Title
Seldinger法による血管造影施行中発症した大動脈解離の
1例
Author(s)
佐々木, 紘一; 志村, 英俊; 村井, 哲夫; 上妻, 達也; 杉山, 正
彦
Citation
泌尿器科紀要 (1992), 38(10): 1157-1160
Issue Date
1992-10
URL
http://hdl.handle.net/2433/117673
Right
Type
Departmental Bulletin Paper
Textversion
publisher
泌 尿 紀 要38:1157-1160,1992 1157
Seldinger法
に よ る血 管 造 影施 行 中発 症 した大 動 脈 解 離 の1例
横浜船員保 険病院泌尿器科(部 長:佐 々木紘一)
佐 々木 紘 一,志
村
英 俊,村
井
哲 夫
横浜船 員保険病院外科(部 長:上 妻達也)
上 妻
達 也,杉
山
正 彦
A CASE
OF INTIMAL
DISSECTION
OF THE
AORTA
DURING
TRANSFEMORAL
ANGIOGRAPHY
Koichi
Sasaki,
Hidetoshi
Shimura
and
Tetsuo
Murai
From the Department of Urology, Yokohama Seamen's Insurance Hospital
Tatsuya Kozuma and Masahiko Sugiyama
From the Department of Surgery, Yokohama Seamen's Insurance Hospital
A 54-year-old man underwent
right transfemoral
angiography
because of left renal hematuria.
During angiography,
dissection of abdominal
aorta and thoracic aorta was encountered.
It was
initiated by intramural
catheter passage at the bifurcation
of the internal and external iliac artery.
Transaxillary
aortography
about one month after the first angiography
showed occulusion
of
the dissecting space in the thoracic aorta and existence of dissecting space in the abdominal
aorta.
Communicating
orifices between the true space and the false space existed not only at the
bifurca-tion of internal
iliac artery
and external
iliac artery,
but also at the abdominal
aorta near the
left renal
artery.
CT 1.5 months after the first angiography did not demonstrate more improvement.
Surgery was
performed.
It was impossible to sew up and close the orifices of the space because of the fragility of
the intima.
Surrounding abdominal
aorta and common iliac artery were wrapped
near orifices with
a dacrongraft.
A follow-up CT obtained 3 months postoperatively showed that the dissecting space in the
ab-dominal aorta had disappeared.
Wrapping was very useful to promote organization of the dissecting space.
(Acta Urol. Jpn. 38: 1157-1160, 1992)
Key words:
Transfemoral
angiography,
Intimal dissection of the aorta, Wrapping with dacrongraft
緒 言 血管 造 影検 査 の際 のIatrogenicTraumaに は 血 管 内膜 の損 傷 を 始め と して いろ い ろ な もの が あ げ られ る.最 近,わ れ わ れ はSeldinger法 に よ る血 管 造 影 施 行中 発 症 した 大動 脈 解 離 の1例 を経 験 した.真 腔 と 偽腔 の 交 通孔 付 近 の 動 脈 に ダ ク ロ ン グラ フ トをwrap-pingし て 良 好 な結 果 を えた ので 報 告 す る. 症 例 患者154歳,男 .主 訴=無 症 候 性 血 尿 既 往 歴:1956年 虫 垂 切 除 術 を 受 け た. 家族 歴:特 記 事 項 な し 現病 歴=1989年4月 頃 か ら、 週 間 に1回 程 度 無 症 候 性 血 尿 がみ られ る よ うに な った,近 医受 診,投 薬 を う け,血 尿 は 軽 快 した. 11月 に な っ て ふ た た び 血 尿 が 出 現,血 尿 は 毎 日み ら る よ うに な り1990年3月 当 科 を 受 診 した. 触 診 所 見:著 変 な し 外 来 で の 泌 尿 器 科 的 検 査 所 見:尿 一 般 検 査:糖 一. ビ リ ル ビ ン1十,ア セ ト ン 十/-,比 重1,030,潜1血 十, pH6.0,蛋 白2十,ウ ロ ピ リ ノ ー ゲ ソ 十/一一一 赤 血 球 無 数/毎,そ の た め そ の 他 判 定 不 能. 尿 細 胞 診:classI KUB,IVP:著 変 な し 膀 胱 フ ァ イ バ ー:腫 瘍 は 認 め ず,左 尿 管 口 よ りItlL尿 が 流 出 して き た. CT:腎 に は 著 変 な し.下 大 静 脈 は 大 動 脈 の 左 側 に 認 め られ た. 以 上 の ご と く血 尿 の 原 因 を 探 る べ く,外 来 で 可 能 な 泌 尿 器 科 的 検 査 は 行 っ た.し か し,左 腎 性 血 尿 と 結 び
