研究報告
点滴スタンドの高さと支柱把持高が健康な
60〜70 歳の歩容に与える影響
The Influence IV Pole Height and Grip Height on Gait of Healthy People Ages 60-70
本研究の目的は,点滴スタンドを操作しながら歩くこと,およびその点滴スタンドの高 さと支柱を把持する高さによって,中高年および高齢者の歩容はどのような影響を受ける のかを明らかにすることである. 健康な 60 歳から 70 歳(平均 66.3 歳,SD2.3)までの男性 8 名,女性 33 名(計 41 名)を対象に,点滴スタンド歩行が歩容に与える影響を運動学的分析と主観評価より 検討した.さらに,点滴スタンドをより安全かつ適切に使用するための,点滴スタンドの 高さおよび支柱を把持する高さの設定について検証した. その結果,点滴スタンド歩行は通常歩行と比較して,歩行速度が低下し,歩幅が狭ま り,歩調が減少し,腕振り角度が小さくなり,高齢者や転倒経験者の歩容に近づいてい た.そのなかでも,歩容,歩行姿勢に及ぼす変化が最小であったのは,点滴スタンドの高 さは使用者の身長の 110%,支柱を把持する高さは使用者の身長の 60% または 70% の設定であった.また,主観的評価において操作性がよく,身体的負担が少ないと感じて いることが分かった.点滴スタンド歩行は高齢者や転倒経験者の歩容に近づくこと,点滴 スタンドの高さは身長の 110%,支柱を把持する高さは身長の 60%または 70%が望 ましいことが示唆された. キーワード:点滴スタンド,歩容,歩行,中高年,高齢者
The purpose of this study was to clarify how the height, grip and manipulation of the IV pole while walking, affected the gait of people middle-aged and older.
This study conducted a kinematic analysis and subjective assessment to examine the impact of walking with an IV pole on gait by observing 8 healthy men and 33 healthy women(total=41)ages 60 to 70(M =66.3, SD2.3). The study also examined IV pole height and the height of the pole grips to achieve a safer and more appropriate utilization.
Results showed that compared to normal walking, when walking with the IV pole, speed was slowed, stride length was shortened, pace was impeded, and the angle of the arm swing was reduced so that the gait resembles that of older persons and persons who had experienced a fall. When the height of the pole was 110% of a user's height and the pole grasps were positioned at 60% or 70% of a user's height then using the IV pole had minimal negative influence on gait and walking posture. Moreover, subjects reported subjectively, that fewer physical burdens were experienced, thus confirming researchers kinematic analysis. In conclusion, typical IV pole use on gait resembles that of older persons and persons who have experienced a fall. This study suggested that a desirable height for the pole was 110% of a user's height and the pole grasps were positioned at 60% or 70% of a user's height.
