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九谷ジャズファンクラブ(KJFC)公式ホームページ

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(1)

KJFC

(九谷ジャズファンクラブ)

会報

http://www.kjfc.info

Vol.

42

GROOVY

特集:例会ドキュメント

   ニューヨークレポート

2007.6.23

(2)

CONTENTS

九谷ジズファンクラブ(KJFC)会報 GROOVY VOL.41 公式ホームページ : ht tp://www .kjfc .in fo 2007.2.16

このPDF版GROOVY-42号は、印刷物として発行、配布したものを基に新たにレイアウトしています。 したがって、印刷物とは一部異なる部分があります。 表紙および本文中イラスト制作(各ロゴマークを除く)……水戸守敬一郎 ※無断転載はかたくお断りいたします。         

   

例会レポート(ドキュメント)  3    〔連載〕       Y’RoomNo.17 Y念願のニューヨークへ行く 6 ハービー・ハンコック研究・第9回 高木 信哉 8 曲解説:遠藤律子 11  

SOUL TRLAIN Vol.4    M.T. 15 気まぐれジャズマン第22 回     水戸守敬一郎 20 RED GARLAND の魅力について 第25回  紅 我蘭堂 21 カドやんのジャズ教室 Vol.27   門倉 洸太郎 22 DISK紹介 16  東京ジャズ喫茶 1970年代初頭(前編)紅 我蘭堂 18 例会レポート JOANIE-S.T 23 M.S. 30 T.Y. 33 KJFC NEWS 6月10日(日)にM.S.さんの コンサートがありました。 第5回多摩ジャズワーク ショップオーケストラのリ サイタルでした。残念なが ら今回は澤村さんのソロは ありませんでしたが、着々 と腕を磨かれています。次 回のコンサートが楽しみで す。

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例会レポート(ドキュメンタリー)   

       

レポーター:紅 我蘭堂

KJFCの基本となる例会。これまでGROOVYでは例会レポートを掲載して、詳細をお伝えしてきまし たが、スペースの都合でどうしても曲の羅列やレジュメの掲載にとどまっていましたので、具体的にどのよう な内容で、会員がどう過ごしているのかを紹介できませんでした。今回はドキュメンタリーで例会のレポート を行ないます。 くと誰かから「この曲はALONE TOGETHERだから さ」という答えが返る。「TOGETHERもありかよ」と 思ったが、なかなか例会では掛からないドルフィーを 皆さん静かに聴いている。 ドルフィーのあとは、お口直しという訳でもない が、私が持参したデイブ・ベイリー(ds)の「TWO F EET IN THE GUTTER」を聴いてもらう。軽快な ハードバップで“シャイニー・ストッキングス”などで は「オイラもこの曲好きです」などの声がある。 9時5分にサブローさんが帰宅。代わりにといって は失礼だが、本当にすれ違うようにM.T.さんが来店 された。 9時15分に上不さんが、帰られるつもりでレジの 近くに来られ、つい我々の話し輪に入られた。ご持参 された未発表音源を聴かせていただいたり、ズート・ シムスとレッド・ガーランドのアナログ盤を出そうと 検討されている情報があった。もし実現すれば、本当 に素晴らしいことだ。 9時30分に、今日は来れないと言っていたY.S.氏 2 月16 日(金) 「映画館」 テーマは「2月にちなんだ“2”」 少し仕事が重なり遅くなる。なおかつ出来上がっ た会報GROOVY41号を、印刷をお願いした文京 堂まで取りにいったため『映画館』に入ったのは午後8 時少し前。すでにM.S.さん、ゴローさん、K.I.さん、 サブローさん、JOANIE-S.Tさん、のりピィさん、水 戸守さんの7名がいてルー・ドナルドソンを聴いてい る。 本日のテーマは2月にちなんだ「2」。もちろんダブ ルでもデュオでもOKで、この言葉が付いた曲やアル バムなどを集めて聴こうという趣向だ。 次にサブローさんが持ってきたジュリー・マリガ ンが掛かる。バリトンの流れの中で8時8分にT.N.さ んが来店。少しきつくなった席を詰めあってみんなで 座る。  8時15分に突如としてマシュマロ・レコードの 上不三雄さんが登場、みんなでびっくり。12月の例 会に来られ、面白いお話をたくさん聞かせていただい たが、その余韻も醒めていないので本当にサプライズ だった。「いっしょに座りませんか」とK.I.さんがおす すめしたが、マスターに用事があったのか奥のカウン ターに席を取られた。 8時30分M.O.さん入店。 8時40分ころに、いきなりエリック・ドルフィー のフォンタナ盤が掛かる。「えっ? どうして?」と聞

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登場。本日のいくつかあったサプライズのひとつだっ た。 9時40分に、しばらくおしゃべりを楽しまれた上 不さんが帰宅。アンドレ・プレヴィンの「ダブル・プ レイ」が掛かる。きわめて個人的な話しだが、こうい うオシャレな色気があるジャケットは好きだなぁ。こ ういうのはやはりアナログLPレコードの持ち味なの だろう。 それが終るとマスターから、「うちにはソフトなも ので、こんなのもあるよ」といってニールス・ペデル センの「ダブル・ベース」が出てくる。 9時50分にM.S.さん「家が遠いから」と言いつつ 帰宅。ふと気が付くとゴローさんが行方不明。見渡す とカウンターの奥で、お店の常連さんと話しこんでい ちょうど午後7時に「ジャズ・カントリー」に着く と、お店の前でのりピィさんがタバコを吸っていた。 挨拶すると、まだふたりしか来ていないし、担当のT. Y.さんもまだ来ていないとのこと。取りあえず立ち話 もよろしくないかと店に入り、Y.S.さんとK.I.さんに 挨拶。それからぞろぞろM.T.さん、JOANIE-S.Tさ ん、ゴローさん、M.S.さんが入店。それでもT.Y.さ る。 そうこうして盛り上がっていた10時38分にA.T.さ んが登場。「疲れた、疲れた」と言いつつ笑顔を絶やさ ず、話しの輪の中に溶け込む。久しぶりに例会に来ら れたが、話しぶりは元気。飲みながらの話しもボル テージが上がる。A.T.さん、働き過ぎには本当に気を つけてよ。 11時頃からぞくぞくと帰る人が現れ、結局この日 は11時45分頃に散会となりました。それにしてもよ く「2」にちなんだアルバムや曲が集まりました。ただ し記録係(つまりは私)の不手際で、この日何が掛かっ たか記録しておくのを忘れてしまいました。 申し訳ないっ!! 2 月24 日(土)「ジャズ・カントリー」 テーマ:『女性ヴォーカル スタンダード聴き比べ』 んはまだ来ない。レコードが重すぎて、どこかで転ん でいるか、それとも階段などで悪戦苦闘していない か、少し心配になってきた。 7時13分にようやく登場。やはりレコードが重た かったようだ。ジャズカンの階段はK.I.さんがひょい と担ぎ上げて降りる。 7時20分にH.S.さんも来店され、ようやく例会が

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スタートする。最初のレコード係はM.T.さんが買っ て出た。オープニングの曲は「I Canユt Get Starte d」。本日のテーマは『女性ヴォーカル スタンダー ド・ナンバー聴き比べ』。ひとつの曲をT.Y.さんが選 んだ5人の女性ヴォーカリストの唄で聴き比べて、自 分が誰の歌い方が良かったか、あるいは好きなのかを アンケートで答えるという趣向だ。このシリーズも今 回で5回目となり、すっかり例会の定番となった。 7時30分に、T.S.さんがいつものようにディスクユ ニオンの袋に、本日の成果を詰め込んで登場。そんな 中でも淡々と曲は進む。曲と曲の合い間ではその都 度、レコードのジャケットのデザインやプレイヤーが 美人かどうか、あるいは録音がいいとか悪いとか言い 合うが、演奏中は皆さん静かに聴いている。というか 黙々と食べ、ビールを飲んでいる人もいる。 7時55分ころ、2曲目の「You Go To My Head」を ヘレン・メリルが唄っているところで、どうもヘレン が英語以外の言語で唄っていることに気付き、はたし て何語で唄っているかについて小さな議論が起きる。 結局イタリア語ではないかということに落ち着いた が、結構集中して聴いている証しだろう。

