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日本家政学会誌 Vol. ₆₆ No. ₅ 197~212(₂₀₁₅) 報文 近現代における 着物 の表記法とその意味の変遷 1874 年 ~1980 年の新聞記事を中心に 森理恵 ₁* Changes in the Term Kimono in 1870 s 1970 s Japan Rie MO

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報 文

近現代における「着物」の表記法とその意味の変遷

―1874年~1980年の新聞記事を中心に―

森  理恵

*

Changes in the Term “Kimono” in 1870’s–1970’s Japan

Rie MORI₁*

The purpose of this study was to clarify how the term kimono became popular as a way of referring to Japa-nese traditional clothing.

We collected articles from the Yomiuri and Asahi newspapers in which the term kimono in kanji, katakana, and hiragana were used by searching those words on their online databases, and analyzed them in order to find out the meaning of the word, as well as the sex and the nationality of the people who wore or possessed

kimono in the articles.

We found the following: Firstly, kimono once referred to clothing in general or nagagi (long garment), regardless of which sex it was meant for. Secondly, kimono came to mean Japanese traditional clothing in the ₁₉₀₀s after the word "kimono" was established in Western languages. Thirdly, the word "kimono" tended to be used for women while wafuku and nihonfuku were gender-neutral words. In addition, it became increasingly common to write kimono in hiragana in the ₁₉₆₀s, during which time the main consumers of kimono were women, who preferred that it be written that way.

Key words: kimono 着 物,Wafuku, traditional Japanese style clothing 和 服,Japanese clothing 日 本 服,

clothing 衣服,Western style clothing 洋服,Modern Japan 近代日本

所属機関名: 1日本女子大学 1Japan Women’s University, Tokyo, 112-8681 原稿受付:平成26年 5 月16日  原稿受理:平成27年 1 月30日 * To whom correspondence should be addressed  E-mail:[email protected]

1.問題の所在と目的

 今日,長着と帯の着装を基本とする服装は,日本の伝 統服₁)または民族服₂)であるとされ,「着物」,「和服」と 呼ばれている.「和服」は「和」(日本)の服という意味 だが,「着物」の語の成り立ちは「着る物」であり,「日 本の」や「伝統的な」という意味は含まれない.なぜ 「着物」が日本の伝統服・民族服の呼称となったのであろ うか.またそれはいつごろのことなのであろうか.  本稿では,近現代の「着物」という語について,語義 や表記法の面から検討し,その変遷を明らかにすること を目的とする.  近現代の着物(和服)については,様々な視点から多 くの研究がおこなわれている.しかしながら,着物(和 服)に対する呼称や,漢字で書くかカタカナで書くかひ らがなで書くかといった,表記法のあり方やその変遷に ついての研究は,管見の限りでは見つけることができな かった.

2.方 法

(1)国語辞典の記述の検討  用語を分析するに当たり,まず,国語辞典を参照し, 「着物」という語の定義の検討をおこなった.国語辞典 は,『日本国語大辞典』,『広辞苑』,『大辞泉』を使用し, あわせて『日本国語大辞典』で引用されていた『和英語 林集成』も参照した. (2)新聞記事データベース検索による記事の収集  読売新聞および朝日新聞のオンラインデータベース検 索により,両紙の創刊時より₁₉₈₀年までの「着物」「キモ ノ」「きもの」の語が見出しに使われている記事および広 告を収集した.データベースの性格から本文中の語の検 索はできないため,見出しのみを集計し,一つの記事ま たは広告につき ₁ 件と数えた.見出しや記事の中に該当

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(198) ₁₂ 語が複数回使用されている場合にも記事や広告全体で ₁ 件とした.ただし,読売新聞のデータベースでは,見出 しがない明治前半の記事については,新たに現代の言葉 で表現してつけられた見出しによる検索となるので,記 事を確認して検索語がない場合は削除した.なお,₁₉₈₀ 年までとしたのは,両データベースとも₈₀年代の途中か ら方式が変わっており,その前後を同じようにカウント できないという技術的な制約,および,明治,大正,昭 和戦前期を経て戦後の高度成長期,オイルショック(第 一次₁₉₇₃年,第二次₁₉₇₉年)までを見ることで,ある程 度歴史の流れをとらえることができると考えたためであ る.使用したデータベースは次のとおりである. ①読売新聞記事データベース「ヨミダス歴史館」  「明治・大正・昭和」₁₈₇₄~₁₉₈₀年   ₂₀₁₂年 ₃ 月~₂₀₁₄年 ₈ 月₁₀日アクセス ②朝日新聞記事データベース「聞蔵Ⅱ」  「朝日新聞縮刷版」₁₈₇₉~₁₉₈₀年   ₂₀₁₂年 ₃ 月~₂₀₁₄年 ₈ 月₁₀日アクセス (3)収集記事の分類  (₂)で収集した記事および広告について,(₁)の国語 辞典の検討から導かれた分類に従って整理し,集計した.  また,近現代の日本においては,女性よりも男性の洋 装化が早く進み,しだいに女性が和服の主な着用者と なっていったことから,着用者の性別が呼称や表記法に も影響しているのではないかと考え,記事における着用 者の性別を女性,男性,両性またはどちらとも言えない もの,に分類して集計した. (4)その他  「着物」「キモノ」「きもの」の使用法の定着を知るた め,「和服」「日本服」など関連する他の用語についても 同時期の読売新聞,朝日新聞のデータベースを検索,参 照した.

3.結 果

(1)国語辞典の記述の検討  新聞における「着物」の語を分析するに当たり,まず, 国語辞典における「着物」の定義を参照した.  『日本国語大辞典』(第 ₂ 版,₂₀₀₁年)の「着物・著物」 の項₃)には,「①身に着る物の総称.ころも.衣服.」, 「②日本古来の衣服.洋服に対していう.」とあり,①の 古例として「宇津保物語」の₁₇世紀前半の書写本にみら れる「きもの」というひらがな表記₄)が挙げられている. 一方,②の初出として挙げられているのは『和英語林集 成』(初版₁₈₆₇年)の「kimono キモノ 着物」で,この語 の説明の日本語訳が「日本人の着る長い衣服」として紹 介されている.②の例として次に紹介されているのは幸 田露伴「付焼刃」(₁₉₀₅年)中の,「銘仙の衣服に同じ羽 織」の「衣服」に「きもの」と振り仮名をつけた例であ る₅)  『広辞苑』(第 ₆ 版,₂₀₀₈年)の「着物」₆)では「①身体 に着るもの.衣服.」,「②特に,洋服に対して,和服の 称.」として,①の古例は日本書紀推古紀の中の「衣服」 に平安時代中期に「キモノ」と振り仮名をつけた例を挙 げている₇).②の使用例は特に挙げられていない.  『大辞泉』(第 ₂ 版,₂₀₁₂年)の「着物」₈)には「①から だに着るものの総称.衣服.②洋服に対して和服.特に 長着.」とある.先の二つの辞書には見られなかった, 「長着」の意味を特記している点が注目される.  ②の用法の初出が和英辞書であり,そこに「日本人の 着る長い衣服」と書かれていたとすると,英語で日本独 特の衣服を表わすに当たって,日本語で「着る物の総称」 である「着物」という語を流用して「kimono」と呼称 したことが②の用法の起源ではないかと推測することも できる.ただし,『和英語林集成』の原文は「Kimono, キ モ ノ,著 物,n. The long robe worn by the Japanese;

clothing」₉)となっており,直訳すると「日本人が着る長 いローブ,衣服」である.前半は,わざわざ「長い」と 記していることから,これは「日本古来の衣服」を指し たのではなく,日本人の着ている衣服の中でもとくに 「長い」衣服,つまり,長着を指したのではないだろう か.そして後半に「衣服」とあるのは現代の各辞書の挙 げる①の意味を採録したのではないだろうか.すなわち, 『和英語林集成』の「kimono」の項は「長着,衣服」と も解釈できるのである.さらに,『日本国語大辞典』の挙 げる「付焼刃」における「衣服(きもの)」は,洋服に対 する「日本古来の衣服」というよりもむしろ,羽織に対 する「長着」の意味である.『大辞泉』が②のなかに含め ている「長着」は第三の用法として独立させて考える必 要があるのではないだろうか.  以上のことを踏まえて本研究では,「着物」という語を 次のように分類して整理することとした.辞書より抽出 された分類として,衣服一般を指す場合,和服(日本古 来の衣服)を指す場合,長着を指す場合である.さらに, 調査の過程で衣服一般を指す用法の中に洋服を示す例が あることが判明したため,洋服を示す場合としてもう ₁ 項目を立て,合計 ₄ 分類とした. (2)両紙の記事および広告の見出しにおける「着物」「キ モノ」「きもの」の件数と割合の変遷  はじめに,表記法の件数と割合の変遷を確認した.読 売新聞では,「着物」₇₄₀件(記事₆₈₅,広告₅₅),「キモ ノ」₃₀₉件(記事₁₈₅,広告₁₂₄),「きもの」₁,₁₂₁件(記

