第7回 大気化学勉強会 ノート
前篇
大気と放射のお話
ノート作成:江口 菜穂
(北海道大学地球環境),中前 久美 (京都大学理学研究科)
目 次
1 放射の基本法則 1
1.1 黒体放射(Blackbody Radiation) . . . . 1
1.2 ステファン・ボルツマンの法則(Stefan-Boltzmann’s Law) . . . . 1
1.3 ウィーンの変位則(Wien’s Displacement Law) . . . . 2
1.4 キルヒホッフの法則(Kirchhoff’s Law) . . . . 3
1.5 放射平衡温度( Radiative Equilibrium Temperature ) . . . . 4
1.6 太陽と地球を黒体とみなした時の放射スペクトル . . . . 5 2 太陽放射 7 2.1 太陽( Sun ) . . . . 7 2.1.1 太陽の構成 . . . . 7 2.1.2 太陽組成物質とスペクトル . . . . 7 2.2 太陽放射(Solar radiation) . . . . 8 2.2.1 地上で観測される太陽放射のスペクトル . . . . 8 2.2.2 太陽定数(Solar constant) . . . . 10 3 地球放射 11 3.1 地球大気 . . . . 11 3.1.1 地球大気主要気体の放射特性 . . . . 11 3.2 地球放射(Terrestrial Radiation) . . . . 13 3.2.1 温室効果 (Greenhouse effect) . . . . 13 3.2.2 温室効果の簡単モデル . . . . 14 3.2.3 放射平衡温度の鉛直プロファイル . . . . 16 付録 A 地球大気の構成物質 19 付録 B (1)地球大気の放射バランス (2)対流圏温暖化の際成層圏が寒冷化する理由 25
1
放射の基本法則
本節では、基本的な放射の物理法則について説明する。1.1
黒体放射 (Blackbody Radiation)
黒体(black body)とは、入射してきた電磁波(放射)を全ての波長において完全に吸収し、かつ 与え られた温度で理論上最大のエネルギーを放射できる仮想的な物体である。端的に解釈すると、吸収した エネルギーをそのまま放射するとも言える。黒体放射は、あらゆる波長の電磁波を含むが、どの波長も 同程度含むわけではなく、黒体の温度によってその割合は変わる。ちなみに、黒体の温度が500K 程度 よりも高くなると、可視領域の電磁波が増え始める。この放射エネルギーの強度分布は、振動数 ν (波 長λ )と温度T の関数で与えられ、この関数をPlanck関数という。Planck関数は、次のような式で与 えられることが知られている。 Planck関数Bν(T ); Bνdν = 2hν 3 c2{exp(kThν)− 1}dν (1) または Bλdλ = 2hc 2 λ5{exp(λkThc )− 1} dλ (2) プランク定数h = 6.626 × 10−34 [Js] ボルツマン定数k = 1.3806 × 10−23 [J/K] 光速c = 2.998 × 108 [m/s] 温度T [K] 振動数ν 波長λ ( ν = λc )1.2
ステファン・ボルツマンの法則 (Stefan-Boltzmann’s Law)
黒体の単位時間・単位面積当たり 全波長域における放射エネルギーは、温度T の4乗に比例する。 こ れを Stefan-Boltzmannの法則 という。Planck関数 Bλ(T )を全波長域で積分する。 B(T ) = ∞ 0 Bλ(T )dλ = ∞ 0 2hc2 λ5{exp(λkThc )− 1}dλ (∵ x = hc λkT) = 2k 4T4 h3c2 ∞ 0 x3 ex− 1dx= 2k 4T4 h3c2 ∞ 0 x3 ex(1− e−x)dx = 2k 4T4 h3c2 ∞ 0 x 3(e−x+ e−2x+· · · + e−nx)dx = 2k 4T4 h3c2 6 ∞ n=1 1 n4 = 2k 4T4 h3c2 π4 15 = 2k 4π4 15h3c2T 4 = bT4 ∴ πB(T ) = πbT4 = σT4 (3) 途中の積分計算に用いられた特殊関数については、下記の注釈に記す。1 ここでの σ は、 Stefan-Boltzmann定数と呼ばれ σ = 2π 5k4 15c2h3 = 5.6698 × 10 −8 [W/m2K4] である。
1.3
ウィーンの変位則 (Wien’s Displacement Law)
W.Wien が「黒体放射の最大放射強度の波長は、その温度に反比例する。」と示したもので、これを Wienの変位則という。 Planck関数Bλ(T )をλで微分して、極値を求める。 dBλ(T ) dλ = 0 2hc2 λ6{exp(λkThc )− 1} −5 + hc λkT exp(λkThc ) exp(λkThc )− 1 = 0 ここで、この式の解の1つを λ = λmaxとして、このとき λmaxhckT = xm とおくと、上の式は以下のよ うになる。 −5 + xmexm exm− 1 = 0 1 上の積分計算において ∞ 0 xs ex− 1dx = ∞ n=1 ∞ 0 xs e−nxdx = s! ∞ n=1 1 ns+1 = s! ζ(s + 1) (s = 1, 2, 3, · · ·) で定義される ζ 関数を用いた。幾つかのsについて ζ(s) は次のようになる。 ζ(2) =π 2 6 , ζ(3) = 1.202, ζ(4) = π4 90
exm = 5 5− xm xm = 4.9651 よって、 xm = hc λmaxkT = 4.9561 これより、Wienの変位則の式 λmax= 2.89 × 10−3/T [m] = 2897/T [µm] (4) を得ることができる。
1.4
キルヒホッフの法則 (Kirchhoff’s Law)
