ペ ル ー国 コ ンチ ュ コス地 域 観 光 振興 調査 報 告 書

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大 谷 博

informepreliminardelpromoci6ntUristicoenzonaConchucos,Peni.

HironoriOTANI

奈良大 学大学院研 究年報 第16号 別刷 平成23年3月

ReprintedfromAnnualReports

ofTheGraduateSchoolofNaraUniversity No.16,March2011

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大谷:ペ ル ー 国 コ ン チ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報告 書

ペ ル ー国 コ ンチ ュ コス地 域 観 光 振興 調査 報 告 書

大 谷 博 則*

Informepreliminardelpromoci6nturisticoenzonaConchucos,Per血.

HironoriOTAM

ペ ル ー国 ア ン カ シ ュ県 東 に位 置 す る コ ン チ ュ コ ス 地域 で の 地域 観 光 振 興 活動 に 関 す る2007年 以 降 の調 査 成 果 を ま とめ た もの で あ る。 同 地域 で は地 域 住 民 を含 め た 地 方 自治 体 や 地 元NGOな ど の活 動 に よ り 21世 紀 に入 り活 発 な地 域 観 光 振 興 を 目的 と した活 動 が進 め られ て い る 。本 調 査 で は 、 この よ う な グ ロ ー バ ル 化 社 会 に包 括 され なが ら も 自立 をめ ざす 地 域 社 会 の 動 き を把 握 す る こ とを 目的 と して い る。 は じめ に 、 国 際 的 、 国 内 的 レベ ル とい っ た マ ク ロ な視 点 か ら県 、郡 とい った 地 方 自治 体 、 地 元NGOな ど ミ ク ロ な視 点 で の 観 光 を取 り巻 く動 向 を取 り上 げ て い る。 次 に 、 同 地域 の現 況 を 地理 的 ・歴 史 的 背 景 を含 め 概 観 して い る。 最 後 に、 同 地域 に 所 在 す る観 光 資 源 を整 理 し報 告 して い る。 以 上 か ら、地 理 的 に南 北 に 分 断 され る コ ンチ ュ コス 地 域 で は 、 イ ン カ時 代 に遡 る南 北 軸 の 交 通路(イ ンカ道)の 保 全 ・活 用 を進 め る 、新 規 観 光 ル ー トの 開発 が 必 要 と され て い る。

1調 査 概 要

1.調 査 目的

ペ ル ー 国 ア ンカ シュ 県 に位 置 す る カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地域 に お い て 、文 化 遺 産 の 保 全 に よる 、 地 域 社 会 の 持 続 可 能 な発 展 を 目指 す た め の 地 域 観 光振 興 を検 討 す る うえ で必 要 と な る基 礎 資 料 を 整 理 す る た め 、調 査 を実 施 した。

同地 域 には 、 世 界 遺 産 に登 録 され て い る チ ャ ビ ンの 考 古 遺 跡 や ウ ワス カ ラ ン国立 公 園 の 東 裾 に 位 置 して お り、 数 多 くの 観 光資 源 に恵 ま れ て い る 。 また 、 世 界 遺 産 暫定 リス トに登 録 され る カパ ック ・ニ ャ ン(以 後 、 イ ンカ道)も 通 過 して い る 。 また 、 そ の 残存 状 態 は極 め て 良好 な 区 間 が 多 く トレ ッキ ング な どの観 光 ルー トと して 高 い 可 能 性 を秘 め て い る。

しか しな が ら、 交 通 ア ク セス の 悪 さ、宿 泊施 設 の不 足 や イ ン ター ネ ッ ト環 境 の不 備 な ど観 光 イ ンフ ラ整 備 の 遅 れ に加 え 、 観光 代 理 店 の 欠如 、観 光 業 に携 わ る人材 不 足 な どの理 由 か ら、 観 光 客

平成22年9月17日 受理*文 学研究科文化財史料学専攻博士後期課程

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の誘 致 が 進 ま ない 状 況 にあ る。

本 稿 で は、 は じめ に、 マ クロ レベ ル(グ ロ ー バ ル ・国 ・県)で の観 光 を取 り巻 く社 会 的 、 経 済 的、 政 治 的 環 境 の 動 向 を明 らか に す る た め 、 国 や県 の観 光 政策 や プ ロ ジ ェ ク ト、 ペ ル ー 国 内 、 ア ンカ シ ュ県 内 にお け る観 光 動 向 を扱 う。 さ らに 、 ミク ロ レベ ル(カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 内)で は、 地 元NGOの よ うな支 援 組 織 の 活 動 を取 り上 げ る。

次 に、 同 地域 社 会 の現 況 を把 握 す る た め 、地 理 的 、歴 史 的 、社 会 的 、 経 済 的 環 境 、 な らび に交 通 ア クセ ス と観 光 イ ンフ ラの 現 状 を概 観 す る。

最 後 に、 同 地域 に所 在 す る活 用 ・保 全 対 象 とな り うる観 光 資 源 を行 政 区 単 位 で扱 う。今 回扱 う 観 光 資 源 の 多 くはINEI‑Ancashに よ り2004年 に刊 行 され た出 版 物 に基 づ い て い る。 そ の た め 、各 資源 の 説 明 や写 真 に不 足 す る点 が 多 く、 今 後 の 調査 で 解 消 す る必 要 が あ る。

以 上 これ らの資 料 か ら、 同 地 域 にお け る 観 光 を取 り巻 く問題 点 を検 討 して い る。

2.調 査 期 間

事 前 調 査:2007年10月01日 〜2007年11月26日 第1次 調 査:2008年10月09日 〜2009年02月04日

第2次 調 査:2010年09月02日 〜2010年09月28日(高 梨 財 団 助 成 に よ る) 2007年

10月02日 〜10月13日 10月14日 〜10月15日 10月15日 〜10月17日

10月16日 〜11月16日 10月19日 〜10月20日

2008年

10月14日 〜10月15日 10月28日 〜10月30日

11月07日 〜11月08日 11月09日

12月09日 〜12月10日 12月19日

12月21日

2009年

01月09日 〜01月10日 01月11日

ペ ル ー文 化 庁 リマ本 部(以 下 、INC‑Lima)に て聞 き取 り調 査 観 光 案 内所 ワ ラ ス市 内 に て 聞 き取 り調 査

天 然 資源 国立 研 究 所 ウ ワ ス カ ラ ン国立 公 園 事 務 所 (以 下 、INRENA‑Ancash)に て 、文 献 ・地 図資 料 調 査

リ ャマ ・トレ ック事 務 所 に て 、 リャ マ ・ トレ ッ クの 活動 歴 を調 査

ペ ル ー統 計 情 報 国立 研 究 所 ア ンカ シ ュ支 部(以 下 、INEI‑Ancash)に て 、 統計 資料 を購 入

観 光案 内所 サ ン ・イ シ ドロ地 区 に て 聞 き取 り調査

ペ ル ー通 商 観 光 局(以 後 、MINCETUR)内 に所 属 す る ペ ル ー 政府 観 光 局 (komPeni)に て 、 聞 き取 り調 査

INEI‑Ancashに て 、 地 図 資 料 と統 計 資 料 を購 入 ピス コバ ンバ ーア ル フ ォ ンブ ラ協 会 の即 売 会 に参 加

DIRCETUR‑Ancashに て 資 料 調査 と、 局長 へ の聞 き取 り調 査 山岳 研 究 所(以 下 、1.M.)に て 資 料 調査 と聞 き取 り調 査

チ ャ ビン の考 古 遺 跡 で の カパ ック ・ラ イ ミに参 加 し、 チ ャ ビ ン国 立 博 物 館 を訪 問

ピス コバ ンバ 市 に て 、誕 生 祭 に参 加

サ ン ・ル イス 市 に て、 観 光 調 査 後 、 ワ チ ュ コチ ャ (Huachucocha)に て 、

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大 谷:ペ ル ー 国 コ ンチ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

