立命館 史資料センター所蔵の「中川家史料」の総目 録が完成したのは、2015年3月。1950年代から60年 の時間をかけて丹波馬路の中川家から徐々に寄贈さ れ、立命館大学や亀岡市によって整理がすすめられ てきた本史料群は、その一部分が『立命館百年史 通史 第一巻』(1999年)や『新修 亀岡市史』編纂事業など、 時折の学史や地域史研究の主要史料として活用され てきた。しかし、すべての「中川家史料」の受入が完 了したのが2009年だったこともあり、総数10,182件 の本史料群を渉猟し、そこから浮かび上がる丹波馬 路村の人見・中川両苗、そして本学創立者、中川小 十郎の事歴を描こうとする試みはなされてこなかっ た。その意味で本書は、「中川家史料」を用いた、は じめての本格的な研究論文集である。 「中川家史料」は主に二ヶ所に残されていた村方文 書で構成されている。一つは近世丹波馬路地域の「郷 士」集団である人見・中川両苗の中川家惣領で中川小 十郎の実父、禄左衛門の家から発見された史料群。 もう一つはその弟で中川小十郎の養父、武平太の家 から発見されたものである(詳細は、田中有美、寺澤 優、長谷川澄夫「「中川家資料」について-資料調査・ 整理報告-」『立命館百年史紀要』21号、2013年)。「中 川家史料」のうち、中川小十郎や京都法政学校に関す る史料は全体のおよそ一割程度で、大部分は、江戸 後期から昭和中期までの亀岡地域の村政関連史料で 構成されている。また、2009年に受け入れた禄左衛 門宅の史料群からは、これまでほとんど知られてこ なかった西園寺公望の北陸道鎮撫使や私塾立命館、 そして近代の在村知識人についての新たな発見を得 ることできた。「中川家史料」は、単に学史顕彰での 利用にとどまらない、広く歴史学研究での利用に供 し得る史料群である。 本書所収の論文は、中川家や中川小十郎の事歴を対 象にしつつも、そうした事歴を評価する視座を、現在 の歴史学研究の水準に置くことに注意したものである。 奈良論文は、幕末「郷士」集団である中川家と新選 組との対抗関係についての新事実を提示し、これを、 近世末期の「武」に立脚した「中間層」の交錯と位置づ けることで、幕末政局理解ついての新視点を提示し た。長谷川論文は、1866年生まれの中川小十郎が、 江戸の漢学教授と明治の新教育との過渡期をいかに 過ごしていたのかを、佐賀藩草場佩川塾で学んだ馬 路の在村知識人である田上綽俊との師弟関係から明 らかにしている。藤野論文は、中川小十郎の教育観 や社会観を、1890年代の明治ナショナリズムの言論 空間で獲得されたものと位置づけ、中川の学歴につ いて新史料を用いた実証研究を行い、明治ナショナ リズムの学問背景に迫る展望を示した。眞杉論文は 中川が第一部長として派遣された日露戦後の植民地 樺太庁での資源開発事業を実証し、日本の植民地に おける樺太の特殊な位置づけに言及した。また、「中 川家史料」が史料のほとんど残されていない植民地樺 太研究の可能性を広げるものであることを提示して いる。十河論文は、田中義一政友会内閣の高い求心 力の理由とその破綻の意味とを、中川小十郎の実業 人としての経験からくる政局観に象徴させて論じる ことで、昭和戦前期の政党内閣史に新視角を提示し ようと試みたものである。 対象となる事歴や時代、研究分野が多岐にわたっ た論文集になっているが、それだけ、「中川家史料」 の利用範囲の広さを証明しているとも言える。また、 本書図録パートには、研究論文にまでは発展しなかっ たが興味深い史料を、短文の史料紹介として掲載し ている。こちらもあわせて参考にしていただきたい。 さまざまな歴史学的関心から本史料群が用いられる ことを切に祈っている。
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