熱力学的に放射平衡にある物体の放射エネルギー(射出係数 jν )と吸収エネルギー(吸収係数 kν)の 比は、媒質に関係なくその温度と放射波長にのみ依存する関数、つまりプランク関数Bν(T )で表すこと ができる。 jν = kνBν(T ) (5) 言い換えれば、ある振動数ν に対して熱力学的平衡状態にある物体において 常に 射出率 εν =吸収率αν (6) つまり ενBν(T ) = ανBν(T ) (7) が成立するはずである。従って黒体の場合は吸収したエネルギーは全て射出するため、射出率と吸収率 は最大となる1を取り εν = αν = 1 (8) となる。そして 灰色体の場合は εν = αν < 1 (9) となる。 但し、Kirchhoffの法則は 熱力学平衡の条件の下でのみ成立するものであり、このとき 物体は 等温で 等方性放射していなければならない。ところが、現実大気には 温度勾配があり、全体としてこの条件を 満たしているとはいえないため、厳密にはKirchhoffの法則を適用することはできない。しかし、約40 km以下の局所的な大気層では、エネルギーの交換は 充分に密な空気分子の衝突によって行われており、 局所的には等温で等方性放射であると近似できるため、Kirchhoffの法則を適用することができる。これ1.5
放射平衡温度 ( Radiative Equilibrium Temperature )
物体が吸収する放射量と射出する放射量が釣り合っている状態を放射平衡という。
地球に降り注ぐ太陽放射のうち地球·大気で反射される量を除いた放射量と、地球·大気から大気外に
出ていく放射量は長い時間スケールでみるとほぼ釣り合っていると考えられ、そのときに決まる温度を
放射平衡温度 (Radiative equilibrium temperature ; Te ) という。これは次のように簡単なモデルを仮
定して求められる。この際太陽放射量は一定で、これを太陽定数S として表す(2.2.2参照)。 地球に入射する放射の一部は、大気中の気体分子・エアロゾル・雲・地表面などによって散乱・反射 される。 地球·大気によって反射された放射量と入射太陽放射量(S)との比をアルベド(A)という。 地 球のアルベドは0.30程度である。ここで、地球·大気系に入る放射量と、地球·大気系から出ていく放 射量とが釣り合っている放射平衡の状態を考える。すなわち、 S (1 − A) π re2 = 4 π r2e σ Te4 (10) re :地球の半径 Te :地球の放射平衡温度 σ : ステファンボルツマン定数5.67 × 10−8 [Wm−2K−4] が成り立つ。左辺は太陽に直面する地球の断面積πr2e が受ける放射量のうち宇宙に返される分を除いた 量で地球が吸収した太陽放射量を示し、右辺は地球表面から射出される黒体放射の放射量(前出のステ ファンボルツマンの法則)である。 この式から放射平衡温度Teが導かれる。 Te = 4 S (1 − A) 4 σ = 255 [K] (11) これは、実際に観測による288 Kよりも低い。大気による温室効果を考慮に入れていないためである。 温室効果については3.2.1で解説する。 図 1: 地球の放射平衡
1.6
太陽と地球を黒体とみなした時の放射スペクトル
図2: 太陽を6000 K、地球を255 Kの黒体とみなした時の放射スペクトルと吸収スペクトル 図2 (a)は太陽と地球を 各々6000 K、255 Kの黒体としたときの放射スペクトルである。横軸に波長、 縦軸に放射輝度を示す。黒体放射を考えた際、気温によって放射輝度が異る(1.2参照)のでこの絵では縦 軸のスケールは各波長のエネルギーが保存するように規格化されている。また気温によってその最大輝 度をとる波長が異なっている様子がわかる(1.3参照)。ここで0.4 µm以下は紫外域(ultraviolet ; UV)、0.4 ∼ 0.7 µmは可視域(visible)、0.7 ∼ 100 µm は赤外域(infrared ; IR)、100 µm はマイクロ波領域
となっている。赤外域はさらに0.7 ∼ 3 µm の近赤外域(near-infrared)、 3 ∼ 6 µmの中赤外域
(mid-infrared)、6∼ 15 µm の遠赤外域(far-infrared)、15 µm ∼ の超遠赤外域(ultra far-infrared)に大別さ
れる。この絵から太陽放射は波長0.2 ∼ 4 µmの幅を持ち 0.5µm付近にピークを持つ一方、地球放射は
4∼ 100 µmの幅を持ち15 µm付近にピークを持った分布になっていることがわかる。また4∼ 6 µm付
近で両者は多少重なっているが、一般に太陽放射と地球放射は各々短波(Short wave ; SW)と長波(Long
wave ; LW)に区別され、別々に扱うことができる。 図2 (b)、(c)は地上と高度11 kmでの各波長の吸収率と吸収に寄与する気体を示す。これから対流圏 とその上層での吸収の様子が理解できる。 0.3µm 以下の短波長の UV については、11 km よりも高高度ですでにO2 、O3 によって完全に吸収 されるため、地上へは到達しない2 。一方、可視域や近赤外領域では狭いH2OとCO2 の吸収帯を除く と太陽放射は地上に到達している事が見てとれる。また、赤外領域には大部分にH2OとCO2 の強い吸 収を始めとした大気分子による吸収が存在しているが、8、12µm付近ではO3 の吸収帯を除いて吸収率 2 太陽放射を吸収したO 2 やO3 は、そのエネルギーによって光解離(photo dissociation)を起こす。光解離とは、例えば 光化学反応による分子の化学結合の切断や、電子の放出による光電離(イオン化)(photo ionisation)などのことである。
が弱くなっている。この領域は大気の窓と呼ばれている。つまり、地球の赤外放射が大気を通過して宇
