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「価値を生み出すビジネスへ」の発刊にあたって

 従来のITがビジネスの効率化を追求してきたのに対し、近 年、ITはビジネスとの融合領域において新たなサービスを創 出する役割を担いつつある。経済産業省が所管する産業構 造審議会の情報経済分科会人材育成 WGにおける報告書(平 成 24 年 9 月)」(以下「産構 審人材育成 W G 報告書」という) では、このようなビジネスとITの融合領域においてイノベーショ ンを創出し、新たな製品やサービスを自ら生み出すことがで きる人材を育成することが喫緊の課題と位置付けられている。  産構審人材育成 WG 報告書での提言を受け、ここで示され た「次世代高度 IT人材」を「IT 融合人材」と位置付け、更に検 討を進めるため、平成 25 年 7月にIPAと特定非営利活動法 人 I Tコーディネータ協会は共同で関連団体や企業へ呼びか け、12 組織から有識者の参加を得て、「IT 融合人材育成連絡 会」 (以下「連絡会」という)を立ち上げた。  連絡会では「IT 融合人材」の育成のあり方について情報交 換、意見交換が行われた。検討の過程ではIT 融合によるイノ ベーション創出には個人の育成に加え組織としての取り組み が重要であることにも焦点があてられ、組織の役割と組織能 力に関しても議論された。活動は平成 26 年 3月まで継続し て行われ、その結果が最終報告書として取りまとめられた。  IPAでは、この報告書の内容を具体化・詳細化し、I T 融合 人材の育成フレームを作成して平成 26 年 4月に公開した。育 成フレームはIT 融合人材が携わる仕事(タスク)と求められる 能力を整理した「IT 融合人材スキル指標」およびIT 融合人材 の育成・活用環境の整備度合を示し、組織能力を評価する「成 熟度モデル」からなる。  イノベーションを創出し、新事業や新サービスを生み出すこ とができるIT 融合人材の重要性はますます高まっている。この ような継続した活動に基づき、IT 融合人材の育成と活躍でき る組織環境づくりについて広くメッセージを発信し、企業など の取り組みを加速することが、本誌発刊の目的である。 「価値を生み出すビジネスへ」第二巻の本誌は、 イノベーション創出における組織環境の整備がテーマである。

CONTENTS

P.03

イノベーションが継続的に生まれる組織づくり

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新しい価値創造に必要な組織能力 ∼事例にみる経営者のリーダーシップ∼ IPA 経済産業省 産業構造審議会情報経済分科会 人材育成WG IT融合人材育成連絡会 2つの観点で検討 育成フレーム整備事業 平成25年7月∼平成26年3月 平成26年4月 第一巻 〈人材編〉 第二巻 〈組織編〉 報告書 人材能力の向上 IT融合人材 スキル指標 成熟度モデル 組織環境の整備 (順不同) 日本電子計算株式会社 株式会社NTTデータ経営研究所 東京海上ホールディングス株式会社 株式会社リクルートテクノロジーズ 一般社団法人 情報処理学会 一般社団法人 経営情報学会 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS) 一般社団法人 情報サービス産業協会(JISA) 一般社団法人 日本コンピュータソフトウェア協会(CSAJ) 産構審経済分科会2012年度人材育成WG委員長 特定非営利活動法人 ITコーディネータ協会(ITCA) 独立行政法人情報処理推進機構(IPA) 平成24年9月

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イノベーションが継続的に

生まれる組織づくり

既存組織のプロセスや文化がイノベーションを阻む

図1 企業の「実行モード」と「探索モード」の違い  る全部門からの同意を得ないと製品化できな いというルールに阻まれて、有望な新製品ア イデアが幾度となくつぶれてしまう。こうし た落胆する経験の末、ついに起業に踏み切っ た。(「日経ビジネス」2015 年 4 月 13 日号よ り)  企業においては、マネジメントプロセスや 組織文化が既存事業の実行のためにできあ がっていて、イノベーションを支援するよう に作られていない。仮に優れたアイデアがあっ ても、縦割りで運営された部門間の壁、迅速 さに欠ける意思決定プロセス、リスクを避け る文化などがイノベーションを阻む障害と なって、行く先々でブロックする。結果的に、 そうした有望なアイデアは商品としてうまく 実現されずに頓挫してしまう。 実行モード 探索モード ● 既存の事業を効率的に遂行する 明確なビジネスモデル ● 現状の市場の維持と拡大 ● 改良と改善 ● 失敗の回避 ● 新しい事業を見い出して育てる 試行錯誤で ビジネスモデルを見い出す ● 市場の新規開拓 問題の発見と価値の創造 失敗からの学習  産業構造審議会情報経済分科会の報告を受け、さらに検討を進めるため設置されたIT 融合人材育成連 絡会(2ページ参照)では、イノベーション創出における個人の育成に加え、組織としての取り組みの重 要性にも焦点があてられ、組織の役割と組織能力に関しても議論された。IPAでは、このような組織能力 を評価する「成熟度モデル」を公開している。「成熟度モデル」については、10ページ以降で事例を含め て解説するが、最初にイノベーションを起こす組織の要件について経営幹部の視点から多摩大学大学院 教授の河野龍太氏に解説していただいた。  企業がイノベーションを実現する上での障 害はアイデアの不足ではない。既存事業に最 適化されてイノベーションには適さないプロ セスや組織文化である注1 。煩雑な意思決定プ ロセス、机上での数字の精緻化に多くの時間 を割くビジネスプラン偏重の事業評価の仕組 み、横断的な開発協力を阻む縦割りで硬直化 した組織風土、リスクを過度に避ける企業文 化など。こうした既存企業特有の課題に対し て有効な改革がなされないままにアイデア会 議など表面的な手を打ち、イノベーションを 奨励しても、ユニークなアイデアや有望な構 想は日の目をみないまま終わってしまう。  ロボットベンチャーの e x i i i は、大手家電 メーカーを退社した2人の技術者によって設 立された。同社が開発したロボット技術によ る義手は、グーグル主催による、テクノロジー によって世界をよりよくするアイデアを取り 上げて表彰する「Googleインパクトチャレ ンジ」にも選ばれ、注目を集めている。ドイツ の先行メーカーの同種の義手の7 分の1 以下 という価格は、破壊的イノベーションの可能 性も秘めている。同社の小西氏は、大企業に 勤めている時に新商品提案会議でアイデアを 提案し、役員から承認まで得ながらも商品化 できないことが幾度もあったという。デザイ ンや設計、品質管理など新製品開発に関連す 注1 「成熟度モデル」組織文化・風土の醸成(11ページ)参照