8時30分に3曲目の「Night And Day」が終わった ところで、15分間の休憩になる。普段はここで会の 連絡事項や取り決め事項を皆さんで話し合うのだが、 本日は特に議題がなく、より寛いだ談笑となった。

8時44分に後半開始。ここから皿回し役はK.I.さん に交代。4曲目の「Iユve Got The World On A Strin g」をミルドレッド・ベイリーの唄で始まる。個人的 なことで恐縮だが、ヴォーカルにうとい私にとって本 当にこの企画は参考になる。普段聴けない演奏を聴け るし、知らないヴォーカリストを覚えられる。ちなみ にこの日掛けられたヴォーカリストを順にあげると ローズマリー・クルーニー、ヘレン・フォレスト、ア ニタ・オディ、サラ・ヴォーン、フラン・ウォーレ ン、ビリー・ホリディ、ペギー・リー、ヘレン・メリ ル、パティ・ペイジ、ダイナ・ワシントン、エラ・ フィッツジェラルド、セルマ・グルーセン、ジョー・ スタッフォード、マキシン・サリバン、リタ・ライ ス、ケイ・スター、カーメン・マクレー、ダイナ・ ショアー、マーガレット・ホワイティング、ジュー ン・クリスティ、ベバリー・ケニー、ジュリー・ロン ドン、カーメン・マックレー、アーニー・ロス、クリ ス・コナー、イーディー・ゴーメ、ジェリー・サウ ザーン、リー・ワイリー。古い表現だが、いずれがア ヤメかカキツバタという趣きでした。 この後半になると、次第にアルコールも回ってきた せいか、何となく皆さんハイテンションになり、特に ヴォーカル好きな方々は楽しそうに聴き込んでいまし た。 10時少し過ぎにようやく全曲掛かり、いつものよ うにきちんと後片付けをして、これまたいつものよう にお店の前で“本日の参加者記念撮影”をパチリと写し て散会となりました。 以上2日間の例会をドキュメンタリータッチで取材してみましたが、実際の楽しさは上手く伝えられません。KJFCは形 にはまった真面目な勉強会でもないし、そうかと言って単に同好の人が集まった“飲み仲間”“遊び仲間”でもありません。 古くからの知り合いも、最近来られた方も皆さんジャズが好きだという共通認識のもとに、その時間をそれぞれ楽しんで います。KJFCは強いて言えば“非まじめな集団”と言えるでしょう。この空気をぜひ味わいに来てください。

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2006年も大晦日の31日、Yがアッパー・ウエ ストの地下鉄の駅 "103 St."に降りて階段を上が ると、そこはネオンも少ない閑静な町並みでした。お 店を探しながら数分歩くとその夜の目的地「SMOKE」 に着きました。 お店の前で記念の写真を撮り、店内に入るともう 既にお客でいっぱいでした。 いよいよ念願の「ニューヨーク・ジャズツァー」の 始まりです。 Yは日本中のジャズ喫茶・ジャズバーを巡って来 ましたが、本場ニューヨークでジャズを聴く機会はな いと思っていました。それが昨年10月頃、急に ニューヨークでジャズを聴く事を思い立ち、慌てて旅 行代理店に相談に行ったところ、年末年始にかけてな らチケット&ホテルともに取れそうだとの事で、急遽 3泊5日の日程を組むことになりました。 アメリカは2度ほど行った事があるのですが、 ニューヨークは初めてですし、滞在中は全くのフリー で、しかも一人なのでかなり不安がありましたが、今 後もう機会もないだろうと思い切って行く事を決めま した。 行くまでの間、年末年始と言うこともありライブ ハウスの予約にてこずりましたが、KJFCのニュー ヨーク通の田口さんに助けて頂いて、やっと三夜分の スケジュールが埋まりました。 第一夜(12月31日)は,年越しのイヴェントで賑 わう中心街から外れたライブハウス「SMOKE」。

"New Year's Eve with One For All"と題して演奏者 は、David Hazeltine (p)、Eric Alexander (ts)、Jim Roto

ndi (tp)、Joe Farnsworth (ds)、Nat Reeves (b)、Steve Davis (tb)。

「Love For Sale」「Bag's Groove」等のスタンダード・ ナンバーを中心に全5曲でした。 特にテナーのエリックのスリリングで迫力のある 演奏が、今回一番の収穫でした。 また、座った席がカウンターの一番端でステージ に一番近い所でしたが、ソロが終わったミュージシャ ンが途中ドリンクを飲みに来ると1mと離れていない ので、とても幸運でした。 第二夜(1月1日)は9:00pmからミッド・タウンに ある、かの有名な「BIRDLAND」。 ブルーノート・レーベルから「バードランド3部 作」といわれる名アルバムが出ていますが、行きた かったお店の一つです。

プログラムは"Sal Mosca Trio"。

Y's ROOM No.17

2007.1. Y.S.

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Sal MoscaはLee Konitz やWarne Marshとの共演で 有名なトリスターノ系のピアニストで、79歳という 御歳にもかかわらずいまだ現役です。 ピアノ・サックス・ベースという変わったトリオ ですが、往年の迫力はないものの、円熟味の溢れる演 奏でした。 第三夜(1月2日)は日本にも各地に同名の店があ る、「BLUE NOTE」。 店内は東京の「ブルー・ノート」と比べるとかなり 狭く、椅子もぎゅうぎゅう詰めでした。

プログラムは"Delfeayo Marsalis Tribute to Elvin Jon es"。

リーダーでトロンボーン奏者のDelfeayoは、Wynto n &Branford Marsalisの弟で、Elvin Jones'Jazz Machine にも在籍した事もあり、エルビンを追悼したプログラ ムを組んだようです。 編成は同じくMarsalisファミリーのJason Marsalis (ds)他、ピアノ、ベース、テナーサックスで、全4 曲の演奏でしたが、最後の曲「花嫁人形」が印象的でし た。 途中客席にいたElvinの奥様ケイコ夫人が紹介され ましたが、相変わらずお元気のようでした。 今回の市内の移動には全て地下鉄を使いましたが、 マップを持っていると分かりやすく、しかも「メトロ カード」を使用するととても便利です。 ジャズ以外で印象に残った事は、2日の早朝にセ ントラルパークを散歩した事、メトロポリタン美術館 でフェルメールの「水差しをもつ若い女」を見た事で す。 とにかくYにとって一生の思い出に残る素晴しい旅 でした。

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ハービー・ハンコック研究・第9回

(“Retrospective of The Music of Herbie Hancock”

録音日 タイトル  演奏者 (レーベル)

1969. 2.18 In A Silent Way Miles Davis (Columbia) 1969. 3.11、5.12、5.16、7.21、8.13

Daddy Bug Roy Ayers (Atlantic) 1969. 3.24、3.25 Attila Zoller →未発表

1969. 4.18、4.21、4.23 The Prisoner Herbie Hancock (Blue Note) 1969. 5.12 、7.16 The Lord's Prayer Steve Marcus (Vortex) 1969. 5.23、5.29 Power To The People Joe Henderson (Milestone) 1969. 7. 9 、7.10 Round Trip Phil Woods (Verve)