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(199) ₁₃ 事₁₉₉,広告₉₂₂)が抽出された.記事と広告では傾向が 異なるので,それぞれについて見ていく.まず記事見出 し(図₁-₁-₁,₁-₁-₂)については,年代別の割合の推移 をみると,₁₉₀₀年代まではほとんどが「着物」であった が,₁₉₃₀年代にかけて徐々に少なくなり,₃₀年代には ₆ 割,₄₀年代には ₇ 割,₅₀年代には ₃ 割となるが,その後 また増加し,₆₀年代には ₄ 割,₇₀年代には ₅ 割強となっ ている.「キモノ」は₁₉₀₀年代に ₁ 件出現してから徐々に 増加し,₃₀年代には ₄ 割弱となるが,₄₀~₅₀年代には ₃ 割程度となり,その後は ₁ 割以下となる.「きもの」は₄₀ 年代まではわずかであったが,₅₀年代に急激に増加して ₄ 割,₆₀年代には ₅ 割となるが,₇₀年代には再び下降し ₃ 割 ₅ 分となる.一方,広告(図₁-₂-₁,₁-₂-₂)では, ある程度まとまった件数が抽出された₂₀年代以降,「着 物」は ₅ 割から徐々に下降して₆₀年代以降はわずかとな るが,「キモノ」は常に ₁ ~ ₂ 割を占め,「きもの」は ₃ 割から徐々に増加して₆₀年代以降は約 ₉ 割となる.  朝日新聞では,「着物」₄₂₆件(記事₄₁₆,広告₁₀),「キ モノ」₈₂件(記事₈₁,広告 ₁ ),「きもの」₁₄₃件(記事 ₁₂₂,広告₂₁)が抽出された.記事見出し(図₁-₃-₁, ₁-₃-₂)については,「着物」が多少の増減はあるものの ₄₀年代までは ₇ 割以上を保ち,₅₀年代には ₆ 割,₆₀年代 には ₃ 割 ₅ 分,₇₀年代には再び増加して ₅ 割となる.「キ モノ」は₁₉₁₀年代に出現し,₁₀年代と₃₀年代には ₂ 割程 度だが,その他は ₁ 割程度である.「きもの」は₄₀年代ま ではわずかであったが,₅₀年代には ₃ 割弱,₆₀年代には ₅ 割,₇₀年代には ₄ 割となる.なお,朝日新聞のデータ ベース検索では広告があまりヒットせず,件数が非常に 少ない(着物₁₀件,キモノ ₁ 件,きもの₂₁件)ので,数 値については分析せず,注目すべき使用例があった場合 にのみ本文中で取り上げることとする.  両紙で件数は異なるが,記事見出しについては,推移 図 1 .表記法別 年代毎の件数および割合 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 計 きもの 1 0 1 8 4 2 53 71 59 199 キモノ 0 1 6 31 78 8 37 11 13 185 着物 115 36 50 144 127 26 40 56 91 685 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 1-1-1. 読売記事 115 36 50 144 127 26 40 56 91 0 1 6 31 78 8 37 11 13 1 0 1 8 4 2 53 71 59 1-1-2. 読売記事件数推移 着物 キモノ きもの 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 計 きもの 0 0 0 4 13 52 173 332 348 922 キモノ 0 0 0 2 3 15 19 42 43 124 着物 0 0 1 6 11 17 9 4 7 55 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 1-2-1. 読売広告 1-2-2. 読売広告件数推移 0 0 1 6 11 17 9 4 7 0 0 0 2 3 15 19 42 43 0 0 0 4 13 52 173 332 348 着物 キモノ きもの 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 計 きもの 0 0 1 2 2 3 15 70 29 122 キモノ 0 0 7 12 30 5 7 14 6 81 着物 34 15 21 90 111 27 33 48 37 416 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 1-3-1. 朝日記事 34 15 21 90 111 27 33 48 37 0 0 7 12 30 5 7 14 6 0 0 1 2 2 3 15 70 29 1-3-2. 朝日記事件数推移 着物 キモノ きもの

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(200) ₁₄ の傾向はおおむね同様であると言える.両紙とも,発刊 当初より₄₀年代までは多い順に「着物→キモノ→きもの」 であるが,₃₀年代に「キモノ」の比率が比較的多いこと が共通している.その後,読売では₅₀年代に「きもの」 が急増して首位となり「きもの→着物→キモノ」となっ て₆₀年代まで続き,朝日では₅₀年代に「着物→きもの→ キモノ」,₆₀年代に「きもの→着物→キモノ」となるが, 両紙とも₇₀年代には再び「着物」がやや盛り返して「着 物→きもの→キモノ」となる(図₁-₁-₂,₁-₃-₂). (3)「着物」の用法と性別 1)「着物」の用法  「着物」のうち「衣服一般」に分類したのは,「着物の 手入れ」についての記事,「着物にかかる費用」として洋 服和服を含めた被服費を論じたものや,「着物の流行」と して洋服和服双方の流行を解説したものなどである.ガ ラス繊維の紹介や衣服の温熱環境についてなど科学的な 記事にも衣服一般の意味で「着物」が用いられている. 「着物泥棒」,「着物に火が燃え移って火事」のような例 は,記事を確認したうえで,和服か洋服か明記されてな い場合は「衣服一般」に分類した.「着物に火が燃え移っ て火事」というと長着を想像しがちであるが,実際には, 袴の裾や洋服のセーターの場合もあった.  洋服を対象とする例は,「着物より指輪 欧州の女性気 質」(読売₁₉₁₂年 ₅ 月₂₁日)のような外国の衣服について の記事,「人形の着物の作り方」(朝日₁₉₃₁年 ₅ 月₂₄日) のような洋服の作り方の実用記事などであるが,「好い着 物の誘惑」(読売₁₉₂₈年 ₈ 月₁₅日)と題する洋服をほし がった納豆売りの少年の話などもあった.  和服を表わす例は,和服の着こなしや流行を解説した 実用記事と,呉服店・百貨店の広告がほとんどであるが, 「[バンコクだより]着物姿で在留人応援」(読売₁₉₆₆年₁₂ 月₁₀日)のような外国での和服の記事もあった.  長着を表わす例は,事件の記事で詳しく読むと長着で あることが分かる例のほか,「初夏着の一揃い(略)着 物,羽織,帯,半襟」(読売₁₉₂₃年 ₅ 月₁₈日)のような商 品紹介記事や,和服のアイテム別に仕立賃を挙げた記事, 呉服店や百貨店の広告などに見られた.なお,和服関連 の広告については,和服全般を取り扱う店舗の広告で 「着物」とだけ記載している場合には和服全般を指すもの と判断して「和服」に分類し,「着物と帯」「着物,羽織, 長襦袢」などのようにアイテム名として記している場合 には「長着」に分類した.「キモノ」「きもの」について も同様である.  両紙の用例の年代別件数とその割合を図 ₂ に表わした. まず読売の記事(図₂-₁)では,衣服一般の意味は₁₉₄₀年 代までは ₄ ~ ₇ 割を占めていたが,₅₀年代には ₃ 割,₆₀ 年代には₁.₅割,₇₀年代には₀.₅割と急激に減少する.洋 服の意味は₂₀年代に₀.₅割( ₇ 件),₄₀年代には ₁ 割( ₃ 件)とやや多いが他はわずかである.和服の意味は₁₉₀₀ 年代までわずかであったが₁₀年代~₄₀年代には ₃ 割前後 になり,₅₀年代には ₅ 割,₆₀年代には ₇ 割,₇₀年代には ₉ 割と急激に増加する.長着の意味は₁₉世紀には ₃ 割, ₁₉₀₀年代には ₄ 割あったが,₁₀~₆₀年代には ₁ ~ ₂ 割で, ₇₀年代には₀.₅割となる.  読売の広告(図₂-₂)では,全体に件数が少なくはっき りした傾向は見られないが,₃₀~₄₀年代に長着の意味が 多く,₇₀年代に和服の意味が多い.洋服の意味に用いら れた例はなかった.  朝日(図₂-₃)では衣服一般が₁₉世紀にはほとんどすべ て,その後も₁₉₄₀年代までは ₅ ~ ₈ 割を占めていたが, ₅₀年代以降急激に減少し,₇₀年代には ₁ 割以下となる. 図 2 .「着物」年代毎の意味別件数および割合 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 83 18 23 61 61 14 14 7 5 286 洋服 0 2 2 7 3 3 2 1 0 20 和服 2 2 17 48 38 6 19 41 81 254 長着 30 14 8 28 24 3 5 7 5 124 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 2-1. 読売 記事「着物」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 1 0 2 3 2 0 8 洋服 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 和服 0 0 1 4 1 1 3 2 6 18 長着 0 0 0 1 10 14 3 0 1 29 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 2-2. 読売 広告「着物」 1879 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 33 13 16 59 57 18 11 12 3 222 洋服 0 0 1 3 8 1 0 1 0 14 和服 0 2 4 20 22 5 22 33 34 142 長着 1 0 0 8 24 3 0 2 0 38 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 2-3. 朝日 記事「着物」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 83 18 23 61 61 14 14 7 5 286 洋服 0 2 2 7 3 3 2 1 0 20 和服 2 2 17 48 38 6 19 41 81 254 長着 30 14 8 28 24 3 5 7 5 124 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 2-1. 読売 記事「着物」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 1 0 2 3 2 0 8 洋服 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 和服 0 0 1 4 1 1 3 2 6 18 長着 0 0 0 1 10 14 3 0 1 29 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 2-2. 読売 広告「着物」 1879 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 33 13 16 59 57 18 11 12 3 222 洋服 0 0 1 3 8 1 0 1 0 14 和服 0 2 4 20 22 5 22 33 34 142 長着 1 0 0 8 24 3 0 2 0 38 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 2-3. 朝日 記事「着物」