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恐れが生じる。  ファストワークスによって、顧客が求める 最小限の機能をもったプロトタイプMVP(ミ ニマム・バイアブル・プロダクト)を作り、顧 客のフィードバックを得ながら開発する。た とえば産業用のガソリンエンジンの新製品開 発においては、当初は5 年ぐらいかけて開発 していたのを、用途を限定しわずか約 90 日 間で商品化した。GEのファストワークス・プ ロジェクトは、200 件以上に及び、航空機エ ンジン、医療機器、発電機器などを含めすべ ての分野に広がっている。(「日経ビジネス」 2014年12月22日号より)  社員数約 30万人の超巨大企業であるGEに おいて、起業家的マインドセットとイノベー ションメソッドを浸透させ成果につなげるこ とができたポイントは、どこにあるのだろうか。  GE の CEO ジェフ・イメルト氏は、企業文 化を変えるには、ハード(ビジネスの仕組み や手法など)とソフト(考え方や価値観)の2 つの重要なポイントがあると指摘する。GE では、ハード面で「ファストワークス」のよう な手法や仕組みを導入するのみならず、企業 理念や企業哲学も変えることで、イノベーショ ンを促進する土壌をソフト面からも作ろうと している。  たとえば、GE の企業としての価値観を新 たに定義した「GEビリーフス」では、失敗を 織り込んでも挑戦する姿勢を奨励している注2 。  イノベーションの事例では、突出した才能を持つ個人に焦点 が当てられ、華々しく紹介されることが多い。しかし、ここで紹 介されているGEの事例をみると、イノベーションは組織的に生 み出すことができるものということがよくわかる。  これらの取り組みは10ページ以降で解説するイノベーショ ン創出とこれを牽引する人材の育成に関する組織能力評価指 標「成熟度モデル」の観点を多く含んでいる。従来のやり方を 変えるために「ファストワークス」というコンセプトを打ち出し、 経営者のリーダーシップのもとで社内に浸透させている。まさ に、新しい組織文化・風土を醸成しようとしている。  また、企業としての価値観を新たに定義した「GEビリーフス」 では、「Learn and Adapt to Win(試すことで学び、勝利につ なげる)」という項目があり、これは「成熟度モデル」評価項目の 「トライアル&エラー実施環境の整備」と共通点が多い。組織と して個人の発想を尊重し、活躍や失敗を通じて成長へとつなげ る環境を用意することが重要になる。 注 2 「成熟度モデル」トライアル&エラー環境の整備(12ページ)参照

イノベーションを継続的に

生む組織をつくるには

 既存企業は、現状のビジネスモデルを効率 的に運営するために最適化された「実行モード」 の組織である。「探索モード」のイノベーショ ン活動とは、本質的に相容れない。では、既存 企業の組織文化に起業家的マインドセットを 浸透させるには、どうすればよいのだろうか。  GEは、起業家的マインドセットを組織全体 に浸透させ、変革とイノベーションを加速さ せる試みに挑戦している。その柱となる取り 組みが、「ファストワークス」という新しい経 営手法だ。ファストワークスとは、エリック・ リース氏による新事業開発コンセプト「リー ンスタートアップ」をもとにGEのこれまでの 商品開発を改革しようという活動である。  企業側の思い込みが先行して、顧客にとっ ての価値とはかみ合わない商品サービスを開 発してしまうのは、新商品導入が失敗する典 型的な原因だ。そうした失敗やそれに伴って 生じるヒト、資金、時間の無駄をなるべく避 け、顧客が望む商品をスピーディーに市場に 投入することが、ファストワークスの目指す ところである。  産業機器が中心のGEでは開発期間が5 年 程度かかるという。しかし、事業環境の変化 の速度が格段に激しくなっている今日におい て、これまでの開発スピードのままでは、競合 や顧客の変化に必ずしも迅速に対応できない

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GEはこれまで慎重さを重視し、リスクの高い ビジネスは避ける傾向があった。こうした保 守的な価値観や組織風土は、仮説と実験の繰 り返しによって素早く学習し、イノベーショ ンを実現する「ファストワークス」のような手 法とは矛盾する。だからこそ、プロセスと価 値観の双方からアプローチし企業文化そのも のを変えようとしているのだ注3 。  GEのように企業文化を大きく変えること は、かなりハードルが高い。企業文化の抜本 的な変化までは必須ではない。変化のプラッ トフォームをイノベーションの専用チームに おき、既存事業と協力する運営体制、イノベー ションをサポートするマネジメントプロセス、 それらを後押しする経営レベルのリーダー シップを適切に構築すれば、既存事業の効率 的な運営と、イノベーションによる新たな成 長事業の創造とは両立が可能である。

