相場操縦規制と株式会社の内部統制 : 欧州における規制に関する若干の考察
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(2) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 28 January 2003 on insider dealing and market manipulation(market abuse) ; 以下、 「市場濫用指令」とする。 )は、相場操縦の類型を明示して規制の指針を 定めており、金融商品の取引に携わる者に相場操縦の疑いがある取引の通報義 務も課している 2)。また、2011 年 10 月 20 日に、 「内部者取引及び相場操縦(市 場濫用)に係る欧州議会及び理事会による規則」に関する提案(Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on insider dealing and market manipulation(market abuse); 以下、 「市場濫用規則案」とする。 )がなされた 3)。これらの欧州における規制を検討することは、日本法にも一 定の示唆を与えるものと思われる。そこで、本稿では、欧州における相場操縦 規制を概観し、金融商品取引業者の内部統制という視点から分析することとす る。そして、日本において第一種金融商品取引業を行う株式会社の内部統制へ の示唆を探ることとする。. 2.市場濫用指令について (1)市場濫用指令の概要 市場濫用指令は、内部者取引や相場操縦を禁止することを目的とする。市場 濫用指令の前文(2)によれば、統合された効率的な金融市場は市場のインテ グリティーを要求しており、有価証券市場の円滑な機能と公衆の市場に対する 信頼が経済成長などの必須条件であるが、市場濫用行為は、金融市場のインテ グリティーと公衆の有価証券とデリバティブに対する信頼を毀損するとする 4). 。そして、規制対象となる市場濫用行為は内部者取引と相場操縦によって構. 成される(前文(12) )5)。市場濫用指令の前文(12)によれば、市場濫用行為 を禁止する立法目的は、共同体における金融市場のインテグリティーの確保と これらの市場に対する投資者の信頼を高めることである 2。また、内部者取引 と相場操縦を禁止する理由は、これらの行為が、統合された金融市場において 経済活動を営むすべての者が取引の前提とする十分且つ適正な市場の透明性を 110.
(3) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 害することに求められている(前文(15) )7)。 そして、市場濫用指令の前文(20)は、相場操縦の要件について言及してい る。前文(20)前段は、 相場操縦を構成する取引又は注文(以下、 「取引・注文」 とする。 )を行う者が、当該取引・注文を行う根拠が合法的であること、及び、 当該規制市場において「承認された市場慣行」を遵守していることを証明する ことができる、とする 8)。他方、前文(20)後段は、所管当局が当該取引・注 文に伏在する他の違法な根拠を証明することにより、制裁を課すことができる とする 9)。. (2)相場操縦の類型 1)市場濫用指令が定める類型 市場濫用指令 1 条 2 項は、相場操縦を、3 つの類型に分けて定義する 10)。即 ち、①需給関係や価格に虚偽又は誤解を招くシグナルを与える取引・注文( (a) 号) 、②仮装の策略等を用いた取引・注文( (b)号) 、③金融商品に虚偽又は誤 解を招くシグナルを与える情報の流布( (c)号)である。 上記①( (a)号)が禁止する取引・注文は、 (ⅰ)金融商品の需給や価格に ついて、虚偽若しくは誤解を招くシグナルを与え、又は与える可能性がある もの、 (ⅱ)金融商品の価格を異常な水準又は人為的な水準に導くものである。 上記(ⅰ)は、虚偽又は誤導的取引に係る類型である 11)。後述する欧州証券 規制委員会の解釈指針によれば、 仮装売買や馴合売買が該当する。上記(ⅱ)は、 価格誘導に係る類型である 12)。 上記②( (b)号)は、詐欺的な取引・注文を禁止するものである。これは、 「仮装の策略」に係る類型である 13)。この類型には、後述するように、欧州証 券規制委員会の解釈指針によれば、仮装売買や馴合売買ではなく、それよりも 詐欺的な要素が強い取引類型が含まれることとなる 14)。 上記③( (c)号)は表示による相場操縦に係る類型である。禁止される行為は、 虚偽又は誤解を招く情報を流布することである。対象となる情報は、金融商品 111.
(4) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). に関する虚偽又は誤解を招くシグナルを与える可能性がある情報である( (c) 号) 。流布される情報が虚偽又は誤解を招くことを、流布する者が知り又は知 り得べき場合、対象情報には、うわさやニュースも含まれる( (c)号) 。そして、 報道関係者がその職務上の地位に基づいて情報を流布する場合は、当該情報の 流布により利益等を得ない限り、職務を規律する諸規則を考慮して当該行為の 法的評価が行われる( (c)号) 。 また、市場濫用指令 1 条 2 項は、以下のような相場操縦の例を 3 つ列挙して いる。第一の例は、金融商品の需給に関する支配的立場を確保するための行為 である。これは、買付価格又は売付価格を固定させる等の効果を有するもので ある。第二の例は、市場の終了時における金融商品の売買である。これは、終 値を基準として行動する投資家を誤解に導く効果を有するものである。第三の 例は、スキャルピングに関する行為である 15)。即ち、何らかの媒体を通じて ある金融商品等に対する意見表明を行える優位性を前提に、意見表明前に当該 金融商品に対する建玉を有した上で、このような利益相反を公表することなく、 意見表明により影響を受けた価格によって利益を得る行為である。このように、 本指令においては、スキャルピングに関する行為を相場操縦の一類型としてい るのである。 ところで、上記第三の例は、以下のように、本条 2 項(c)号の要件と整合 しない点がある 16)。まず、①第三の例は利得をスキャルピングの成立要件と して求めているが、 (c)号にはそのような要件はない。また、②第三の例で流 布される情報は、流布される情報の真偽にかかわらず価格に影響を与えること ができれば行為者は利益を得ることができるから、虚偽又は誤解を招く情報で ある必要はないが、 (c)号は不実情報の流布を射程としている。上記の相違点 から、第三の例としてあげられるスキャルピングは、相場操縦ではなく、内部 者取引に分類する立法政策の可能性が示唆されていた 17)。しかし、市場濫用 指令の前文(31)が、一般に利用できるデータに基づく調査・評価は内部情報 に該当しないため、調査・評価に基づいた取引も内部者取引に該当しないこと 112.
