角からの研究は,本邦でも活発に行われている。唐澤達之,小西恵美,中野忠,道重 一郎,第 78 回社会経済史学会全国大会パネルディスカッション「18 世紀イギリス都市の社会 経済史的意義-都市ルネッサンス論を手がかりに-」など。 9) Thirsk, J. [1978] 10) Thirsk, J. [1978], pp.160-162. 11) Spufford, M. [1984].

(5)

とから,スパフォードは懐疑的な見方を示している12) 遺産検認目録を用いて消費の変化を明らかにした研究では,ローナ・ウェザ リルの業績も注目されよう13)。17世紀から 18世紀にかけての消費の変化を 遺産検認目録の精査から明らかにしたウェザリルの議論では,この期間の遺産 検認目録の中には普及の度合いに応じていくつかのグループが見られたことが 明らかにされている14)。物品の普及の度合いの違いには需要した階層との関 係を含めて重要な意味が含まれているものと思われるが,ウェザリルによる職 業やステータスと消費の関係の検討では,新商品の保有には「商業的で知的な 世界への接触」によるところが大きかったと結論づけられている15) このような新商品を中心とした物品の普及についての研究蓄積が進む一方 で,社会層と消費の関係は非常に複雑で多様な傾向を持っていたことが明らか にされつつある16)。17世紀には中国産磁器など重要な商品は未だ広く普及し てはいなかったが,既に流入していた新商品や国内の新たな商品の普及は,所 得水準や市場経済へのアクセス,職業や自意識,流行などが複雑に絡み合った 結果として決定されていたものと考えられる。18世紀の模倣生産の議論を含 め,17世紀以降の消費の変化の意義を解明するには,物品の性質と需要家の選 好に着目した視角が必要であろう。「ミドリング・ソート」が勃興しつつあった 17世紀において,実質所得水準の全般的な向上に伴い従来は上層であった貴 族層しか所有し得なかった奢侈品を単純に中層以下の「ミドリング・ソート」 が購入するようになったとする見方は,様々な要因の複合として決定された消 費行動の複合性を押し隠すものとしても機能しよう。そうした視点からは,特 定の社会層が果たした経済的役割,あるいは都市文化全般の変化の経済的意義 が見えてこない。 本稿では,17世紀のブリストル市内とその周辺教区の遺産検認目録をとり 12) Spufford, M. [1984], pp.145-146. 13) Weatherill, L. [1996]. 14) Weatherill, L. [1996], pp.28-32. 15) Weatherill, L. [1996], pp.187-189, pp.191-193. 16) マケンドリックの「社会的模倣」に対する批判は,消費とその主体の関係の多様性を示す結果と なった。道重一郎 [2008],24∼25 頁など。

(6)

あげ,社会層とその消費の間の関係を明らかにすることを目的とする。17世 紀に誰がどのような消費を行っていたのかを明らかにすることは,18世紀の 変化にどのような連続,あるいは断続を伴うものだったのかをも意味し,17世 紀の消費変化の意義を確認する上で重要な意味を持っていると思われる。

2. 史料

(1) 遺産検認目録とブリストル,クリフトン,ウェストベリ 遺産検認目録(Probate Inventory)という史料に関しては,既に多くの解 説がある17)。イギリスでは 16世紀の末から18世紀の始めにかけて遺産検認 目録が多く残されており,この史料には,その人物の氏名,職業,居住してい た教区,死亡時の所有物,一部はその価格まで記されているため,社会史,経 済史研究を始め当時の生活を知る上で貴重な史料となっている。 指摘される代表的な問題点としては,土地と建物については記載がないこ と,全ての動産が個別に記録されているわけではないこと,記載の基準が統一 されていないことなどが指摘されている18)。遺産検認目録を残したのはある程 度資産のある家計が多かったと思われるが,目録を残した家計が必ずしも「ミ ドリング・ソート」と一致するわけではない。この点を検証したマーク・オー バートンは,「地域差はあるが,イギリス全体では貧困な40%と裕福な10%が 検認史料からは省かれていると思われる。これはミドリング・ソートよりも広 い範囲をカバーしているだろう」19) と述べている。 また,検認目録は死亡時に作られるものであることから,検認史料を用いた 検討は地域住民全体のサンプルよりも高齢な家計に偏ったサンプルになってい るのではないかという指摘もある。こうした点も検認史料から消費を捉える上

17) 近年の代表的なものでは, Overton, M., J. Whittle, D. Dean and A. Hann, [2004], pp.13-32. その他にも,Weatherill, L. [1996],また各 Record Society から公刊されてい る刊行史料にも多くの解説がある。

18) Overton, M., J. Whittle, D. Dean and A. Hann, [2004], pp.14-18.