Key words:IV pole,gait,walk,middle age,eldery
蜂ヶ崎令子
Reiko Hachigasaki
受付日:2011 年 10 月 18 日 受理日:2012 年6月 25 日
聖路加看護大学 St. Luke‘s College of Nursing
連絡先:蜂ヶ崎令子 聖路加看護大学 〒 104-0044 東京都中央区明石町 10-1 TEL・FAX:03-5550-2252 E-mail:[email protected]
Ⅰ.はじめに
わが国では在院日数の短縮傾向と術後早期離床の奨 励により,入院患者が点滴スタンドを使用しながら歩 く機会が増えている.入院中のヒヤリ・ハット事例に おいても,キャスターが先に進み追随できず転倒し た,点滴スタンドの脚につまずいた,点滴スタンドが 倒れて転倒したなどの事例が報告されている(開原 2003;川村 2003).消化器内科病棟において注射・点 滴を受ける患者は全体の約 90%を占め,そのうち 80%以上が輸液療法を受けているとの報告もある(古 川ら 2004).また,ある病院内の調査では1年間に発 生した転倒事故のうち,点滴スタンド使用中だったも のが全体の 21%を占めており,点滴スタンドが歩行 補助具として使用されていたこと,点滴スタンドの衝 突や転倒,チューブ類への接触や,点滴スタンドへの 足のつまずきによる転倒であったことが報告されてい る(仙波・近藤 2004). 入院患者は,なんらかの疾患を抱えているととも に,健康者とくらべ,体力や筋力も低下している状態 である.しかし,このように点滴スタンド使用中の事 故事例が報告されているにもかかわらず,基礎看護技 術テキストにおいて点滴を受ける患者の日常生活行動 に焦点を当てた看護や点滴スタンド使用時の注意点に 関する記載はほとんどみられず,転倒を防ぐための安 全な点滴スタンドの使用方法や取り扱いおよび操作方 法は具体的に示されていない.また,看護師国家試験 の出題基準においても,車椅子と輸送車の移送・移乗 の項目はあるものの,点滴スタンドに関しては一切触 れられていない.そこで,本研究では入院患者に多い 年齢層である 60 歳から 70 歳の健康者を対象として, 点滴スタンドを操作しながら歩く際に人の歩行動作や 歩行姿勢はどのように変化するのか,より安全に取り 扱え,使いやすいと感じる点滴スタンドの高さや支柱 を把持する高さについて明らかにすることを目的とし た. 【用語の定義】 歩容:歩行時の身体運動パターンおよび姿勢と四肢 の運動形態であり,歩行特徴量(歩行速度,歩幅,歩 調など),歩行姿勢(体幹前傾角度,腕の振りなど) 5つで表される スタンド歩行:点滴スタンドを操作しながらの歩行Ⅱ.方法
対象者は近隣のシルバー人材センターに登録してお り,本研究の主旨に賛同した健康な 60 歳から 70 歳ま での男女で,ここ半年以内に日常的に点滴スタンドを 使用して歩いた経験のない者とした. 1.測定手順 1)実験設定 加速と減速を考慮し,予備区間3m,計測区間5 m,停止区間3m の計 11 mの平坦な直線の歩行路を 設定できるビニル床タイルの室内で実施した.対象者 は運動着,運動靴に着替え,肩峰,肘関節(肘関節外 側関節裂隙),手首(橈骨茎状突起),後腸骨棘突起, 大転子突起,膝関節(膝関節外側関節裂隙),外踝, 爪先,第5趾MP関節,踵部の 10 ヵ所,左右合計 20 ヵ所にカラーボールマーカーを貼付した.500mL の点滴ボトルと輸液ラインを使用して,利き手と反対 側の前腕に末梢静脈点滴中の状態を再現した.点滴ボ トルの縦の長さは 22.5㎝,テープ固定位置までの輸液 ラインの長さは 124.0㎝または 158.0㎝とした. 点滴スタンドは5脚の IV スタンド(パラマウント 株式会社製 KC-508)重量約 4.1kg を使用した.脚部 の最大外径は 45.3㎝,支柱中心から脚部外縁までの距 離は 25㎝,点滴スタンドの全高は上下ストッパーに より 128.7㎝から 196.2cm の範囲で調節可能であっ た.