1969. 7.23、8.4 Gypsy Cry Attila Zoller (Embryo) 1969. 10.4、10.16、11.26、12.8

Fat Albert Rotunda Herbie Hancock (Warner) 1969.10. 6 、10.7 Uptown Conversation Ron Carter (Embryo) 1969.10. 8 Infinite Search Miroslav Vitous (Embryo) 1969.10.22 、10.23、11.4、11.5

The Other Side Of Abbey Road

George Benson (A&M) 1969.11.19 Big Fun Miles Davis (Columbia) 1969.12.11 Kawaida Albert Heath (O'Be) 1969 Blues Current John Murtaugh (Polydor) 1969 Bridge Over Troubled Water

Paul Desmond (A&M)

1969年のハービー・ハンコック(28歳∼29歳)は、新たな道を歩み始めた年だ。ハービーは、前年にマイルス・デ イビス・クインテットを脱退し、自己のバンド“セクステット”を結成し、ブルーノート・レコード最後の作品となった『ザ・プ

高木信哉

(1969:ハービーの新たな旅立ち)

 HERBIE  1969 リズナー』及びワーナー・ブラザース・レコード最初の作品 になった『ファット・アルバート・ロウタンダ』を吹き込ん だ。 1969年は、宇宙時代の幕開けが本格化した年で、 ジャズ界では一大転機となった激震の年である。1月、まず ソ連がソユーズ4号と5号が宇宙ドッキングに成功する。一 方アメリカの宇宙船アポロ11号は、7月、月面着陸に成功 する。8月、ニューヨーク郊外のウッドストックに40万以 上の若者が集まり、史上最大のロック・フェスティバル “ウッドストック”が催された。この出来事をきっかけに世界 に野外フェスティバルが流行した。ジャズ界では、マイル ス・デイビスが『イン・ア・サイレント・ウェイ』、『ビッ チェズ・ブリュー』を吹き込み、やがて大きな論争を呼ぶ騒動 に発展していく。どんどん激しいスピードで、ロック化・電 子化するマイルス、マイルスと同い年のジョン・コルトレーン は1967年に享年41歳で亡くなっている。ジャズは、精 神的支柱を失い、ロックの台頭の影響を受け、迷走しながら も、新しい時代に突入していく。 1969年春、マイルス・デイビスの『キリマンジャロの 娘』がリリースされた。米国・ダウンビート誌は、5つ星、最 高の評価を与えた。ハービーは、『キリマンジャロの娘』の 際、1968年6月19日∼21日の録音に参加した。とこ ろが、9月24日の録音の際、ブラジルに新婚旅行で食中毒

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に掛かり、ニューヨークに戻れなかった。録音を最優先させ たマイルスは、ハービーの帰りが待てずに新鋭チック・コリ アを起用した。これがハービー退団のきっかけになった “ハービー食中毒事件”である。しかし1968年11月11 日からスタジオ録音を再開させたマイルスは、不思議なこと に退団したハービーを呼んだ。この状態は、1972年まで 続き、ハービーはかなりのマイルスのレコーディング・セッ ションに駆り出された。つまりハービーは、マイルスのツ アーには同行しなかったもののマイルスの音楽の一部を担っ ていたのである。ハービーは、ジャズ界屈指の“カラーリス ト”で、音楽に自由に適切な“彩り”を加えることの達人だっ た。これがマイルスの望んだ点である。  1969年2月18日、ハービーは、マイルスの『イ ン・ア・サイレイト・ウェイ』の録音に参加した。ハービー は、当時、完全にローズを弾きこなしていて、1960年代 としては稀だったが、ローズにカスタマイズを施すほどだっ た。『イン・ア・サイレイト・ウェイ』は、1969年8月に 発売され、マイルスの熱狂的ファンにとっては、驚愕の内容 だったが、アルバムの成績は良く、レコード会社も喜んだ。  3月11日∼8月13日までの5回、ハービーは、バイ ブ奏者ロイ・エアーズの『ダディ・バッグ』の録音に参加し た。ロイ・エアーズは、ハービーと同い年の1940年生ま れ。幼少からピアノを弾いていたが、ライオネル・ハンプト ンのコンサートで、本人から2本のマレットをプレゼントさ れたことをきっかけにバイブ奏者を目指した。ハービー・マ ンの有名なアルバム『メンフィス・アンダーグラウンド』に参 加している。ハービー・マンに気に入られ、『ダディ・バッ グ』はハービー・マンがプロデュースした。 3月24日∼25日、ハービーはギタリスト、アッティ ラ・ゾラーの録音に参加し、6曲録音したがお蔵入りした。 また7月23日&8月4日も参加し、こちらは『ジプシー・ クライ』と題され、アルバム化された。 4月18日∼23日、ハービーは、7作目のリーダー作 『ザ・プリズナー』を録音した。『ザ・プリズナー』は、前作の 『スピーク・ライク・ア・チャイルド』のコンセプトを前進さ せた重厚な作品である。マイルス・デイビス・クインテット を辞めるとき、ハービーはマイルスに挨拶すると、マイルス から「トリオでもやるのか?」と言われた。ハービーは、アル バム『スピーク・ライク・ア・チャイルド』を発展させた自分 の音楽がやりたかったので、「いえ、やりません。私は、セ クステットを結成して活動します」と言った。マイルスは、 「悪いことを言わないから辞めろ!」と言った。ハービーは、 ビル・エバンスのようにピアニストして音楽をトリオで極め ていくよりも、マイルスのようにグループやオーケストラの トータル・サウンドを作り、そこに自分の音を創造するやり 方を選んだのだ。そこにはたぶんにギル・エバンスの影響が ある。ギルのオーケストラもユニークだった。平均的なビッ グ・バンドの編成は、4トランペット、4トロンボーン、4 ∼5サックスに3∼4リズムである。これがギルの場合だ と、5トランペット、4トロンボーン、2フレンチホーン、 1チューバ、1アルト・サックス、2フルート、1ベース・ クラリネット、3リズムになる。いかにユニークな編成かお わかりだろう。 ハービーの『スピーク・ライク・ア・チャイルド』の編成も 楽器の選択が実にユニークだった。セクステット(6人編成) で吹き込んだが、3管はフリューゲルホーン、バス・トロン ボーン、アルト・フルートに3リズムだった。3管は全て輝 きを押さえた低めの音色が美しく、副旋律とハーモニーに徹 していた。その分、リリカルなハービーのピアノが際立って いた。ハービーは、このグループ・サウンドを発展させた かったのだ。メロディの流れが基本にあって、その上に様々 な音を重ねていく。その音からは、まさに情景が浮かんでく るような繊細なサウンドである。所謂ジャズ・コンボの迫力 あるものとはまったく異なっている。繊細さを強調したサウ ンドは、どちらかと言えば、ストリングス的な印象を受け る。それをバックに、ドラマチックなプレイをハービー及び メンバーが示していくのだ。メンバーには、トップ・テナー のひとり、ジョー・ヘンダーソンが参加していた。しかしな がらマイルスの言う通り、セクステット(バンド)の運営は大 変だった。ハービーにとって、初めてのリーダー業の試練で もあった。 5月12日&7月16日、ハービーはテナーサックス奏者 スティーブ・マーカスの『ザ・ローズ・プレイヤー』の録音に 参加した。スティーブ・マーカスは、ハービーより1歳年上。 ドナルド・バード、ハービー・マンのバンドで活躍し、73 年には独立してフュージョン・バンド「カウント・バッファ ローズ」を結成し、一世風靡した。日本でも人気を呼び、7 0年に来日し、日本コロンビアにアルバムまで録音してい る。『ザ・ローズ・プレイヤー』のプロデューサーは、前述し たロイ・エアーズの『ダディ・バッグ』同様ハービー・マンで ある。ハービーの起用は、ハービー・マンの希望だったのか も知れない。 5月23日&29日、ハービーはテナー奏者ジョー・ヘン ダーソンのリーダー作『パワー・トゥー・ザ・ピーポー』の録 音に参加した。ジョー・ヘンダーソンは、ハービーより3歳 年上だが、デビューはハービーのほうが早かった。当時ハー ビーのセクステットのメンバーなので、人気のハービーが ジョーのためにゲスト参加した。 7月9日&10日、ハービーはアルト奏者フィル・ウッズ のリーダー作『ラウンド・トリップ』の録音に参加した。フィ ル・ウッズは、息の長いミュージシャンであり、ハービーよ り9歳年上である。『ラウンド・トリップ』は、ウッズにとっ てオーケストラが加わった思い出深い作品である。 8月、マイルス・デイビスの『イン・ア・サイレント・ ウェイ』が発売され、売り上げも良かったが、マイルスの熱