19) Overton, M., J. Whittle, D. Dean and A. Hann, [2004], p.26. なお,富裕な 10%のほ とんどは聖職者と思われることも指摘されている。

(7)

では重要と思われるが,オーバートンはこの問題にも検討を加えている。それ によれば,ケント州のミルトン教区を取り上げた分析において,「検認史料は, 年齢と家族構成において,予想されたよりも人口をよく代表している」といっ た結果が得られている20) こうした史料の制約はあるものの,本稿では1607年から1689年のブリスト ル市内とその周辺地域(クリフトン,ウェストベリ)において,職業の分かる292 の遺産検認目録を取り上げ,当該時期の消費の動向を検討したい21)。ブリスト ルに限らず,遺産検認目録は各地のレコード・ソサエティから多くの地方史家の 手によってマニュスクリプトの活字化,公刊が行われている。こうした刊行一 次史料は多くの場合,レコード・ソサエティを通じて書籍の形で入手可能となっ ている。本稿では,クリフトン・ウェストベリ地域についてはMoore, J. S.,

[1981], Clifton and Westbury Probate Inventories, 1609-1761, University of Bristol Department of Extra Mural Studies.を,ブリストル市内地域につい ては,George, E. and S. George [2002], Bristol Probate Inventories Part 1,

1542-1650, Bristol Record Society.及びGeorge, E. and S. George [2005],

Bristol Probate Inventories Part 2, 1657-1689, Bristol Record Society.

ら書籍の形で公刊されたものを用いている22)

ブリストルは中世以来,18世紀初頭にリバプールにその座を奪われるまで

20) Overton, M., J. Whittle, D. Dean and A. Hann, [2004], pp. 27-28.

21) ブリストル市内地域については George, E. and S. George [2002] および George, E. and S. George [2005] を用いた。ブリストル近郊の市外地域については Moore, J. S. [1981] を 用いている。これらに収録されている遺産検認目録のうち,期間の重複する 1609-89 年の職業 と資産額の分かるものを用いた。

22) Bristol Record Society から公刊されている遺産検認目録は,Bristol Record Office に保 管されている遺産検認目録のうち,ブリストル司教区に属するものものを,当時の職業,ソー シャルグループをよく代表するように選び出して活字化し,収録したものである。2002 年の段 階で現存するマニュスクリプトの 9%に当たる 334 の遺産検認目録が書き起こされており,順 次公刊される予定である。詳しくは, George, E. and S. George [2002], p.xi を参照。また, クリフトン,ウェストベリについても,現存するマニュスクリプトの数は不明だが同様に編者が 編集したものである。詳しくは Moore, J.S.[1981], p.iii 参照。また,ここで当時の職業構成 を知るために使われているローカルセンサスについては,Moore, J.S. [1976], pp.9-24. に詳 しい。

(8)

はイギリスでロンドンに次ぐ貿易港であった。人口は1700年の時点で約2万 人弱,外港では最大の貿易量と人口を抱える港湾都市であり,「地方の首都 (Provincial Capital)」と呼ばれる都市の一つであった。18世紀初頭までのブ リストルの繁栄を支えたのは奴隷を含む大西洋の三角貿易であり,西インド諸 島を始めとした植民地経済との強い結びつきに支えられていた。ケネス・モー ガンによれば,18世紀以降にはリバプールと比較して相対的な衰退に直面し, 遠隔地貿易に基礎を置く伝統的な港湾都市から近代的な大都市へと変貌してい くものの,17世紀の段階では,タバコを始めとした植民地産品の市場を持ち, 植民地とイギリス経済とを結ぶ結節点の役割を果たしていたとされている23) 近郊のクリフトン,ウェストベリは,基本的に農業を生活の基盤とする地 域であった。成人男性の約6割が農業従事者であり,農業以外の職業があま り見られないのはブリストルに近かったためであるとされている24)。14世紀 からブリストルはこの地域の商業・流通の中心地であり,周辺地域の上層ヨー マンやジェントルマンの需要を満たすのは,ブリストルや近郊の都市ソーンベ リ(Thornbury)であった。17世紀末からクリフトンはブリストルの富裕層 がカントリーハウスを建てる場所として定着し始め,市内への距離的近さもあ り関係を強めていった25)。こうした特徴を持つブリストルとその周辺地域は, イギリスでの伝統的な生活スタイルと異文化圏の新奇な商品の出会う都市であ り,当時としてはロンドンに次ぐ新たな消費の発信地であったと言えよう。 (2) 地域と階層 クリフトン,ウェストベリはブリストルと経済的・社会的結びつきの強い 地域であったが,両者の職業構造,平均資産額は大きく異なったものとなって いる(表1,図1。なお表1の職業の分類,図1の棒グラフについては後述)。 本稿ではこれらの地域を一括して扱うが,以下の点については留意する必要が ある。 23) Morgan, K. [1993], p.219. 17-18 世紀ブリストルの都市史は海外貿易と不可分の関係にあ り,これを取り上げた文献はいくつかある。Minchinton, W.E. [1957] など。 24) Moore, J. S. [1981], p.vii. 25) Moore, J. S. [1981], pp.viii-ix.