グリップは水平位で取り付けた. 2)点滴スタンド高と支柱把持高の設定 事前に 26 名の病棟患者を対象に,実際に使用して いる点滴スタンドの高さとグリップの高さを調査し た.その結果,点滴スタンドの高さは身長の 98%か ら 126%(平均 110%),グリップの高さは身長の 49%から 70%(平均 60%)に設定されていた.これ より,滴下に必要な高さも考慮し,点滴スタンドの高 さを身長の 100,110,120%(以下それぞれスタンド 高 100,110,120%とする),支柱把持高を身長の 50,60,70 %( 以 下 そ れ ぞ れ 支 柱 把 持 高 50,60, 70%とする)に設定した.さらに,点滴スタンドの高 さを検討する際は,平均値を採用し,身長の 60%の 高さにグリップを取り付け,同様に支柱把持高では点 滴スタンドの高さを身長の 110%とした(図1). 3)測定の実施 通常歩行したのちに,模擬輸液セットを装着し,各設定で1往復ずつ歩行した.実施順序による影響を考 え,順番を入れ替えながら行った.点滴スタンドの位 置(前方,側方)は対象者にまかせた. 2.測定項目とその方法 1)歩容 デジタルビデオカメラレコーダー(SONY 社製 DCR-DVD505)を2台使用し,前額面と矢状面の2 方向から歩容を撮影した.側方カメラは歩行の1周期 が必ず含まれるように約3mの範囲を歩行路の中心か ら約4m離れた場所に,前方カメラは 11 m歩行路の 折り返し地点にそれぞれ設置した.インターレース方 式(30Hz)で撮影した動画から3m を歩くのにか かった時間(3M 歩行所要時間)を計測し,歩行速 度(m/sec)を算出した.歩調(steps/sec)は歩幅 と3M 歩行所要時間から算出した.さらに,動画か ら静止画像フレームを切り出し,画像分析ソフト (ImageJ)を用いて歩幅(スタンド側,自由側),体 幹前傾角度,自由側の肩関節角度(以下腕振り角度) の測定を行った. 歩幅は先行する足の踵が着地した瞬間の左右の踵の 前後距離とし,スタンドを右に置いている場合は左側 方から撮影した画像を,左に置いている場合は右側方 から撮影した画像で測定した.体幹前傾角度は両大腿 が重なった時点の静止画像上で,肩峰と大転子を結ぶ 線と鉛直線がなす角度とした.腕振り角度はスタンド を把持していない側の肩峰と橈骨上端を結ぶ線と水平 線がなす角度を計測し,後方への腕の振り角度から前 方への腕の振り角度を引いた肩関節の前後への最大角 度とした. 2)主観評価 主観的評価は,先行文献(新藤ら 1994;佐々木ら 2001;多賀ら 2008)と事前調査を基に,点滴スタン ドの操作性に関して,a. 操作のしやすさ,b. 安定感, c. 歩行のしやすさの3項目,身体的負担に関して, d. 上肢の負担感,e. 腰部の負担感,f. 下肢の負担感の 3項目の計6項目とした.各項目についてスタンド高 3設定と支柱把持高3設定のなかで比較し順位をつけ てもらうとともに,スタンドの設定ごとに歩行時の感 想を聞き取り,研究者が調査用紙に記入した. 3.分析方法 量的変数は,正規性の検定を行ったのち,通常歩 行,スタンド高 100,110,120%,支柱把持高 50, 60,70% の各設定において Friedman 検定,Scheffe の多重比較を行った.有意水準はすべて5% とした. 主観評価は順位に応じて6点を振り分けた.1位= 3点,2位=2点,3位=1点,どちらも同じくよい と答えた場合は,同率1位=各 2.5 点,3位=1点, どちらも同じくよくないと答えた場合は1位=3点, 同率2位=各 1.5 点とし,すべて同じ場合は各2点を 配分した.身体的負担に関する項目は負担感が強いほ ど得点が低くなるよう配点した.点滴スタンド高別に 比較した主観評価の平均点と各スタンド設定の a 〜 f の合計得点では,得点が高いほど操作性が高く,負担 感が低いことを示す.対象者から聞き取った感想のう ち,主観評価に含まれていない内容を抽出した. 4.倫理的配慮 所属大学の倫理審査委員会の承認を受け実施した. 図 1 点滴スタンド高(左)と支柱把持高(右)
対象者は健康な中高年と高齢者とし,実施前後に血 圧,脈拍を測定し,口頭で健康状態の確認を行った. 研究の主旨を文書と口頭にて研究者自身が説明し,研 究同意書とビデオ撮影の承諾を得た.研究への協力は 自由であり,理由の如何にかかわらずいつでも研究協 力を取りやめることができることを伝えた.