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(201) ₁₅ 洋服は₃₀年代に ₁ 割弱( ₈ 件)見られるが他はわずかで ある.和服の意味は₁₉₀₀年代には ₁ 割,₂₀~₄₀年代は ₂ ~ ₃ 割であったが,₅₀年代以降増加して₇₀年代には ₉ 割となる.長着の意味は₂₀~₄₀年代に ₁ ~ ₂ 割見られる が他の時期にはほとんど見られない.  記事においては両紙とも,衣服一般の意味がしだいに 減少し,和服の意味がしだいに増加するという傾向が見 られた. 2)「着物」の性別  ₁)の結果のそれぞれにつき,性別の内訳を見た.読売 の記事について,まず衣服一般の意味(図₃-₁)を見る と,₁₉世紀には男性の意味が約 ₅ 割,₁₉₀₀年代には女性, 男性,両性またはどちらとも言えないもの,が拮抗して いるが,₁₀年代には両性が ₈ 割で他は少し,₂₀~₃₀年代 には女性と両性が拮抗して男性は少し,₄₀~₅₀年代には 再び両性が ₈ 割で他は少し,₆₀年代以降は全体の件数が わずかになる.洋服の意味(図₃-₂)は全体の件数が少な いが,全体にやや女性が多い.和服の意味(図₃-₃)で は,まとまった件数が見られるようになる₁₉₁₀年代以降, ずっと女性に偏っている.ただし₂₀~₃₀年代には男性 ₁ 割,両性は ₂ 割見られる.長着の意味(図₃-₄)では,₁₉ 世紀に女性と男性が₁₀対₁₇と比較的拮抗しているが,以 後は女性に大きく偏っている.  読売新聞の広告では,すべての意味において男性の件 数は ₀ ,両性またはどちらとも言えないものも各期 ₀ ~ ₄ 件で,ほとんどが女性向けであった(女性以外が少数 のため図は省略).  朝日新聞については,衣服一般(図₄-₁)は,₁₉世紀に は三者が拮抗しており,₁₉₀₀年代には男性と両性が約 ₅ 割,₁₀~₅₀年代には両性が過半数を占め,女性男性は ₁ ~ ₂ 割程度となるが,₆₀年代には再び三者が拮抗して いる.洋服(図₄-₂)は全体の件数が少ないが,そのなか では女性が多い.和服(図₄-₃)はまとまった件数が見ら れるようになる₂₀年代以降,ずっと女性が多く他はわず かである.長着(図₄-₄)は,まとまった件数の見られる ₂₀年代と₃₀年代には女性に偏っている.  両紙を通じて,衣服一般の意味で男性と,両性または どちらとも言えないものが多く,洋服,和服,長着の意 味で女性が多いという傾向を指摘できる.また総合的に 年代による変化を見ると,男性の意味が次第に少なくな り,女性の意味が次第に多くなる. (4)「キモノ」の用法と性別 1)「キモノ」の用法  両紙の用例の年代別件数とその割合を図 ₅ に表わした. 両紙とも,カタカナ表記の「キモノ」は₁₉₁₀年代までほ とんど存在しない.まず読売の記事(図₅-₁)では,₁₉₀₆ 年 ₁ 月₃₁日の「ミカンの皮をむく外国人の日本語ミカン  キモノ サヨナラ」で,外国人に親しまれた日本語の単 語の例として「キモノ」が挙げられているが,これは衣 0 5 10 15 20 25 30 35 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 17 8 6 21 20 3 5 7 5 男 10 2 2 4 1 0 0 0 0 両 3 4 0 3 3 0 0 0 0 3-4. 読売 記事「着物」 長着 0 20 40 60 80 100 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 2 14 33 25 3 18 36 68 男 0 0 0 6 4 1 1 2 9 両 2 0 3 9 9 2 0 3 4 3-3. 読売 記事「着物」 和服 0 1 2 3 4 5 6 7 8 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 1 3 3 2 2 1 0 男 0 1 0 2 0 0 0 0 0 両 0 1 1 2 0 1 0 0 0 3-2. 読売 記事「着物」 洋服 0 20 40 60 80 100 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 28 7 3 18 27 2 3 5 3 男 45 6 1 7 1 0 1 1 0 両 10 5 19 36 33 12 10 1 2 3-1. 読売 記事「着物」 衣服一般 図 3 .読売 記事「着物」それぞれの意味の性別 年代毎の件数