イノベーションの成功の伴は、

チーム

 イノベーションとは、答えがみえない中で 前進する活動である。仮説を立て、実験を繰 り返して、不確かな推測を事実に変えていか なければならない。実験と失敗からいかに素 早く学習できるかが、伴を握る。ハーバード 大学のエイミー・エドモンソン教授のいう「学 習しながら実行する組織」をつくることが、プ ロジェクト成功には必要だ注4。  これまでほとんどの企業は、効率と規律に 重点をおいた「実行するための組織」を作る ことに力を注いできた。実行するための組織 モデルは、生産プロセスが解明され、求める 結果を達成するのに必要なこと、やるべきこ とがはっきりしている時にはうまくいく。  たとえば、自社の商品を販売する営業部署 は、いくつかの基本的シナリオや選択肢を状 況に応じて使い分け、着実に実行すれば、一 定の成果を上げられる。マネージャーは、た とえば見込み顧客への訪問などのように結 果を出すために必要な行動を指示し、そのパ フォーマンスを監督し評価すればよい。  一方、イノベーションの取り組みのように、 成果につながる知識がはっきりしない、予測 が立てられない、求める成果をあげるために 取るべき行動が分からない時には、効率を追 求しながら実行する組織は機能しない。リー ダーは、学習するための組織を作り、探索を 行って、不確実な環境への適応力を高める必 要がある。  学習しながら実行する組織の核は、チーム だ。イノベーションの取り組みは、エンジニ ア、デザイナー、マーケター、コンサルタント など様々な専門知識をもった社内、社外のメ ンバーの協働によって進められる。プロジェ クトを成功させるには、素早い実験と学習を 行う、多様性をもった創造的で機動的な、少 人数のチームをつくる必要がある注5。  効果的なチームをつくるには、メンバーが 目的や価値観を共有しなければならない。共 通の目的や価値観が曖昧だと、メンバー間で コラボレーションする際の一体感やモチベー ションづくりが難しくなる。また、リーダー はメンバーを尊重し、信頼しなければならな い。メンバーにいちいち指示を与えて管理し ようとすれば、効果的な学習は起こらない。 心理的な安全も配慮される必要がある。思っ たことを言える雰囲気がないと、メンバーが 相互に頼り、率直な意見を交換し合う土壌が 生まれないからだ。  成功するイノベーションチームには、従来 とは異なる新しいリーダーシップが必要にな る。すなわち、失敗に寛容で、自らも誤りを 注 3 「成熟度モデル」組織・文化風土の醸成(11ページ)参照 注 4 「成熟度モデル」価値発見の場の整備、価値実現プロセスの整備 (11ページ)参照 注 5 「成熟度モデル」多様性のある実施体制の整備(12ページ)参照

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 社内ではなく、社外で独立した事業体をつ くる選択肢もある。たとえば、これまでの既 存事業の商品サービスとは大きく異なるいわ ゆる「破壊的なイノベーション」を目指すプ ロジェクトの場合は、異なるビジネスモデル が必要になる。ハーバード大のクリステンセ ン教授が指摘するように、そういったケース では、イノベーションチームを既存の組織か ら離し、独立した事業体をつくることが望ま しいことも多い。  アマゾンがBtoB 客を対象としたクラウド コンピューティングサービスであるAWS(ア マゾン・ウェブ・サービス)事業を始める際に は、既存のBtoCの顧客向けのオンライン小 売業とは異なるビジネスモデルが必要だった。 そのため、独立した事業体を立ち上げている。 ネスレのネスプレッソ事業も、これまでの食 品事業とはまったく異なるビジネスモデルを 模索し、成功するまでに多くの困難に直面し た。事業撤退の危機に何度も したが、親会 社から独立した事業体制にしていたために活 動をストップすることを免れた。ネスプレッ ソが成功するまでには多くの年月を要したが、 結果的に売上高 4000億円を超える画期的な 成功ビジネスとなった。  いずれにせよ、イノベーションチームのメン バー選定には、プロジェクトが成功するために 必要なスキルを洗い出し、社内外からベストな 人材を調達しなければならない。社内の人材 に過度にこだわるのはリスクがある。イノベー ション活動は、既存事業とは異なる思考方法、 メソッド、業務プロセス、価値観をもった多様 性のあるチームが必要になる。内部のリソー スだけに固執すると、「組織の記憶」から逃れ られず、新しいアイデアやアプローチが思うよ うに実現できなくなる恐れがあるからだ。  アップルがiPodを開発するにあたっては、 MP3プレイヤーの分野に専門知識を持つ外 部コンサルタントを起用し、結果的に社員と して雇用する形でイノベーションリーダーに 認める。対立を恐れず率直にアイデアや意見 を競いあう多様でオープンなチームをつくり、 かつメンバー同士の密接な協働と協力を生み 出す。イノベーションが起きる環境づくりに 長けたリーダーだ。逆に、失敗を許容せず、 計画重視で効率的に管理しようとする古いタ イプのリーダーは、既存事業の運営には適し ていても、チームの創造力と学習を促進でき ないので、イノベーションには貢献しない。  イノベーションリーダーは、イノベーショ ンチームに適したリーダーシップを身につけ なければならないのだ。

イノベーションを成功させる

体制づくり

 イノベーションの取り組みを組織化するには、 社内で体制をつくるか、あるいは社外の独立し た事業体をつくるかという選択肢がある注6。  社内で体制をつくる場合は、専任メンバー と共通スタッフによるイノベーションの専用 チームが必要である。専任メンバーは、イノ ベーションプロジェクトにフルタイムで従事 し、共通スタッフは既存業務の時間を割いて イノベーションプロジェクトをサポートする。  既存企業のイノベーションは、豊富な技術 や販売チャネル、資金など、すでに蓄積された 様々なリソースを有効に活かすことで、スター トアップとは異なる有利な状況を生み出せる。 専任メンバーと共通スタッフによる共同体制 のチームを編成することで、既存組織のリソー スを活かし、イノベーションの取り組みと既 存事業との協力と連動がはかりやすくなる。 そうした円滑な関係をつくるためにも、イノ ベーションリーダーには謙虚な姿勢が求めら れる。既存組織から理解や応援が十分に得ら れなくても、相手を敵視したり、特権的な振 る舞いをすることは慎まなければならない。 注 6 「成熟度モデル」価値発見の場の整備(11ページ)参照