(9)

表 1  職業の分類と構成

資料)George, E. and S. George [2002], George, E. and S. George [2005], Moore, J.S. [1981] より作成。

(10)

図 1  ブリストル周辺地域の物品の所有と平均資産額

注)地域名のカッコ内は平均資産額を示す。ウェストベリと呼ばれる地域は,ウェストベリ・アポ ン・トリム(Westbury upon Trym)教区の他にコート(Cote),グリーンウェイ(Greenway), サウスミード(Southmead),ローレンス・ウェストン(Lawrence Weston)など地図中の飛び地 の地域を含んでいる。詳しくは Moore, Clifton and Westbury, pp.234-236. また,クリフト ンは教区,シェアハンプトン(Shirehampton),ストーク・ビショップ(Stoke Bishop)はウェ ストベリのタイジング,レッドランドはストーク・ビショップに属するハムレットである。ブリスト ル市内の教区はすべて一括して扱っている。

資料)地図は Kain, R.J.P. and R. Oliver, [2001] から作成。地図中の数字については George, E. and S. George [2002], George, E. and S. George [2005], Moore, J.S. [1981] より作成。

まず,都市と農村を取り扱うことは,物品の消費の広がりと地理的な関係の 検討を可能とする一方で,農業を始めとしたいくつかの職業は地理的に偏在し ており,居住地の違いはある程度職業の違いを反映しているとも言える(シェ アハンプトンは24.6%が「船員・海運」,ストーク・ビショップは69.2%の職 業が「農業」であり,いずれも平均よりかなり高い)。このような地理的な職 業の偏りは都市内部の教区においてもある程度見られる傾向で,地域の違いは 単純に居住地の違いを意味していない。同様に,ジェントリのような階層は全 体としても数が少なく,そのほとんどが市外地域の在住である26)。階層ある 26) 地域別では,「農業」は 100%,「船員・海運」は 84%が市外教区の在住である。また,「製造業

(11)

いは職業間の比較を可能とするには,地理的な広がりを持たせることは不可欠 であると言える。平均資産の面でもブリストル市内と市外の地域では大きく異 なっている。都市の富裕層は農村部に比べて高水準の資産を持っていたことは 十分想定され得るが,図1に表れた数字にはブリストル市内に見られる莫大な 資産を持つ数名が,市内の平均を大幅に引き上げている影響も表れている。こ のような状況を含めて,遺産検認目録から十分な母数を持って集計的な分析を 行うためには,階層別,資産階級別,地域別など多様な側面から遺産検認目録 を分析することが必要となってくる。 また,既述の通り遺産検認目録はいわゆる「ミドリング・ソート」よりも広 い階層の家計を含んでいるため,いくつかの階層に分類する必要もある。「ミ ドリング・ソート」が誰であるのかについては,その分類が本質的に職業や出 自に依らないため一義でなく,様々に議論されてきた。未だ確たる定義がある わけではないが,特定の地域や都市と農村ついて一般的な傾向を抽出する試み においては,大枠ではほぼ合意できる段階にあるといって良いだろう。すなわ ち,都市部における「ミドリング・ソート」とは,「独立して商売を営む世帯」 を中心に構成されており27),所得の水準については年に£40程度を稼ぐこと ができた28),というものである。こうした定義は,都市部においては妥当な基 準であると考えられる。 デヴィット・サックスによれば,17世紀前半のブリストルにおいて市会議 員の約46%が貿易商人,約33%がその他商業関係者で占められていた29)。公 的な活動との関わりから見れば,こうした富裕な商人らを上限とし,さらに下 方へ幅を持ったグループが,17世紀ブリストルにおける「ミドリング・ソー 者」の 78%,「専門職・聖職者」の 71%が市内教区の在住である。 27) Barry, J. and C. Brooks, [1994],pp.31-32.

28) Wrightson, K.[2000], p.290,「彼らはしばしば他人を雇用し,被雇用者になることはほとん どなかった。加えて,彼らのほとんどは年に£40 は稼ぐことができた」。また,関口尚志, 梅津 順一, 道重一郎編 [1999], 80 頁,「40∼50 ポンドという所得水準は 18 世紀の中産層の下限を 考える上で重要な境界線をなしていた」。

(12)

ト」であったと思われる30)。本稿で使用する遺産検認目録から見れば,職業分 類別には「労働者・その他」を除き,さらに全体的に資産額下位のグループを 除いたものがこれに該当しよう。 農村地帯であったクリフトン,ウェストベリについて言えば,ジョアン・ケ ントによる「その公的な役割を考えると(中略)富裕な農民,商人,職人はミ ドリング・ソートと言えるだろう」といった定義が参考となる31)。クリフト ン・ウェストベリ地域の約46%が農業従事階層であり,この職業グループの平 均資産額134ポンドはこの地域で最も高額である。続いてブリストルの海外 貿易と直接関係の深いシェアハンプトンに居住する「船員・海運」(平均資産 額95ポンド),「商人・流通業者」(同91ポンド)が,消費生活においてブリ ストルと関係の深かったこの地域の主要な「ミドリング・ソート」を形成して いたものと思われる。「製造業者」の平均資産額は高くなく(26ポンド),彼 らが「ミドリング・ソート」と言えたのかどうかは疑問である。