(5) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. を定めていることから、スキャルピングを内部者取引として分類することは、 市場濫用指令の枠組みにおいては困難である 18)。このため、市場濫用指令は、 スキャルピングを内部者取引の類型に分類せず、相場操縦の一類型としている のである。 また、上記②の相違点は、不実情報の流布を射程とする(c)号が、真実を 流布して利益を得る行為を禁止できるのか、という問題を導く。つまり、真実 の流布を手段としたスキャルピングは、どの禁止類型に該当するのか、とい う問題である。この点について、市場濫用指令 6 条 10 項に基づいて定められ た実施措置である「内部情報の定義及び公表並びに相場操縦に関する欧州議 会及び理事会指令(2003/6/EC)の実施に係る 2003 年 12 月 22 日の委員会指 令」 ( Commission Directive 2003/124/EC of 22 December 2003 implementing Directive 2003/6/EC of the European Parliament and of the Council as regards the definition and public disclosure of inside information and the definition of market manipulation)5 条(b)号は、仮装の策略による取引等を射程とする 市場濫用指令 1 条 2 項(b)号の適用に当たって、実質的な利益により、誤謬、 偏向若しくは明白な影響がある調査や投資推奨を作成又は流布する前後に、当 該取引の発注等があるか否かを考慮要素としている 19)。つまり、実施措置に おいては、スキャルピングを仮装の策略等を用いた取引等と構成して、市場濫 用指令 1 条 2 項(b)号を根拠に禁止する立場を採用しているのである 20)。 以上のような相場操縦の類型を前提に、市場濫用指令 5 条は、加盟国は、何 人も相場操縦に従事することを禁止しなければならない、と定めている。 本条における相場操縦の定義は、相場操縦に該当する新しい類型も包含でき るような柔軟性を持つと同時に、市場参加者の行為態様に適切なガイドライン を提示できるような明確性をも有しているとされる 21)。 2)実施措置が定める考慮要素 市場濫用指令 1 条 2 項(a)号が定める需給や価格に虚偽又は誤解を招く 113.
(6) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). シグナルを与える取引・注文は、適法な取引・注文との分水嶺が不明確で ある。そこで、市場濫用指令 6 条 10 項に基づいて定められた実施措置であ る「内部情報の定義及び公表並びに相場操縦に関する欧州議会及び理事会指 令(2003/6/EC)の実施に係る 2003 年 12 月 22 日の委員会指令(以下、 「2003 年実施措置」と す る。 ) 」 (Commission Directive 2003/124/EC of 22 December 2003 implementing Directive 2003/6/EC of the European Parliament and of the Council as regards the definition and public disclosure of inside information and the definition of market manipulation)4 条 は、当該取引・注文 が 相場操縦 に 該当するか否かについて、以下のような考慮要素を定めている。①当該金融商 品の価格に著しい変化をもたらした注文や取引の市場における 1 日の取引量に 占める割合(本条(a)号) 、②ある金融商品について大量の買建玉又は売建玉 を有する者による当該金融商品等の価格に著しい変化を導いた注文や取引の割 合(本条(b)号) 、③執行された取引が、規制された市場に上場された金融商 品の実質的な所有権の変更を生じさせたか否か(本条(c)号) 、④短期間に建 玉を反転させ、著しい価格変化を引き起こす当該注文や取引の割合(本条(d) 号) 、⑤短期間に集中してなされ、且つ、価格動向を反転させた注文や取引の 割合(本条(e)号) 、⑥気配値や注文板を変化させた後、執行前に取り消され た注文の割合(本条(f)号) 、⑦清算価格等が算定される時間帯に、原資産価 格の変化を導いた注文や取引の割合(本条(g)号)である 22)。 また、市場濫用指令 1 条 2 項(b)号が定める仮装の策略に該当するか否か の考慮要素として、2003 年実施措置 5 条は、次の 2 つを定める。即ち、①虚 偽又は誤導の情報流布と取引とを関連付けた者が、当該取引に係る注文を続行 又は追随したか否か(本条(a)号) 、②実質的な利益によって誤謬、偏向又は 明白な影響がある調査・投資推奨の作成・流布と取引とを関連付けた者が、当 該作成・流布の前後に、当該取引に係る注文を行ったか否か(本条(b)号) である 23)。. 114.
(7) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 3)欧州証券規制委員会の解釈指針 そもそも、市場濫用指令に関する規制は、4 段階の実施手続を踏むこととな る 24)。こ の 手続 の 第 3 段階 に お い て、欧州証券規制委員会(Committee of European Securities Regulators:CESR)が、共通の解釈指針を推奨し、ガイ ドラインを作成する 25)。本節では、上記第 3 段階における欧州証券規制委員 会の解釈指針を概観することとする。 欧州証券規制委員会の解釈指針は、①虚偽・誤導的取引、②価格誘導、③仮 装の策略・欺罔を含む取引、④虚偽・誤導的情報の流布について、それぞれ類 型化した現象を相場操縦の兆候として掲げている 26)。なお、ある相場操縦の 類型が他の複数の類型を包含する場合もあるため、下記の類型には重複も見ら れる 27)。 ①虚偽・誤導的取引には、 (a)仮装売買、 (b)価格表示の偽装、 (c)馴合売 買、 (d)見せ玉が分類されている。仮装売買(上記(a) )とは、実質的な利 益や市場リスクの移転がない行為、あるいは、共謀した当事者間においての み実質的な利益や市場リスクの移転があるように金融商品の売買を設定する 行為である 28)。価格表示の偽装(上記(b) )は、公衆に対する表示装置を通 じて、取引によって、ある金融商品の取引が活発であるかのような印象や価 格が変動するかのような印象を与える行為である 29)。馴合取引(上記(c) )は、 正当な理由もなく、売買の注文が同時期、同価格、同量において、共謀した 異なる当事者から発せられる取引である。上記(d)の見せ玉とは、ある金 融商品の価格に係る需給関係について誤導的な印象を与えるために、電子的 取引システム等において、直前の呼値より高い又は低い注文を発し、当該注 文が執行される前に取り消す行為である 30)。 ②価格誘導には、 (a)終値に対する操作、 (b)IPO 後の市場価格操作の共 謀、 (c)濫用的玉締め、 (d)価格下落の阻止、 (e)過度の売買スプレッド、 (f) 関連市場における価格操作が分類されている。終値に対する操作(上記(a) )は、 終値に影響を与えるために、取引終了間際に取引を行うものである 31)。IPO 115.