宙へと放出して行く抜け穴となる。(d)は各々の気体の吸収率を示す。紫外域ではO3 によって、近赤外
域はCH4 、N2O、H2O、CO2によって、赤外域はH2Oによる吸収が支配的である。これらは地球の
2
太陽放射
本節においては、太陽と太陽放射について簡単にまとめる。2.1
太陽 ( Sun )
太陽は地球にもっとも近い恒星で、その平均距離は約1.5×108kmである。3 太陽の平均半径は6.96×105km、 質量は1.99×1035g、気温は中心付近が5×106K、表面付近が5800 Kである。密度は中心が150 g cm−3、 表面が 10−7 g cm−3で太陽の質量の約90%が半径半分以内に含まれている。太陽の主要な組成物質は水素 (H) 75%、ヘリウム (He) 25%で、その他に鉄(Fe)、硅素 (Si)、ネオン(Ne)、炭素 (C)等がわず
かに含まれている。中心部で水素がヘリウムに変換する核融合反応が起っており ( 4H→He )、その膨 大なエネルギーによって光り輝いている。太陽系に属するもの全てが、このエネルギーの影響を少なか らず受けていると言える。 2.1.1 太陽の構成 次に太陽の構成を考えてみる。地球から太陽を見たときに見える最外層が光球(photosphere) であ る。いわゆるこれが太陽の表面である。光球は厚さ約500 km、温度4200∼6200 Kである。その表面 には、強い磁場のため内部から吹き出す高温のガスが押えられて低温となっている暗部と半暗部の黒 点(sunspot) が存在する。これは光球面よりも2000 K程低温となっている。また黒点の周りには白く 明るい白斑(faculae)が見られる。黒点の数は11年周期で変動し、その最大数の時太陽活動が盛んで最 小数の時活動が弱いことが知られている。またこの光球の表面に接して、厚さ8000∼160000 km、温度 4500∼5000 Kの彩層 (choromosphere)と、その外側に非常に高温 (106 K) のコロナ (corona) が存在 する。すなわちこれらが太陽の大気である。 2.1.2 太陽組成物質とスペクトル 図3は太陽スペクトルの一部である。太陽スペクトルの中に何本か黒く見える吸収線(absorption line)は フラウンフォーファー線 (Fraunhoferline)と呼ばれている。これは光球を源とする放射が外側の彩層な どに存在する原子やイオンが特定の波長を吸収するため吸収線として観測されるものである。(一部地球 大気による吸収も含まれている)。吸収線の波長から太陽大気上層部のガスの組成を知ることができ、現 在69種類の元素がみつかっている。主なフラウンフォーファー線として、鉄(Fe)〔388nm付近〕、ナト リウム(Na〔589.6nm〕、マグネシウム(Mg)〔518.4nm〕、水素(H)〔656.3nm〕がある (〔〕内は波長 を表す) 。 また、吸収線の強度からは元素の量を推定することができる。
図3: 太陽スペクトルの一部 参考 : http://www.cc.nao.ac.jp/oao/pub/telescope/sun/sun.htm
2.2
太陽放射 (Solar radiation)
太陽の表面温度は 約 6000 Kあり、その放射スペクトル分布は 6000 K の黒体放射のそれに近い。可 視域(波長0.4∼ 0.7 µm)にピークをもち、これが全エネルギーの約 46 % を占め、残りは 赤外域(波 長0.7 µm∼100 µm)が46 % 紫外域(∼波長0.4 µm)が約7 %程である。ちなみに、図4の“ 大気上 端での太陽放射 ”の領域を波長について積分すると、次節で述べる太陽定数の値に一致する。 しかし、図4 を見ると、6000 Kの黒体放射のスペクトル分布と 実際の太陽放射のスペクトル分布は 完全に一致しないことがわかる。大気上端では比較的近い形をしているが、地表面付近では かなり異な る。その原因の一つには、大気による吸収・散乱が挙げられる。 2.2.1 地上で観測される太陽放射のスペクトル (1) 吸収(absorption) • 紫外域の光(波長 0.4 µm 以下)大気中の O2 や成層圏に多く存在するO3 によって吸収されるた め、特に0.3µm 以下の波長域のものは地上にはほとんど到達しない。 • 可視域の光(波長 0.4 ∼0.7 µm ) この波長域ではほとんど吸収されずに地表面に到達する。 これは、大気の構成の主成分がN2 と O2 であり、これらの成分が可視域で強い吸収帯を持たないため“大気の窓”領域になっているた めである。 • 赤外域の光(波長 0.7 µm 以上) 図4 から見て取れるように 大気中のH2O,CO2,O3 などによって構成される多くの吸収帯に よって吸収される。 (2) 散乱(scattering) 図4をみると、地表面での太陽放射は大気上端での太陽放射に比べて、吸収帯によると考えられるも の以外に 全波長において減衰しているのがわかる。これは吸収以外の過程、つまり 散乱に依るものであ る。散乱は、光の進行方向を変えるだけであるから、地表面に到達する量は減少するが その過程におい て熱に変換されることはない。但し、散乱された光が 大気中で吸収されて熱に変換されることもある。図4: 太陽放射スペクトル 横軸:波長[nm], 縦軸:波長別放射照度[Wm−2nm−1], 破線:6000 K での黒体放射スペクトル, 実線:大気上端での太陽放射, 陰影部:地表面での太陽放射 散乱過程 • レイリー散乱(Rayleigh Scattering) 光の波長よりも散乱粒子の方が十分に小さい場合に起こる散乱で、空気分子の場合は これに従 う。波長について連続的に起こり、波長の短い光ほど 強く散乱され その強さは 波長の4乗に反 比例する。空が青く見えるのは、この散乱過程によって 短波長の青い光が最もよく散乱され、大 気の厚さが その散乱光の届く距離に近いためである。紫色に見えないのは、紫色の光は波長が短 すぎて 大気の上端で散乱されてしまうからで、逆に 朝と夕方は太陽光が大気層に斜めに入射する ため、相対的に大気層が厚くなり 赤い散乱光が地表に届く。これが、朝焼けと夕焼けである。 • ミー散乱(Mie Scattering) 光の波長よりも散乱粒子の方が大きい場合、つまり 雲粒やエアロゾルは この散乱過程に従う。 散乱光の強さは、光の波長の 約 1 ∼ 1.3 乗程度の反比例であるから レイリー散乱よりは波長依 存性が小さい。散乱は 全波長域で連続して起こるため、散乱光は白っぽく見える。これが、雲が 白く見える理由である。レイリー散乱との違いは、散乱が等方的ではなく大きく分けて前方散乱 と後方散乱があり、粒子の大きさによって各々 角度分布を示すことにある。