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据えて内部のエンジニアやデザイナーらと共 に多様な専門性をもったメンバーでプロジェ クトチームを組成した。ハードについても自 社でゼロから開発はせずに、先行していた既 存商品の事業ライセンスを買い取り、オープ ンイノベーションを実践した。チーム体制や ハード開発において、外部の資源をうまく活 用してイノベーションを実現している。  イノベーションプロジェクトを開始する際 のチームのメンバー数は、少人数がよいとさ れている。数が多すぎると、主体性が薄くな り、コミットメントが低下しても構わないと いう空気が生まれる。あまり人数が多くなる と、グループ全体の考えに同調する集団思考 が発生し、創造的な議論が阻害される恐れも ある。アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏の 提唱する「2枚のピザ理論」では、成果を上げ る適切なチームのメンバー数は、5 人から 8 人程度となる。  イノベーションプロジェクトと既存事業と の円滑な連動には、イノベーションリーダー のリーダーシップとイノベーションプロジェ クトを監督する上級経営幹部あるいはCEO のサポートが欠かせない。社内リソースの配 分においては、既存事業とのリソースの調整 が発生するために互いに利害がぶつかること がある。既存事業とは独立した予算、責任の 元で管理し、既存部門にまたがって影響を及 ぼす重要な決定やリソース配分については、 意思決定の責任を分散させずに、CEOやイノ ベーション活動を管理する上級経営幹部によ る一本の意思決定プロセスで決めるようにす るなどの工夫が必要だ。

失敗から学べる組織をつくる

 イノベーションを促進するために、失敗か ら学べる環境を作るのは経営者の責任だ。 IBMの創業者トーマス・ワトソン・シニアは、 「成功の確率を上げたいのなら、失敗の確率 を今の2 倍にすることだ」と言った。成功に 失敗は不可欠である。失敗の数が増えるほど、 成功の確率も高まる。リスクを取ることを奨 励し、失敗に寛容な風土を作り、失敗から学 ばなければ、画期的な商品やイノベーション は生まれない注7 。  組織が成功にしかインセンティブを与えな いのであれば、次々と挑戦する試みが生まれ てくることは難しいだろう。ホンダには、「失 敗の表彰制度」がある。本田宗一郎氏は、「挑 戦をして失敗をした人間を責め立てるような ことをやっていたら、会社はダメになる」とし て、「ニワトリ会議をしてはいけない」という  イノベーションの取り組みでは多様性をもったチームを編成 することが重要である。ただし、単に多様な人材を集めただけ では 烏合の衆 ということになりかねない。ここで紹介された 事例では、役割分担やチームの規模、経営幹部のサポートなど により、共通の目的を目指す集団として多様性を担保する方策 が示されている。  10ページ以降で解説するイノベーション創出とこれを牽引 する人材の育成に関する組織能力評価指標「成熟度モデル」で は「多様性のある実施体制の整備」と表現されている。多様な 価値観や専門性、バックグランドを持つ人材が集まることで、 価値観をぶつけあったり、異なる経験を共有したりすることが できる。チームを引っ張るイノベーションリーダーは、野心的 な問題解決のテーマと目的意識をメンバーで共有し、様々な専 門性をもった多様性のあるチームをマネジメントすることが求 められる。  新たな価値を生み出すイノベーション創出は初めてのことの 連続なので、失敗は必然ともいえる。重要になるのは 失敗 を マネジメントすることである。ここで紹介された事例でも、失 敗から学習すること、失敗を批判する環境を変えてチャレンジ を奨励するなど、失敗をトリガーに次のステップに進むための 方策が示されている。  成熟度モデルでは「トライアル&エラー実施環境の整備」に 相当する。 注7 「成熟度モデル」トライアル& エラー実施環境の整備(12ページ) 参照

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言葉を残している。ニワトリは、傷ついたニ ワトリがいると、よってたかって殺してしま う習性があるそうだ。こうした経営者の言葉 や表彰イベントのような制度は、挑戦して失 敗することは、ペナルティにすべきことでは なく、価値があることだというメッセージを 分かりやすく組織に伝える。(ダイヤモンド・ オンライン 2009 年 3 月 4 日「不機嫌な職場 の治療法」より)

イノベーションの人事評価を

どうすべきか

 イノベーションの取り組みは、難易度が高 い。イノベーションリーダーや担当の上級幹 部にとって、イノベーション活動にかかわるこ とは、既存ビジネスとは異なる成果を上げる チャンスの一方で、大きなリスクもはらんでい る。イノベーションに失敗すれば、キャリアに 大きなダメージを受ける可能性があるからだ。  イノベーションリーダーの人事評価には、既 存の評価軸とは異なる視点が求められる。既 存事業では事業の計画と予測が成り立つので、 売上や利益の向上を数値目標に置き換えて実 績との比較で結果を評価できる。一方、予測 が困難なことにチャレンジしなければならな いイノベーションリーダーに対して、「結果」 への責任を過度に負わすべきではない。失敗 することが大きなペナルティになるようだと、 組織にとってリスク回避と現状維持をよしと する、誤ったメッセージを発することになっ てしまう。これでは、むしろイノベーションを 阻む組織を促進するという矛盾を犯すことに なりかねない。  先述のGEでは、企業変革やイノベーション を支援する新たな価値観「GEビリーフス」の 導入に合わせて、人事評価制度も変更してい る。すなわち、これまでの人事評価が、売上高 や利益の向上といった業績評価へ偏重してい たのを見直し、「GEビリーフス」の実践と成果 だけを3段階で評価する。GEビリーフスに込 めた「試すことで学び、勝利につなげる」といっ た失敗を前提に思い切って挑戦する姿勢と行 動を人事評価とも連動させ、組織文化と社員 の意識変革を着実に起こそうとしている。  学習や行動への責任を評価するためには、 上級幹部とイノベーションリーダーの間で、 検証すべき仮説と、そのための具体的な検証 活動、それらの想定する結果について月次レ ベルぐらいの頻度で検討し、最新の認識を共 有しておく必要がある。

オープンイノベーションに

欠かせない経営者の関与

 これからのイノベーションは、外部との協 業がますます重要になる。環境変化は激しさ を増しており、自前主義にこだわり過ぎれば、 自ら視野を狭くし、世の中の変化のスピード について行けなくなるリスクを高める。外部 の優れた技術を取り込み、迅速に商品化する。 商品やサービス、ビジネスモデル、エコシステ ムをパートナー企業や顧客と共につくる。こ うしたオープンイノベーションに長けた企業 が、競合よりも早くイノベーションを具体化 し成果を加速させることができる。  オープンイノベーションのモデルには、大 きく2 種類ある。社外の優れたアイデアや技 術を使って商品サービス開発をするアウトサ イドイン型と、自社のアイデアや技術をライ センスなどで他社に使ってもらうインサイド アウト型。  P&Gは有名な「コネクト・アンド・デベロ プ」によって両方のオープンイノベーション 戦略に取り組み、既に 2,000 件以上のイノ ベーションに関するパートナー契約を外部と 結んでいる。たとえば、P&Gのスキンケア製 品「オレイ・リジェネリスト」は、しわや火傷 の修復効果のある新しいペプチドを開発した フランスの中小企業 Sedermaと共同で開発