Ⅲ.結果
1.対象者 対象者は男性8名(19.5%),女性 33 名(80.5%) であった(表1).男性,女性の2群間では身長に有 意差がみられたものの,歩行速度,歩調,歩幅には有 意差はなく,また,スタンド設定はそれぞれの対象者 の身長の割合を基に決定しているため,一緒に扱うこ ととした.このうち,ここ1年間で転倒経験のある者 は3名(7.3%) の女性であったが,複数回転倒した 者はいなかった. 2.点滴スタンド高での比較 1)歩行特徴量 歩行速度,歩調,歩幅を点滴スタンド高別に比較し た.通常歩行の速度が最も速く,全スタンド設定の間 で有意差を認めた.歩調は通常歩行時のほうがスタン ド歩行よりも大きく,すべてのスタンド歩行との間に 有意差を認めたが,点滴スタンドの高さによる歩調に 有意差は認められなかった.歩幅ではスタンド側,自 由側ともに通常歩行がスタンド歩行よりも広く,スタ ンド側では通常歩行とすべてのスタンド歩行との間で 有意差を認めた(表2). 2)スタンド歩行時の姿勢 体幹前傾角度は,通常歩行およびスタンド歩行の間 に有意差は認められず,さらに点滴スタンドの高さに よる違いはなかった.腕振り角度は,通常歩行と比較 するとすべてのスタンド歩行で小さく,有意差を認め た(表2). 表 2 スタンド高別の歩行特徴量と姿勢 (n=41) 歩行速度 (m/sec) (steps/sec)歩調 歩幅 スタンド側 (cm) 歩幅 自由側 (cm) 体幹前傾 角度 (°) 腕振り 角度 (°) 通常歩行 平均値 1.24 2.08 60.20 58.73 183.14 28.02 SD 0.16 0.29 5.83 6.27 3.07 13.79 スタンド 高 100% 平均値 1.08 1.92 56.04 56.49 183.73 16.00 SD 0.18 0.38 5.79 5.70 4.17 13.11 スタンド 高 110% 平均値 1.09 1.93 56.18 56.36 183.27 15.92 SD 0.21 0.42 5.99 6.12 3.72 13.25 スタンド 高 120% 平均値 1.09 1.94 55.93 56.53 183.06 14.92 SD 0.20 0.39 6.23 5.79 3.89 12.91 Scheffe 法 **p < 0.01 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** 表 1 対象者の属性 (n =41) 男性 女性 全体平均 (SD) Range 平均 平均 (n=8) (n=33) 年齢(歳) 67.3 66.1 66.3 (2.3) 60.0 - 70.0 体重(kg) 62.8 52.8 54.7 (8.7) 30.5 - 75.1 身長(cm) 160.0 154.2 156.1 (4.9) 146.7 - 164.3 BMI 24.3 22.0 22.4 (3.4) 14.2 - 30.3(5件),点滴ボトルの位置が高いために見えないので 気になる(2件),反対に点滴ボトルが見えないので 気にならない(3件)であった(表3). 3.支柱把持高での比較 1)歩行特徴量 支柱把持高別で最も歩行速度が低下したのは,支柱 把持高 50%であったが,他のスタンド歩行との間に 有意差は認められなかった.通常歩行との比較では, 通常歩行時の歩調のほうが大きく,すべてのスタンド 歩行との間に有意差を認めたが,支柱把持の高さによ る歩調に有意差は認められなかった.歩幅は,自由側 3)主観評価 スタンド高別の主観評価の合計得点は,スタンド高 100%が 513.0 点,110%が 526.5 点,120%が 436.5 点で, スタンド高 110%の合計得点が最も高く,スタンド高 120%が最も低い結果となった.また,平均点での比 較では,スタンド高 100%はその他2つの設定よりも 点数が低く,有意差がみられた(図2,3). 感想からは点滴ボトルの見え方が抽出された.スタ ンド高 100%では,点滴ボトルが視界に入って邪魔に なる(13 件),反対に点滴ボトルを目の高さで確認で きてよい(4件)であった.