01月11日 〜01月13日 02月04日

2010年

09月03日 〜09月05日 09月06日 〜09月07日

09月08日

09月09日

酪 農工 場 を訪 問

アルパ カ牧 畜 を行 うカニ ナ コ にて 、 聞 き取 り調 査

i‑Peni(リ マ ・ホ ルへ ・チ ャペ ス 空 港 内)に て 聞 き取 り調 査

リ マ 市 内 に て 、 文 献 調 査

リ マ 市 内 土 地 の 不 法 居 住 承 認 委 員 会(以 下 、Cofopri)とINGに て 地 図 資 料 を購 入

リ マ 市 内 】NC‑Limaに て 文 献 調 査 の 交 渉 開 始 ワ ラス に 長 距 離 バ ス に て 移 動

ワ ラ ス 市 内INC‑Ancash、INEI‑Ancash、INRENA‑Ancashに て 聞 き 取 り調 査 ワ ラス 市 立 図 書 館 、 ドニ ャ ・ニ ャ テ イ 公 立 図 書 館(INC‑DofiaNati)に て 、 文 献 調 査

i‑Peni(Huaraz)に て コ ン チ ュ コ ス へ の ア ク セ ス 確 認

3.方 法

本 調 査 で整 理 、報 告 す る デ ー タ は、2007年 か ら2010年 ま で に実 施 した現 地 調 査 と調査 期 間外 に 行 っ た文 献 調 査 、 イ ン ター ネ ッ ト調 査 な どの形 で収 集 さ れ た。 こ こ で は 、 デ ー タの収 集 につ い て 説 明 を加 え て お きた い 。本 調 査 に関 連 す る論 文 や 行 政 文 書 を分 析 す る と と もに 、 関係 者 へ の 聞 き 取 り調 査 を実 施 した。

本 調 査 は今 後 も継 続 してい くもの で あ り、2010年9月 現 在 ま で に入 手 で き た情 報 を も とに整 理 、 報 告 して あ る 。 そ の た め 、不 足 して い る個 所 もあ る点 を指 摘 してお きた い。2011年 以 降 の 調査 に お い て補 完 した い。

五 観 光 を取 り巻 く社 会 ・経 済 環 境 の動 向

表1外 国人観光客来訪者数及び観光収入

1.観 光 動 向

表1に よ る と 、2002年 か ら2009年 ま で に 外 国 か ら ペ ル ー へ 観 光 を 目 的 と し て 入 国 して き た 人 数 は 、 過 去8年 間 で 延 べ1295.5万 人 で あ り、 年 間 平 均 約161.9万 人 で あ る 。 さ ら に 、 外 国 人 観 光 客 か ら の 観 光 収 入 は 延 べ131.78憶 ド ル で あ り 、 年 間 平 均 約16.47億 ドル で あ る 。 地 域 別 に み る と

(図1)、 南 米 か ら の 来 訪 者 が 全 体 の50%で 最 も 多 く 、 次 い で 北 米(22%)、 欧 州(20%)と 続 き、 ア ジ ア か ら は 約4%で あ る 。 国 別 に み る と (表2)、 チ リ が 最 も 多 く約23%、2位 は 米 国 で 19%と 続 き 、3位 以 下 上 位 は エ ク ア ドル 、 ア ル

年 外国人観光客数 観光収入

2002 1063606 837000

2003 1135769 1023000

2004 1349959 1232000

2005 1570566 1438000

2006 1720746 1775000

2007 1916400 2007000

2008 2057620 2395000

2009 2139961 2471000

合 計 (平均)

12954627 (1619328)

13178000 (1647250)

出 所:MINCETUR

注:観 光 収 入 の 単 位 は 千 米 ドル

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ゼ ン チ ン 、 ボ リ ビ ア 、 コ ロ ン ビ ア 、 ブ ラ ジ ル と 南 米 諸 国 が 占 め て い る 。 欧 州 か ら は 、 ス ペ イ ン 、

フ ラ ン ス 、 英 国 な ど が 多 い 。 ま た 、 ア ジ ア で は 日本 か ら の 来 訪 者 が 多 い 。

次 に 、 ペ ル ー 人 国 内 観 光 客 の 動 向 は 以 下 の 通 り で あ る(表3)。2002年 か ら2009年 ま で の 国 内 観 光 客 数 は 、 過 去8年 間 で 延 べ1.3億 人 で あ り、 年 間 平 均 約1685.5万 人 で あ る 。 国 内 観 光 客 か ら の 観 光 収 入 に 関 し て は 不 明 で あ る 。

Region‑Ancash(2008)に よ る と 、 こ れ ら の 観 光 客 の う ち 、 ア ン カ シ ュ 県 の 占 め る 割 合 は 外 国 人 観 光 客 が3%、 国 内 観 光 客 は7%で あ る 。 外 国 人 観 光 客 に 関 し て は 、 ペ ル ー 南 部 と の 較 差 が 大 き く み ら れ る 。 ア ン カ シ ュ 県 で は 国 内 観 光 客 の 誘 致 政 策 を 進 め て い る こ と も、 国 内 観 光 客 の 占 め る 比 率 の 高 さ を 支 え る 一 因 と 考 え ら れ る 。 こ の 国 内 観 光 客 の 振 興 政 策 は2010年 で 終 了 す る た め 、 今 後 の 展 開 が 期 待 さ れ る 。

ア ン カ シ ュ 県 へ の 観 光 客 は ペ ル ー 最 高 峰 の ワ ス カ ラ ン 山Huascaran(6395m)、 ワ ン トサ ン 山 Huantosan、 ワ ン ドイ 山Haundoy(6395m)、 チ ョ ピ カ ル キ 山Chopicalqui(6354m)と い っ た 6000m級 の 高 峰 が あ る コ ル デ イ エ ラ ・ブ ラ ン カ 山 群 へ の ト レ ッ カ ー 達 の 基 地 と な る 。 こ の 他 、

表2国 別観光客数

国名

2009年

1 チ リ 456896 23%

2

米国

374659 19%

3 エ ク ア ドル 134666 7%

4 アル ゼ ンチ ン 114176 6%

5 ボ リビ ア 91789 5%

6 コ ロ ン ビ ア 86055 4%

7 ブ ラ ジル 80940 4%

8 ス ペ イ ン 79386 4%

9 フ ラ ン ス 64960 3%

10

英国

57949 3%

11 カ ナ ダ 52899 3%

12 ドイ ツ 50228 2%

13 日本 36394 2%

14 ベ ネ ズエ ラ 31486 2%

15 オ ー ス トラ リ ア 30770 2%

16 イ タ リア 30443 2%

17 メ キ シ コ 26260 1%

18 オ ラ ン ダ 25277 1%

19 ス イ ス 17157 1%

20 イ ス ラ エ ル 13583 1%

21

中国

9176 0%

22 ス エ ー デ ン 8686 0%

23 パ ナ マ 8399 0%

24

韓国

7804 0%

25 ア イ ラ ン ド 7563 0%

126366 26%

合計

2023967 100%

出 所:MINCETUR

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大 谷:ペ ル ー国 コ ンチ ュ コス 地 域 観 光振 興 調 査 報 告 書

表32002年 〜2009年 の外 国人 観 光客 と国 内観 光 客 数 と宿 泊 数 の 推 移:

宿 帳(INE12010=995,20.12)

Modalidad 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 A㎡bo

Tota1 11963746 17286332 18200246 20127408 19159586 21737116 24923037 25654707 Naciona1 10529419 14997656 15538561 17167078 16176254 18351113 20467513 21609272

Extranjero

1434327 2288676 2661685 2960330 2983332 3386003 4455524 4045435 Pem㏄taci6n

Tota1 16444819 22541465 23883772 26334405 26756089 30504126 34336144 35176672 Nacional 13642875 18191216 18779831 20783860 20910252 23849836 26060301 27618475

Extranlero

2801944 4350249 5103941 5550545 5845837 6654290 8275843 7558197 Pemanencia

Promedio2/

Tota1 1.4 1.3 1.3 1.3 1.4 1.4 1.4 1.4

Naciona1 1.3 1.2 1.2 1.2 1.3 1.3 1.3 1.3

Extra【 噸ero 2.0 1.9 1.9 1.9 2.0 2.0 1.9 1.9

1つ 星 か ら5つ 星 に分 類 され るホ テ ル の宿 泊 者 数 を も とに算 出 して い る 。 その た め 、前 述 の外 国 人観 光 客 数 と は人 数 が異 な っ て い る。

チ ャ ビ ン の 考 古 遺 跡 へ の ッ ア ー や 鉄 分 を 多 く含 ん だ サ ビ 色 の 温 泉 バ ー ニ ョス ・テ ル マ レ ス ・モ ン テ レ イ(BafiosTermalesMonterr・ey)、1970年5月 の 大 地 震(M7.8)の 際 に 生 じ た ワ ス カ ラ ン 山 の 雪 崩 に よ り埋 め ら れ た 跡 地 に 建 設 さ れ た ユ ン ガ イ 慰 霊 公 園 、(CampoSantoYungay)、 ワ ス カ ラ ン 国 立 公 園 内 に あ る 氷 河 湖 で あ る ヤ ン ガ ヌ 湖(LagunasLlanganuco)、 ワ リ 時 代 の 遺 跡 と 考 え ら れ て い る ウ ィ ル カ ワ イ ン遺 跡(MonumentoArqueol6gicodeWillkahuain)な ど が 観 光 資 源 と な っ て い る 。