1158 泌 尿紀 要38巻10号1992年 付 くよ うな所 見は 認 め られ なか った 。 そ の為 腎 動 脈 撮 影 目的 で入 院 とな った. 血 管 撮影14月20日 血 管 撮影 を 施 行 した.右 大腿 動 脈 を 穿刺 し血 管 内腔 を 通 して り一 ナル カテ ー テ ルを 進 め て い くと総腸 骨 動 脈 付 近 で抵 抗 を 感 じた.し か し,カテ ー テル の 挿入 は可 能 で あ っ た.さ らに 総腸 骨 動 脈 起 始 部 で も抵 抗 を感 じた が カテ ー テ ルの 挿 入は 可 能 で あ っ た.左 腎動 脈 を探 って み る に,な か な か 左腎 動 脈 に カテ ー テル が 入 らな い.そ の間少量 の造影 剤を注入 してみ る と大 動 脈 が造 影 され た よ うに思 わ れ た.左 腎 動 脈 を 探 って い て カ テ ーテ ル が血 管 に 入 った感 触 が あ った. そ こで 少量 の 造 影 剤 を注 入 して み る と,大 動 脈 左 の血 管 壁 に造 影 剤 が 残存 した(Fig.置).即,検 査 は 中 止 した. 1
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島 ゴ Fig.且.PlainfilmonApril,20disclosedsubin-timalcontrastdepositionofthoracic aorta. そ の 後 の経 過:透 視 下 に 観察 す る と,残 存 した 造 影 剤 は ゆ っ く りと上 方 へ 移 動 し,大 動 脈 弓 に ま で達 し た.た だ ちに 行 った エ コー.CT検 査 の 結 果,腹 部 大動 脈 と胸 部大 動 脈 に 解 離 が 認 め ら れ た(Fig.2), 患 者 さんは 腹 部,背 部 の重 圧 感 を 訴 えた.ベ ッ ト上 安 静 を保 ち経 過 を 観察 した.な お 肉眼 的 血 尿 は4月25日 よ り消 失,尿 沈 渣 で も正 常 とな った 。 5月23日 大 動 脈 撮影 を 行 っ た,胸 部 大 動 脈 の解 離 腔 は 閉鎖 し,器 質 化 して お り造 影 さ れ な か った.横 隔 膜 下 よ り総腸 骨 動 脈 に 至 る ま で 解 離 腔 が 認 め られ :弓」-t「'H; i,:Y一!無
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Fig.2.CTonApril,20.Dissectionofthoracic aortaandabdomina皇aortawasobser-ved. delaytimeに て 造 影 され た.し か し,大 動 脈 の膨 隆 は な く,そ の 主要 分枝 の血 行 障 害 も認 め な か った(F三g. 3).そ の 後 も安 静 を保 ち,大 動 脈 解 離 発症 後47日 目に CTを 行 った.そ のCTで 腹 部 大 動 脈解 離 の1部 は 器 質 化 して い た が,そ れ 以上 変 化 は な か った.そ こで 早 期 に 安 定 した 状 態 に も って い くた め,解 離 口閉 鎖 術 を 試 み る こ と とな った, 手 術 所 見:6月28日 大 動 脈 を 遮 断 し,開 放 してみ る と真 腔 と偽 腔 の 交通 孔 は 左腎 動 脈 よ り5mm程 末 梢 側 に 認 め られた.そ こで 閉 じよ うと試 み た が,解 離 し て い た の は 内膜 の みで あ り,内 膜 は もろ く,解 離 口を 縫 合 閉 鎖 す る こ とは不 可能 で あ った.そ の為 瘤 化 を 予 防 し,解 離 腔 の血 栓器 質 化を 促 進 す る 目的 で 真腔 と偽 腔 の交 通 孔 付近 の 大 動 脈 と右 総 腸 骨 動 脈 に 幅8mm の ダ ク ロ ン グ ラ フ トを 鉢 巻 き状 にwrappingし た. 術 後 経 過:術 後約1ヵ 月(7月25日)のenhanced CTで は 腹 部 大動 脈 全 域 の解 離 腔 は 造 影 されず,低 吸 収 域 に 変 化 して お り,血 栓 に よ り器 質 化 され てい る と 考 え られ た(Fig.4).7月25日 外泊 許 可 と し,7月28 日∼30日 外 泊 した.し か し,他 覚的 所 見 は ない もの の佐 々木,ほ か:血 管 造影 ・大動 脈 解 離 腹痛 を主 体 と した 症 状 が続 い た.8月28日 精 神科 を併 診 した と ころ,neurosisと 診 断 され た,抗 精 神 薬 の 投 与を うけ,諸 症 状 は 軽快,9月15日 退 院 した.ま た 1159 術 後 約3ヵ 月(10月4日)のCTで,低 吸収 域 は 縮 小 して お り,器 質 化 した 血 栓 が着 実 に吸 収 され,解 離 腔 が 消失 す る途 上 に あ る もの と判 断 され た.