2.2.2 太陽定数(Solar constant) 太陽は、単位時間当たり 約 L = 3.9 × 1026W のエネルギーを宇宙空間に放出している。このエネル ギーのことを、太陽光度(solar luminosity)という。宇宙空間には、エネルギーを吸収するような媒質は 存在しないので、この太陽光度は そのまま地球に到達すると考えて良い。これより、地球に到達する 単 位時間・単位面積当たりのエネルギーS を計算することができる。太陽と地球の間の平均距離は、1天 文単位(AU)= 約1.495985 × 108 km = Rあるので、地球は 太陽を中心とした半径R の球面上にある ことになる。 この球面上に到達する単位時間・単位面積当たりのエネルギーが、地球に到達するエネル ギー S に等しい。 S = L 4πR2 = 1386.7 × 10 6 [W km−2] = 1386.7 [W m−2] (12) 但し、地球の公転軌道は 真円ではないので、ここで計算したエネルギーは 太陽と地球の間の距離を 平均した位置で受けるエネルギーであり、この 太陽 ― 地球間の平均距離で定義された エネルギー S = 1386Wm−2 を 太陽定数 (Solar Constant)という。 太陽定数の観測は、今世紀初頭 C.G.Abbotらによって高山観測が始められて以来 続けられており、 1970年代に衛星観測が登場して 現在に至る。太陽定数の値は、太陽と地球の間の距離の変化や大気の 透過率の変動による影響を消去してあるが、太陽自身の活動の変動による影響は受けると考えられてい る。最近の観測結果から、太陽の黒点活動の11年周期に附随して約 0.1 % 前後の増減を示しているこ とがわかっている。
3
地球放射
3.1
地球大気
46億年前 地球が誕生したとき原始大気にはO2は含まれておらず、火星や金星のようにCO2,H2O ,N2 を主成分とするものであったと考えられている。しかし、現在の地表面付近の地球大気の主成分は、窒 素(78 %)と酸素(20 %)であり、残り 約 2 %程を付録A の表に示す気体が占めている。これは、海の 出現にともない、大量のCO2 が海に溶け込むことで大気中の濃度が下がり、生物の出現によってO2 が 加わることで、現在のような大気組成になったという説が最も有力である。この様な大気組成の下、現 在の地球の平均温度は摂氏15°Cを保っている。地球大気中にどの様な成分がどの程度存在するかによ り地球の放射収支は大きく左右される。この放射収支により、地球の温度は決定される。 ※ 水蒸気や二酸化炭素などの温室効果ガスの放射特性については、次節で詳しく述べる。各主要な地 球大気構成成分の詳細については後述の付録A を参照されたい。 3.1.1 地球大気主要気体の放射特性 放射の計算は放射伝達式で行われる事が多い。放射伝達式の計算には以下のパラメータが必要である。 1)大気中に存在する分子の吸収と発光の遷移周波数、遷移強度2)その分子の存在量3)遷移スペ クトルの線型4)散乱に起因するパラメータ 最初に、1)、2)、3)に対して詳細に記述する。 分子のエネルギー状態は、エネルギーの小さい順に並進(Et)、回転(Er)、振動(Ev)、電子(Ee)に区別 できる。太陽放射や地球の放射などの電磁波とエネルギー状態の相互作用に伴い、吸収、放射スペクト ルが得られる。 一般には電子エネルギー状態の準位間の遷移は可視域と紫外域、振動エネルギー順位間の遷移は赤外 域、回転エネルギー準位間の遷移はマイクロ波からサブミリ波の吸収/発光を行う。 以下に各々のエネルギーについて解説する。 • 並進エネルギー(Translational Energy) 対流圏と成層圏においては窒素と酸素分子の並進運動エネルギー温度を温度としている。 並進運動エネルギーや分子の衝突は放射伝達式を考察する際のスペクトルの線型を与える。分子同 士の衝突は光子(photon)や物質のエネルギー交換を行い、衝突の前後で振動や回転のエネルギー 準位が変化する。そのため分子特定の遷移間のエネルギーレベルによる単色波の周波数よりも幅 が広がる。これが衝突(圧力)による吸収線の広がり (collision/pressure broadening )である。ま たこれによる吸収線の半値幅はローレンツ幅 (Lorents width)で定義され、これがローレンツ線 形(Lorentz profile/shape) である。また分子の運動によるドップラー効果も、分子の特定のエネ ルギー遷移間の吸収、射出による周波数よりも幅を持たせ (Doppler broadening)、吸収線はドップラー線形(Doppler profile/shape)と呼ばれている。実際の大気では両者の効果を併せ持つボイ ド線形(Void profile/shape)となり、ローレンツ線形とドップラー線形の中間的な振舞いをする。 • 回転エネルギー(Rotational Energy) OHの様に特別に質量の軽い分子でない限り、ほとんどの大気中の分子は0-1000GHzの間に回転 遷移を持つ。以下の3点から人工衛星による大気観測に適している周波数の一つである。