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(202) ₁₆ 服一般の意味と思われる.₁₉₀₀年代はこの ₁ 件のみであ る.その後,₁₀年代には物価高の記事と「こどものしん ぶん」で漢字をカナ書きにしたと思われるものの ₂ 件が あり,₂₀年代には衣服の手入れの記事など ₂ 割,₃₀年代 にもやはり手入れの記事などが ₁ 割見られるが,以後は ₅₀年代に ₁ 件のみである.洋服は「帽子とキモノ」など 着こなし記事で₂₀年代に ₂ 割弱( ₅ 件)見られるが,他 は ₀ ~ ₃ 件である.和服は₁₀年代に ₄ 件出現して以降, ₂₀年代には ₅ 割,₃₀年代 ₇ 割,₄₀年代以降は ₉ ~₁₀割と なる.₁₀年代は ₄ 件のうち ₂ 件がアメリカ人が和服を着 たという記事, ₁ 件が外国向けの贈物に「日本キモノの 人形を」という記事, ₁ 件が絵画のタイトルである. ₂₀~₃₀年代も「初めてキモノを着た米国生まれの娘達が 白木屋で」(₁₉₂₄年 ₃ 月₁₅日),「泰国で邦品見本市 ミス 泰にはキモノの贈物」(₁₉₃₉年₁₁月 ₅ 日)など外国人が和 服を着たという記事が多いが,₃₀年代にはこれに女性向 け和服着こなし記事での用例が加わり,急増する.₄₀~ ₅₀年代も「憧れのキモノなし 都大路を乗り回すジープ の米将校」(₁₉₄₅年 ₉ 月 ₄ 日),「キモノ地でドレスをつく る ラピエール氏のショウから」(₁₉₅₃年 ₃ 月 ₃ 日)な ど,外国人が和服を着たり見たりしたという記事と,着 こなし記事である.一方,₅₀年代後半には,「キモノ・ ショー」の記事が ₂ 件(₁₉₅₆年₁₂月₂₅日,₅₈年 ₅ 月₂₈ 日),「盛んなキモノ・ブーム」という記事もみられる (₁₉₅₉年₁₂月₁₇日).長着は₃₀年代に仕立て方の記事など が ₂ 割弱みられるほか,他は ₀ ~ ₃ 件である.  読売新聞の広告(図₅-₂)では,衣服一般の意味が₄₀年 代に ₅ 件,長着の意味が₆₀年代に ₁ 件みられるのみで, 他はすべて和服の意味で,雑誌名などである.洋服の意 味は ₀ 件であった.  朝日新聞の記事(図₅-₃)では,衣服一般の意味が₂₀~ ₄₀年代に ₂ 件ずつ,長着の意味が₁₀,₂₀,₄₀年代に ₁ 件 ずつ見られる以外はすべて和服である.和服の意味では, ₁₀年代に「欧米上流社会にキモノと手拭の流行」(₁₉₁₃年 ₁₂月 ₃ 日)のように外国で和服が流行っているという記 事や来日した王族などが和服を買って帰ったという記事 など ₅ 件が見られ,₂₀~₃₀年代にも「ヒトラー・ユーゲ ント 優しい日本の「母」綺麗なキモノ」(₁₉₃₈年 ₈ 月₂₇ 日)など外国人が和服を着たり買ったりしたという記事 が多い.₅₀年代以降は,外国人関連の記事に加えて,「キ モノ・ショー」の告知や成人式で和服を禁止したという 記事などが加わる.  両紙とも,外国人関連の記事が多いということと,₃₀ 年代以降,和服に大きく偏っていることが指摘できる. 2)「キモノ」の性別  読売新聞の記事について,それぞれの意味の性別を図 ₆ に示した.衣服一般(図₆-₁)では全体的に少数ながら 両性が女性よりやや多く,男性は ₀ 件である.洋服(図 ₆-₂)も少数であるが,女性が多く,男性,両性は ₁ 件ず つである.和服(図₆-₃)の意味はほとんど女性で男性は 0 5 10 15 20 25 30 1879-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 1 0 0 5 18 0 0 2 0 男 0 0 0 2 0 1 0 0 0 両 0 0 0 1 6 2 0 0 0 4-4. 朝日 記事「着物」 長着 0 5 10 15 20 25 30 35 40 1879-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 2 0 16 20 4 20 30 30 男 0 0 1 0 0 0 1 2 2 両 0 0 3 4 2 1 1 1 2 4-3. 朝日 記事「着物」 和服 0 2 4 6 8 10 1879-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 2 7 0 0 1 0 男 0 0 1 1 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 1 1 0 0 0 4-2. 朝日 記事「着物」 洋服 0 10 20 30 40 50 60 70 1879-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 10 1 2 9 14 1 2 4 1 男 9 6 3 14 5 0 1 4 0 両 14 6 11 36 38 17 8 4 2 4-1. 朝日 記事「着物」 衣服一般 図 4 .朝日 記事「着物」それぞれの意味の性別 年代毎の件数

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(203) ₁₇ ₃₀年代に ₃ 件と₅₀年代に ₁ 件,両性は₃₀年代に ₅ 件と₄₀ 年代に ₁ 件あるのみである.長着(図₆-₄)はすべて女性 である.  読売新聞の広告では,衣服一般の意味(図₇-₁)は₄₀年 代に ₅ 件あるが女性 ₁ と両性 ₄ ,和服の意味(図₇-₂)は 全₁₁₈件中ほとんどが女性で男性は₅₀年代に ₁ 件のみ,両 性は₂₀年代に ₁ 件,₄₀年代に ₈ 件,₅₀年代に ₁ 件である. 長着は₆₀年代の ₁ 件のみで女性である(図は省略).  朝日新聞の記事については,衣服一般(図₈-₁)は₂₀年 代と₃₀年代に女性と両性が ₁ 件ずつ,₄₀年代に両性が ₂ 件である.和服(図₈-₂)はほとんどが女性で,男性は₂₀ 年代 ₃ 件,₃₀年代 ₅ 件,₆₀年代 ₁ 件,両性は₅₀年代と₆₀ 年代に ₁ 件ずつである.長着は₁₀年代の ₁ 件は男性,₂₀ 年代と₄₀年代の ₁ 件は女性である(図は省略).  両紙ともに衣服一般の意味では両性が女性よりやや多 いが,和服,長着ではほとんどが女性用についての記 事・広告である.男性は和服でわずかに見られるのみで あった.年代による変化はとくに認められない. (5)「きもの」の用法と性別 1)「きもの」の用法  両紙とも記事では₁₉₄₀年代まで,ひらがな表記の「き もの」は件数が非常に少なく,しかも用例が,文学や美 術のタイトル,子ども向けの記事,子ども服の記事,女 性向け着こなし記事などに限られていた.  両紙の用例の年代別件数とその割合を図 ₉ に表わした. まず読売の記事(図₉-₁)では,衣服一般は全体の ₁ 割ほ どで,₁₉世紀の ₁ 件は文学のタイトル,₁₀年代の ₁ 件は 子ども向け教養記事,₂₀年代の ₅ 件は着こなし記事 ₄ 件 とジョン・パリスのジャポニスム小説『きもの』の批評, ₄₀年代は「きものの歴史展」に関する記事 ₂ 件,₅₀年代 の ₆ 件は衣類の防虫,子ども向け科学記事,着こなし, 図書のタイトル,₆₀年代の ₆ 件も図書のタイトルや科学 記事である.洋服は₅₀年代と₆₀年代に ₂ 件見られるが, 子ども服,婦人服の着こなしや洋装下着についての記事 である.和服は₂₀年代に ₂ 件(着こなしと文学のタイト ル),₃₀年代に ₂ 件(着こなし),₄₀年代は ₀ 件であった が,₅₀年代以降は急増し,「働きよいきものの工夫」 (₁₉₅₃年 ₂ 月 ₆ 日),「お正月のきもの 化繊で工夫しよ う」(₁₉₅₆年₁₂月₂₀日)といった着こなしの記事が多くみ られるようになる.₅₀~₆₀年代には相次ぐ「きもの ショー」の開催(₁₉₅₁年 ₃ 月₂₁日,₅₅年 ₅ 月₁₂日,₁₁月 ₁₁日,₅₇年 ₃ 月₁₃日,₅₈年 ₆ 月₁₆日, ₈ 月₂₂日,₆₀年 ₃ 月₂₂日,₆₄年 ₁ 月₂₂日, ₂ 月₁₉日, ₂ 月₂₃日,₁₀月₂₂ 日),₅₈年には「ウールきものブーム」という記事もみら れ( ₉ 月₂₆日),和装産業の盛り上がりをうかがわせる. ₇₀年代には「きものショー」にかわって「きものの女王」 「ミスきもの」などの記事がみられる(₁₉₇₁年₁₁月 ₆ 日, ₁₂月₂₆日,₇₃年 ₁ 月₁₃日,₇₅年₁₁月 ₅ 日,₈₀年 ₆ 月 ₉ 日, ₈₀年 ₈ 月 ₅ 日).長着は₂₀年代以降,着こなしの記事がわ ずかに見られるのみである.  読売新聞の広告(図₉-₂)では,衣服一般の意味が₅₀年 代に ₂ 件,₆₀年代に ₃ 件見られるが,図書とテレビ番組 のタイトルである.洋服は₄₀年代には ₆ 割,₅₀~₆₀年代 にもまとまった数が見られるが,すべて『私のきもの』 (現『モード・エ・モード』)など,洋服専門の雑誌と図 書の広告である.和服は,₂₀年代の ₄ 件はすべて,先述 のジョン・パリスのジャポニスム小説『きもの』の広告 であるが,₃₀年代以降はほとんどが呉服店,百貨店の広 告で,₅₀~₆₀年代にはこれが劇的に増加して各百貨店の 和服の広告が毎週のように登場する事態となり,₇₀年代 にはさらに着付け教室の広告が加わる.「きもの」の広告 図 5 .「キモノ」年代毎の意味別件数および割合 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 1 2 6 7 0 1 0 0 17 洋服 0 0 0 5 3 0 2 0 0 10 和服 0 0 4 17 55 8 34 10 13 141 長着 0 0 0 3 13 0 0 1 0 17 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 5-1. 読売 記事「キモノ」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 0 0 5 0 0 0 5 洋服 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 和服 0 0 0 2 3 10 19 41 43 118 長着 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 5-2. 読売 広告「キモノ」 1879 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 2 2 2 0 0 0 6 洋服 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 和服 0 0 6 9 28 2 7 14 6 72 長着 0 0 1 1 0 1 0 0 0 3 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 5-3. 朝日 記事「キモノ」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 1 2 6 7 0 1 0 0 17 洋服 0 0 0 5 3 0 2 0 0 10 和服 0 0 4 17 55 8 34 10 13 141 長着 0 0 0 3 13 0 0 1 0 17 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 5-1. 読売 記事「キモノ」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 0 0 5 0 0 0 5 洋服 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 和服 0 0 0 2 3 10 19 41 43 118 長着 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 5-2. 読売 広告「キモノ」 1879 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 2 2 2 0 0 0 6 洋服 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 和服 0 0 6 9 28 2 7 14 6 72 長着 0 0 1 1 0 1 0 0 0 3 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 5-3. 朝日 記事「キモノ」