(8) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 後の市場価格操作の共謀(上記(b) )とは、IPO において株式の割当てを受け た者が、当該証券の価格を人為的に操作するために、さらなる株式の購入を共 謀することである。濫用的玉締め(上記(c) )とは、金融商品やデリバティブ 取引における原商品に係る需給に重大な影響を与えられる独占的な地位を有す る者が、その地位を乱用して、原資産の引渡価格等を歪める行為である 32)。価 格下落の阻止(上記(d) )とは、株式や貸付金利について否定的な影響を回 避するために、一定の水準以下に価格が下落しないように取引を行うことであ る 33)。過度の売買スプレッド(上記(e) )とは、 スペシャリストやマーケット・ メーカーのような市場仲介者が、意図的に売買スプレッドを人為的な水準に変 動又は維持して、価格を公正な価値から乖離させるものである 34)。関連市場 における価格操作(上記(f) )とは、他の市場に上場されている同種又は関連 する金融商品の価格に不適切な影響を与える目的で、例えば、株式の取引を行 うものである 35)。 ③仮装の策略・欺罔を含む取引には、 (a)所有関係の隠ぺい、 (b)メディア を通じた虚偽又は誤導的市場情報の流布、 (c)ポンプ・アンド・ダンプ (pump and dump) 、 (d)トラッシュ・アンド・キャシュ(trash and cash) 、 (e)建玉 開示後の手仕舞いが分類されている。所有関係の隠ぺい(上記(a) )とは、実 質的な所有関係を隠ぺいする目的で、共謀者に形式上の所有を移転する取引で ある 36)。結果として、大量保有に関する開示規制を潜脱することにより、実 質的な所有関係について、誤った開示がなされることになる 37)。メディアを 通じた虚偽又は誤導的市場情報の流布(上記(b) )は、スキャルピングと称 される類型で、あらかじめ保有する建玉に有利なように価格を操作するため に、 情報を流布するものである 38)。ポンプ・アンド・ダンプ(上記(c) )とは、 ある証券の買い建玉を保有した者が、当該証券の価格を上昇させるために当該 証券の購入や価格を上昇させる情報の流布を行い、第三者をして当該証券の買 付けに誘引し、価格が上昇したところで当該証券を売り抜けるものである 39)。 トラッシュ・アンド・キャシュ(上記(d) )とは、上記(c)とは逆に、ある 116.
(9) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 証券の売り建玉を保有した者が、当該証券の価格を下落させるために当該証券 の売却や価格を下落させる情報の流布を行い、第三者をして当該証券の売付け に誘引し、価格が下落したところで当該建玉を手仕舞うものである 40)。建玉 開示後の手仕舞い(上記(e) )とは、他の市場参加者から先物価格に関する指 標として評価される投資判断を行うファンドマネージャー等が、買い建玉を保 有継続することを開示した直後に保有建玉を手仕舞うことである 41)。 ④虚偽・誤導的情報の流布には、 (a)メディアを通じた虚偽又は誤導的情 報の頒布、 (b)上記(a)以外の手段を通じた虚偽又は誤導的情報の頒布が分 類されている。これらは、取引を伴わずに、情報の流布が行われる類型であ る 42)。メディアを通じた虚偽又は誤導的情報の頒布(上記(a) )とは、ある 上場会社の株式に関する虚偽又は誤導的な情報をインターネットなどの手段 を通じて流布するものである 43)。このような虚偽情報も、公的な回線を通じ て頒布されると、他の市場参加者は当該情報を信頼することとなる 44)。上記 (a)以外の手段を通じた虚偽又は誤導的情報の頒布(上記(b) )とは、先物 取引の引渡しの対象となる商品の需給に係る虚偽の印象を作出するために、 現物の在庫を変動させるなど、メディア以外の手法を通じて虚偽情報を頒布 するものである 45。 4) 「承認された市場慣行」と証明責任 市場濫用指令 1 条 2 項(a)号但書によれば、同号が定める取引・注文を行っ た者は、①その行動根拠が合法的であること及び②その取引・注文が当該規制 市場によって「承認された市場慣行」に従っていることを証明した場合、当該 行為は同号が禁止する相場操縦に該当しないこととなる。 そもそも、 「承認された市場慣行」とは、1 つ以上の金融市場において合理 的に想定され、且つ、市場濫用指令 17 条 2 項が規定する手続により委員会が 採択するガイドラインに従って、所轄する所管当局(本指令 1 条 7 項)に承認 された慣行であるとする(市場濫用指令 1 条 5 項) 。市場濫用指令 6 条 10 項に 117.
(10) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 基づいて定められた実施措置である「承認された市場慣行、商品デリバティ ブに係る内部情報の定義、内部者リストの作成、経営者による取引の通知及び 嫌疑ある取引の通報に関する欧州議会及び理事会指令(2003/6/EC)の実施に 係 る 2004 年 4 月 29 日 の 委員会指令(以下、 「2004 年委員会指令」と す る。 ) 」 ( Commission Directive 2004/72/EC of 29 April 2004 implementing Directive 2003/6/EC of the European Parliament and of the Council as regards accepted market practices, the definition of inside information in relation to derivatives on commodities, the drawing up of lists of insiders, the notification of managers' transactions and the notification of suspicious transactions)は、 加盟国に対して、 ある特定の慣行が「承認された市場慣行」に該当するか否かを判断するために、 所管当局が考慮すべき具体的な要素を定めることを求めている(2004 年委員 会指令 2 条 1 項)46)。その要素とは、 (a)全ての市場における市場慣行の透明 性の水準、 (b)市場の機能と需給の適切な均衡を保護する必要性、 (c)当該市 場慣行が市場の流動性と効率性に与える影響の程度、 (d)当該市場慣行が当該 市場の取引メカニズムに影響を与える程度、及び、市場参加者が、当該慣行に よって創出される新しい市場の状態に対して適切かつ適時に対応しうる程度、 (e)当該市場慣行が、共同体域内で流通する金融商品の市場(非規制市場を含 む)のインテグリティーに対して、直接又は間接に与える固有のリスク、 (f) 市場濫用行為を禁止する規則若しくは規制又は当該市場や直接又は間接に関連 する共同体域内の市場における行動規範に違反しているか否かという観点にお いて、市場濫用指令 12 条 1 項に規定する所管当局又は他の機関による当該市 場慣行に対する調査結果、 (g)取引される金融商品の類型及び当該市場におけ る個人投資家の参加も包含する市場参加者の類型が属する当該市場(非規制市 場を含む)の構造的特徴である (2004 年委員会指令 2 条 1 項(a)号乃至(g)号) 。 上記(b)における保護の必要性を判断する際には、所管当局が、当該市場 慣行が実行される以前の特定の市場環境、ある時期の加重平均又は終値のよう な市場の主な指標に対する当該市場慣行の影響を分析すべきであることを加盟 118.