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狂的ファンにとっては驚くべき内容の作品だった。ダウン ビート誌では、3つ星という最悪の評価を受けた。まあ、こ のアルバムを聴いた瞬間に理解できて感動するライターな ど、当時、居るはずもないだろうと思う。 8月19日&21日、さらに前進するマイルスは、『ビッ チェズ・ブリュー』を吹き込む(ハービーは、不参加)。 『ビッチェズ・ブリュー』録音後の8月29日、ウェイン・ ショーターは、全編ソプラノ・サックだけで通す意欲作『スー パー・ノバ』(こちらもハービーは不参加)を吹き込む。ここ でウェインは、アナ・マリアとの運命的出会いをする。この アルバムの中に、アントニオ・カルロス・ジョビンの「ジン ジ」という曲が入っている。歌っているのはマリア・ブッ カーという女性で、まったく歌うつもりなどなく、ただ主人 (ウォルター・ブッカー)がウェインのレコーディングに参加 するというので録音を見に来ていた。そしてスタジオで、 「ジンジ」をなんとなくハナ唄で歌っていたら、ウェインが 「それ、いいじゃない。それで行こう(録音しよう)」と言っ て、歌うことになった。これがマリアの最初で最後のレコー ディングになった。マリアは、シンガーではなかったのだ。 「ジンジ」には、不思議なことにすすり泣きみたいな音が入っ ている。マリアは、このときのことをこう語っている。「あ れは不思議だった。歌っているとお腹が共鳴して赤ちゃんが 動くのよ。何故だか涙が止まらなくなった。でもあとでお医 者に聞いたら妊婦している時には良くある事だと言ってい た。そして臨月の私が心配で付いてきたのが、ポルトガルか らニューヨーク大学に留学中だったアナ・マリアで、ウェイ ンとはその時知り合ったのよ。私は、次の日、子供を無事生 んだのよ」。 しばらくして、ウェイン・ショーターは、アナ・マリアと 結婚した。人のめぐり合いとは、不思議な縁で繋がっている ものだ。 10月4日∼12月8日、ハービーは、8作目のリーダー 作『ファット・アルバート・ロウダウン』を録音した。セクス テットのメンバーは、前作の『ザ・プリズナー』と同じであ る。特筆すべきは、傑作「テル・ミー・ア・ベッドタイム・ ストーリー」と「ジェシカ」が収録されたことである。「テル・ ミー・ア・ベッドタイム・ストーリー」は、9年後の197 8年、クインシー・ジョーンズの『スタッフ・ライク・ザッ ト』で再演され、「世界一美しいフェンダー・ローズ・ソロ」 と称された。  10月6日&7日、ハービーは盟友ロン・カーターの記 念すべき初リーダー作『アップタウン・コンバーセーション』 の録音に参加した。ロン・カーターのファンには必須のアル バムで、ロンのアドリブがたっぷりと楽しめる。 10月8日、チェコから現れた驚異の新人ベーシスト、ミ ロスラフ・ヴィトウスの初リーダー作『限りなき探求』の録音 に参加する。ハービーは、ジャコ・パストリアス、ウイント ン・マルサリスなどまるで歴史の証人のように、時代時代に 現れる天才的新人の初リーダー作によく立ち会っている。本 作は、その第1弾とも言える作品である。ヴィトウスは、1 947年12月16日生まれの21歳。ヴィトウスが欧州の ジャズ・シーンに登場したのは、14歳のヤン・ハマーが結成 した“ジュニア・トリオ”で、当時まだ16歳だった。18歳 (1966年のこと)のとき、ウィーンで行われた「国際青年 ジャズ・コンテスト」のベース部門で優勝し、審査員の ジョー・ザヴィヌルが腰を抜かすほど驚嘆したのは有名な話 だ。1970年末には、ジョー・ザヴィヌルとウェイン・ ショーターが結成する“ウェザーリポート”の初代メンバーに ヴィトウスは抜擢される。本作は、その1年前の作品だ。 ハービーは、「アイ・ウイル・テル・ヒム・オン・ユー」のエ レピ・ソロでパワーを炸裂させる。 10月22日∼11月5日、ギタリスト、ジョージ・ベン ソンの「ザ・アザーサイド・オブ・ジョージ・ベンソン」の録 音に参加する。ジョージ(1943年3月22日生まれ)は、 ハービーより3歳年下。巨匠ウェス・モンゴメリー(192 5−1968)が、前年の1968年6月15日に享年43 歳の若さで亡くなってしまったため、ジョージはクリード・ テイラー率いるCTIレーベルから次代のスターとして期待 され、多数のリーダー作を制作した。ハービーは、ジョージ のアルバムには、1968年にも3枚参加している。本作 は、その1枚で、タイトル通りビートルズの楽曲を取りあげ たもの。しかしジョージが世界的にブレイクするには、19 76年の『ブリージン』まで待たなければならない。ジョージ とハービーを結びつけたのは、1968年に行われたマイル ス・デイビスの『マイルス・イン・ザ・スカイ』のレコーディ ング・セッションだった。ジョージは、1968年1月16 日に「パラフェルナリア」(『マイルス・イン・ザ・スカイ』の 2曲目)、2月15日に「サンクチュアリ」と「サイド・カー 「」(『サークル・イン・ザ・ラウンド』に収録)の録音に参加し ている。ジョージは、マイルスからバンドに入るように誘わ れてもいたが、「自分のプロジェクトを進行させていたんで、 それは無理だった。泣く泣く申し出を断ったんだ」と語って いる。  マイルス・デイビスの新生クインテット(ハービーは 入ってない)は、秋の欧州ツアーを終え、11月19日と2 8日に、クインテットとは違う拡大された編成でレコーディ ングを行い、ハービーも19日だけ呼ばれた。それは「グレ イト・エクスペンションズ」という曲で、1974年にリ リースされたアルバム『ビッグ・ファン』の1曲目に収録され ている。

