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2 本年度の企画展は 明治期愛知の広告と博覧会 と題して 十月十九日(月)から十二月十八日(金)まで 本館展示室にて開催しました 今回の企画展は 本館所蔵の 湯浅氏収集新聞関連資料 にある明治期の新聞に掲載された広告や 県庁文書に残る万国博覧会等の資料を通して 現在の モノづくり愛知 に繋がる明治期

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AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AIC PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREF REFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFEC URAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL A

ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCH

VES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES AICHI PREFECTURAL ARCHIVES A

愛知県公文書館だより

 

企画展関連資料写真……… 1 平成 27 年度企画展… ………  2,3 表紙の写真の解説……… 3 古文書解読講座……… 4 愛知県庁本庁舎 重要文化財指定記念企画展……… 5 古文書講座……… 5 「愛知県史」展示コーナー… ……… 6 埋蔵文化財と地籍図……… 6 「愛知県庁文書」から… ……… 7 インターンシップ研修生体験記………… 7 レファレンスコーナー……… 8 利用案内・編集後記……… 8 新聞資料 「読売の図」 [第十回関西府県連合共進会] 出品台帳 第壱区 第十回関西府県連合共進会絵葉書

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本 年 度 の 企 画 展 は 、「 明 治 期 愛 知 の 広 告 と 博 覧 会 」 と 題 し て 、 十 月 十 九 日 ( 月 ) か ら 十 二 月 十 八 日 ( 金 ) ま で 、 本 館 展 示 室 に て 開 催 し ま し た 。 今回の企画展は、本館所蔵の「湯 浅氏収集新聞関連資料」にある明治 期の新聞に掲載された広告や、県庁 文書に残る万国博覧会等の資料を通 して、現在の「モノづくり愛知」に 繋がる明治期の愛知の産業について 歴史の一端を紹介しました。 本館は、明治期の新聞資料を「湯 浅氏収集新聞関連資料」の原紙やマ イクロフィルムで数多く所蔵してい ます。これらの新聞資料に掲載され た広告は、絵図や写真など、目で見 て楽しめる資料が多く、産業の発達 の様子を映す貴重な展示資料となり ました。 また、県庁文書に収録された万国 博覧会や共進会などの文書は、現在 の産業の礎になった明治期の産業や、 その製品を紹介するとともに、産業 の発達にかける県民の意気込みも感 じさせてくれる展示資料になりまし た。 