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雲.` Fig.3.TransaxillaryaortographyonMay,23. Dissectingarearetainsdyeaftermost ofcontrastmediumhasclearedoutof abdominalaortaandcommoniliac artey・ Fig.4.CTataboutonemonthaftertheopera- tion.Dissectingareaofwholeab-dominalaortawasnotimaged.Ithas changedtolowabsorbabIearea.考
察
血 管 造影 検 査 に よ るIatrogenicTraumaに は 肺 動 脈 血 栓症,穿 刺 動 脈 か らの大 量 出血,血 管 内膜 損 傷 カ テ ー テル 断裂,下 肢 動 脈 血栓 症,造 影剤 に よ る合 併 症 な どが あ げ られ る.草 野 らの 施設 で は,こ れ ら Traumaの 中 で内 膜 下 注入 が も っ と も多 く,毎 年 約 1∼2%の 頻 度 で血 管 内 膜 の損 傷 が 起 きて い る1).ま た, ABRAMSとADAMSに よ る大 腿 動 脈 を 穿刺 して 行 った83,068例 の 動 脈 撮 影 の 合 併症 の集 計 を 見 る と,最 も多 い ものは,や は り内膜 下 へ の注 入,ま た は カ テ ー テル あ るいは ガイ ドワイ ヤ ーの通 過 に よる 内膜 損傷 であ り,そ の頻 度 は0.44%で あ る2). 内膜 下 注 入 の程 度 は さ ま ざまで あ るが,そ の 大 部分 は カテ ー テル 先端 部 に限 局 した軽 症 で あ る,し か し, 内膜 下 注 入 が 限 局せ ず,い くつか の動 脈分 岐 を超 え て 進 展 した り(中 等 度),あ るい は造 影 剤 が血 管 外 に 漏 出 す る重症 例 も認 め られ て い るD.ま た,カ テ ー テル のsubintimalpassageか ら大 動 脈分 岐 部,両 側 腸 骨 動 脈 の 広範 な血 栓 形 成 が お き死 亡 した症 例3)や,造 影 剤50ccの 壁 内注 入 に 引 き続 い て お きた 胸 部 大動 脈 の 破 裂 に よ って死 亡 した症 例 も報 告 され て い る4). 内外 腸 骨 動 脈分 岐 部 は,加 齢,動 脈硬 化 と と もに 屈 曲,蛇 行 が 強 くな る ため,ガ イ ドワイヤ ーや カ テ ーテ ル に よる損 傷 を 強 く受 け 易 い 部位 と考 え られ る5>.市 来 らの 大動 脈 解 離3例 中2例 は,初 発 の 内 膜損 傷 は 内外 腸 骨 動脈 分 岐 部 で あ り5),わ れ われ の症 例 も同様 で あ った.そ の分 岐 部 に か ぎ らず,も しも カ テー テ ルが 進 み に くい 時 は,そ れ 以 上無 理 に 進 め る こ とな く,少 量 の造 影 剤 で 確iかめ る こ とが必 要 で あ る.そ して異 常 が あれ ば,直 ちに 検 査 は 中 止す べ きで あ る.決 して確 か めを お しん で は いけ な い. も し,不 幸 に して大 動 脈解 離 が お き1.破 裂 ま たは 切 迫 破 裂,2.主 幹 動 脈 閉 塞に よ る虚 血 症 状 を 呈 して い る場 合 に は 緊 急手 術 が 必要 とな る5-7).幸 い 本例 の ご と く急 性 期 を保 存 的 療 法 で切 り抜 け た場 合 に は,外 科 的 治療 か 内 科 的 治 療 か議 論 の 分 か れ る と こ ろ で あ る,1)瘤 化 した もの,2)主 要 動 脈 分枝 閉塞 の危 険 の あ る もの,3)解 離 が上 行 性 に進 展 して い る もの,の 場 合 に は手 術 を 考 え るべ きで あ る5・7).わ れ わ れ の症 例 の場 合,約47日 間安 静 を 保 ち経 過 観 察 した.大 動 脈 解 離 の1部 は 器 質 化 した が,そ れ 以 上変 化 は な か っ た.必 ず しも1),2),3)の どれ に も当 て は ま らな い が,1160 泌 尿 紀 要38巻10号1992年 iatrogenicで あ る た め 早 期 に 安 定 した 状 態 に も って い か な けれ ば な らな か った.