3. 遺産検認目録に見られる消費の変化

(1) 方法と分類 本節以下では,遺産検認目録を用いて17世紀に物品の所有についてどのよ うな変化が見られたのか検討する。基本的な方法としては,使用する遺産検 認目録を1607から1648年,1649年から1689年の2期間に分け,時系列の 変化を確認できるようにした上で,重要と思われる物品が遺産検認目録中に 見られた所有率を職業階層別,資産階級別に検討する。取り上げる物品は,陶 器(earthenware),ストーンウェア(stoneware),キャラコ(calico, cotton, fustianと記載のもの含む),タバコ(tobacco),砂糖(sugar),コーヒー(coffee), 象牙(ivory),鏡(looking glass),絵画(picture),テーブルナプキン(table 30) いわゆる「都市エリート」と「ミドリング・ソート」の区別については,慎重に考慮されねばな らない。両者は異なる問題意識の元に定義されており,前者は 18∼19 世紀の階級形成の鍵とな る階層と捉えられているのに対し,後者は 17 世紀の一階級史観へのアンチテーゼとして析出さ れたものである。「都市エリート」については,岩間俊彦 [1997],小西恵美 [1999] などを参照。 31) Kent, J.[1999], p.44.

(13)

napkin, napkin, table linenと記載のもの含む),絹(silk, satin),窓用カー テン(window curtain),カーペット(carpet),書籍(book, bible含む),時 計(clock),時計(watch),銀器(silver)の17種類である32)。これら物品の 所有を多面的に見ることで,「ミドリング・ソート」を中心とした階層と消費 の関係について接近を図りたい。 職業の分類については,「ジェントリ」,「専門職・聖職者」,「商人・流通業 者」,「製造業者」,「船員・海運」,「農業」,「労働者・その他」,「寡婦」の8つ に分類した33)。職業別の構成比,平均資産額は表2の通りとなっている。 表 2  遺産検認目録の職業構成,平均資産額 注)N は用いられている遺産検認目録の数を表す。

資料)George, E. and S. George [2002], George, E. and S. George [2005], Moore, J.S. [1981] より作成。 また,取り上げた17種類の物品については,物品の性質を考慮して「海外 の新しい奢侈品」,「国内の新しい奢侈品」,「伝統的な奢侈品」の3種類に分類 した。「社会的模倣」を巡る批判の中で展開されたミドリング・ソート独自の 消費34) など,消費行動の有り様は,単に実質賃金のみに影響を受けるのでは 32) とり上げた物品は Weatherill, L.[1996], pp.201-207, appendix 1 を参考に,重要と思われ るものをとり上げた。 33) 分類は Moore, J.S.[1981] での分類に修正を加えたものを用いている。 34) Campbell は,同じ絵画でもジェントリとミドリング・ソートでは嗜好が異なる点を指摘して いる。Campbell, C.[1994] 参照。

(14)

なく,自らの階層意識や物品の性質などに深く影響を与えて決定されていたも のと考えられる。そうした視角から階層と消費行動の関係を明らかにする上で は,取り上げる17種類の物品を,その性質から分類する必要がある。 17世紀から普及が進んだ物品の中には,いくつか出自の異なるものが混在 していた。ウェザリルによれば,それらは三つのグループに分けられるとされ ている。すなわち,「1670年代には既に普及していたもの(テーブル,ポット など)」,「一部でしか使われていなかったもの(本,銀器など)」,「当時の新商 品(チャイナや茶などのホットドリンクに関係するもの,または時計類やナイ フ,フォークなど新しい食習慣と関係のあるもの)」である35) このウェザリルによる物品の区別は,主に普及の度合いから導かれたもので ある。そのため,社会層と消費の関係に焦点を絞る上では適当であるとは言え ない。絹,銀器は伝統的にヨーロッパでは供給が限られており,希少性を持つ 奢侈品であった。18世紀以降には奢侈品を模倣して安価に生産する動きが始 まるものの,銀の鍍金や絹の模倣生産は18世紀中には不可能であり,基本的 にはその希少性は緩和されなかった36)。また,絵画は17世紀後半から普及が 拡大するが,本や絵画は主に装飾品として貴族階層で伝統的に好まれており, その性質上,供給が急に拡大するものではなかった。こうした点から,絹,銀 器,書籍,絵画は「伝統的な奢侈品」であると言えるだろう。 一方で,17世紀以前にはほとんど知られていなかった奢侈品もある。それ らはキャラコやタバコ,茶,コーヒー,砂糖などであるが,これらの物品は基 本的に植民地産であり,ヨーロッパに伝統的に存在した物品とは文化的出自が 異なる。このような「テイスト」の異なる物品は,シノワズリの流行に見られ るように当時のヨーロッパ人に新奇でエキゾチックな魅力に満ちたものと映っ た。これらは18世紀以降,国内での模倣生産の対象となったり,植民地プラ ンテーションでの大規模な生産に繋がり,当時のヨーロッパの経済社会,物質 文化に様々な形で影響を及ぼすこととなる。またこれらの品々には甘味料や熱 い飲料に関係するものが多く含まれるが,17世紀以前のヨーロッパには熱い 35) Weathrill, L.[1996], pp.28-29. 36) 絹については国内の研究者も指摘するところである。鈴木良隆 [2006] 参照。