(11) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 国に義務付けている(2004 年委員会指令 2 条 1 項第 2 文) 。 ところで、市場濫用指令 1 条 2 項(a)号の文言から、相場操縦の疑いを受 けた行為者が、当該行為の適法性についての立証責任を負担するのか、という 問題が生じる。本号の行為者による抗弁は、例外的な状況に対して法が与えた 適用除外を満たした場合の法的評価について言及したものであり、行為者に相 場操縦の意図を超えた動機により当該取引を行った事実について立証責任を負 担させる趣旨ではないとされる 47)。また、無罪推定原則に係る立証責任は事 実の評価に関するものであり、本号の抗弁は法的評価に関するものであること から、無罪推定原則に係る立証責任と本号の行為者が負担する抗弁は次元が異 なり、本号は無罪推定原則には抵触しないとされる 48)。つまり、本号の行為 者による抗弁は、適用除外を満たした場合の法的評価について言及したもので あり、行為者に立証責任を負わせる趣旨ではないとするのであろう。 しかし、上記①は主観的要件であるため、どのような事実を証明すれば足 りるのかという点を明確化することは困難であると指摘されている 49)。また、 欧州証券規制委員会の解釈指針によれば、 「承認された市場慣行」は、安定操 作などの定型的な適用除外とは異なる法的置付けがなされている 50)。また、 仮に本号が安定操作に係る適用除外と同視できるとしても、本号の抗弁におい ては、当該取引が「適用除外」に該当したことのみならず、行為者の合法的な 動機も証明しなければ、抗弁は成立しない。そうすると、本号の抗弁は、適用 除外を満たした場合の法的評価について言及したものと解することは困難であ ろう。そうすると、本号は、①当該取引を行った根拠が合法的であること、及 び、②当該取引等が「承認された市場慣行」に該当することという 2 つの事実 に係る立証責任を行為者に課した、と解することが素直な解釈である。本号違 反の行為に刑事的な制裁が課されることからすれば、このような立証責任の転 換には疑問が残るところである。. 119.
(12) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 5)取引通報義務と相場操縦の兆候 市場濫用指令 6 条 9 項によれば、加盟国は、専門的に金融商品に係る取引を 取りまとめる者をして、内部者取引又は相場操縦に該当すると合理的に疑わ れる取引を、遅滞なく所轄当局に通報させる制度を定めなければならない 51)。 このような制度枠組みにおいては、上記の金融商品取引業者が、ある取引が通 報すべき取引に該当するか否かを識別するための指標が必要となる。欧州証券 規制委員会は、相場操縦に該当すると疑われる兆候として、次のものを挙げて いる。まず、内部者取引又は相場操縦に該当すると合理的に疑われる兆候とし て、 ①ある特定の有価証券の取引が異常に集中すること、 ②特定の期間にわたっ て、少数の顧客間で取引を異常に繰り返すこと、③一人の顧客、一人の顧客の 異なる勘定、又は、限られた複数の顧客に、取引又は注文が異常に集中するこ とがある 52)。 次に、相場操縦に該当すると疑われる兆候として、以下のような類型が挙げ られている。即ち、①ある金融商品の価格を上昇又は下落させることや当該金 融商品の取引量を増加させることを正当化することができない取引、②当該証 券の市場取引量と比較して需給関係や価格に対して明らかに重大な影響を与え る注文の発出、③デリバティブ契約等の締結前に、原資産である金融商品の価 格を上昇させることが目的である取引、④市場価格が下降している状況におい て、デリバティブ契約等の締結前に、原資産ある金融商品の価格を維持するこ とが目的である取引、⑤建玉の規模を変更せずに、当該建玉に係る価値の変更 を試みる取引、⑥一日又は一定期間内の加重平均価格の増減を試みる取引、⑦ 金融商品の流動性が欠けているため価格を決定できない状況下で、市場価格の 設定を試みる取引、⑧市場の取引保護措置の迂回を試みる取引、⑨取引所シス テムから算出される買値・売値のスプレッドが当該取引価格の決定要因の一つ である契約を締結又は執行する際に、当該買値・売値のスプレッドを変化させ る行為、⑩理論上の初値を実勢より高くあるいは低くみせるために、競争売買 の価格決定前に、著しい量の注文を発し、且つ、当該注文が執行される前に当 120.
(13) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 該注文を取り消す行為、⑪デリバティブ契約の権利行使日における原資産の価 格を権利行使価格よりも引き下げるために、原資産である金融商品の価格維持 を試みる取引、⑫デリバティブ契約の権利行使日における原資産の価格を権利 行使価格よりも高くするために、原資産である金融商品の価格変更を目的とす る取引、⑬ある価格が委託証拠金の算出に使用されている場合において、金融 商品の決済価格の変更を試みる取引である 53)。. 3.内部者取引及び相場操縦に係る規則案 市場濫用規則案は、現在の市場濫用指令を廃止して、新たな規制を導入する ことを目的としている。規則(Regulation)であるため、指令(Directive)と 異なり国内法化の措置をとることなく、加盟国において適用される 54)。その ため、市場濫用規則案が採択された場合、市場濫用指令を国内法化した加盟国 における現在の規制は大幅な改変を受けることとなる 55)。以下で、その概要 を紹介することとする。. (1)規制の必要性 市場濫用規則案は、相場操縦に関して、次のような考慮要素に基づいて提案 されている。まず、規制対象となる金融商品の拡大の必要性を指摘されてい る。前文(8)によれば、2003 年の市場濫用指令の射程は、規制された市場で 取引される金融商品を対象にしているが、近年、金融商品は、 「多方向的取引 設備」 (Multilateral Trading Facility;以下、“MTF” とする。 )における取引が 増大していること、金融商品は、ブローカーによるクロッシング・システムや 店頭のみにおける取引のような「組織化された取引設備」 (Organised Trading Facility ;以下、“OTF” とする。 )においてのみ取引される金融商品もあると する 56)。つまり、市場濫用指令は、市場濫用指令の適用を受けない金融商品 に対する相場操縦を禁止することができない。そこで、本規則の射程は、それ 121.