そ の た め解 離 口閉 鎖 術 を 行 って み る こ と とな った.前 述 した ご と く,それ は不 可 能 で あ り,大 動 脈 と右 総 腸 骨 動 脈 に 人工 血 管 の ダ ク ロ ンを 巻 いて 手 術 を終 った.結 果 と して真 腔 と偽 腔 の交 通 孔 お よび解 離 腔 は そ の ま ま とな った.し か し,術 後 約 王ヵ 月 のCTで 解離 腔 の血 栓 に よ る羅 質 化 が 進 ん で い た.ま た,術 後 約3ヵ 月(10月4日)のCTで 解 離腔 は器 質 化 して いた. 富 田 らは52歳,男 性 の破 裂 を 合 併 したIIIb型 の解 離 性 大動 脈 瘤(左 鎖 骨下 動 脈 分 岐直 下 ∼ 腹 腔 動 脈 分岐 の 中 枢側)の 下 行 大動 脈 を 人 工 血 管 で置 換,Op.前, Op.後 約8カ 月 で腹 部 大 動 脈 造 影 を 行 い 検 討 して い る.Op.時 切 断 した 末 梢 側 で はdoublelumenを 形 成 して いた.そ の ため,内 膜 ・外 膜 間 にpseudolu-menを 縫 縮 す る縫合 を お き,人 工 血 管 で 置換 してい る,そ れ よ り末 梢側 の大 動 脈瘤 壁 は そ の ま ま と し,腹 部 大動 脈 のreentry部 に も手 術 操 作 は 加 え なか った 。 術 後8ヵ 月 目で は 明 ら か にreentryの 部 は縮 小 して い るが,完 全 に消 失 す るま で には い た って いな か った とい う8).わ れ わ れ の 症 例 と富 田 らの症 例 は成 因 お よ び治 療 法 が異 な って い る.し か し,そ れ らを考 慮 して もわ れ わ れ の症 例 は 解 離腔 に関 して よ り良 い結 果 が え られ た よ うに 思わ れ た. わ れ わ れ の症 例 で 自然 の経 過 を み た場 合 どの よ うな 経 過 を た ど った で あ ろ うか.手 術 を 行 った と同様 の 結 果 が え られ た こ と も 考 え られ るが,か な りの長 期 間 を要 す る こ とが想 像 され る.わ れ わ れ の患 者 の よ うな iatrogenicな ものが 原 因 とな って い る場 合,長 期 に 渡 る安 静 は患 者 に と って も,医 師 ・看護 婦 に と って も 病 院 に と って も好 ま しい もの では な い.わ れ わ れ の患 者 はneurosisと な り,入 院 期 間 が さ らに 長 くな って し ま った.iatrogenicな も のが原 因 とな って い る大 動 胴 解離 の場 合,早 期 の離 床,社 会復 帰 が 可 能 な 治療 法 を取 るべ き であ ろ う. 中 島 らの経 験 した17例 の解 離 性 大動 脈 瘤 の15例 で は,解 離 は腹 腔 内 に ま で お よんで い た.そ して 解 離 腔 は 解 剖 上 の関 係 か ら,一 般 に,腹 腔 内 に お い て は 左 側 posterolateralに あ る こ とが多 い とい う9).Seldin-ger法 に よる血 管 造影 施行 中 発 症 した 大動 脈 解 離 も同 様 で あ ろ うか.わ れ わ れ の症 例 は 同 様 の 位1醗に あ っ た,市 来 らの症 例3例 の うち記 載 の は っき り して い る 1例 で は偽 腔 が 真 腔 の前 に位 置 して い た5).従 って は っき りした 傾 向 は分 か らなか った. 近 年 エ コ ー.CTな ど の画 像診 断法 が 進 歩 し,動 脈 撮 影 を 必 ず し も必 要 と し な い症 例 も多 くな っ た.ま た,放 射 線 科 専 門 医 が 増 え て来 る に従 い,放 射 線 科 で 動 脈 撮 影 が 行 わ れ る よ うに な って き た.そ の結 果, 泌 尿 器 科 医 が そ れ を 行 う機 会 が少 な くな って きた.一 方,動 脈 撮影 を 利用 した 治療 法 が行 わ れ る よ うに な っ て きて い る.そ れ を 行 うchanceが 少 ない と検査 に 習熟 せ ず,合 併 症 の起 きる 可能 性 も高 くな る,動 脈 撮 影 を 行 うに あ た って は,草 野 ら1),市 来 ら5)も 延 べ て い る ご と く,1つ1つ の操 作 を 基 本 に の っ と って確 実 に 行 うこ とが 大 切 で あ る.