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ションを継続的に生む組織をつくることだ。イ ノベーションを阻害するマネジメントプロセス や組織文化の問題を洗い出し改善する。同時 に、既存事業の運営と両立する形で、リスクを 恐れずビジネスチャンスを果敢に捉える「起業 家的マインドセット」が発揮される仕組みを導 入する。こうしたイノベーションが持続的に起 こる環境を創造するためのあらゆる局面で、強 いリーダーシップをふるわなければならない注9。  イノベーションを成功させるには、学習しな がら実行するチームが欠かせない。チームの ポテンシャルを最大限に引き出すために、イノ ベーションリーダーは、イノベーションが起き やすい環境をつくらなければならない。また、 イノベーション・マネジメントに適応した新し いリーダーシップを身につける必要がある。  イノベーション分野の人事評価は、既存事 業とは別の基準で考える必要がある。結果を 重視する既存事業の評価基準をそのまま当て はめて、イノベーション活動の成果に対して ペナルティを与えるような人事評価や組織文 化は、リスクに挑戦する人の意欲を失わせ、 イノベーティブな人材を社外に流出させる恐 れがある。  不確実性の高い現代の経営環境においては、 既存事業が長期的に存続する保証はない。イ ノベーションが継続的に起こる組織づくりを 怠ることは、将来大きなツケを払わされるリ スクをはらむ。 筆者:河野 龍太 多摩大学大学院教授/インサイトリンク代表取締役社長 早稲田大学法学部卒業。英国ウォーリック大学経営大学院でMBA 取得。博報堂、博報堂ブランドコンサルティング、ITベンチャー数 社の経営参画を経て、現在株式会社インサイトリンク代表取締役社 長および多摩大学大学院教授。ビジネスモデル・キャンバスを開発 したアレックス・オスターワルダー博士が設立したイノベーション支援企業 Strategyzer (ストラテジャイザー)の日本人唯一の公認トレーナーとして、数多くの企業に対してイノ ベーションプロジェクトの支援やイノベーションのスキルトレーニングを実施している。 され、大ヒット商品となった。日本企業でも、 東レとユニクロの共同商品開発などオープン イノベーションによる成功事例が増えている。  社外と社内とが協働するオープンイノベー ションを進めるには、そのための推進体制をつ くる必要がある。社外の技術やリソースを活 用することに対しては、研究開発部門など関 係する内部の組織で抵抗も生じる。ビジョン を明確にして方向性を共有し、社内の理解と モチベーションを形成しなければならない。そ の意味で、オープンイノベーション戦略を推進 するには、トップの積極的な関与が欠かせない。  オープンイノベーションには、社内と社外 とを巻き込んで推進するための社内体制の整 備、外部との連携についての社内啓蒙と理解 促進、ビジョンや戦略の共有などが必要だ注8。 そのためにも、これらのタスクを後押しする トップの積極的な関与が欠かせない。

まとめ

 既存組織は、現行稼働している事業の実行 のために最適化されている。既存事業の運営 とイノベーション活動とは、根本的に異なる マネジメントが必要になる。イノベーション を支援するプロセスや文化が作られていない 組織では、既存事業の効率的な運営のために 確立された様々な仕組みや組織文化などが障 害となって、継続的にイノベーションを起こす ことは難しい。  不確実性が高い現代の事業環境において企 業が存続するには、イノベーションを結果論に せず主要業務として位置づけ、組織をあげて 戦略的に取り組まなければならない。古い優 位性から資源を引きはがし、新しい優位性の 開発に絶えず投資する必要がある。  経営者がやるべき重要な課題は、イノベー 注 8 「成熟度モデル」オープンイノベーション環境の整備(12ページ)参 照 注 9 「成熟度モデル」経営者のリーダーシップ発揮(10ページ)参照

(10)

 新しい価値を創造するためには、「既存の 枠組み」や「成功体験」、「固定化された価値 観」などイノベーションを起こすうえで阻害 要因となるものを排除することが重要になる。  さらに、多様な価値観を受け入れ、外に開か れた環境で「失敗から学ぶ」ことを推奨する「育 成場」を提供するなど、継続的な活動により組 織文化・風土を変革する必要がある。このよう な取り組みによってビジネスとITの融合領域 で新しい価値を創造するために必要な組織能 力を向上させることが求められる。

組織能力評価指標

(成熟度モデル)  イノベーション創出は個人が単独で取り組 むのではなく、通常は企業に属して様々な人 材と共に活動する。企業が新しい価値を生み 出しイノベーションを創出するのに適したも のであるか否かは、IT 融合を推進する人材の 育成に大きな影響を与える。  また、企業などの組織が、イノベーション 創出のために組織能力を高めようとした際、 重要になるのは組織の強みと弱みを把握する ことである。情報処理推進機構(IPA )ではイ ノベーション創出とこれを牽引する人材の育 成に焦点を当てた組織能力を11 項目にまと め、その状況を把握するための評価の考え方 として組織能力評価指標(成熟度モデル)を 提供している(表1はその概要)。  「成熟度モデル」は11 項目の組織能力ごと にレベル付けした評価指標を設定したもので、 IT 融合人材を育成しイノベーションを創出す るための、組織能力を評価するための枠組み である。各項目について自社の状況をアセス メントすることで、現状の強みと弱みを把握 し、弱みを改善し、強みをさらに伸ばす契機 になる。 組織能力向上における評価項目

1.

経営者のリーダーシップ発揮

2.

イノベーション定義の明確化

3.

IT融合人材の役割と   育成対象者の明確化

4.

イノベーション創出に適した   組織文化・風土の醸成

5.