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(204) ₁₈ に前述の「きものショー」などの記事を合わせると, ₅₀~₆₀年代の和装産業の隆盛が非常によくわかる結果と なった.長着は₃₀年代以降,呉服店,百貨店の広告が見 られ,和服ほどではないが₅₀~₆₀年代に増加し,₇₀年代 にはやや減少している.  朝日新聞の記事(図₉-₃)では,衣服一般の意味は非常 に少なく,₄₀~₆₀年代に各期 ₁ ~ ₂ 件見られるのみであ る(図書のタイトルと子ども服).洋服は₂₀年代と₅₀年代 0 10 20 30 40 50 60 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 4 17 47 7 33 10 11 男 0 0 0 0 3 0 1 0 2 両 0 0 0 0 5 1 0 0 0 6-3. 読売 記事「キモノ」 和服 0 1 2 3 4 5 6 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 5 2 0 1 0 0 男 0 0 0 0 0 0 1 0 0 両 0 0 0 0 1 0 0 0 0 6-2. 読売 記事「キモノ」 洋服 0 1 2 3 4 5 6 7 8 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 4 2 0 1 0 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 1 2 2 5 0 0 0 0 6-1. 読売 記事「キモノ」 衣服一般 0 5 10 15 20 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 計 女 0 0 0 3 13 0 0 1 0 17 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 6-4. 読売 記事「キモノ」 長着 図 6 .読売 記事「キモノ」それぞれの意味の性別 年代毎の件数 0 10 20 30 40 50 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 1 3 2 17 41 43 男 0 0 0 0 0 0 1 0 0 両 0 0 0 1 0 8 1 0 0 7-2. 読売 広告「キモノ」 和服 0 1 2 3 4 5 6 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 0 0 1 0 0 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 4 0 0 0 7-1. 読売 広告「キモノ」 衣服一般 図 7 .読売 広告「キモノ」それぞれの意味の性別 年代毎の件数 0 5 10 15 20 25 30 1879-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 6 6 23 2 6 12 6 男 0 0 0 3 5 0 0 1 0 両 0 0 0 0 0 0 1 1 0 8-2. 朝日 記事「キモノ」 和服 0 0.5 1 1.5 2 2.5 1879-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1879-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 1 1 0 0 0 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 1 1 2 0 0 0 8-1. 朝日 記事「キモノ」 衣服一般 図 8 .朝日 記事「キモノ」それぞれの意味の性別 年代毎の件数

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(205) ₁₉ に ₁ 件ずつで子ども向けの記事と着こなし記事である. 和服は₂₀~₄₀年代は ₁ ~ ₂ 件であったが(タイトル等), ₅₀~₆₀年代に和服の着こなし記事が急増し,「きものと 私」,「きもの問答」,「きものコンサルタント」といった 連載も見られる.朝日でも読売と同様に「きものショー」 の記事が散見され(₁₉₅₅年 ₃ 月₁₁日,₅₈年 ₅ 月₁₄日,₅₉ 年 ₄ 月₂₉日,₆₅年 ₉ 月₁₈日),₆₁年には「きもの流行」と いう文言もみられる( ₉ 月₁₂日).一方,₇₀年代にはすべ ての記事が和服の意味となるが,件数は減少する.長着 の意味は₁₀年代に ₁ 件のみである.なお,朝日新聞では 記事の用例がほとんどない₁₉₀₀年代と₂₀年代に ₃ 件と ₄ 件の広告が見られる.₁₉₀₀年代の ₃ 件は呉服店の長着の 広告であり,₂₀年代の ₄ 件は先述のジョン・パリスの ジャポニスム小説『きもの』の広告である.  両紙とも,記事についてはほとんどが和服の意味であ り,広告については ₇ 割が和服, ₂ 割強が長着で他はわ ずかである.₄₀年代までは件数が少ないのでとくに傾向 は認められないが,₅₀年代以降は和服が年を追って増加 している. 2)「きもの」の性別  読売新聞の記事について,それぞれの意味の性別を図 ₁₀に示した.衣服一般(図₁₀-₁)では, ₃ 件以上見られ る₂₀年代,₅₀年代,₆₀年代では女性と両性がそれぞれ ₂ 件対 ₃ 件, ₄ 件対 ₂ 件, ₂ 件対 ₄ 件となっており,特に 偏りはない.男性は₁₉世紀の ₁ 件のみである.洋服(図 ₁₀-₂)は女性 ₃ 件と両性 ₁ 件,和服の意味(図₁₀-₃)は ほとんど女性で他はわずか,長着(図₁₀-₄)はすべて女 性である.  読売新聞の広告では,衣服一般の意味(図₁₁-₁)は女 性 ₁ 件と両性 ₄ 件である.洋服(図₁₁-₂)はほとんどが 女性で両性はわずかである.和服の意味(図₁₁-₃)もほ とんど女性であるが,男性は₆₀年代に ₁ 件と₇₀年代に ₂ 件,両性は₄₀年代以降も ₁ ~ ₂ 割みられる.長着(図 ₁₁-₄)は登場する₃₀年代以降,やはりほとんど女性であ るが,両性が₆₀~₇₀年代には ₂ 割弱である.男性は見ら れない.  朝日新聞の記事については,女性以外が少数なので図 は省略する.衣服一般は₄₀年代以降 ₄ 件見られるがすべ て両性,洋服は₂₀年代の ₁ 件が男性,₅₀年代の ₁ 件が女 性,和服はほとんどが女性で,男性は₂₀年代 ₃ 件,₃₀年 代 ₅ 件,₆₀年代 ₁ 件,両性は₅₀年代と₆₀年に ₁ 件ずつで ある.長着は₁₀年代に ₁ 件で女性である.  両紙ともに衣服一般では女性より両性がやや多く,和 服と長着ではほとんどが女性であった.洋服はまとまっ た数の見られる広告ではほとんどが女性であった. (6)和服をあらわす他の用語 1)「和服」,「日本服」  「和服」という語は,「警察巡査に休日の和服着用を許 可」(朝日₁₈₇₉年₁₀月₂₅日)のように,当然であるが,洋 服に対する和服という意味で用いられている.「英語教師 の鳩山春子が和服裁縫を習熟」(読売₁₈₉₄年 ₇ 月₁₂日)な ど,「和服裁縫」という表現もよく使われていた.  「日本服」という語は,外国の服に対する日本の服とい う意味合いで用いられるが,「和服」との区別は明確でな く,見出しに「和服」あるいは「日本服」と出ていても, 記事のなかでは両者が混用されている場合もあった.た だし,₆₀年代には,輸出用の日本製の洋服にも「日本服」 という語が用いられていた.また,「和服」に比べ,家庭 欄での用例が少なく,外国の衣服との比較,和服の改良 論や「日本人は何を着るべきか」といった議論などで用 いられやすい傾向にあった.  「和服」「日本服」については,洋服を指している記事 図 9 .「きもの」年代毎の意味別件数および割合 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 1 0 1 5 0 2 6 6 0 21 洋服 0 0 0 0 0 0 2 2 0 4 和服 0 0 0 2 2 0 38 62 59 163 長着 0 0 0 1 2 0 7 1 0 11 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 9-1. 読売 記事「きもの」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 0 0 0 2 3 0 5 洋服 0 0 0 0 0 31 11 12 0 54 和服 0 0 0 4 7 9 94 232 290 636 長着 0 0 0 0 6 12 66 85 58 227 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 9-2. 読売 広告「きもの」 1879 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 0 0 2 1 1 0 4 洋服 0 0 0 1 0 0 1 0 0 2 和服 0 0 0 1 2 1 13 69 29 115 長着 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 9-3. 朝日 記事「きもの」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 1 0 1 5 0 2 6 6 0 21 洋服 0 0 0 0 0 0 2 2 0 4 和服 0 0 0 2 2 0 38 62 59 163 長着 0 0 0 1 2 0 7 1 0 11 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 9-1. 読売 記事「きもの」 1874 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 0 0 0 2 3 0 5 洋服 0 0 0 0 0 31 11 12 0 54 和服 0 0 0 4 7 9 94 232 290 636 長着 0 0 0 0 6 12 66 85 58 227 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 広 告 件 数 割 合 9-2. 読売 広告「きもの」 1879 -1900 1901 -1910 1911 -1920 1921 -1930 1931 -1940 1941 -1950 1951 -1960 1961 -1970 1971 -1980 計 衣服一般 0 0 0 0 0 2 1 1 0 4 洋服 0 0 0 1 0 0 1 0 0 2 和服 0 0 0 1 2 1 13 69 29 115 長着 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 記 事 件 数 割 合 9-3. 朝日 記事「きもの」