1)等核 原子から成る分子以外のほとんどの分子が回転遷移を持つこと、2)エネルギーが小さいためこ の遷移によって分子が解離する事はない事、また、3)太陽光に依存しないで感度よく放射を観 測できるため夜間の観測が可能であること • 振動エネルギー(Vibrational Energy) 赤外域に遷移を持つため、振動エネルギーを持つ分子は寄与の大小はあるがいずれも温室効果を 示す。また、300K程度の温度の物質(地球)は赤外域の放射強度が最も大きいため、地表面と地 球大気の放射のやりとりに際して分子の振動エネルギーは重要な寄与を果たす。太陽光も赤外域 に放射を持つ。これを利用して地球大気に存在する分子の赤外吸収スペクトルを測定する事は衛 星でも地上からの観測でも盛んに行われている。 • 電子エネルギー(Electronic Energy) 電子エネルギーは可視と紫外域に遷移を持つ。可視と紫外領域の遷移は太陽放射が地球に入射す る際に重要である。 次に放射に寄与している大気中の気体の放射特性について触れてみる( 図2を参照)。 1. 水蒸気 ( H2O ) 水蒸気は 非対称コマ構造(asymmetric top)をしており、大きい永久電気双極子モーメントを持 つので強い純回転吸収がいくつか存在する。この中で地球の放射収支を考察する上で重要な寄与 を果たしている振動-回転吸収帯は6.3µm付近である。 存在量が多いため、振動の倍音など他の分子では観測されない遷移でも放射収支に寄与するのに 充分な強度で吸収と発光を行っている。従って大気の窓領域(8∼12µm) を除いて遷移が広範囲に 分布し、太陽放射の近赤外域から地球放射の遠赤外域までの至るところに水蒸気の吸収線が存在 する。 2. 二酸化炭素( CO2 ) 二酸化炭素は酸素が対称な位置についた直線分子であるため、永久電気双極子モーメントを持た ない。そのため純回転吸収は存在しない。一方、振動-回転吸収帯は15µm付近に存在し、成層圏 領域での長波の吸収に重要な役割を担っている。 3. オゾン( O3 )
オゾンは水蒸気と同様に非対称コマ構造をしている。オゾンの振動-回転吸収帯には9.6µm帯と
14µm帯とがあり、地球放射収支には後者の方が効いている。
またオゾンによる紫外域の吸収も重要である。地球に降り注ぐ太陽放射の紫外線UV-A(320-400
nm), UV-B (280-320 nm), UV-C (200-280 nm)のうち、UV-Cのエネルギーはオゾン層によって
完全に吸収される。UV-Bもまた強く吸収されるが、一部は地表に届く。UV-Aはほとんど吸収さ れずに地表に届いている。 4. メタン( CH4 ) メタンは対称コマの構造で永久双極子モーメントは持たない。振動による吸収帯は7.6µm、6.5µm、 5.2µm、3.3µm等がある。このうち7.6µm帯が効率的に赤外放射を吸収・放出する。また現在の 大気組成における1分子あたりの放射強制力は二酸化炭素の約20倍と見積もられていることから 地球の放射収支の考察に重要である。 5. 一酸化二窒素( N2O ) 一酸化二窒素は二酸化炭素と同様に直線状の分子であるが、非対称直線分子 N-N-Oであるため に永久双極子モーメントが存在し、純回転スペクトルが存在する。振動吸収帯には17µm、7.8µm、 4.5µmがある。このうち一酸化二窒素の 7.8µm帯はメタンの7.6µm帯と重なる。また現在の大気 組成における1分子あたりの放射強制力は、二酸化炭素の約200 倍と見積もられている。 この他、最近、大気中のエアロゾルの吸収、散乱過程が地球の放射収支に重要な役割を担っていると 指摘されている。エアロゾルの放射特性については、普通 複素屈折率というパラメータで表される(実 部が屈折率(散乱)、虚部が吸収率になっている)。従って、放射に与える影響を考える際には2つの異な る過程、散乱過程と吸収過程を考慮しなければならない。以下に簡単にこれらの過程を説明する。 エアロゾルの散乱過程は Rayleigh散乱とMie散乱で説明される。すなわち、光の波長と粒径の比(サ イズパラメータ)によって、散乱のされ方が決まる(これについては、2.2.1 節の(2)で詳しく述べた)。 つまり他の気体分子と同じく、半径が大きければMie散乱に、小さければRayleigh散乱になる。 吸収過程については、個々の物質の吸収能力とその量に依る。例えば黒色炭素は吸収能力が高いので温 室効果に効き、一方硫酸塩は反射するため冷却(日傘)効果となる。エアロゾルは日射をどれだけ吸収、 散乱するかの放射特性によって気候に与える影響は異なってくる。
3.2
地球放射 (Terrestrial Radiation)
3.2.1 温室効果 (Greenhouse effect) 地球の地表面付近の気温は 現在 約 288 Kである。しかし、1.5節の放射平衡の部分でも触れたが、放 射平衡の式から計算された地球の有効放射温度は約255 Kである。この温度差の原因が、大気の温室効 果にあるということは既に述べた。 では、温室効果というのはいかなるシステムのことを指すのか?一般に、地表面温度は 太陽放射と地球放射の釣り合いに、対流などによる熱の輸送の効果を加えた全 体のバランスによって決まる。地球の有効放射温度と実際の地表面温度との比から、大気の射出率εν は 約0.61と計算されている。即ち 地球大気は 太陽放射で入射したエネルギーの約 61 % しか宇宙空間に 射出していないことを示している。これは放射平衡は 大気上層の低温部分で成立しているという事も示 している。では、残りの約39 % は どうしたのか?この残りのエネルギーが、温室効果をもたらしてい る。つまり、残りのエネルギーを大気下層が吸収したのである。 前述したように太陽放射は、その大部分が可視光の波長域にあるため、 紫外線を吸収するオゾン層な どを除けば 大気によって吸収されるものは僅かである。しかし、地球放射は 大部分が赤外の波長域に あるため、大気中 特に大気下層にある水蒸気(H2O)や二酸化炭素(CO2),メタン(CH4)などの温室効 果ガスと呼ばれる気体に良く吸収される。