2.観 光 関連 政 策

(1)ペ ル ー 政 府 に よる政 策

ペ ル ー 国 内 には ユ ネス コ世界 遺 産 に指 定 され た場 所 が11カ 所 あ り、 文 化 ・自然 な ど多 くの観 光 資 源 を有 して い る(図2)。 また 、2004年 米 秘 合 同 探 検 隊 が 、 北 部 熱 帯 雨林 に て、1300年 前 の城 塞 都 市 を新 た に発 見 す る な ど、 ま だ まだ発 見 ・開発 され て い な い 遺跡 等 の 観 光 資 源 が 存 在 して い

る 。 しか し、 既 存 の 観 光 資 源 の保 全 まで手 が 回 らず 、 特 に地 方 で は 一 部 破壊 され て い る もの もあ る 。有 名 なナ ス カ の地 上 絵 の破 壊 、 リマ 市 近 郊 海 岸 の 生 活排 水 に よる 汚 染 な どが 挙 げ られ る。

2006年 以 降 の 、 ガル シ ア政 権 に よ る施 政 方 針 と して 、 「山 岳 部 の輸 出振 興(注1)」、 「プ ー ノ産 業 ・観 光 ・商 業 自由 区 の設 立(注2)」「漁業 、製 材 業 及 び観 光 業 等 の 産 業 振 興 に向 け た環 境 整 備(注3)」

「社 会 イ ン フ ラ整 備(注4)」 な どが 挙 げ られ て は い る もの の 、 そ の 実 行 性 な ど が 懸 念 さ れ て い る (細野2007;88‑89)。

こ の よ う に、 政府 は 、外 国人 観 光 客 の誘 致 政策 を打 ち 出 し、 一部 観 光 客 船 寄 港 の 増 加 な どの 成 果 を 上 げ て い るが 、新 た な 遺跡 の発 掘 お よび保 全 、既 存 遺跡 の保 全 、 自然 環 境 保 護 な ど政 府 が 取

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るべ き課 題 が 指 摘 され て い る(国 際 開発 セ ン ター1996;21)。

この 他 、近 年 の 動 向 と して、2008年4月 にペ ル ー、 リマ に て 開催 され たAPEC第5回 会合 で は、

地域 社 会 に貢 献 し、 所 得 と雇 用 を生 み 、 か つ 、 環 境 の 保 全 お よ び保 護 を促 進 す る 「責 任 あ る観 光 に 向 け て 」 を テ ー マ に討 議 が 行 われ 、 「パ チ ャ カ マ ク宣 言(注5)」 が 採 択 され た 。 ま た 、2010年9 月 に奈 良 で 第6回 観 光大 臣会 合 の 日本 開催 が正 式 決 定 され て お り、 今 後 の 展 開 が期 待 され る。

(2)ア ン カ シ ュ県 行 政 府 に よる観 光 政 策

ア ン カ シ ュ県 中期 政 策(Region‑Ancash2008a)に よる と、 観 光 関 連 政 策 は以 下 の通 りで あ る 。 具 体 的 な内 容 や そ の 実行 性 に関 して は今 後 も注 目 して い く必 要 が あ る。

・観 光 セ ク ター にお け る 中期 政 策(2008‑2011年)方 針

1.競 合 す る環 境 下 にお け る観 光業 の 開発 促 進 、現 実 的 な手 法 の 導 入 、 な ら び に持 続 可 能 な発 展 の実 効 化

2.観 光 業 に関 わ る すべ て の営 利 業 者 との 観 光市 場 情 報 の 共有

3.投 資 活 動 の促 進 、基 本 的 な イ ン フ ラ整 備 と観 光 計 画 、 自然 保 護 区 や周 辺 遺 跡 な どの収 入 に 関 す る 国の 権 限 移 譲

4.観 光 自由 区 に よ る投 資 地域 振 興 と金 融 プ ロ ジ ェ ク トの促 進

5.促 進 、 競 合 、 助 成 の 基 本 コ ンセ プ トを支 持 す る ため の効 果 的 な規 制 の新 規 策定

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大谷:ペ ル ー国 コ ン チ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

6.現 代 的 で 高 品 質 な 観 光 サ ー ビ ス の 提 供 と 民 芸 品 生 産 に よ り地 域 内 で 輸 出 可 能 な 産 物 の 拡 大 と 多 様 化 へ の 援 助

ア ン カ シ ュ 県 長 期 計 画(Region‑Ancash2008b)で は 、 開 発 計 画 を 策 定 す る た め 、 地 理 的 、 歴 史 的 な 背 景 を 含 め た 地 域 特 性 に よ り ア ン カ シ ュ 県 を5つ の 地 域 に 分 割 し て い る 。 カ エ ホ ン ・デ ・ コ ン チ ュ コ ス 地 域 は 南 部 と北 部 に 分 け ら れ て い る 。

南 部 は 、 ア ス ン シ オ ン、C.F.フ ィ ッ ツ カ ラ ル ド、 ア ン トニ オ ・ラ イ モ ン デ イ 、 ワ リ の4郡23 区43村 か ら な る 。 そ の 面 積 は4486.5㎞2で 、 人 口 は110969人 で あ り、 そ の う ち 有 権 者 数 は58755人 で あ る 。 観 光 政 策 と し て 、 新 た な 観 光 産 物 の 創 出 と 振 興 策 の 強 化 と し て 下 の2件 が 検 討 さ れ 、 と も に 短 期 計 画 に 盛 り込 ま れ て い る 。

・新 規 観 光 商 品 開 発 の 振 興 強 化

1.地 域 の 新 規 観 光 資 源 目録 作 成 と そ の 価 値 づ け

*ア ン トニ オ ・ラ イ モ ン デ ィ 区 の ヤ ル カ ン(Yarcdn)

*ワ リ 区 の マ ル カ ヒ ル カ(Marcajirca)、 ヤ ナ コ ラ ル(Llanacorral)、 ラ バ ヤ ン(Rapayきn)

*サ ン ・ニ コ ラ ス 区 の ヤ ン ゴ ン(Llang6n)

2.カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 南 部(ア ス ン シ オ ン 郡 、C.F.フ ィ ッ ツ カ ラ ル ド郡 、 ワ リ 郡 、A.ラ イ モ ン デ ィ 郡)に お け る 新 規 観 光 ル ー トの 開 拓

北 部 は コロ ン ゴ、 シ ワス 、M.ル ス リア ガ、 ポ マ バ ンバ の4郡25区24村 か ら な る。 そ の面 積 は 4074.3km2で 、 人 口 は90275人 で あ り、 そ の う ち有 権 者 数 は46811人 で あ る。 観 光 政 策 と して 、新 た な観 光 産 物 の創 出 と振 興 策 の 強化 と して次 の6件 が 検 討 され てお り、 う ち2点 が 短 期 計 画 に盛 り込 まれ て い る。

・観 光 業 の 開発 1.地 域 観 光 開発 計 画 2.観 光 イ ン フラ整 備

3.地 域 の 自然 や文 化 の共 通 認識 の確 立 4.観 光 振 興 と新 規 観 光商 品の 開発 5.観 光 資 源 目録 作 成 とその ラ ンキ ング

6.上 位 に評 価 され た 自然 ・文 化観 光 資 源 の価 値 づ け

2008年12月 に実 施 したDircetur。Ancash局 長 ア ナ ・マ リア ・ヴ ィ ジ ャ ヌエ バ へ の 聞 き取 り調=査 で は 、 局 長 の観 光 開発 に 関す る基本 的 方針 に関 して 、 持 続 可 能 な観 光 開発 に は ミク ロ で ロ ー カ ル

な視 点 が 必 要 と考 え てお り、少 な く と も、 区 単 位 で の 政 策 立 案 を理 想 と して い る よ うで あ っ た。

局 長 の 出 身地 で もあ る カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 で は こ れ ま で に様 々 な活 動 を実 施 して い る 。 代 表 的 な もの で は 、MINCETURの 協 賛 に よ るチ ャ ス キ との イ ンカ 道 を歩 くプ ロ ジ ェ ク ト

(Felipe2007)が 挙 げ られ る。

局 長 就 任 以 前 か ら歌 手 と して の 活動 して お り、 これ まで に も同地 域 の フ ォ ル ク ロ ー レを採 り入 れ た 音 楽 活 動 を継 続 して い る。2009年 に地 元 音 楽 家 との 共 演 ツ ア ー を実 施 して い る。

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この他 、 同地 域 での 慈 善 活 動 と して 、2009年1月1日 に は、 ヤ イ ノ遺 跡 にお い て 、 子 供 た ち に 新 年 の 贈 り物 と して男 の子 に は車 を女 の 子 に は 人形 を、 ヤ イ ノ 遺 跡 来 訪 者 に は バ ネ トン と ホ ッ ト ・チ ョコ レー トを振 舞 って い る。 しか し、2010年1月 には 局長 職 を解任 され て い る 。2010年10 月3日 に県 ・郡 知 事 選 挙 が 予 定 され て お り、 ポ マバ ンバ 郡 にて 選 挙 活 動 を展 開 して い る。