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(206) ₂₀ を除き,図₁₂と図₁₃に,両紙の年代別の件数とその性別 の内訳を示し,さらに「着物」「キモノ」「きもの」のう ち,和服の意味で用いられた記事だけをとりだして,「和 服」「日本服」とともに,件数の移り変わりを図₁₄,₁₅に 表わした.広告は省いた.  「和服」(図₁₂-₁,₁₃-₁)は,「着物」と同様に全期間を 0 10 20 30 40 50 60 70 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 1 2 0 36 54 47 男 0 0 0 0 0 0 0 2 1 両 0 0 0 1 0 0 2 6 11 10-3. 読売 記事「きもの」 和服 0 1 2 3 4 5 6 7 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 2 0 0 4 2 0 男 1 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 1 3 0 2 2 4 0 10-1. 読売 記事「きもの」 衣服一般 0 1 2 3 4 5 6 7 8 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 1 2 0 7 1 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10-4. 読売 記事「きもの」 長着 0 0.5 1 1.5 2 2.5 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 0 0 0 1 2 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 0 1 0 0 10-2. 読売 記事「きもの」 洋服 図10.読売 記事「きもの」それぞれの意味の性別 年代毎の件数 通じて万遍なく使用され,₃₀年代には両紙で,₅₀年代に は読売で多くなっている.₅₀年代以降は,多くが女性向 けの着こなし記事である.₅₀~₆₀年代には「和服ブーム」 という用語もしばしばみられた(読売₁₉₅₇年 ₁ 月 ₁ 日, ₆₇年₁₁月₂₄日,₆₉年 ₃ 月 ₁ 日,₇₀年 ₁ 月 ₆ 日,朝日₆₈年 ₁₂月 ₆ 日). 0 20 40 60 80 100 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 0 6 11 65 69 49 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 1 1 16 9 11-4. 読売 広告「きもの」 長着 0 50 100 150 200 250 300 350 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 4 2 7 82 200 222 男 0 0 0 0 0 0 0 1 2 両 0 0 0 0 5 2 12 31 66 11-3. 読売 広告「きもの」 和服 0 5 10 15 20 25 30 35 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 0 0 29 9 11 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 2 2 1 0 11-2. 読売 広告「きもの」 洋服 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 0 0 0 0 0 1 0 0 男 0 0 0 0 0 0 0 0 0 両 0 0 0 0 0 0 1 3 0 11-1. 読売 広告「きもの」 衣服一般 図11.読売 広告「きもの」それぞれの意味の性別 年代毎の件数

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(207) ₂₁  「日本服」(図₁₂-₂,₁₃-₂)は全体の件数が少なく,両 紙共に₅₀年代以降は和服の意味での用例は見られなかっ た.₁₀年代の読売で女性が多いのは,女性の和服改良論 であり,₃₀年代の朝日で男女が多いのは朝日新聞社が戦 時下の「新日本服」を募集したためである.  和服の意味で使用された「着物」「キモノ」「きもの」 が女性に大きく偏っていたのに対し,「和服」と「日本 服」の特徴は男性の使用例が比較的多く,性別のばらつ きが少ないことである.和服の主な消費者が女性となっ た₁₉₆₀~₇₀年代においても,男性の和服着用に関する記 0 2 4 6 8 10 12 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 3 3 10 4 4 0 0 0 0 男 2 4 1 1 1 0 0 0 0 両 0 1 0 2 0 2 0 0 0 12-2. 読売 記事「日本服」 0 20 40 60 80 100 120 140 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 3 3 4 32 62 20 110 79 48 男 10 3 3 9 9 1 5 8 10 両 8 3 12 23 29 15 7 2 13 12-1. 読売 記事「和服」 図12.読売 記事「和服」「日本服」の性別件数の推移 0 10 20 30 40 50 60 70 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 0 1 4 7 36 16 30 31 36 男 3 3 12 8 20 2 3 6 5 両 1 2 4 6 7 3 5 3 4 13-1. 朝日 記事「和服」 0 5 10 15 20 1874-1900 1911-1920 1931-1940 1951-1960 1971-1980 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 女 2 3 4 2 6 0 0 0 0 男 2 4 3 1 6 0 0 0 0 両 2 0 0 0 5 3 0 0 0 13-2. 朝日 記事「日本服」 図13.朝日 記事「和服」「日本服」の性別件数の推移 図14.読売 記事 和服の意味の「着物」「キモノ」「きもの」と「和服」「日本服」の比較 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 着物 2 2 17 48 38 6 19 41 81 キモノ 0 0 4 17 55 8 34 10 13 きもの 0 0 0 2 2 0 38 62 59 着物・キモノ・きものの合計 2 2 21 67 95 14 91 113 153 和服 21 9 19 64 100 36 122 89 71 日本服 5 8 11 7 5 0 0 0 0 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 記 事 件 数