価値発見の場の整備

6.

価値実現プロセスの整備

7.

多様性のある実施体制の整備

8.

オープンイノベーション環境の整備

9.

トライアル&エラー実施環境の整備

10.

「IT融合人材」育成フレームの整備

11.

「実践的学習の場」の整備

1.

経営者のリーダーシップ発揮  従来からの慣習や過去の成功体験からく る固定化された枠組みや価値観は、イノベー ション創出において大きな阻害要因となる場 合がある。経営者はこれらの排除にリーダー シップを発揮することが求められる。場合に よってはリスクテイクする意思決定も重要に なる。経営者が率先実行し、企業文化として イノベーション創出環境を構築することが重 要である。  イノベーション創出の取り組みは、結果的 に失敗することもあれば、すぐに利益に結び つかないことも多い。既存事業の組織から反 発や不支持を招くこともある。イノベーショ ン創出に取り組む部門やチームを社内の抵抗 から守るのも経営者の重要な役割である。

2.

イノベーション定義の明確化  「イノベーション」という概念は、社会に大 きな変革をもたらす破壊的なイノベーション

新しい価値創造に必要な組織能力

事例にみる経営者のリーダーシップ

(11)

から、日々の改善の積み重ねから新しい価値 を生み出すイノベーションまで、幅広い考え 方がある。また、技術革新としてイノベーショ ンを捉えるか、既存技術の組み合わせで新し い価値を生み出すことをイノベーションとす るかなども様々な考え方がある。企業におい てイノベーション創出に取り組む者が共通認 識を持つためにも、自社が追及するイノベー ション像を明らかにすることが重要になる。

3.

IT融合人材の役割と育成対象者の明確化  IT 融合人材として育成する対象者は、既存 ビジネスとの兼ね合いや人材が持つ素質など から選定するのが現実的である。その場合、 IT 融合人材の役割を明らかにすることが重要 になる。役割が明らかになることで、人材が 持つ既存能力などを見極めて育成対象者を選 抜することが可能になる。また、育成対象者 として明確化することにより、本人にも自主 的な行動を促すことにつながる。

4.

イノベーション創出に適した 組織文化・風土の醸成  「価値観が固定化している」「成功体験から 抜け出せない」「既存の枠組みに安住している」 などはイノベーション創出における阻害要因 になる。社員の主体的・能動的な活動を促進 し、多様な価値観や変化を受入れ、失敗から 学習することが奨励される文化・風土を醸成 することが重要である。

5.

価値発見の場の整備  通常のビジネス活動では実現可能性や収益 見込みなどが重視され、斬新なアイデアが生 番号 評価軸 目指すべきレベル 表1 イノベーション創出のための組織能力評価指標(成熟度モデル)の概要 企業が目指す イノベーションと それを担う役割、 そのための育成対象者が 定義されているのか? また、組織環境は イノベーションを 起こしやすいものか? 1.1 経営者のリーダーシップ 経営者はイノベーション活性化のために必要な環境や 仕組みのあり方を考え、その発信・推進を 率先垂範して行っている 1.2 自社が対象とするIT 活用の イノベーション定義 自社はどのようなイノベーションを対象とするかが 公式に設定され、目指すイノベーションについて全社的 に周知・理解され浸透している 1.3 自社が対象とするイノベーションを 担う役割とそのための育成対象者 イノベーションを担う役割とその育成対象者が 公式に設定され、育成対象者を含めた社内全体が 自身の役割として自覚し自律的に活動している 1.4 組織文化・風土 イノベーションを起こし易い組織文化・風土を当たり前 と考え、それを育む組織になっている IT 活用による イノベーションを 実践する場が 提供されているか? 2.1 IT 活用によるイノベーションに つながるアイデア出しを行う 価値発見の場 価値発見を行うための場が、公式の仕組みとして定着 し、場の利活用による成果が出ている 2.2 有望なビジネス・アイデアを事業に 仕立てていく価値実現プロセス 価値実現プロセスが社内に定着し、イノベーションの 成果が出ている 2.3 多様性のあるイノベーション 実施体制 多様性のある体制によるイノベーションの仕組みが 定着し、成果が出ている 2.4 外部のアイデアや力を活用する オープン・イノベーション オープンイノベーションの場が定着し、成果も出ている 2.5 トライアル&エラー トライアル&エラーを前提とするイノベーション実践の 公式な場が定着し、成果も出ている 自社のイノベーションを担う 人材のために、 育成の場が提供され、 活用できているか? 3.1 自社のイノベーションを担う 人材のための育成フレーム 育成フレームとその管理の仕組みが定着し、定常的に 運用されている 3.2 知識習得のみでなく、実践的 学習の場も含む研修メニュー 実践的学習の場を含む研修メニューが社員に定期的・ 定常的に提供され、育成成果が出ている 参考資料「IT融合人材育成における組織能力評価指標(成熟度モデル)」から抜粋、改変

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まれにくい傾向にある。このような要因を取 り除き、イノベーション創出を目的としてア イデアを発掘し、新たな価値発見を行う場を 整備することが重要である。

6.

価値実現プロセスの整備  イノベーションにつながる新しい価値が発 見されても、それだけではアイデアコンテスト の域を出ない。実際にビジネスモデルを描き、 事業に仕立てていくプロセスを経て、顧客に 価値が提供されることになる。このようなプ ロセスを整備することで、イノベーションを 実現する環境を構築することが重要である。

7.

多様性のある実施体制の整備  同じ価値観や経験を持つ人材からなる組織 では、アイデアや解決方法なども均一になり がちである。多様な価値観や専門性、バック グランドを持つ人材が集い、異なる価値観を ぶつけたり、違う経験を理解しあったり、様々 な発想を共有するダイアログ(熟議)を繰り 返すことで、初めて新しい価値に近づくこと ができる。イノベーション創出の場では、こ のような多様性のある実施体制を整備するこ とが重要になる。

8.

オープンイノベーション環境の整備  変化の激しい近年のビジネス環境では、企 業内の限られた情報や人的資源でイノベー ションを創出するのは困難になってきている。 同業他社や異業種とコラボレーションし、得 意分野を持ち寄ることで単独企業では成しえ なかったイノベーションを起こすことが可能 になる。このような外部に開かれた環境作り が重要である。

9.