(15)

飲料を飲む習慣が無く,茶やコーヒー,砂糖は,代替品が無いという意味にお いて奢侈品というよりは本質的には必需品としての性質を持っていた。ここで はこうした物品を「海外の新しい奢侈品」と分類したい。 17世紀に登場した新商品には,物質文化が豊かになるにつれ,生活の中に 現れた始めた物品もある。鏡,窓用カーテン,時計類などは特に海外に出自を 持つというわけではないが,全般的な富裕度の上昇とともに現れた当時の新た な生活習慣,あるいはビジネスとの関わりの中で生まれてきた物品であった。 これらの新商品はキャラコなどと同時期に普及が始まるものの,それらとは異 なる性質を持っていたと思われる。ここではそうした物品を「国内の新しい奢 侈品」と分類したい。 以上のように,遺産検認目録に見られた物品からいくつかの性質の異なる物 品を分類することは,それぞれの物品に対する社会層の選好をより明瞭な形で 示すと思われる。 (2) 職業階層別の検討 職業別に物品の所有率をみたものは,表3に示されている。全体的な平均資 産額の傾向は,17世紀の前半期に比べ後半期は大きく減少を示している。一般 に17世紀のイングランドにおいて,実質賃金は緩やかな上昇傾向を持ってい たとされるが37),遺産検認目録からはそうした傾向は確認できない。「船員・ 海運」が大きく資産額を伸ばす一方で,「農業」は低下傾向を示している。 物品の所有について職業別に見た場合,まずは「伝統的な奢侈品」と「ジェ ントリ」の関係が注目される。サンプル数の少なさには注意する必要はあるも のの,「ジェントリ」は「伝統的な奢侈品」を所有する傾向がかなり強く,それ は絹,銀器の高い所有率によるものである。また,「海外の新しい奢侈品」の 所有率も「商人・流通業者」と並んで世紀前半から高い所有率を示しており, これは砂糖,キャラコの高い所有率によっている。 37) 17 世紀のイギリスは特に不景気というわけではなかった。この期間の実質賃金の推移について は Wrigley, E.A. and R. Schofield, [1989], p.408. また,17 世紀後半から 18 世紀にかけ てのブリストルは,いわゆる黄金時代を迎えていた。Minchinton, W.E.[1957], p. vii.

(16)

3  職業階層別所有率 注) N は用いられている遺産検認目録の数を示し,平均資産額の単位はポンド,各物品の数字の単位は所有率を示すパーセントである。 資料) George, E. and S. George [2002], George, E. and S. George [2005], Mo ore, J.S. [1981] より作成。

(17)

「伝統的な奢侈品」への傾向は「専門職・聖職者」にもみられるが,その内 容はやや異なっている。「ジェントリ」の「伝統的な奢侈品」所有が,かなり の程度絹と銀器の所有によっているのに対し,「専門職・聖職者」は書籍の所 有によるところが大きい。また書籍には聖書を含んでいるが,これは単純に聖 職者が聖書を所有していたという事を意味しない。医者などの専門職にも書籍 の所有は多く見られている。 「商人・流通業者」については,平均資産額が高水準であることと,「伝統的 な奢侈品」「新しい奢侈品」がともに高い水準の所有率を示していることが見 て取れるものの,平均資産額の水準の割には「伝統的な奢侈品」を所有する傾 向が高くないとも言える。その一方で,三つの分類とも最も初期から所有して いたのはこの職業カテゴリである。「海外の新しい奢侈品」については「ジェ ントリ」と「商人・流通業者」が,「国内の新しい奢侈品」については「製造 業者」と「商人・流通業者」が初期から高い所有率を示している。都市在住の 割合が高い「製造業者」は「海外の新しい奢侈品」の所有は多くないが,「商 人・流通業者」は高い所有率を示す。多くの種類の物品について,普及は「商 人・流通業者」が発信地となっていたと言えるだろう。 「船員・海運」は,平均資産額を含め世紀の前半と後半ではかなり異なった 性質を示すものの,世紀を通じた分析では,平均資産額の水準に対し「海外の 新しい奢侈品」を持つ傾向が強いと言える。職業上,そうしたものへの接触が 多かったことは間違いなく,それが所有へ影響していたことは当然想定され得 る結果であろう。個別の物品で言えば,砂糖やタバコの所有が相対的に高く, 絹や窓用カーテンなど装飾的な物品を所有する傾向は比較的薄いと言える。特 に富裕な船員(mariner)が多く現れる世紀後半期には,多くの物品で高い所 有率を示している。 「農業」は平均資産額の水準を考慮してもすべての物品で所有率が低くなっ ている。また「農業」はすべてが市外の教区の在住だが,84%が市外教区に居 住する「船員・海運」と比べてもこの数字は低く,「農業」の資産額がかなり の部分,家畜の評価額で占められていることを考慮しても,物品の所有に対し 職業がかなり影響していたことが想像される。

(18)