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(208) ₂₂ 事では,「着物」が読売₁₆件,朝日 ₄ 件,「キモノ」が読 売 ₂ 件,朝日 ₁ 件,「きもの」が読売 ₃ 件,朝日 ₁ 件に対 し,「和服」は読売₂₃件,朝日₂₆件となっている.とく に,「和服姿の牧野内府や朝野の名士を迎えて 開会第 ₄ 日目の名宝展」(読売₁₉₃₀年 ₄ 月₂₃日),「田中大尉 和服 姿で拳銃」(朝日₁₉₃₆年₁₀月₂₀日),「和服姿,元気に会見  横井さん」(読売₁₉₇₂年 ₂ 月 ₅ 日),和装産地の男性議員 たちが和服を着たという「和服市会,あす開会」(読売 ₁₉₇₉年 ₂ 月₂₂日)など,男性の政治家や有名人が和服を 着たという場合には,たいてい「和服」が使われている. また,₁₉₆₇年に「若い男性に和服ブーム」(読売₁₁月₂₄ 日),₆₈年に「男物和服ブーム」(朝日₁₂月 ₆ 日)という 3% 97% 読売着物 外国 その他 31% 69% 読売キモノ 外国 その他 9% 91% 読売きもの 外国 その他 44% 56% 読売日本服 外国 その他 6% 94% 読売和服 外国 その他 図16.読売 各語の外国人関係記事件数の割合 図15.朝日 記事 和服の意味の「着物」「キモノ」「きもの」と「和服」「日本服」の比較 1874-1900 1901-1910 1911-1920 1921-1930 1931-1940 1941-1950 1951-1960 1961-1970 1971-1980 着物 0 2 4 20 22 5 22 33 34 キモノ 0 0 6 9 28 2 7 14 6 きもの 0 0 0 1 2 1 13 69 29 着物・キモノ・きものの合計 0 2 10 30 52 8 42 116 69 和服 4 6 20 21 63 21 38 40 45 日本服 6 7 7 3 17 1 0 0 0 0 20 40 60 80 100 120 140 記 事 件 数

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(209) ₂₃ 記事があったがいずれも用語は「和服」である.  また,図₁₄,₁₅からは,全期間を通じて,和服を表わ す言葉としては「和服」がよく用いられており,それに 続く語として「着物」があること,また,「日本服」は初 期には用いられたがやがて用いられなくなり,「キモノ」 は₂₀~₃₀年代にはよく用いられたがその後は減少,「きも の」は₆₀年代以降,「和服」「着物」とともによく用いら れていることがわかる.  さらに,両紙の記事について,外国人が和服を着たり 見たりしたという記事の,ぞれぞれの語の中での割合を 求めたところ,図₁₆と図₁₇のようになった(広告はのぞ く).その結果,「着物」「きもの」「和服」では外国人関 連の記事の割合が ₃ ~₁₃%であるのに対し,「キモノ」は 読売で ₃ 割,朝日では ₅ 割,「日本服」は読売で ₄ 割,朝 日で ₆ 割にも上ることがわかった. 2)その他の用語  両紙ともに,₁₉₁₀年代ごろまで,衣服一般の意味や長 着の意味では「着物」のほかに,「衣類」「着類」「衣物」 「衣服」もよく用いられており,これらに「キモノ」また は「きもの」とルビが振られている場合もあった.  長着の場合には,総称ではなく,「薩摩絣」「縮緬」「単 物」「女袷」など,生地や仕立て方の名称で表現されてい る例も散見された.演劇等の題名でなく一般的な長着の 意味での「小袖」も₁₉₂₀年代まで見られた.

4.考 察

(1)表記法 1)「キモノ」  以上の結果より,まず,漢字・カタカナ・ひらがなの 表記法については,次のようなことが言える.本稿の対 象とする₁₉世紀末~₁₉₇₀年代までにおいては,漢字表記 の「着物」が全期間万遍なく用いられているが,₃₀年代 には「キモノ」が比較的よく用いられ,₅₀年代以降は 「きもの」が,時には「着物」以上によく用いられている ことがわかった.この背景には何があるのだろうか.  日本では明治期以降,常に漢字制限や仮名表記の問題 が教育界および産業界の課題としてあり続けているが, ₁₉₂₀年代よりカタカナ専用論やローマ字採用論が盛んと なり,₂₃年には政府の臨時国語調査会より「常用漢字表」 が発表され,その後,₄₂年には標準漢字表,₄₆年には現 代かなづかい,当用漢字表が発表された₁₀).しかし,「着 物」は一度も漢字制限の対象となったことはなく,難読 語でもないので,新聞記事作成の目安ともなる『記者ハ ンドブック』₁₁)ではそもそも取り上げられず,『用字用語 必携』では「着物」と漢字表記が挙げられており₁₂)「漢 字でも仮名書きでもよいと思われるもの」にはなってい ない.マニュアルどおりであれば「着物」と書くべきと ころをわざわざ「キモノ」や「きもの」とするのはなぜ か.  ₃₀年代を中心に両紙で「キモノ」が目立つのは,ある 4% 96% 朝日着物 外国 その他 51% 49% 朝日キモノ 外国 その他 3% 97% 朝日きもの 外国 その他 13% 87% 朝日和服 外国 その他 61% 39% 朝日日本服 外国 その他 図17.朝日 各語の外国人関係記事件数の割合

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(210) ₂₄ いは同時期のカタカナ専用論の影響があるのかもしれな い.カタカナ専用を目指して₁₉₂₀年に設立された仮名文 字協会(₂₄年にカナモジカイと改称)は,機関誌「カナ ノヒカリ」を発行し,₂₀年代~₃₀年代には鉄道大臣や文 部大臣,警視総監等に向けてカタカナの使用や漢字の制 限を促進するために,さまざまな建議をおこなってい る₁₃).また₁₉₄₀年には「新聞ノ漢字使用度数シラベ」を 謄写版で発行している.こうした活動によりカタカナの 使用が実際にどの程度広まったのか,実際に新聞紙上の 「キモノ」という表記に影響したのかどうかは不明である が,カナモジカイは₁₉₃₇年に発足した国語協会に協力し ており,国語協会は政府の国語審議会との関係が強かっ た₁₄)ことから,新聞記事の表記に影響した可能性もある と思われる.  また,₁₉₂₆年には臨時国語調査会より「外国語ノ写シ 方」が発表され,ここではカタカナ表記がなされてい た₁₅).ここで着目したいのが,カタカナ表記の「キモノ」 は,外国人が和服を着たり見たりしたという記事に多い ということである.読売新聞における「キモノ」の初出 は,先述のように,外国人に親しまれた日本語の単語の 例としての「キモノ」であった.その後も,3 (₄) ₁) で 挙げたように,外国人が和服を着たり見たりしたという 場合にカタカナ表記を用いる多くの記事が続く.3 (₆) ₁) の図₁₄,₁₅で見たように,外国人が和服を着たり見たり したという記事の割合が「日本服」に次いで多いのが 「キモノ」である.「日本服」はそもそも外国の服に対す る日本の服という意味の語であるから当然であるが,「キ モノ」が多いのはなぜだろうか.  『記者ハンドブック』では片仮名使用を,「①中国・朝 鮮を除く外国の地名,②外来語,③その他,特別な意味 やニュアンスを出す場合」としている₁₆).上記のような 記事における「キモノ」は,英語などに取り入れられた 「kimono」を世界に通用する国際語と認識したために, 外来語に準じたような扱いをして,カタカナで表記した のではないだろうか₁₇)  国際関連の記事のほかに,「キモノ」がよく使用される のは,₁₉₃₀年代の読売新聞の家庭欄における女性向け和 服の実用記事と,₅₀年代の書名や雑誌名である.これら は,『記者ハンドブック』のカタカナ使用の「③特別な意 味やニュアンスを出す場合」に当たると考えられるが, カタカナの「キモノ」が,国際的なニュアンスを感じさ せ新味があったために,女性向けに好んで用いられるよ うになったのではないかと推測できる. 2)「きもの」  一方,ひらがなの「きもの」は,ジャポニスム小説と その他のいくつかの書名の後,まとまった用例が見られ るのが₁₉₄₀年代から₅₀年代前半の洋服の雑誌名・書名で ある点,そしてその後,量的に拡大するのが₅₀年代後半 以降の百貨店の和服広告である点が注目される.₄₀年代 から₅₀年代前半には,「きもの」は単に「着物」のひらが な表記であり,洋服を含めた衣服一般の意味が強かった.  本研究では雑誌における使用例までは収集できなかっ たが,廣澤榮『黒髪と化粧の昭和史』には,『装苑』₁₉₄₉ 年 ₆ 月号の「これも夜にかけてのきもの.キモノ袖裁ち. 下着との組み合わせに十分気をつけること.」というドレ スの解説が紹介されている₁₈).ここでの「きもの」は洋 服のドレスを指しており,3 (₅) ₁)でみた洋服専門の雑 誌名『私のきもの』などと同様の使用例であると考えら れる.「キモノ袖」は外来語「キモノスリーブ」₁₉)の「ス リーブ」だけを漢字語に直したものである.当時はこの ような使い分けもなされていたのである.  ところが,₅₀年代後半からは,カタカナよりもむしろ, ひらがなの「きもの」が和服の意味で使われることが多 くなる.「ありがたきもの」「はきもの」などと紛らわし いひらがな表記は,本来,新聞記事では避けるべきであ ると思われるが,なぜひらがな表記が使われたのであろ うか.  『記者ハンドブック』では,平仮名使用は「①代名詞, 連体詞…等の品詞,②接頭語,接尾語,③漢字本来の意 味がずれて使われる語,④当て字に類するもの」となっ ている₂₀).このなかであてはまるのは③である.「着物」 は本来の意味が着る物,衣服なので,それとはずれて和 服の意味で使う,という意識が働いてひらがな表記とし たのだと考えられる.  また,『講座 日本語教育』の「表記法-かな書きにす る語」では,かな書きにする場合がさまざま挙げられる なかに,「意味が漢字から離れている場合」や「軽い意味 の語」「日常語」というのがある₂₁).「着物」という漢字 そのものには「日本独特の衣服」という意味はないので, 「意味が漢字から離れている場合」に相当する.また,着 こなし記事や広告でひらがなを使うのは,軽い意味で あったり日常語であると考えられたのであろう.  カタカナの「キモノ」には「外国人から見た和服」と いった意味合いが含まれていたが,₁₉₅₀~₆₀年代に国内 での和服需要が増す中で外国を意識することはあまりな くなり,女性向けの広告において軽く日常的で,親しみ やすいということから,ひらがな表記が増えたのではな いかと考えられる. (2)意味の変遷  国語辞書にもあるとおり,「着物」は古くから衣服一般 を表わす語であったが,₁₉世紀の終わりには,羽織,襦 袢,帯などと区別した時の長着の意味でも用いられてい た.₁₉₁₀年代までは,洋服と対比した和服一般の意味で