これによって、大気下層の気温が上昇するのである。 このような現象を、農業作業用の温室になぞらえて 温室効果(greenhouse effect)と呼ぶ。この現象は、 何も地球に限ったことではなく、特に 金星のように大気の主成分がCO2 で 大気下端の気圧が90 atm にもなる惑星には顕著に見られる。因みに、金星のような極端なケースを 暴走温室効果 という。 3.2.2 温室効果の簡単モデル ここで、一般に温室効果の層モデルと呼ばれるものについて述べておく。これは、普通温室効果で何 故大気の温度が上昇するのかを定量的に説明するために用いられる。 • 大気層を1層とした場合(図5 ): 図5: 温室効果の1層モデル 簡単化のため、地球大気を薄い単一の層であると考え、地表面と大気層は 全ての波長域に対して 黒体であるとする(射出率 ε = 1.0)。太陽放射 I は 大気層で αI だけ吸収されて、残り (1− α)I を地面が吸収する。かつ、地面はσTg4(地面の温度Tg)・大気層はσT4(大気温度T )で黒体放射 し
ている。放射平衡が成立しているとすると、 地面: (1− α)I + σT4− σTg4= 0 (13) 大気層: αI − 2σT4+ σTg4= 0 (14) (13)と(14)から、 T = 4 I σ , Tg = 4 (1 + (1− α))I σ と、計算できる。 具体的な値をI とα に入れるとよくわかるのだが、上で求めた地面の温度は 大気層がない場合 の温度Tg =4 I/σ よりも高くなる。これが 温室効果の最も簡単な定量的説明である。 • 大気層が3層の場合(図6): 図6: 温室効果の3層モデル 次に、大気を複数の層に分けるとどうなるかを考えてみる。大気層を3つに分け、各々の層につ いて 上記と同じように計算する。各層とも、太陽放射は吸収せず 太陽放射はそのまま地面に到達 する。そして、各層とも地球放射・大気放射については 黒体として吸収・放射しているとする。1 層のときと同様、放射平衡が各層について成立している。 各層の温度 T1 , T2 , T3 とすると、 気層1: σT24− 2σT14 = 0 (15) 気層2: σT14+ σT34− 2σT24 = 0 (16) 気層3: σT24+ σTg4− 2σT34 = 0 (17) 地面: I + σT34− σTg4= 0 (18)
これを計算すると、 T1 = 4 I σ , T2= 4 2I σ , T3= 4 3I σ , Tg = 4 4I σ となる。 このことから、大気層がn層である場合、地面の温度は Tg= √4n + 1(I/σ)1/4 となることが わかる。 しかしながら、見てわかるように このモデルでは、大気層を多く分ければ分ける程 地面の温度 が上昇してしまう。つまり、n → ∞ とすると 地面の温度も ∞ になり、発散してしまう。即 ち、この非現実的な結果は、このモデルの前提条件,即ち 大気を黒体である、と仮定したことに 問題があることを示している。 この問題点を改良すると、現在 わかっているような実測の大気の鉛直温度プロファイルに近い 値を得ることができる。 3.2.3 放射平衡温度の鉛直プロファイル まず、対流による影響を考慮に入れない場合の 鉛直温度分布を考える。 図7: 灰色大気の放射平衡による鉛直温度分布(Goody,1964) 実線:左から 大気の光学的厚さτ < 1, = 1, 4の場合の鉛直温度分布。 点線:各々のτ の場合の 断熱温度減率 −6.5 K km−1 を傾きとする直線。 図7に示したものは、大気中の個々の吸収物質を考えずに大気密度と大気の光学的厚さが 共に高度 に対して指数関数的に減少すると仮定して計算されたものである。これに、標準大気の断熱気温減率 −6.5 K km−1 と同じ傾きを持った直線(図7中の点線)を重ねてみると、地表面付近の温度に ギャップ
図8: 個々の吸収物質を考慮に入れた放射平衡温度の鉛直分布( Manabe and Strickler, 1964) (L+S):長波放射(地球放射)+太陽放射 左から H2O(L+S) , CO2(L+S) , H2O + CO2(L+S)の場合の鉛直温度分布。 があるのがわかる。つまり、地表面温度のギャップによる高温と、下層の標準大気の気温減率よりも大 きい温度減率を示しており、そこに 大気の静力学的不安定が生じると考えられる。この不安定が、対流 圏における対流活動の一因であると言って良い。 更に、個々の吸収物質を考慮に入れた放射平衡温度の鉛直分布を図8に示す。各々H2O , CO2 だけの 場合と、H2O + CO2 の組み合わせの場合は、全体の形が 図7(Goody 1964) に似ているが、O3 を加え たものだけは 高度10 km 付近から温度が上昇しているのがわかる。これが、成層圏下部のオゾンの日 射吸収による温度上昇である。 次に、吸収物質を考慮に入れた放射平衡に対流調節を加えた図を図9に示す。H2OとH2O + CO2 の 場合には、図8に見られるような大きな温度減率は見られず、標準大気の気温減率−6.5K km−1 に近い 傾きの直線になっている。O3 を加えたものを見ると、現在の標準大気の鉛直温度分布にかなり近いこ とがわかる。実際に、これは 観測結果と良く一致する。
図9: 個々の吸収物質に対流調節を含んだ放射平衡温度の鉛直分布( Manabe and Strickler, 1964) 左から H2O , H2O + CO2 , H2O + CO2+ O3 の場合の鉛直温度分布。
付録
A