スタンド高 120%では, 点滴ボトルの揺れが気になるのでつい上を見てしまう 図 3 スタンド高別にみた負担感に関する主観評価 平均点 表 3 スタンド高別にみた主観評価に反映されていない感想(重複回答:件) (n=41) 肯定的感想 否定的感想 視 野 に 入る のでよ い 目の高さで点 滴ボトルが確認できる 4 視 野 に入る ので 邪魔 点 滴 ボ ト ル が 視 野 に入って邪魔になる 13 点滴筒が目の高さで揺 れて気になる 1 視 野 に入らな い の で気になる 低いと点 滴しているのを忘れそう 1 視 野 に入らな い の でよい 点 滴ボトルが目線 上にないので気にならない 1 視 野 に入らな い ので気になる 点 滴 ボ ト ル が 気 に なり、上を見る 2 点 滴スタンドの 全 体が 見えない 1 視野に入るので 邪魔 点 滴 ボ ト ル が 視 野 に入って邪魔になる 1 視 野 に入らな い の でよい 点 滴ボトルが見 えないので気にならない 3 視 野 に入らな い ので気になる 高いと点 滴ボトル の 揺れが気になる 5 点 滴 ボ ト ル が 気 に な り、上を見る 2 ス タン ド 高 1 0 0 % ス タン ド 高 11 0 % ス タン ド 高 1 2 0 % 図 2 スタンド高別にみた操作性に関する主観評価 平均点 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 * ** ** * ** a. 操作のしやすさ b. 点滴スタンドの 安定感 c. 歩行のしやすさ スタンド高 100% スタンド高 110% スタンド高 120% (n=41) Scheffe 法 ** <0.01 * <0.05 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 * * d. 上肢の負担感 e. 腰部の負担感 f. 下肢の負担感 スタンド高 100% スタンド高 110% スタンド高 120% (n=41) Scheffe 法 * <0.05 ※ 上肢、腰部、下肢の負担感は得点が高いほど負担感が少ないこと を示す
では支柱把持高 60%をのぞいたスタンド設定と通常 歩行との間に有意差がみられた.スタンド歩行のうち 支柱把持高 60%の歩幅が最も広かった.また,歩幅 が最も狭かった支柱把持高 50% は,通常歩行と比較 してスタンド側 92.7%,自由側 95.9%,両側平均は 94.3%の縮小率であった(表4). 2)スタンド歩行時の姿勢 支柱把持高 50%は,最も体幹が前傾しており,通 常歩行およびすべてのスタンド歩行との間に有意差が 認められた.最も体幹が前傾していなかったのは支柱 把持高 70%であった.また,支柱把持高 50%は腕振 り角度も一番小さく,通常歩行時の 50.3%であった (表4). 3)主観評価 支柱把持高別の主観評価の合計得点は,支柱把持高 50%が 329.5 点,60%が 560.5 点,70%が 586.0 点で, 支柱把持高 50%が最も低かった.主観評価の平均点 比較では,全項目において支柱把持高 50%の得点が 低く,支柱把持高 60%と 70%との間に有意差がみら れた.合計得点,平均点ともに最も高かったのは支柱 把持高 70%であった(図4,5). 感想では,支柱把持高 50%において体が点滴スタ ンド側に傾く(9件),点滴スタンドの脚部に足がぶ つかりやすく(4件),スタンド位置が思いどおりに ならない(2件),重量感を感じている(1件)で あった(表5). 表 4 支柱把持高別の歩行特徴量と姿勢 (n=41) 歩行速度 (m/sec) (steps/sec)歩調 歩幅 スタンド 側 (cm) 歩幅 自由側 (cm) 体幹前傾 角度 (°) 腕振り 角度 (°) 通常歩行 平均値 1.24 2.08 60.20 58.73 183.14 28.02 SD 0.16 0.29 5.83 6.27 3.07 13.79 支柱把持 高 50% 平均値 1.07 1.92 55.79 56.27 180.73 14.07 SD 0.19 0.42 5.87 5.93 5.32 11.43 支柱把持 高 60% 平均値 1.08 1.90 57.22 57.32 183.09 16.58 SD 0.19 0.41 5.85 6.35 3.33 11.62 支柱把持 高 70% 平均値 1.09 1.92 57.23 56.75 183.88 16.32 SD 0.20 0.43 5.73 5.94 3.72 11.57 Scheffe 法 **p < 0.01 *p < 0.05 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** * ** ** ** ** ** 図 4 支柱把持高別にみた操作性に関する主観評価 平均点 図 5 支柱把持高別にみた負担感に関する主観評価 平均点 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 ** ** ** ** ** ** a. 