平成二十六年六月、ユネスコ世界 遺 産 に 登 録 さ れ た 富 岡 製 糸 場 等 や、 日本の近代化産業遺産に認定されて い る 豊 田 佐 吉 の 木 製 人 力 織 機 な ど、 明治期の産業遺産が注目され、話題 になっています。こうしたとき、今 回の企画展を実施できたことをうれ しく思っています。御参観の皆様に 心から御礼申し上げます。 なお、会場のスペース等の関係で 展示できなかった資料も少なくあり ません。この機会に、本館を御利用 いただければと願っています。 以下、展示の構成に従い、企画展 の概要を説明します。   広告と愛知の街      ―江戸から明治へ― 始めに江戸時代の広告を当時の愛 知 の 街 が 描 か れ た「 尾 張 名 所 図 会 」 を中心に紹介し、次に明治時代の街 の広告を当時の写真で展示しました。 江戸時代の広告の例として「尾張 名所図会」にある伊藤呉服店の店頭 の様子を展示しました。 図会を写真パネルにして、暖簾な ど広告の位置を丸囲みで示し、暖簾 が当時の大型店舗の呉服屋には欠か せないもので、看板の役割を果たし ていたことや看板を屋根に上げるよ うになったことなどを紹介しました。 明治になると文明開化により欧米 文化が輸入された結果、広告方法に も変化が生じ、新聞広告や電柱広告、 動く広告としての馬車や鉄道、ペン キ塗りの看板などの新しい方法が取 り入れられました。展示した名古屋 市内の当時の写真にも、電柱広告や ペンキ塗り看板などが写っています。   明治の新聞広告 明治期の新聞広告の特徴と当時の 本県の企業やその製品を新聞の原紙 や広告のパネルを展示することを通 して、具体的に紹介しました。 初期の新聞には、書籍や銀行・会 社の設立等の文字ばかりの広告が多 いのですが、次第に新聞広告の利用 価値が認識され始めたことや新聞の 購読層が広がったことにより、売薬 や化粧品、飲食物などの広告やイラ ストを付けるなどの工夫を凝らした 広告が多くなります。 しかし、当時は広告の勧誘がいや しいこととされていたため広告収入 は多くはありませんでした。 それを変えたのが明治十五年に福 沢諭吉が創刊した「時事新報」です。 「 時 事 新 報 」 は、 勧 誘 員 を 置 い て 広 告募集に努めており、福沢諭吉自ら も新聞広告の効果と必要性を社説で 説いています。その社説のパネルと ともに要約も掲示し、実際にその内 容が読み取れるようにしました。 また、明治期には、現在とは異な る面白い広告が多くあります。今回 はそのうち、禁酒宣言や火事見舞御 礼、 旅 行 中 の 年 始 欠 礼、 無 罪 判 決・ 出獄の知らせなどの個人で出す広告 や、現在では所持が禁止される拳銃 の広告、第一面全体が広告欄になっ た新聞などを展示しました。本館で はこれらの明治期の新聞をマイクロ フィルム等で保存しています。ぜひ 面白い広告を探してみてください。   博物館から商品陳列館へ ここでは、産業振興を企図して本 県が建設した諸施設から産業の発展 の様子を見てみました。 本県では、明治十一年に県内の物 産と産業上有益な参考品を収集・公 開することによって、県内の産業振 興を図る目的で工芸博物館を設立し ま し た。 そ の 後 県 内 産 業 の 発 達 に 伴って、規模の拡張や組織の改編を 行 い、 名 称 も 変 化 し て い き ま し た。 今回は、そのうち愛知県博物館と愛 知県商品陳列館に注目しました。 平成二十七年度   企画展 「明治期愛知の広告と博覧会」 企画展の風景