3.NGO等 によ る地 域 観 光振 興 活動 (1)IM&ク ン トゥル

山岳 研 究 所(以 下 、IM)は1972年 以 降 、 ア メ リ カ合 衆 国東 部 の ウ ェス トバ ー ジ ニ ア 州 で 世 界 的 に顕 著 で普 遍 的 な価 値 を持 つ 山岳 環 境 の 保 全 と活 用 を 目的 と して 組 織 さ れ た 国 際NGOで あ る 。 19896年 以 降、 ペ ル ー 国 内 で も活 動 を 開始 して お り、 ア ンカ シ ュ県 県 都 ワ ラ ス 、 ピ ウ ラ県 県 都 ピ ウ ラ に事 務 所 を設 け、 そ れ ぞ れ ウ ワス カ ラ ン国立 公 園 の保 全 活 用 とペ ル ー エ ク ア ドル 間の パ ラモ 環 境(注6)の 保 全 に貢 献 して き た。IMは1990年 代 半 ば か ら、 地 域 住 民 参 加 に よ る 山岳 環 境 の 保 全 と活用 を 目的 と した プ ロ ジェ ク トを実施 して い る。 以 降 、 リャマ ・ トレ ック 、 ク ン トゥル な ど地 元住 民 組 織 との 共 同 プ ロ ジェ ク トを実 施 して きた。 そ の内 容 は主 に、 住 民 参 加 型観 光 開 発 で あ り イ ンカ 道 トレ ッキ ング を 中心 に進 め られ て きた(IM2000、2004な ど)。

IMの プ ロ ジ ェ ク トに お い て 、 地 理 的 、 文 化 的 に も本 稿 と最 も関係 が あ る カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コス 地 域 南 部 で の 活 動 を取 り上 げ た い 。 ワ リーワヌ コ ・パ ンパ 間 の イ ン カ道 トレ ッキ ン グの 開発 プ ロ ジ ェ ク トを 地 元NGOク ン トゥル と地 元 住 民 との協 働 に よ り2003年 か ら2005年 に か け て 実施 して い る 。 プ ロ ジ ェ ク ト終 了後 の現 在 で も、 同地 域 にお い て 継 続 され て お り、 高 い 評 価 を得 て い る。 現 在 実施 され て い る 、 ペ ル ー 一エ ク ア ドル 間の パ ラモ の 保 全 活 用 を 目的 と した イ ン カ道 トレ ッキ ング の 開発 が 進 め られ て お り、彼 らの プ ロ ジ ェ ク トの 評 価 はペ ル ー文 化 庁 や 国 際 的 な ド ナ ー機 関 か ら も高 く評 価 され て い る。

(2)リ ャ マ ・ト レ ッ ク

2007年 に 行 っ た 聞 き取 り調 査 と文 献 調 査 に よ る と、1998年 以 降 、 ワ ラ ス の 山 岳 ガ イ ド(国 家 資 格)ホ ル へ ・マ ル テ ル ・ア ル バ ラ ド と レ ク ワ イ 郡 の 地 元 住 民14名 との 協 働 で 開 始 さ れ た 。 レ ク ワ イ ーチ ャ ビ ン の 考 古 遺 跡 間 の イ ン カ 道 ト レ ッ キ ン グ に ア ン デ ス の 伝 統 的 な 駄 獣 リ ャ マ を 再 導 入 し 活 用 し よ う と い う プ ロ ジ ェ ク トがEUの 経 済 支 援 の も と 実 施 さ れ て き た 。 同 プ ロ ジ ェ ク ト終 了 後

も、 マ ル テ ル 氏 と リ ャ マ ・ トレ ッ ク 構 成 員 と に よ り活 動 が 継 続 さ れ て い る 。

さ ら に 、 リ ャ マ ・ ト レ ッ ク は カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 北 部 ヤ イ ノ 遺 跡 に て 遺 跡 景 観 の 保 全 と活 用 を 目 的 と し た 住 民 組 織 コ リ ・ヤ イ ノ の 活 動 を 支 援 して お り、2008年 以 降 コ リ ・ヤ イ ノ 代 表 で あ り、 シ ャ ー マ ン で も あ る マ リ ア ノ ・ハ ラ ミ ー ジ ョ ・パ ウ リ ー ノ(MalianoJaramillo Paulino)に リ ャ マ を6頭 移 譲 し て お り、 サ ン タ ・ク ル ス ト レ ッ キ ン グ の キ ャ ン プ 地 と な る ヤ イ ノ 遺 跡 周 辺 で の 活 動 を 開 始 し て い る 。2010年 に は ペ ル ー 政 府 の 協 力 の も と さ ら に20頭 販 売 す る こ

とが 決 ま っ て お り、 今 後 の 発 展 が 期 待 さ れ る 。

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(10)

大谷:ペ ルー 国 コ ンチ ュ コス 地 域 観 光 振 興調 査 報 告 書

(3)東 西 カ エ ホ ン探 検 隊(GrupOKallejonEsteOEste)

大 谷(2009)に よ る と、東 西 カエ ホ ン探 検 隊(以 下 、 探 検 隊)は 、 カエ ホ ン ・デ ・ワ イ ラス 地 域 とカ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス地 域 との 文 化 的 ・社 会 的 ・経 済 的 格 差 の 是 正 や 両 地 域 間 での 交 流 な どを 目 的 に 、主 に 、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 北 部 にお い て2004年 以 降 活 動 を 開始 し

た。

イ ンカ期 吊橋 プ カ ヤ クの 復 元 、 チ ャス キ レ ー ス の 開 催 、M.ル ス リア ガ郡 リ ャマ 区 に お け る イ ン カ道 の 清 掃 活 動 、地 域 住 民 の組 織 化 と住 民 組 織 間の 協 力 関 係 の 構 築 な どの 活 動 に貢 献 して い る 。 現 在 で は、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 で の 活 動 に重 心 が 置 か れ る よ う に な り、 主 に、 地 方

自治 体 か らの 支 援 を得 る こ とで 活 動 資 金 を確 保 して い る。 そ の た め 絶 えず 地 方 自治 体 との 交 渉 を 継 続 す る必 要 が あ り、 人 的 ・経 済 的不 足 が認 め ら れ る。

ま た、 活 動 内 容 が 多 岐 に わ た りそ の多 くが 短 期 間 で終 わ る 点 な ど も問 題 点 と して挙 げ られ る。

2009年 以 降 、 リ ャマ 区 で の 活 動 は停 滞 して お り、 プ カ ヤ ク の 吊橋 第2回 目架 け 替 え工 事 、 リ ャマ 区 で の 清掃 活 動 はペ ル ー文 化庁 に移 譲 され て い る 。 しか し、 第2回 目、 文 化 庁 に よ り架 け 替 え ら れ た 吊橋 は 、 わ ず か1カ 月 ほ どで 壊 れ て お り、 探 検 隊 常 任 ス タ ッ フは そ の技 術 指 導 能 力 に問 題 が あ る と考 え て い る よ うで あ る。

皿 カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 の 現 況

1.地 理 的 環 境

Dircetur‑Ancashに よ る と、 カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 は、 北 は シ ワス 流 域 か ら南 は チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タ ル区 の ウ チ ュ ワ イ タ(Uchuhuayta)地 域 まで 、 西 は コ ル デ ィエ ラ ・ブ ラ ン カ 山群 の 山腹 か ら東 は東 山系 山群 の 裾 マ ラニ ョン流 域 まで 、 お よそ128500Haに 及 ぶ(図3、4)。

同地 域 は 、残 存 状 態 の 良好 な イ ンカ道 が 多 く報 告 され て い る 。 この イ ンカ道 は南 北 方 向 に走 る 幹 線 道 と東 西 方 向 に走 る支 道 に分 け られ る 。 こ の幹 線 道 と交 差 す る よ うに西 か ら東 へ と流 れ る マ ラ ニ ョ ン流 域 の 支 流 が あ る。 主 要 な水 系 と して 南 か ら北 に プ チ カ(Puchca)水 系 、 ヤ ナ マ ヨ