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I HAVE A DREAM  

曲解説 by 遠藤律子

*1969年に録音された「THE PRISONER」は、前年録

音の「SPEAK LIKE A CHILD」の流れを組むサウンドだ が、前作が6人編成で、軽いフットワークのジャズ演奏 だったのに比較すると、9重奏団という、重厚な音作りの オーケストレーションを聴かせている。オープニングナン バーの「I HAVE A DREAM」は、ギル・エバンスに影響さ れたという、品格溢れるモダンな編曲で、ブルージーに憂 いをたたえて、メロディとハーモニーがどちらが優位とい うのではなく 全体として一つの心象を表現している。 *コード進行 イントロ  [Dm/Dm/B♭/B♭・Em7(♭5)A7/]×2 テーマ  [Dm7/Dm7/B♭/A7/Dm7/Dm7/Bm7(11) /Bm7(11)/Em7/B♭ M7・A7/A♭7/G7/G♭ M7/F7/B♭7sus4(9)/B♭7sus4(9)/Em7/Em 7・D C/Bm/B♭・A7/Dm7/Bm7/B♭M7/B♭ M7・A7/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯1 1)/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯11)/]× 2 アドリブソロ  ピアノ [Dm7/Dm7/B♭/A7/Dm7/Dm7/Bm7(11) /Bm7(11)/Em7/B♭ M7・A7/A♭7/G7/G♭ M7/F7/B♭7sus4(9)/B♭7sus4(9)/Em7/Em 7・D C/Bm/B♭・A7/Dm7/Bm7/B♭M7/B♭ M7・A7/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯1 1)/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯11)/]× 2コーラス フリューゲルホーン [Dm7/Dm7/B♭/A7/Dm7/Dm7/Bm7(11) /Bm7(11)/Em7/B♭ M7・A7/A♭7/G7/G♭ M7/F7/B♭7sus4(9)/B♭7sus4(9)/Em7/Em 7・D C/Bm/B♭・A7/Dm7/Bm7/B♭M7/B♭ M7・A7/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯1 1)/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯11)/]× 2コーラス テナーサックス [Dm7/Dm7/B♭/A7/Dm7/Dm7/Bm7(11) /Bm7(11)/Em7/B♭ M7・A7/A♭7/G7/G♭ M7/F7/B♭7sus4(9)/B♭7sus4(9)/Em7/Em 7・D C/Bm/B♭・A7/Dm7/Bm7/B♭M7/B♭ M7・A7/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯1 1)/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯11)/]× 2コーラス ラストテーマ [Dm7/Dm7/B♭/A7/Dm7/Dm7/Bm7(11) /Bm7(11)/Em7/B♭M7・A7/A♭7/G7/G♭M 7/F7/B♭7sus4(9)/B♭7sus4(9)/Em7/Em7・ D C/Bm/B♭・A7/Dm7/Bm7/B♭M7/B♭M 7・A7/Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯11) /Dm7/Dm7/B♭M7(♯11)/B♭M7(♯11)/]×2 バスター・ウイリアムスの8ビートのリズムパターン4 小節を2回くり返し、から始まる。 テーマは2コーラス、1コーラス目は最初ヒューバー ト・ロウズのフルートから始まって徐々にサウンドが厚く 重なられて行き、2コーラス目は、ところどころにリズム の決めを作りつつ、分厚いオーケストラサウンドに発展、 ハービーのピアノは、装飾的に合間をぬってファンキーな タッチを覗かせている。 モードではなく、従来のコード進行で構成された曲では あるが、Dm7では、6度の音を強調するピアノのフレー ズが、ドリアンモードを感じさせ、Em7はエオリアン(ナ チュラルマイナー)そして、B♭M7では、4度の音が シャープしたメジャースケールのリディアン、さらにB♭s us4(9)では、実質Fm9がB♭音の上に乗ってFドリアンに なる、というように、コード進行の中で、ちょっとアウト した感覚でそのサウンドを味わう趣向になっている。 さっと聴くとDmで終止する調性かと思いきや、近くのE mに行くので、すごくくっきり違うキーに行かない分調性 感が乱されて、不可解な気分が独特のテンション感を生み 出す。

SPEAK LIKE A CHILDと同じく、コードの根音にアウ トしたオルタードテンションをぶつけてモダンなサウンド を作り出した「ハシリ」の作品である。 *リズム いわゆるジャズの8ビート。 ライナーノーツに「ロックのドラマーよりジャズのドラ マーの方が豊かなリズムパターンを持っている事が多い」 とのハービーの言が紹介されているが、この曲ではアル バート・トゥッティ・ヒースがボサノバのような8ビート のような、如何様にもとれるゆるやかなビートで、上に乗 るサウンドに広がりを与えている。バスター・ウイリアム スもベースパターンから始めて、各所に柔らかいキザミの フィルインを入れている。

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Tell Me A Bedtime Story 曲解説by 遠藤律子

1969年録音のアルバム「FAT ALBERT ROTUNDA」 は、力の抜けた軽快なファンクナンバーが楽しいポッ プな内容だが、このTell Me A Bedtime Story はその 中で、ジャズの香り高いスマートでメロディックな名 曲としてひときわ光っている。 一緒に口ずさめるきれいなメロディと、お洒落な リズムがキャッチ−だが、よく聴くとこの時代で一番 新しいハーモニー使いで聞き飽きない深さを持ってい る。 * 和音進行 イントロ 4/4 GM7/GM7/F♯m7/ F♯m7/ GM7/GM7/F♯ m7/ 4/5 F♯m7/ テーマ [A]4/4 GM7/F♯m7/CM7/CM7/ BM7・GM7・E M7/EM7・ CM7・BM7/BM7・GM7・EM7/EM7・CM7/ [B]F♯m7/B7/EM7・E7/E♭7/DM7/C♯7/CM7/ CM7/ BM7・ GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・GM7・EM 7/ EM7・CM7/ [C]B7sus4・B♭7sus4/A7sus7/G♯m7/GM7/ 4/5 D♭m7/E♭m7/E m/F♯m7/ [D]4/4 GM7/GM7/F♯m7/F♯m7/Em7/A7/DM7/ CM7/ BM7・GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・ GM7・EM7/EM7・CM7/ アドリブソロ (エレピ) [A]4/4 cGM7/F♯m7/CM7/CM7/ BM7・GM7・ EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・GM7・EM7/EM7・ CM7/ [B]F♯m7/B7/EM7・E7/E♭7/DM7/C♯7/CM7/ CM7/BM7 GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・GM7・EM 7/EM7・CM7/ [C]B7sus4・B♭7sus4 ソロここまで ソロ後メロディ管セクション   /A7sus7/G♯m7/GM7/ 4/5 D♭m7/E♭m7/E m/ F♯m7/ [D]4/4 GM7/GM7/F♯m7/F♯m7/Em7/A7/Dm7/ Cm7 /BM7・GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・G M7・EM7/ EM7・CM7/ ラストテーマ [B]F♯m7/B7/EM7・E7/E♭7/DM7/C♯7/CM7/C M7/BM7・GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・G M7・EM7/EM7・CM7/ [C]B7sus4・B♭7sus4/A7sus 7/G♯m7/GM7/ 4/5 D♭m7/E♭m7/E m/F♯m7/ [D]4/4GM7/GM7/F♯m7/F♯m7/Em7/A7/DM7/C M7/BM7・GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・G M7・EM7/EM7・CM7//: BM7・GM7・EM7/EM7・ CM・BM7://5times repeat BM7・GM7・EM7/EM7・ CM7//fime * 曲解説 この時期の一連の作曲では、ハービーは従来の和音 を使いながら、調性がすぐわかるような「―・―。で はない、美しいメロディと和音のぶつかりを探してい たようだ。 イントロのGM7とF♯m7の繰り返しは、テーマの頭 のメロディに続いていて、調性(トーナリティ)はAメ ジャーで、同じ高さの短調Aマイナーの音階に乗って いるコードGM7(ァ7―、mの代理和音) とAメジャー の。M7の代理F♯m7となっている。 次のGM7/F♯m7からCM7,このCM7は次のBM7を 。とすると「♭M7となって、Bのキーの、mの代理と して、Bに 、m-。 (サブドミナントマイナー進行)でつ ながっている。  BM7・GM7・EM7/EM7・CM7・BM7/BM7・G M7・EM7/EM7・CM7/では、GM7はBのヲ♭M7で 同じ高さのマイナーキーBmのヲ♭M7として生まれ て、Emの代理和音、それをBMキーにサブドミナント マイナーとして借りて来ている。EM7はBの、でサブ ドミナント、CM7はBM7の「♭M7となって、Bのキー の、mの代理だ。 つまり、Bのキーの中で、サブドミナントとサブド ミナントマイナーで和音をまわしているのだ。 F♯m7/B7/EM7・E7/は、Aのキーのヲm7- 「7-・ 7となり、半音下がったE♭7はDM7の「♭7(・7の 代理和音)として置かれている。 C♯m7はAの代理和音、そしてまたCM7が出て来て Bにつながる。 次の、B7sus4・B♭7sus4/A7sus7/G♯m7/GM7/ 4/ 5 D♭m7/E♭m7/E m/F♯m7/は、コード進行で説明 されるものではなく、サウンドのカッコ良さでつない で、元の進行に戻すパートになっている。 また、GM7とF♯m7の繰り返しが来て、Em7―A7は