「労働者・その他」については,平均資産額から思われるほどに物品の所 有率は低くない。個別の物品で見る限りでは,タバコなどの所有が影響して いる。ブリストルはタバコの市場を持ち,62.5%が都市に在住する「労働者・ その他」にとって,タバコはそれほど遠い存在ではなかったのかも知れない。 また,全体的に低い水準に留まるものの,物品の性質から言えば,この職業グ ループは「伝統的な奢侈品」を所有する傾向が薄かった。いわゆる「ミドリン グ・ソート」にこの職業グループが含まれていたとは思われないが,それはこ うした物品の所有傾向にも現れているように思われる。 (3) 資産階級別の検討 一般的に,社会層と物品の所有の関係を検討する上では実質所得の水準も 無視し得ない要素である。遺産検認目録から所得についての情報は得られない が,本節では資産額の水準を5つに分類し,資産額と物品の所有の関係を検討 したい。 表4から見る限り,全体としては資産額と物品の所有は概ね比例している と言える。物品の性質において時系列で見た場合,絹,銀器などを中心とする 「伝統的な奢侈品」は特に50ポンド以下のグループで所有率の上昇が見られ る。このことは,サンプルに含まれる家計の全体的な物質的富裕度の上昇を意 味していると思われるが,資産額の高いグループでは所有率は停滞ないし減少 傾向を示し,全体としては「伝統的な奢侈品」は,17世紀を通してあまり普 及が進んだとは言えない。 「海外の新しい奢侈品」は,世紀前半に50ポンド以下の資産階級で5.5%, 最も高額な資産階級で31.3%前後の普及率を示していたものが,世紀後半には それぞれ8.7%,60%へと上昇する。世紀を通じた普及は急激だが,傾向とし ては資産階級の低いグループでの普及がより急速であった。また「海外の新し い奢侈品」は三つの物品のカテゴリの中では最も資産額と所有率の関係が強く なく,特に世紀後半は資産額との相関関係は比較的弱い38)。これは特に世紀 38) 通期では,資産額と物品の所有率の相関係数は「伝統的な奢侈品」が 0.91,「海外の新しい奢侈 品」が 0.82,「国内の新しい奢侈品」が 0.90。「海外の新しい奢侈品」の世紀後半については, 0.66。

(19)

4  資産階級別所有率 注) N は用いられている遺産検認目録の数を示し,その他の数字の単位は所有率を示すパーセントである。 資料) George, E. and S. George [2002], George, E. and S. George [2005], Mo ore, J.S. [1981] より作成。

(20)

後半での資産額200∼400ポンドのグループの低い所有率に起因しているが, その理由は不明である。また前節での検討を合わせて考えると,「海外の新し い奢侈品」は17世紀前半の段階でジェントリを中心とした階層にはある程度 普及しており,世紀後半には資産額があまり高くないミドリング・ソートにも 急速に普及したことが読み取れる。 「国内の新しい奢侈品」は,17世紀中には最も急速に普及が進んだ物品で あった。すべての資産階層で所有率は顕著な上昇を示し,概ね資産額に応じ た普及の傾向を示している。また,世紀後半には50ポンド以下の資産階級グ ループでも26.1%の所有率を示し,物質的富裕度の低い階層で広く普及する傾 向を持っていたことが窺える。 所得水準と物品の所有の関係については一般に強い正の相関が想定される が,遺産検認目録中のほとんどの物品についてもそうした傾向が看取される。 一方で「海外の新しい奢侈品」については,特に世紀後半期についてその傾向 は薄く,これらの物品が本質的に持つ必需品としての性質が影響していたもの と考えられる。 (4) 地理的影響 ウェザリルの指摘する通り,新奇な物品の所有は「商業的で知的な世界との 接触」によっていたことも想定される要因である。特に,遺産検認目録から見 られる傾向では,居住地の違いに留まらず職業,平均資産額の水準とも強い相 関がある。新たな消費の発信地であった都市部との地理的な距離についても検 討しておく必要があるだろう。 図1は,平均資産額と物品の所有率を地図上に示したものである39)。地図 上から読み取れる限りでは,都市内部の教区が平均資産額,所有率でも突出し ているものの,「伝統的な奢侈品」については比較的地理的な相違は見られな い。一方で,「海外の新しい奢侈品」「国内の新しい奢侈品」についてはクリフ トンでやや高い所有率が見られるが,これは職業構成に「ジェントリ」(9.4%) と「船員・海運」(15.6%)が多く,「農業」の割合があまり高くないことが影 39) 期間については,17 世紀の前半と後半に分けず,通期での数字を示している。

(21)

響している。また,シェアハンプトンの「海外の新しい奢侈品」「国内の新し い奢侈品」の所有率に貢献しているのは,ほとんどが「船員・海運」であった。 以上のような傾向は単純な都市部との距離との相関とは思われず,むしろ 都市部との経済的な繋がりによるものである。ブリストル近郊のクリフトンは 上流階級の居住区であったし,シェアハンプトンはエイヴォン川の河口部に位 置し,ブリストルの海外貿易に対し海運従事者の小規模な拠点とて機能してい た40)。都市部との経済的な繋がりが,その地域への新奇な物品の普及につい てある程度の影響を持っていたことは間違いないと思われる。