トライアル&エラー実施環境の整備  イノベーション創出においては試行錯誤に よりアイデアを検証し、完成度を高めるアプ ローチが取られるのが一般的である。プロト タイピングなどにより価値を短期に「見える 化」し、改善点を迅速に反映して実現性を検 証するというプロセスを整備することが重要 になる。このような試行錯誤においては失敗 を許容し、失敗から学ぶという環境が求めら れる。

10.

「IT融合人材」育成フレームの整備  IT 融合人材を育成するためにはイノベー ション創出プロセスと求められる能力を定義 することが重要になる。これにより、既存人 材の保有能力とのギャップが明らかにになり、 組織が目指すイノベーションを実現する人材 の育成カリキュラムなどに具体化する準備が 整う。組織としてこのような育成フレームを 整備することが重要である。

11.

「実践的学習の場」の整備  IT 融合人材に必要な能力は座学など知識 として身に付けるものに加えて、実践によっ て体得する領域が多いと考えられる。このよ うな実践力は「5. 価値発見の場の整備」「6. 価 値実現プロセスの整備」など実際のビジネス における活動を通じて獲得できるものである。 しかし、イノベーション創出にはリスクが伴 うこともあり、実際のビジネス環境での取り 組みは限定的になってしまうケースも多いの が実情である。このような状況を補完するた めには、実際のビジネス環境を模擬的に再現 し、できるだけ現実的な課題に向き合い、実 践力を身に付ける「実践的学習の場」の整備 が重要になってくる。組織としてこのような 体験型学習の機会を提供することが求められ る。  以下、地方都市の中堅中小企業 2 社の具体 的な事例を使いながらイノベーションの現場 で組織能力がどのように発揮されているかを みてみよう。

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ヤマゼンコミュニケイションズ

自前の地域密着型Webサイト「栃ナビ! 」で ビジネスモデルを大転換  ヤマゼンコミュニケイションズ株式会社 は、1 9 5 0 年に山善社印刷所として設立さ れ、その後ヤマゼン印刷への社名変更を経て、 2000 年に現在の社名となった。従来は、広 告印刷が事業の中心であった。  既存事業である広告印刷業に代わる新規事 業の方向性としてインターネットの活用に着 目し、2000年、インターネット上に地域密着 型クチコミ情報サイト「栃ナビ!」を開設した。 グルメやショッピング、レジャー、病院やイベ ント情報など、地域住民が必要とする情報や リンクを網羅したポータルサイトである。  インターネット上に地域密着型クチコミ情 報サイトを自社メディアとして開設すること で、消費者との接点が得られ、顧客の広告宣 伝へのかかわり方が大きく変化した。  従来は、顧客から受注した広告の仕様が起 点であり、同社はその仕様通りに制作・納品 するところまでだった。しかし、「栃ナビ! 」に よって、サイトから得られる消費者ニーズに 基づく顧客への提案を起点とする広告宣伝が 可能になったのである。ビジネスモデルにお いて同社が顧客と消費者の間をつなぐ役割を 獲得したということができる。  この変化により、同社は広告代理店として の役割を果たすことができるようになり、従 来取引のなかった大手百貨店あるいは役所か ら、「ヤマゼンや『栃ナビ! 』が考える広告の出 し方を一緒に組んで企画したい」という依頼 を受けるほどになった。顧客とのかかわり方 が広く深いものになった結果、「栃ナビ! 」単 体として、全社売り上げの35%、粗利益 70% という高収益のビジネスに成長したのである (図2 )。 「栃ナビ! 」成功によって変化した 社内の文化・風土  「栃ナビ! 」プロジェクトのスタート当初か ら経営者の強いリーダーシップが発揮されて いる。既存事業の組織とは独立させて「栃ナ ビ!」を担当するチームを編成し、そのメンバー を地域に貢献するIT 融合人材として位置付 け、役割を明確にした。  黒字化を達成するまでの5 年間、既存事業 に従事する社員からの抵抗は凄まじく、まさ に孤立状態だったが、経営者の判断で、プロ ジェクトに一部屋をまるまる使わせて、社内 の逆風をさえぎる措置をとった。  「栃ナビ! 」プロジェクトが軌道に乗るとと もに、社内の文化・風土がよい方向に変化し ている。  新しいアイデアの実現に向けての活動は、 事業計画とは独立した取り組みとされており、 短期間に業績を求めることはしていない。最 終的には利益につながるものであるべきだが、 少し先をみた取り組みでよいとしている。トラ イアル&エラーを許容する環境になっている。 図2 「栃ナビ!」がもたらしたIT 融合とヤマゼンコミュニケイションズの 立ち位置の変化 ヤマゼン印刷 (広告依頼主)顧客 消費者 ヤマゼン コミュニケイションズ 消費者への 直接アクセス 広告・宣伝 WEB 消費者 顧客 (広告依頼主) 「栃ナビ!」 以前 「栃ナビ!」 後 自社メディア 開設における IT融合 仕様 発信 納品 依頼 提案 発信 受信 ビジネス 融合 IT 立ち位置の変化