操作のしやすさ b. 点滴スタンドの 安定感 c. 歩行のしやすさ 支柱把持高 50% 支柱把持高 60% 支柱把持高 70% (n=41) Scheffe 法 ** <0.01 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 ** ** ** ** ** ** d. 上肢の負担感 e. 腰部の負担感 f. 下肢の負担感 支柱把持高 50% 支柱把持高 60% 支柱把持高 70% (n=41) Scheffe 法 ** <0.01 ※ 上肢、腰部、下肢の負担感は得点が高いほど負担感が少ないこと を示す
Ⅳ.考察
1.点滴スタンドを使用することで生じる歩容の変化 結果より,スタンド歩行は点滴スタンドの高さ,把 持高にかかわらず,すべて歩幅を狭め,前方への足の 運びを小さく調整させることが分かった.歩幅を狭め ている理由としては,点滴スタンド脚部への足の接触 を避ける,歩行の安定性を高める等が考えられる.ス タンド歩行による歩幅の狭小化は歩行速度のさらなる 低下を助長していたが,代償として歩調を増やすこと はなく歩調はむしろ減少していた.スタンド歩行は通 常歩行にくらべゆっくりと,小股で歩いていることが 分かった. 加齢に伴い歩幅の減少,歩行速度の低下,歩調の減 少,歩隔の増大がみられ(西澤 2000;白戸ら 1993; 白戸ら 1996),高齢者の歩幅と速度は年齢と負の相関 がみられる(Kimura et al. 2007).また加齢に伴い重 心動揺距離が増大し,それが歩行率の減少,歩行速度 の低下をもたらす(伊東ら 1990).60 歳から 80 歳の 高齢女性は 20 歳から 40 歳の若年女性の 93.2%の歩幅 であり,歩行速度は 92.1%であることが明らかになっ ている(Ostrosky et al. 1994).本研究において最も 歩幅が狭く,速度が遅かった支柱把持高 50%のスタ ンド歩行では,通常歩行時とくらべ歩幅は 94.3%,歩 行速度は 86.3%まで低下していた.また,高齢者は若 年者にくらべると歩調は変わらないが,歩幅が狭く, 両脚支持期間が延長しており,これらは歩行を安定さ せ る た め で あ る と 考 え ら れ て い る(Winter et al. 1990).点滴スタンドを操作して歩行する際には,加 齢に伴う歩容の変化と同様の変化をもたらすことが示 唆された. 加齢のほかに歩行の変化をもたらすものとして転倒 経験がある.転倒者と非転倒者の違いは,転倒者の歩 行速度が遅いことと歩幅が小さいことであり(Imms & Edholm 1981),入院中の転倒者においても同様で あった(Guimaraes & Isaacs 1980).65 歳以上の高 齢者では複数回の転倒経験のある者は転倒経験のない 者にくらべて歩調が小さく(Lord et al. 1996),転倒 経験のある人は,ない人にくらべ歩行調整の運動学的 測定値において大きな変動性を示し,歩行パターンが 一定しておらず(Barak et al. 2006),一度転倒を経 表5 支柱把持高別にみた主観評価に反映されていない感想(重複回答:件) (n=41) 肯定的感想 否定的感想 頼りになる 寄りかかれるので長く 歩けそう 1 足への接触 脚 部に足 がぶつかりそう 4 足 元 が 気に ならな い 足にひっかからない 1 体が横に傾く 体が点滴スタンド゙側に傾く 9 点滴ボトルの揺れ 点滴ボトルが揺れない 1 スタンド 位 置 が 思 いどおりにならない 横に持ちたいけど前にくる 1 重量感 横に位置しないと歩 き にくい 1 重く感じる 2 頼ってしまう 頼ってしまう 1 自然な姿勢 自然な高さ 1 足への接触 位置 が低くて足 がひっ かかる 1 肘が直角でいい 1 細い 把 持 部が 握り にくい 下 部支 柱は細くて握りにくい 1 足元が気にならない 足元が気にならない 1 太い把持部がいい 下部支柱の太さがいい 3 自然な姿勢 自然な姿勢で歩ける 2 ぶら下がる感じ ぶら下がる感じ 3 肩の高さがよい 肘の角度が自然 11 寄っかかりたくなる、つかまる感じ 1 体から離せる 体から離せる 2 足への接触 点 滴スタンドが近 づ い て足がぶつかる 1 太い把持部がいい 上下ストッパーが太く握 りやすい 18 太 い 把 持 部が 握りにくい 上下ストッパーが太く握りにくい 3 支 柱 把 持 高 5 0 % 支 柱 把 持 高 6 0 % 支 柱 把 持 高 7 0 %験した人の歩行の変化は,転倒の危険因子というより むしろ転倒に対する恐怖心から起こっている可能性が あると指摘されている(Bulter et al. 2006).