地球大気の構成物質 地球大気の組成は、その量が 場所や時間 特に高度によって大きく異なる。以下の表に、現在の地表面 付近の大気組成とその存在比を示す。 地表面付近の大気組成 組成成分 分子式 体積比(%) 窒素 N2 78.09 酸素 O2 20.94 アルゴン Ar 0.93 二酸化炭素 CO2 0.035 ネオン Ne 1.8 × 10−3 メタン CH4 1.7 × 10−4 ヘリウム He 5.24 × 10−4 クリプトン Kr 1.14 × 10−4 水素 H2 5.0 × 10−5 亜酸化窒素 N2O 3.1 × 10−5 一酸化炭素 CO 0.4∼1.0 × 10−5 キセノン Xe 8.0 × 10−6 オゾン O3 1.0∼10× 10−6 硫化水素 H2S 0.5∼50× 10−9 アンモニア NH3 0.1∼10× 10−8 二酸化硫黄 SO2 2.0∼10× 10−8 二酸化窒素 NO2 0.1∼100× 10−8 水蒸気 H2O 0.1∼2.0 表にある気体のうち、二酸化炭素・オゾン・亜硫酸ガス・窒素酸化物・一酸化炭素・水蒸気などは 季 節や時間、場所などによって存在量が変動する気体である(もちろん、酸素なども 長い時間スケールで 見れば変動するが、ここでは 短い時間の間に顕著に変動するものを挙げた)。 • 窒素 大気の約 78 %を占める主成分であり、また 化学的に極めて安定で、反応性の低いガスである。 酸化され(或は 還元され) 他の元素と結合することにより、大気 − 生物 − 土壌 の間を循環する。 大気中の窒素ガスは、大気中から海や土壌に浸透し、海中のラン藻類や土壌に生息するバクテリア などによって窒素固定される。これによって、生物に利用可能な硝酸,アンモニア,或は 有機態窒素となる。植物・動物の排泄物・死骸(有機態窒素のかたまり)は微生物 活動によって分解さ れ、アンモニアに変換される。また、 アンモニア酸化菌などの働きによってアンモニアは硝酸へ と 酸化される一方で、脱窒菌の働きで 硝酸が酸化剤として有機物を分解し、再び 窒素ガスに還 元され大気中に放出される。最近では、NOx などの窒素酸化物が大気汚染物質として注目され、 研究されている。 • 酸素 現在生息する地球上のほとんど全ての生物にとって必要不可欠な気体である。46億年前の地球 の誕生時における初期段階の原始大気には 含まれておらず、その後 約 27億年前に出現した光合 成をおこなう生物,主に海中の植物プランクトンによって生成され、海中から大気中へ蓄積され た。約20億年前には現在の量になったと考えられており、これによって オゾン層が形成された。 オゾンのもつ太陽放射吸収作用と自身の生成消滅過程での熱放出により、現在知られるような成 層圏の温度構造が確立された。また、オゾン層によって 生物に有害な紫外線が吸収されるように なったことが、生物の陸上進出を可能にしたと言われる。現在でも緑色植物の光合成過程におい て そのほとんどが生成される。化学的には、フッ素に次ぐ高い電気陰性度をもち、大部分の元素 と結合して酸化物をつくることができる。 • 二酸化炭素 生物の活動などにより、常にその濃度は変動している。3.1節冒頭で述べたように、海洋に大量 に溶け込んでおり、その量は 大気中にある量の約50倍とも言われている。海洋中で 珊瑚などの 有孔虫の殼として蓄積され、やがて水に溶け出して 再び大気中に戻る というサイクルを繰りかえ す。大気中の二酸化炭素濃度は、生物,特に 光合成を行う生物の活動によって大きく影響される。 即ち、光合成が活発になる暖季に減少し、逆に 光合成があまり行われない寒季に増加する。従っ て、二酸化炭素濃度を緯度方向の変化で見ると、 年平均では赤道で極大、極で極小だが、北半球 では春に赤道と極の濃度差が殆どなくなり、秋に最大となる。南半球では、濃度における顕著な季 節変動は認められない。南半球に比べて北半球の方が季節変動が大きいのは、北半球の方が 多く 生物が生息することにも依ると考えられる。 赤外域(15µm)と近赤外域(2.7, 4.3µm)に強い吸収帯を持つため 温室効果ガスとしての役割を果 たす。近年、二酸化炭素濃度が年々増加する傾向が著しく、地球温暖化問題として関心を集めてい る(図10)。 • メタン 単位分子あたりの熱吸収効率で二酸化炭素の20倍という温室効果をもつ気体として 近年 注目を 集めている気体である。 人間の農業活動、特に アジア地域に多く見られる水田は、大気中のメタン濃度を急速に増加さ せている原因の一つである。また、人間の産業活動による廃棄物は、埋め立てられることで地中
図10: ハワイのマウナロアにおける1958年から1992年までの大気中の二酸化炭素濃度 の微生物の活動を活性化させ、ここでもメタンが生成される。更に、温暖化による平均気温の上 昇は、永久凍土の融解を促し これによって地中に蓄えられた大量の有機炭素がメタンとして大気 中に放出されるのではないかという予測もされている。 • オゾン オゾン濃度は、高度分布という観点からは 上空 25 km付近で最大を示す。オゾン全量は、平均 的に 北半球で 春に最大、秋に最小となり、逆に 南半球で 春に最小、秋に最大となるような季節 変動を見せる。最大期には、低緯度から高緯度にかけて増大し、最小期には60◦N付近で最大とな るような緯度分布を見せる。この変動は、全オゾン量の90 % を占める 上部対流圏から成層圏ま でのオゾン量を反映しているといえる。しかし、残り10 %程度の対流圏,特に地表面付近のオゾ ンが、近年 人為的活動によって増加していると指摘されており、CO2 に次ぐ放射強制力をもつ温 室効果ガスとして、また 生物に有害な光化学大気汚染物質として注目されている。 • 水蒸気 H2Oは地球大気が取り得る温度範囲内で容易に相変化するため、その温度変化に伴い水蒸気濃 度は短時間で著しく変化する。更に 凝結過程で熱を放出して周囲の大気を加熱し、蒸発過程で熱 を吸収して周囲の大気を冷却することで、逆に 水蒸気の相変化が温度変化を引き起こす。 地球大気に存在する分子では窒素、酸素に続く第3番目の存在量をもつ。可視域の半分と赤外域 のほとんど全ての波長の光に対して複数の強い吸収帯をもつため 大気の放射過程にも大きな影響 力を持ち、自身が温室効果ガスである。放射過程に最も影響するのは、上部対流圏に存在する水 蒸気である。 エアロゾルなどの大気中の微粒子を核として雨滴(雪片)を形成し、大気中から除去する働きも する。