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展示では、両施設の外観写真に加 え、展示用に作成した施設の平面図 のパネルなどで、施設内部の様子を 詳しく伝えました。 ま た、 「 愛 知 県 商 品 陳 列 館 報 告 」 の「発刊の辞」や大隈重信が名古屋 の 地 を 賞 賛 す る「 大 隈 伯 の 名 古 屋 観 」、 当 時 の 輸 出 入 額 を 番 付 の 形 式 で紹介する 「日本重要輸出入品番附」 などの展示を通して、この時期の日 本と本県の産業の発達の様子を紹介 しました。   博覧会と共進会   (一)   万国博覧会 ここでは、政府や本県が力を入れ て取り組んだ万国博覧会のうち、明 治三十三年のパリ万国博覧会を中心 に県庁文書の出品記録などを用いて 紹介しました。 当時、本県はすでに全国でも有数 の 工 業 県 で あ り、 特 徴 的 な 産 業 は、 織物業や陶磁器業、醸造業などでし た。それを反映し、パリ博覧会では 生糸に七宝焼、清酒など、この特色 に 当 て は ま る も の が 多 数 出 品 さ れ、 広く紹介されました。また、扇子や 提灯など、現在では愛知県の伝統的 工芸品や郷土工芸品となっているも のも出品されました。 本県の出品物の中でも目立つもの の一つが、鈴木政吉による西洋楽器 です。彼は琴などを製造していまし たが、ヴァイオリンの研究に没頭し、 内国製ヴァイオリンを製造しました。 その後、外国製品に遜色のない製品 を作りだし、明治三十三年のパリ博 覧会では銅賞を受賞しています。   (二)   関西府県連合共進会 関西府県連合共進会は、明治十六 年に第一回が開催され、年々盛んに なっていきました。新たに造成され た名古屋市の鶴舞公園で明治四十三 年に開催された第十回関西府県連合 共進会について、県庁文書を中心に 紹介しました。 会 場 や 建 物 の 総 面 積 、出 品 数 の ど れ をとっても旧来の規模を大きく上回 り 、 当 時 の 名 古 屋 の 人 口 が 約 四 十 万 人 だ っ た の に 対 し 、 来 場 者 は 二 百 六 十 万 人 に も 達 し 、 大 い に 賑 わ い ま し た。 出 品 物 も 約 十 三 万 点 に 及 び、 種類も当時の産業生産物のほとんど 全てにわたります。 展示ではカラーの会場案内図(愛 知県図書館蔵)や当時発行された絵 葉書を展示して臨場感を味わってい ただきました。また、県庁文書には 織機の豊田佐吉など、このとき表彰 された功労者についての記述が残っ ています。 今回の企画展では、展示物の多く を 「湯浅氏収集新聞関連資料」 や 「新 愛知」などの新聞資料、県庁文書に 拠りました。そこからは、当時の本 県の産業の発展や江戸時代から明治 期にかけての広告の変化などが読み 取れて興味深く感じました。 ま た、 来 場 者 の 方 か ら は、 「 普 段 拝見できない資料が見られてよかっ た」 、「展示を見て懐かしく思った」 、 「 現 在 の 広 告 と 比 較 し な が ら 興 味 深 く思った」などのうれしい御感想も いただきました。今回の企画展を契 機に、本県の歴史及び本館の所蔵資 料に関心を持っていただければ幸い です。 表 紙 の 写 真 は 、 上 段 の 二 つ が と も に 第 十 回 関 西 府 県 連 合 共 進 会 の 資 料 で す 。 上 段 右 の 写 真 は 、 本 館 が 所 蔵 す る 十 八 枚 の 絵 葉 書 の う ち の 三 点 で 、 近 世 ル ネ サ ン ス 式 の 丸 屋 根 の つ い た パ ビ リ オ ン が 並 ん で い る 様 子 が 分 か り ま す 。 ま た 、 上 段 左 の 写 真 は 、 本 県 作 成 の 出 品 台 帳 で す 。 繊 維 工 業 関 係 の も の で 、 友 禅 縮 緬 や 浴 衣 地 、 木 綿 な ど の 品 名 や 出 品 人 名 、 代 価 な ど が 記 載 さ れ て い ま す 。 下 段 の 写 真 は 、 名 古 屋 市 在 住 の 古 文 書 等 の 文 献 資 料 の 蒐 集 家 、 故 湯 浅 四 郎 氏 か ら 寄 贈 さ れ た 「 湯 浅 氏 収 集 新 聞 関 連 資 料 」 の 「 新 聞 資 料 『 読 売 の 図 』」 で す 。 守 田 座 の 新 狂 言 を 案 内 す る 錦 絵 で 、 調 子 の よ い 宣 伝 文 句 が 並 び 、「 守 田 座 の 新 狂 言 の 評 判 〳 〵 」 と 締 め ら れ て い ま す 。 江 戸 時 代 、 商 い が 盛 ん に な る に つ れ 、 暖 簾 な ど に 加 え て 新 し い 形 の 広 告 が 始 ま り ま す 。 表 紙 の 絵 は 、 新 狂 言 の 「 守 田 座 」 の 興 業 宣 伝 に な り ま す が 、 新 狂 言 や 歌 舞 伎 の 人 気 役 者 が 商 店 名 や 商 品 名 を 入 れ て 台 詞 仕 立 て で 宣 伝 す る 劇 を 行 う な ど 、 客 を 誘 う 積 極 的 な 広 告 が 行 わ れ ま し た 。 企画展の風景 愛知の鳥 コノハズク