(14) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 故、CDF(Credit Default Swap)のように、MTF や OTF において取引され る金融商品を含むように拡張されるべきであるとする 57)。 次に、商品デリバティブ市場と現物市場間の取引に関する問題も指摘する。 即ち、前文(15)によれば、商品デリバティブを含む金融商品の取引は、現物 商品契約と関連して操作することが可能であり、また現物商品に係る契約も 上記金融商品に関連して操作し得るとする 58)。そのため、市場における相場 操縦の禁止は、これらの市場間の結合も対象としなければならないとする 59)。 他方、金融商品を含まない行為態様、例えば、現物商品市場にのみ効果が及ぶ 現物商品契約における取引に拡張するのは適当ではないとして、規制の射程は 金融商品に関連する相場操縦に限定される 60)。 また、市場環境の変化に対応した規制の必要性も強調する。前文(18)に よれば、金融商品の自動化された取引が増大しているという事実に鑑みて、 高頻度取引(high frequency trading)を含むアルゴリズム取引(algorithmic trading)によってなされる濫用的な投資戦略も相場操縦に含めるべきである とする 61)。つまり、高頻度取引を含むアルゴリズム取引を手段とした価格操 作も規制対象に含める趣旨である。もっとも、これらの規制はアルゴリズム取 引そのものを排除する意図をもって導入されるものではないとされる 62)。 そして、前文(19)は、市場操作を試みる行為態様も、相場操縦とみなされ るべきであるとする 63)。その根拠は、相場操縦を試みる行為も虚偽又は誤導 的なシグナルを与える可能性に求められている 64)。前文(22)は、 相場操縦に、 執行されない注文の発注も含まれることを明言している 65)。発注を取り消す 意図を秘匿して注文を発する 「見せ玉」も含まれると解される。また、 前文(23) によれば、虚偽又は誤導的情報の流布も、情報は迅速に市場価格に反映される ことから、短期間に金融商品の価格に重大な影響を及ぼし得るので、相場操縦 及び相場操縦を試みる行為の構成要素になるとする 66)。また、虚偽又は誤導 的情報の流布には、重要な事実を故意に省略することも含まれる 67)。虚偽又 は誤導的情報の流布は、①不正確な情報などに基づいた投資判断を引き起こす 122.
(15) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. ため、投資者を害する側面と②発行者に係る情報に対する信頼を減少させるた め、発行者のファイナンスを阻害する側面も指摘している 68)。. (2)市場濫用規則案の内容 市場濫用規則案 8 条は、禁止される相場操縦を定義している。大別すると 3 つの類型に分類されている。 第一の禁止類型は、一定の属性を伴う①取引参加、②取引に係る注文発出、 又は③その他の行動である (市場濫用規則案 8 条 1 項(a)号) 。その属性は、 (ⅰ) ある金融商品又はこれに関する現物商品取引契約に係る需給や価格に関して、 虚偽若しくは誤導的なシグナルを与え、又は与える可能性があること、あるい は(ⅱ)不自然若しくは人為的な水準において金融商品若しくはこれに関す る現物商品取引契約に係る価格を確保し、又は確保する可能性があることで ある 69)。この第一類型は、市場濫用指令における第一類型とほぼ同様の行為 類型を規制している。即ち、上記(ⅰ)は、仮装売買等に係る類型である。上 記(ⅱ)は、 価格維持に係る類型である。注目すべきは、 市場濫用指令と異なり、 承認された市場慣行という適用除外事項が定められていないことである。前述 のように、当該行為が「承認された市場慣行」に該当することの主張・証明責 任は、行為者にあるとされている。このような解釈は、当該行為が本条に違反 すると認定された場合に刑事罰が科されることを鑑みると、無罪の証明責任を 行為者に課すことになる。本提案は、このような不都合を回避したものであろ う。 第二の禁止類型は、 偽装の手段等である(市場濫用規則案 8 条 1 項(b)号) 。 即ち、偽装の手段又はその他の欺瞞若しくは策略を弄して、ある金融商品若し くはこれに関する現物商品取引契約に係る価格に影響を与える①取引参加、② 取引に係る注文発出、又は③その他の行動である 70)。この類型も、市場濫用 指令における第二類型と同様である。この類型は、偽装の手段又はその他の欺 瞞若しくは策略という詐欺的な行為を規制するものである。詐欺禁止規定であ 123.
(16) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). るアメリカの証券取引所法 10 条(b)項と同様の機能を果たすものと推測さ れる。 第三の禁止類型は、情報流布である(市場濫用規則案 8 条 1 項(c)号) 。即 ち、情報流布の行為者が、当該情報が虚偽であることを知り又は知り得べき場 合において、上記(a)号に係る結果が生ずべき、インターネットを含む情報 伝達手段又はその他の手段を通じて情報を流布する行為である 71)。問題とな る行為がこの第三類型に該当するか否かは、①当該者が、当該情報の流布から ある優位性や利益を、直接又は間接に得ている場合及び②金融商品の需給若し くは価格に係る市場を誤導する意図で開示又は流布を行う場合を除いて、当該 情報の流布が報道目的なされた場合において、当該情報の流布は、報道の自由 及びその他の情報伝達手段に係る表現の自由を統治する規則を考慮して評価し なければならない。この類型は、主にスキャルピングを射程とするものである。 上記のように市場濫用規則案に関する提案においても、禁止される行為類型は 市場濫用指令の行為類型を継受している。 他方、市場濫用規則案において新設されたものもある。即ち、市場濫用規則 案 8 条 2 項は、①市場濫用規則案 8 条 1 項(a)号若しくは(b)号に規定する 取引、注文、又はその他の行動を試みる行為、②市場濫用規則案 8 条 1 項(c) 号に規定する情報の流布を試みる行為も禁止する 72)。 そして、市場濫用規則案 10 条は、上記の相場操縦と相場操縦を試みる行為 を禁止している 73)。. (3)禁止行為の兆候 市場濫用規則案 8 条 3 項は、本条に違反する相場操縦の具体例を列挙してい る。 (a)売買価格に影響を及ぼすために金融商品等に係る独占的な地位を確保 する行為、 (b)終値に基づく投資家の行動に影響を及ぼすために市場の終了間 際の売買、 (c)取引施設における取引システムの機能を崩壊又は遅延させる等 の目的を伴う高頻度取引を含むアルゴリズム取引による取引の発注、 (d)ス 124.