(Yanamayo)水 系 、 ル パ ック(Rupac)水 系 が挙 げ られ る。

ま た 、 同地 域 は プ ー ナ 、 ケ チ ュ ア、 ス ニ、 ユ ン ガの4つ の 環境 帯 に よ り形 成 され て い る 。 は じ め に 、 プ ー ナ地 帯 の 草 原 を形 成 して い る沖 積 土(注7)の 広 範 な堆 積 層 、 な ら び に地 帯 構 造 の強 い プ ロ セ ス と浸 食 作 用 を経 て形 成 され た が水 源 とな る 、 カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス地 域 の各 流 域 は分 水 嶺 と して機 能 して い る。 こ れ らの河 川 は水 源 か ら河 口 に至 る ま で 川幅 が とて も狭 い 。 こ れ らの河 川 が 、 中 央 山 系 と並行 して流 れ る ポ マ バ ンバ(Pomabamba)流 域 、 ワ リ(Huari)流 域 な どの主 要 河 川 に合 流 して い る。 こ れ ら南 北 方 向 に流 れ る河 川 は細 長 い盆 地(カ エ ホ ン)を 形 成 し て い る た め 、 カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス地 域 は カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス盆 地 と呼 ば れ て い る。

こ の よ うな地 形 学 的特 質(ユ ン ガ 、 ケ チ ュ ア 、 ス ニ地 帯 で は強 い傾 斜 地 や急 峻 な渓 谷 に よ り分 断 され、 プ ー ナ地 帯 で は気 候 と交 通 ア ク セ ス の 困難 さに よ り制 限)が カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス地 域 内 で の大 規 模 集 落 の形 成 を 阻害 して きた と考 え られ る 。 一般 的 に本 区 間 で は 、 集住 化 に強

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(11)

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(12)

大 谷:ペ ル ー 国 コ ンチ ュ コス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

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(13)

い影 響 を及 ぼす 環 境 的 制 約 の た め 人 口密 度 が 低 い傾 向 に あ る。 本 区 間 にみ られ る集 住 形 態 は、 自 然 発 生 的 な小 規模 集 落 と碁 盤 目状 の 区 画 を もつ比 較 的規 模 の大 きな集 落 に大 別 され る。

初 め に 、 自然 発 生 的 な小 規 模 集 落 は 、 人 口 が少 な く、 農 畜 産 業 な どの 第 一 次 産 業 に従 事 す る 人 々 に よ り形 成 され て お り、比較 的高 度 の 高 い渓 谷 の 上 流 域 に位 置 す る傾 向 に あ る 。 また 、医療 、 教 育 とい っ た基 本 的 な サ ー ビス へ の 配慮 が 不 十 分 で あ る 。 基本 的 には 、小 学校 の 開校 に留 ま って い る。 小 規 模 集 落 に お い て は、小 学校 は教 育機 関 と して だ け で な く、 医療 サ ー ビス 、社 会行事 や 公 共 集 会 の 場 とい っ た社 会機 関 と して も機 能 して い る。

次 に、 碁 盤 目状 の 区 画 を もつ比 較 的規 模 の大 きな集 落 は そ の起 源 を植 民 地 時 代 に ま で遡 る こ と が 多 く、 ス ペ イ ン人 に よ る レ ドゥク シ オ ン と して建 設 さ れ た。 現 在 で は、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 内 で 医 療 、教 育 、上 下 水 道 、 電 気 、 通 信 な どの 基 本 的 サ ー ビス を受 け ら れ る唯 一 の 場 所 で あ る。 しか し、 これ らの サ ー ビス の 質 と範 囲 は極 め て低 い 水 準 に あ る。 大 規 模 集 落 は ワ リ、

ピス コバ ンバ 、 ポ マ バ ンバ とい った 郡都 に限 られ て い る。 これ らの 郡都 で は毎 週 定 期 市 が 開 か れ てお り、 周 辺 地 域 住 民 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョンの 場 と して 機 能 して い る 。

2.歴 史 的環 境

プ レ イ ン カ期 、 イ ン カ期 とわ け て 同地 域 の先 史 時 代 を概 観 す る。 コ ロ ニ アル 期 以 降 に 関 して は 資料 が不 足 して お り、 今 後 整理 して い く予 定 で あ る。 編 年 に関 して は、 コ ンチ ュ コ ス地 域 で の厚 い研 究 成 果 を持 つ エ レー ラ(2005)を 参 考 して い る(表4)。

表4中 央 アンデス文明史編年表 時代区分 略号 絶対年代

前期先土 器時代

EPC 950(>3000BC

狩猟採集/植 物栽培 ・動物飼育の開始

ギ タ レ ー ロ

後期先土器 時代

LPC 300(》1800BC

海 岸 部 に お け る河 谷 内 ネ ッ トワ ー ク形 成 の開 始/神 殿 建 設 の 開 始/漁 労 の 発 達 ・織 物 製 作

ラ ウ リ コ チ ャ

草創期

IP 1800‑900BC 海 岸 部 にお け る河 谷 間 ネ ッ トワ ー ク形

成 の 開 始/土 器 製 作 ラ ・パ ンパ

前 期 ホ ラ イズ ン EH 900BC。AD1

汎 ア ンデ ス宗 教 ネ ッ トワ ー クの形 成 (チ ャ ビ ン)/交 易 ネ ッ トワー ク の形 成/神 殿 の 発 達/冶 金 技 術 の発 達

チ ャ ビ ン ・ デ ・ワ ン タル

前期中間期

EIP AD1‑650 広 域 社 会 ・政 治 ・宗 教 ネ ッ トワ ー クの

形 成/王 国 の成 立/青 銅 器 製 作 ヤ イ ノ 中期 ホ ライ ズ ン MH AD65(>1000

都市 の成立

ウ ィル カ ワイ ン

後期 中間期

LIP AD1000‑1476

後 期 ホ ラ イ ズ ン LH AD147(}1532 イ ンカ帝 国 に よ る全 中央 ア ンデ スの 政 治 統 一

ワ リ タ ン ボ ラ ・パ ン パ

植民地時代

COR AD1532‑1821 スペ イ ン人 の 侵 入 ・征 服

共和国時代

REP AD1821一

一136一

(14)

大 谷:ペ ル ー 国 コ ン チ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

(1)プ レ イ ンカ期

同 地 域 で は 、草創 期 か ら活 動 の 痕 跡 が残 され て い る。 日本 人調 査 団 に よ り発 掘 調 査 が行 わ れ た、

ラ ・パ ンパ遺 跡 で は 中部 海 岸 で 最 初 の 土 器 とされ る薄 手 土 器 が 出 土 して い る。

続 く、 前期 ホ ラ イ ズ ンで は、 世 界 遺 産 に も登 録 され て い る チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タル 遺 跡 が 知 ら れ て い る 。 チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タ ル遺 跡 周 辺 を 除 く と、 近年 で は 、 エ レー ラ や オ ル シ ニ ら に よ り ヤ ナ マ ヨ流域 か らチ ャカ ス にか け て の地 域 で 調査 が 報 告 され て い る(Herrera2003,0rsini2003, BebelIbarra2003)。 草 創 期 で挙 げ ら れ た ラ ・パ ンパ 遺 跡 で も利 用 が 継 続 され て お り、 チ ャ ビ ン 様 式 の土 器 が 出土 してお り、 方 形 半 地 下 式 広 場 や そ れ に面 した基 壇 の後 が み られ、 大 神 殿 遺構 の 可 能 性 が指 摘 され て い る。

前 期 中 間期 で は、 チ ンチ ャ ワス様 式 と呼 ば れ る土 器 様 式 が知 られ て い る。 北 はチ ャ カ ス流 域 か ら南 は プ チ カ流 域 まで 、 西 は チ ン チ ャ ワ ス(Chinchawas)ケ イ ヤ ッ シ ュ ・ア ル ト(Queyash Alto)、 現 在 の カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 中央 域 か らカ エ ホ ン ・デ ・ワ イ ラ ス 地 域 の 海 抜 2500m〜3800mに か け て分 布 して い る(Lau2003,Wegner2003)。 さ ら に、 セ トル メ ン ト ・パ タ

ー ン に変 化 が み られ 、切 り立った高所 に建設 されるよ うになる。つ ま り、領域支配 を意 図 した立 地 選 択 や城 塞 的性 格 を もつ 遺 跡 が 増 加 す る。 さ らに 、 遺 跡 の 機 能 分 化 が 認 め られ る よ うに な り、

集 落 遺 跡 、公 共 遺 跡 、 祭 祀 遺 跡 、城 塞 な どが先 行 す る調 査 研 究 に よ り報 告 さ れ て い る(Herrera 2005)。 代 表 的 な遺 跡 と してヤ イ ノ遺 跡 が挙 げ られ る。

次 の 中 期 ホ ラ イズ ンで は 、 エ ル ナ ン ・アマ ッ ト(1967,1969)や ベ ベ ル ・イバ ラ(2003)に よ る調査 で は、 プチ カ流 域 に多 く残 る レ ク ワ イ様 式 の 土 器 か ら同流 域 で は、 前期 中間 期 か ら次 の 中 期 ホ ラ イズ ン にか け て の 連 続性 が指 摘 され て い る。 た だ、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス地 域 北 部 域 で は連 続性 が確 認 され て い ない 。