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御紹介する史料は、本館が原本を所蔵する 尾張藩士大塚三右衛門家文書の内、京都裁判 所の「賊難達書取」に記載された一件です。 京都裁判所は戊辰戦争最中の慶応四年三月 に、京都市中取締役所に代わって置かれた行 政機関ですが、京都裁判所と呼ばれた期間は 短く、この年の閏四月には政体書の三治制の 定めに従って京都府と改称されます。 掲載の史料は、慶応四年(一八六八)四月 に岩上通御池下ル町在住の京都町方年寄であ る呉服商松屋伝兵衛が盗難の被害状況を京都 裁判所に文書で届け出たもので、本人の他に、 五人組の金蔵が署名、押印しています。 史 料 に は、 事 件 の 経 緯 が 記 さ れ て い ま す。 それによると、事件は松屋の手代文助が商用 で仏光寺付近に出向く途中、暮六ツ(夕方七 時)ごろ、室町三条下ル町を通りかかった所 で起こります。文助はひとりの見知らぬ男に、 背負っていた風呂敷包みを強奪され、そのま ま逃げられてしまいます。そのとき、犯人の 顔や服装をしっかりと見届けることはできな かったようです。知らせを受けた松屋伝兵衛 は、事の経緯とともに被害にあった品々を一 覧にして、翌日、京都裁判所に届け出ました。 史料の別紙の「覚」がそれにあたります。 その「覚」から、秩父縞の袷一枚と白奈良 晒 一 疋( 一 疋 は 二 反 )、 花 色 秩 父 絹 二 疋 な ど 布五種類、端切れを入れた紙包みの計七点の 品々が八点目の盗難品でもある四幅の大きさ の紺木綿の風呂敷に包まれたまま盗難にあっ たことが分かります。 江戸幕府が倒れ、維新政府が成立して間も ない京都市中の治安状況と、新政府の組織の 役割等を窺い知ることができる史料です。     乍 レ 恐御断書 一   私儀呉服渡世仕、家内拾人相暮罷在候処、手代文助義    昨廿日用向有 レ 之、寺町仏光寺辺迄罷越、暮六ツ時分    室町三条下ル町通掛り候処、不 二 見知 一 男壱人、理不尽ニ脊負    居候風呂敷包を引はづし取逃申候、尤、面体恰好等    聢と見留不 レ 申候、則、品々別紙ニ書記シ奉申上候、    此段乍 レ 恐御断奉 二 申上 一 候、以上         岩上通御池下ル町    慶応四辰年四月廿一日    乍 二年寄 一        当人   松屋伝兵衛   印        五人組   金   蔵    印     御裁判所         覚      一   白奈良晒        一疋      一   花色秩父絹       二疋      一   秩父縞         一反      一   糸入調子縞       三反      一   秩父縞袷        一ツ      一   白羽二重        一疋      一   小裂之紙包       一ツ      一   紺木綿四幅風呂敷    一ツ          端しニ白上リニ而舟津と印有 レ 之      〆    八点     右之通御座候、以上