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図3 無人駐輪場事業による価値創出 が1,000 台もあり、駅周辺の環境は緊急自動 車の通行も危うい状況であった。代表は、そ こに着目し、自転車を放置する人々の行動観 察をした。その結果わかったことは、放置す る人は、20 代から40 代の女性が70% 位。そ して、短時間の利用ニーズが高く、事業化の 芽があるということだった。  しかし、駐輪機器の価格は、伴付きだと2 万円、駐輪の時間管理を8ビットのマイコン で制御するもので12 万円と6 倍の価格差が あり、開発直後においては設置コストを吸収 することはほとんど不可能であった。更に遠 隔管理を可能にする機器となると、その分の 価格アップも想定された。共同開発のパート ナーであった駐輪ラックメーカーでも、販売 が伸びず試行錯誤を続けていた。  このような状況でも、代表は、問題発生時 に人が駆けつけてクレーム対応できる範囲で の駐輪場設置では事業の拡大につながらない と考え、遠隔管理を可能にする駐輪場設備の 開発に参加した。  代表は、事業化のめどを立てるための初期 投資をするなどのリスクテイクをしてでも新 規事業の展開を推進した。事業化のめどを確 信した後は、そのビジョンを社内で明示し、 事業化を推進した。  無人駐輪場事業を支える I T の仕組みは、 2012 年に稼働を開始した SHIP システムで ある。個々の自転車ラックからのデータを自 動精算機内のコンピューターが収集し、イン ターネット経由で駐輪場運営会社に連携する 仕組みを実用化した(図3 )。 経営者を中心にした少人数のチームを編成 オープンイノベーションを積極的に活用  同社の代表は、土地オーナーとサービス利 用者、サービス提供者の各々にとって利益の ある仕組みで地域貢献する「三方よし」の新 規事業を創出することを目的としている。初 めてトライする新規事業においてこそ、計画

芝園開発

ITで遠隔管理する無人の時間貸駐輪場で 「三方よし」を実現  芝園開発株式会社は、1986 年に東京都足 立区を中心にした地域の土木建設会社として 設立された。公共事業を中心に事業を展開し、 地主や地権者、自治体などとの良好なネット ワークを築いた。  1995 年に無人の時間貸駐車場事業に参入 し、1998 年に放置自転車の対策として日本 で初めて「無人個別管理駐輪システム」を開 発し、無人の時間貸駐輪場「サイクルコイン パーキング」事業の展開を始めた。  サイクルコインパーキングでは、駐輪場の 駐輪ラック一台一台をSHIPと呼ぶ駐輪場・ 駐車場統合管理システムにより徹底的な個別 管理をすることにより、採算性の高い無人時 間貸駐輪場の運営を実現している。  同社の代表は、1995 年から開始した駐車 場事業が順調であった時点で、将来の2つ目の 事業の柱として、無人駐輪場事業を発想した。  同社の最寄り駅である綾瀬は、放置自転車 芝園開発 地域貢献 放置自転車のない美しい街づくり サービス収益 無人駐輪場事業 システム SHIPシステムによるIT融合 遊休資産の活用 便利・安心・安い 「三方よし」 サービス向上 駐輪事業 アジャイル開発クラウド () 土地 オーナー 自転車 利用者 所有地の貸与 利益の還元 駐輪場サービス 利用料金 ビジネス 融合 IT

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化と数値による詳細な管理が必要との認識を 持っている。そのため、これを支えるITシス テムを開発し、そこから得られる情報に基づ き、土地オーナー(鉄道事業者、大型商業施設 を含む)とサービス利用者に対して、最適な 提案ときめの細かい運営管理を提供している。  イノベーションを起こすためのチームとし て、代表と常務、事業部長、管理部部長の 4 人の役割が明確に定義され、各々の責任をき ちっと果たしているため、高品質な業務展開 が実現している。  同社が、SHIPシステムの開発、拡張におい て支援を得ている富士ソフト社との連携では、 両社間にWin-Winの関係が成り立っている。 芝園開発にとっては、ITの専門家 1 人を社員 として雇用、保持するコストと同等あるいは それ以下で、複数の専門家を確保できている こと、企業対企業での連携であるため、担当 者の交代等に対するリスク回避対策になって いることが価値となっている。  代表は「社内ですべてを自前でやろうとは しない方がよい。言い換えれば、外部のその 道に長けていて、かつパートナーとして相応 しい人を探すことが重要。色々な人々と知り 合って、視野を広げること。新しい事をやろ うとした時に、その人のネットワークの中で 信頼できる人と協業することが大切」と結論 付けている。

まとめ

 以上、業種もビジネスモデルもまったく異 なる2つの事例をみてきたが、11項目の組織 能力の観点からみると共通点や特徴がわかる。 共通点は言うまでもなく、経営者のリーダー シップである。取り組むべき課題を見出し、 実行するための組織を既存事業とは別の組織 として立ち上げている。また、中期的な視点 で、リスクテイクし、試行錯誤を許容している。  ヤマゼンコミュニケイションズの事例では、 プロジェクト・チームの多様性やプロジェク トが成功した後での組織文化・風土の変化が 特徴的である。一方、芝園開発の事例では、 代表と側近 4人というチーム編成が特徴的な のと、システム開発で他社と積極的に連携し ているオープンイノベーションの取り組みが 有効に働いている。  IT融合のイノベーションの定義や概念は各 企業/組織において異なり、定まったものはな い。このような中で、組織能力を評価する成熟 度モデルは、企業がイノベーション創出に向 けて環境を整備する際に活用できるものとなっ ている。 参考資料 「IT融合人材に関する育成フレームの整備」 独立行政法人情報処理推進機構、2014年3月 http://www.ipa.go.jp/files/000038405.pdf 「IT融合による価値創造に向けて ∼IT融合人材の育成と組織能力の向上∼」 特定非営利活動法人 ITコーディネータ協会、 独立行政法人情報処理推進機構、2014年3月 http://www.itc.or.jp/news/dlfiles/20140325_yuugoo_report.pdf 「IT融合人材スキル指標」 独立行政法人情報処理推進機構 http://www.ipa.go.jp/files/000038406.xlsx 「IT融合人材育成における組織能力評価指標(成熟度モデル)」 独立行政法人情報処理推進機構 イノベーションを起こす組織とは?  価値を生み出すビジネスへ 2015 年 6月発行 独立行政法人情報処理推進機構 IT人材育成本部 HRDイニシアティブセンター 〒113-6591 東京都文京区本駒込 2-28-8 文京グリーンコートセンターオフィス15階 電話      03(5978)7544 FAX      03(5978)7516 メールフォーム http://www.ipa.go.jp/about/inquiry_index_0.html ホームページ http://www.ipa.go.jp/jinzai/hrd/index.html 編者紹介 独立行政法人情報処理推進機構 IT人材育成本部 HRDイニシアティブセンター 編集     武田敏幸 編集協力     秋元裕和     木村美子     奥村有紀子     尾浦章子

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