後期 中 間 期 で は 、 プチ カ ・ヤ ナ マ ヨ流域 にお い て 利 用 が 継 続 して い る。 この 時期 の 遺 跡 は、 宗 教 的 、 軍 事 的 要 素 の 強 い もの が多 く報 告 され て い る。 イ ン カ帝 国 の 到 来 と と も に後 期 ホ ラ イズ ン

を迎 え る よ うで あ る(Herrera2003,BebelIbarra2003,AlexMantha2005)。

ど う も これ まで の 調査 者 や研 究 成 果 で は 、 ヤ ナ マ ヨ流 域 以 北 、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 北 部 域 で の 詳細 な報 告 例 が少 ない よ うで あ る。

(2)イ ン カ期

カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 は か な り早 い段 階 で イ ン カ帝 国 に組 み 込 まれ た よ う で あ る 。 イ ン カ帝 国 到 来 以 前 に、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 周 辺 で は複 数 の 民族 集 団 の 存 在 が 指 摘 され て い る(Herrera2005)。 東 側 に あ た る 海岸 部 で は チ ム ー 帝 国 、 カエ ホ ン ・デ ・ワ イ ラス 地 域 で は ワイ ラス が 、 西 側 アマ ゾ ン東 斜 面 で は ワ ラチ ュ コが 、 北 はマ ル カ ・ワマ チ ュ コ遺 跡 に代 表 さ れ る ワマ チ ュ コ、 南 は ピ ン コ と呼 ば れ る 民 族 集 団 が ク ロニ カ な どに取 り上 げ られ て い る。 ア ンデ ス の歴 史 学 者 ・考 古 学 者 に よる イ ンカ帝 国 の討 論 会 に よ る と第9代 王 イ ン カ、 パ チ ャ ク テ ィ に よ

り1470年 代 には イ ンカ帝 国 に組 み 込 まれ た よ うで あ る。

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(15)

3.カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 の 人 ロ (1)ワ リ郡(Prov.Huari)

同 郡 は 、 ア ン カ ッ シ ュ 県 の 最 東 端 、 山 岳 地 帯 に 位 置 し 、 北 は 西 か らC.F.フ ィ ッ ツ カ ラ ル ド (C.F.Fitzcarrald)と ア ン トニ オ ・ラ イ モ ン デ ィ(AntonioRaimondi)、 東 は ワ ヌ コ(Huanuco) 県 に 接 し 、 南 は ボ ロ グ ネ シ(Bolognesi)郡 に 、 西 は 北 か ら ア ス ン シ オ ン(Asuncion)カ ル ワ ス

(Carhuaz)、 ワ ラ ス(Huaraz)、 レ ク ワ イ(Recuay)郡 に 隣 接 し て い る(図5、 表5)。 ワ リ、

ア ン ラ 、 カ ハ イ 、 チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タ ル 、 ワ カ チ 、 ワ ッ チ ス 、 ワ チ ス 、 ワ ン タ ル 、 マ シ ン 、 パ ウ カ ス 、 ポ ン ト、 ラ ワ パ ン パ 、 ラ バ ヤ ン 、 サ ン ・マ ル コ ス 、 サ ン ・ペ ドロ ・デ ・チ ャ ナ 、 ウ コ の 16区 か ら な る 。 そ の 面 積 は2771.90km2で 、 人 口 は62598人 で あ る 。 郡 都 は ワ リ で 、 海 抜3149メ ー

トル に 位 置 す る(INEI2006)。

公 衆 電 話 、 イ ン タ ー ネ ッ ト、ATM、 薬 局 、 病 院 、 雑 貨 店 、 水 道 、 電 気 、 観 光 ポ リ ス が 郡 都 ワ リ や 区 都 チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タ ル で 整 備 さ れ て お り 、 コ ン チ ュ コ ス 地 域 で 最 も観 光 イ ン フ ラ 整 備 が 進 ん で い る 。 同 郡 で は 、 ア ン タ ミ ナ 鉱 山 の 操 業 以 降 、 経 済 的 な 進 展 も著 し く今 後 の さ ら な る 発 展 が 期 待 さ れ て い る 。

(2)C.F.フ ィ ッ ツ カ ラ ル ド郡(Prov.CarlosFerminFitzcarrald)

同 郡 は 、 ア ン カ ッ シ ュ 県 の 東 側 中 央 部 、 山 岳 地 帯 に 位 置 し 、 北 はM.ル ス リ ア ガ 郡 、 東 は ワ ヌ

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アンカシュ県行敵 区画 ワ リ椰位置図

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ワ リ郡 行 政 区 画 図(INEI2004;127を 基 に 作 成)

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(16)

大谷:ペ ルー 国 コ ンチ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

表5ワ リ郡2003年 人 ロ 統 計(INEI2004;127)

郡 名 ・区 名 郡 都 ・区 都

標高

m

面 積

Km2

人口 人口密度

人/㎞2

π κo㎡ H駕oガ 2771.90 69107 24.9

Hllari Huari 3149 398.91 9630 24.1

Anra 3172 80.31 2465 30.7

Cajay

C勾ay 3050 159.35 4247 267

ChavindeHuantar ChavindeHuantar 3137 434.13 10066 23.2

Huacachi Huacachi 3509 86.70 2919 33.7

Hu㏄chis Hua㏄his 3491 72.16 2344 32.5

Huachis Huachis 3268 153.89 4478 29.1

Huantar Huantar 3354 156.15 3298 21.1

Masin Mash1 2550 75.33 2763 36.7

Paucas Paucas 3421 135.31 2847 21ρ

Pont6 Pont6 3140 118.29 3947 33.4

Rahuapampa Rahuapampa 2550 9.02 722 80ρ

Rapay注n Rapay盃n 3238 143.34 1982 13β

SanMarcos SanMarcos 2964 556.75 12552 22.5

SanRdeChan6 Chan益 3413 138.65 2706 19.5

UCO UCO 3336 53.61 2141 39.9

コ 県 に 接 し 、 南 は ア ン トニ オ ・ラ イ モ ン デ ィ郡 と ワ リ 郡 に 、 西 は 北 か ら ユ ン ガ イ(Yungay)郡 と ア ス ン シ オ ン(Asunci6n)郡 に 隣 接 し て い る(図6、 表6)。 サ ン ・ル イ ス 、 サ ン ・ニ コ ラ ス 、 ヤ ウ ヤ の3区 か ら な る 。 そ の 面 積 は624.25km2で 、 人 口 は22761人 で あ る(INEI2006)。 郡 都 は サ

ン ・ル イ ス で 、 海 抜3131メ ー トル に 位 置 す る 。

郡 都 サ ン ・ル イ ス で は 、 公 衆 電 話 、 イ ン タ ー ネ ッ ト、ATM、 薬 局 、 病 院 、 雑 貨 店 、 水 道 、 電 気 が 整 備 さ れ て い る 。 さ ら に 、 観 光 シ ー ズ ン に は 観 光 ポ リ ス が 設 置 さ れ て い る 。

2009年 の 聞 き 取 り調 査 に よ る と 、 同 郡 行 政 府 と サ ン ・ル イ ス 市 観 光 案 内 所 に よ り イ ン カ 道 を 含 む 観 光 資 源 調 査 が 実 施 さ れ て い る よ う で あ る 。 残 念 な が ら 、 そ の 調 査 に 関 連 す る 報 告 書 な ど の 資 料 は 入 手 で き て お ら ず 、 追 加 調 査 が 必 要 で あ る 。

(3)M.ル ス リ ア ガ 郡(Prov.MariscalLuzuriaga)

同 郡 は 、 ア ン カ ッ シ ュ 県 の 東 側 中 央 部 、 山 岳 地 帯 に 位 置 し 、 北 は ポ マ バ ン バ 郡 、 東 は ワ ヌ コ 県 に 接 し、 南 は 西 か ら ユ ン ガ イ 郡 とC.F.フ ィ ッ ツ カ ラ ル ド郡 に 隣 接 し て い る(図7、 表7)。 ピ ス コ バ ン バ 、 カ ス カ 、 エ レ ア サ ル ・グ ス マ ン 、 バ ロ ン 、 フ ィ デ ル ・オ リ ヴ ァ ス ・エ ス ク デ ロ 、 リ ャ マ 、 ユ ン パ 、 ル ク マ 、 ム ス ガ の8区 か ら な る 。 そ の 面 積 は730.58km2で 、 人 口 は28091人 で あ る

(INEI2006)。 郡 都 は ピ ス コ バ ン バ 市 で 、 海 抜3281メ ー トル に 位 置 す る 。

郡 都 ピ ス コ バ ン バ で は 、 公 衆 電 話 、 イ ン タ ー ネ ッ 下 、 薬 局 、 病 院 、 雑 貨 店 、 水 道 、 電 気 が 整 備