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平成二十六年十二月十日に愛知県 庁本庁舎が名古屋市役所本庁舎とと もに国の重要文化財に指定されまし た。また、平成二十七年三月二十二 日、愛知県庁本庁舎は昭和十三年の 竣工から七十七年が経ち、人間に例 えると「喜寿」という節目を迎えま した。これを記念して 「喜寿 (七十七 年) を迎えた愛知県庁本庁舎の軌跡」 と題し、総務部財産管理課と共同で 企画展を開催しました。 展示を担当した総務部財産管理課 の奥野健一課長補佐にお話を伺いま した。 ○展示内容について教えてください。 前期は外観をテーマに、外から見 た 美 し さ や 価 値 を 味 わ う 内 容 と し、 後期は内装をテーマとして主要室に 注目した展示としました。ともに建 設図面と写真を展示することで、建 設当時から現在まで変わらない愛知 県庁本庁舎の姿を見ていただけたの ではないかと思います。 ○苦労した点について聞かせてくだ さい。 愛知県庁本庁舎は戦争の混乱を経 ており、また、時の経過とともに文 書も散逸してしまったと思われ、当 時の様子を再現できる資料が思いの ほか残っていなかったことです。 ○本館所蔵以外の展示資料は展示期 間終了後も閲覧できますか。 例えば、 起工式の墨打ちの儀(注) で使用した用材は、通常は屋根裏に 保管されており、これまで一般公開 されたことはありません。今回の展 示のために職員四人がかりで下ろし ました。展示期間終了後は再び屋根 裏に戻すため、今回の展示は貴重な 機会であったと思います。 また、建設関係者だけに配られた ブロンズの庁舎レプリカはこれまで 持ち主が不明でしたが、今回の企画 展をきっかけに判明しました。引き 続 き 県 議 会 議 事 堂 一 階 の P R コ ー ナーでご覧いただけます。 ( 注 ) 工 事 責 任 者 や 職 人 が 工 事 の 無事を誓って名前を記す儀式。 ○最も印象的な資料はどれですか。 「 愛 知 県 新 庁 舎 観 覧 順 路 示 図 」 で す。この資料は竣工式後に庁内を内 覧 す る コ ー ス を 示 し た 印 刷 物 で す。 県庁舎に関する資料を持っていると 県民の方からお話をいただき、展示 の目玉の一つとしてお借りすること にしました。 展示内容を練っているときに、偶 然にもこの貴重な資料のお話をいた だけたことに驚きました。 ○重要文化財に指定された二棟はと もに洋風建築ですね。 名古屋市役所本庁舎は愛知県庁本 庁舎より五年早く完成しました。と もに名古屋城を意識したデザインで すが設計者は別人です。しかし、二 棟 の 建 設 に は 共 通 し た 技 術 者 が 携 わっているため似た部分もあります。 名古屋市役所本庁舎は時計塔が特 徴的です。そして正面玄関を入ると 大 き な 階 段 が 目 に 飛 び 込 ん で く る、 とても華やかでモダンな作りです。 一方、愛知県庁本庁舎は名古屋城 をイメージさせる屋根、内装は正面 玄関を入ると直線に通路が伸び、北 にエレベータ、南に階段と、動線を 意識し、使いやすさを重視した造り となっています。たった五年の差で 合理的なデザイン設計に変化してい ることは大変興味深いです。 これからも、現役の事務庁舎とし て大切に使いながらも守り続けてい きたいと思います。 十一月に入門編と応用編に分けて 延べ十回実施しました。初心者が対 象の入門編は、昨年は一回完結の内 容を四回実施しましたが、本年度は 二日連続の内容を四回と拡充しまし た。江戸時代の食べ物屋の看板にあ る商品名を読むことから始め、本館 所蔵古文書を題材にくずし字、候文、 返読文字、異体字など、古文書解読 の基礎を学習しました。 題材は、名古屋藩庁文書三点と村 方文書の戸谷家文書、大脇家文書か ら三点の計六点です。江戸から明治 初期の古文書を通して当時の社会状 況と庶民の生活に触れました。 応用編は、県史編さん室職員を講 師 と し て、 昨 春 発 刊 の『 愛 知 県 史 』 ( 資 料 編 22   近 世 8   領 主 2) に 掲 載の「寛延三年正月   私領へ変更し がたきにつき碧海郡大浜村より赤坂 代官所宛上申書写」などを題材に古 文書の解読を行い、生き生きとした 史実に触れながら、愛知の歴史の一 端を辿りました。 愛知県庁本庁舎 重要文化財指定記念企画展 前 期 … 四 月 六 日 ~ 六 月 二 十 六 日 後 期 … 七 月 二 日 ~ 九 月 三 十 日