• エアロゾル(Aerosol) 大気の構成物質として、気体ではないが 微量成分として重要であると考えられているのがエアロ ゾルである。ここで一般的な定義について述べておく。エアロゾルの粒径としては、10−3∼102µm の範囲のものを扱い、その発生源によって特徴的に異なる。大きく分けると、以下のようになる。 – 半径10−7 m 以下:エイトケン粒子(核) – 半径10−7∼10−6 m:大粒子 – 半径10−6 m 以上 :巨大粒子 これらをわかりやすく表にまとめたものが、図11 である。 図11: エアロゾルの粒径別分類とその性質 エアロゾルは その形成物質・形状・粒径に応じて、太陽放射や地球の赤外放射を吸収・散乱す る。特に、粒径は 散乱の種類(Mie散乱,Rayleigh散乱) や吸収率を変化させる事が知られてい る。一例として 一般によく用いられるエアロゾルの粒径分布を図12 に挙げる。 発生起源は、自然的にも人為的にも 様々ある。主なものとしては、次のようなものが挙げられる。 – 自然発生源: 土壌粒子(黄砂などの鉱物起原のもの),海塩粒子(海水の飛沫),森林火災,火山噴火,光化 学反応 など – 人為発生源: 焼畑農業,化石燃料の燃焼(車の排ガスなど),産業活動 など 発生源から大気中に放出された時点で既に粒子状であるものを 一次粒子、大気中で気相反応の 結果生じた低沸点物質が大気中でエアロゾル化したものを二次粒子という。こうした エアロゾル の大気中の動態を粒径別に見たのが、図13 である。
図12: 陸上の大気中に含まれるエアロゾルの粒径分布 自動車や工場などからの排気ガスは、大気中で化学反応し硫酸塩エアロゾルになりやすい。化石 燃料中には、多かれ少なかれ硫黄分が含まれており、燃焼時に二酸化硫黄に酸化されて大気中に 放出される。燃焼により、二酸化硫黄になるのは、有機硫黄と硫化物である。また、海洋生物が放 出する硫化ジメチルも、大気中の硫黄化合物の重要な発生源であると考えられている。また、一 酸化炭素は、一般に不完全燃焼によって発生する。上層大気中におけるメタン(CH4)の光酸化や、 二酸化炭素の光分解でも生成される。人為的には、主にガソリン自動車の排ガスや石炭の燃焼、石 油精製などの工業活動が、発生源として挙げられる。 これらのエアロゾルは、 地球上に広く分布しており、水溶性で吸湿性に富んでいるため、対流圏 においては 大気中から降雨によって除去される(rainout)際に、 酸性雨と呼ばれるものになる。 火山噴火では、1991年のピナツボ火山の噴火のような大規模な場合、大量の火山ガスに含まれ るSO2 が 成層圏に吹きこまれエアロゾル化する。成層圏エアロゾル 特に硫酸エアロゾルは、対 流圏のそれと違い長い時間滞留し 太陽放射を効率よく散乱する働きをするため、地表面付近の気 温低下を促すと考えられている。 ちなみに、エアロゾル濃度の高度分布は 図14に示す通りである。
図13: 大気中のエアロゾルの粒径別動態特性(ホワイト &スヴェルドラップ, 1980)
付録
B
(1) 地球大気の放射バランス
図15と 図16は、共に 地球の放射とエネルギーの収支をわかりやすく図にしたものである。
図 15: 地球の放射とエネルギー収支(その1)
図16: 地球の放射とエネルギー収支(その2);Kiehl and Trenberth, 1996
• 図15:
入射して来る太陽放射を100 %として 吸収・散乱される割合を求めている。太陽放射は、地球の
球放射は 地球大気の射出率が 約0.6であることを受けて、全体で60 %宇宙へ射出されているの がわかる。 • 図16: 入射してくる太陽放射を 具体的に342W m−2 ( 地球の表面積を計算するときのように、4倍する と太陽定数1364W m−2 に等しい。)として、図15と同様に 大気や雲・地表面に反射・吸収され る値を出している。この図では、地表で吸収されるのは 入射する正味の太陽放射の49 %となっ ている。地表面が吸収したエネルギーの一部は、直接的な顕熱加熱として、残りの多くは蒸気に 伴う潜熱として 大気に放出される。宇宙空間へ射出される放射は、地表面よりも温度の低い雲や 大気から放射されるものであるため、ここに大気による温室効果が生じる。 但し、どちらの図も 年平均・水平平均された概略図であり、図中に示された各々の吸収・散乱に関す る値については、その信用度に異論があることを考慮すべきである。
(2) 対流圏が温暖化すると、成層圏が寒冷化する理由 これは、対流圏と成層圏のエネルギーバランスの形態の違い,つまり 温度構造の違いに原因がある。 前提条件: • 大気上端,及び 対流圏界面において、放射平衡が成り立っている。つまり、そこを通 過する放射量は変化しない。射出率 = 吸収率。 • 大気上端から入射する太陽放射は一定である。つまり、大気が吸収する太陽放射は一定。 [ 対流圏 ] 対流圏の温室効果ガス(CO2) の増加。 ⇓ 大気の光学的厚さの増大。 ⇓ 下方からの大気放射(赤外放射)が そのすぐ上の気体によって吸収されることになる。 ⇓ 高度の高い層 = 温度の低い層からの放射で、圏界面の放射平衡が保たれる。 (対流圏では 高度と伴に温度が低下する。) ⇓ 対流圏界面から放射される放射エネルギー(= σT4 :温度T に依存する)の低下。 ⇓ 対流圏を独立した系と考えると、系の温度は上昇する。 [ 成層圏 ] 成層圏の温室効果ガス(CO2) の増加。 ⇓ 成層圏の光学的厚さの増大。 ⇓ 光学的厚さの増大によって射出率が増加し、高度の高い層からの放射で平衡が維持される。 ⇓ 等価高度の上昇による放射エネルギーの増加。 (成層圏では 高度と伴に温度が上昇する。) ⇓ CO2 の場合、吸収バンドが殆ど飽和しているため 冷却効果の方が勝っている。 = 成層圏の冷却。