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(17)

ア ンカシュ県行敵区口 C.F.7イ ツツカラル ド椰位置図

霧 峯

フ イ ツツ カ ラ ル ド榔 行 政 区 圃 図

(1甑:2004;124を 基 に作 成)

表6C.F.フ ィ ッ ツ カ ラ ル ド郡2003年 人 ロ 統 計(INEI2004;124)

郡 名 ・区 名 郡 都 ・区都

標高

m

面 積 Km2

人 口 (2003)

人 口密 度 人/Km2

C」F勘ZCαmzl4

SanLuis SanNicol盃s Yauya

&魏L"∫ ∫

Sanhis SanNico16s Yauya

3131 2875 3250

624.25

256.45 197.39 170.41

22761

12575 5000 5186

365

49.0 25.3 30.4

され て い る。 しか し、観 光 資源 が把 握 され てお らず 多 くの 文 化 遺 産 が 開 発 に よ り破 壊 さ れ て い る。

郡 政 府 と して の文 化 政 策 や 観 光振 興 に対 す る配 分 は低 い よ うで あ る。

(4)ポ マ バ ン バ 郡(Prov.Pomabamba)

同 郡 は 、 ア ン カ ッ シ ュ 県 の 東 側 北 部 、 山 岳 地 帯 に 位 置 し 、 北 は シ ワ ス(Sihuas)郡 と ラ ・リ ベ ル タ 県 、 東 は ワ ヌ コ 県 に 接 し、 南 は 西 か ら ユ ン ガ イ 郡 とM.ル ス リ ア ガ 郡 に 、 西 は ワ イ ラ ス 郡 に 隣 接 し て い る(図8、 表8)。 ポ マ バ ン バ 、 ワ イ ジ ャ ン 、 パ ロ バ ン バ 、 キ ヌ ア バ ン バ の4区 か ら な る 。 そ の 面 積 は914.05km2で 、 人 口 は28296人 で あ る(INEI2006)。 郡 都 は ポ マ バ ンバ 市 で 、 海 抜3185メ ー トル に 位 置 す る 。

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大 谷:ペ ル ー 国 コ ンチ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

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表7M.ル ス リア ガ 郡2003年 人 ロ 統 計(INEI2004;130)

郡 名 ・区 名 郡 都 ・区都

標高

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面 積 Km2

人 口 (2003)

人 口密度 人/㎞2

賜cα 乙 加z駕 磁8α P'∫coわ㎝ わα Z3a58 28091 385

piscobamba Piscobamba 3281 45.93 4167 90.7

Casca Casca 3132 77.38 5348 69.1

EleazarGuzmallBarr6nPampachacra 2950 93.96 1528 16.3 FidelOhvasEscudero Sanachgan 2650 204.82 2757 13.5

Uama Uama 2821 48.13 2039 42.4

Uumpa Llumpa 3200 143.27 6822 47.6

Lucma Lucma 3083 77.37 3891 50.3

Musga Musga 2970 39.72 1539 38.7

郡 都 ポ マ バ ンバ で は、 公 衆 電 話 、 イ ンタ ー ネ ッ ト、ATM、 薬 局 、病 院 、雑 貨 店 、水 道 、 電気 、 観 光 ポ リス が 整 備 され て い る。2010年 現 在 、 温 泉 周 辺 で の 開 発 が 継 続 され て い るが そ の歩 み は極 め て 遅 い 。 また ペ ル ー 政 府 に よる 観 光資 源 か らは漏 れ て お り、 今 後 の 政 策 が 不 明 瞭 で あ る。

(5)シ ワ ス 郡(Prov.Sihuas)

同 郡 は 、 ア ン カ ッ シ ュ 県 の 東 側 北 部 、 山 岳 地 帯 に位 置 し 、 北 は パ ジ ャ ス カ(Pallasca)郡 、 東

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(19)

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ポ マ バ ンバ 郡 行 政 区 圃 図(INEI2004;133を 碁 に作 成)

表8ポ マ バ ン バ 郡2003年 人 ロ 統 計(INEI2004;133)

郡 名 ・区名 郡 都 ・区都

標高

m

面 積 Km2

人 口 (2003)

人口密度 人/㎞2

Pb加oわ ㎜ わo 1】b〃ηわα配 わo 914.05 28296 31.0

Pomabamba Pomabamba 2948 347.92 14139 40.6

Huayl1ゑn Huay皿 乏n 3000 88.97 4080 45.9

Parobamba Parobamba 3185 331.10 7209 21.8

Quinuabamba Quinuabamba 3108 146.06 2868 19.6

は ワ ヌ コ 県 に 接 し 、 南 は 西 か ら ワ イ ラ ス 郡 と ポ マ バ ン バ 郡 に 、 西 は コ ロ ン ゴ 郡 に 隣 接 し て い る (図9、 表9)。 シ ワ ス 、 ア コバ ンバ 、 ア ル フ ォ ン ソ ・ウ ガ ル テ 、 カ シ ャ パ ン パ 、 チ ン ガ ル ポ 、 ワ イ ジ ャ バ ン バ 、 キ ィ チ ェ ス 、 ラ ガ シ ュ 、 サ ン ・フ ア ン 、 シ ク シ バ ン バ の10区 か ら な る 。 そ の 面 積 は914.05km2で 、 人 口 は28296人 で あ る(INEI2006)。 郡 都 は シ ワ ス 市 で 、 海 抜3185メ ー トル に位 置 す る 。

郡 都 シ ワ ス で は 、 公 衆 電 話 、 イ ン タ ー ネ ッ ト、 薬 局 、 病 院 、 雑 貨 店 、 水 道 、 電 気 、 観 光 ポ リ ス が 整 備 さ れ て い る 。

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大 谷:ペ ル ー 国 コ ン チ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

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図9シ ワス 郡 行 政 区回 図(IN日2004;136を 甚 に 作 成)

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表9シ ワ ス 郡2003年 人 ロ 統 計(INEI2004;136)

郡 名 ・区名 郡 都 ・区 都

標高

m

面 積 Km2

人 口 (2003)

人 口密度 人/㎞2

5'触o∫ 5'加05 145597 36501 251

Sihuas Sihuas 2716 43.81 6275 143.2

Acobamba Acobamba 3140 153.04 2170 14.2

A駈onsoUgarte U皿U皿UCO 3205 80.71 1233 15.3

Cashapampa Cashapampa 3425 66.96 3872 57.8

Chingalpo C㎞galpo 3128 173.20 1527 8.8

Huayllabamba Huayllabamba 3318 287.58 4970 17.3

Quiches

Quiches 3012 146.98 3121 21.2

Ragash Ragash 3500 208.45 3557 17.1

SanJuan Chu皿fn 2725 209.24 7481 35.8

Sicshibamba Umbe 3120 86.00 2295 26.7

一143一

(21)

4.産 業

カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス地 域 で は、 農 牧 業 とい っ た 第一 次 産 業 を 中心 と した 景 観 が 広 が っ てい る。 農 業 は地 域 経 済 の根 幹 を成 してお り、 農 作 物 は主 に世 帯 内 で 消 費 さ れ る 。 わ ず か な余 剰 生 産 物 は市 で 現 金 化 す る。 農 業 形 態 は主 に非 灌 概 農 業 で あ り、 海抜2500mか ら3700mで 営 まれ て い る。 牧 畜 業 は イ チ ュ(学 名Stipaichu)が 自生 す る海 抜3800m以 上 の プ ー ナ 地 帯 で 主 に営 まれ る。 基 本 的 には 草 原 地帯 で あ る。 農 作 物 と異 な り、 畜 産 物 は市 で の 現 金 化 も し くは 地域 内 で の 消 費 に割 り当 て られ て い る 。 さ ま ざ ま な条 件 下 で 、 畜 産 業 は地 域 住 民 の 唯 一 の 現 金 収 入 の 手段 で あ る 。

二次 産 業 と して は 、 カ エ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コ ス地 域 中部 域 、 ワ リ郡 、 サ ン ・マ ル コス 区 の ア ン タ ミナ 鉱 山 会社(CompanfaMineraAntamina)に よ り所 有 、操 業 され るペ ル ー最 大 の 生 産量 を もつ銅 亜 鉛 鉱 山(海 抜4200m)が 挙 げ ら れ る。 ア ン タ ミナ鉱 山 は2001年 か ら操 業 が 開始 され て お り、 そ の鉱 廃 水 は プチ カ流域 へ と排 出 され て お り、下 流 域 へ の 水 質 汚 濁 が 懸 念 さ れ て い る。