愛知県庁本庁舎の外観 入門編の様子

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県 史 編 さ ん 室 で は 、 公 文 書 館 の 展 示スペースを使って編さん事業と最 新 刊 の 紹 介 を 行 っ て い ま す 。 今 年 度 は 、三 河 地 域 の 領 主 関 係 の 資 料 を 扱 っ た 『 資 料 編 22   近 世 8   領 主 2 』、 古 代 の 窯 業 を 扱 っ た 『 別 編   窯 業 1   古 代   猿 投 系 』、 文 庫 等 の 典 籍 を 扱 っ た 『 別 編   文 化 財 4   典 籍 』 で 掲 載 し た 資 料 を 紹 介 し て い ま す 。 では、各巻の展示ブースをのぞい てみましょう。 【 近 世 8】 三 河 地 域 は 譜 代 大 名・ 旗 本・幕府・寺社の領地が散在し、支 配が錯綜していました。展示では幕 府代官と譜代大名を取り上げていま す。一点目は、代官が陣屋を置いた 場所や人物について紹介しています。 二点目は、刈谷藩や西尾藩の藩主と なった譜代大名三浦家の転封による 移動の軌跡を紹介しています。三点 目は、幕府の奏者番を務めた田原藩 主三宅康直が、先例を確認するため 職務についての記録を蓄積し保管し ていた事例を紹介しています。 【 窯 業 1】 尾 張 東 南 部 か ら 西 三 河 の 丘陵に分布する猿投窯は、古代の一 大 窯 跡 群 で す。 県 内 に は ほ か に も、 尾張北部の小牧市や春日井市を中心 に分布する尾北窯、東三河の豊橋市 東 部 に 分 布 す る 二 川 窯 な ど が あ り、 古代から窯業が盛んでした。 展示では、猿投窯の優品である灰 釉多口瓶や緑色の発色が美しい緑釉 陶器等を紹介しています。また、尾 北窯最古の下原古窯跡群 (春日井市) 出土の埴輪や須恵器、それらを焼い た窯の様子などを紹介しています。 【 文 化 財 4】 県 内 に は、 寺 社 以 外 に も近世から近代にかけて成立した文 庫に豊富な古典籍が残されています。 尾張徳川家にゆかりを持つ蓬左文庫 や徳川美術館、尾張藩士河村秀根が 蒐 集 し た 書 籍 を 中 心 と す る 河 村 文 庫、羽田野敬雄らを主体とする講組 織によって経営された羽田八幡宮文 庫、地元の実業家岩瀬弥助によって 開設・公開された岩瀬文庫などです。 展示ではこれら県内文庫の特徴を写 真とともに紹介しています。 ○『愛知県史』は、県内の図書館な どに配置しています。自治センター 八階の県史編さん室でも販売してい ます。ここで紹介した資料はごく一 部です。一度、県史で本県に関する 様々な資料に触れてみて下さい。 埋蔵文化財と地籍図 本館所蔵の地籍図は、国の地籍編 纂事業の一環として、愛知県が明治 十七年、村々に命じて原則一村当た り一枚、千二百分の一で作成させた 地図のことです。土地の一筆ごとの 形状と境界線、畑、田、道路、河川、 堤、寺社の敷地等を正確に描いてい ます。この地籍図は現在、土地利用 や測量等の関連の方を初め、大変多 くの人に利用されています。その中 で埋蔵文化財の調査研究に携わる方 の利用方法・成果の一端を述べます。 埋蔵文化財は、地中に埋もれてい る昔の人々の生活の跡や道具などの 遺物で、貴重な文化遺産です。長年 の、 特 に 近 現 代 の 土 地 開 発 に よ り、 当時の遺跡周辺の地形、利用状況な どの推測が難しい場合がほとんどで すが、明治中期に作成された地籍図 を基に遺跡の形状等の概要を推測し、 発掘調査や遺跡の復元に役立てるこ とができることが多いようです。こ こでは、本館所蔵の二つの研究書籍 を紹介したいと思います。   古墳の姿(尾張編)―塚・古墳デー タ一覧―』 (平成二十二年   人間社) 著 者 の 伊 藤 秋 男 氏 は、 尾 張 地 区 ( 名 古 屋 区 を 除 く ) 九 百 二 十 三 村 の 地 籍 図 に 表 記 さ れ て い る 膨 大 な 数 の「塚」について、それが古墳であ るのか、それとも他の何かであるの かを、現地調査を基に考察していま す。そして、古墳が推定される塚の ほかに、 道標「一里塚」や「十三塚」 、 砂入り地や集石場が想定される塚な ど、八つのジャンルに分類して記録 し、該当の地籍図とともに紹介して います。 左の写真は、地籍図「丹羽郡学伝 村乙」の一部で「字青塚」に所在す る「 茶 臼 山 」( 現 在 の 青 塚 古 墳 ) が 表記されています。 『中世城館跡調査報告Ⅰ~Ⅳ』 (平成 三年、六年、九年、十年) 愛知県教育委員会は昭和六十三年 から県内の中世城館跡の現状を正確 に把握し、それらの保存・活用の方 策を探るために詳細な分布調査を実 施し、多くの城館跡の所在地確定と その図化・復元を試みています。こ 『愛知県史』展示コーナー   新刊掲示資料から   埋蔵文化財と地籍図 展示の様子 地籍図 丹羽郡学伝村乙