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「―・でAのキーの、度DM7に進行、またCM7が出 て来てBにつながる。 全体として、メロディがコードの根音に対して♯1 1になるところが各所にあって,♯11といえば、リ ディアンスケールの特長の音で、リディアンの美しさ を効果的に用いた曲作りとなっている。 例えば、[A]1小節目のGM7、8小節目のCM7等。 [D]5小節目のEm7では、メロディはC♯の音で、従 来は使われなかったヲ度の音を使って、ドリアンのサ ウンドの美しさを出している。 *楽器、リズム等

HERBIE HANCOCK:ELECTRIC PIANO JOE HENDERSON:TS &ALT FLUTE JONNY COLES:FLUGEL FORN,TRUMPET GARENTT BROWN( TB) BUSTER WILLIAMS:BASS ALBERT”TOOTIE”HEATH:DRUMS 艶を押さえた楽器の使用で、ブルージーな渋さを出 している。 セクションはハードなハーモニーであくまで渋く聴 かせるが、ドラムスとベースは、ところどころ倍の細 かさの、バイヨン風やこの時代に流行った16ビート のハシリともいえるシェイクで軽やかさを演出してい る。 このあと到来する70年代のファンキーディスコ、 ヒッピ−、アフロ音楽を先取りする味わい深い名曲と なる。 * ハービー=ハンコックアドリブソロ テーマの[A],[B]そして[C]にかかる2小節までがエレ ピのアドリブソロになっている。曲自体が長いので、 あくまで曲のメロディ聴かせの、全部で2コーラスの 短いアレンジの中で、ソロの部分は、細工していない エレピのナチュラルなサウンドと、コード進行の美し さを、テーマのメロディに続いて少々のフェイクで聴 かせる、あっさりとした内容だ。左手でコードを押さ えて、そこにふわっとメロディを乗せるだけ、そこに 使われるスケールをアウトすることもなく、音数も少 なくさらっと弾いているのは、コード進行を追いかけ るだけで充分に新しい素敵なメロディになるからだろ うし、美しいテーマ・メロディで充分だということも あるだろう。このアルバム全体に言える事だが、新し いエフェクトで遊ぶというような実験的なチャレンジ もなく、ストレートな表現で爽やかで歌いやすい曲作 りで、アドリブ勝負のジャズアルバムというよりは ハービーの名作曲集といった趣だ。

<アルバム解説 by 高木信哉>

『ザ・プリズナー/Herbie Hancock』

1. I Have A Dream2. The Prisoner 3. Firewater

4. He Who Lives In Fear 5. Promise Of The Sun

Herbie Hancock(p),Buster Williams (b),Albert メTOOTIEモ Heath (ds),

Johhy Coles(fluegelhorn),Garnett Brown( tb),Joe Henderso n(ts and alto flute),

Hubert Laws(fl),Jerome Ricnardson(bass clarinet and fl),Ro meo Penque(bass clarinet),

Tony Studd(bass trombone),Jack Jeffers(bass trombone) ハービー(当時29歳)の7作目のリーダー作。前作『ス ピーク・ライク・ア・チャイルド』のコンセプトをさらに 発展させた作品である。『スピーク・ライク・ア・チャイ ルド』は、フリューゲルホーン、バス・トロンボーン、ア ルト・フルートの3管を加えた6人編成だったが、本作は さらに人数を増やし、繊細なオーケストレーションを創造 している。編成は、新結成したセクステット(6人編成)を 核に、フルート(なんと ヒューバート・ロウズ だ!)、バス・クラリ ネット、バス・トロン ボーンを加えた9人編成 にしている。さらに二曲 は、バス・クラリネッ ト、バス・トロンボーン をもう一人ずつ加えた1 1人編成にしている。『スピーク・ライク・ア・チャイル ド』は、いかにハービーのソロを際立たせるかが重要な テーマのひとつだったが、本作は新結成したセクステット のメンバーたちのソロもフューチャーしている。またハー ビーにとっては、大変珍しいが本作は、メッセージ・アー ト作品である。タイトルの「囚人」は抑圧されてきた黒人を 意味し、キング牧師の言葉を曲名にしている。美しい繊細

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なメロディの影から、ハービーの悲しい気持ち、平和へ の願い、キング牧師へのレクイエムが伝わってくる。1 は、1968年4月に暗殺された黒人指導者のマーティ ン・ルーサー・キング牧師の有名な言葉「私には夢があ る」を曲名にしている。美しいテーマの後、p→flh→tsとソ ロが続くが、特にハービーのソロが最高である。ソロに 入った瞬間の躍動感、思わず口ずさみたくなるようなき れいなフレージングは見事だ!2は、「囚人」という意味 の標題曲で、黒人がいかに長い間にわたって抑圧されて きたかというハービーの思いを表現した曲。ストラビン スキーの「春の祭典」にインスパイアされたといいうが、 曲は風雲急を告げるようなテーマから、b→ts→p→flhとソ ロが続く。ここでは、ジョーのアドリブは深い印象を残 す。3は、ベースのバスター・ウイリアムスの曲で、タ のエリック・ゲイルやド ラムのバーナード・パー ディやフレンチホーン奏 者までも加わっている。  本作でハービーは、 初めて全編でフェン ダー・ローズを弾いてい る!ローズは、生ピアノ に比べて音のディケイが 長く、音を重ねすぎると 音の濁りが激しくなると いう欠点(特徴)があるので、一般的には弾きすぎないこと が重要。さすがにハービーは、おそらく無意識のうちに調 整しているのだろう。本作には、8ビートのファンキーな 作品が中心になっているが、それとは別に珠玉の美旋律曲 が2曲収録されている。それは、3の「テル・ミー・ア・ ベッドタイム・ストーリー」と5の「ジェシカ」である。3 は、オシャレなリズムに乗って、美しいメロディが綴られ ていく。テーマ・メロディが長くきれいなので、ハービー は余計なことをせず、メロディを辿りながらストレートに 爽やかに弾いている。5は、ハービーの愛娘の名前であ る。録音時は、まだ産まれてなく、奥さんのお腹の中に ジェシカがいた。新しい生命の誕生、娘を授かったハー ビーの優しい喜びが、表現された曲だ。哀愁を帯びたピア ノが、得も言われぬ美しさを醸し出している。本作が録音 された1969年は、音楽シーンが、一大変換を遂げた劇 的な年だ。8月にウッドストック・ロック・フェスティバ ルがあり、同月、マイルス・デイビスは『ビッチェズ・ブ リュー』を録音した。マイルスが本当の意味で「変貌」した ポイントは、1969年しかない!そんな中、ハービー は、自己のセクステットの音を頂点に引き上げるため、試 行錯誤していた。その断面が読み取れる貴重な作品が、 『ファット・アルバート・ロウタンダ』だ。 『ファット・アルバート・ロウタンダ/Herbie Hancock』 イトルの「火と水」は迫害者(権力や暴力)と非迫害者(キン グ牧師)という両面性を意味している。ts →flh→tb→p→ b とソロが続く。4は、キング牧師が常に威嚇され続けてい た事実を告発した曲。この曲でハービーは初めて自分のア ルバムで、エレクトリック・ピアノを弾いている。メイン・ ソロは生ピアノだが、エレクトリック・ピアノを効果的な ハーモニーに用いている。ソロは、p→bと続く。忘れがた いメロディを持った5は、黒人はまだ本当の意味で自由で はないけれど、すべての生き物には太陽が自由な人生を約 束しているということを意味した曲だ。憂いを帯びたハー ビーのソロ、ギル・エバンスを髣髴とさせるオーケスト レーションが、豊かに響いてくる。本作は、ハービーの ターニング・ポイントになった重要な作品であり、BLUE NOTEレーベル最終作となった。 1. Wiggle-Waggle 2. Fat Mama