第三 次 産業(商 業 活 動)は 盛 ん で は ない 。 基 本 的 に は、 ア ン カ シ ュ県都 ワ ラス も し くは 海岸 部 か ら購 入 して い る。 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 南 部 域 に属 す る ワ リで は 首 都 リマ か ら、 中 部 域 に属 す る ピ ス コバ ンバ 、 ポマ バ ンバ で は ア ン カ シ ュ 県都 チ ンボ テ か ら商 品 を購 入 して い る。

カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地域 で は 、 多 くの 住 民 が 商 品 の 購 入 や 現金 収 入 や 基 本 的 サ ー ビス の 享 受 を求 め てお り、 都 市 部 へ の人 口流 出が 問 題 とな っ て い る。

5.交 通 機 能 (1)ア ク セ ス

カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 へ は 長 距 離 バ ス を利 用 す る 。 首 都 リ マ 、 ア ン カ シ ュ 県 県 都 ワ ラ ス か ら毎 日運 航 して い る 。

は じめ に 、 リマ か ら カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 行 き は 数 社 が 毎 日 運 行 して い る 。 し か し な が ら 、 そ の 所 要 時 間 約20時 間 弱 と極 め て 長 く、 車 内 設 備 や 、 シ ー ト タ イ プ は 各 社 と も大 き な 差 は な く、 トイ レ な しの 大 型 バ ス に 近 い 形 態 で あ る 。 各 社 と も、 長 距 離 バ ス と 同 時 に 運 搬 業 も取 り 行 っ て い る 。 そ の 路 線 は 、 リ マ 〜 チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タ ル 〜 サ ン ・マ ル コ ス 〜 ワ リ 〜 サ ン ・ル イ ス 〜 ピ ス コ バ ン バ 〜 ポ マ バ ンバ で あ る 。

次 に 、 リマ か ら ワ ラ ス へ 飛 行 機 か 長 距 離 バ ス で 移 動 し、 そ の 後 ワ ラ ス か ら カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 へ と移 動 す る ル ー トが あ る 。 リ マ か ら ワ ラ ス へ は 地 球 の 歩 き 方 な ど 複 数 の ガ イ ドブ

ッ ク に 掲 載 さ れ て い る た め こ こ で は 省 略 す る 。

ワ ラ ス か ら カ エ ホ ン ・デ ・コ ン チ ュ コ ス 地 域 行 き は1日 に1〜2便 、 以 下 の3路 線 が 運 行 さ れ て い る 。 車 内 設 備 や 、 シ ー トタ イ プ は 各 社 と も大 き な 違 い は な い 。

1.ワ ラ ス 〜 カ タ ッ ク 〜 チ ャ ビ ン 〜 サ ン ・マ ル コ ス 〜 ワ リ(4時 間 、 約15s1.)

サ ン ドバ ル(Sandoval)社 、 リ オ ・モ ス ナ(RioMosna)社 、 チ ャ ビ ン ・エ ク ス プ レ ス (ChavinExpress)社 の3社 。

2.ワ ラ ス 〜 カ ル ワ ス 〜 チ ャ カ ス 〜 サ ン ・ル イ ス(6時 間 、20sノ.) レ ン ソ(Renzo)社 、 エ ル ・ヴ ェ ル ソ(ElVerzo)社 の2社 。

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大谷:ペ ル ー 国 コ ンチ ュ コ ス地 域 観 光 振 興 調 査 報 告 書

3.ワ ラ ス 〜 カ ル ワ ス 〜 ヤ ナ マ 〜 ピ ス コ バ ン バ 〜 ポ マ バ ンバ(8時 間 、25s!。)

レ ン ソ(Renzo)社 、 エ ル ・ヴ ェ ル ソ社 、 ロ ス ・ア ン デ ス(LosAndes)社 の3社 。

(2)道 路 網 と交 通 事 情(注8)

現 在 、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 の 交 通 網(図10)はINCに よ り次 の3階 層 に分 け られ る(INC2006a;64‑66)。 第1に 、 ブ ラ ンカ 山群 を横 断 して カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 へ の 地域 間 道路(車 道 、 基 本 的 に は 未舗 装)と して 、 カ エ ホ ン ・デ ・ワ イ ラ ス盆 地 な らび にチ ンボ テ 市 、 首都 リマ な どの 海 岸部 か らの ル ー トが あ る。 ペ ル ー 国 も し くは ア ンカ シ ュ 県 に よ り建 設 さ れ る 。現 在 で は 、 海 岸 部 や都 市 部 との 関係 性 が重 視 され る た め、 主 要 ル ー トが東 西 方 向 に軸 を も つ傾 向 が強 い 。 以 下 で は 、南 か ら北 に各 流 域 に沿 っ た ル ー トを挙 げ る。

は じめ に 、 プチ カ流 域 沿 い の ル ー トは 、 カ タ ック(Catac)〜 チ ャ ビ ン(Chavin)〜 サ ン ・マ ル コ ス 〜 ワ リ(Huari)で あ る。

次 に 、 ヤ ナ マ ヨ(Yanamayo)流 域 沿 い の ル ー トは 、 ア シ ュ ノ カ ンチ ャ(Ashnocancha)流 域 沿 い に南 下 す る ル ー ト(ワ ラ ス 〜 カ ル ワ ス 〜 チ ャ カス 〜サ ン ・ル イ ス)と ポ マバ ンバ 流域 沿 い に 北 上 す る ル ー ト(ワ ラ ス 〜 カル ワス 〜ヤ ナ マ 〜 ピス コバ ンバ 〜 ポマ バ ンバ)と が あ る。

現 在 で は 、 同地 域 を南 北 に移 動 す る た め の ル ー トも建 設 され て お り、 南 か ら順 に チ ャ ビ ン〜 サ ン ・マ ル コ ス 〜 ワ リ〜 サ ン ・ル イ ス 〜 ピス コバ ンバ 〜 ポマ バ ンバ 〜 シ ワス/コ ロ ンゴ と北 に縦 走

してい る。

す べ て の ル ー トは舗 装 され てお らず 、 例 外 的 に カ タ ッ ク〜 チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ンタ ル 間 な らび に 海 岸 部 へ とつ なが る ル ー トのみ コ ン ク リー トな どで 舗 装 され て い る。 同 ル ー トは世 界 遺産 で あ る チ ャ ビ ン ・デ ・ワ ン タルへ の観 光 バ ス の路 線 と して も機 能 して お り、 観 光 振 興 の 一 環 と して2009 年 に再 整 備 され た。

第2に 、地 域 内 道路(車 道 、未 舗 装)は 商 品 の流 通 ル ー トと して機 能 してお り、郡 や 区 の行 政 府 に よ り建 設 さ れ る。 路 面 状 態 は悪 く、 普 通 貨 物 自動 車 を対 象 と した道 路 で あ る。 こ の他 、 コ ン ビ と呼 ば れ る ワ ン ボ ック ス タ イ プ の乗 り合 いバ ンや コ レ クテ ィー ボ と呼 ばれ る乗 り合 い タク シ ー な どの 交 通 路 と して も利 用 され てお り、 地 域 社 会 の 生 活利 便 性 に と って 欠 くこ との で きな い道 路 で あ る。 しか し、 土 木 施 工 管 理 技 士(IngeneroCivil)に よる不 要 な道 路 建 設 に よ る土 砂 崩 れ な どの 弊 害 も認 め られ る点 を併記 して お く必 要 が あ る。

第3に 、歩 行 者 道 と して 山道 が あ げ られ る。 山道 に は イ ン カ道 な どの 古 道 も含 ま れ て い る。 イ ン カ道 な どの 例 外 を 除 く と耕 作 地 や近 隣集 落 な ど生 活 圏 内 の 移 動 に利 用 され る 日常 の生 活 路 と し て機 能 して い る。 こ の イ ンカ道 は カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域 の 主 要 な流 域 を横 断す る唯 一 の ル ー トで あ る。 先 ス ペ イ ン期 に は、 主 要 ル ー トは南 北 方 向 に軸 を もっ てお り、 そ の道 筋 は西 か ら東(海 岸 部 か ら ア ン デス 高 地 へ)へ と向 か う現 在 の 交 通 網 と き わめ て対 照 的 で あ る。

イ ン カ道 の 重 要 性 と して 、先 ス ペ イ ン時 代 だ けで な く、植 民 地 時 代 、 共 和 国 時 代 を通 じて材 木 や小 麦 、 ジ ャ ガ イ モ、 畜 産 物 な どの 運 搬 経 路 と して利 用 され て お り、 高 く評 価 さ れ て い る。 車 両 通 行 を 目的 と した道 路 建 設 は ア ン デス 高 地(例 えば 、 カエ ホ ン ・デ ・コ ンチ ュ コス 地 域)へ の 海 岸 部 の 影 響 力 を強 化 してお り、 ワ ラ スや チ ン ボ テ、 リマ とい った 都 市 部 へ の 人 口流 出 や 、地 域 内

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