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のとき活用された史料が地籍図です。 地籍図にある城館に関係の深い地名 や方形に巡る地籍から城館主要部を 推定し、 また、 例えば「水田」 「水路」 など低地を表す地目から堀を、 「山」 や「畑」の形から土塁や曲輪を推定 するなど、地籍図の読み取り方を類 型化して復元に生かしています。 左の写真は同書掲載「岩倉城下町 復元図」の一部です。 この二つの書籍を読むと、地籍図 という史料が時の経過とともに、作 成当初の意図とは別に貴重な歴史的 価値を付与されたことに気づかされ ます。また、塚や中世城館跡がどの 市町村にもある大変身近な文化財で あることも教えられます。 本館では、明治維新期の愛知県成 立期から昭和初期ごろにかけての県 庁文書を原本または複製資料で多数 所蔵しています。その中には、大事 件や国を挙げての事業に関連するも のもあり、その一例を紹介します。 明治六年五月、女官部屋からの失 火により皇城(皇居)が炎上しまし た。この火事で西ノ丸にあった両陛 下の宮殿のほか、太政官庁舎や宮内 省庁舎なども焼失し、両陛下は赤坂 離宮を仮皇居とされました。 政府は皇城の炎上という非常事態 を直ちに各府県へ通達し、これによ り、 全 国 の 各 方 面 か ら 皇 城 再 建 の た め に 献 金 の 願 い 出 が 相 次 ぎ ま し た。政府は、国に対する米金の献納 を 差 止 め し て い ま し た が、 「 非 常 ノ 儀、強テ不被為受候テハ却テ臣民之 誠意モ貫徹不致筋ニ相当リ候」 (「公 文録」 )として、 献金を許可しました。 県庁文書に残る皇城炎上に関する 資料の大半は、この献金に関するも ので、 「官省伺届留」 (明治七年)や 「郡区伺指令 ・ 往復留」 (明治十九年) などの簿冊に納められています。こ れらの文書を見ますと、農民から士 族、寺社の者など、性別や身分、職 種も様々な人からの献金を県で取り まとめて政府へ提出するという形を 取っています。県令から、太政大臣 三条実美や宮内卿徳大寺実則などへ 宛てた文書が見られます。献金願は、 明治二十一年、明治宮殿が落成する ころまで続いています。献金の額は、 数百円から一円に満たないものまで 様々ですが、皇城再建のために少し でも役立ちたいと願う人々の思いが 見て取れます。 また、このとき太政官庁舎が焼け、 保管していた文書の大半が焼失して しまったため、太政官は各府県に対 し置県以来の各種文書等の写しの提 出を求めました。このことは、政府 が国政運営上、公文書の保管・保存 の必要性を認識し、公文録等の編集 を行う契機ともなりました。 本 館 で は、 愛 知 県 の イ ン タ ー ン シップ受入事業(東海地域インター ンシップ推進協議会と連携)により、 毎年研修生を受け入れています。十 日間程度の短い期間ではありますが、 研修生の方には、本館のさまざまな 業務を体験してもらっています。 本年度は四名の大学三年生の方々 が参加し、公文書の修復・整理・書 架移動、行政刊行物の整理、窓口で の受付等の業務を体験しました。研 修生の皆さんの感想や、公文書館に 対する印象などを紹介します。 〈研修生A〉 「資料が実際に利用されるまでには、 どの公文書を残すのかという選別作 業や、公文書の修復等、利用する側 からは見えない部分で、多くの工程 が必要なことを知ることができた。 」 〈研修生B〉 「 個 人 で 行 う 仕 事 で あ っ て も、 職 員 の方々や他のインターンシップ生と のコミュニケーションをとりながら 取り組まなければ業務を円滑に遂行 できないことを実感した。 」 〈研修生C〉 「 普 段 あ ま り 触 れ る こ と の な い 公 文 書に触れ、それを修復したり、古文 書の読み方を教えていただいたりし て有意義な体験ができた。 」 〈研修生D〉 「 企 画 展 の 開 催 で は、 単 に 展 示 室 に 飾ればよいということではなく、企 画展を宣伝するために大量のチラシ を多くの市町村、大学、図書館に送 付することが成功のために必要なの だと感じた。 」 今後も多くの学生の皆様に本館の 業務を体験していただければと考え ています。 「愛知県庁文書」から   皇城炎上ニ付・・・   インターンシップ研修生体験記 愛知の花 カキツバタ 愛知の木 ハナノキ 岩倉城下町復元図