(17) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. キャルピングに係る表示行為、 (e)入札価格に影響を及ぼすために、入札前に 割り当てられた新規発行の金融商品又は関連するデリバティブを流通市場で売 買することである 74)。 そして、市場濫用規則案 8 条 4 項は、考慮すべき相場操縦の兆候を定義す る 75)。市場濫用規則案 8 条 4 項 に 基 づ く 別表Ⅰ は、市場濫用規則案 8 条 1 項 (a)号と(b)項について規定する。市場濫用規則案 8 条 1 項(a)号について は、 (a)著しい価格変化を引き起こす当該注文や取引の一日の取引量に占める 割合、 (b)買建玉又は売建玉の大量保有者がなす当該金融商品等の市場価格に 著しい変化を与える注文や取引の量、 (c)実質的な所有関係の変更がない取引 か否か、 (d)短期間に建玉を反転させ、著しい価格変化を引き起こす当該注 文や取引の一日の取引量に占める割合、 (e)注文や取引が取引時間中において 短期間に集中的になされ、且つ、当該注文や取引の終了した後に価格が反転す る場合における当該注文や取引の量、 (f)気配値や注文板を変化させた後、執 行前に取り消された注文の割合、 (g)先物取引などの清算価格が決定される 時間又は時間帯における当該清算価格等に影響を与えるために現物の価格変動 を引き起こす注文や取引の量である 76)。 また、市場濫用規則案 8 条 1 項(b)項については、虚偽又は誤導的情報を 流布した者やその関係者が注文や取引を行うこと、 (b)投資推奨を作成・流 布した者が、その前後に注文や取引をなすことである 77)。. (4)通報義務 市場濫用規則案にも、通報義務に関する規定がある。市場濫用規則案 11 条 1 項は取引施設運営者の不正取引発見義務を定めている 78)。その上で、市場濫 用規則案 11 条 2 項は、業として金融商品の取引を媒介又は執行する者が内部 者取引、相場操縦又は内部者取引を構成する注文や取引を発見・通報するシス テムを保有しなければならないとする 79)。そして、注文や取引が、相場操縦 等を構成するという合理的な疑いを抱いた場合には、遅滞なく所管当局へ通報 125.
(18) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). しなければならないとする 80)。そして、市場濫用規則案 11 条 3 項は、欧州証 券市場監督局(European Securities and Markets Authority : ESMA)に 上記 通報に係るテンプレートの決定を委ねている 81)。上記のように、市場濫用指 令と同様に、金融商品取引業者に通報義務を課している。通報すべき取引の兆 候について、市場濫用規則案の下でどのような要素が決定されるのかが注目さ れる。. 4.金融商品取引業者の内部統制 上記のように、市場濫用指令は、①相場操縦を 3 つの類型に分類して、定型 化を試みていること、②「承認された市場慣行」に係る例外規定を設けている こと、③金融商品取引業者に所管当局への通報義務を定めていることに特徴が ある。また、市場濫用規則案は、上記①と③を踏襲しつつ、 「承認された市場 慣行」に係る例外規定を設けないことに特徴がある。 以上の分析を踏まえて、第一種金融商品取引業者の内部統制を検討すること とする。そもそも、①有価証券の売買、市場デリバティブ取引又は外国市場デ リバティブ取引(金商 2 条 8 項 1 号参照) 、②有価証券の売買、市場デリバティ ブ取引又は外国市場デリバティブ取引の媒介、取次ぎ又は代理(金商 2 条 8 項 2 号参照)や③私設取引システムによる有価証券の売買又はその媒介、取次ぎ 若しくは代理(金商 2 条 8 項 3 号)を業として行うことは、第一種金融商品取 引業に該当する(金商 28 条 1 項) 。そして、 「株式会社(取締役会及び監査役 又は委員会(会社法第 2 条第 12 号 に規定する委員会をいう。 )を置くものに 限る。 )又は外国の法令に準拠して設立された取締役会設置会社と同種類の法 人(第一種金融商品取引業を行おうとする場合にあつては、当該外国の法令に 準拠し、当該外国において第一種金融商品取引業と同種類の業務を行つている 者(これに類するものとして政令で定める者を含む。 )であつて、国内に営業 所又は事務所を有する者に限る。 ) 」でなければ、第一種金融商品取引業者とし 126.
(19) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. ての登録はできない(金商 29 条の 4 第 5 号イ参照) 。つまり、第一種金融商品 取引業を行う金融商品取引業者は、日本法に基づいて設立された法人の場合に は、株式会社(取締役会設置会社である監査役設置会社又は委員会設置会社) が想定されている。 ところで、大会社である取締役会設置会社は、 「取締役の職務の執行が法令 及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を 確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」 (会社 362 条 4 項 6 号・会社則 100 条)について決定を行わなければならない(会社 362 条 5 項) 。そして、上記の体制には、 「使用人の職務の執行が法令及び定款に適合 することを確保するための体制」も含まれる(会社則 100 条 1 項 4 号) 。第一 種金融商品取引業を行う株式会社が大会社であれば、上記の内部統制システム 構築に係る決定義務が生じる。 第一種金融商品取引業を行う株式会社の取締役又は使用人が遵守すべき法令 に、金融商品取引法も含まれる。そして、金融商品取引法 159 条は、相場操縦 を禁止している。そうであれば、第一種金融商品取引業を行う株式会社は、内 部統制システムを構築する際に、関与する注文の相場操縦該当可能性について 確認する体制についても整備しなければならない 82)。上記システムの類型は、 行為者主体を基準に、 (1)第一種金融商品取引業者の自己売買と(2)顧客か らの受託売買に大別される。上記(1)の自己売買については、相場操縦の禁 止規定等の法令を順守した取引の実施に係る確認体制が内部統制システムの内 容となろう。他方、上記(2)の受託売買については、委託者である顧客の取 引意図を客観的行為態様から推察するほかない。この点について、市場濫用指 令における通報義務に係る相場操縦の兆候が参考となる。 まず、不正取引共通の兆候として、①ある特定の有価証券の取引が異常に集 中すること、②特定の期間にわたって、少数の顧客間で取引を異常に繰り返す こと、③特定の顧客や特定の勘定に、取引又は注文が異常に集中することが挙 げられる。 127.