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(211) ₂₅ の用例はほとんど見られず,衣服一般の意味か長着の意 味であったし,それ以降も,₆₀年代までは衣服一般,長 着,和服の意味が並存していた.それが現在のようにほ とんどが和服の意味になったのは₇₀年代である.  かつては,外国の衣服ではなく日本独特の衣服という 意味では「日本服」や「和服」という語が用いられてい た.日本独特の衣服の意味で「着物」が用いられるよう になったきっかけは,外国でまず,「kimono」という語 が日本独特の衣服をあらわす語として定着し,それが, おそらくは『和英語林集成』(₁₈₉₇年)より後に,外国に 取材した新聞記事やジョン・パリスのジャポニスム小説 『きもの』などを経て日本に広まっていったのではないだ ろうか.それを,世界に通用する国際語として,まるで 一種の外来語であるかのようにとらえた場合に「キモノ」 とカタカナ表記にしたのではないだろうか.  その後,₁₉₇₀年代に「着物」「キモノ」「きもの」がほ とんど和服の意味になり,衣服一般の意味や長着の意味 が減少した理由は,₁₉₅₀~₆₀年代に毎週のように掲載さ れる百貨店の新聞広告のなかで和服の意味の「きもの」 が頻繁に使用されてその印象が強くなったためと推測す る.さらに,₇₀年代は,女性の洋装化が進展し,日常着 としての和服があまり着用されなくなる一方,晴れ着と しての和服はますます高級化していった時期である.₇₀ 年代に日常語的な語感のあるひらがなの「きもの」の割 合がやや減少し,漢字語の「着物」が盛り返しているこ とは,この時期の和服が日常着でなくなっていったこと と関係があるのかもしれない.晴れ着となった和服にお いて,日常着である洋服との区別化,明確化をはかる必 要が生じたことも「着物」「キモノ」「きもの」がほとん ど和服の意味になった原因であると考えられる. (3)性別  衣服一般の意味での「着物」「キモノ」「きもの」は性 別にかかわりなく用いられる語であるが,和服や長着の 意味で用いられる「着物」「キモノ」「きもの」は女性に 大きく偏って用いられている.これは何を意味するのだ ろうか?  もちろん,近現代の日本において,男性のほうが早く 洋装化し,女性のほうが実際に多く和服を身につけてい たということが第一の理由であろう.しかしながら,他 の用語と比較してみると,それだけではないと思われる. 第 ₃ 章の(₆)で見たように,和服の主な消費者が女性と なった₁₉₆₀~₇₀年代にも,男性には「和服」が用いられ ていた.つまり,「日本服」や「和服」よりも,「着物」 「キモノ」「きもの」は女性を意識した女性向きの語であ るとみなされていたのである.  特に,「きもの」は,家庭欄の実用記事や,呉服店,百 貨店,雑誌・書籍の広告など,女性向けと考えられる場 面で多用され,使用例が激増した.₁₉₅₀~₆₀年代には, 和装産業が大いに盛り上がり,和服がよく売れたことが 記事からもうかがわれるが,そのなかで,女性向けの催 事(「きものショー」,「きものの女王」など)を紹介した 記事や広告,女性向け着こなし記事には「きもの」が用 いられ,一方でそうしたブームを冷静に論じる記事や男 性用和服の記事では,「きもの」ではなく「和服ブーム」 といった形で「和服」という語が用いられていた.こう したことからも,ひらがな表記の「きもの」が,女性向 きであり,親しみやすいと考えられていたことがわかる.

5.結 論

 「着物」はかつて,衣服一般の意味,または長着の意味 で性別にかかわりなく用いられていたが,₂₀世紀の前半 にしだいに和服の意味で使われることが多くなり,₁₉₇₀ 年代にはほとんどが和服の意味となった.また,和服を 表わす語のなかでは,「日本服」「和服」よりも「着物」 「きもの」「キモノ」は女性により多く用いられる傾向が あることがわかった.  「キモノ」が和服をあらわすようになったのは,読売・ 朝日新聞紙上では,₁₉₀₀年代以降,外国人が和服を着た り見たりしたという記事に用いられたことが始まりで, 英語などの「kimono」の影響があると推測した.  ひらがな表記の「きもの」は,とくに₆₀年代以降,和 装業界,百貨店業界,女性向け雑誌出版業界において多 く使用されるようになった.主な消費者である女性に向 けて,日常的で軽い感じがすることから,ひらがながふ さわしいと判断されたためと考えた.  そして,これらの語が₇₀年代にほぼ和服の意味となっ たのは,₅₀~₆₀年代の和服ブームにおける使用例の激増 と,その後の女性の洋装化の進展,和服の高級化を受け てのことであると考えた.  なお,本研究で調査することができたのは全国紙 ₂ 紙 の₁₉₈₀年までにとどまるので,今後,他の定期刊行物や 文学作品など,より広い範囲の資料に当たることと, ₁₉₈₀年以降についても検討していくことを今後の課題と する.

追 記

 本論文は,日本家政学会第₆₅回大会(₂₀₁₃年 ₅ 月₁₉日) でポスター発表を行った内容,および国際服飾学会第₃₁ 回大会(₂₀₁₂年 ₆ 月₁₀日)で口頭発表を行った内容に大 幅に加筆,修正を加えたものである.

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