以上よ り,スタンド歩行は通常歩行とくらべて高齢者や転倒 者の歩行の特徴に近づいており,スタンド歩行には転 倒の危険性を高める十分な要素がある. 腕振りは楽な歩行動作や歩行の安定性を保つために 生まれたものだとされており,自然歩行では前後に約 28 〜 40°(Perry 2007)あるいは約 29°の腕振りがみ られる (中村ら 2003).本研究対象者の通常歩行時の 前後への腕振り角度の平均は 28°であり,先行研究と ほぼ同様の結果であった.スタンド歩行時には点滴ス タンドをもっていない側の腕振りが通常歩行と比較し て小さくなっていた.人間は左右対称の動きをしよう とする特性を備えているため,点滴スタンドをもって 固定された上肢に合わせて,反対側の上肢の動きが抑 制されたものと考えられる.点滴スタンドの支柱やグ リップをつかんで歩くことはただ単に片方の手をふさ ぐだけでなく,もう一方の腕振りを抑制することにつ ながる.加齢に伴い腕振りのない歩行がしばしばみら れる(湯 2006)とされており,高齢者の歩行の特徴 には歩行速度,歩幅,歩調の減少,体幹の前傾と並ん で上肢の運動範囲の減少すなわち腕振りの減少がある (眞野 1999;柳川 2005).スタンド歩行は腕振りに関 しても加齢に伴う歩行特徴に近似していた. 2.適切な点滴スタンド設定 1)スタンド高 点滴スタンドの高さの違いによって歩行速度,歩 幅,歩調,体幹前傾角度,腕振り角度に有意な変化は なく,スタンド歩行に影響しないことが分かった. 主観評価と感想からは点滴スタンドが身長の 120% の高さに達すると使用者は不安定さや不安を感じて, 点滴ボトルが気になって上を見上げていた.物体は高 さが増すにつれ重心も高くなり不安定となる.ゆえに 身長の 120%の高さでは少しの衝撃で点滴スタンドが 動揺しやすかったことが推測される.反対に 100%の 高さでは 120%に比較して安定感は得られるものの, 点滴ボトルが視野に入り邪魔に感じている人が多かっ た.50 代の中高年は 20 代の若年者よりも遮眼時の歩 行パターン変化が大きく,空間識に基づく歩行制御に お い て 視 覚 入 力 依 存 度 が よ り 高 い( 上 村・ 武 井 2001),高齢者は若年者とくらべ閉眼時の歩行変化が 著しく,安定歩行をするための視覚への依存度が高い (白戸ら 1996)など高齢者が歩行時に視覚からの情報 に頼っていることが指摘されている.中高年や高齢者 は視覚からの情報に歩行の安定性が大きく影響を受け るため,点滴ボトルや点滴筒の揺れなどの不要な情報 が視界から入ることは避けたほうがよい.以上をふま えると,点滴スタンドの高さは使用者の身長の 110% 前後に設定することが望ましい. 2)支柱把持高 歩 行 時, 転 倒 者 は 非 転 倒 者 よ り も 約 7 °( 泉 1996),あるいは約3°程度(佐藤・新小田 2004),体 幹が前傾していることが明らかになっている.今回の 研究結果では,支柱把持高 50%のスタンド歩行は通 常歩行とくらべて体幹が約3°前傾していた.これは 転倒者の体幹前傾姿勢に近似している.支柱把持高 50%では手に負担がかかる,体重がかかると対象者が 話していることから,体幹が前傾し,点滴スタンドを つかんだ腕に体重をのせていたと考えられる.また, 対象者の約2割が,体がスタンド側に傾く,自由側の 腰が痛いと訴えており,点滴スタンド支柱の把持位置 が低いことにより体幹が側屈し,身体的負担につなが ることが推察された. 上肢の作業域には,肘関節を支点にして大きな力が 発揮できて巧緻性に富んだ正確な動作がとれる正常作 業域と,肩関節を支点にしてスピードと広い範囲の作 業が行える最大作業域がある(小板橋 2002).支柱把 持高 60% は肘を直角に曲げたときの床面から肘の高 さである肘頭下縁高に匹敵するため正常作業域に向い ており,大きな力を出して正確な動作ができる.