(20) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 次に、相場操縦固有の兆候として、以下のものが挙げられる。即ち、①正当 な理由がないにもかかわらず、ある有価証券の価格を上昇又は下落させること や当該有価証券の取引量を増加させるために取引を行うこと(例:取引終了 間際など、その日の終値を形成する時間帯において、異常に注文量を増加さ せる行為) 、②当該証券の市場取引量と比較して需給関係や価格に対して明ら かに重大な影響を与える注文を発すること(例:取引終了間際など、その日 の終値を形成する時間帯における大量注文) 、③デリバティブ契約等の締結前 に、原資産である有価証券の価格を上昇させ又は維持する目的で取引を行うこ と(例:デリバティブ契約締結前に、デリバティブの原資産商品である株式等 の価格を上昇させること) 、④有価証券の流動性が欠けているため価格が成立 しない状況下で、市場価格を設定するために注文を発すること(例:注文のな い時間帯に、売り買い双方の発注を行うこと) 、⑤理論上の初値を実勢より高 くあるいは低くみせるために、競争売買の価格決定前に、著しい量の注文を発 し、且つ、当該注文が執行される前に当該注文を取り消す行為(例:価格操作 のための見せ玉)などである。これらの兆候が、受託売買に関する内部統制シ ステムにおける相場操縦該当性の判断要素となろう。 上記のように、ある有価証券の市場価格に経済的な利害がある者が、当該有 価証券の取引が異常なほど大量に行うこと、特定の期間にわたって取引を異常 に繰り返すこと等の異常な取引類型は、相場操縦の兆候となる。また、取引開 始時や取引終了時に注文を異常に集中させることは、相場操縦の兆候となりえ よう。もっとも、これらの要素は「異常」性という幅のある概念を持って記述 せざるを得ない。その意味で、評価が伴うことになる。市場濫用指令において は、所管当局が通報された情報を基に調査を行い、当該取引の相場操縦該当性 の有無を判定するものと思われる。その意味で、相場操縦の兆候がある注文や 取引について金融商品取引業者に係る通報義務を課す欧州の規制は、相場操縦 の抑止という観点から、一つの立法政策の在り方を示している。. 128.
(21) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 5.むすび 本稿では、第一種金融商品取引業を行う株式会社の内部統制システムには金 融商品取引法 159 条の遵守も含まれること、当該金融商品取引業者が関与する 注文の相場操縦該当可能性を検討する上で、市場濫用指令における通報義務に 係る相場操縦の兆候が参考となることを指摘した。 ところで、金融商品取引法 159 条は、金融商品取引業者の受託も、相場操縦 の行為類型として禁止している。そのため、顧客からの注文に相場操縦の兆候 があることが明らかになった場合、当該注文の受託自体を拒絶する義務が生じ ることになろう。しかし、相場操縦の兆候という概念自体が評価を伴うもので あるから、どの程度の兆候があれば、受託の拒絶義務が生じるのかということ が問題となる。この点が今後の検討課題となる。 . 【2013 年 1 月 21 日脱稿】. (注) 1)McLucas & Angotti, Market Manipulation, 22 Rev. of Sec & Commodities Reg. 103(1989). 2)OJ L 96, 12.4.2003, p. 16. 本稿は、市場濫用指令の英語版を用いた。なお、市場濫用指令の 邦語訳 と し て、日本証券経済研究所編『新外国証券関係法令集 EU(欧州連合) 』 (日 本証券経済研究所,2007 年)360 頁以下がある。市場濫用指令の先行研究として、久保 寛展「欧州市場濫用指令の動向について」福岡大学法学論叢第 48 巻第 3・4 号 313 頁(平 成 16 年)を参照。 3)http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2011:0651:FIN:EN:PDF. 以 下、この文献を “COM(2011)651 final” として引用する。また、 「内部者取引及び相場操 縦に対する刑事制裁に係る欧州議会及び理事会による指令」に関する提案(Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on criminal sanctions for insider dealing and market manipulation)もなされた。この指令案は、市場濫用規則が採択され ることを前提に、内部者取引及び相場操縦に対して刑事制裁を科すことできるように、加 盟国に国内法化の措置を取らせる指令である。紙幅の制約があるため、本稿ではこれ以上 言及しない。 4)前文(2) 。OJ L 96, 12.4.2003, p. 16. 129.
(22) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 5)前文(12) 。OJ L 96, 12.4.2003, p. 17. 6)前文(12) 。OJ L 96, 12.4.2003, p. 17. 7)前文(15) 。OJ L 96, 12.4.2003, p. 17. 8)前文(20) 。OJ L 96, 12.4.2003, p. 17. なお、 「承認された市場慣行」とは、1 つ以上の金融 市場で合理的に予想され、かつ、手続(市場濫用指令 17 条 2 項)に従って委員会が採択 するガイドラインに沿って、 当該所管当局(competent authority:本指令 1 条 7 項)によっ て承認された慣行をいう(本指令 1 条 5 項) 。 9)前文(20) 。OJ L 96, 12.4.2003, p. 17. 10)OJ L 96, 12.4.2003, p. 20. 11)The Committee of European Securities Regulators, Market Abuse Directive: Level 3 – first set of CESR guidance and information on the common operation of the Directive (CESR/04-505b), p. 9. 以下、この文献を “CESR/04-505b” として引用する。 12)CESR/04-505b, p. 9. 13)CESR/04-505b, p. 9. 14)本文の記述と異なり、 (b)号の禁止類型に仮装売買や馴合売買が含まれるとする見解も ある。Emilios Avgouleas, The Mechanics and Regulation of Market Abuse(2005)128. 15)Guido A. Ferrarini, The European Market Abuse Directive, 41 CML Rev. 711, 727(2004) . なお、市場濫用指令草案の付属書は、他人に推奨する前に自己の勘定で金融商品を買付け、 当該推奨によって上昇した価格において当該金融商品を売付けることによって利益を得 る行為、即ち、スキャルピングを、情報による相場操縦の一類型として位置付けていた (The Commission of the European Communities, Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on insider dealing and market manipulation( market abuse), Brussels, 30.5.2001, COM(2001)281 final, Annex Section B.) 。 16)Helena Bolina, Market Manipulation and Insider Dealing in the New Market Abuse Directive(2003/6/EC), EUREDIA 2001-2002/4, 555, 573. 17)Id. at 574. 18)Id. 19)OJ L 339, 24.12.2003, p. 70, 72. 20)なお、スキャルピングについては、拙稿「証券取引の推奨に係る不正行為-欧州におけ るスキャルピング規制に関する若干の考察」 (川村正幸先生退職記念論文集) 『会社法・ 金融法の新展開』 (2009 年、中央経済社)389 頁以下を参照。 ところで、投資情報を提供する業者等を対象とした事前規制もある。市場濫用指令 130.