3. Tell Me A Bedtime Story 4. Oh! Oh! Here He Comes 5. Jessica

6. Fat Albert Rotunda 7. Lilユ Brother

Herbie Hancock(p,e.p), Buster Williams (b),Albert メTOOTI Eモ Heath (ds),

Johhy Coles(fluegelhorn),Garnett Brown( tb),Joe Henderso n(ts and alto flute),

Joe Newman(tp), Emie Royal(tp), Benny Powell(tb), Roy Al onge(french horn) ,

Joe Farrell(as,ts), Arthur メBabeモClarke(baritone sax), Eric Gale(g),Billy Butler(g),

Jerry Jermott(e.b), Bernard Purdie(ds), George Devens(per c) ハービー(当時29歳)の8作目のリーダー作。1969 年当時、ハービーは、ビル・コスビーのTVショーの音楽 を担当していた。本作は、そのTVショーのための音楽を 再構築したユニークな作品である。ビル・コスビーは、1 937年7月12日生まれ(ハービーより3歳年上)で、ア メリカで最も愛され、かつ最もよく知られた俳優である。 コスビーは、1960年代前半、コメディアンとして ショービジネス入りした。1965年に“アイ・スパイ”で ブレイクした。本作の元になったTVショー“ザ・ビル・ コスビー・ショー”は、1969年から71年まで放映さ れた。大変好評で、72年からは“ファット・アルバー ト・アンド・ザ・コスビー・キッズ”とタイトルを替えて、 84年まで放映された。コスビーの軽妙なユーモアと ジョークは、知性と洞察に裏打ちされたウィットに富み、 おもしろい。ハービーにとっても楽しい仕事だったはず だ。本作は、自己のセクステットに11人のメンバーを加 え、総勢17人による録音である。メンバーには、ギター

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昨今の日本人ジャズ・プレイヤーのアルバム復刻は、本当に一大ムーヴメントが起きているでのはないかと思わせるも のがあります。2005年に復刻された福居 良の『SCENERY』(SOLID RECORDS)(※GROOVY 38号でご紹介)あ たりが端緒だったのではないかと思いますが、BMGジャパンの『日本のジャズジャイアンツシリーズ』、レコード会社の 垣根を越えた『昭和ジャズ復刻シリーズ』などが中心になり、かなりのアルバムが市場に出ています。美空ひばりや弘田美 枝子のレコードもアナログ盤で出されました。またジャズ批評誌の『和ジャズ』特集などメディアの力も追い風になってい るのでしょう。 いい傾向だと思います。発売時にプレス枚数も少なく、すぐに廃盤となり永らく眠っていたアルバムが復刻されて、当 時リアルタイムで聴けなかった私のような者には、願ってもない流行なのですが、この傾向が一過性のものに終らずに、 さらに日本人ジャズの本格的なブームが来ることを祈っています。さらに現在の、何を聴いても同じという新譜CDを制 作している人々にも、大きな刺激になってもらえればいいなと思っています。 という訳で、私も全て聴いたわけではないのですが、今回はその復刻盤を何枚か紹介します。 楽しいレコードをたくさん、気合を込めて復刻している 『昭和ジャズ復刻シリーズ』から待望のレコードが出されま した。私と同様にこのレコードを探し回っていた方も多い と思います。一説によると中古盤で市場にでると10万円 以上の値段が付けられているとも聞きました。それほどの 希少盤ではありますが、実は万人にお薦めできません。内 容が宮沢さんのスピリチャル時代のもので、かなりハード になっています。曲名を見てご当地ソング・ジャズかなと だまされてはいけません。適切な比喩ではないですが、 『至上の愛』(IMPULSE)を吹き込んだころのジョン・コル トレーンを彷彿させます。 宮沢さんは、『日本のコルトレーン』と呼ばれているらし い。そうかなぁと私は疑問に思っています。宮沢さんの豪 快なテナーサックスのトーンに魅せられて、結構レコード を買ったり聴いたりしたけれど、どう聴いてもコルトレー ンと感じません。たまたまこの時期コルトレーン・ミュー ジックに傾倒していたのではないかと考えられます。前年 の69年6月と7月に録音された『いわな』(ビクター)では、

WHEN THE WORLD WAS YOUNG/菅野光亮(BMG JAPAN BVCJ-37531)

菅野光亮(p)、福井五十雄(b)、野口通生(ds) 1978年6月8日録音

1.NO MORE BLUES /2.WHEN THE WORLD WAS YOUNG /3.SWEET AND LOVELY /4.PASTRALE /5.YO U ARE MY HEART'S DELIGHT /6.TEARDROPS OF THE ANGEL /7.I WISH YOU LOVE 8.IN THE WEE SM ALL HOURS OF THE MORNING

木曽/宮沢 昭(VICTOR THCD−031) 宮沢 昭(ts) 佐藤允彦(p) 荒川康男(b) 森山威男(ds)1970年3月17日録音 1.木曽 2.浅間 3.白馬 4.飛騨 1983年に44歳という若さで亡くなった菅野光亮の作品 も、立て続けに3枚ほどCD化されました。その中で比較的 オーソドックスなピアノ・トリオの本アルバムを紹介させ てもらいます。 この復刻盤が出るまでは、存在すら知らない人でした が、改めて聴いてみると素晴らしい人でした。ただしこれ も正直に言ってテクニックだけであれば現在活躍している ピアニストの方が、はるかにテクニックを持っているしミ スタッチも少ない。でもそれをおぎなっておつりがくるほ どの熱意を感じます。私はラテン調で軽快な1が気に入り ました。他にもアルバム全体を通して緩急自在というか アップテンポとスローテンポを自在に操っている創り方に 好感が持てます。ただし繰り返しになりますが、菅野さん は決してテクニシャンではあり ません。ジャズに対する深いエ モーションで演奏している人で す。でもそれがいいと私は思い ました。

D I S K 

紅 我蘭堂

       ややその傾向が現れています。 が、この『木曽』から更に11年 経て録音された『MY PICCOL O』(日本フォノグラム)では押し も押されもしないハードバッ パーぶりを発揮していました。 この辺は渋谷秀夫さんの研究を 待ちたいと思います。 録音されたのは1970年。 コルトレーンが死去してから3年経っていました。このア ルバムは、テナーマン宮沢 昭が贈るコルトレーンへの 鎮魂歌であると言えましょう。 とは言え、コルトレーンをここまで自分のものにした 宮沢さんの懐の深さには、思わず背筋がゾッとしました。 またこのメンバーも素晴らしいプレイで、久しぶりにス ピーカーに面と坐って聴くジャズを堪能しました。

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STRODE ROAD/関根敏行(THINK! RECORDS THCD-038)(原盤SMILE SML-002 澤野工房)