支柱 把持高 70% は最大作業域に向いている肢位である が,支柱把持高 60% よりも主観評価6項目すべてに おいて平均点が高かった.以上より,点滴スタンドの 支柱を把持する高さは 60% から 70%の範囲が適して いると考えられる.点滴スタンド使用者が支柱把持位 置を低くしている場合には体幹が前傾して点滴スタン ドに体重がかかりやすく,身体的負担も大きいため十 分注意が必要である. 3.看護への示唆 患者が歩行だけに懸命になり,点滴スタンドを上手 に取り扱うことに注意がむかないこと,体力的に余裕 のないことがよくある(川島 2007)といわれている ように,入院中の患者が常に全神経を点滴スタンドに 注いで行動することは不可能である.点滴スタンドを 使用しながら安全な療養生活を送るためには,看護師
一人ひとりが点滴スタンド操作時の歩行の変化と,よ り適切な点滴スタンドの設定と操作方法を十分に理解 していることが大切であると考える.今回は平坦な床 の実験室で行った研究であり,狭いトイレ,エレベー ターの利用や段差および傾斜など,病棟でよくみられ る環境下でのデータではない.また,500mL の輸液 ボトル1本を自然落下式に末梢静脈から点滴している 患者の状況を再現するにとどまっており,点滴スタン ドへの輸液ポンプの取り付けや大容量の輸液バックの 吊り下げ,入院患者によくみられる尿バックやドレー ンバックの使用等を考慮していない.加えて,身長が 164.5㎝未満の限られた,四肢の機能に問題のない健 常者を対象としているため,このまま患者にあてはめ るには限界がある.しかし,点滴スタンドの使用は, 平坦な道を歩くときでさえも健常者の歩容に影響を与 えていることから,筋力の低下した患者の歩行に影響 を及ぼすだけでなく,転倒の危険性を高めることが予 測される.点滴スタンド使用時の歩行分析は現在にい たるまで皆無であったが,本研究によって新たに得ら れたこれらの知見は,十分に臨床で活用できると考え る.今後は,入院患者のさまざまな付帯状況をできる だけ再現する必要があるとともに,転倒者の歩行の特 徴にあげられる歩隔の増大に関する検証と,運動力学 的検討が課題である.
Ⅴ.結論
1.点滴スタンド使用時は通常歩行時にくらべて, 歩行速度が落ち,歩調が減少し,歩幅が狭まり,腕振 り角度が小さくなっており,点滴スタンドの支柱を把 持する高さが身長の 60%のときの歩幅をのぞいて, すべて有意差がみられた.点滴スタンド歩行は,高齢 者や転倒者の歩容に近づくことが分かった. 2.点滴スタンドの高さが身長の 100%,110%, 120%のいずれであっても,その高さの違いによっ て,歩行速度,歩調,歩幅,体幹前傾角度,腕振り角 度に有意差はみられなかった.しかし,主観的評価結 果より,点滴スタンドの安定感や視野を考慮すると, 安全で快適に取り扱える点滴スタンドの高さは身長の 110%であるといえる. 3.点滴スタンドの支柱を把持する高さが身長の 50%,60%,70%のいずれであっても,その高さの違 いによって,歩行速度,歩調,歩幅,腕振り角度に有 意差はみられなかった.しかし,身長の 50%の高さ で支柱を把持すると,通常歩行,身長の 60%,70% での設定と比較して体幹が前傾し,有意差がみられる とともに,身体的負担感も高かった.よって,支柱を 把持する高さは身長の60%ないし70%が適切である. 謝辞:本研究にご協力いただきました皆様,点滴スタン ドの貸与と情報提供に快く応じてくださったパラマウント ベッド株式会社,執筆に際しご指導いただきました聖路加 看護大学菱沼典子教授に深謝申し上げます. 本研究は 2009 年度聖路加看護大学大学院修士論文に加 筆修正したものである.この研究は第9回日本看護技術学 会で発表した. 文献Barak,Y., Wagenaar, R.C., Holt, K.G.(2006):Gait Characteristics of Elderly People With a History of Falls: A Dynamic Approach, PHYS THER,86(11),1501-1510. http://ptjournalonline.com/cgi/reprint/86/11/1501(2009.7.7). Bulter, E.E., Druzin, M., Sullivan, E.V.(2006): 武 田 功 監 訳
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