(23) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 6 条 5 項によれば、加盟国は、金融商品等の調査や推奨に関する情報が公正に表示さ れること、及び、情報を提供する者が有する利益や利益相反を明示することを確保す るための規制を整備しなければならない。本条の趣旨は、公正な表示と利益の開示と いう二つの義務を課すことによって、投資調査や推奨に係る情報の作成・頒布を通じ て、不実の情報が流布されるリスクを最小化すること、及び、利益相反によって偏向 した推奨の作成・頒布を防止することにある(Avgouleas, supra note(14),268-269.) 。 そして、委員会は本条 5 項に係る実施措置を定めなければならない(市場濫用指令 6 条 10 項) 。これにより定められたのが、 「投資推奨の公正な公表並びに利益相反の開 示に関する欧州議会及び理事会指令(2003/6/EC)の実施に係る 2003 年 12 月 22 日の 委 員 会 指 令( Commission Directive 2003/125/EC of 22 December 2003 implementing Directive 2003/6/EC of the European Parliament and of the Council as regards the fair presentation of investment recommendations and the disclosure of conflicts of interest) 」 である(OJ L 339, 24.12.2003, p. 73.) 。上記指令は、①推奨に関する責任者の明示等を義 務付ける公正な表示に関する規制(2 条- 4 条) 、②利益相反の開示に関する規制(5 条・ 6 条) 、③第三者が作成した推奨情報を頒布する者に対する規制(7 条- 9 条)で構成さ れている。上記②は、事実上、スキャルピングの事前規制の役割を担うものと解される。 21)Commission of the European Communities, Proposal for a Directive on insider dealing and market manipulation(market abuse), COM(2001)281(including the Explanatory Memorandum), p. 4. 22)OJ L 339, 24.12.2003, p. 70, 71-72. 23)OJ L 339, 24.12.2003, p. 70, 72. 24)こ の 手続 の 詳細 は、下記 を 参照。Thierry Bonneau et France Drummond, Droit des Marchés Financiers(Economica, 3ème éd. 2002)no. 43. 25)同上。 26)CESR/04-505b, p.10 - 13. 27)同上。 28)同上。 29)同上。 30)同上。 31)同上。 32)CESR/04-505b, p.12. 33)同上。 131.
(24) 横浜国際経済法学第 21 巻第 3 号(2013 年 3 月). 34)同上。 35)同上。 36)同上。 37)同上。 38)同上。 39)CESR/04-505b, p.13. 40)同上。 41)同上。 42)同上。 43)同上。 44)同上。 45)同上。 46)OJ L 162, 30.4.2004, p. 70. 47)Ferrarini, supra note(15), 727. 48)以下を参照。Bolina, supra note(16), 569-570. 49)Niamh Moloney, EC Securities Regulation(2nd ed., 2008)986. 50)CESR /04-505b, p. 4. なお、市場濫用指令において適用除外規定ではないとした趣旨は、 「承認された市場慣行」を構成するか否かの判断を加盟国に委ねるものであるとされる (CESR, Frequently Asked Questions: Accepted Market Practices, CESR/05-365(2005).) 。 51)OJ L 96, 12.4.2003, p. 22. なお、2004 年委員会指令 9 条は当該取引が市場濫用行為を構成 する疑いがある根拠など通報の内容を定めている。 52)CESR/04-505b, p.15. 53)CESR/04-505b, p.16-17. 54)中西優美子『法学業書 EU法』 (新世社、2012 年)115 頁。 55)Assmann/Schneider(Hrsg.) , Wertpapierhandelsgesetz-Kommentar, 6. Aufl., 2012, §20a, Rdn. 25a [Vogel]. 56)COM(2011)651 final, p. 15. 57)COM(2011)651 final, p. 15 -16. な お、前文(9)は、金融商品 の 安定操作又 は 自己株式 の買い戻しにおける取引は、一定の条件下において、経済的理由において適法であり、 それ故、それ自体は市場濫用指とはみなされない、とする。COM(2011)651 final, p. 16. 132.
(25) 相場操縦規制と株式会社の内部統制. 58)COM(2011)651 final, p. 17. 59)同上。 60)同上。 61)COM(2011)651 final, p. 18. なお、高頻度取引と相場操縦規制との関係については、別 稿を予定している。そのため、これ以上は言及しない。 62)同上。 63)同上。 64)同上。 65)同上。 66)同上。 67)同上。 68)COM(2011)651 final, p. 18-19. 69)COM(2011)651 final, p. 32. 70)同上。 71)同上。 72)同上。 73)COM(2011)651 final, p. 34. 74)COM(2011)651 final, p. 33. 75)同上。 76)COM(2011)651 final, p. 53. 77)COM(2011)651 final, p. 54. 78)同上。 79)COM(2011)651 final, p. 34. 80)同上。 81)同上。 82)会社法上の内部統制システムと金融商品取引法上の内部統制システムの関係について、 川村正幸編『金融商品取引法(第 4 版) 』 (中央経済社、2012 年)173 頁参照。. 133.
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本案における複数の放送対象地域における放送番組の