関根敏行(p)、成田 敬(b)、黒崎 隆(ds) 1978年3月3日録音

1.STRODE RODE/ 2.UP JUMPED SPRING /3.LOVE FOR SALE /4.WILL YOU STILL BE MINE /5.DETOU R AHEAD /6.I COULD WRITE A BOOK /7.DEXTERRITY

くしくも前掲の菅野盤と同じく1978年のアルバム。 この2枚だけでないが、総じて復刻盤を聴いて思うこと は、当時は本当に“熱い”時代だったのだなぁと言うこと。 楽器が出来ない私が聴いていても「あっ、ハズシたな」と か「このフレーズはちょいと苦しいな」という部分は確か にあります。あるけど、「それがどうした、文句がある か」という迫力がある演奏が多いです。現代のピアニスト を始めとするプレイヤーは上手くなりました。上手くは なったがそれだけに個性に乏しく、一部の人を除いて誰 を聴いても同じという現象が起きていると私には感じら れます。 この関根敏行トリオなど、今でも健在で活躍されてい るのだろうか。もしそうならライブを聴きたいな。シン バルワークが気持ちいい黒崎 隆のドラムスもいいです。 このアルバムは約30年前の 録音ですが、制作されたのは 現在アトリエ澤野を主宰し ヨーロッパのピアノ・トリオ を中心に活発にCDを出してい る澤野工房。恐らく当時はプ レス枚数も少なく、情報が伝 わらなかったのでしょう。もう一枚同じ関根敏行で『STO P OVER』というアルバムもあります。こちらはトラン ペットの佐々木秀人が入っているカルテット演奏。できれ ば2枚同時にお聴きになることをお薦めします。 海を見ていたジョニー/坂元 輝(ウルトラ・ヴァイブ CDSOL-1155) 坂元 輝(p)、根市タカオ(b)、渡辺 毅(ds) 1980年10月13日録音

1.REFT ALONE 2.MY FAVOLITE THINGS 3.夕焼け小焼け 4.AUTUMN LEAVES 岩手県にあるジャズ喫茶「ジョニー」は日本人プレイヤー しか掛けないということで有名でした。私も一度は訪れた いと思いながら、まだ達成できません。本アルバムは、そ のジョニーでのライブ盤です。これも正直に言って坂元  輝という人のピアノ演奏を聴くのは初めてでした。どちら かというと教則本のようなマイナス・ワン(ある楽器だけ演 奏を抜いてある)のアルバムを作っているプレイヤーという 印象がありました。でもこの演奏は素晴らしいです。とて もいいライブ演奏でした。1での坂元さんの感情がこもっ たプレイも素晴らしいです。またコルトレーンで有名な2 ではトリオが疾走しています。中間でのドラム・ソロも気 迫がこもっています。まさか3をジャズで演奏するとは 思っていませんでした。なかな か渋い味わいがあります。定番 の4はピアノ・トリオが得意と するところで、聞き比べるのが 好きな私には、またまた大きな 悩みが増えました。 この他にも、アナログ盤も出た白木秀雄の『祭りの幻想』 などは、1曲目に琴をフューチャーした曲が入っているな ど新機軸を狙ったのかもしれませんが、他はオーソドック スなハードバップ・ジャズが楽しめるアルバムです。高価 なオリジナル盤に手が出なかった人も、ぜひ一回は聴いて みてください。

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東京ジャズ喫茶 1970年代初頭(前編)

紅 我蘭堂 1970年代初頭、当時高校生だった私はジャズと 出会い、そして東京を漂流していた。 70年安保騒動の直前に高校に入学したものの、「学 校群制度」などという訳の分からない制度のために、 自分が希望する高校へ入れずにかなり落ち込んでいた ところに持ってきて、入学していきなり70年安保に巻 き込まれて、バリケード封鎖や終わりの見えない討論 会・集会にあけくれて、将来が見えない時代だった。 授業もろくにないままの1年生時代。気が付けばクラ ス50名のうち1年間で10人が学校を止めていった。 バリケード封鎖が終って、結局何も残らず白け切って しまった2年生。バカな奴らはタバコを吸い、シン ナーにおぼれ快楽にふけっていた。夏休みには上級生 が学校の屋上でシンナーを吸って転落死した。クラブ で登校したら部室の前の地面に白いチョークで書かれ ていた人型。死は間近なものであり、また醒めた目で みれるものでもあった。 多分ジャズを聴き始めたのは2年生の頃だった。同 じクラスにギタリストの渡辺カズミと中学で同級生 だったということがご自慢のアカベエがいた。こいつ が一応ジャズについてのリーダー格で、今から思えば 偉そうに「チャーリー・パーカーを聴かなきゃダメよ」 なんてうそぶいていた。他には、シモネタしか話さな い、顔からして卑猥なミチオ。牛乳瓶の底のように分 厚いメガネを掛けて頭が良さそうなのに、喋らすと 『ア∼』とか『ウ∼』としか言えないフースケ。3頭身と いうのか、腰のすぐ下に踵があるように見える、絶望 的に短足なクマというあだなのヤマザキ。クラスに5 人も同じ苗字がいたために住所で呼ばれていた鈴木ゴ ケンチョウ。そして私がひとつのグループになり、 ジャズ喫茶めぐりをしていた。それでも2年生(1970 年)の間は、クラブ活動に励み、土曜日の放課後は狭 いグラウンドで「打倒!帝京高校」と叫びながらサッ カー・ボールを蹴っていたが、3年生になってクラブ 活動を引退してから、100円玉を数枚握り締めて、お 茶ノ水、神田神保町方面によく行った。 私の音楽履歴をいうと、ビートルズ世代の後ろのほ うに、かろうじて間に合った世代だった。中学校時代 は加山雄三も聴いたしグループサウンズやフォークソ ングに熱中した。後半はビートルズの他に、ローリン グストーンズやドアーズ、クリーム、レッド・ツェッ ペリンなどや、1919フルーツガムカンパニー、ユニオ ンギャップなど硬軟さまざまなロックを聴いていた。 ユーミンもデビューからずっと聴き込んでいる。今で もビートルズの「アビー・ロード」はアルバムの完成度 としてはジャンルを問わず最高傑作だと固く思い込ん でいる。シカゴ、BSTなどブラス・ロックを聴いて いたので、割とジャズを受け入れやすかったのかもし れない。 ジャズといえば、長い間同居していた従兄弟が独立 したときに置いていった、ラムゼイ・ルイスの「ジ・ イン・クラウド」のLPレコードが1枚あった。たまに 聴いても、ガチャガチャうるさいだけで、何が良いの かさっぱり分からなかった。 神田、お茶ノ水、神保町一帯はジャズのメッカだっ た。ジャズ喫茶では『ナル』『ニューポート』『コンボ』 『響』そして駿河台下には『スマイル』という、こじんま りした店もあった。レコード販売では『ユニオン』があ り、やはり駿河台下に『ディスクロード』という輸入盤 店があった。もちろん中古店では今も健在な『トニー』 や『レコード社』もあった。 当時、たしか国電など電車の初乗り料金が20円。都 バスが30円。ラーメン1杯が200円、チャーハンが250 円くらいだったと記憶している。喫茶店も高校の周囲 の白山、本郷界隈はさすがに学生街だけあってコー ヒー1杯100円から150円というところだったろうか。 ジャズ喫茶のコーヒーは1杯200円から250円はしてい たと思う。 『ナル』は今でも同じ場所にある。お茶ノ水駅を出て 当時としては珍しかった スクランブル交差点を 渡ったブロック。当時の 『ナル』は、日中はレコー ドを掛け、夕方からライ ブ演奏を行っていた。最 初に連れていってもらっ たのが、この店だったと 思う。地下に降りていく 薄暗い階段に足を踏み入 れるだけで、何だか大人

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