4. 終わりに

以上,産検認目録を用いて17世紀の消費の拡大を検討した結果を総括すれ ば,以下のように言える。まず,17世紀には,特に後半期に入ってから,多 くの物品の普及が進む。それは主に植民地産の新しい物品か国内の新しい生活 スタイルと関係して普及し始めた物品であり,絹や銀器といった旧来からの奢 侈品の普及は比較的進まなかった。一般的な傾向として,物質的な富裕度に応 じて普及度も上昇する傾向を持っていたが,文化的な出自の異なる新しい物品 については,居住地を含めた物理的なアクセス,あるいは職業がその普及に影 響していた。また,物品が本質的に持つ性質は社会層の持つ階層意識と相互に 作用し,物品の普及に大きく影響したと言える。 物品の所有と階層意識については,「海外の新しい奢侈品」「国内の新しい奢 侈品」の所有に関して,農業従事階層については留保が必要なものの,階層意 識との関連は比較的薄かったものと思われる。その一方で,「伝統的な奢侈品」 はジェントリとの関係が強く,階層による選好の違いが所有に強く影響してい ることが明らかにされている。総じて言えば,17世紀に普及し始めた「海外 の新しい奢侈品」「国内の新しい奢侈品」は,それへの地理的,職業上でのア クセスが所有を決める第一の条件であり,このことは,アクセスや富裕度が保 証されるならば,誰でもがそれを所有,消費することができたということを示 40) Moore, J.S.[1981], p.vii.

(22)

している。一方で,「伝統的な奢侈品」はジェントリの階層意識と強く結びつ いており,階層意識のもたらす選好が所有の第一条件であったと考えられる。 このような条件下では,富裕度の上昇は物品の普及にあまり貢献し得なかった であろう。 消費の拡大をめぐる議論でしばしば取り上げられる「社会的模倣」について は,本稿での検討から分かる事は少ない。ただ,物品の持つ性質と階層意識が 所有へ影響していたことは本稿の主要な着眼点の一つだが,このことからは物 品の普及のメカニズムについて,いくつかの含意を得られるのではないだろう か。すなわち,「社会的模倣」において,下層が上流を模倣する主要な動機が 「上流への憧憬」にあるのであれば,ジェントリとの関係が強い「伝統的な奢 侈品」においてそのようなメカニズムが進行する必然があると考えられる。一 方で,階層意識との関連が比較的希薄な「海外の新しい奢侈品」「国内の新し い奢侈品」については,そうしたメカニズムが働くとは考えにくい。ある意味 では,これらの物品が誰のものでもなかったために,18世紀にかけて幅広く 社会に普及したとも考えられる。ただし,17世紀中に「伝統的な奢侈品」の 所有率はほぼ横ばいであり,数字の上では「社会的模倣」により普及が進んだ とは言えない。また,流行を媒介として「社会的模倣」が進む動機には,上流 への憧憬だけではなく,純粋に新奇なものへの憧れがあった可能性も十分に考 えられる。「社会的模倣」については,さらなる検討が必要であろう。 いずれにせよ,17世紀の内乱期以降,ブリストル周辺では多くの物品の普 及が進んだ。それは都市,農村において多様な要因によって進行したが,そう した現象おける「ミドリング・ソート」の存在について最後に触れておきたい。 本稿での検討からは,「ミドリング・ソート」の階層意識と結びついた消費は 確認できなかったが,これは経済史における「ミドリング・ソート」概念の意 義を問うものではない。ここでの検討は,社会層が消費者として,公的な領域 の執行者として,あるいはビジネスの担い手として,多くの側面を持って存在 していることを前提としている。実際にはそれらを担う個々人が常に一致して いるわけではなく,「ミドリング・ソート」とはそうした揺らぎを含む概念で ある。それ故に機能するとも言えるのであり,「ミドリング・ソート」の意義

(23)

を評価するには社会的,経済的役割,政治的態度など,より多様な側面からの 検討を要すのではないだろうか。 参考文献 浅田実 [1989] 『東インド会社 : 巨大商業資本の盛衰』講談社,1989 年 岩間俊彦 [1997] 「産業革命期リーズの都市エリート,1780-1820:名望家支配から ミドルクラス支配へ」(『社会経済史学』第 63 巻第 4 号) 小林章夫 [2000] 『コーヒー・ハウス-18 世紀ロンドン,都市の生活史』,講談社 小西恵美 [1999] 「18 世紀イギリス都市社会分析のための新視点,「公域」と「都市 エリート」:キングス・リンを中心に」(『三田商学研究』第 42 巻 4 号) 鈴木良隆 [2006] 「18 世紀ヨーロッパ製造業における模倣と代替(第 74 回社会経 済史学会全国大会共通論題)」(『社会経済史学』第 72 巻 3 号) 関口尚志, 梅津順一, 道重一郎編 [1999] 『中産層文化と近代 : ダニエル・デフォー の世界から』,日本経済評論社 道重一郎 [2000] 「中流階層とジェントリ」,岩井淳,指昭博編『イギリス史の新潮 流 修正主義の近世史』彩流社 道重一郎 [2008] 「18 世紀ロンドンの小売商と消費社会-服飾小物商 milliner の活 動を中心に」(『経営史学』第 43 巻 1 号)