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  Q   明 治 期 か ら の 国 の 法 令 や 県 条 例 等 を 調 べ た い の で す が 、 ど ん な 資 料 が 所 蔵 さ れ て い ま す か 。 A   ま ず 、「 法 令 全 書 」 と い う 資 料 が あ り ま す 。 詔 勅 や 布 告 ・ 布 達 ・ 告 示 な ど 、 各 種 法 令 を 年 毎 に ま と め て あ り 、 本 館 で は 慶 応 三 年 か ら 昭 和 二 十 年 ま で 所 蔵 し て い ま す 。   次 に 、「 太 政 官 日 誌 」( 官 報 の 前 身 ) や 「 官 報 」 が あ り ま す 。 太 政 官 日 誌 は 慶 応 四 年 か ら 明 治 九 年 ま で 、 官 報 は 明 治 十 六 年 七 月 二 日 の 第 一 号 か ら 現 在 ま で 所 蔵 し て い ま す 。   ま た 、「 太 政 類 典 」「 公 文 録 」「 公 文 類 聚 」 と い う 資 料 は 、 政 府 の 作 成 し た 公 文 書 の 原 簿 綴 で 、 法 令 の 決 裁 書 だ け で な く 理 由 書 や 関 連 資 料 が 綴 ら れ て お り 、 各 官 省 、 年 毎 に ま と め ら れ て い ま す 。 三 点 合 わ せ て 慶 応 三 年 か ら 昭 和 二 十 年 ま で 所 蔵 し て い ま す 。   愛 知 県 の 県 令 や 条 例 等 に つ い て は 、 「 愛 知 県 公 報 」( 明 治 二 十 年 四 月 ~ 現 在 ) で 見 る こ と が で き ま す 。 ま た 、 公 報 作 成 以 前 の 布 達 を 所 収 し た 「 愛 知 県 布 達 類 聚 」 は 、 明 治 初 期 か ら の 愛 知 県 の 施 策 を 知 る 上 で と て も 貴 重 な 資 料 で す 。   な お 、 原 本 で の 閲 覧 が 難 し い 資 料 に つ い て は マ イ ク ロ フ ィ ル ム で の 閲 覧 を お 願 い し て い ま す 。 ▽愛知県公文書館だより第二十号を お届けします。 ▽本年度前半は、愛知県庁舎の重要 文化財指定記念企画展を財産管理 課と共催で実施し、多くの来場者 がありました。 ▽恒例の企画展は「明治期愛知の広 告と博覧会」と題し、新聞の広告 等を通して明治期の本県産業の発 達を紹介しました。草創期の新聞 の歴史的価値を再認識する機会と なりました。 ▽古文書や地籍図、県庁文書に関す る記事は、本館所蔵資料を基にし たものです。この「だより」が県 民の皆様と本館を結ぶ架け橋とな りますことを祈念しております。

 

 

 

ホームページアドレス  http://www.pref.aichi.jp/kobunshokan/ 愛知県公文書館だより   第二十号 平成二十八年一月二十九日 編集発行   愛知県公文書館 〒四六〇―八五〇一 名古屋市中区三の丸二―三―二 愛知県自治センター内 電   話〇五二 (九五四) 六〇二五 FAX〇五二 (九五四) 六九〇二 電子メール [email protected]

利 用 案 内

開 館 時 間 午前9時~午後5時 休 館 日 土曜日・日曜日・整理期間(春季10日以内) 国民の祝日・年末年始(12月28日~1月4日) 利 用 方 法 展     示 展示室では常設展や毎年テーマを定めた企画 展を開催し、所蔵資料等の展示を行っています。 交 通 機 関 地下鉄名城線「市役所」下車 5番出口 市バス・名鉄バス(基幹バス)「市役所」下車 資料の閲覧は無料です。 閲覧を希望される場合は、備え付けの「閲覧 票」に所定の事項をご記入の上、受付に提出 してください。 所蔵資料の複写にも応じています。(有料) ただし、一部複写できないものがあります。 ・ ・ ・ N ■県体育館 ■国立病院機構  名古屋医療  センター 市役所 市役所 西庁舎 県庁西庁舎 市役所駅 県庁 至清水口 地下鉄名城線 至栄 愛知県公文書館 愛知県自治センター 7階 愛知の魚 クルマエビ

参照

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