Barry, J. and C. Brooks, [1994], The Middling Sort of People: Culture,

So-ciety and Politics in England, 1550-1800(山本正監訳『イギリスのミドリン

グ・ソート:中流層をとおしてみた近世社会』昭和堂,1998 年)

Berg, M. [2002], “From Imitation to Invention: Creating Commodities in Eighteenth-Century Britain”, Economic History Review, vol 55(1), 1-30. Berg, M. [2004], Consumption in Eighteenth- and Early Nineteenth-Century

Britain, in eds. by R.Floud and P.Johnson, The Cambridge Economic History of Modern Britain, Cambridge U.P.

Borsay, P. [1989], The English Urban Renaissance: Culture and Society in

the Provincial Town, 1660-1770, Oxford U.P.

Campbell, C. [1994], Understanding Traditional and Modern Patterns of

Consumption in Eighteenth- Century England: a Character-Action Ap-proach, eds. By J. Brewer and R. Porter, Consumption and the World of the Goods, Routledge.

Earle, P. [1989], The making of the middle-class: business, society and family

(24)

George, E. and S. George [2002], Bristol Probate Inventories Part 1,

1542-1650, Bristol Record Society.

George, E. and S. George [2005], Bristol Probate Inventories Part 2,

1657-1689, Bristol Record Society.

Hunt, M. [1996], The middling sort: commerce, gender, and the family in

England, 1680-1780, University of California Press.

Kain, R.J.P. and R. Oliver, [2001], Historic Parishes of England and Wales

: An Electric Map of Boundaries before 1850 with a Gazetteer and Meta-data, History Data Service.

Kent, J. [1999], “The Rural ‘Middling Sort’ in Early Modern England, circa 1640-1740: Some Economic, Political and Socio-Cultural Characteristics”,

Rural History 10.

McKendrick, M. J. Brewer, J. H. Plumb [1982], The Birth of a Consumer

Society: The Commercialization of Eighteenth-Century England, Indiana

U.P.

Minchinton, W.E. [1957], The Trade of Bristol in the Eighteenth Century, Bristol Record Society.

Moore, J.S., [1976], The Goods and Chattels of Our Forefathers, Phillimore. Moore, J. S., [1981], Clifton and Westbury Probate Inventories, 1609-1761,

University of Bristol Department of Extra Mural Studies.

Morgan, K. [1993], Bristol and the Atlantic Trade in the Eighteenth Century, Cambridge U. P.

Overton, M., J. Whittle, D. Dean and A. Hann, [2004], Production and

Con-sumption in English Households, 1600-1750, Routledge.

Sacks, D.H., [1991], The Widening Gate Bristol and the Atlantic Economy,

1450-1700, University of California Press.

Spufford, M. [1984], The Great Reclothing of Rural England, Petty Chapmen

and their Wares in the Seventeenth Century, Hambledon Press.

Thirsk, J. [1978], Economic Policy and Projects: Development of a

Con-sumer Society in Early Modern England(三好洋子訳『消費社会の誕生 近

世イギリスの新企業』東京大学出版会,1984 年).

Weatherill, L. [1996], Consumer Behavior and Material Culture in Britain

1660-1760 Second Edition, Routledge.

Wrightson, K. [2000], Early Necessities: Economic Lives in Early Modern

Britain, Yale U.P.

Wrigley, E.A. and R. Schofield, [1989], The Population History of England,

表 1  職業の分類と構成
図 1  ブリストル周辺地域の物品の所有と平均資産額

参照

関連したドキュメント

All (4 × 4) rank one solutions of the Yang equation with rational vacuum curve with ordinary double point are gauge equivalent to the Cherednik solution.. The Cherednik and the

Our guiding philosophy will now be to prove refined Kato inequalities for sections lying in the kernels of natural first-order elliptic operators on E, with the constants given in

In Section 13, we discuss flagged Schur polynomials, vexillary and dominant permutations, and give a simple formula for the polynomials D w , for 312-avoiding permutations.. In

Analogs of this theorem were proved by Roitberg for nonregular elliptic boundary- value problems and for general elliptic systems of differential equations, the mod- ified scale of

Then it follows immediately from a suitable version of “Hensel’s Lemma” [cf., e.g., the argument of [4], Lemma 2.1] that S may be obtained, as the notation suggests, as the m A

Definition An embeddable tiled surface is a tiled surface which is actually achieved as the graph of singular leaves of some embedded orientable surface with closed braid

Correspondingly, the limiting sequence of metric spaces has a surpris- ingly simple description as a collection of random real trees (given below) in which certain pairs of

[Mag3] , Painlev´ e-type differential equations for the recurrence coefficients of semi- classical orthogonal polynomials, J. Zaslavsky , Asymptotic expansions of ratios of